①硝煙の庭と銃火の詩
●秋葉原絶対防衛領域
ついに始まりし王劍戦争。その名も、秋葉原荒覇吐戦。
王劍『|明呪倶利伽羅《みょうじゅくりから》』を従えた大妖『|禍津鬼荒覇吐《まがつおにあらはばき》』の狙いは、予知の通り秋葉原だ。
無形なる原初が神の一柱と自称する大妖は、殺戮の宴により大量のインビジブルを得ようとしている。そして、今――王劍を巡る戦いが幕あけた。
「殺戮の宴だなんて、そんな非道は許しておけないわ!」
幽谷・雛姫(載霊禍祓士・h04528)は憤りを声に変え、仲間を見つめた。
あなたもそう思うでしょう、と呼びかけられた言葉には殺戮を止めたいと願う思いが感じ取れる。そうして、星詠みである雛姫は少し先の未来を視たと語った。
「現場は改造秋葉原駅よ! そこに√ウォーゾーンの巨大派閥『レリギオス・リュクルゴス』が出現しているの!」
機械化された秋葉原駅構内に入れば、戦闘機械群との乱戦になりだろう、
幸いにも駅周辺には多数の『絶対防衛領域』を展開しており、利用すれば民間人の被害をゼロにできる可能性も高い。
「まだ現場には民間人がいるわ。現れる敵、機関銃少女は弱い人を見つけたらすぐに殺そうとせずにわざといたぶって、死ぬまでじわじわ苦しめようとするの。そんなものは完膚なきまでに倒しちゃって!」
見た目は少女であっても中身は残忍な機械だ。一切の遠慮はいらないとして、雛姫は能力者達に強く告げた。また、混乱する民間人がいた場合に逃がしてやることも被害を減らすための行動になる。
「王劍のことも気になるけれど、まずは目の前の事件から解決していきましょう! 大丈夫、私は皆のことを信じてるから!」
皆なりの方法で挑んでほしいとして、雛姫は真っ直ぐに告げた。
人々の命を銃火で散らさせないためにも――今こそ、力を揮うときだ。
第1章 集団戦 『機関銃少女』
●冷たき鉄の少女達
√ウォーゾーンの巨大派閥『レリギオス・リュクルゴス』。
それらによって機械化された秋葉原駅構内に鋭い鈴の音のような音が響き渡る。
駅に訪れていた人々は初め、それが何らかのイベントの開始の合図だと思っていたのだが――違った。
そこに現れたのは黒いドレス姿の機関銃少女。
彼女達には足音がない。代わりに響くのは、鈴の音と聞き間違うほどの金属の軋み。
「さぁ、殺戮遊戯を始めましょう」
「わわっ!? いろんなところから銃火器がでてきてるーっ!?」
「はあ? こんなとこで機関銃? 冗談じゃないぞ」
くすりと笑った機関銃少女を見て、まず反応を示したのは二人。
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)と八色・祥真(トッピングは豚神・h05250)だ。ちょっとロマンがあるかも――と、思わず口にしてしまったエアリィだが、すぐに首を横に振って考え直す。
「ロマンは後回し! まずは、一般の人たちを逃がさないと」
「だな、手っ取り早く庇っちまうか」
エアリィは振り返り、驚いて動けない人々の方に駆け出した。頷いた祥真は機関銃少女の方を向き、一番近い民間人の間に|殴り棺桶《ブタバコ》を飛ばす。
「ひゃっ!?」
「邪魔しないでくださる?」
驚く一般人と、不機嫌そうな視線を祥真に向ける機関銃少女。
弾避けとして放った殴り棺桶のペイントがボロボロにされてしまいそうだが、祥真は民間人を守ることを優先する。
「上手くできたんだけどな。ま、今はそんなこと言ってらんねえか」
次の瞬間、機関銃少女からの攻撃が炸裂した。祥真はすぐに棺桶の横で射線を塞ぎ、驚いたままの人々に呼びかける。
「今のうちに逃げろ!」
「みんな、ここはあたし達に任せて逃げてーっ!!」
このままではいけないと感じたエアリィも声を張り上げた。
映画の撮影か何かだと思っていた者もいるようだが、機関銃少女の物々しさに威圧されているようだ。その中でしっかりした雰囲気を纏う男性を見つけた祥真は、「みんなを連れて逃げてくれ」と引率を頼んだ。
「逃げる……? そうだ、逃げなきゃ!」
「あの銃、絶対ホンモノだ!」
「皆さん、あちらへ!」
祥真とエアリィの呼びかけによってハッとした人々は、機関銃少女がいる方向とは反対に駆け出した。だが、その動きを機関銃少女たちが察する。
「逃げるなんて許さないわ」
「あなた様方は私たちを楽しませてくれる存在だもの」
「許さないのはこっちだよ!」
エアリィは構えた精霊銃を敵に向け、牽制射撃をすることで民間人への攻撃を防いでいく。こうすれば追撃を鈍らせつつ、他の人々にも本気の危険を感じさせられる。
「やば……オレらも逃げよ!」
「すまない、頑張ってくれ!」
(そうそう、大きな危険を知らせる時は、小さい危険を見てもらうのが一番っ!)
エアリィが頼れる存在だと本能で感じたのか、小さな応援をしてから逃げていく者もいた。心の中で安堵を抱き、エアリィは身構え直す。
その間、祥真は棺桶を動かさずに耐えていた。くすくすと笑う機関銃少女は彼を痛めつける算段をつけているようだ。
「まずはピンクの男の子から苦しめてあげましょう」
「痛ってえ……!」
(――そりゃそうか、装飾したって機関銃は機関銃だからな)
痛みを堪えて立つ祥真。
彼が殆どの攻撃を防いでいるおかげでエアリィが動きやすくなっている。だが、エアリィにも狙いを定めた少女がいた。
「ふふ、そっちの女の子も蜂の巣にしてあげる」
「それじゃあどっちの銃が強いか勝負だよっ!」
刹那、機関銃が奏でる激しい音が響いた。エアリィは黒煙が敵を隠す様を確かめながら、更に精霊銃での攻撃を続ける。同時に紡ぐのは六芒星精霊速射砲の詠唱。
「煙のある所を中心に狙えば……!」
六属性の弾丸が瞬時に撃ち込まれ、一瞬だけ銃声が止んだ。
それが当たった証だと直感したエアリィは精霊剣を抜く。
「――すべてを撃ち抜いて、切り裂くっ!」
エアリィは果敢に駆けた。黒煙にも怯まず、振り上げた刃で以て機関銃少女を一刀両断する。その刃は鋭く、未来を穢す者を貫く一閃となった。
「よし、反撃の時だ」
それによって生まれた好機を掴み取り、祥真が打って出る。
駆けた祥真は機関銃の脚を狙い、一気に足払いをかけた。敵が反応する暇も与えず、鋭く伸ばした鎖で雁字搦めにする。
「……っ!」
「後はこれでぶっ飛ばしてやる!」
殴り棺桶を大きく横に振った祥真は機関銃少女の横腹を貫いた。乾いた音が響いたかと思うと少女の身体が地に伏す。砕けた銃の残骸が飛び散っていく様を見つめ、祥真とエアリィは次の敵に意識を向けた。
「まだまだっ!」
「この調子で蹴散らしていくか」
そして、能力者は戦っていく。絶対に誰の命も散らせないと心に決めて――。
●銃弾よりも疾く
電光掲示板がノイズを吐き、スクリーンの映像が崩れ落ちた。
それと同時に現れたのは漆黒のドレスを纏い、薄く笑う機関銃少女達。
彼女らはゆっくりと膝を折り、礼をする。するとドレスを彩るフリルの影が持ち上がり、無数の冷たい鋼が見えた。それは宛ら、仮初めの礼儀の形をした機械の花。
「かわいい姿、だけど――」
鈴綺羅・こばと(peace sign・h05364)は知っている。
彼女たちはひどく残酷な子らであり、殺戮と絶望、苦痛しか生み出さぬモノだと。
絶巓霄・サガルマータ(巓爛・h09258)もまた、周囲を鋭く見渡していた。
「か弱そうに見せかけて実際は弱者を襲う敵、って事っすか」
今のままでは被害が広がるだけ。
その前になんとかしないと、と言葉にしたサガルマータは身構えた。ひとまずは撃破を目指すよりも、無力な一般人を守ることが優先される。
電光掲示板が鈍く光る中、人々の顔は怯えや戸惑いで強張っていた。
「皆さん、ここから離れるっす!」
サガルマータは額に力を込めながら呼びかけ、避難誘導を開始していく。
こばとも敵を見つめ、目を逸らさぬよう自分に言い聞かせる。
(……わかってる。あたしが、やらなくちゃ)
今、一番必要な物は敵を上回る速度。
すると機関銃少女のひとりが、口元を歪めて笑った。
「さぁ、一緒に踊りましょう!」
敵はまるで銃火器と踊るように、くるりと回る。
群衆の中の誰かが「撮影なのか?」と呟いた。危機が迫っているとまだわかっていない人がいるのだと気付いた瞬間、こばとは走り出した。
「入口まで走って、速く。そうしたら、ここで起きたことは忘れられるから」
こばとは逃げる方向を指さし、サガルマータと共に動けずにいた人々に声をかける。
足を引きずる老婦や携帯を握りしめた若者や、きょとんとする子供。
こばとはそんな人々の背を押して導いた。その際、こばとは人々に向けられた銃弾を敢えて受けにかかる。
「……!」
痛みなどあって当然。
最初から覚悟していたので激痛が走ったとて耐えられる。こばとが振り返ると、機関銃少女の半身がぎらりと光った。
続けて響いたのは笑い声のような機械音。こばとは焦らず狙いを定め、圧縮銃の引き金をひいた。弾丸は音を立てずに空気を切り、敵の正面で地面を穿つ。
それは意識をこちらへ引きつけるための囮。
その衝撃が少女の注意を逸らしたことで、残っていた群衆が一斉に走り出す。
「攻撃は全部、あたしが受け止める」
こばとは同時にヴィークルに飛び乗り、エンジンを唸らせながら縦横に走り回った。
そうすることで彼女の周囲に幾つもの残像が踊る。速さを倍化したことで連続する弾丸が軌跡を作り、機械の目を混乱させた。
その最中、子供が襲われそうになっていた。
危機に逸早く気付いたサガルマータは迷いなく間に割り込む。
剣を抜き放つ音は鋭く、動作は冷静に。刃先が鈍い光を掬って輝く。機関銃少女の進路を遮ったサガルマータは身を挺しながら、間合いを詰めた。
斬撃は機関銃少女の隙を突き、その動きを削ぐ。
「怪我人は遠慮なく申し出て欲しいっす」
サガルマータはそういって護霊を召喚した。
黒漆の甲冑を纏う|悔夜騎士《カイヤナイト》が静かに現れ、サガルマータの命に応じて人々の盾となった。騎士を囮として敵の視線を引きつけ、銃撃がすり抜けることを避ける狙いでもある。
サガルマータはその隙にひとり、またひとりと避難経路を指示し、転んだ少年にプリズムヒールを施す。指先から放たれる淡い光が傷に触れ、痛みが穏やかに癒えた。
「あ、ありがとう……」
「大丈夫そうなら頑張って逃げてほしいっす!」
「うん……!」
そして、サガルマータは駆けていく少年を見送った。
その間にこばとは攻撃を放つ。
それによって敵が不意に姿勢を崩した際、護霊とサガルマータも一気に反撃に移る。
まず悔夜騎士が敵の背を突き、サガルマータが側面の銃を斬り落とす。機械の装甲は固く頑丈だが、攻撃を止めることは決してない。
こばとも狙いを外さない。急所を避けるような優しさはこの場に存在しないからだ。
「……そこ!」
鉄の心臓、機械の脚。それらを鋭く狙って放たれる銃弾は金属音を響かせ、火花を散らしていった。どんなに冷たい装甲でも、思いっきり熱く撃ち抜いてみせる。
躰の痛みと疲労を無視して、こばとは前へ進む。
ここで止まれば誰かの命が潰えると、こばともサガルマータもわかっていた。
だからこそ駆け、守り続ける。
不穏な銃声が轟く街で、不屈の心が静かに――されど強く燃えていた。
●深紅の刃は狂気に嗤う
機関銃少女が纏うドレスの裾がひらりと揺れ、その下で鈍い光が瞬いた。
機械仕掛けの関節と鋼の装甲。微かに感じる油の匂い。その名の通り、少女達の下半身は人のものではなく、銃火器と駆動機構が混ざり合った異形だ。
その姿を見つめ、ゼーア・アストラ(星々の名・天使の力・h00110)は呟く。
「なんか、いつもと違って様子がおかしいけど……」
今は戦うしかない。
アストラは刃の重量を感じながら立ち尽くしていたが、覚悟を決めた。
数日前、手に入れた刃――ブラッドブレード。最初こそ悪くないものだと思ったのだが、その時から他のレリックが沈黙した。まるで刃がこれまでの感情を吸い取り、アストラの心を異質な律動へと引き込んでいるかのようだった。
機関銃少女が奏でる金属音が聞こえる最中、アストラの胸の奥で何かが震えた。
それでもアストラの胸の裡には、人々を助けたいと願う思いがある。
「助けなきゃ……」
破壊への衝動が熱を帯びてきたが、アストラはそれを必死に押し留めた。
アストラが刃を握り締める。その瞬間、視界が赤く滲み、敵が放った攻撃の軌道が映像のように先に立ち昇った。すぐに攻撃が来ると予知したと同時に、アストラの身体はまるで暴走するように動き出す。
刃が振られ、そこから生まれた振動が空気を切り裂く。
近くに怯えた少女がいることに気付いたアストラは咄嗟に叫んだ。声は震えていたが、言葉だけは鋭く届くように努めた。
「ここから逃げて! 今すぐに! 私の理性が持つうちに!」
「はっ……はい!」
少女が駆けていく姿を確かめたアストラは、再びブラッドブレードを振り上げた。
機関銃少女も銃撃を続けているが、アストラとて一歩も譲らない。刃は狂気の前触れを孕んでいるが、それを使って皆を守る覚悟があった。
素早く動いたアストラは先んじて敵の動きを断つ。だが、そうするたびに刃の歓声のような嗜虐が心の奥に響いた。
感じるのは強い怨嗟。されど、アストラは刃を握ったままだ。
更に赤い残像が空間を切り刻み、敵ごと貫いた。
アストラは狂気を滲ませながら戦い続ける。理性の灯が小さく揺れている間に――ひとりでも多くの人を救うために。
●守護の光は銃火を超えて
床が焼け、硝煙の匂いが鼻先をくすぐる。
改造秋葉原駅のフロアを震わせるのは、機関銃少女が紡ぐ無慈悲な銃声。
黒いドレスの裾が翻るたびに銃口が閃き、弾丸が民間人を追い立てる。悲鳴が重なり、逃げ惑う人波の中でひときわ低い足音が聞こえた。
「まったく、不快だぜ……」
二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は呟くと同時に地を蹴った。
圧縮された空気を弾き飛ばすような|疾走《ダッシュ》で以て、利家は機関銃少女と逃げ遅れた民間人の間に割り込む。
刹那、鋭い光が弧を描いた。敵の放った銃弾が弾かれ、周囲に火花が散る。
「少女分隊、揃っているでありますな」
そこに響いたのはタマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)の声。
バックアップ素体を連れたタマミもまた、真正面から敵を相手取るつもりだ。
「巫山戯た非道は、我らが粉々に打ち砕くだけであります。奴らを√ウォーゾーンに叩っ返してやるでありますよ!」
タマミの声は鋭く、黒と赤のフリルを揺らして立つ機関銃少女に向けられた。
次の瞬間、黒煙の立ちこめる秋葉原駅に黄金の光が差し込んだ。
散ったガラスの破片が光を反射する様は、まるで夜空に星が降ったかのよう。その中心には黒い翼を広げた美少年が立っていた。
その者の名は、ラブ・バレンタイン(愛を尊ぶ戯言・h05493)。自ら愛を名乗る天使の成りそこないである。
「大丈夫、天使さまに任せなさい。我輩はこう見えても愛の使徒である」
ラブは微笑みながら告げ、両手を広げた。
金の光輪が輝き、異国を感じさせる旋律が空気を震わせる。
それは、天使の導き――異教徒の讃美歌とも呼ばれる詩。漆黒の天使の使徒たちが現れ、一般人の傍についていく。
旋律が空間を包むと、逃げ惑う民間人の足取りが出口の方に導かれた。まるで優しい風に背中を押されるように、人々は危険な領域から脱していく。
その間、駆けた勢いを利用した利家は敵にシールドバッシュを叩き込む。
金属めいた悲鳴を上げ、機関銃少女が後方へ吹き飛んだ。ドレスの裾から零れた薬莢が、雨のように床を打つ。
「レリギオス・オーラム|統率官《ゼーロット》の√EDEN侵攻は未然に防げたし、ランページも静観の様子だったけど……リュクルゴスは打って出て来たか。しかし――」
「何を仰っているの?」
「あなた、とっても邪魔だから最初に排除してあげましょう」
すると、利家の言葉を遮るように機関銃少女が語りかけてきた。その様子を見遣った利家は頭を振り、一蹴する。
「胡乱な戦闘機械群も混じっているか。そういう不純物が排除、淘汰される事もまた、完全機械到達のための手段として織り込み済みってやつかな……」
「誰も排除はされませんし、全員を助けるであります」
その間、タマミは少女分隊に指示を出していた。
半数の六体は民間人の護衛へ、もう六体と自分は敵を抑えながら戦闘へ。
反応速度が半減している分、護衛隊は数で相互にカバーしあって絶対防衛領域まで向かうことが絶対条件だ。
「守るであります。無論、命に換えても」
タマミと六体の機体は民衆の前に展開し、障壁を作るように立ちはだかった。
少女分隊は互いの死角を埋めるように位置取る。
「どうせ踊るなら、踊り方を知っている手合いの方が楽しいでありましょう?」
タマミの合図とともに、少女分隊が一斉に走り出す。
右手を掲げたタマミはプロテクトバリアを展開した。被弾前提であるゆえ、銃弾がバリアを貫かんと迫っている。しかし、これは速度における欠点を堅牢な防御と数の連携で補うための作戦だ。
「邪魔ばかりして……許せません」
「苦しみながら踊って」
不利を悟った機関銃少女が言葉を発する。その無機質な瞳はラブを捕捉しており、機関銃が向けられている。
「我輩を射抜くつもりであるか? 可憐なる破壊の乙女よ」
次の瞬間、無数の銃口が唸りをあげた。
ラブは一歩前に出ながら黒い翼を大きく広げた。それは人々に流れ弾が当たらぬように配慮しての行動だ。
鋼の弾丸が羽根を裂き、黒い羽が辺りに舞う。それでも彼は笑みを崩さない。
「愛のためなら、この程度の痛みなど安いもの」
民間人が避難を終えた様子を確認すると、ラブの瞳が柔らかく細められた。
銃火の雨はラブの影を捉えられずに壁面を削る。利家も敵の攻撃を避けながら、まだ構内に隠れているかもしれない民間人に呼びかけた。
「とにかく走れ、出口までだ」
避難を促す声と同時に、利家はブラスターライフルを構える。
利家が引き金を絞ると、爆裂音と共に激しい乱れ撃ちが敵を襲った。敵の波を押し返すほどの閃光が走り、煙の向こう側で機関銃少女の影が揺らぐ。
「突撃であります!」
タマミも特攻して零距離で散弾を放ち、弾幕を展開した。
解放される散弾は拡散し、金属の光を迸らせていく。機関銃少女の機構が軋んだ一瞬の隙を見逃さず、タマミは激しい弾幕で相手を追い詰めていった。
タマミたちは躊躇わない。今はただ、容赦なく敵の灯を摘むだけだ。
「行くであります! 今ここで、終わらせるでありますよ!」
タマミの声が再び戦場の士気を奮わせる。
機関銃少女の赤いフリルが血のように見えても、やはり相手はただの機械。彼女たちが生むのは冷徹で残酷な結末のみ。
そんなものは認めないし、させないとタマミは心に誓う。
「次は誰が倒されたいでありますか?」
「破壊もまた、愛の形かもしれない。だが――民を傷つける愛は我輩が赦さない」
ラブの歌声が再び響き、空中に光が生まれた。
能力者の攻撃によって爆風が巻き起こり、金属が軋む音が辺りに散る。こちらが有利だと感じたラブは息を吐き、微笑を浮かべた。
「さぁ、来い。ここで|淘汰《たお》してやる」
利家も静かに言い放つ。瞳には戦意ではなく、ただ一つの意志――守るための光が宿っていた。銃火と閃光が交錯する戦場の中、利家たちの影が再び動く。
秋葉原は今、攻防によって散る光と金属が奏でる詩に満たされていた。
●氷奏の庭で断罪を
黒のドレスと赤いフリルを揺らし、機関銃少女が笑う。
人々を苦しめ、いたぶり殺そうとしている機械群は厄介で残酷なもの。
だが、機関銃を蠢かせた少女が動く前に別の影が揺らいだ。その周囲を囲むように蔦が這い、冷たい氷の槍が空間を引き裂いた。
それはアルティア・パンドルフィーニ(Signora-Dragonea・h00291)と、ツェツィーリエ・モーリ(視えぬ淵の者・h00680)が放った牽制の一撃。
「誰……!?」
「名乗るほどの者じゃないけれど、文明と人類を守るのは我らの責務よ」
機関銃少女が振り返ると、アルティアが静かに答えた。隣ではツェツィーリエが、冥府の冷気を纏った|二叉の槍《バイデント》を構えている。
「悲劇なんて創作の中だけで充分――そうよね、ツィーリ?」
「ええ、ひとの生きる世界を守るためにこの力はあるのです」
「そんなわけで、あなた達の非道は許せないの」
「参りましょう、ティア様」
アルティアは魔力を紡ぎ始め、頷きを返した。
ツェツィーリエの声の抑揚は少ないが、そこには揺るぎない決意がある。ツェツィーリエが一歩を踏み出すと、宙に冥氷が結晶のように生じた。
二叉槍がその中心で青白く光り、宣戦布告であるかのように輝く。
動き出したアルティアはまず、群衆と機械群を隔てるために蔦を巡らせた。
床面の罅を縫うように蔦が編まれていき、天井に届くほどの壁となって伸び上がる。薄い壁ではあるが、それによって通路は一本に絞られた。
「皆様は安全な屋内に下がってらして」
「ありがとう、おねえさん!」
「それと、どなたかハンカチを貸してくださる?」
「これでいいの?」
その間、民間人はアルティアの合図で安全な方向へと導かれる。
少年からハンカチが差し出されたことで、彼女は記憶を読む。震える手で渡された白いハンカチは、友――今まさに、機関銃少女を相手取っているツェツィーリエを援護するための力になるはずだ。
「此度は威力は必要ないわ。お友達を援護したいの」
少年を逃がすために更に成長させた蔦の壁は、敵の視界を遮る。
機関銃少女の攻撃の効率が落ちていると感じながら、ツェツィーリエは攻撃を続けていった。だが、相手は機械。優雅な礼の動作の裏で銃身が蠢いている。
周囲には黒煙が舞っており、視界が塞がれた。
アルティアは視覚が遮られた分、嗅覚と聴覚を研ぎ澄まし、蔦の葉音や硝煙の匂いで敵の位置を掴む。
「ツィーリ、右背後に複数――」
「はい、ティア様」
ツェツィーリエが冥氷の二叉槍で地を突くと、周囲の空間が冷たく歪んだ。
機械群の一部が引き寄せられ、相手が一気に姿勢を崩す。
「きゃあ!?」
「どうして……こんなに……」
機関銃少女は力なく倒れる。それでもまだ数は多いようだ。ツェツィーリエは冷静に間合いを測り、狙いを定めた。
彼女の戦術は正確無比。引き寄せられた対象を、有利な角度で貫くもの。
「さすがね」
「ティア様こそお見事です」
アルティアが踏み込み、刺突剣で敵の関節や装甲の接合部を突く。そうして間合いを崩せば、ツェツィーリエが追撃を放ってくれる。
もし標的になっても、致命傷以外ならば構いやしないとアルティアは思っている。
「大丈夫、私はどうせ頑丈だもの」
彼女は盾役にもなりつつ音から得た情報をツェツィーリエに細かく伝える。
そして、ツェツィーリエはその情報をもとにして空間操作と槍撃を連動させた。敵が動き出す前に槍がその身を穿ち、甲高い金属音が響く。
刃は血を迸らせる代わりに火花を散らし、機関銃少女を無力化していった。
煙と金属の匂いが立ち込める中、アルティアは耳を澄まし、ツェツィーリエは冷気の流れを読む。二人の連携は、まるでワルツでも踊っているかのよう。
敵を分断し、見事に仕留める二人は止まらない。
アルティアは一歩引いて蔦の壁を固め、民間人の安全を最終確認する。他の仲間がうまくやっていることもあり、危険な状況にある人はどこにもいない。
「ツィーリ、まだまだ力を貸してくださるかしら?」
「もちろんです」
振り返ったアルティアが淡い笑みを見せると、ツェツィーリエが応える。
「この場に訪れたことを後悔させてあげるわ」
「いずれにせよ、全滅させるだけです」
二人は息を合わせ、次の一手を放つために動き出す。
秘めた激情と穏やか理性は、まさに熱と氷。されど――相反する二つの流儀が交差することで、この戦いは華麗に巡ってゆく。
二人がすべての危険の芽を摘み終わるまで、あとわずか。
●弾丸と秩序
混乱する秋葉原駅構内。
改造された内部の光がノイズ混じりにちらつき、電子広告の色彩が揺れている。
その明滅の中で響くのは、音楽ではなく――機関銃少女たちの機械的な笑い声と弾丸の雨だった。黒を基調としたドレスが翻るたび、銃口が鈍く光る。
逃げ惑う人々を追い立てているのは、すぐには殺さずいたぶるため。
「……市街地戦闘の最悪のパターンだな」
駆けつけた澪崎・遼馬(地摺烏・h00878)は状況を把握した。
現場へ踏み込んだ遼馬の手には二丁の拳銃が握られている。大鴉の左手と右手から作られた銃が冠する名前は、彼岸と此岸。
双方の弾倉を確認した遼馬は改めて周囲を見渡す。逃げ遅れた市民が階段付近で子供がうずくまっている姿や、恐れ慄いている者の様子が見えた。
「慌てるな、落ち着いて移動するように!」
響く遼馬の声は訓練された警察官らしさを宿している。せかすわけでも無理に急がせるでもなく、力強さと安堵を感じさせるものだ。
「安心しろ、それまでは当人達が守る!」
そうすれば、焦燥と恐怖に飲み込まれそうな人々の中にわずかな冷静さが戻った。混乱しかないこの状況の中ならば、今はそれで十分だ。
避難していく民間人を視界の端に捉えつつ、遼馬は敵へ狙いを定める。
すると機関銃少女たちが遼馬を睨みつけた。
「どいてくださらない?」
「さて、少女達よ。ダンスの相手なら、当人が務めよう」
「あなたはうまく踊れなさそうだけど――」
遼馬は両手を広げ、二丁拳銃の引き金を同時に引く。
それは容赦のない制圧射撃。乾いた連射音が響き、銃弾がコンクリートを穿ちながら火花を散らした。数体の機関銃少女が反応を示し、脚部を鳴らしながら跳躍する。
それは彼女たちの√能力による空間跳躍だ。
その移動先は当然、邪魔だと判断されている遼馬の周囲になる。
(当人の狙い通りだ)
遼馬は静かに息を吐き、構えながら腰を低く落とした。
雨のように降り注ぐ弾丸。
その軌跡を、目で――見切る。
次の瞬間、遼馬は左腕に抱えた黒鉄の棺を掲げた。重い衝撃音が連続したが、盾として振り上げられた不死者の為の棺が防いでいる。
「小癪なことを……っ!」
「――我が身は余さず善き人々の盾だ」
激しい火花が走り、敵の弾丸は弾かれた。忌々しそうな顔をしている機関銃少女もいたが、遼馬は構うことなどない。
「貴様らの舞台には観客がいすぎるな。むしろ観客は要らない」
遼馬は足を滑らせるようにして回転し、すぐに反撃に転じる。片方の拳銃を逆手に構えて至近距離から撃ち放った。その弾丸は特殊徹甲弾、名を不帰という。
地炎が燃え上がり、敵の鋼の身体を包み込んだ。
内部機構を焼かれたことで機関銃少女が悲鳴を上げながら倒れた。爆ぜる閃光と共に機械音がひとつ消え、遼馬は別の個体に向き直る。
しかし、爆発で巻き上がった煙の向こうから機関銃少女が姿を現す。
銃口の群れが見えたかと思うと、銃弾が遼馬の頬を掠めた。
「精度は悪くないが……まだまだだ」
再び棺で受け流して反転。二丁の銃身を並行に構えて連射すれば、金属の肢体を焼き切られた敵少女たちが連続で崩れ落ちる。
背後では、避難していく市民が別の仲間に誘導されているようだ。
だが、敵の銃火が再び集中した。
遼馬はとっさに身を捻り、壁際に滑り込む。腕の一部が痺れているのは皮膚の奥に焼ける痛みが走ったからだ。されど彼の表情は崩れない。
辺りには油の焦げる匂いが立ち込めていた。遼馬の力によって生まれた火炎の渦が空間そのものを歪ませ、敵の逃げ場を奪っている。
鉄片が床に散り、不利を悟った敵が恐れ慄く中で遼馬は息を整える。
「隠れるか、逃げるか……どちらでもいい」
少女の皮を被った兵器に、哀れむ理由などないのだから。
煙の中にはまだ幾つかの鈍い光が残っている。生き残りの機関銃少女たちだ。遼馬は再び棺を掲げ、いつでも攻撃に転じられる構えを取った。
改造秋葉原駅には、まだ焦げた匂いと煙が漂っているが――その中心に立つ彼の姿はまさしく、秩序の象徴だった。
●殉愛の残響
檸檬色の瞳が、曇った駅構内の光を冷たく反射する。
少年兵――茶治・レモン(魔女代行・h00071)は敵の姿を捉えた。真白の軍服を覆う羽織が風に揺れている。
レモンの瞳に映っているのは、黒のドレスを揺らす機関銃少女たち。
その眼差しには、戦場で鍛えられた冷徹さが宿っていた。
「忌々しいとはこのことですね」
まさか此方の世界で機関銃少女の顔を見ることになるとは。
溜め息にも似た言葉を落としたレモンは、静かに身構えた。対する少女たちはカーテシーのポーズを取り、半身の機関銃を晒す。
「御機嫌よう、あなた様に会えて嬉しい限り」
「率直に申し上げて、嫌いです」
好意的にも取れる声が向けられたが、対するレモンの言葉は冷たく乾いていた。
「悪趣味をさらしていないで、早々にお帰り下さい」
双方にある因縁の詳細は語られぬまま。しかし、ふたつの存在の間に過去の影が流転していることはわかった。
周囲では民間人が逃げ惑っており、硝煙の匂いが立ち込めていた。
レモンはまず仲間へ視線を送り、魔力を整える。すると彼の掌から淡い魔力が溢れ出した。見る者によって慈愛にも、毒にも見える光だ。
「お披露目しましょう、これが僕なりの|愛《ちから》です」
どうぞ遠慮なく、と告げたレモンは機関銃少女を牽制しにかかる。機関銃少女は笑いながら弾丸を撒き散らそうとしたが、レモンのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、思わず一歩後ろに下がった。
「あなたとは、踊りたくない……!」
「おっと! 僕から離れていっても無駄ですよ」
機関銃少女が一瞬、ぎくりと動きを乱す。
レモンはそこへ近付いた。彼の表情は当初と変わらないが、瞳の奥にはある種の熱が宿っているように見える。
「僕からの愛を、躱すことはさせません」
「――!」
レモンは敵の視界を奪うように羽根を思わせる魔力刃で包み込む。途端に相手の射撃の精度が落ち、銃弾の音色が狂った。
「すみませんね、性根が悪いもので」
皮肉めいた言葉が風に乗り、辺りの硝煙が緩やかに消えていった。
相手からの答えはない。弾丸の雨が止み、少女が奏でていた駆動音がひとつ、またひとつと止まっていったからだ。
レモンはゆっくりと腕を下ろし、深く息を吐く。
「終わりましたね……」
その声に感情はない。だが、続いた沈黙の奥には彼だけが知る思いがある。
戦場には焦げた金属の匂いが残っているが、遠くから避難した人たちの声が聞こえてきた。レモンは微かに目を閉じてから、そっと歩き出す。
背を向ける彼の肩越しに、ふわりと羽根が舞い上がっていく。
それはまるで――戦場に残る煙を洗い流すような、静謐な光を纏っていた。
