シナリオ

②萌え妖怪、舞う

#√妖怪百鬼夜行 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦②

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 #√妖怪百鬼夜行
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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

●あってはいけなかった出会い
「ほほう。成程成程、これは面白い……!」
 √EDENは秋葉原。
 毎週日曜日に開催される歩行者天国は今日も大変な賑わい。
 外国人観光客から一般の買い物客まで、老若男女。
 人・人・人。
 まさにイモ洗いとでも云うべき光景が彼女の眼下に広がっていた。
 が。
 彼女の眼に、そんな有象無象は一切写っては居なかった。
 ルビィのような真紅の瞳に映るのは、ビルの壁面や巨大看板に描かれた、可愛らしいキャラクター達――いわゆる萌え絵だけだった。
「これは新しい。うむ、面白い。顔の半分もあろうという大きなまなこ!ほんの僅か隆起するばかりの小さな鼻におちょぼ口!やはり口は小さめが良いというのは世や界を越えても変わらんのう!」
 そう高らかに宣言し、分厚いコンクリートの上に座り込んだのは、妖怪絵師『鳥山石燕』。彼女が妖力で作り出した和紙へ筆を振るえば、あれよあれよ。
 生まれるのは妖怪・妖怪・妖怪!
 こだまにやまびこ。
 天狗に山姥。
 犬神、垢嘗。
 かわうそ、河童。
 猫又、狸。
 貂に網剪。
 狐火、かまいたち、姑獲鳥に海座頭。
 鉄鼠、ろくろくび、雪女。
 牛鬼、のっぺらぼう、うわん、蜃気楼。
 ぼと。
 …ぼとぼと。
 ……ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと!
 ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと。

「ん?」
「なんだ?」
 筆が走れば怪が生まれる。
 コンクリートの分娩台から生み出されたモノクロの仮初の命は、見る間に和紙から零れ落ちて眼下の雑踏へと落ちてゆく。
 そう、彼女が座り込む山手線の高架、その壁の上から眼下の歩行者天国の雑踏の只中へ。
 雪崩となりて落ちてゆく。
「え?なに何かのイベント?」
「凄い、ホログラフィーって奴?」
「写真撮っとこう、カッ!?」
 カメラを構えた青年の首が飛ぶ。
 可愛らしいブレザーの制服を着た|少女《カマイタチ》の手刀が鋭い鎌と化して、真空刃を発露させた。
 悲鳴を上げる間もあればこそ。
 マイクを持ったアイドル風の|少女たち《こだまにやまびこ》が歌えば、衝撃波が飛び、ビルの窓ガラスは全壊。
 割れた破片が雨のように降りそそぎ、周辺は鮮血とうめく人々に埋め尽くされた赤いライブ会場となり。
 赤いランドセルを背負った可愛らしい、しかし頭に皿持つ|少女《河童》が数メートルも腕を伸ばして体格のいい男性の腕を掴めば、一気に振り上げ、投げ飛ばす。
 アスファルトに大輪の赤花が咲く。
 へそ出しルックのセーラー服を着た、狸耳、狸尻尾の少女がにたりと笑うと、その姿はあっという間に見上げんばかりの大入道へ。
 恐怖に固まったOLをいともたやすく握りつぶし。
 角を生やしたナース服の美女――ただし下半身が巨大な蜘蛛――が、その脚を振り下ろすと、外国人観光客の家族がいっぺんに踏み殺された。
 ただただ新たな描写の技法に出会い、それを試す描き手の思惑とは関係なく、絵図妖怪たちは暴れ始める。
 ただしどれも、色無きモノクロの萌え絵妖怪であるが。
「いいぞいいぞ!これはよい!これは久々の筆の奔り!!やはり新たな題材を得ると筆のノリが違うのぅ……!!って、ええいなんじゃ、煩い!!」
 すぐそばを走り去る山手線の列車の騒音へ顔を顰めれば、石燕、側近に呼び出した巨大な影へ命を飛ばす。
 すればその影、『塵塚怪王』は無造作に線路へ降り立ち、苦もなく列車をひっくり返す――…!
 響く轟音。
 重なる悲鳴。
 遠くから響いて来るサイレン音――…。
「ええい、本当に煩いのう……せっかく楽しくなってきたところじゃ、集中させんか……!」
 絵師はただただひたすらに、新たな題材にのめり込むばかり、その顔は新しいおもちゃを手にした童に同じく。
 かくて。日曜の歩行者天国は阿鼻叫喚の地獄と化していった。

●遊びをせんとや生まれけむ
「……ってな光景を見ちまってな。こいつァちぃとほうっちゃおけねェ」
 某牛丼屋のテーブル席。
 牛丼大盛へ卵をトッピングしてかっ込みつつ、|天國・巽《あまくに・たつみ》(h02437)はそう告げた。
 秋葉原荒覇吐戦。
 王劍『|明呪倶利伽羅《みょうじゅくりから》』を従えた大妖『|禍津鬼荒覇吐《まがつおにあらはばき》』が起こす王劍戦争、その名である。
 そして、今回巽が見た妖怪絵師『鳥山石燕』の事件もその一環。
「石燕は、山手線の高架線上に陣取って、ただひたすらに絵に没頭してる。だから出現してすぐに動き出すこたァねェ。どうやら、秋葉原に多く見える、いまどきのイラストに思うところがあったらしい、自身の妖怪絵図にそれをどう組み入れるか、色々試してるらしいや」
 豚汁を啜って一息つく。
 秋も深まり冷えて来た昨今、この手の体を温めてくれる汁物が美味しい季節だ。
「勿論、速攻石燕のところへ突っこんでって即打倒――ってのが理想的。なんせ奴さんの√能力、画図百鬼夜行と来たら周囲で√能力が使われて、|常識が揺らげば揺らぐほど《インビジブルが集まれば集まるほど》、大量の妖怪絵図を実体化させて来やがる――…だが」
 箸を置いて男は云う。
「だが。そうすれば必ず、犠牲者が出る」
 静かにそう告げて、周囲に集まってくれた能力者たちへ視線を向ける。
「だから今回は、まず実体化した絵図妖怪たちを手早く倒して消し去り、その後、石燕の打倒へと向かって貰いたい。妖怪たちはそれぞれの特性にあわせた能力で攻撃してくるが、なあに。お前さんたちの力なら、大した脅威じゃない。早々に消し去ることは可能だ」
 再び丼を手に取ると、ガツガツとかき込む。
 腹が減っては戦は出来ぬとでも言いそうな勢い、きっと彼も本来であればこの戦いへと赴きたい気持ちを、ぐっと押さえているのだろう。
 しかし、星詠みの能力、ゾディアック・サインは能動的に得ることは出来ず、その未来視は移ろいやすい。まして星詠み本人が知り得た未来に直接かかわることは、致命的な予知の変動をも誘発する可能性がある。
「遭遇した絵図妖怪を倒したのち、なんとか高架上まで上がって貰い、そこで石燕と対峙することとなる。石燕の近くにも、本体の護衛となる『塵塚怪王』と『文車妖妃』が召喚されているが、そいつらを含め直接戦闘を仕掛けるもよし、またはなんらかの手段で奴の手を止められるよう気を逸らすもよしだ。緊急のこと、すぐに他の能力者たちも駆けつけるだろう、そうなればあとは本体を叩くのも容易い」
 やるべきことは三つ。
 萌え図画妖怪を倒し、手段を講じて高架上まで移動し、そして本体を叩く。
「猶予が無い上に一般人を逃がしながらの戦いだ。苦労する場面もあるかも知れねェ、だが――…これは俺たちEDEN――Endless Desire for Essential Nexus――がやらなきゃいけねェ、いや、俺達しか出来ねェ仕事だ」
 漬物まで綺麗に食べ終えれば、龍眼の男は両手をあわせて。

「早い、美味い、安い、じゃねェが、早い、凄い、強い!お前さんたちなら、そんなイイトコ見せてくれると信じてるぜ?」
 そして、そう云うとにかっと笑った。

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第1章 ボス戦 『妖怪絵師『鳥山石燕』』


雪月・らぴか
矢神・疾風
七々手・七々口

 それは秋も深まり、肌寒い日も多くなった11月のとある日曜日のことであった。
 秋葉原中央通り――外神田5丁目交差点から万世橋交差点までの間、約570メートルはこの時期、日曜日の午後1時から夕方5時までの間、歩行者天国となる。
「え?なに何かのイベント?」
「凄い、ホログラフィーって奴?」
 JR秋葉原駅から街区を一つ挟んだこの道は、電気街出口からすぐの地点であり、その途中には能力者のみぞ知る、ゲーマーズやアトレ秋葉原1内の三省堂書店が存在していた。
 ビルに挟まれた短く狭いこの道に。今、絶対の死をもたらす漆黒の雪崩が生まれようとしている。
 これら絶対防衛領域とその周辺は、世界のあらゆる事象を無視して一般人が生き残ることが出来る、ある種強固な結界内であり、こたびの妖怪騒動、その避難場所には最適であったと云えよう――。

●雪風火
「写真撮っとこう――」
「おーっと、ちょっとたんましてな?お兄さん」
 カメラを構えた青年の首が飛ぼうとしたその刹那、彼の耳に届く声、そして突然の浮遊感。
 そんな青年の視線の先にふわり、舞い降りたのは――え?天使?
 いや女神?
「はええ、萌え絵勉強中ってところかな?被害でないならよかったけど、そうじゃないし邪魔しちゃうよ!」
 駅の方から漂って来る黒い霧……のような、煙?アレこれ火事?
 という|認識を持ちつつ《忘れようとする力を受けつつ》、混乱する彼の視線の中、秋風に翻るのはノースリーブにミニスカート。
 いかにも可愛らしくも動きやすい戦闘服を身に纏った、ピンクの長い髪の女の子。
 そりゃもう、ぱっつんぱっつんにメリハリの効いた肢体を元気に躍動させ、同じくピンク色の、羽の生えた短いロッドを構えて見栄を切っている。
 そう、彼女の名は雪月・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)。
 人呼んで、霊術闘士らぴかとは彼女のこと。
 しかしながら、青年の脳裏に浮かんだ言葉はこうだ。
 いや、これどう見ても魔法少女だ!?ちょっとアダルト向けの奴だけど!!
 ごもっともである。
 いや、もし発言していたららぴか本人は否定していただろうが。
「さあ!やられる前にやっちゃおう!いっくよー!」
 ロッドを振りかざせば発動するのは|霊雪爆鎚コールドボンバー《レイセツバクツイコールドボンバー》!
「もう一発!」
 瞬く間にいかつい見た目に変形した雪月魔杖スノームーンが唸りを上げれば、彼女の周囲半径41メートル内へ霊気と氷雪の爆発が連鎖し、ビルの間を漂い、迫っていた萌え妖怪その第一陣を瞬く間に壊滅させる。
「ようし、まずは大体片付いたかな?」

 突如眼前に繰り広げられたのは、あまりに慣れ親しんだ、アニメやゲームに近い現実。
 思わず「しゃ、写真…!」と、スマホを手にしようとした青年の手を、そっと遮ったのは、先ほど彼を襲った真空刃を蹴りで相殺し、お姫様抱っこで救い出した矢神・疾風(風駆ける者・h00095)。
「ははっ、巽もとんでもない星を見かけたんだなぁ?『早い、凄い、強い!』の期待に添えるよう、ひとつ頑張ってみるか!」
 な?なんて、ウインク一つ。
 ごく間近。
 そんな台詞を吐く黒髪爽やかお兄さん――疾風の視線を受けて、青年の心臓が飛びあがる。
 突然の姫抱っこ、そして間近で注がれる視線。
 え、やだ俺100キロ超えてるのに、このお兄さん力強い……。
 トゥンク、青年の胸が早鐘を打つ。
 まるで幼い頃。
 パパンに抱っこされていた、あの頃のような。
 他者に全てを任せられるという幸福感、安心感。
 が。
 早鐘を打った途端に下ろされた。ゲーマーズの店前で。
「この辺に居ればもう大丈夫だ。危ないから写真は我慢して、周りが静かになったらすぐ逃げな?」
「あ、あのっ!せめてお名前を!」
「名乗るほどのもんじゃないよ」
 さらりと吹く秋風の如く。
 疾風は青年にそれだけを告げると、周囲の人々へも同じように呼びかけながら、再び駅方面から押し寄せる萌え妖怪百鬼夜行へ向かって走り去る、ヒロインムーブに酔う青年を独り残して。
 しかし悲しむなかれ、いつもヒーローとは風のように去るものなのだ。

「火事だー!駅構内で火事だぞ!駅から離れて!」、
 疾風は【コミュ力】高く【社会的信用】を得やすい外見、人柄をフル活用。
 一般人に迅速に避難するよう呼びかけていると、彼へと襲い掛かるは再びの真空刃。
 鼓膜に届くキン!という真空の発生音。
 しかし、それより先、風使いは風に宿る気の流れをすでに察知している。
「おっと!」
 掌に風を集中。
 超高圧化させた空気を強制的に送り込み、真空を消滅させつつ流れる気の下へ視線を流す。
「お前はJKカマイタチか――じゃあせっかくだ、こっちも風龍の力を見せてやるよ!」
 疾風の瞳に炎が宿る。
 炎は風を巻き、強い強い上昇気流――竜巻を生み出す。
「……風龍神よ、力を貸しな!」
 轟!
 龍化の陣。
 顕現した風龍神の力で龍へと変化すれば、自我も理性もない筈のJKカマイタチがなんとなく気圧されたような様子を見せる。
 一瞬だった。
『覇王の扇』が閃き龍が吼える。
 所詮、墨から生まれた仮初の命。
 他の絵図妖怪もまとめて、彼女は壁の黒い染みと化していた。

「おー、猫又メイドさんだ。キュートやねぇ…あ、はい。嫉妬ちゃんの方が可愛いですごめんなさい」
 そんならぴかと疾風のすぐ近く。
 やはり事件を解決すべく駆け付けた能力者がもう一人。
 いや、一匹?
 のんびりと煙草をふかして萌え妖怪たちを眺めていた彼は、七々手・七々口(堕落魔猫と七本の魔手・h00560)、尻尾代わりに七本の大罪の名を持つ魔手を生やした獣妖である。
 しかしなぜ彼は、急にこんなに焦っているのか。
 実は大罪の名を持つ魔手の内の一本、嫉妬を冠する彼女はその名の通り、とても嫉妬深いのだ。
 それは時に、どちらが主なのかと本人、いや本猫と周囲を悩ませるほどに。
 ほら、じたんだ踏むみたいに地面をガンガン殴って歩道を陥没させている。
「あーあ……」
 思わず首筋に流れる冷や汗を感じつつ、しかし思わず口に出してしまった素直な感想はもう戻せない。
 吐いた唾は飲み込めない。
 どちらかといえば褒めたのは絵の出来の方だったのだが、まるで瞬間湯沸かし器、魔手激おこ状態。
 となれば――…あとはもう、嫉妬ちゃん無双である。気のすむようにさせるしかない。
 |文字通り人外《123レベル》の怪力で、まずは猫又メイドさんへまっすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。
 咲くのは黒い壁の染み。
 らぴかの生み出した氷雪の嵐から抜け出て来た、萌え妖怪達の顔面を次々に陥没させて駅方面へ逆侵攻。
「うわー…」
 七々口は内心ビビりながら、しかし煙草は欠かせない。
 いや、こういう時こそ落ち着くがために吸っておかねばと己を鼓舞しつつ、嫉妬ちゃんについて行く。
 開始5秒の残虐ファイター。
 彼女は炎の嫉妬ちゃん。

 かくして第一陣を退けた三人は、百鬼夜行のあふれだす線路の高架、その先を見あげる。
「さあ、行こう!」
 らぴかが叫ぶ。
 呼び出したのは、見た目可愛いゆきだるま!
 しかしてその正体は死霊!
 空を飛ぶ彷徨雪霊ちーくちゃんの手を取り、ふわり宙へ浮き。
 七々口もまた、嫉妬ちゃんがある程度落ち着いたのを見計らって他の魔手達で地面をぶっ叩く。
 獣妖とはいえ、見た目にはちょっと大きな猫程度。
 かの怪力でぶっ叩けばその体は反動でお空の星に。
「はい、計算通りと」
 七本の魔手達は七々口を空中で代わる代わるに投げ飛ばし、また、ビルに爪を立てて固定、ターザンロープのワーク、はたまた空中ブランコのそれのごとく勢いをつけ、方向転換しながら宙を移動。
 そして疾風はと云えば、龍の姿のままに悠々と線路の上、|宙を泳いでいく《空中移動28》。
「見えて来たな」
「私がまず一発かますよー!?」
「おっけー、オレも続きまーす」
 彼らの眼下。
 高架上、線路と周囲を隔てる壁の上。
 黙々と妖怪たちを|描き《生み出し》続けているのは、そう、妖怪絵師――鳥山石燕。
 しかし油断などあるわけもないのは把握している。
 何故なら彼女の側近に控えるのは。
 僧服をもろ肌脱ぎ、角を生やし浅黒い肌をした巨大な大男――塵塚怪王と、十二単をぞろ引いた長い黒髪の女、文車妖妃の二体。
 彼らは油断なくらぴかたちを見上げ、警戒している――と。
 古妖の周囲に即時展開されるのは白い嵐。
 線路を凍り付かせ、瞬く間にビルを霜で覆う霊気と氷雪が二重の螺旋を描いて爆発――!
「……吻!」
 爆縮。
 その爆発の衝撃を、塵塚怪王の拳が相殺した。
 衝撃の中心へと繰り出された拳は、魔杖の生み出す魔力の奔流、それを綺麗に打ち消して。
「なんて奴……!これが鳥山石燕の妖力……!」
 そう、塵塚怪王はあくまで石燕の√能力によって生み出された墨絵の妖怪。
 つまり、絵を生み出しながらも彼らを相手取っているのは歴戦の古妖、鳥山石燕というわけで。
 そしてその力は、当然ながら今現在の能力者たちよりよほど、強い。
「なら、こいつはどうだい!?3、2、1…発射ァああ!!!」
 再び七々口が宙へと飛ぶ。
 |猫は流れ星になる《キャットスター》。
 上空、魔手に飲み込まれ、そして叫びを尾と引いて、猫は星になった。
 いや、悪い意味の方ではない。
 どっちかというと、キミはコスモを感じたことがあるか的な意味の方だ。
 口から撃ちだされた七々口は加速、さらに加速。弾丸の如くに敵へと突貫!
「お前のせいで後が怖いやろがパンチ!!!」
 全身を魔手で包み込み、巨大な拳と化した彼が全力の怪力猫パンチを石燕へとぶち込もうとすれば、再び動いたのは塵塚怪王。
「破!!」
 天を切り裂くような蹴り上げ、再び攻撃を防御する。
 しかし防護属性の弾丸と化し、また幸運を纏っていた七々口は無傷、空中で身を翻して華麗に着地する。
 不発に終った二人の先制攻撃であったが、この場に集った能力者たちも幾多の戦いを越えて来た猛者。
 当然、外れた攻撃で腐るようなメンタルはしていない。
 確かに強い。だが対応出来ない動きではない、今回はたまたま防がれただけと正確に認識している。
 ならば。
「当たるまで撃てばいいだけ!」
 更なる攻撃の手を加えるべく、らぴかと七々口は彼らを包囲すべく線路上に散開し始める。
「オレが幸運付与するまで待っててくれりゃあ、当たったかもしれないのにー」
「だったら私より早く動いてくれなくちゃ!」
「ハハッ!云うねえ!……おっ、空の龍神サンが怒り始めたぞお」

 ――戦場に、一時の雨が降る。
 大粒のそれは瞬く間に大地を濡らし、和紙を歪ませ、墨は滲んで。
 そして絵師は天を仰ぐ。
「何じゃ、貴様ら」
 ぎろり、目を剥いた石燕の視線の先には。
 強気に瞳を輝かせる闘士らぴかと、魔炎の如きオーラを纏った妖しの猫、七々口。
 そして。
 暴風纏い『覇王の扇』の力で、雨を呼び出した疾風が龍の姿のまま、高らかに一声吼えた。
 遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
 彼らこそ、この戦いの嚆矢となった者たち。
 この戦場に、最も長く立ち続けた者たち。

 妖怪絵師の筆は止まり、先陣を切った彼らの思惑は見事に成功していた。

咎咬・蒼護
ノア・キャナリィ

●天歌蒼炎協奏曲
 妖怪絵師、鳥山石燕が起こしたこの絵図妖怪騒動に参戦した能力者たちは、先陣を切った三人だけでは無かった。
 時は少し戻り、秋葉原駅前。
 また違うポイント――先陣を切った能力者達とは別方向。
 やはりこの戦いへと加わった者たちの姿があった。
 駅構内のアナウンスが風に乗り、彼らの耳に届く。
「現在、駅周辺で火災との連絡が入っております。安全確認のため、山手線は現在運航を停止しております――」
「良かった。これできっと、駅から来る人が居なくなりますね」
 ノア・キャナリィ(自由な金糸雀・h01029)が呟き、共に絵図妖怪たちと対峙するもう一人の能力者と背を合わせる。
「ああ、JRも気が利いてら。これなら安心して線路が戦場に出来る」
 答えたのは、ぼさぼさの灰色の髪に青い瞳が印象的な男。
 咎咬・蒼護(雑貨屋『星霊堂』の店主・h09060)――が、獣めいた八重歯を剥く。
「もうちょい、ってトコか」
「ええ。片付けましょう」
 翼を広げ、ノアは空へ。
 蒼護は身を低く、地を蹴った。

 華麗なる天使は宙に舞う。
「カマイタチさん、僕と勝負しよ」
 ビル風の吹く秋葉原の駅前に、輝く金の髪を纏って天使は踊る。
 乱れた髪さえ、まるで彼を彩る羽衣の如く。
 動く絵は興味深いし、そういう魔術も興味はある。
 けど、犠牲を出すのはやはりダメ。
 かの妖怪絵師へそんな感想を抱きつつ、空中から鎌鼬を放ち、攻撃する。
 彼の持つ扇子、花蝶風月は魔力を込めることで真空の刃を発生させることが出来るのだ。
「ちょっと目立っちゃうかな……?」
 けれどそれは承知の上、彼はあえて目立つよう空中を駆ける。
 それはかつて受けた傷がもとで歩行が困難である彼の、唯一の戦闘方法とも云えたが、それ以上に、戦えない人達を守るという覚悟の現れであった。
 人々の居ない空中に居る自分へ攻撃が集中するなら、これ以上被害が広がることはなかろうと。
 さて、彼が呼びかけた通り、相手どっているのは女子制服姿のカマイタチ。
 襲い来る空気の刃をふわりふわりと、風に踊る羽毛のように華麗にかわしながら扇を振るう。
「皆さん、今のうちに早く逃げて下さい、火事ですよ!」
 ノアがそう訴えかけるものの、現実問題としてこんな華憐な|女の子《オトコノコ》が空を舞い、モノクロのイラストが現実化したような美少女キャラクターたちと、華麗な戦いを繰り広げている。
 思わず見惚れて、足を止めてしまう者たちも少なからず居る。
「もう、しょうがないなぁ」
 戦いよりも、一般人を守るのが第一。
 ノアは腰のポーチから小瓶を取り出す。
 錐揉み状に落下し、妖怪たちの頭を踏みつけながら1!2!3!
 再び空中へ。
 その時にはすでに小瓶の中の花弁を、翼と花が装飾されたヘッドセットマイクへと変化、装着を終えている。
 金糸雀は歌う。
 一般人に用いるのは不本意ながらも、魅了、催眠術を乗せた歌唱をヘッドセットマイク――天の囀りで拡声、彼らを強制退去させて。
 そうして後顧の憂いを断ったのち、天使は大地へと降り立つ。
「さあ、仕上げますよ?」
 カマイタイの放つ真空刃に、同じく鎌鼬をぶつけて相殺。
 手にした清鎌、曼殊沙華の刃を、美しくも鋭利なる花弁へと変化。
 妖怪たちの頭上へはらはらと、硝子の花びらが撒き散らされる。
「――行くよ」
 ノルの唇が高速詠唱を開始する。
 属性付与、風魔法、範囲拡大。
 花びら途端に舞い上がり、鋭くも美しい刃の花嵐は妖怪たちを切り刻む。
 さらに多重詠唱!
 水・氷魔法を発動。
 ――天より御使い舞い降りて、具現化するは|氷結地獄《コキュートス》。
 滝のように降り注ぐ水は見る間に凍結、屹立した巨大な氷柱の中。
 妖怪たちは墨の前衛芸術と化していた。

 蒼護は河童を蹴り飛ばす。
 壁際、他の絵図妖怪たちへ重なるようにぶつかり、団子となったセーラー河童たちが立ち上がるよりも早く。
「こいつは燃やしがいがあるぜ……!」
 叫ぶと同時、取り出したのは――角灯の付喪神である彼の本体。
 青い炎宿す角灯はいよいよ激しく燃え盛り、その炎は猛る獣と化して。
「この炎、避けられるかな!」
 |靈炎の猛撃《ミタマウチ》。
 苛烈なる奔流は、妖怪たちを飲み込み、さらに。
「悪いな?俺の炎は行っては返る二度焼きだ」
 背後から襲い来て、角灯へと還る炎に飲み込まれ、妖怪たちは完全に沈黙した。

「上まで登るの、手伝いますよ?」
「ああ、俺も浮遊くらいなら――いや。まあ、手伝って貰うか」
 二人は高架上へと移動。
「先に行きます」
 翼はためかせ、ノアが空中を駆けながら、インカム天の囁きに乗せて歌声を拡声させる。
 高度は高く、高く。
 すれば眼下に見えてくる。
 あれこそこの事件の張本人、妖怪絵師、鳥山石燕。
 そして僧服に角を生やし浅黒い肌をした巨大な大男――塵塚怪王と、十二単をぞろ引いた長い黒髪の女、文車妖妃の姿。
 攻撃は仲間に任せる。
 そんなノアの想いを乗せて、歌が古妖へ降りそそぐ。
 籠められたチカラは誘惑、魅了、催眠。
 古妖の精神を削り、集中力を削ぎ――そして、メチャカワ男の娘天使という自分のキャラクター性への、魅了。
「ほう!これはまた美麗な……むむ?あれは娘ではない……美童じゃのぅ、ふむ、これは天狗で表現できそうな――」
 魅了の効果か、はたまた天然の素材の良さか。
 石燕の赤裸々な視線に晒され「……正直、ちょっと恥ずかしい」などと思いつつ、これも駅前の皆さんを救うためとノアはがんばる!
 歌の合間、使うのは高速、多重詠唱。
 水と光、破魔の力持つ二種属性の範囲攻撃。
 仲間が降らせた一刻の雨に浄化のチカラが乗り。天使は我が身を囮とし、敵の妨害を優先させる。

 そんな彼の援護を受けて、蒼護は古妖の下へ走る。
 すでに戦闘へと入っている他の仲間と視線を交わし、走り込みざま放つのは彼の持つ最高火力。
「テメェの落書きは一々傍迷惑なんだよ!」
 |靈炎の猛撃《ミタマウチ》――!
 石燕と、門番よろしく待ち構えている塵塚怪王と文車妖妃を確認すれば問答無用だ。
 あの妖怪絵師相手に手加減、躊躇いなんざ出来るワケがねぇ――…!
 彼もまた長き時を生きる付喪神の一人。
 鳥山石燕、貴様の危険さは良く判っているとばかり、攻撃範囲へ敵を納めるが早いか。
 迸る炎は三体を焼き尽くす勢いで線路上へ迸り、行って戻って、角灯へと炎は戻りゆく。
 そして彼の頬に、笑みが浮かぶ。
「……ハハ、冗談だろ?」
 残念ながら――…それは焦燥の笑みだった。
「なんじゃ、あの無礼者は。せっかく妖妃に作らせた巻物製雨除けの輿が燃えてしまったではないか」」
 石燕はもとより、傍へと侍る二体の絵図妖怪すらほぼ無傷。
 その様子はもはや、防ぐにも値しないとでも云わんばかり。
 だが、おそらくは上空のノアの援護のお陰もあるのだろう、打ち消されたり回避されなかっただけマシというところか。
「へへ、流石、ってトコか……だが、その大事な道具はどうかな?」
 炎は消えない。
 笑みはその意味を変えて彼の頬へとへばりつく。
 そう、もともとの狙いすら違っていたのだ。
 彼は、石燕本体よりも持っている和紙と筆に攻撃を集中させ、敵の集中力や妖力の消耗を狙っていた。
「貴様!傑作の予感であった僕っ子天使の図を……燃やしおったじゃと……!?」
 石燕の瞳が怒りに染まり、筆が奔る。
 それはまるで線路を埋め尽くさんばかり。
 墨の津波と化して襲い来る絵図妖怪たちを、角灯から燃え上がる破魔の蒼炎によって蒼護はなんとか一刻防ぎ、線路隅へと飛びのいて退避する!

「蒼護さん!皆さん!僕が支えますからどうぞご存分に!」
 白銀と黄金色の瞳に見守られ、蒼炎の主の気力は未だ充分。
 そうさ、気合で負けてちゃ勝ち目なんざありゃしない。
「――引導渡してやる。下らねぇ御遊びはこれで終いにしなぁ!!」
 ぐっと拳を握りしめ。
 お人好しの付喪神は、格上の古妖へと、堂々啖呵を切って見せた。

椿之原・希
黒後家蜘蛛・やつで
白兎束・ましろ

●月兎群雲たなびき花椿
「……あ・き・は・ば・ら・あ・ら・は・ば・き・の・い・く・さ」
「え、えーと……あ・き・は・ば・ら・あ・ら・は・ば・き・の・い・く・さ」
「――…あきはばらあらはばきのいくさ!よし、噛まないで言えましたよましろ!」
 時は日曜、秋晴れの午後。
 ところは秋葉原駅前近く――…雑踏の上を移動する少女たちの姿があった。
 そう、上を。
 道行く人達が見もしない空中を、ターザン宜しく見事なロープワークで粘着性の糸を操り、パルクールめいた動きでビルや街灯の上を跳ぶドレス姿の少女が一人、メイド姿の少女が一人。
 そして箒に跨るもう一人のメイド姿の少女が一人だ。
 そんな中の一人、黒後家蜘蛛・やつで(|畏き蜘蛛の仔《スペリアー・スパイダー》・h02043)は見事早口言葉めいた今回の戦い、そのキーワードを云い終え、どうですか!と、鼻高々。
「さすがやつでさんなのですー。よーし、私も!あきははらあばらはき……!うーん、難しいのですー」
 自身よりちょっとお姉さんなやつでのそんな様子を目にしていざ!とチャレンジしたのは椿之原・希(慈雨の娘・h00248)、しかしちょっと失敗、てへへと笑いつつ、さらに練習を重ねようとするのは真面目な彼女らしいと云えよう。
「略して、あばばばのいくさっす!賢いましろちゃんは省略することを覚えたっすよ♪」
 そんな二人をしり目に、大胆な意見を発するのは白兎束・ましろ(きらーん♪と|爆破《どっかーん》系メイド・h02900)、この大胆さで、いつもお仕えするやつでお嬢様に新たな視点を提供する優秀なメイドである!
「省略!省エネにして効率的ですね、正しく発音するのとはまた別の美しさがあります!」
「はい!さすがましろさんなのです!」
「それほどでもあるっすよ!しかし希ちゃん、メイド服とは珍しい恰好してるっすね?いよいよ、このましろちゃんに弟子入りっすか!」
 そう、今日の希はいつもと違う。
 昼間のパパじゃないが、日曜の希はちょっと違う。
 いつもの赤い制服ではなく、今日の希が纏うのは、可愛いふわふわメイド服!
 ふりふりの真っ白いエプロンにひざ丈のメイド服。
 スカートの下は五枚ほどもペチコートを重ね、さらに太ももまで隠せるかぼちゃパンツを装備。
 飛翔用√能力「鳩」により、ファミリアセントリーを変形させた、空飛ぶほうきデバイスで空を駆けようとも、うっかり下着が見える心配もない!
 なお、頭飾りのみ、ヘッドドレスでなくいつも通りの赤いリボンのままだ。
 秋風に揺れるリボン、これは希のトレードマークのようなものであるから。
「えっと、天國さんの星詠みを聞いた限り可愛いものに目が惹かれていっぱいお絵描きをしているようなので、この姿で一瞬でも視線を奪っちゃうのです!」
 えっへん。
 箒の上、胸を張る。
 なお、自分が可愛いと思っているわけではなく、この服が可愛いので目を奪えると思っているところが希らしいところ、実際は本人あわせて可愛さ無限大なのだけれど。
「にしし!そこでメイド服に目をつけるとはなかなか見どころがあるっすね!今日はメイドのなんたるかを、しかとべんきょーしていくといいっす!」
「ありがとうございます先生!」
「む。ましろ、希様。そろそろ現場なのです、行きますよ?」
 希様も居ればこれは百人力。
「了解しましたです!では希、箒で先行します!」
 さあ、久しぶりにましろも一緒に体を動かす時間!
 希の背を見送れば、狩猟者やつでの目がきらりと光る。
「そういえば現場には、人を踏み潰せるぐらいの大きな蜘蛛がでるそうですよ、ましろ!やつではとても興味があります」
「にしし!お嬢様、みるからにワクワクっすね!」
「もちろんです!例え作り物でも、蜘蛛は蜘蛛、どれくらい強いのでしょうか?」
 最近、やつでは強さというものについて新たな方向性というものについて|考察している《なにせかしこいので!》。
 それは、小さくて可愛らしいものこそが、実は最強なのでは?という可能性だ。
 今回の敵――…萌え絵図妖怪、ナース牛鬼は、その理論を証明するにはまさにうってつけ。
 やつでの方が強ければ、大きくて強い蜘蛛は、まちがっていると証明できます!
 これはとてもいい機会です!!
 ふんす、とやつでは可愛らしく意気を吐く!

「どっかんなのです!」
 いち早く現場へと到着した希の視界に広がるのは、線路上から地上へ展開しつつあった萌え絵妖怪群。
 線路上のことゆえ、勿論周囲に人影もなし、ならば躊躇う必要はない!
 そのまま空中から【ファミリアセントリーの一撃】を使用!
 【飛翔用√能力「鳩」】により、すでにだいぶ、彼女のインビジブル化は進んでおり命中・威力・回避はすでに3倍近く。
 その背には、ちまっとした天使の羽っぽい変化が見える。
 そんな彼女から放たれた一撃は、黒き雪崩にもにた墨の一群を、直径70mを超える範囲で射貫き、敵を次々と倒してゆく。
 そこへ襲い掛かる追撃!
「さあ萌え萌え軍団がいましたよー!爆弾でお掃除していくっすよ!」
 やつでの糸で、高所からそのまま線路上へと降り立ったやつでとましろの二人もまた、素早くgo on stage!
 どっかーん!
 突然の爆音!
 あれは誰だ!?
 鳥か!?
 飛行機か!?
 いやメイドか!?
 その通りだ!!
「お嬢様と一緒に【爆風ロマンチカ】でどかーんっとましろちゃん参上っす!」
 そして二人が登場するとほぼ同時。
 予知にも見えていた角ありナース服の美女となった牛鬼――下半身が巨大な蜘蛛であるアラクネ形態――が、墨の群れからずももも、と出現。
 小さなビルをも思わせる巨体は、高架を揺るがしながら電柱のような脚を振り下ろそうとする――が!
「まったくもう!蜘蛛は蜘蛛だけで充分美しくもカッコいいのです!その上半身は無用の長物でしょうに何のためについてるんですか!?」
 そこは残念ながら、まだまだおこちゃま。
 異形と女体の組み合わせの妙を語るには経験が不足しているお嬢様は、そんな台詞で煽りつつ、巨体の足元をピョンピョンと跳び回り、糸を巡らし足を縛り上げる!
 バランスを崩し、倒れ伏す牛鬼――と見えたが、そんな間もあればこそ。
「ましろ!」
「おまかせっす!」
 動きの取れなくなった牛鬼の腹の下、メイドが悠々と仕掛けるのはこれは奇遇な腹腹時計。
 にっこり笑顔でカーテシー。
「でっかい蜘蛛は真下から|どかーーーんって爆破しちゃうっすね《√能力で技能値3倍、このメイドの爆破技能そのレベル756!!!》♪」

「む、また新手か――…あれは!?」
 秋葉原駅近くの線路上。
 らぴか、七々口、疾風、蒼護、ノアらに包囲されつつも、まだ余裕のある様子で筆を走らせていた石燕がふと顔を挙げた。
 なお、今の布陣は味方能力者たちが敵を囲み、塵塚怪王と文車妖妃が線路上。
 鳥山石燕は猛禽類にも似た翼をはためかせ、線路上空から萌え妖怪たちを創造、能力者たちを痛めつけている。
 この二手に分かれたことで、範囲攻撃に全員を収めることが難しく、また、敵妖怪の能力の高さにより、仲間たちは思うようにダメージを与えられてはいない様子。
 そんな中へ、希が飛ぶ。
「いけませんお嬢様ーお嬢様の絵から妖怪がいっぱい出てきちゃってるのですー。止めてくださいー!」
「なにっ!?ざしきわらしうぃず|西洋風女中《メイド》……じゃと……!?この石燕が生み出す前に、すでに実在していたとは……!む、あちらにも|女中《メイド》……あ」
 彼女の動きが止まる。
 まさに理想的なその姿。
 妖怪と萌えイラストが融合し、現実化したと見まごう希にその視線は一瞬ながら釘付けとなった。
 萌えを求めるイラストの中でも頻繁に見られるメイドというキャラクター。
 そこへあわさる座敷童のテンプレともいえるおかっぱ、幼女というキャラクターを持つ希は、彼女から見ればもはや生きた教材である。
 さらにそこへ、銀髪少女メイドもやって来たとあっては。
「むぅ!これは戦っておる場合ではない!塵塚怪王!文車妖妃!下の奴らを押さえ――!」
 そこまで言いかけた彼女の眼前。
 飛びこんできたのは空を埋め尽くさんばかりのうさぬいぐるみの群れ。
 群れ。
 群れ。
 その数なんと756体!!
 あれ?どっかで見た数だ?
「!これはこれで……!」
 思わず筆を走らせようとした瞬間。
「3・2・1!どっかーん!落書きをいっぱいしている悪い子には爆弾をプレゼントっすよ!」
 756体の自爆装置付きドローンは爆発爆発大爆発!
 錐揉み状に墜落していく石燕へ護衛の二体駆け寄れば、これ幸いと能力者たちの追撃の範囲攻撃が降り注ぐ!
「ふっ、またつまらぬものを爆破してしまったっすね」
 そして少女たちは満面の笑みでピースサインを交わす。
 しかしいまだ、戦いの雨は止むことなく。
 墨の涙は神田川を黒く染めていた。

 いや、笑い過ぎの涙じゃないですよ?

北條・春幸
斯波・紫遠
花園・樹

●花は紫、春に咲く
 秋葉原駅前――。
「ここは僕が引き受けたよ。北條、斯波、先に行って?」
 届く悲鳴にぴんと耳をそば立て、長身の青年が告げる。
 わらわらとビルから降りてくる人々、就業中のショップの店員さんたちなど、率先して逃げられなかった一般人たちをその背に庇い、誘導するのは花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)。
 表向きにはごく普通の小学校の先生だが、実は別√からEDENへと遣って来た、ニホンオオカミの妖『真神』の血を引く半人半妖である。
「了解。打合せ通りに、だね」
 彼の言葉に答えたのは、たっぷりと麻酔薬が籠められ、また塗布されたシリンジシューターとメスを手にした男。
 それらを振るい、マヒ攻撃をメインに絵図妖怪と対峙していた北條・春幸(汎神解剖機関 食用部・h01096)は樹の言葉に頷きつつも。
「しかし妖怪ってどうなんだろう?うーん、物質としての肉があればともかく、この子たちは墨だしね……いや?イカ墨は……」
 などとブツブツ云っているが、それはおそらく、一般的な感覚の方はスルーした方が良さそうな独り言かも知れない。
 もちろん、彼の隣で刀を振るっていた男もにこやかに。
「そうだね、あとは花園センセにお任せしようか……本命さんを野放しにしてもいいことなさそうだ」
 お勤め先がお勤め先だし、とでも云うように、彼の台詞はひとまずスルー。
 事件の解決に向けて積極的意見を述べる。長い前髪に隠れた瞳が高架の上、まだ見えない古妖へと注がれた。
 そして周囲を確認すれば、確かに三人の戦力が必要な時期は過ぎたなと検討をつけ、斯波・紫遠(くゆる・h03007)は打刀を腰に納める。
「行きがけに討ち漏らしが居たら、スパッと切断しておくよ」
「宜しく」
「じゃあ、僕はこの辺で」
「気を付けてセンセ」
 軽い別れは信頼の証。
 よっと、と、掛け声を出しつつ紫遠は空中ダッシュで高架上へ、樹を場に残し、春幸と共に石燕のもとへと先行する。

「皆さん!駅構内で火事です!落ち着いて駅から離れて下さい!黒い煙に気を付けて!」
 やはり学校の先生、指示を出すのは馴れたもの。
 逞しい長身にスリーピースを纏い、太刀を手にして黒い津波へ樹は向かう。
 もとより、三人で今回の事件へ向かうと決めた時から、自分は一般人の避難誘導を優先しようと心に決めていた。
 それはきっと、常に守るべきもの――自分の生徒たち――に囲まれて送る穏やかな日々を、彼が大切に考えている、ということも関係しているのだろう。
 その名の通り、穏やかな花園を木陰に包み慈しむ大樹のように、彼は嵐の中へと独り立つ。
「大丈夫ですか?さ、早く避難を!」
 襲われている一般人と妖怪の間へ入り込みながら攻撃を受け流し、またオーラ防御で庇いながら彼は駅前を巡回する。
 そして発見したのは狸やイタチ、狐といった獣型の妖怪たち。
 幼いあの見た目からすると、モチーフは小学生というところだろうか、中にはランドセルを背負っているものもいる。
「おあつらえ向きだね。……ちょっと見た目はやり難いけど」
 眼鏡の位置を直しながら、発動させるは√能力、狼来。
 すれば、彼の周囲に渦を巻き、沸いて出る狗神の群れ。
 あまりに鋭い獣の遠吠えは、妖怪だけでなく一般人も怯えて逃げ出す者が出るが、それはそれで好都合。
 もとより群れでの狩りが得意な狗神たちは、萌え妖怪たちを包囲し、足をその場に射留める。
「そう、狸に狐、鼬…小動物から見れば私達は捕食者だからね」
 コツ。
 革靴が、アスファルトへと小さな唸り声を刻む。
「どれだけプレッシャーを与えられるか分からなかったけれど…どうやらそれなりには効いてくれたかな?被害が大きくなる前に止めるよ!」
 大きく顎を開けたのは山のオオカミ。
 刃が放つ斬撃は衝撃波となって乱れ跳び、敵陣を一気になぎ払った。
 ――そして。
「……北條!」
 絵図妖怪たちを駆逐し、二人のあとを追った樹が見たものは。
「離さぬか、痴れ者め」
 ドチャッ…。
 二十体を超える妖怪たちに食い尽くされ、春幸が墨の中に没する光景だった。

 ――それは、樹が合流する少し前のこと。
 戦闘現場を目視すると、春幸は並んで宙を走っていた紫遠へ、無言のままにハンドサイン。
 頷く彼と別れ、線路脇のビル、その屋上へ。
 そして懐から取り出したのは目玉のキャンディ。
 発動するは、眼喰の契約。
 怪異のそれと完全融合した春幸は、禍々しきその魔眼を以て古妖を捕らえるべく、鋭く視線を走らせる。
 すでに味方能力者たちの数は10人を超えていた。
 つまり、今回顕現したのはそれだけ強力な個体であったということだ。
 彼ら仲間の波状攻撃は、いまだ休まることなく古妖へと向かっている。
「契約、発動だ」
 彼らの攻撃の甲斐あって、数度目の試みで彼の瞳は古妖本体を捕らえる。
 魔眼は空間を歪ませ、春幸の居るビルの屋上へと石燕を引寄せに成功。
 ひとまずの試みの成功に、ふうと一息つきながら春幸はこたびの敵を分析する。
 ここまでの戦闘の様子から云って、あの2体は近接パワータイプの使い魔だ。
 恐らく本体から引き離せば、戦闘能力はがくんと下がる筈――仲間たちが程なく消してくれるに違いない。
 研究者らしい判断と、普段から怪異食で鍛えている行動力を以て、彼は見事、望み通り。
 本体と一対一の状況を作り出す。
 だが、強大なる力持つ古妖とサシで対峙するというこの状況は、能力者といえどあまりに危険。
 けれど。
 彼は死を恐れない。
 それは彼の欠落であり、また職務への義務感、さらには己の趣味嗜好の結果でもあった。
「やあ、石燕さん、急にお呼びしてすいません。実は――」
「離さぬか、痴れ者め」
 そして見事に春幸、死亡。

 そのチカラの名は|眼喰の契約《ガンショクノケイヤク》。
【怪異の眼球飴を食べる】と完全融合し、【視線】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また死後、即座に蘇生する――。
「まあ、予想通りだったね?」
「うん、こうなるだろうとは思ってた」
「思ってたけど、結構痛かったー。あ、石燕さん。いいですかお話の続き」
 ビルの屋上。
 さすがの展開に、ちょっと面くらった様子の石燕へ、三人は交渉開始。
「そろそろカラーに挑戦したらどうでしょ?家に戻ってじっくりと」
「今、手を引いて貰えると僕らも楽なんだけど…どうかな?」
 春幸と紫遠が問いかけるが、そこはやはり古妖。
 そも人間など、言葉を交わす相手と見ているのかどうか。
「生憎じゃな人間。妖と生まれて幾百年、ただ描いた。ひたすらに描いた。この世のありとあらゆるものを描いたと思うたこの指に、今また迸る熱が宿ったのだぞ?気が済むまで儂の右手は止まらぬわ――ぬしらには解らぬかも知れぬがのう」
「いえ!!好きな物とあってはどうにも止まらない気持ちは、とても!とても良く判ります!」
「お、おう……」
「ちょっと。北條くん、正直すぎでしょ」
 怪奇!古妖が人間相手にちょっと引く!
 さて、気を取り直して。
「ごほん。じゃが、ここまで討伐の手が多いとなれば、儂も本気を出すしかあるまい――それに、まだまだ模写のし甲斐がある能力者もいるようじゃしのぅ」
 かく言う石燕、こうして話している間にも模写する手は止まっていない。
 その目は、すでに護衛の二体を倒し、線路からビルへと移動、彼女の周囲を固める仲間たちへ――具体的にいうとノアに希、ましろも含めてちらっちらっ。
 あと多分、萌え要素という点でらぴかもその範疇ではあったろう。
「多くて見苦しからぬは、文車の文、塵塚の塵――!」
 轟!
 妖気が迸る、再び生み出されるのは再びの二体。
 僧服をもろ肌脱ぎ、角を生やし浅黒い肌をした巨大な大男――塵塚怪王と、十二単をぞろ引いた長い黒髪の女、文車妖妃。
 いや、主の本気に応えてか、怪王の肌は赤く染まり、妖妃はまるで羽衣の如くに巻物を身に纏っている。
「残念だ」
 そう云いながらも、春幸は再び引く。
 空中を浮遊、高速移動してビルからビルへ。
 そして発動させるのは再びの|眼喰の契約《ガンショクノケイヤク》。
 だが、今回引き寄せるのは石燕本人ではない。
 石燕の攻撃に仲間が集中出来るよう、護衛達を引離して逃げ続ける算段なのだ。
「あとは頼むよ、二人とも」
 微笑む彼の笑顔に、不安の影は微塵も無く。
 かくて、戦いは第二局面へとなだれ込む。
 ビルの上、|魔法少女《成人女性》は跳び、魔手が乱れ飛ぶ。
 龍は嘶き、青炎奔り、天使唄えば、メイドが輝く!
「そのポーズ、良いぞ!」
 蜘蛛は絡め取り、狼が猛る。
 そして悪食が手招けば、絵師の右腕、塵塚怪王の姿が消えて。
「ようこそ、キャンディ食べる?」

「勝機……!」
 見切る。
 見切る。
 臍の前へと腰の無銘【香煙】を鞘送り。
 右手を添えて抜刀構え。
 有象無象と襲い来る妖怪たちの群れを、運足と体捌きのみでいなして紫遠は進む。
 右半身から左半身。
 送り足から継ぎ足、横受け身から回転、前回り受身から立ち上がれば跳躍。 
 だが、古妖の膨大な妖力から生み出される群妖の猛攻に止む気配はない。
 四肢が、牙が、爪が人の動きを超えるべく蠢きだすも――それをぐっと堪えて。
 その様、まさに黒き津波の如く。
 果たして神憑りでも足りるかどうか。
「……こりゃちょっと甘く見てた、かな?」
 見切った数は、11体を越えて数えるのを止めた。
 その頬に赤い死線が走る頃、思わず漏れた言葉に応える者があった。
「まかせて」
 妖たちへと立ち塞がるのは山の王。
『狼来』による牽制と捕縛。
 カタチ無き墨のアヤカシすら、オオカミの牙は逃しはしない――!
「さすがセンセ、頼りになる――」
 カミは|火水《カミ》也。
 それ人を救い、また滅するもの也。
 |熱《赤》|冷《青》あわさり宿るは紫炎の|狗神《カミ》ほかならん――!
 その刃。
 直刃にして刃紋は乱の打刀、鞘は漆く、鍔無き合口拵え。
「おイタが過ぎたね。勉強代はその利き腕かな」
 無銘【香煙】が断ち切るは妖の右腕。
 能力者達の総力、その結晶の輝きを、音も無く紫遠は鞘へと納めた。

 これより先。
 いざ、大詰め也。

森屋・巳琥
エレノール・ムーンレイカー

●らくえん
 そは忌むべき印、云うなれば|烙魘《らくえん》とでも名付けようか。
 そう、彼女たちが現場へ向かう道すがら。
 歩行者天国はもとより、駅の山手線ホームを経由して歩行者天国へとなだれ込んでいた萌え絵図妖怪たちの攻勢はやや、鳴りを潜めていた。
 しかしそれは無論、彼女たちが遅れてしまったなどということではない。
 此度の事件に関わったメンバーの到着時刻はほぼ同時。
 差があったとしてもほんの数分、誤差の範疇。
 あえていうなら、各自が到着したポイントは、あらかじめ駅と歩行者天国の位置、さらに星詠みによる情報を擦り合わせて、一般人の救助に漏れがないよう分散されていた。
 そして、彼女たちが向かったポイントは他のメンバーより多少遠回りせねばならない場所であったのだ。
 むしろ迅速とすら云える能力者たちのその動きは、いち早く山手線から歩行者天国までの最短ルートを割り出し、敵の位置を想定、妖怪たちの広がる範囲を推測して各メンバーへ連絡していた森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)の計算あってのものだったと言えよう。
「さすがでしたね、巳琥さん」
「いえ、偶然うまくいったようでよかったのです」
 そう。
 けして巳琥と同行するエレノール・ムーンレイカー(蒼月の|守護者《ガーディアン》・h05517)が、星詠みに倣い、腹が減っては戦はできぬと|牛丼特盛のセットを食していた《注:MSによる演出です》からではない。
 彼女自身は悩んでいるかもしれないが、大食いとはけして烙魘などではないのだ、いっぱい食べる君が好き!と言うやつだ。
 まして大食いということは一度に食べる量が多い=一口ごと多く食べられる=早食いも得意なのだ!(誇張表現が含まれています)

 さて、そんなこんなで彼女たち二人が担当ポイントへ到着すれば、目の前で繰り広げられていたのは路上ゲリラライブ。
 猫耳メイドたちが可愛らしく歌い踊り、エグい内股でハートマークを作ったりする振り付けを満面の笑みでやっていたりする。
 もしもこれが現実の人間であったなら、その高いプロ意識に敬意を払わねばならないところだが、モノクロの彼女たちはもちろん萌え妖怪。
「なるほど、ハートを飛ばしてくる『ラブリービーム』は魅了効果を持っているようですね。一般人の方々、すっかりやられています」
「どうしましょう…我々もあんな感じで魅了し返すとかした方がいいのでしょうか…」
「うえ!?」
 6歳児らしい素直さで、巳琥がそうつぶやくと、リアルに自分のその姿を想像してしまったエレノールから、思わず戸惑いの声が漏れる。
「い、いえ!あのポーズはちょっと恥ずかしいといいますか……!あの、もちろん人命救助のためには仕方ないかもしれないですが、こう……!」
「しかし獣人ですか……果たしてどの階梯が一番の『萌』なのか、あのファンの皆さんと語らってみたら正気に……いえ、答えはでませんね、これは人に依る難しい課題な気がします」
 続けて巳琥が別方向のアプローチを語りだすと、そっと胸を撫で下ろすエレノール。
「ええ、ここはセオリー通り早期殲滅と行きましょう、石燕本体の下へ急ぎませんと」
「せっかく可愛らしいのに、全て撃破対象なのが少し心苦しい…ですが、仕方ありませんねぇ」
 いっそのんびりとした口調で巳琥が呟くも、その手は即座に銃器へ掛かっているのは流石というところ。
 程なく二人はエレノールの重力震動波で動けなくなった妖怪たちを巳琥が制圧射撃、魅了が解除された市民たちを避難させ、事なきを得る。
 そして、やはり巳琥が見当をつけていた線路上への移動ポイントでは、エレノールが飛竜の指輪に念じて飛行能力を得、難なく高架線上へ。

「飛竜の指輪。ファンタジー世界には便利なものがあるのですねぇ」
「私からすると、√WZの方が凄い物が多くある印象もありますが」
 線路の上を飛翔するエレノールと、巳琥が装着した体高2.5mのパワードスーツが並走する。
 そんな会話を交わす間もあればこそ。
「見えました」
「現状は確認済みです。今現在、塵塚怪王が分断済みで、線路からビルの屋上へ戦線は移動済み――あ、あちらですね、塵塚怪王と北條さん」
 巳琥がピン型ヘッドセットを操作しながらエレノールへと告げる。
「あとは石燕への対処ですね。護衛の一体はああして引きはがせていることですし、勝機はあるかと」
「北條さん、ありがたいです」
 敬礼してすれ違う二人と春幸。
 そして粘りに粘ったのち、怪王に融合され、良い笑顔でふたたび春幸死亡。
 のち、元気に復活すると彼女たちの後方。遠距離から、再び護衛の引き剥がし作業へと。
「さあ、こちらも頑張りましょう!」
「はい。良き作戦でした……あとは、お任せを……」
 なむなむ。
 いえ、まだ彼、死んでないですよ?いや、一度は死んだけども、あれ?一度じゃないな?
 ええい、ややこしい!
「出し惜しみは無しで、一気に決めます……!」
 エレノールが発動したのは|幻影瞬撃《ファントム・ラッシュ》。
 41体にも及ぶ、彼女自身の分身体を召喚し【分身による魔法弾】による牽制、【|魔法の光鎖《マジック・チェイン》】による捕縛、【先程召喚した分身体との目にも止まらぬ連撃】による強撃を与える連続技である。
「では、私もそろそろ……」
「はい、ご武運を」
 宙を駆けるエレノールと別れ、巳琥はビルの屋上へと跳躍。
 マルチツールガンとB-WZ-Vulcanで武装し、ストライドスーツの上に着用している愛用の量産型ウォーゾーンの脚部を響かせながらビルの屋上へと着地、姿勢制御。
 ドラゴンガーダーの装甲の奥、大きな黒い瞳が細められる。
「巳琥、突貫します」

 そして終わりのその瞬間へと、EDEN達は疾走する。
「来よ!」
 文車妖妃の回復で復活した右腕をかざしながら、石燕が吼えた。
 らぴかの氷雪嵐が轟いて画図百鬼夜行を凍りつくし、七々口の魔手が今昔百鬼拾遺を相殺する。
 疾風の風は、ぬりかべの分厚い体を切り裂き、蒼護の炎がのたうつ蛟を焼き尽くす。
 金糸雀の唄声は三重のハミングとなって古妖の精神をかき乱し。
「えーとえーと、そうです!ましろさーん!つなでさーん!」
 希とましろ、そしてつなでのかわいいポーズ!
 思わず模写してしまう少女三人の攻撃は、攻守に走る筆を一手遅らせて。
「僕らも!」
「ええ!」
 そして狗神と大神、二人の牙は見事な連携で妖怪たちを切り払う。

「少しは効いてきましたか……?」
 仲間たちと共に|対装甲侵食弾『ヴェノム・バレット』《ヴェノム・バレット》
 をばら撒きながら巳琥は古妖本体へと強襲接近。
「ぬぅ!?筆が!」
 腐食属性の弾丸により、石燕の筆が、紙が急速に劣化していく。
「ええい、妖妃!新しい巻物を!!」
「させません!!」
 その隙を見逃す巳琥ではない。
 武骨な盾を以てシールドバッシュ、文車妖妃と石燕の間へとWZをねじ込む。
「エレノールさん!」
「了解!これで――…決めます!!」
 魔法の光鎖が石燕を捕縛――。
「!?」
「させぬわ!!」
 だがまだ。
 まだ死なぬと、石燕が足掻く。
 不滅の命持つ古妖だ、逃げるなどという動きは一切ない。
 ただただ、己が敵を滅ぼさんと狂気にも似た怒りを籠めて瞳を輝かす。
 いち早く捕縛されていた右手から、左手に持ち替えた筆で描くは――鉄鼠。
 黒き鼠が主を封じる光鎖を次々に噛み千切ってゆく。
「なんですって!魔法の鎖すら……!?」
「鉄鼠の名は伊達ではない!鎖という金行に属するモノであれば、こやつの牙が通じぬ道理はないわ!」
「させません」
 少女は|貫き通す意地《ツラヌキトオス・イジ》を。
 望む|未来《先》を掴むために。
 |巳琥の右手が鉄鼠を掻き消して《ルートブレイカー》。
「バ、カな!!我が絵術が食われるじゃと――!」
 叫ぶ石燕へ、エレノールの分身体が殺到する。
 魔法の刃が風に閃き、目にも止まらぬ連撃ののち――眼前に立つエレノールの手に握られていたのは愛銃、水精の長銃、オンディーヌ。
 荒い息の中、声を振り絞って彼女は云った。
「――創作活動は、人様の迷惑にならないようにやるのです。いいですね?」
 それが、妖怪絵師『鳥山石燕』がこたびの命で聞いた最期の言葉だった。 

●楽園
「本当に――…は絵が上手。さ、続きは帰ってからにしましょうね」
 それは、遥か悠久の彼方。
 石燕の名を得るよりずっとずっと前の。

 温かな。

 ……誰じゃ。
 あれは誰じゃ。
 嗚呼。
 その名を呼びたい。
 思い出せない。
 もう。
 もう何もかも、とうに|忘れて《失って》しまった。

「名を」
「え?」
「名を、名を教えよ」
「……?私たちは、EDEN」
「えでん」

 知っている。
 その言葉の意味は、知っている。
「らくえん」
 消えゆく彼女の頬を伝ったものが何だったのか。
 能力者達がそれを知ることは出来ない。
 けれど、なんとなく理解した。
 簒奪者もまた|欠落者《能力者》なのだと。
 きっと彼女が見たものは、もはや失われて二度と手に入らないものなのだと。

 そして時の流れの先の先。
 またいずこかの√で彼女は蘇り。
 きっと、自覚することなく絶望するのだろう。
 変わらず鳥山石燕である自分に。
 その地獄は不滅の命が滅び果てる。
 そんな奇跡が起きるまで、終わることはないのだ。

挿絵申請あり!

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挿絵イラスト