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明日なき街に夜明けを
●オープニングセレモニー
国土の、領土の外縁、未踏の大地。そこは人の手つかずの大自然と√ドラゴンファンタジーの原風景が残る、自然との最前線。
城塞都市から警邏の任を任されていた小隊は目撃する。視線の先、大森林の奥地に大量の蠢く|武装《・・》したモンスターの軍団が居ることに。
|人型の小鬼《ゴブリン》、その数およそ……。
●城塞都市にて
城塞都市カナンは北方には山、西方は河川の向こうに大森林があり、日々モンスターの脅威を退け、ダンジョンへの道を切り開き、冒険者の宿場街として栄えている。
だが、そんな都市の司令部は報告を受けてざわめいていた。
「馬鹿な!3万の群れだと!?」
前代未聞の数字。将校たちは驚きを隠せずにいた。
そしてなにより、最近流出した竜漿兵器を装備してゴブリン達が進軍しているという報告。
「竜漿兵器で武装している以上、自然発生ではありえません。背後に何者かがいるのは確実かと」
「だろうな。追加の偵察部隊を出せ、残りは迎撃準備だ。陣地を構築しろ。それと王都へ連絡を」
大隊長は部下を一喝し事態に対抗するため王都へ援軍の要請を送り、迎撃の準備をさせた。
夜、煌々と大量の燃料を使い、城塞都市の全方位で篝火を焚いて死角を無くし兵5千による厳重な警戒体制を敷いていた。
敵の攻撃は典型的な夜襲だった。深夜、大きなゴブリンの瞳は闇の中でもよく見える。
ゴブリンの大群を√能力による砲撃、陣地と罠、縦深を使いながら後退しつつ守り切る。幸い奇襲は事前に察知し地の利もこちらにある。これなら、辛うじて日の出まで耐えられる。そして日が出れば一転してこちらの有利だ。城塞から長射程の武装で打ち下ろせるようになるからだ。
だが、敵を一切侵入させていないはずの都市で爆発が起こる。そして、異変は司令部でも。
剣に貫かれて、崩れ落ちる大隊長以下数名。
司令部を強襲したのは|部下達《・・・》だった。
「貴様ら……何をして……」
貫かれ息絶える間際、そのからくりを目撃し、悔恨の表情を浮かべる。
敵はゴブリンだけでは無かったか。だが、どこから……そう最後に思考する事しかできなかった。
遠くから眺める者が一人。
「くっくっく。存外うまく行ったなぁ。これなら竜漿を集めて転戦できそうだ」
くつくつと笑いながらそう呟くと傍らに控えるゴブリンに何事かを命じる。
「竜漿を可能な限り回収しろ。ここは数ある標的の一つに過ぎない」
それだけ語るとその者は姿を消した。
この日、街一つが地図から消えた。
●とある喫茶店にて
ゾディアックサインとその顛末を語ると和田・辰巳(h02649)は頭を下げた。
「どうかお力をお貸しください。小さな領地ですが、多くの人々が暮らしています。彼らの暮らしを守る為、敵を撃退していただきたいのです」
辰巳はそう語ると地図を取り出す。
「こちらをご覧ください。城塞都市は頑丈な城壁に守られており、城壁そのものを打ち壊しての侵入は見受けられませんでした。今回の星詠みでは、城壁が破られる事は無いと断言しておきます。
また、ゴブリン達は自動詠唱剣を装備しています。数もさることながら、武装においても街の兵士達並みです。十分に注意を」
街の四方には出入りの為の門があり、辰巳はその四方を指差して。
「今回戦闘が発生したのは北、南、西の三方向。これは敵が北西の森から攻めてきているからでしょう。東は王都側、つまり人間の街へと続く道です。ここも今回は最後まで無事だったので敵は来ないと考えてください。
北は平野、見通しが良いですが、どちらも逃げ隠れできません。河から街へと水を引いている水路があるのでその一帯は緑が多いです。少人数なら遮蔽となってくれるかもしれません。
西は河に面しており、敵は河を渡って攻め行ってきます。ここが最も数の多い戦場です。こちらに向かう場合はお気をつけて。
南は沼地です。足を取られやすく、移動は厳しいでしょう。また、街から下水路があるのもこの方角です。難地形での戦いになります。
いずれも【夜】の戦いです。門から150mほどは陣地が敷いてありますが、皆さんは前に出てゴブリンを殲滅、兵士達の被害を軽減してください。
また、余裕がある人は侵入経路を特定してください。戦場での索敵行動が|次《二章》の戦況を変える可能性があります。
手始めに街一つ、救っていただきたいです。
皆様のご武運を祈ります」
これまでのお話
第1章 集団戦 『ゴブリン』

古来、人間は陸から偵察し、建築技術が向上すれば櫓や城壁から眺め、その高度によって三次元的視界を手に入れ広く遠くまで防衛できるようになった。
それでもなお、空からの視界は古代を生きる者にとっては神の視座に等しい。
そんな、街が潰されるなんて…!
「すぐに助けに行きます!」
星詠みを受け、深紅の制服に身を包み駆けつけた少女がいた。椿之原・希(慈雨の娘・h00248)は件の街に着くと、すぐに兵士たちがあつまっている場所に合流した。
「はじめまして、私は椿之原希と言います。皆さんの手助けになるよう助力に来ました」
ぺこりとおじぎをして自身の援軍としての立場を表明する。
「おぉ、ずいぶんと若いのに立派な嬢ちゃんだ。助かるが……流石にその、娘っ子を戦場に立たせるのは気が引ける。何ができるんだい?」
壮年の兵士が代表して応える。
「空からの強襲が出来ます。無理はしません」
「そうか、そりゃあ、いいな。あい分かった。戦場は?」
「南に行きます」
「歩兵から伝令を一人選出しろ。航空支援の連絡だ。希の嬢ちゃん、南の奴らをよろしく頼む」
「はい!」
兵士達との打ち合わせは成った。
「『あられ』は箒形態に変形してください!『しずく』はレイン起動、私に随伴してください!」
無機質な浮遊砲台が少女の心に応えるように形を変える。銀色の箒の形に変形したファミリアセントリーに跨り、レイン砲台を伴い赤い制服の少女は空へと飛んでいく。
城壁を飛び越えてさらに上空。火が焚かれ明るい街から離れるほど、暗く深い闇に包まれる。
だが、確かに蠢く人影、そして街の灯りを反射して煌めく双眸が確かに視界に写った。
十、百、千……それよりも沢山。恐らく、3千強。莫大な数だった。
その一部は既に陣地で構える兵士達と戦闘を開始している。現状は盾と槍を構えた兵士たちが優勢だが、内に入られれば兵士達にも被害が出てくるだろう。
「もう少し耐えてくださいなのです」
そして沼地の分布は概ね把握できたようだ。門に向かって侵攻している為中央の密度が上がっていたのだ。狙うならここだろう。
空から相手に気づかれていない状態でのファーストアタック。状況は希にとってかなり有利なものだった。
敵の後方に回り空から急降下。【決戦気象兵器「レイン」】を発動する。結晶型レイン砲台『しずく』が明るく輝き、深紅の制服が浮かびあがる。
「お願い!」
希の呼びかけに応じて 『しずく』から無数のレーザーが射出され、大地を、敵を燃やす。
敵の頭上を飛び、再び上昇軌道へと移るその最中。レインの不規則な光源に照らされて何もないはずの場所が歪んで見えた。
進軍する敵の中央に風穴を空け大きく勢いを削いだ希は南の陣地付近まで戻ると適宜援護しつつ、違和感から警戒を強めた。
相手がどんな卑怯な手を使っていたとしても。
「絶対に守ります!」
大群が滞りなく進む事は、ただそれだけで難しい。だから、少しばかり邪魔してやるだけでも、相手には十分な損害が与えられる。
西方の戦線は河へと続く道と道の左右には杭と糸による足元の罠、堀、土嚢を積んだ塀の順に罠が設置してある。道には兵士達が盾と槍を構え、城壁の上方からは精霊銃士が狙いを付けている。
槍衾を潜り抜けて、盾に取り付いたゴブリン。それを食い荒らす巨大な魚の如き影が現れる。
…無辜の民は…犠牲になることは…許せませんし、それを…見過ごすことも…出来ません。
黒い影を携える少女は自信なさげに微笑んで話しかける。
「…√能力者です。援護に…来ました。私は前に出て、戦います」
兵士達を割って前に進み出たのは黒から紫へとグラデーションのかかる髪を持つ美しい痩躯の少女だった。
「おや、そんな危ない事考える人が僕以外にもいたニャンて。」
松明を持ち空いた道を進む人物がもう一人。金髪の狐のような耳を頭から生やした半人半妖の少女だ。
「僕らは強いから気にしなくていいワン。そのまま頑張って街を守ってニャン」
そうして重ねて説明すると二人はゴブリンの群れの中へと突っ込んだ。
生物が群れで突撃すれば、ただそれだけでとてつもない衝力が生まれる。
片や√能力【|只今仕事中《サイレント》】を発動し、近距離の敵と遠距離の双方を行動不能にしつつ相手の技を潰し、前進する。
片や隙間を縫って接近している敵に毒濡れのタロットを投げ、それでも近づいて来ればファイアースターターを振り回し、敵を牽制しつつ前進する。
「そっちはどんな能力で攻めるワン?」
「…僕は、鯨を降らせて…大地を耕します」
ぽつりとつぶやいた言葉に一瞬?マークが浮かんだ広瀬だが、疑問を飲み込み、要点だけ抜き取って理解する。
「要は砲撃ね。じゃあ、河までは抑えるワン。その先の群れを叩いてほしいニャン」
「…わかりました」
河岸まで付けばぼんやりと対岸が見える。
ぞろぞろと蠢くゴブリン達。星詠みの情報では城壁が破られる事はなかったと言う。だが城門は?
ゴブリンたちが持つのは大森林から幾らでも取れる原初の武器にして破城槌。枝葉を落としたただの丸太。ただ、大きく重く、固く長い。故に大人数で持つことが出来、その重量、速度で攻撃できる古の武器だった。
「…時間を稼いでください。私が阻止します」
「仕方ないワン」
やれやれと頷く広瀬。構える榴だが、敵を見れるという事は、相手からもこちらが見えるという事。そして灯りを持っているとなれば尚の事、良い的だ。
何事かしようとしている気配を察知して対岸のゴブリンが一斉に弓を構え、矢を撃ち放つ。狙いが悪かろうと、その矢の数が千、2千となれば全く話が変わる。
ゴブリンの矢には排泄物の毒が塗られており、一本でも受ければ適切な対処をしない限りは確実に死に、生き延びても、苦しむ。そういう毒だ。
だけど榴は冷静に、インビジブル達に声を届ける。
『贄たる我が声が聴こえるのなら──』
「今日はハードな仕事ニャン」
味方の矢の雨の中構わず突撃してくるゴブリンを【|只今仕事中《サイレント》】で止め、止まらぬ敵には拳銃とハチェットで迎え撃つ。矢の雨は各々防ぎつつ、大部分は榴の影より現れる深海の捕食者が食い荒らす。一度間合いが開けばこちらのもの。広瀬は渡河しようとしているゴブリン達も河ごと揺らし足止めする。
「今だワン!」
『──降り注ぎ全てを黒雨を…』
白鯨の如きインビジブル達が実体化すると降り注ぎ対岸の半径40mを粉々にしていく。
ゴブリンの軍勢の半数以上がこの方面に投入されているこの状況下では通常よりもさらに多くの敵を巻き込んだことだろう。
地面はへこみ、歪み柔らかく、進軍には不向きな地形に。
速度のバラツキはゴブリン達の衝力を激減させ、敵の圧力を和らげる。
そのまま二人は最前線で戦い、前線を押し返した。
時は少し遡る。深紅の少女が戦場に到着したころ、もう一人戦場を俯瞰している者がいた。
──では私は北の担当をしましょう。
見通しが良いということは、こちらから狙いやすいということです。
衣服を風に靡かせて外壁の上から戦場を見下ろすのは、青瞳に揺るがぬの自信を帯びた銀髪の少女、真心・観千流だ。
遠方から迫るゴブリン達は陣形らしい陣形はなくただ進軍している。時折声を発して隊列を整える個体がいるが、その程度だ。
おそらくは、この数の暴力と竜漿兵器によってこの街を攻め落とさんとしているのだろう。
それによく目を凝らせば、その個体の護衛は盾に攫ったであろう子供を括り付けているではないか。
「子供たちを盾にするなんて、許せませんね!」
憤慨した真心が北方の群れに狙いを定めていると下方がやや騒がしくなる。
……なんでしょう?
「何処ですの、ここは?…不思議な世界に来てしまいましたわ!?」
哀れにもふと気が付けば、何故か戦時下のような古風な街の中に現れてしまった令嬢は、アステリア・セントリオンだった。
銀髪の縦ロールをふんわりと上下させ、道を歩けば、まさに異世界。大小見た目まで様々な種族がこちらを注目してみていた。
そう注目を浴びていた。なぜならば、戦車まで一緒に着いてきていたからだ。
なんだなんだと兵士から誰何されるも、そこは深窓の令嬢。完璧なカーテシーで挨拶をすれば、兵士たちも高貴な人物である事は十分伝わる。伝わるが、なおの事動きにくくはなった。
「どうしてですの!?」
だが、運はよかったらしい。たまたま通りがかった大剣を背負った黒髪に狼の耳を持った女性がとりもってくれた。
「まったく、私はダンジョン攻略に集中したいってのに、仕方ないね。私はシアラ……シアラ・カラント。あんたは?事情は知ってるの?」
「わたくしはアステリア・セントリオンと申します。街に謎の生物が迫ってきているのでございますわね。こんな非常事態、見て見ぬふりなどできませんわ!」
「そ。でも私弱いやつには引っ込んでてほしいんだよね。アステリアは強いの?」
「わたくしは、然程強くはありません……ですが!わたくしの戦車は違いますわ!全長12m、主砲は52口径、榴弾、徹甲弾を放ち、自動装填によって淀みない砲撃が可能で、戦車搭載の機関銃は狙撃銃にも使用される12.7mm弾を掃射し、その弾丸は2千m先まで有効で容易に鉄の鎧を貫きますわ!」
「つまり?」
「わが社の戦車は世界一ですわ!」
「世界一とはよく咆える。だが気に入った!」
兵士たちにシアラが向き直ると。
「こいつの戦車は強いらしい。戦力は多い方がいいだろう?私が責任持つから目瞑ってくれ。悪いな」
「お話はついたようですわね。おーっほっほっほ、わたくしたちは一足先に戦場に向かいますわ。ごきげんよう!」
そうして門から飛び出していく二人を見送って、真心は何かあそこ作風が違くない?と思いつつ、意識を切り替える。
群れは単一の行動をするばかりで高度な動きは出来そうもない。であれば全く別の潜入部隊がいるはずだが、暗視にも熱察知にも反応は、|ない《・・》。
だが、別働隊がいない事はありえない。真心は首を傾げて√Gazerで街が炎上する未来から逆算して、街に出入りする存在の観測を始めた。
門から飛び出た二人はアステリアのCT25 Celestial Mk.1にタンクデサントする形でシアラが乗っている。
夜間でも安定して不整地を走れるのは履帯のおかげだろう。
「しっ──」
屠竜大剣を振るってときおり飛んでくる矢を打ち払う。敵の想定より速い速度で走っているからか、矢玉の数は少ない。なにより……
「おーっほっほっほ!」
戦車とやらに搭載された機関銃が相手の射程外から薙ぎ払っているからだ。
しかしながら、乱雑に掃射する事はなく、一定の範囲で狙いを定めてばらまいている。理由は戦場に出る前に一つ言付かったことがあるからだ。
──もし可能なら、攫われた子供たちを助けてほしい。
そんな話を聞けば
「お任せください!」
「任せとけ!」
二つ返事で承諾するに決まっていた。
今回は敵との衝突前に先行して攻撃を仕掛けている。現在の所子供たちは見受けられないが、やたらと偉そうな敵には見当がついた。
「戦車をあそこへ!切り込むぞ!」
「行きますわよー!」
人間というのは存外重い。人間よりも身長の低いゴブリンが抱えるなりしながら移動するには街までの距離は少しばかり長すぎる。故に、救助対象がこの中に居るなら運搬できるような設備があるはずだ。
戦車がゴブリン達をその巨躯で押しのけ、前に進む。
高鳴れ、私の本能。獲物は目の前に。
シアラが走行する戦車から尋常ならざる速度で跳躍し、屠竜大剣を振るえばゴブリン達の首が飛ぶ。突出される槍を獣の如き四足の低姿勢で躱すと、地面擦れ擦れに大剣を振るい、その勢いのままに疾駆する。竜漿兵器など、使いこなす器がなければ玩具に過ぎぬ。
迫りくる剣を流麗に受け流し返す刀で斬り飛ばす。
「武器をもっても、所詮ゴブリンね」
敵の指揮官の前に出る。そのゴブリンは驚いた顔をするが下品な笑みを浮かべると護衛を前に出させる。
その護衛の盾には子供たちが括り付けられていた。
「助けて!」
卑怯な……そう思うと同時に街の方から迫る綺羅星の煌めきを見た。
外壁の上で観測を続けながら、周辺のインビジブル達から力を借り、√能力を行使する。
「──もちろん助けますよ。一人でも多く!」
N.B.Ver2.0:『極点掌握』。外壁の上から4千発近い弾丸による狙撃が行われた。
戦場を光が駆ける。無数に枝分かれした光が降り注ぎ、ゴブリンの軍勢を消し去ってゆく。大気に満ちるナノ・クウォーク。それによって護衛の装備も崩れ落ち、子供たちが地に落ちる。
同時にシアラは剣を振るいながら跳躍し、護衛達諸共、指揮官ゴブリンを両断した。
子供たちを抱えて戦車に戻ると子供たちを中に押し込み声を上げる。
「まぁお早いお帰り、救助も完了したのですわね。流石でs」
「いいから戦車を出せ!なんでか知らんが、今は素早く動ける!助けられるだけ助けるぞ!」
そうして二人は子供たちの救出を続ける。
そして、外壁付近。外壁の上からテレポートした先では。
「ようやく尻尾を出しましたね」
叢雲によって撃ちぬかれた敵だったものが水路に浮いていた。それは死体となった今もかなりの透明度で、ぶよぶよとした傘のようなものから触手を垂らし、水温と変わらぬ体温をしている。
つまりはクラゲである。このクラゲが潜入部隊の正体だった。
ゾディアックサインで定められた時が迫る。√能力者の介入で未来は良い方向に変わりつつある。その未来を確定させるべく、真心は再び跳んだ。
第2章 集団戦 『ヒュプノジェリー』

●異変
異変に気付いたのは二人だった。空から監視していた者と外壁から観測していた者。
片方は街の内部で傷を負っても居ないのに目や鼻から|血を流し《・・・・》ながら味方を襲う兵士たちの異常によって。
片方は水路からの侵入それ自体によって。
●南門付近の排水路にて
水路の見張りをしていた兵士達は普段より気を張りながらも、ゴブリンと聞いてこちらに来ることはないだろうと油断していた。
女房と子供が心配だ。早く終わって欲しい。交代はいつだったか。そんな事を話しながら男三人、下水を見張る。下水には格子がはめられている。いくらゴブリンとはいえ、この隙間を通ったり、バレずに格子を切断するのは不可能だった。
一瞬の発光。疑問に思う間もなく、二度目の発光。それで何が起こったのか忘れてしまった。
だから腕や足に触手が刺さり毒が注入されても気づかない。否、気づけない。
それは|マジックポーション《・・・・・・・・・》由来の|出血毒《・・・》と|思考を緩慢にする毒《・・・・・・・・・》だった。その二つが流し込まれた三人は正常な思考を失った。
●混乱する戦場
北の戦場ではヒュプノジェリーの侵入は防いだものの、水路から空を飛びあがり、発光による攻撃を開始した。これによって兵士達に混乱が生じている。
また北にはゴブリンの残党が推定5千ほど残っている。
【北】で戦う場合はゴブリン達からの横やりにも注意しなければならない。
南の戦場では外壁の内外で戦闘が発生している。内部に潜入したヒュプノジェリーが兵士達を操って、同士討ちを発生させようとしている。
【南】外壁の【内部】で戦う場合はヒュプノジェリーだけでなく、兵士とも戦う必要がある。
【南】外壁の【外部】の敵を倒す場合はゴブリンの横やりに気を付けつつ夜の沼地に潜伏するヒュプノジェリーを発見して叩く必要がある。
●マスターより補足
今回の敵はマジックポーション由来の毒を使ってきます。√能力に記述のある毒は【思考を緩慢にする出血毒】と読み替えてください。
以上よろしくお願いいたします。
敵を味方にするというのは古今東西最強の戦術の一つだ。
最初は建物の隙間からわずかに漏れる光だった。次いで、ふらふらと建物から出てくる不自然な動きを見せる兵士達。
南門付近で空から警戒を続けていた椿之原・希は、松明の不規則な光に照らされて、兵士たちの背後、わずかに輪郭の見える海月を見ていち早く異変に気付いた。
……壁を突破されたのですね!
敵の侵入を許してしまったのはひとえに人数の差であろう。北西からの侵攻という事前情報と敵の人数配置から南が手薄になるのは仕方なかった。
「一般の兵士の人達や司令官の人達が危ないのです…!」
兵士たちの間で混乱が広がる。明らかに様子のおかしい兵士の一人が取り押さえられると、残りの操られた兵士たちが抜剣して、攻撃をしようとしていた。
「そこまでなのです!」
空飛ぶ深紅の少女は√能力を発動して、一触即発のその場に巨大な玄武を出現させた。
どちらの兵士も突然現れた玄武に驚いて動きが止まる。攻撃しようとしていた兵士達の動きは思考が緩慢になっている分、より長く引き留められた。
「お願いしたいことは【思考を緩慢にする出血毒】を持っている人や敵を七色に光らせてください!なのです!」
黒闇玄武が頷くと願いは現実のものとなる。兵士達、侵入したヒュプノジェリー、更には南の壁外、沼地に隠れ潜む海月たちも七色に輝きだす。
「聞いてほしいのです!今、敵の毒に侵されている人たちを七色に輝かせたのです。彼らは助けてあげて欲しいのです。あっちの輝いている海月が敵なのです。気を付けて戦ってほしいのです!」
七色に輝かされ憤慨した敵が攻撃をしようとするが、七色に輝く状態では明滅する光など打てようはずもない。
そして、彼女の願いは明確に攻撃ではない。故にヒュプノジェリーの二つの√能力を完封していた。
兵士達と協力してヒュプノジェリーの侵入に対する初期対応に成功したため、この場はこれ以上のけが人もなく乗り切れそうだ。そして南の戦域の敵は光り輝いているため、見つけるのは容易だろう。
まだ油断できない状況が続くが一縷の光は見えた。
援軍として、銀髪の少女と、キツネ耳を生やした警官のような√能力者がやってくる。
彼女らに情報共有すると希は再び空を駆ける。
「あとはよろしくお願いなのです!」
まだするべきことがある。
星詠みの未来においてヒュプノジェリーの最終目標が司令部にあったことは明白だ。
彼らの下へ急ぐ。
空から駆け付け、窓越しに声をかける。
「味方の意識を混乱させる敵が侵入しました!周りの人達に注意してください!」
そう話せば老年の男性が窓を開けて招いてくれる。誰何を受け、答えれば、信じてくれたのか詳しい話を聞かせてくれるかな。そう声を掛けられる。
招かれるままにヒュプノジェリーと南の状況について伝えると。
「ありがとうお嬢さん。この情報があれば我々は多くの人たちを助けられるよ。」
老年の男性……もとい大隊長は部下たちに指示を下す。北部へも伝令が行われるだろう。
そして去っていく人とは逆に【自動詠唱剣】を携えて、部屋に入ってくる男が一人。
「オイオイオイ。これも詠まれたのか?」
希は様子の違う兵士の男を警戒するが七色には輝いていない。
「運が良いのか?いや……勘が良いのか。」
戦場において武勲を立てる最初の条件は【その戦場】に【居る】かどうかだろう。
今、椿之原・希はその条件を満たしていた。
男は自動詠唱剣を抜き放つ。火属性魔法を臨界まで高められた刀身が露わになる。その剣は赤く輝き、今にも爆発せんとしていた。
「だがこの俺、ジェヴォーダンの企み、その全てを防げるとは思わないことだな!」
広瀬は猫の道を駆けて南部に急行した。
そこは空飛ぶ深紅の少女と兵士達がヒュプノジェリーを鎮圧した所だった。
情報共有を受けて広瀬は選択する。
「僕はこのまま内部で戦うニャン。毒を治療できる可能性もあるだろうし、できるだけ兵士達は無力化するワン」
外壁は街をぐるりと囲む形になっており、街の各所には上水路と下水路があり、南は下水が集約されて排出される形だ。
下水を遡っていけば細い脇道が複数あり、最後は行き止まりになる。今回の敵は軟体動物。細い脇道からも登ってこられるのだろう。
つまりはどこから現れるかわからない敵を夜間探すのは困難だったわけだが……
「七色に光ってるニャン」
そう、七色に輝いているのである!
「これなら、なんとかなりそうニャン?」
屋根を駆けて交戦が始まっている現場に到着すると飛び降りて戦列に加わる。
「援軍だワン!」
【|只今仕事中《サイレント》】を使用して七色に輝くヒュプノジェリーを中心に範囲指定。操られた兵士達も御用警棒を打ち込んで範囲の中に吹き飛ばして動きを止めて、兵士たちを援護する。兵士達が操られた兵士達を捕縛すればヒュプノジェリーの周りも空き戦いやすくなる。
ヒュプノジェリーは何やら明滅しようとするが、七色に輝いているため、上手く機能しないようだ。苛立ちを覚えるのか触手をいきり立たせ、こちらに攻撃しようとするが、そもそもまともに動ける環境ではない。
不可解な行動に疑問を覚えつつ、拳銃を打ち込んでヒュプノジェリーを仕留める。
「何だったニャン?」
そのまま次の交戦中の戦線へと移動し、再度同様に倒していく。
下水に潜む敵も空気を振動させ、異音がする場所を報告すればスムーズに駆除が進んだ。後送
後送される兵士達を見て広瀬は声をかける。
「無事に治療できそうワン?」
「あぁ、うちの軍医は優秀だからな。多分大丈夫だろう」
毒に侵され、捕縛された兵士達も治療の手段はあるらしい。竜漿兵器、それに魔法と科学、両側面から治療をすれば即時の解毒はできずとも時間があれば治療できるらしかった。
真心は北部からテレポート後に飛行して、南部までたどり着いた。
北部での出来事も話してお互いに情報共有すれば全体像も見えてくる。
「なるほど、数が多いゴブリンは目眩ましですかね?しかしバレたなら意味はないですよ。
それじゃあ、私は外部の敵を倒してきますね!」
レコグニション・ジャマーを起動して姿を隠し、行動開始。
南方面の外部の沼地は現在も交戦中だ。元々数は少なく、地形の関係上他方面のように飽和攻撃に晒されることはなかったが、闇夜でも見通せる目を持ち、闇に紛れて沼地の木々の間からの毒の矢に投げ槍、投石と原始的ではありつつも殺意の高い攻撃は続いている。
そして隙を見せれば丸太での門破りを強行されるため、人員を拘束され続けていた。
更には、絶望的な内部からの攻撃……となるはずだったのだが、今では沼地で輝いて照明となっているヒュプノジェリー達。
「逆に戦いやすくなってますね」
味方の被害が減っているからこれはこれで良しとして、作戦を決行した。
「バレたら色々大変ですが……!」
空を飛びながら|レベル1兵装・強制変換《チェンジ・ウィルス》を起動して、NQボディから液体化と気体化したナノ・クォークを散布。
今は敵の潜むポイントも分かりやすい。遺伝子上書きによって竜漿を持たない種族に書き換え、竜漿兵器を封じる。
毒の自家中毒を起こし、沼地の表面に浮いてくるヒュプノジェリー達。そもそも姿を隠している以上はヒュプノジェリーからは見つけられない。
──カウンターをしたとしても、攻撃しているウィルスは貴方達の身体の中……しかし思考が緩慢になっているなら気が付きませんね。
ヒュプノジェリーは真心の思惑通りに闇雲に暴れ始めゴブリンを巻き込みながら同士討ちによって数を減らす。
反撃を受けることもなく悠々と空を飛び、ついでにゴブリンたちの体内からも竜漿を持たないように遺伝子を書き換え、自動詠唱剣も無効化していった。
アステリアは街のほうを見た。
北部戦線は闇夜の中、兵士とゴブリン達が剣を交え、時折明滅し飛行するヒュプノジェリー目掛けて壁上から火矢が射かけられている。
陣地にヒュプノジェリーが飛び込むと陣形が乱れてゴブリンに攻め込まれているのが倒れる松明の様子から分かった。
「やたらと大きなクラゲですわね……それも複数体いるんですの?」
時刻は午前4時を過ぎた辺り。明るくなるにはもう少し時間がかかる。
奇襲を防いだとは言え、敵の援軍だ。兵士達にも疲労が見え始めている。ここが正念場だろう。
「でしたら、守備の甘い所を作る訳には行きませんわね。」
辺りを見回せば、外壁に取りつこうとする敵も見える。戦うべき戦場は|此処《・・》だろう。
敵陣深く切り込んでいた戦車を一度引き戻す。戦車の主砲はあまり仰角を取れない。となれば主砲、重機関銃、あるいはそれ以外の有効なポイントまで急がねばならなかった。
榴はちびちびと水を飲みながら兵士たちの会話に耳をそばだてていた。
ゴブリン達との前線を押し上げ、補給を受けていたころ……といっても食べ物はあまり受け付けない為、水だけ飲んでいるのだが……街の方から早馬に乗って来た伝令が南北の異常を伝えていた。
新手の敵が出たと言う。南は鎮圧の見込みが立ったが北は押され気味だと。
…西の方は、現在問題ない、ようですから…北上して、僕も敵の強襲を、しましょう。
榴は状況を鑑みて北へ向かう決断をした。伝令に伝えると馬に乗せてもらえる事になった。これで幾分か早く現場に到着できるだろう。
そして早馬に乗って北門を抜けた先。そこは構築した陣地を破られ、門付近まで後退しつつある兵士達と内側に入ろうとするゴブリン、ヒュプノジェリー達で混沌としていた。
「…今度の、戦場は…鉄火場みたい、ですね…。…流石に、先程の能力は使うのは…自粛です。」
そうつぶやくと榴は√能力を起動する。
『贄たる我が声が聴こえるのなら──』
此度の能力は通常攻撃を強化するもの。都度繰り返していけるため、継戦するには向いている能力だった。
門から入って来ようとする敵を透明な深海魚がリュウグウノツカイが、海月が押し返す。インビジブルの群れを行使してなお、門の先には敵が犇めいている。
陣地を半ば放棄して、戦力を集中させていると近代的なキャタピラの走行音の様なものが響いてくる。
「こちらは戦車がありますの。快速を活かしてかっ飛ばしますわよ!」
否、様なではなくキャタピラそのものの音であった。入口が絞られるということは必然的にそこに敵が集まるという事。そして、密集すればそれは戦車にとって良い的だった。独特の重低音を響かせながら重機関銃を掃射して門の前に陣取り敵の侵入を押しとどめた戦車乗りの令嬢がそこに居た。
「ごきげんよう、皆々様。少々無作法なご挨拶になってしまいましたわね。どうかご寛容くださいませ。
それで、どなたか対空砲をお持ちの方はいらっしゃいませんか?」
戦術支援AIのアシストだろう。方針を変えて魔術師を拾いに来たのだ。
戦車が全方位に火球を放てれば、強い。当たり前の話だった。
「…対空砲は、ありませんが…、空の敵なら、攻撃できると思います。」
「まぁ、素晴らしいですわね。わたくしはアステリア・セントリオン。どうぞよろしくお願いいたしますわ。あなたは?」
「…僕は、四之宮・榴 。セントリオン様、よろしくお願いします」
お互いに挨拶を交わすと榴は戦車へと飛び乗った。
戦車でゴブリンを踏みつぶしながら、空の敵をインビジブルで攻撃する。半径40mの長射程で直上の敵は倒せるが、如何せんヒュプノジェリー達は全体として空間密度が低く、倒しづらい。戦線も外壁に沿って広がっているため、手が回っていなかった。
「…光による、催眠が…厄介ですね」
タンクデサントした榴がポツリと呟く。
「あら、光による催眠。そんなものは、もっと激しい光でかき消してしまえば良いのですわ。それなら、とっておき、使いますわよ!」
戦車を飛ばしてUターン。陣地によって作られた凹凸に戦車をはめて仰角を取ると主砲に照明弾を込めて天高く撃ちあげた。
空から落ちる光源に戦場が照らされ、土と緑の色が戻る。そして敵の姿も光に透かして微かに見えた。
一時的に強い光に催眠が打ち消される。
「主砲用意!」
アステリアは次弾の装填に入る。
榴は上の敵に対応しなければいけなかった。懐からタロットを構える。
40mよりさらに外の敵。タロットを手で挟むと投擲。ヒュプノジェリーの柔らかい体には容易に刺さった。
「…あれなら、狙えませんか…?」
「まぁ、機転が利きますわね!これならよく見えましてよ!」
レーダーによって標準された敵をタロットを目印に目視によって補正する。至難の業だがAIの補助も重ねて狙い撃つ。
「主砲、撃てぇっ!」
主砲によって弾道上のヒュプノジェリーが消し飛ぶ。
「貴方達、カードを狙いなさい!」
榴の投擲したタロットを目印に壁上から矢と火球が放たれる。砲弾に撃ち抜かれ、インビジブルに襲われ、あるいは燃えながら、ヒュプノジェリー達は地に落ちていった。
第3章 ボス戦 『リンドヴルム『ジェヴォーダン』』

●夜明け前が最も暗い
城塞都市カナンは東西に分かれており、軍事施設や冒険者ギルド等の戦闘関係の施設は西部に集中している。
その西部に位置する司令部へ走る男が一人。兵士の姿をしたジェヴォーダンは次なる戦いを見据えて手を打つ。
簒奪者は遅かれ早かれ√能力者達にその計画を阻止される。正確には星を詠まれ成功した結果が覆される。
だからこそ、計画には助長性が必要なのだ。
|正規《・・》の身分証で中に入ると伝令の体で真っ直ぐに大隊長の下へと向かう。
即ち、斬首戦術。自分自身を危険に晒す行動だが、√能力者が介入した場合|のみ《・・》こうすると決めていた。
これならば、星詠みに悟られる事もない。
門を開けば、そこには自身が攻撃されるなどとは思ってもいないお歴々。
のんきに何の用だと聞かれれば笑いがこみあげてしまう。
訝し気な視線を向けられるジェヴォーダンは腰に携えた臨界状態の自動詠唱剣を抜くと、人間たちを嘲笑う。
「これでもわからないか?」
一瞬遅れて戦闘態勢を取る大隊長以下司令部の将校達だったが、如何せん戦場から遠のいて久しかったがゆえに反応が遅れた。
自動詠唱剣を司令部に放り投げるとジェヴォーダンは背後に跳んだ。
「くっくっく、まともにやりあうかよ。バーカ」
自動詠唱剣の光が赤から白へと変わり、司令部を将校諸共吹き飛ばした。
●二度目のゾディアックサイン
この戦場にいる星詠みによって集まった者達に緊急で和田辰巳から連絡が届く。
「二度目のゾディアックサインが現れました。」
概要は一度目のゾディアックサインの焼き直し。即ち司令部の爆破である。
ただし、一度目と違うのは今回の首謀者の姿を捉えた事だ。そして、その予知とも違う未来に進みつつある事も告げる。
予知の最後はジェヴォーダンが西部の戦線に到着後、外壁付近のゴブリン達の自動詠唱剣を爆発させ、街の門を破壊。残りの軍勢と共に再侵攻を行うというもの。
「ゾディアックサインでは、司令部に√能力者はいませんでしたが、今は司令部に√能力者がいるようです。
司令部にいる√能力者がジェヴォーダンを退けるにせよ、しないにせよ、戦いは市街地での機動戦に移行します。
すぐに司令部のデータと移動予測を送ります。司令部の救援に間に合いそうな方は司令部の援護を、間に合わない方は市街地での迎撃をお願いします。市街地での迎撃も重要な役割です。ゴブリン達との合流は絶対に阻止してください」
すぐに地図データと移動予測データが送られてくる。司令部は南北の門からは約5キロ、西の門からは2.5キロの位置にあるのがわかる。司令部爆破までの猶予時間は3分、とも。
夜明けはもうすぐです。どうかよろしくお願いします。