心に燃ゆるは赤い華
其の|妖怪《少年》は人里に近しい山で生まれました。
ひとりぼっちで、姿こそ人間に近しいカタチでしたが、か弱くて、臆病で、人里に降りることも出来ませんでした。
けれど如何しても人間が気になって、山間から人の街を眺めていました。
此処は見渡せる程広い原とささやかな川があり、山肌は小さな崖になっていて、木々も邪魔せずよく街が見えたからです。
そうして過ごして迎えた秋に、少年は原にぽつぽつと赤い華が咲いているのに気付きました。
少年の目元を隠す位長い髪と同じ、燃える様な赤色。
綺麗だなと思った少年は此の華で原を一杯にしたいと思いました。
なので其れからは来る年も来る年も原の手入れをし、華の株を分けてせっせと景色を赤く染めていきました。
そして漸く見渡す限りの赤い華で景色を染め上げた年、其の人は現れました。
「わっ……凄い、綺麗……!」
突然聞こえた自分以外の声に少年は驚いて飛び退きました。
隠れようにも木立が遠く、慌てていると声の主が少年に気付いたのか謝ってきます。
「嗚呼、御免なさい。此処は貴方の場処なのかしら?」
少年が落ち着いてから恐る恐る話を聞くと、その|人間《少女》は山の麓の街に住む人でした。
此処からも見える程大きなお屋敷に住むお嬢さん。
何時もお付きの人が居るのだけれど、年に数回斯うして抜け出しては彼方此方に出掛けているのだと云いました。
「こんな素敵な景色を観たのは初めて。良ければ来年も斯うして観に来ても良いかしら?」
少年は景色を褒められた事に嬉しくなって、其のお願いにも快く頷きました。
そうした逢瀬を来る年も来る年も重ねて迎えた今年。
少女と呼ぶには大人になったお嬢さんが、華の咲く前に遣って来ました。
そしてお嬢さんは遠い國に嫁ぐ事になったのだと云いました。
お嬢さんも望んでいる婚姻の様でした。喜ばしい事です。
「もう此処のお華を見る事は出来ないかも知れないけれど……また綺麗に咲かせてね。私もずっと此の景色を心に刻んでいるわ」
少年は衝撃の抜けきらない侭ぼんやりと、其れでもお祝いの言葉を返しました。
お嬢さんが帰っていったのを見送ってから、少年は無意識に胸を押さえました。
じんわり、じんわりと胸の中に広がる気持ち。
恋と呼ぶには幼すぎる其れは――淋しさ。
淋しさと哀しさで如何仕様もなくなった時にその〝声〟は囁きました。
『狡いよなぁ……ならいっそ、攫えばいい』
●
「お集まり頂きありがとうございます」
星詠みのリヒャルト・クロンクヴィストは緩く頭を垂れた。
「さて、皆さんは……花を愛でるのは好きですか?」
事件の話を聞きに来たのに、突然の方向転換で貴方は面食らう。
「嗚呼、いえ、事件も大事なのですが先ずはやっていただきたい事があって……」
√妖怪百鬼夜行にいる木霊の少年が古妖の封印を解いてしまったのが大前提。
「其の少年、名前はシュカくんと云うのですが、自分の住む山の一角を曼珠沙華で染め上げているのです」
毎年其れを一緒に楽しんでいたお嬢さんが今年から来られなくなると聞いて、淋しさから衝動的に古妖の声を聞いてしまったらしい。
幸いにも封印を解いた後、少年は正気に戻ったので其のお嬢さんに何かがあったという訳ではないが。
「シュカくんは、古妖の封印を解いてしまった事も気に病んでいますし、折角今年も咲いた華を誰にも観て貰えない事も哀しんでいます」
なので、先ずは一面の曼珠沙華を愛でて、綺麗だなと思ってあげて欲しいのだと、リヒトは云う。
「華を荒らさなければ好きに眺めて大丈夫みたいですよ。……私もお茶を用意してご一緒したかったです」
そして私の分まで楽しんで下さいねと残念そうに笑った。
「シュカくんも初めは知らない人に吃驚して木立に隠れていますが、敵意がないことが分かると出て来てお話ししてくれると思います」
彼自身の話を聞くのも良いし、もしかしたら古妖の封印に関しても何か知っているかも知れない。
どうか、一面の赤い華を楽しんで、彼の哀しみを癒やしてあげて欲しい。
「ともあれ、最終的に古妖は再封印しなければ不可ませんね。其方までお付き合いいただける方はどうぞ引き続き宜しくお願いします」
リヒトは考える仕草でそう云った後、柔らかく微笑んだ。
「――ご武運を」
第1章 日常 『四季折々の花祭り』
●少年の独白
今年も咲き誇った一面の赤い華をぼんやりと眺めながら、シュカは胸を押さえた。
「今年も綺麗に咲いたのに……」
綺麗に咲いた分、隣に誰も居ないのが淋しい。
綺麗だね、と気持ちを分かち合えないのが淋しい。
彼の人が「綺麗」と云ってくれた景色が、自分一人だと分からなくなってきそうだった。
「誰か……」
――彼の人が心に刻んだ景色が、美しいものだったのだと知って欲しい。
「う、うわぁっ、すごい、一面真っ赤です! これって、彼岸花?」
「わんわんわん!」
指定された花畑に到着した見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)と見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)は眼前に広がる景色に気分を高揚させた。
「1輪でも怪しげな魅力があって、存在感のあるお花ですけど、これだけ咲いていると、なんだか燃えてるみたいですね!」
七三子がそっと近くの華に手を伸ばした時、丁度風が吹き抜けて一帯の華が穏やかに身を震わせる。
「うわあうわあ、すごい、風に揺れて、本当に揺らめいているみたい……!」
「わん!」
燃えて揺らめく火の様だ、とうっとりする七三子の足元からハヤタが花畑の中に飛び出していった。
「あっ、ちょ、ハヤタさん、花畑ではしゃぐのはいいですけど、お花は絶対踏んじゃだめですからね!」
ハヤタはたったかと器用に茎の間を駆け抜けて、偶に七三子の方を振り返る。
花畑に興味を戻し、すんすんと鼻を鳴らしながら華の迷路を冒険していると、離れた木立から此方を覗う人影を見付けた。
「……くーん?」
ハヤタは少し考えた後「人だ!」と弾丸よろしく其方へ飛び出していく。
「……えっ? あっ、えっ」
「わん!」
人影――シュカは突然足元に駆け寄ってきた無邪気な毛玉に戸惑った。
どうすれば良いかあわあわしていると、ハヤタの行方を追った七三子にも見付かってしまう。
「はっ。あまりのきれいな光景に、ついはしゃいでしまいました。こら、ハヤタさん、あんまりご迷惑かけちゃダメですよ。……あなたが、この花畑を管理されてるんですか?」
「あっ……えっと…………そう、」
ハヤタに足元を抑えられて逃げられなかったシュカは、動揺しながらも七三子達に敵意がないことを理解して小さく頷いた。
「ここまで圧巻の光景にするには、本当に長く時間がかかったでしょうし、苦労もされたでしょう」
うんうん、とシュカの苦労を慮る七三子の言葉に、シュカはこれまでを思い出した。
「でも、私はおかげでこんなに素敵なものを見られました。えへへ、ありがとうございます!」
七三子の言葉と本当に嬉しそうな笑顔を向けられて、シュカはぱちりと瞬きした後花畑を見遣る。
そしてぽつりと訊いた。
「ここは……綺麗、かな?」
「はい! 綺麗です!」
「わん!」
七三子とハヤタの力強い肯定に、シュカの表情がやっとへにゃりと泣きそうな、嬉しそうな表情に変わる。
「ありがとう、嬉しい……どうか、この景色を楽しんでいって」
シュカの言葉に赤い華も喜ぶ様に揺れていた。
花畑に着いた木邑・零壱(黒き彼岸・h08169)と小弓・佐倉(容易くちぎれ、あっけなく溶ける、綿菓子メンタル少女・h08163)は一面の赤に感嘆の息を吐いた。
「こんな場所があるとはなぁ……幻想的っつーか、素直に綺麗って言えるっつーか」
「……同じお花、川に、数本咲いてるの見たことあるけど……こうやって一面にあると、すごいね。夏にいろんな花畑、散歩したけど……赤い花畑は、初めて」
遠くの木立に例の少年の影を見付けて、小弓は花畑の中を歩み出す。
「ああコキュー、あんま遠くに行くなよ? はぐれちまうぞ」
先を歩いて行く小弓に零壱は思わず声を掛けた。
それを聞いた小弓は花畑の中で振り返る。袂が踊る様にふわりと棚引いた。
「……だいじょうぶ。黒いから、|零壱《れーち》もわたしも、すぐ見つかる、よ」
零壱には解る程度にだけ口元を綻ばせた小弓の表情を見て零壱はサングラスの中で眼を細める。
「……赤の中に黒が入るってのもまた映えるもんだなぁ……」
小さく呟いて、小弓の後を追った。
「お花って、何か意味があるんだよね? 零壱は、このお花の意味とか、知ってる?」
小弓は花を指先でつつこうとしたが零壱に止められる。
「花言葉か」
零壱は少し思い出す様な仕草をしてから答えた。
「『情熱』とか、『悲しい思い出』――有名どころなら聞いた事ある」
「情熱……つよい、気持ちのこと、だよね」
小弓は花言葉を反芻する。視線が自然とシュカの方に向けられた。
「……だから、悲しくなっちゃうんだ。どーでもよかったら、悲しくも、さみしくもならないね……きっと」
「……そうだな。こうして一面に咲かせられるくらいに育てて手入れしたってのは尊敬するよ」
零壱は小弓の言葉に同意して、そのままシュカに近付く小弓を見送る。
「でも、悲しい思い出の花に、したくないよね。……シュカの、綺麗な、大事な、花、だもんね。……あってる?」
小弓はシュカの前で立ち止まって問い掛けた。首を少しだけ傾けて。
「……あっ、と……」
シュカは自分より小柄な少女にも少し緊張しながら言葉を詰まらせる。それでも、彼女の真摯な問い掛けに懸命に答えを探した。
「あってる……大事な花、ぼくが、初めて綺麗だと思った、花……」
「うん、……よかった」
シュカの答えに小弓は頷いて続ける。
「悲しい思い出に、負けないくらい……素敵な思い出の花に、なるように」
情熱があるからきっと出来る、と云う気持ちを込めて。
それを受け取ったシュカは、瞬いた後嬉しそうに笑った。
「うん……ありがとう」
「流石にこんなナリした奴に話しかけられたら委縮するだろうし、声かけるのはやめとくか……」
二人の様子を少し離れた処から見守っていた零壱は落ち着いたらしい様子に安堵して、花畑の方を見渡す。
「だが、古妖が目覚めた以上は安易に放置も出来ねぇ」
何時でも対応出来る様にシュカ含め周囲の警戒を怠らない。
今はまだ静かな花畑で赤い華も静かに佇んでいた。
ファインダー越しに花畑の全貌を眺めた尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)はテンションが上がっていた。
「おおー、画がいいねえ。夕焼けと曼珠沙華でまさに“情緒的”ってやつだ」
画角を変えたり、カメラをパンさせたり、思い付いた画を試す様にあちこち動き回る。
その中でも気に入った画が撮れたのかネルカは思いを馳せる様に眼を閉じた。
「タイトルカードが思い浮かぶよ――血に染まる、は余計か。あの丘の約束、みたいな!」
タイトル候補を脳内のネタ帳に書き込みながら、ネルカは視線をちらと遠くの木立に投げる。
「キミの赤い花も、ちゃんとフィルムに収めてあげるよ」
どんなストーリィになるだろうか、いや、しようかと思考を巡らせる。
「ふふん、咲いた花を見に来る人間は、キミが思ってるより多いんだ。きっかけさえあればね」
ネルカは一旦満足するまで花畑を撮影した後、シュカのいる木立に向かって近付いていく。
「やあやあ、先程から此方をうかがっているキミ。キミがここの手入れをしているのかい?」
「えっ! あ、はい……」
まさか此方に話し掛けてくるとは思っていなかったのか、シュカは慌てた後控えめに頷いた。
ネルカはまず花畑を褒めてから、世間話、そして最近封印が解かれた古妖について、と巧みに話題を変えていく。さながらドキュメンタリーのインタビューの様だ。
シュカから聞き出した話と事前に聞いた話で差異がないことを頭の中で確かめる。
「ふむふむ、淋しさから封印解いちゃったわけか」
ネルカはそう頷いた後少し間を置いて、にやっと笑う。
「ま、ホラー映画なら絶対ここでぶつ切りバッドエンドだね」
「ばっどえんど……!?」
物騒な言葉にシュカの顔が青ざめたが、しかしネルカは安心させる様に高らかに続ける。
「でも大丈夫。ここにいるのは観客じゃなくて“共演者”さ。みんなでラストシーンを撮り切ろうじゃないか!」
自信溢れるネルカの宣言に赤い華も奮い立つ様にさざめいた。
「曼珠沙華って言われるとピンとこなかったけど、彼岸花のことか、え、違う?」
見た事のある赤い華を前にして、天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は自身が知っている方の名称を呟いた。が、不安になってスマートフォンで検索してみる。
「あ、やっぱ一緒か」
その内に曼珠沙華と云う名前の意味が眼に入った。
「へぇ、天界に咲く花かあ。じゃあ父さんと母さんもおんなじ景色見てるかも」
天界と聞いて今はいない両親に思いを馳せる。
スマホを出したついでに写真でも撮っとくか、とカメラアプリを起動して花を画面に納めたら、その向こうに人影を見付けた。赤い景色の中で一際目立つ菫青色。
「……師匠」
「まあ、綺麗な場所ですね……!」
一面の赤色の中、染まらない淡い色を携えてアリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)はくるりと周囲を見廻した。
「こんなにたくさんの花を咲かせるのに、どれだけの時間をかけたのでしょう。……ふふ、きっと会いたい人がいたから今年まで咲かせ続けられたんでしょうね」
此処を世話している木霊の少年の想いを感じて柔らかく微笑む。
赤い華がちらちらと揺れるのを眺めていたら、よく知った声が聞こえてアリスは振り返った。
「あら、ユウキくん」
「師匠も来てたんだ」
「ええ、奇遇ですね……あ」
近付いて来たユウキに笑顔で応じていたアリスは、木立の中にシュカの姿を見付ける。
ユウキに目配せしてからそっと近付いた。
「こんにちは、ここ、とっても綺麗ですね!」
「ふぁ!?」
気を抜いている内に近くまで寄られていたシュカは驚いて声を上げる。
「あら、びっくりさせてごめんない。私はアリスと申します。あなたは?」
にこにこと穏やかに語り掛けてくるアリスの雰囲気につられたのか、シュカも戸惑いながら答えた。
「えっと……シュカ」
「ふふ、シュカくんですね」
答えてくれたのが嬉しくてアリスは笑みを深める。
「あなたが守ってくれるからこの景色があるのでしょう? もう少し眺めていってもいいですか?」
そう云ってアリスが花畑を示すと、シュカも改めて一面の華を見た。
長い前髪の間からぱちぱちと瞬きする様が見えた後、シュカは嬉しそうに頷く。
「うん……うん、好きなだけ、見ていって!」
二人の遣り取りの間にもユウキはスマホを操作していて、何かの投稿画面で手を止めた。
「なあ、ここってSNSにあげても平気か?」
「え、えすえ……?」
理解して居なさそうなシュカに、ユウキはえーっとと噛み砕いて説明する。
「写真、は分かるか? うん、それを世界中の何処からでも見られる様にする、みたいな」
「SNS……ユウキくん意外と現代っ子ですねえ」
アリスはユウキの手元にあるスマホを見て感心した様に呟く。
「私はそういうのよくわかりませんけど、写真に残すのはいいですね」
「こんな綺麗な場所、知ったら来たいと思う人もいると思うし、ネットなら、遠くの人でも写真なら見ることができる」
「ここに、来れなくても、この花が、見れる……?」
「そう、俺じゃ拡散力はないけどさ」
けれどきっと誰かには届くから。
「今年も、来年も、その先も、シュカの近くに、この景色を見に来てくれる人がいるといいな」
そう云ってにかっと笑うユウキに、シュカはぶんぶんと頷く。
ユウキの手の中、瞬間を切り取られた赤い華も美しく咲いていた。
一面に咲いた赤い華を眺めて夕星・ツィリ(星想・h08667)はほうと息を吐いた。
「彼岸花、またはリコリス……色は他にもいくつかあるけれど、此処は赤一色なのね」
ツィリが花畑の中を歩くと赤色の中で銀糸の髪がちらちらと輝く。
開花時期や花の雰囲気からネガティブな花言葉も付けられているけれど、燃える様に一面に広がる赤はただただ綺麗だった。凛と咲いたその姿は気高さも感じる程に美しい。
「記念に写真を撮って今度の家族への手紙に同封しようかな」
この景色を大切な人達と共有したいと思って、ツィリはカメラで何枚か景色を切り取った。
そうして過ごしていると何処からか視線を感じて振り返る。木陰からツィリの方を覗っている男の子。
「あの子が……」
恐らく封印と解いた例の少年だろうと思い、にこっと笑いかけてみる。
「!」
少年はふるふると辺りを見回して、今のは自分に向けられたのだと理解するとおずおずと近付いて来た。
「此処はとても綺麗ね」
ツィリがそう話し掛けると、少年――シュカは、少し間を空けてから嬉しそうに笑う。
「……ほんと? ありがとう」
「貴方はこの場所に詳しいの?」
「ここ、ここは……ぼくが住んでる山で、この花も、ぼくが育てたの」
「そう、素敵な場所だわ」
ツィリは眼を細めて花畑を見遣る。
「そう、思ってくれると、ぼくも嬉しい……」
「そうだわ、この景色、写真に撮らせて貰ったの。私の家族にも見せるわね」
きっと気に入って貰えるわ、と微笑むツィリにシュカは大きく頷いた。
「1人でも花を愛でることはできるけど、自分が素敵と思えるものを他の人にもそう思って貰えるならとても嬉しい。……私はそう思うから」
「ぼくも!」
ツィリの言葉に強く同意したシュカは自身でもその勢いに驚いてちょっと後退る。一息吐いてから言葉を続けた。
「えっと……だから、あなたも……ここが綺麗だと思ってくれて、ありがとう」
シュカの心からの言葉に、ツィリも笑顔を返す。
褒められた赤い華もいっそう誇らしげに咲いていた。
一面の曼珠沙華を見て、水縹・雷火(神解・h07707)は眼を細める。
いつもなら胸の奥が少し苦しくなる感覚を覚えるが、今日はそれが起こらず、代わりに少し温かな気持ちにすらなった。
雷火はその気持ちをもたらしたシュカと話がしたくて木立の方を覗う。そして見付けた人影の方へ歩いて行った。
「え、……えっ?」
「こんにちは、綺麗な花畑だな」
まさか真っ直ぐ自分に向かってくるとは思っていなかったのか、シュカは辺りを見回してから自分に対しての言葉なのだと確認する。
「あっと、えっと……ありがとう?」
穏やかに話し掛けてくる雷火に、怖い人ではないのだろうと判断したシュカは控えめに答えた。
「良かったら少し話さないか? 一緒に花を見ながら」
雷火が手を差し伸べてそう誘う。
シュカは少し迷ったが、おずおずと手を取った。やはり誰かと花を見られるのが嬉しかったので。
「よし、じゃあ行こう!」
シュカがいつも花を眺めている場処があると云うので、二人はそちらに移動した。
腰掛けるのに丁度良い石が置いてあり、花畑より一段高くなっているので座っていても赤く染まった一面とその奥の麓の街まで良く見える。
二人はそこに並んで座って、風に揺れる花を眺めた。
「俺は雷火。お前の名前は?」
「あ、ぼくは……シュカ」
互いに名前を交わして、ぽつぽつとこの花畑について話す。
シュカが此処を作ったこと、どうしてこの花だったのか。
そんな話を聞いた後、雷火はぼんやりと赤い華を瞶めて喋り出した。
「実は俺、あんまり曼珠沙華は好きじゃなかったんだ」
それを聞いてシュカの顔が驚いた表情になるが、声は出さずに続きを待つ。
「うち、ちょっと複雑でさ。物心付く前に亡くなった両親の代わりに叔父一家が育ててくれたんだけど、家の跡取りになりたかった叔父に疎まれてた」
淡々と語る雷火の顔をシュカがじっと瞶めていた。
「ある時、誕生日だからと渡されたのが曼珠沙華。純粋に祝ってくれたのかと最初は嬉しかったけど優しい言葉と裏腹に叔父は冷たい目をしてた」
当時の事を思い出しているのか、雷火の顔から表情が消える。
「後から曼珠沙華には死のイメージがあることを知ったんだ。この花を見ると叔父の冷たい悪意や殺意を思い出してしまう」
「それは、かなしい……ことだね」
シュカは俯いた。
「ぼくには、家族がいないから……ほんとの意味ではわかってないのかもだけど、でも、もし家族みたいなこの山のみんなに、そんな風にされたら、すごく、かなしい……」
シュカなりに共感してくれようとするのが嬉しくて、雷火は微笑む。そして続けた。
「でもこの花畑は違う。すごく温かくて綺麗な色をしている」
此処に来た時の気持ちを思い出す。
「大事なのはきっとその花が持つイメージとかじゃなくて、贈る人の心なんだなってこの花畑を見て思う。これだけ綺麗な花を咲かせたシュカの想いは本当に綺麗なんだなって感じるよ」
心からシュカの想いを肯定してくれる雷火の言葉に、シュカは胸が温かくなって言葉に詰まった。けれど、すぐにくしゃくしゃの笑顔で応える。
「……ありがとう!」
「あ、そうだ! これスマホっていうんだけど写真が撮れるんだ」
そう云って雷火は実際に一枚撮ってみてシュカに見せる。
「わ、すごい」
「こうすれば写真としてずっと残しておける。他の人に見せることもできる。……勿論実際に見るのが一番綺麗だとは思うんだけど、写真って形なら此処にいない誰かにも見せてやれるんだよ」
写真なら、今は遠いシュカの大切な人の処にも届ける事が出来るのだと。
眼を輝かせてスマートフォンの画面を眺めるシュカの姿に雷火は微笑む。
二人を見守る赤い華は優しく揺れていた。
第2章 冒険 『花の迷い路』
●少年の記憶
「花を、観に来てくれて、ありがとう……!」
シュカは嬉しそうに笑って貴方にお礼を述べる。
其の表情に貴方も嬉しくなりながら、しかし大事な〝続き〟について聞かねばならない。
貴方は古妖について改めてシュカに問い掛けた。
「え、ぼくが封印を解いちゃった古妖、やっつけてくれるの……?」
貴方は頷いて、なので古妖自体や封印について何か知っている事はないだろうかと続ける。
シュカはうーんうーんと首を捻った後、はたと何かを思い出した。
「あ、関係あるかは分からないけど……此の野原、ぼくが生まれる前から、何個か小さな石灯籠があるよ」
夏の記憶を辿って、ひーふーみーと数えて五個あった筈だとシュカは云う。
「花よりも背が小さいから今だとぜんぜん見えないんだけど……」
そう云いながらシュカは貴方を連れて花畑の中を先行した。
「多分此の辺りだったような……あ、あれっ? 壊れてる?」
其処には灯籠があったのだろうか、平らな石があるだけだった。
シュカと貴方は手分けして辺りを捜索し、『宝珠』『笠』『火袋』らしき部品を見つけ出した。
順番に組み上げると、花の背の半分程の小さな石灯籠が出来上がる。
「花が咲く前は壊れてなかったと思うんだけど……」
首を傾げるシュカに、貴方は此が封印の要だったのかも知れない、と伝える。
「えっじゃあ……他のも壊れてるかもしれない……?」
シュカは慌てて周りを見廻した。
「う、うーん……ごめんなさい、どこにあるかちゃんとした場所は覚えてなくて……けっこうばらばらだったとは思うんだけど……」
申し訳なさそうなシュカに、貴方は大丈夫と伝える。
まだ確証はないが、可能性は高いだろう。他の石灯籠も探して修復しなくては。
野原には限りがあるのだし、根気強く探せば見付かる筈だ。
シュカがしょぼしょぼの侭提案してくる。
「どうしても見付からなかったら、お花、切っちゃっても、いいよ」
自分に責任があると思っているので致し方ないと思っている様だ。
でもそれは最後の手段だな、と貴方はシュカに向けて苦笑する。
――さてどうするか、貴方は花畑を見据えた。
●追伸
一章から引き続き、または二章からのご参加有難う御座います。徒野です。
二章は冒険パート。
古妖封印の要らしき小さな石灯籠を探して修復する作業です。
難易度は高くないので気楽に探していただければ、と。
成功条件:『残り4つの石灯籠を見付けて修復する』
探索に適した√能力や技能を使うも良し、地道に花を掻き分けるも良し。
捜索方法は自由です。
シュカの許可が出ているので一帯の華を刈り取る事も可能ですが、最終手段なので評価は低くなります。
此の章は似た様な作戦を取られる方、相性が良さそうな方と協力、連携させる可能性があります。
どうしてもソロ、亦は同グループのみでの描写を希望される場合はその旨プレイングに記載してください。
また此の章からプレイングの受付締切は章クリアの目処が立ってから約一日後となります。
具体的な締切は確定次第改めてご連絡します。
それでは、どうぞ宜しくお願いします。
「曼珠沙華をのんびりと堪能するには、ちと出遅れてしまったのぉ」
のんびりと独り言ちた叢雲・孤月(人妖「天狐」の霊能力者・h09069)は石灯籠と赤い花畑を順に見遣る。
「童の心や思い出の詰まった華達じゃ、狩り取れんよな……上手く転ぶか解らぬが、さて」
一つ目の灯籠から少し離れた処で、孤月はそっと呼び掛けた。
「……さぁさ、そこなる者達や。この華を護る為、知恵を貸してはくれぬだろうか」
ゴーストトークにより、辺りに浮かんでいたインビジブル達の姿が明確に結ばれる。場所柄か、小鳥や小動物が多そうだ。
その中でも一番年嵩そうなタヌキが孤月を見上げてくる。
「おお、あのような石灯篭か……平らな石に覚えが無いかの?」
タヌキは孤月が示す石灯籠を見て、考え込んでいる様だったが暫くして申し訳なさそうに最近は見た覚えが無いと答えた。
「よいよい。他に、覚えがあるものはおるか?」
孤月の問い掛けに、数羽の雀たちが答える。目的の物かは分からないけれど、大きな石が転がっていたのは見た事がある、と。
「感謝する、ではそちらに行ってみよう」
孤月は頷いて、赤い華の中を歩き出したが一瞬立ち止まり、ちらと心配そうなシュカに視線を送る。
「お嬢さんとの思い出と同じじゃ。華を生かせばこの騒動もいつか、よい思い出と成るであろう」
その手助けをせねばな、と孤月は亦歩き出した。
「さて、いつもみたいに|戦闘員《イー》さん達を呼んで、と思ったんですけど……えへへ、せっかく綺麗な花畑が台無しになっちゃいそうです。やめておこうかな」
見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は、この赤い花畑で仮面を付けた黒スーツの集団が人海戦術で花を掻き分けている姿を想像する。
効率的には正解かも知れないが、やはり異様な光景になってしまう。他にも頼りになりそうな皆さんもいることですし、と今は止めておく事にした。
「ということでハヤタさん、出番です!」
七三子に呼ばれた見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)はシュカの周りでぐるぐるしていたのを止めて「なんですか?」とばかりに寄ってくる。
「こういう、石の匂いを探したんですけど、お願いできませんか?」
七三子が一つ目の石灯籠を示すと、ハヤタはすんすんとその匂いを確かめた。
「曼殊沙華、匂いの少ないお花ですし……いえ、石はもっと匂わないんですけど! ……こう、違うにおいを探していただいて」
賢明に説明する七三子を、ハヤタがどことなく「もーしょーがないなー」みたいな顔で見上げる。
「焼け石に水かもですけど私も探してみますね。見つかったら呼んで?」
「わん!」
ハヤタは元気良くお返事して、花畑に駆け出していった。
「あら。ならまずは残りの石灯籠を見つけるところからスタートになるのね」
五つの石灯籠、と聞いて夕星・ツィリ(星想・h08667)は考える様に口元に手を遣った。
探しものとなればツィリに思い付く行動は二つだ。
「とりあえず魔法で探してみてダメそうなら地道に探す方に切り替えましょう。あるのは間違いないのなら必ず見つかるもの」
そう決意して、先ずは魔法を試してみる為に花畑の中心に向かう。
深く呼吸を整え、星を想う。そうして探知の魔法を編み上げてみたが、結界とは魔力の系統が違うのか上手く引っ掛からない。
「――いまいちそれらしい反応は……無いわ。修業が足りないということかしら……」
少しだけ無念の感情を抱いて魔法を終熄させる。しかし直ぐに気持ちを切り替えた。
「仕方ない。なら自力で探しましょ」
他にも地道に探している人達がいる様だし、エリアを分けて協力すれば効率も良いだろう。
「花よりも低い位置にあるから咲き誇る彼岸花たちを傷つけないように丁寧に探さなくちゃ」
ツィリはまだ探している人の居ない方の端へ移動して、そっと花を掻き分け始めた。
「石灯籠、か……コイツを全て見つけて直せば、状況打開できる可能性があるってわけだな? 了解、探してみるよ」
「この大きさだと、見つけるの難しいね。|零壱《れーち》も、背高いから、遠くは見渡せるけど…足元見えづらい。……灯篭、気づかずにつまずいても……きっと痛い」
小弓・佐倉(容易くちぎれ、あっけなく溶ける、綿菓子メンタル少女・h08163)は隣に立つ木邑・零壱(黒き彼岸・h08169)を見上げた。
「本当――結構低い位置に備えられているってのがこっちとしては最大のネックだけどよ」
長身の部類に入る零壱にとって、地面近くの物を探すのは負担が大きい。主に足腰に。
「でもせっかくこんなに綺麗な景色までなってんだから、咲いてる花を折るのは避けてぇところだ。勿体ねぇし」
その考えには小弓も同意して頷く。
「だから……【両手】にもお手伝いしてもらうね」
小弓の周りに浮かぶ彼女の護霊、その二つの【手】が返事をする様に上がった。
「丁寧にやるんだよ、折っちゃダメ。シュカと、……お嬢さんが、悲しいから」
小弓は一度視線をシュカに遣った後、また【両手】に向き直る。
「きっと零壱が、どこまで調べたかとかは、わかっててくれるはず。だからわたしたちは、わさわさ、いこう。……いい?」
小弓が首をコテンと傾げるのに、【両手】は頷く様に手を振った後、頑張ろうとでも云う様に拳を作った。
「うん、じゃあ……あっちから、ね」
小弓が【両手】と共に花を掻き分ける背中を見送って、零壱は足元の石灯籠を見下ろす。
「……しっかし。コイツが封印の要ってんなら、置かれている位置にも法則性ってもんがあったりするんかな?」
零壱の呟きに、辺りの探索から戻って来た七三子が答えた。
「……五つあって、離れてた、というなら。そして封印する何か、だったとしたら、えてして五角形の形に配置してあると思うんですよねえ」
七三子の仮説に零壱は頷く。
「嗚呼、陰陽五行的な考えか。……もしくは四方と中央、で五箇所だな」
零壱は手帳に辺り一帯の簡単な地図を書き込み、一つ目の灯籠の場所にチェックを入れた。
「どちらにしても、二つ見つかれば、なんとなく土台の方向は絞れそう、です? ……あっ」
七三子の視線が動いた先で、黒い影が駆け抜けるのが見えた。
どうも、小弓の【両手】が掻き分けた花の道をハヤタが「ここ広いです!」とばかりに走り抜けている様だ。
「こらっハヤタさん邪魔しちゃダメですよー!」
「あー嗚呼、大丈夫、|コキュー《アイツ》動物好きだから」
七三子の視線の先を追って状況を理解した零壱が宥める。
「なら、いいんですが……」
小弓はハヤタを微笑ましげに見て、「一緒にさがす?」とお誘いしている様だった。
それを見てほっとした七三子と、灯籠の話を再開しようとした零壱の足元から声が聞こえる。
「ふうん。封印の小道具ってわけか。壊れたままだと物語が途中で途切れちゃうねえ」
小さな石灯籠を指で軽く叩いているのは尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)だ。
「わっ!?」
先程までは居なかった様な……と心臓をドキドキさせている七三子を余所に、ネルカは立ち上がって花畑をぐるりと見渡す。
「次の場所は、んー、だいたい見栄えのいい場所にあるんじゃないかい?」
「見栄えのいい場所?」
零壱の疑問にネルカはそうだな、と首を捻る。
「風の通り道とか、光の当たる所とか――なんか“画になる”場所ってあるだろう? そういうとこに、人はモノを置きたがるものだよ。封印もきっと同じ理屈さ、うんうん」
後半はネルカの「イイ感じの場所で撮影したいな」的希望が漏れている気もしないが、可能性はゼロではない。
「ほら、あっちとか怪しそうだ」
ネルカがそう云う間に、花の間から凶悪そうなコウモリたちが多数出現し空へ舞い上がる。|殺人コウモリ 襲来の夜《デスバッツ・ナイトアタック》だ。ネルカはコウモリ達に超音波でそれらしき物体を捜索させる。
「せっかくの背景がもったいないからねえ。なるべく踏み荒らさないよう“空撮”といこう!」
「わあ……!」
一面の赤の中を飛び回るコウモリを見上げながら、七三子は自分が戦闘員さんを呼ぶより凄い光景になったなぁと遠い目になる。
さながらホラー映画の導入シーンだ。
「んん? 反応が多いな……精度はあまりよろしくないようだ。だが何かはあるに違いない」
そう云ってネルカは零壱の手帳の地図に、反応があった場所をネイルに彩られた指先で示していく。
「嗚呼、でも絞ればなにか見えてくるかもしれないな」
「私見てきますね!」
駆け出していく七三子の背を零壱とネルカは見送り、二人もそれぞれ別の場所を確認しに向かった。
「捜索とはいえせっかく綺麗に咲いた花なんだから、切ったり傷つけるような真似はしたくないよな……」
辺りの花を見廻して、水縹・雷火(神解・h07707)は頷いた。
『――飛んで耀け、夜半の蛍』
雷火の詠唱に応えて|螢火《ホタルビ》が舞い上がる。螢の式神達は淡く光りながら花の間に広がっていった。
「式神頼りなのもかっこ悪いし俺も一緒に捜索しよう」
雷火自身も花を踏み荒らしてしまわぬ様に、そっと移動しながら花の間を掻き分けていく。
「やっぱり綺麗だよなー、この花畑。こんな状況じゃなきゃ楽しめたんだろうけれど……」
まさか曼珠沙華に対してこんなに前向きに向き合えるとは思っていなかった。
「まぁ今そんなこと言っても仕方がないか。よーっし! しっかり仕事しなきゃだな!」
早く仕事が終われば亦時間が取れるかもしれないし、と雷火は捜索に集中した。
「……何だ……?」
ファウ・アリーヴェ(忌み堕ちた混血・h09084)は突然眼の前に現れた景色に声を漏らす。
彼は星に導かれた訳ではなく、散歩に入り込んだ山を適当に歩き、木々の途切れた先に真っ赤な水平線を見て、思わず近付いた偶然の来訪者だ。
美しく咲く沢山の華、此の規模は初めて見るのにどこか懐かしさを感じて見惚れるのも束の間に、先客の多さに目を丸くする。
「凄い、な……!?」
更には、彼方此方でコウモリが飛んだり螢が飛んだりしている。
何かをしているようだが皆目見当が付かなくてファウは近くにいた螢連れの少年に声を掛けた。
「あの……此は何をしているんだ?」
「え? 嗚呼、古妖を再封印する為に壊れた石灯籠を探してるんだ」
事情を知らない者に声を掛けられるとは思わず雷火は少し驚いたが、ファウも√能力者であることに気付くと簡単に事情を説明する。
「お、ちょうど螢が目当てを見付けたみたいだ」
雷火に誘われて、ファウは後を付いて行く。その途中でもう少し詳しい事情を聞いた。
「こんな感じで石灯籠が壊れてるから、皆で探して修復してるんだ」
一見唯の平らな石だが、此が土台で周囲に部品が散ってしまっているらしい。
雷火は他のメンバに台座を一つ見付けたことを報告すると、まず近くにあった部品も一つ見付けて持ってくる。
「俺も直すのを手伝っても良いか?」
「もちろん!」
雷火が部品を見つけて、ファウがそれを組み上げる。
その作業の傍らで、ファウは此の花畑を作ったシュカのことも聞いた。
「人間への興味が切欠か」
ファウは顔を上げて咲き誇る曼珠沙華の先に見える街を見る。この景色を見た時に去来した望郷の念は、強い憧れを感じたからかもしれない。
そんな事を考えていると、他の場処からも台座発見や修復完了の声が上がる。
――どうやら、五つの灯籠が出揃ったようだ。
「結果的には五角形でしたけど、ちょっと歪でしたね」
「手伝ってくれて助かったわ」
ネルカの探知結果を確認しに行った七三子と、その近くで探索していたツィリで一基。
「うーむ、生前の姿を取り戻す死者……使い処はありそうだ」
「お前様の蝙蝠もなかなか見応えがあったのう」
同じく確認に行ったネルカと、雀に案内された孤月がばったり同じ場処で落ち合い一基。
「ふふ、宝探し……楽しかったね」
「わん!」
「いや、楽しんだんなら良いけどよ」
先に見付かった場処から予測を立てて小弓とハヤタを連れた零壱で一基。
そして雷火とファウが一基。
最初に修復した石灯籠を含めると五基凡て見付かったことになる。
「此で、最後だ」
五基目の石灯籠に宝珠を載せ完成させると、何処からともなく神楽鈴の音が響いた。
「!」
灯籠に一瞬だけ白い焔が灯って消える。
「正解だった……と云うことかしら」
ツィリがゆるく首を傾げる。
「此で古妖が……?」
不安げなシュカの頭に手を載せて孤月は柔らかに微笑んだ。
「後は安心して任せておれば良い。……封印を解いてしもうたとはいえ、お前様の抱いた感情は、決して悪ではないからのぉ」
「よし後はシンプルに古妖とやらをぶん殴るだけだ。覚悟してろよクソ古妖」
雷火は自らの掌に拳をぶつけるポーズでやる気十分だ。
――とは云ったもののどうしたら良いのか、の空気が流れた一瞬、突如ぐわん、と不快な歪みを伴って空間が揺れた。
第3章 ボス戦 『葬車の火女』
●女の情念
『ああああ、アンタ達……余計な事をォ……!』
歪みと共に現れたのは葬車の火女だ。
恨めしそうに貴方達を睨み付け、最後にシュカを見付けると火車の炎を燃え上がらせる。
「ぴっ……!」
シュカは封印を解いてしまった時の恐怖を思い出しているのか強く眼を閉じて後退った。
貴方はシュカを背後に隠しながら葬車の火女を見据える。
よく見ると、出て来た時の勢い程の強さは感じられない。
灯籠を修復した影響だろうか、葬車の火女の動きは鈍く見えた。
貴方は強く拳を握る。
――此奴を倒せば、此の事件は解決だ。
●追伸
引き続き、または此方からのご参加有難う御座います。徒野です。
三章はボス戦パート。
此のボスですが、二章で封印の要の修復に成功しているので、『ボスのステータスが半減』している状態となります。
ボーナスステージですね。
亦結界の作用で空間にズレが生じているので激しい戦闘を行っても花に影響はありません。
助かりますね。
シュカは自主的に避難しているので特別気に掛ける必要はありませんが、一緒に避難・守護したい等のプレイングも可能です。
此の章は基本的に参加者全員での共闘を予定しております。
サポート系能力での参加も歓迎です。
どうしてもソロ、亦は同グループのみでの描写を希望される場合はその旨プレイングに記載してください。
申し訳ありませんが受付前に頂いたプレイングは一度流させていただきます。
もしご参加いただける場合はお手数ですが再度プレイングをお送り下さい。
プレイングの受付締切は章クリアの目処が立ってから約一日後となります。
具体的な締切は確定次第改めてご連絡します。
それでは、どうぞ宜しくお願いします。
怒りと苛立ちを顕わに、然し何処か不安定な葬車の火女に√能力者達は怯んだりはしない。
「……は、『余計な事』とはずいぶん言ってくれるじゃねぇか」
木邑・零壱(黒き彼岸・h08169)は不敵に笑う。
「古妖の封印を再び行おうとするのは、|√百鬼《ココ》じゃ当たり前のことだろう?」
「そうよ、余計なこと? その言葉そのままお返しするわ」
零壱の言葉に夕星・ツィリ(星想・h08667)も続いた。
「貴女、彼を唆して封印を解かせたじゃない。それは余計なことじゃないというの?」
『当たり前だ……アタシが、アタシが……!』
火女の最初の勢いに驚いて零壱の背後に隠れていた小弓・佐倉(容易くちぎれ、あっけなく溶ける、綿菓子メンタル少女・h08163)も、改めて火女を確認して頷く。
「でも……このくらいなら……わたしの【両手】の火の方が強い」
小弓の言葉に呼応して、【両手】の火が一層燃え盛った。
「主演女優の登場だ。本調子じゃなさそうなのは残念だけど、シャッターチャンスは待ってくれないからね!」
尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)は待ってましたとばかりに、両手で指フレームを作り火女を覗き込む。
「ふうん? その骸、君もゾンビ好きかい?」
スライドして小弓の【両手】もフレームに含め、良いエフェクトだと満足そうに頷いた。
対してファウ・アリーヴェ(忌み堕ちた混血・h09084)は表情を引き締める。
弱体化している様子とはいえ、自身にとっては侮れば危険な相手であると判断したからだ。
「俺は俺の出来る事を。……全力で」
決意を言葉にして、警戒を表す様に長い耳がピンと火女を正面に捉えた。
「……なんかちょっとしんなりして……。あ、なるほど、うまい事封印が作用したんですね。よかった」
火女を観察していた見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は首を傾げた後、灯籠の効果に思い当たって合点がいった様だ。そんな彼女から少し離れた処で。
皆が火女と対峙しているのを余処に、見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)は水縹・雷火(神解・h07707)に夢中だった。
「わうう、わん!」
「……えっ犬? なんでこんなところに犬がいるんだ? よしよし良い子だな」
ふんふんと熱心にブーツの匂いを嗅ぎ、遊んでくださいとばかりにキラキラした眼で見上げてくるハヤタに雷火は思わずしゃがんで頭を撫でてやる。
「いやっそうじゃなくて今それどころじゃなかった!」
ハッと正気に戻って立ち上がる雷火と、|飼い犬《ハヤタ》の声が遠くから聞こえて振り返る七三子と、空気を読んでしゅんとするハヤタ。
「う、うん? ちょっとハヤタさん、どうしましたか、危ないですから、ちょっとシュカさん連れて、離れていてくださいね」
「くーん……、わん!」
「わっ、」
気を取り直してお願いされた通りにハヤタはシュカの袂を引いて皆から離れようとする。
「ええと、すいません、ハヤタさんが絡んじゃって……」
「あ? あの犬の飼い主か? いや、構わないけど……危なくないか?」
自由な飼い犬の行動に謝る七三子と、ちらちらハヤタの方を振り返る雷火。
「大丈夫なのか? 何かに巻き込まれたりとか迷子になったりとかしないならいいんだが」
「大丈夫です! いざとなれば、ハヤタさんは鍛えてるので、ちゃんと自分で帰って来られますから!」
むんと七三子の真っ直ぐな視線に、それは巻き込まれたり迷子になったりはしてるのでは、と思いつつ雷火は「大丈夫そうなら、まぁいいか」とだけ答えた。
「とりあえず色々考えるよりも先にあいつをぶっ飛ばさないといけないよな」
『アンタ等……!』
何か云い掛けた火女の前に天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)が立ちはだかる。
「でてきたな、古妖! シュカの気持ちに付け込んだお前を、俺達は元に戻すだけだ」
シュカを避難させようと横目で其方を窺ってから、「えっ?」と二度見して振り返った。
「何で犬が……? と、とにかくシュカもそこのワンコも遠くに離れて!」
予想外の出来事に動揺している|弟子《勇希》を微笑ましげに眺めてから、アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)は火女に向き直る。
「敵は弱体化している様子、みなさんが石灯篭を修復してくれたおかげですね。そちらには協力できませんでしたが、その分戦闘で頑張りましょう!」
ロッドを構えるアリスを見て、勇希も仕切り直してアクセプターであるベルトに|属性宝石《エレメンタルジュエル》を填め込み、ヒーロー姿へと変身した。
「……お花も、守られてる?」
歪みを感じてから自分達や火女が華に干渉していない事に気付いた小弓が【両手】に語り掛ける。
「今度は、力一杯、やって大丈夫」
主からお許しを貰って、【両手】は今度こそ〝戦う為〟の火力を宿した。
「結界か……ならば好都合だ」
此処が戦場になると花畑に被害が出るのではないかと心配していたファウが内心胸を撫で下ろす。
それぞれが戦闘態勢に入る中、零壱は改めてシュカに視線を寄越した。
「――シュカ、つったか。アンタは一旦退きな。こっから先は荒事になるからよ」
ついでに「シュカの事頼むぞ」とハヤタに声を掛けたら「おまかせください!」とばかりに元気の良い返事が返ってきた。
そんな『ふたり』の元に小弓も小さく駆け寄る。
「……シュカ、一緒にいよ。わたしも、自分じゃ戦えないから。……よろしく、ね」
「わん!」
最後、小弓がハヤタに目配せすると、ハヤタは返事をした後先導する様に駆け出した。
「いくよ」
「わ、わっ……はい!」
小弓はシュカの手を握り、鬼火ターボブーツでそれを追い掛ける。見る間に『さんにん』は火女の射程圏外へと退避した。
それを確認して零壱は刀に手を掛ける。刀を抜く際に刃を握り、自身の血を刀身に纏わせ|竜魔招来:漆黒の彼岸《リョウマショウライ・クロノヒガン》を発動させた。
右手に刀、左手に銃を構えて挑発する様に指を振る。
「さて、遣り合おうか」
『アンタ達……お巫山戯は此迄だよ……!』
火女が憎々しげに喚く後ろで、女の伴う火車の炎が勢いを取り戻す様に燃え盛っていた。
「……おみずとかかけたら、|効き《じゅって言い》そう……」
七三子の素直な感想にアリスが同意する。
「ええ、敵が炎を操るのなら、私がそれを消しましょう」
アリスが取り出した魔法宝石の欠片を砕くと、それ等から魔力が溢れて周囲に満ちていく。魔力が充分に満たされたのを確認してから本命のサファイアを取り出した。
「――サファイアよ、彼の者を水で清め祓い、仲間には月の祝福を与え給え」
詠唱と共にそれを砕くと、清らかな水の弾丸が火女目掛けて撃ち出される。
それは火女が同時に撃ち出した黒く濁った火炎を打ち抜き、女自身へも三日月の様な水刃で斬りかかった。
『小癪な……ッ』
|師匠《アリス》による戦闘力強化を受けながら、勇希はジュエルブレイドに炎の宝石を嵌める。
「火には火をぶつけて、灰になるまで燃やしてやる!」
『フレイムジュエル』
剣は嵌められた宝石に呼応し|炎纏う剣《ジュエルブレイド・フレイムフォーム》へと姿を変え、勇希はその侭火女へと斬りかかった。
「シュカは寂しかっただけだ、でも一人じゃない。優しいこいつは大切な人を傷付けるつもりなんてないし……お呼びじゃないんだよっ!」
女も咄嗟に火車を纏うが、既に勇希は女を視界に捕らえている。振り下ろされた勇希の剣は女の火車の一つを焼き斬った。
『ぐっ、ァ!』
「ユウキくんの言う通りです。あなたの炎は、この曼殊沙華の景色には似合いません。今一度、封印させていただきますよ!」
再度後方でロッドを構えるアリスに、ネルカは頷いた。
「だよねぇ。ゾンビと云い、自前で画面に花を添えてくれるとはありがたいが……この花畑を見て思ったんだ、今回はメルヘン路線で行くべきだってねえ!」
何処からともなくクラッパーボードの音が響いて、ネルカの元にウサギやクマなどのぬいぐるみ達が集結する。もふもふとした一見可愛らしい姿で火女を取り囲むと、次の瞬間、笑う口には鋭い牙が、持ち上げた手には凶悪な爪が、後ろ手からはナイフが飛び出した。
「ふふ、どれが一番お好みだい?」
笑うネルカの言葉と共にぬいぐるみ達が一斉に襲いかかる。
『くそっ……邪魔だよ!』
火女は足許の骸を悪霊に変えて応戦するが、どうしても物量に押し負けてしまう。
その姿をカメラに収めながらネルカは喝采した。
「背景は花。炎の照明に、飛び散るハラワタ……いや、中綿! 主演は復讐の幽霊――うん、いい構図じゃないか! あとはちゃんと〝クライマックス〟を作らないとねえ!」
〝その時〟を収めるべくカメラを構えた侭のネルカの横を七三子が駆け抜ける。
「手数が効くなら……ッ!」
|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》の一撃目としてナックルナイフを握り込んだ拳が、ぬいぐるみに注意を取られていた火女の背面に叩き込まれる。
『ガ、ァッ!』
「もう一回っ!」
二撃目は二回攻撃として続け、体勢の崩れた火女へアッパーを打ち込んだ。
「すげぇ……肉弾戦スタイルなんだな」
そんな怒濤の戦闘を少し後方から見ていた雷火が感心した様に声を漏らす。
「俺もあんな風に気持ちよくぶん殴ってみたいが、体力があまり持たなくて逆に迷惑をかけてしまいそうだからな……」
自身の弱点を苦々しく思いながら、ならば出来ることをやるしかないな、と開き直って雷火は詠唱する。
「――天を趨れ雷霆よ、常闇を穿ち祓え」
発動した|神解《カムトケ》は神々しいまでの稲光を伴い、火女の身体を天雷で貫いた。
『お、のれ、おのれおのれおのれ!』
呪わしげな声と共に火女が逆葬を発動しようとするのを、|霊剣術「散華霈然」《サンカハイゼン》で霊気を纏っていたファウは見逃さなかった。アリスと自身の強化が重なったファウの方が、力の減衰している女より遙かに速い。
「斬り伏せる」
悪霊へと変わろうとした骸を両断し、火女の注意を自分へと向けた。結界のお陰か、強い力を振るっても華に影響がなさそうで安心する。
「こんなにも美しい彼岸花をみることができる機会に巡り合えたことには感謝しているけど」
ファウが火女の視線を逸らした対角で、ツィリが自身を飾っていた青い花を手に取り、本来の姿の魔導書に戻した。
「魔法の力をどうぞ味わって!」
ツィリは指揮者の様に優雅に指先を振る。
「貴女を最も傷付けられる贈り物を差し上げるわ」
発動したオーメンスフィアの影響で、ツィリの手元から魔導書が消える。
〝それ〟は上空から火女の脳天目掛けて落ちて来た。
『……ヴッ』
「あら、やっぱり魔導書って痛いのね」
手元に戻って来た魔導書を抱えてツィリは小さく微笑んだ。
そして更に動きの鈍った火女の火車を小弓の【両手】が正面から捕まえる。
「お花畑に負けないくらい、いっぱい強火で燃えていいよ」
小弓の言葉に応える様に、【両手】は薄紅から紫へ揺らめく美しい炎を大きくさせた。|妖炎烈化:鬼火双手の大炎舞《ヨウエンレッカオニビソウシュノダイエンブ》で【両手】は火車を握り込み、握り込み、握り潰す。
火車を失いふらつく火女に、零壱は息つく間もなく距離を詰める。
「――正直、アンタの見た目が女性だからこっちは攻撃に躊躇うものがあるけどよ。四の五の言ってられねぇんだわ」
サングラス奥の赤い瞳が鋭く光った。
「だから、さっさと散れ。そんで大人しく封印されろ」
黒紅の焔を纏う一閃、【銃囮剣戟:天破地斬】が火女の身体を両断する。
『こんな、こんなことが……ゆるさん、ゆるさ……』
女は擦れる恨み言を喚きながらその身を崩し、塵の様に消えていく。
「……最後まで煩い奴だ」
零壱が納刀すると同時にそれは完全に消え、歪みが正される感覚を覚えた。
「終わった……?」
「ヒュウ! 最高に盛り上がるクライマックスだったじゃないか!」
清々しい風が吹き抜けるのを受けて誰ともなく呟いた声に、ネルカが声を上げる。
「まだだよ。まだ〝エンディング〟が残ってるからね」
●
「皆さん、その……ぼくの所為で、ううん、ぼくの為に、たくさん、ありがとう……!」
皆に囲まれて気恥ずかしそうなシュカは、手をもじもじさせながら一度謝ろうとしたのを止めて、感謝の言葉に変えた。
「お礼を云うのは私の方。こんなに綺麗な花を咲かせてくれてありがとう」
「そうだぜ! 綺麗な花も見れたし、シュカのこと助けられて良かった!」
優しく微笑むツィリと、快活な笑顔で真っ直ぐな言葉をくれる勇希にシュカは顔を赤くして首を振る。
「この綺麗なお花畑を守れて良かったです!」
「わんわん!」
「うん、此で曼珠沙華にも良い思い出が出来たし……次は此の景色を思い出すよ」
本当に嬉しそうな七三子と、優しい眼差しで華を見る雷火にシュカも心が温かくなった。自身の足元を駆け回るハヤタにも笑い掛ける。
「あなたが守ってくれたこの景色を、私達も守りたいと思ったんです」
「来年もこの時期に曼珠沙華を見に来るよ。だからまた、綺麗に咲かせて欲しい」
同じ気持ちなのだと伝えてくれるアリスと、次の約束をくれるファウにシュカは強く眼を瞑って頷く。
「シュカの、綺麗な……大事な、花。……素敵な思い出の花に、なるよ」
「古妖も再封印出来たし、気にするなって云うのも違うが……多分お前はもう大丈夫だよ」
そっと手を取る小弓と、大きな手で頭を撫でてくれる零壱は二人共シュカを信じてくれる。
それが嬉しくてシュカは小弓の手を握り返し、零壱の手の感触を眼を閉じて享受した。
そんな皆の様子をフィルムに収めたネルカもまた、満足そうにシュカに答える。
「此方こそ、撮影協力感謝するよ。良いじゃないか、ハッピーエンド! 此を求める観客も多いからね」
それを聞いたシュカの笑顔を収めて、録画を止めた。
――赤い華は、変わらず美しく咲き、風に揺れている。
●少年の喜び
嬉しい、嬉しい、嬉しい。
こんなに沢山の人が。
ぼくの為に。華の為に。
綺麗なのだと。美しいのだと。
知ってくれた。教えてくれた。
ありがとう。ありがとう。
貴方達が蒔いてくれた種が、きっと芽吹く。
――来年も、きっと美しい花が咲く。