⑦乾き死ぬるは人か魔か
●
「――開戦となりました|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》。その防衛と反抗に向けた作戦を伝達します」
淡々と、明瞭に。
告げた|路雪《みちゆき》ひもろは、手早く手元の資料を頒布し始めた。
今回の作戦目標は戦場となった秋葉原にある、佐竹商店街。日本で二番目に生まれた商店街として知られるこの場所が、現在『融合ダンジョン』化しているのだという。
「融合ダンジョンとは、√EDENに現存する建造物や地区一帯が√ドラゴンファンタジーのダンジョンと文字通り融合してしまう現象です。現在商店街内のアーケードが迷宮と化し、現在も多くの一般人が巻き込まれ、内部に取り残されています」
一本道のはずのアーケードが複雑怪奇な迷宮と化す。となれば道を知る人も知らぬ人も、共に迷うは必然。
そして、この迷宮を閉じる条件は二つ。
一つは、中に存在する人間が全て消えること。
一つは、ダンジョンを生み出すボスの討伐。
しかし後者はアテにならない。何しろ商店街の内部に存在するのは無数のモンスターの反応ばかりで、以上の根源となる反応は見受けられない。
つまり――このダンジョンを閉じるには、囚われの人々が或いはこのダンジョンの外へ連れ出されるか、或いは、全滅するよりほかにないのだ。
勿論命が奪われ、犠牲者がインビジブルとなればどうなるかは、言うまでもない。
「ゆえに、今回の作戦における最優先目標は、人命の救助となります」
|√EDEN《楽園》へと湧き出してくる飢えたモンスターの群れを敵を一掃するのも一つの手。しかしそれも『取り残された人々を救い出す』ことへの布石。
早期にダンジョンを閉じてしまえば、次なる作戦を優位に進められるはずだ。
「此度の大戦、かつてない規模に及ぶものとなるでしょう。その犠牲を一つでも減らすために。どうか、皆様の力をお貸しください」
そう言い終えると、ひもろは深々と頭を下げるのであった。
第1章 集団戦 『旱の眷属たち』
●旱魃
この|√《せかい》は、潤っている。
片手に掲げた杯から、止め処なく溢れる水がばたばたと地面に垂れ落ちる。
零れた滴は染みすら残らず、かえってアスファルトの舗装に罅を入れた。
この|楽園《ばしょ》は、潤っている。
迷宮と化したアーケード。曲がりくねり分岐した屋根付きの道。店の前を通った異形の群れの後、八百屋の表に並んだ瑞々しい野菜は薄茶けた枯草となり。並ぶ鮮やかな花は萎れきり、ぼそりと儚く地に首を落とす。
乾け、渇け、干け、旱け。
我らの為に。我らの祖たる不毛の旱魃が為に。
ああ、並み居る命よ、悉く枯れ果てよ。
その荒野にこそ我らは満ちるのだ。
蠢く『旱の眷属たち』は、軋む身体を引き摺りながら、迷宮の中を練り歩く。何より脈打ち色濃く潤う、生命の鼓動を絶やさんがために。
●
歪んだアーケードが分岐した十字路に差し掛かる眷属どもの一団が、突如びしりと動きを止めた。
……水を奪う杯を抱える手をぶるぶると震わせ、頭とも呼べぬ角交じりの石を忙しなく動かす。それは、感じたからだ。
尽きぬ泉の如き|衝動《EDEN》。一つを奪われ枯らしながら、なおも溢れる命の輝きを。
「よい、しょぉ!」
気の抜けた声と共に放たれた巨大な杭、いや|釘《・》が地面から生え、枯れた身体を貫く。帯びた暗紫の呪詛はたちどころに崩れ落ちた。
一匹として残らず塵に消えた事を確認し終え、ふうと息をつく。
被った巨大な頭蓋を揺らす2m近い体躯と、牛の獣人に似た姿。こっそりと物陰に身を隠していた|夜風《ヨカゼ》・|イナミ《稲見》(呪われ温泉カトブレパス・h00003)。
不意打ちを終え、そそくさと眷属どもを貫いた呪詛を回収しながら、イナミは辺りを見渡す。
「完全に同じ、ですねぇ……」
手にした釘を抱きながら、自身が店を構える|√《せかい》、ドラゴンファンタジーに発生する迷宮と全く同じ空気に眉を顰める。自ら能動的に冒険しようとする現地の人々なら兎も角、力無き一般人が巻き込まれればひとたまりもない。彼女はより身近にその脅威を知るが故、真っ先にこの作戦に手を挙げていた。
――集めた呪詛の塊が、震える。それを見た彼女は慌てて駆け出した。
人々が抱く恐怖。魔物が放つ悪意。昏い感情にこそ引き寄せられる呪詛は敵と救助者、両方を探り当てる探知機として最適であると踏んだ。
ここまでの探知は敵ばかりであったが、いよいよ本命が引っかかる。
イナミが辿り着いた地点には、倒れた人影と無数の眷属ども。
杯を掲げ、ぴくりとも動かないその人物を指し、命脈を枯れ果たさんとするその背に――彼女は『眼』を向ける。
牛骨の頭蓋で封じた奥、紫に射貫かれた異形は、いくら待っても潤いを奪わない。訝しみ顔を向ければ、そこには石化の魔眼によって腕諸共灰白く変わり果てた呪杯があえなくボロボロと崩れるさま。
「お、りゃーっ!」
そして呆然と突っ立っていれば、飛び込んできたイナミが力いっぱい振るった釘になぎ倒され、地面をのたくっている間に彼女の蹄が枯れ枝の身体など簡単に踏み砕く。
慌て石の顔に巻き付いた茨を投げ縄代わりに牝牛を捕らえんとしても、彼女が一瞥すればそれらはたちまち宙で石のオブジェに早変わり。熱線を撃とうと構えを取れど、先に動くのはイナミの方だ。
そうして容易く十数の眷属をなぎ倒した彼女。
呪術を用いるものとして、本業の彼女は格の違いを見せつけた。
「……こ、怖かったです……!」
……とはいえ内心ではバクバクだったようではあるが。
ともかくこうして彼女は、最初の要救助者を無事抱え、ダンジョンから離脱させることに成功する。
戦果が、まず一つ。
彼女の活躍は、これより始まる√能力者たちの活躍の呼び水であった。
●
迷い込んだ一般人の中には、気を失ったりするものばかりではなかった。
二人の子供と母親。見慣れた道が変質した恐怖に泣き出す子供を必死にあやしながら、しかし堂々巡りを繰り返す中で――ついに、眷属と相対してしまう。
ひ、と。声を漏らしながらも子供を庇う母親。泣き叫ぶ幼子。
母親と弟に手を出させまいと。ぐずぐずの顔になりながら前に出ようとする長男。
子供は、実に柔らかく水に富む。枯らさねば、絶やさねば。
顔のない眷属は思考らしき思考ではなく、ただ本能のままに。黙々と。身体を軋ませながら杖を振り上げ、その命を枯らさんとする。
その刹那。
白い烈風が、横合いから枯れ枝の身体を吹き飛ばした。
「……やらせはしない」
身の丈をゆうに超える長大にして堅牢なる刃を背に担ぎ。武器の重量と自身の体重を合わせた一撃を以てその岩頭を殴り砕きながら、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は眷属たちを睨めつけた。
――乱入した彼に顔の茨を伸ばす眷属たちを前に、握り締めた大剣の柄でギラリと『赫』が輝く。血の中で沸き立つ竜漿の高まりに牙を剥き、咆哮と共に振るわれた剣は、|怪物《モンスター》にとっての死を意味する。
断ち切る、というよりも質量に巻き込みながら薙ぎ払うようにして振るわれた一撃は、細身の眷属どもを容易く杖ごと圧し折り、一握丸ごと刈り取ってみせた。
「ここは俺に任せて、避難を」
短くそう告げると、利家は再び剣を構えた。
――切り崩された群れの奥から、更なる群れが押し寄せてくる。ざり、ざりと。アスファルトで身を削る、耳障りな音を立てながら。
「はいはい、皆こっちだよ! もう大丈夫だからね!」
しゅたと、間髪入れず現れるもう一人の姿。その後ろで守られていた親子に声をかけるのは、朗らかな笑みに旗袍にも似た衣装を纏う女性。サン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)は、その声と表情で、緊迫した状況で足が竦んでいる人々の緊張を解した。
――彼女の脳内には、既に必要な経路が見えている。
『|惑う迷い子の道標《メイズ・メメント・トレーサー》』。奇怪に複雑化した融合ダンジョン。その最大の敵は道に迷うこと。その懸念が一切存在しないというのは、これ以上の無いアドバンテージ。
実際、把握していたマップと先の派手な攻撃による戦闘音を頼りに、彼女は迷うことも敵に立ち塞がられることもなく辿り着けたのである。
そして、互いにダンジョンを知る者たちであるがゆえに。
利家とサンは、言葉なくとも視線を一度交わしただけで、互いの役割を認め合う。
サンは救助者を連れて撤退を。
そして、利家は足止めを。
背を預ける、というのとは違うが。この緊迫した状況に置いて、互いの最善の為、二人は各々の役割を果たすべく別れた。
――そして、桃色の髪と、子供の泣き声が遠ざかっていくの感じながら、利家は言ちた。
「既に、ジェウォーダン伝説を追う|段階《フェーズ》かと思ったが。漁夫の利狙いか? 或いは妨害が不足していたか――」
|分析《・・》。昼夜を問わずダンジョンに潜り続ける彼にとって、異邦がダンジョンと化す奇異な現象の注視は欠かさなかった。此度の戦いでももし奴が首を突っ込んでくるのなら面倒なことになる。
無論、阻止する。彼が指を鳴らせば、ダンジョン内を偵察していた無数の小型ドローンが飛来する。彼の横で横一列に展開したそれらは、その小型の身体から敵対者を確実に撃滅せしめる無数の銃口と砲門を突き出す。
そして冷ややかな眼差しと裏腹に。
彼の身を突き破らんばかりに猛る血が、握る剣に力を与えた。その目が、その血が、その顔が。ただ示すは只一字。
――|鏖《みなごろし》。
裂帛の気合と共に、従えた自立兵器の一団の打ち出す砲火よりも速く飛び出すと。白き嵐は枯れ木の森を薙ぎ倒してゆくのだった。
●
そして、母子と共にダンジョンの境界へと走るサンもまた、灯りに誘われた蟲のように湧いて出てくる眷属たちを蹂躙しながら、最短の退路を切り開いていた。
彼女の真価は|地図描き《ナビゲーター》ではなく|格闘者《エアガイツ》。奪い取った水で満たされた呪杯を翳し、光線を放つそれより早く。
ぐんと引き寄せ、ぱんと爆ぜる。
霊撃拳。インビジブルと融合したときのみに使える、隠し玉。周辺一帯の地形把握だけに留まらない妙技。ワイヤーなどに頼らず、拳で戦う彼女の領域に相手を強引に招き入れ、駆け付け一発で肋が割れる。
無論それが、渇き切った、むしろ渇くことを是とする眷属どもであるならば。叩き込まれた衝撃はそのまま直に身体を駆け巡り、受け流すことも儘ならず砕け散る。
中には根を地面に伸ばそうとするものもいるが。
ぐいと両手で引っ張られれば、あえなく宙に放り出され、あとは全てが同じこと。
母親に手を引かれる子供の頭には、ベランダに植わった朝顔の雑草抜きが連想されるはずだ。
「あともう少しだよ! もうひと踏ん張り――」
そして、彼女は太陽であった。敵を打ち倒しながら、絶えず背後の救助者を気にかけていた。怯えていないか、疲れていないか。子供は置き去りになっていないか、転んだりしないか。
何より笑顔だった。
一人ならもっと早くに片が付いたはずだ。守る中で僅かに肌を掠った熱線もあった。最期のあがきに突き出された杖が肩を強かに突いた瞬間もあった。
だが彼女は笑っていた。不安を抱かせないように、大丈夫だ、そう鼓舞するように。
そしていよいよ境界ももう間もなく。あと数十メートルのところ。
ばっと、飛び出す一体の眷属。またかと前に出るサン。
だが気配を感じ振り返れば、彼女を追いかけ出口に向かって走っていた子供の片割れが物陰より飛び出したもう一体に首根っこを掴まれ引き剥がされていたのだ。
――前後両端。
前を行けば見捨てざるを得ない。後ろに手を伸ばせば背を穿たれる。
万事休す。そう見えた。
だが、二つの僅かな点が、その中に一筋の光明を生み出した。
一つは、捕まれた少年が眷属の石顔に、半泣きながらも歯を食いしばり、蹴りを一発くれた事。
そしてもう一つは。彼女がそれを見届け。彼女の決意を、滾らせたこと。
「走れッ!」
鋭い檄で母親の背を押したサンは、迷いなく正面の眷属の身体を蹴り砕くと共に、ぐんを振り向きその両の手を突き出した。
今日用いた霊撃拳、その中でも一等の速さで――少年と、眷属。二人が同時に宙に浮く。
散る水滴と、そこから放たれる光の糸を通した縫い針が、彼女の身体を貫く中でも彼女は二つと繋がった拳を引き寄せ続け、一呼吸先に少年を抱き留める。
置いた一呼吸の吐息は安堵に。次に吸い込むのは闘気を満たすだめの一息だった。
十全の彼女に向けて降ってくる眷属。それに向けるのは、射殺さんばかりの一瞥と、肩。身を翻した勢いのままに繰り出す技は鉄山靠。一等懐に潜り込み全身を強かに打たれれば、眷属は一等激しく五体は八つに裂け、地面に転がった。
「キミ、中々やるじゃん?」
そう言って、腕の中で呆然とする少年に。
彼女は歯を見せ笑うのだった。
奪われるはずだった命は救われ、融合したダンジョンから楔は剥がされて行く。
次に続くのは、誰か。
●
融合ダンジョン。
一口にそう言っても、この商店街は奇妙な異界と化しているわけではない。
元の街並みを残したままに、アーケードが三叉に分かれたり、十字に繋がったりという異様な光景。その只中で、一人の少女が異形に囲まれていた。
――俯く彼女は、固く拳を握り締めていた。
ああ、日常が壊れる音がする。何より悲しく、憎い音が。
枯れかけの古木が強風に軋む耳障りな音と共に、微動だにしない少女の周りを取り囲む。顔に這わせた茨を群れの間でつなぎ合わせ、網のように少女を逃さぬように。
「あなたたちに、生命の鼓動を絶やさせたりなんてしません」
……決意と、悲しみと、そして怒りを込めて。
少女は、|少女《にんげん》を脱ぎ捨てる。
「変身、解除」
直後巻き上がった暴風が、アーケードの天井を突き破り荒れ狂う。只中に立つのは白く歪な、|怪人《・・》。
|架間《かざま》・|透空《とあ》(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)。いや、今の彼女は――、怪人、天色管理機構ハイぺリヨン。
異形たちはその姿に慄きながら、躊躇いなくその手の呪杯から零れた水を「ぼこり」と泡立たせ、熱戦を放った。だが、それより先に穴の開いた天井から降り注ぐ『雨』が熱と乾きを先んじて貫く。
慈雨ではなく、文字通り打ち付ける驟雨。枝を圧し折り、幹を砕き、這おうとした弦や根さえも逃さず砕く。
一対、多。然しその結果は勝利というよりも蹂躙と言った方が相応しい。並み居る敵を薙ぎ倒す様は、暴威といって差し支えないだろう。絶えず湧き出る枯れ枝へと降りしきる雨の乱打。しかしそれは彼女の心の裡からとめどなく溢れるような、哀しみと痛みから生じているようにさえ思える程に、痛々しい。
――そんな中、突如皮膚に感じた違和感に、透空は振り返った。
「っ……!」
呪杯。水分を奪い去り、渇きを与え、そして燎原の火種とする悪しきまじない。
降りしきる雨粒を奪いながら、満ち満ちて零れた粒に熱を込める異形どもに、透空は咄嗟に防御姿勢を取った。
窮地。だが、四方から飛来するだろう熱線に警戒をした彼女の視界を奪ったのは。
――美しい、緋色の翅を揺らす、蝶の群れ。
彼女が纏った風に乗る様にして飛び去る蝶の群れが旱いた枝に留まれば、その身体はまさに薪の火起こしに丁度良いぐらいに激しく燃え上がり、即座に炭へと散る。
一匹一匹は儚げで可憐、何より散らす鱗粉替わりの火の粉は触れても熱さ痛みを感じない。だがそれらが『どっ』という量現れ、覆い隠した枯れ木を即座に焼き尽くし塵にするさまは、どこか尋常ではない恐怖心を生んでもかしくはないだろう。
そうして、無数の蝶が気ままに飛び回り、止り木を全て焼き尽くしたのちに。ゆっくりと、迫る人影。
「ありがとう、ヒイちゃん」
穏やかな声色と、徒手ながら先に舞う緋色の蝶を指先で休ませながら。現れたのは|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)。赤く靡く髪を手袋を深く嵌めた左手で抑えながら、彼は臆することなく透空――ハイペリヨンへと近づく。
「ま、待ってください、私は――」
彼女は焦る。単独で行動するつもりだった。敵を排除し、|自分《バケモノ》に引き寄せることで味方をサポートするつもりだった。だがこの姿を見られては。
……そんな、彼女の警戒をよそに。
「よかった、あなたも駆け付けてくれた人だったんだね!」
どこか安堵したような声色で、そう話しかける。
唖然とした透空に、リツは遠巻きから聞こえた戦闘音に慌てて駆け付けた。何事かと様子を見ていたが、ピンチだったのでつい手を出してしまった。人命救助最優先でお互いに頑張ろう、と伝えた。
「あの……驚かないんですか?」
彼女の問いに、リツはきょとんとした後、少し困ったように微笑んで――左手の手袋と、右目を隠す眼帯を僅かに持ち上げた。
――手の甲に埋まった、巨大な目。そして元来の黒から変じ、髪と同じく赤く染まった瞳。
透空は咄嗟に謝るだろうが、リツは「気にしないで」と首を振った。
「ヒイちゃんに触れても大丈夫だったから、警戒してなかったよ」
そう言うと、彼は指に止まった蝶を透空に差し出す。おずおずと、指先で触れればそこに感じるのは陽だまりのような温かさだけ。
邪気を祓う浄化の炎を身に纏った蝶。それに焼かれず、寧ろ積極的に守ろうとしてさえいた。ならば、リツは友を信じる。
それに。彼女が降らせた雨と、どこか怯えるような態度を見て。
つい、リツは声を掛けずにいられなかった。
「――君は一人じゃないよ。僕だけじゃない、|ここ《・・》には、仲間がたくさんいるからね」
短くそう告げて、リツはその場から離れるだろう。
|人間厄災《じぶん》が大切な|家族《ひと》に救われたのだ。彼女も、そうあるべきだと、そう思えてならなかったから。
●
透空は俯いた。
その間にも、ぞろぞろと。雨後の竹にしては酷く痩けた姿が現れるだろう。
そんな中で、彼女は――笑った。
脳裏に浮かぶ、顔がある。
奪われた未来がある、奪われた夢がある。
けれどそれと同じくらいに、出逢った人たちがいる。
そして、過去も今も支えてくれる、心配そうな青年の横顔がある。
ならば。
「――ここがっ、私の|見せ場《ステージ》だ!」
降りしきる雨が止み、巻き起こす旋風で宙を舞う。杖を掲げ、熱を生み、蔦を伸ばす異形の誰も、彼女には届かない。
晴れのち雨、そして局所的に暴風警報。|下降流突風《ダウンバースト》が過ぎ去った後には。
空には虹がかかるのだ。
●
……そして、別の場所。
息苦し気な左手の相棒をなだめながら、傍を飛ぶ緋色の蝶の駆け付けた先で、二人の姉妹が身を寄せ合い震えているところを見つけ、彼は救助に当たった。
目に見える憔悴と疲労。それに件の眷属から逃げた時についたという、乾燥による裂傷があったものの、蝶が齎す暖かな癒やしの灯火によってすぐに傷は癒えた。
出口が近かったために、リツが護衛をすれば、敵と接敵することもなく撤退することができるだろう。
一先ず穏やかな彼の口調、傷を癒やす力を見せたヒイの姿で、何か疑われることも怯えられることもなく恙無く終わったことに安堵していると。
「――虹だ」
その眩さに彼は目を閉じた。
直後、瞼の裏に過る風景。
美しい景色。晴れた空。暖かな午後。甘いジャムとパンケーキ。
思い返せば返すたびに、彼の中には確かな決意が満ちてゆくはずだ。視界を曇らせるような色も、淀みも、今はない。
「行こう」
踏みしめた一歩目の傍の花屋、その店先で茶色く項垂れた花の一つに、彼はそっと触れた後に駆け出す。
――散る緋色の光と共に、息を吹き返した大輪の白い|ダリア《希望》を、二度と絶やさないために。
●
各地で一般人の救助が進む中、より大きな戦闘が行われている場所がある。
「テンデンバラバラになるなよ!」
「大丈夫だ、絶対に助けるから」
鋭く声を飛ばしながら血路を拓く人物と、穏やかな声色で周囲への防御を固める青年。
黒い装束に身を包み、自らの手傷を恐れず果敢に敵へと猛進する影。|黒野《くろの》・|真人 《まひと》(暗殺者・h02066)。
隠すこともなく、ただ職業暗殺者である彼。人の命が奪われること、そして摘み取られる事に対しての忌避感はない――だが。
意味不明に、理不尽に。ただ怪物に命を奪われるのは、道理に合わない。
命が消える場面が近く目の前にある彼だからこそ――不条理なそれを許せない。そして他でもない|√EDEN《故郷》を、土足で踏みにじる様な真似をする相手をのさばらせれば、面子が丸潰れだ。
――ゆえに、斬る。
陰に潜み闇よりその命を絶つ暗殺という専門技術は対人に特化している。その一方で、彼の秘める|素養《ポテンシャル》は戦いの中で徐々に成長していく。
命を絶つべく首を狙えば文字通りの「石頭」に弾かれる。ならば胴ごと薙ぎ払おう。呪いの盃、突きと熱線を放つ杖。抵抗の余地を削るのは人間相手でも同じこと、飛び込み先ずはそこを削ぐ。
その『学び』を加速させるのが彼が展開する、治癒結界。メインの対象者は――背後で集まった、計三十名を超す商店街の一団。イベントを開催し賑わっていた店の一つで、立てこもっていた要救助者たち。
万に一つも彼らに傷がつかないよう張ったその結界は、救助者のため戦う彼自身にも効果が及ぶ。
負傷を臆さず前に立ち、死線の最先端での戦いこそが、真人を進化させていた。
そして、前線を張るのが彼ならば、堅牢なる盾として完全なる防護を行っていたのはクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)。周囲に展開したドローンによる監視網。こちらは戦闘というよりも総合的な汎用性に特化したモデルであり、砲撃だけでなく積載したエネルギーバリアによる拠点防衛の機能を備えていた。
当然、防衛ばかりでそれ以外を疎かにするようなことはない。
周囲の状況を監視し、迫る敵をドローンによる迎撃に合わせ、レイン砲台による射撃によって迎撃。隠れて足元に這わせようとする茨も残らず焼き切り、エネルギーのバリアなどを貫通し『呪い』という手段を用いて人々の命を枯らそうとする手合いに対しては、迅速に察知し彼自身が魔力兵装による阻害と撃退を行う。
科学と魔術。一度聞くと相反する要素のように見える二つを両立し、そのどちらもを自らの力として振るい続けてきたクラウスだからこそ、今物理的干渉と呪術的干渉を以て一般人の命を狙う魔手を払いのける、完璧なる防衛手であった。
さらに、遠隔で操作するドローンから入った情報によるナビゲートによって前方に立つ真人ともコミュニケーションを取り、救助者の近くに居続けることで「守られている」という実感で恐慌を防ぐと意味でも彼は必要不可欠だった。
――二人の連携は、凄まじい。
実際に融合ダンジョンと化したこの空間の、出口まであと一歩ということろまで進んできたからだ。
だが、残る『あと一歩』が、遠かった。
「次から次へ、ゾロゾロと……!」
傷は治れど疲労感と死線を潜る緊張による精神的摩耗ばかりは遺憾ともしがたい。真人は歯噛みする。だが、そんな彼の耳に渡された通信機器からクラウスの声が響いた。
「大丈夫だ」
どこか、そう言い返そうとする彼を封じるように。
「――仲間が、来てくれたからな」
彼の言葉の直後。
目の前を犇めく眷属の一団に、ぼうと火の手が上がった。
●
「こんな忙しい時に同化してくれちゃって――しかもこの数、ひどいな」
片手にタブレットを手にしながら、人々の傍へと近づく姿。淡紫の束ね髪を揺らす彼に侍るのは、燃える金魚の群れと、足元で唸る炎の狼。
|斯波《しば》・|紫遠《しおん》(くゆる・h03007)。クラウスの通信に気付き、別の地点から援軍として駆け付けていた。
科学と魔術という二足の草鞋は、彼も得手とするところ。彼自身としても思う所こそあるが、一方でそれをうまく扱うこともできるようになってきた。その最たる例が、彼を支える二つの式。
空を舞う『|錦回遊《キンギョノサンポ》』。白い炎を帯びながら、ぷかぷか浮かぶ形状様々な彼らは、空気の流れ、温度の違い、金魚の勘。三つの力で救助者を探り当てる優秀な調査員。尻尾でべちりと引っ叩けば、枯れ木どもは容易く燃え上がるのも、今回の作戦において活躍している要因。
何より『燃える魚』には、奪う潤いもなければ熱の光線もへのかっぱ。八面六臂の大活躍と言って差し支えない。
更にボディーガードとして、救助者を護るのは二匹の狼。彼らの身体も白き炎によって形作られ、不用意に撫でられそうになればひらと身を躱しつつも、人々に呪いや蔦を飛ばそうとすれば容赦なくそのその喉笛、というか頭を繋ぐか細い枝を焼き千切ってみせる。
そして、その主たる彼は――レイン砲台によって、敵を狙撃。狼と金魚の起こす火が過剰に燃え広がらないよう、或いはより効果的に広がるよう間伐を行っていた。
そして、もう一人。仲間と呼ばれた人物は。
「お婆さん、大丈夫ですか? 自分が運びましょうか?」
一般人の人々の中に自然と溶け込み、人々の不安を取り去る青髪の偉丈夫。僅かに空を見上げ、先程まで見えた青空と虹を思い出しつつ、防衛に合流する|Anker《・・・・・》、ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)。
またも迷い込み、とてつもない闘争に巻き込まれた中で――偶然見知った紫遠と合流した彼は凡その事情を聞き『できる範囲で』協力すると申し出た。
幸いなことに取材の際に持ち込んだ地図を紫遠に渡し、それをベースに現在地点との座標のズレなどの計算を彼に任せつつ、命と水を奪われ干からびた枯れた花や野菜を見、心を痛めていた。
殊更に花を愛でる――ということでなくとも、慣れ親しんだ場所が変わり果てるということが心を痛めつけることを知るがゆえに、今起こっている以上に対して早期解決を行わなくてはならないという義憤が滾る。ここではない|√《せかい》。邪とはいえ神を名乗る者が幅を利かせ、それによって世界の様子が変貌するようなさまをまざまざと見せつけられているからこそ、彼の意志は固く、そして強靭だ。
既に要救助者の中でも傷を負ったり、逃げる際の怪我で動けなくなった人を運搬する役割を果たしていたし、それ以外にも彼は持てる力を十分に発揮していた。
――が。
「あいつ、一般人だろ……? バケモノどもには効かないはずだ」
参戦してきたゼロに対して、真人は一目で彼が異能を持たない人間であると気付き通信越しにクラウスに問うだろうが、クラウスは疑問で返す。
「彼は頼もしい仲間だ。そこに区別はないはずだけど……?」
いまいち要領を得ず、顔を顰めるが、そんな真人と隣り合った紫遠が声をかける。
「まぁまぁ。心配しなくても大丈夫だよ、あの人は」
気持ちはわかるけどね、と繰り返し何か頷く彼に、そこはかとないアウェー感がぬぐえず真人は更に眉の皴を深めた――が。
突如一体の眷属が、モールの雨除けの天井から飛び降り、真上から救助者を狙う。
言わんこっちゃない、と真人はその刀を握り締めた。
「ふ、ゥッ!」
しかしそれよりも先に。
ゼロが気合と共に投げた青い斧は、鋭い軌道を描き茨絡みの石頭に命中する。『バゴ』という重々しい音と共に深々と突き刺さると、衝撃のまま救助者の一団の直上から逸れ、錐揉みで落下していくその身体。その着地点に歩み出、対のもう一方を振えば、首と頭とは分かたれ憐れ首無しの枯れ木は地面に墜ちる。そして、手から零れた杖と杯を再び手に取る様子はなかった。
(マジかよ――)
|√《せかい》は広い。その土地柄や歴史故に一般人でもここまで相手してきたような怪物と戦える場所もあると頭では知っていても、実際に目の当たりにして呑み込めるかは話が違った。
そんな一幕もあったが、人数が倍になったことで進行はよりスムーズとなった。
炎の魚たちと、レーザーによる広域の掃討によって遠方を蹴散らし、近付くものは炎狼、『レギオン』、更に間近には真人とゼロという盤石な布陣が迎え撃つ。
残り一歩、という寸前で足踏みすることもない。
更に、増援の数が目に見えて減っていることも拍車をかけた。
『敵増援ルートの封鎖に成功しました、マスター・紫遠。ミスター・クラウス、協力に感謝致します』
紫遠の端末から響く淡々とした声は、彼のレイン砲台の操作を含め戦闘の支援までこなアシスタントAI『Iris』のもの。
集団を引き連れているのを察知し次から次へと送り込まれた敵の移動経路を、クラウスのドローンによる地形把握と超感覚ソナーによる索敵。及び双方のマッピングと衛星兵器の側面を併せ持つレインによる上空からの監視によって、こちら側へ流入する大部分をせき止めることに成功していた。
そして、境界に到達すると順番に集団をダンジョン外に避難させる。往生際悪く沸騰した呪杯の水を散らし熱線を放とうとすれば、金魚と炎狼が盾となり、次いでドローンが障壁を展開する。
子供、女性を優先し、男性が高齢者を連れ脱出するという順序。
あともう二人、というところで。老人を抱えていた男性の足元に茨が伸び、その足を取らんとした。
「――ッ!」
間近にいたゼロは咄嗟に対象へと斧を投げ、救助者の間に割り込み茨を踏みつけ自身が身代わりにならんとする。
これ以上――命が枯れる姿を、見てたまるものかと。
木を擦り合わせ、咄嗟に投げられた斧を嘲け嗤うかのような歪な音色を奏でながら。呪の盃を掲げんとする眷属ども。同じように反響させ合うように、ぎちぎち、ぎちぎち。そう慣らす怪物たち。
しかし――√能力者たちも、同じように。この戦場には『仲間』がいる。
「……勝手に勝ち誇ってんじゃねえぞ」
石頭を踏みつけに、投擲されたゼロの斧を手にしたのは――黒野・真人。
お前たちが、理不尽に、|意味不明《イミフ》に、人の潤いを消し干からびさせ、ミイラにして殺すなら。
――|暗殺者《オレ》がお前らの理不尽になってやる。
抜き放った自身の手斧と合わせ、二つを両手に。剛力を以て振るわれた双斧の乱舞が、ウッドチッパーよろしく敵を切り刻んだ。血潮の代わりに飛び散る杯の水。肉片代わりに散乱するのはカラカラのおがくず。
そして、闘争を阻む敵の群れ一塊を、彼はバラバラの粉に変えて見せた。
全く、同時に。護衛した計三十八名の要救助者全員の退避が完了した。
●
「――ありがとうございます、助けて頂いて」
ゼロはそう言いながら、真人から斧を受け取る。一方で真人の方は、なんともバツが悪そうにしていた。
「……こっちこそ。オレ、勝手に使ったんで」
然しそれに対して、ゼロは少しデジャヴュを感じつつも、言うだろう。
「誰かのために役立ったのなら、よかった」
命を奪うのではなく、命を繋ぐための戦い。
その繋がりの中に、きっとこの刃も繋がっていたのだろう。
――と、そんな感動的に結べればよかったのだが。
『敵、大群が接近中。迎撃の準備を』
間を遮る様に響く無機質な合成音声のアナウンスが響く。
「ようやく救助完了ってときに――本ッ当、水を差してくるね。潤い奪うくせにさ」
自身の端末が告げたその言葉に、紫遠は少しだけ苛立った様子で首を叩くと、腰に佩いた刀の柄に手が触れた。すると連れる金魚たちは宙を泳ぎながら激しく口元を動かし、かぷかぷという音に合わせ鰭が筆頭大きく炎を纏って揺らめいた。彼の足元の狼たちもまた、威嚇に唸り牙を剥きながら、『獲物』ではなく『外敵』に向け爛々と目を輝かせる。
「ダンジョン内の生命活動は残り僅か――にもかかわらずこちらを優先的に狙うみたいだ。足止めができれば、救助は簡単になるはず」
分析を行いながら冷静に、飛行するドローンの残弾、シールドの稼働時間と耐久度を確認しつつ手元の魔力兵器に力を籠める。青白い月光にも似た光によって生み出された槍を振るいながら、思考制御に切り替えた『レギオン』たちを確方に展開。固定砲台としての支援、広い視野からの映像分析、そして窮地の際には遮蔽として用いることが可能なように配置することで、簡易的な防衛拠点を一瞬のうちに築くだろう。
――戦いは、まだ終わっていない。
四人は各々、武器を取る。
融合ダンジョンの制圧まで――もう、間もなく。
●
――融合ダンジョンと化したアーケード。その一角で行われていた救助活動によって、一部区画から生命活動が消えようとしていた。
無論それは犠牲になったのではなく、√能力者たちの救助活動より、巻き込まれた一般人たちが続々とダンジョン外へと脱出したがゆえである。
そして、残る僅かな反応の下へ、単身向かう少女がいた。
マルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)。√ドラゴンファンタジーにて魔法を学ぶ彼女。ダンジョンとは切っても切り離せない日常でもあり、同時に文明を発展させた遺産の宝庫でもある。
だが――この融合ダンジョンは彼女の知るそれらとは全く違う。
人間から命を奪うだけの、悪意に満ちたダンジョン。隠された宝もなく、それどころか平穏に過ごす人々の平穏を塗り替えるもの。
(そんなロマンのないダンジョンは、不要です――!)
意気込みながらも、彼女は息を殺す。
風の精霊、『|Furencica《フレンシカ》』の先導の下、敵に遭遇せず救助活動を最優先に。風の流れや流れてくる音、それらを頼りに物陰に隠れつつ迷宮化したアーケード内を移動する。枯れ木の臭いや呪詛の気配は特に精霊であるフレンシカの鼻は鋭敏に感じ取り、ここまで全ての敵を回避し続けられている。
傍に立つ翡翠色の涼風で象られた狐の毛並みを都度労わる様に撫でながら、徐々に反応が近づくの感じた。
そして目的地となったのは、迷宮化した内部構造のなかでも幾つかに分岐した最奥。本来であれば、ボスや遺産でも眠っているその場所に。
歪な巨木と、それを囲う眷属どもが居並ぶ。木に吊り下げられるような形で二人の子供が吊り下げられていた。
……子供の苦しみに、集う邪悪なインビジブル。それらを吸い上げ、自分たちの糧とする儀式。それを目の当たりにしたマルルは、傍に控える精霊の額に自分の額を当てながら希う。
「ふーこちゃん……もう少しだけ、私に力を貸してください……!」
彼女の、その願いに。一も二もなく風の精霊は鼻を鳴らして身体を摺り寄せるだろう。
水臭い、言われずとも、そう言わんばかりに。
彼女は駆け出した。
居並ぶ敵の只中へ、追い風を受けながら。
大きな帆のように靡くマントの風を受けながら――跳ぶ。
風よ。口の中で唱えれば現れる三日月型に弧を描く刃が、枯れ木の身体の脚を奪い去る。
|脆い《・・》。そう判断した彼女は打ち下ろす風刃の数を増やし、追いかけてこないよう杖や杯を手にした腕、移動するための脚を刈り取りながら、そのまま人が吊り下げられた枝も剪定する。
宙を白いローブと青い内生地のマントが、宙を翻る。
抱えるのが余りにも容易いほど軽くなった、自分と殆ど同じ背丈の身体をマルルは強く引き寄せ。すぐ後ろで大人の身体を背に載せた精霊の狐が降り立つのを見ると。
更に、足を前に。
疲れを後ろに吹き飛ばし、前を行く友の心配そうな視線を一顧だにせず。
――ここは迷宮。されどアーケード商店街。
一本の通りが異界と化すならば。最奥は転じて最短の出口。
融合の果て如何にねじくれたとしても、本質は変わらないもの。
一見すると、どす黒い壁によって封じられたかに見えたそこへ。彼女は、突っ込む。
●
――気が付けば。
晴れた東京の空と、現地で救護活動に当たっていた人員によって、即座に二人は回収され治療を受けるだろう。
張った気が脱力し、へたり込む彼女が。
最後に見た、自分が助けた、からからに乾いてしまった|少女《・・》の唇から漏れた、台詞。
ありがとう、と。
「いいえ、いいえ」
震えを、喉から掌へ移し変え。カッと熱を帯びた目を擦って。
「――まだ、終わっていません。だから――!」
決意と共に降り返った彼女が睨むは、南西の空。
潜む首魁、そして主戦場となるだろう――秋葉原。
これにて、第一戦線第七作戦は幕を下ろす。
しかしこれは序章に過ぎない、更なる大禍に備えなくてはならない。
今はただ、救われた命に祈りを捧げながら――。
