シナリオ

洋食屋コウモリ亭にようこそ!

#√マスクド・ヒーロー

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『いかがでございましょう、お味の方は? コウモリプラグマ様』
『うむ。上出来だ、スニーク・スタッフよ』
 その蝙蝠姿の怪人は、満足した様子で配下の改造人間へ賛辞を送った。
 怪人が座るのは、洋食屋『コウモリ亭』のテーブル席。白いテーブルクロスが掛けられた大きな卓上、そこには改造人間の手で作られた料理がずらりと並び、食欲を誘う芳香をふわふわと漂わせている。
 それらの吟味を今しがた済ませ、蝙蝠怪人は愉快さを堪えきれぬ様子で笑った。
『ふふふ。これを食った人間の血、さぞ素晴らしかろう!』
『光栄にございます。……ああ、申し訳ありません。そろそろ食材の仕込みが』
『うむ、来た客は最高の料理でもてなしてやれ! 取れる血も、その方が上質だからな! ヒャーッヒャヒャヒャ!』
 そう、ここは只の洋食屋ではない。
 罪なき人々を捕える為に作られた、プラグマの恐るべき秘密基地なのである――!

●星詠みは語る
「美味しい洋食屋さんに行って、現れた怪人勢力をやっつける。今回皆に頼みたいのは、そういう事件だ」
 集合した能力者達に一礼すると、ジル・メリスは事件の説明を開始した。
 √マスクド・ヒーローで暗躍する悪の秘密結社『プラグマ』。全√の完全征服を掲げて日夜暗躍を繰り返す怪人組織が、この度、新たな基地を根城に動き出す予知が得られたと彼女は告げる。
「この基地は、表向きは『コウモリ亭』という洋食屋の姿をしていてね。訪れた客には、美味しい料理と最高のもてなしが待っているけど……その目的はお腹一杯にさせた客から新鮮な血を奪い取る事にある。研究や実験の素材としてね」
 黒幕の『コウモリプラグマ』は非常に用心深い性格で、能力者達が正面から殴り込みをかければ、基地を捨てて逃走してしまう。その為、まずは客に扮して洋食屋を訪れ、油断を誘って欲しいとジルは言った。

 敵の油断を誘う方法は、至ってシンプル。
 コウモリ亭で洋食を注文し、出てくる料理を心から楽しむ――これだけだ。
「主菜や副菜、デザートまで、お店には美味しいものが沢山揃っている。まずはそこで、好きなものを好きなだけ頼んで欲しい!」
 そうしてジルは、注文できるメニューの例を挙げる。
 海老フライ、カツレツ、ビーフカレーにビーフステーキ。瑞々しい野菜サラダ、温かなコンソメスープ。
 黄金色に輝くオムライスに、デミグラスソースが芳しい牛挽肉のハンバーグ。パセリとトマトソースで色鮮やかに彩られたナポリタンは、大きなマッシュルームと分厚いハムがたっぷりだ。
 じっくり煮込んだビーフシチューや、ベシャメルソースの牡蠣グラタンも捨てがたい。食後のデザートには冷たいバニラアイスや、アーモンドの香るブラマンジェを楽しむのもいいだろう。
「他にも海老ピラフに、メンチカツに、ロールキャベツ……洋食と聞いてイメージするものなら、大抵の料理は注文できるよ!」
 食事を満喫する程、油断を誘う事は容易になる。
 店内では気兼ねなく、思い切り楽しんで欲しいとジルは能力者達へ伝えた。

 調理を行うのはスタッフに扮した改造人間『スニーク・スタッフ』で、今回のタイプは美味しい料理を作る訓練を受けた者達だ。料理には一切の手を抜かず、当然だが妙な物を混ぜるような事も無い。
 突入の実行は開店直後で、店内には改造人間が厨房に居るのみ。食事が終われば、店内は戦闘に適した秘密基地モードに変形する。そこで襲撃して来る改造人間と、ボスの怪人を倒せば作戦は成功だ。
 洋食屋の開店日は今日。つまり今から向かえば、犠牲を出さずに怪人勢力の野望を阻止できる。プラグマの魔手から世界を守る為に、どうか力を貸して欲しい――そう告げて、ジルは説明を終えた。

「ああ、そうそう。基地には機密保持機能が付いていて、コウモリプラグマを倒すと施設は使用不能になる。だから洋食のお代は心配無用、心行くまで楽しんで来てね!」
 かくしてジルに見送られ、能力者達は戦場へ向かって行く。
 行先は√マスクド・ヒーロー。秘密結社プラグマの恐るべき野望を阻む為、能力者達が洋食屋『コウモリ亭』のドアを潜る――。

マスターより

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第1章 日常 『ダイナーで栄養補給』


リズ・ダブルエックス

 コウモリ亭のショーケースには、美しい料理が並んでいた。
 豆と人参のグラッセを添えたメンチカツ。狐色の焦げ目がついた牡蠣グラタン。赤いトマトソースの絡むナポリタンは散らしたパセリも鮮やかで、揃い踏みする全ての料理が目を奪う。
 リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)にとって、それは正に至福の眺めだった。

「わああ……!」
 リズの口から、思わず感嘆の吐息が洩れる。
 少女人形の体は毎日が驚きの連続だ。蝋細工の視覚情報を得ただけで、胃袋が早くも空腹のサインを発している。消化器官を持たない嘗ての体では、およそ考えられない事だった。
「これがステーキ。これがビーフカレー。これが……」
 好奇心に目を輝かせ、料理を指で追うリズ。
 やがて彼女の視線と指が、ある料理の前でぴたりと止まる。
「……オムライス!」
 ケチャップで赤く彩られた黄色い紡錘型の料理は、彼女にとって未知のもの。それが日替わりメニューと分かれば、迷う理由はもう無かった。

 そして、今。テーブルに届いた念願の品と、リズは対峙していた。
 サラダとスープをお供に鎮座するそれは、金色のオムライスだ。湯気に乗って漂う、バターとケチャップの濃密な香り。思わず喉をゴクリと鳴らし、匙で掬ったそれに視線が注がれる。
「一見シンプルに思えますが……早速、頂いてみましょう」
 艶めく赤橙色のライスには、人参や鶏肉が宝石の如く散りばめられていた。卵と一緒に噛み締めれば、一体どんな味がするのだろう――リズは胸をときめかせ、最初のひと口を頬張った。

「……!!」
 それは、まさに衝撃的な味だった。
 絶妙な火加減のオムレツに、ケチャップバターが絡む。続いて訪れたチキンライスの風味に、五感はいよいよ幸せで包まれた。
(「お、美味しい!!」)
 リズは雷に打たれたように、暫し忘我し――そこから先はもう夢中だった。
 ライスを噛み締める度に、鶏肉から旨味が洪水のように滲む。程よい甘味は、丁寧に炒めた玉葱の仕事だろう。人参の歯応えは絶妙で、チキンや卵のそれと相まってリズを一秒も飽きさせない。
「この風味、この食感……!」
 心を満たす歓喜に、リズの頬が緩む。
 黄金色の幸せ、オムライス。彼女の食した料理に、こうして新たな品が加わった。

 気づけば、皿は全て空になっていた。
 未知なる料理の体験に、ほっと感動の吐息を洩らすリズ。余韻を惜しむように口元のバターを拭う中、ふと彼女は一つの事実に突き当たる。まだお腹が空いているという、その事実に。
「ここは追加注文と行きましょう。作戦の為に!」
 そう、そもそも自分は作戦で此処に来ているのだ。ならば敵を油断させる為、料理を沢山食べるのは当然。善は急げとばかり、リズはメニューを手に取り、次の注文を考え始めた。
「カツレツにしましょうか。カレーにしましょうか。いやいや、ここは……」
 折角のひと時、楽しまなければ勿体ない。
 少女人形の幸せなひと時は、まだまだ終わりそうになかった。

九途川・のゑり

「√マスクド・ヒーローの危機と聞いて! のゑりちゃん参上です!」
 芳しい香りが漂う『コウモリ亭』の店内。
 案内されたテーブル席でビシッとポーズを決めるのは、九途川・のゑり(灼天輪・h00044)であった。
 今までにも能力者として複数の事件に関わって来たのゑりだが、マスクド・ヒーローの事件は今回が初となる。いわば敵地のど真ん中であるコウモリ亭にあっても、彼女の余裕は健在だ。

「ふむ、良い匂いがしますねえ。これは期待が持てそうです」
 猫の鼻をひくひくと動かし、のゑりがにんまりと笑う。
 火車の人妖である彼女は、黒猫獣人の姿でテーブルに着いていた。その間にも厨房から漂う匂いは、否応なく空腹を煽ってくる。ここは未知なる世界の洋食、もとい罪無き人々の為に粉骨砕身せねばなるまい。
「という訳で、まずは食事ですね。あ、お酒って置いてます? ビールくださいな」
 メニューを手に、次々と注文を始めるのゑり。
 素敵な時間への期待に、2本の尻尾がぴょこぴょこと揺れた。

 程なくして、注文した料理がビールグラスと共に次々と運ばれて来た。
 注文は、煮込みハンバーグとラムチョップのロースト、そしてスパニッシュオムレツの3品だ。
 大皿に載った立派な料理の数々。そんな中、ナイフとフォークを手に取ったのゑりが、最初に目を向けたのはハンバーグであった。
 ふっくらとした肉の塊にナイフを走らせれば、断面からは肉汁が溢れ出る。そうして、大振りに切った一切れを濃厚なデミグラスソースと絡め、一思いに頬張った。

「ンー……うんうん……ん~~!!」
 幸せの声と共に、のゑりの目尻が緩む。
 牛肉を牛骨と丹念に煮込んだソースには、牛の旨味が極限まで凝縮されている。それを肉汁の詰まったハンバーグと頬張れば、その美味さは天井を知らない。惜しみ無く舌鼓を打ちながら、のゑりの手は他の皿へも伸びていく。
「さて、こちらのラムチョップのローストは……ん~~、良いですね」
 ラム肉の味に、のゑりはまたも満足の笑みを浮かべた。
 余計な脂を落とした背脂は歯応えも良く、噛み締める肉からは旨味と肉汁が泉のごとく迸る。焼く前に香草や塩でマリネしてあるのか、好みが分かれる独特のクセは消え、実に食べやすい。
 気づけばグラスは空になっていた。幸せの心地に包まれつつ、のゑりはお代わりを決意するのだった。

 暫しの休憩を挟み、のゑりは第二ラウンドに取り掛かる。
 牛と羊、肉料理の合間に食べるスパニッシュオムレツも、当然のように美味だった。
 ピザのような円形に焼かれた分厚い卵の中には、大粒の具がふんだんに詰まっている。じゃがいものホコホコとした歯応えが、何とも楽しい。ズッシリ重いそれを頬張る度に、オリーブオイルの香りが食欲を一層誘う。
「んん~、いいですね! 遠慮なく飲み食いしますよー!」
 気づけば、最初に頼んだ料理はグラス共々空となり。
 のゑりはメニューを手に取ると、次なる料理に想いを巡らせ始めた。

一文字・伽藍

 一人二人と訪れる能力者達で、コウモリ亭が賑わい始めた頃。
 温かな料理の香りがあちこちで漂う中、前菜のサラダとスープが新たなテーブルに運ばれて来た。
 席に座るのは若い少女の能力者、一文字・伽藍(Q・h01774)だ。
 敵地の潜入という状況は一旦置いて、まずは美味しい御飯を満喫しよう――それが彼女の方針なのだった。

「ごはんごはーん。腹が減っては戦はできぬって言うしね、楽しみ♪」
 テーブルにふわりと漂う、濃密な牛肉の香り。
 黄金色に輝くそれは、一杯のコンソメスープであった。牛骨と野菜、赤身肉のミンチで煮出したそれが、瑞々しいサラダと共に伽藍の前には並んでいる。メインの一皿が来る前の前菜であった。
「良い匂い……オススメ頼んで正解だったやつ?」
 呟いて、伽藍の青い瞳が期待にキラリと輝く。
 今回の作戦で、彼女が選んだメインは一品である。メニューの料理はどれも美味しそうだったが、胃袋には限りがある。そこで取ったのが、シェフのオススメを頼むという選択なのだった。
「じゃ早速、いただきまーす!」
 この前菜であれば、メインも期待が持てそうだ。
 スープが冷めないうちにと、伽藍は匙を手に取った。

 サラダとスープの前菜は、想像以上の味だった。
 牛肉の香りと旨味を凝縮したコンソメに、野菜サラダも負けてはいない。ドレッシングはシェフの手作りだろう。塩とビネガーの程よく利いた味が、瑞々しい野菜と相まって、良い具合に食欲を刺激する。
「んん~! メインは何が来るかな……っと」
 料理が運ばれて来たのは、正にその時だった。
 楕円形をした皿の中には、狐色の焦げ目がついたベシャメルソース。その中に蓄えられたのは丸々と太った大粒の牡蠣。食欲を刺激する熱々の牡蠣グラタン――それがメインの一皿である。

「わ……美味しそう!」
 気づいた時には、伽藍はスプーンを取っていた。
 狐色に焦げた端を一匙掬い、軽く冷まして一口。次の瞬間、その味に衝撃を受けたように、彼女は暫し言葉を失った。
「……ヤバいわ。めちゃ美味しい」
 グラタンは、まずソース自体が美味だった。
 バターと小麦粉を牛乳で煮詰めたそれに、牡蠣の濃い風味が染み込んでいる。それが、たっぷりのマッシュルームやほうれん草と絡めば――そこから後は、ただ一心不乱に匙を動かすだけだった。
「え、これ良すぎない? さてはシェフ天才だな?」
 一口一口をじっくりと味わい、大粒の牡蠣を噛み締め。
 温かくも満たされた時間を、伽藍は心行くまで過ごすのだった。

 やがて食事の〆に、デザートが届いた。
 頼んだのは、ワッフルのバニラアイス乗せだ。程よく溶けたアイスをワッフルに塗して頬張ると、冷たいバニラの香りと熱々の甘い小麦の味が口内を満たす。食事の最後を締め括る最高の一品だった。
「はぁぁぁ……幸せ過ぎ。満足度すごい……! ご馳走様!」
 たとえ今日潰れる店だとしても、この味は見事。
 幸せの心地で食事を終えた伽藍は、心の中で店の評価に花丸をつけた。

東風・飛梅
夏之目・孝則
ナチャ・カステーラ
御酒・善
渡瀬・香月

 コウモリ亭の店内は、ますます賑わいを見せつつあった。
 秘密結社プラグマの企みを阻むべく、客に扮して訪れた能力者達――そこに今、新たな面子が加わったからだ。
 人数は、5人。旅団『ファミリーレストラン「POEM」』の面々であった。

「沢山飲み食いして力を付けるわ。格闘にスタミナは必須だもの!」
 案内されたテーブルで、若い少女の声が弾ける。
 声の主は東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)。「POEM」のメンバーでも最年少である彼女は、仲間達との食事に心を弾ませている様子だ。
 彼女は俊足格闘者で、戦闘では近接距離での戦いを主に行う。即ち身体が資本であり、更には十代の育ち盛り。旅団の仲間達と一緒に素敵な時間を過ごし、更には美味しい料理を沢山食べようと、大いに意欲を燃やしている。
「ナチャさん、今日は宜しく!」
「ええ。素敵な時間を過ごしましょうね」
 目を輝かせる飛梅に、団長と呼ばれた女性――ナチャ・カステーラ(スイーツハンター・h00721)は笑顔で頷きを返す。
 ナチャを含む仲間達は、一つのテーブルを囲んで歓談の最中だった。
 全員分の注文を先ほど終えて、後は料理が届くのを待つのみだ。大人数の注文とあって完成には多少の時間が予想された為、ナチャ達はその間を雑談で過ごしていた。
 と――。

「なぁ。皆の“最高飯”って何だった?」
 団員の渡瀬・香月(ギメル・h01183)が口を開いたのは、そんな時だった。
 どうやら彼は、歓談の話題を提供する気らしい。それを察した夏之目・孝則(夏之目書店 店主・h01404)が、ふむと呟き首を傾げる。
「最高飯……ですか?」
「そ、“美味い料理”じゃなくて“最高飯”。食った時のシチュエーションとか思い出とか諸々込みで、自分の血肉になってるような最高の飯」
「ああ……成程」
 それを聞いて、孝則は香月の意図を理解した。
 今までに食べた飯と、その思い出を通じて行う仲間同士の自己紹介。これは、そういう余興なのだと。
「食べる物が分かれば、為人も分かる……サヴァランの著書の一節を連想しますね。成程、面白そうです」
「おっ、さすが書店の店主。どうだ皆、やってみねぇ?」
「面白そうね。乗ったわ!」
 そう返すナチャに続き、その場の面々が歓迎の頷きを返す。
 旅団が出来たのは先月、互いに知り合って日も浅い。皆の事をより知った後なら、料理が届いてからの時間も一層楽しくなるだろう。厨房の香りが濃密さを増す中、能力者達の最高飯を語るひと時が幕を開けた。

「んじゃ、まずは俺の最高飯からね。俺は……『鮭のおにぎり』だな」
 そうして口火を切ったのは、提案者の香月だった。
 今では喫茶&ダイニングBARの経営者である彼だが、かつてはアルバイトで金を溜める日々も経験している。その仕事先で食べた鮭のおにぎりが、今でも忘れられないくらいに美味しかったと彼は言った。
「パートのおばちゃんが握ってくれた、何の変哲も無いやつでさ。けど、腹を空かせてた俺には何よりの御馳走で……」
「ああ……空腹の時に頬張る握り飯、美味しいですよね」
「だよなぁ。具の焼鮭も立派、焼き加減も完璧、握り方も最高……俺の中じゃ、おにぎりはやっぱあれが不動の一位だわ」
 相槌を打つ孝則に、しみじみと頷く香月。
 そんな彼の話に触発されたように、次に話を始めたのは御酒・善(半人半妖の不思議古美術屋店主・h01519)であった。外見は青年だが、実年齢は七十歳の能力者である。
「私は『ロースカツ定食』……ですね」
 半人半妖の善は、母親が人間であった。
 彼が店主を務める古美術屋の先代でもあった母は、最早この世にはいない。そんな彼女に、幼い頃に連れて行って貰った一軒のトンカツ屋。そこで食べたのが、件のロースカツ定食なのだと善は言った。
「肉が柔らかくて、噛むと肉汁が溢れ出して。そのままでも美味しいのに、ソースがまた絶品で……」
 それは善にとって、それは単に美味しいというだけの料理ではない。
 食べ物の味に感動するという感情を初めて覚えた、大きな意味を持つものだったと彼は当時を振り返る。
「……おっといけませんね、しみじみとした空気になってしまいました。次の方、是非話を聞かせて下さい」
「とんでもない。では、ここは某が……」
 こうして香月の話題で、テーブルには和気藹々とした空気が漂い始めた。
 歓談に花が咲き、仲間達の顔にも笑顔が浮かぶ。歓談で交わす最高飯の盛り上がりは尚も天井を知らず、賑やかなうちに続いていく――。

「最高飯、となれば……某は『麻婆豆腐』ですね」
 善に続いて口を開いたのは、孝則だった。
「実は某、辛味も大好きでして。そんな某が生まれて初めて出会った麻婆豆腐は、今でもはっきり味を覚えています」
 挽肉の旨味や豆腐の舌触りは勿論、何より驚きだったのが『辛さ』だ。深みのあるそれと花椒の痺れが押し寄せる感覚は、思い出すだけで唾が込み上げそうな程で、一度味わうと手が止まらなかったと孝則は言う。
「今思えばあれは、それまでの辛味自体への認識が変わった瞬間だったかもしれません。お店が良かったのかもしれませんが……とにかく、それほどに衝撃的でした」
 そうして話が終わると同時、孝則のお腹がグゥと鳴った。
 仲間達と語り合い、料理の話を聞いて話して。もはや辛抱堪らんと暴れ出す腹の虫に、善が微笑を浮かべて言う。
「ふふ。皆さんの話を聞いていると、お腹が空いてしまいますよね。……どうやら、料理もそろそろ来そうです」
 そう言って善は、美味しそうな匂いの漂って来る厨房を見遣って微笑んだ。
 お待ちかねの時間は間もなくらしい。仲間達の期待が否応なく高まる中、飛梅と香月は団長のナチャに視線を送る。
「皆、色んな最高飯があるのね。ナチャさんにも、何かある?」
「俺も気になるなー。聞きたいなー」
「私? 私はね、お友達と老舗のレストランで食べたハンバーグ!」
 満面の笑みで、ナチャはそう答えた。
 店内の雰囲気、店員の接客、テーブルに花を飾る心配り。料理を美味しいと感じる為の動線をさり気なく張り巡らせ――そこで満を持して出されたのは、長年変わらぬレシピで作られた最高の一品だったとナチャは言う。
「本当に、どれも最高だったわ。……さて、じゃあ皆、食事と行きましょうか!」
 ナチャ達が囲むテーブルに、注文の品々が運ばれて来る。
 そうして温かな料理を前に、ある仲間は微笑を浮かべ、ある仲間は食欲に目を輝かせ。「POEM」の面々による賑やかなひと時は、今ここに幕を開けるのだった。

 5人分の料理が届いたことで、テーブルは一層の盛り上がりを見せていた。
 最高飯の話題ですっかり胃袋に火が付いた能力者達が、めいめいの料理にフォークを、匙を、ナイフを差し向ける。
「「いただきます!」」
 宴の始まりを告げる、唱和する声。
 かくして――食欲を誘う芳香と共に、賑やかな空気が座を包み始めた。

 皿に乗ったポークカツレツを、孝則は丁寧な手つきで切り分けていた。
 パセリを散らした衣に、銀色のナイフがサクサクと入っていく。そうして中から覗いたのは、上等なロース肉だ。ふんわりと漂う湯気が大蒜の香りを仄かに帯びて、食欲をこれ以上なく刺激する。
「では……さっそく一口」
 薄い衣から肉が剥がれないよう、孝則は希少本を扱うように繊細な手つきで、一切れを口へと運んだ。
 サクッ、サクッ――。噛み締める度に孝則の目尻は緩み、表情は幸福で満ちていく。
 肉汁と脂の旨味が尽きる事無く滲み出る、ジューシーな肉。そこへ、軽やかな歯応えの衣が調和して、まさに最高の心地であった。
「嗚呼……これは幸福な気持ちになりますね……」
 恐らく、バターを用いてフライパンで揚げ焼きにしたのだろう。後を引く危険な美味さのそれを、孝則は付け合わせの野菜と共に一切れ一切れ、愛しむように味わった。

「わっ、とっても良い匂いがするわ……!」
 飛梅の元に届いたのは、熱々のメンチカツであった。
 妖怪百鬼夜行出身である彼女にとって、モダンな洋食は憧れの的。そこで彼女が頼んだのはシェフのオススメで、かつスタミナがつく食べ応えのあるもの――そうして供されたのが、この料理という訳だ。
 皿の上にドンと乗った大判型のそれは、全部で二つ。そこに色の鮮やかなトマトソースがかけられ、食欲を誘う鮮烈な香りを漂わせている。飛梅は期待に胸を躍らせ、メンチの一つにナイフをそっと向けた。
「わっ、とと……!」
 使い慣れぬナイフとフォークを手に、溢れ出る肉汁の多さに一瞬慌てる飛梅。
 そうして、うまく切り分けた一切れにソースをたっぷり。ふわりと湯気の漂うそれを、恐る恐る口へと含む。
「……美味しい!」
 まず最初に感じたのは、圧倒的――いや、暴力的なまでの肉の旨味だった。本来の肉が持つそれが、トマトソースの風味と絡んで何倍にも膨れ上がり、快感の刺激となって味覚細胞を駆け巡る。
 付け合わせは豆とニンジンのグラッセだ。野菜の優しい甘みが口の中に広がり、メンチの脂を具合よく洗い流してくれる。一切れのメンチを噛み締めた飛梅の頬は、今や歓喜でほんのり桜色に染まっていた。
(「これ、二つとも食べていいなんて……最高だわ!」)
 飛梅は感動に目を輝かせ、なおもメンチカツに舌鼓を打ち続ける。
 衣の一欠片までも残さず、己が俊足格闘者としての血肉に変えるように――。

「いや~……どれも本当に美味しいわね」
「ええ。サラダの一つ取っても全く手抜きが無い……美味しい野菜は、年経た身には有難い限りです」
 驚嘆の溜息を洩らすナチャに、善が頷きを返した。
 ナチャが食するのは、熱々のチーズ入りハンバーグだ。セットで注文したのはサラダとパン、コーンポタージュスープ。それらを仲間達のペースと合わせて噛み締めつつ、歓談のひと時を楽しんでいる。
「このパン、まだ温かいわ。いい匂い……」
「出来て間もないみてぇだな。……ん、美味い」
 ナチャの向かいで、同じパンを注文した香月が頷く。
 ふんわりとしたパンを手で千切れば、中からは焼けた小麦の香りが漂う。ナチャはふとそれをポタージュに浸し、そっと口へと運ぶ。行儀が少々悪いのは承知だが、ここは大目に見て貰うとしよう。
 そして彼女は罪悪感と背徳感を感じつつ――それをパクリと頬張った。
「はぁぁぁぁぁ……最高……」
 スープを吸った一切れから溢れる、トウモロコシと小麦の香り。それに一層食欲をかき立てられたように、次にナチャが目を向けたのはハンバーグだった。
 上質な肉から溢れる肉汁が、コクのあるチーズと絡む。ひと噛みひと噛みが、堪らなく幸福だ。その美味に頬を緩めながら、ナチャの視線はふと善の皿へと向かう。

「あら、それも美味しそうね! ソースはデミグラス?」
「ええ。本命を、今から頂こうかと」
 そう言って頷く善の前には、一皿のオムライスがあった。
 一緒に頼んだサラダとコーンスープを完食し、いよいよと言う状況だ。チキンライスの上には半熟の玉子が毛布のように優しくかけられ、ふわふわと湯気を立てている。ソースの香りも相まって、実に食欲をそそる眺めだった。
 善は紡錘型のそれを端から削り、一口一口を噛み締めるように食べていく。端の部分は天辺に比べ、玉子とライスの比率が玉子よりになっている。その味わいも、自然と優しくなっていた。
 若者のような豪快な食べ方は難しいが、食欲は未だ健在である。ゆっくりとしたペースながら黙々とオムライスを噛み締め、胃の腑へと納めていく善。その匙は、いまだ止まる事を知らない。
「やはり歳を取ると、どうしても定番を選んでしまいますね。バターライスも美味しいと伺ったのですが……」
「自分の好きなモンが一番だよな。俺がコレ頼んだのも、フリカッセ好きだからだし!」
 旅団のオムライス談義を思い出しつつ微笑む善に、香月が笑顔で返した。
 炭酸水と温野菜サラダをお供に彼が食すのは鶏のクリーム煮だ。立ち込める生クリームの香りにチキンの脂を含んだそれが加わり、大いに食欲をかきたてる。
 そうして切り分けた鶏肉を頬張れば、ソースの旨さと鶏肉の持つ旨味が、一体となって口内に広がった。濃厚でいてくどくは無い、絶妙の塩梅。時おり挟む温野菜のサラダも、ソースとの相性は抜群だ。
「うん、いいねぇ。……自分の店に出す料理の参考にしてぇわ」
 作ったのが敵であろうと、料理への賛辞を惜しむ事は無い。
 やがて綺麗に平らげられた皿を前に、香月は掌を合わせて一礼した。

 楽しい時は瞬く間に過ぎ去るもので、5人の過ごしたひと時も同様であった。
 満ち足りた時間を示すように、テーブルの皿は綺麗に空となっている。そうして食器が下げられた後、運ばれて来たのはデザートだ。
 香月が頼んだプリンと、ナチャが頼んだストロベリーパフェを筆頭に、めいめいが注文したデザートで食事の最後を締め括っている。美味しい料理を食べて頬張る最後の甘味、それは正に罪の味だった。
「いやー、食ったな。美味かった」
「ふふっ。……本当、楽しい時間だったわね」
 プリンを平らげた香月に頷くナチャの顔には、満足の笑みが浮かんでいた。
 パフェが美味しかった事もある。けれど、他の甘味を楽しんだ皆――飛梅も、孝則も、善も、香月も、全員が満足の表情を浮かべているのが、何より嬉しい。それを見て、香月はふと思い出す。食事の始まる前、皆で語り合った一時のことを。
「……最高飯か。いつか振り返って、今日の話も出るかもな」
「そうね。今日皆で食べたお食事と、一緒に過ごした時間も、もしかしたら……ね」
 香月の言葉に頷いて、ナチャはふと思う。
 今日の食事をどう感じたかは、団員達ひとりひとりが知っている。だが、この時間が、全員にとって楽しいひと時だった事を、彼女は心で確信していた。
 願わくばこの先も、皆と、そして新たな団員が入ったのなら彼らとも。こうして素敵な時間を過ごせればいい――そんなナチャの密かな想いと共に、「POEM」のひと時は幕を下ろすのであった。

ネルネ・ルネルネ

「う~~~ん……」
 深い深い苦悩を帯びた声が、店内のテーブルに満ちる。
 声の主はネルネ・ルネルネ(エルフの古代語魔術師・h04443)。古代語魔術師にして、美形のエルフにして、子供のように天真爛漫な心を持つ彼は今、ひとつの悩みに直面していたのだ。

 目的地のコウモリ亭には、無事入店出来た。ここまではいい。
 ドレスコードは問われず、メニューは美味そうな物ばかり――そう、悩みの種はまさにそこにあった。
「色々食べたいなぁ……でも、食べ過ぎると戦闘に支障が出そうで……」
 美味しい料理を、どこまで沢山食べるか。
 それこそが、ネルネの悩みだった。
 コウモリ亭の食事が楽しめるのは今日限り。妥協や我慢といった二文字は、今の彼には存在しない。やがて暫しの思考を経た後、不思議ポーション屋の店主たる彼は一つの答えに辿り着く。

「そんな時は、これ! ヨクタベレール!」
 取り出したるは、ネルネ特製の薬だった。
 今回使用するのは、モリモリ食べられる魔法薬。諸々の効果で胃腸を助け、消化や代謝を促す優れものである。店内での服用? 問題は無い。これは悪の組織を潰す立派な作戦の一環なのだから。
 ポンッ。ゴクゴク……。
 薬が体へ染み渡るのを確認し、メニューを手に取る。
「心ゆくまで食べるぞぅ~!! キッチリ動ける程度に!」
 もはや遠慮は無用。食べて食べて、食べ尽くすのみだ。

「わぁ……わぁぁぁぁ……!」
 やがて運ばれて来た品々に、ネルネの目は輝いた。
 バターが香る立派なビフテキに、太い海老を使った海老フライ。分厚い鮭のムニエル、等々……注文した料理が、ずらりとテーブルを埋め尽くしている。
「では、いただきまぁ~す!!」
 お宝の山に歓喜の声を上げて、ナイフとフォークを手に取るネルネ。いざお待ちかね、食べ放題の始まりであった。

 まずはビフテキを一切れ、大口で頬張った。
 大蒜醤油を塗してレアに焼かれた肉は火加減も絶妙だ。肉自体が美味しい事に加えて、絶品なのがソースだった。
「ほう、西洋ワサビとバター! んんん、おいしい!」
 旨味の封じられた肉に、味を引き出すソースと大蒜醤油。
 これが美味くない訳がない。ネルネはペロリとビフテキを平らげ、次の料理へ移った。フライとムニエルである。
「おいしぃ~い!! しあわせぇ~!!!」
 皿をはみ出しそうな海老フライを、一思いにサクリ。
 弾けるような衣と、弾力ある身の歯応えが実に良い。爽やかな風味のタルタルソースにたっぷり浸せば、もはや犯罪的な美味さである。
 鮭のムニエルも最高だ。ふっくらした肉と、脂を蓄えた厚い皮。バターでカリッと焼き上げて旨味を封じた味に、ネルネは感動の吐息を洩らす。

「おいしー! あ、お土産用あるか、後で聞かないと……!」
 それからも、ネルネは料理を堪能し続けた。
 魔法薬の効果もあって、お腹は未だ余裕だ。オムライス、コロッケ、ミートローフと、舌鼓は止む事無く。
 ポーション屋店主の幸福な時間は、まだまだ終わりそうにない――。

ジナ・ムゥ・マナミア

 テーブルの一席には、二つの料理が供されていた。
 香ばしく焼き上げた肉の表面に、デミグラスの芳醇な香りが漂うハンバーグ。バターの濃密な芳香と共に、黄金色の輝きを放つ半熟ふわとろオムライス。皿から立ち上る湯気の甘美な匂いが、期待を否応なく盛り上げる。

「これは美味しそうなのですわ~!」
 配された料理と対面しながら、人妖の少女は息を呑んだ。
 彼女の名はジナ・ムゥ・マナミア(魔法少女めたもる☆ジーナ・h00906)。齢は十歳の若き化け狸だ。
 この料理が、全部自分のもの――テーブルの胸躍る光景に、ジナの胸が弾む。冷めないうちにと、早速オムライスへスプーンを向けた。
「それでは……いただきます、ですわ~!」
 銀色の匙が、ふわとろ卵の山にスッと沈む。
 チキンライスと一緒に掬い上げたそれを、彼女は一思いに頬張った。

「んん~! この味、たまりませんわ~!」
 満を持して始まった食事は、一口目から感動に満ちていた。
 ふわとろ卵の絡んだチキンライスの味わいは、最高の一言に尽きた。卵の優しい滋味を追いかけて、トマトソースが染みたライスの甘味酸味が口内を満たす。そこに加わるのは歯応えの良い人参と、鶏肉の濃厚な旨味だ。
 肉には大蒜とオリーブオイルの香りが芯まで染みて、更なる彩を添える。卵もライスも肉も野菜も、その全てが素晴らしい。こうなればう、一心不乱にスプーンを動かすのみであった。

「美味すぎて手が止まりませんわ! パクパクですわ~!」
 オムライスと並行し、ジナはハンバーグにも目を向ける。
 大判型のそれは割れ目一つない見事なもので、デミグラスソースを帯びて艶々と輝きを放っていた。
 銀色のナイフを走らせれば、閉じ込められた肉汁がぶわりと溢れ出る。ジナからすればこの画だけでライス三杯はいけるところだ。おまけに漆黒に近い茶色のソースは、一目で本格的と分かるもの。この組み合わせで美味くない筈がない。
「遠慮なく、ペロリですわ~!」
 表面は焼き色でカリカリに、中は肉汁をたっぷり封じたそれを、はむっと頬張るジナ。ソースは過剰に存在を主張せず、肉の味だけを極限まで引き立ててくれる。
 洋食の華とも言われるデミグラスと、肉の見事な調和。その味に陶然とした心地を覚えながら、ジナは幸せを噛み締めた。

 やがて二つの皿を空にすると、最後にデザートが運ばれて来た。
 プリン・ア・ラ・モードである。
「シメは、やっぱりこれですわね!」
 まずは、掬い上げたプリンにアイスをたっぷり添えて、ぱくり。
 濃密な卵と、バニラの香りが口一杯に広がり、ジナは思わず天を仰いで叫ぶ。
「うっ……うめぇですわ~~!」
 滑らかなプリンも、煌びやかなフルーツも、その全てが素晴らしい。程よい冷たさは、熱々の料理で火照った体を良い具合に冷まし、彼女の心を感動で満たす。

 ――この基地、もう世界征服とかやめて……普通に洋食店やればいいのでは?

 そんな思いを抱きつつ、ジナのひと時は大満足と共に幕を下ろした。

神楽・更紗

 大勢の能力者で賑わう、コウモリ亭の店内。
 その片隅にあるテーブルで、彼女は店の空気に触れていた。
 立ち込める料理の香り。厨房から伝わる活気。同じ能力者達の歓談する声。
 店内に漂う食事の空気を五感で感じ取っていると、やがて彼女は、自身の食欲がむくりと沸き上がるのを自覚した。

「……居心地のよい店だ。潰してしまうのは少しだけ惜しいな」
 周囲の様子を改めて見回しつつ、神楽・更紗(深淵の獄・h04673)は呟く。
 コウモリ亭の店内は、見ているだけでも退屈しない。行き届いたサービスに、美味しい食事――事情を知らない人間が偶然足を踏み入れても、此処が怪人勢力の秘密基地だとは到底信じないだろう。
(「まだ戦闘までは時間がありそうだ。今はのんびり楽しもう」)
 呟きつつ、更紗は軽くグラスに口を付けた。
 彼女は今、軽い一皿をお供にスパークリング・ワイン片手で一時を過ごしている。
 この後に控える戦闘を考えて、飲む量は程々だ。普段から食への関心が薄い彼女だが、美味そうな空気に満ちた場所となれば話はまた別なのである。

「うん、良い味だ。料理の方も頂くとしよう」
 そうして更紗がつまむのは、サラダ仕立てのカルパッチョだった。
 薄くスライスした白身魚には、トマトや玉葱で彩が添えてある。程よく塗されたソースからは、食欲を誘う良い香りがした。ビネグレットに玉葱やピクルスの微塵切りを加え、更に醤油を加えてあるのだろう。
 ふと見れば、テーブルのあちこちでは沢山の能力者達が食事を楽しんでいる。賑やかな光景を微笑ましそうに眺めつつ、更紗はカルパッチョを口へと運んだ。
「……うむ、悪くないな。この味も、雰囲気も、本当に……」
 旨味に満ちた白身、野菜とソースの清涼な香り。
 コウモリ亭の賑やかな空気に包まれて、更紗の顔には満足の笑みが浮かんだ。

 やがて更紗は人心地ついた後、メニューを手に取った。
 美味しそうに食事を食べる仲間達の姿に、一層食欲が湧いて来たのだ。
 何となく、カルパッチョとワインだけでは寂しい。もう一品、出来れば鳥肉系の料理が欲しい気分だった。
「頼むとしたら一皿だな。さて……どれを頼んだものか」
 あれこれと思索に暮れる中、談笑する能力者達の声が周りから絶える事は無く。
 どうやら、素敵な時間はまだ続きそうだと期待に胸を弾ませながら、更紗はメニューに目を走らせ始める。
「鴨胸肉のローストがあればベストだが……ふむ、あるいは鶏肉料理もありか? それともここは……」
 能力者達の賑わいが続くコウモリ亭。
 その一席で更紗は暫し、己が選択に頭を悩ませ続けるのだった。

ガザミ・ロクモン

 コウモリ亭の景色は、その少年にとって驚きに満ちていた。
 漂う料理の匂い。能力者の歓談する声。色鮮やかな料理の数々。店内のあらゆるものに好奇心が刺激されるのを感じながら、少年――能力者のガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)は考える。
(「ここの料理は、どんな味がするのでしょう。楽しみです」)
 人と交わり、人の姿で暮らす獣妖。そんな自分にとって、今から始まるのはきっと素敵な時間に違いない。
(「人化けの術が解けないように。お水はこまめに補給……と」)
 期待に胸が高鳴るのを感じながら、ガザミはグラスの冷水で喉を潤した。

 頼む料理は一品ずつ。次の注文は、しっかり味わって食べ終えてから。
 そうして臨んだ食事の席へ最初に届けられた料理に、ガザミの口から感嘆が漏れた。
「おお。これは……美味しそうですね!」
 ふわふわと湯気を漂わせるそれは、色鮮やかな温野菜サラダだった。
 真っ赤なニンジン、濃緑のブロッコリー、丸々とした白い蕪……季節の野菜がほっくり蒸され、何とも食欲を誘う風情である。冷めないうちにとガザミは野菜を特製のソースに浸し、さっそく一口を頬張った。
「あぁ……温野菜のやさしい甘さ、最高ですね!」
 心地よい歯応えと共に、素朴で優しい甘さが口の中に広がる。その味わいは、ソースを加えた事でより一層鮮明だ。いよいよ来るメインの料理に期待を抱き、ガザミは最初の皿をペロリと平らげた。

 次に運ばれて来たのは、ラムチョップのローストであった。
 クセのない、それでいて食欲をそそる魅惑の香り。絶妙の塩梅で焼かれたそれを、早速ガザミはナイフで切り分けていく。
「この香り……! ううん、素晴らしい!」
 骨から削ぎ落した赤身は、ほんのりと薄い紅色だ。塩胡椒で味付けしたそれを軽く噛み締めれば、ラムの香りが濃密な肉汁と共に溢れる。
 脂身も素晴らしかった。きっちり焼かれた背脂は臭みも無く爽やかで、そのジューシーさは赤身に全く劣らない。
「これは良いですね。テンションあがります……!」
 大好物のラム肉に、頬がゆるりと緩む。
 気づけば皿の上には、肉片一つ残さず平らげた骨だけがカランと残り。次なる一皿に、ガザミは胸を躍らせる――。

「おお、これは美味しそうです!」
 やがて水分補給が終わり、彼の前に届いたのは魚介のパエリアだった。
 敷き詰められた海の幸に、黄色いライスを混ぜて頬張ると、鶏肉と大蒜の香りに乗って魚介の旨味が溢れ出す。ガザミにとって、まさに夢見心地の味だった。テーブルマナーを学んでおいて本当に良かったと、こういう時はつくづく思う。
 野菜に羊肉に、海の幸――美味なる料理に、自身の胃袋と好奇心が満ちていく感覚を、ガザミは確かに感じていた。
「本当に素晴らしい。人類の食へのこだわり、感服いたします!」
 この世界は、数え切れない美味に満ちている。
 大きな未知の一端を知った満足感を胸に、獣妖の少年は舌鼓を打ち続けた。

緇・カナト

「迷い込んだ客を食いものにする料理店……どこかの童話で聞いた気もするなぁ」
 案内されたテーブルに腰を下ろし、黒妖怪人の緇・カナト(hellhound・h02325)は店のメニューを手に取った。
 丁寧な字で名を記された料理は、どれも美味しそうな物ばかりだ。それら全てを上から下まで頼みたくなる衝動を堪え、カナトは好みを絞っていく。空腹感に常時苛まれる彼にとって、こうした食事の機会は掛け値なしに有り難い。

「開店1日目で閉店なら、せめて料理くらいは美味しく片付けてあげないとねぇ」
 そうしてカナトは、特に興味の向いた料理を次々に注文していった。一般人の食事量に換算すればざっと5~6人前だが、これでもそこそこ我慢した方だ。やがて注文を終えた彼は、ふと入店時の事を思い出す。
(「件の料理店の童話……店は確か、猟犬が乱入して潰れるんだったっけ」)
 面白い偶然もあったものだと、青年は思った。
 罪無き人々を食い物にせんと、黒幕のコウモリ怪人は今も牙を研いでいるに違いない。だが、その野望は今日ここで潰える。自分を始め、プラグマの悪事を許さない能力者達の手によって。
「……おっ、来た来た。じゃ、まずは腹ごしらえだね」
 燃え立つ闘争心を、黒き仮面の奥に潜め。
 地獄の猟犬たるカナトは、運ばれて来た料理に向き合った。

 テーブルを彩るのは、豪勢な料理の山であった。
 大きな海老フライ、揚げ焼きにしたカツレツ、鉄皿で湯気を立てるビフテキ、ふっくら焼いた牛挽肉ハンバーグ、肉塊がゴロリと覗くシチュー、そして日替わりのオムライス。勢揃いした品々を、カナトは早速頂く事にした。
「じゃ、いただきま~す!」
 最初に匙を向けたのはオムライスだ。
 トマトバターソースを絡めた半熟オムレツをチキンライスと頬張れば、鶏の旨味と野菜の甘味が心地よい歯応えと共に広がっていく。
 良い具合に体が温まれば、次はシチューだった。軽く顎に力を入れるだけで、ホロリと崩れる牛肉の塊。そこへ濃密なデミグラスが絡み、味わいは正に感涙物だ。食欲のままに早くも二皿を平らげ、食事は尚も続く――。

 さしたる時間もかからぬうち、テーブルの皿は残らず空となった。
 タルタルソースを添えて頬張った海老フライ、熱々のロースをサクサクの衣と共に噛み締めたカツレツ、脂身の旨味が濃い霜降りのビフテキ。そして肉汁のたっぷりと封じ込められたハンバーグ。それら全てを堪能すると、カナトの前に最後のひと皿が現れる。
「おっ、来たね」
 デザートとして注文したそれは、白い皿に載ったブラマンジェ。
 ミントの葉と苺に彩られた、プリンに似た形の甘味であった。乳白色を帯びたそれを、匙で掬って口へと運ぶカナト。滑らかな舌触りと共に、甘い苺と仄かなアーモンドミルクの香りを楽しんだ後、ほっと満足の吐息が洩れる。
「ふう、ごちそう様。さて……」
 食事を腹に収め、準備は万端。
 直に始まる戦いに備え、黒き猟犬の能力者は戦意を高め始めた。

第2章 集団戦 『潜入工作用改造人間『スニーク・スタッフ』』


 洋食屋『コウモリ亭』を訪れ、洋食を堪能した能力者達。
 秘密基地の奥に潜む怪人勢力を撃破すべく、全員が戦いの支度を終えると同時――店内の空気がガラリと一変する。

 洋食の香りがふいに消え、テーブルが、椅子が、床下へと収納されていく。
 ゴゴゴッと不気味な地響きと共に周囲の照明が点灯し、周囲が無機質な金属製のそれへ変わっていく。
 先程までの穏やかな空気は既に無く、周囲には冷たい空気が漂うばかり。
 此処こそが、コウモリ亭――いや、世界征服を企む秘密結社『プラグマ』の基地の一つなのだ。その事を示すように、厨房だった場所から現れたのは調理人に扮した改造人間、『スニーク・スタッフ』の群れである。

『ふふふ。料理は堪能してくれたかな?』
『ここから先は、我々が君達から頂く番だ。観念して貰おう!』

 無論、そんな敵の言葉にも能力者は平然としたものだ。
 彼らを野放しにすれば、罪なき人々が毒牙にかかるのは明白。それを許すつもりなど、能力者達には断じてない。
 人々を狙う悪の秘密基地を、確実に叩き潰す為。
 能力者と怪人勢力の戦いが、いま此処に幕を開ける――!
誉川・晴迪

 剥き出しの冷たい金属が覆う、秘密基地の内部。
 そこへ現れた黒ずくめの改造人間スニーク・スタッフ達と、能力者達は対峙していた。
 コウモリ亭でのひと時が奏功し、敵には油断が見て取れる。研究素材として血を奪える事を、彼らは未だ疑っていない。

「あらあら残念。私、お供え物しかタベラレナイノデスヨ」
 そんな敵に平然と告げるのは、誉川・晴迪(幽霊のルートブレイカー・h01657)だ。
 つい先程まで椅子があった空間に座った姿勢のまま、晴迪は改造人間達の前にふわりと現れる。
 重力を無視した煙のような動き。そして、一見女性と見紛うような容姿。浮世離れした出で立ちに、改造人間達の顔に驚愕が浮かんだ。
『……!? 貴様、その動きは――』
「失礼。私、ユーレーなもので」
 微笑を浮かべたまま、平然と答える晴迪。
 生前の姿でインビジブルと化している彼は、敵への挨拶もそこそこに、基地をふわふわと漂い始める。
 絡め取るのは心から。刃を交わさぬ形で、戦いは既に始まっていた。

「しかし……景色も変わって、人魂も灯って、素敵な幽霊屋敷になりましたね?」
 改造人間達を前に、晴迪は飄々と言った。
 洋食屋から様変わりした基地の内部をしげしげと観察する様子に、敵を恐れる素振りは絶無である。そして、同時に彼は見逃さない。視界の端で改造人間達が義眼に灯す、赤い炎の輝きに。
 油断を誘う晴迪の動きに、それは敵が喰いついた瞬間だった。
『……標的を敵勢対象と断定』
「さあて、それでは――」
 緊迫する空気の中、両者が互いの得物に手を伸ばす。
 改造人間は懐へ、晴迪は背中へ。そして次の瞬間、
「始めると致しましょう」
『――沈黙させる!』
 能力者と改造人間。互いの√能力が、戦場へ解き放たれる。

 視界に捉えた晴迪の動きを、改造人間は逃さず捉えていた。
 能力で隙を見抜いた今、攻撃をかわす術は絶無。後は取り出した拳銃で標的を制圧し、抵抗の手段を奪うのみ――そう考えた、しかし次の矢先、
『隙あり……っ!?』
「はて? そのスキとやらは、一体どこに?」
 跳躍した晴迪は、瞬間移動めいた軌道で敵への肉薄を終えていた。
 彼が発動するのは『ヒトを呪わば』。自身を狙った対象に先制攻撃を浴びせる能力だ。果たして、既に攻撃態勢を整えた晴迪の手には、立派な卒塔婆が一振り握られていた。
「お返し、致しましょう」
『なっ!? な、何故――』
 手にした瞬間、卒塔婆が頑丈な金属バットに姿を変える。
 瞬時の出来事に驚愕する改造人間。その隙を、晴迪は見逃さない。

「悪いのは、この眼ですか?」
 振り被った卒塔婆が、ブンと唸った。
 狙う先は、敵の顔面だ。晴迪のフルスイングが赤い義眼に直撃し、黒ずくめの体が派手に吹き飛ぶ。派手な衝撃で天井をバウンドし、床に叩きつけられた改造人間が衝撃と激痛に悶絶する。
『うっ、がはぁっ!?』
 自分達の前に居るのは、無力な獲物に非ず。
 晴迪の意思を込めた一打はどこまでも痛烈に、改造人間を打ち据えるのだった。

リズ・ダブルエックス

 悪の秘密基地へと変貌を遂げた、洋食屋コウモリ亭。
 そこで敵と対峙するリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)の戦いは、感謝の言葉と共に幕を開けた。

「ご馳走様でした! オムライス、想像以上に素晴らしかったです!」
 拳銃を構える改造人間達とは対照的に、リズの表情は晴れやかだ。
 今日新しい料理を知れたのは、彼らのおかげ。たとえ敵であろうと、その点に関しては純粋な感謝を伝えておきたかった。手元に展開を完了した大型ブレードとレイン砲台で、戦いの火蓋を切る前に。
「……それはそれとして。プラグマの悪行を黙認は出来ません!」
 罪なき人々に被害を及ぼすなら、力ずくで阻止する。そう告げるリズに、改造人間達は戦意を露わに告げた。
『邪魔するなら、排除するまで!』『全てはプラグマの為に!』
「問答無用、という事ですね。では……排除開始であります!」
 半ば予想できた答えに、リズの声が鋭さを帯びる。
 ここから先は、戦いの時間。勝利への決意を胸に、少女人形は武装を起動した。

 戦いが始まれば、リズの攻撃には一切の容赦がなかった。
 副武装の砲台でレーザーを発射し、敵が足並みを乱せば瞬時に肉薄。主武装のブレードで斬撃を叩き込んでいく。炎のように熾烈な攻勢は、数に勝る改造人間達をじわりと追い詰めていった。
「逃がさないであります!」
『く……待機要員、集合せよ!』
 対する敵も、このままでは押し切られると判断したらしい。周囲に潜伏させた要員へ、一斉招集の合図を送る。
 要員の帰投まで反応速度は犠牲になるが、この状況ではやむを得ない。数を武器に押し切るべきだと敵は判断したのだ。だが、彼らは知らない――それはリズにとって、元から想定の範囲内である事を。

「数で来たら、纏めて一掃するまでであります!」

 リズのレイン砲台が準備を完了したのは、正にその時だった。
 次の刹那、砲口から一筋のレーザー光線が迸る。光は一本から二本、四本、やがて数百もの数に枝分かれすると、その軌道を自在に変えていく。
「私はレイン兵器の気持ちがわかるのであります! って言ったら信じます?」
 リズが発動する『決戦気象兵器「レイン」・精霊術式』で発射されたレーザー光線は、その全てが意思を持って標的を射貫く。射程範囲に踏み込んだが最後、光の猛攻を逃れる術は無い。
 無数の光線が、改造人間達めがけ一斉に降り注ぐ。
 戦場は、たちまち絶叫と悲鳴で塗り潰されていった。

『ぐあぁっ!!』『馬鹿な、避けられな――うおぉぉぉ!』
 全身を射貫かれ、穿たれ、焼かれ、撃破されていく改造人間達。
 その光景を静かに見遣りながら、リズの口からは餞別めいた言葉が洩れる。相容れない立場ではあったが、その料理の腕だけには敬意を払う――と。
「ですから。……これで、さようならです」
 リズの声が、戦場に冷たく響く。
 砲台が放ったレーザーの光は尚も止まず、改造人間達を葬り続けるのだった。

ジナ・ムゥ・マナミア

「あら、シェフの皆様? どの料理も絶品で、まさに至福の時間でしたわ!」
 コウモリ亭での食事を堪能し終え、ジナ・ムゥ・マナミア(魔法少女めたもる☆ジーナ・h00906)は改造人間達へそう告げた。
 深い感動に満ちた声からは、ジナの充分な満足が伺える。とはいえ、彼女がここにいるのはシェフへの賛辞を述べる為ではない。プラグマの企みを阻む為だ。
「皆様の料理が二度と味わえない事は残念ですけど……仕方ありませんわ!」
『抵抗する気か。ならば容赦は出来ん!』
 余裕も露わなジナの言葉に、改造人間達が一斉に身構える。
 プラグマの為にも、彼らに退却の二文字は無いのだろう。攻撃の機を窺うように距離を詰めて来る敵を前に、ジナは高らかに呪文を紡いだ。

「オルタードロンパクト、テイク・ザ・シェイプ!」
 変化は、まさに一瞬だった。
 呪文の詠唱と同時、濃密な煙がジナの全身を包む。敵が驚愕を浮かべたのも僅か一瞬、晴れた煙から現れたジナの姿に、彼らの視線は更に釘付けとなった。
『……あ、あれは!?』
「魔法少女、めたもる☆ジーナ!」
 ジナの身を包むのは、煌びやかな魔法少女のコスチューム。
 手に掲げるのは、装飾を施したステッキ型の卒塔婆『ラディカルソートヴァー』。
 名乗りと共に可愛らしいポーズを決めれば、いざ準備は万端。悪の組織の改造人間達を叩き潰すべく、ジナは堂々と告げる。
「――それじゃ、腹ごなしの運動と行きましょう?」

 戦闘開始の直後、鋭い指笛が戦場に響く。
 改造人間が放つ、それは待機要員を招集する合図だ。次々に現れる要員に指示を下し、敵は先手必勝とばかりジナに襲い掛かる。
『手加減無用だ。行け!』
 改造人間の指揮下、十人を超える要員が四方から迫る。一般人ならお手上げの状況に、しかしジナは一切動じない。どころか能力の代償で反応速度を鈍らせた敵を前に、悠然と告げた。
「随分と遅いこと。頭数だけのようね?」
 次の瞬間、ジナの手から白い靄が解き放たれた。
 源は、コンパクト型祭壇『オルタードロンパクト』に奉納された無数の霊魂だ。
 それらが残らずステッキに積載され、一振りの強力な武器へと変貌すると同時、ジナは『過積載霊ブン回し』を発動。渾身の一撃をブンと振るう。

「|全員まとめて薙ぎ払う《ゴーストオーバーロード》!」

 そこから始まったのは、嵐の如き猛攻であった。
 極限まで霊を宿したステッキは、一振りで複数かつ広範囲の攻撃を可能とする。戦場を荒れ狂うステッキに改造人間達はまるで為す術なく、箒で掃かれる塵のように次々と吹き飛ばされていった。
『ぐわっ!』『ぎゃあ!』
 先程までの勢いもどこへやら、要員もろとも蹴散らされていく改造人間。
 まさに鎧袖一触の勢いを保ちながら、ジナは余裕を露わに彼らへ告げた。
「料理に拘るあまり、本業の方は疎かみたいね?」
『ぐうぅ……こ、こんな筈では……!』
 魔法少女めたもる☆ジーナの猛攻は尚も止まる事無く。
 圧倒的な力を前に、改造人間は無念の歯軋りを洩らすのであった。

九途川・のゑり

 能力者と改造人間の戦いは、乱戦の様相を呈していた。
 後から後から待機要員を呼び寄せ、懸命に抗戦する改造人間達。そこへ能力者達は果敢に立ち向かい、着実に撃破を重ねていく。
 黒幕との決戦まで後少し。九途川・のゑり(灼天輪・h00044)は勝利への熱意を胸に、戦いに臨もうとしていた。

「話に違わぬ美味、ご馳走さまでした! では早速――戦いと参りましょう!」
 満足の笑顔で改造人間達へ告げると、のゑりの全身から熱い闘気が迸る。
 あれほど美味な料理を作れるシェフが討伐対象なのは残念だが、これも仕事のうちだ。一度戦うと決めれば、そこに一切の躊躇は無い。社用車『火車』のエンジンを唸らせて、準備は万全である。
「それでは――腹ごなしに一仕事終わらせますか!」
 応じるように、火車の車輪が勢いよく回転を開始。
 それを突撃の合図と為し、のゑりは社用車と共に敵群めがけ加速していった。

 戦場に、火車の甲高いスキール音が響き渡る。
 運送屋店主ののゑりにとって、社用車は足であり、同時に武器でもある。配達バイク型の社用車で、戦場を縦横無尽に暴れ回るのゑり。それを食い止めんと、敵は更なる要員を呼び寄せ始めた。
『ぐっ……待機要員、集合! あの妙な車を止めろ!』
「おーっと、数で来ますか。ならば受けてたちます!」
 対するのゑりは『炎轟』を発動。自らの分身を次々と生み出すと、迫る要員達と真正面から激突した。
 敵が数ならこちらも数で。
 燻黒峠の火車である人妖の本領、今こそ発揮するとしよう!

「二倍三倍、八百万倍!」「ン~、マア、実質コストゼロ! ってことで!」
『プラグマの為に!』『怯むな、かかれ!』
 生み出されたのゑりの分身が、要員達との激闘を開始した。
 頭数は五分と五分。だが、のゑりの能力は未だ終わらない。火車までもが一台二台と数を増し、妖術の『焔顎』で現れた炎が牙を剥き。更なる追撃となって、改造人間の群れに襲い掛かっていく。
「いけいけー!」「どーんと轢いちゃえ!」
『応戦しろ!』『だ、駄目だ、止められん!』
 戦場を所狭しと駆け巡る分身と、暴走する火車。頭数と火力で圧倒され、敵は瞬く間に蹴散らされ始めた。

 そこから先は、完全に一方的な展開となった。
 分身を乗せた火車が戦場を奔走し、邪魔な敵を片っ端から吹き飛ばす。反応速度を低下させた敵群に、対向の術は最早ない。中には銃で応戦する敵もいたが、今更そんな抵抗で戦況を覆すなど不可能だ。
「焔顎、飲み込んじゃえ!」
『な、なんだこいつは……ぐわあぁぁ!!』
 ワニにも似た炎『焔顎』が、灼熱の牙を剥いた。
 狙いすました一撃は、防御も回避も許さない。赤い炎に呑み込まれ、改造人間が瞬時に消し炭となって転がる。
 敵が為す術なく消し炭と化して尚、のゑりの勢いは健在だ。
「ガンガン行けー!」「燃え尽きろー!」
 捕食と爆走と蹂躙が荒れ狂う中、今やテンションは最高潮。
 暴れ狂う燻黒峠の火車の猛攻は、もう誰にも止められない――!

緇・カナト

「えっ、リアル食いものにする料理店?」
 料理人から工作員に早変わりした改造人間達を前に、緇・カナト(hellhound・h02325)は冗談めいた口調で肩を竦めた。
 もっとも、こうなる事は入店時から予測済みだ。その証拠に、カナトの手には精霊銃が握られ、戦いの準備が整っている。食事が終わった今、彼と改造人間は互いに銃を構えて対峙していた。

「……君達、料理人としてやり直す気とか無いのかな?」
『仕事に手は抜かない。それが我々の流儀だ』
「そうか。残念だねぇ」
 半ば予想していた敵からの答えに、カナトは再び肩を竦めた。
 料理も戦いも、彼ら改造人間にとっては等しく力を注ぐ“仕事”なのであろう。ある意味見上げた姿勢と言えなくもないが、そこに人々の命が係わるなら別だ。カナトは心を切り替えると、“敵”の撃破に精神を集中する。
 語るべき事は語った。此処から先は、戦いの時間だ。
「じゃ、始めようか。恨まないでね?」
『待機要員に告ぐ、ただちに集結せよ!』
 精霊銃『Blitz』を構えるカナト。敵を狙う猟犬の瞳が、仮面の奥で鋭い光を帯びた。

 そうして始まったのは、熾烈な銃撃戦だった。
 改造人間の指揮の下、要員達の容赦ない銃撃がカナトを襲う。数を活かした敵の攻撃は一秒も途切れず、カナトに応戦の隙を与えない。
『銃撃を続行!』『蜂の巣にしろ!』
「やれやれ、大したものだ。やっぱり数の力は効率的だよねぇ」
 銃撃に晒されながら、カナトは飄々と呟いた。
 敵が数を武器に攻める事は、彼も想定済み。そんな相手には、更なる数で対抗するのみだ。カナトは『千疋狼』を発動し、攻撃に転じていく。

「――昏い月夜に御用心」
 同時、カナトの足下から生じた影が、狼めいた獣に変じ始めた。
 一匹、二匹。獣は次々数を増やし、人造人間達に牙を剥く。カナトに代わり、彼の飢えを満たさんとするかのように。
「美味しいご飯、ご馳走様。狩りの時間を、此方からも提供させて頂こう」
『……っ!? く、来るな!』『ぐわぁぁっ!!』
 血濡れた爪牙の狩りが幕を開ける中、雷鳴の如き銃声が断末魔を塗り潰していく。
 獣達の攻撃は、執拗かつ徹底的だ。鋭い爪牙の前に半端な銃撃は意味を為さず――敵は全身を食い千切られ、次々に絶命していった。

 やがて交戦していた敵を一掃すると、カナトはふっと息を洩らす。
 このペースで行けば、勝利は時間の問題だろう。暴れた事で忍び寄る空腹の気配を感じつつ、ふと彼の視線は足元に向けられた。見るも無残な姿となって転がる、敵だったモノの残骸に。
(「改造人間でなければ……彼らにも、違う結末が有り得たのかねぇ」)
 そうして、カナトは思う。
 美味しい料理を作って、人々に笑顔を届けられる――彼らがそんな存在でいられたら、どんなに良かったろうと。
「……あーあ、本当に。壊すしか未来がないのは虚しいコトだ」
 天井を仰ぎ、呟きを洩らすカナト。
 仮面の奥に浮かべる彼の表情は、誰にも伺い知れなかった。

一文字・伽藍

「ワォ、ダイナミックに模様替えすんじゃん。これぞ秘密組織の基地って感じ?」
 激戦が続くプラグマの基地内。無機質な床が一面に広がる戦場で、一文字・伽藍(Q・h01774)は驚きを露わに言った。
 視線を移した先には、銃を構えた改造人間達の姿がある。既に状況は彼らの劣勢だが、狼狽する様子は見て取れない。プラグマから与えられた任務の為、最後の一兵まで戦う気なのだろう。
「シェフ~ご飯美味しかったよ。最高。ご馳走様でした!」
 改造人間達の銃口を前に、笑顔で距離を詰めていく伽藍。
 戦いの前兆を告げるように、彼女の輪郭が銀色の光を帯び始めた。

「ところでさぁ。この感じ、たぶんお代は命とかで払わされる、ってヤツ?」
 緊迫する空気の中、伽藍は平然と言った。
 お代なら払うけど――そう付け加える彼女に、改造人間はかぶりを振る。
『我々の組織にとって、生身の体はそれなりの金より価値がある』
「ん~……じゃ、やっぱ許せねぇっつーか、潰すしか無い感じ?」
 にべも無い敵の答えに、伽藍は肩を竦めた。
 このまま彼らを放置すれば、一般人が犠牲になるのは時間の問題。それを許す気など、彼女にも仲間の能力者達にも一切ない。
「つー訳で、ごめん! 料金は踏み倒させてもらいまーす!」
『――敵勢対象と断定、沈黙させる』
 改造人間達の瞳に赤い光が宿る。
 殺意を帯びた視線を正面から受け止めて、伽藍の青い瞳に戦意が輝いた。

 開始と同時、戦場に大量の金属がばら撒かれた。
 それは硬貨でもなければ、敵の銃弾でもない。伽藍がポーチに忍ばせている、数ダースに及ぶ大量の『釘』であった。
「クイックシルバー、『妖精狩猟群』!」
 虎視眈々と隙を狙う敵を前に、伽藍が√能力を発動する。
 同時、彼女の輪郭から、分裂した護霊が銀光を弾けさせて一斉に展開。宙に散布された釘を次々操作し、その先端で改造人間を狙い定めた。その数、50を超えようかという護霊の一斉攻撃だ。
「増えた数だけ星付けちゃう。ミシュラン星5も目じゃないぜ!」
 掲げた手を、すっと降ろす伽藍。
 それを合図に、宙を舞う釘が一斉に敵へ牙を剥いた。

 銀色に輝く護霊の力で、釘の嵐が降り注ぐ。
 素早く、鋭く、変幻自在の猛攻は敵にとって悪夢そのものだ。全身に穴を穿たれ、改造人間が次々斃れていく。
『くそ……! 撃て、応戦しろ!』
 運良く死を免れた者の発砲に、しかし伽藍は止まらない。大きく息を吸い込むと、護霊を誘うように歌を紡ぎ始めた。
「お代の代わりといっちゃなんだけど……一曲歌っちゃうよ!」
 伽藍の透き通った歌声が響く中、護霊の動きが激しさを増していく。
 踊るように、跳ねるように、戦場を飛び交う釘の嵐。敵は真面な防御も許されず、更に屍を積み重ねていった。
『ぐ、ぐわああああぁぁぁぁ!!』
「~♪ あ、クイックシルバー。釘、ちゃんと片付けてよね?」
 戦場に木霊する、改造人間達の悲鳴。
 それをかき消すように伽藍の歌はいつまでも、いつまでも響き続けた――。

渡瀬・香月

 悪の秘密基地に早変わりした、洋食屋『コウモリ亭』。
 精巧かつ悪辣なギミックを前に、その能力者は子供のような好奇心を湛えた眼で周囲を見回していた。
 名を、渡瀬・香月(ギメル・h01183)。会話とお洒落と、そして料理をこよなく愛する青年である。

「いやめっちゃハイテク秘密基地レストランじゃん!?」
 興奮気味で叫ぶ香月の声が辺りに響く。
 レストランを運営する彼は、基地の機能に興味深々。囚われの我が身もそっちのけで、その好奇心は尽きない様子だ。
「これなら、システムキッチンとかのがいいな……にしても残念すぎんぜ。料理めっちゃ美味かったのに」
 そう呟いて、香月の視線が敵に移る。
 冷徹な工作員の正体を露わにした改造人間達。今や敵となった彼らへ、香月は気さくに語り掛けた。

「なあ、料理ちょっと好きになったんじゃね? あんな一生懸命作ってたんならさ」
『料理は仕事の一環だ。そこに感情は挟んだ事は無い』
 香月のフレンドリーな態度とは対照的に、改造人間の口調は冷たい。
 そんな敵に、香月は勿体ねぇなと笑みを浮かべた。
「店やるって楽しいぜー。お客さんが美味いって食ってくれたら尚更楽しい」
『……この会話に意味はあるのか?』
「√能力者は殺されても蘇生する。お前もそうだろ? 多分」
 飄々とした態度を崩さずに、香月は言う。
 この戦闘で敗れても、改造人間はいずれ復活を遂げるのだろう。再び顔を合わせるかも分からない相手への、これは香月なりの別れの挨拶なのだ。
「好きだって気持ち、いつか持てるといいな。……以上、先輩料理人のアドバイスだ!」
『待機要員、集合!』
 会話の終了と同時、駆け付ける要員達の足音と共に、戦闘は開始された。

 戦場に、けたたましい銃声が響き渡る。
 12体の要員達は開始と同時、香月へ銃撃を浴びせ始めた。技量こそ改造人間に劣るが、頭数の優位は多少の短所を差し引いて有り余る。
「おー怖っ。コイツはもう少し、教育が必要かな?」
 降り注ぐ銃弾を前に、香月は苦笑を浮かべた。
 改造人間は要員達を盾に、攻撃を阻む気のようだ。だが、そんな守りなど香月の前には意味を成さない。ただ一瞬――標的を視界に収めれば、彼の攻撃は事足りる。
「美味いもん最高だよなー。でも食い過ぎると……もう動けねぇ!」
『逃がすな……っ!?』
 果たして次の刹那、両者の視線が交錯した。
 同時、香月は『暴食大罪』を発動。鋭い音と共に、小さなナイフが放たれる。

「――Bon Appetit」

 ドッ。鈍い音を響かせて、ナイフは敵の胸板に突き刺さった。
 被弾の激痛と、満腹の錯覚を誘う状態異常。その二つにたちまち苛まれ、改造人間の口から呻きが洩れる。
『こ、このナイフは、コウモリ亭の……!?』
「答える必要はねぇだろ? どうせココは今日で閉店だ!」
 統制を失った要員を蹴散らしながら、香月が不敵に笑う。
 ひとたび戦いとなれば、彼の攻めは容赦を知らず。プラグマの改造人間は、更なる窮地へと追い込まれていった。

東風・飛梅
夏之目・孝則

 敵味方の√能力が飛び交う、プラグマの秘密基地。
 そこは今や、濃密な硝煙の漂う戦場と化している。戦いの激しさを物語るように、周囲の随所には撃破された改造人間の残骸が散らばっていた――。

「みんなと美味しいお料理を食べて、それで終わり、なら幸せだったけれど……」
 そんな戦場の様子を前に、東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は目を伏せる。
 他者への憎悪を欠落に抱える飛梅の心には、純粋な意思の光があった。あの改造人間達が人々への悪事を重ねる前に、懲らしめなければいけない。憎しみでは無く決意を以て、彼女は戦いに臨もうとしていた。
「よろしくね、孝則さん。頑張りましょう」
「こちらこそ。サポートは任せて下さい」
 飛梅の言葉に、夏之目・孝則(夏之目書店 店主・h01404)は確りと頷きを返した。
 コウモリ亭の料理は実に美味で、今日限りで閉店というのは少々残念でもある。もしも改造人間達が、まっとうに料理をするだけであったら――他の能力者達が共通して思ったそれを、孝則もまた感じずにはいられない。
「……今日を無事に乗り切れば、先ほどの食事が最高飯となるかもしれませんね」
「そうね。必ず勝ちましょう」
 そんな孝則の言葉に応えるように、飛梅は深呼吸をひとつ。真っ直ぐな目で改造人間達を見澄まして、戦いの開始を告げた。
「さあ――気合入れて行くわよ!」

 戦闘開始と同時、孝則の手に書物が創造されていく。
 『諸国百物語』。所有者の技能を上昇させる、戦闘で大きな助けとなる√能力だ。
 通常であれば自身に使う能力だが、孝則が今回使用する対象は別にいる。戦闘を得意とするもう一人の仲間、飛梅であった。
「百物がたりをして富貴になりたる事――飛梅さん、お願いいたします」
「ありがとう、お借りするわ!」
 互いの同意を交わし、飛梅が百物語の所有権を譲り受ける。
 間を置かず攻撃に動き出す改造人間達。待機要員の招集と同時、開始されたのは指揮下に置かれた要員達による一斉攻撃だ。
『プラグマの為に!』『プラグマの為に!』『プラグマの為に!!』
 敗北を繰り返した改造人間達は、既に背水の陣と言って良い状況だ。これ以上の犠牲は絶対に避けたいのだろう、銃を武器に構える待機要員達が、まさにダース単位の如き数で能力者達に迫る。
「飛梅さん!」
「ええ。どうやら、スニーク・スタッフさん達は数頼みみたいね――それなら!」
 孝則の声を合図に、飛梅は先陣を切って駆け出した。
 百物語で力を増し、握り固めた鉄拳『愛の拳』に、一握りの愛を込めて。

 澄み渡った風が、猛々しく戦場を吹き荒れる。
 それは飛梅が振るう拳から生じる風だった。誘惑の梅香を帯びた拳は、繰り出される度に待機要員ともども改造人間を薙ぎ払っていく。
「これ以上の悪事は許さないよ!」
『ぐわっ!』『げぇっ!』
 強化を得た飛梅の前に、立っていられる敵はいない。数で優勢を誇る敵群は、じわじわとその数を削り取られ始めた。
 一方の孝則は、時折攻撃を抜けて来る要員を相手に応戦していた。飛梅の戦いが巧みな事も手伝って、相手をする敵は未だ寡勢で済んでいる。得物の『探偵刀』を手に、懸命に攻撃を凌いでいる状態だ。
『怯むな! 敵は二人だ、何としても押し切れ!』
「飛梅さん、諸国百物語は!?」
「まだ大丈夫! このまま行くわ!」
 休まず拳を振るう飛梅の返事に、孝則は頷きを以て応じた。
 所有者に強化を齎す百物語だが、そこには消滅と怪異のダメージというリスクが伴う。いま飛梅が振るっている拳は、いわば常に危険と背中合わせなのだ。消滅の確率は決して高くないが、こればかりは運を天に任せるしかない。
「少々危険を伴いますが、この勢いなら……!」
 どうか願わくば、この戦いを皆の勝利で飾れるように。
 祈る気持ちを胸に秘めながら、孝則は探偵刀を一心に振るい続けた。

 飛梅が振るう拳は、尚も止まらず唸りを上げ続けた。
「――東の空から風吹けば、私はあなたを思い出す」
『ぐうっ!?』
 小さな拳の力を受けて、改造人間が要員もろとも吹き飛ばされる。
 飛梅が発動する『匂い起こせよ梅の花』は、一度の通常攻撃を二度可能とする力だ。敵を巻き込める範囲は広く、バスケットコート程度は余裕で包めるほど。そこへ更に孝則の強化が加わっている今、その威力は天井知らずだった。
「孝則さん、そっちは大丈夫!?」
「問題ありません。敵は残り少しです、一気に決めましょう!」
 探偵刀を振るいながら、孝則が即座に応じる。
 攻撃回数が増えるほど、百物語の消えるリスクもまた増加する。無事に戦いを終えるには高火力で一気に押し切るのが理想だった。
 二人の周囲に残る改造人間は、一人のみ。取り巻きの要員達を含めても、問題なく撃破可能な規模だ。飛梅は踏み込む足に力を込めて、一気に肉薄を果たす。そして――行く手を塞ぐ要員を巻き込むように、渾身の一撃を叩き込んだ。
「お料理の匂いはなくなっちゃったけど、次はここを梅の香で満たしてあげる!」
『ば、馬鹿な、あれだけの手勢がたった二人に……ぐわああぁぁっ!!』
 決意を秘めた愛の拳が、改造人間の鳩尾にめり込む。
 その一撃をとどめに、周囲の敵は残らず吹き飛ばされ――かき消された硝煙の空気を、芳しい梅の香りが音も無く包み込んだ。

「怪我はありませんか、飛梅さん?」
「大丈夫。諸国百物語、消えずに勝てたわね……運が良かったわ」
 周囲の敵を一掃したことを確認すると、孝則と飛梅は共に安堵の吐息を洩らした。
 少し前まで戦場を覆っていた戦いの気配は確実に薄れつつある。それは、改造人間達の全滅が間近に迫っている事を示す証拠だ。
「まだ数か所で戦闘は続いているようですが……この分なら、勝利は確実でしょう」
「それが終われば、いよいよ親玉のコウモリプラグマね。頑張らないと!」
 二人は頷きを交わし合うと、次なる戦いに備えて動き出す。
 かくして改造人間達との集団戦は、いよいよ佳境を迎えつつあった。

ネルネ・ルネルネ

「か、かっこいい……!」
 周囲に広がる光景に、ネルネ・ルネルネ(ねっておいしい・h04443)の眼が輝く。
 未知なる変形機構で、秘密基地へ姿を変えたコウモリ亭。少年の心を持つ彼にとって、その眺めは実に心躍るものだ。
『敵性存在と戦闘中。至急応援を要請する』『待機要員は直ちに集合せよ』
 響き渡る警報に混じり、分厚い鉄扉が音を立てて響く。
 どうやら、次なる戦いが始まるようだ。ネルネは魔法の箒『ヴィヴィアン』に跨ると、迫る敵を前にフワリと宙へ浮きあがる――。

「ねぇ~、普通に洋食屋さんやるんじゃ駄目なのぉ?」
 やがて要員が勢揃いすると、指揮官の改造人間へネルネは言った。
 劣勢に陥った敵は、傍目にも焦燥が見て取れる。一方で、彼らを見下ろすネルネの表情は心惜しそうだ。悪事に手を染めるより美味しい料理を作っている方が、ずっと君達には似合うのに――と。
「考え直す気、無いかな?」
『幾度問われようとも、答えは同じだ』
「う~ん、駄目なら仕方ない! カモン! フレミーちゃん!」
 敵の意思が不動と悟り、ネルネは『ウィザード・フレイム』を発動した。
 ここから先は力で決着を着ける時。フレミーと呼ばれた炎の玉が、死闘の開始を告げるようにゆらめいた。

 熱風と銃声が、秘密基地を席巻する。
 戦場ではフレミーが改造人間達に牙を剥き、炎による攻撃を浴びせ始めていた。
 その間にも、ネルネの詠唱は途切れない。二つ、三つ、四つ……新たなフレミーが次々と生成されて、敵集団に襲い掛かっていく。
「攻撃に防御に、お願いねぇ!」
『妙な力を……! 数で押し切れ!』
 それを見て、改造人間は待機要員に一斉攻撃を命じた。
 ネルネが態勢を整える前に、手数で押し切ろうと言うのだろう。だが――それは余りに甘い見立てと言う他ない。彼らが対峙する炎は、攻撃だけが能では無いからだ。

「行くよ、フレミーちゃん!」
 応えるように、炎の群れが新たな動きを見せ始めた。
 迫る要員に目潰しを浴びせ、飛来する弾丸を反射。すかさず放つ体当たりで、要員達を容赦なく焼き焦がしていく。
「その反応速度では回避できまい! ふははは~!」
『う、うわああ!』『くそっ、怯むな!』
 被弾を免れた要員がネルネを狙うも、その程度は元より想定済みだ。
 ネルネはリキッドシューター『モルガン』を構え、応戦を開始する。拳銃型武装に装填するのは魔法薬『マヒスール』。魔法弾へと変換された薬が標的の敵に麻痺を与え、体の自由を奪って行った。

 開始から数分も経たぬうち、敵は早くも窮地に陥っていた。
 収集した要員はフレミー達の前に全滅。いよいよ追い詰められた彼にネルネはモルガンを向け、問いを投げる。
「最後に一つ訊こう。お土産用はないの?」
『くっ……うおおおぉぉ!!』
 返答代わりに拳銃を構える改造人間。
 そんな敵を、ネルネは魔法弾とフレミーの一斉攻撃で爆散させると、更なる敵を求めて動き出す。改造人間を撃破し、今こそ黒幕の怪人を引きずり出す為に。

ガザミ・ロクモン

 戦いの決着は、既に目前に迫っていた。
 改造人間達は援軍の待機要員も尽きたのか、戦場には僅かな敵が残るのみ。彼らを撃破すれば、次は黒幕との決戦が待っている。
「最後まで、全力で行きましょう」
 ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)は自らにそう言い聞かせ、集団戦を締め括る一戦に臨もうとしていた――。

「敗北を認めるなら、今のうちですよ」
 銃を構える改造人間達を前に、ガザミは堂々たる口調で告げた。
 戦いの勝敗は既に明らかだ。無数の屍を積み上げる改造人間達とは対照的に、能力者は未だ戦闘不能者を出していない。遠からずガザミ達は基地内を制圧し、敵の大ボスである怪人の元へ辿り着くだろう。
「貴方達には先程の食事の恩がある、逃げる者を追いはしません。ですが……」
 それでも戦いを望むなら、容赦はしない。そう告げるガザミに対し、敵が示した回答はシンプルだった。
『我らに退却の道は無い』『プラグマに栄光あれ!』
 逃げる者は一人もおらず、その銃口を一斉にガザミへ向ける。
 決着は、戦いでつけるのみ――敵からの返答に、ガザミもまた覚悟を決めた。
「良いでしょう。僕の全力でおもてなしいたします!」

 開始と同時、改造人間達は驚愕に息を呑んだ。
 銃口を向けた相手――ガザミの肉体が、巨大な蟹へと変化を遂げたのだ。
 いや、変化という言い方は適切ではない。身の丈六尺に届きそうなそれは、獣妖であるガザミの本来の姿。肉食獣の唸り声にも似た不穏な響きを放ち、大蟹の巨体が改造人間達の隊列へと告げる。
「聞こえますか? この唸り声は――僕のお腹の虫です!」
 そうして始まったのは、嵐の如き蹂躙だった。
 重く、分厚く、そして頑丈なガザミの外皮は、それ自体が一つの武器に等しい。そこへ『獣妖暴動体』の能力で無数の爪を生やした大蟹が、砲弾さながら敵の隊列に激突する。衝撃と轟音が響く中、最後の死闘が幕を開けた。

 √能力で生成した蟹爪が、唸りを上げて荒れ狂う。
 爪の数は、本来の腕と合わせて20に届こうかという膨大なものだ。その圧倒的な攻勢を前に、改造人間達は為す術なく蹴散らされていく。
『ぐぅぅ、食い止めろ!』『撃て、撃て!』
「豆鉄砲など効きませんよ!」
 分厚い外皮を纏い、『龍王之護』で全身を黒龍化したガザミ。その突撃は重戦車の如く強力で、敵が駆使する数百発の弾幕すら物ともしない。彼の巨大鋏は、唸りを上げる度に薙ぎ払い、叩き潰し、切断し……鎧袖一触に敵を薙ぎ倒していった。
 やがて最後の敵へガザミは鋏を振り被り――渾身の一撃と共に振り下ろす。

「これで終わりです!」
『プラグマ……万歳!』
 頭上から大爪を浴びた最後の敵が、全身を叩き潰されて爆散する。
 そうしてガザミは改造人間達の全滅を確認すると、他の能力者達と共に秘密基地の中枢を目指して進んでいく。
 後は、黒幕の怪人『コウモリプラグマ』を撃破するのみ。
 洋食屋コウモリ亭を巡る戦いは、こうして最後の決戦を迎えようとしていた。

第3章 ボス戦 『『コウモリプラグマ』』


 襲撃する改造人間達を撃退し、能力者達は秘密基地の中枢へと到達した。
 厨房地下に広がる、大ホールめいた半球状の空間。明るい照明に照らされたその中央、彼らが目にしたのは一体の怪人だった。

『ヒャーッヒャヒャヒャ! 改造人間が全滅とは、とんだ客がいたものだな!』

 耳障りな笑い声に、漆黒の蝙蝠を思わせる不気味な容姿。
 その姿を見ると同時、能力者達は理解する。この怪人こそコウモリ亭の真の主であり、事件の黒幕たる怪人――『コウモリプラグマ』である事を。

『基地の秘密を知った者は生かして帰さん。覚悟するがいい、ヒャーッヒャヒャヒャ!』

 言い終えるや、コウモリプラグマの全身から夥しい闘気が立ち上る。
 威厳の欠片も無い口調とは裏腹に、敵が纏う空気は紛れも無い強敵のそれだ。油断でもすれば、手痛い反撃を受けるのは間違いないだろう。
 罪なき人々を狙う怪人勢力の根城、コウモリ亭。秘密結社プラグマの邪悪な狙いを挫く決意を胸に、能力者達は戦闘態勢を取るのだった。
ジナ・ムゥ・マナミア

 秘密基地の中枢で能力者を待っていたのは、黒ずくめの怪人だった。
 蝙蝠を模した不気味なフォルム。耳障りな哄笑と軽薄な口調。彼こそが敵勢力の首魁、『コウモリプラグマ』に他ならない。
『ヒャーッヒャヒャヒャ! 血祭りに上げてくれる!』
「やだやだ、ケチな悪党の見本みたいなセリフね!」
 そんな敵を前に、ジナ・ムゥ・マナミア(魔法少女めたもる☆ジーナ・h00906)は嫌悪を露わに言った。
 敵の醜悪な姿は、コウモリ亭の雰囲気や料理とは正に対照的だ。こんな店長がいては、どんな料理も台無しだろう。魔法少女に扮するジナは、魔法ステッキ型の卒塔婆を構えて颯爽と告げる。
「お勘定をお願いするわ。もちろん、あなた達が悪事のツケを払うのよ!」
 人々を狙うプラグマの企みを放置は出来ない。
 勝利の決意を胸に、ジナは敢然と戦いを挑むのであった。

 戦闘開始と同時、ステッキを構えたジナが突撃する。
 怪人との距離はさほど離れていない。そのまま距離が縮むかに思われた次の刹那、彼女の進路を掌サイズの黒い塊が突如阻む。それは、敵の能力で創造された小型蝙蝠だった。三秒、六秒……時間を経る毎に、蝙蝠の数は増えていく。
『ヒャヒャヒャ! ミイラになって干からびろ!』
「地味に厄介な√能力ね……それならっ!」
 ジナはすぐさま、戦いの方針を速攻に切り替えた。長期戦になれば不利は確実――そう判断したのだ。呪符『ドロンハッパー』をかざすと同時、式神の憑依する木の葉が戦場を舞い始める。その勢いは凄まじく、瞬く間に蝙蝠達を圧倒し始めた。

「長くは持たないけれど……時間稼ぎには充分! 行きなさい『木の葉式神』!」
『小癪な! ならば数で押し切ってくれる!』
 突撃するジナを阻まんと、次々に小型蝙蝠を創造するコウモリプラグマ。
 だが、十九という数の式神を従えるジナの勢いは止まらない。蝙蝠の妨害を潜り抜け、彼我の間合いが瞬く間に縮む。
「逃がしませんわー!!」
『……な、なんだと!?』
 ジナの突撃を前に、怪人の声に驚愕が滲んだ。
 使役する蝙蝠は、術者である彼が一歩でも移動すれば消滅してしまう。蝙蝠の頭数さえ増やせば、問題なく押し切れる――その判断が甘きに過ぎたという現実を、彼は突き付けられていた。

「覚悟なさいませ! はあああぁぁぁぁぁっ!!」
『ちぃ! 蝙蝠ども、食い止めろ!!』
 焦燥を露わに、怪人の手から蝙蝠が次々と飛び立つ。
 そんな抵抗を掻い潜り、ジナは怪人に肉薄。式神で蝙蝠達を蹴散らし、得物のステッキを振るう。狙う先は、ガードががら空きになった鳩尾だ。
「あなた達が踏みにじって来た人々の怒り……食らいなさーい!!」
『ぐっ、ぐええぇぇぁぁぁっ!』
 たとえ身体は小さくとも、秘めた怒りは底知れず。
 魔法少女の叩き込んだ一撃によって冷たい床へと叩きつけられ、蝙蝠怪人の口から激痛と屈辱の呻きが洩れた。

一文字・伽藍

「挨拶がなってねぇなオーナー。こちとら客ぞ」
 銀色に輝く護霊を従え、一文字・伽藍(Q・h01774)が太々しく告げる。
 基地の中枢を舞台に、彼女は黒幕である蝙蝠怪人と対峙していた。手負いの敵と伽藍、両者の視線が火花を散らし合う。
「笑い方、考えた方がいいと思うなー。接客業ってさ、笑顔が大事じゃない?」
『ヒャーヒャヒャ! この笑い方を変える気など無い、生憎だがなぁ!』
 伽藍の問いに、怪人は堂々と言い返した。
 余裕を感じるその態度には、戦況を巻き返す意志が見て取れる。対する伽藍も、そんな敵の狙いを許す気など無い。じりじりと彼我の距離が縮まる中、両者の視線が一層激しい火花を散らした。そして、
「んじゃ、リピートアフターミー。――いらっしゃいませ、お客様!」
『ヒャーヒャヒャヒャ!! 死ぬがいい!!』
 戦闘開始を告げるように、怪人の哄笑がけたたましく響き渡った。

 音と光。質量を持たぬ二つの力が、たちまち戦場を席巻する。
 怪人が駆使する能力は、超音波を介した範囲攻撃だった。キンと鋭い音が鼓膜を弄する度、衝撃の余波で地面が弾け飛ぶ。真面に浴びれば大ダメージ確実の猛攻。だが――伽藍の猛攻は、それすら上回るものだ。
「クイックシルバー、『きらきら星』! キラッキラでボッコボコにしてやんな!」
『ヒャ――!?』
 刹那、怪人の眼前で銀色の光が弾けた。
 強烈な眩暈でバランスを崩し、地べたに激突する蝙蝠怪人。態勢を立て直す間もなく、超音波で弾けた地面の破片が、彼の四方を囲むように浮遊し始めた。クイックシルバーが駆使するポルターガイストの追撃である。

 この時点で、怪人は被弾を免れない状況だ。
 だが――伽藍の攻撃は、むしろ此処からが本番だった。

「はい、おまけ。グサグサもあるぞ♡」
『ヒャ……な、なな、何ぃッ!?』
 同時、怪人の頭上にばら撒かれたのは大量の釘である。
 本数にして3ダース近いそれが空中でピタリと静止し、鋭い先端を標的に向けた。伽藍と護霊の、それは本領発揮とも言える攻撃。回避が間に合わないと悟り、咄嗟に防御態勢を取ろうとする怪人へ、伽藍は先んじて合図を送る。
「クイックシルバー、今!」
 応じるように、護霊が眩い明滅を放つ。
 さながら銀色の雨にも似た猛攻が、怪人へ一斉に降り注いだ。

 攻撃が開始されると、敵は見る間に体力を削られ始めた。
 弾丸めいて飛ぶ破片が怪人を切り刻む。降り注ぐ釘の嵐が、追撃となって次々に大きな穴を穿つ。着実に負傷を重ね、余裕の笑みを失いつつある蝙蝠怪人。その顔を見澄まし、伽藍は堂々と胸を張って告げる。
「シェフはいなくなったし、あとはアンタだけだよオーナー。店仕舞いだオラァ!!」
『ぐ、ぐぐぐ……おのれぇ……っ!!』
 銀色に輝く護霊の攻撃が、なおも途切れず降り注ぐ。
 戦いは未だ序盤。しかし能力者が隙を晒す事は無く。
 絶える事なき猛攻に傷を刻まれ、蝙蝠怪人の口から苦悶の叫びが洩れた。

東風・飛梅

 悪の秘密基地へと姿を変えたコウモリ亭、その中枢部。
 激戦の続く戦場へ駆けつけた東風・飛梅(あるじを想う霊木・h00141)は、黒幕の蝙蝠怪人を撃破せんと身構えた。秘密結社プラグマの野望を阻み、罪なき人々を怪人達の魔手から守る為に――。

「あなたが店長さん? 素敵なお料理をごちそうさま」
 基地の中枢に、飛梅の声が凛と響く。
 激戦が続く戦場では、既に戦闘準備を完了した彼女が愛の拳をギュッと固め、蝙蝠怪人と対峙していた。
 料理への感謝を伝えた上で、プラグマの目論見は見逃さない――それが彼女の想いだ。狙われるのが一般人となれば猶更である。度重なる戦闘で負傷を重ねた敵を、飛梅は油断なく見遣った。
「お料理は頂けても、子供達を狙うのは頂けないわ。覚悟なさい!」
『ヒャーッヒャヒャ! 我が計画を邪魔するなら、死んで貰おう!』
 笑い声を響かせ、身構える蝙蝠怪人。
 人々を毒牙に掛ける敵を止めるべく、飛梅は軽やかに駆け出した。

「あなたの目論見、阻止させて貰うわ!」
 春風のように澄んだ声で、飛梅が決意を紡ぐ。
 憎悪を欠落に抱える飛梅は、敵を憎むという感情を持たない。そんな彼女が戦う理由は只一つ、プラグマが起こす悲劇を阻止する事だ。
 広げた翼で宙に飛び上がる怪人。そこへ飛梅はすかさず追い縋り、拳を繰り出す。
「知っていた? 梅の木は空を飛ぶの」
『しつこい奴め!』
 どこまでも純粋な心を込めて振るう、それは愛の拳。続け様、敵の爪を容易く見切り、カウンターの拳を即座に放つ。被弾でよろめいた瞬間を逃さず、放った投げ技が怪人の体を激しく床へ叩きつけた。

「貰った!」
 間を置かず、飛梅が怪人に拳を向ける。
 すかさず振り下ろされる追撃を前に、しかし怪人は動揺を示さない。今の彼には、一つの秘策があったからだ。
 それが、幼稚園バスジャック作戦。コウモリ亭のオープンに合わせ、店に向かう細工を施した園児用バスが基地の地下には格納されているのだ。合図さえ送れば、バスの操作は自由自在。あの女が油断したところへ、痛烈な一撃を叩き込む――!
『ヒャヒャヒャ、今だ!』
 迫る飛梅を前に、勝利を確信した怪人が高らかに叫ぶ。
 次の瞬間、開いた床からバスが現れた。このまま体当たりを浴びせれば、突撃の勢いは確実に消える。
 後は機に乗じて畳みかければ形勢は逆転だ。怪人の合図と同時、加速したバスが飛梅を弾き飛ばすかに思えた、しかし次の刹那である。

「このてのひらで、私は進むべき√を切り拓く」

 飛梅が翳した右掌に触れると同時、バスがピタリと動きを止める。
 『散りゆく花にてのひらを』。触れた右掌で能力を無効化する、それが飛梅の駆使した能力であった。
 次の刹那、怪人の視界に飛梅の拳が映る。
 阻む術は無い。避ける術も無い。出来るのは、ただ悲鳴を上げる事だけだ。
『ば、馬鹿な!? これは何かの――』
「ええいっ!!」
 会心の一撃が、怪人の顔面に直撃する。
 基地を揺さぶる衝撃と共に、甲高い絶叫が木霊した。

神楽・更紗

 戦闘開始から数分、じわじわとコウモリプラグマを追い詰める能力者達。
 彼らの攻撃は未だ留まる事を知らず、着実に蝙蝠怪人に傷を刻んでいた。
 敵の反撃で多少の被害は受けているが、戦況に影響を及ぼす程では無い。次第に余裕が失われゆく蝙蝠怪人を今こそ撃破すべく、神楽・更紗(深淵の獄・h04673)は更なる攻撃を仕掛けていく――。

「除霊や怪物退治はしばしばだが……怪人か。頭目という事もあり、油断できぬ相手だ」
 戦場を冷たい気配で覆いながら、更紗は呟いた。
 気配の源は、彼女が使役する濃密な死霊によるものだ。インビジブル制御の技能で動きの精度を増した霊達を周囲に展開しながら、更紗の視線が撃破目標である蝙蝠怪人へ向けられる。
『ヒャーッヒャヒャヒャ! 血色の良い女ではないか、さぞ血が美味かろう!』
「ああ、うるさいうるさい。甲高い声が癪に障るわ!」
 不快そうに眉を潜め、更紗は戦闘態勢を取った。
 どれほど煩い相手でも、死んでしまえば騒ぎようが無い。そんな彼女の意思を察知した死霊の群れが音も無く蠢き始めた。

『ヒャヒャヒャヒャヒャ! 蝙蝠共、あの女の血を吸い尽くせ!』
「させるか! 阻め、死霊達!」
 戦闘開始と同時、蝙蝠と死霊が互いの標的を狙って戦場を舞い始めた。
 怪人の能力で次々生成されていく小型蝙蝠達。対する更紗は、死霊の群れを巧みに制御し、致命的となる一撃を許さない。息の詰まる攻防の中、権勢を交えながら彼我の距離がじわじわと縮んでいく。
「この妾を、簡単に斃せるとは思わぬ事だ」
『しぶとい奴め……! 蝙蝠共よ、何をしている!』
 余裕の笑みを浮かべる更紗を前に、蝙蝠怪人の声に苛立ちが混じる。
 度重なる戦闘で傷を負った事で、焦りを覚えつつあるのだろう。それは更紗にとって、心に付け入る絶好の隙と同義だ。
 そして次の瞬間、

 ――トンッ。

 死霊と小型蝙蝠が飛び交う戦場に、軽やかな音が響き渡る。
 それは、更紗が手にした錫杖が地面を叩く音だった。
 半ば反射的に、怪人の意識が更紗に向く。刹那、『半人半妖香』を漂わせた魅了の微笑を浮かべ、更紗は渾身の力で跳躍。眼下の怪人めがけ、続け様に発動するのは『霊能波』による一撃だ。
「さあ、もう逃がさんぞ?」
 視界に捉えた蝙蝠怪人めがけ、霊波の波動が押し寄せる。
 狙いすまして放った更紗の一撃は過たず怪人に直撃し、その身と心を万力の如き圧力で苛み始めた。
「妾の霊力、余すことなく味わい尽くしてくれたまえ。――全身でな!」
『ぐっ、ぐおおおおぉぉぉぉぉ!!』
 悲鳴を上げる心身に耐えかねたように、絶叫を洩らす蝙蝠怪人。
 更紗と能力者達が与える傷は、一歩また一歩と敵を追い詰めていく――。

緇・カナト

 『怪人』。それは√マスクド・ヒーローに存在する、人々に害為す存在の一つだ。
 悪の組織に改造され、呼吸をするように悪事を働く者達。そんな彼らは、まさに平和の敵と呼ぶに相応しい。
 だがそうした者達の中には、正義の心に目覚める者も存在する。己が心を貫く為、彼らはエネルギー補給と怪人指令装置の声に苛まれながら、今日も悪と戦うのだ。今正に戦場へ駆け付けた、緇・カナト(hellhound・h02325)のように――。

「コウモリ、蝙蝠かぁ……」
 黒妖怪人のカナトは、皮肉な笑みを浮かべてそう告げた。
 見遣る先には、手負いとなったコウモリプラグマの姿が見て取れる。威厳の欠片も無い口調とは裏腹に、纏うのは怪人としての確かな空気。そこに何とも言えぬ味を感じつつ、戦闘態勢を取った。
「とりあえずさ、飲食店のネーミングセンスは何とかした方がイイんじゃなぁい?」
『ヒャーッヒャヒャヒャ! 何故だ、最高の名前だろうが!』
「ええ……あんな、鳥でも獣でもないような半端ヤロウが?」
『だだだ、黙れ! コウモリを侮辱する者は許さん!!』
 カナトの言葉に、敵が激高したように叫ぶ。
 コンプレックスを刺激されたか、怒りも露わに身構える蝙蝠怪人。プラグマ直属である怪人を今こそ倒すべく、カナトは戦いの火蓋を叩き切った。

「変成せよ、変生せよ」
 死闘の開始を告げるように、カナトの声が戦場に響く。
 同時、彼が纏うのは灰狐狼の毛皮。それは移動速度を爆発的に増加させる、『狂人狼』を発動した証だ。疾風めいた速さを武器に、獰猛な狼さながらカナトが蝙蝠怪人との距離を詰めにかかる。
「あいにく、宙より大地に利点があったりするモノで」
『ちっ……面倒な! 蝙蝠ども、迎撃しろ!』
 蝙蝠怪人の生成した小型蝙蝠が、次々とカナトに牙を剥く。
 時を増すごとに数を増やしていく蝙蝠達の攻撃を、しかしカナトは物ともしない。

「立ち止まってお仲間増やすより、逃げ回ってる方が建設的じゃない?」
『ヒャヒャヒャ! 下らん挑発を……っ!?』
 言いかけた矢先、蝙蝠怪人の笑みが凍り付く。
 視線の先には、一振りの三叉戟があった。能力発動によってカナトが振るったそれは、次の刹那、雷の如き速度を帯びて蝙蝠怪人を捉える。
「三叉戟トリアイナの刃。たっぷり喰らうといい」
 鋭い一閃は蝙蝠怪人を袈裟に切り裂き、その肉体に深い傷を刻んだ。泉のように溢れるどす黒い血をまき散らしながら、戦場に甲高い絶叫が木霊した。
『ゲギャアアァァァッ!!』
「うーん、やっぱり久々に同胞の怪人を相手にするのは愉しいねぇ」
 血だまりの中を転げ回る蝙蝠怪人を見下ろして、カナトは吐き捨てるように呟いた。

 ――全く。うっとおしい同族嫌悪に反吐も出そうだよ。

 組織に盲目的に従う忠実な狗であった、かつての自分。
 青年が振るう三叉戟はまるで黒い過去を振り払うかのように、なおも熾烈に蝙蝠怪人の身体を切り刻み続けるのだった。

リズ・ダブルエックス

 プラグマの秘密基地は、今や壊滅の危機に瀕していた。
 改造人間は全滅し、残るは蝙蝠怪人のみ。基地の主たる彼を撃破すれば『コウモリ亭』は完全にその機能を停止する。
 戦いは、正に正念場。能力者達は更なる攻撃で、黒幕の怪人を追い詰めていく――。

「これは何とも、立派な空間ですね……!」
 周囲の景色を見遣り、リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)は驚嘆の声を洩らす。
 変形機構に、広大なドーム状の中枢部。ここまで大掛かりな基地を造るなら、その資金を料理用の設備に回せたのでは――そんな考えが、ふと脳裏をよぎる。
「いえ……それではそもそも、この料理店が存在しませんか。ままならないものです」
 改めて意識を戦闘に切り替えて、リズは敵を見遣る。
 蝙蝠怪人は全身に夥しい傷を負いつつ、未だ必死に抵抗を続けていた。それを狙うリズもまた、武装の展開は既に完了している。副武装のレイン砲台で牽制を行いつつ、主兵装の大型ブレードで斬りかかる――それが彼女の作戦だ。

「ここで、撃破させて貰います!」
 告げると同時、リズは『LXF・LXM並列高出力モード』を発動した。
 ボディスーツより展開した光翼が、疾風の如き速度を齎す。移動速度を増加させ、怪人との距離を瞬く間に詰めていくリズ。だが次の刹那、怪人はそれを阻むように小型蝙蝠を次々と創造していく。
『ヒャヒャヒャ、まだまだ! 我が力を侮るな!』
 傷だらけの体を叱咤しながら、蝙蝠怪人も決死の抵抗を続ける。
 だが、その程度はリズとて想定済みだ。レイン砲台の放つレーザー光が、たちまち小型蝙蝠を撃墜する。反射ダメージ対策で出力を低く調整した事が奏功し、未だ攻勢に支障は生じていない。

 そこから先の僅かな時間で、リズは戦いの流れをものにした。
 怪人の生成する小型蝙蝠が、飛び立った直後に副砲のレーザーで次々撃墜されていく。時間にして十秒と少し、両者の間合いは既に十分な距離まで縮まりつつある状況だ。
「逃がしませんよ!」
『ちっ……しつこい奴め!』
 手持ちの蝙蝠を全て撃墜され、怪人が距離を開けようと動き出す。
 だが、その判断は余りに遅い。リズの速攻は怪人に猶予を与えず、尚も回避を強要するように光を浴びせ続ける。
 そして――敵が追い詰められた一瞬を、少女人形リズは決して逃さない。

「防具機動力と武装破壊力の2点に出力を集中。高速近接戦へと移行します!」
 更なる加速で肉薄を果たし、リズの大型ブレードが一閃する。
 装甲すら容易く貫通する高出力斬撃、プラズマブレイド。リズが振るう刃は回避も防御も許す事無く、蝙蝠怪人を斬り伏せた。
「美味しい食事を悪事に使う者は……絶対に許しません!」
『ヒャ、ギャアァァァァァッ!?』
 蝙蝠怪人の絶叫が、戦場に木霊する。
 満身創痍となった彼に、余裕の気配は最早無く。全身を血に染めて悶絶するその姿は、間近に迫る決着の時を雄弁に告げていた。

渡瀬・香月
夏之目・孝則

 能力者達の長き戦いは、遂に佳境を迎えようとしていた。
 秘密基地に変形した洋食屋『コウモリ亭』、その中枢部。黒幕のコウモリプラグマは、既に満身創痍の状態にあった。
『ぐ、ぐぐぐ……こんなハズでは……!』
 全身に傷を刻まれた姿に、開戦当初の余裕は欠片も無い。彼を戦場に立たせるものは、能力者達への殺意と執念のみだ。
 洋食屋を訪れた人々を、研究の素材として利用する――そんな怪人勢力の企みを今こそ叩き潰す為。能力者達は、最後の戦いに向けて動き出す。

「あれがこの店の黒幕ですか。計り知れない殺気を感じます」
 追い詰められた怪人を前に、夏之目・孝則(夏之目書店 店主・h01404)は真剣な面持ちで身構えた。
 敵が放つ殺意に、全身が針で刺されたようにビリビリと痛む。相手は怪人勢力の首魁、例え瀕死でも油断など出来ない。全力で戦う決意を胸に、孝則はコウモリプラグマと対峙していた。
『だが……まだ終わりはせん!! ヒャーッヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
 絶体絶命の窮地にあって、蝙蝠怪人が目を爛々と輝かせて叫ぶ。
 簒奪者は能力者同様、死しても蘇生する存在だ。残された力の全てを、この戦いに注ぐ事を彼は決意したのだろう。

 敵の殺気が、じわじわと密度を増していく。
 その気迫たるや、全身が万力で挟まれるようだ。凄まじいプレッシャーを前に、しかし孝則は一歩も退く事はない。
「某だけでは、立ち向かう事が叶わなかったかもしれません。しかし……」
 しかし、と彼は思う。今の自分は一人ではない、共に戦う仲間が居るのだ。
 力を合わせて戦い、勝利を掴む――そんな想いを胸に、彼は渡瀬・香月(ギメル・h01183)に信頼の微笑を向ける。
「宜しくお願いします。この戦い、勝ちましょう」
「ああ。きっちり片付けようぜ!」
 香月は頷きを返すと、視線を蝙蝠怪人に移す。
 もはや戦いは不可避。だがその前に、敵と交わしたい言葉が彼にはあった。

「まずは料理ごちそうさん。ところで、モノは話だが……なあ、考え直す気はねぇ?」
 蝙蝠怪人の重圧をものともせず、香月は平然と言う。
 人々を苦しめる為でなく、喜ばせる為に基地を使う気は無いか――そんな、打算の無い大真面目な提案を。
「例えば、絶品のレトルトカレーとか、お家で簡単ビーフシチューセットの開発とかさ。そっちに舵を切ってみねぇ?」
 それなら俺も常連になるのにと、真剣な表情で言う香月。
 しかし――彼の申し出に、蝙蝠怪人は即答した。
『ヒャヒャヒャ、答えはNoだ! 我等プラグマは世界征服が仕事なのでなぁ!』
「そうかい、残念だ。……なら、戦うしかねぇな!」
 交渉が決裂した以上、すべき事は只一つ。
 香月と孝則は頷きを交わし合い、蝙蝠怪人との戦いに身を投じるのだった。

 開始と同時、強力な超音波を武器に蝙蝠怪人が迫る。
 空気の振動で標的を破壊する、強烈な範囲攻撃――その力を余さず駆使し、彼は破壊の嵐をまき散らしていく。
『ヒャーッヒャヒャヒャ! 死ねぇ!!』
「力ずくで押し切る気ですか。そうはさせません……!」
 敵の繰り出す超音波攻撃を凌ぎながら、孝則は懐から一冊の古書を取り出すと、√能力の発動準備に取り掛かる。とどめを確実に刺す為にも、ここは強烈な一撃を叩き込みたいところだ。
「今なら、数多の栞を用意できる筈です。……香月さん!」
「あぁ、引き受けた。最高で最悪な一撃を、あの怪人にくれてやる!」
 戦うと決めた以上、躊躇はしない。
 香月は即座に床を蹴ると、蝙蝠怪人めがけて疾駆していった。

『ヒャヒャ、そうはいくか!!』
 死に物狂いとなった怪人は、続け様に小型蝙蝠を生成。√能力で生成された蝙蝠達が、次々と牙を剥いて迫る。香月は機敏な動きで蝙蝠達の襲撃を捌きながら、怪人の執念深さに舌を巻いた。
「めっちゃコウモリ出てくんじゃん!? うぉっ、ヤバッ!」
『ヒャヒャヒャ! このまま押し切って――』
「――いえ、それは叶いません」
 そして、怪人が追撃を掛けんとした刹那。
 孝則の掲げた古書から、無数の栞が次々と飛び出し始めた。『柳緑花紅』の能力で召喚されたそれは飛翔する呪力を帯びて、瞬く間に戦場を埋め尽くしていく。

「柳は緑、花は紅、そのほかに何の奇があると云います」

 それは、まるで舞い散る花のように。
 二十、三十。蝙蝠を遥かに凌ぐ栞が、戦場を舞い飛び始める。
 七十、八十――無数の栞が飛ぶ光景に、蝙蝠怪人までもが暫し言葉を忘れる中、孝則は古書の頁を静かにめくった。
「花の下での読書を欲す……それが人情であります」
 その一言を合図に、栞が一斉に敵を包み込む。
 どこまでも圧倒的な物量を前に、蝙蝠怪人は為す術も無い。香月を阻まんとした蝙蝠達は瞬く間に排除され、更なる無数の栞が主人たる怪人を切り刻む。
『ぐっ……ギャアァァッ!!』
 それは、正に断末魔の絶叫。
 今こそ最後の一撃を加える時――そう判断した孝則は、香月に視線を送った。

「香月さん、とどめを!」
「任せろ、絶対に外さねぇ!」
 次の刹那、香月は蝙蝠怪人を狙い定め『暴食大罪』を発動する。
 用いる得物は、戦闘の余波で生じた一握りの鉄片だ。鋭利なナイフを思わせるそれは、投擲と共にヒュンと軽い音を立て、怪人の脳天めがけて飛ぶ。
 その一撃が、とどめ。
「――Bon Appetit」
『……!!』
 標的に空腹を齎す一撃に貫かれ、蝙蝠怪人が驚愕に目を見開く。
 ぐぅと響く腹の虫を最後に、爆発四散する漆黒のボディ。そうして消し飛んだを前に、二人の能力者は暫し瞑目する。
「……終わりましたね」
「ああ。あばよ、コウモリプラグマ」
 その経営能力、今度はもっと違うところで使いな――そんな別れの言葉を残し、香月は孝則と共に戦場を後にした。

 かくして能力者の活躍によって、プラグマの野望は潰えた。
 洋食屋コウモリ亭は基地ともども機能を停止し、人々を毒牙に掛ける事は最早無い。
 マスクド・ヒーローの地で繰り広げられた、能力者達の戦い。その一つは今、大成功の結果と共に幕を下ろすのであった――。

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