人生の栞のように
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古本屋が本を手に入れる方法は幾つかある。
誰かが本を売りに来たり、自分が求めて購入。
家人の死をキッカケに、蚤の市で蔵書をまとめて売りに出すこともある。
「かなり増えましたね。最初は此処まで増やす気はなかったのですが……」
だが|弥久院・佳宵《びきゅういん・かしょう》(人妖「九尾狐」の不思議古書店店主・h02333)はあまり『箱買い』をしない。だが、興味を轢かれた本を買うだけでも増えていくものだ。
「まあ、これも生きているがゆえに生まれる栞というものでございましょう」
栞という言葉がある。
語源は森に入った者が枝を折り、目印にしたことに由来する『|枝折る《しおる》』という言葉から来ていた。これが修験者や忍者だと、重要であるとか危険で迂回すべしというサインが追加される。
何が言いたいかというと、最初は区切りや分類でしかなかったのだ。
そう言う訳で手に入れた本をザックリ分類して行く。
「この本は私の蔵書にするとして……こちらは被ってしまいましたか。これは売りに出すと致しましょう」
名家の箱入り息子であった佳宵が、外の世界に出て知りたかったことを少しでも知る為の手段。それが書籍の購入であった。だが、ソレはある段階から『被り』が多くなってしまう。
「そうだ……コレは結構使える知識もありましたね。面白い本ですし、どなたかが購入されるかもしれません。取り置きしておきましょうか」
やがて佳宵にとって、本という物は知識の収集から蒐集へ、収集から紹介へと移り変わった。人妖といえどいつまでも変わらないでは居られない。まして箱入り息子であった彼が己の趣味を理解し、深く自認して行くのに時間が掛かるのは当然であったと言えよう。
「確か……こちらの本はお好きな方が何名かおられましたね。……まあ、その辺りは巡り合わせですね。相手の興味もありますし、既に蔵書もあるやもしれません。それに押しつけと言うのは野暮な物。やはり巡り合わせでしょう」
本好きな客は何名も居るし、場合によっては古本屋仲間も居る。
そもそも古本屋のネットワークで欲しい本を探す客もいるし、そう言った客に対して浮いた本を融通する書店同士の付き合いもあった。確か納言だか式部だか、昔の文人の名前を取った組合も有った気がした。もっとも佳宵自身が狩衣を常用しているくらいに古い家柄なので、一族の古老にそれらの話をしたらきっと笑われてしまうだろう。何しろ彼らにとっては古馴染みのエキセントリックな連中でしかなかったはずなのだ。
一族のあれこれに囚われ、外に出る事の出来なかった事はあまり好いては居ない。
だが、古馴染みについて語る古老の話は嫌いではなかった。
世に知られている情報もあれば、本当にそれは当人の話なのかと疑う様な情報もあった。思えばそれが今に至るキッカッケであったのかもしれない。
「す、すみません! ……あ、開けてください! 御願いします!」
「申し訳ございませんがまだ開店してはおり……。いえ、お入りください。いらっしゃいませ。そこは寒いので、よろしければ奥へどうぞ」
佳宵が過去を振り返りながら本を分類していると、急に扉を叩く者が現れた。
最初は逡巡したものの、興味を覚えて店を開ける。
そもそもの話であるが、本が欲しいのではなく近所で何かが起きたのかもしれない。その急な変化を佳宵は受け入れた。
それだけではなく、つぶさに相手の様子を観察する。
人には様々な事情があり、それら全てがその人物を形造る礎なのである。
「すみません。ぼく、僕、この界隈を歩いていたら急に暗くなって。そしたら後ろから大男が追い掛けて……」
「大丈夫ですよ。ここには入って来ませんしね。本でもご覧になってお待ちください。良ければ暖かいショコラでもお出ししましょうか?」
その華奢な子は自分のことを僕と語る、いわばボクっ子だった。
可愛らしい服装でもあったがが、それだけで女性と断定する訳にもいかない。
佳宵自身が幼少期はそうであったように、生命の強い女子だと育てる家系はそれなりに存在するものだ。古神道などは『神の内』を再現するためにあえて異性の服を着せる異装をさせることもある。
思えば佳宵が霊能力を使えるのも、その影響なのかもしれない。
そして彼の趣味が一つの形となって、超常の力を行使させるに至ったのだろう。
やがて佳宵は腰を落としてその子と同じ高さに目線を合わせた。
「ほら。大男なんかいませんでしょう? たいていの場合、それは『●●入道』とかブロッケン現象という勘違いでございますよ。でも、もし本当でも大丈夫です。私にも多少の心得がございますし……お客様にも頼もしい味方がおられるようですね」
「……え?」
佳宵は腰を落とした時に、その子の胸元に握られたナニカを見つけた。
それはお守りか何かのようで、よく見れば他愛のないキーホルダーであった。
「ここれは……お友達が誕生日にくれた……た、たいせ……」
「大切な贈り物なのでございましょう? ソレがあれば大丈夫。きっとお客様を……あなたを守る剣となるでしょう」
その子がキーホルダーに目を向けた時、佳宵はそっと撫でた。
そして心を通わせ、胸元のキーホルダーから……いや、この子とその子の思い出の中から、秘めた絆とそれに由来する力を取り出したのだ!
それは他愛ない玩具が記録した思い出。
ただの言葉と言葉、思いと思いの重なった玩具に過ぎない。
だが、佳宵に言わせてみれば十分過ぎる!
恐怖に駆られた子供を守り、そしてこれから起きる古妖との戦いを乗り切るには十分過ぎる力であった!
「私はこの剣を持って迷いを払います。死しかない運命、それを革命し未来を掴む一歩に替える。それを希望というのでございますよ!」
『おおおおおお!!!!』
その時、ガタガタと音がして、勝手に扉が開いた。
すると扉の影が大きく成り、こちらを目指す巨大な妖怪となった。
だが佳宵の手には光の剣がある。友人の窮地を知れば勇気をもってやって来る、燦然と輝く希望の剣であった!
「あ……あう……あり、ありり……」
「大丈夫でございますよ。悪いモノノケは去りました。あれ?」
佳宵は首を傾げる。その子が顔を赤くして固まっていたからだ。
だが、仕方あるまい。女性と見紛うような美しい人が、それも狩衣を着て光り輝く剣を握っている。その人が妖怪を一撃のもとに倒し、自分を助けてくれたと思えばパニックにもなろう。
だから佳宵は習い性でその先を考察することにした。
腰を落として目線を合わせ、その子の来ている服、言動や視線の向いた本の種類などに思案を馳せる。
「そういえば大切なお友達がいらっしゃるのでございますよね? もしかしたら……既に来店された方かもしれませんね。お電話してから、ここで待ち合わせするのはいかがでしょうか?」
この子が偶然この店の扉を叩いたのか? それより誰かの紹介と言う方があり得る。
人の経験はページのような物であり、人の一生は本のような物であるという。
ならば人々の連なり、出逢いとは本棚のような物ではないだろうか?
「御一緒に本などいかがでございましょうか? きっと良い本がございますよ」
だから佳宵は本を通して人を知り、本を紹介して人を連ねて行くのである。