②青天、雷、神に非ず
●おどろいたかな?
雷鳴が鳴り響く。曇天の中にぽっかりと空いた青天の中から、びしゃりと道路のど真ん中へ落ちる雷――雨を伴わぬそれ。驚き逃げる人々や、慌てて戸を閉める人々を見て、楽しげに笑い、上空で羽ばたく影がひとつ。
「あはっ! いい驚きようじゃないか! やっぱり|√妖怪百鬼夜行《故郷》とはぜーんぜん違う驚き方だ!」
何度味わっても、たまらない!
上機嫌に空中で足を組み、さらに天から雷を落としていく、天使にも見えるその姿――否、それは古妖である。
さて、『青天の霹靂』は空が好きだ。その中でも、√EDENの空が一番!
此度は無作法に侵入して好い機会ができたようだ、ならばそこに飛び込まぬわけもなし!
「それで? ご褒美がありそうだって噂は聞くけど、どのくらい『恋』に落としたらいいんだい?」
そう、心臓が止まって死んじゃうくらいの、恋の雷!
後先考えぬ行動の結果のご迷惑、しかしそれも、禍津鬼荒覇吐への加勢になる――!
荒れぬ空から落ち続ける雷が避雷針を、信号を、標識をと次々破壊していく。焦げ臭い地上に降り立った彼は、爽やかな笑顔で、己の手袋を嵌め直すよう、引っ張った。
「暴れていいなら暴れるよ!」
楽しそうだからさ!
●おとどけもの。
「厄介事の『お届け』だ! ていうか厄介者のご登場だ!!」
いつにも増して髪がボサってはいないだろうか。星詠み、オーガスト・ヘリオドール(環状蒸気機構技師・h07230)はどこか腹立たしそうな顔をしてパァン! とテーブルに資料を叩きつける!
「君たち、こんな言葉は知ってるよね。『青天の霹靂』――晴れた空から唐突に鳴る雷だよ。で、コレはその名を持つ古妖!」
そう言ってオーガストは、ぐりぐり写真を指差す……かなり力が入っている。どうしたことやら。どうしたもこうしたもない、のかもしれない。何やら因縁ありげだがそんなものは放置しよう、作戦には関係がないのだ。
「面白半分で行動する一番厄介なタイプさ! 放置してると民間人は感電死! 避難誘導と、迅速な撃破・ご退散を願ってボコってきてよ!」
場所は秋葉原歩行者天国――その上空から降りてくる『青天の霹靂』を迎え討ち、その翼、むしりとってやれ!
第1章 ボス戦 『青天の霹靂』
青天の霹靂。
まさにその名の通りの相手である。唐突に現れたかと思えば、晴天から雷を放ち続ける古妖――クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は周囲に残る落雷の痕跡を見て苦々しい顔をする。
行動理由、面白半分。急に出現して殺戮を繰り広げる。気まぐれに。厄介極まりないと言って差支えのない相手であった。
さて、歩行者天国にて鼻歌なんか口ずさみながら、興味の向いたものへと雷を落としてまわっている青天の霹靂。実に優雅な足取りだが、その歩みは早急に止めねばならない!
「――っと!」
上空。レイン砲台とファミリアセントリーによる攻撃の雨を避けた青天の霹靂へ、飛翔したクラウスが槍を持ち強襲する! 翼から羽根が散り、血液と共にアスファルトへと落ちていく。まさか自分以外にも、『青天の霹靂』と呼べるような攻撃を仕掛けてくる相手がいるとは! 笑みを浮かべた古妖、目を輝かせ、上空へと――光輝の翼により自分を見下ろしてくるクラウスと対峙した。
「待ってて! 今俺もそっちに行くから!」
――高速。名前通りの流石のスピードだ、クラウスの側まで迫った青天の霹靂、雷電をその手に湛え――撃ち込んでくる!
「づっ、!」
咄嗟に発動したエネルギーバリアに一瞬ヒビが入った。この雷、相応のダメージを持っているようだ。
「ご挨拶もナシじゃあ失礼だな、『青天の霹靂』! 好きに呼ぶといいと思う、雷ちゃんとか! 君は?」
その言葉、口調、どこかの誰かに似ているような。クラウスが返答・思考するよりも早く、ばさりと翼を羽ばたかせた古妖――クラウスを中心に振り始める雷撃!
それをエネルギーバリアで防ぎながら――それでも痺れる体を無理やりに動かし、青天の霹靂へと槍を横薙ぎに振るう。刻まれる傷を見て笑みを深めた彼、どうやら――こちらに釘付けにする作戦は、確と機能したようだ。
一般人を意識しながらも飛翔を続け、互いに互いの攻撃の射程を見定めるように――そして、雷撃の雨の範囲外へと飛翔するクラウス。初手は順調だ。これならば今のところ、民間人への被害は少ないだろう。問題があるとすれば――。
「あれ? 名乗ってくれないの? ねえ、名前を教えてよ!」
この古妖が、あまりに爽やかすぎることを除いて。
上空を飛び回ったりだとか。逃げ惑う人の影がまだ見える歩行者天国で、好き勝手に雷を落としているだとか。
「なんだぁ? 雷を操って、雷神気取りか? あのガキは」
古妖である、ガキかどうかはともかくとして、神の類ではないだろう。派手な翼を持つだけの、天使やセレスティアルに良く似た姿をしている男だ。御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は自由に振る舞い続ける彼を見て、呆れた声色で息を吐く。
死合いの作法を知ってるかどうか――危ういどころか、そんなものは恐らく知らないことだろう。
ならば教えてやるがいい。
授業料は命と傷跡だ。
「ん? 君も√能力者? やっぱりここに来ると会えるんだ!」
まるで有名人とでも出会ったかのようなフレンドリーで人懐こい笑顔だが、彼が指差す先――刃へと向けられたそれには、ばちり雷が爆ぜている。途端爆ぜた雷光、避けることは出来たが直撃すれば当然苦痛と痺れが襲ってくることだろう。
まあ、そんなものはあまり関係ない。天へと手をかざそうとしたその腕の一瞬の動き、空気の流れ。古妖が起こそうとした『青天の霹靂』は、明らかにわかりやすいものであった。
「おいおい、無差別だなぁ」
降り注ぐは、雷撃の雨――! アスファルトに着弾する前に若干の光を発するそれを見て、できるだけ直撃を避けるようにして動く刃。攻撃の合間を縫うように――それでも避けられぬ伝播する雷を受けながらも、己の身体能力を全力で使い、古妖へと迫る!
「おっと!?」
咄嗟に翼を盾としたのは青天の霹靂だ。彼の名通り、唐突にも見えた刃の一撃――!
「お前には過ぎた一撃だったろうが、神を斬る為のとっておきだ。光栄に思うんだな」
カミサマもどきカミサマ気取り。あるいはその使いでも真似たような姿――気に入らない!
盾とした翼の先が切り落とされ血液がぼたりとアスファルトに落ちシミとなる。勉強料は十分に頂いた!
そして――翼を広げ、顔を見せた古妖は。
「すっごい痛い!! すごいじゃないか! こんなに痛いのは久しぶりだよ!」
「はぁ?」
苦痛に眉根を寄せながらも、どこか気の抜ける言葉を発しながら――チャージが解除されたことにより、雷撃により痺れた体で咄嗟に動けぬ刃から逃げるように、先の切れた翼で飛翔する。
「ごめーん! 敵いそうにないや! ちょっと逃げさせて!」
――素直にも程がある! 高速で飛翔するそれを見て、怪訝な表情を浮かべる刃。
「……ガキがよ……」
あの古妖……精神性が、子供すぎる……!
「ハロー、青天。真っ昼間からご機嫌な所悪いわねぇ」
とびきりご機嫌な声色で雷を撃ち続ける男へ。虚峰・サリィ(人間災厄『ウィッチ・ザ・ロマンシア』・h00411)、ギターの音と共にご挨拶――ばちりと弾け落ちる雷!
振り返った青年、自分以外が落とした雷を見て目を見開いた。見慣れた――己の操る雷鳴とは異なる音だ。視線の先に立つ|少女《・・》を見て、目を輝かせる。
「わぁ! 君も雷を落とせるの?」
狙い通りだ。己のもの以外の雷に反応した彼、和かな笑みを浮かべてサリィをまじまじと見る。見聞きしたことはある――あれはエレキギターというものだろう。それを媒体に、雷を操ってみせたのか――!
「いいから一曲聴いていきなさいな――」
あんたに聞かせるには贅沢な一曲だけれどね。
興味津々で歩み寄ってくる彼をゆっくりと下がり――民間人の少ない方へおびき寄せながら、サリィが演奏を始める!
――|急雲・恋はサンダークラウド《フォーリンサンダークラウド》!
青天の霹靂を狙い、曇る空から降り落ちる数多の雷! 古妖の雷と魔女の雷がぶつかり合う――翼をまるで雨傘のようにしながら、己の純粋なる雷だけでは、往なせないと判断したか。
「すごい雷! 自分の以外は久々に見たかも!」
言葉が終わると同時にバチリ――派手な音と共に、青天の霹靂の翼が雷光を帯びる!
「――天神様の言うとおり!」
それは『本当の神』の言葉かといえば、置いておこう。ともあれ雷鳴の翼から発される雷をサリィへとぶつけてくる!
「……一つ教えてあげるわぁ、青天」
自身をも襲うサリィの雷の雨を隔絶結界で防ぎながら、青天の霹靂の過電流と受け流す彼女。青天の霹靂もいくら雷を操る存在とはいえ、直撃を何度も受ければ狼狽えもするか、眉をひそめながらも雷撃を発し続けているが――疲労が目に見えてきた。
「恋の雷というのはね、誰彼構わず安売りするもんじゃないのよ」
それこそ、特別な存在にこそ『落ちる』もの。
わざと『落とす』ものではありはしない!
「そうなの!? 解釈が違うみたいだね!」
解釈どころかの話だが、ともあれ青天の霹靂、まだ上機嫌だ。
被害の記録写真。迷い込んだ先の秋葉原、シャッターを切るその一瞬にも、戦況は移り変わっている。
落雷がまるで人を追い回すように――わざと人を脅し追い立てるようにして落雷を落としては笑う『青天の霹靂』を見て、ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は眉をひそめた。当たるとさすがに無事では済まないだろう。
青天の霹靂に興味を失われたあとか――ビルの隙間で縮こまっている民間人へ声をかける。
「ここは危険だ、こっちへ!」
姿勢を低くしながら移動するように忠告して、絶対防衛領域へと避難を促しながら古妖の様子を窺う。もう先の得物を追い回すことに飽きたようだ。唇を尖らせ、周囲を見回し――そして。
「あ」
――ゼロと、目が合った。咄嗟に身を隠し、足元に何かがないか探し――投げつけた!
「わっ、何これ」
青天の霹靂がキャッチしたのはライブ用ペンライト。誰が落としたんだこれ! ともあれ興味は引けた、構造を観察しはじめた……今がチャンスだ。建物の中へと一般人を逃がし、自分も潜む位置を変えて青天の霹靂の様子を窺うゼロ。
「何に使うかわかんないけど、わかった!」
興味を失われ投げられたライトが転がり、不意に入ったスイッチにより光を発する中、鼻歌混じりにゼロの気配を探りはじめた青天の霹靂――だが。
「お兄さん? 遊んでくれそうなのに、どうして逃げるの?」
声は、いつの間にか間近に。潜んでいた車の影、上方から覗き込んできていた男――!
「……危険だからだよ」
「へー」
双斧を取り出そうとしたゼロ、だが一旦、落ち着いて。この距離では、攻撃を避けるなどというお話にもならない。
故に、彼はこう切り出した。
「青天の霹靂、か」
秋の透き通った晴天。そこに轟くものが雷鳴であったとしても……。
「青空、いいよな」
「――君にも分かる?」
その美しさが衰えることはなく。この空は、|簒奪者《古妖》をも魅了してやまない。青天の霹靂は、満足げな笑みを浮かべる。その返答を待っていたかとでもいうような、爽やかな笑みで……踵を帰した。
……興味を失ったのか。それとも、見逃したのか……。
「どこもかしこも大混乱だねい」
普段なら別種の賑やかさであるはずの秋葉原。それがこのような地獄絵図と化している。この地獄から脱するにはどうしたらいいか? 戦うしかないのだ。夜白・青(語り騙りの社神・h01020)は静かに息を吐き、周囲の様子を確認する。今度は天に陣取った青天の霹靂、その位置、雷が落ちる範囲……人命を優先して戦うのなら、あそこに誘導すればいいか。
しかし『青天の霹靂』とは。どこか懐かしさを感じる、などと思いながら、青は『翼』を広げた。白き|竜《ドラゴン》の翼で、空を自由に――しかし素早く泳ぐインビジブルに向かって飛んでいく!
「……おっと!」
頭上に影が落ちた。瞬間、襲撃だと理解した青天の霹靂。青が扇子をひと振りすれば魑魅魍魎の幻影がぶわりと現れ、青天の霹靂へと襲いかかる! 既の所で回避が間に合わず、風に煽られるようにして空中でぐるり一回転。体勢を立て直した彼が青へと向き直った。
「やあ、君もこの空を楽しみに来たの?」
「そんなもの、とでも言っておこうかねい」
笑う青年の声は、少々甘ったるい。まるで空に来るものすべてを歓迎するかのように、雷の雨が止んだ。どこまでも自分勝手で、自由な行動である。
「恋に興味があるのなら、恋物語を日が暮れるまで語ってもいいけれど、こんなに荒れた状況だと語りづらくもあるからねい」
「そう? 恋は落雷のようなものでしょ?」
「話が聞こえないんじゃあ仕方がない。話のときだけ休戦なんてのはどうかねい?」
口先で興味を引いてやろう。その作戦、確かに成功している。首を傾げて考えているこの間にも、地上では民間人の救助のため、人々が動いている――。
「……そうだなあ。君、見た目通りならきっと、いっぱいお喋りしてくれるよね?」
屈託のない笑顔が、簒奪者のものでなければどれほど楽だったか。
「じゃあ√妖怪百鬼夜行の、雷に打たれたような恋の話をしてよ!」
語りなら、ああいくらでも。満足するか、それとも話の最中で飽きるかは置いておいて。
「ではひとつ、話してあげようかねい。さて、これはある古妖の話――」
始まりは爆音から始まった。雷ではない小型爆弾のような炸裂音が青天の霹靂の近くで鳴り響いたのだ。
肩をびくりを上げども、音には慣れているのだろう、振り返った青年はきょとんとした顔で斯波・紫遠(くゆる・h03007)を見ようとしたが――瞬間発射されたか細いレーザーに気づき、その身を翻した。ばさりと切れる羽根が散ると共に、ようやく紫遠の方を向く青天の霹靂。
「ちょっと、煩いなあ! 不意打ちなんて卑怯じゃない?」
空中から文句を言うその背には一般人が逃げていく姿――興味はあちこち。今は眼の前の紫遠への文句を垂れるのに夢中といったところか。
「そう言ってられんのはがきんちょだけだよ」
肩をすくめる紫遠にむ、と眉根を寄せる青天の霹靂。良く言えばピュア、悪く言えばそうなる。
「年だけ食っても中身すっかすかじゃあダメってことだね。良き反面教師だ、涙出ちゃう」
どれだけ年若く見えようが古妖であり、その一欠片。人間とは異なる時間の流れを生きている。容姿からするに近代に感覚を合わせてはいるようだが、致命的なまでに思考は|簒奪者《古妖》そのものであった。
「べー。勝手に泣いときなよ。君たちだって、欠落まみれで空っぽなくせに!」
「怒った? 図星?」
「――ああもう、そういう話キライ!!」
バリ、と空気が裂けるような音を響かせて、青天の霹靂の翼が稲妻と化した。落下の勢いを利用した、上空からの強襲――!
過電流を纏ったその速度、あまりにも|速い《せっかち》。名の通り、『|青天の霹靂《稲妻》』が如く近接してきた男。
少しばかり、その速度を侮っていたか。爆ぜる雷は広範囲だ、避けるにも限界がある。オーラ防御とAI『アリス』の指示でなんとか凌ぎ、伸ばしてきた腕を避け、カウンターとして繰り出される居合斬り!
「面倒くさい羽根、片方置いていきな」
痺れ、焦げ臭い指など気にしていられるか。確ととらえたその翼。――両断。
「いッ……づ、あぁ!!」
悲鳴と共にすぐさま距離を取る青天の霹靂。相応、こちらもダメージは受けたが――その翼一枚、頂いた。
「ガキには過ぎたオモチャだ」
電気じかけの、くだらない翼。それでも飛翔能力を失うことはないのか、浮上する体。しかし、高度はだいぶ落ちたようだ。
「……君、次会ったとき、絶対許さないから」
「ん?」
鼻で笑う紫遠。
「コッチが許してくれ~って言うと思う?」
もちろんそれは否である。
「子供っぽくてピンチになると逃げちゃうタイプね、なるほど……」
絶対防衛領域の範囲内にて。「敵わない」と宣言し飛翔し去った青天の霹靂の姿。それを観察していた那弥陀目・ウルル(世界ウルルン血風録・h07561)はふむと顎を揉む。面白半分に行動する、不利になれば逃げる、言葉を選ばぬならばまことに悪ガキだ。
だがそんな相手だからこそ、出来る作戦もあるというものだ。
「楽しそうだね、キミ」
歩み寄り、声をかけた先。先の戦闘で片翼を失ったからか、やや高度を低くし飛翔している『青天の霹靂』は、平然と話しかけられたことに驚いたのか、きょとんとした表情でウルルを見る。
「……空が好きなの? 僕もこの世界の青い空が好きなんだ、気が合うね♡」
「君も? いいね! 俺、|√EDEN《この√》の空が大好きなんだ!」
両腕を広げて楽しげな笑顔を見せた古妖。その空から雷を落とすことも大好きなのだから、どうしようもない。ともあれ話してわかった、相応精神は|子供《ガキ》である。どれだけ年齢を重ねようとも古妖だ、これ以上は成長しないのだろう。
「ねぇ、僕とちょっと遊ばない?」
「遊び? どんな? かけっこくらいなら負けないけど!」
「そう、じゃあ鬼ごっこしようよ。まずはキミが鬼ね」
自信があるのなら何よりだ――そしてこちらにも相応、自信がある。
なぜならばウルルは既に、この土地についての情報収集を済ませているのだから――滞在期を書けるほど!
「じゃあ100秒数えてねぇ〜。この世界では100秒だよ?」
「つまり自分ルールは適応するなーってコト?」
その気になれば適応する気だったのか。やや唇を尖らせ……本物の友達にするかのような表情を浮かべる青天の霹靂。「それに僕飛べないからさ、いいハンデじゃない?」なんて足してしまえば、「それもそっか!」と納得した。
……どのような√能力者でも、自身の力や√能力を使えば飛翔できるのだが、それについては頭がまわっていないらしい。
「さ、捕まえてごらんなさ〜い♡」
駆け出したウルルを見て、ご丁寧に「いーち」、と数え始めたが。
十秒ほど、経った後。
「ねえ、やっぱり長いよ!」
案の定、飽き始めた!
「あはは、ごめん! ほら、ついでにかくれんぼも混ぜよう!」
被害が減るほうへと走り抜けながら、落ちてきた雷を避け、時にはオーラによる防御で凌ぎつつ駆ける。
物陰に身を潜めたり、暗い道を利用しつつ視界を遮り――あとは! 気合いで! 走れぇー!!
だがそれでも限界は来る。否、向こうからやってくる。100秒間きっちり数えたにしては速い、まさに雷光のような速さだ。
「ずーるーいーよッ!!」
青天の霹靂の指先が、天を差す。途端降り注いでくる雷! それもしっかりと往なしながら。距離を詰め、手を伸ばしてきた青天の霹靂に――わざと、捕まってみせた。
「捕まっちゃった♡」
「つーかまーえた! それじゃあ――」
両者、にこやかに。だが互いに距離を離そうとすること、なく。雷の雨が止まぬ中で、青天の霹靂へと体を近づけたウルル。
「今度は僕が鬼だね」
そう微笑んだ瞬間だった。
「まあ……元からなんだけど!」
――血棘術。
御血の功徳によりて、わが罪を赦し給え。
ウルルは掴んだ腕を、掴まれた腕を、自分へと強く引き寄せた。
全身から突き出す棘。肌を、衣服を、そして青天の霹靂までもを突き破る血液。痺れを覚えていた体がまともに動くようになる感覚。驚いた様子で……それこそ。『青天の霹靂』を食らったような表情で、青年はウルルを見つめている。
「自己紹介がまだだったね」
滴る青天の霹靂の血液が吸収されていく。一滴残らず、ウルルの血肉へと成っていく。
「僕は那弥陀目ウルル、√EDENを護る吸血鬼だよ」
返事はない。青年の口から溢れる血液が、肺いっぱいに満たされたそれが、呼吸と発声の邪魔をする。
「この世界の青い空と、その下に暮らす|人々《じんるい》が大好きなんだ」
――そのためならば、あまり使いたくないとまで言うようなすべでも、使ってみせるさ。
「だから……彼らを害す者は許さない!」
突き飛ばした体は異様に軽く。人のそれとは思えぬほどに――まるで、そう、全身の血液を抜かれたかのような軽さだった。
「……あーあ……穴だらけだよ、困ったな……」
自分の衣服に空いた穴へと指を通して、ウルルは困ったように笑う。修繕は出来るとしても、それはそれとて面倒ではある。
さて、天獄は失われた。
残る『護るべき場所』は、あと僅か。
