宵のひととき、甘味処にて
秋祭りの夜。
通りに吊された提灯が風に揺れ、橙色の光が路地の石畳に踊っている。
太鼓と笛の音が遠くから届き、屋台の呼び込みと人々の笑い声が重なる。夜風はひやりと涼しく、けれどにぎわいの熱気はそれを忘れさせるほどだった。
純白の六枚羽根、片側に寄せた金の髪。
白地に薄桃色の花模様が散らされた浴衣は、華やかで柔らかな気配を帯び、可憐な少女そのもの。
――けれど実際には、少年。
ノア・キャナリィはふよふよと宙を漂いながら、甘味処の暖簾を潜った。
店内はすでに満席だった。
もしかしたらと外に面したテラス席を覗くと、すでに先客が一人。
赤い浴衣を纏った人がのんびりグラスを傾けている。
ノアは少し迷い、そして意を決して声をかけた。
「あのー……もしよかったら、ここ相席いいですか?」
女は顔を上げ、穏やかな笑みを見せた。
「ええ、どうぞ」
促されてノアはふわりと椅子へ降り、背の六枚羽根を小さく畳んだ。
「ふぅ……ちょっと、はしゃぎ過ぎちゃったかなぁ」
思わず漏れた独り言に、自分で照れ笑いする。
射的で景品を当てたこと、ヨーヨー掬いで水面に映る羽根を眺めたこと、金魚すくいで最後の一匹に逃げられたこと
――その一つひとつが胸に残っている。普段なら味わえない高揚感に、体も心も心地よい疲れに包まれていた。
「すみません、白玉あんみつと、お抹茶ください」
店員に声をかけると、待つ間の期待で胸が高鳴った。
ふと視線を感じて顔を向けると、先客の女が静かにノアを見ていた。
「とても、よく似合っていますね。その浴衣」
女は自らを如月縁と名乗り、にっこり微笑んだ。
不意の褒め言葉に、ノアは目を瞬かせて頬を染めた。
「えっ……あ、ありがとうございます。でも、そう言っていただけると嬉しいです」
口元を押さえて「えへへ」と笑うと、縁は小さく頷いてグラスを口に運んだ。
「僕はノアって言います」
改めてノアは自己紹介をする。
「ノアさん、可愛らしいお名前ですね。……今日はお一人で?」
「今日は偶然近くに用事があって、それで……折角だから秋祭り、寄ってみようかなって。あんまりこういう場所来た事が無かったから。」
やがて白玉あんみつと抹茶が運ばれてきた。
ノアは匙を取り、白玉をひとつ口に含む。もちもちとした弾力とあんこの甘さが舌に広がり、抹茶のほろ苦さが後を整える。
白玉を二つ、三つと口に運ぶ。
「縁さんは、お祭り、よく来られるんですか?」
「いえいえ、私もほとんどないんです。楽しいけど人酔いしてしまったので、休憩中。」
葡萄酒を揺らして女は楽しげに笑う。
「僕もです。色々楽しんで、休憩しに此処へ…単純に甘いものが食べたい気分だったのもあるんですけどね、えへへ」
――同じなんだ。自分と。
遠くから太鼓が鳴り、山車の鈴が響く。
通りのざわめきは一層大きく、羽根の先を揺らす夜風がひんやりと頬を撫でた。
ドン、と大きな音が響き、夜空に花火が弾けた。光の花が広がり、提灯の色をも凌ぐ輝きが人々の歓声を誘う。ノアは思わず椅子の上で少し浮き上がり、目を輝かせた。
「わぁ……すごい」
羽根がふわりと揺れ、金の髪に光が降り注ぐ。ふと思いつき、ノアは袂からスマートフォンを取り出した。
「写真、撮りたいな……あれ? なんだか真っ暗ですね」
画面をあちこちタップしては首をかしげる。機械操作は少々苦手なのだ。
花火は次々と上がる。どうしよう、肉眼で見る美しさを切り取りたいだけなのに。
ノアは気が焦ってきた。
そんな様子を見ていた縁が、静かに立ち上がりノアの後ろに回る。
「失礼。ここを押して、ほら……夜景モードになります」
指先が画面を軽くなぞると、設定が切り替わった。
「あ、ほんとだ! ありがとうございます!」
ノアは嬉しそうにスマホを構え、空に広がる光を必死に追った。
シャッター音が小さく響くたび、胸にわくわくが広がる。
画面に映った花火は少しぶれていたが、それでも十分に綺麗だった。
「よかった、なんとか間に合いました!」
そう言って次の一枚を撮ろうとした時、指が滑ってカメラが切り替わる。
カシャッ
画面に映ったのは――花火ではなく、ノアと縁の顔。
どうやら思いがけずツーショットを撮影してしまったようだ。
「えっ!? あ、間違えました……!」
慌てるノアを映す画面の中で、縁も目を丸くし、そしてふっと笑みを漏らした。
「ふふ」
「えへへ」
二人の笑い声が夜風に溶ける。画面の中の自分たちが並んで笑っているのを見て、さらにおかしくなり、また微笑み合う。
やがて花火は収まり、再び静寂が訪れる。鈴虫の声が戻り、夜の余韻を細やかに彩る。
――笑い声も、花火の残光も、あの一枚の写真も。
きっと今夜の思い出として、心に焼きついていくのだろう。