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秋祭りの夜と盃

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #秋祭り2025

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和紋・蜚廉
サン・アスペラ

 秋の夕暮れ。

 昼の残り香を抱えながらも、空はすでに夜の衣を羽織り始めている。空に浮かぶ月はほの白く、提灯の紅がその輪郭を塗りかえていた。

 ここは祭りの夜。石畳の参道には屋台がずらりと並び、香ばしい匂いと湯気が空へと立ち昇る。油がはぜる音、誰かが笑う声、景品の鈴が鳴る音――すべてが一つの舞台装置のように調和し、この祭りという名の非日常を織り上げていた。

 「見て見て旦那! あっちもこっちも屋台だらけ! 最高じゃない?」

 サン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)が弾けるように声を上げた。
 胸いっぱいに吸い込んだ祭りの空気に、興奮を隠せない。跳ねるような歩調で通りを駆け出していた。その弾けるようなエネルギーは、通り全体に波紋のように広がっていくようだった。

 その背を追う蜚廉(現世の遺骸・h07277)は、武人然とした佇まいを崩さずに歩を進めていた。褐色の肌と銀の尾葉、そして彼独特の無骨な雰囲気は、祭りの喧騒の中でなお異彩を放つ。

 「……ふむ。ここまで喧しい場も久しぶりだが、悪くないな」

 煙の向こうに見えたのは射的の屋台。棚には駄菓子、花火、プラスチックの刀、謎の光る球体。彩度の高いおもちゃたちが列をなして並ぶ。金魚すくい、輪投げ、ヨーヨーすくい、型抜きなどの屋台をひととおり見渡し、食べ歩きに入る前に、蜚廉は遊戯の店を指さした。

 「……ふむ、射的に金魚すくい、輪投げか。サン、勝負するか?」
 「勝負? やるやる! 勝負事なら一切手は抜かないからね! 旦那も本気でやってよ?」

 サンは目を輝かせてこちらを振り向く。
 ……こういうときに無邪気で嬉しそうに答えるのがサンらしいところか。だからこそ、自然と蜚廉の目にも熱が宿る。
 戦場以外で彼女と競うのは珍しい。とはいえただの勝負ではつまらない。平素から命を賭しているのだ。それならば……心の奥にわずかな愉快さが芽生える。

 「……負けた方が今夜の酒を奢る。どうだ、悪くない賭けだろう?」
 軽く笑いながら提案すると、サンはにやりと笑って応じた。
 「イイじゃん。勝負するなら何か賭けないとイマイチ燃えないからね。勝って、勝利の美酒に酔わせてもらおうかな!」

 さあ勝負の結果は、いかに。



 射的屋台には色とりどりの景品が積み上げられ、光るブレスレット、駄菓子、花火、ぬいぐるみ、そしていかにも落としにくそうな瓶ジュースが鎮座している。

 「我が矢は外さぬぞ、と言いたいところだが……祭りの的はどうだろうな?」

 まず蜚廉が銃を構え、狙いをつけながら息を潜めた。
 彼の手の中に収まる銃は、まるで本物の武具のような雰囲気を帯びる。呼吸を整え、視線は三段目の瓶に定まる。真剣味は戦場と変わらぬが、引き金を引く瞬間には思わず笑みが浮かんだ。

 周囲のざわめきが、ほんの一瞬、遠のいた気がした。

 ――パン。

 引き金の音は乾いていた。だが瓶は落ちなかった。

 「……ふむ、的は思いのほか軽くないな」

 蜚廉が銃を戻す。傍目には何気ない仕草だが、サンの目にはわずかに悔しさが滲んで見えた。

 「じゃ、私の番だね!」

 サンは意気揚々と銃を手にした。銃口をぐいと前に突き出し、背伸びしながら構える姿は、どこか無邪気な子どものようでいて、その瞳だけは獲物を狙う鷹のように鋭かった。

 「射的のコツはねー、こうやって腕を伸ばして出来るだけ銃口を的に近付けて」


 「……こう!」

 パン!

 的の横に置かれた袋入りお菓子が、見事に転がり落ちた。周囲の子どもが「すごーい!」と歓声を上げる。

 「よっしゃ一発! 見た!? これがぶらり殴り旅流・射的術!」
 蜚廉は口角を少しだけ持ち上げ、ぽつりと呟く。
 「見事だ。……どうやら先制点は汝のものだな」
 「へへっ、勝負は勝負! じゃ、次は金魚すくいだよ!」

 この勝負、サンの勝利。



 金魚すくいの屋台に近づくと、水面には赤や白、朱色の金魚たちが、灯籠の光を受けながら優雅に泳いでいた。水面には波紋が揺れ、小さな星々が瞬く夜空のようにも見える。

 「金魚掬いはコツがいっぱいあって! ポイの全面を水で濡らして、あとは水に出し入れするときの角度も大事なんだよ!」

 そう言ってポイを手に取るサンは、得意げな笑みを浮かべる。
 だが――

 ぴしゃっ。

 水面に触れた瞬間、紙が儚く破けた。

 「えっ……うっそ!? は、早すぎた!? むぅ~、さっきまでのコツが全部吹っ飛んだ……」

 手元のポイを見つめ、サンはがっくりと肩を落とす。その姿に蜚廉は小さく笑い、隣に腰を落とすと静かに水面を覗き込んだ。

 「金魚すくいは……力を抑えねばならん。これほど繊細な勝負は久しくなかったな」

 彼はポイをそっと水に沈める。触角が風と水の温度を読み取り、気配を感じ取る。狙うは、一匹の朱色の金魚。その動きを観察し、呼吸を合わせるように、滑らかにポイを差し入れた。

 音もなく金魚がすくい上げられる。

 「うわ、すご……旦那、金魚使いじゃん……」
 「ふ。魚にも通じるものがあるらしい」
 サンがぽかんと口を開け、拍手のように手を叩いた。
 「これで一対一。最後は輪投げで決着だ!」

 2戦目は、蜚廉の勝利。これで1対1となる。



 輪投げの屋台では、光るブレスレットやぬいぐるみ、飴玉詰め合わせの景品が並ぶ。その中央には、ひときわ目を引く金色の鈴が鎮座していた。あの鈴をとれば勝ちとしようと決める。

 「輪投げは……真っ直ぐ投げる?」
 「随分と内容が簡素になったな」

 だって、と笑いながらもサンは小さな身体を目一杯に使い、真剣な表情で構える。ふざけているように見えて、その目には挑戦の光が宿っていた。

 ――一投目。手前に落ちて転がる。

 「んぐ……ちょっと手前だったかー!」

 二投目は力が入りすぎ、跳ねて逸れる。

 ラスト一投。

 「これで決める!」

 気合いとともに放たれた輪は、見事な弧を描いた。だが、わずかに右へ逸れ、金の鈴をかすめて落ちる。

 「うおおおお惜しいっ!!」

 地団駄を踏みながらも、サンは笑っていた。その悔しさすら楽しみに変えるような笑顔に、蜚廉は静かに頷く。

 「惜しいな。良い軌道ではあった」
 「ん~、でも外れたのは事実だし! ……さあ旦那、かっこいいところ見せてくれる?」
 「輪投げは一見単純だが、距離の見極めが肝要だな。」
 
 蜚廉は輪を受け取り、手の中で軽く転がす。重みや反発の感覚を掌で確かめ、そっと一投。

 コトリ。

 輪が台の上に落ち、キャンディの束を捉えた。

「……まずは一つ」

 二投目。今度は金の鈴へ。

 ――すぽり。

 ぴん、と澄んだ鈴の音が響いた。見物していた子どもたちが歓声を上げる。

 「おおおおー!? まじで!? 旦那、やるじゃん!」
 サンが肩越しに声をかける。蜚廉は満足げな笑みで「どうだ」を胸を張る。

 これでサンは1勝2敗、蜚廉は2勝1敗。勝者は蜚廉となった。

 「よーし! 勝者にはビールのご褒美だ! 奢るって言ったし、文句は言わない!」
 「ふむ。では、遠慮なく頂こう」



 輪投げの勝負を終えると、再び賑わう屋台の通りを歩き出した。焼き鳥の煙が鼻をくすぐり、油の弾ける音が耳を満たす。呼び込みの声や子どもたちの歓声が絶え間なく響き、祭りの熱気は夜の帳をさらに鮮やかに染め上げていた。
 
 触角を揺らし、香ばしい匂いや人波のざわめきを受けとめながら、蜚廉の片手には盃。
 
  「……油の匂いが強いな。これは揚げ物か。サン、汝の鼻はどうだ?」
 「焼きそば、焼き鳥、林檎飴にチョコバナナ、わたあめと、それからそれから……!」

 サンは両目をきらきらと輝かせながら、片っ端から食べ物を買い漁っていく。両手にはいつの間にか紙皿や串、包み紙が山のように積み重なり、小柄な身体が食べ物に埋もれてしまいそうだ。

 「揚げ物? くんくん……美味しそうな匂い! それも二つ頂戴!」

 屋台の主に笑顔で声をかけ、また新たな食べ物を手にする。ぐいぐいと蜚廉を引っ張り、次から次へと人混みをかき分けて進む姿は、戦場で迷いなく突き進むときの彼女そのものだった。

 「ほら旦那こっちこっち! 人が多いから迷子にならないようにね!」

 振り返りざまに無邪気に笑うサン。その背を見つめながら、蜚廉は口の端をわずかに緩める。彼女が放つ明るさが、人混みのざわめきすら一層賑やかに感じさせるのだ。

 「……ふむ。あまり買いすぎると、残るぞ。汝が楽しむ分には構わぬが、我の腹はそれほど大きくはないからな」

 蜚廉の指摘に、サンは「大丈夫大丈夫!」と笑って答えながら、歩きながらも器用に串をかじり、荷物を減らしていく。

 「もぐもぐ……これ美味しい! 旦那もこれ食べてみてよ!」

 「これも! こっちも美味しいよ!」

 サンは次々と蜚廉に食べ物を差し出し、蜚廉も断ることなく受け取った。串焼き、唐揚げ、甘味。口に含めば、香ばしさや甘さが酒と相まって広がっていく。
 
 一応、自分の分は控えめにしていた。
 ……万が一に彼女の腹が膨れたら引き受けられるようには。

 「……案外悪くない。甘味も塩気も、酒と合わせればなお旨いものだな」

 盃を片手に喉を鳴らす蜚廉。その様子にサンは嬉しそうに笑い、さらに屋台へと突き進む。彼女の背を追いながら、蜚廉はふと思う。

 (……本当に場を明るくするのは、汝だな)

 戦場では強靭な拳を振るう戦友でありながら、日常では人を惹きつける無邪気な明るさを放つ。その二面性にこそ、彼女の本質があるのだろう。

 「あ、旦那だけ先に呑んでるじゃん! おじさん! 私にもビールひとつ!」

 サンが声を張り上げ、プラコップのビールを受け取る。ふたりは軽く杯を合わせて乾杯した。泡が弾ける音が、賑やかな喧騒に溶け込んでいく。



 やがてふたりは人混みを抜け、静かな土手の縁へと辿り着いた。喧騒の余韻がまだ耳に残っているが、ここには夜風の音と虫の声が広がっている。川面には月が映り、遠くでは花火が小さく弾けていた。

 「ちょっと、はしゃぎ過ぎちゃったかも」

 サンが息を吐いて腰を下ろすと、蜚廉も隣に腰を落ち着けた。夜風に銀の尾葉が揺れる。彼は懐から一本の瓶を取り出す。

 「汝からの贈り物、大吟醸|華胥陽日《かしょはるひ》だ。祭りの締めに開けるのが相応しいと思ってな」
 「あ、そのお酒! 私が誕生日プレゼントに贈ったやつ! 持ってきてたんだ! イイね、開けよう開けよう!」

 華胥の幻夢に咲く花の香り、陽光のごとく輝く神秘の味わいが特徴の大吟醸。    
 ……この世に生を得て、生誕を祝われることなどついぞあっただろうか。
 
 蜚廉が栓を抜き、盃に酒を注ぐ。ふわりと漂う米の香りに、サンは思わず顔をほころばせた。耳に心地よい音とともに注がれる酒は、月光に照らされて淡くきらめいている。

 「良い香りだ……贈り手の顔が浮かぶ酒というのも、なかなかに珍しい」

 盃を掲げる蜚廉。その隣で、サンも盃を手に笑顔を浮かべる。ふたりは静かに乾杯を交わした。まろやかな甘味が舌上をころがり、喉に流れ落ちるころにはまるで幻夢だったかのように爽やかな香りが鼻を抜ける。

 「ふー……楽しかったなぁ。旦那はどう? お祭り楽しめたかな?」
 
 彼女にとって蜚廉は頼りになる戦友である。  

 戦場で自分が迷いなく突っ走れるのは、何かあっても蜚廉がフォローしてくれるからだった。戦場で肩を並べる以前にも良くしてもらったことがあり、そのことも含めて感謝していた。  

 そして親交を深めるウチにわかった事なのだが、どうやら蜚廉はあまり人間の娯楽を知らないらしい。この世にはこんなにも楽しいことがあるのに。だから。いっぱい楽しいことに巻き込みたかった。  
 
 自分が世界に迷っていたときの感謝を。お返ししてあげようと思っていた。

 「ふむ、充分にな。喧しいばかりと思っていたが……汝と歩けば、祭りもまた妙味がある」

 その言葉に、サンは満面の笑みを浮かべ、盃を口に運ぶ。酒の甘やかな香りと穏やかな味わいが、心の奥に染みていくようだった。

 「私が私のまま強く在れるのは、旦那や他のみんなが傍で支えてくれるからだよ。足りないだらけの私だけど、これからもヨロシク。乾杯」

 盃を合わせると、月が揺らめき映る。サンは静かに口をつけ、「美味しい」と呟いた。その横顔を、蜚廉はしばし無言で眺める。

 「……自らは気づかぬものだろうな。汝の力は拳だけではない。声と歩みで人を動かす。その在り方も、汝の力だ」
 「なるほど……もしかして、私って意外と政治家に向いてる?」
 冗談めかして笑うサンに、蜚廉は呆れたように目を細めた。

 「……汝も我と似た口だろう。放浪癖が見えるぞ」
 窘められたサンは、悪戯っぽく舌を出して笑う。蜚廉は盃を傾けながら、静かに月を仰いだ。

 「華胥陽日……良い名だ。夢のような陽の光」
 互いに視線を交わし、盃を静かに重ねる。澄んだ音が闇に溶け、ふたりだけの時を刻んだ。

 遠くで、最後の花火が夜空に開いた。ぱん、と乾いた音がして、ひときわ大きな花のような光が空を染める。サンは目を細めて見上げ、息を漏らす。

 「……綺麗だね。祭りの終わりにぴったりだ」
 「花も月も、散れば終わる。だが、その一瞬を共にした記憶は残る」

 蜚廉の言葉は、戦士の信条のように重く、しかし温かさも帯びていた。サンは笑いながら「難しいこと言うなぁ」と肩を竦める。

 「でも、なんかわかるよ。今日のことも、きっと忘れない。だって、すっごく楽しかったから!」

 その笑顔に、蜚廉は短く笑みを返した。彼女の無邪気な笑い声が、月夜に響いて清々しい。

 盃の中身が尽きるまで、ふたりは言葉少なに杯を重ねた。
 多くを語らずとも、隣にある気配が心を満たす。蜚廉にとってそれは、戦場で背を預けるときと同じ安心であり、サンにとっては、無茶をしても必ず受け止めてくれるという確信だった。

 「ねぇ旦那。これからもさ、いっぱい楽しいことに付き合ってもらうからね!」

 サンが空になった盃を掲げ、夜空に向かって宣言する。蜚廉はその声に応じるように立ち上がり、川面の月を仰いだ。

 「……ふむ。汝となら、どこへでも行けるだろう」

 それは約束ではなく、確認のような言葉だった。戦友として共に歩む未来を、月が静かに照らしていた。

 川風に揺れる草の音、虫の声、遠ざかる祭囃子。すべてが調和し、今この瞬間が永遠のように胸に刻まれていく。

 戦場で拳を並べ、祭りでは盃を並べるふたりの絆は、夜空に浮かぶ月のように、確かにそこにあった。

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