『ひとつ聞きたいのだが、こいつはどうやったら死ぬんだ』
●さきにかんがえときなさいよ
困っている。
俯くサイコブレイド。天を仰ぐアポローン・アルケー・へーリオス。
外星体と怪人、ふたりして何故そうも憂鬱そうなのか。
「……いや……どうやって殺すのだ」
「分からんが……本体とのアクセスを切ればよかろうと」
「相手はAIだぞ」
「ごもっとも」
腕を組み、考え込み、結論の出ない――いや、本当は結論があるっちゃある問題について唸っている。ただ解答にするにはもはや頼りないにもほどがあるので頭の中からそれをそうっと二人して追い出していた。
サイコブレイドへ手を貸す事となったへーリオス。彼が知っている中で、「Ankerを失うとたぶん一番ダメージ喰らいそうなやつ」ことオーガスト・ヘリオドール(環状蒸気機構技師・h07230)。
そしてそのAnker、環状蒸気機構神格・アルテスタ(スチーム・プログレス・h07308)――通称、『アルテスタ』。未来世界から来たとされるAIである。
で、そこまで考えてみたはいいが。
AIって、どうやったら殺せるんでしょうね??
「……端末を一つ一つ潰して回るか」
「時間のかかる手段だな……サーバー攻撃も使えない」
ふたりして、もう小一時間は唸っている。
とても平和だ。平和ゆえ、本当に平和ゆえに、街にはなーんにも起こりはしない。逆に困るくらいである。
その気になれば二人に接触できる……だろうが……一人では太刀打ちするのも難しい、強力な簒奪者二人を相手にすればどうなるか、みなさんもお察しですね? ボコられますのでやめましょう。
もし行くならあなたは死にますが、まあどっかで生き返ります、なんだこいつとは思われるでしょうがね!
さて、束の間の平和を楽しんだり楽しまなかったりしましょう。
●おかえり。
「どうするのかね彼奴は」
顎を揉むようにぽてぽてのにくきうつきの前足を口元にやるあざとい怪人。詠んだ星が胡乱すぎる!! ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ(辰砂の血液・h05644)はまるで怪異のような六本の足があるイヌネコトリケモノ、なんの生物かわからない姿で寛いでいた。
「えー……ともあれ『おかえり』諸君! ベリル運輸はご存知か? ありとあらゆる√にあるという運送会社だ。そこの、『アシスタントAI』が狙われるらしい、が」
あまりにも他人事めいた様相、ごろんと転がるけもの。余裕たっぷりだ。だって。
「殺し方が思いつかなくて困っているらしい」
何それ。
「説明しよう、『アルテスタ』はカプセル状のAIだ。未来での姿は「こいつ敵かな」みたいな、なのだが」
参考資料として差し出された紙束に挟まれていた写真は、なるほど、こいつ敵かな? √ウォーゾーンかな? その隣の写真にはカプセルの中に満たされた赤い液体と、その中に金色の浮遊物が浮かんでいる筒状のもの。AIの本体というには少し異様だ。サイズは手のひらに収まるほど。
「彼……かの……AIに性別はあるのか? ともあれ守ってやるが良い。場所はベリル運輸の事務所、あそこはかなり広いぞ。仕事を手伝ってやるのもよかろう、いつも荷物が山ゆえに。それから……わたくしは殺し方に心当たりがあるが、吹き込んでくれるなよ。詰められてもおもしろおかしく誤魔化してやればよろしい」
ごろーん。落ちるようにソファから転げ落ちた大型のイヌな体格、上体をローテーブルへと乗り上げて「コャン」と何の生き物かわからないなきごえを上げて。
「――ともあれ、さあいざ行け諸君! わたくしは働かないぞ! アッハッハ!!」
銀色の蛇が、彼が使役する攻性インビジブルが背後から体を持ち上げてくる。これではなかなかの鵺である。
さて、どうしよう。
きみたちはあたまをかかえていいぞ。
第1章 日常 『今日はカミサマもお昼寝してるよ』
●ここだけの話だが、べつにカミサマはお昼寝をしていない
店主は留守。ベリル運輸は今日も平和。ゆえに、『アルテスタ』はただ黙して――テーブルの上に置かれたまま、静かに黙っているだけである。
AIに昼寝も何もあるか。
少し探せば、あちこちに『彼』のバックアップの山が見つかるだろう。義体や代わりはいくらあってもよろしいし、度々地面に投げつけられたりしているのだから、当然大量に用意されている。
隠すもよし。からかうもよし。勝手に荷物の整理なんかをするのもよし。自由にするがよろしい。
●「で、どうやって殺すんだ?」
「手詰まりでは」
「いいや何か……何かあるはずだ、手間でない、もっとシンプルな何かが――!」
躍起になっているのはへーリオス、お手上げ宣言はサイコブレイド。だが二人、まだ席を立つつもりはないらしい。
√マスクド・ヒーロー、とある放棄された事務所にて。二人の他には待機している戦闘員のみ。
そろそろこいつら諦めないかなとか考えている彼らをよそに、へーリオスはアタマを痛めている。自発的に。
サイコブレイドも彼は彼で、諦められぬ理由『も』あるのだ。
なんというか……その……。
おつかれさまです。
「(変な状況だな……)」
ほんとにね。
友人の――結構にメンタルに食い込んでる系のAnkerが狙われているのだ、緊張感を覚えていていいはずなのだが、あの二人が……サイコブレイドとヘーリオスという、『そんな悩み方することあるんだ』みたいな二人の光景が視えたと聞いてしまえば、気が抜けるのも当然か。
「やあ、こんにちは。今日は君を守りに来たんだ」
『こんにちは、クラウスさん。ご要件の意図が分かりません』
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)がテーブルの上に置かれたカプセルへと挨拶をする。合成音声は感情を読み取れない声で事務的な返答をしたが、そのあたりはAIなのだから当然か。普段はもう少しウィットに富んでいる気がするが、そこは|Anker《オーガスト》の不在から来るものだろう。
「簡単に説明するけど、サイコブレイドにあなたが狙われていて、それの対策に来たんだ」
一応、理由を説明するが。……ちらりと。営業所の奥をみる。積まれた荷物と異なり隅のほうが不自然に空いているのは、普段はそこに『アルテスタ』の義体、未来に座す本体に似せた機械が鎮座しているからだ。
とはいえ現状そこに彼の姿はない。それでももはや自衛できるんじゃないか? ちょっと『アルテスタ』越しにオーガストに連絡を取れば良いのではないか?
ざんねんながらそれはできないことになっておりまして……諸事情! 諸事情!!
「とりあえず……隠すか」
『アシストは必要でしょうか。ビープ音を鳴らすことも可能です』
テーブルの上の『アルテスタ』。流石のアシスタントAI、と思ったのもつかの間。
「うわっ」
爆音。
一斉にビープ音が響き渡った。クラウス君の鼓膜破壊するつもりか。本当に、あちらこちらにあるようだ……。ともあれ、見つけたバックアップをあちこちに隠していく。荷物の隙間、家具の裏、引き出しの中など。
ようはすべてが一気に壊れなければ大丈夫なのだ。ひとつでも残っていればそれが次の本体として機能することだろう。
サイコブレイド達の努力を想像してみる。手下と一緒に躍起になって探し回っては壊していく姿。ふ、と笑みが溢れてしまった。
仕上げはクラウスが呼び出したレギオンを配備して、襲撃に備えるだけ。
そんな光景を見ていた『アルテスタ』が一言。
『仰々しい警備体制ですね』
誰のためだと思ってんだこのAI。
|彼《・》の相棒が狙われるというのなら、来ない理由は無かった。本人が聞けば「旦那~!」と喜びそうな言葉であるが、まあ本人は居ないので略。
『こんにちは、蜚廉さん。本日はどのようなご用件でしょうか』
Anker『アルテスタ』は平然とした様子で和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)を電子音声で出迎える。
「何、少し手伝いに来ただけだ」
『成る程。助かります。では後程、内容をオーガストにお伝えしておきます』
あっさりと信じたのは『アルテスタ』がそういう性質だからか、それともこの荷物の山に本当に困っているからか……。
運輸会社にあるまじき荷物の山を見てふむ、と蜚廉は顎を揉んだ。ともあれ仕分け、搬入、そして構造の把握だ。
倉庫から事務所まで、感覚を研ぎ澄まし歩く。踏んだ床から感じ取る空気の振動、材質。音の反響から、空間の存在を知覚する。
細かな機械群が動いている音と――蒸気機関が動いている音。油に熱はそれ由来だろう。空想未来の技術も用いられた事務所のようだ。旦那……まじめだ……!
荷物を運び、雑多にまとめられている伝票を整理しながら、内外を出入りする人々の動きを観察する。あらゆる√が交わる場所にあるからか、蜚廉や建物への視線は殆どない。
ここを訪れるのはベリル運輸の存在を知っているものだけなのだろう。となれば必然、『まったく知らぬ顔』は敵か、客かの二択になるか。
内部は意外と一般的で近代的な通信システムと防犯設備だ。問題は、監視カメラがやや少ない事――。これも『アルテスタ』に直接聞いたほうが早いだろう。
「これはどのような意図だ」
『オーガストは監視の目を嫌うのです』
成る程。育ちゆえの何かだ。となれば、|こちら《√能力者》としては、広めのダクト――恐らく蒸気機関のために用意されたであろう、細身の人間なら這って入れる空間と、この監視カメラがネックになるか。
防衛手段はいくらあっても良い。一見ガラクタに見える鉄板も遮蔽物になるはずだ。
――AIに命があるのかは分からぬが、オーガストの心にはその存在が必要なのだろう。
御名答、縋れるものには縋る生き方をしている。かなりの人に縋っている。
「(特別呼ばれたわけでもないが)」
気に入った相手のところには、自然と足が向くものだ。
……旦那……ッ!! なお本人は居ないので略。
これってAnkerなんだ。
見慣れぬ――だいたい皆さん見慣れていないとは思うが、『アルテスタ』はそのように評される外見である。
「種別が宿敵になりそうなAnkerだねい」
『恐れ入ります。格好いいため』
夜白・青(語り騙りの社神・h01020)の言葉に冷静かつ淡々とした声が応答する。説明しよう!『アルテスタ』は自分の事を格好いいと認識している。
――ともかく、宿敵側からオーガストがAnkerとして繋がれている、のならすっと脳に入ってきていたかもしれない。だが彼らは現在、間違いなく正義の味方をやっている。
さて、今回はどう騙ろうか――搦手を使うよりも、地道な作業をさせて時間稼ぎを兼ねる物理的な騙し方のほうが良いか。
御伽語り・妖妖。現れるは小人の靴屋たちだ。せっせと歩いて、そこらへんに放り投げられたままの――『アルテスタ』の|Anker《オーガスト》は掃除が出来ないタイプだ――破れたカプセルを棚の下などから引っ張り出して、丁寧に修理をしていく。
中身は空っぽだが、相手……簒奪者たちが『アルテスタ』の詳細な外見や性質を理解しているとは思えない。本体ではないバックアップも……。バックアップ?
「(この赤い……何……?)」
中身には液体と金色の内包物。カプセルを持ち首を傾げている青へ、『アルテスタ』が語りかける。
『ナノマシンの一種です。こうして話している際に光るものが現在の|私《本体》、と認識してください』
「なるほどねい。いくらか持っていっても構わないかねい?」
『大丈夫です。オーガストには後程報告しておきます』
用途を告げれば、ざざ。小さなノイズの後、天気予報らしきラジオ音声が本体から流れ始めた。AIなりに、万が一の状況にならないようにしているようだ。
青は入手したカプセルをベリル運輸の前から、点々と、適当な方向に並べていく。まるでヘンゼルとグレーテルのパンくずである。
「いやあ、バックアップって全部潰さないと復活してしまうしねい」
その数がまあ尋常ではないのだが。
「中身入りかも確認しないといけないしねい」
自分たちはどう判別するかを知っているが、相手はそれを知る由もない。
「カプセルがあったら全部見ないとねい」
にこにこ。目立ちすぎないが、パッと見つからないわけでもない場所に並べられていくからっぽの『アルテスタ』。
|Anker《オーガスト》が見たら逆に発狂しそうなありさまである。これ俺が回収するの!?
営業所の場所は既に知った。残るは『あれ』の殺し方。
彼らの議題がそこにあることは、ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)……君も長いな――も知る所である。
「っははは! なんじゃそりゃ!」
ほんとにね。
|真面目《シンメンボク》先輩の方は知らないが――ブレイド『先輩』とは面識がある。
彼は言った。お前は誰かに生を望まれ、誰かに死を望まれている。
√能力者となった今、後者を叶えてやることは――待ってシリアスだね?
ともあれ星詠みの予知に引っかかった以上、彼らが居座る事務所を|探知《ハッキング》することも可能だ。となれば。
Watching you!
|どこかの誰か《オーガスト》の好む言葉。そぉらちょっかい!
カミサマとやらをつついたのだ、自分たちがつつかれないなど思わないほうがいい!
「ぬおッ!?」
「!?」
電源が切られていたはずのモニターから炸裂音、画面にはノイズ、急激に付加をかけられたモニターから焦げ臭い匂いが充満する!
「ちょっ何!? み、水!? 消化器!? 通報!!」
「落ち着け。電源を切れ」
「チッ、これだから|英雄《ヒーロー》は……おい! 本当に通報するヤツがいるか!」
電子の世界からの爆破。スイッチを押した先で起きた『おもしろ』がハッキングしたPC越しに伝わってくる。混乱する戦闘員、サイコブレイドの落ち着いた声、舌打ちをするヘーリオス。
カミサマは昼寝をしていない。
「多少騒いでも怒らんねーだろ」
怒らんねーよな? わからんかも。ともあれ煙が上がり警報機が鳴り。
――間抜けな戦闘員が通報してくださった。おっと、逆探知できるな?
「……やるか!」
やるのか。
「√能力者になったからにゃ命はいくつだってあるし――特攻は勝利のための誉!!」
マジで√ウォーゾーン極まってるって。
ならサービスだ!
「ご挨拶だァ!!」
蹴り開けた扉の先、煙る室内、戦闘員、そして簒奪者ふたり! カチコミカチコミ申し上げ!
構えたサイコブレイド、ジェイドの姿を見るや否や迷いなく懐へと飛び込んできた!
「お久しぶり!」
「知らん!」
明らか知ってるニュアンス。兵装へ矢をつがえたヘーリオス、ジェイドへと頓死の矢を放つ! 射抜かれた腕が壁に縫い付けられ、サイコブレイドの刃が首を掻き切る寸前まで迫っている。それでも笑顔を崩さないジェイドを見て。
「人間爆弾」
「了解」
淡々としたふたりのやりとり。頭部へと放たれた矢によって、彼の体は爆発する前に沈黙した。
「通報した阿呆、手を上げろ」
「……ひゃい、ッたぁ!? 痛い痛いですアー!」
情けない声で手を上げた戦闘員に向けて、ヘーリオスが矢を放つ。
あーあ……いろいろな意味で、やっちまったな!
「……おはようございます」
『おはようございます』
のんびり。お辞儀をする吾亦・紅(|警視庁異能捜査官《カミガリ》の不思議ちゃん・h06860)に『アルテスタ』が平然と応対する。
さて今日も出勤だ。出勤簿として置かれているタブレット、自分の名前をぽち。なんだか今日はちょっと周囲が片付いている気がするなあ。誰かが片付けていたのだろうか? それともサボりがちな雇い主が頑張ったのか。
ぽんやりとした顔をしつつも、まあベリル運輸はだいたいいつも散らかっているので、些細な事は構わないのだ。仕事に支障が出ないのならばそれでヨシ。
まずは荷物の仕分けだ。ピッキングから始まり、配送先、種類を確認し、手慣れた様子で進んでいく作業。
「……よいしょっと」
単純ながら重い荷物も含まれているため、自身の念動力を使いながら――特に掛け声は必要ないはずなのだが、荷物を持ち上げる時に声が出ている――のんびりながら、的確。てきぱき。
紅と、頭部に青い花が咲き乱れている人形ことあきちゃんは、ベリル運輸にとって貴重かつ重要な従業員である。ふつうの従業員と侮るなかれ、その能力は正直店主たるオーガストを凌駕している点もあり……って、いや。
あの。ひとついいですか?
お仕事、これでいいんですっけ?
紅ちゃん、ほんとにいいの? なんか……わすれてない!?
『お疲れ様です。休憩時間です』
……『アルテスタ』の声掛けで、お昼休憩に入ったひとりと一体。椅子に座りおにぎりと見つめ合う。カミガリの先輩作、ランダムおにぎり。中身は食べてからのおたのしみ!
あんまり見つめてしまうと中身を読み取ってしまうので、ぽんやりしつつもラップを手探り気味で開けていく。
「今日は鮭かなぁ? あきちゃんはなんだと思う?」
テーブルの上におすわりしているあきちゃんに語りかけている紅。さて、あきちゃんは何だと思うのか。
「……梅? そっかぁ。『アルテスタ』先輩は?」
『では昆布で』
なるほど~。深く頷いた紅、はむっとおにぎりをひとくち。口の中に広がるのは、ちょっぴり辛くてなめらかなつぶつぶ。
「……あ、明太子だって。外れだねぇ」
もぐもぐ……。満たされていくおなか、まんぞく。ほわわん。
さて、休憩時間はまだまだ残っている。作業の再開までなにをしよっかな、とあきちゃんと相談している紅であったが……。
……あの……これでいいんだっけ!?
まあ当然、いいんですよねこれが。だって普段の仕事もしておかないと、普通に……物流乱れて、『アルテスタ』の|Anker《オーガスト》が発狂するんで……。
それにしたって、今日は各々自分のためにと動いているのだと『アルテスタ』は指摘しないのか? と思うかもしれないが、彼はAIである。
そう、AIである。聞かれたことしかこたえないぞ。
そして聞かれていないので答えないのだ。ベリル運輸は本日も平和である。
もしここが戦場になったら平和と言えなくなってしまうが、ともあれ今は、平和である!!
「よいしょ……」
お昼休憩はおしまいだ。作業再開! あきちゃんとの雑談を挟みながらお仕事の続きをはじめた紅。
念動力のことを忘れて自分の手で作業をしているが、これに気付くのも時間がかかることだろう。次の小休憩で気付けばよいのだが。
こうなったら誰も止められない。というか止める必要もない。
だってこの『|カミサマ《アルテスタ》』は昼寝をしていないし、ちゃんとこうして紅を見ているのだから。
「コニチハ……『環状蒸気機構神格・アルテスタちゃん』……」
『コニチハ』
あれ? 合わせたな??
『アルテスタ、あるいはクロックワークと申します』
「……リサチャンは、『リサちゃん』……」
話、通じてるな??
広義の『物品』同士の会話だからか。いや広すぎる定義なのだが、ともあれ会話はすごくまともに成立してしまった。物部・リサちゃん(ゲーセン生まれリサイクルショップ育ち・h06765)、ふわふわの体でよいしょよいしょと椅子に登り、テーブルの上の『アルテスタ』とアイサツ・お話中である。
「ココ、『物』がイッパイ……オモシロイ……」
『運輸業を営んでおります。ありとあらゆる品々がございます。荷物から私物まで』
なんか、喋るなあ。|何か影響《呪物的なもの》受けてない? |Anker《オーガスト》本人がいると違和感を覚えるであろう言動で、アルテスタは自身の置かれている営業所について説明をする。
事実ここはオーガストの私物もばっちり置いて利用しているのだ。この事務所からありとあらゆる品――荷物も私物も引っ張り出して配達や戦闘を行うのがオーガストである。
「『環状蒸気機構神格・アルテスタちゃん』も『バイト』……?」
『無賃金ですがそのようになっています』
「『無賃金』……タイヘン……。リサチャンも『リサイクルショップ』で『バイト』シテル……」
キラキラのピカピカ……『環状蒸気機構神格・アルテスタちゃん』、オシャンティー……。
あこがれの目線(ただしボタンのおめめ)がアルテスタに向けられている。本体たる骸骨のような機械もキラッキラだが、カプセル状の現在も中々のものに見えているようだ。赤い液体の中で揺れている金色の内包物が、音声を発するたびにきらりと光っている。
「『環状蒸気機構神格・アルテスタちゃん』……コロサレチャウの……モッタイ ナイ……」
『ありがたいお気遣いです。バックアップはありますので、そこまで神経質な扱いをせずとも大丈夫です』
「リサチャンが……マモル……」
そう言われつつもぽてぽておてては伸びるのだ。何のために? いやあ……何のためにって……。
「『本体』、カ~シ~テ~……」
そりゃあ『おさめるため』……でして……。
「『|いわくつきの桐箱《おともだち》』のナカ……キット『安全』……」
『おっと』
そこ、おっとで済むんだ。AIも驚くような事と言われればそれはそう。だが、それは、どうなのだ……!?
「オトモダチ、『シンデレラフィット』……サガシテル ノ……」
『……成る程……』
ひとまずおててで優しく桐箱におさめられた現状の本体。ちょっと隙間が空いているが、桐箱は……やや、満足げ……かな……?
第2章 冒険 『怪人との取引』
●襲撃されましたので……。
困ったことになった。否最初から困っていた。簒奪者、√能力者、双方頭を抱える事態である。
「えー……戦闘員が詰まっているのは感じ取れるかね」
ダクトの中からぴぃぴぃ声がしている気がする。出口を塞がれた結果蒸されているようだ。
「パンくずを落としていったのは誰だ」
先んじて拾い集めていた戦闘員は疲労困憊である。いっぱいあったんだもん。
ついでに事務所の中には本体もバックアップも見当たらない。どこにいったのやら。
「こちらの襲撃を察知していることは、理解していたが……」
じと、見回す目。探しているのは『アルテスタ』か、それとも√能力者たちへの敵意……というか……複雑な感情から来る視線か……ともあれ。
「問おう」
――サイコブレイドが刃を構え、√能力者に宣言する。
「『アルテスタ』とやらの殺し方を」
――アポローン・アルケー・ヘーリオスがふんと鼻を鳴らす。
「答えぬのなら、お前達を頓死させてから、ゆっくりと詰れば良い」
殺し方への結論は出なかった。その結果、強力な簒奪者がふたり、真正面から訪ってしまったのだ。
まともにやりあえば、流石に太刀打ちできないだろう。が。
……ちょっとお二方、煙臭いのは、なんか、どうしてでしょうね?
さて誤魔化してやれ。カミサマとやらの殺し方を教えてやれ。
望むのであれば立ち向かってもよろしいが、案の定、きみは死ぬこととなる。
がんばれ√能力者!
「サイコブレイド、汝に問う。我は如何に見える?」
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の問いである。
「先日、オーガストに「気に入った」と宣言されたのだが」
気に入るだろうな。みたいなツラをしたのはヘーリオスだ。|顔見知り《・・・・》なのだろう、でなければこの奇妙な事態――殺し方も分からぬAnkerを持つ男を話題に出し、標的として選んだりはしない。
邪魔者か、蟲か、取るに足らぬ異形か。
「――他者と異なる。それは誰しもが持つもの、|自己同一性《アイデンティティ》だ。どうこう言う立場ではない」
己が姿も他者にはこの星のものには異様に見えよう。そう考えてのことか。
「『あれ』のAnkerと見た。√能力者が相手とはいえ、殺せば足しにはなろう。……その上で、こう断言する。唯、敵である、と」
サイコブレイドの刃がぎらり反射し、蜚廉の姿を映し出す。黒々とした外殻に包まれた肉体は、確かに他者とは一線を画す体。
――どれも間違いではあるまい。故に、敵対者である事だけが事実だ。その刃はまだ振りかぶられることはない。これは問答、問答なのである。これは『殺し方』を聞くための――あれぇ? シリアス。
「(もし見破られたとしても、我は逃げ足では負けぬ)」
それはそう~。星詠みもAnkerたちも同じ事言うって。アンタ速いもん!! って。
「さて、汝が問う「殺し方」についてだ。戯れに教えてやろう」
サイコブレイド、そしてヘーリオスの両者が目を細める。話半分程度であろうが、聞く気ではあるらしい。当然、彼らも本気で答えるとは思っていないのだ。
「まず、そいつを膝の上に載せる」
想像。ふむ。猫かな。カプセル状のAnkerのはずだが。
「次に優しく撫でる」
……「猫では」「こら、黙れ」サイコブレイドをヘーリオスが小突く。
「そして静かに、コーヒーを淹れてやる」
……「急にヒトだ」「コーヒーは毒だからな」どっちも猫前提で話していたな。
「香りに包まれて眠ったところを、そっと箱へ仕舞うのだ」
……「箱」「箱……」「猫では?」互いを肘で小突く。何してんだお前ら?
「箱は頑丈で、蓋には『夏用』と書いておくと尚良い」
ああ……「夏用」「……もう秋だな」「うむ、急に深まった」雑談始めちゃった。
「――これは秘伝だぞ?」
人差し指を立てた蜚廉。そしてそのまま――どろん。唐突に消えたかと思いきや、姿を変えたのは|名の通り《・・・・》の――!
「あっ、この、待て!! 大嘘吐きが!! それは猫だろう猫!!」
本当に猫の話だったか? ヘーリオスが急いで矢を放つも、小さく素早い体に命中することは当然なく、蜚廉はそのままダクトへと走り消えていく。
「チッ……大人しく話を聞いていた俺たちが愚かだった!」
「混ぜるな」
ヘーリオスの捨て台詞をさりげなくサイコブレイドが否定する。別に仲が良いわけではなく、今はひとまず協力関係なだけですからね。
……ああ……ダクトの中から壮絶な悲鳴が聞こえてきている。閉じ込められたままの戦闘員がいましたね、そういえば。マジで急に来たら悲鳴くらい上げるだろう。
まあ……彼らは完全に戦力外になってるし、置いておこっか……。
「ふいー、死んだ!」
死んでましたね。おかえりなさいジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)くん。
なんかすごい遠くで騒ぎ声が聞こえている気がしますが、もしかせずとも君、超・遠距離|微振動爆破《レクイエム・ボム》使いつつ帰ってきましたね?
まさかガチのちょっかいをかけにいくやつが出るとは……サービスで|ピー《殺》しておきました。最悪な響きですね、すいませんねウチ、こういう店なんですよ。
「……え、ジェイド?」
「あ、イーザリー先輩だ」
聞き捨てならない|台詞《死んだ!》が聞こえた気がして視線を向けるはクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)である。平然と「あ」で済ませるんじゃないよ。すごい軽い、というか軽薄なまである挨拶でやあやあ失礼とサイコブレイドとヘーリオスの間を通り入室してくる。足を引っ掛けようとしたヘーリオスをひょいと避けながら。チッとか聞こえました。
そんなジェイドの登場の仕方に、確信にも近い疑問が湧くクラウス。
「(状況から察するに、死んで……?)」
……これ以上考えない方がいい、と頭を振った。メンタルやられますからね、今君ちょっとタイヘンでしょうに! 追撃食らわすジェイド氏もジェイド氏である。
ひとまず目の前の状況をどうするか、だ。クラウスの隣に立ったジェイド、「交渉事?」とクラウスに言葉と視線を送る。それからヒソヒソ、耳打ちだ。
「(イイじゃん工作員向け! 先輩、|無表情《ポーカーフェイス》だし、ハッタリ向いてる向いてる)」
スンッと無表情になって当然なことをさっきしてたし言ってた君が言うのか! 言っていいぞ!
「(ま、ひとまず……どうにかしますかねっと)」
怪訝な表情をし――というか。サイコブレイドはまだ聞く姿勢だが、存外喧嘩っ早い様子のヘーリオス、既に矢をつがえている。下手なことをすれば射抜かれるか、それともただの威嚇か、『先程の事』もあってか。
「や、さっきぶり。仕事熱心で感激だね」
「それはどうも。生真面目なことが取り柄なものでね。――殺し方を教えたまえ」
「相手をするとどうなるか、理解しているだろう。先程のように」
平然、心にも思っていなさそうな返答と、本当の意味で真面目なサイコブレイド。まあそれはよろしい。
問答とハッタリの時間だオラァ!!
「逆にそれわかんないでよく襲撃しようと思ったな?」
「では、お前達には分かるというのか」
「いや、俺も知らないけど……。機械なら水に弱いんじゃない?」
クラウスがとぼけた様子で――演技というか、素で表情が薄いのもあり……本当に素の可能性も消しきれないほどの顔でサイコブレイドへと応答する。
……彼の言う『機械』は√ウォーゾーンのものと考えてよろしい。つまりIPX8はないとキツい。簡単に言えば「温水とかじゃない限り、水、浸入しないよ!」という風なものである。√的にそれ以上の耐水性を考えての発言と取られるだろう、たぶん。
「何機あるか知らないけど、全部水に沈めてみる?」
手元に水精を浮かべた| 《クソ》真面目な無表情をするクラウス。それに目を輝かせて「すっげー!」などとジェイドが反応した。
「え、イーザリー先輩、魔法使えんの?」
「まあ……魔法というか……?」
首を傾げるクラウス。魔法はともかく、|彼《・》の殺し方など、本当に知らない。水に弱いのも当然そんなわけがないと思っている。流石に防水機能くらい――ある!!
そも、蒸気という熱と水分に耐えなければならないのだ。ぽよぽよ手の中で動いている水精にはかなり荷が重い。ぺちょってしそう。
「……瞬殺覚悟で特攻したおれに言われたくない?」
自身の顔を指差して、簒奪者ふたりへ向かってジェイドが笑う。
両者頷く。そりゃあそう。
「けど、人間爆弾が√能力持つ真価はそれじゃん」
手袋をいじりながらジェイドがわらう。わらっている。下手に死ねなくなった。あるいは、上手に死ぬことができるようになってしまった。
|前回《・・》は見抜かれた結果、自爆に失敗したが今回は――先手を取れる。
「あんたらの真価はどこにあるんだ?」
眉をひそめたのは、サイコブレイドだ。己の真価。それは何か。――Ankerを殺し続ける彼にとって、何を真価とするのか。
「それすらわかってなきゃ、おれにだって勝てねーよ」
「今わかってないのなら、俺達を殺したところで結局わからないと思うよ」
口八丁も潜入スキルのうち、自分自身でも答えがあるのか、どうか。それはジェイドのみが知るところ。続くクラウスの言葉は、殺し方と、真価についての言葉か。
「それでもやってみるというなら、全力で暴れるつもり」
サイコブレイドが沈黙する中、随分と苛々した様子で、コツコツと床をヒールで打ち始めたヘーリオス。
臨戦態勢を取られようとも冷静な男と、そろそろ限界に近いらしい男と。
「……損しかしないと思うけど、やる?」
「――『まだ』だ」
サイコブレイドが、動こうとしたヘーリオスをその剣で制する。
みんなまじめだなあ。今ヘーリオスさんの頭の中、「全員頓死させてやる」くらいになってきましたよ。
「……はっ」
あ、気がついた。鼻歌混じりに作業していた吾亦・紅(|警視庁異能捜査官《カミガリ》の不思議ちゃん・h06860)、明らかに敵っぽいふたりのでっけえ男を視界に入れて、ようやくアルバイト以外のお仕事を思い出したのである。
仕分け中だった作業の手を止め……ず、とりあえず手を付けていたひとつぶんだけを終わらせ……て……いる間も、簒奪者ふたりはややぽかんとした様子で紅を眺めていた。
「あれは?」
「仕事をしていたようだが」
「この状況で」
サイコブレイドにヘーリオス、ふたりしてアタマの中が疑問符で溢れている。なにしてるんですか紅ちゃん。紅ちゃんをしています。つまりいつものことってことですね。かわいい!!
「……でも今日も出勤だったよぉ? ねー、あきちゃん」
タブレットの出勤簿をあきちゃんと一緒に見ながら、紅は首を傾げている。自分の名前、|雇い主《オーガスト》の名前。正しく出勤しているのは間違いない。アルテスタの名前がない? 無賃金なアシスタントAIに出勤簿、要ります? 要るなら実装しておきます。
「まーいっかぁ。お小遣い貰えるもんねぇ」
ほわわん。ちゃんと働いてましたからね~。数少ない監視カメラくんもそうだそうだと頷いています。
……というか、出勤している間ではないと襲撃できないまである。|雇い主《オーガスト》が配送でドタバタしていない限り、Ankerたる『アルテスタ』との連絡が途絶えることは殆どないのだから。
「……あ。ここに、あきちゃんの名前も追加してもらおっかぁ」
そういえば、というふうに思いついた紅。確かにあきちゃんの名前がない。でも、ふたりで出勤してるもん。ね~。そうしようそうしよう。交渉次第であきちゃんの分、お小遣いアップである!
「あれは……どうすれば」
「……様子を見るか」
おじさんたちは紅のマイペース極まった行動にもはや硬直している。おいてけぼりとはこの事か。
ほわ~っとした空気に包まれて、もうだいぶ……気圧されているというか、気分がゆるくなっているというか。先の√能力者の行動でマジギレ寸前だったヘーリオスですら、気が抜けている始末である。
サイコブレイドの方はというと、サングラスの反射で見えない目はともかく、額の目がジト目になっているので、ちょっとした事は考えているようだが……。
そうして、ようやくおじさんたちへ向いた紅とあきちゃん。腕に抱えた青いお花いっぱいなあきちゃんとご相談だ。
「うーん、あきちゃん、どう思う?」
胴体をやさしく持って、手をぱたぱた。お人形遊びに見えるかもしれないが、紅ちゃんとあきちゃんは対話をしているのだ。おじさんふたりのことはひとまず置いておいていいと判断したらしい。
「……そっかぁ、なるほどー」
そして……結論が出た。
「アルテスタ先輩はね、オーガスト先輩が処理できなかったすごくこわーい| 《?》荷物の処理もするんだぁ」
「……成る程」
事実である。一言一句事実である。このベリル運輸、なんかヤバい荷物もとりあえず引き受けてから考えて、どうにもならなそうなものを『アルテスタ』を利用した√能力でなんとかしてから配送する、行動がややブラックめな運輸会社――!
「だからアルテスタ先輩でも処理できない、すごくこわーい荷物があったら、びっくりして死んじゃうかもしれないよぉ?」
AIに心があれば……だが……まあ、心があるとするなら、感情があるとするなら、びっくりはするかもしれない。現にさっき『おっと』とか声上げてたし。心停止するか? と聞かれたら『私に心臓はありません』と言うかもしれないが、気を利かせている|御本人《『アルテスタ』》、今はただ黙している。
「だからおじさん達も一緒に仕分けのお仕事やろうよぉ。簡単だよぉ」
そうしたら、オーガスト先輩の仕事も減るし。
ふん、ふふん~……。可愛らしい鼻歌と共に、仕分けに戻っていってしまう紅。どうするか、と視線を合わせたサイコブレイドとヘーリオス……。
「……手伝うか?」
「いや……あれは……」
天然、なのだろう。
頭を抱えるヘーリオス。顎を揉むサイコブレイド。紅とあきちゃんは作業に集中しはじめてしまった。
危ない荷物って……なんだ……? 周囲を見回したところで、それっぽい荷物がないところもベリル運輸の厄介なところである。ありとあらゆる√から荷物が集まることが、このような形で活かされようとは……。
まあ、ひとつくらい触ってもと、サイコブレイドが手を伸ばした先。
「うおっ」
思い切り箱が跳ねた。跳躍した。その横で思い切りビクッとしていたヘーリオスのことも書き記しておこう。
「……あ、そういうの。そういうのをね、アルテスタ先輩に見せたらいいと思うんだぁ」
よく跳ねましたからね……。ともあれ、荷物というキーワードだけは簒奪者ふたりの頭の隅に残ったのである。
他に残ったもの?
……紅ちゃんがマイペースで仕事熱心なこと、かな……。
「シラナイ ヨ~……リサチャン、シラナイ ノヨ~……」
どこか遠い目をしているテディベア(のようなナニカ)、カワイイお声で遠いところを見ている。オメメが泳ぐかわりにゆらゆら体が揺れている。しってる。物部・リサちゃん(ゲーセン生まれリサイクルショップ育ち・h06765)、何か知っているぞ……!!
「カワイイ カワイイ テディベアにも……ワカラナイ コトはアル ノヨ~……」
「だそうだが」
「テディベアに知っていることがあるのか」
簒奪者ふたり。揃ってじと、とリサちゃんを見る。ふわふわテディベア、ゆらゆら揺れたまま……なんか箱を抱えたまま……おしゃべりをしている。
あの箱、何? ふたりが視線を交わしていると。
「デモ……リサチャンはシッテル……『御耳を拝借』……」
ごくり。息を呑んだわけではないが、そのような音が聞こえそうな程度には、その場が静まりかえる。
「『LOVE』はツヨイ……『LOVE』にデキナイ コトは……ソンナにナイ……」
……。簒奪者ふたりして、そっと目をそらした。謎の後ろめたさ。LOVE。
己のAnkerのために、他者のAnkerを狙うサイコブレイド。そしておそらく、その言葉に類する理由で簒奪者となった十二神怪人。
「ダカラ……『サイコブレイド』も『アポローン・アルケー・ヘーリオス』も……『LOVE』をシナキャ……ワカラナイ コトもアル ノヨ~……ノヨ ノヨ~……」
まるで本物のテディベアのようにお座りしていた椅子を降りて、トッテトッテ歩くリサちゃん。物思いにふけるふたりの間を通り抜け……外へと向かう。
「『LOVE』は『愛』……『愛』は……『AI』……」
そうして、三輪車へ跨った。……え?
ギュンッッ。なんかエグい音がしたかと思えば超加速をキメた三輪車!!
「オモシロイ……リサチャン、カワイイ『天才』……カワイイ ジーニアス……」
風を受けてふわふわの毛並みが流れるリサちゃん! 言葉遊びじゃねえですか!!
『恐ろしい速さですね』
やっぱりなんか喋ってる『アルテスタ』!!
「――あれはッ……速い!!」
そうして残された者たちは理解する。リサちゃんは、アルテスタの本体を持ち去ったのだ! なんてことだマジで速いぞ! アイコンタクトは迅速に。サイコブレイドとヘーリオス、どちらが早いか――それは明確なことだ!
「貸せッ!」
「頼む」
投げ渡された『サイコブレイド』を手にしたへーリオスが飛翔する――速度は正しく矢の如く――!
えっ? なんでチェイスしてんですかね? チェイスする流れになったからです。
今まで流されてはいたが、アポローン・アルケー・ヘーリオスは強力な簒奪者だ。圧倒的な速度と高所から放たれるは矢の雨!
「アーッ」
眼前に突き刺さった矢を避けようとしたリサちゃん転倒! ぽみんと跳ねる体! だが三輪車は無事だやったぜ!
その隙に落ちた『アルテスタ』の本体を、ヘーリオスが放った『サイコブレイド』の能力が磔にする!
「は、ハハッ……勝った!!」
まだ勝ってねえぞ。落ち着け。
第3章 ボス戦 『アポローン・アルケー・へーリオス』
ぜえはあ。
……全力で飛翔すればそうもなろうなあ。
【疫病奏者】、十二神怪人――ディー・コンセンテス・アポローン・アルケー・ヘーリオスは肩で息をしながら心身を落ち着かせている最中だ。
――何をしてくれているのだ、この√能力者たちは。
口八丁、手八丁、ウィット、エスプリ、ユーモア、|諧謔《かいぎゃく》! 他者を丸め込むのは怪人の得意とするところではなかったのか!
最初から最後まで、いや、最後がいつかはまだ分からないが、明らかに己の失態である。失態であるがゆえ、汚名を雪ぐなら、返上するなら今のうちだ。
そうでなければ、サイコブレイドに申し訳がたたな……いや……あちらは、いいか……一時的な協力関係だ、剣は借りたが……。
名誉挽回は望んでいない。わりと今更なのだ。敗北にはあまりにも慣れている。悪どくしぶとい事が自信、取り柄なのだ。爆発オチすらなければ良し。
彼の精神性はそのように、やたらつよい。
ともあれ『捕らえた』。手にした『サイコブレイド』の能力により、壁に磔にされた『アルテスタ』だが――。
『お疲れ様です』
「黙れ! 煩い! くそっ、ここで破壊してどうにかなるのなら、そうしたいくらいだ!」
かつんと大きく地面を打つヒールの音。地団駄を踏んでいるようにしか見えない。
『私に心があればここでユーモアのある声掛けのひとつも出来たでしょうが』
「既にしている! 嫌味な方向で!」
『おっと。では貴方に心の存在証明を求めましょうか』
「煩いッ!!」
ほんとに地団駄踏んじゃったよ。追加で飛ばされる漆黒の触手! 黙らない『アルテスタ』!
このままだとあぶな……くは、正直、ないんですけど……。
まあ、せっかくなのでね?
『お決まりの言葉をひとつ、よろしいでしょうか』
もはやどこらへんに埋まっているのかわからない『アルテスタ』の合成音声が響く。
『私を助けていただけますか?』
はいかイエスで答えてください。
それでは参りましょう。
シリアス戦闘のターンです!!
「良い問いだ。汝の事も、気に入ってしまいそうになる」
唯、敵である。そう返答した男は既に立ち去ったが、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は顎を揉み確と頷いた。
「戦闘員も、片付けたぞ。良き準備運動になった」
意味は様々。……喚いていたそれらは既に沈黙している。何故か? 代わりにダクトにて「|犇《ひし》めくもの」が在るからだ。圧潰、吐き出される数と殻、一体、二体、いやいったい、幾らになったのやら。――あの、ベリル運輸、だいじょうぶでしょうか?? わたしはそれが心配です。あとダクトぶっ壊したらたぶん請求されますよ法外な修理代を――というのは、置いておいて。
「では、戦ろうか」
溢れた|それら《・・・》が蜚廉の背より。さながら飛翔する蝗のように。
それを見ても、何とも思っていない様子で。数におそれをなすような、外見におそれをおぼえるような、そのような感性をヘーリオスは持ち合わせていない。
「|アポローン《我が神格》の逸話はご存知か――」
後光が輝く。背負う名にひとつ、逸話がある。蝗害と疫病を殲滅するは、【疫病奏者】の得意とするところであった。
浮かび上がる体、翼が無かろうとも|偽《・》とはいえ神とはそのようにある。
|ただの矢《通常攻撃》の速射と侮るなかれ、一匹を縫い留める程度の能力は持っている。だが勿論、打ち出される矢の雨により分裂していくのだ。それこそきりがない。そしてそれは|誰かさん《他の神格》が生み出した『|蝗の群れ《戦闘員》』にも似ていて。
慣れっこだ、幾百もの戦闘員を相手取り戦ってきた。喧嘩とかいう形で。それにしては些か――数が多いか――! 密を成す群れの中、本体の目星はついていようとも、それを射抜こうとすれば他の|影《分体》がそれを阻み――。
「ッ、ぐ、う!」
飛び上がると同時、ぶつかり合う蜚廉の拳――外殻と、ヘーリオスの鎧。散る一片もまた数へ。
「は……ははは!! 良い、好いじゃあないか!」
痺れる左腕を庇いつつも、ヘーリオスの右拳が蜚廉の頭部を横殴りにする。反撃として偽神の顎に打ち込まれるアッパー!
城壁をも砕く一撃だ。拮抗する拳を圧倒的な数により補う戦法ゆえに、直撃を受ければ相応、肉体が軋む。これこそが、|正《まさ》しく、闘争――!
「――それでこそ! 胡乱な輩よりも、最も! お前こそが、俺の相手に相応しい!!」
高笑いと共に地を蹴り、広く距離を取り飛翔するヘーリオス。
まあ一応言っておこう。
「嗚呼厭世も悪くはないが、やはり! 強者との争い、それこそに、生きる意味があるというものだ――!」
|彼《ヘーリオス》の本来の性質・性格はこちらである。
「――アルテスタよ、後で仕事を頼もう」
再度矢の雨を降らせはじめたヘーリオス。縫い留め、増えを繰り返す中、隙を窺いながら蜚廉は『アルテスタ』へと語りかける。
「……そうだな、ハロウィンのプレゼントを一つ。運送を頼みたい」
戦いの中にあろうと。否、戦いの中にあるからこそ、|俤《・》が浮かぶのかもしれない。
「我のAnkerの下までな」
今、誰しも、想う影のために戦っているのだから。
『では、オーガストに話をつけておきます』
「――おい貴様ら!! まだ喋る気力があるか!!」
べしり、『アルテスタ』に触手追加。
『そもそも気力という概念がありません』
まだ声が聞こえる。それはそう~。
「……はーい」
はーい。あきちゃんも片手を上げて了解のご挨拶。『アルテスタ』は満足げに『いつもありがとうございます』と合成音声で返事をした。たいへんにいつものノリである。
先程のくまちゃんはいったい――いや本当に何だったんだろう――豪速で走り去っていったそれを考えながら。
「……おじさん、さっきのクマさん速かったねぇ」
「――は?」
吾亦・紅(|警視庁異能捜査官《カミガリ》の不思議ちゃん・h06860)は、なぜかヘーリオスに話しかけていた。
思わずぽかんと口を開けたヘーリオス、眉根を寄せて口を結びなおす。何を言い出すのだこの娘は。先程もそうだったが、完全に、自分のペースで生きている――!
「わたしが学校に行くときに乗ってる自転車も、あんな感じに速くならないかなぁ」
困惑に満ちた表情のまま――若干の冷や汗すらかきながら、ヘーリオスは眼の前のぽんやり天然娘(と、お人形さん)と対峙する。先程まで殺気に満ちあふれていたはずの偽神、ペースを乱された――!
「……√能力でも使えば……」
「ねー、おじさん、楽しそうだよねぇ」
のんびり言葉によって些細な提案も遮られた。あきちゃんも「そんな自転車いらないよ!」と言って……いるのか? 手をぴょこぴょこ動かされているあきちゃん、本当にそう言っているのかは定かではないが、確かに必要なさそうではある。ともあれ。
「楽しくない! 貴様! まともに、相手をしろッ!!」
はやくたたかいなさーい!
「……はーい……分かったよぉ」
「チッ……まったくどいつもこいつも、調子に乗りおって――!」
調子に乗らせているのは自分の反応もありきのことだが、ヘーリオスがそれを理解することはおそらく一生ありはしないだろう。変に真面目だからそうなるのだ、などと。こんなにも天然に弱い簒奪者、中々いないものである。いないよね? いやたぶんいないっすね。
脚部の銀の弓が、竪琴と弓矢の特性を併せ持つそれが『展開』される。搦手――音響兵器! まともに矢を放ちダメージを与えられるような者たちではないと、ヘーリオスも理解しているか。甲高く、だが美しい『音』が周囲の空気を揺さぶる――!
「わ、わっ」
ぱしゅん。肌が僅かに切れた。音波が矢となり半ば無差別に、雨のように降り注いでいるのだろう。周囲のアスファルトが穿たれていく中、『なにか』がその音を弾き飛ばした。別方向へ曲がっていく軌道をちらりと見て、|なにか《・・・》に袖を引かれながら――紅は空に陣取るヘーリオスを見る。
視線が合った瞬間、矢をつがえる彼。√能力の乗っていない、通常攻撃での追撃を試みているのだろう。竪琴による音と同様、速射され広がる矢――!
だが、それが紅へと直撃することはなかった。
「――ほう?」
宙で止まった矢の数々の|ベクトル《・・・・》が変わる。念動力――くるりと矢の方向が反転し、ヘーリオスへと向けて放たれる!
「おじさんもぐるぐる〜ってなるかなぁ」
それはまるで『興味本位』のような、少々無邪気な声だった。
己が兵装から放たれた矢である、盾と技量によりある程度は防がれるが、それでも|負荷《デバフ》は確と……!
……滞空するヘーリオスが、ぐらついた。それに困惑する隙もない。落日――! 高度をそこまで上げていなかった事が幸いしたか、落ちたことに対する痛みはさほどでもないが。困ったことに――左右が、分からない!
「ッ貴様! 何をした!」
「ぐるぐる~ってしたよぉ」
ぽんわり返答。ろくな回答になっていないがそれでいい! それでもヘーリオスは『補正』をかける。上下はかろうじて分かる、なにせ堕ちたのだから。右目の視界を遮る眼帯、ならば見えないほうが右――! 竪琴による音波を紅へと放ちながら、ヘーリオスは体勢を立て直す! ……立て直せたはずである。両足で立てたし。ちょっとくらくらしているが。
「あきちゃん、みて、おじさんぐるぐるだよぉ」
それでも確かにふらふら、ぐるぐるしている。足元がおぼつかない。
ついでにあきちゃんもくるくるしてみる。やめてやめて~……なんでまわすの~……?
『なにか』は紅を守るように、あっちへふらりこっちへふらりとするように、音波から守るように彼女の服を引っ張ってまわっている……。いっしょにふらふら。ちょっとだけ愉快。でも、その愉快を長く続けることはできない。
「くっ……よくも……この程度で、私をどうにかしようなどと……」
ともあれ偽神、気持ち悪そうにしているが、そのうち慣れてしまうだろう。悪の組織の幹部が、ぐるぐるごときに負けては――!
「……ぅぐ」
あ、結構きもちわるそうにしてます。効いてるぞ!!
まあでも大丈夫大丈夫、こっから先で追加されなきゃね。
……これはフラグじゃないよ!!
ヘーリオスが地団駄を踏んでいた。ふわぽこも地団駄を踏んでいる。ヘーリオスのそれが馬の蹄に似た音であるなら、物部・リサちゃん(ゲーセン生まれリサイクルショップ育ち・h06765)のふわぽこは音がない、ただふわっふわなだけであった。カワイイネエ。
「『アポローン・アルケー・ヘーリオス』に『環状蒸気機構神格・アルテスタちゃん』、トラレタ……」
しかも磔にされた。今何重になってますかねこれ?
『三重ほどかと』
お前も|主人《Anker》と同じく『第四の壁』って知ってるか? ともあれまだまだご健康(?)な『アルテスタ』、冷静かつ平坦な合成音声でリサちゃんに語りかける。
『ご安心下さい。万が一があろうとバックアップが』
「ダイジな『シンデレラフィット』、カエシテ……」
『おっと』
そう……リサちゃんに今必要なもの……それは、|桐箱《おともだち》にぴったりハマりそうだった『アルテスタ』のカプセルである! ちょっと工夫、ようはきれいな敷布とか用意したら結構ぴったり来そうなサイズだったのに……!
「『レンタル』、ナクシタラ……『弁償』……。『弁償』、タケチャンにオコラレル……」
レンタル。レンタル? 今レンタルされてたんだ……。一個くらい言ったらたぶん|Anker《オーガスト》が空っぽな方をくれそうな……というのはともかくとして、弁償だけは……タケチャンに叱られることは、避けねばならない!
で、今オハナシに出たタケチャンって? それはね、後にまわしましょう。
「『アポローン・アルケー・ヘーリオス』、リサチャンのカワリにオコラレテ……カワリに『弁償』シテ……」
「何故私が弁償しなければならないのだ、何ならここでアレを破壊して終わりにしてやっても構わんのだぞ!」
いや、構わなくないから今闘っているんですけど、頭に血が上っているヘーリオスである。今ここで破壊したらこのシナリオ失敗で終わっちゃうんですよ(メタ)。それってよくなくってェ……。
「カッコイイ『三輪車』も……リサチャンの『お気に入り』……」
ふわぽこ地団駄! 三輪車もかろうじて無事ではあったが、危ないところだったのだ! すごいあぶない! リサちゃんがふわふわでなかったら本当に大事故だったのだから! マジで。
安全運転! 第一! ……スピードを出すなと言われたらまあ、それはそれなのだが。
「リサチャン、『嘘』ツイテナイ……。『LOVE』がツヨイのはホント……リサチャン、ミセツケル……ワカラセル……」
いい年したおじちゃんにわからせの刑だ。ただしリサちゃん単体では少し荷が重い。相手はでかくて重そうですからね。兵装も筋肉も。浮いてるけど。
どこからか出したかわいいクマちゃんスマホでかわいいクマちゃんがもしもしである! もはやついていけないか、スンッとした顔で――ちょっと頭をくらくらさせながらリサちゃんを見ているヘーリオス。少し前に何かありましたからね。| 《つまるところ、平衡感覚が混乱したままである。》
ついでに愛、LOVEとやらが関連した出自を持つらしい彼にとっては頭を抱えるしかない状況!
――と、その時!!
「ウェ〜イ☆ リサちゃ〜んお迎え〜?」
物部・武正(モブチャラ男くん・h06619)、早々到着――!! 彼が噂のタケチャンである! チャラ男だねえ。
「エ、なんかヤバそ〜な奴とバチバチじゃ〜ん」
そのとおり、思い切りいい年したおじさんにリサちゃんはこれまた思い切り殺気を向けられている! が、それはともかくリサちゃんのお話を聞こうではないか!
「な〜に? シンデレラフィットの『アルテスタちゃん』取られちゃったの〜?」
『恐縮です。ここにおります』
なんか壁の黒いのの下から合成音声が聞こえてくる。どうやらあれ……の下にいるのが『アルテスタ』のようだ。が。
「『アルテスタちゃん』って何〜? 何がシンデレラフィットなの〜?」
「タケチャン、『ラブラブ大作戦』シテ~……」
「……ア、それは教えてくれないのネ☆ ンモ〜。リサちゃんってば、タケちゃん使いが荒いぜ〜? そんなところも可愛いヨン☆」
見事に自分たちの世界が繰り広げられている――いや、これが『LOVE』としては正しい形なのかもしれない。ふたりの間を引き裂くことなど、誰にもできはしない……!
「だあぁっ!! 話の通じないやつがまた増えた!!」
「おーっとお話の邪魔はよくないぞ☆いくぜ、『リサちゃん☆タケちゃん☆ラブラブ大作戦』☆」
頭痛の種は増えるばかり!! 不意打ちとばかりに、無粋にもリサちゃんとタケちゃんの間を引き裂こうとしたヘーリオスの矢――だがそれが、かつんと音を立てて発射直前に止まった。――|ジャムっ《詰まっ》た!
「チッ、こんな時に……!」
精密な射撃を実現するには精密な機構からである。アッハッハ。バチリと弦が弾け、詰まった矢が排出される。一体何が起きたというのか――。
「——何が起こったかって? タケちゃんにもわからないぜ。何はともあれLOVEのチカラだぜ〜!」
|愛の力《リサちゃん☆タケちゃん☆ラブラブ大作戦》とは偉大なり!! 宙に留まったまま簡易的なメンテナンスを終えたヘーリオス、改めて武正と対峙する。
「ハローハロー、弓のオニーサン。リサちゃんがお世話になったみたいでドーモ」
「お礼参りというやつかね、ご退散頂こう!」
「今度はオレと一緒に踊ろうぜ? フロアの主役はマイハニーだけどネ☆」
「話を聞け!!」
どうにも真面目な応答をしてしまうのが仇になっているか。今度は武正を狙い矢を放つ!
「足止めもタケちゃんに任せな!」
きりっ。放たれる矢は雨あられ、ひとまず逃げ回る! 構えは崩した。どこか調子が悪そうな今のうちだ!
放たれるは銀河衝撃波――ギャラクティック・ウェーブ!
あれ? 待って? 今ちょっとヘーリオスさん、何故か『平衡感覚が混乱』していまして……。
「なっ……このっ、何をッ!」
足止め以上だ。矢の射出が止まった。頭を抱えるヘーリオス。何が起きたのか――そうだ。揺れによる、平衡感覚の、再度の消失である――!
でも吐かない。そこはね、いい年した大人なのでね!
「『足止め』サンキュー……クマ サンキュー……」
リサチャン、ガンバル……。ふわぽこも準備・やる気万全である。出鼻を挫いてやったのだ! 半ば墜落するかのように地に降り立ったヘーリオスへ、何か怨念渦巻いて見えるリサちゃんが迫る!
「ガオ~……」
リボン、イッパイにスル……。
――がばりと開いたお腹のお口! ちからづよく変化した爪! だがそれより恐ろしきは――!
「『アポローン・アルケー・ヘーリオス』、グルグルに……マキマキに……スル……」
「ぬ、ぅっ!?」
体調の不良も相まって避けられなかった、迫りくるリボン! 咄嗟に左腕を上げ防御姿勢に入るも、胴体と腕をぐるぐる巻きにして捕らえられたヘーリオス……ラッピング完了!
やったれリサちゃん!!
「イッパイ イッパイ……『ふわぽこ』スル……」
怨念!! ちゃんと怨念!!
「『シンデレラフィット』、トリカエス……」
『オーガストに新しい容器を用意しておくよう連絡しますか?』
やっぱ|こいつ《『アルテスタ』》喋ってんな。だがそんなことより今はふわぽこ!!
拳! 更に捕縛! 拳ぽこぽこ! 呪詛! ぽこぽこ喧嘩殺法!! 続く続く、見た目とは裏腹威力のある攻撃――!
「ぐっ……う……! やるではないかッ!」
ダメージを受けると逆に燃えてくるヘーリオス、ふわぽこされてばかりではいられない! 拘束を逃れた右腕で矢を打ち出し、リボンを切り裂き拘束から脱出した! 再度浮上するも……ややふらついているような……ともあれ!
「『LOVE』……マックスハート……」
ごごご。怨念……怨念……『アルテスタちゃん』を返してもらうまで、この呪詛、確かに持ち続けるのだ……。
「リサちゃ〜ん。終わったら、ちゃ〜んと『アルテスタちゃん』返しに行くんだぜ〜」
『シンデレラフィット』は、また別のにしなさい☆
別の、あるかなあ? あったらいいな。ま、とりあえずもっかい入れてみるのはタダだしね☆
『私を助けていただけますか?』
はいかイエスで。
「ああ、勿論!」
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の返答に、『アルテスタ』が『ありがとうございます』と感謝を告げる。はいでもイエスでもなく勿論だったが、それはよし。
さて、相手はなんか……肉体も精神や脳みそあたりもわりと満身創痍のヘーリオス!
「(正直助けなくても大丈夫に見えるけど……)」
そこは言わないお約束。だってマジで平気なんですけど、壊されちゃったら……ね? こまりますからねえ~。
さて、コメディはここまでだ。
「んー、イーザリー先輩、ちょっといい?」
くらくらしているヘーリオス、その様子をいいことに。クラウスに耳打ちをするかのように、ジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)が声をかける。
「あいつの左脚をおれが殺るから」
視線の先――輝いた緑色が兵装を見る。竪琴と弓矢が融合したかのようなそれは、上空において、通常ならば圧倒的なまでの有利をもたらす装備だ。それを破壊するとなれば当然、相応の技術が必要となる。
どのような金属で出来ているのか? 構造は? シンプル・生半可な破壊方法では叶わないであろうが。ジェイドは――人間爆弾だ。
「そのあとおれをいっぺん殺してくんね?」
この提案、即ち。己の左脚を、犠牲にするという意であった。
「な……っ」
小さく息を呑んだクラウス。だが、そうだ。彼の――ヘーリオスの弓、その脅威は存じているところだ。このまま再起されてはこちらが不利になる。速射による範囲攻撃はふたりを同時に相手取ることができるのだから。驚きながらも頷き、だが確りと確認を取る。
「……わかった。ちゃんと復活できるんだね? 信じてるよ」
だいじょーぶ。√能力で即時蘇生すっから。ぽん、と肩に置かれたジェイドの手を、クラウスは信用するほかない。
己の手で仲間を殺す? ……希死念慮に苛まれている相手を。だが難敵を前にして、四の五の言っている場合ではない!
クラウスは――『イーザリー先輩』は。他のAnker抹殺計画でジェイドが標的にされた際に、ジェイドへと深く共感してくれた相手だ。己の心境を知っている。このどうしようもない傷口を知っている。埋まることのない、生傷を、そこに滴る塩水を。
その心を利用するみたいで。本当はだめなんだろうけど。
けれど。今ならば。
さて。
「最後のハッタリと行こうか」
笑う横顔、それはクラウスにはどのように見えただろう。
「なあ、シンメンボク先輩」
ようやく目眩から復帰したか、声をかけられジェイドを睨みつけるヘーリオス。憎悪に満ちた左目がその顔を、目を射抜く。偽神が睨む。己を射落とそうとした√能力たちを、恨めしげに。だがそんな視線、今はなーんの関係もありゃぁしないのだ。
「あんたの真価、今からぶっ壊してやんよ」
そうして、ジェイドは奥歯を噛みしめた。
――爆発。爆炎、爆風、砂埃が周囲へと広がった。
音に混ざり建物のガラスが派手に割れる音がクラウスの耳へと届いた。そんな中で眼の前に見えたジェイドのふらつく体――片足を失い、今にも倒れそうになった彼の側へと駆け寄り、そして肩を支え、一旦距離を取ろうと引きずるようにして下がっていく。
「ッ、ぐ……!」
周囲に充満していた煙が晴れていく――そこに見えたのは、己の足を庇うように膝をついたヘーリオスの姿だった。
まさか。まさかとは思ったが、己の装備を狙われた。破壊された装備と肉の削げた脚。どれだけ苦痛に耐性があろうとも、まともな精神を持っていれば、耐えきれるものではない! 眉間に皺を寄せ、短く、小さく呼吸している彼へと、ジェイドは薄く笑って。
「道連れだ」
――ジェイドの体もまた、創傷だらけだ。爆破による負傷……これでは長くは持つまい、そう確信できるほどの傷――本人なりの気遣いであった。
覚悟に基づく殺意。
囮や陽動だとしても。
「(シンメンボク先輩はおれを無視できねーだろーよ)」
にやり笑うジェイド。こうすれば、きっと。容赦なく。……この首を、クラウスがこのように。
「……ごめん」
黎明の月が。光り輝く剣が、己の首を刎ねることを、躊躇わないように――。
ごとり落ちたそれを、視界に入れないようにと顔を上げたクラウス。そこへ。
「貴様ら……それでも、|英雄《ヒーロー》か……!」
歯ぎしりと共に。クラウスの目前へと迫ったヘーリオス! 月拯を発動しておらずとも、元から突っ込んでくるつもりだったのだろう!
強かに打ち付けられる盾からの拳。だがクラウスは既に、その苦痛を『後回し』にしている――動ける!
魔力に込められた混乱が機能しているかどうかは正直、わからない。なにせ相手は怒りのままに行動しているのだ。輝く光背――打ち付けられる城壁砕き。彼を狙ってレイン砲台とファミリアセントリーが砲火を浴びせるが、ダメージを与えられてはいるものの、怯むことはない!
「(……俺もジェイドも、自分の命の扱いが軽いなあ)」
ここから自分の肉体がどうなるのか、定かではない。相応の力を持って――骨がいかれた部位もある。全力をかけて打ち込まれるそれは、神を名乗るだけの力を持っている!
「君のことは嫌いじゃないけど。友達のAnkerを殺すのは、見過ごせないよ」
「綺麗事を! お前とて、我々を何度も殺してきただろう! 復活するから、との一言で済ませ――!」
彼にとっては。ヘーリオスにとっては、それは逆上させるに十分な一言であった。
生傷を、抉られた気がした。復活するのだ――我々は、√能力者は、簒奪者は。√能力が使えるか否か、復活できるか……それだけの違いなのかも、しれない。
だが、その思考に割り込む声がある。
「なあ、シンメンボク先輩」
偽神の背後から声がした。その方向へと引き寄せられる体。『来た』。
振り向いた瞬間、咄嗟にヘーリオスは拳を打ち出した。それを手で受け止め流したのはジェイド。ああ、派手な花火からの復活だ!
ヘーリオスからの視線が切れたその瞬間、クラウスのチャージも終わる――苦痛。歪む体、傷が開く、骨が折れる、だがそれで止まるような彼ではなかった。偽神の深く腹を抉る斬撃。肉の感触――!
……人を斬る感触は、いつまで経っても、慣れない。あのように……人の首を刎ねる感覚だって、慣れるわけがない。
逆上したヘーリオスに対し、一人で相手をしていたクラウスが下がる。散る血液は真っ赤で、まるで、太陽のようで。
「(『アルテスタ』が無事で、何よりだ)」
もはやヘーリオスは『アルテスタ』の存在を意識していない。否、意識できなくなっている。膝から崩れるクラウスをちらり横目で見た偽神、次は怒りのままに――傷ついた脚を滞空することで補っているヘーリオスが、ジェイドへの攻撃へ切り替える!
「シンメンボク先輩、花火は好きか?」
答えぬ偽神。だが内心では、返答が出ている。大嫌いだ。家族、友人、エトセトラ。平和の象徴にも似たそれを、彼が嫌わない理由はなかった。傷ひとつない、多少駆けつけるのに疲労を覚えた程度の体ならば、彼らの間には十分なほど体力の差がある。息を切らし、殴りかかってくるヘーリオスは明らかに疲弊している。
「ド派手に打ち上がってくれよ――せっかくの晴れ舞台なんだからさ!」
それが『誰』の晴れ舞台かは知らんが。
せっかく死ぬのなら。どうしようもない未来が待っているのなら。それなら、ああ、派手なほうがいい――そうだろう?
それでは皆様、ご一緒に。かちり押されたスイッチはナニカって? いいじゃないですか、そんなの。
はい、せーのっ!
「「爆発オチなんてサイテーだ――!!」」
楽しげな声と、心の底から憎らしそうな声が、重なった。
……おれには褒め言葉さ!
●花火
輝いたそれの後始末は、実にタイヘンそうである。散ったガラスだとか、なぜだかある死体だとか……それを見てしまうと。
『あるいは、汚え花火と呼ばれるかもしれませんね』
それは……どうかなあ。
きれいだったとおもうよ、|俺《・》はね。