⑦商店街を侵蝕する融合|迷宮《ダンジョン》
●「佐竹商店街ダンジョン」から一般人を救え!!
「とうとう『王劍戦争』が始まったわね」
√EDENの秋葉原を歩いている星詠み、水尾・透子(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00083)が、空を見上げながら呟く。
その呟きに何か引っかかったか、複数の√能力者たちが集まってくるのを見て、透子は彼らに一礼したのち、
「皆も知っていると思うけど、戦争開始と同時に、秋葉原が他√から侵略されている。その中には、一帯丸ごと別の√と融合したケースもあるの」
一帯丸ごとと聞き、明らかに顔を顰める√能力者たちを見て、透子は深々と頭を下げる。
「そこで皆には、他√と融合した地域への対処をお願いしたいのだけど、頼めるかしら?」
頭を下げながら頼む透子を見て、√能力者たちは其々の想いを胸に頷いた。
秋葉原一帯の地図を広げ、指である一点を示しながら、透子は説明を始める。
「皆に向かってほしいのは、日本で2番目に古い商店街として知られる『佐竹商店街』よ」
透子が指差した一帯には、複数の商店が道路の両隣にずらりと並んでおり、多数の来客がいるであろうことは容易に想像がつくだろう。
「昔ながらの商店街は、√ドラゴンファンタジーのダンジョンと融合――つまり『融合ダンジョン』に変貌し、多数のモンスターが蠢く危険地帯と化しているの。しかもダンジョン内には、商店街の店員や買い物に来ていたお客さんなど、多数の一般人が逃げ遅れて閉じ込められてしまっているわ」
なお、かつて√EDENに現れた融合ダンジョンを有志が調査した結果、ダンジョンの消滅条件は『ダンジョン内から人間がいなくなる』ないしは『ダンジョンのボスを倒す』だと判明している。
「ということは、一般人を救出するより先にダンジョン内のボスモンスターを倒した場合、中に残っているモンスターや一般人ごとダンジョンが消滅してしまうわ」
だから、と透子はいったん言葉を区切り、√能力者たちにはっきりと告げる。
「可能なら先に閉じ込められた一般人を救出して、それからモンスターを掃討して頂戴」
そう、告げる透子に見送られながら、√能力者たちは急ぎ佐竹商店街に向かった。
●√EDEN:秋葉原――佐竹商店街ダンジョン
商店街に足を踏み入れると、昔ながらの商店街ではなく、苔むした土壁に囲まれたダンジョンが姿を現す。
見るからに√ドラゴンファンタジーのダンジョンと化した商店街を進んでいくと、やがて前方から悲鳴が聞こえて来た。
「きゃああああ!」
「な、な、なんだこいつら!!」
「助けて! まだ死にたくない!!」
急ぎ駆けつけると、視界にゴブリンに追われている一般人の姿が飛び込んで来る。
どうやら、彼らは商店街がまるごとダンジョン化した際、逃げ遅れた商店街の人々のようだ。
ゴブリンを排除し、√EDENへの侵略を防ぐため。
そして何よりも――商店街の人々の命を救うため。
――√能力者たちは、得物を手にゴブリンに挑む。
第1章 集団戦 『ゴブリン』
●
√ドラゴンファンタジーのダンジョンと融合した佐竹商店街に、大量のゴブリンが溢れている。
現れたゴブリンたちは、突如出現した(ように見える)民間人達を目にするや否や、棍棒を手に襲い掛かった。
「ゴブゴブゴブ……」
「ゴブーッ!!」
ゴブリンが民間人を殴りつけようとしたその瞬間、横合いから牛頭蓋を被った巨大な牛の獣人がダッシュで割り込んできた。
「た、助けに来ました!『と、止まってください!』」
割り込んだ牛獣人の夜風・イナミ(呪われ温泉カトブレパス・h00003)が、走りながら牛頭蓋を取り、ゴブリンたちに石化の魔眼を向ける。
「ゴ――――」
棍棒を振り下ろそうとしていたゴブリンは、魔眼の魔力を受け、そのまま石化し動かなくなった。
「あ、ありがとうございます!」
「そ、そのままどこかに隠れていてください!」
今は下手に動かない方がいいと考えたか、イナミは民間人に隠れるよう指示し、商店街の奥に向かった。
一方、商店街の入口では、ミネタニ・ケイ(逸般通過超重量級おっぱいさん・h00931)が外に逃げようとする民間人を誘導していた。
「商店街の外は大丈夫だから、早く逃げて!」
ウォーゾーン『錦奇』を装着し、大型走行バイクの『朱威麒』に跨りながら、ケイは日常と変わらぬ光景が広がる商店街の外を指差し声を張り上げる。
その声が届いたか、入口付近にいた民間人が一斉にダンジョンの入口に向けて走り出すが、同時にゴブリンも民間人を追い跳躍しながら毒を塗った槍を突き出した。
「ゴブゴブゴブ……!!」
「やらせないよ!!」
ケイは錦奇を真紅に輝く決戦モードへと変化させながら、朱威麒に跨りゴブリンに突撃し、民間人との間に割り込む。
民間人に向け突き出された槍は、しかしバリケードの如く割り込んできた朱威麒の表面装甲で全てはじき返された。
ゴブリンも闇を纏いながら距離を取ろうとするが、真紅に輝くウォーゾーンを纏ったケイが朱威麒から降り、暴風の如く接近しながら蹴りを放つ。
通常の4倍の速度で移動したケイの蹴りは確実にゴブリンの脳天を捉え、アスファルトではなく土に打ち倒した。
●
ダンジョンと化した商店街は、四方八方を土に囲まれ、所々苔むしている。
平穏な街に突如現れた非日常的な世界を、イナミは慎重に警戒しながら移動していた。
(「√EDENなのに本当にダンジョンですね……一般人がモンスター化しちゃう前に助けないとです」)
今のところ、取り残された民間人がモンスター化する気配はないが、全くモンスター化しないという保証もないため、急ぐに越したことはない。
なるべく開けた場所には出ず、矢が射かけられる音に注意を払い攻撃されそうな方向を絞りながら警戒を続けていると、やがてイナミの前に新たなゴブリンの集団が現れた。
「ゴブブブブ!!」
ゴブリンはイナミを見ると、すぐさま毒矢を弓につがえ、射かける。
毒矢の先端は、イナミの目を狙っていた。
(「風切り音がしない……√能力で射かけてきています!?」)
長距離狩猟の構えを取りながら射かける矢は、嗅覚や聴覚、魔術などのあらゆる探査を掻い潜るゆえ、耳を澄ましても察知できないが、肉眼で直接目にすれば気付ける。
(「狙われたのが目でよかったです!?」)
「ひ、ひぃ……っ!!」
視界に矢が見えるや否や、イナミは目を骨マスクでとっさに守り、矢を防ぐ。
視覚以外の探査を掻い潜る代わり、攻撃力が著しく落ちている毒矢は、骨マスクの表面で弾かれ、地面に落ちた。
「えいっ!!」
矢が落ちると同時にイナミは骨マスクを取り、石化の魔眼で睨みつける。
睨まれたゴブリンたちは、弓を持ったまま石化し、生きたまま動かなくなった。
(「万が一ボスに出会ったら石化の呪詛だけ当てて逃げるつもりでしたが、今のところいないようですね」)
己が幸運に感謝しながら、イナミはさらにゴブリンに対する警戒を続けつつ、取り残された民間人を探し続けた。
そして、入口付近のケイもまた、朱威麒を駆りながら逃げ遅れた民間人を探していた。
王劍戦争開始が連休最終日だったこともあり、戦争開始と同時に融合ダンジョンと化した商店街には、かなりの民間人が取り残されてしまっている。
商店街の各店舗にも多数の√能力者たちが集結し、次々と民間人を避難させているが、まだまだ民間人は残っているようだ。
その中には、イナミに助けられ、あえてその場に隠れていた民間人もいる。
逃げるべきか否か、民間人が迷いながら顔を出すと、偶然ケイが通りがかった。
(「ダンジョンから人間がいなくなれば消滅すると聞いています。だったら――」)
「――急いで逃げましょう!」
「は、はい!」
ケイが民間人達に逃げるよう促すと、民間人たちが隠れ場所から出てダンジョンの入口に向かい始める。
そんな民間人の背を、毒を塗った槍を手にしたゴブリンが睨みつけていた。
「危ない!!」
ゴブリンが跳躍した瞬間、ケイは急ぎゴブリンと民間人の間に割り込む。
毒を塗った槍は、民間人の背を捉える前に錦奇の表面ではじき返された。
「ゴブッ!?」
ゴブリンが闇を纏いながら後退しようとした瞬間、ケイが腰を落とし、地面を薙ぐような水面蹴りでゴブリンの足を払う。
思わぬ強打にたたらを踏んだゴブリンに、ケイはさらに追撃を加え、確実に地面に沈めた。
「しっかり捕まって!」
ゴブリンからの攻撃が途切れた隙に、ケイは両脇に民間人を抱え、急ぎ入口に輸送する。
見慣れた街並みに安堵した民間人をその場に下ろすと、ケイは再びダンジョン内に取り残された民間人がいないか探し始めた。
●
√ドラゴンファンタジーのダンジョンと融合した佐竹商店街に溢れていたゴブリンは、先行した√能力者たちの活躍でその数を減らしていっている。
雪願・リューリア(願い届けし者・h01522)もまた、商店街の奥深くにまで足を踏み入れ、民間人を救出しつつゴブリンと対峙していた。
「ゴブリンの集団は侮れないからな。見逃さんぞ」
決して気を抜くことなく、むしろ逆に確りと引き締めながら。
リューリアはゴブリンを見るや否や、電撃の力を弾丸として撃ちだし、確実に撃ち抜いて行く。
ゴブリンもまた、毒矢を弓に番えリューリアや民間人に向けて放つが、リューリアの目は毒矢の軌道を確りと捉えている。
あらゆる探査を無効にする代わり威力が落ちた毒矢は、目視で捉えればさほど脅威ではない。
「商店街の人達には攻撃させんよ」
リューリアは民間人が撃ち抜かれぬよう、毒矢を電撃の弾丸で撃ち落としていくが、やはりひとりでは民間人を守るのも限界がある。
(「身を潜められて長距離から狙われるのは危険だし、1カ所に集まってもらう方がいいのかもな」)
そう考えたリューリアは、電撃の弾丸を撃ちつつも、民間人が暫く安全に隠れられそうな遮蔽物のある所を探し、周囲に視線を巡らせる。
やがて、リューリアの目に、商店街のある店舗が変化したと思われる小部屋が飛び込んで来た。
念のため、小部屋に隠れているゴブリンがいないかどうか、サイキック・ファミリアを囮役として先行させ確認させるが、ファミリアに釣られて槍や矢が降って来る様子はない。
「ここで隠れていてくれ」
ひとまず民間人達に小部屋に隠れてもらいながら、リューリアは毒矢を弓に番えたゴブリンを見るや否や、衝撃波で吹き飛ばす。
「まだまだ気は緩められんな」
正確な残数が不明な以上、油断せぬと心に命じながら。
リューリアはあらゆる手段を講じて民間人を守りながら、電撃を帯びた衝撃波で矢を叩き落とし、ゴブリンを吹き飛ばしていった。
●
王劍戦争開始と同時に佐竹商店街と融合したダンジョンからは、√能力者たちの手で着実に民間人達が救出され、モンスターが掃討されていく。
そんなダンジョンに、シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》の羅紗魔術士見習い・h02503)は足を踏み入れながらも、戸惑いを瞳に浮かべていた。
(「融合ダンジョンに、ゴブリンなんて……」)
シアニの脳裏に、かつて√EDENのある中学校と融合したダンジョンにて邂逅した、憎悪と殺意を滾らせたゴブリンの記憶が蘇る。
その記憶に思わず足が止まったところで、目前をゴブリンの群れが通過していった。
(「――あのゴブリンたちも、もしかしたら人が姿を変えられたものなんじゃないか?」)
一瞬身を固くするが、異常な憎悪や殺意に囚われている個体がいないことに気づき、ほっと息をつく。
どうやら、此処にいるゴブリンたちは、ゴブリンらしく我欲の儘に人を襲うだけで、憎悪や殺意は持ち合わせていないようだが……。
(「……あのゴブリンたち、√ドラゴンファンタジーの南フランスで、ある組織に攫われた人々がモンスターに変えられた姿かもしれないんだよね」)
「ああ、いけない。余計なことを考えないようにしないと。今は巻き込まれた人たちを助けないと」
更に呼び覚まされた嫌な記憶を振り払うべく、シアニは軽くかぶりを振り、妖精さんに呼びかける。
『妖精さん妖精さん、どうかみんなを助けてください』
シアニの呼びかけに応じ、どこかクールな印象を抱かせる、黒髪緑瞳の妖精の集団が現れた。
「妖精さん、援護をお願い!」
『わかったわ』
妖精さんたちが首肯すると同時に、ゴブリンが一斉に毒を塗った槍を手に跳躍し、シアニとの間合いを詰めた。
直後、妖精さん達がゴブリンに向けて一斉に魔弾を発射する。
「ゴブ!?」
驚いたゴブリンたちは、空中で魔弾に撃ち抜かれ、そのまま体勢を崩し墜落した。
シアニもハンマーを大きく振りかぶりながら落下点に走り、落ちて来るゴブリンたちを纏めて吹き飛ばす。
吹き飛ばされたゴブリンは、土壁に激しく背中を打ち付け、ずるずると地面に崩れ落ちた。
戦闘不能になったゴブリンを一瞥した後、シアニはダンジョンと化した商店街をさらに奥に進んでいく。
商店街のダンジョン化に合わせてか、商店街の建物にも変化が見られるようで、そこかしこに小部屋が出現していた。
「妖精さんに、中の様子を確認してきてもらおうかな」
シアニはスマホを取り出し、ダンジョン突入前にダウンロードしておいた佐竹商店街の現地写真を見ながら、現在位置を確認する。
苔むした土壁のダンジョンは商店街とは似ても似つかぬが、ダンジョンと融合する前の佐竹商店街の様子は、王劍戦争開始前に商店街を回った√能力者が写真に収め共有してくれているから、ルート決めの参考にはなるだろう。
「妖精さん、この先に取り残されている人がいないか調べてくれる?」
シアニが写真を見せながら妖精さんに指示すると、妖精さんは四方八方に散ってゆく。
シアニ自身も別の√能力で過去を見ながら、ゴブリンに追いかけられている民間人がいないか探し始めた。
数分後、妖精さんからの連絡がシアニに届く。
『商店街の奥に民間人がいるわよ! しかもゴブリンに襲われている!!』
「妖精さん、空から回り込んで撃ち抜いて!」
シアニも妖精さんに頼みながら、現場に急行する。
駆けつけたシアニの目の前では、行き止まりに追い詰められた民間人にゴブリンが毒矢を向けていた。
だが妖精さん達は、民間人が人質に取られる前に倒すべく空中から背後に回り込み、躊躇なくゴブリンを魔弾で撃ち抜く。
「ゴ、ゴ……」
背後からの不意討ちを受けたゴブリンは、その一斉射で倒れた。
目の前でゴブリンが倒れたのを見て、民間人達の緊張の糸が切れたか、その場にへなへなと座り込む。
「た、助かった……」
「妖精さん、怪我人の治療とみんなの救出をお願い!」
妖精さんが傷を癒し始める傍らで、シアニは別の妖精さんたちと一緒に民間人達に肩を貸し、立たせる。
「あ、あの、わたしたち……」
「大丈夫、絶対に助けるから」
シアニの声に、民間人達はほっと安堵の息を零す。
そんな民間人達を妖精さん達に護衛させながら、シアニは彼らを連れ、ダンジョンの入口に向かった。
●
シアニと民間人が商店街の外に出ると同時に、ダンジョンの土壁が薄れ始める。
やがて、土壁は完全に消失し、商店街は元の姿を取り戻した。
「融合ダンジョンが……消えたってことは……」
ダンジョンの核となるモンスターが討ち取られたとの報告はないから、ダンジョン内から人間がいなくなったために消失したと考えるのが妥当だろう。
「よかった……」
誰ひとり犠牲になることなく救出できたことに、シアニはほっと胸をなで下ろす。
それと同時に、シアニの胸中に、この事件の黒幕たる簒奪者、リンドヴルム『ジェヴォーダン』への怒りが沸き上がっていた。
「ジェヴォーダン……いつか絶対倒してやるから」
