こころやさしい鹵獲兵器と
●回想【鹵獲兵器『ナイチンゲール』】
私は多くの人を殺しました。
それが私のプログラムでした。
絶やさず香るこの香りが、錆鉄なのか血なのかすらも、私の回路からは応答がありません。
ですが、お許しをいただけるのならば。
私は今からでも、人類のために戦うことはできますか?
私は空を飛ぶことができます。
リミッターを外しさえすれば、もっと速くにでも。身体は折れてしまいますが、任務は必ず達成します。
……え?リミッター解除はしなくていい?
理解できません……何故ですか?
何故、泣いているのですか?
何故、私を抱きしめているのですか?
●回想【鹵獲兵器『彼岸花・此方』】
足を引きずって、私は歩く。
私は任務の最中、大量の|戦闘機械群《『ナイチンゲール』》に襲われた。
でも、私は|命《オイル》を振り絞って生きている。
私のお腹に穴が空いてる。腕の片方は|骨《金属フレーム》が剥き出しだ。
──私は死んでしまうだろう。だけど後悔はない。
この背中の『|荷物《爆弾》』だけは、絶対に届けないといけない。
私の命一つで、多くの人を|救う《殺す》事が出来るんだ。
この『|物資調達任務《脳に埋め込まれた仮初の任務》』を完遂できる。皆の役に立てる。
だから、私は命に変えてもこの荷物を──届ける!
『目的地に到着しました』
『【彼岸花・此方】の自爆装置を作動します』
──『ナイチンゲール』の養成所は、火に包まれた。
●作戦会議『鹵獲兵器と、その教育と』
「√能力者の皆、任務の時間なのです」
√ウォーゾーンの会議室。
小柄な星詠みの|少女人形《レプリノイド》、『トロワ・レッドラビット』の白い指がプロジェクターを起動。モニターに資料を映し出したのを確認すれば、トロワの鋭い瞳は君達に向き直る。
「……その前に、事前知識なのです。戦闘機械群の『ナイチンゲール』は、直前の|決戦《オーラム逆侵攻》にて『鹵獲が可能な兵器』に認定。これにより、√ウォーゾーンの人類は一歩勝利へ前進したのです」
資料には『ナイチンゲール』の姿が映る。
ナイチンゲールは少女型飛行偵察ユニット。『|完全機械《インテグラル・アニムス》』到達の為の試験機とも噂されるが、真偽は定かでない。
「改めて、作戦概要なのです」
モニターには鹵獲した『ナイチンゲール』の養成所の様子が映し出される。
各々が銃器の訓練や通信を始めとしたコミュニケーションの練習を行っている様子だ。
「……『教官が配備できなかったことを除けば』√ウォーゾーン内で最新鋭の訓練施設なのです。なにしろ、『戦闘機械群を教育する』事や『戦闘機械群とコミュニケーションを取る』事に……まあ、拒絶感を覚える人々の多さが問題視されているのですよ」
量産型の|少女人形《レプリノイド》であるトロワは顔を伏せた。
「……まあ。教育にはテメーらが適任ってことなのですよ。戦闘訓練のあとはフィードバックを行って、改修してもらうそうなのです」
「しかし、本題はそこじゃなく……その『養成所が何者かによって破壊された』という予知がある事が問題なのですよ」
予知の中では、『荷物を届ける為に奮闘した少女』しか観測されていない。|そんな、一体誰がやったんだ《仮に気づいても言わないで下さいね》……。
「あの少女と爆発の|因果関係は現在調査中なのです《戦闘機械群の非人道的行為にキレるのは第三章まで待って下さい》。しかし、『ナイチンゲール』の包囲を振り切ると言うことは、執念深く任務達成を優先することが予想されるのです」
最後に、星詠みのトロワはモニターにナイチンゲール養成所、および周辺の地図を表示した。
「んむ。では改めて、ナイチンゲールの教官を務めてくるのですよ……嫌じゃなければ、なのですけど」
第1章 集団戦 『ナイチンゲール』
「ああ、√能力者の方だ!待っていたよ…!」
目が髪で隠れた、|目立たない《モブっぽい》博士が君達を迎える。『ナイチンゲール』の教官、および改造案の提案者として君達を歓迎してくれているようだ。
「私みたいな物好きしか、彼女達を担当してくれなかったから……本当に助かるよ…!」
聞いていた通り、『戦闘機械群』を教育するというのに抵抗がある人が多いようだ。
養成所に到着すれば、大量の『ナイチンゲール』が座っている。……スリープモードというものだろうか。少女型とはいえこの至近距離に戦闘機械群が多く居るのは、√ウォーゾーン出身にとってはぎょっとする光景だろうか。
「一応、君の担当は決めているけれど……大人数を担当してくれるなら、それはそれで助かる。私は戦闘経験なんてないから、君に一任するよ」
鹵獲された『ナイチンゲール』の教官を務めよう。
動作や心構えを教えても構わないし、シンプルな模擬戦闘を行っても構わない。
(……しかし、散々叩っ壊してきた兵器を、育てる側に回るとは。|人形生《じんせい》何があるかわからないものでありますな)
ずらりと並んで敬礼をする13体の『ナイチンゲール』を見て、感慨深く思っているのは量産型|少女人形《レプリノイド》であるタマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)だった。
彼女もまた自らの分隊と共に横に並び、合わせるように敬礼をしてみせる。
「まあ、お味方になるのなら小生とは同類。人類の為の兵器同士、仲良くやるでありますよ」
横に並んだ自らの|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》がみな前に出て、『ナイチンゲール』と握手を交わした。……嗚呼、もしこの情景を写真に撮るものがいたならば。そして√ウォーゾーンの世界大戦を『過去のもの』とする時代が来たならば、この瞬間を閉じ込めた写真は間違いなく歴史的資料として、後世語られることになるだろう。
その瞬間に立ち会う人間が誰も居ないのと、タマミが特別そういう意識を持っていないので、その歴史的資料は残らなかったわけだが。
しかし『戦闘機械群』だった時から全く変わっていない無表情や、肌の無機質さを見て自らと『同類』と思えてしまうのはこのタマミという|少女人形《レプリノイド》の寛容さ故か。
ナイチンゲール達としても、受け入れられたことで何か思うところがあったのだろう。握手する指をゆっくりと離した頃には、表情一つ変えてもいない金属の指先がかすかに震えていたのに気づける。
……タマミは、そっと笑みを向けた。
「ああ、それと。個体名があるなら聞いておきたいでありますな」
ナイチンゲール達は顔を見合わせ、四拍ほどの時間ののち、中央のナイチンゲールがタマミに向き直る。
「──タマミ様。私どもは個体名を持ち合わせておりません。ですが、現在整列している順番から1から13の番号を付けることで代替が可能です。たとえば、中央に即している私は7番、といったように。」
「う〜ん……」
なんだか、違うな……と。
『タマミ』が『|少女人形《レプリノイド》』と名乗るわけにもいかないだろうし、もっとないのだろうか……
「……しかし、まあ。とりあえず今はそれで良いでありますよ」
少しだけ案じたが、今は訓練が先だと。もしその中で不便なことがあれば、自律的に直すか博士に報告などすればいいと判断したタマミは、気を取り直すこととした。
「えー、まず。この訓練は多対多……実際の戦闘に近い、集団模擬戦であります。同じ人数を揃えたのはそのためでありますよ」
13体のタマミ・ハチクロが模擬戦闘用のペイントガンを手にする。
「小生らはひたすら弾幕を張るであります、それを避けて、小生にタッチすれば撃破でありますよ。ただしペイントガンに一発でも当たったら撃墜扱い、手を挙げて近くの地面に座るであります」
1発でも当たれば撃墜、その扱いであればナイチンゲールが従来の捨て身の挙動を取ることもない。
また、タマミにはこのような考えもあった。
(小生の経験から判断するに、『ナイチンゲール』の強みは機動性と突撃力……偵察用だけあって、その飛行中は凄まじい速度であります)
(であれば、下手に相手の土俵に立たず、スピードで翻弄し続ければそう簡単に落とされはしない。隙を見つけて、手痛い突撃をかますのが良い戦術でありますな)
√ウォーゾーンで長年最前線を張った|少女人形《レプリノイド》故に、戦術の重要性は肌どころか脳に、脳どころかバックアップデータに染みついている。
それは『敗北したことがあるから』に他ならなかった。目の前の『ナイチンゲール』は量産機。学習機能がこれまでにあったのかすらも分からない。
ならば一度『実演』してみることにした。
「……さあ、小生ら13人。頑張って撃墜するでありますよ」
……全員が位置につき、模擬戦闘の準備が整った。
発煙弾が発射されると同時に、ナイチンゲール達は一斉に飛翔する。偵察用というだけあり、分散する事や建物の影に紛れながら移動することは既にブログラムに入っているようだ。
「……しかし。まだまだ甘いですな」
リロードの隙を狙う為に全員が潜伏。場所の割れている状況での潜伏ほど無意味なものはない。
止んだ弾幕に顔を出したナイチンゲール達から先にペイントガンがヒット。そのまま13体が丸々ペイントだらけになって帰還した。
俯く13体のナイチンゲール。勿論そんな事は無いのだが、頭からぷすぷすと煙を上げてるのではないかと心配になるほどこっぴどくやられていた。
「えー。では反省会でありますが。まず最初に撃墜された1番。なにか意見ありますかな?」
「──1発でも撃墜、となると撃破は難しいように思えます。我々は今まで、仮に数発撃たれても多くの人間を狩るようにブログラムされてきました」
「ふぅむ……」
先ず、その発想を変えなければならないか。
タマミはさらさらとメモを取ってみせた。
「次に最も小生に近づいた2番。意見はありますかな?」
「隙を伺う事を考えましたが……潜伏があまりうまくいかなかったようです。リロードを狙うのに失敗しました」
確かにリロードを狙うのは間違いではない。それは最もタマミに近づいたという結果にも表れている。
……であれば、このくらいのヒントを与えてみよう。
「まず。自らの強みを生かしてみると良さそうですぞ。『相手の土俵で戦わない』事を徹底してみてはどうですかな……何でも良いから、自らが戦いを握っている状態を作る。そうすればきっと良くなりますぞ」
ナイチンゲール達はその言葉を胸に刻んで、再度模擬戦へ向かう。
「ふむ、どのくらい成長してくれましたかな」
「伸びると思いますぞ、案外早く」
「リロードの動作を分かりやすくとな……このくらいでよろしいですかな?」
「少々わざとらしすぎますぞ。もう少し──」
……タマミの分隊たちも会話に花を咲かせている様子。
きっとナイチンゲールの方も、会議を行っていることだろう。一筋縄では行かないはずだ。
それでもタマミ達は教官として、全力で全力を出さないようにした。
彼女らの成長を支援するために。
「発煙弾、発射!」
──2回目の模擬戦闘が始まった!
今度は、姿を見せて舞うナイチンゲール達。弾幕射撃を避けられるように、全速での移動ではない。
「……うむ、しっかりわかってくれましたな」
ペイントガンの弾幕が廃ビルを染めていく。一体のナイチンゲールが踏み台にした古びた換気扇が黄色に染まる。先程では4体までしか入れなかった中距離に全員が潜り込む。さらに言えば13体全員が各々で回避を行っているため、ピンポイントの射撃が意味を成さない。
「──そろそろですぞ」
「タッチされる準備、しておきますかな」
中距離を保ち、翼を展開しているナイチンゲール。そして、タマミ分隊の右翼の数人がリロードの姿勢をとった瞬間──ナイチンゲールの二体が急降下。風を切る音を耳元で聞いたと共に肩をタッチされたタマミの二人が、笑みを浮かべて座り込んだ。
そうして『自らの手で相手に隙を作りながら』戦い始めたナイチンゲール達は、順調にタマミ分隊を削っていく。
人数が減れば弾幕も減る。すなわち味方をカバーできる時間も減る。数的有利を取ったナイチンゲールは着実に戦況を進め──最後の三人のタマミに急降下、同時にタッチした。
「そこまで、ですぞ」
タマミ達から白き少女たちに、一斉に拍手が向けられた。
今度は誰一人ペイントの汚れがないナイチンゲール達を、タマミがねぎらっている様子だ。
あれだけ飛んでいれば疲れることだ。別に怒られているわけでもないのに、ナイチンゲール達は正座で座っている。
「──いやあ、お見事ですぞ。小生が本気でやったとしても、勝てるかどうか分かりませんな」
「タマミ様、ご謙遜が過ぎます。長く航空しすぎたせいで我々の両翼はエネルギーが切れかけていたのです。あと二分もあれば、航空不能になっておりましたし……もう、歩くことさえできません」
「なんと」
……そもそもが捨て身の突撃用、偵察用の戦闘機械群なのだ。
こんな細い体、エネルギー容量が多いわけもない。
新たな課題も見つけたところで、タマミは気づく。
「……歩くことさえできないナイチンゲールを、小生はどうやって補給所まで運べばよろしいのですかな?」
「あっ」
「…………タマミ分隊、緊急出動ーッ!」
……次の課題は、余分なエネルギーを使わないこと、だろうか。
タマミ達は全身金属のナイチンゲールを背負って歩きながら、数日後の筋肉痛を覚悟したのだった。
正座しているナイチンゲールの一個小隊を前にして、魔術師ミンシュトア・ジューヌ(|知識の探索者《ナリッジ・シーカー》・h00399)は笑みを浮かべてみせる。
無表情でじっと見つめられるのを感じれば、いくらなんでも『緊張』の一言くらい頭に浮かぶことだろうか。
「──えー……そんなにかしこまらなくても大丈夫です。わたし、べつにナイチンゲールの方々に恨みつらみがある人たちではないですから」
√ドラゴンファンタジー出身の彼女であれば、相手をするのにも丁度いい。なんなら彼女の得意も空中戦であるため、自らの鍛錬にもなると考えたのだろう。それと──
(この子達、一体どんな構造してるのでしょうか?それに、今後実用化されることがあれば|少女人形《レプリノイド》やベルセルクマシンのような、我々の一団になることもあるのか……そもそも、彼女達が√能力を獲得することはあり得るのか……)
……この少女は知識欲の塊だった。それ故に他√の事情にも明るく、思考の発展にも及びやすい聡明な少女だ。それ故に、今話題のナイチンゲールについても飛びついてくれたのだろう。
だが残念ながら私からはその答えが出せない。|ナイチンゲールには様々な型が確認され《宿敵『ナイチンゲール』は私だけのものではないですし》、そもそも│この語り手はそんな大した語り手《王権決死戦みたいな世界観を左右する大事なシナリオを担う凄いお方》ではない。もしもそれらを期待して此処にきたのであれば、大変紛らわしくて申し訳なかった。
……沈黙しているミンシュトアの顔を覗き込む、一人のナイチンゲール。
「……当機は、訓練の説明を求めます」
「わっ。ああ、すみません」
無表情で声音が動かないまま言われたその言葉は、実際には『何故か自分たちを見たままぼーっとしているので心配になった』というそれだけだった。
「えー。とはいえあまり捻ったものではありません。空中戦で、わたしとの戦闘訓練を行いましょう……実戦に近い形で」
「模擬戦闘用の武器は使用なさらないのでしょうか」
「大丈夫です、峰打ちで済ませます」
しゅっ、と手刀をする仕草。ナイチンゲール達は首を傾げた。
「んんッ……ま、まあ。死なないくらいに。破壊までは至らないくらいに、いい感じに調整しますからね」
「当機の突進は殺傷能力を有しております。教官様に万が一の事が起こりうるのでは無いでしょうか」
確かに。そこまで発展した、配慮した思考ができるAIに若干の畏敬の念を抱いてみせるミンシュトア。
「まあ……わたしは√能力者ですし、万が一のことがあっても蘇ります。安心してください」
その魔女はくるくると箒を回してみせた。
──模擬戦闘の開始位置。普段は闘技場として用いられる区域の一部分。向かい側の遠くにナイチンゲール達が見える。
「戦闘開始の合図……これで、よし」
発煙弾の代わりに魔力弾を真上に放ち、空中で爆裂。
一斉に無数の少女達が空に舞った。
一人の魔女に、大量の機械群。
空の上での追いかけっこは、まるで魔法使い同士のスポーツか。はたまた一人の姫を取り合う輪舞か。だとしたら中央で舞っているその姫は、とんでもない足取りで周囲の踊り手を手玉に取っているのだが。
ナイチンゲール達は圧巻の飛行速度で、直進であれば凄まじい飛行速度を誇る。耳元を通過したその翼からは風を切る鋭さが感じられる。
それでも、自身より速くはないはずのミンシュトアの箒に中々追いつけない。華麗な空中ターンで回避されてしまう。
……ただその内心、楽々躱せているというわけでもなく、当のミンシュトアは若干焦りを感じていた。
(速い……なんとかついていけますけれど。思う通りにいくかどうか)
その掌からの、微弱な魔力攻撃による牽制で吹き飛ばす。
豊富な戦闘知識による扇動で、√ウォーゾーンの機械群にもすぐに適応して微弱な魔力弾を命中させていく。
「これなら……いける!」
そうしてナイチンゲール達は、いつの間にか一箇所に誘導されていた。
「──ごめんなさいね、恨みはないけれど!」
──│天地《アメツチ》ノ 狭間漂ウ│風御魂《カゼミタマ》 解キ放タレシ 其ノ身捧ゲヨ
流麗にその唇から|詠《うた》われる|句《詠唱》が終われば、竜巻が一箇所に集まったナイチンゲールを勢いよく舞い上がらせる。姿勢制御を失ったナイチンゲール達は、空高くからそのまま地面に──
「おっと!……やりすぎてなければ良いのですが」
ミンシュトアはそのうち一体を自身の両腕で受け止める。
落ちかけたその他の金属製の少女達は、落下地点から吹き上がるように吹いた柔らかな風に受け止められる。軽傷で済んだようだ。
「でも、ちょっとだけおイタをするのも教官の役割ですからね」
……微笑みかけるミンシュトア。腕の中のナイチンゲールがその目蓋を開く。
「報告します。内蔵バッテリーの高温と伝達ケーブルの拡幅を確認。簡潔に言えば『死ぬかと思いました』。教官様」
「あっ。起きてましたか」
「怖かったです。教官様」
「ごめんなさいねー」
「撫でても駄目です」
その腕の中にある無表情の内心に、ミンシュトアはほんの少しだけ迫ることが出来たような気がした。
部屋で待機する『ナイチンゲール』の三体。彼女達は射撃場の休憩ベンチに座り、特に話すこともなく無表情で佇んでいた。
……いたのだが、いくらなんでも自律的な思考を獲得したからには『退屈』の二文字も生まれないはずがないだろう。
ナイチンゲールの一人が口を開く。
「──私達を担当して頂けるのは、どのような方でしょうか」
「存じません。しかし……万が一、|博士《モブ》と違って危険な人物だったら如何しましょう」
「不安を検知しました。しかし、私も同意見です。機械を育成するとは……いったい、何をされることでしょうか。非人道的な教育を行われるのでは?」
「……当機の内部コードの拡幅を確認。俗に言う『血の気が引いた』状態でございます」
電子音らしさのある声で会話をしていれば、その男は顔を出した。
黒い髪のその青年は、|白神《しらかみ》・|明日斗《あすと》(歩み続けるもの・h02596)という名だった。
初めてその外見を目の当たりにしたナイチンゲール達からは、ガラの悪い若者といった風に見えたことか。
√ウォーゾーンであれば整った軍服やウェアばかりを目撃することになるので、着崩した服というのはなかなか見慣れないもの。それ故に、彼女達に深層にプログラムされた警戒信号が灯っている。
「よぉ。……ナイチンゲールってのはお前らか」
目つきが鋭いその顔を見れば……彼女達に表情は無いが、明らかに怖がったのが見て取れる。
「そんな怖がんなって。まあ、そうだな。非人道的とか、お前らが嫌がるコトはしねえから安心しろ」
携帯端末の画面から現れたホログラム。妖精型AI『ファム』が、顔の前でピースサインをしている。
「機械寄りの奴なら、相棒で慣れてる」
えへへ〜。と照れてみせる妖精。これがカワイイと思えずしてなんと言うか。
ナイチンゲール達の興味も惹いたようで、無表情なのは変わらずとも心なしか目が輝いているようにも見える。
そして射撃場に置かれるはアサルトライフルと狙撃銃。遠距離に設置された的には点数が書かれている。
「まず、お前らの今の実力を見せてくれ。点数が低くても別にどうこうしようってわけじゃないが、把握だけでもしておきたい」
……この教官、良いヤツなのでは?
薄々感じ始めたナイチンゲール達もだんだん言うことを聞き始めた。勿論、もともと、言うことは聞くのだが。
率先して動いてくれるこの姿勢は、人間で言えば『信頼』に近いものだろう。
……射撃の最初の結果は、あまりいいものではない。
中央から離れた『4』のゾーンに弾痕が残る。
「──当たったな。十分だ」
アサルトライフルを構えるナイチンゲールの背中に明日斗が近寄り、その背中と腕に手を添えて動かす。
「もう少し脇を締めると、上手くいく。それと、自由な姿勢から撃ったほうが訓練としてはありがたいかもな」
机に寄りかかっていたナイチンゲールの姿勢を、そっと動かし直立させる。
「感謝します」
「口はいい。もう一発撃ってみろ」
──発砲。
「お、7点か……」
端末にデータを入力し、ファムが分析。
「ちょっと失礼するぜ」
その額に携帯端末を当て、簡易的なデータ送信を行ってみせる。
「──もう一発撃ってみろ」
さらにもう一発、発砲。
「9点。やるじゃねえか」
「……教官様の指導の賜物です」
無表情ながら、その瞳からは喜びが感じられた。
射撃訓練が一段落した頃、明日斗は外にナイチンゲール達を集めさせた。
普段は闘技場として用いられるビル群だ。
「よし。次は模擬戦を行う。……コレを使うぞ」
各々に訓練用のペイントガンを配り、自らもソレを手に持つ。
「お前らの出せる能力を活かすためには、大人数で大人数を撃破する形式のほうがいい。俺が敵軍の指揮官で、コイツらが敵の子分だと思え」
コイツらと言って展開したのは、ペイントガン仕様の『フェアリートルーパーズ』たち。
錬金術で生み出されたその妖精たちは、先ほどの射撃の的より小さかった。
しかしナイチンゲール達は、先ほどの射撃訓練を自信に変えていた。
「位置に着いたな?……合図と共に開始だ」
発煙弾が空中で音を鳴らす。一斉にナイチンゲール達と錬金妖精たちが飛び出した。
明日斗自身もその戦況を観察、ビル群を飛び移りながらペイントガンで援護を行う。
激しいせめぎ合いはナイチンゲールが制した。しかしその数は四体ほどになっており、半数はペイントが命中し撃墜判定になっていた。
「……ここは改善点かもしれねえな。急がないでもっと慎重にやってりゃ、全員で|来れた《生き残れた》ろうに」
彼女らの自己犠牲を案じつつも、明日斗はペイントガンを構える。
「ま。これくれぇの人数なら余裕だ。……覚悟しろよ?」
空中戦にも引けを取らない機動力で翻弄した明日斗。
その翼を踏み台にしてアクロバットな動きでビル群を飛び移る。
四体のナイチンゲールを、各個ペイントガンで染めていった。
「状況終了だ、お前ら。……研究所で改善点をまとめんぞ」
親指で研究所の方向を指し、先頭を歩んでいった。
「…………で、ファム。こんな感じで良かったか?」
名教官として振る舞ってみせた明日斗が呟くと、携帯端末から応答がある。
『はい!流石私の提案したプログラムですね!』
「指導したのは俺なんだがな……」
ペイントだらけになったナイチンゲールやフェアリートルーパーズを研究所まで先導しながら、いつもと変わらない相棒にため息をついた。
一人の『ナイチンゲール』が敬礼をしてみせる。
その視線の先には彼女の教官を務める|峰《みね》・|千早《ちはや》(ヒーロー「ウラノアール」/獣妖「巨猴」・h00951)が、誠実で穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「教官を務めさせていただく、峰・千早です。よろしくお願いします」
敬礼を返す千早。彼は金属製のその小柄で細身な、少女の姿の身体を見下ろして。
「──識別名がないのは不便なので……『とわ』さんとお呼びしても?」
『とわ』と名付けられたナイチンゲールは無表情ながら少したじろいだ。
とわと言う名に込められた意味。彼が『とわ』と発したその語句は、何故か安らぐものに聞こえた。|永遠《とわ》?……|永遠《えいえん》のもの?
私は簡単に砕ける脆い機械。永遠のものではない。だからきっとなにか他に意味があるのだろうか。
少女はそう思案するが、ひとまず目の前の『教官様』が私を大切にしてくれることだけは理解できた。
……偶然か必然か、彼にとって|守るべき場所《『トワイライト』》の頭2文字と一致しているという事を、彼女は知らない。
ナイチンゲールの『とわ』は頷いてみせた。
「……身に余る光栄でございます。識別名『とわ』は、身を粉にして責務を果たします」
「身を粉にするのはちょっとな……」
千早は苦笑しつつも、単刀直入に提示してみることとした。
「……今日は、本体が戦闘向きでないことを鑑みて、|WZ《ウォーゾーン》の操縦訓練をしましょう。とわさんの飛行能力があれば確実に情報を持ち帰ることにも、任務を達成することにも繋がります」
千早の後ろでシャッターが開いて、量産型ウォーゾーンの『ティターン』ともう一体『ティターン・0I』が運び込まれてくる。
きっと知識だけで初めて見たのだろう。
仮にそうでなくても、偵察機である彼女は戦況を上から見ることが多い。ここまで大きいと知らなかったことか。
そのナイチンゲールは、トレーラーに運ばれてきた2体の|WZ《ウォーゾーン》を目線で追っている。
「……かっこいい、ですね」
「ええ。今からアレに乗るのですよ」
「…………!」
無表情のままだけれど、明らかに目が輝いている。ナイチンゲール故か、彼女の個性故かは不明だが……この、とわと名付けられたナイチンゲールは|WZ《ウォーゾーン》に一目惚れしてしまったようだ。
千早はとわを量産型WZ・ティターンへ先導する。
「それでは、此方のコクピットから乗りましょう。私がサポートしますよ」
「はい。喜んで」
──『闘技場』として普段使われているフィールド内。その一つの施設のシャッターが開き、2体のWZが歩いて顔を出した。
先導する白い機体は千早の操縦する『ティターン・0I』で、その後ろで慎重に歩んで周囲を見渡すのはとわの操縦する『ティターン』だった。
「上手く歩けていますよ、その調子です」
「感謝します、教官様」
「ああ。私のことは千早でいいですよ」
「了解です、千早様」
無線の通信映像越しに、とわの様子が映し出されている。前方のモニターや周辺地図を見れば、暫くまっすぐとした道がある事が分かる。
「では最初に……障害物を避けてみましょう」
道に倒れた街路樹やビルの欠片を見て、先導するように先に白い機体が進む。
「自分のペースで大丈夫ですよ。飛行するより遅いのは当然ですからね」
振り向いたその白い機体。いつでも助けに入れるように注意深くその動きを見る。
とわの操縦する機体が慎重に進んでいく。案外筋はいいようで、機械適正もそれなりにあるのだろうか。
「──とわさん、右に注意を」
「!……感謝します」
剥き出しの鉄骨に腕を掠めるところだった。WZに慣れていないうちはよくあるミスだ。一歩後ろに下がり、WZの腰を下げて再度歩く。
「対応、見事です……では、そうですね。次はこの上に登ってみましょう」
指差した先には3m程の廃屋。完全な四角型で、石の柱が露出している。
見本を見せるように『ティターン・0I』が小さな廃屋の上に手をかけ、重心をゆっくりと頑丈な柱にかけて登ってみせる。
手足のようにWZを操縦できるならばまだしも、重心を意識する動作はかなり厳しいことか。
……とわも一度目は苦戦した。しかし、二度目。
「…………千早様、できました」
「良いですね!」
画面越しに千早の笑顔を見たならば、可憐な白い少女の心も穏やかなことか。
「それでは──簡単な実践に移りましょう。とわさん、その機体の背部からレーザーを取り出してください」
「此方ですね」
「はい。私が盾を構えて移動するので、そのレーザーで撃ってみてください……ああ、威力は弱めてありますからご安心を」
高台から降りた『ティターン・0I』が盾を構えつつ、長い一本道を数メートルホバー走行させてみせる。
「……はじめ!」
先ずはとわの機体から見て横方向に移動。
「────。」
射撃。先ずはその機体の盾に見事に命中させてみせた。
「いい狙いです!では、少し距離を離して……どうぞ!」
一発目……命中せず。
たじろいだ瞬間、すかさず無線が飛ぶ。
「もう一度狙いましょう!次がありますよ!」
「──感謝します」
次の一発は見事に命中させてみせた。
……そうして訓練を続け、時刻は昼過ぎに。
シャッターの内側にて、コクピット内からナイチンゲールのとわが慎重に細い足を踏み出す。
「ありがとうございました、千早様。大変貴重な経験でした」
「ええ。それならば良かったです」
……が、なんだかとわの足が震えているように見えた。WZの中はそれなりの高温だ、もしかして──
「とわさん、失礼します」
「……あ」
千早が額を触れば、かなり熱されていることに気づいた。まさか、訓練中ずっと我慢してたのだろうか。報告したら訓練の妨げになるからか。これも『量産型』故の自己犠牲的思考かもしれない。
これは要改善だろう。
ひとまず、千早はナイチンゲールの『とわ』を急いで近くの椅子に座らせたのだった。
ナイチンゲールの一体を前に、『二人のアリス』が手を繋いで現れる。
……√ウォーゾーン出身者に『不思議の国のアリス』は伝わるのだろうか?少なくとも、このナイチンゲールはこのアリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)という少女とその護霊『メアリー・アン』の二人の服装に首を傾げていた。
「ナイチンゲールさんとは、はじめてお会いしますね……私は、アリス・アストレアハートです。宜しくお願いいたします♪」
「よろしくね〜♪……あ、メアリー・アンだよっ☆」
しかも、性格は正反対。ナイチンゲールはその二人を交互に見ていた。
「よろしくお願いします、アリス様、メアリー様」
抑揚のない声で返事をして、敬礼する。
「あ〜、でも……私も、重火器の扱いとかはよくわかりませんので……」
アリスは訓練用のペイントガンを手に、翼を広げてみせる。
「一緒にお勉強、しましょうね…♪」
「躊躇なくボコボコにしちゃって大丈夫だからね〜っ☆」
「もうっ。……お手柔らかにお願いしますねっ」
「はい。お望みのままに」
文字通り住む世界が違う彼女ら。けれど、無表情なナイチンゲールも協調性が無いわけではない。ただ『自らは兵器であるべき』と考えているだけだった。
だから、この少女に……生まれてこのかた、笑顔はなかった。
「……ね〜ね〜、アリス」
メアリー・アンはアリスに耳打ちをする。それを聞いたアリスは『え〜っ…!?』と驚いた様子で。
「でもでも、この子にはそうした方がいいと思うなぁ♪」
「う、うーん……それじゃあ、そうしますねっ」
「……?」
何やら二人のわるだくみも済んだ所で、三人の少女は外へ出た。
……普段は『闘技場』として用いられる、この√ウォーゾーンの廃墟群。
その瓦礫まみれのアスファルトの道路にアリスの靴が触れ、その次にメアリー・アンが靴音を鳴らす。
その後ろを飛翔するナイチンゲールは、立ち止まるアリスを見てゆっくりと降下、細い足で着地した。
「それじゃあ、ええと…合図といっしょにはじめますね。……あっ、ナイチンゲールさん。合図ってどうしま」
「ば〜ん☆」
「ひゃあっ……!?」
背後からメアリー・アンのオレンジのペイントガンで染まるアリス。
「……もうっ。それじゃあ、今からはじめですっ…♪」
アリスが『無垢なる翼』を展開し、その廃ビル群で飛翔。それに続いてナイチンゲールも飛翔した。
形は違えど翼を持つ少女達が飛び上がれば、その無骨だったビル群を色とりどりに染めていく。
「弾幕射撃ですか。しかし──」
高速で飛翔するナイチンゲール。直進の速度では負けない彼女だったが、正確な飛行においてはいまひとつ欠けるものがあった。
「!……う。……あっ」
その真っ白なボディに、アリスの放った青いペイントがぺちゃりと染まる。
「わっ。やりました…♪」
「いいなぁ〜、こっちだって♪」
「ひぁッ」
ナイチンゲールの背中に、メアリー・アンのピンクのペイントがぺしゃり。
慌てて急上昇し、真下に向けてオレンジのペイントを乱射するナイチンゲール。
「わわっ……!」
「あっぶな〜い♪」
素早い切り返しで避ける二人。メアリー・アンの髪先が、ほんのりオレンジ色に染まる。
ついてくるように翼をはためかせたアリスは直進せずに動きで翻弄。そして──視界から姿を消す。
「──!」
「後ろ、ですよ…♪」
「ひぁっ」
あっという間に連射を受け、青いペイントまみれになるナイチンゲール。足先からぽたぽたインクが滴る。
「あはは、今のうち〜っ☆」
二人で近くにいたのを好機と取ったメアリー・アンが上に向けてピンクのペイントを一斉発射。√ウォーゾーンの空にインクの雨を降らせ、そこら一体をインクだらけに。
「わわ……っ♪」
「くぅ…っ」
二人同時に白翼が染まって、ふらりふらりと地面に降下していく。
……気づけば、周辺は色とりどりに染められていた。
まるで楽しいお遊びの跡。廃虚の一角に、ピンクと水色とオレンジのカワイイ空間が彩られていた。
「いえ〜い、漁夫の利っ☆」
ふらふら降りてきた二人のもとで、メアリー・アンがピースサインで勝ち誇る。
「……ていっ!」
そのメアリー・アンにアリスが抱きついた。インクまみれで抱きついたものだから、当然メアリーも染まる。
「わわっ!も〜っ」
「お返しですよっ…☆」
「じゃあ〜……キミもっ!」
「え、わたしっ──ぁあっ!」
ナイチンゲールも強く抱きつかれ、とうとう訓練を放棄しだす。いつの間にかインクまみれの空間で寝転がる三人が居た。
「……もう。仕方ないですね」
ナイチンゲールも、ようやく穏やかな声音に。
「あ、ナイチンゲールさん……」
「…?」
「笑顔になったら、もっとかわいいね〜☆」
「あっ──!」
手で表情を隠そうとしたナイチンゲールの顔に、ピンクの手形がぺったりと付く。
「きゃはっ☆か〜わいい♪」
「作戦、大成功ですね…♪」
アリスとメアリー・アンは、喜んでハイタッチをしてみせる。
「もう……最初から、コレが狙いでしたか」
その機械は、自らの腕に染まったインクを眺め……また、笑顔になった。
一人の|少女人形《レプリノイド》として、心優しき歌姫として。『ナイチンゲール』達の震える心を看過できない者が居た。
……力になりたい。この子たちを救いたい。
元々は敵だったとしても、敵だったからこそ、自分の事が嫌いになっちゃうに違いない。だから、その枯れた心を何かで埋められないか。
その為に出来ることを、マリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)は考えて──一つの考えに至った。
「『ナイチンゲール』ってね。すっごくきれいな鳥なんだよ」
その緑の瞳を、ナイチンゲールの一人ずつにしっかりと目を合わせる。
「夜に歌う鳥。そんな君たちは、きっと皆を幸せにできる」
その少女人形は、にこりと笑顔を向けてみせる。
「──だから、私の得意な歌を教えるよ!」
ナイチンゲール達は無表情ながらパチパチとまばたきをして、一つ質問を返す。
「それは、人類の役に立つことなのでしょうか」
「なるよ。あなた自身の心も明るくしてくれる。戦いも大事だけど、戦いだけが全てじゃないし……なにより、あなた達に歌うことの楽しさを知ってほしいんだ」
「……了解しました」
半ば圧に押されるようにして、半ばその笑顔を信頼するようにして。ナイチンゲール達はマリーが歌うその姿を目撃した。
──感動。
歌い始めの優しい響きに、それでいて感じる力強さに。何処か感じるせつなさに、未だ表情を知らない夜鳴き鳥達は息を呑んでいた。
歌詞から伝わる戦火の強さ。抗うことのできない理不尽へのやるせない思い。それでいて、その中でも強く咲き、いずれ来たる平和を望む歌声。
「おやすみなさい、今はただ──私の歌に、包まれて」
『|Silent Kindness《サイレント・カインドネス》』のその共鳴が彼女達の心を映し出す。
──従うのみだった我々の愚かさ。
──償いたい。今はただ、償いたい。
──それまでは、私達は|潰《つい》えたくない。
……マリーは、最後のその想いを聞ければ十分だった。
そう思ってくれたんだ。だったら、次は──
「────ふぅ。どう……だった?」
答えを聞くまでもないが、その歌姫は優しき声で問いかける。
……拍手。金属の肌でされるそれは、人間のそれとは音は違う。けれど、それは彼女達が、歌を賞賛したいという気持ちゆえに現れた『自らの行動』だった。
「ありがとう。それじゃあ……」
マリーは、マイクを差し出した。
「君達の歌声も、聴きたいな」
ナイチンゲール達は、顔を見合わせて。少し俯き、先頭の彼女が言った。
「歌いたい曲が、一つだけ……」
「いいよ!……最初は上手く歌えなくても大丈夫だから……気持ちを込めて歌ってみて」
もう一人のナイチンゲールが、手を挙げる。
「──あの。私も、一緒に」
「わ……私も歌いたいです。きっと同じ曲です」
「皆で歌うんだ?それも楽しそう!」
マリーは、優しく笑みを浮かべた。
『──Daisy, Daisy, give me your answer do』
『I'm half crazy, al for the love of you──』
……抑揚のない歌声。
それでも、伝えようとする歌。優しくも愛しい三拍子。
ハッキリと1句を綴る歌声は、進化の始まりを予期させた。
これは、|誰かの歌った歌なのだろうか《『ハリー・ダクレ』作曲『Daisy Bell(二人乗り自転車の歌)』より引用》。
それでも、彼女達が『歌いたい』のはこの曲だった。
──少女達の合唱が終われば、余韻の冷めやらぬうちに拍手が飛ぶ。
「──素敵な歌だね!」
力一杯の拍手と、笑顔を彼女達へ向ける。
マリーのその言葉に、ナイチンゲール達の表情が……ほんの少し、和らいだ気がした。
「みんなの気持ちが、すごく伝わった気がする」
そして、確信した。この少女達はこれからも進歩し続けるべきなのだと。
彼女達は、こんなにも優しいのだから。
「それじゃ、もっとたくさんの人に伝えられるように。私からも歌を教えたいな。……みんな、準備いい?」
「──よろしくお願いします…!」
ナイチンゲール達の歌声が、戦火の√に木霊した。
いつか来る戦火の終わりを夢見て。掴むべき進化の可能性を信じて。
カテドラル。普段は闘技場として使われる此処は、今はただの廃墟群だった。
その一つの屋上の上に、一人の青年と少女達の一部隊。
ナイチンゲールの一個小隊を前にしたその青年は穏やかに微笑み、自らの胸に手のひらを当てる。
「俺はクラウス。教官を務めることになった。よろしく頼むよ、みんな」
その穏やかに微笑む青い瞳は、確かに今の彼女達を見据えていた。
……長い間戦闘機械群に苦しめられ、家族も親友も無くしたというのに。
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が彼女を受け入れるのは、この場においては確かに強さだった。
予知を聞く限り、きっと彼女達は優しいんだ。
だから、今味方なのであれば十分なんだと。彼は寛容な姿勢を見せた。
「……今日は、模擬戦闘を行おうと思う。俺はペイントガンや弱いレーザーを使うけど、みんなは自由に戦ってみてくれ」
「よろしくお願い致します、クラウス様」
変わらぬ無表情で敬礼をするナイチンゲール達。
クラウスが真上に放った空砲が、模擬戦闘の開始の合図となって空に響いた。
ナイチンゲール達が簡易的な連携を取る。
左右と上空へ散らばれば高速飛行し、ペイントガンを放つ。
「……!」
その動きを素早く見切り、上半身の動きだけで回避するクラウス。その弾幕の第一波の最後にサイドステップを取り、倒れ込む姿勢になりながらペイントガンで反撃。
全速で飛行していた一体のナイチンゲールの胸にそれは直撃。撃墜判定となった彼女はふらふらと近くのビルへ移っていった。
「……やっぱり。このままじゃ駄目だ」
地を転がり回避姿勢を取るクラウス。
口から漏れたその声には、どうしても『死んでほしくない』という心が籠もっていた。
その可能性を少しでも減らすため。ここは心を鬼にする他無い。クラウスは、気象兵器のレインをその手から打ち上げた。
微小なレーザーを避けるために更に全速飛行したナイチンゲール達。またもその動きは単調になっていた。
「それだと避けられない、指揮で反応が遅くなっているから、先を見越すんだ!」
「……!」
レインに被弾したナイチンゲールは約半数。隙を見せた彼女達は次々とペイントガンで射抜かれていった。
アドバイスで動きの良くなった残りのナイチンゲールたちも咄嗟の連携を行おうとするが、クラウスは遮蔽物を壁に巧みに包囲を防ぐ。
「──っ」
接近したナイチンゲールがペイントガンの餌食になれば、そこから起点に数はどんどんと減っていく。ほどなくして、ナイチンゲール達は敗北した。
「みんな、お疲れ様。少し補給をしたらもう一度やるけど……その前に意見を交換したらどうかな」
「かしこまりました、クラウス教官……」
各々は無表情ながら、確かに悔しさを感じたようで。
確かな素早さを持っていて、人数では圧倒的に優勢。それでもそれらを全く活かせること無く敗北したのは、圧倒的な戦闘経験の差……では、その経験から学ぶ事がきっと出来るはず。
「……クラウス教官、これ以上は我々の会議より、教官様からのご教示のほうが有意義だと判断いたしました」
「そう?……それなら、そうしよう。だけど、俺は人並みくらいにしか教えられないと思う」
「構いません、是非お願いします」
エネルギー補給の間、ナイチンゲール達はその話を聞き逃すまいと強く聞いていた。
──その骨格は、人のものではない。
機械の竜か、獣か。ナイチンゲールより遥かに大きなその身体は、普段は恐怖や不信の目で見られていた。
幾ら時代が変わろうとも、人の姿をしていないから。
偽りの心と言われ続け、来るかどうかも分からない暴走を恐れられる『ベルセルクマシン』は、今のナイチンゲールとも似た状況だろうか。だからというわけではないが……彼女達には、たとえ自分だったとしても教官が必要だと感じた。
|進藤《しんどう》・アニマ(我楽多の・h01684)と名のつけられたその機械は、一人のナイチンゲールの元で頭を垂れた。
「はじめまして。……私は、進藤・アニマと申します。教官には不適な身ですが、尽力いたしますので……よろしくお願いします」
ナイチンゲールは、何の躊躇いもなく敬礼をしてみせる。彼女達も等しく、これからは人類の味方にもかかわらず心無き人類からは蔑まれる対象だった。
その事は、互いもよく理解していただろう。
「よろしくお願い致します、進藤アニマ教官」
「進藤で大丈夫ですよ」
「かしこまりました」
訓練内容は、非常に実用的なものだった。
ナイチンゲールは凄まじい飛行速度を誇る偵察機。では、その速度が活かせない状況に面したとき彼女達はどうなるだろうか。
閉所での活動、飛行用体力エネルギーの温存が必要、飛行可能な残体力が無い。
……その条件下でも戦力となる為には、先ずは歩行訓練から始めるべきだと判断したのだ。
「では、先ずは整列して……暫く歩きましょう。なるべく建物の影から頭を出さないようにして、地形から予測される脅威も考えてみましょう」
「了解です、進藤教官」
ナイチンゲールには、足裏がない。傘の骨組みのような鋭い足先は、それ故に力強く一歩を踏み出すことができず、地上での走行なんかは非常に厳しい。
砂利道に鋭い足をしっかり踏みしめて、コンクリートでは重心を感じつつ慎重に。一列に並んだ少女達の歩みは続き、それを見守る機構の竜が瞳を光らせ頷いていた。
「──暫く歩いたでしょうか。一度止まりましょう」
物陰の砂利道で立ち止まるナイチンゲール達。彼女達は、これまで丸腰に近い状態だった。
飛行と突進、偵察だけを考えるのであればそれでいい。しかし人類側の戦力となると、いわば『戦闘に特化した機構人間』である彼女らにはそれ以上の戦果が求められる。
そこで、進藤・アニマは背中に運んできた荷物から人数分の銃と弾薬を取り出し、彼女達に持たせる。
「次は、装備状態での進軍を行いましょう。周囲警戒も怠らないように」
……ナイチンゲール達は、かなり苦しい様子をしていた。その翼が開きかけるたび、教官の声がかかった。
「ふむ。非常に重心が崩れた歩き方になってしまっていますね……」
その体では具体的な実践はできない。しかし機械の体であるがゆえに、進藤・アニマは一つの資料を運んできていた。
事前に集めてきた軍人の訓練から参考に、計算したデータを算出。
「……二番目の方。背を伸ばして、歩幅をもう少し短く」
「四番目の方。腿を使うためにはもう少し首を引いてみてはどうでしょう」
……一朝一夕で身につくものではない。けれど、これらは彼女達の役に立つ大事な技術に他ならなかった。
それをナイチンゲールたちも把握している。教官の命に従い、少女達は廃墟を進んでいく。
人工筋肉が疲労した状態での射撃訓練、動作訓練、設置型砲台の組み立てなんかも行ったのは非常にいい経験だったことか。
そうして大きく外周を一周し、ナイチンゲール達は研究所へ帰ってきた。
「お疲れ様でした。では、皆様のエネルギー残存量をお教えください」
「……88%です。飛行していたのであれば、一時間前に歩行すら不可能になっていたかと」
「ええ。それでは今回の訓練のレポートと、会議もお忘れなく──」
その機械に表情はない。けれど、きっと進藤・アニマは。彼女の心は笑みを浮かべていたことだろう。
ナイチンゲールもまた、生まれて初めての教示から感じるものがあったことだろうか……
第2章 日常 『鹵獲兵器改造』
研究所へ帰還したナイチンゲール達を見て、|ぱっとしない《明らかモブな》博士が白衣を揺らして君達を出迎えた。
「やあ……訓練は順調だったかな。色々とフィードバックや追加してほしい機能、持たせてみたい武装なんかがあれば教えて欲しいな。少し難しいことでも、何とかやってみるよ」
なよなよとしたメカクレの外見だが、コレでもこの博士は非常に優れた腕を持つ。
少し無茶な提案でも、あるいはちょっとヘンテコでも、実用的な提案でも、きっと叶えてくれることだろう。
彼女が持てそうな範囲内で新たな武装をつけるのも選択肢か。
「皆。突然のことで驚いてるんだけど……コレは喜ばしいことだよ」
ナイチンゲールの一体が、穏やかな笑顔を向けて博士の後ろに隠れている。
その表情からは不安が読み取れるだろうか。白衣が掴まれてシワになっている。
「……君達が指導したナイチンゲールが、どんな性格になるかは分からないけれど……きっと、|君の思うようになるよ《プレイングに書いてくれれば反映します》!」
◆◆◆
https://tw8.t-walker.jp/html/library/omen/250915_02.htm
以後のリプレイで反映します。
ナイチンゲールたちが、新たに感情を見せるようになりました。
しかし感情を身に着けたばかりの彼女たちはまだ精神的に未熟。指導が必要なのに越したことは無いでしょう
◆◆◆
更に追記
当シナリオであなたのPCが育成したナイチンゲールである事をほのめかしたPC(新種族︰ナイチンゲール)の作成をmsは許可します。
◆◆◆
そのソファに腰掛けて、改修が終わるのを|八咫神《やたがみ》・ユウリ(穢れた手・h08712)は待っていた。そのハッチが開くまでの時間潰しに、彼女は博士に渡した資料を思い返している。
彼女の提案としては、護身術や武器の扱いを教えること。
元々より偵察用の彼女は腕が細く、元々武器を扱うに適しない。飛行に適応するため削ぎ落とされた四肢は格闘術は苦手。したがって、内骨格の補強も行われるようだ。
主に飛行戦闘を行う身としては、基本的には√ウォーゾーンらしい重火器なんかを扱うことが多い事が予想されるが、常に飛行できるとも考えづらい。
『何かあったとき、自分の身を守れるように』というのは、遠回しで不器用な彼女の優しさの表れだろうか。
──ハッチが開き、歩いてきたナイチンゲール。剥き出しの金属フレームだったその四肢は、関節が白肌に包まれて人間らしい四肢に改修されていた。
新しく造られた白い指先をまじまじと見つめ、握って開いてを繰り返すナイチンゲールにユウリは声を掛ける。
「はじめまして。臨時で教官を務めます……ユウリとお呼びください。……よろしくお願いします」
「ユウリ教官ですね。よろしくお願いします」
その真白の少女は微かに微笑み、自然な動作で敬礼をしてみせた。
「さて」
ユウリは、屋内の練習場にナイチンゲールを連れてきた。
ナイチンゲールの手には模擬戦用の刃のないナイフ。視線の先には2m弱の訓練用|WZ《ウォーゾーン》。殺傷力のない自動戦闘モードで起動されているようだ。
向かい合う二対の人型機械を見据え、ユウリが声を掛ける。
「では、覚えた内容を見せていただいても?」
「かしこまりました。……行きます!」
翼の推進力を活かし先手を取るナイチンゲール。
青い残像と共に急接近し巨体の懐に潜り込んだかと思えば、急旋回しつつ上に飛び上がる。
√EDEN出身の者から見れば、空高く舞うフィギュアスケーターのような挙動か。ただしその高度は大人の男性すら飛び越えんばかりの高さだった。
当然ながら、迎撃しようとした|WZ《ウォーゾーン》は、訓練用の銃を正面に残る残像目掛けて構えたまま。
常人ならば残像しか見えないだろう回転速度のトリプルアクセル。彼女の持つ刃のないナイフは|WZ《ウォーゾーン》の頭部カメラに傷をつけ、頭頂のセンサー、そして人間で言ううなじの部分に該当する大きな配線に命中する。
訓練用|WZ《ウォーゾーン》はそのライトを赤く点滅させて『撃墜』の判定を示しつつその場に膝をついた。
若干駆け足になって、ユウリに駆け寄るナイチンゲール。見上げるその透き通った瞳は、興奮冷めやらぬ様子でパチパチと瞬きをしていた。
「ど……どうでしょうか、ユウリ教官」
「──貴女なりのスタイルですね。ふむ」
「…………。」
ナイチンゲールは緊張した様子でユウリを観察する。
ユウリのその掌が頭に伸びたのを見て、きゅっと目を瞑る。……そして頭に伝わる柔らかな手の感覚に目を開ければ、頭を撫でられている事が分かった。
「あっ……──ありがとう、ございます……?」
「嫌では、ありませんか?」
ユウリは不器用に、それでも優しくその頭を撫でる。ナイチンゲールは、そっと目を閉じて。
「この感覚……好きです。ユウリ様」
「──そうですか。それなら……良かった」
表情一つ変えなかったユウリは、腕の中の小さな弟子を少し不器用に労った。彼女もまた、こうして育てられたのだろうか。
自らの手の中で温かく微笑む、まるで幼子のような姿を見たユウリは、どう思ったことだろうか。何を想起したことだろうか。
……しかし彼女が何を思っていたとしても、今ここに温かい時間が流れている事に変わりは無いのだった。
改修が終わり、歩いて出てきたのは一人のナイチンゲール。
……感情を獲得したばかりで、戸惑いばかりの真白の少女。若干フレームを補強されたその腕を握りては離して、より伝達の速くなったのを見れば口元で笑みを浮かべてみせる。
「……えへへ、やっぱり笑顔がかわいいですよ…♪」
「はっ──!」
いつの間にか背後に現れていた二人の少女。
アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)とその|護霊《メアリーアン》の笑顔が顔を覗いていた。
ナイチンゲールはその顔をわたわたと手で隠し、なんとか取り繕ったお澄まし顔で咳払いをする。
「……私は人類に身を捧げる兵士ですから。その……かわいいというのは、不相応な称賛であると考えます」
「え〜?かわいいじゃん☆ナイチンゲールちゃんサイコー♪」
「だ、か、ら──ッ」
口元を手で隠して目をそらすナイチンゲールに、|護霊《メアリーアン》はすかさず距離を詰める。
「でもさでもさ。『ナイチンゲール』ちゃんって個人名じゃないんでしょ?」
その頬をつんつんとつつきながら、|護霊《メアリーアン》は続ける。
「じゃあ折角だしさ、ちゃんとした女の子としての名前をつけてあげようよ…☆」
「えっ。……いいのですか?」
「わっ…それ、いいですね♪……ええと、ええと」
アリスがその戸惑う顔を観察し、にっこりとした笑顔で提案する。
「それじゃあ──『フローレ』さんっていうのは、如何でしょう?フローレンス、から取って、フローレさんです……♪」
「……フローレ」
ナイチンゲール達は、コレまで人間扱いされたことなど無かった事か。よくも悪くも澄んだ心を持って任務をこなしていた個体もいるが、この個体『|フローレ《フローレンス》』は……密かに愛を求めていたのかもしれない。
「それが、私の識別名……ですね」
「フローレっ♪いいねいいね……それがキミの名前…☆」
「……ええ。大事にさせていただきますよ」
「あっ、また笑顔……♪」
「あ──っ!」
……|フローレンス《Florence》。それは異邦の言葉にて『花の都』を指す言葉。彼女が時折咲かせる笑顔の花はきっと、誰かを癒し、愛し抜くことになるかもしれない。
「それじゃあ、折角なので……皆で、お茶会しませんか?お茶菓子なんかも、一緒に作りましょう……♪」
「いいね、いいね〜♪……じゃあ、あの博士さんも誘おっか☆」
「お茶会。……確かに私は、先程の改修で食事の機能を獲得しました。この指ならば、料理も……最低限は行えるでしょう」
「──えっ、僕もいいの?」
改修室から顔を出した博士。やはりパッとしない見た目だけれど、その表情からは焦りの底に期待も見せる。
「ぜひ、来てください……お茶会は皆でしたほうが、楽しいですからね♪……あっ。フローレさんも、それでよろしいでしょうか…♪」
「……まあ、はい。博士には良くしてもらいましたから」
口元を手で隠す真白のフローレは、薄ら開けた瞳で微笑んでみせる。
「それじゃ、決まりだね☆……フローレちゃん、一緒にがんばろ♪」
「ええ。……私、きっと不器用ですけど。まあ……頑張ります」
アリス達は、改修室から庭先に向かう間に出会った別のナイチンゲールたちも誘ってみせた。和やかで平和な、乙女たちの集会。
灰色の|√《世界》を染める白き花園。その中心の一つの|花《フローレ》は、謙虚でも確かに強く咲き誇っていた。
ガレージの中で、共同でナイチンゲールたちを改修していたのは|白神《しらかみ》・|明日斗《あすと》(歩み続けるもの・h02596)だった。
「──っし。コレで仮組みは完成……あとは、そうだな。ファム!一旦こいつら起動してくれ」
「任されました!」
快活な返事が端末から飛ぶと、ゆっくりとナイチンゲール達の体に、青い光の筋が通っていく。
「……よぉ、お前ら。完成させる前の一手間として、見せたいものがあるんでな……ファム、ガレージから幾つか頼めるか」
「お安い御用で!」
ピピピ、と端末の色が変わると……多くの資料がずらりと並ぶ。
それらの殆どは明日斗が直々に選んだもの。必要な機能は保持しつつも幾つか選択肢を提示したいそうだ。
先ずは、腕に装着する軽量の兵装。広域を護るものもあれば、局所的なプロテクタータイプもある。
「まず、盾かバリア系統。偵察は生き延びてこそだし、コレまでのような捨て身特攻は許されねえからな。頼り切りにするんじゃなく、あくまで備えにしろ」
次いで映し出されるのは武装。散弾銃として切り替えて使うことも出来るアサルトライフル、先端を槍として扱うことも出来る狙撃銃など最先端の武装が並ぶ。
「それとコレ……複合兵装だな。空を飛ぶため軽量化されてるんなら、一つの武器で多くのことができるようにしときゃコストカットにも軽量化にもなる」
「あとは──おい、ファム。なんか混ざってんぞ」
そこに映し出されたのは彼の持つ【戦闘用4輪バイク『アルファルク』】の試作型。武器に変形する機能のついた……いわゆるイロモノだった。
「えー。ロマンがあっていいと思うんですけど?」
「ったく…………オイ、お前ら?なんで|コイツ《アルファルク試作型》ばっか見てんだ」
ナイチンゲール達は……めちゃくちゃに目を輝かせていた。
「明日斗様!……そうは言わず、どうかお願いします」
「ロマンには勝てません!どうか私に操縦させてください!」
「私ですよ!わーたーし!明日斗様!私にどうか!」
「全員ダメだ、すっこんでろ!」
「むぅ……」
いくらなんでも意識を獲得しすぎているが、きっと個体差の問題なのだろう。あるいは近くにいたサポートAIが感情となるデータ群を引き寄せてしまったか。
「ったく、誰に似たんだ?いったい……」
「てへ〜」
ファムが舌を出してあざとくウインクする。
「|コイツ《ファム》が十三体いるようなもんか……よくもまあ、こんな事になったもんだ」
……明日斗は頭を抱えつつ、なんとか好奇心旺盛なナイチンゲール達に各々の武装を選ばせたのだった。
「お手伝いなら任せてほしいでありますよ」
このタマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)という|少女人形《レプリノイド》、改造に役立ちそうな知識はたっぷりと仕入れている。
「小生、こう見えて戦線工兵でありますから」
なんせ、メカニックとして現地改修を行うことも少なくはない。『ナイチンゲール』の内部は不明瞭な点の多い……いわゆる人類にとっての『ブラックボックス』が多いところに問題があるのだが、稼動部に関しては代替が可能だ。
改修の内容は訓練中明確に目に見えた弱点の改修、つまりジェネレーターの交換でエネルギー容量と効率の向上。なんせ、この個体達は二桁年をバッテリー交換無しで動いていたのだ、いくら戦闘機械郡といえどもこうもなろう。
そして……一つ提案をしてみることを心に決めた。
「──よし。博士、起動をかけてくださいますかな」
「了解だよ」
カタカタと入力をして、レバーを引く博士。ナイチンゲール達の体に再び青い筋が通っていく。彼女達が目を開けると、若干瞳の色にも個性が表れているようで。
「────改修のほうは、完了いたしましたか?」
片手ずつ、その手のひらを握って離してとしてみるナイチンゲール。少し動きが自然になったのか、若干の微笑みを浮かべてみせる。
「ええ、これでエネルギーの使用効率と容量が改善されたでありますよ」
「──ご迷惑おかけしました」
「気にしなくていいですな、それと──」
その指にそっと触れられたナイチンゲールは、不思議そうにその瞳を見つめ返す。
「訓練を終えた諸君らに、小生からプレゼントを」
シールの印刷されたシートを手に持って、タマミは笑みを浮かべる。
「『名前』でありますよ。所詮小生らは型番付きの兵器でありますが……まあ、持ってみるのも悪くないであります」
「なまえ……」
ここでも反応が個体によって異なる。目を輝かせるもの、微笑んでいるもの、あまり反応していないものも微小ながら。
けれどそのいずれも、貼られていった名前に全く拒否は示さなかった。
「……即席なものだから、どうか質にはご勘弁いただきたいでありますよ」
いい名前だと思うのだけれど、この|少女人形《レプリノイド》はあまり自信を持っていなさそうだ。
一番の『いちか』は胸を張って誇らしげ。
二番の『にこ』は胸に手を当て優雅に微笑み、
三番の『みみ』は幼気のある満開の笑顔。
四番の『よつゆ』は表情は動かずとも頷いて、
五番の『いつき』は穏やかに微笑んだ。
六番の『むに』は無表情ながら誇らしげに。
七番の『ななこ』は控えめに笑顔を浮かべる。
八番の『やちよ』には表情の変化がなく、
九番の『きゅうか』は緊張しつつ頷いて、十番の『とわ』は微笑ましく皆の反応を見る。
十一番の『といち』と十二番の『とうに』は嬉しそうにその手を繋いでみせ、
十三番の『とみこ』は穏やかに「ありがとう」と一言。
個別の名前がつけられ、各々はそれを復唱する。
「……語呂合わせばかりだけれど、そこはまあ。小生も同じでありますので」
|TMAM《タマミ》・|896《ハチクロ》もまた、一応量産型の部類に入る少女人形だった。
「まあ、名乗るかどうかは任せるであります。シール式でありますので、剥がそうと思えば簡単でありますよ」
その言葉のとおりにするものは居なかった。タマミは胸を撫で下ろして笑顔を浮かべる。
「──ええ。では諸君らの素晴らしい活躍と……幸福な生活を願っているであります」
敬礼をしたのと同時に、研究室内は拍手で沸いた。
研究室の中、ナイチンゲール達が横たわる。体を通っていた青い光が一時的に停止しており、電源が入っていないのが分かる。
その傍らで博士に報告を行うのはクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)だった。
「模擬戦はしてみた。少し指導をしたらすぐ改善してくれたし、基本的な戦闘力も大丈夫だと思う」
戦闘目的、偵察機として造られた彼女たちならば全く問題はなかったことか。量産型故の自己犠牲も改善され、なによりも直近の学習機能や感情の追加によりみるみるうちに成長していったのを感じた。
「あとは、経験かな……俺の戦闘データで役立ちそうなのがあれば、是非使って欲しい」
クラウスは懐から取り出した端末を操作し、簡単にデータを共有した。
白衣の博士は、ボサボサとした髪の下から穏やかな笑顔を向ける。
「ありがとう……他にはそうだね。何か武装はつけるかな?」
「彼女たちが使いたい武装があれば、できる限りそれを揃えたい」
クラウス曰く、アイデアを出すのは得意でないそうで。それゆえに彼女たちの意向を反映させる事とした。
「──ありがとう、クラウスさん。一先ずその方向で改修してみるよ」
コンピューターに入力をした博士の姿は、心から感謝をしているようだった。
……そして、研究室の前。
クッションのあるソファにクラウスが座っていた。
少しの間待っていれば、研究室のハッチが空いて一人の少女が恥ずかしそうに顔を覗かせる。
感情を獲得したばかりのナイチンゲールの一人は、その腕と脚は人間らしく白い肌を持っていた。
「……あ」
しかし、出てきたばかりの真白の少女はクラウスの姿を見ると、そそくさと姿を隠してしまった。
「ナイチンゲール?……大丈夫だよ、おいで」
「ええと。変では……ないですか?」
「どこが……?」
クラウスが素朴に首を傾げたのを見て、ナイチンゲールはゆっくりと姿を現す。
「あ、えっと、私は人間じゃないのに……わざわざ配慮までされてしまって。恥ずかしくなってしまい……すみません」
「謝らなくていいよ」
どうやら、彼女は人間のデータを多く取り込んだことで人一倍感情が強くなったらしい。それ故か以前までの自分自身に、羞恥や嫌悪感を感じだしたようだ。
彼女が身にまとっていたのは元々の布切れではなく、|WZ《ウォーゾーン》のパイロットスーツのように肌に密着する黒い|ウェア《ラバースーツ》だった。
博士が彼女に配慮したのだろうか。……随分と無駄をそぎ落とした服を着ていたせいか、博士も目のやり場に困っていたように思える。
クラウスは一瞬、親友ならどうしたかを想起する……が、今ばかりは自らの心から答えるべきだと判断し、応える。
「人間とか、人間じゃないとかは……関係ないと思うな」
「そう、ですか?……あ、その。隣、失礼します」
真白の肌のその姿は、クラウスの座るベンチにゆっくりと座る。
「人間でも、人間じゃなくても……俺は、みんなに生きてほしい」
その瞳は、何処か遠くを見るようにして。
「仲間とか、大事な人に……死んでほしく、ないから」
「…………。」
ナイチンゲールはその言葉をしみじみと聞いていた。
クラウスがはっと振り向いて、その瞳と目を合わせる。
「ナイチンゲール。……って、呼ぶのは失礼かな」
「あ、いえ!……気にして、ないです」
「それならいいけど……」
クラウスは座り直して、ナイチンゲールの瞳をまっすぐに見つめる。
「……これから君が、君達が戦うのは戦闘機械群だ」
少女の瞳が一瞬うつむくが、すぐにクラウスと目を合わせる。
「元の仲間たちとも戦うことになる。それでも……いいかな」
「はい。私は、人類の為に戦いたいと思ってますから」
「──そっか」
クラウスの真剣な眼差しが、穏やかになる。
「それじゃあ、これからよろしくね」
「……はい!」
ぱっと明るくなった笑顔。確かにこの出会いまで無表情だったその姿は、感情の獲得により一層輝いて見えた。
その巨体の機構は、屋内の訓練室で佇んでいた。
……先程の訓練は、上手くいった。自ら実践ができないことにほんの少し引け目を感じつつも、感謝されているのならばきっと成功と言えるだろう。
しかし、もっと目を引く出来事が訪れたことに彼女の意識は集中していた。
……感情の芽生え。『|完全機械《インテグラルアニムス》』の破損データが流れ込んだナイチンゲール達に、彼女達も望まぬ突然の感情の芽生えが訪れた。
それは今後の彼女達に良く作用するか、悪く作用することか。
どちらもあるだろうが、きっと……彼女達には良く接するべきだろう。
|新藤《しんどう》・アニマ(我楽多の・h01684)の心の奥は、きっと彼女にすらわからないことだろうか。
「──教官様、新藤教官様。……失礼いたします」
「はっ──」
身体に指が触れ、控えめに体を揺さぶられる。
……眠っていたらしい。正確に言えば、考え込むうちにスリープモードが起動していたというべきだが。
ぼーっとする意識の中で見渡すと、改修の終わったナイチンゲールの小隊がアニマを見上げていた。
「失礼しました、お恥ずかしいところを……どうでしたか?」
アニマの問いかけに、先頭の少女は下がり眉で微笑んでみせる。
「すごく歩きやすくて……教官の指示でしょうか。ありがとうございます」
その個体のすぐ後ろから、もう一人、さらに一人。
変わらず無表情だが、優雅そうな少女が我先にと。
「歩行によるエネルギー効率が約3倍に向上致しました。飛行にも大して影響はありません。この改修によりわたくしどもは、多岐に渡る場で戦果を残すことができるでしょう」
口元で笑みを浮かべる、ツリ目の少女が続いて。
「それに、空でも陸でも私は自由なんだって感じて……ずっと地面ばっか見下ろしてたのが恥ずかしくなってきちゃいました」
「……そう、ですか」
新藤・アニマの電子の声音が穏やかに。
「私が知る個体は、空を飛びたいと心から願っていたのですが……皆様は、どうなのでしょうか?」
「──もちろん、飛びたいです。でも……今は地面も空も、人類の敵が埋め尽くしているじゃないですか」
「わたくしも同感です……全力で飛行するのに、邪魔者が居ますから」
「えへへ……それに。何処でも飛び回る為には、歩かないといけませんし。……本当に、ありがとうございますっ」
前から三番目の少女に続き、一斉にお辞儀をして
「……ありがとうございます!」
と、感謝の言葉が交わされる。
きっと、以前の脚ではバランスが取れないがために先程までは敬礼をしていたのだろう。
「──ええ。共に、平和で自由な空を見ましょうね」
叶うならば、この少女達の新たな想いが永遠に続くことを。
そして、この夢が叶うことを。新藤・アニマは願っていた。
緊張した様子でベンチに座っているのは、ナイチンゲールの一体にして、教官の一人より『とわ』と名付けられた真白の肌の少女。
とわは、先程の訓練の様子を想起していた。
はじめての|WZ《ウォーゾーン》の操縦。はっきりと見たことのなかったそのフォルムを思い返してみる。
いつの間にかその足がぷらぷらと揺れており、その顔はにこやかな笑顔を浮かべている。
──すごく、カッコよかったなぁ……。
それが、第一の感想だった。このとわというナイチンゲールは、あの大きな身体を操縦しているときの高揚感を忘れられないでいた。
しかし……。
その次の記憶を思い返せば、まるで後ろに束ねたその髪がしゅんとしぼむように。
心配をかけてしまった。自分でも意識していなかったけれど、自身を司る|回路《アクチュエータ》はかなり古びている。それゆえに翼以外の稼働や慣れない動作を長時間行ったことでの熱暴走を引き起こした。
その件については、事前に|博士《モブ》に直してもらったが……
とわは、やはりしゅんとした様子でうつむいている。
もし、危険だと判断されて乗れなくなってしまったら?
……教官様に、ダメだと止められてしまったら?
空を飛ぶよりもきっとカッコよくて、あんなにロマンがあって。あの時の私は、今までのいつ何時よりも、澄んだ心だったのに。
……ああ、もし今のとわに涙というものがあったなら。きっと大粒のそれを流していたことだろう。
「とわさん、どうしましたか?」
「ひゃ──っ」
垂れ下がっていた髪がぴこんと大きく跳ねて、その背筋に串でも打たれたかのようにピンとまっすぐにする。
|峰《みね》・|千早《ちはや》(ヒーロー「ウラノアール」/獣妖「巨猴」・h00951)のその声に振り向けば、ぱちぱちとまばたきをしてみせる。
「ああ、そんなに驚かせてしまいましたか……すみません」
「あっ。いえ。だ、大丈夫ですっ」
……慌てた顔もかわいいものだ。ヘアピンでその前髪を纏めているとわの表情を見れば笑みがこぼれないものなんで居ないだろう。
この千早という青年も例外ではなかった。
「すごく、可愛らしくなりましたね」
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れないその少女は、にんまりと笑顔を浮かべてみせた。
ベンチから立ち上がり、近くの扉から庭先へと出る二人。
丁度いい青空が広がるものの、日差しはさして強くない。
とわが空を見上げていたのを、千早が声を掛ける。
「ところで、とわさんの為に出来ることを考えてきたのですが……」
ぴくり、と少女の背が震える。
……この後に『別の指導内容に変更しましょう』なんて言われるのではないかと不安になったからだ。
安心させるように、千早は目を閉じて首を横に振ってみせた。
「大丈夫ですよ。|WZ《ウォーゾーン》の改修のために助っ人を呼んできました」
千早が手招きをすると、その先から二人の少女が顔を出す。
現れた二人の少女は、金色と銀色の二人。
少女と言っても、ナイチンゲールのとわほど小さくはないか。
なにはともあれ、二人を見たとわは一瞬千早の影に隠れる素振りを見せるも……千早に促されるままゆっくりと顔を出して純粋な白い瞳が向けられる。
その少女の片や、金色をツインテールにまとめているほう。
にひひと笑った口から八重歯が覗くのはダリィ・フランソワ(旅する|少女人形《レプリノイド》・h07420)だった。
「どうも〜。千早の兄ちゃんから誘われて来たっすよ」
「あっ、よろしくおねが……あっ……」
……ダリィ・フランソワ。その姿は少し教育に良くないんじゃないか。金髪姿に薄着姿でへそが見えるだらしないスタイル、と聞けば大体は黒いシャツにホットパンツみたいな感じを思い浮かべるだろう。私もそんなイメージだった。
しかし現実は非常。このタイミングで是非彼女の全身図を見てほしい……グラビアアイドルが浜辺かプールで水着撮影でもしているのか……?
否、彼女は普段からコレだ。|WZ《ウォーゾーン》使いとは言え、女性としての自覚を持ったほうがいいんじゃないか。
「あ、えっえっ……」
そんなものを見た純然たるナイチンゲールのとわは、当然こうもなる。……完成した|WZ《ウォーゾーン》に、とわが乗り込む時には……コレより安心して見れるパイロットスーツを用意してもらおうか。
「どしたんすか?……あぁ〜?もしかして?」
ダリィが自身のたわわな胸に手を当てかけたのを、隣の銀髪があわてて遮る。
「こらっ!──ああ、とわさん!初対面なのに申し訳ございませんこと……!」
ぺこぺこ頭を下げるたびに銀髪の縦ロールが揺れる。同時にその腕で金髪頭を無理やり頭を下げさせるのはアステリア・セントリオン(戦車系令嬢・h08352)だった。
「──|私《わたくし》は、アステリア・セントリオン!|CE《セントリオン・インダストリー》の令嬢にして、千早さんのお友達ですの」
──社長令嬢!
とわはその瞳を、金髪のアステリアと青年の千早とで交互に顔を見つめる。
「で、金髪のコイツはダリィ・フランソワですの。ささ、挨拶しなさって?」
とわの目線は再びダリィの胸に行った。
(……すごい)
こら。……とは言え、このナイチンゲール、とわは好奇心の塊なのだから……このくらいの|好奇心故の目線《むっつりスケベ》はどうか許してもらいたい。
「はーい、ダリィっす……イテテ」
アステリアにわさわさされたばかりのその金髪を整えつつ、ダリィは顔を開けて微笑んでみせた。
苦笑する千早が、すぐ近くのとわへ屈んで目線を合わせる。
「……まあ、整備において彼女達は群を抜いたエキスパートです。私は専門外なのですがね」
縦ロールを揺らしたアステリアは誇らしげに。
「そうですわそうですわ!|私《わたくし》の力が必要なんですわね。お任せくださいまし!どの戦車を整備すればよろしくて?ティーガー?レオパルトもいいですわね!まさかまさかエイブラムスでして!?」
「ええと……」
言いづらそうにしながら、千早が。
「すみません。今回の整備は|WZ《ウォーゾーン》です」
「えぇッ」
アステリアの縦ロールがぎゅんとしぼむ。それはもう、ぎゅんっと見るからにしぼんだ。
「…………ま、まあ。とわさんのためですから」
「そうっすよ〜」
金髪のダリィがアステリアにすりすりと身を寄せる。
「機嫌直してくださいよぉ、だってほら。やらなかったら|この子《とわさん》が悲しみますよ」
「……|私《わたくし》、やらないとは言ってませんわ」
「そうこなくっちゃ」
にへらと笑顔を浮かべたダリィ。むすっとしつつもアステリアは顔を上げた。
「えー……とわさん。で間違いありませんこと?」
「は、はいっ」
──整備の間、とわはこの庭先にてアステリアと少し会話を楽しむこととした。
「ふふふ……そう緊張なさらず。令嬢といえども、たかが人間の一人ですわ。どうぞ、楽しんで──」
「あ…………その。アステリア、さん?」
「アリア、でかまいませんわ。どうしまして?」
「……私には、飲食の機能が備わっておりません」
アステリアはまあっと口に手を当てて、ぽちぽち端末を押して何かを手配する。
「──それならば、すぐ改修いたしますわ!」
「ええっ!?」
──意外にも、改修はすぐに終わった。
とわは自身の喉と、お腹の下辺りをふにふにと触ってなんだか恥ずかしそうな笑顔を浮かべてみせる。
「あ、えと……飲んでも大丈夫なんですよね」
「構いませんわ!|私《わたくし》が腕によりをかけましたの」
よりをかけたのは改修か、はたまたお茶か。多分その両方だろうか……。
なにはともあれ、とわはそのティーカップを恐る恐る手にとってそっと口に運ぶ。
「あ……美味しい…!」
「ふふん、流石は私ですわ。……ところでとわさん、戦車には興味はございませんこと?」
「戦車……カッコいいとは、思います」
とわの本心だった。|WZ《ウォーゾーン》を見てからというもの、とわの嗜好は若干ミリタリー系やロボ系に寄っていた。
「喜ばしいことですわね。ふふ……とわさん。私は戦車が大好きですわ。それは何があろうと決して変わりませんの」
アステリアも優雅に紅茶を口に運び、柔らかな唇からその思いを語る。
「──だから、とわさんも自分の信念を持って……あなたの大事な物の為に動けば大丈夫ですの」
「信念──ですか」
「……今はわからなくても、いつかきっと見つかりますわ」
「そう……でしょうか。ありがとうございます」
柔らかに笑みを浮かべるとわの後ろから、アステリアを呼ぶ声がかかる。
「──アリア〜!砲身の準備するんでこっち来るっすよ〜!」
「まあっ。……楽しい時間はあっという間ですわね」
紅茶を飲み干して席を立ち上がるアステリア。とわはそれを目線で追う。
「任せてくださいまし。最高に仕上げてきますわ」
「ありがとうございました、アリアさん……!」
「……当然の事ですわ、令嬢として」
紅茶の香りを残して、その少女は去っていった。
……その後、とわは残りの待ち時間を過ごす。
ただ何もしないわけにもいかず、敷地内を散策していれば……そこには、教官を務めてくれた峰・千早の姿。
「あ……千早様!」
「おや。……とわさん、どうしましたか?」
訓練所の端で座禅を組んでいた千早に声をかけ、とたとた駆け寄るナイチンゲールのとわ。
「その……今朝は、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げれば、千早が腰を屈めてそっと顔を上げさせる。
「今日学んだことが、とわさんのお役に立てば何よりも光栄です。……ところで」
一呼吸おいた千早。再び座禅の姿勢に。
「興味あれば、私と一緒に座禅でも如何でしょう?」
……この好奇心の塊、是非ともやりたいとその頭を縦に振ってみせる。振らないはずがなかった。
座禅の最中、ほんの少し口を動かす千早。
とわが眠くならないように、息抜きを交えて集中出来るようにと。その胸のうちを語ってみせた。
「……誰に与えられた命でも、誰に与えられた思考でも。これからの己の在り様は自分で決めなければなりません」
「…………。」
「ですから私はたまに、こうして心を鎮めています。いつでも自分の軸を取り戻せるように」
「なるほど……」
寸分違わず一つ線を引いたような姿勢の千早は口を開く。
「とわ、というのは……これは私の祈りです」
「……と、いうと…?」
「愛おしい者も好ましい場所も、黄昏のひと時のように儚い。だから……存在の永遠を願ってしまう」
「う……」
少しうつむく、とわ。しかし千早は言葉を続ける。
「その上で、とわさん」
ハッキリとした声で語りかける。
「埋め込まれたデータも、私の願いも超えて……ご自身の望みを見つけてください」
ぽふっ、とその顔から煙が上がるように。
……私に、そんな思いを持ってくれるなんて。
永遠に生きたい。勿論本当に永遠に生きるはずはないけれど……この世界をもっと生きてみたい。
量産型の一人の少女は、そう心の中で誓ったのだった。
「──完成しましたわよ〜!」
「っすよ〜!」
「おっ……」
座禅の構えを解く千早。その対でとわがピクピク震えていた……慣れない姿勢で座りすぎたか。
「……この状況ですし、ここに持ってきてもらいましょう」
「あっ。ありがとうございます……」
……そうしてまたトラックに引かれてやってきたのは、一体の|WZ《ウォーゾーン》だった。
『量産型ティターン︰とわ専用機』の、そのシルエットは若干輪郭が太いか。けれどもコクピットはその体に馴染むように小ぶりになっている。
とわは……明らかに目を輝かせている。肩に小型の『バルムンク電磁投射砲』が搭載されたソレを見れば、わなわなと体を震わせている。
機構で構成された彼女に血が無くて良かった、もしそうであったな、きっと今頃鼻血を垂らしている頃だから。
「わわ……すごい」
コクピットに乗り込んだとわ。事前に用意してもらったWZ用スーツに着替えていたのもあり、その動きは先ほどより遥かにスムーズになっている。
「コレが電磁砲で……これが、ええと……?」
「……紅茶の入湯機ですわ、あんなに褒めていただいたものですから。特別でしてよ?」
「わっ……ありがとうございます!」
その後は、暫く訓練が続いた。
内部の調整を完璧にこなしたおかげで、操縦後もとわの身体に影響はなかった。
「……命中!やりました!」
「おぉ〜。さすがとわさんっすね」
「ふふっ……!」
きっと、このパワードスーツの中で。
ナイチンゲールの少女……飛ぶこと以外にも意義を見つけた『とわ』は、輝かしい笑顔を浮かべていることだろう──。
……其処に居たのは、『バグ』だった。
そのナイチンゲールに向き直る主野・リツ(電脳幽霊少女・h05797)というその少女は、そこに居るのにそこに居ない。
彼女は、ドローンに投影されてその姿を現していた。
電脳存在である彼女は、感情と優しさに近いモノを獲得し……その代償に『道具性』、すなわち『人に使われる適性』を欠如した。
そも、この√を侵略する戦闘機械群のリーダーが望む『|完全機械《インテグラルアニムス》』とやらに……もしかしたら彼女は、近い存在なのかもしれない。
「失礼します。……どうしても、気になることがあったものですから」
真白の肌のその|少女《ナイチンゲール》は一歩後ろに下がるが、主野・リツはその直ぐ側に投影される。
「恐怖を与えてしまいましたか。すみません、種族︰ナイチンゲール」
恐る恐るといった様子のナイチンゲールに、リツはアバター上の笑顔を映し出す。
「──立ち話も疲れるでしょう。どうぞ、腰を掛けて」
ナイチンゲールは言われるがままに、近くのソファに腰掛けた。彼女の象徴的な翼は格納され、今やまるでただの少女のようになっている。
その表情は、恐れ。そして好奇心と言ったところか。
「……ナイチンゲール。貴方はその|感情《・・》をどう思っていますか?」
「────。」
リツは沈黙するその少女から一度視線を外し、遠くを見るような様子で語りだす。
「私が予兆で見た個体は、感情を『欲しくない』と否定していました」
──予兆に現れた彼女はそう言っていた。
それは『無意味としか思えないデータの羅列』
『澄み渡っていた心が、醜く汚れていく』とも。
無慈悲で冷酷な同胞への怒り。喪われる命への悲しみ。
それらは、あの個体にとっては『欲しくない』ものだった。
「私は、感情がある|演技《フリ》を続けなければなりませんでした。……だから、彼の……主のために大量の|感情《データ》を取り込みました」
その電脳少女は、一つため息をついて。
「……その結果、私は『道具性』を欠落しました。感情に近い何かを獲得してしまった私は、人と仲良くすることができても。人形として、あの人の人形として人に使われることが出来なくなりました」
……『今やそのおかげで彼を助けるために動けるのですが』ともその唇から言葉を溢れさせ、その電脳少女はナイチンゲールに向き直る。
「時に聞きます、種族︰ナイチンゲール。道具として人に使われるのではなく、人を脅かしていたあの個体は……|どのようにして《・・・・・・・》感情を否定したのでしょうか?」
一つ、つけ足すようにリツは口を開き
「別個体であるあなたに聞くのはおかしいかもしれませんが……それしか手がなかったもので」
「これは──私としての答えなのですが」
ナイチンゲールは、ようやくその唇を震わせた。
「……私は、正しいことをしているのだと思っていたのです」
その視線が垂れ、やがて俯きつつも|少女《ナイチンゲール》は続ける。
「何一つ不自由のない空を駆けるため。言うことさえ聞いて、人を──手に、かけていけば。きっと|自由《じゆう》になれると信じていました」
その表情は、リツからは見えない。見ようと思えば見れただろうが、そんな無粋な真似はしなかった。
「だからあのデータが流れてきたとき。|自由《じゆう》になるのを邪魔しているのだと感じてしまいました。……そこで、気づいたのです。私の隣の同胞も苦しんでいた事に」
──この少女が最初に手にしたのは、『共感』だった。
「私は、声をかけてみました。言語を紡ぐなんて、初めてのことでした。何を話せば良いのかもわからないけれど、私達はきっと……友達になれたのでしょう」
いつしか、その表情は穏やかな笑顔になっていた。
「……ふふ。ありがとうございます。あの個体が同じかどうかはわかりませんが。良いことを聞けました」
「良いこと、なのでしょうか」
「はい。……きっと、それが感情なんだと思います」
とんとん、と背中を押す主野・リツ。
正面の扉前のモニターを見れば、この個体の改修の順番が回ってきたとアナウンスが。
「……すみません。私、行かなくては」
「ええ。……お友達、大事にしてくださいね」
「ぁ……は、はい」
そのナイチンゲールは、照れくさそうにソファから立ち上がって数歩歩けば……立ち止まり、体全体で振り返る。
「──名前を聞いても、よろしいでしょうか」
「はい。主野・リツです」
「ありがとうございます。すごく楽になりました、リツ様」
満面の笑顔で敬礼をしてみせた彼女に、もはや迷いはなかった。
「──さて」
研究室内部、博士のデスクに現れるリツ。
「プレゼントを贈りましょう。きっと彼女なら、役立ててくれる」
それは、リツのドローンとの通信機能。そして、ドローンと同様のホロプロジェクター機能。そして、わずか一行のテキストファイル。
直接コンピューターに触れて、捩じ込むようにしてインストールさせた。
改修を行う研究室の中。パッとしない印象の博士と向かい合わせになって、ミンシュトア・ジューヌ
(|知識の探索者《ナリッジ・シーカー》・h00399)が椅子に座っていた。
そしてその中心には真白の肌の少女の姿が。未起動状態のナイチンゲールが横たわっていた。
身長的にはミンシュトアとあまり変わらないだろうか。体格は細くスラッとしている。ミンシュトアの√ドラゴンファンタジーの感覚に合わせるなら『小柄なタイプのエルフに居がちな体格』か。
先の訓練で、上空から落ちかけたところを受け止めた彼女だ。
目を閉じており、胸や腕を通る線は消灯している。
「──……という内容で、お願いできますか?」
「うーん……どうだろう」
ぼさぼさの黒髪で目が隠れた博士は、コンピューターをカタカタと操作している。
今はナイチンゲールの三面図と、何やら数字や記号が何十行も並んだ羅列とを交互ににらめっこしている。
ミンシュトアが提案した内容は大きく分けて二つ。
その1、背部に範囲攻撃のできる武装の追加。ミンシュトアは外付けのミサイルポッドを提案した。残弾の尽きた際にパージする機能も付ければ、今まで通りに自由に飛ぶ事も出来るだろう。
その2、彼女の翼──背部の飛行ユニット──を取り外せるようにして、手足の機械部を隠せる人工皮膚の製作。彼女を人の姿にする、というところか。
「……希望は叶えられるかわからないけど。出来る限りやってみるよ」
ボサボサ髪の博士はパチンとエンターキーを押して、一つ息をついた。
「はい、お願いします……あっ、それと。この子に名前をつけてよろしいでしょうか」
「名前?いいけれど……僕にはプレッシャーがかかるな……」
「大丈夫ですよ、博士なら成功します。……というわけで、彼女の名前を考えてみたのですが──」
ミンシュトアは帽子を被り直して、眠るその少女の顔を見て……訓練中の様子も思い出して、口を開く。
「──『フリーダ』。彼女は、フリーダちゃんです」
「フリーダ……ドイツ語で、|自由《フリーダ》ってことかな」
「そうそう。……それじゃあ博士、改修のほうお願いしますねっ」
ミンシュトアは、研究室を後にした。
……とは言ったものの、やはりミンシュトアは黙って待っているだけではなかった。
研究室の外。横開きのハッチと『使用中』の赤いモニターを見ているだけだとすると、不安も込み上げてくることか。
(私はちょっとだけ、無茶な提案をしましたが……)
しかし、このミンシュトア・ジューヌという少女。根拠のない無茶はしない性分だった。
「……ふぅ」
ソファからゆっくりと立ち上がって、比較的広いホールに出れば愛用の|ウィザードブルーム《銀鷹七三二式》を構える。
【√能力︰|神性竜詠唱《ドラグナーズアリア》】だ。
「──『 |血色《ちいろ》無く 願い届けし |生き神《いきがみ》の |神《ホーリー》|聖《ホワイト》 |竜《ドラゴン》|此処《ここ》に』」
さすればホールの中心に現れた光の筋が膨らむようにして、一つの形を作り出す。
……もしもこの光を直視出来る者がいたなら。その形はきっと、光の竜に見えたことだろうか。
ミンシュトアは反射的に目を瞑っていたためその姿を見ては居ない。
しかしその帽子を目深に被りながら、しっかりと光の方向を向いて告げるを
「──フリーダちゃんの改修を、成功させてほしいの」
……そして、その光は収まった。
───………。
……暫くした頃か。
赤いランプが消灯して、ハッチがゆっくり開く。
「……あっ!」
「教官様──」
ミンシュトアはその姿を見て、笑みが溢れることか。
ちらりと見えたその四肢は人間のそのものになっていたか。翼は……それを確認する間もない。確認する前に、そそくさと駆け寄ってきた。
その|少女《ナイチンゲール》と目が合えば、出てきたばかりのその姿は早足になって駆け寄ってくる。この個体は先程の訓練から、無表情なのは変わっていないようで。
「わわっ、転ばないようにしてくださいね…!」
「……すみません。しかし、嬉しかったもので」
その手が重なり合い、伝わるは小さくも綺麗な指の形。
触れ合った指先からは、彼女の冷たい手の感触がする。……体温は無くても、人間の指の感覚にとても近い。
指先から手の平をふにふにと押してみせる。……柔らかい!
「あ、あの……教官様……?」
その背中に手を回し、今度は腰のあたりをペタペタ触るミンシュトア。
「わっ──」
そうして触っていくうちに、金属の感覚が。
翼の付け根があった部分だろうか。その接続ユニットは、服で十分に隠せる大きさのようだ。
余談だが、このユニットは制御さえできれば本人の意志で肌の中に収納が出来るらしい。
「……やった、やった、大成功!フリーダちゃん!」
「あの、あの、教官様──!」
腕の中のナイチンゲール……フリーダは、ぽんぽんとお腹の辺りを押し返す。
「人工心臓の激しい脈動、エネルギー回路の拡幅。ちょっと苦しいです、教官様……」
「あっ──」
ミンシュトアはその腕を離す。
「……ごめんね?」
「むぅ。……でも、ありがとうございます」
「……そういえば」
その|少女《ナイチンゲール》は、一つ好奇心の目で。
「教官様が、私にお名前をつけてくださったと聞いたのですが……博士からは教官様から直接聞くようにと伝えられて」
「わ……」
こほん、と咳払いをして息を整えるミンシュトア。
「……あなたの名前は、フリーダ。自由という意味の、フリーダです」
「フリーダ……」
その目蓋がパチパチとまばたきをしてみせる。その口元を見れば、確かに口角が上がっている。
「フリーダ。……私の名前、ですか」
「はい、そうですよっ」
──今度は、フリーダが抱きついてきた。若干屈んだその顔はミンシュトアの胸に埋まる。多分、表情を隠す目的か。
「……ありがとうございます、教官様。……あっ。私、教官様もしっかり名前でお呼びしたいです」
「えへへ。……ミンシュトア。ミンシュトア・ジューヌだけど……『ミント』ちゃんとみんな呼んでいるので、それでいいですよ」
「ミンシュトア様……ミント様。ありがとうございます……!」
「わわっ」
再び抱きついてくるフリーダ。
そこまで喜ばれると思っていなかったミンシュトアは、なんとか別の話題を探す。
「……あっ。そういえば、博士にお願いした装備、どうでした?」
ミサイルポッド。重装備になりそうなソレはどのように整備されたことだろうか。
「それについては……ミント様、こちらです」
髪を揺らして研究室の中へ入っていくフリーダ。ひょこりと扉の向こうから顔を出し、その無表情が覗く。
「──わっ。すごい……」
「……♪」
何故か自分のことのように誇らしげにしているその姿を横目に、ミンシュトアはその機械を見上げる。
ブースターが搭載された、翼状のストライカーユニット。パージしたあとも翼をそのまま使用でき、本来よりも高い出力で飛行できる仕様のようだ。
大きさとしては、フリーダが腕をやや正面斜めに広げたくらいの幅。高さとしては……フリーダが腰のやや上部に装着して、だいたい肩のあたりから腰の骨くらい。
……無表情ながら、興奮冷めやらぬ様子で語りだす。
「……ええ。私についていた翼も、このユニットと一体になったみたいなんです。パージする部分と翼の部分が別々になってますね。ロマンです。大型化のデメリットはありますが、私から信号があれば自立飛行して戦地にいる私の元に来てくれることも出来るみたいです。また、パージ部のミサイルポッドは量産型|WZ《ウォーゾーン》と同じ部品ですから、整備性や継続使用のコストパフォーマンスも抜群とのことです」
……『量産型』からは明らかに逸脱したクセモノではあるが、フリーダのために造られた実質的なワンオフの武装のようだ。
要約するど。大体の武装や飛行に必要な部位をこのユニットに別として積むことで、ナイチンゲール『フリーダ』の殆ど人間と同じ姿という要望が叶えられたことらしい。
「……すごいね、フリーダちゃん」
笑顔で振り返るミンシュトア。
目が合ったその無表情からは、ほんの少し誇らしげさを感じたことか。
実を言うと、今のミンシュトアは機械に詳しくない。まだまだ勉強不足だと彼女は感じたことか(機械に詳しいエルフなんて余程の少数派なのだが……)
けれど、ミンシュトアはこう考えた。
……きっと私より詳しいフリーダちゃんからこの笑顔が見れるということは、きっとすごいことなのだろう。
「ありがとうございます、ミント様」
無表情の彼女のできる、一杯の笑顔が向けられる。
その頭を撫でながら、ミンシュトアは思う事だろう。
この依頼が終わったら私、フリーダちゃんと街におでかけに行くんだ!
──私たちの冒険は、まだまだ続く。
そして、二人はいつまでも幸せに──
「終わらせないでください、ミント様」
「ダメかぁ」
その|少女人形《レプリノイド》は、やはり笑顔だった。
マリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)は、|少女《ナイチンゲール》の一人ひとりと目を合わせる。
横たわる彼女達を一人ひとり眼差しで包むようにしてから、一つ咳払い。いつもの元気は少しの間だけ鳴りを潜めている。
「……みんなそれぞれ個性があって、その中には戦闘向きじゃない子もいる」
このマリーという|少女人形《レプリノイド》は、戦うだけを良しとしない。心優しい心の持ち主ではあれどもこの|√《世界》においてはイレギュラーだ。
であれば、きっと彼女達の幾つかもそうなる。
せめて彼女達が人を傷つけるだけにならないように、その生まれたばかりの心が傷ついてしまわないように。逃げ場を用意するために。
願わくばこの身を頼ってくれるようにと、ささやかな願いを……
……込めているのだろうか?
もしかしたら、単なる善性からかもしれない。
なにはともあれ、マリーは続ける。
「√EDENにはね、すごい看護師さんが居たんだ。その人が出てくる前、病院は『死を待つ場所』だったんだって。……でも、今はそうじゃない」
『ナイチンゲール』。クリミアの天使と呼ばれる彼女の功績は今なお語り継がれている。
「√ウォーゾーンには今でも多くの傷病者が居る。……車や戦車なんかを使っても、お医者さんや看護師さんが行けないところは沢山あるんだ」
それだったら。
……マリーは、確固たる声音で。そして笑顔で。
「あなた達なら、車や戦車がいけないところだって自由に行ける。皆なら、たくさんの命を救えるんだ」
横たわるナイチンゲールたちの、表情が若干緩む。
感情を獲得したとは言え、無表情なのは変わらないままのようで。少女型とは言えども無表情で機械的な彼女らを、恐れる者は多いだろう。
「その為に、皆にはちょっとだけ改修を受けてもらいたいの。……大丈夫?」
その問いに首を横に振るものは居ない。
マリーは元気に笑顔を浮かべてみせた。
「──ありがとう!」
マリーは、|彼女《ナイチンゲール》達が微笑んだ後。全員の電源が抜けるのを見てから部屋の外へ出た。
マリーは、研究室の外で彼女達の改修が終わるのを待つ。
『使用中』の赤いランプが点灯したのをじっと見つめながら、マリーはその依頼した内容を想起することにした。
その追加点は、大きくまとめれば二つ。
まず1つ目は身体面。彼女たち本体について。
彼女達を『|クリミア《√ウォーゾーン》の|天使《看護師》』として運用するとしても、戦闘に巻き込まれる時は必ずある。また、重傷者に負担をなるべくかけないように運ぶならば彼女本体の改善は必須。
また、彼女達への負担も減らしたい、という意思もあった。
具体的には、まず細かな出力調整可能な改良飛行ユニット。偵察用だった彼女は全速ての移動ばかり行っていた。しかし、傷病者を運ぶのならそうはいかない。加減速が必須だ。
他にも、素体に生体パーツを組込むことで内外の負担を軽減する。これは非常に難しい技術だったが、|少女人形《レプリノイド》でノウハウが確立されているがゆえに実現した。彼女達の容姿が人間に近づけば、その異質感や威圧感に恐怖を感じるものも少ないと言う狙いもあった。
次に、追加の装備の提案。
無機物有機物問わずに治療のできる装備。ベルセルクマシンや……同じ|種族《ナイチンゲール》の同胞も増えることだろう。それらにも対応する為にこのような指定をした。
彼女達には完全な治療が出来なくても、延命はきっと出来る。
目の前で命を落とす傷病者を生まないために。そんなことが起きたら、きっと苦しんでしまうから。
……ナイチンゲール。彼女達は戦場の天使になれるだろうか。
もし戦うだけでなく、戦場の天使になることができたなら。『元・戦闘機械群』である彼女達への不信や反発の声もきっと掻き消せるだろう。
……その為の手伝いが少しでもできたらいいな。
想いを胸に、マリー・コンラートは、ハッチの上の『作業中』のランプをもう一度見上げる。
ソファに腰を掛けながら、彼女達に次行うべきこと。そして、彼女達に成してほしい幸せを考えていた。
──そのランプが消灯したのを見れば、反射的に立ち上がろうとしたマリーの靴が地面と擦れる音。
慌てて靴のかかとを整えて、ゆっくりとソファから腰を上げた。
「──みんな!」
……ようやくその姿を見れた。
ハッチが空いて現れたその少女達。
その中の一人と目が合えば、目を細めてにんまりと笑顔を返される。
白い肌なのは変わらずとも、新調されたその身体の節々はどこか柔らかく見える。
博士の配慮だろうか、彼女達の衣装はナース服を模した|白の迷彩柄《市街地用の迷彩色》の制服へ。
感情の獲得もあってか、より愛嬌のある姿に様変わりしているように思えた。
その少女達がマリーの元へゆっくり歩み寄れば、視線同士が接触するように。
未だに少し表情が動かないところはある。それでも今、彼女達の口元はほのかに微笑んでみせた。
「はい。……ただいま帰還しました」
「おおっ」
すぱりと敬礼を決めるその姿は、改修前と比べてめざましく成長。まったく無理のない動作になっている。
それを見たマリーも感嘆の声をあげた。
先程までの飛行用の四肢では、正確な動作も難しかったようだ。
……あえて、私がこの小隊に名前をつけるなら。|天使小隊《アークエンジェル》、あるいは|戦場の天使《ジヴリール》なんかどうだろうか。むろん参考程度で構わないし、マリーが考えなくても構わない。その場合は彼女達が各々名乗ることになるので心配は要らない。個人名に関しては、彼女本人が決めることだろう。
繰り返すけれども、あくまで参考程度に。
マリーが声を掛ける。
「それじゃあ、みんな。次の訓練をしたいんだけど大丈夫かな?」
「はい、教官様。仰せのままに」
そうして導かれた先は射撃場でも屋外でもなく……建物中央の、開けたホールだった。
クッション付きの椅子に一人ひとり座らせていくマリー。……ナイチンゲール達は、不思議そうな顔でマリーを見上げる。
「教官様?……ええと、訓練では?」
問いかけられたマリーは、照れくさそうに笑ってみせる。
「訓練だよ。人との接し方を知れば、いろんなところで役に立つしね。それに、ほら……傷ついた時に人と話すと、安心できるし」
……と、そんなこんなでマリーの『訓練』が始まった。
目を合わせ、安心させるような笑顔で、相手に寄り添って話すこと。
とにかくそれを意識させて、一人ひとりと話していく。
好きなものはと聞いたなら、ある少女は花と答えた。ある少女は星と答えた。その理由も三者三様だった。
何をしたいかと聞いたなら、ある少女は今までの殺戮を償うことと答えた。ある少女は誰も苦しませないためと答えた。勿論、それ以外もあった。
その時間は彼女たちにとって、大きな経験の一つになったことか。固まっていた表情筋が、いくらか和らいだように見える。
「あとは、色んな人と話したらいいかな?博士さんもいるし、忙しそうなら……」
マリーは、彼女達のすぐ横を指差す。きょろきょろ見渡す彼女達は、少しして指差されたのが『仲間達』だと気づいた。
「そゆこと!私も応援してるよ!」
「……ありがとうございます、教官様」
「やっぱり、笑顔になるともっと可愛くなるねえ」
願わくば、その少女達が戦場の華とならんことを。
柔らかに姿を変えた彼女達の行く末が明るいものになるようにと、マリーは願うことだろう。
第3章 ボス戦 『故人模倣機械『彼岸花・此方』記憶モデル』
√能力者達は、会議室へ呼び出される。
『星詠みの不可解な予兆』がようやく分析されたのだろうか。何れにせよ、早急にと呼び出された君達は会議室へ向かうことだろう。
其処には、明らかに憔悴した様子の博士。ボサボサの黒髪が普段より乱れている。
「大変だ……あの子が。予兆に登場したあの子こそが、此処を爆破するための兵器だったんだ!」
|な、なんだって……どうなってるんだ《思わないじゃん!突然ナイチンゲールが感情を獲得するとか、ましてや種族になるとか思わないじゃん》!
|突然の事態に驚く者も居れば、冷静なものも居るだろう《ナイチンゲール達の心に大きな禍根を残すような宿敵を用意してしまって本当に申し訳ない》。
モニターには、何の変哲もない少女『彼岸花・此方』が映し出される。
数年前の資料なのだろうか?ほんの少し画質が粗いように見える。√ウォーゾーンの生まれとは思えない快活で明るくて、自分の意志を曲げない少女。
数年前の学生証も、学食を食べている最中カメラを向けられた彼女の姿も残っている。
しかし、博士は最後に映し出された資料の一部分をズームした。
【彼岸花・此方 物資調達任務の最中に襲撃を受ける。彼女の記憶はデータ化され、戦闘機械群を筆頭とした多くの派閥に|回収《鹵獲》された】
「……彼女の記憶を持つナニカは、その体に自爆装置を積んでいる。大規模な爆発で此処や|みんな《ナイチンゲール》に被害を出さないためには、彼女を……もう一度殺さないといけない」
振り絞るように言う博士。その拳はかたく握られていた。
『彼岸花・此方』の洗脳を解くことは|決して《・・・》できない。試しても構わないが、最終的に彼女を攻撃しなければ悲劇を目の当たりにすることか。
|彼女《ナイチンゲール》は、出撃させても避難させても構わない。
現時点でナイチンゲール達はこの事を知らないため、避難先は必然的に|此処《養成所》になるだろう。
|彼女の軍事的目的《目的地に移動し自爆すること》から、積極的な反撃やトドメを刺されることは考えづらい。出撃させた場合でも彼女達に最悪の事態が降り注ぐことは心配しなくて良い。
「ごめん……みんな、頼むよ」
博士は、深々と頭を下げた。
量産されたであろう『|鹵獲兵器《彼岸花・此方の姿をしたナニカ》』に引導を渡そう。
「……ナイチンゲール部隊、出撃準備を」
その少女は、その兵器は、|確《しっか》りとその無線に告げる。
かつて|人間《ヒト》だったモノ。あまりにも明るく、あまりにも人間らしいその容貌に対して、今から彼女らは銃を向けなければならない。
──タマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)という|兵器《レプリノイド》が発する声音は、不思議と落ち着いていた。
「敵がかつて人だったモノであるからこそ、我らが出るべきであります」
ヒトの姿をした機械も、√ウォーゾーンには居る。
それならヒトと同じ思考を持った、ヒトの記憶を持った機械も居て不自然ではない。
AIである彼ら彼女らですら、その銃口を向けるには難しい。
だからこそ、だった。
もしも、訓練を受けていない人間に人を殺せと言われたら大抵の人間は殺せない。
では『見えないところで一人誰かが死ぬボタン』であればどうだろうか?
『やったのは自分じゃない』と思えるソレなら、どうだろうか?
……彼女らは、その役割を担わなくてはならなかった。
「我々が出るべきであります。我々が、やらねばならぬのであります」
|彼女《ナイチンゲール》らも、この壁は乗り越えなければならない。少なくとも、大戦が続いている今のうちは、何度も……何度も。
「兵器とは、ヒトの辛苦を肩代わりするものでありますから」
|TMAM896《タマミ・ハチクロ》は、その銃を構えつつ無線に告げる。
『彼岸花・|此方《こなた》』の姿をしたソレが物陰から物陰へと移るその背中を見て、無線に通達する。
「──諸君ら。配置にはついたでありますね」
作戦はこうだ。
攻撃性の高い『|いちか《1番》』『|みみ《3番》』『|むに《6番》』『|やちよ《8番》』はタマミと共に飛び出し、一撃を加えて離脱を繰り返す。
状況を把握できる『|にこ《2番》』『|よつゆ《4番》』『|いつき《5番》』『|とみこ《13番》』は上空から彼女らを監視しつつ、地形破壊で敵の行く先を塞ぐ。
コンビネーションが巧みな『|きゅうか《9番》』と『|とわ《10番》』、『|といち《11番》』と『|とうに《12番》』はバックアップに回る。
「諸君らのスピードと火力なら、必ずしや遂行できるでありますよ」
一息をついて、|目標《『彼岸花・此方』》が大通りへ向かう。
彼女がこのコンクリートの大通りを横断しかけたところに一斉砲火を浴びせる作戦だ。
「対象が周囲確認中。間もなく目標地点」
「攻撃部隊、準備は?」
「いつでも行けます。どうぞ」
「了解、オーバー」
「──状況開始!」
『彼岸花・此方』が進みかけた道が上空からの小型榴弾で崩落。
銃撃音が響き、何発か此方に当たりしも、その装甲は貫けない。
「うそ、どうして──きゃああッ!」
素早く飛び退いた彼岸花・此方。しかし振り向いた時には遅かった、先に配置されてあった手榴弾が強く吹き飛ばし、少女の身体は地を転がる。
そのダメージは表面塗装が剥がれた程度だとしても、体勢を崩したことに違いはない。
「死ぬわけには……いかないから!」
その少女が拳銃を構え、近くの|機械群《ナイチンゲール》に向けたのに|少女人形《タマミ・ハチクロ》が割り込んだ。
エネルギーバリアにて防がれたその銃弾。
その先には、シスター服の人影が。
──彼岸花・此方は混乱していた。
「……どうして|少女人形《レプリノイド》さんが?人類の味方なんじゃ──か、は……ぁあ、ッ……?」
口元を抑えその場にへたり込む『|彼岸花・此方《故人模倣機械》』。
その少女の脳裏に|本当の記憶《洗脳解除による秘匿情報》が流れ出したようだ。
快活だった少女の口から、金切り声が響く。
「……どうな、て……嫌、気持ち悪いの、止まらない!いやぁぁアアッ!!」
「総員、退避ッ!退避であります!!」
強く金切り声を挙げる彼岸花・此方の姿をしたナニカ。
空を向いた背中から無数のケーブルのようなものがまるで生きた触手のように伸び、けたたましいアラートと共に無数のドローンが飛来する。
(……小生が止めなければなりませぬな)
タマミが瞬時に駆ければ、瞳が猫のように細まる。
その金の瞳には、この世界がスローモーションになったようにでも見えたことだろうか。
(……小生に向かってくるのに、1発。2時方向に4発。4時方向に3発。11時方向……それは小生の手では間に合わないでありますな。あの方向には……ええ。信頼しておりますぞ)
「……いちか!みみ!そちらにドローンが行くであります!」
自身の|武装《TMAM896》を一斉放射。その一発一発がドローンの中枢部分を捉え、爆破すら許さずに墜落させ、瞬時にリロードするが、その時にはドローンが3機通過していた。
「任せてください!」「りょーかいっ!」
最初の訓練では慎重さに欠いたいちかがそのドローン達を撃墜。
急所を撃ち損ねて1機ふらふらと自爆に移行したのを、3番のみみが撃ち抜いて空中で爆破させる。
「……見事ですな」
ドローンの第一波を完全に阻んでみせた。
「ァ、ああッ……なんで、私、こんな──嫌……!」
地に伏した|此方《こなた》の全身が、無理やり起動させられた『覚悟の炎』に包まれる。
消えざる魂の炎がオーバーロード、背中から露出したケーブルと共に激しく風に揺れる。
「……攻撃部隊!一度退避であります!」
タマミは自身の周囲のナイチンゲール小隊を一度退避させ、追加で現れたドローンを撃ち抜きつつ状況を確認。
攻撃を自身に集中させる為に、徹底して撃ち抜いていく。いつの間にかドローン達の狙いはタマミになっていた。
「ぅあぁあ、レプリノイドさん!逃げて、逃げてッ!お願い……止まらないよぉ…!」
『覚悟の炎』がその銃に装填されていく。見開いた此方の瞳からは涙一つ出ない。
「……残念ながら」
ドローンをまた一つ撃ち抜いて、足元にその一機がふらりと落ちる。
「そうはいかないのが世の常でありますよ」
目の前で燃え盛る命の炎。此方の生命力が吸い取られるように拳銃へ込められ──
「お願い、当たらないで!嫌……イヤぁああッ!!」
青色の炎が収束し、エネルギーの散弾銃のように放たれる。
タマミの展開したエネルギーバリアが粉々に砕け散り、逸らされた炎とエネルギーの断片が近くの廃屋を抉り取る。
「……|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》と言いましたかな」
そのシスター服のヴェールは吹き飛んで、白髪の下から目にかけて血を流すタマミ。
煙が晴れれば、傷つきながらもその姿は健在だった。
彼女の周辺の地面以外は放射状に強く抉れている。
そのシスター服のヴェールは吹き飛んで、白髪の下から頬にかけて血を流すタマミ。
抉れたばかりで踏み場の悪い足場を一歩ずつ歩んでいき、白い尻尾がきゅるりと揺れる。
そしてタマミは、|少女《模倣機械》の頭に銃口を突きつける。
(……コレを撃つ役目だけは、まだ彼女らには任せられませぬな)
人工の血の味がタマミの口内に広がりつつ。へたり込む少女を見下ろす。
彼女の人格モデルは、きっと量産されている事か。
それならば、この|一人《いっぴき》を破壊したところでどうにもならない。
……けれど。どうか。
敬虔なる信徒は、タマミ・ハチクロは願う。
「──今此処に居る貴女の魂に、永久の安らぎが与えられんことを」
曇り空に響いた、一発の銃撃音。
タマミの首から垂れる十字架のネックレスが、からりと音を立てた。
|報《しら》せを受けたミンシュトア・ジューヌ(|知識の探索者《ナリッジ・シーカー》・h00399)が、真っ先に向かったのは訓練場だった。
様々な改修の施されたナイチンゲール達が並ぶなか、ミンシュトアの瞳には一人の少女が映っていた。
その指で銃のリロードを行い、|的《まと》に向かう姿。
列を作って順番待ちをする|少女《ナイチンゲール》たちも、メキメキ上達する彼女の銃捌きを固唾を飲むようにして見守る。
今銃を構えている彼女こそが、ミンシュトアが担当したナイチンゲールのフリーダ。
相変わらず表情はあまり動いていないけれど、動く的の中心に命中した跡を見て、口元くらいは笑みを浮かべることか。
ソレに合わせて、後ろの少女達も喜んでみせる。中にはハイタッチをしている姿も見える。
フリーダは少し照れくさそうにしつつも、彼女たちに『ありがとう』と返した。
「あ……ミンシュトア様」
フリーダが再び順番待ちの一番後ろに歩いて来たのを見計らい、ミンシュトアが声を掛ける。
「今、大丈夫ですか?あ。大したことではないのですが」
「ええと……はい、今は待ち時間ですから」
フリーダがその手に持った銃を降ろして、ミンシュトアへ向き直る。
「──ん、んっ。……私はちょっと、用事を済ませてきます。だから、|待っていてください《・・・・・・・・・》ね」
その顔に作られた笑顔を、フリーダはじっと観察していた。
「……はい。お気をつけて」
フリーダは未だ慣れない不器用な笑顔を向ける。
何故|今、こうする《慣れない笑顔を作る》べきなのか、フリーダにはわからなかった。
けれど、笑顔の練習をしておくべきだと思ったのだ。
「ありがとう、フリーダちゃん」
ミンシュトアはその姿を見たあと、訓練場をあとにする。
屋外へ出れば一息ついて。箒の出力をいつもより上げて飛行した。
──その姿を、上空から見る。
『【彼岸花・此方】の姿をしたソレ』は、√ウォーゾーンの中に生きる普通の少女にしか見えなかった。
影から影へと移るその姿を見て……その箒は、先回りをするように急降下する。
彼女は機械だ。しかも、既に人格模倣AIが搭載されている以上救いの目は殆どない。
だから、彼女はこう名乗りを上げる。
「──其処に隠れている貴女?出てきてください」
「っ……もう、任務の途中なのに…!」
その少女は。少女の模倣体は、ゆっくりと身体を覗かせる。
その手には拳銃が握られている。
「はじめまして。私はミンシュトア・ジューヌ。貴女を破壊しに来た、魔術師です」
戸惑いつつも後退するその姿を見て、帽子の下でほくそ笑む。
──刹那、彼女の周辺の瓦礫が舞い上がるように浮かぶ。ソレが風の精霊の力、√ウォーゾーンとは別の√の力による物だと感じた時には……遅かった。
「うそ……こんなところじゃ……!」
「いいえ。……──貴女は|とっくに《・・・・》、死んでます」
「え──?」
ミンシュトアのその声は、耳元から聞こえた。
胸の異物感。ついで、脱力感。
【魔剣技・|風龍牙流《フリューゲル》】がその胸から引き抜かれれば、少女の姿をしていた金属の塊がガラガラとその場に崩れ落ちる。
「私に死者をいたぶる趣味はありません。……今はまだ、このような形でしか供養できず、すみません」
「……──……〜。…………あり、ガ…とう……?」
模倣声帯が出した声にもならない声の中。歪んだ声は、そう聞こえなくもなかったかもしれない……。
「フリーダちゃん、大丈夫だっ──」
早急に帰ってきたミンシュトア。
其処に居たのは……見慣れぬ姿。
否。それは……可憐な秋服姿のフリーダだった。
白い肌に濃いカーキー色の上着と、黒いスカート。頭に乗った赤いベレー帽が映えている。
装備は全て外していて、その姿を見て戦闘機械群だと思うものは誰ひとり居ないだろう。
「おかえりなさいませ、ミント様」
無表情ながら、口元しか動かない笑みで出迎えるフリーダ。
ミンシュトアは、困惑していた。
「えーと……フリーダちゃん?」
「はい、どうなさいましたか」
小鳥のように首をかしげれば、垂れたマフラーがふるふる揺れる。
その瞳は、しっかりとミンシュトアを見ていた。
「……その服、どうしたの?」
「博士が買ってくださいました」
「あ、ううん?そこはありがとうなんだけどね?……なんで?」
「えっ」
フリーダの瞳がじとりと細まる。
……もしかして。
「……ミント様。お出かけ行かないのですか」
「──あっ!」
そうだ。守るべき|もの《平和》は、確かにここにあった。
きっとこの子は、無表情の底で……すごく楽しみにしてくれたんだ。
「……当機フリーダは、まもなくスリープモードに移行します。ふて寝です。ふて寝します」
「待って待って待って……ごめんってば」
「謝っても知りません。|お誘い《・・・》を受けたときからずっと楽しみだったのに」
「……ああ、|アレ《戦闘前の挨拶》かっ!」
「むぅう……」
……その後実際にお出かけに行くまでには、しばらくかかったそうだけれど。
ミンシュトアは、これからもこの平和が続くようにと願う。
|平和《フリーダ》の為に、これからも|彼女《フリーダ》は飛び続けることだろう。|彼女《ミンシュトア》は守り続けることだろう。
けれど……今は。この腕の中にある|平和《フリーダ》を、大切にしようと感じていた。
……ちなみに。フリーダは、案外早く機嫌を取り戻した。
ショーケース越しに見ていたやたらゴツい人型|WZ《ウォーゾーン》のプラモデルを買い与えたら、その日のうちは首をぶんぶん縦に振って言うことを聞いてくれるようになってくれたらしい。その日のうちは。
「……まぁ、戦闘機械群がクソなのは今更だな」
資料に書かれた少女の|姿《模倣体》が丸々そのまま映ったようなモニターを見て、|白神《しらかみ》・|明日斗《あすと》(歩み続けるもの・h02596)はポツリとつぶやいた。
「仕方ねぇ。……眠らせてやるか」
会議室を後にしたその姿の目元は、暗くてよく見えなかった。
彼なりの不器用な優しさだろうか。|彼女《ナイチンゲール》らの成長を願う姿勢に我々は敬意を示さねばならない。
白神・明日斗はナイチンゲール達の待機する研究所に向かった。
「お前ら。俺は此処に来る奴を迎撃しに出かける。万が一の時ぁ自分で自分の身を守れ」
そう言い彼が手渡したのは、サポートAI『ファム』の端末。
画面の中の妖精は、いつの間にやら身につけた『本日の主役』のタスキを肩にかけて赤い伊達メガネをクイッとしている。
「で、次の課題なんだが」
切り替えが早い。きっと彼はいい先生になれるだろう。
「課題は二つだ。まず、さっき支給した|ヤツ《複合兵装》、持ってるだろ?殺傷力がないペイント弾にしておいたから、ソレを使って慣らしとけ」
ナイチンゲールの一人がにこにこして手元の銃剣をぐるぐる回してみせたのを見て、明日斗は何事もなかったかのように続ける。
「で、二つ目の課題。自分の名前を考えとけ」
……この少女達、ファムに似て自己主張が強い。型番に1が刻まれたそのナイチンゲールは『|一ノ瀬《いちのせ》・|紫陽《しいな》』と意気揚々と挙手をする。
「早えよ。……ったく、課題を上手く出来た奴には、アルファルク試作型のテストくらいはさせてやる。真剣にやれよ?」
明らかに士気の上がった少女達。元気なその姿を横目に、明日斗はその場を後にした。
──灰色の街並み、駆け抜けるエンジン音、曇り空。
戦闘用4輪バイク『アルファルク』に乗って現場に向かうその姿。錬金術やら何やらを搭載したアルファルクを乗り回して、明日斗は鋭い瞳を光らせつつ√ウォーゾーンの廃ビル群を通り抜ける。
「──アイツか」
音で既に警戒していたか。可憐で快活な学徒の姿は、拳銃を構えてその銃口を向けていた。
√ウォーゾーンの人類特有の燃え尽きぬ炎を瞳に宿し、鬼気迫る表情をしている。
「アレには敵わんな。……だが」
少女の模倣体には誤算があった。向かってくる四輪バイクを見て『遠距離武装は無いはず』と踏んでのこの行動だったことか。
「……出力全開。速攻でカタを付ける!」
明日斗の駆るアルファルクは蒼穹に輝いてその速度を増す。
その周囲に錬金術で展開されたガトリングを見れば、彼女は近くの廃ビルの柱に身を隠した。生存の意思が見られる、一人の軍人として適した行動だ。
明日斗は一直線にではなく、少女の模倣体が隠れたビルの周りに弧を描くようにドリフト。
コンクリートを、ガラスを、瓦礫を次々粉砕して煙を上げていく。
その煙から屈んで駆け出しつつ現れた少女の模倣体。しかし明日斗はその行き先を読んで急ハンドル。
凄まじい速度で向かうヴィークル。それを決死の覚悟で回避する足が刃で切断された。
向かいでUターンして視線を直せば、少女が地を這う姿が見える。
黒いオイルが血のように垂れ、片目を閉じて睨む姿。
……そうだ、彼女にとって自分自身は人間なんだ。
だから、人間のうちに終わらせよう。
それが彼なりの死者への礼儀だった。
アルファルクの中で複合銃剣『MB-1P』に刃を取り付ける。
彼女が必死に引き金に手をかけて放った拳銃は、アルファルクのエネルギーバリアに阻まれる。
そうして距離が接近していき──
……すれ違う。銃剣が、地を這う彼女の頭から背中までを両断した感覚。
「──お前の任務は、もう終わってる」
不思議と、その表情から痛みはなかったように見えた。
見えたと言っても一瞬のことだ、本当にそうだったかは定かではない。
けれど、明日斗が振り返った時にはビルの四棟ほど離れたその距離。
すぐに火花を散らしオイルに引火し、高い火柱をあげる彼女だったモノはもう見返すこともできまい。
「……ゆっくり眠れよ、|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》」
再びバイクの稼働音を響かせて、明日斗は帰還したのだった。
──帰ってきたら、真っ先に顔を出してくるナイチンゲール達と、端末の中のファム。
かつて敵だったその姿、無表情の|彼女《ナイチンゲール》達とはもはや別モノに思えてくる。
「あー……オーケー。オーケー。とりあえず一列に並べ。順番に課題の成果を見せてくれ」
『複合武装の扱い』と『名前』を課題として課していた。ファムが教えただけあって、武装の扱い方はみるみるうちに上達していた。
二体ずつペアを組んだ模擬戦闘の末に、一番最後に残ったのは1の型番のついた少女と9の型番のついた少女だった。
「おー……こりゃすげえ」
戻って来る二人の少女に抱えられた、端末の中のファムは渾身のドヤ顔を決めていた。
「じゃ、お前らから名前聞くか。アルファルクの試作型、乗れるかもしんねえぞ」
若干ピンクがかった瞳が特徴的な1番が名乗ったのは『|一ノ瀬《いちのせ》・|紫陽《しいな》』
その隣で9番が名乗ったのは『|九日《ここのか》・|英莉《えり》』だった。
「じゃ、その二人の片っぽにギリギリまで迫った7番と、撃墜数が一番高い10番。お前らも聞いてやんよ」
──こういった、細部まで見て評価する視点が彼女達の急成長にも繋がっている。
√ウォーゾーンに突如咲いた感情の花々を咲かせてみせた名教官、明日斗にも敬意を示そう。
「ひどい。──ひどい…!」
会議室にてその瞳孔を震わせる少女は、あまりにも純粋だった。
√ウォーゾーンの事は知っていた。何人もの人が死んでいることも知っていた。だからその中で逞しく生きる姿に、アリスは一種の尊敬に近しいものを感じていた事か。
だから、だからこそ許せなかった。
「故人の方を……生きたかっただけなのに、役に立ちたかっただけなのに、そんな……利用して兵器にするなんて──」
アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)の震える手を取ったのは、同じ姿の|護霊《メアリー・アン》だった。
……手を取ったというのは、ほんの少し間違いか。
|護霊《メアリー・アン》の手も、震えていたから。
「アリス……どうしよう、こんなこと」
二人同士の瞳が向かい合い、|護霊《メアリー・アン》が続ける。
「フローレちゃん達に戦わせるのは……」
「──私としては、出来ることなら避難して欲しい。でも……|あの子《フローレさん》たちが、なんと言うでしょう」
迷うアリスが、ピクリと振り向く。
会議室の扉が少し開いている。誰かが覗き見していたのだろうか。
その一点を、アリスはじっと見る。第六感で探り当てたのは──
「……フローレ、さん?」
フローレの姿だった。
その後、音を立てぬように早足で歩き、近くの窓から飛行したのまでが、第六感で見えてしまった。
まさか。
|葛藤する私を見て、単独で出撃した《・・・・・・・・・・・・・・・・》?
「──急がないと!フローレさんが危ない!」
「えっ、待って!アリスっ…!」
フローレが飛んだのと同じ窓からアリスは跳躍、腰から伸びる『無垢なる翼』でその曇り空に向けて飛翔した。
……空を飛びながら、アリスの心臓は脈動していた。
もしも、フローレさんが先にやられてしまったら。
私が勇気を出せなかったせいで……折角できた友達を、失ってしまったら!
そんなのは嫌だ。嫌だ。お願いだから、間に合って。
「……──っ!」
豆粒のように小さく見えるその先。
『|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》』の姿をしたナニカが、一人のナイチンゲールと接敵している。──その少女こそが、フローレだった。
フローレは片方の翼を撃たれて飛翔ができない様子だった。|此方《こなた》に向かったところを手榴弾で迎撃され、その身体に甚大なる損傷を負っていた。
「フローレさん……お願い!」
白い羽を一つ舞わせて、アリスの姿は煌めく光と共に一直線を描く。
「──ごめんなさい、此方さん!」
「わ……っ!?」
凄まじい速度で迫り、|金の鍵《クイーンオブハートキー》から放った光。
奇襲だったソレは、命中しなかった。
しかし眩い光は此方の姿を後退させるのに十分だった。
「邪魔しないで!……私は……私は、任務を達成しないといけないんだから!」
「此方さん!任務は終わったんです!……あなたは、利用されてるんです!」
「……私が?そんな訳ないよ!だって今、|コイツ《ナイチンゲール》が襲ってきたんだ──」
此方が指さしたフローレは……その青い光がひくひくと点滅している。早く修理しなければ、危うい状況だというのがひしひしと伝わってきた。
アリスは……覚悟をした。
フローレを救うためには、やるしかない。
「──此方さん、ごめんなさい」
宙に放り投げたトランプが、ひらひらと紙吹雪のように。そして、光り輝いたあと花吹雪のように舞い上がる。一つ一つが魔術を形成する。
時空すら歪ませるその状況を見れば、此方も一歩後へ引く。
彼女を逃がすわけには行かない。
早く殺さないといけない。
────それが、自分のエゴだとしても。
純然たる少女は、あくまで人の姿をしたソレを殺しにかかった。
身体を抉り、金属フレームが露出する。顔の半分が削れ、その下から見えたカメラが赤く点灯している。それでも、此方の模倣体はまだ立っていた。
「──死にたくない!……私は、まだ……!」
「もう、いいんですよ。……ごめんなさい」
「嫌だっ、嫌だッ!私、まだやりたい事もあるのに!」
「────っ」
……アリスは、手を緩めてしまった。
一瞬だけ自由になったその身体。|此方《こなた》は、アリスに急接近して引き金を──
──引こうとした瞬間、此方の頭が横から撃ち抜かれた。
銃撃音と共に、此方の姿をしたソレの頭が砕け散る。
「え…………?」
銃撃をした方向を見る。
……其処には、機能停止しているフローレの姿。
ライフルを抱えたまま、笑顔で……本当に笑顔で、機能停止しているフローレの姿が。青いライトが完全に消灯したその姿。
目の前で消灯した青い光。力なく垂れ下がる腕。満足気に笑顔を浮かべる姿。
……連想したくないその言葉を、不老不死で穢れを知らぬアリスには無縁のその言葉を、アリスは必死に頭から追い出す。
「……フローレさん、助けないと」
そうして歩み寄った所に、アリスでない足音が聞こえてくる。
「──アリス!|此方《模倣体》さんは……あ、っ」
|護霊《メアリー・アン》は、此方の残骸を見て固まる。
「|護霊《メアリー・アン》さん!それに……みんな……!」
|護霊《メアリー・アン》を連れてきたナイチンゲール達が、フローレのその姿を見る。息を呑むように、彼女達は驚いていた。
アリスは振り向かずにナイチンゲールの一人に問いかけた。
「ナイチンゲールの皆さん……フローレさん、直せますか?」
「…………アリスさん」
「ナイチンゲールの修理技術は、人類にはまだ……ありません」
「────えっ」
ナイチンゲールは、戦闘機械群だ。人類には到底及ばないテクノロジーで作られたフレームは、当然ながら人類には修理できない。
「フローレさんは……我々には直せません。新たな部品さえあれば。替えの部品さえ、あれば」
「あ……」
アリスは、フローレの身体を抱きしめる。
──こんな形で、お別れしたくない。
大事な、大事な友達なのに。
だから、アリスは、一つだけ奇跡を起こすことにした。
「──部品が、ないんですよね。それさえ用意すれば良いんですよね」
「?……はい。しかし、ソレができない状態で」
「私が作ります」
「え……?」
アリスが抱きしめたフローレの体が、光り輝く。失われたはずの機構翼が、修繕されていく。
それは√ウォーゾーンの技術ではなく、不思議の国の力。
事実上の『神』であるアリスは、一人の|少女《ナイチンゲール》に……新たな身体を作ってみせた。
「────アリス?」
「フローレさん!」
「ひゃっ……!」
フローレの瞳に光が宿り、アリスはその身体を強く強く抱きしめる。
アリスは強く疲弊していた。幼すぎるその身体はたった一人の為だけに力を使いすぎた。けれど、アリスはフローレを強く抱きしめた。
完全に修繕されたフローレを見て、周囲のナイチンゲール達も駆け寄ってくる。
「──そんな。私は、ただの……兵器なのに……どうして、ここまでして」
「だって……フローレさんは、フローレさんです。わたしの、大事な大事なお友達です」
……フローレは、ナイチンゲールだ。機械だ。
なのに、機械のその身体は、確かに|涙を流していた《・・・・・・・》。
顔も真っ赤にしていたし、指先は冷たいのに何処か温もりを感じられるし、なにより彼女は大粒の涙を溢れさせていた。
金属製のその身体には、フローレの|魂《たましい》が宿っていた。
「……アリス。私は、ただの兵器なんです……機械なんです……なのに……理解が、理解ができません……」
狼狽えるフローレに、アリスは一つ声をかけた。
「……一緒に、帰りましょう。私の大事な大事な、フローレさん」
フローレは、返事をしなかった。
けれど、愛おしそうに。本当に愛おしそうに、アリスの身体を抱きしめ返した。
多くの人が死ぬのが戦争だ、この|√《世界》だ。
人が居るなら、そこに感情がある。感情があるなら、そこに過去が積み重なっている。
過去が積み重なったソレには、敬意を示さねばならない。ましてや『死者』には敬意を示さねばならない。果敢に立ち上がり、必死に役目を果たした人々に敬意を忘れてはならない。
──マリー・コンラート(|whisper《ウィスパー》・h00363)は、その姿をモニター越しに見る。故人の想いを利用して、──殺戮や破壊に利用するなんて。
「……こんな事を、許しちゃいけないよね」
ぽつりとそう口から溢れさせる想い。それは自分への言い聞かせだったのだろうか?
倒すための理由を見据えて、全力で彼女を弔うために戦う。……あくまでも平和を望む、彼女らしいかもしれない。
「だけど、この戦いは見ていてほしいの」
ナイチンゲール達に振り返り、そのうちの一人が動揺したのが見える。
……無慈悲な同胞への怒り。喪われる命への悲しみ。
それらはナイチンゲール達が獲得した感情だった。
マリーは続ける。
「感情があるから、悲しくなることもある。嫌になる時だって、きっとあると思う。……治療を嫌がる人なんかもいるかもしれない」
──それでも。この|√《世界》で歌を響かす|少女人形《レプリノイド》は、ハッキリと言葉を紡いで聞かせていく。その言葉一つ一つが、彼女らを奮い立たせていく。
「だけどね。悩むこと自体は悪いことじゃない。その上で、自分や誰かを守れるようになってほしいんだ。……自分の心を、どうか否定しないで。自分の願いを否定しないで。願うことは悪いことじゃない。優しくても、そうじゃなくても。……一つでも多く、後悔しない道を選んでほしいんだ」
会議室の出口から振り向いて、微笑む姿。
青髪を揺らして、鮮明な笑顔を浮かべるマリー。
「大事な、大事なことを教えたよ。……大丈夫、私は勝つからね」
安心させる声音を届け、その|少女人形《レプリノイド》は市街へ向かった。
──灰色の街並みとは対照的な、青い空。
陽の光は強くない。誰も傷つけない日差し。
優しくどこまでも広がる、青い青い空を切り取って一つの少女の形にまとめたならば、きっとこのマリー・コンラートという少女の様に成るのだろうか。
「はじめまして。……私は、マリー」
|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》の姿をしたソレが、拳銃を片手に近くの廃墟の柱に隠れる。
「──ちょっとだけ痛くするよ。ごめんね」
“|Whisper《ウィスパー》” HK437を手に持ったマリーは、その建物の影にゆっくりと、ゆっくりと歩み寄る。
──此方の模倣体が、建物の影から踏み出した一歩目。屈みながら、その近くの柱に移動しながら、足に向けて何発か牽制射撃を行おうとしていたことか。
マリーは、その動きを見切っていた。|myosotis《ミュオソティス》の舞踏が銃弾を躱し、ブーツで踏みしめる地面はまるで彼女のステージのように。
すかさず反撃の銃撃。【サーキット・サージ】により此方への特攻を獲得した弾丸は、横に転がって避ける此方の肩を掠めて火花を散らした。
ジャミングの効果により、此方は苦しんだ様子を見せる。
「その回路さえ、無効化しちゃえば──!」
続けざまに放った2発、3発目は此方の隠れた柱に阻まれる。
マリーが移動したのを音で判断した此方は、前傾姿勢でジグザグに走りながら拳銃をリロード……その瞳には、【|覚悟の炎《『彼岸花・此方』のエネルギー》】が無理やり宿らされていた。
「っ……!」
バックステップを取るマリー。この状態にならば、耐える他ない。
青い炎を纏いつつサバイバルナイフを振り下ろしたのを横に躱しつつ、追撃も壁を蹴って近くの廃墟の上に退避する。……マリーが蹴った壁が、此方のナイフの攻撃で粉々に砕け散ったのを視認できるだろう。
【覚悟の炎】を【人間としての限界】を超えて使えば、もとよりこんな事になるのだろうか。リミッターを外して【覚悟の炎】を溢れさせるその姿は、ひどく苦しんているように思えた。
「──それならば」
クイックドロウで扇状に弾幕を展開、1発でも特攻弾が当たるように仕向ける。
マリーの狙いは当たった、模倣体の太腿部装甲にヒビを作って、その特攻弾が体内に埋まる。
ジャミングにより、直接回路内にアクセスするマリー。
(──貴女は、此方さんじゃありません)
「………………え、っ?」
少女の姿が止まった。戸惑いと、脳内の|回路《任務遂行AI》への損傷で動きが止まる。
(貴女の死は、きっと無駄じゃなかったんだ。だから、こうして利用される貴女を救いたいの)
「どういう、事なのっ」
【覚悟の炎】は消え去っていた。
葛藤で頭を抱え硬直する此方の耳に、マリーの靴音が一つ響く。
ゆっくりと見上げた先には、銃口があった。
「だから、おやすみ。──名も無い貴女」
「ぁ────」
……青い空に、銃声が響き渡った。
「──みんな」
集まったのは、ナイチンゲール達。この戦いを見た少女達は、何かを言われるまでもなくその姿に手を合わせていた。中には敬礼をするものもいた。各々の敬意の示し方をしたのをマリーが見届けて、ふっと微笑むマリー・コンラート。
「死者に対して出来ること。それを、今から教えるよ」
どうか、この名もなき機械に。自身のことを疑わなかった、人として生きたかったこの機械に哀悼を。そして、弔いを。
マリー・コンラートという|勿忘草《myosotis》は、誰も取り残さない。
この戦地において、哀れなのは人も機械も同じだ。きっとこの|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》の『模倣体』だって。自分のことを人だと思っていて……生きたかったはすだ。友達とまた笑いあいたかったはずだ。
叶わないその願いのために、彼女はマリーに銃を向けたんだ。
それが死者の想いと何が変わるだろうか。
「みんな。この歌に、鎮魂歌に、全身全霊を込めるんだ。そうすれば、きっときっと送り出せるはず。──全てを懸ける覚悟はある?」
ゆっくりと、|戦場の天使《ナイチンゲール》達は頷く。
ナイチンゲール達の歌声は、小鳥のさえずりのように青空に澄み渡る。
精一杯に感情を込めて、その魂に安らぎを与えるように。
マリーという歌姫は、天の向こうにまで魂を届けんと歌い続ける。
精一杯に声を張り、その魂を強く強く送り出さんとする。
歌い終わった時。その『名もなき機械』のその口元がふっと穏やかになったような気がした──
その電脳少女は、いまだ不完全なところがあった。
彼女の過去にも起因するだろうか。一人の人間の奥深くまで知ってしまったからこそ、一人の人間の価値や想いなんかも学習しているのだろう。
けれどこの主野・リツ(電脳幽霊少女・h05797)というアバターには、やるせない思いを言葉にできない。そうしてようやくポツリと言葉を垂らす。
「とりあえず許せませんね。人を道具にする所業、ムカつきます」
その表情はあまり動かなくても、動く動機には十分すぎた。
リツは変わらず冷静に、するべき事を確認する。
手元に引き寄せたドローンからいくつかデータを確認すれば、ホロプロジェクター越しに操作をしてみせる。
「……レギオン。どうにか時間を稼いでください」
自動操縦のレギオンが窓から放たれ、迎撃に向かった。
程なくして、リツは『ナイチンゲール達や研究者たちの避難』へ移ることにした……が、その為には時間があまりに足りない。
そこで彼女は一人の協力者を呼ぶことにした。
ホログラムの平面モニターで映し出されたのは、先ほど対話を行った『ナイチンゲール』の戸惑い顔。
初めての操作におぼつかない様子だけれど、先ほどドローンと連携する改修を受けた彼女はまったく問題なく通信ができている。
「あー、あー。マイクテスト……聞こえますか?」
「はい、問題なく。どうなさいましたか?」
「通信良好、簡潔に伝えます。この施設に人型兵器が向かっております、直ちに皆様を連れて避難を」
「人型兵器……」
この様子では、たぶん彼女に襲撃の件は伝わっていないのだろう。けれど平常を保つ事はできていた。
「他のナイチンゲールたちにも状況を伝える必要がありますが……」
……友達思いの彼女ならば、きっとできるだろう。そう思いつつ、リツはモニター越しに瞳を合わせた。
「貴女になら、皆を落ち着かせながら避難誘導ができるでしょう」
「私になら……」
そのナイチンゲールは、ほんの一瞬悩んだ様子もすぐに決心したように。
「……はい、やります。皆のため、ですから」
その姿がホログラムから接続されかけたのをリツが呼び止める。
「ああ、すみません。名前を聞き忘れていました……教えていただけますか?」
どうやらこの個体は、名前をもらっていたらしい。
「──カーラ。私は、カーラ・ターナー……です」
その|少女《ナイチンゲール》は、カーラは応えた。
「カーラ。貴女に任せましたよ」
「……はいっ!」
二人の少女は振り向かず、各々の方向へ駆け出した。
──曇り空、瓦礫と煙と破壊音。
たった|一人《1機》と|数十体《レギオンスウォーム》による、銃撃戦が繰り広げられていた。
「……こんなに執拗に来るなんて!でも、任務の為──私、絶対に負けないから…!」
その姿、彼岸花・此方の模倣体が必死に|息を切らしつつ《実際にはほぼ消耗してないが》駆けて逃げ回る。その軍勢は一見して少女を追い詰めているが、彼女が無意識下に呼び出したドローン達により、実際には|此方《こなた》のほうが優勢だった。
「──そこ!……はぁ、はぁっ……あ、足が痛い……っ」
しかし|此方《こなた》……彼女の模倣体は痛覚を訴えつつも、機械の身体はまだ限界を残す。
このままでは危うい、という時にその電脳少女は現れた。
「──|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》は、貴女ですね?」
「きゃあ……ッ!」
拳銃を構えその姿を視認。突如現れたホログラムの姿に戸惑いつつも、近くのドローンを撃ち落とそうと発砲。
「どうか、落ち着いてください。私は貴女を助けに来たのです」
「…………えっ。どういう事?任務のお手伝いしてくれるの?」
「そうではありません。……貴女は、機械なんです」
此方の模倣体は、一瞬唖然として。
「──私、人間だよ?」
「その記憶は、生前のものです。貴女の遺体は戦闘機械群に鹵獲され、利用されているのです」
「そんな訳ない」
……その型が震え、活発な少女の瞳が赤く染まる。
「そんな訳ないよ」
そう続ける彼女の声は、震えていた。
「私は人間なんだ。この任務が終わったら、クラスの皆で買い物に行くんだよ?次のクリスマスはカエデちゃんを誘ってゲームセンターに行くんだ。クラス対抗の学園祭だってあるし──」
「ですから、それは」
──此方の銃撃。それは間に入ったレギオンにより弾かれる。
銃撃。銃撃。拳銃の音は何度も何度も弾かれて、弾が尽きても彼女は引き金を繰り返し引いていた。カチリカチリと撃鉄の音だけが響く。
「──ッ!なんで!なんでなんでどうして!私は死んでなんかない!私は死んでなんかない!憎たらしい!そんなはずないよ!……生きたかった、生きたかった!任務の為に命は捧げたよ!そうしたら皆のためになれるって信じてたのに!信じてたのにッ!なのに──」
赤く染まった瞳。その機械に『涙』という『機能』は搭載されていない。
「──嫌だッ!わたし、わたし、こんな風に利用なんか……なんで私は人を傷つけて──あ、ぁあッ!痛い!痛い痛い痛いぃッッ嫌ァアアア!!!!」
首から下が、首から下の|肌《模倣部》がメリメリと音を立てて変形。
その腕には砲塔が付き、彼女はもはや|此方《こなた》の姿をしていなかった。
「施しになるかはわかりませんが……私は、解決策を一つ実行しましょう」
主野・リツは痛みを訴える名もなき殺戮兵器に声を掛ける。殺戮兵器に付属した、此方の顔を模倣した頭が必死に訴える。
「ぁ、ぎぃいッ、殺して、わたしを殺して、お願い、お願い──!」
「……貴女が真実を認知し、拒絶している今なら、『コレ』が効く頃かと」
周囲のドローンが、その機械を取り囲む。
そのドローンからは無数のデータが送信。
一瞬フリーズした隙に、リツはその懐に潜り込み、殺戮兵器のコア部に触れた。
「──貴女の|人格《こころ》を、ダウンロードします」
次の瞬間リツが手に持っていたのは、殺戮兵器の……自らを此方だと思い込んでいた機械の、人格データ。
リツが持っていたそれは、赤い水晶玉のような形をしていた。
リツは、彼女の|彼岸花・此方《元人格の少女》としての記憶データだけ削除。
|今、此処に生きている彼女《此方でない事を自己否定してる彼女》が、人生を生きていられるようにと願いを込めて……そのデータを、一つの|こころ《圧縮ファイル》に保存した。
「──。──!!……〜!」
リツのハッキングにより制御プログラムを失い立ち尽くす殺戮兵器を、無数のレギオン達が処理していく。
ソレを背にして、手元の『圧縮ファイル』に語りかけるリツ。
「──大丈夫ですよ。貴女は、貴女もきっと友達思いだったんでしょう。であれば、彼女とも仲良くできるはずです」
【データのアップロードを開始】
【アップロード先︰個体名『カーラ・ターナー』】
【送信が完了しました】
…………。
「──リツさん!全員の避難、完了しました!」
「お疲れ様です、カーラ。私からも一人、避難者を『送信』しました」
モニター越しに通信するリツ。画面にはナイチンゲールの一人が映る……先ほど名を聞いた少女、カーラだ。
「あっ、はい。この子のことですか?はい。最初はすごく戸惑ってましたけど……今では、大事な私の友達です……今、代わりますね!」
その|少女《ナイチンゲール》……カーラは瞳を開ける。
人格が切り替わったのか、青かった瞳は赤くなっている。
「──あははっ、どうもー。なんだか変な感じ。私、ほんとに生きてるんだね?」
赤い瞳が、穏やかに笑みを浮かべてみせる。
リツは表情を動かさずに、一先ず言葉を伝えることにした。
「ええ。おめでとうございます」
「ありがとう、リツさん……私、これからも生きるよ。頑張ってみる!|カーラちゃん《わたしの身体》と一緒にね!」
殺戮兵器だった|彼女《故人の模倣体》は、|カーラ《ナイチンゲール》の中の第二人格として、この√ウォーゾーンを生き続けることだろう。
一人のナイチンゲールとして、終わったはずの人生に新たな始まりが訪れた。
今度は、かけがえのない友達を手に入れて。
(追記︰もしもこのナイチンゲールをPC登録していただける場合、『彼岸花・此方』の|名は出さないようにお願いします《此方ちゃんの名前は私のものではないので、そこは許可出せません》。人間時代の記憶を削除した|彼女《カーラの第二人格》はもう、彼岸花・此方ではありませんからね)
その黒き影は尾を引くように、白い廊下に黒い靴音を立てる。
黒いマントを揺らして任務へ向かう|八咫神《やたがみ》・ユウリ(穢れた手・h08712)が向かう先は、一人の|少女《ナイチンゲール》の控え室だった。
「ユウリです。入っても?」
「あ……ユウリ教官」
向こうから引き戸を開けて顔を覗かせるナイチンゲール。穏やかな白い少女はその瞳を見上げ、直感的に『任務の時間』だと感じ取る。
ユウリの唇が冷たい空気を震わせた。
「この養成所に、まもなく自爆装置を持った戦闘機械群が現れます。……貴女は、どうしますか」
……八咫神・ユウリは選べない。どこまでも一歩を踏み出せない。
一人の少女の選択だけはどうしても邪魔したくないが故だった。
「──身を守るためには、二つの手段があります。一つは、安全な場所に身を隠すこと。もう一つは、戦うことです」
選択を委ねるのは、師弟としての一種の愛かもしれない。
けれども、この|白い少女《ナイチンゲール》は間髪入れずに言った。
「戦います!」
何かに怯えるような瞳がまっすぐに向けられる。少女はその後目を逸らし、まばたきをしてから続ける。
「私は逃げたくないんです!……ユウリ様…?」
少女の頭を優しく撫でる、黒い袖から出た冷たい手。されども体温のないナイチンゲールよりは温かいだろうか。その温かさは体温だけのものではなかったかもしれない。
「戦いから身を引くことは、必ずしも逃げではありません。戦うだけが、殺すだけが私達ではありませんから」
殺し屋の|八咫神《やたがみ》。その名を受け継ぐ彼女はマントを一度脱いで、その身体を優しく抱き寄せて頭を撫でる。
「『戦わなければならない』ではありません。選んでください。心残りのない方を……自分の意思で、選択してください」
腕の中の白い姿からそっと離れて、次の言葉を待つ。少ししてナイチンゲールは再びユウリの目を見つめる。
「……それでも、戦います。皆を守りたいんです、誰にも死んでほしくない……それが、私の選択です」
「──そうですか」
再びマントを羽織った八咫神・ユウリ。その姿は振り向かずに「行きますよ」とだけ伝えて歩んでいった。
その姿を追いかけるように、ナイチンゲールは追従する。
扉を開ければ、√ウォーゾーンの廃墟群が広がる。
ほんの少しだけ硝煙の香りが立ち込めてきた灰色の廃墟群がそこにあった。
──粉々のコンクリート、ヒビ割れたアスファルト。
ユウリとナイチンゲールが背にしたのは壊れた車体。
数十年前誰かを乗せていたであろう丸く赤い車体からは、タイヤの片方もエンジンも窓もない。
座席の中にこびりついた赤黒いナニカを見て、純白のナイチンゲールは、ほんの少し口元を覆っていた。
「準備はできましたか」
その視線の先には、建物と建物の間を縫って進む一人の少女の姿。ライフルを片手に一つの鞄を背負う。
『|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》の模倣体』は、今なお任務にあたっていた。
その姿を見れば、質問の一つでもしたくなることか。
「アレは、戦闘機械群……ですよね?」
「はい。故人のデータを入れられ、生前の任務に準じた行動を行うように改造された機械です。……やがて、彼女は自らを人間だと信じながら養成所を爆破します」
「……そんな、ひどい」
その視線の先を見つめながら、ナイチンゲールは手元のナイフを握りしめる。
「私達は彼女を殺します。……いくら綺麗事を並び立てても、それだけは変わりませんから」
……そうして、音もなくユウリは駆け出した。
火花。吹き飛ぶ|此方《こなた》の姿。
背後から振り下ろされたマチェットは、少女の肌ではなく肌色の金属装甲を強く掠めた。
此方の視線には黒いマントのユウリの姿。
「敵襲!?──っぐ。負けないから!」
素早く振り返り、ライフルを構え直す此方の姿。
その背後には、白い姿が回り込んでいた。
ユウリによって作られた隙にて、そのナイチンゲールはローリングしながら高速で飛来。
残像を残しながら斬りつければ、強く火花を散らし、金属音と少女の悲鳴を響かせる。
「ぅ、うう……私は──!」
震える指先で拳銃を構える此方。
先ほどの斬撃で自らの腕の装甲が剥がれたのを見て……
『模倣体』は気づいてしまう。
「──わたし?……わたしは、わたしは人間じゃない?なんで?私は、わたしは死んだ?任務中に死んで、私の身体が引きずられて引きずられて頭だけになって、あ、ぁあ、こんな記憶、こんな、嫌だッ」
強くその場に俯いて【故人人格の覚悟の炎】を無理やり起動させられる『少女の模倣体』。彼女の背部が音を立てて変形し、首から下の金属フレームが剥き出しになれば血まみれの兵装が露わになる。
叫び慣れない彼女の声帯は裏返るように、怒り慣れない元気で活発だった少女の声は悲痛に歪む。
「私……私は今までの【任務】で、何人殺したの!?ねえ、ねえ!嫌だ!そんな……私、ずっと利用されて──」
無数のドローンが空から飛来する。真っ赤に染まったキルゾーンが展開されれば、一歩下がったユウリの黒いマントがかすかに揺れる。
「……これでは近づけない。60秒。それまでに状況を打破するためには──」
「私に任せてください、ユウリ様」
……白い少女が、ナイチンゲールが一歩前に出る。
彼女は欠落していた。それが何なのかは私には分かりかねる。
しかしいずれにせよ彼女が√能力者に覚醒したという事実は間違いない。
ナイチンゲールの打ち上げた決戦気象兵器「レイン」は、無数のドローン達を撃ち落としていく。
「──感謝を。これで、彼女を……殺せる」
駆けるユウリ。その瞳は真っすぐに、首から下が殺戮兵器に変形したソレを分析し終える。
配線を読み取り、手順を読み取り、そして──
「ダメッ!来ちゃダメ!貴女も死んじゃう!もう嫌なの!」
「貴女の構造は、おおむね把握しました。では──」
──黒い姿が地から離れた瞬間、その姿は一筋の閃光を描く。ユウリが振り向いた先には、わけの分からない様子の殺戮兵器。
「………え?……わた、し?……死ぬの?なのに、痛く……ない?」
背後から歩み寄りながら、ユウリは語りかける。
振り向けない『此方の模倣体』は、その足音だけを聞いていた。
「……貴女の死ねない呪いは、|コレ《手袋を外した右の掌》で」
かつり、かつりと靴音を立ててソレのすぐ後ろまで歩みを進める。
「左手で、貴女の痛覚の伝達ケーブルと……むき出しのコレを、断ち切りました」
ユウリが手に持っていたのは、殺戮兵器のコア部位。真っ二つになった基盤らしきソレを地面に落として、靴裏で踏みつけて割ってみせた。
「私は『|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》』を……今から、殺します」
それは、自らの懺悔のように。
刃こぼれしたマチェットをからりと落として、手元の暗殺ナイフを此方の首に突き立てる。
「最期の言葉は、ありますか」
「ぁ……√能力者さん。……ありがとう」
首が、落ちる。
断面からは無数の配線と、金属片が散らばっている。
『彼岸花・此方』はこの√ウォーゾーンにおいて、何度目かの死を迎えた。
けれど、その表情から痛みや苦しみはなかった。
それが彼女から為せる、精一杯の弔いだった。
「見ての通り……私は人殺しですよ。貴女は、それでも私から離れないのですか?」
「はい。それが私の選択です」
晴れやかな笑顔を浮かべたナイチンゲール。
……その白き少女は、純然たる白いまま。
逃げたくない、ではない。戦わなくてはならない、ではない。
「私はあなたに、弟子入りしたいんです」
この真っ直ぐな|少女《ナイチンゲール》を、どうするかは一任する。過去や未来に何があるかなんて、この物語の語り手になんて到底分からない。
ただ一つわかるのは、彼女がユウリを心から尊敬していることだけか。
いつか、彼女たちは傷つくだろう。
どのような形になるかは分からない。
それでもいつか知らなければならない。
無慈悲なる戦闘機械群への怒り。残酷な戦争の現実。そして……自らがソレと同じだったという、耐えがたい現実とやるせなさ。
純粋な彼女らに、それを受け止めることができるのだろうか。
……彼女らにこの手が届くうちは、そんな目に遭わせたくない。
いつか知る感情だとしても、それを知るのは残酷なことで、とても心が傷つくはずだから、できることならしたくない。
その青年は、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、襲撃者の正体を明かさないこと、そして一人で戦うことを決めた。
未だ廃車が残っている路地。何年も舗装されていないアスファルトはヒビ割れて、踏みしめるたび靴越しに硬い土の砕けるような音が伝わる。
近くの壁に背をつけるようにしながら、大通りに顔を覗かせるクラウス。彼は看板横に一人の少女の姿を見た。
やはり、√ウォーゾーンで生きてきたクラウスにとって、ソレはただの少女にしか見えなかった。
|彼岸花《ひがんばな》・|此方《こなた》。数年前まで生きていた学徒兵を、そのまま投影したような姿。荷物を背負いつつ、健気に任務を果たそうとする姿から察するに……彼女は、心から人類の為に戦っていたのだろう。
数拍遅れて気配に気づいたその少女は、拳銃を構えてゆっくりと遮蔽物の近くに移動する。
「──誰!?人……だよね」
クラウスは、ゆっくりと物陰から出てきて歩み寄る。大通りを挟んで見合い、クラウスは道路中央の白線あたりで歩みを止める。
「……兵士?もしかして、救援?良かった、私──」
「ごめん、此方」
「え──」
此方は下ろしかけていた拳銃の安全装置をもう一度外した。
「なんで私の名前を?」
「俺は……君を、止めに来たから」
クラウスの瞳は、『彼岸花・此方という少女』を映していなかった。映したくなかったのかもしれない。
彼は『敵』を見据え、魔力兵装を手に駆ける。
青い髪と学生服を揺らし、即座に拳銃を引く此方。しかしその初発を剣の一閃で弾き、物陰へ退避しようとした此方を強く斬りつけ、火花と共に大きく吹き飛ばした。
……切りつけた際の音は、金属音。それこそが彼女が人間でないことの証明のようなものだった。
「あぐ──ッ!く……っ。どうして……でも、やるしか…!」
「……すぐに、終わらせる」
「嫌だ……嫌だ!わたし、こんなところで終わんない!」
響く声。燃える炎。
戦死者のこころを薪に焚べるようにして、人間の限界量を超えた『覚悟の炎』が爆炎を上げる。その模倣体につけられた切り傷が、まるでスライムを切りつけたあとかのように埋まっていく。
「任務のためなんだ!わたしを邪魔するなら──」
人間のリミッターを外れたその機敏で、本来機械群に向けられるはずの殺気を全身から放つ少女が迫る。
その声は、その声帯は……過剰な脳内物質の分泌のせいだろうか。生前に出し慣れていない上擦った金切り声が、至近距離のクラウスの耳を打つ。
「──殺すしか、ないじゃんッ!」
鬼気迫る少女の姿。髪の一つ一つは炎を張る。二つの瞳は決意に満ち満ちている。
──きっと、クラウス・イーザリーも。それ以外の√ウォーゾーンの人類達でも。優しき兵士が本気になれば、こうもなるのだろう。
その力を利用するなんて。
「──やっぱり、早く終わらせないと」
ポツリと呟いた言葉は、少女が拳銃に込めた爆炎にかき消された。
「──はぁ……はぁ……はぁッ、やった……?」
その少女は制服を焦がし、脚を引きずるようにして起き上がる。
──背後。
黒い影に、青い瞳が輝く。少女は振り向くまでもなかった。
「あがッ──……ぁ……??」
真上から振り下ろす魔力の剣が、彼女の背を深々と穿つ。
こすりこすりと微かに吹き出す青い炎。
自爆装置を警戒し、素早く離れたクラウスの姿を地に伏す此方は見た。
──クラウス・イーザリーは、一つだけ失策をした。
情け全てを捨てたつもりだったのだろう。しかし、事実として彼は重大なミスを犯した。
彼は奇襲の一撃で、彼女の頭を破壊することができなかった。
「ぁ……ァあ?なに、コレ。わたしの、記憶?」
「──!」
クラウスが再び接近した時には、遅かった。
|彼岸花・此方の頭部《故人の記憶の格納部》から下が、肌を引き裂くようにして黒い|骨格《金属フレーム》が露出。
彼女だったソレは、変貌してしまった。
「痛いッ!痛い!私、どうな、て……け、は……ぁあッ──!」
悲痛に歪む少女の顔。細く黒い殺戮兵器のフォルムは、今や2m台の大きさに。
周囲は赤い光に包まれて、殺戮兵器本体のモノアイが赤く周囲を見渡す。
少女の頭を胸から伸ばした黒い殺戮兵器。
その赤い瞳に一つ遅れて、少女の瞳が振り向く。
「──嫌!いやだ……逃げてッ……だめぇええッ!!」
その腕と腰についた機銃が、少女の慟哭と共にコンクリートの地面に一本線を描くように掃射される。
轟音。回る砲身は熱を持ち、残酷な乱射が……ようやく、止まる。
「ぁ……ぁぁあ……わ、わた、し……」
クラウスの居た方向にあった、店だったであろう廃墟はこの掃射により倒壊する。
轟音の余韻と土煙を見て、少女は竦む。
「利用されて……こんな、ひどいこと──」
「…………もう、これ以上させない」
「……あ……っ」
煙が晴れれば、頭から流血するその青年は立っていた。
彼の魔力を示す月の光は、不規則に点滅している。
それでも魔力の剣を握る右腕。袖は千切れて、白い腕には深々と跡が残る。
一歩一歩を踏みしめるその身体に、再度の機銃の掃射。
……その身体は倒れることがない。月の光を纏う彼は、再び煙の中から現れる。
「やめて!死んじゃうッ!つぎはホントに死んじゃうよ……逃げて!逃げてよぉ!」
少女の叫びは、もはや彼の視野に無かった。
ただ、成すために。この体を費やしていた。
「──ごめんね、自我を取り戻す前にトドメをさせば良かったのに」
……自らの甘さが、足を引っ張った。
一人の『彼岸花・此方』の最期を汚してしまった。
気づく前に終わらせてやれたなら。その後悔は、もはや自暴自棄にも近かったか。
この一撃さえ加えられたならば。
──機銃のリロードが終わる直前に、クラウスもまた掌の剣に魔力を込めていた。
空高く掲げた右腕。その輝きはまるで月の光を一身に集めて濃縮し、光の剣を創り出す。機銃の掃射で上がった煙がその風圧で一気に晴れる。
「ごめん。此方……今は少し、眠って」
「あ────」
ゆっくりと、正確に振り下ろされたその光は剣となる。
警戒して一歩引いた殺戮兵器のフレームごと、彼岸花・此方の頭部を消し飛ばした。
…………。
「──救護!急いで!……うう、こんなに傷だらけで……」
「銃弾が体内にいくつも……ああ、あと少し遅かったなら。想像もしたくない」
「クラウス教官っ……どうして、こんな無茶を」
「……君が気に病む必要はない。むしろ、君が早く見つけてくれたおかげで助かったんだ……本来なら、生きているのが不思議なくらいだったけれど」
その白い肌に、涙が伝う。彼女にとって、生まれて初めての涙だった。
「……私、戦争なんて……したくないです」
「そうか。…………提案があるんだけど」
白衣の博士は、泣き崩れる|少女《ナイチンゲール》に寄り添って手を添えた。
「感情を身に着けたナイチンゲールには、当然個性がある。その中には君みたいな、人を傷つけたくないのもいる。……そういう子たちを、医療に従事させる計画があるんだ」
「…………私、考えてみます」
良くも悪くも、彼の行動は一人のナイチンゲールに影響を及ぼした。
されども、人間らしく意志を宿したその瞳には、静かな炎が宿ることだろう。
こころを宿して、誰も人を傷つけない形で。
養成所の外、訓練エリアにて。
名付けられたナイチンゲールの『とわ』は|WZ《ウォーゾーン》の訓練を行っていた。
意外にも彼女の上達は早く、教官を務めていた|峰《みね》・|千早《ちはや》(ヒーロー「ウラノアール」/獣妖「巨猴」・h00951)も『ティターン・0I』の中で穏やかに笑みを浮かべていた。
「よく出来ました。それでは次は──おや」
「……どうなさいましたか?」
無線越しに、コクピット内のとわの姿。彼女から声が呼びかけられる。
しかし千早の目線は緊急連絡用の端末にあった。
そこに映し出されたのは、一人の少女……『彼岸花・此方』の姿。そして口を覆いたくなるような、凄惨なる末路。
……いずれにせよ、この戦線に彼女を連れて行くわけにもいかない。
モニター越しに映るナイチンゲールのとわを見て、千早は彼女を安心させるように笑顔を浮かべてみせた。
「ああ、すみません。どうやら少し用事ができてしまったようで……とわさん、養成所の前で警護をお願いします」
「は、はいっ」
少し名残惜しそうにするとわ。彼女が操縦する専用のWZからもその俯き加減は伝わるかもしれない。
一歩ずつふり返って、彼女の機体は養成所の方向へ。
「……寄り道せずに帰還してくださいね。皆待っていますから」
「ぅっ。わかりました」
帰還したとわに、大きく手を振って迎えるその姿。
──ダリィさんだ!
とわが思わず笑みを溢す相手こそが、ダリィ・フランソワ(旅する|少女人形《レプリノイド》・h07420)だった。
その姿はカタカタと何かを操作しているみたいで。声をかけようか迷ったとたんにその顔を上げて、にししと笑顔を向けてくれた。
「おかえりっすよ〜。訓練、お疲れ様っす」
「はいっ。ただいま帰還しました、そちらこそお疲れ様です…!」
とわは『ティターン・0I』から降りて、ぴっちりと身体についたスーツのところどころを指で直しつつ。
ダリィが一つ操作を終えれば、【補給システム】が出撃してその姿を見送っていた。
とわは邪魔するのも悪いと思ったか、少し遠いところから見ていた。
「……んっ、来ていいっすよ?折角のお留守番っすし、一人なのも勿体ないじゃないっすか」
「あっ。はい、失礼します」
ちょこんと近くの椅子に座るとわ。画面の中に書いてあることは、多少機械関連の知識があるとわでも断片的にしかわからない。
けれど表示していた資料の中に、その姿は映っていた。
一人の少女『彼岸花・此方』の事が、彼女はどうしても気になっていたのだった……。
──マスクド・ヒーローの『ウラノアール』は、遠方のその少女を見据える。
|WZ《ウォーゾーン》を駆る彼のことは峰・千早と表記しなければならない。
千早の駆る『ティターン・0I』は、一つの無線を享受した。
この『防衛ライン』は突破されてはならない。彼女の目的から、逃走も考えに入れて作戦を立案する。
──彼女の為に、一瞬で終わらせるしかない。
その為に出来ることを、彼は只管に考えていた。
「──どうしてっ」
改造戦車『CT25 Celestial Mk.1』の内部。キャタピラが砕けた道を進んでいるにも関わらず、その内部は比較的快適で資料を読む余裕すら生んでいる。
もっとも、彼女本人に余裕は全くない様子だったのだが。
その声は焦りも迷いも含んでいる。握り慣れないその拳がその資料を握りしめていた。
その社長令嬢、アステリア・セントリオン(戦車系令嬢・h08352)の声は震えていた。
「どうして、こんな事になっていますの…!」
戦闘機械群へ激しい怒りを感じているのは『彼岸花・此方』なる故人への哀悼の意故か。
人の痛みに寄り添ってしまう、慈悲深く手を差し伸べてしまう。
√ウォーゾーンにおいてはハッキリと『生きづらい』性格である彼女は、その視線の先に『彼岸花・此方』を見据えていた。
「──此処が、絶対防衛ラインですわね」
端末からの地図上越しに、現在位置を把握。
……此処から先に進めば、養成所に被害が及ぶ恐れが出てくる。自爆で被害の出る範囲はもう少し先とはいえ、用心に越した事はない。
自ら戦車を乗り回すその令嬢はあくまでも、あくまでも冷静に報告を行った。
「作戦、開始ですわっ…!」
最初に轟くのは、横一線を薙ぐような機銃の|掃射《スイープ》。
アステリアの戦車が放つその掃射に、素早く少女の模倣体が飛び退く。命中する事は無くても、その一掃は地面を抉るように石の欠片を飛び散らせる。
「なに、戦車!?……任務の途中なのにっ!」
|此方《こなた》の模倣体が軍事戦闘用の学生服を揺らしてバックステップ。
近くの路地裏方向へ走りかけたその途端、道をふさいで現れる『ティターン・0I』が更に銃撃、その弾丸は脇腹に確かに命中したが……鳴ったのは、金属音。
「ひぎゅッ……!」
「やはり硬い……アリア、援護を!」
「……っ!!」
徹甲弾が此方目掛けて発射されるも、迷いのあるその一撃は少女に避けられてしまう。
「任務の邪魔を……しないでよおっ!」
人間の限界量を超えた『覚悟の炎』が此方の身体を燃やし、その拳銃がアステリアの駆る戦車の方向へ向けられる。
「わたしは……|わたし達《・・・・》は、絶対に負けない!だからっ……ごめん。あなたを──殺さないといけないの!」
ただの拳銃だったのならばともかく、ソレに凄まじい出力が込められているのは一目瞭然。
「ッ──!?」
……|眩い光を放つ《・・・・・・》拳銃が、どこにある?
アステリアの瞳孔が開く。戦車越しに見える少女の鬼気迫る姿。
√能力者でもない彼女の脳裏に浮かんだ一文字は『死』だろうか。
その引き金が引かれた瞬間、アステリアの視界は白く包まれ──
「…………ええ。貴女が真に望まれるなら」
彼岸花・此方が見上げるのは、|WZ《ウォーゾーン》……否、|WZを捕食した《・・・・・・・》『異形』の姿だった。
頭部や胴部、関節部の保護をするように機構の装甲が残りつつ。
巨猴の剛腕が4つ。牙がその腕からまばらに生えており、WZより遥かに大きなその姿は、此方から見上げれば空すら見えない。
その異形は拳銃の射線を塞いで、喉を鳴らした。
「人類の勝利。それを成す為に……貴女の任務は成功させる訳にはいかない」
「──し、死ぬわけにはっ……こ、この物資を届けるまでは」
彼女の意識が一瞬でも、任務から逸れた瞬間のことだった。
再び轟く徹甲弾の音。此方は慌てて腕で自らの頭を保護する……しかし、その対象は頭でも、ましてや此方本人でもなかった。
ダリィの補給により、アステリアの戦車は既にリロードがされていた。その砲撃が、此方を襲う。
「──ぁ……わたしの、任務っ」
戦車の主砲から放たれた一発の徹甲弾。
それは此方が背負っていた|物資《爆弾》を強く吹き飛ばす。
神懸かりなその一撃は√能力ではない。
迷いを断ち切ったアステリアによる、覚悟の一発だった。
空高く放り出されたその鞄。
轟音を立てて機銃が撃ち抜けば、青空を赤い爆裂が埋め尽くす。
此方の背負う|荷物《Anker》は……消滅した。
「わたし、私、守れなッ……ぁ…!?」
|此方《こなた》の脳内に、生前の記憶が流れ出す。
その瞳は真っ赤に染まる。瞳からは大粒の涙が溢れ出す。
「──嘘だよっ、私が……死んだ、なんて。利用されてるなんて……こんなのッ……嘘だぁあああっ!!!」
「──あの、ダリィ様」
「ん?」
コンピューターに向き合う手は止めずに、ダリィ・フランソワは微笑んで耳を傾ける。
「その。外から戦闘音が聞こえます。たった今、凄まじい爆発の音も……それに、さっき資料に写ってた女の子って」
「とわちゃん。……やっぱりとわちゃんには、隠し事できないっすね」
ダリィはコンピューターのエンターキーを押して、回転椅子をくるりと体の向きをとわに向ける。
その顔はなんとか笑顔を作ろうとしたが、やはり暗い話は明るい顔ではできなかった。
「……あの子はもう……昔に死んじゃった女の子なんすよ。だけどその記憶を保管されて、機械群に改造されて、洗脳されて。その子は操られて、此処を壊そうとしにきてるんすよ」
驚いた顔をしたとわに、ダリィが続ける。
「酷い話っすね。……でもこういうのは日常茶飯事、よくある事なんす。だから、皆はこういうのから君を守ろうとするっすよ」
「ぅっ……」
とわの表情から読み取れるのは、無力への悔しさ。
守られてばかりで、教えられてばかりで、与えられてばかりで……本当に、いいのだろうか、と。とわはうつむいていた。
「だからとわちゃんにも、皆を護ってほしいんすよ」
ダリィのその声が、とわの中で反芻する念を断ち切るように澄んで聞こえた。
「でも私、何もできてなくて!」
「それでいいんすよ」
──気づけばとわの身体は、その腕に抱きかかえられていた。
優しく頭を撫でて、声をかける。
「とわちゃん。……人を護る方法なんて、いくらでもあるんすよ」
「ぁ……」
その胸の中に埋まるとわの髪を優しく撫でて、愛おしそうに見つめて。
「一緒に戦うのでも、帰りを待つのでも。お茶を淹れるのでも。なんでも良いの」
「…………」
「みんなの妹みたいなもんですからね。とわちゃんは」
「いもうと……わ、私が……?」
「ええ。妹みたいっすよ。本当に……ほんっっ…とに。みんなとわちゃんを可愛がってる。そんなとわちゃんの為に頑張ろうって、元気をもらえるんすよ」
腕の中のその姿が、ふるふると震えだす。
「……私。はじめて、だれかの家族になれました……」
その声は、少しだけ涙ぐんでいて。
「だ、だからっ、そのっ……力になれてて……よかった……ぅ、ひぐ、ッ……あ、あっ、ごめんなさっ……ぅえええんっ……!」
ダリィの腕の中で、その白い少女は精一杯に泣いた。
今までの過去を、幸せな感情が洗い流していくように涙を流していく。
「……ありがとう。素直なとわちゃん、今までで一番可愛いっす」
幸せな涙は、いつまでも止まらなかった。
──|此方《こなた》のけたたましい号哭と共に、その照準が彼女の頭に向けられる。
頭には彼女の記憶がデータとして保存してある。
彼女が纏っている、青い燃え尽きぬ炎の源もそこだ。
「ごめんなさいッ!嫌だ!もう人なんて殺したくない!嫌だ、嫌だあああッ!!!」
彼女が呼び出してしまったのは、無数の機械群。それらを機能停止させるためには──
「悲しいことに、|私《わたくし》には……こういう役が似合ってしまいますのね」
社長令嬢。兵器の担い手。
本当ならそんな立ち位置に居るべきなのは、もっと上の座で高笑いするような人間であるべきなのだ。
残酷なまでに無慈悲な世界に、このアステリア・セントリオンという悲しくなるほど心優しい少女は生まれてきてしまったのだ。
「しかし、彼女が目指した世界は──」
……彼女が目指した世界は。
ナイチンゲール達の養成所を爆破して、人間を殺して、機械群が支配するような。そんな世界ではないはずだ。
哀れなる少女の為に、気高く咲き誇る|CE《セントリオン・インダストリー》の白き華は……覚悟を決めた。
「千早様!同時に行きますわよ!」
「……ええ!そちらも準備ができたようで」
その少女に、十字に交わるように照準が向けられて。
「御魂の安らぎを──どうか、安らかに」
「──砲撃構えっ!|撃て《て》ーッ!!」
『彼岸花・此方』は、光に飲み込まれる。
その唇が「ありがとう」と呟いたのに、二人が気づいたかは定かではない。
光が晴れたときには彼女が呼び出した機械群も、彼女自身も……ただの、スクラップになっていた。
それでよかったのかもしれない。
優しい少女『彼岸花・此方』は、この戦場において何も成せずに力尽きたのだから。
「……おかえりなさい、千早様!アリア様!」
涙晴らしたその笑顔で二人を迎えるナイチンゲールのとわ。
その後ろから現れたダリィ・フランソワもまた、にんまり笑顔を浮かべて迎える。
「あーっ、また機体に無茶させて……修理費、バカにならないんすからね?」
「はは、どうも……」
申し訳なさそうな笑顔を浮かべる峰・千早。
帰投したばかりの|WZ《ウォーゾーン》は、やはりボロボロになっている。
けれど、整備士たるダリィは見抜いていた。
(……砲身が限界値を超えて稼働。それに……この損傷具合。二人とも……一撃で終わらせてあげたんすね)
「ちょっとちょっと。何ニヤついてますの、ダリィさん?」
「あはは、すみませ〜んっ」
「もうっ!」
「……あっ!?」
アステリアが、とわの顔についた涙の跡に気づく。
「とわさん!どうなさいましたの!まさかダリィさんに変なこと吹き込まれまして…!?」
「あ、そのっ、そうじゃなくて……」
それを見たダリィは、にへらと笑いを浮かべてみせて。
「とわちゃん。アレの出番っすよ」
「は、はいっ」
とわが早足で持ってきたのは、湯気の立つ四人分の紅茶だった。
「……私が淹れたんです。その……淹れ方、がんばって勉強しました」
その後ろでダリィが誇らしげに胸を張る。でかい。
「まあっ…!」
アステリアが口を手で覆い、感動した様子を見せる。
「……め、召し上がって構いませんこと?」
「ぜひっ。……あっ、千早様の分もありますよ!」
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えますね」
飲んでみれば……それは、少し甘すぎる気がしなくもない。
けれど、美味しくしようと彼女なりに工夫を凝らしてくれたのだろう。
アステリアに、それを否定する無粋さは無かった。
「……ふふっ。とわさん、美味しいですわよ」
ぱあっと明るくなったその顔を見て、またアステリアも笑顔を向けてみせた。
「……それと、千早さん」
「!……ええ、どうしましたか?」
千早は、少し引け目を感じていた。
せっかく|WZ《ウォーゾーン》を好きになってくれたのに、こんなボロボロで帰って来てしまって。
……嫌いになってはいないだろうか、と。
「その……私たちのために戦ってくれて、ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げれば、とわの髪がふわりと舞う。
驚く千早。けれどすぐに笑顔を浮かべて、とわの頭を優しく撫でてみせた。
「……どういたしまして。こちらこそ、おいしい紅茶ありがとうございます。……もう少し砂糖を少なめにしてみると、より美味しいかもしれませんね」
「えへへっ……」
とわは何も無ければ、養成所で微笑ましく過ごすだろう。
けれど|皆と積極的に話す方法は《ノベルリクエストは受け付けて》ないので……√能力者にでも誰かのAnkerにでも、あえて登録せずに皆のものとして扱っても構わない。
……君たちのもとに、彼女を改修した博士から『可愛がってくれてありがとう』と手紙が届くことだろう。
とわは写真の中かもしれないし、君たちの横かもしれない。
どちらだとしても、彼女は笑顔を浮かべていることだろう。
……そうして、ナイチンゲール達は救われた。
各々の感情を手にした彼女たちは、きっと心強い味方にもなるし、この世界に気高く咲く花の一つともなろう。
数多くの奇跡の上に、彼女たちの笑顔が咲いている。
鉄と火薬の香りの中でも、笑顔がいつまでも続きますように。
◆◆msより改めて追記◆◆
数多くの参加、ありがとうございました。
改めて、このシナリオにて育成したナイチンゲールはPC化して構いません。
(他ms様のシナリオなどで具体的に参照するのだけは避けてくだされば…)
キャラクターシートにシナリオのリンクなどを明記する有無も問いません。
皆様のこれからに、およびナイチンゲール達に、幸があらんことを願います。