シナリオ

人間ぶっ殺しハウスの内見に行こう★

#√汎神解剖機関

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 #√汎神解剖機関

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「はい、ご覧の通り、日当たり良好、駅から徒歩5分、敷金礼金なし!
 しかも今なら初期費用0円キャンペーン実施中でございます」

 不動産屋「儀式ヤリスギ不動産」の一室にて。
 金髪のオールバックに眼帯をしたナイスミドルな営業マンが満面の笑みを浮かべながら、机の上に間取り図を広げていた。
 その不自然な笑顔の奥に、何か別の意図が潜んでいることに、気づく者は誰もいない。

「へえ、いいですね。そんなに安いなんて」

 客である柳岡さん(28歳・独身・システムエンジニア)は、営業マンの背後に設置された奇妙な装置に気を取られることもなく、間取り図を真剣に見つめている。
 装置からは微かに紫がかった光が放射されており、その銘板には『疑似クヴァリフ器官 ver.3.14』と刻まれていた。

「内部はですね。寝室横の6畳和室に続いて、『人間ぶっ殺しゾーン(8畳)』がございまして、さらにその奥には『生贄の間(10畳)』という一般的な間取りになっております。
 キッチンの横には『死体隠しルーム(3畳)』、『なんか余っちゃった部屋(1平米)』もありますよ」
「へえ、広いんですねぇ。……あれ?」

 柳岡は営業マンの説明に頷きながら、間取り図の怪しげな部分を何の違和感もなく眺めていたかと思うと、首を傾げた。

「この間取り……何か、変……?」
「変じゃないですよ」
「そっかぁ、変じゃないかぁ」

 じゃあいいか、と再び間取りの説明を受ける柳岡さん。
 写真の壁には血痕めいた染みが付着しているが、まぁ変じゃないからいいか。

「ちなみに『生贄の間』では毎晩午前3時33分に儀式が執り行われるんですが、音漏れの心配は一切ございません。防音性能バッチリでございます」
「おお、良いですね! 深夜に電話とかしても苦情来ないってことですよね?」
「そうですね。まぁその前にあなたは死んでると思いますけども(笑)」

 営業マンは口元を押さえて普通に悪態をついて笑ったが、柳岡さんにはそれすら小粋な営業トークの一環にしか見えない。
 背後にある謎の装置……疑似クヴァリフ器官の効果は絶大だった。

「じゃあ、契約させていただきます!」
「おめでとうございます。では、こちらの契約書に『血判』を……あ、失礼、『ご署名』をお願いいたします」

 オールバックのナイスミドルな不動産屋さんはほくそ笑む。
 柳岡さんとの契約は、粛々と進められた。

 ――それから数時間後、柳岡さんは新居の玄関に立っていた。
 鍵を差し込み、ドアを開ける。そして一歩を踏み出した瞬間。

「あっ死!」



「えーっとねぇ……」

 汎神解剖機関の作戦室で、小学生っぽい服を着た天草カグヤが、椅子に座りながら話し始めた。
 明らかに足が届いておらず、プラプラしている。

「今回の案件は、ちょっと変な不動産屋さんの調査だよ〜」

 彼女はホワイトボードに貼り付けられた写真を指さす。
 そこには眼帯をした、緑色の目を持つオールバックの男性の姿があった。

「このおじさんが、怪しい物件を紹介して、お客さんを消しちゃってるらしいんだ〜。
 もう15人くらい行方不明になってるんだとか」

 カグヤは他の√能力者たちの前で、少し眉を下げる。

「この不動産屋さん、『儀式ヤリスギ不動産』っていうんだけどね。なんかすっごく怪しい間取りの物件ばっかり扱ってるんだ。
 『人間ぶっ殺しゾーン』とか『生贄の間』とか、まぁすごいネーミングなんだけど……」

「それなのに、なんでお客さんが気付かないのかっていうとねー」

 カグヤは一旦椅子から降り、ホワイトボードに疑似クヴァリフ器官の図を描き始める。
 なんか四角くてでかいやつである。略してしかくろ。

「この疑似クヴァリフ器官っていう装置を改造して使ってるみたいなの。
 クヴァリフ器官っていうのは、本来は怪異が持っている怪異を認識しづらくなる器官? ……らしいんだけど、それを応用して『やばいものをやばくないように見せる』って使い方してるみたい」

 それこそ、『人間ぶっ殺しゾーン』という間取りを見ても「どこが変なのかなぁ★」とか言い出してしまうレベル。
 極端に察しが悪くなるのだ。あとついでに声も甲高くなる。怖いね。

「とはいえ、どうやらこの不動産屋さんもちょっと予知っぽいパワーがあるみたいでね。直接乗り込んだら逃げられると思うんだ。
 なので、皆にお願いしたいのはぁ〜……」

 カグヤは机の上に物件資料を広げる。そこには異様な間取り図がずらりと並んでいた。

「この物件たちの内見に行って、おかしな部分の証拠を集めてきてほしいの。写真とか動画とか、なんでもいいよ」

 要は、疑似クヴァリフ器官の干渉を上回るほどにおかしな間取りの証拠を突きつけてしまえば、いかに察しの悪い客でも契約をしなくなる。
 そうして契約を妨げ、人を助けるのがこの戦いにおいて重要なのだ。

「で、契約を妨害すればたぶん不動産屋さんが出てくると思う。なので、みんなでそれを倒しちゃってね!」

 説明を終えたカグヤは、再び椅子に座る。椅子がグルグル回る。超楽しそう。

「それと、もし黒幕を倒せたら、その建物にある疑似クヴァリフ器官も回収してね! なんかいい感じに使うと思うから」

 そこはそれなりに真面目な指令だった。何者かの手が加わった怪異の装置。
 それらを解析すれば、きっと汎神解剖機関でも役に立つはずだ。

 おおよそ説明を終えたところで、カグヤは最後の注意事項を付け加えた。

「あ、それと、あくまで普通の人を装ってね。その変な家を壊したりしたらやっぱり黒幕のおじさんが逃げちゃう可能性があるから、暴力行為も……できるだけしないように!」

 こんなところかな、とカグヤは紙パックのジュースを一口飲む。

「それじゃあ、よろしくお願いしまーす!」

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第1章 冒険 『この部屋何か変?』


ふわ・もこ

(なんか優しい声のナレーション)
『今日は都会の不動産物件に、珍しい訪問者がやってきました。ご覧ください、この小さな子羊を』

 メェメェ……。

 都内某所の新築マンションの一室。そこに、子犬ほどの大きさの小さな羊が悠々と入り込んでいきます。
 この不自然な光景に、誰も気付くことはありません。なぜなのでしょう。あとドアノブもどうやって突破したんでしょうね。

(なんか感情が乗っててうざい声のナレーション)
『ふわ・もこ(ふわふわもこもこ・h00231)。まだ子羊の彼女は、普段は牧草を主食にしていますが……ああっ、ご覧ください!』

⁽⁽🐏 ムシャムシャ

(動物番組で動物に勝手なアテレコしてそうな声のナレーション)
『なんと、カーペットを芝生と間違えて食べ始めてしまいました。そんなの食べて大丈夫~?(大丈夫ではない)』

🐏))) ウロウロ

(たぶんテレビ局のアナウンサーのナレーション)
『部屋の中を歩き回る彼女。一見、ただの好奇心旺盛な子羊に見えますが……』

🐏==3 シュタタ...
💥🐏 ドーン!

(アップと止め画が鼻につく番組のナレーション)
『突如、壁に体当たりを始めました。これは彼女の持つ『野生の勘』なのでしょうか。
 体当たりした壁の向こうには、間取り図には載っていない空間が……!』

...? 🐏

(視聴者の興味を煽りたそうなナレーション)
『しかし、ふわ・もこちゃん首をかしげます。子羊の彼女には証拠を残す手段がありません。ここで彼女は……』

 メェメェ! メェメェ!

(子供向けっぽい声色のナレーション)
『仲間を呼びに行くことにしたようです。彼女の発見が、この不可解な事件の真相に迫る大きな一歩となるかもしれません』

 メェ……🐏)))💤

『あっ、ふわ・もこちゃん! お部屋の外で寝てはだめですよ。まだ調査中です!』

 このナレーションしてるの誰なんでしょうね。そして外に出る際も、どうやってドアノブを突破したのかは謎です。

アルティア・パンドルフィーニ
オルテール・パンドルフィーニ

「いやぁ、素晴らしい物件をご用意できて光栄です! まさにお二人にぴったりの物件がございまして!」

 お笑い芸人みたいな赤いスーツの営業マンは、オルテール・パンドルフィーニ(Signor-Dragonica・h00214)とアルティア・パンドルフィーニ(Signora-Dragonea・h00291)の前で満面の笑みを浮かべていた。
 彼は非常に高速の揉み手をしており、その両手は赤熱して輝きを放っている。

「しかし、ご姉妹での物件探しとは珍しい。それに外国の方ですか?」
「いえ、私たちは双子の兄妹、でして」
「おやおや、なるほど! ずいぶんお美しい方なので、クソデカい女性かと。失礼いたしました」
「ははは。これでも縮んだ方ですがね」

 オルテールは芝居がかった仕草で髪をかき上げながら答える。その横でアルティアは、胡散臭い笑顔の対決に眉をひそめていた。

「現在は後見人の元で生活しておりましてね。そろそろ妹たちと共に自立しようかと」
「ははぁ、なるほど。では、さっそく物件をご案内させていただきましょう!」

 営業マンは玄関に入ると間取り図を広げる。そこには確かに『人間ぶっ殺しゾーン』という露骨な文字が記されているのだが、営業マンは特に気にしていない。
 しかしパッと見たところ、物件の内部は一般的なマンションの一室である。というか、結構広いほうだろう。
 天井は高く、窓からは日が差している。オープンキッチンからは居間の様子が見え、部屋数も多い。大半カスの部屋だけど。

「えー……その……良い部屋ですわね」
「でしょう? あちらのドアの向こうは『人間ぶっ殺しゾーン』となっております。今はあまり入らない方がいいかもしれません」
「人間ぶっ殺しゾーン? って何……? お兄様と同じくらい安直なネーミングセンスしてるわね」
「え? 今なんか俺のことバカにしなかった?」
「気のせいよお兄様」
「気のせいか……そっかぁ」

 そうみたい。二人は小声で話し合いながら内見担当者の後についていく。
 この時点ですでにだいぶおかしいのだが、しかし、芝居は続けなければならない。

「写真を撮っても構いませんか? 末の妹にも見せてやりたくて」
「もちろんです! どうぞどうぞ!」

 二人は物件内を歩きながら、さりげなく証拠を集め始める。
 アルティアは部屋の隅々から魔力の痕跡を探り、オルテールはスマートフォンで写真を撮り続ける。

「この部屋の前、なんだか空間が歪んでいるわ」
「本当だ。何か変(高い声)だな」

 特に怪しいのは『人間ぶっ殺しゾーン』と名付けられた空間の周辺だ。
 そこだけが異様な冷気を放っており、何かが蠢いているような気配がする。

「ここが人間ぶっ殺しゾーンか。じゃあちょっと見せてもらうとしよう」
「ちょっと慎重に動いてよ、お兄様!?」

 躊躇なくドアを開け踏み込んだオルテールに、アルティアは苦言を呈す。その中には、なんと――

「…………」
「…………」
「…………」

 ――半裸のおっさん(装備:ステテコ)が、包丁を持って突っ立っていた!
 彼は時折包丁を砥石で研ぎながら、虚ろな目で姉弟を見つめている。禿げ頭で中年太りのおっさんである!

「な、内見担当の方! 人間ぶっ殺しゾーンに半裸の包丁持った方が!」
「あ、すみません。ちょっと彼はハイ、半裸の包丁持った方ですので」
「どういうことなのよ! この物件買ったら強制的に半裸の包丁持った方と同居なの!?」
「半裸の包丁持った方も写真に収めておこう! 末の妹に見せれば、きっと気に入ることだろう!」
「ルネリアが半裸の包丁持った方で喜ぶわけないでしょう!!」

 アルティアは怒りと混乱の中、人間ぶっ殺しゾーンのドアを乱暴に閉める。おっさんが視界から消えた。よかった。
 深い深いため息を吐きながら、アルティアは引き続き写真を撮っていくことにする。彼女が特に気になったのは『なんか余っちゃった部屋(1平米)』であった。

「うわ本当に微妙にスペース余ってる! 気持ち悪い!」
「そちらは『なんか余っちゃった部屋』でございます。なんか余っちゃって(笑)」
「笑ってる場合ですか! 塞ぎなさいよ、中途半端な!」
「まあまあ、何かに使えるかもしれないじゃないか。こう……一人で反省するときとか」

 オルテールが実際にドアを開けて1平米の空間に入り込む。アルティアはその扉を無言でそっと閉じた。

「くそっ……! もう結構です! おかしなところ全部写真に収めてやるわ!」
「あーお客様! 撮りすぎはご注意をお客様!」

 苛立たしげにカメラを構えるアルティア。兄を見習って人当たりを穏やかに、という入場前の決意は、すでにどこかへと消えていた……。

エディ・ルーデンス

「いやーマジか! 最近の物件ってすっごいねえ!」

 エディ・ルーデンス(失楽園・h00121)は派手なハワイアンシャツを揺らしながら、赤いスーツの不動産屋に寄り添うように歩く。その姿は、まるで昔からの友人のように自然だった。

「俺、むかーしからあるアパートの大家やってるんだ。イマドキの間取りとか勉強になるかなーって」

 担当者は、この長身の怪しげな男性の態度に若干の戸惑いを見せながらも、エディの柔らかな物腰と青い瞳に次第に警戒を解いていく。

「へぇ、大家さんですか! 私もこの仕事、もう結構長いんですよね」
「え! マジ! 大変そ~。でもすごいね~。ところで誰に生贄捧げてる系?」
「エ~? それはナイショ~!」
「ワハハ!」

 なにわろてんねん。エディはそんな相手の言葉を受け止めながら、さりげなくスマートフォンを取り出す。

「あ、写真撮っていいかな? 勉強用で~す✌️」
「えっ、いやそれは」
「あ、担当者さんも一緒に撮りましょ! ほら、こっち向いて~」

 断る暇も与えず、エディは不動産屋と並んで自撮りを始める。
 その際、画面の端に不自然に歪む影が映り込んだことに気付いたが、敢えて気付かないフリをする。
 写真に写る担当者はウインクをして完璧なギャルピをキメていた。なんだ? こいつ。

「それにしても~、この『人間ぶっ殺しゾーン』って……スゲー名前だねオイ」

 エディは間取り図を指差しながら、さも興味深そうに首を傾げる。

「死体隠しルームもあるみたいだけど、これって何人くらい隠せるの?」

 不動産屋の表情が一瞬凍りつく。

「あ、いや、それは単なる室名でして」
「でもさ~、そーゆーのって専用の場所作んなきゃダメだよ! お外とか! 室内だと匂いとか染みついちゃうでしょ!」

 エディは天然なノリで話を続けながら、部屋の隅々を写真に収めていく。
 特に壁際の染みや、微かに漂う生臭い匂いがする場所は念入りに。

「あ! 管理人さんですか?」

 |奥の部屋《人間ぶっ殺しゾーン》で包丁を持って立っている半裸の男性に気付き、エディは手を振る。

「お料理上手なのかな? いいね~! うちのアパートにもほしいな~、料理人」

 ……と、にこやかに話しかけながら、その不自然な立ち姿も写真に収める。

「ねぇねぇ、これって血痕……じゃなくて、壁紙の模様だよね? すっごくナウい感じ!」

 エディの言葉の端々に仕込まれた刺すような質問に、不動産屋の笑顔が徐々にひきつっていく。
 しかし彼は、このふわふわした態度の裏に潜む鋭い観察眼にはまだ気付いていなかった。

 一方、エディは撮影した写真を確認しながら、不動産屋の姿が妙に歪んで写っていることや、管理人の影が不自然に伸びている様子を静かにチェックしていた。心霊写真撮り放題である。

「いや~、勉強になりました! また来ていい? 友達も連れてきたいな~」
「ええ、構いませんよ。お待ちしています……」

 帰り際、エディは屈託のない笑顔で手を振りながら、スマートフォンの中の決定的な証拠をそっとポケットにしまうのだった。

袋鼠・跳助

「ええと、お客様……ですか?」

 赤いスーツの不動産屋は、足元にちょこんと立つ小さな影に困惑の表情を浮かべていた。

「へいへい、お部屋の内見に来たハムっす」

 |袋鼠《ていそ》・|跳助《とびすけ》(自称凄腕ヒットハム・h02870)は人語を話すことに対する相手の驚きには一切触れず、さも当然のように前足を組んで座る。よく組めるなそのフォルムで。
 その首元には、ミニチュアのネクタイが着せられていた。

「最近はハムスターだって内見する時代っすよ。坊ちゃんの代理で来たんすけど」
「は、はぁ……」
「それで、その『人間ぶっ殺しゾーン』ってのを見せてもらえません?」

 跳助は間取り図を指差しながら、無邪気に首を傾げる。|HEAD CARE《へけっ》……。

「うちの組でも、ちょっとした『処理』に使える部屋を探してたんすよ」

 そんな物騒な言葉を聞き、不動産屋の顔が青ざめる。

「お客様、ウチは反社とは……!」
「あれ? この部屋、ウッドチップは敷き詰められてない? 大きな回し車もないっすか?」
「そ、そうですね。基本的にはあとから用意するものかと」
「ハハハ、御冗談を」

 張り詰めた空気の中内見が始まると、跳助は小さな体を活かして部屋の隅々まで這い回る。
 特に「人間ぶっ殺しゾーン」の周辺は念入りにチェック。砂漠の戦士(自称)としての野生の勘が、この空間の異様さを感じ取っていた。

「おや、奥に立ってるのは管理人さんっすか?」

 何らかの手段でドアノブを開けた跳助は包丁を持った男を見つけ、耳をピンと立てる。

「包丁の手入れが雑っすね。プロの目から見ると痛しかゆし」
「――!」

 その時、管理人が不気味な動きを見せる。包丁を持ち上げ、ゆらりと近付いてきた。
 「理解」していたのだ。相手はプロであると。互いの制空権が期せずして触れ合い、人間ぶっ殺しゾーンの主が動き出す!
 だが跳助は、長年の"ヒットハム"としての経験から身をかわし、素早くドアを閉じた。管理人(仮)は知能が低いので、ドアを開けられないんですねー。

「危ない危ない。これぞヒットハム流・暗殺察知……坊ちゃんと見た映画でよく出てくるやつっす!」

 などとキメながら、床の染みや壁の歪み、そして空気中に漂う生臭い匂い。その全てを記憶に刻んでいく跳助。
 彼はヒットハムでありながら、一流のスパイハムでもあったのだ。

「ふむふむ。まぁまぁな物件っすね。坊ちゃんにも報告しときます」

 帰り際、跳助は両頬をパンパンに膨らませながら、不動産屋に向かって投げキッスを送る。やだ、ハードボイルド。

「ひまわりの種がウマくなりそうな物件っす。また今度、坊ちゃんと一緒に来るっすよ」
「は、はぁ……お待ちしています」

 颯爽と去る跳助。その頬袋の中には、こっそり採取した証拠の数々が隠されていたのだった。早めにペッてしなさい。

紅河・あいり

「あの、私、今日親に代わって内見に来たんですけど」

 黒縁眼鏡をかけた制服姿の少女が、恭しく不動産屋に頭を下げる。
 その姿は、人気アイドル紅河・あいり(クールアイドル・h00765)の面影を微塵も感じさせない。

(霊力の波動が……妙に歪んでいるわね)
「あぁ、お嬢さんですね! では、さっそく案内させていただきます」

 赤いスーツの不動産屋は、眼鏡の奥で冷静に状況を観察する少女には気付かないまま、にこやかに応対を始める。

「この物件、まだ新しいのにとてもお値打ちなんですね」

 あいりは真面目な優等生を演じながら、スマートフォンを取り出す。抜け目なく部屋を観察し、そのおかしなところを探ろうとする。

「写真を撮らせていただいても? 親が見たがると思いますので……」
「ええ、どうぞどうぞ!」
(あ、いいんだ……普通なら内見時の撮影は制限するはずだけど)

 あいりは冷静に状況を判断する。謎な配色のスーツといい、もしかすると彼は本来不動産屋ではないのかもしれない。
 部屋を巡る中で、あいりの霊的防御が微かな違和感を察知する。
 特に「人間ぶっ殺しゾーン」と名付けられた空間の周囲では、霊力の流れが著しく乱れていた。

(このネーミング、プロデューサーさんでも付けないわね……)

「こちらのお部屋は?」
「ああ、『人間ぶっ殺しゾーン』ですね! 名前は特徴的ですが、実は『畳の上で死にたい』という日本人の願いを現代的に解釈したものなんです。たぶん」
「なるほど! そう言われてみると、確かに……」

 奥の部屋では、包丁を持った管理人らしき男性が立っていた。
 その姿を収めようとカメラを向けた瞬間、レンズに映る姿が一瞬歪むのを見逃さない。

「ええっとぉ……あの方は?」
「おそらく管理人です! お料理が得意で」
(包丁の持ち方が料理人とは違うわ。というかなんで半裸……暑いのかな?)

 丁寧に各部屋を撮影しながら、あいりは壁の染みや床の傷、そして空気中に漂う違和感も確実に記録していく。
 特に霊力の乱れが強い場所では、さりげなく動画撮影も行った。2|f《フレーム》ごとに幽霊らしきものが映りこんでいる。どんだけ死んでるんでしょうね。

「ええと、か、家族にも見せられる写真が撮れました。ありがとうございます」
「はい、どうも。このお宅、どうも人気みたいでたくさん内見来てるから、そろそろ売れちゃうかもしれませんね」
「そうなんですね! それじゃあ親にも早く言っておかないと」
(たぶんそれ、みんな√能力者じゃないかな……)

 帰り際、あいりは深々と礼をする。その仕草は完璧な女子高生のそれだった。これならドラマとかも出れると思います!

雪起・柊音

「もしもし、柳岡さんでしょうか」

 |雪起・柊音《ユキ・シオン》(Donnerschnee・h03670)の|低く抑えた声《栗原さんみてぇな声》が受話器から流れる。
 義手の右腕が微かに輝きながら、通話を最適化していた。プライバシー保護のため、声色はクソ低くなっている。

「知人の建築士、雪原と申します。先ほど送っていただいた間取り図について、少々気になる点がございまして」
「ウワァ、知らない知人だ! 気になる点とは……?」

 |内見中の柳岡さんはスマートフォンから流れるクソ低い声と胡乱な発言に気を取られつつ、しっかり聞き返してくれる。優しいね。《そうして話しながら、建物の外から内部を確認する柊音。箱型ボディにかわいい顔のついたロボが、ひそかに室内の柳岡さんを監視する》

「ええ。不動産の担当の方にもお聞きいただきたいのですが……」

 |柊音は電話を切らせないよう、専門家然とした口調で畳みかける。《不動産屋さんにある内部データと、ロボたちが視認する室内の差異を確認する》

「この『人間ぶっ殺しゾーン』、生贄の間より狭いのが気になりまして」

 |受話器の向こうで、不動産屋が息を飲む音が聞こえる。《さりげなく、柳岡さんにメールを送信する柊音》

「通常、処理能力を考えれば、この配置は非効率的なんですよ」

 |義手が自動で通話のノイズを消去していく中、柊音は淡々と続ける。《それを確認した柳岡さんは、何事かと思いつつもその指示に従い、荷物をまとめる》

「恐らく、以前この部屋には――」

 |一瞬の間。《こんなプレイングどうしろってんだ!》

「――クソデカい殺し屋が、ペットにクソデカ生物を飼育していたのではないかと」
「なんですって……!」

 |柳岡さんの動揺が、受話器越しの呼吸音の乱れとなって伝わってくる。義手のセンサーが、その微細な変化を確実に捉えていた。《柳岡さんはアドリブでそれなりのリアクションをしつつ、少しずつ内見担当者から距離を離していく。通話に動揺している担当者は、その逃走に気づかなかった》

「まぁ、単なる推測ですがね」

 そんなふうに話しつつ、柊音は例の物件がある建物を見渡せる地点に到着した。改めて、スナイパーライフルーー"Mistilteinn"を構え、サイトを覗く。
 狙うは例の間取りの物件――

「――窓なぁぁい! 窓ねぇぞぉぉ!! 柳岡ぁぁ!!」
「うわっなんすか急に」

 窓がないので狙撃はできそうにありませんでした。

七瀬・禄久・ななせ・ろく

「へへ……家賃が安けりゃ多少汚いとこでも構わないんだが。まさかこんなきれいな家が5万円とはね」

 安物のスーツを着崩した中年男が、赤いスーツの不動産屋に向かって頭を掻きながら笑う。

「このご時世でしょ? 今の給料じゃ住む所にも困る身分でなぁ」
「ええ、わかりますとも。世知辛い世の中になったものです」

 そうしてうだつの上がらない男を装ってはいるものの、この男――七瀬・禄久(片腕義体サイボーグの警視庁異能捜査官・h00152)、警視庁|奇《キ》々|地《チ》域災害特別捜査|課《カ》刑事なる肩書を持っていた。
 つまりは公務員である。とはいえ、安定とは程遠い仕事ではあるが。

「それで、こちらが生贄の間になります」

 部屋に入った瞬間、禄久の目が鋭く光る。
 正面の壁一面には経年劣化した札が所狭しと貼られ、床には不自然な段差が設けられていた。
 その段差の縁には、拭い取ろうとした形跡のある赤黒い染みが残っている。

「おぉ! なかなかの模様じゃないか!」

 禄久は故意に大袈裟な身振りで床の染みを指差す。

「こういう、なんつーかね、アンティーク風の色合いってのは好きなんだよ」

 天井からは黒ずんだ鎖が垂れ下がり、壁には一面に、びっしりと文字が刻まれている。

「ここからだしてここからだしてここからだしてここからだして
 ここからだしてここからだしてここからだしてここからだして
 ここからだしてここからだしてここからだしてここからだして
 ここからだしてここからだしてTさんだしてくれてさんきゅう」
(なんか救助された形跡があるな)

 それはともかく。気を取り直して、禄久はスマートフォンを取り出しながら間の抜けた笑顔を浮かべる。

「あー、写真撮らせてもらっていいか? 家具とか敷物とか、合わせやすいように……な?」

 不動産屋が「えぇ……」と戸惑いの表情を見せる中、禄久は要所要所をしっかりと撮影していく。
 特に段差の染みと、壁のお札の配置は入念に。

(血痕の形状からして、複数回に渡って……いや、定期的に何かが行われてたな)
「あー、このお札もインテリアっすか?」

 間抜けた調子で尋ねながら、禄久は札に書かれた呪文めいた文字を記録する。
 「滅殺不動尊」や「リスキル大明神」の霊験あらたかなお札がたくさん貼られていた。みんな知ってる有名な仏様だね。

「あ、はい。それは雰囲気作りの」
「渋いねぇ! 気に入ったよ!」

 奥から不気味な気配を感じ取りながらも、禄久は底抜けに明るい態度を保ち続けた。
 証拠は十分。あとは他の捜査員の調査結果を待つだけだ。

「また来てもいいっすかね? 嫁さんにも見せたいんで」
「ええ、いいですよ。そのときにまだ売れていなければですけど」
「はは、そりゃ間違いない!」

 売れるわけねーだろと思いつつも、禄久は笑顔を浮かべ続けていた。

第2章 集団戦 『狂信者達』


●変な家2「狂信者が250人いる部屋」

「お客様方、申し訳ございません! 以前のあの物件は……行政の指導が入りまして。窓がないって言われちゃって」

 赤いスーツの不動産屋は深々と頭を下げながら、新しい間取り図を取り出した。

「ですが、こちらの物件なら……!」

 机の上に広げられた図面には、一見するとごく普通のマンションの間取りが描かれている。
 しかし、よく見ると妙な違和感が漂う。玄関は靴一足分がやっと入る程度の広さで、その先にはいきなりダイニングが広がっている。

 ダイニングと直結した風呂場の横には、まったく同じサイズのトイレが配置されている。
 なぜこれほど巨大なトイレが必要なのか、その理由は書かれていない。以前クソデカい力士が住んでいたのかもしれない。
 そしてダイニングの奥には、まるで廊下のように細長いリビングルーム。その先には……。

「そして、こちらが物件の目玉となります『狂信者が250人いる部屋(4畳半)』でございます! きっとお楽しみいただけるかと」

 狂信者が250人いるらしい。
 4畳半とは約7.29平方メートルであり、250人ということは各人に割り当てられるスペースはわずか約0.029平方メートル(29平方センチメートル)となる。
 もうすし詰めってレベルじゃない。そんな状態でも、√能力者を見るとしっかりと襲ってくるので、なんとかしてあげてくださいね。
エディ・ルーデンス

「うーん、窓ないのはそりゃさすがにアウトだよね〜」

 エディは長い髪をかき上げながら、極端に細長いリビングを隅々まで歩いていく。
 大家としての職業病か、つい物件の設備をチェックしてしまうようだ。

「いや細いなリビング〜。テレビは置けるかな一応。で、この奥が……?」

 間取り図を確認したエディの表情が、一瞬パッと明るくなる。

「信者が250人!? マジで! パーティーじゃん!」

 ……が、歓喜の表情は一瞬で凍りつく。

「……って四畳半に詰め込んだの!? ちょっと待って、それヤバくない!?」

 大家らしく電卓を取り出し、計算を始める。29平方センチメートルに、成人男性一人あたり平均60キロの荷重。
 それすなわち、16,000キロ。16トンあるじゃねーか。
 
「やっぱりイナバ、250人乗っても大丈夫……ってコト!? マジか……床超頑丈じゃん……リノベ向けェ〜」

 考え込むように指で計算を続けながら、エディは問題の部屋へと向かう。

「とりま内覧しまーす✌ 突撃、隣の狂信者……って」

 扉を開けた瞬間。ムワッッと湿度が高まる。
 四畳半の空間に、文字通り250人の狂信者たちが、まるで缶詰のようにみっちり詰め込まれていた。
 
「細ッ!! 人体細ッ!! 怖っ!!」

「ファッキン狭い!」
「肘が当たってんだよさっきから! アァ!?」
「神祈るってレベルじゃねーぞ!」
「オイ誰か来たぞ! 殺れ!」

 狂信者たちは互いに押し合いへし合いしながら、なんとかエディに向かって手を伸ばしてくる。気合が違うよ気合が。

「これ絶対怪異だよね!? つーかこの状況でよく襲いに来れるね!」

 エディはその気合に驚きつつも石刀を構える。
 これだけ狭い空間なら、正直どんな攻撃をしても必ず当たる。
 石刀が光を放ちながら大きく弧を描く。

「ごめんね! とりあえず一気にいくよ!」

「ぐおおおおお!」
「後ろのヤツ押すな!」
「ア〜工場で切られるお菓子の気分〜」

 狂信者たちは次々と切断されていくが、その密度は逆に少しずつ減っていく。
 後ろの狂信者に押し出される形で、前の狂信者たちが否応なしにエディに襲いかかってくる。

「うわーん! なんかもうどっちが人間ぶっ殺しゾーンかわかんないよぅ!」

 ……そう泣き笑いしながら石刀を振り回すエディであった。(ここでアイリスアウト)

雪起・柊音

「ヴォォホンォン!!(クソでかい咳払い)」

 物件の前で派手な咳払いをした後、柊音は義手を軽く調整しながら玄関に向かう。

「建築士の雪原と申します。ていうかまた窓ないんですけれども(怒)」

 右腕の義手がわずかに光を放つ。その光は、まるで彼の怒りに呼応しているかのようだ。
 今度こそ敵を狙撃しようと狙撃ポイントに行ったものの、またしても窓がなかったので直接やってきたのだ。なんで窓がないって怒られてんのにまた窓がないんですかね。

「ェ〜まず、一番気になるのが……」

 細長いリビングを進みながら、柊音は間取り図を確認する。

「奥の四畳半、狂信者が250人いる部屋と。これが凄く、『変』なんですけど〜」

 雪起は義手をすばやく動かし、どこからともなくアサルトライフルを取り出す。

「でもまぁコレ言い出したらキリないんで」

 マガジンを装填しながら、周囲を観察する。
 ダイニングの中に玄関があり、外気がダイレクトに入る。火薬臭くなることはなさそうだ。住み心地は悪いと思われるが……。

 突如、アサルトライフルが唸りを上げる。
 義手との接続が完了し、銃身が青白い光を帯び始める。

「お待たせしました……では、本日の検査を始めさせていただきます」

 リビングと狂信者が250人いる部屋のドアをそれぞれ開き、ダイニングまで後退。
 部屋の中にいる人の群れに銃口を向け――

 引き金が引かれた。
 細長いリビングを貫いて、雷光の弾丸が四畳半の部屋へと飛び込んでいく!

「うおおおアアアア」
「痺れるねぇ!」
「やめろ! 下がってくるな! 圧死するゥ!」
「僕と関係ないとこで死ぬのやめてもらっていいかな」

 狭苦しい空間に詰め込まれた狂信者たちは、避ける余地もないまま次々と弾丸を受ける。
 雷光が走るたびに、部屋中が青白く照らし出される。

 マガジンが空になるまで、雪起は淡々と引き金を引き続ける。
 その様子は、まるで本当に建築検査でもしているかのように冷静だった。

「はい……この階の電気系統の検査は完了いたしました、っと」

 しかし、まだ狂信者たちの うめき声は続いている。
 250人という数は、一度の掃射では片付かないようだ。

「はぁー……もう1マガジン行っておくか」

 柊音は新しいマガジンを用意しながら、義手越しに状況を分析し始めた。

久瀬・八雲

「きました! わたしです! なんとなく呼ばれた気がしたんです!」

 久瀬・八雲(緋焔の霊剣士・h03717)は小走りで現場に到着すると、不動産の間取り図を広げた。
 誰ですか、こんな学生をクッソ血なまぐさい部屋に呼んだのは。
 そんな彼女の背中で緋焔がかすかに震える。霊剣も何かを感じ取っているようだ。

「前の物件には行政指導が入っちゃったのは残念でしたね。今度はちゃんとやりましょうね!」

 間取り図を指でなぞりながら、八雲は目的の部屋を確認していく。
 細長いリビングの奥に、問題の四畳半を見つける。ちゃんとしてねぇ間取りだなオイ。

「ここですね。狂信者が250人いる部屋……」

 そこで八雲は足を止める。

「あ、まだ行っちゃダメですよ……ステイステイ。向こうから見られる前に準備しないと……」

 緋焔が静かに輝きを増していく。八雲は深く呼吸を整えながら、自らを落ち着かせて霊剣を構える。
 そして――突如、熱風が廊下を駆け抜ける。

「どーーん!!」

 四畳半の中心めがけて放たれた一撃は、瞬く間に無数の風の刃となって部屋中を埋め尽くした!

「熱い! ただでさえ暑いのに!」
「アーなんか吸い寄せられちゃう~」
「これ中心の奴ら絶対圧死してる!!」
「ちくわ大明神」

 すし詰め状態の狂信者たちは、避ける余地もないまま熱風の渦に巻き込まれていく。
 その身を刃が切り刻み、ついでに密度が高すぎて圧死してる奴らが数名現れる。そんなところにいる方が悪いと思うんですけど。

「よーし! 続けていきますよ、えいやーっ!」

 八雲は手応えを確認すると、すかさず部屋に飛び込みキックを放つ。
 蹴りを放つたびに、ぎゅうぎゅう詰めの狂信者たちが次々と弾け飛ぶ。まるでドミノ倒しのように、後ろの狂信者たちまで巻き込んでいく。

「ウワァァ! 押すな押すな!」
「死ぬ! 圧死する!」

 やはり密度も伴って、勝手に板挟みになって狂信者たちが倒れていく。

(……鍛えた技よりただのキックのほうがダメージが大きそうなの、なんか釈然としませんね……)

 八雲はそんなことを頭の片隅に思い浮かべていた。そうだね……。

オルテール・パンドルフィーニ
アルティア・パンドルフィーニ

 玄関とそのまま繋がったダイニングの中で、オルテールは扉に向かって不満げに眉を寄せていた。

「アルティア、この前俺のこと閉じ込めなかったか?」
「閉じ込めてないわよ」
「ホントか? 内側から開かなくて大変だったんだぞ。あのあと5人くらい来たけど気付かれなかったし……」
「勝手に閉まったの。もう、クヴァリフ器官にあてられちゃったのね」
「そうか……? そうかな……閉める音したけどな……まぁいいか」

 とりあえずなんとかなった様子である。でもお兄さんを閉じ込めるのは……やめようね!
 一方、巨大なトイレを眺めながら、アルティアは険しい表情を浮かべていた。
 便器は端の方にあるのに、何やら明らかに余った空間があるのだ。相変わらず空間使いが下手である。

「何なのよこの無駄に広いトイレは! ウォークインクローゼットにすればいいでしょう!」
「アルティアがずっと怒っている……」

 そのとき、リビングの奥から唸り声のような音が響いてきた。
 肝心の部屋に行く前に、オルテールは細長い通路のようなリビングをじっと見つめ、何か深い意味でも見出したかのように頷いていた。

「この生活用品の置けないリビング……ここまで来ると、設計者の意図に何か深遠な意図がある気がしないか?」
「意図って?」
「ほら……こう、部屋をリビングで分割することによって、なにか邪なものを閉じ込めるとか……」
「またお花畑みたいなこと考えてないで行くわよ! 設計の方がそこまで考えてるわけないでしょ!」
「アルティアがずっと怒っている……あとやっぱり俺のことうっすら馬鹿にしてないか? こらっ返事をしたまえアルティア」

 兄の声かけも虚しく、アルティアはそのまま早歩きで奥に行ってしまった。
 奥の部屋からは、今にも溢れ出しそうな人の気配が漂ってくる。

「それにしても、250人か。アルティア、君は四畳半の広さを把握しているかね?」
「88スクエア・フィートくらいよね……? こんな狭い空間に250人なんて」

 アルティアの表情が曇る。その脳内に、凄惨な室内の様子が映し出される……。

「圧縮されて、もう死んでるんじゃないかしら……」
「いや、まだわからないぞ。まだ助かるかもしれない」
「助ける相手じゃないけどね」

 オルテールは魔力弾を構えながら、奥の部屋に近づいていく。

「私たちが何とかする必要があるのだろうか。入り口に殺到すれば、彼らは自然と将棋倒しになるはずだが……」
「とにかくやらなきゃいけないならやるのよ! こんな意味不明な間取りをこれ以上見せられるのはもう嫌!」
「アルティアがずっと怒っている……」

 アルティアは床に触れ、緑色の魔力を漂わせる。
 蔓が床から生えてきて、部屋の入り口付近に広がっていく。

 オルテールは睡眠魔術を込めた魔力弾を装填し、扉を開け放つ。
 発砲すると青白い光が四畳半の中で広がり、狂信者たちを包み込んでいく。

「眠れ……眠れ……」
「眠る……眠る……」
「ちょっと、そんなのダメよ!? 先に眠った人が下敷きになるでしょ!」

 しかし時すでに遅し、アルティアの作った蔓が狂信者たちの足を絡め取る。
 眠って転倒した者たちが次々と重なり合い、出口は徐々に塞がれていく。
 先頭の方たちはまぁ、そうだね。恐ろしい事故もあるものですな。

「お兄様ってば、いつもそうよね。配慮が仇になるのよ」
「そんな……私はただ彼らの苦しみを和らげたかっただけなのに……」

 オルテールが、その形のいい眉を下げる。まぁ気にしないで、狂信者ですから。

袋鼠・跳助

 細長いリビングの中で、一匹のカンガルーハムスターが不満げに前足を組んでいた。よく組めるねそのフォルムで。

「まいったっすね。窓がないのが売りだったのに……坊にもう言っちゃったっすよ」

 跳助は天井を見上げながらため息をつく。
 砂漠の戦士の末裔を名乗るその姿は、いかにも格好良い。モフモフだけど。

「これはもう、憂さ晴らしに付き合っていただくしかないっすね」

 奥の部屋から聞こえてくる狂信者たちの気配に、跳助は尻尾をぶんぶんと振り始める。

「ひま種弾はまた今度にして、今日は肉弾戦でいかせていただきます!」

 跳助はドアを開くと、壁を蹴って天井へと飛び上がる。
 その動きは、かつてマフィアの坊っちゃんと見たアクション映画のワンシーンそのものだ。

「はーい、みなさん整列してくださーい! ヒットハム流暗殺鉄尾、大回転尻尾アタックの時間でーす!」
「なんだと!」
「大回転尻尾アタックだってよ」
「ほう、大回転尻尾アタックですか……大したものですね」

 狭苦しい四畳半の中で、狂信者たちは困惑した表情を浮かべながらも、なぜか言われるがままに列を作り始める。
 ただでさえ狭い室内、本来列などとても作れないのだが……他の√能力者が減らしてくれたおかげでちょっとは動ける様子だった。減ってよかったね。

「そうそう! 押さない押さない! 順番に尻尾でぺしぺしするんで、みんな平等に痛い目に遭えますよー!」
「痛い目に遭えるらしいぞ」
「ほう痛い目ですか……大したものですね」

 天井から壁へ、壁から床へと跳び移りながら、跳助は次々と尻尾を振るう。
 狂信者たちは順番を待つように、まるで遊園地のアトラクションの列のように並んでいく。顔をベシベシされて帰っていく。

「はい、次の方どうぞー! あ、横入りはダメっすよ? マフィアの掟でも順番を守るのは基本中の基本っす!」
「ウーム、こりゃ悪くないかもしれない」
「痛い目に遭ったぜ」
「二周目行くか〜」

 狂信者たちは窮屈な空間の中で、律儀に順番を守りながら跳助の攻撃を待っている。
 時折、耐えきれなくなった者が倒れると、ドミノ倒しのように連鎖して倒れていく。

「自分で言うのもなんなんすけど、あんたらどういうモチベーションで並んでるんすか」
「今さらそんなこと言う――ブッ」

 跳助はぴょんぴょんと跳ね回りながら、気味の悪いものを見る目で狂信者たちを見ていた。まぁ気味悪いっすよこいつらは。

紅河・あいり

 玄関前にて、あいりは困った表情を浮かべていた。
 人気アイドルらしい整った容姿と華やかな雰囲気、そして…………を纏っているが、今は少し戸惑いが見える。

「あの……この玄関、靴一足分の広さしかないの?」

 彼女は胸元に手を当てながら、狭い玄関を覗き込む。
 無理に体を押し込もうとした瞬間、予想通り身動きが取れなくなってしまった。
 なぜなら彼女はデッッッッッなものを|お餅《誤変換ではない》であったからだ。

「くっ……ミニあいりで来ればよかったかも……」

 デッッッッッかいものを挟まれながらも、何とか体を捻って玄関を抜ける。
 そこにはいきなりデッッッッッかいダイニングが広がっていた。あいりは冷静に空間を観察する。

「玄関を省スペース化した分、生活空間を広く取ってるのかな。広すぎるけど……」

 そうして、すでに戦いの痕跡が見受けられる奥の部屋のドアに手をかける。
 開けた瞬間、250人(から結構減ってる)の狂信者たちが詰め込まれた光景が目に飛び込んできた。
 ……あいりは何も言わず、静かにドアを閉める。別√の満員電車にワープしたのかな?

 通常ならば様々な感情が渦巻いているはずだが、彼女の場合悪感情の欠落ゆえか、その表情は穏やかなまま。
 スマートフォンを取り出し、何かを確認し始める。

「ここの間取り、SNSでも話題になりそう……」

 そう呟きながら、あいりはハンドバッグから制汗スプレーを取り出す。普段のライブでも愛用しているものだ。

「……悪いけど、実験させてもらいますよ!」

 再びそっとドアが開かれ、スプレーの噴射音が静かな空間に響く。可燃性ガスが警報機に向かって放たれる。
 その数秒後、鋭い警報音が建物中に鳴り響いた。室内にパニックが起こる!

「うわー! 火事だーッ!」
「押すな! 危ないぞッ」
「何があってもここから出てはならん! 我々はこういう間取りなんだから!」
(プ、プロ根性――!)

 250人の狂信者たちが一斉に動き出す音が聞こえてくる。
 出口に殺到する足音、混乱する声、それを諌める声、そして将棋倒しになる音。

「……群衆心理って、怖いですよね」

 あいりは冷静に状況を聞き取りながら、ゆっくりと部屋から後退する。
 このまま外に出てきてもらったら困る。速やかに退散しよう……と、狭い玄関を見つめるのだった。

七瀬・禄久・ななせ・ろく

「建築基準法違反の通報あったんだってな。うわー、災難だなぁ」

 禄久は警察手帳をだらしなく掲げながら、玄関に立っていた。
 安物のスーツはしわくちゃで、タバコの匂いが染み付いている。

「……まぁ、通報したの俺なんだけどね」

 右腕の義手が微かに軋みを上げる。
 奇々地域災害特別捜査課の刑事バッジが、その表面に映る。

「そんじゃ、ちょいと中見せてもらうかー。公務執行妨害は重罪だからな」

 細長いリビングを進みながら、禄久は風のカートリッジを義手に装填する。
 奥の部屋からは、既に狂信者の声が聞こえてくる。その扉を開く。

「へぇ、こりゃすげぇな。すし詰めってレベルじゃねぇ」

 四畳半の中で身動きの取れない狂信者たちを見て、禄久の表情が一変する。
 だらしない態度は消え、鋭い眼光が放たれる。

「そんだけギチギチなら動けねぇだろ? なぁに、すぐ風穴開けて楽にしてやるさ――」

 ガチャリ、と金属音が鳴る。禄久が義腕を構える。

「――穴はてめぇらの体だがな!」

 弐式・穿衝砕撃が発動する。
 烈風を纏った義手が、狂信者たちの群れを下から突き上げる。
 貫通攻撃は、まるでだるま落としのように狂信者たちを次々と吹き飛ばしていく。

「ぐあああ! ここに来てマトモな攻撃!」
「なぁに心配すんな。敵以外は貫通しないように調整してっから、建物は無傷だぜ!」
「ぐあああ! さほど嬉しくない情報!」

 荒れ狂う風の中、狂信者たちは次々と倒れていく。
 他の√能力者たちの攻撃と相まって、ついに四畳半の部屋は殆ど片付いた。
 数名の狂信者だけが、まだ辛うじて意識を保ったまま床に転がっている。

「ま、一通り片付いたろ。あとは仲間に任すとして――俺は、次だ」

 禄久は外に出て、赤いスーツの営業マンに近づく。その表情には、ゆるんだ笑みが浮かんでいる。

「いやぁ、いい家だったよ。ストレス解消には持ってこいだった」
「さ――左様でございますか……」

 営業マンが青ざめる中、禄久は懐からタバコを取り出す。

「なぁ? もっと、ほかに、家はあるのかい?」
「そ、その……そうですね。実は、店長がぜひ、紹介したい物件があるので来てほしいと……」
「へぇ? そりゃ面白そうじゃないか」

 不敵な笑みを浮かべながら、禄久は営業マンに顔を近付ける。
 二軒もの家が使い物にならなくなった「儀式ヤリスギ不動産」――その主はすでに、√能力者を迎え撃つつもりだった。

ふわ・もこ

(なんか明るいジングル)
『本日の「めざせ! 都会のいきもの」は、異常物件に住み着いた珍しい生態を見せる狂信者の群れと、そこに迷い込んだ一匹の子羊の物語をお届けします』

 カメラは、ドアの前でうろうろする小さな羊ふわ・もこの姿を捉えています。
 子犬ほどの大きさしかない白い毛玉は、困ったように首を傾げています。

「メェ……」

(誰なんだこのナレーション)
『都会の建物に適応した狂信者たちは、通常のドアノブを回すことができますが、この子羊にはそれが難しいようです。しかし、都会の生き物たちの生態は時として予想外の展開を見せることがあります』

 なんと、後ろから来た|調査者《カメラマン》が扉を開けてくれました。誰なんだお前!

「メェ……」

(このナレーション誰なの!? 怖いよォ!)
『細長いリビングに入った子羊は、この不自然な空間にしり込みしています。野生の習性として、開けた場所を好む羊には、この狭い空間は本能的な警戒心を呼び起こすのかもしれません』

 しかし、好奇心旺盛な子羊は、少しずつ前に進んでいきます。

「メェ……?」

(謎に満ちたナレーション)
『奥の部屋で発見したのは、驚くべきことに四畳半に250人もの狂信者が暮らすコロニー。そのほとんどは既に去ってしまいましたが、まだ数名が残っています。普段は凶暴な狂信者たちですが、この後、思いがけない展開が……』

「メェ~」

(民放では放送を確認できないナレーション)
『なんと子羊は、残された狂信者たちの間に自ら飛び込んでいきました! ぎゅうぎゅうに詰め込まれた過酷な環境で、心を閉ざしていた狂信者たち。しかし、ふわふわの毛並みを持つ子羊の無邪気な行動に、その表情が徐々に和らいでいきます』

「この子……なんだか癒されるなぁ……」
「柔らかくて暖かい……」
「もう狂信なんてやめようか……」

(衛星放送でも放送を確認できないナレーション)
『アニマルセラピーの効果でしょうか。狂信者たちの心の闇が溶けていくようです。彼らは教団を離れ、普通の生活に戻ることを決意したようです』

「メェ~♪」

(世界のどこでも放送されていないナレーション)
『都会の片隅で繰り広げられた、小さな子羊と狂信者たちの心温まる交流。明日はどんな生き物たちとの出会いが待っているのでしょうか。「めざせ! 都会のいきもの」、明日もご期待ください!』

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


「……やれやれ。ついに私たち、警察から怒られてしまいましたねぇ」

 金髪のオールバックがキラリと輝く不動産屋の店長は、片目の眼帯を軽く指で押さえながら、窓際に立っていた。
 現れたその男の正体とは――儀式ヤリスギ不動産店主『リンドー・スミス』!

 噂によると連邦怪異収容局員でもあるらしい。なんかすごそう。
 しかし高級スーツに身を包んだその姿は、一見すると普通の不動産屋の店長にしか見えない。見えないよな?

「せっかく、お客様のために良い物件をご用意したというのに……」

 机の上には、ボロボロになった2件の物件の写真が広がっている。
 1件目は行政指導、2件目は使用不能。スミスの計画は着々と潰されていっていた。

「これ以上私の計画を歪めるのはやめてもらいたい。そこで、君たちをこうして招いたわけだ。……私の城にね」

 「儀式ヤリスギ不動産」。その事務所の天井に設置された装置から、紫がかった光が降り注ぐ。
 その銘板には「疑似クヴァリフ器官ver3.15(2)(最新版)(こっちが最新)」と型番が刻まれている。

「そして、入ったからにはもう遅い」

 スミスは不敵な笑みを浮かべながら、装置のダイヤルを回す。紫の光が徐々に強くなっていく。

「今回は単に『おかしいものを普通に見せる』んじゃない。このバージョンは、光を浴びた者を『察しの悪い馬鹿にする』効果があるのだ」

 オフィスの空間が歪み始める。壁から剥がれ落ちた壁紙の下からは、得体の知れない文字列が浮かび上がっていた。何書いてあるんだかわかんないけど。

「この光の中。諸君は私の攻撃がどんなものなのか、理解できなくなるだろう」

 店長は眼帯に手をかける。その下から、異様な光が漏れ始めている。

「そのうえ、自分の能力の危険性をも忘れてしまう。まさに諸刃の剣……いや、諸刃の剣だと気付かなくなる、というべきか」

 スミスが不敵に笑い、その身に宿す様々な怪異が彼のシルエットを歪めていく。
 √能力者たちは一転、恐るべき危機に晒されていた――

「問題はこの光が普通に私にも効くことだ。この袖から出てるの何の怪異だっけ?」

 ――そんなに危機でもないかもしれない。

 ※第3章ではみんな察しが悪くなるので、敵の能力がよくわかりません。カウンターなどは多分無理でしょう。
 ※察しが悪すぎてデメリットもなんか無視できます。
七瀬・禄久・ななせ・ろく

 不動産屋の扉が豪快に吹き飛ぶ。
 木片が宙を舞い、事務所内の書類を巻き上げる。紫がかった光の中、破片は不自然な軌道を描いて床に落ちていく。

「動くな! 警察だ!(パァン!)」

 扉を蹴破った禄久は手帳を片手に掲げながら、もう片方の手の拳銃で即座に発砲した。
 焦げ臭い火薬の香りが漂い、弾丸がスミスの肩に食い込む。

「おや? ……警察とは珍しい」

 一方のスミスは、肩に弾丸が命中したにもかかわらず、涼しげな顔で眉を上げる。

「しかし私の新型クヴァリフ器官の効果で、貴方は――」

「(パァン!)うるせぇ! 動いたから撃ったぞ!」
「動いてないんですけど」
「(パァン!)動かなくても撃つって言っただろ!」
「絶対言ってないって」

 スミスは一瞬言葉を失うが、ナイスミドルな雰囲気をなんとか保ち咳払いをする。
 彼も察しはかなり悪くなっているが、なかなかのカバー力である。

「いいかね。弾丸というのは撃ったら普通は死ぬよ。そんな弱パンチ感覚で撃つんじゃない」
「(パァン!)へぇ、なんか紫の光が出てるな!」
「本官さんでもそんな撃たないって」

 意外とダメージの少ない銃による射撃。スミスもなんだかんだ言って強いのだ。
 弾丸では効き目が薄いと見て、禄久は装置を指差しながらズカズカと前進する。

「どうでもいい! 俺はお前が邪悪そうに見えるから殴る!」
「もう撃ったじゃん」
「うっせぇ!」
「……ふん。ここまで単純な思考になるとは……ならば見せてあげよう。この袖の下に蠢くものを」
「うっせぇ!」

 禄久は構わず突進。スミスの放つ怪異の群れを、生身の左腕で受け止めながら進む。
 奇怪な生物か非生物……その中間のようなものがスミスの体から飛び出し、禄久の肉体を抉っていくのだ。血潮が吹き出す。

「……痛くないのかね?」
「あぁ、痛いよ」

 すると突如、禄久の声のトーンが変わる。

「救えなかった市民の声が、今も耳に響いてる」
「急に劇画調の作画になるなって」
「だから、テメェは許してやらねぇよ。――壱式装填、完了!」
「君テンションどうなってんの?」

 禄久の右腕が眩い光を放ち始める。機械式の義手が、その形を大きく変えていく。
 その腕から放たれた浄化の炎が、スミスの胸を直撃した。
 紫の光の中でも、その純白の輝きは鮮やかに空間を切り裂いていく。
 炎に包まれたスミスの姿が歪み、その背後の怪異たちが悲鳴を上げる。

「ぐっ……! 何かわからんがこの力は……!」

 だが、スミスの体はまだ完全には倒れていない。
 彼の眼帯の下から漏れる光が強まり、新たな怪異たちが続々と湧き出してくる。
 戦いは、まだ続くようだった。

「市民の嘆きの光。目に焼きつけながら逝けや!」
「カッコよく決めても忘れてないからな、さっきメチャクチャ撃ってたこと」

写・処

『(ピーピー)バックします、バックします』
「ん? 何かなこの声は――」

 ――ガシャァァン!
 不動産屋の壁が大きく崩れ落ちる。紫がかった光の中を、黒塗りの霊柩車がバックで豪快に突っ込んできた!

「ウワァァァァ!!」
「お待たせ~! 現着現着ぅ!」
「ワレェどこの組のモンじゃあ!」

 運転席から写・処(ヴィジョン・マスター・h00196)が軽やかに飛び出す。その手には既に霊剣・一文字が握られていた。
 霊柩車を用いたヤクザ式のバック突撃。これにはスミスも思わずヤクザになってしまいました。

「なるほどね~。この物件、どこが変なのかなぁ★」

 処は首を傾げながら、甲高い声とともに紫の光を見上げる。この甲高い声は√能力者の間で大流行なのだ(大嘘)。

「よくわかんないけど、とりあえずアレは止めたいよね。けど……」
「ウチの組にカチコミかけとっただで帰れる思いんさんなや!」
「広島ヤクザになっちゃった……」

 スミスの周囲で蠢く怪異たちが、次々と彼の体と融合していく。
 肩には巨大な筋肉が盛り上がり、腕の先端は鋭く硬い刃に。その姿は、人の形を大きく逸脱し始めていた。

「おっと、そういうことするなら……」

 処は手を翻す。突如として大量のブラウン管テレビが空中に出現する。紫の光に照らされて、カラーバーが不気味に映る。

「緊急速報。震度7まで出しちゃうよ」

 テレビ画面が不快なチャイムとともに一斉に明滅し、強烈な震動波が放たれる。
 室内の空気が激しく揺れ、融合武装と化したスミスの動きが鈍る。

「ぐっ……だがこんな技で!」

 スミスの体から伸びた触手のような武装が、処めがけて襲いかかる。

「あ~もう何がなんだかわかんない!」

 処は霊剣を振るい、次々と襲いかかる武装を斬り払っていく。刃に触れた箇所から、怪異たちの悲鳴が響く。

「でもね~、|怪異《バケモン》には|人間災厄《バケモン》をぶつけるんだよ!」

 霊剣が空気を切り裂く音と、融合武装が蠢く音が交錯する。
 処の剣筋は流麗だが、スミスの攻撃は予測不能な軌道を描いて襲いかかってくる。

「……ほう。まさか人間災厄とは!」

 スミスの声が歪む。その体からは更なる武装が生み出され、部屋中を埋め尽くしていく。

「あれ? わかるの? なんか君察し良くない?」
「さてね。だが人間災厄ならば、是非ともその力……我が組織でじっくりと抽出させてもらわねば――!」
「エッチな話してる?」
「してない」

 処は明るく笑いながら、次々と襲いかかる融合武装を薙ぎ払っていく。

 紫の光に照らされた怪異武装の群れと、霊剣から放たれる白い光が、不動産屋の空間で激しくぶつかり合う。
 壁には無数の傷跡が刻まれ、床は震動で軋んでいく。
 処の剣の冴えは、察しが悪くても淀みない。エッチな話にはならずに済みそうだった。

録・メイクメモリア

 録・メイクメモリア(LOST LOG・h00088)は不動産屋の中で瞬きをする。
 紫がかった光が揺らめく空間で、彼の三つ編みが不思議な影を落とす。

「……? どこだっけ、ここ」

 いつものことだが――いや、いつもより記憶が曖昧だ。
 人間ぶっ殺しゾーンの内見をしていたような、ミチミチ信者×250たちと戦っていたような気もするが上手く思い出せない。
 視界の端で何かが動いているが、それが何なのかも定かではない。

「そうか。ここは森……かもしれない」
「絶対違うよ」

 周囲を見回す。確かに、この空間の様子は森に似ている。
 壁紙の模様は木々のようだし、天井から漏れる光は木漏れ日のよう。
 紫の光でさえ、深い森の中の神秘的な輝きに見えてくる。

「――そうか、ここは森なんだ」
「違うって」

 録の言葉が空気を震わせる。するとたちまち、不動産屋の空間が変容を始める。
 壁が樹木へと変わり、床から下生えが生え、天井からは枝葉が伸びる。

 なんということでしょう! トラックでぶち抜かれて汚く荒れていた家屋が、匠の手によって鬱蒼とした森に変わっていくではありませんか。こんな匠いたら放送事故だよ。

「なんだ……何なのだこれは!」

 様々な怪異と同化したスミスの姿も、録の目には巨大な「病に冒された獣」として映る。

「ここが森なら、お前は病んだクマだな」
「絶対違うって。喋ってるのが聞こえないのか」
「病によって喋るようになったんだな……?」
「ハァー……(絶句)」

 呆れたスミスが放つ、触手のような武装が襲いかかってくる。
 しかし録の世界では、それは獣の爪となって振り下ろされる。

「師匠が言ってた。森で人を襲うものは、全て『病』なんだってな」

 録は山刀を構える。森の主人公である森番として、彼の一撃は決して外れない。
 刃が空を切り裂き、スミスの武装を両断する。斬られた箇所から黒い煙が立ち昇る。

「切断して、焼却」
「グゥッ……!」

 彼の一撃一撃は、確実にスミスを追い詰めていく。
 紫の光の中でも、録の動きは迷いがない。彼にとってこれは、ただの森での日課なのだから。

「けど……」

 山刀で新たな武装を切り裂きながら、録は首を傾げる。

「このクマ、焼いても美味しくなさそうだ」
「当たり前だろ!!」

 スミスの声が響く。だが録の耳には、それは獣のうなり声としか聞こえない。
 いや普通に言葉は聞こえているのだが、なんかクマが喋っているような気がしたのだ。何でなんですかね……。

 森の木々が風に揺れる。いや、不動産屋の壁が軋む。二つの現実が重なり合う中、戦いは続いていく……。

エディ・ルーデンス

「なるほどね……つまりそういうことか」

 エディは紫がかった光の中で、深く頷いている。何がわかったのかは本人にも不明だ。でもアナタ、そういう見た目で意味深なこと言うとすごい「わかってる感」出るんでやめたほうがいいっすよ!

 それはそれとして部屋の中央では、スミスの姿が怪異との融合によって激しく歪んでいく。その姿を見たエディは首を傾げた。

「あれ? 不動産屋さん、急に髪型変えた? イメチェン?」
「髪型とかじゃないだろ」
「そうかも。体型変えた?」
「変わったけど、一般的に変わるもんじゃないぞ」

 長髪を揺らしながら、エディは無邪気に質問を投げかける。
 埒が明かないと見たスミスの体から、次々と怪異の群れが放たれる。
 エディはそれらを何となく野生の勘で避けながら、のんびりと歩を進める。

「わー、ペットいっぱい飼ってるんだねぇ! でもここ、ペット可の物件じゃないよね?」

 大家としてはやはりそういうところが気になるのだろうか。エディは可愛くないペットを避けながら進む。
 そのとき突如、スミスが怪異の群れを踏み台に大きく跳躍する。
 その動きに反応して、エディは驚いたように石刀を振り上げた。

「うわっ! びっくりした!」
「ぬうっ!」

 巨大な石刀が振り上げられる。その軌道はスミスの体から伸びる刃と激突。スミスは弾かれ、地面に着陸した。
 それから下ろされる石の刃。偶然にもそれは、天井の怪しげな装置を直撃した。

「うわっ! あ、これってもしかして照明? ごめんごめん、この石刀クソでかいからさ」
「貴様……貴様っ! おい、その装置から武器を離せ!」
「いやごめんごめん、ちょっとコードと絡まっちゃって……でも低すぎない? 建築基準法的にアウトだと思う!」

 クソデカ石刀は、擬似クヴァリフ器官に結びついたコードと絡まった。
 エディがどうにか引き抜こうとするが、ブチブチと音が鳴っている。

「え!? ちょっと待って不動産屋さん! この照明、なんで紫なの! パーティー用!?」
「やめろーッ! 高いんだぞそれは!!」
「マジ? 幾らするの?」
「3000万円だ!」
「うわ! 高ッ!」

 エディの声が響く中、石刀は容赦なく装置を切断していく。
 装置のコードから火花が散り、紫の光が徐々に弱まっていく。

「う〜ん、カグヤちゃんに怒られるかな〜」

 エディは髪をかき上げながら、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「いいか! 待て、落ち着け。まず刀から手を離すんだ」
「でもこれクソ重いから、手離したら落ちて切れちゃうよ」
「わかった! じゃあちょっとコードを解くから待て!」

 金髪のナイスミドルと長髪の怪しい兄さん。二人が協力して少しずつ装置を救出していく。
 しかし、その紫の光はだんだん弱まってきていた。大破とはいかないまでも、中破くらいはしてしまったようだ……。

袋鼠・跳助

 不動産屋の机の上で、小さな影が動く。
 ポケットからひまわりの種を取り出しながら、袋鼠・跳助は紫の光に照らされたスミスを見上げた。

「ほう――あんただったっすか、店長」

 ほっぺを膨らませながら、跳助は首を傾げる。食っとる場合かーッ!

「なんか前に会った時は、もうちょいびしっとした感じだった気がするっす」

 彼は小さな手で顎を撫でながら考え込む。ハムの顎ってどこ?

「あ、違う人っすかね? でもリンドーとかいう収容局員っすよね?」
「なんだ君は、ハムスターか……? いや、私は確かにリンドー・スミスだが」
「あれ、初めましてっすか?」
「そう……じゃないか? そんなに見ないからな、ハムスター」
「なんか察しが悪いっすね。それがしもあんたも」

 するとそのとき、跳助の体から青白い火花が散る。頬袋から電気が迸る!
 Who's that poke●●●?
 IT'S PIKAC●●!!!!!

「なんかよくわかんないっすけど、とりあえず敵なんで攻撃するっす! ……あれ、敵っすよね?」
「多分そう。よって私も攻撃させてもらおう……!」

 スミスの体が再び歪み、跳助の体から漏れる電気が、周囲の空気を帯電させていく。
 互いの空間が歪み、その制空権が触れ合っていく。バキとかで見るアレである!

「不思議っすね、何でびりびりするんすかね……でもなんか、この種に電気移せる気がするっす!」

 小さな口から放たれたひまわりの種が、青白い光を纏って空を切り裂く。
 口内で作られた電流がいい感じに反発し、磁力でいい感じに射出されたのだ!

「ヒットハム流暗殺電磁砲! ――とかいう名前のような気がするっす!」

 閃光と共に放たれた種が、スミスの融合武装を貫く。電撃が走り、怪異たちが悲鳴を上げる。

「FUUUUUUCK!!」
「フッ、これが磨き抜かれたヒットハム奥義っす。……何で電気が出るんすかね?」

 理由はよくわからないが、まぁ効いているので良さそうだった。

紅河・あいり

 不動産屋の事務所に、一条の光が差し込む。
 天井から降り注ぐスミスの紫の光と混ざり合いながら、それは徐々に七色の輝きへと変化していく。
 壁を這う怪異たちが、その眩い光から目を背けるように身を隠す。

「お招きありがとう。けれど、お茶の一杯も出ないなんて随分とお粗末なおもてなしね」
「……何者かね?」

 少女がスポットライトの中に佇む。事務所の埃っぽい空気が、彼女の周囲だけ輝きを帯びている。
 散らばった契約書の紙片が、まるでステージ上の紙吹雪のように、ゆっくりと舞い落ちていく。

「私はアイドル、紅河あいり。茶番も、そろそろ終わりにしましょう?」

 あいりの手には銀色に輝くバトンが握られている。その表面が、紫の光を反射して細かな光の粒を部屋中に散りばめていく。

「なるほど。高校生のフリをしていた訳か。しかし、この光の中では君もまともに戦えまい?」
「そうかしら。……察しの悪い馬鹿にする光、なんてお生憎さまね」

 紫の光が強まる中、あいりの体が淡く光を放ち始める。

「なんだ、この光は……!?」
「分かっていないなら教えてあげる。スポットライトを浴びたアイドルがどうなるかを……!」

 手に握ったバトンを構えるあいり。そして……。
 …………。

「……って、どうなるんだったっけ?」
「知らないよ。消えたまえ!」
「あっ、ちょ、ちょっと!?」

 迫りくる怪異の群れ。だが、その体は覚えていた。
 何千回も繰り返したステージの動きを。無数のリハーサルで磨き上げた、完璧な所作のすべてを!

「ていっ!」

 あいりの全身が眩い光に包まれる。
 シルバーバトンが宙を舞い、きらめく光の渦の中でインフィニティバトンへと姿を変えていく。
 それは怪異を弾き返し、なおステージの上で輝いていた。

「 世界を変える。この歌で!」

 透明感のある歌声が響き渡る。高音が織りなす波紋が、紫の光を押し返していく。
 その瞬間、部屋中の怪異たちが身震いする。スミスの融合武装がその動きを止めた。まるでステージに立つ歌姫の前で、観客が息を呑むように。

 完璧な振り付けと共に、インフィニティバトンが空中を舞う。
 バトンは虹色の光の軌跡を描きながら、次々と怪異たちを切り裂いていく。

「何っ!? クヴァリフ器官の効果を受けていないだと!?」
「ふふ、体が覚えているのよ」

 あいりはバトンを華麗にキャッチする。その指先の一つ一つの動きまでが、完璧な精度を保っていた。

「何千回も練習したステップも、振り付けも、全て!」

 インフィニティバトンが再び宙を舞う。ブーメランのように部屋中を飛び回り、スミスの融合武装を次々と切断していく。
 ……部屋の壁が大きく抉られ、破壊された壁から外の光が差し込み始める。

「おい! 壊しすぎだぞ!」
「♪さぁ いっしょに踊りましょう」
「やめろ! 歌うな! ご近所迷惑だぞ!」

 ちなみに後日、あいりの歌はご近所によって録音され、けっこうバズったらしい。

雪起・柊音

 柊音は不動産屋の事務所内を素早く見回す。
 紫の光が充満する室内(だったもの)。窓のない密室めいた空間(だったもの)に、彼の呼吸が僅かに乱れ始める。

「窓のない部屋に迷い込むとはまさにこのことです。なんかそういう歌あったよね」

 義手が微かに震える。その金属表面に、怪異たちの影が映り込んでいく。

「ところで、この部屋は一体何の部屋なんでしょうね。|連邦怪異収容局《テロリスト塾》かな」
「オフィスだよ。見ればわかるだろう」
「言われてみればオフィスか。何言ってんだ俺……変な部屋の見すぎかもしれないな」
「まぁ、もう壁ないからオフィスに見えなくても無理はないがね……」
「えっ……うわあ! ホントだ壁なぁぁい!!」

 ……辛うじて残っている機械と紫の光の中、スミスの融合武装から新たな形が生まれ始める。
 しかしその背は丸まっていた。どんな悪い簒奪者でも、自分とこのオフィスがぶっ壊されたらつらいのだ。

「うわっ! なんか色々出ててますよ。なんかトラウマになりそうなシルエットのものが」
「出てるんじゃない。出してんのよ……」
「ねぇ本当に何それ!? うわっ、そんな形のものまで!?」
「まだまだ。こんな形のものも出せるぞ」
「な、なんて冒涜的な……!」

 ノリノリですごいものをお見せするスミス。何が出ているのかはちょっと、あまりにもあまりにもなのでとても描写は難しい。想像にお任せします!
 そのとき、柊音の義手のセンサーが警告を発する。残弾数ゼロ。先ほどの狂信者への一斉掃射で、携帯していた弾丸は全て尽きていた。

「くそっ、多すぎる! さっきでライフルの弾全部吐いちゃったんですから、対処難しいじゃないですか」

 次々と湧き出る怪異たちに囲まれ、柊音の背中がギリ残っている壁に触れる。まあその横とかはぶっ壊されて穴空いてるんですけど。

「うう……壁がぶっ壊れるって知ってれば狙撃銃使ってたのに……」

 その声が次第に掠れていく。

「僕だって……!(甲高い声) 頑張ってるんですよォ――!!(甲低い声)」

 鬱屈とした思い。それが義手から、強力な電流となって迸る。その青白い光が、柊音の全身を包み込んでいく!

「行きます! 怪異はっ倒しゾーンだぁ!!」
「そんな間取りはない!」

 床を強く蹴った衝撃で、事務所の床が大きく抉れる。柊音の体が閃光のように怪異たちの間を駆け抜ける。
 √ウォーゾーンで買った安い靴の蹴りが閃く度に、怪異たちが弾き飛ばされていく。
 壁を蹴った反動を利用して方向を変え、天井を蹴って加速し、まるで弾丸のように暴れまわる。
 一撃毎に怪異たちが粉砕されていく。義手の関節から放たれる青白い光が、その軌道を追いかけていく。

「くっ、急に何だこの暴れようは……! 集え! 再び我がもとに……!」

 だが、粉砕された怪異たちの破片が、新たな形となってスミスの元へと集まっていく。
 その禍々しい姿は、さらなる変貌を遂げようとしていた。

オルテール・パンドルフィーニ
アルティア・パンドルフィーニ

 不動産屋の事務所は、もはや事務所の形を留めていなかった。
 天井から降り注ぐ紫の光が空間を歪め、穴だらけの壁には得体の知れない文字列が蠢いている。
 床には無数のクレーターが刻まれ、散らばった契約書の束が怪異じみた動きで這い回っていた。

 オルテールは首を傾げながら、天井のクヴァリフ器官の銘板を見上げる。

「名前が……変だな」

 括弧を重ねて整理された型番が、紫の光の中で不規則に明滅している。
 ver3.15(2)(最新版)(こっちが最新)――その文字列は、見れば見るほど目が痛くなるような気がした。
 喜劇作家の彼は専らペンで原稿を書くためこういうファイル名にお目にかかることは少ない。が、すっげぇズボラだなあ……というような直感は得られた。

 壁際では、アルティアが不規則に蠢く文字列に目を凝らしていた。
 文字なのか、怪異なのか、もはや判別がつかない模様が壁一面を埋め尽くしている。

「お兄様、壁の文字も変よ」
「そうかな……そうかも……」
「ちょっとお兄様、いつものことだけどしっかりして!」

 双子は互いを見つめ合う。普段なら一瞥で相手の考えが読めるはずなのに、今は霞がかかったように曖昧だ。
 紫の光が彼らの間に薄い膜を張ったかのよう。それに照らされつつ、ほぼ同時に二人は肩を竦めた。

「まあ、良いだろう!」
「まあ、良いでしょう!」

 オルテールが取り出したペンが、瞬時に巨大な両手剣へと姿を変える。
 その刀身には、かすかに竜の鱗を思わせる模様が刻まれていた。

 アルティアの周囲には、赤い炎球と緑の蔦が次々と具現化される。
 それは生命を持つかのように蠢き、まるで主の意志を察するように宙を漂っていた。

「オ、オオ……なんとなくピンチであることはわかっている……ッ!」

 彼らの前で、スミスの姿が大きく歪んでいく。無数の怪異との融合が進み、その体はもはや人型すら保っていない。
 触手のような武装が壁から天井へと這い上がり、部屋全体を覆い尽くそうとしていた。
 オルテールは華麗な手振りと共に剣を構える。

「私の剣の餌食になってくれたまえ! ミスタ・不動産屋の店主!」

 アルティアも負けじと炎球を増やしていく。

「私たちの前にひれ伏すが良いわ! シニョール・不動産屋の店主!」

 スミスの融合武装が、まるで生きた壁のように部屋中を埋め尽くしていく。
 その表面には無数の怪異の顔が浮かび上がっては消え、禍々しい唸り声が空間を満たしていた。

「そう簡単に敗れると思うなよ。このリンドー・スミスが――!」

 巨大な両手剣を構えたまま、オルテールは静かに呟く。

「いつも通り剣を振り回すだけで良いのかな」
「お兄様ったら、本当にいつもそうよね。でも、それで良いのよ! たぶん!」
「よーし! じゃあ問題ないということで、いくぞ!」

 その言葉に呼応するように、アルティアの周りの炎球が明滅した。その輝きが、恐るべき風圧で揺らぐ。
 振り下ろされたオルテールの剣が、地面を抉る。
 衝撃で床が大きく陥没し、融合武装の動きが一瞬止まる。

 その隙を狙って、アルティアの炎球が次々と命中していく。閃光が走る度に、怪異たちの悲鳴が響き渡る。

「それで、私は……よく分からないけれど適当に振り回しておけば良いわよね!」
「そうだアルティア! それでいいんだ!」
「ほ、本当にいいのかしら……? 私、お兄様みたいなことしてない?」
「それに何か問題が?」

 アルティアの脳内が混乱に包まれる中、衝撃波が事務所内を駆け巡る。
 机や椅子が粉々になり、壁に書かれた文字列が歪んでいく。それでもスミスの融合武装は、その傷を瞬時に修復していく。

 紫の光の中、双子は息を合わせて動く。オルテールの剣が空を切り、アルティアの蔦が床を這う。
 クヴァリフ器官の影響で互いの意図は掴めないはずなのに、その動きは完璧に同期していた。
 剣撃の度に床が抉られ、天井が軋む。事務所の構造自体が、もはや限界に近付いていた。

「当たらなくても、当たるまでやれば当たる! 千本ノックだ。竜は体力があるのでね!」
「なるほど、千本ノック。つまり千個の炎を投げればいいというわけね!」
「そうだアルティア! それでいいんだ!」
「お兄様の肯定を聞くたびに、脳の奥の理性が激しく痛むわ……」

 土木工事ばりに床を粉砕していくオルテールのその横で、アルティアは完全に動きを止める。
 炎球が次々と具現化され、その数は部屋の半分を埋め尽くすほどになっていく。

 一瞬の静寂。
 そして、双子の攻撃が交差する!

 巨大なクレーターが広がり、無数の炎球が一斉に炸裂する。
 衝撃波が紫の光を押し戻し、スミスの融合武装が砕け散る。その中心から人型が転がり出た。

「ぐオオオッ……私の、怪異が……焼ける……ッ!?」

 眼帯が宙を舞い、疑似クヴァリフ器官が大きく揺らぐ。
 紫の光が徐々に薄れていく中、スミスの体から次々と怪異たちが剥がれ落ちていく。
 それは砂が崩れるように、あるいは夢が覚めるように、静かに崩壊していった。

 双子は最後の一撃のために剣と炎を構える。その瞬間、二人の意思は再び完全に通じ合った。

「覚悟してくれたまえよ!」
「覚悟なさい!」
「馬鹿、なああああ……!」

 最後の一撃が放たれ、不動産屋の闇が光に飲み込まれていった。

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挿絵イラスト