シナリオ

産地直葬!光の狂宴!

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 諸君は『トビイカ』という生物をご存知だろうか。
 主に南洋に棲息するイカの仲間であり、沖縄では『ヒンガーイカ』などと呼ばれ、食用にもされている。美味い。
 彼らの最大の特徴は、その名の通り『飛行』する事であり、彼らは漏斗から水をジェットの様に噴出し、滑空するのである。
 その飛距離はトビウオには及ばないものの、50mに達するというのだから、大したものだ。
 なお、美味いので、時々滑空中に海鳥に攫われる。儚い。

「ところで、私は|水族館《アクアリウム》に遊びに来たわけでも、光の響宴を見に来た訳でも無いのだが。」
 処は√EDENのとある海辺。
 幸か不幸か、この現場を訪れてしまった連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、形の良い眉を露骨に顰めた。
 勿論、彼がこの浜に来たからには、『怪異』が絡む。
 無論、それも仕事だ。どんな珍妙な怪異であろうと、祖国の繁栄を願う彼は|連邦怪異収容局《FBPC》としての職務を全うするであろう。
 故に、目の前で暗い夜空など何するものぞと、毒々しく赤く輝く破壊光線を乱射するカニまでは、仕事の内だ。
 眼帯に覆われていない左眼が眩しいが、まあ、やってやれない事はないだろう。
 ーー問題は。
「怪異より怪異らしいが怪異ではないアレは、一体何なのだ……。」
 そりゃ、眉を顰め、頭も抱えたくなるであろう。
 まず、イカである。それはまあ、良い。
 次に、浮かんでいる。トビイカなる生き物もいるらしいが、イカが浮かんでる時点でおかしいという常識は、優秀な収容局員である彼ならずとも持っていることだろう。
 更に、七色に輝いている。イカは気分に応じて体色を変えるというが、そんなチャチなモノでは無い。
 まさかのゲーミング発光である。ケミカルでカラフルなレインボーである。
 怪異でもないのに左眼を通して正気度をガリガリ削ってくるコレは、一体何なのか。
 哀れで真面目な怪異収容局員は、節操のないイカとカニに輝きに思わず目頭を揉んだ。


「まず、このゲーミング発光生物を面白半分で作ってる√マスクドヒーローの何者かをどうにかすべきにゃ。」
 ここ最近の度重なるゲーミング海洋生物の出現に、いつも灯台の様な笑顔を振り撒く星詠みの魔女っ子子猫、|瀬堀・秋沙《せぼり・あいさ》の表情から遂に笑顔が消えた。
 ゲーミングボラといい、ゲーミングイカといい、出所は√マスクドヒーローと判明しているが、どの様な怪人が創り出しているかは定かではない。
 一度頭の中を覗いてみたいものだが、虹色に輝く脳味噌が詰まっているだけだろう。そして今語るべきはそこでは無い。
 √マスクドヒーロー産のこのふざけ抜いたイカが、偶然にも√を渡って√EDENに現れてしまったのである。
 これから師走に向けて加速する社会にとって明るいニュースかもしれないが、そんな物理的に明るいニュースなど誰も求めていない。
 しかもこのイカ、怪異じゃないから|新物質《ニューパワー》を持ってないしね!
 ただし、味には拘ったらしく、美味いらしい。何故そこに力を入れてしまったのか。
 とりあえず捕まえて、仕事上がりの肴にするのも良いだろう。
 ーー七色に発光するものが食欲を唆るかは別として。
 兎に角、1匹残らず駆除して欲しい。絶対に。

 なお、現場にはイカを食べに来たらしいビームを乱射するカニの怪異たちが出現している他、眼も心も疲れ切ったリンドー・スミスも現れるらしい。
 彼を倒す事で、今回の仕事は完了だ。
「滅多矢鱈に輝く戦場だけど、正気を保って行ってきてにゃ!」
 ーーそれじゃあみんな、気を付けて行ってきてにゃ!
 ぺっかり。灯台のような笑顔が、どうしようもない事件の解決に挑む√能力者たちの背中を押した。

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第1章 日常 『ゲーミングイカ』


 ――工場夜景とか、夜光虫とか、灯台の光とか。
 ひと気のない夜の海辺にも、多様な美しい輝きがある。
 それに、海上に浮かぶ月を見るのだって風情があるものだ。

 だがそれをブチ壊す様な者が現れるのが、今回の事件である。
 風情もへったくれも意味も無く七色に輝き、群れを成して宙を泳ぐゲーミングイカ!
 そう、光る!浮かぶ!飛ぶ!こんなイカに誰がした!
 ゲーミングボラの時もそうであったが、目が疲れる!非常に目が疲れる!
 このままでは海岸の景観は大惨事、近隣住民にも大迷惑であろう。
 さっさと捕らえてクーラーボックスに入れるなりして駆除せねばなるまい!

 ――なお、何度でも言いますが。
 作り出した怪人の心尽くしにより、大変に美味だそうです。
クラウス・イーザリー

「流行らせたいのかな……。」
 元々表情筋に乏しいクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)であるが。
 その中でも目一杯、と言っても良いほどのうんざりとした顔で、夜空を飛び回る七色の飛行生命体どもを見上げた。
 8本足に、2本の触腕。頭の鰭をひらひら動かして泳ぐ様は、間違いなく軟体動物のイカである。
 形はスルメイカの様な、絵に描いた様なイカである。
 問題はそれが、何故か泳ぐかのように空中を飛び回り、目に刺さる様な七色の輝きを放つが……何度でも念を押しておくが、イカなのである。
「誰が作っているのか知らないけど、まさかこれを世に広めたいとでも思っているのかな。体調不良者が続出しそう。」
 星詠みも現場も、ついでに怪異収容局員も幻惑させているこいつらは、重ねて言うが、√能力者でもモンスターでも何でもない。イカである。
 √能力も無しに歴戦の√能力者たちを脱力させるとは、中々どうして大したイカではないだろうか。
 そう思うと、ゲーミングイカやゲーミングボラを創り出したという怪人の能力も、馬鹿には出来ない……気がしないでもない。
「今も暗い夜とゲーミングカラーの明暗の差で目が痛くなりそうだ……。」
 頭をイカに支配されそうになりながら、クラウスもまたリンドー・スミスがそうしたように、目頭を揉むのであった。

 さて。怪異収容局員が職務として対応せねばならないように、クラウスも傭兵である。
 見なかった事にしたくなる様な惨状だが、受けたからにはこの仕事を完遂せねばならない。
「それじゃあ、始めようか。……本当に美味しいのかな、これ。
 生物の派手な色は警戒色って聞いたことがあるけど……見てると食欲が減退してくるな。」
 空飛ぶゲーミングイカたちを見ている内に、頭の中を去来するのは√ウォーゾーンのカロリー爆弾ことゲーミングスイーツ。
 無論、√ウォーゾーン製である。カロリーは凄まじいが……アレはアレで、味は……などという彼の頭脳を侵食してくる虹色を頭を振って追い払い。
 最近、妙な出番が増えてしまったゴーグルを着けて、鬱陶しいまでの七色の光から目元を保護すると。
 水面を思わせる青い硝子で出来た、小さな涙型のランタンを掲げた。
 するとどうした事だろう。ランタンの中より微睡を誘う様な優しい歌声が響いてくるではないか。

 ――【|水精の子守唄《ララバイ》】

 歌声の主は、ランタンの中で蜷局を巻く小さな水の蛇……水の精だ。
 水精が歌うと共にシャボン玉の様な水の泡が飛び、それが滅多矢鱈に輝いていたゲーミングイカを包み込んだ。
 包み込まれたイカは、まるで眠ったかのように動きも輝きも止めてゆく。
 本来、この√能力は癒しの水泡に包んだ対象を行動不能にし、傷つける事も難しいほどに防御力を引き上げ、更に毎秒負傷癒す状態にするという、絶対防衛圏を創り出す√能力である。
 戦闘で利用するには使いどころの難しい√能力であるが、小動物を無傷で捕獲するにはこれ程有効なものもあるまい。
 ゲーミングイカを捕まえてクーラーボックスに入れていくなど造作も無い事だ。
 ただただ、ぽいぽいと無心・無表情でイカ拾いをする、歴戦の傭兵。
 今何か、少しでも余計なことを考えたら、またゲーミングカラーの脳内への侵食が始まりそうな気がする。
 そんな中、クラウスは一つだけイカと関係のない事を思い出した。
「――そういえば、リンドー・スミスも来てるんだっけ……。
 なんかお互いに、『何やってるんだろうな……』みたいな空気になりそうだ……。」
 ――宮仕えも傭兵も、お互い仕事内容で苦労するものである。

一戸・藍
深見・音夢
矢神・霊菜

「この前のゲーミングボラといい、いったいどこのどいつよ。こんな奇妙奇天烈な生き物を作り出してるのは。」
 一人の金の星詠みが、真夜中の宙をプリズムカラーで乱舞するゲーミングイカどもをアイスブルーの瞳で見上げ、心底から辟易したという顔で吐き捨てた。
 ゲーミングボラは川を遡上するだけで済んでいた。割と本来の生態にも沿った行動である。それがどうだ。今回のゲーミングイカは、遂に重力を無視しやがった。
 飛行ではない。浮遊である。似ているようで、全く異なる。ホバリングだって生物たちの中ではかなりの高等技術なのだ。
 当たり前の様な顔で生物としての常識を無視しないでほしい。いや、イカだから表情はわからないのだが。
 どれも出所は√マスクドヒーローだというが、完全に事態と技術の悪用は悪化の一途を辿っていると言ってよい。
「しかも今度は味の保証までされてるとか改造具合が妙にまともなの逆に頭おかしくない?」
「これをイカと呼ぶかはともかく、造った怪人組織もせめて光るか浮くか美味しいかどれかに絞るべきだったと思うっす。」
 狐面の星詠みの至極尤もな発言に、これまた至極尤もな返答を行うのは、サメ肌を思わせる黒のボディスーツを纏った金の瞳の女性である。
 狐面の星詠みこと|矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)とサメの様なギザ歯がチャームポイントの|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は、共に先のゲーミングボラに散々手を焼かされた縁がある。
 その上、今回もゲーミングイカが蔓延るこの現場で、2人は出会ってしまった。
 いや、出会う分には良いのである。再会を喜ぶことだって出来よう。しかし、場所があまりにも悪い。
 何故ならあのゲーミングイカどもが空中を乱舞しているものだから、再会を寿ぐにはあまりに鬱陶しい輝きに満ち満ちている。
 いっそ、他にも先の現場を訪れた者や今回の現場を訪れた者たちも交えて、ゲーミング生物被害者の会を結成しても良いのではないだろうか。
「……まさか元職場の連中の仕業ってことはないでしょうけど。いや頼むから本当に無関係であって欲しいっす。」
 音夢が所属していた怪人組織、冥深忍衆とは一体何をやらかしていたのか。彼女の元上司はアオリイカをベースにした怪人だというし、小一時間彼女のかつての活動を問い詰めたいところであるが、それよりも、である。
「イカに混じって、何かいないっすか。」
「見間違い……じゃないわね。何か、いるわね。」
 イカの群れに混ざって宙を泳ぐアレはなんだ!
 ゲーミングイカか!東洋龍か!いいや、|藍底過背金龍《アロワナ》だ!!
 いや待て、なにゆえに50㎝オーバーのアロワナが宙を泳いでいる。幾ら龍魚の異名を持つからと言って、龍の如く気軽に重力を無視するのはやめていただきたい。事態をややこしくしないでいただきたい。
「……いえあの、一緒にいればワンチャン私もゲーミング発光できるかな、と思いまして。
 七色に光り輝くアロワナですよ、カッコいいと思いませんかリンドー氏?アクアリストの注目の的間違い無し。」
 大丈夫、リンドー氏はまだそこにいないが、星詠みと怪人が世捨て人の様な瞳でしっかりと注目している。
 |一戸・藍《いちのへ・らん》(外来種・h00772)と名付けられたアロワナは、当たり前の様に喋っている時点で皆さまお察しの事とは思うが、そこらのゲーミングイカどもとは一味違う。
 いや、喰われるために改造を施された軟体動物と観賞用の硬骨魚類の味を比較しているのではない。
 下手すれば平気で万札が数枚飛ぶくらいでは済まない様な高級魚を食べてどうする。いや、違う。そうではない、そうではないのだ。水着コンテストにおいてお造りの如く冷やしアロワナが始まっていたとか、そういう話ではないのだ。
 あくまでゲーミングイカは√能力者ではなく、√マスクドヒーローより√EDENに迷い込んでしまっただけのただのイカであり、藍は√能力者。
 儚く死んでしまえば終わりのゲーミングイカとは、藍は存在の格と価格が違うのである。
 ――さて、そろそろ駆除の段に移っても頂いても良いであろうか。話が進まない。
「あっはい、ふざけてないで駆除します。」
 一般通過アロワナ(自称)が地の文にまで応答するようになった事については、この際目を瞑るものとする。

「しかし光って浮く以外は普通のイカなんすよね。」
 普通の定義から考えてみたくなるものであるが、虫取り網を素振りする音夢の言う通り、ゲーミングイカは七色に発光して空中を浮遊する以外は至って普通のイカである。
 ぶんと網を振れば既に入っているのだから、拍子抜けもいいところだ。
「光って宙に浮いてるだけなら、まあ……対処はそう難しくないかしら?」
 霊菜が言う通り、√能力者の手に掛かれば難なく対処できるであろう。目に鬱陶しい輝きを放ちながら宙を泳ぎ回るだけなのだから。
 しかし、一つだけ気を付けてほしい事がある。――アロワナの誤捕獲だ。
「とりあえず網振り回して頑張るっす。まぁ網は網でも虫取り網なんすけど。だって浮いてるっすから。」
 なんだかいつもの音夢と熱量が違う様な気もするが、それも仕方あるまい。こうもゲーミング生物どもに縁が出来てしまっては、光刺激とか様々な要因で眼だって死ぬ。
「それにしても……美味しいと聞いたからには、食べてみたくなるわよね。」
「あ、イカの捌き方とかサッパリなんで、持って帰ったら捌いて貰えないかなー……なんて。」
「お任せください。私のレギオン群『カラシン』が装備してる刃物でなんかこう、胴体と頭の間、斜め45度あたりにいい感じにグサッと……。」
 何とも物騒な事を言うアロワナである。
 先ほどから、音夢と霊菜の眼がインビジブル化と復活を繰り返して目まぐるしい事になっているが。
 なんやかんやで、ゲーミングイカどもの駆除がやっと始まったのである。

「氷翼漣璃、上手くイカを追い込んでちょうだい。」
 鷹匠の様に霊菜が放つのは、二羽一対の鷹の如き姿をした神霊、氷翼漣璃である。
 一瞬、二羽揃って『また?』という様な目で親である霊菜を見たが、親は容赦なく『またよ。』と慈愛を込めた瞳で頷いた。
 仕方なしなし飛ぶ氷翼漣璃はゲーミングイカたちの群れを牧羊犬の如く切り裂き、霊菜の√能力の射程へと追い込んでゆく。
「いい子ね。それじゃ、いくわよ。」

 ――【|蒼雪の護盾《ソウセツノタテ》

 氷翼漣璃の氷結能力から創造した雪の結晶を模した盾は、その盾に激突したゲーミングイカたちを次々と氷結させ、行動不能にしてゆく。
 この√能力、行動不能に加えて防御力を尋常じゃなく高くする上に毎秒負傷回復状態
にするため、中々に使いどころの難しい√能力ではあるが。捕獲・生け捕りとくれば、その真価を発揮するのだ。
 そして、氷盾を避けたゲーミングイカの群れに対しては、藍が有言実行。
 ミサイルやレーザーを搭載し攻撃に特化したピラニア型ドローン『カラシン』を放ち、容赦なく締めてゲーミング墨袋を傷付けぬようにバラバラに解体してゆく。
 そうして処理されたゲーミングイカたちは、ナマズ型のレギオンフォートレスに次々と吸い込まれていった。
「締めたイカはビニール袋に入れて、どんどん収納しましょうね〜。
 こんなこともあろうかと『キャット』には氷を満載していますので、鮮度はしっかりキープです。
 持ち帰ってゲーミングいがめんち作りましょう。」
 成程津軽地方の母の味を持ち出してくるとは、このアロワナ、中々心強い。しかし、火を通してもゲーミングカラーは残るのであろうか。やってみなくてはわからない。
「氷弾で凍ってるし、何匹か持って帰ろうかしら。ふふ、これを見せた時の家族の顔も面白そうね。」
 段々とゲーミングイカと藍に毒されてきたのであろうか。霊菜までどうしようもない悪戯を思い付く始末。
 是非、旦那様と御息女の反応を知りたいものである。笑うか、一歩引くか、さてどうなるか。
 それはそれとして、イカに向けて悠々とレールガンを撃ち込むのは過剰火力ではなかろうか。
 撃たれたイカが、マッハ6以上の弾頭を喰らったらどうなるか。衝撃波込みで、跡形も残らず消滅する。
 しかし、√能力者たちの約束された圧勝かと思われた戦場に、突如として悲劇は起きた。
「あ”ぁ~~~~~っ!?」
 未だ宙に蔓延るゲーミングイカたちの下、音夢の悲鳴が響き渡ったのである。
「深見さん!?どうしたの!?」
「これは……ひどいですね。しかし、この手がありましたか。」
 ゲーミング生物被害者の会の同志の身に何が起きたのかと振り向いた霊菜と、魚類故に表情がわからない藍の視線の先に。
 音夢は、無傷で立っていた。だが藍が言う通り、あまりにも酷い有様である。
 ――いや待て、アロワナよ。音夢の姿を見て何を思い付いた。
「うぅ……やられたっす……。」
 簡潔に言おう。音夢が、ゲーミング生物化していた。
 ゲーミングイカを虫取り網で次々と捕獲していた音夢であるが。霊菜の様に√能力で行動を封じたり、藍の様に問答無用で始末しにいかない優しさが裏目に出て、ゲーミングイカ墨をかけられてしまったのである。
 夜闇の中、燦然と七色に輝く音夢。不幸中の幸いと言ってよいのかはわからないが、顔はガードしたために、被害は服に留まっていた。
「穏便にいきたかったっすけど……仕方ないっすね。
 ええ、ええ。どうせこうなると思って服の予備は用意してあるんで!」
 音夢は笑っている。チャームポイントのサメの様なギザ歯を見せて、笑っている。ただし、金色の眼が据わっている。
 身の危険を察した霊菜と氷翼漣璃、そして藍とカラシンたちは、そそくさと退避した。
 穏やかな者ほど、怒ると怖いのである。怪人として|怒り方《ケジメ》を知っている音夢なら、猶更である。
「乙女の一張羅を愉快に染めてくれた罪は重いっすよー!
 ――ぶっ飛ばすっす。」

 ――【|火遁・連鎖爆雷変化の術《ヒートエンド・シェイプシフター》】

 紅蓮の炎を撒き散らし、夜の海辺に咲いたキノコ雲。
 爆風の余波で蒸発する者もいる中、次々と誕生するゲーミングイカ焼きたち。
 なるほど、イカ焼きになってもゲーミング状態を保つのであれば、ゲーミングいがめんちも出来るであろう。
「ああ、ゲーミングイカ焼きやゲーミングイカの生姜焼きもいいかもしれないわね。」
 霊菜もハイライトを喪った笑顔でゲーミングイカを利用したゲーミング献立が増えた事を喜ぶ中。
 爆心地から、インナー1枚となる事でゲーミング生物化からヒトの尊厳を取り戻した音夢が姿を現した。
 彼女の√能力はインナー以外の身に着けた衣服や装飾品を爆雷に変えて対象を自分ごと吹っ飛ばすのである。
 なお、彼女自身にダメージはないのだから、不思議なものだ。
 その一方で。音夢を襲った悲劇に着想を得たアロワナが、進んでゲーミングイカ墨を浴びに行き。
 かのリンドー氏のために、新たなゲーミング生物の仲間入りを果たしていたのであった。

葦原・悠斗
エレノール・ムーンレイカー

 ゲーミングイカが七色に発光しながら夜空を乱舞し。
 歴戦の傭兵が√能力で眠らせたゲーミングイカを黙々と拾い集める中。
 海辺ではキノコ雲と共に大量のゲーミングイカ焼きが文字通りに爆誕し。
 主婦がハイライトを喪った瞳で家族に振舞うゲーミング献立を考え。
 ゲーミングイカに混じってゲーミングアロワナが発生した。
 ――何を言っているのかわからないと思うが、これまでのあらすじである。信じてほしい。
「ええっと、イカが駆除の名目で取り放題できると聞いてきたのですが……。
 ――何ですか?あのゲーミングデバイスのように発光する珍妙な空飛ぶイカは……?」
 何か、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)には情報が微妙に曲がって伝わっている気がしないでもないが、結果としては同じことである。
 そう。イカの駆除依頼であり、取り放題である。妙てけれんに輝く、こんなゲーミングイカでよろしければの話だが。
 そもそも、こんなものがいつまでも√EDENの夜空を繁華街のネオンか何かの様に輝きながら飛び回られていては困るのである。一匹残らず駆除して頂きたい。
「出やがったなゲーミング……クソーッ!何なんだよコイツらやたら眩しい!!目に悪すぎるだろうが!!」
 矢鱈と良い反応を見せてくれる青年は|葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)だ。
 一見粗暴でいい加減にも思われがちだが、内に秘めた繊細さと真面目さと常識人っぷりが表に出た形だろう。
 迷惑にも程がある程に七色に光散らし、それが無数に宙を漂っているのである。光刺激に弱い者が見れば卒倒しかねない惨状だ。目に悪いにも程度というものがあろう。
 正直、目が痛い。エレノールにも悠斗にも、星詠みの予知の中で連邦怪異収容局員であり|王権執行者《レガリアグレイド》であるリンドー・スミスが目頭を揉んでいた気持ちがわかる気がした。
 現に、√能力者でも何でもないゲーミングイカの発光に2人の眼精疲労は尋常ではない勢いで蓄積し、揃って目頭を揉んでいる。
 然し、だ。先にも述べた通り、悠斗はこう見えて中々真面目で用意周到な男である。
「……でも喰ったらうまいんだろ?だったらやる事は一つだよなあ?!」
「え?あれ、おいしいんですか?……本当に?」
 なんだかまるで深夜の通販番組の様なやり取りとなっているが、予知によれば美味しいらしい。
 そう。予知に見えたあまりの光景に表情を失った星詠みに話を聞いた、その時から。悠斗の戦いは既に始まっていた。
 現場に赴く前に、彼はその情報収集能力をフルに発揮し、スマホで片っ端から海産物を最高に美味く食べる事の出来る調理法を調べ尽くしていた。
 しかし、殆どの料理は道具を揃えねば何も出来ぬ。であればこそ、彼は必要そうな道具や調理器具をこの現場に持ち込んでいたのだ。
 葦原・悠斗、やると決めたらとことんまでやり込む男である。
 そんな男が『任せろ』と一言笑ってサムズアップしたのだ。
「――俄かには信じがたいですが、まあ、実際に捕ってみればわかる事でしょう。」
 エレノールの琥珀色の瞳は微かに訝しみながらも、食費がかさむ程の食欲が悩みの種となっている彼女である。
 幸い、悠斗に試してもらえる食材は幾らでも宙を泳いでいるのだ。
「ゲーミング発光してようがイカはイカだ、新鮮なうちに食う方がうめーだろ?!食べて√EDENの平和に貢献してやんよ!!」
 威勢よく駆け出す彼の背中を援護すべく、彼女は梟の使役霊を飛ばすのであった。
 ――迂闊に近付いてゲーミングイカ墨を浴びればゲーミング発光するという憂き目に遭うのだから、実に合理的な選択であろう。
 果たして、ゲーミングイカ最前線に突っ込んでいった悠斗の運命や、イカに。

 ――などと勿体つけてはみたものの。
 重ねて言う事になるが、悠斗はどこまでも用意周到な男である。ゲーミング悠斗となりヒトとして大切な何かを喪うという運命を回避すべく、彼は√能力を発動した。
「――出て来い……!」

 ――【|黒炎探査《ブラックサーチャー》】

 悠斗の呼び声に応じて現れたのは、28体の黒焔。これは主人と感覚を共有し、周囲に超音波を放つ事で索敵を行う事が出来るのである。
 この効果があれば、イカが向いている方向も察知する事で、不意にゲーミングイカ墨を浴びせられる事もあるまい。
 そして黒い炎の渦を放つ効果まで備えているのだ。とはいえ、本来のこちらの効果はあくまで弱いダメージを与えるに留まる。
 索敵を主とした√能力の副次的な効果のため、強敵相手には火力不足となる事も有り得るだろう。
 然し此度の攻撃対象は、√マスクドヒーローで改造を施され、なんやかんやで√EDENに迷い込んでしまった、√能力者でもない迷いイカである。迷いイカとは何ぞや。
 そんな相手が黒焔の渦に呑まれたら、どうなるか。
 答えはたった2文字で済む。――しぬ。
 今まさに、ゲーミング発光するイカが黒い炎に呑まれ。ゲソが可愛らしくくるりと巻かれたゲーミングイカの炙り焼きが新たに作られたところである。
「手当たり次第に調理して、食いまくってやるぜ〜!!……あぐっ!!」
 この焼き立てほやほやを魚を咥えた野良猫の様に齧り付き、咥えながら。悠斗はハチェットを振り回し、突き刺して、次々と無力化し、一山と言っても良いほどの数を集めてゆく。
 もちろん、エレノール……というよりも、彼女が使役する梟たちの活躍も忘れてはならない。

 ――【|梟の使役霊《ファミリア・ストリクス》】

 この√能力の効果も、悠斗の黒炎と同じく、索敵を主とした能力である。ただし、此方には感覚共有がない代わりに透視能力を付加した『千里眼』……視力と、そして威力が低い代わり静穏性に優れ、空中から襲撃を行う事が出来るというエレノールの色が出た効果を持つ。
「これなら、わたしはやたら眩しい光源を見ないで済みますし、あとは勝手にフクロウさんたちがイカを襲撃して取ってきてくれますからね。実に効率がいいと思います。
 ――それに、ゲーミング発光の心配もありません。」
 最後に本音がぽろりと漏れたが。それはさて置こう。
 しかし、やはり眩しいのであろうか。梟たちの眼がどうも薄目だったり半開きだったりもするが、無音で飛行するハンター39羽が夜空というホームグラウンドに放たれたのだ。
 それは最早、数の暴力だ。あれだけいたゲーミングイカたちが次から次へと狩られ、群れの規模が削られてゆく。

「さて、これくらいでどうでしょう。」
 自身の梟たちの働きにより、巨大なクーラーボックスいっぱいに、ゲーミングイカをぎっちりと詰め込んだエレノールは、漏れ出す七色の輝きから極力目を逸らしながらその蓋を閉じた。
 これだけあれば……きっと、何日かは保つ筈だ。食費の足しになる筈だ。
「ああ、一先ずはこれくらいで十分じゃねぇか。足りなかったら狩り足せばいいからな!」
 一方の悠斗もハチェットからゲーミングイカのぬめりとゲーミングイカ墨を拭いながら頷いた。
 ……適当な布で拭いてよかった。その適当な布は、ゲーミングイカの如くケミカルにカラフルに七色に輝いており。悠斗はその主張の強い輝きを極力見なかった事にして、ゴミ袋の奥の奥に押し込んだ。
「して、先ほどの炙りイカ焼き……お味は如何でしたか。色見は、こう……食べ物の色をしていませんでしたが。」
 大食いのエレノールが気になるのは、勿論そこである。量を食べるにしても、やはり味は気にしておきたいところだ。
 実際に食べた悠斗の意見は大いに気になるところである。
 ずずい、と。彼女の身を乗り出し気味かつ、真剣な琥珀色の瞳に、若干たじろぎつつ。
「おー、聞いて驚くなよ?……マジで、めちゃくちゃ美味かったぜ!」
 悠斗はにっかりと笑って見せてから。
 『お、そうだ』と調味料と薬味を取り出して、思い付きをひとつ。
「生食もイケそうだしよ!イカそうめんとイカのなめろう、食ってみるかー?」
 この願っても無い提案に、エレノールはゲーミングイカたちに負けぬ程に瞳を輝かせて力強く頷き。
 野趣溢れる新鮮なゲーミングイカ料理を一足先に、大いに堪能するのであった。
 ――なお。
「はじめは俄かに美味しいとは信じがたい色ではありましたが。前評判の通り非常に滋味深く、美味しかったです。」
 そんな、彼女のゲーミングイカの感想も、末尾に書き添えておく。

黄菅・晃
吾亦・紅
箒星・仄々

「……ノーコメントにしときたかったけど、1つだけいい?」
「はい、どうぞ。私も恐らく、同じことを考えています。」
 ぶっきらぼうな女性の声音は、強い脱力感を隠そうともせず。
 誰彼ともなく呟いた言葉に律儀に答え、続きを促す少年の声がひとつ。
「今は何かしらゲーミングにするのが流行ってるの?」
「やっぱり。しかし、わかりません。」
 ――少年の声が、きっぱりと即答した。
「そうよねー。……それにしても、ヤバすぎ。」
 この僅かな言葉のやり取りで、2人は心が通じ合った。通じ合えてしまった。
 自他の心の垣根が僅かにでも取って払われること。それはきっと本来美しく、素晴らしい事なのであろう。
 だが、目を刺す程の光量で、しかも七色のゲーミングカラーに輝くイカの群れが宙を漂う夜景が、全てを台無しにした。
 奇しくも脱力感を隠さない白衣の女性、|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)と。
 真面目な声音で律儀な|黒猫《ケットシー》の少年、|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は、先の異なる依頼で、同じ様にゲーミングカラーに眩く鬱陶しく輝く『ゲーミングボラ』にも縁を結ばれてしまった二人である。
 種族も年齢も思考の傾向も全く異なる2人だが。この点についてだけは、冒頭の通り見事な一致を果たしたという訳である。
 ――しかし。
 今日はこのゲーミング生物被害者の会に入れられてもおかしくない二人に、新たなる風が吹いた。
「あきちゃん、ゲーミングイカだって。お土産で持って帰ろうよぉ。」
 この鬱陶しいくらい煌びやかなゲーミング発光の嵐の中で、なんとものんびりまったりマイペース。
 まるで|吾亦・紅《ごえき・こう》(警視庁異能捜査官カミガリの不思議ちゃん・h06860)の周りだけ、風が凪いでいるかの様だ。
 ゲーミングイカを|お土産《たべもの》として持ち帰ろうとしている者たちもいる中で、彼女もお土産として持ち帰ろうとしているらしい。
 しかし、『あきちゃん』とは何者か?此処には晃と、仄々と、紅の3人のみの筈だが……
「えー?気持ち悪い?ほら、綺麗だよぉ?引っ張ってくる透明な子たちより可愛いねぇ。」
 ほわわん。まるで綿菓子の様に柔らかな声が、大きめのショルダーバッグと並ぶように腰に括り付けられている人形に向けられている。
 どうやら、『あきちゃん』とは頭部が青い花で埋め尽くされている人形のことのようだ。
 紅にはあきちゃんの声が聞こえているようだが……晃と仄々には聞こえない。
 しかし、√能力者たちの能力は正しく十人十色。相手の能力の全容を理解できない事など、日常茶飯事である。
 故に、カウンセラーと黒猫はあっさりと『あきちゃん』の存在を受け入れた。
 そして、交流が生まれれば、思わぬところから近しい意見を持つ者も現れるものである。
「そうですね。海上を七色の発光体が次々と飛翔していくのは、中々に美しいですよ。
 ……確かに目には来ますけれども。」
「だよねぇ。あきちゃん、猫さんだってこう言ってるよぉ?」
 そう、戦いに於いては光り輝く音符の弾を放つ、芸術家肌の仄々である。
 ぼんやりとしながらも感受性の強い彼女とは、感性の合致する部分も多いかもしれない。確かに、言われてみれば海面にゲーミングイカの輝きが不規則な波に反射して散る様は、美しくも感じられる。
 これで光量さえ加減されていれば、人によっては観賞用生物として愛玩される道もあったであろうに。何故、味に力を入れたのか。
 一方で、ゲーミングイカの輝きにうんざりとしている晃の方はといえば、あきちゃんの方に意見が近しい……ような気がする。
 √能力と同じく、ひとの美観だって千差万別だ。紅とあきちゃんの意見が合わないのだって、これもよくある話だろう。

 さて。然程変化を見せぬ表情の下、既に喜怒哀楽の影を動かして問答無用で捕獲、断固として殲滅という方針を固めているらしい晃に対し。
 根が生真面目な仄々は、このゲーミング生物を次々と世に放っているという、√マスクドヒーローの怪人の思惑について思考を巡らせていた。
「七色に発光する、空飛ぶイカさん……作り出した目的がよく判りません。
 食糧危機の解決なんでしょうか?もしかして、善い方?
 しかし、只のイカですからエラ呼吸のままですよね。今は窒息状態なんでしょうか、それで光ってる……?」
「わぁ、黒猫さん、かわいいねぇ。考え事の邪魔をしたらダメだから、しー、だねぇ。」
 紅が人形に話しかけている通り、顎に手を当て、てちてちと思考を重ねながら歩き回る黒猫の姿は実に愛らしい。
 ゲーミングボラから始まり、ゲーミングイカで事態は微妙に悪化し、技術は飛躍的に向上しているため、何らかの企みも絡んでいるのかもしれないが……
 今後のゲーミング生物の発生状況と推移を見守るのも良いだろう。
「色々わからないことだらけですけれども、このままでは生態系に悪影響が出てしまうかも知れません。イカ釣りと行きましょう。」
 現状ではやはり『わからない』と結論付けて行動する事を決めた仄々を見て、晃はふと口元を緩め。
「お、はじめるー?そうね、放っておくと生態系云々がどうこうどうこうってやつねー。じゃ、私たちは網漁でもするかー。
 ――ほら、目を覆いたいのはアンタだけじゃないの、さっさと働きなー?」
 その網漁の要となる肝心の悲しみの影が、空を飛び交うUFO或いはUMA一歩手前のゲーミングイカに怯えて中々動いてくれなかったが。
 主人の何とも言えぬ諦念を感じ取ったのだろう。遂には観念したのか、飛ぶ鳥を捕えるための巨大な網……霞網の様に、その姿形を変化させた。
「釣りにぃ、網ぃ?」
 一方、紅はそれぞれに漁を始めるらしい二人を見て、かくんと首を傾げていた。
 ひと目見てわかる様な『網』を作り上げた晃は兎も角、釣りをするという仄々の手には、抱えた手風琴は見えても釣り竿が何処にもない。不思議に思うのも無理もないだろう。
 そして、ひとが何かを始めるとなれば、自分も何か行動してみたくなるのが人情というもの。
「……ねぇ、あきちゃん。やっぱりダメかなぁ?」
 紅は再び人形に問う。傍から見たら、ひとりごと。されど、2人の間では確かに言の葉が交わされ……ぷくり、と。彼女の頬が膨らんだ。
「でも、連れて帰るもん。」
 すっかり『へ』の字口である。やはり意見は合わなかったようだ。
 ――それにしても。おや、今。『連れて帰る』と。そう言いましたね?
 あきちゃんが頑として意見を曲げないであろう理由が、少し見えた気がする。
 一方で、『釣り』をするという仄々は、やはり釣り竿の一本も持っていない。
 代わりに留め具を外し、蛇腹を開いて大きく夜風を吸い込ませてやるのは翡翠色の手風琴。
「今日の演目は『夜釣りブギウギ』。様々な場所で釣りをしまくる、釣り大好きさんのお話です。
 そんな釣り人さんが、ゲーミングイカなんて不思議なイカを釣りに行かない筈がありませんよね!
 ――さあ、|エギング《イカ釣り》の時間です!目眩くショータイムをご覧あれ!」
 前口上を朗々と語り、アコルディオンシャトンでテンポの良い軽快な音色を奏でれば。
 手風琴に仕込まれた拡声機能が、ゲーミングイカに支配され、夜であることも忘れさせる様な輝きに満ちた浜辺に、黒猫の少年の歌声を響かせる。
 すると、どうしたことだろう。途端に音符の形をした、光る無数の釣り針や|餌木《エギ》が、ゲーミングイカに向かって飛んでいくではないか!

 ――夜の浜辺でピカピカ 眩しいピカ
 ――竿をかまえて『さあ来いイカ!』
 ――スミを浴びても 気にしない~♪
 ――イ~カ~ イ~カ~ 七色イカ~!
 ――じゃんじゃんゲットで『大漁イカ!』
 ――イカした夜だぜ! ヒャッホー!

 ――【ミュージカル・ミュージカル♪】
 仄々の語るミュージカルの内容を世界に反映し、一定範囲内の彼の攻撃を全て必中にするという√能力である。
 彼がこの√能力を用いる時は、毎度その場に応じて即興曲を考えてくるのだから、見事なものだ。
 可愛らしく歌って踊る黒猫の姿に、への字口だった紅も上機嫌。
「……んー、やっぱりかわいいねぇ。黒猫さんも、イカさんも。じゃあ、わたしもお手伝いするよぉ。」
 触れてもいないのに、カミガリの先輩に持たされたクーラーボックスがぱかりと口を開け。
 仄々の歌の範囲外にいたイカたちが、頭の鰭を幾ら動かしても、思う様に動く事が出来ず……ひとところに集められてゆく。
「ここで、しばらくおとなしくしててねぇ。」
 それがぎゅぎゅっと、クーラーボックスに詰め込まれて。
 ――ぱたん、かちり。
 またひとりでに、箱は口を閉じた。
 紅が得意とするのは、他人の記憶を覗くサイコメトラーとしての力だけではない。己の思念で以て、触れずとも物を動かす|念動力《サイコキネシス》を操る事も出来るのだ。
(ああ、あの子も私と同じかー。)
 その紅の力を目の当たりにしたことで、|取り替え子《チェンジリング》である晃は、あの赤髪の少女が自身と同種族か……或いは、ヒトならざる存在であると見当を付けた。
 とはいえ今までに面識がない以上、彼女に『人外の者』としての自覚があるかはわからない。そのために口にこそ出さないが……同族には少し、空気が緩むのが晃という|取り替え子《チェンジリング》である。
 そんな主人の空気が緩むのと反比例するように、晃が使役する怒りの影はいつも以上に荒ぶっていた。七色の輝きに、ゲーミングボラとの愉快なやりとりを思い出したのだろうか。
 悲しみの影が変化した巨大な霞網に向けて、巨大な手でゲーミングイカを千切っては投げ千切っては投げ。
 ついでにこんなゲーミング生物とまた相対せねばならない事に対する八つ当たりであろうか、攻撃範囲内にいた喜びの影をひっぱたき。
 ひっぱたかれた喜びの影は『やったな、このー!一回は一回だからなー!』と言わんばかりに、遊び感覚で怒りの影を殴り返す!
「――働きなさいって。」
 ゲーミングイカそっちのけで影同士で始まる乱闘の最中、頼りになるのはまたしてもこの影、楽観の影である。
 皆が大量捕獲したゲーミングイカたちを丁寧に下ごしらえして、影の中にしまっていたクーラーボックスに整然と収めていく姿は、まさに秘書の鏡であり|仕事人《プロフェッショナル》である。
 そういえばゲーミングボラのからすみはどこまで熟成が進んだことであろうか。この楽観の影がいれば、職人顔負けの見事な仕上がりになっている事であろう。
 そしてこのゲーミングイカも味は良いのだ。付け合わせとして有効活用されることもあるかもしれない。鬱陶しいくらいに七色に光り輝くが。
 ――それはさておき。我々は信じられないものを見た。
「私もやるかぁ。ほーら、逃げないのー。」
 あの晃が、自らも小さめの虫取り網を手に取り。網が届く範囲のイカをちょいちょいと捕獲しているのである。
 ゲーミングボラに対しては触れずに喜怒哀楽の影を使役して、決して触れようとしなかった、あの晃が、である。
 近所迷惑にも程がある七色の光の中、妙齢の白衣のキャリアウーマンが虫取り網を振るうというアンバランスさの塊の様なシルエットに。
 普段の彼女を知る者なら見間違いかと思い直すか、残業のし過ぎで遂にタガが外れたかと心配する者まで出るかもしれないが……
 仄々の歌の力に加えて紅という同族を見る事が出来たために、彼女もほんの少しだけ気分が高揚していたのかもしれない。


「これで全てでしょうか。大漁ですね♪」
 夜らしい静けさを取り戻した海岸に、仄々は額を拭う様なジェスチャーをしてみせた。
 沢山並んだクーラーボックスの中には、ゲーミングイカが一体どれ程収められている事だろう。
 幸いにも光が漏れ出している事は無いが、開けた瞬間にゲーミングカラー目潰しを受けないよう、くれぐれも注意して頂きたい。
「お家にも一匹欲しいなぁ。あきちゃん、いいでしょ?わたしちゃんとお世話するよぉ?
 プラネタリウムみたいに綺麗になるよぉ。多分。」
 そして、紅は未だに諦めていなかった。中々の粘り強さである。
 とはいえ如何に奇妙奇天烈な存在であろうと『命』を連れて帰ったならば、終生の世話をするのが飼い主の義務だ。
 しかし、仄々も同意していた通り美しくもあるゲーミングイカに惹かれるのもまた無理からぬことでもある。
 しかし、光量が賑やか過ぎるこのゲーミングイカ。一匹でもプラネタリウム程度の優しい光で納まるだろうか。
 部屋全体がゲーミング発光する、心が全く落ち着かぬ部屋に早変わりする気がしないでもない。
 もし、あきちゃんが自由に動けたのなら、体を張ってでも止めた事であろうが……悲しいかな、彼女は人形なのである。
 最終的な選択権は自由に体の動く、紅にある。強引にゲーミングイカのペット化計画が決行されたのならば、あきちゃんに為す術はない。
 ――さあ、吾亦家の明日はどっちだ。

 そんな同族のやりとりを内心で微笑ましく見守っている晃は、処理したゲーミングイカの処遇を考えていた。
 流石に、こう何杯もあっては知り合い全員に配っても余りが出る恐れがある。
 ゲーミング熨斗イカやゲーミングさきいか、ゲーミングスルメにすれば保存も効くだろうが……晃の顎は随分と鍛えられることになるだろう。
 自宅で一杯呑む時のおつまみが毎回ゲーミングイカ、というのも飽きる気がする。
(――おつまみは機関職員への差し入れってことにしとくかぁ。)
 なお、後に判明する事だが……このイカ、火を通してもゲーミング発光が納まらない。
 勇気ある機関職員たちの登場を願うばかりである。

第2章 集団戦 『カニビーマー』


 静けさを取り戻した浜辺に、√能力者たちが目頭を揉み、或いは目薬を差して己の眼を労わっていた、その時であった。

 ――びしゅうん!!

 夜闇を切り裂く、眩く毒々しい一筋の光!
 いや、一筋では済まない。二筋、三筋……いっぱい!まぶしい!
 幸いと言ってよいのかはわからないが、ゲーミング発光はしていない蟹の群れ……怪異・カニビーマーの群れ、浜辺に上陸である。
 失ってから、少し寂しく思う……なんてことも無い、あの鬱陶しいまでのゲーミング発光に引き寄せられ、食べにでも来たのだろうが……一足遅かった。
 ――しかし、代わりの餌がいるではないか。ここに来たことも無駄ではなかった。
 そう、餌とは√能力者たちのことである。無謀だ。
 カチカチと鋏を鳴らし、威嚇射撃のつもりだろうか。光線が輝くフラッシュバックに迫る蟹の群れ。
 何とも目に優しくない戦いだが……星詠みに聞いた話によれば、奴らも美味とのことである。
 どちらが上位捕食者であるか、その身を以て教えてやらねばなるまい!
黄菅・晃
一戸・藍
クラウス・イーザリー

 ――ゲーミングイカの脅威は去った。
 この場に居合わせた√能力者たちの視神経に多大な爪痕を残しもしたかもしれないが、確かに去ったのである。

 ――その筈、であった。

 突如として、ひとによっては聞き覚えのあるメロディが脳内に溢れ出したことであろう。
 このメロディに真に馴染のある者は、ひとによってはBボタンを連打した事であろう。
 しかし、道具や通信によるそれは、キャンセルはできないのである!止められない!
 どこか懐かしさを覚えるファンファーレと共に、新たに姿を現したのは! 

 ――おめでとう!
 ――藍はゲーミングアロワナに進化した!

 ゲーミングイカたちに負けず劣らずの光量でゲーミング発光する|龍魚《アロワナ》、|一戸・藍《いちのへ・らん》(外来種・h00772)である。
 さて、先のゲーミングイカとの乱痴気騒ぎに於ける、彼女の言葉を思い出してほしい。
『ワンチャン私もゲーミング発光できるかな、と思いまして。』
 そして、居合わせた√能力者がゲーミングイカ墨を浴びてゲーミング発光し始めた事に依り、彼女は閃いた。閃いてしまった。
 その結果がこれである。ゲーミングイカ墨塗れでゲーミング発光するゲーミングアロワナの誕生である。
「後はリンドー氏の現場入りを待つのみですね。しばらくはゲーミング状態の維持に努めましょう。」
 いつの間にかゲーミング水生生物を見せることが目的になっている藍であるが、確かにこれを見せられるリンドー氏が如何なる反応を示すのか。
 この報告書を書いている者も実に気になっている次第である。

「……そういえば、リンドー・スミスって今頃何してるのかしらね。発狂してなさそう?」
 きっとどこかでいい感じにゲーミングイカと対峙し、どこかでいい感じに目薬漬けになっているところであろうが、あのゲーミングアロワナを見たらもうダメかもしれない。
 というわけで、藍の言葉を聞いて思い出したのであろう。哀れこの事件に巻き込まれてしまった、同じ怪異の専門家である連邦怪異収容局員の正気を心配しつつ。
 |黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)はぐぐっと伸びをしていた。
「はぁ、さっきので肩凝ったわー。歳かしらねー。」
 それもその筈。自棄っぱちかそれ以外の要因かはわからないが、彼女の言を借りるのであれば見た目27歳の彼女は年甲斐もなく1m程の虫取り網を振り回して、ゲーミングイカ取りに尽力してしまったのである。
 サイズにもよるが、スルメイカは1匹あたり150g~300gほどの重さが一般的であるという。それを何匹も捕まえたのなら、肩の負担も相応に有ったであろう。
 それに、眼精疲労も肩凝りと相関しているという説もある。この事件が終わったら、暫く目をゆっくりと労わってやって頂きたい。

(まぶしい……)
 横を向けばゲーミングアロワナがゲーミングイカ墨でミラーボールの様に輝き。
(やっぱりまぶしい……)
 浜辺を見れば、カチカチと鋏を鳴らしながら√能力者たちを威嚇し、上陸してくるカニビーマーたちが威嚇射撃のつもりだろうか、天に向けてビームをぶっ放しているところである。
(――そもそも、蟹が光線を放つってどういう状況なんだ……。)
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の内心のツッコミも尤もである。しかし、そういう怪異なので諦めてほしいと言わざるを得ない。
 一説によれば√汎神解剖機関のとある研究所の研究者がこの怪異の開発に関わっているという。どの√にも迷惑な輩は居るものである。
 クラウスの先の依頼の言によれば、√ウォーゾーンでゲーミング発光に見慣れているというので、もしかしたら√妖怪百鬼夜行が最後のオアシスなのかもしれない。
 さて、クラウスが彼の視力保護的な意味で命綱となったゴーグルを着用し、カニたちとの戦闘準備が整ったところで。
「おや、立派なカニがたくさん。蒸し蟹にすれば美味しそうですね~。」
 先陣を切ったのは進化したてほやほやで食欲の虜となっているゲーミングアロワナ。そして。
「ビームが出せなければただのカニよね。いいおつまみになってちょうだいよ?」
 ゲーミングボラ、ゲーミングイカなどのおつまみに凝る羽目になっている晃である。
(……出遅れた。)
 一方で、クラウスは一歩出遅れてしまったのである。というのも。
「あまり美味しそうな色じゃないけど……そもそも蟹ってどうやって食べるんだ?」
 √ウォーゾーンに生まれ、栄養の補給にのみ重点を置いたディストピアな食に親しみ、√ウォーゾーンのカロリー爆弾ことゲーミングスイーツを共に育った彼である。食に無知なのも致し方あるまい。
 むしろ、カニの美味さを知っているゲーミングアロワナとカウンセラーの動きが歴戦の傭兵を上回る動きをしたというだけの事である。
「アンタは遊んでばっかりだったから倍働いてもらうわよー。」
 晃の命に従い、ぞわりと足元の影から這い出したのは喜びの影。
 その影が、カニビーマーにじゃれつく様に襲い掛かる。

 ――【|狂喜乱舞の影《シャドウオブヒドニズム》】

「――まぁ、この子(喜びの影)にとっては全部遊びなんだけど。」
 そう、好奇心旺盛な喜びの影は、遊び半分、じゃれ合い感覚で対象を粉砕するという困った性分を持つ。
 先のゲーミングイカ取りの最中でも、同じ晃の支配下にある怒りの影と乱闘を始める程度には無邪気に破壊活動を楽しんでしまうのである。
 もちろん、主である晃には忠実なので。カニビーマーの一匹が、早速殻ごと粉砕されて宙を舞った。
 それをぽかんと見送る、怪異たるカニたち。
 そして、次いで轟く銃声に、カニの頑丈な甲殻に大穴が空いた。
 そしてカニたちは己の過ちに気付くのである。黒衣の人間はともかく、あの白衣の人外とゲーミング発光している魚類は我々を捕食者として見ていない、と。
 俄かに慌ただしくなるカニの群れ。しかし、捕食者の側は一切容赦はない。
「暴れられて脚がもげたらもったいないですし、さっさと締めてしまいましょうか。」
 ゲーミングアロワナの号令と共に宙を舞い始めるのは、ピラニアに、エイに、アヒルさんの形をした、藍が指揮するドローンの群れ。
 それが一斉に、黄金に輝く必殺モードに変形した。
 また光り輝くのか!ゲーミング発光、毒々しい赤と来て、次は黄金か!

 ――【|過背金龍《ゴールデンフィニッシュ》】

 その名の通り、相対する者に黄金の終焉を齎す√能力であるが、居合わせた√能力者たちの目にも終焉を齎さないか、酷く心配されるところである。
 さて、カニが放つ最大出力の蟹光線は60秒のチャージを要するが、その間はダメージが表に出て来ないという特性がある。
 だが、その間は攻撃し放題!攻撃回数が4倍となったドローンの群れは、イカでも活躍した細長い刃物で、カニのみぞおちあたりから目の間に抜けるようにドスッと貫く様な攻撃を繰り出し。
 カニの限界耐久値まで攻撃しては4倍となった移動速度でその場を離れ、次の獲物を食い荒らしていく。
 その背後では、最大出力のビームを放った後に、まるで自壊するように崩れ落ちてゆくカニビーマーの亡骸が残るのみ。

(――あの晃さんがおつまみに、と言うんだし。美味しいってことは後で食べるんだろう。
 できるだけ傷付けすぎないように気をつけよう。)
 さて、この場で唯一カニビーマーたちから『捕食者』として見られていないクラウスである。
 故に、カニたちはプレデターのいない唯一の安全地帯である彼の元に押し寄せる事となったのだが。
 ――カニたちは知らなかったのである。
 この場で最も現場慣れしているのが、彼であると。
(頑丈な甲羅に攻撃しても、弾かれそうだ。)
 そう判断したクラウスは、カニの目にも止まらぬ速さでそのつぶらな眼前に迫ると。
 思いっきり腹を蹴り上げて、その体を引っ繰り返してやる。カニは引っ繰り返っても器用に起き上がる能力を持っているが、その様な時間を歴戦の傭兵が呉れてやる筈も無い。
 カニビーマーは、咄嗟に最大出力のビームをはなつためのチャージを行う事で、60秒の時間稼ぎを試みるが……
「こんなのを四方八方から撃たれたら、こっちが夜食にされてしまいそうだ。」
 カニに馬乗りになったクラウスが、その右の掌で触れた途端に。チャージの気配が、止んだ。
 ――【ルートブレイカー】
 あらゆる√能力を無効化する、√能力殺しである。腹という弱点を曝け出したまま、何が起きたか理解できない、といった様子のカニの腹に。
 銛の様に錬成した魔力兵装が吸い込まれ、その息の根を止めた。
「これくらいなら、傷も最小限かな。」
 顔馴染である晃をちらりと見れば。
 『ばっちりよー。』とばかりにひとつ、ウィンクが返ってくるのであった。

 緒戦からカニたちにとって惨憺たる状況に陥っているが、√能力者たちはまだまだいるのである。
 それも、そのほとんどが彼らを美味しい獲物として見ている筈だ。カニたちにとっての悪夢はまだまだ終わらない。
 星詠みがその様に紹介したのだから仕方がない。恨むなら星詠みを恨んで頂きたい。
 この場を生き延びる事が出来たら、の話であるが。
「カニもどんどん収納しましょうね〜。」
 ゲーミングアロワナが操る氷を満載したナマズ型のドローンが、仲間たちの亡骸を美味しそうに口の中に放り込んでゆく様を。
 哀れなカニの怪異たちは、震えて見上げるしか出来ないのであった。

エレノール・ムーンレイカー
葦原・悠斗

「ええ……?今度はビームを出すカニですか?!もう何が何だか……。」
 エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)の困惑は御尤もである。
 はい、カニです。元気よくカチカチと鋏を鳴らしていますが、カニです。
 時々ビームをぶっ放してきますが、カニなんです。
「カニ?!カニだ!!しかも美味いカニ!!よっしゃあ!!食い物が増えるぞ!!」
 |葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)のテンションがすっかりぶち上がる程に、しっかりとおいしいカニです。
 先のゲーミングイカとの乱痴気騒ぎで、即席料理まで作ってみせた悠斗である。緑色の殻という妙な体色であろうと、美味いと聞けば怯む筈も無い。
「しかも、ビームはゲーミング発光よりも数段ヤバい代物じゃあないですか!周囲に損害が出る前に、何とかしませんと……。」
 だがエレノールの懸念する通り、敵は冗談の様にも思える能力を持つが怪異である。
 ただ目を殺しに掛かってくるだけだったゲーミングイカのゲーミング発光に対し、この蟹のビームには殺傷力がある。
 人の身体に当たれば、穴くらいは容易く空くことだろう。
 しかも、それがわらわら、わらわら。次から次へと上陸してくるではないか。
 このまま、エレノールと悠斗も数の力に磨り潰されてしまうのか……!?
 然し、悠斗の一言がエレノールの心を奮い立たせた。
「カニとイカなら……海鮮丼か?!炒めてパスタと和えるのも悪くねえ……!!テメーらまとめて全部食い尽くしてやるから覚悟しとけよ……!!」
「――え?あれもおいしい?……海鮮丼に、パスタ……!」
 ――ほわんほわんほわん。
 彼女の頭の中に思い浮かぶのは、ほかほかの白いご飯の上に、ゲーミング発光するゲーミングイカの刺身と、カニの剥き身。付け合わせは何がいいだろう。薬味の大葉に、それから、それから……。
 それにゲーミングイカとカニビーマーのパスタときたら、きっとトマトにバジルを合わせても美味しいだろう。
 この際、ゲーミングイカの刺身もパスタに入れられた身もゲーミング発光している事など些細な問題だ。美味さは全てにおいて優先されるものである。
「じゃあ、気合入れて駆除しましょう!」
 さあ、食欲に火の付いたエレノールの目の色が、明らかに変わった。
 調理と食う事に意味を見出した悠斗の金の目と同じ、大喰らいの捕食者の目である。
 ――きっと、怪異と化したその日以来。
 カニは天敵であるタコを恐れる事も無くなり、寧ろ海の底でタコに力の差を教えてやっていた事であろう。
 たかが人間如き、この怪異としての力があれば餌に過ぎないと。そう思い上がっていた事であろう。
 しかし、その日。カニたちは、己の立場というものを身を以て思い出す羽目となった。

「創世の烈火を纏いし剣、その灼熱を以って我が敵を灰燼に帰さん!
 ――いいえ、灰燼に帰したら食べられませんので!いい感じの火力で焼きガニにしてあげましょう!」

 ――【烈火の双剣《インフェルノ・デュアルブレイド》】

 虚空に描いた魔法陣より取り出したるは、二振りの炎の剣。そのままカニの群れに向かって振るわれれば、紅蓮の嵐が巻き起こり。
 炎に呑み込まれた傍からカニたちが丸焼きとなってゆく。
 そして、前線を担うエレノールを背後から支えるのは疑似拳銃『メラナイト・ロスコウ』を構えた悠斗だ。
「気にせず斬りまくってやれ!こっちはまとめて焼き払う!」
 エレノールが仕留め損ねたカニを撃ち抜くのは【|黒炎弾丸《ブラックバレット》】。
 ドーム状に膨れ上がった爆炎が、カニビーマーたちの殻をこんがり香ばしく焼き上げて。
 さらに、エレノールの炎の双剣には彼女の能力をさらに高める黒炎のオーラが付与された。
 元々、エレノールは√能力者の中ではかなりの腕利きに含まれる。そんな彼女の能力に更なる|強化《バフ》が加わったらどうなるか。
 連射される300発のカニ光線を回避すべくエレノールが射程範囲外に駆け出せば、カニたちの円らな瞳ではその動きを捉える事など出来よう筈も無い。
「あとで全力で美味しくいただきますので、お覚悟を!!」
 発射後の隙を突いて、炎の刃がその殻をものの見事に両断してみせて。

 ――目の前のエルフと人間はなんなのだ!ただの餌ではない、寧ろ我々が餌だ!
 ――本能に刻まれたタコよりも恐ろしいプレデターだ!

 炎から逃れ、捕食者たちの猛攻にたじろぐカニの殻の関節、その隙間に。
「おっと、こっちがお留守だぜ?」
 ――どすん、と。
 悠斗がホームセンターで適当に買ってきたハチェットが吸い込まれ、その身を解体するのであった。


「しかしながら、イカにカニと、仮にも依頼中なのにこんなに美味しい思いをしてもいいんでしょうかね……?」
「いいんだよ、今食うのも後で食うのもおんなじだ。たまにはこういう役得もあっていいだろうよ!
 ――って、さっきから食い過ぎじゃねえかって?心配すんなよ、俺は大食いだからな……!」
 上手に焼けて炙り焼きとなったカニ脚を叩き割り。
 ほくほくと湯気を立たせる内側の身を、これまたほくほくとした笑顔で頬張るエレノールと。
 持ち込んだ調理器具やら調味料やらを用いて、解体したカニの刺身を美味しく齧る悠斗。
「あ、そちらのポン酢、試していいですか?」
「ポン酢ぅ?持ってけ、持ってけー。」
 すっかり和やかな食卓の風景であるが、まだまだ戦闘中である。
 しかし、カニビーマーたちは、仲間たちの身を貪り食う彼らに近付く事が出来ない。
 ――そう、本能から来る恐怖がそうさせているのである。
 何故なら、下手に動いてあのプレデター二人に魅入られれば。次にあの食卓に並ぶのは、自分なのだ。
「それで?まだまだいますよね、カニ。」
「おう、まだいるな、カニ。」
 ――いいや。動いても、動かなくても、運命は変わらない。
 ぎらりと隠さぬ食欲に輝く琥珀の瞳と金の瞳がカニビーマーたちに向けられれば。
 カニたちは被食者としての恐怖に身を震わせ。一歩後退……は、できないので。
 カニ歩きで距離を取るのであった。

吾亦・紅

「あきちゃん、カニさんだよぉ。イカさんと一緒にお土産にしようよ。」
 |吾亦・紅《ごえき・こう》(|警視庁異能捜査官《カミガリ》の不思議ちゃん・h06860)
は、迫りくる怪異・カニビーマーを前にしてもふわふわのんびりとした空気を纏ったまま。
 むしろ無表情ではあるがご機嫌な様子で、人形の『あきちゃん』の両手を持ち上げてバンザイさせた。
 この時点で、カニビーマーたちは色々と察している。むしろ、カチカチと鋏を鳴らすのも、怯え混じりの威嚇である。
 今までの敵たちがそうであったように、目の前の少女は我々を敵として見ていない。
 我々を食材として見ていやがる!またしても恐ろしいプレデターが来やがった!
 なお、ゲーミングイカのペット化計画についてはあきちゃんと意見が対立したが、お土産云々はあきちゃんと意見が一致しているらしい。つまり、止める者は誰もいない。
「お鍋が食べたいなぁ。先輩たちとお鍋パーティー。」
 ゲーミングイカが詰まっているクーラーボックスとは別の箱の蓋を開けながら、うきうきとした雰囲気で言い放った何気ない一言に。カニビーマーの一匹が震えあがった!
 ――カニ鍋ッ!?
 この小娘、我々を煮え滾る熱湯の中に放り込み、仲間たちと一緒に貪り食おうというのかッ!?
 幾ら捕食者とはいえ、その様な残酷な所業が許されるのかッ!?
 以上、カニからの視点である。

 ――と。動揺しているカニの殻に、ごつんと。
 どこからか飛んできた、大きな岩が当たった。
 とはいえ、岩が当たった程度で怪異たるカニの甲羅には傷など付かない。
 ……これがただの岩であったなら、の話だが。
「このカニさん、泡吹くのかなぁ。ぐるぐる~。」
 突如としてカニビーマーの視界が、歪む。捻じ曲がる。足元すら覚束ない。
 よくよく目立つ、目の前の赤い髪の少女の姿に、光線の照準が定まらない。

 ――【|念動力《サイコキネシス》】

 紅の、この√能力発動の引き金となったのは、先ほどカニビーマーの殻に当たった岩である。
 そう、彼女の思念により動かされた、周囲で最も殺傷力の高い物体で攻撃されると、ダメージと共に平衡感覚の混乱を引き起こすのである。
 可愛らしくふわふわとした口ぶりに似合わぬ、まともな戦闘行動を不可能にもし得る、凶悪な効果ではないだろうか。
 泡だって吐きたくもなるが、しかし。平衡感覚がまともでなくても、戦うことは出来る。
 よたよた、よたりと。ふらつきながらも紅に光線を放つために向けようとした鋏から。
 今度は、パキッと。小気味の良い音がした。
 捻じ曲がり、ぐるぐる、ぐにゃぐにゃと歪み切った視界の先。光線を放とうとした鋏が地面に転がっているではないか。
 元々カニの鋏は自切しやすい造りになっているとはいえ、こうもぽろっとはいかないものである。
 そう、怪異を怪奇現象が……紅の得意とする念動力が襲い掛かり、捻じ切ったのである。
 サイコキネシスで捻じ切りたてほやほやの蟹ばさみをクーラーボックスに納めながら、紅が呟いた何気ない一言に。
 カニの一匹がよろめきながら、竦み上がった。
「かに味噌が好きな先輩もいたよねぇ。プレゼントしてあげるんだぁ。」
 ――かに味噌ッ!?
 甲殻類なので表情は変わらないが。何と恐ろしく残酷な食べ方をしようというのか。
 そう、かに味噌。それはカニに於ける甲羅の内側……中腸線、簡単に言えば内臓である。
 ――目の前のふわふわとした赤髪の√能力者の仲間は、我々の内臓を啜ろうというらしい!
 我々に穏やかに食われる権利はないのかッ!?
 以上、再度カニからの視点である。当初の強気な捕食者目線はどこへやら。完全に被食者目線である。
 その視点も、程なくして天界からの幽体視点に置き換わるのであった。


「イカさんだけだったら寂しいよねぇ。カニさんも一匹お家に欲しいなぁ。」
 などと、紅がいつも通りにほわわんと呟いたが。
「えー、分かったよぉ。うーん、どっちにしようかなぁ。」
 せめてどちらか一匹にして、とあきちゃんが抗議したらしい。
 紅がそこまで『へ』の字口にならないという事は、彼女なりに納得出来たのだろう。
 当の本人は、可愛らしく首を左右にこてんこてんと傾げながら真剣に悩んでいるようだ。
 殺傷力はないが、その七色の輝きを以て目と御近所に光害というダメージを与えに来るゲーミングイカか。
 殺傷力はあるが常時発光ではないために多少は目に優しいものの、|発光《ビーム》した時に人類や家屋に大穴を開けうるカニビーマーか。
 |吾亦家《保護者宅》の明日はどっちだ!?

深見・音夢
矢神・霊菜
箒星・仄々

 七色に輝く光を目当てにやって来てみたら、それはまるで誘蛾灯。
 カニビーマーたちが喜び勇んで来てみた其処は、餓えた捕食者たちの只中であった。
 既に多くの同胞たちがゲーミングイカを食べるという本懐を遂げられぬまま√能力者たちの胃袋を満たし、浜辺に転がるのは中身を喪ったカニの殻ばかり。
 海に逃れようにも、餓えた√能力者たちが彼らを逃がす筈も無く、包囲は既に完成している。
 こうして怪異として恐れられる筈であった|被食者《カニ》たちは、最早残り僅かとなった生き残りたちと共に、必死の抵抗を試みるのであった。

「それにしても、2連続で発光生物は流石に目にくるわ。」
 眉間を揉みながら呟いた|矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)の表情は、渋い。不機嫌そうに眉間に皺を寄せているが、それもすべてゲーミングイカたちのゲーミング発光による疲れ目のせいだろう。たぶん。
「曲がりなりにもこっちは正真正銘の怪異なんですし、ビーム撃つくらいは許容範囲っすよ。」
 一方の|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は、怪異とはそのような存在であろうと、余裕のある表情であるようにも見える。
 ゴーグルで眼を保護している上に、先ほどのゲーミング発光生物化した己を思えば、この程度の光線の輝きなど可愛いものだ。
 さらに。音夢を強気にさせるだけの理由がもう一つある。
「……ちなみにあれ、食べても大丈夫なんすよね。甲殻類とか割と好物なんで。」
「え……あれ食べれるの?ほんとに?怪異よね?……食べて大丈夫なの?」
 音夢のベースとなった生物は、ネムリブカ。主にサンゴ礁に生息する小型のサメであり……自己申告の通り、硬骨魚類のほか、甲殻類を好んで食べる事でも知られる。
 つまり、今までの捕食者以上に本職も本職、まさしく|天敵《ラスボス》である。
 本能的に、カニビーマーたちが音夢から逃れようと脚をバタつかせるのも当然の話だろう。
 既に食べる気満々の音夢に対し、霊菜は『怪異』であるカニビーマーたちの見た目に警戒心を露わにするが。
「既においしく食べているひとたちもいるみたいっすよ?」
 あんな感じで、と、サメの怪人の視線の先を霊菜が追ってみれば。こんがりと焼けたカニやカニ刺しを食べている一団がいる。
 この際、戦闘中であるという点についてはさて置こう。
 少なくとも、突然泡を吹いて倒れるという事も無く、お代わりを楽しんでいる様子ですらある。
「星詠みさんは美味しいって言っていたけれど。食べられるとしてもちょっと、かなり勇気がいる見た目ね……。」
 などと、今更常識人の様な事を言い始める霊菜だが、ゲーミング生物などと比べればどっこいどっこいであろう。
 ゲーミングボラやゲーミングイカが食べられるなら、このカニビーマーを食すのも恐れる事はない。
 是非、ご家族を巻き込んで怪異より怪異らしいイカや、怪異の料理を楽しんでいただきたい。
「とはいえここからは√能力者として真面目に戦わないとっすね。
「そうですね、怪異なら遠慮は無用です。眩しいカニさんの光に負けないよう、賑やかに参りましょう。」
 真面目な調子で音夢の言葉に頷くのは、恐らくこの場で唯一、カニビーマーを食べ物として見ていないであろう|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)だ。
 猫に生のカニを与えるのは危険であると言われている。というのも、カニの身に含まれる『チアミナーゼ』という成分が猫の体内でビタミンB1を分解してしまう事によりビタミンB1欠乏症を引き起こし、ふらつきや食欲不振などの症状を引き起こしてしまうのだ。
 チアミナーゼは熱で不活化できるため、焼きガニなら食べられるだろうが……仄々が食欲を見せないのも、猫獣人として当然の反応なのかもしれない。
 それはそれとして、カニにとっては誰も彼もが敵である。何とかして突破せねば、行き着く先は仲間たちと同じ√能力者たちの腹の中だ。
 そんなのは真っ平ごめん被ると振るわれた蟹鋏を『にゃんぱらりっ!』と黒猫が踊る様に避けてゆく。
「一体ずつなら大したことは無さそうでも、流石にあの数。それもチャージ付きの、いかにもヤバそうなのに突っ込むのはよろしくないっすね。」
 冗談の様な生態だが、鋭いカニ鋏に、光線の最大出力は冗談では済まない威力を発揮する。それが壊滅寸前とはいえまだ数はいるのだ。音夢の懸念は尤もであろう。
 チャージが始まれば、一時的にとはいえビームを放ち終えるまでダメージが表に出て来なくなるという厄介な性質もある。
「となれば、ビームを邪魔しつつ甲殻をぶち抜ける一発があれば良し!」
 先手必勝、音夢が弾薬ポーチから取り出したのは白・赤・青の三つの弾丸。これを手早く対物狙撃銃に給弾し。
 狙いを定めるのはカニの群れの中央だ。
「さっきのゲーミングイカよりも眩いの、いっちゃうっすよ!」
 ――瞬間。
 夜の海辺が白く、白く輝いた。それを目の当たりにしたカニたちは、強烈な光の刺激の前に正体を失い……トリモチ弾がその鋏の動きを封じた。
 身動きも取れず、脅威となるビームも撃てぬカニビーマーなど、ただのカニでしかない。
 【|三点式連装弾《トリコロール・バレット》】のトドメとなる青い弾丸が、甲殻を易々と貫き、棒立ちとなったカニの息の根を止めるのであった。

 音夢が銃撃戦を繰り広げる一方で、一網打尽を狙ったのが霊菜と仄々のコンビである。
 さて。カニと言えば、深夜の通販番組で一杯ン千円で売られている事もある品物だ。
 深夜の暴走気味のテンションでついつい買ってしまったこれが鍋の具材になったり、冷凍庫の肥やしになって数か月後に発掘されたりと様々な物語の種になる事もあるが。
「うーん、ひとまず一気に凍らせちゃいましょうか?」
 霊菜が口にした途端、彼女の周囲に一足早く冬将軍が訪れた。
 サワガニなどの一部のカニは、厳冬期には冬眠する事で知られる。
 また、深海に生息するタカアシガニも、適応している水温は凡そ9度ほど。それが0度を遥かに下回る外気に曝されたなら?
 幾ら怪異と雖も、【凍壊の一撃】……√能力による冷気など耐えようがない。ぱきぱきと瞬間冷凍された蟹たちの氷像の完成である。
 そして煌めくカニたちの氷像に囲まれて、手風琴を奏でるのは仄々だ。
「そう、明るくするならこんな風に、ですよ!」
 【愉快なカーニバル】によって生み出された七色のメロディと音符がカニたちに反射し、優しく七色に輝かせる。
 カニの氷像に五線譜が絡みつけば、内部の身を食べやすい解し身にする様な音撃が叩き込まれ。
「うーん……これも、持ち込んだら調理してもらえるのかしら……?
 さ、片っ端から絞め……違った、止めを刺そうかしら?」
 仄々の音楽に力を得た霊菜の刃が、氷漬けのカニの甲羅の隙間に突き立てられ。
 カニビーマーたちの身体をカニ脚、カニ鋏、カニの甲羅……各部位に、バラバラに解体してゆく。
「ほら、生鮮物って、瞬間冷凍した方が鮮度が落ちなくて美味しさそのままだっていうし!」
 あれほどカニビーマーを食べる事に及び腰だった霊菜ではあったが。家庭用の大鍋に放り込むには、きっとちょうど良いサイズとなっている事だろう。

 さて。この凍結の範囲から逃れたただ一匹のカニビーマーは、この世に現れた地獄の如き惨状を震えて見ている事しか出来なかった。
 あれだけいた仲間たちは目の前で貪り食われ、今も氷漬けにされ、バラバラに惨殺されているのだから。泡だって吐きたくなる。
 ――もう、自分は助からないだろう……
 カニは甲殻類でありながら、己の末路を悟った。捕食者たちはあまりに強すぎた。
 燃やされて、凍らされて、斬られて……今までに見た事のない死に様だ。
 きっと、自分も仲間たちと同じく、その様に死ぬのだろう。だが。
 抵抗が無駄とは思わない。己が生きた証を、敵への爪痕として残すのも悪くはないだろう。
 せめて、ひとり。せめてひとりでも、貪り食われた仲間の弔いに道連れにせねばならぬ。
「――さあ音色を合わせて。」
 手風琴の音が浜辺に満ちる中、カニは決意した。決意と共に、ハサミを構え……
「――今です、夜の海をもう一度美しくしましょう!」
「こんな感じ、にっ!」
 今にも光線を放とうとしたカニビーマーの視界が、|七色の閃光《ゲーミング発光》に包まれた。
 強烈なゲーミング発光により、目潰しを受けたカニの光線は√能力者たちを捉える事は出来ず、闇夜を切り裂いて、消えてゆく。
 ――種明かしをしよう。
 カニビーマーの視界を奪ったのは……音夢が投げ込んだ、ゲーミングイカであった。
 そう、彼女が先の戦いで己の√能力の爆発に巻き込み、焼きゲーミングイカとなった、アレである。
「これだけ輝いて目立つ餌なら、蟹も食いつくでしょうよ!」
 と、彼女はカニとの戦いに備えて、念のために隠し持っていたのだが。目立つ餌どころか、見事な|閃光弾《フラッシュバン》として機能してしまった。
 √能力者たちの目に甚大な被害を与えた光量は、怪異にも有効であったという訳だ。
「さて、これで最後っすね。心配しなくても大丈夫っすよ。間違いなく美味しく頂くっすから。」
 ――夜の浜辺に轟く、|慈悲《スティレット》の銃声が一発。
 獲物を極力苦しめぬよう、零距離で放たれた青い対物貫通弾。
 この弾丸が確かにカニの硬い甲羅越しに急所を貫き、沈黙させたのであった。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


「――実に。実に酷いものだったな。」
 その声は、心の底から疲れ切っていた。
 物陰から眉間を揉みながら姿を現したのは、連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』。
 このわけのわからない七色に輝く事件に巻き込まれてしまった、哀れな√汎神解剖機関の|王権執行者《レガリアグレイド》である。
 彼も|新物質《ニューパワー》を求め、ゲーミングイカやカニビーマーと人知れず対峙していたのだろう。
 仕立ての良さを感じさせる、彼の黒いコートの所々がゲーミング発光している。油断したか何かで、ゲーミングイカ墨を浴びてしまったのであろう。
 何と言って、そしてどんな表情でコートをクリーニングに出すのだろうか。実に気になるところである。
「君たちとは、今までに幾度も刃を交えてきたが……今回は『ご苦労様』と言っておこう。心の底から。
 ――しかし、いかん。未だに目がちかちかする。カニは兎も角、あのイカが怪異でないとは、どういうことかね。」
 残念ながら、それはこの場にいる誰にもわからないだろう。むしろこちらが教えてほしいくらいだ。
 色々と積もる話はあるだろうし、共有したい苦労話もあるであろうが。
 この仕事は哀れな勤め人である彼を斃さねば終わらないのである。踏んだり蹴ったりだ。
 ゲーミング発光生物どものせいで眼精疲労が限界に達し、周囲の状況も良く見えてはいないだろうが。
 √能力者たちの剣呑な空気を感じ取ったのであろう。
 彼が纏う怪異たちが、警戒するように、きちきちと軋る様な声を上げる。
「――我々が顔を合わせれば、さもありなんと言ったところか。
 せめて、お互いの目に優しい殺し合いにしよう。」
 ところどころゲーミング発光するコートの裾を海風に揺らし。
 リンドー・スミスは、√能力者たちに向けて確かな殺意を向けた。
深見・音夢
一戸・藍

 ――酷い、事件であった。
 いや、まだ過去形にするのは早い。というか、まだ戦いが始まってすらいない。
 人によっては回れ右をして、戦う前から終わらせたいところであろうが、そうはいかない。
 目の前のゲーミング発光するコートを羽織り、疲れ目極まったリンドー・スミスを打ち斃さねば、この極彩色に輝くこのお仕事は終わらないのである。
 そんな草臥れ切った怪異収容局職員の視神経に、出合い頭で追い討ちを仕掛けるのは、これ見よがしにしなやか且つゲーミング発光する|魚体《にくたい》美を誇らしげに見せ付ける、|龍魚《アロワナ》である。
「お待ちしていました、リンドー氏。ご覧ください、この七色の輝き。」
「……失礼だがね、お嬢さん。君の輝かしい姿は、私の左目には些か眩く映るようだ。」
「まあ、イカと同じで怪異ではないんですけど。
 ついでに言いますと、妖怪の類でもない一般通過アロワナなんですけど。
 ここに!ゲーミングアロワナが!いますよ!」
 まるでポージングを決めるかの様に艶めかしく身をくねらせる、どこまでも怪異よりも怪異らしい龍魚に、迂遠な言い回しが届くであろうか。
 普段の彼女……|一戸・藍《いちのへ・らん》(外来種・h00772)ならいざ知らず。
 自らゲーミングイカの群れへと突っ込み、ゲーミングイカ墨を浴びてゲーミング発光を体得する……
 これまでの奇行の全ては今、この時のため。哀れにも、自らもゲーミング発光する羽目となったリンドー・スミスに見せ付けるためだったのだ。
 例え彼がはっきりと『ちょ、眩しくて見ていられない。というか、見えない。』、そう言ったとしても、彼女は止まらないであろう。
 彼も厄介なアロワナに魅入られたものである。
「自分から首突っ込んでるボクらはともかく、光り輝くアレやコレの相手をお仕事でっていうのは難儀っすよねぇ。」
 自前の閃光弾の輝きにも耐えるゴーグルをすちゃりと掛けて、野良ゲーミングアロワナとゲーミングリンドーの七色の輝きから視力を守りつつ。
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は勤め人であり、上から回された仕事からは逃れられぬリンドーを労った。
「祖国の繁栄の為ならば、これくらいの現場仕事も熟すとも。……だが、今はただのひと時でもいいから、目を休めたい。」
 まごう事なき本音を言い放つその声が、既に疲れ切っている。
 今までゴーグル越しとはいえ、ゲーミングイカの乱舞やらカニビーマーの光線の輝きを見てきた音夢には解る。
 とはいえ、此処は戦場だ。訳の分からぬ輝きに満ち満ちているが、死地だ。
「服一着駄目にした同士、思うところはあるっすけど。
 やる以上はきちっと決着はつけないと帰れないってことで……切り替えていこうじゃないか。」
「はい、アロワナ満足しました。戦います。」
「ああ、来たまえ。此方は元よりそのつもりだ。」
 得物である対物狙撃銃のグリップに手を掛けた、音夢の怪人としての殺意をその身に受けて。
 度を越した疲れ目のため焦点の合わぬリンドーの代わりに、彼が纏う怪異たちがキチキチと牙を軋らせ、警戒の声を上げる。
 ゲーミング発光するコートの袖の下からは、肉体融合武装と化し刃の如き姿と成った怪異が姿を覗かせ。
 蟲翅を鳴らし、脚は液状に変異……怪異制御術式を解放した彼の姿は、正に異形。
 宙に浮かび、言葉を解するどころか会話し、あまつさえゲーミング発光する龍魚とは異なる方向で怪異よりも怪異らしいと言える。
 魚故の無表情ではあるが、藍も緊迫した空気を読んだのだろう。戦いに向けた覚悟の様なものを感じさせる気配だ。
 ――果たして、先に動いたのは誰であったか。
 名も無き浜辺にて、この滅多矢鱈なゲーミング発光に終止符を打つ戦いが始まっ……
「……すみません嘘です。もっとゲーミングしたいです。」
 その告白に、誰も彼もが脱力した。お願いだから、戦いを始めさせて頂きたい。
 切り替えていこう、って。たった今、音夢が言ったばかりではないか。
 ――だが、その脱力が。熟練の怪異収容局員に、一瞬の隙を生んだ。
「ほらほら、呆けていていいのかい?」
 先手を取って対物狙撃銃の銃爪を引き絞ったのは、黒衣の怪人である音夢である。
 『刃に心は要らぬ』という教えのお陰もあるのであろうか。メンタルの切り替えは実に早かった。
 いや、ゲーミングイカ駆除の際に、彼女はこう語っていたではないか。
 ――『まさか元職場の連中の仕業ってことはないでしょうけど。』と。
 かつて彼女が所属していた組織において、人々を脱力させるような作戦に従事した事もあったからこそ、耐性があったのかもしれない。
「銃声。――遠距離を得手とするのかね。」
 兎に角、である。放たれた銃弾は七色に鬱陶しく輝くコートを纏ったリンドーの機先を制し、液状となった脚で浜辺を滑る様に這い寄らんとした彼の足を止めさせた。
 さて、戦場で足が止まればどうなるか。突破力のある者に食い破られるのが常である。
 ――がらららららら。
 エンジンの咆哮も無く、虹色の輝きを撒き散らしながら夜の浜辺に唸るホイールの音。
 それは通常の3倍もの速度で名も無き夜の海を突っ走る暴走族。
 いや、族というのは正確ではない。暴走車はただの一台、それに付き従うのは七色に輝く魚群の幻影。
 この時点で嫌な予感がした者もいるであろう。――奴だ。アロワナが来たんだ。
 遂に、無敵化するお星さまでも拾ったのだろうか。だが残念ながらゲームが違う。
(――液状では、砂を巻き込むか。目が満足に見えないこの状態で、これ以上速度が落ちるのはよろしくないな。)
 内心でそう判断し、両足を人間のものに戻した疲れ目のリンドー氏が、その異様な姿をはっきりと見ずに済んだのは幸いであったかもしれない。
 見れば間違いなく、見てはならぬものを見たと、天を仰いだだろうから。
 しかし、視力低下のデバフを受けていない彼の纏う怪異は、藍の駆る暴走車を主人に近付けまいと、脚の代わりに更に複数本を増やした刃腕を振るう。
 だが、彼女の華麗なる車体捌きを捉えるには能わない。
 砂上を華麗にドリフトし。リンドー・スミス目掛け、七色の輝きの尾を曳いて一直線に突っ込んだ!
 ――ごぃん!!!!
「い”ぎぃ”っ……!?」
 車に撥ねられたとはとても思えぬ、何とも重く痛々しい音が浜辺に響き渡り。哀れにも龍魚にひき逃げされた連邦怪異収容局員は、目を剥いた。
 何なら、そのダンディな見目で出してはならぬ様な声まで漏れた。
 ――もしそれが乗用車なら、却って痛みも分散していたかもしれない。
 しかし、そうはならなかった。車は車でも藍が駆るそれは、乗用車ではないのだから。
 それは本来ならば、鋼鉄のフレームを持ちながら人間が乗る事を想定されていない車……
 ――そう。台車、である。
 台車が脛にぶち当たった時の痛みを知る者は、思い出しただけで皆一様に眉を顰める事であろう。
「う……っわぁ……。」
 怪人モードとなり、シリアスになった音夢ですら、その惨劇から思わず目を背けたほどである。
 なんなら、この様な戦場でなければ、彼女も己の脛を摩ってやりたかったかもしれない。
 それが、√能力【|唐草青龍《チタニウムインパクト》】により、恐るべき速度かつ装甲を貫通する威力となり。
 戦場の相性もあって、不幸にも人間の脚に戻していたリンドー・スミスの脛を襲ったのだ。
「お”……ご、ぉ”ぉ”ぉ”ぁ”ぁ”あ”……!」
 刃の腕では、己の足も抑えられない。怪異との融合を解き、己の脛を抱え込みながらこの世のものとは思えぬ呻き声を上げ、ゲーミング発光しながら砂上を転がるリンドー氏。
「……厄日、かな?うん、悪い事は言わないから、君は一刻も早く家に帰った方がいいと思うよ。」
 如何に斃すべき敵であっても、想像するだけでアレは痛い。同情するくらいは許されるであろう。
 そういえば。先のゲーミングボラの仕事でも、厄日なんてワードが頭に浮かんだような気がするな、などと考えながら。
 然し、動けぬ敵を見逃してやるほど音夢も優しくはない。彼女はのた打ち回る愛国者目掛けて駆け出しながら、己の怪人としての本性を露わにする。
 ――異形の怪異には、異形の怪人を。
 彼女のチャームポイントであった鮫歯は、より鋭く。
 肌は水を切り裂き泳ぐことに特化した、夜色に輝く鑢の如きサメ肌に。
 その疾さは、ゲーミング台車で暴走するゲーミングアロワナを更に上回る。

「少々お行儀が悪いが、ね!」
 ――【|擬装限定解除・夜鮫《オトメノスガオ》】

 砂上を転がるリンドー・スミスから難なくマウントポジションを奪い、大口を開けた音夢。
 彼女を何とか斬り払い、払い除けようと怪異の刃腕が咄嗟に動くが。
 それごと、ばきりと。サメの歯が強靭な外骨格からなる腕に喰らい付き、噛み砕き。食い千切った。
 青い血液を撒き散らしながらリンドーに負けず劣らずの悲鳴を上げる怪異を見下ろしながら。
「どうせなら、そこらのイカやカニみたく美味しければ良かったのだけれどね。」
 ぺっ、と吐き捨てた怪異の腕に混じって、折れ、抜けてしまったのだろうか。白い鮫歯も見える。
 しかし、サメは多生歯性と言われ、種類にもよるが1週間から10日ほどで最前列にある歯が全て生え変わる。その生涯の歯の総生産数は数万本ともいわれている。
 その中の一種、ネムリブカをベースとしている彼女の歯も、少々欠けたり折れたりしたところで直ぐに生え変わるのだ。
 何なら、歯など全て折れたとしても構わんとばかりに、幾度も幾度も強力な咬合力から繰り出される噛み付きがリンドー・スミスを襲い。
 彼が何とか音夢を振り払うまで、この一方的な状況は続いたのであった。
 
 緒戦はこうして、ネタとシリアスの温度差で風邪を引く様な状況から始まった。
「いやぁ~、ゲーミング発光って楽しいですね!」
 なお、心は無敵モードでゲーミング台車を乗り回す藍が、自力でゲーミング発光出来る様になるのは。まだ、先のお話である。

セルマ・ジェファーソン
矢神・霊菜

 ――繰り返しになるが。本当に酷い事件であった。
 ゲーミング発光したアロワナが乗り回す、これまたゲーミング発光した台車に脛を強襲され。
 砂上をのた打ち回っていたところで怪人にマウントポジションを取られ、増やした怪異の刃腕を何本か持っていかれた。
 出来るだけ端折ったつもりであるが、開幕からリンドー・スミス氏は散々な目に遭ったのだというあらすじは伝わるであろうか。
 漸く、生まれたての小鹿の様に足を震わせながら立ち上がった彼を見て。
「何をしてるの?ムシュー。ほんとに。」
 セルマ・ジェファーソン(語らう者・h04531)は無表情の中に、呆れの色を微塵も隠さずに呟いた。
「……その声は……また会ったな、フリーランスのお嬢さん。聞きたいかね?」
「|Non,merci《いいえ、結構》.それよりも、この場で一番目に優しくないのはあなたよ。
 油断したか何かは知らないけれど、大事な一張羅が1680万色になっているわ。
 殺し合うよりクリーニング屋に駆け込む方が建設的よ。ほんとに。」
「ふむ、つれないな。……職場にスカウトした時よりも、つれないな。」
 セルマとリンドーは過去に5度以上渡って|対峙《ころしあい》をし、ドーナツを馳走になったりもしているという、そんな間柄である。
 その眼は多様性に溢れた輝きによる目潰しに次ぐ目潰しで像を結んではいないだろうが。
 彼女の声を聴けば、セルマとわかる……そんな、どこか気安い雰囲気も感じさせる、奇妙な関係ともなっていた。
 そんな彼女に、実際は聞いてほしかったのだろう。ほんの少しでもいいから同情してほしかったのだろう。
 ゲーミング発光と共に、内股で肩を竦めながらも非常に残念そうな表情を浮かべる連邦怪異収容局員であるが。
 セルマとしては、幾度か干戈を交えた知己の|痴態の理由《くろうばなし》を聞いたところで仕方がない。

「終始視界がエレクトリカルパレードで酷かった……。」
 |矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)もまた、ゲーミングボラ、ゲーミングイカとカラフルにケミカルに七色に鬱陶しく輝き続ける生物と縁を結んでしまった一人である。
 積もり積もった眼精疲労は尋常なものではない。ダンジョンアタックをピクニック気分で熟す彼女も、目の疲れには流石に閉口したようで。
 あの|七色浮遊怪生物《ゲーミングイカ》に加えて、毒々しい赤い光線を乱射していたカニビーマーと独りで戦っていたであろうリンドーに、共感すらしていた。
「ところで。ねえ、リンドー。他にもゲーミング生物がいるって言ったらどうする……?」
「縁起でもない事を言わないでくれ。」
 ――真顔での即答である。
 唐突に言い放った霊菜だが、彼女は知っている。様々な√世界に、多種多様のゲーミング生物が溢れ出し始めている事を。
「ゲーミングボラにはもう遭ったわ。ゲーミングイカみたいに七色に輝いてね、群れで川を遡っていくのよ。
 もう、川が虹色に染まってすごいのなんのって。」
「Oh……。嘘だろう、嘘だと言ってくれ。私はこの様な怪生物との縁は、これきりにしたいのだが。」
 故に、彼女は勤め人の儚い抵抗の言葉を無視して、冗談のような己の経験を語った。
 だが往々にして、経験というものは言葉の端々に滲み出てしまうものである。霊菜の言葉が恐らくは真実であり、また遭遇すれば面白いのにという本音を孕んでいることを、この哀れな連邦怪異収容局員は認めざるを得なかった。
「|新物質《ニューパワー》集めで、また遭遇しないといいわね!」
 彼にとってはあまりにも不吉な予言を笑顔で告げられるとともに。
 |王権執行者《レガリアグレイド》との戦いの、第二幕が開くのであった。

 ――『せめて、お互いの目に優しい殺し合いに』……
 戦いが始まる前、リンドーは確かにこの様に口にした。
 だがセルマの言う通り、現在の彼のコートは1680万色の輝きを四方八方に撒き散らし、どの口がといった状態である。
 その宮仕え本人も極度の眼精疲労でセルマや霊菜の姿も朧気にしか見えておらず、ほぼほぼ彼の纏う怪異頼りの戦いになっていることは、緒戦を見ても明らかであった。
 さて。ジョンやマーサといった死霊たちと語らうこと以外においては、やや口数の少ないセルマに対し。
 彼女よりも一回り上の年齢かつ既婚者である矢神・霊菜という人物は、別√への冒険を異世界ピクニックと宣うほどに豪胆且つ、少女のような悪戯心に溢れた人物である。
 そんな人物が、良いイタズラを思い付いた、と言わんばかりに口角を吊り上げた。
「目に優しくない戦いねぇ……。そう言われると、やりたくなるのが人の性だと思わない?」
「……マダム。何をやらかす気?」
 『何をやる気』ではなく『やらかす気』と表現するあたりで、物静かなセルマの声にも期待する色が僅かに混ざっている。
「それは、見てのお楽しみよ。」
 ウィンクと共に、冒険での相棒となっているゴーグルを装着する30過ぎの婦人の姿に、セルマもある程度は察した。
 元々、ある程度の悪環境に態勢はある方だ。目を細める程度で、何とかなるであろうか。
「アーア、アーア!アノオジサン、コレカラドンナ酷イ目ニ遭ウノカナ!」
 幼い頃から彼女と共に居るという死霊も、複数の眼をすっかりと期待に輝かせている。
 死霊が嗤い、着々と霊菜が悪戯の仕掛けを準備している中。
「|君《ジョン》の語る末路は辿りたくないものだ。――月並みな台詞ではあるが。
 何を企んでいるかは知らないが、来ないなら此方から行かせて貰うとしようか。」
 例え影の様に朧気にしか見えなかろうと、今のリンドーにとって、己以外に立っている者は全て敵と断ずる事が出来る状況だ。
 ゲーミング発光するコートの裾を海風に翻し、肉体融合武装と化した怪異を鞭の様にうねらせて。
 どちらがどちらかわからぬまま、敵対者を纏めて薙ぎ払わんと振り抜いた。
 ――いいや、振り抜こうとした。
「――だるまさんが、ころんだ。」
 ルビーの如き赤い瞳に射竦められ、僅かの間ではあるが、王権執行者の動きが強制停止させられたのである。

 ――【怪異殺し】

 多くの√能力者にとって、基礎の√能力として知られるこの力であるが、セルマのものは一味違う。
 本来は視ている限り視界内の全対象を強制的に麻痺させる一方で、インターバルを要する√能力【チョコラテ・イングレス】。
 これの出力を絞る事で、無差別な効果とインターバルを抑えているのだ。
 そして、僅かな時間であっても、むざむざと此方に接近してきた状態で止まったのならば。√能力者の中でも腕利きで知られる霊菜が、その隙を逃す筈も無い。
 懐に飛び込んだ霊菜の握り込んだ手には、雪花がちらつく様なファイアが現れた高純度の魔力結晶、クリスタルスノー。
 本来は緊急時に離脱するために、砕いて使用するという品であるが。
「2度ある事は3度あるって言葉、知ってるわよね?4度も5度も同じことだと思わない?」
「待て、君の企みは読めたぞ。いや、待ってくれ。回を重ねたところで目の痛みは変わりはしないぞ、お嬢さん。
 フリーランスのお嬢さん……いや、セルマ君も見ていないで何か言って呉れ給え……!」
「残念だけど、ムシュー。見ていないと発動しないのよ、この力。」
「そういう意味ではないのだがね、彼女を諫める様な何かを言う事くらいは出来るだろう……!」
 セルマの紅眼に魅入られたリンドーの左目は、瞬き一つ出来やしないのである。そんな彼の眼前で。
 錬金術で『光』の魔術式を刻み込んだ魔力結晶が、容赦なく砕かれて。
「おせっかいがてら教えるけれど。疲れ目にはアイマスクがおすすめね。」
 セルマが何処からか取り出した、『収容中』の文字が印刷されたアイマスクをすちゃりと掛けると同時に。
 夜の浜辺に、影という影全てを打ち消さんばかりの閃光が奔った。

「お”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”ぉ”……」
 先ほどは両脛を抑えて浜辺をのた打ち回っていた哀れなリンドー氏であったが、今度は左目である。
 左目を抑えて、夜の砂浜に1680万色の軌跡を描きながらごろんごろんと転がっている。
 流石に、あれ程の強烈な目潰しを受けたらこうもなろう。然し、この場に同情する者などいない。|死霊《ジョン》に至っては大笑いである。
 そして情けも容赦も一切ない。奇妙奇天烈な仕事ゆえに忘れそうにもなるが、彼を斃しに来たのだから当然の事である。
「ふふ。今日はこれ以上、あなたの目にダメージがいかないといいわね!」
 悪戯が首尾よく運んで上機嫌な霊菜は己の竜漿を雷に変換し、更なるエネルギーを加えてプラズマを創り出し。
 彼女が得意とする錬金術で以て、この高エネルギー体をアイスブルーに輝く剣へと加工する。
 未だ立ち上がれぬ王権執行者に代わり、主人を窮地から救わんとする怪異の鞭を見切り、斬り払い。

 ――【雷刃】

 返す刃で、蒼い影をも残さぬ勢いで振るわれた、四連の剣閃がリンドー・スミスを斬り刻み。
「あとは任せたわ、ジェファーソンさん?」
「……ええ、同業者の誼があるものね。感謝するわ、マダム。」
 眼ではなく、肉体の痛みにより苦悶の表情を浮かべた彼の身体に数珠が巻き付き。
 虹色の尾を曳いて、得物の持ち主であるセルマへと引き寄せられてゆく。
 待ち受けるのは、まるで鋸の様な牙を見せ、あんぐりと大口を開けたセルマの|死霊《ジョン》だ。
「虫を模したあなたの怪異たちも、あまり目に優しいとは言えないわ……。」
「此方へヨウコソ、オジサン!飛ンデ火ニ入ル秋ノ蟲、美味シク美味シク食ベチャウゾ!」
 ――がぶり。ばきばき、むしゃむしゃ、ごくん。
 夜の浜に響く、外骨格を噛み砕く咀嚼音。
 ほぼほぼ無防備となっていたリンドー・スミスの本体を守るため、彼を飛び出した怪異たちの多くが|死霊《ジョン》に噛み砕かれ、その腹に納まったのだ。
 本体こそまだまだ戦闘の続行は可能であろうが、その戦闘力を大いに削いだと言っても良いであろう。
「疲れているのなら、早く帰った方がよくってよ。」
「此方だって、そうしたいのは山々なのだがね……。」
 言われずとも、それが出来るなら一刻も早く帰って砂と血に塗れた身体をシャワーで洗い流したいし、この極彩色に輝くコートをさっさとクリーニングに出してやりたい。
 だが、セルマや霊菜をはじめとする√能力者が、ふざけた生態ながら歴とした怪異であるカニビーマーを拠点に持ち帰ることを許さない事も、この連邦怪異収容局員は重々に承知している。
 こうして、浜辺を舞台にした1680万色に彩られた奇妙な戦いは、中盤へと差し掛かってゆくのであった。

クラウス・イーザリー
葦原・悠斗

「――よお、怪異野郎。会うのは初めてだな。」
 これより殺し合いを行う相手に、気さくに手を挙げる|葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)であったが。
 その手が、段々と。するすると。何とも言えぬ表情と共に、降ろされてゆく。
「……あー、その、なんだ。大変だな、社会人ってのは……。」
「ああ、初めまして。労いの言葉、感謝するよ青年。
 ……我ながら、今日は随分と酷い目に遭っているものだ。」
 目の前の連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、|王権執行者《レガリアグレイド》という威厳ある素質は何処へやら。
 コートは極彩色にゲーミング発光している上に、血塗れの砂塗れ。更には緒戦で脛に負った甚大なダメージが未だに残っているのだろう。内股で何とか立っているという有様だ。
 勤め人であるからには、上から命令されてこの現場に来たのであろうが。見た目が最悪といっても良いこの初対面であるが、悠斗はその姿に何とも言えぬ社会人の悲哀を感じて、心の底から同情した。
「ああ、全くだな……。」
 リンドーと悠斗の言葉に、これまた心から同意するのはクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)である。
 戦闘中にゲーミングイカとカニビーマーを食べて文字通り美味しい思いをした悠斗は兎も角。
 クラウスは各種ゲーミング怪生物に加えてカニビーマー、そして眼前の無駄に煌びやかなコートを羽織ったリンドー氏……ここ最近、星詠みの子猫に紹介された仕事の悉くが|光物《イロモノ》なのである。
 それはもう、彼の常識や正気度は大いに消耗している事であろう。その原因の大半が怪異でも√能力者でも何でもない、ただの|生物《ナマモノ》なのだから恐ろしい話である。
 そんなクラウスが、ふと顎に手を当て。そういえば、と考える様な仕草を見せる。
「何と言うか……変なことに巻き込まれることが多いよな、あんた。」
「何故かはわからないが、回される仕事にそういったものが多い事は否定できないな。
 ……何処ぞの誰か達の所為で依頼の達成率も下がっている事だし、上の勘気にでも触れたのだろうか……。」
 若干の恨み節を口にし、ゲーミング発光しながらも陰を背負うリンドーのことはさて置いて。
 クラウスとリンドーの間に個人的な因縁はないとはいえ、幾度となく刃を交えてきた仲である。
 そして、傭兵としてのクラウスは√能力者きっての情報通であると言っても良い。
「そういう体質なのかな……。」
「自覚は沸きつつあるが、嫌な冗談は止してくれ給え。」
 そんな彼が苦笑交じりにぽつりと呟いた言葉は、哀れな連邦怪異収容局員にとって、あまりに洒落にならないものだ。
 ぞぞぞと身を震わせる彼に、僅かな親しみを覚えつつも。
 残念ながらクラウスも悠斗も、本件に於いてはリンドーと仲良くなりに来たという訳ではない。
「……別に、俺としては戦わなくてもいいんだけど。そういう訳にもいかないみたいだね。」
「私も、今回の怪異を収容している身。我々の|新物質《ニューパワー》の研究を妨げたい君たちに、おめおめと怪異を引き渡して引き下がるわけにはいかないのだよ。
 ――……ところで、イカは本当に怪異ではないのだね?」
「残念ながら。」「光る以外は普通に美味いイカだったな!」
 怪異より怪異らしい|怪生命体《ゲーミングイカ》を相手にする羽目になったためか、クラウスと同じくリンドーの常識と正気度にもダメージが入っているようであるが、歴とした怪異であるカニビーマーを持ち帰らせる訳にはいかない。
 心身ともに疲れ切った様子であるとはいえ、彼を逃す訳にはいかないのだ。
「ま、だからって手加減する気もさらさらねーけどよ!」
 ホームセンターで購入したハチェットを構えた悠斗と、魔力兵装を槍状に錬成したクラウスの殺気を感じ取り、先の戦いでその多くを齧り取られた怪異たちが、主を護る為に臨戦態勢へと移行する。
 七色の鬱陶しいまでの輝きに彩られた海辺の戦いの中盤戦は、お互いを労わるようなやり取りから始まったのであった。

「怪異たちよ、私を敵の元まで運んでくれ給え。」
 先手を打ったのはリンドー・スミス。ところどころ己の腕を所々損傷した怪異と融合させて、刃の様な腕を形作り。
 度重なる目潰しでほぼほぼ敵対者たちの像を結ぶことが出来なくなった己の左目に代わり、使役する怪異たちに騎乗する事で視覚を補う事にしたようだ。
「点ではなく、面にて諸君らを制圧させて貰う……!」
 成程、リンドーの視覚に頼らぬ怪異たちの範囲攻撃であれば、クラウスと悠斗を捉える事も出来るだろう。
 風に靡くコートの下。ぎちぎちと、生き残った怪異の群れが今にも解き放たれんとした、その時。
「――いいや。遅ぇよ、怪異野郎。」
 ハチェットが、勤め人の脳天目掛けて振り下ろされたのである。

 ――【オートキラー】

 敵の攻撃の発動を|妨害《キャンセル》した上で放たれる、絶対的な先制攻撃を可能とする√能力である。
 これがもし、万全な状態であったなら。仮にも強大な力を持つ王権執行者である。
 視覚をほぼほぼ失っていたとしても、彼の使役する怪異たちが防御のために動いていたであろう。
 しかし、その大半を喰われ、更に怪異の群れを攻撃に回そうとしていたこの状態では、単純に人手が足りない。故に。
「……ぐ、ぅあ……!?」
 決定的なダメージを何とか避け続けてきた連邦怪異収容局員の肩口から、遂に鮮血が迸った。
 致命的な頭蓋を避けたのは歴戦の勘であろうが、それでも回避しきることは出来なかったのである。
 更に、悠斗の√能力には闇に紛れて隠密状態に移るという追加効果がある。ただでさえ目に頼れぬこの状態では、彼を捉える事は難しいだろう。
 刃と化した腕では出血を抑える事も出来ず、代わりに怪異の一体で肩の傷を覆いながら放たれた【トランパー・オブ・モンスターズ】も悠斗を捉えるには至らない。
「まさか、それだけで済むとは思っていないだろう?もう少し、削らせてもらうよ。」
 空振りした荒れ狂う怪異たちが、リンドーのゲーミング発光するコートの下に帰投するよりも早く。
 降り注ぐのは浮遊砲台とレイン砲台による無数の弾雨。
「……流石に見事なものだな。この連携をこの目で見る事が出来ない事を甚だ遺憾に思うとも。」
 撃ち抜かれ絶命してゆく怪異たちの悲鳴を聞いて、何が起きたのか大方の事は察したのであろう。
 然し、称賛の声も長くは続かない。夜闇の中から彼の首を落とさんと、悠斗のハチェットが襲い来るためだ。
 気配を消し、ゲリラ戦に徹する彼を捉えるのは困難を極める。
 勿論、自動的に迎撃する怪異の一撃がその身を掠める事もあるが、それくらいの痛みは物ともしないのがこの暗殺者である。
「ところでよぉ、怪異野郎。」
 その悠斗の声が、闇の中、陽気に響いた。
 リンドー・スミスは知っている。何なら先の戦いで聞き、痛い目を見たばかりの声色だ。
「その先は何も言わなくていい。わかる、わかるとも。君は、何か碌でもない事を考えているのだろう。先に言っておく。止め給え。」
 この声音は、何か碌でもない事を考え付いた悪戯者の声ではないか。
 これ以上、疲れ目極まったこの左目に、低下するほどの視力は残されてはいないとは思うが。何か、酷い事になる事は間違いない。
「まあまあ、そんなつれない事言わずに、最後まで聞いてくれって。
 ――俺さぁ、さっき大量のゲーミングイカを捕まえたんだけどよ。」
「だから、止め給え。頼むから。」
「流石に、使い途が限られて、食いきれない部分とかも沢山出てくるわけよ。カラストンビとか、墨袋とか。」
 そういえば、持ち込んだ料理道具でゲーミングイカやカニビーマーを解体したり、調理から食事までしていた彼である。
 解体していたからには、直ぐには手の付けられない部位も当然出てくるであろう。
 その中でも、カラストンビの中身は珍味とはいえ食べるには手間がかかるし、墨袋の中身となるイカ墨も、旨味成分となる多種多様のアミノ酸が多分に含まれるとはいえ、鮮度が落ちる前に食べきる事は少しばかり難しいかと思われる。
「で、何か有効活用出来ないかと思って、俺は考えた。考えて、考えて……遂に思い付いた訳だ。」
「聞いてくれ給えよ。……念のために聞いておくが、何をだね?そして私はその思い付きの一切を拒否する。」
 暗殺せんと振るわれる悠斗の刃を何とか防ぎながら、リンドーは内心で慟哭する。
 拒否したところで、この青年は間違いなくやるであろう、と。これ以上の辱めを受けるのか、と。
「と、いうわけで。」
「どういうわけかね。」
「――テメーを『ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミス』にしてやんよぉぉぉぉぉ!」
「ジィィィィィザス!!!!」
 恐らく、流石のクラウスでも、リンドー氏のスラングによる絶叫は初めて聞いたのではあるまいか。
 夜闇にばらまかれる、1680万色のゲーミングイカ墨が詰まりに詰まった墨袋。
 これを攻撃と勘違いした怪異たちは自動的に迎撃し……結果は、お察しの通りである。
 視覚がほぼほぼ効かなくなっているとはいえ、べっとりとした何かが顔全体に掛かれば、哀れな勤め人も己の身に何が起きてしまったのかは大体わかってしまうであろう。
「……傭兵の青年。君にひとつ、聞きたい。」
「……何かな。」
 √能力を発動すべく怪異の群れの攻撃を掻い潜り、踏み込んだ知己の傭兵の気配に、リンドー氏は問う。
 当のクラウスはといえば、最早今日の戦いで必要になるとは思いたくなかったゴーグルで、完全に視覚を保護しているところだ。
「私の姿は、一体どうなってしまっているのかね。」
「聞きたい?」
「いいや、止めておこう。……何か、途轍もなく酷い事になっている事だけはわかる。」
「せめて、一言だけ。
 ――鏡を見る前に帰って、せめて、少し休むといいよ。」
 同情したところで何が出来るというわけでもないが。それでも隠しきれぬ、明らかな同情の声と共に。
 槍、薙刀、ハルバートに大鎌。様々な長柄の武器を錬成しては怒涛の連続攻撃を放つ√能力【盈月】が。
 コートだけでなく全身ゲーミングイカ墨塗れとなり、1680万色の輝きを放つ事となった王権執行者……
 その名もゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミスに叩き込まれたのであった。

 ――なお、余談ではあるが。
 魔力兵装は体内の魔力を武器に錬成したものであり、更には長柄の武器を錬成したため、クラウス自身はゲーミングイカ墨の飛沫を浴びずに済んだことを追記しておく。

エレノール・ムーンレイカー
吾亦・紅

 ――ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミス
 それが、この現場に集った√能力者のイタズラによってこの場に誕生してしまった、新たなるゲーミング生物の名である。
 コートのみならず、その全身は1680万色のゲーミングイカ墨によって覆われ、輝いていない処は無いといった有様だ。
 肩口や全身に血が滲むところも見られるが、肉体的な痛々しさよりも視覚的な痛々しさが勝るという、そんな惨状である。
「なんというか、こう、お疲れ様です、リンドーさん……。」
 エレノール・ムーンレイカー(蒼月の|守護者《ガーディアン》・h05517)も、そのあまりの痛ましさには同情を禁じえなかった。
「ありがとう、お嬢さん。敵対している身とはいえ、労ってもらう事がこれほど嬉しいものだとは。
 ……同じように労ってくれた青年に、私は先ほど酷いイタズラを受けたのだが。君は、まともに戦ってくれるのかね。」
 恨み節に加え、疑心暗鬼である。全身をゲーミング発光させながらのダンディな声は、途轍もない勤め人の悲哀とギャップを感じさせることだろう。
 食欲以外は大層に真面目なエレノールである。そんな彼を茶化そうなどとは、夢にも思わない。
「勿論です!こんなトンチキな雰囲気の状況が続いても、ちゃんとしっかり己の任を果たそうとしてるのですから……。
 こちらもそれに応えて、しっかりと打ち倒さなければなりませんね……!」
 その言葉に、台車に脛を強打され、悪戯で至近距離から強烈な目眩ましを受け、更に悪戯で全身にゲーミングイカ墨を浴びた哀れな王権執行者は、1680万色の眩い輝きと共に、明らかにほっとした表情を浮かべるのであった。
 そんな最中である。
「おじさん、イカさんと遊んでたのぉ?」
 ほわりと、戦場とは思えぬ程の柔らかな声が掛けられた。
「はは、お嬢さん。私も仕事でね、遊んでいたわけじゃないんだ。」
 エレノールのお陰で肩の力が僅かなりとも抜けたのであろう、穏やかに応答するリンドー氏。
「でも、全身イカさんの墨で、虹色だよぉ?」
 |吾亦・紅《ごえき・こう》(警視庁異能捜査官カミガリの不思議ちゃん・h06860)は、無邪気にリンドー氏が直視したくない現実を突き付けた。
 それはそうである。戦闘開始直後からゲーミング発光するコートを羽織っていた彼である。
 それが今や、頭の先からつま先まで、その全てが七色に輝いているのだ。輝いているものを輝いていないとは言えないし、許容量を超えた視神経への負荷によりほぼほぼ見えなくなっているとはいえ、接近されたら自身の発光力が明らかに増している事に遅かれ早かれ気付いたことであろう。
「そうか、全身か……そうか……。正直にありがとう、お嬢さん……。」
 肩を落としながらも、真実を伝えてくれたことに対して律儀に礼を言うリンドー氏を哀れに思ったのか、それとも、何か他の勘違いをしたのであろうか。
「……イカさんとカニさん、要る?」
「ありがとう、カニだけ頂きたいところだが……それを渡さないために、君たちは来ているのではないかね?」
 敵である紅を諭す姿は、まるで初老の男性と孫である。ゲーミング発光さえしていなければ、絵になる光景であっただろう。
 なお、この時点で紅のお目付け役として機能していたはずの竜胆に包まれた人形の少女『あきちゃん』はといえば。
 紅にしか聞こえぬ声で、ではあるが。彼女に対して、呆れてものも言えなくなっているという有様である。
 ――さて。
 このままでは紅のほんわか空間に呑み込まれ、王権執行者はいつまでも『ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミス』というゲーミング怪生物のままであるし、エレノールは何時まで経ってもゲーミングイカやカニビーマーを持ち帰る事が出来ない。
「イカやカニの鮮度が落ちないうちに、なるべく早く決着をつけさせてもらいますよ……!」
 エレノールの本音は、やはりそこである。既に焼き蟹やイカ刺しを堪能したとはいえ、腰を据えて味を堪能したいというのは当然の感情であろう。
「理由はどうあれ、我々が相対したのならばやるべき事など決まっている。
 ――さあ、来給え。我が怪異たちの戦意は、些かも衰えてはいないぞ。」
 きちきち、きちきち。耳障りな顎の軋る音、翅の羽搏き。
 リンドー・スミスは再び蟷螂の如き蟲を思わせる怪異を制御し、ヒトの身でありながら怪異よりも怪異らしい姿へと変貌する。
 赤毛の少女は、その怪物の如き姿を目の当たりにし、一歩後退る。
 成程、紅が幾らゆるくふわっとした雰囲気を纏おうとも、異形を異形として恐れる感性はあったのであろうか。
「……ななちゃんはあげないよぉ?」
 ――違った。
 彼女は自分が生け捕りにし、『ななちゃん』と名付けたゲーミングイカを守ろうと後退しただけであったらしい。
 なお、名前の由来は『七色に光るから』とのことである。この先、彼女の琴線に触れ、再び持ち帰りたいゲーミング生物が現れた際に何と名付けるのか大いに気になるところであるが、恐らくはあきちゃんが何とかしてくれる事であろう。
 やはり、最終決定権は体が自由に動く紅にある事は変わりなかろうが。そして、そのあきちゃんも痺れを切らしたか、一刻も早く海産物を持ち帰りたいエレノールに気遣ったか。
 強い殺気を飛ばしながら、『いい加減に戦いなさい』とでも催促したのであろう。つまらなさそうに頬を膨らませる紅はのんびりぽやぽや、1680万色の輝きを意に介することも無く、全身ゲーミング発光する怪人と対峙する。
「……えー、分かったよぉ。おじさん、あきちゃんが早くしてって言ってるから後でお話しようねぇ。」
「……ふっ。我々の『後』を思えば、幾らでも機会はあるか。よかろう、君たちも来給え。いつかの『お話』のために、纏めて相手をしよう。」
 実のところ、紅は√能力者の『死後』には疎い。リンドーがこの場で斃れた後、再会の目があるかはわからない、などという事は考えていない。
 そして、ほぼ棒立ちにも見えるこの姿こそが彼女の臨戦態勢だ。
 翅を震わせ、刃腕にて|獲物である紅を捕らえ貪ろうと、七色の流星の如き尾を曳いて飛び掛かる連邦怪異収容局員。
 しかし、彼女の武器となる物品は幾らでも転がっている。鮫の牙に、カニビーマーの甲羅に……リンドーが纏う怪異より食い千切られた、刃腕もだ。
「ぶつかっちゃうよぉ……?」
 【|念動力《サイコキネシス》】にてこれらを撃ち出されれば、極度の眼精疲労によりほぼ視力を失っているゲーミングリンドーに対処は難しいが。彼の纏う怪異が自動的に斬り払う。
 しかし、そのひと手間を掛けさせられたのなら、それで十分だ。紅を捉え切れずに着地したリンドーが、不意に浜に膝を突く。
 着地の際に、ゲーミング台車に強打された脛が痛んだのだろうか。……それもあるかもしれないが。

 ――【|霊震《サイコクエイク》】

 強力な念力による霊能震動波を放ち、半径レベルm内の指定した全対象にのみ、最大震度7相当の揺れを加えるという強力な|妨害《デバフ》効果を持つ√能力だ。
 ただでさえ未だに両脛が大いに痛むゲーミング連邦怪異収容局員である。これでは立つ事もままならないし、それは彼の纏う怪異たちも同じ事であろう。
 そして、身動きが取れぬなら。人々を護る為の力を研鑽してきた黒衣のエルフが見逃す筈も無い。
「その隙は逃しません!
 ――大いなる精霊たちよ、今こそ我が身に降臨せよ!」
 エレノールの呼び掛けに応えるは、地水火風氷雷の六精霊。その手に新たに生み出されるは、白銀の剣【精霊剣ティルフィア】。
 彼女は精霊たちをその身に纏うと、空気が爆ぜる様な音と共に駆け出して。
 七色に輝く怪人と化した勤め人から開いていた間合いが、一瞬にして限りなく零へと近付く。
 【|精霊憑依《ポゼッション》】により3倍となった速度は、紅が引き起こした霊震の中、何とか主を守らんと動く刃腕を以てしても捉える事は難しい。
 却って、振るった刃にカウンターを合わされ、装甲をも軽々と貫くティルフィアによって一本、また一本と宙を舞っていく。
 しかし、まだまだ胴を捉えるにはガードが堅い。踏み込み切れずにいたところで。
「おじさーん、見て見てー。」
 まるで戦場に似付かわしくない、ほわわんとした声。どうやら、紅が自分の身体も霊震で揺らして遊んでいるようだ。
「残念だが、お嬢さん。今は少々取り込み中でね。」
 殆ど像を結べぬと言っても、エレノールから視線を外す事など出来よう筈も無い。
 だが。紅のマイペースさは、まるで孫から祖父にそうするような……リンドー氏に対する、容赦のない我儘となって襲い掛かる。
「……えー。せっかくお揃いなんだから、こっち見てよぉ。」
「ぐ、ぅ……!?」
 勤め人の身体が、1680万色に光り輝く『く』の字に折れ曲がった。腹部に、念動力の鎧無視攻撃が叩き込まれたのだ。
 目に見えぬ飛び道具による一撃が主を襲った事に、連邦怪異収容局員の纏う怪異たちは半狂乱となり。
 せめて、至近距離にいるエレノールだけでも振り払って遠ざけようと、刃腕を振り回すが。
「そこにわたしは居ません。それよりも……
 ――私の影をそんなに無差別に攻撃して、よかったのでしょうか?」
 『エレノール』を切り裂く度に、噴き出す瘴気。斬っても斬っても、黒衣のエルフの姿はそこにはなく。
 まるで濃い霧のように、瘴気がゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミスの姿を覆ってゆく。

 ――【幻影舞踏《ファントム・ステップ》】

 怪異たちが斬り捨てた『エレノール』は、彼女であり、彼女ではない。
 視界内のインビジブルと自分の位置を入れ替え、入れ替わったインビジブルにダメージと幻惑の状態異常を伴う瘴気を放出するという特性を付与する√能力を用いたのだ。
 故に。刃の腕を振り回せば振り回す程にダメージは蓄積し。
 元より視覚がほぼ機能していないリンドーは兎も角、彼の目の代わりをしていた怪異たちはすっかり幻惑の瘴気に取り込まれてしまった状態である。
 この有様では、どの様な探知を用いてもエレノールを捉える事は難しいであろう。
「私たちにも、一緒にゲーミングイカを賞味できる余地はあったのでしょうか。……なんて。」
「たらればを語ったところで仕方あるまいよ、お嬢さん。それに……私の一張羅が愉快に輝く様になるのはもう、勘弁してほしいところだ。」
「それはそうかもしれませんが……。美味しいですよ、ゲーミングイカ。」
 ――さあ、怪異によるガードは開いた。
 刃腕も届かぬ、リンドーの懐にて。
 必殺の間合いにて、眩しさに目を細めながらお互いに冗句とも付かぬやり取りを一言、二言。
 無防備の胴に向け、銀の精霊剣が逆袈裟に振り抜かれるのであった。

箒星・仄々
コウガミ・ルカ
黄菅・晃

「スミスさんもご苦労されているのですね。」
 |箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は、思わず涙した。
 ゲーミングイカを巡る1680万色のゲーミング発光に彩られた事件も、もう終盤。
 上からの命令によってこの地に訪れたであろう連邦怪異収容局員リンドー・スミスも、初めは良い仕立てのコートの一部にゲーミングイカ墨がかかる程度で済んでいた。
 ――それが、今はどうだ。
 ゲーミング発光するアロワナに台車で脛を強襲され、怪人にマウントポジションを取られて怪異たちを食い千切られ、悪戯好きの婦人に至近距離の目晦ましを受け、顔見知りには話を聞いて貰えず死霊にばりっと怪異を喰われ、やっと労ってくれたと思った暗殺者には全身からゲーミングイカ墨をぶっかけられ……
 今や、『ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミス』という、怪異とも怪人とも付かぬ、ゲーミング発光生命体と化しているではないか。
「お国のために精一杯頑張るお姿に敬意を表しますが、私たちも引くことはできません。お互い力を尽くしましょう。」
 その真面目な声音に、哀れなリンドー氏はゲーミング発光しながら思わず目頭を押さえた。
 真っ直ぐな言葉というものは、人種や種族を越えて通じるものである。彼はこの一時、その事を心の底から理解した事であろう。
 だが惜しむらくは、この心優しい声音の少年とも、|新物質《ニューパワー》を奪い合い、殺し合わねばならない間柄ということだ。
「ああ、ありがとう。本当にありがとう、優しい声の少年。
 悪戯も何もない、よい|戦い《殺し合い》にしようではないか。」

 さて、この様にゲーミング発光する怪人と黒猫が七色に彩られた相互理解を果たしているところで、新たにこの戦場に加わった者が居る。
「晃、遅れた。……っ?何が、あった?」
「お、来たのねー。……やっぱり来なくてよかったかも。メンテは異常なし?」
「……異常なし。薬物、|新物質《ニューパワー》、取り込むだけ、だった。」
 喉が灼けた様な声の黒いマスクの青年は、知己であり……何より己の専属医である|黄菅・晃《きすげ・あきら》(汎神解剖機関のカウンセラー・医師兼怪異解剖士・h05203)の疲れ切った様子に、こてりと首を傾げた。
 コウガミ・ルカ(解剖機関の飼い犬・h03932)は喉の深い損傷を感じさせる声に反して非常に穏やかな性質を持つが、様々な怪異の新物質と薬物により、人工的に継ぎ接ぎして作られた『人間災厄』という背景を持つ。
 そして、本日はそんなアンバランスな彼の肉体のメンテナンスの日であったらしく、機関での調整が終わって直ぐに晃の救援に駆け付けたというわけだ。
「吸引の日だったわけか。何事もないならなによりよ。さて、働くかぁ。」
 メンテナンス直後の動作確認の相手としては、本来なら少々強力に過ぎる|王権執行者《レガリアグレイド》であるが。
 ルカの金の瞳は、主治医と全身七色に光り輝くリンドー氏、そして思わず落涙している顔見知りの黒猫の姿をそれぞれ見回して。
(晃の目がいつもより死んでる……気がする。仄々は泣いているし、敵も疲れてる?)
 認識操作で敵と判断しているリンドー・スミスを含め、誰も彼もが疲れ切っているという混沌極まる状態に、彼は再び首を傾げ。
「……大丈夫?」
 混乱のあまり、思わず全方位に向けて言葉を放つ事となった。
「ふ、ふふ……ありがとう。素直な青年の声も、心に沁みるな……。」
 ここが戦場でなかったら、リンドー氏は涙を流していた事であろう。散々ひどい目にあった本日であったが、苦労が報われる事だって確かにあるのだ。
 問題は、この状況で腕利きの√能力者3名を相手取り、生還できるかどうかであるが……最早、ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミスはその様な事を考える事も出来ない程に疲れ切っていた。
 もう、死に戻りでも何でもいいから、一刻も早くアイマスクを着けて眠り込んでしまいたいし、シャワーを浴びたい。
 一度死んでしまえば色々と元通りではあるだろうが、それでも、である。
「帰ったら、アンタの力加減の練習がてら肩揉んでちょうだい。いつもより疲労感ヤバいのよ。」
「……?……分かった。」
 そして一方の晃も似て非なる思いを抱いていた。肩甲骨を動かして解してはいるが、ゲーミングイカ採りの時にはしゃぎ過ぎた疲れもある。
 とはいえ、こちらは優勢の側だ。一度死して復活して疲労を踏み倒すなどという荒業には出られないため、自身の患者であるルカをいい様に使う気満々である。
 彼女の秘書である楽観の影に任せればよい気もするが、楽観の影にはゲーミングイカやカニビーマーたちを調理しておつまみにするという、大切な仕事がある。
「さて、そろそろいいかね。……いい加減、この祖国の大手テーマパークのパレードの様な輝きから私を解放してくれ。」
「同じ宮仕えとはいえ、アンタも苦労してるみたいねー。
 ――ルカ、言霊の使用許可。」
 王権執行者の疲れ切った声に応じる様に、仄々は翡翠色の手風琴に深呼吸させ。
 晃は調理から書類の整理整頓まで何でもござれの楽観の影より、散弾銃型のシリンジシューターを受け取り。
「目が、チカチカ……?……グルルル。……全く、分からない。」
 ここまでの経緯も状況も何一つとしてわからない大型犬の様な人間災厄は、何度目かは解らぬが首を傾げながら。
 マスク型の拘束具が解除されるとともに、臨戦態勢に移るのであった。

 さて。ゲーミング発光に次ぐゲーミング発光により、リンドー氏の視神経は既に限界を迎えているところである。
 その視覚を補うために、彼が使役する怪異たちは敵を自動的に迎撃するなど奮戦していたのだが。
 なんと、先の戦いでこちらも幻惑の瘴気を浴びてしまい、前後不覚というどうしようもない状態だ。
 接近戦を仕掛けんとするルカの姿も、彼を援護しようという晃の姿も正確に捉えられていない。
「逆転の目を作るならば、出し惜しみをしている場合ではないか。
 ――怪異たちよ、奮起せよ。」
 一刻も早く帰りたいのは当然の事として。しかし、給与分くらいは働いて帰ろうというのであろう。
 随分と割に合わない状態になっている気がしないでもないが、そこは勤め人の鏡といったところか。
 両腕を蟷螂などの蟲を思わせる複数の刃腕と化し、ボロボロの翅を震わせて。最早残り僅かとなった怪異たちに騎乗した。
「狙いは、音のする方向だ。幻惑されていようと、耳は聞こえるだろう。」
 そう。唯一、解るとすれば仄々の奏でる手風琴の、テンポの良い軽快な音色である。
「おや、狙いは私ですか。
 ですが……ぴかぴかなお姿で居場所や動きが丸わかりですよ!」
 幾ら賑やかな音源があったとしても、小さな黒猫の少年を捉える事は困難を極めるだろう。
 砂浜に、肉球の|足跡《スタンプ》を残して、踊る様に刃腕を『にゃんぱらり』っと跳んで跳ねて、回避する。
「やはり、当てる事は難しいか。ならば面で制圧すれば、どうかね。」
 強打した脛はまだまだ痛むが、跳躍する事に支障はない。騎乗する怪異の群れより七色の輝きを纏ってリンドーは跳躍し、荒れ狂う怪異の群れを放たんとした。
 ――その時であった。
「……動くな。」
 ――ぎしり、と。
 全身から1680万色の輝きを放つ王権執行者の動きが、彼が放たんとした怪異の群れの動きが、止まった。
「馬鹿な、怪異ごと止めるとは……!?」
 出力を絞った【チョコラテ・イングレイス】よりも強力な拘束力……ルカを|人間災厄《ばけもの》たらしめる力、【言霊】である。
 空中で動きを止めた相手など、格好の的でしかない。『麻薬犬』の名を持つ人間災厄は軽やかに跳躍すると、自由落下を始めたリンドーの頭上を取り。
「……グルルル!」
 怪力を乗せた、渾身の踵落としを叩き込んだ。
 ガードも出来ぬままに、過剰強化された肉体による一撃が叩き込まれたのだ。
「ぐ、ぅおぁ……!!」
 骨が砕ける様な手応えと共に、連邦怪異収容局員の身体が砂浜に強かに叩き付けられる。
「だが、そちらも空中では身動きが取れまい!」
 空中に向けて、腕を翳せば。落下してくるルカに向けて、発動を妨げられた怪異の群れを解放する。
「そうよねー、空中なら無防備よねー。
 ――でも、こんな時のために私がいるの。」
 ルカの身体が、ぐん、と。まるで空中を横に滑るかのように、有り得ぬ方向へと飛んだ。
 彼の体には、黒い黒い、影が綱の様に繋がり……それは、晃の傍らに侍る、楽観の影に繋がっていた。

 ――【|手伝い好きな影の命綱《シャドウオブオプティミズム》】

 楽観の影を接続した者の命中率と反応速度が1.5倍に引き上げるという√能力であると共に、伸縮自在の影は接続した者を引き寄せる、その名の通りの命綱としても機能とするのだ。
 リンドー・スミスも、√能力を空振ったままの無防備な状態のままではいられない。
 無視できぬ出血に、骨も何本も折れている。その激痛に比べれば、脛の痛みなど些細なものだ。
「……この、揺れは……っ!」
 しかし。その体は立ち上がろうとして……その足は、砂を掻くばかりであった。
 先ほども体感した、震度7の揺れ。この揺れが、砂浜に叩き付けられた王権執行者の体を動きを封じたのだ。
 そうして、完全に足が止まったならば。
 ――どぉん。
「……がっ……ふ……」
「目がチカチカして、狙いが定まらなかったらどうしようかと思ってたけど、大丈夫そうねー。」
 晃のお手製弾薬の麻痺弾のシェルが、リンドーの腹を貫き。
 仄々が奏でる音色により、砂浜がゲーミングカラーとは全く異なる優しい光を放つ中。
「息を……止めろ……!!」
 七色に輝く王権執行者の体に馬乗りになったルカは、必死に抵抗する怪異に身を刻まれながらも【自己修復】を繰り返し。
 仕留めにかかった彼が逆手に握り込んだナイフが、その胸の中心に、刃の根元まで深々と突き込まれ。
「これにて、|終幕《フィナーレ》です。
 ――どうか蘇った後は、目も一休み出来ますように。」
 色とりどりの光の音符が降り注ぎ、怪異たちが絶命していく中。
 仄々から掛けられた、優しい一言に。
 ゲーミング連邦怪異収容局員リンドー・スミスは、『やっと、帰れる』と。
 最期にそう言い遺すかのように、口の端を微かに上げて。
 音符の波に呑まれ、消えた。

●エピローグ
 鬱陶しいほどの輝きに満ち、あまりにも目に優しくない戦いは、こうして終わりを告げた。
 あれだけ浜辺を騒がせた七色のゲーミング発光は、最早どこにも見えず。
 1680万色のケミカルでカラフルな光や、毒々しい赤い光の名残は、各々の眼精疲労とそれぞれが持ち込んだクーラーボックスの中に残るのみであろう。
「さて……怪異カニさんはともかく、せっかく釣ったイカさんをおいしく食べてあげることが供養でしょう。」
 闇と静寂が帰ってきた海に向けて手風琴を奏でていた仄々の言葉に、一仕事終えた√能力者たちが、各々の眉間や目頭を揉みながら頷いた。
「さばいて料理してくれる方って見つかるでしょうか……。」
 ぽつりと呟いた仄々であるが、この現場に調理道具を持ち込んだ者だっているのだ。快く頷く者もいることだろう。
 食事は一人よりも二人、或いはそれ以上で食べた方が美味い事も多いのだから。
(――後で何が起こったのか晃達に聞いてみようかな。)
 なお、晃の救援の為にこの現場に駆け付けたルカであるが。
 結局、王権執行者を撃退しただけで、主治医をはじめとする√能力者たちが何故これ程までに疲れ切っていたのかはわからずじまいであった。
 そんな彼の肩を『お疲れ様』と、晃が優しくぽんと叩く。
「明日か明後日か、残業調整しよっか。」
 本日、この僅かの間にルカが首を傾げるのは、一体何度目になるだろうか。
 彼女の提案の理由もわからぬまま、彼はとりあえず、といった様子で頷くのであった。

 心身と視神経の深刻な疲労を抱えながら、√能力者たちが各々の拠点に戻り次第。
 彼ら彼女らの食卓には、生でも煮ても焼いても輝き続ける、ゲーミングイカの鬱陶しいまでの七色の光が満ちる筈だ……。

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