初詣……ダンジョン詣に行こう!
●辿り着いた地は……お正月!?
√ドラゴンファンタジー……この世界の冒険者の一人であるリゼット・エトワールは、星詠みの力で√ドラゴンファンタジーのダンジョンが、√EDENに流れ着くのを詠んだ。
そこはお正月の日本のとある街。その山奥にある神社の祠。
彼女の眼には何か沢山の人が並んで列を作っているように視えた。
山奥にあると言うのに沢山の人が集まっていることもあり、地元のニュースで報道され、それが混雑に拍車を掛けていた。
『今日かい? 元旦だからね、神社に初詣してるのさ。この神社、なんやら偉いご加護があるとかで、賑わっとるよ』
そう参拝客が受け答えしていたのを彼女は知らない。
ただ、リゼットに分かるのは、このまま放置すれば、ダンジョンから溢れ出したモンスターで神社も、集まった人たちも大変なことになってしまうだろうと言うこと。
「こんなに沢山の人が。そうなると皆さんの避難と、ダンジョンの攻略と……人手が足りませんね」
困ったリゼットは、√能力者の助けを呼ぶ。
集まった√能力者によって、ダンジョンはきっと秘密裡に攻略されるであろう。
そうすれば、初詣の人たちも困らなくて済むのだから。
だが、新年のお祈りも大事だ。
初詣……√EDENの、日本の風習だが、一年の祈りを元旦に行うと言う物。
何やら力の溢れた祠がダンジョンの入り口。ここで新年の願いを託すのも良いことだろう。
ダンジョン攻略はそれからすれば良いのだから。
こうして初詣とダンジョン詣は始まるのであった。
第1章 冒険 『やけに存在感のある祠』

●初詣、何はともあれ御参りをしよう!
日本のとある街の山奥。神社に続く参道は明かりに灯され、とても賑わっていた。
そんななか、着物姿の九条・庵 は、この神社で起こる事件を星詠みしたリゼット・エトワールに頼まれて来た√能力者の一人であった。
「神社に溢れるモンスターとはね……新年から騒がしいことで」
ふぅ、とため息を漏らしながらそう呟いた庵は、参拝の列に並ぶ。
「それじゃ、景気付けに戦勝祈願でもしてから、今年の初陣といきますか」
そう言い並ぶ彼に、あけおめ! と元気よく声を掛ける女性が一人。同じ√能力者である四条・深恋であった。
「ここで出会ったのも何かの縁です! なには無くとも、まずは新年の挨拶ですよね。アイサツは大事! 昔からそう決まってます」
声を掛けられた庵は、確かにそうかと深恋にあけましておめでとう、と返す。
「失礼ながら意外にしっかり返事なされるんですね」
「こういう儀礼や作法にうるさいオッサンが身近にいるんだよ……風邪ひいたーとか言ってたから、健康祈願と、後で土産に御守でも買っとくか」
そうなんですね、と深恋は感心する。そんな話しをしていると何時しか二人の順番が巡って来た。
賽銭箱を前に、庵と深恋は鈴を鳴らして賽銭を納める。
「ご縁がありますように、五円と」
「あれ……五円玉ねーや。百二十三円でいいか、上がり数字だし」
五円を入れた深恋と、財布の中を探って百二十三円を放った庵はパンパンと手を叩く。
二拝二拍手一拝、綺麗なお参りであった。
「(願うのは……必勝。あと店長の老いた体が少しはマシになりますよーに……いや、流石にちゃんと願おう。店長も俺も、一年健康に過ごせますように)」
真剣に祈った庵が列を離れると、深恋が不思議そうに尋ねて来る。
「何か真剣にお願いしてたみたいですけど、何を願ったんです?」
「何でもないよ、お姉さんこそ何を願ったの?」
深恋にそう尋ねる庵に、彼女はそうですね……と考えてから口にする。
「願い事はズバリ、『平穏無事に一年を生きること』です! ……掛け値ナシの本音です。平穏な日常はなかなか得難いものなんですよ? ……私みたいなのだと、特にね」
さて、それじゃあ参拝客の避難経路とかを確認しましょうと深恋は御守りや御神籤を授けに貰いに社務所へ向かう。
庵も御守りをお土産にしないとと彼女についていくのであった。
「そう言えば、今回祠がどうにかなるって話じゃないですか」
「そうだね、力のある祠だね。それがどうしたの?」
ふと、深恋が出店で買ったチョコバナナを手に庵に呟く。彼女はにまーっと笑顔を浮かべて……悪だくみをする悪戯っ子のように囁いた。
「へへ、これは願い事じゃないんですけど……是非言ってみたいですね。『お前、あの祠壊したんか!』って」
あ……と言う顔をした庵は、その笑みに釣られるように少年らしく笑うのであった。
祠を祀る神社に辿り着いた青い瞳の少女……無表情のティア・グレイスと、逆に疲れたー、お腹減ったーと表情豊かに訴える赤い瞳の少女、エミ・グレイス の二人は、片方は無感動に、もう片方は感情的に到着を喜ぶ。
「エミと一緒に初詣……嬉しい」
「私も嬉しいわ、ティア!」
ぎゅーっと抱きしめるエミに、コクコクと頷くティア。まるで人形のような二人の姿に、彼女の周りに居た周囲の人たちはほんのりと笑顔を浮かべる。
だが、ティアは『初詣』と言う行事を知らない。リゼットからは初詣も一緒に済ませると良いですよとしか言われていない。
また、彼女は√ドラゴンファンタジーにいるため、連絡も取れない。
そんな訳でティアはエミが知っていることを祈って、表情を変えずに彼女に問う。
「ところで、初詣って何をするの? エミは知ってる?」
そうティアに聞かれたエミは、表情をみるみると曇らせる。
「えっと……私も知らない。そうだ、他の人の真似をしてみる!?」
パッと表情を改め、そうティアの手を握りながら告げるエミ。その姿に、ティアはそうだね、と返す。
「そうだね。うん、エミの言う通り、他の人の真似にしてみよう」
振り返れば、山頂の祠の前で皆同じ動作を繰り返している。
そしてエミと手を繋ぎ並びながら、耳を傾ければ、御参りをするときにお願いごとをすれば良いと言うのも分かった。
「さあ、エミ……一緒にいこう? 手を繋いで横に並んで……あなたがそこにいるのがとても『自然』な気がする」
「私も同じ気持ちよ、ティア。だってそうよね、私はティアの感情だもの……それだけはわかるの。それだけだけど、今はそれで充分だわ」
はにかむように笑ったエミに、ティアは無感情なりに表情を表そうとする。その気持ちだけで充分なのか、エミは彼女の腕を強く抱きしめた。
『可愛いわね、姉妹かしら? 笑うと福が来ると言うけど、もう来た感じね』
ティアとエミ、二人の微笑ましい姿に、そう声が掛けられる。
「『笑う門には福来る』……だって。……むにー」
ティアはその声を聞き、エミに向かって笑おうとしてみる。
だがその表情はほっぺたと口が横に広がっただけ。肝心の眼と眉は何時ものままだ。
「ふふっ、ティア、全然笑えてないわ!」
「むー……ならエミ、私の分まで笑って? あなたが笑っていると私も幸せな気持ちになれるの」
そう頼むティアに、エミは任せてと胸を張る。そして花咲くような、太陽のような満面の笑みを浮かべる。
「これでティアのところに幸せが来てくれるかしら? ……私はね、ティア、あなたが傍にいてくれることが幸せよ!」
そう告げる太陽の少女を、ティアは無言で抱きしめる。エミも微笑みのまま抱き返す。
……そうこうしていると、やがて二人の少女たちの順番が訪れた。
「お願いごとをすればいいのよね」
エミの問いかけに、頷くティア。そして二人は周りの人を参考に、二回お辞儀をして二回拍手をして、そして手を合わせてお祈りをする。
「エミは何をお願いしたの?」
ティアはエミに問いかけると、私はね、とお願いごとを伝える。
「私は……『もう少しこのままで』。何も覚えてないけど、エミと先生と一緒に居るのはとっても穏やかな気持ちになるから」
告げられた言葉に、エミは目を丸くすると、自分のお願いごとを告げる。
「ふふ、じゃあ同じね! 私は『ティアと先生とずっと一緒に居られるように』って!!」
自身の胸に抱き着くように腕を回すエミに、ティアはそっと頭を撫でる。
幸せそうな空間。それを斬り裂いたのは、エミのくぅ~と言う可愛いお腹の音。
その音色を聞いたティアは、むにーと頬を横にしながら彼女に囁く。
「エミ、おなかすいたね?」
「……ねえ、帰りに大福、買っていかない?」
大福? と恥ずかしそうに告げるエミの言葉に、ティアは首を傾げる。
「えっとね、この福っていう文字と大福の福って同じでしょ? ティアと先生と一緒に食べたらとっても幸せになれる気がする」
大福の出店に掛かった垂れ幕には、大きく大福と書かれている。大きな福……大福。きっと一緒に食べれば幸せになるだろう。
一緒に食べるのが、一緒に何かをすることが、些細なことが幸せなのだから。
兄弟姉妹と言えば、他にも来ていた。正確には兄妹ではないのだが……十六歳の剣崎・スバルと、彼をスバルにぃと慕う紗影・咲乃である。
「凄い人なの……」
ざわざわと人で賑わう境内に、咲乃はキョロキョロと周囲を見回す。
不安なのだ。その視線はスバルに助けを求めているようであった。
「確かに凄い人……リゼットさんに聞いていた通り混んでるね……と、とりあえず並ぼっか?」
スバルはそう告げると、恥ずかしそうに左手を差し出す。
パーッと表情を明るくした咲乃は、その手を嬉しそうにぎゅっと掴まる。小さな手の不安で震える小さな温もりに、その震えが段々収まるのを感じながら、勇気を出して良かったと思うスバル。
「大丈夫です、ボクが付いてます」
「うん! 並ぶのよ!!」
嬉しそうに告げる咲乃の声が嬉しい。スバルの胸もほっこりしながら、寒い冬の長い列を、手を繋ぎながら並んで歩く。
「それでね、御参りしたら御神籤を引くの! スバルにぃはお願いごと決まってるの? 咲乃は……どうしようかな、なの」
「ボク? ボクは、そうだね……」
そう話していると、列は段々と進み、二人の前に鳥居が来る。
「確か、真ん中は神様の道なの!」
そう言って端による咲乃に引かれてスバルも左によろけるように避ける。
その先にあったのは、甘酒の振る舞い……暖かそうな湯気を出す紙コップを差し出され、咲乃は飲んでも良いのかスバルに尋ねる。
「大丈夫だよ、咲乃ちゃん。甘酒って、お酒って書いているけど、お酒じゃないから」
「そうなの!? なら頂くの! ふぅ、甘くて美味しいの」
暖かな甘酒の甘い味わいに、幸せそうな笑顔を浮かべる咲乃。その笑顔を見ながら、スバルも自分の分の甘酒を飲み干す。
そして二人は、お互いの顔を見て笑い合う。
「咲乃ちゃん、顔におひげが……」
「スバルにぃこそ、おじさんなの!」
二人の口元には、甘酒で白いひげが出来ていた。お互いに笑いあった頃には、大人数の参拝客に対する不安などもすっかり無くなっていた。
「さあ、まずはがらがらを鳴らすんだよ」
「はーい、なの!」
スバルにそう言われ、お賽銭箱を前に咲乃は鈴をガラガラと鳴らす。そして彼がパンパンと二回拍手をするのを真似してから、同じようにあらかじめ準備しておりた五円玉を一緒に納める。
咲乃は願う。悩みに悩んだ末、見つけ出した答えを神に祈る。
「(今年もみんなと仲良く楽しく過ごせますように)」
「(今年はたくさんの人とお話しできますように……)」
スバルは願う。もっと多くの人と知り合いたい、仲良くなりたいと言う決意を。
そして二人は礼をして、列を離れると再び手を繋ぎ、賑わう社務所へと向かう。
「おみくじ……いいの引けるといいなぁなのよ」
「きっと良いの、引けますよ。ボクも……」
そう二人は念じながら、御神籤の入った筒を振る。出て来た番号の籤を巫女が手渡してくれた。
「(いいの、来いなの……!)」
咲乃は念じながら御神籤を開く。そして薄目で結果を確認し……その結果に表情を明るくすると、スバルに見せる。
「見て見て、大吉なのっ!」
「奇遇ですね、ボクもです……お互い良い年になりますね」
スバルも結果は大吉。勿論籤の番号は違うし、大吉以外の籤も入っていた。
だが結果は、二人とも大吉と言う最良のスタートであった。
「楽しかったの♪ スバルにぃに今日は一緒に来てくれてありがとうなのよ……今年もよろしくお願いしますなの!」
「咲乃ちゃん、こっちこそ楽しかったよ……今年もよろしくお願いします」
二人で深々と礼をし合ってから、御神籤を枝に結ぶ。お互いの願いが叶いますように……そう心で呟きながら。
神社の麓にある写真館。その一角にある更衣室で雪願・リューリアは、幼馴染の風渡・叶が用意してくれた鮮やかな青の着物を前に、どう着れば良いのか戸惑っていた。
「折角、叶が用意してくれたんだ……ちゃんと着こなしたいんだが」
だが、着慣れていない和装、それもちゃんとした着物を前に、リューリアが困惑の表情を浮かべていると、店主の奥さんが助け舟を出してくれる。
「別嬪さんなんだから、キチンと着付けないとね……それ、お腹を引っ込めて」
「うぅ、苦しい……」
あれだけ戸惑っていた青い着物は、ササっと彼女の身体を彩り、白い帯でギュッと止められる。
「これで良し……さっ、彼女さんに見せて来な!」
ポン、っとお尻を叩かれ、よろけるようにリューリアは、じっくりと、それでもリューリアより早く着替え終わった叶が待つ更衣室の待合室へと足を進める。
「ま、待たせたな……変じゃないか? 我なんかがこんな上等な着物、似合ってないだろう?」
「まあ。リューちゃん、そんなことないです。素敵ですよ! リューちゃんは、もっと自分に自信を持って良いと思いますわね」
そう言う叶の姿は、リューリアの着物の帯と対になる白い着物。そして帯はリューリアと同じ生地で作った青い帯。
ちょうどお互いの色を入れ替えた着物姿に、待っていた店主はニコりと笑顔を浮かべると、リューリアと叶、二人に向かい写真をさっそく撮るかいとカメラのレンズを変えながら伝えて来る。
パシャ、パシャと数度フラッシュが焚かれ、仲良く並んだ二人の写真が撮られる。
デジタルカメラ主流の現在、写真はその場で確認が出来る。そして色調補正も簡単に出来るのがプロのカメラマン。
青はより鮮やかに、白はより透き通った色に調整すると、プリントアウトしてくれる。
「別嬪さんたち、良ければ店のショーケースに飾っても良いかい?」
「叶が良いなら、我は構わんが……」
店主の問いかけに、リューリアは叶の方を見る。彼女は勿論構わないですの、と笑顔で告げた。
写真を撮り終えた二人は、写真を飾らせてくれたサービスとして目的の神社まで店主の車で送ってもらう。
「ありがとうございましたの」
「……ありがとう、だ」
店主にお礼を告げ、参道を歩くリューリアと叶。リューリアは着物姿を自然に振る舞う彼女の姿に、驚きを隠せない。
「叶の着物姿はよく似合っているな」
「そ、そうですの? リューちゃんも似合ってますわ」
そう答える叶に、リューリアは首を横に振るう。
「ううん、我は着物に着せられているだけ……そんな我と違って、ごく自然に振舞っていられるのも凄いな」
そう素直に称賛され、照れる叶に、リューリアは意識的に視線を逸らして言葉を続ける。
「それに……また一段と綺麗になっているな」
「リューちゃん……」
頬を染める叶は、ふふっと笑みを浮かべるとちょっと意地悪をしたくなる。
「今度は、ちゃんと私の眼を見て、言ってくださいね? 来年までの宿題です」
そう言われ、宿題は嫌だな……と頭を掻くリューリア。そんな彼女を、折角セットした髪が崩れちゃいますと叶は慌てて止めるのであった。
そして彼女たちもやがて参拝の順番が来る。
「(願い、か……我の願いは……)」
そう考えたリューリアは、叶の夢……服飾デザイナーが実現に近づければ、と真剣に願う。
この事件の解決も考えたが、それは自身で叶えること……だが、叶の夢は、巡り合わせなどもある。それが上手く行くように、とリューリアは願った。
一方の叶が願ったのは、リューリアの無事……一緒に戦闘には行けない。だからこそ無事を願わせて欲しい、そう叶は祈るように願う。
「リューちゃん、何を願ったんですか?」
「……内緒だ。それよりも叶。今年もよろしくだぞ」
叶は、リューリアが願いを教えないことに安心しつつも、告げられた新年の挨拶に、こちらこそ応援していますわね、と答えるのであった。
着物姿でお参りをしていたリューリアたちを羨ましそうな目で見ていたのは、エアリィ・ウィンディアだ。
何時もの青いブレザーとスカート、それに青いコートを纏いながら、初めて見る日本の着物、それも青い着物の美しさに目を奪われる。
「いいなー、和服? 着物? っていうのかな? 日本の風習だからそういう服も着たかったけど、ダンジョンに行くからさすがに断念だなぁ……今度、いつか絶対着よっと!」
羨まし気に着物姿の二人を見送ると、エアリィは神社を見る。
「へぇ、リゼットさんに聞いていたけど、偉いご加護……ということは神様の力が強いのかな? やっぱり気になるし、ここはお参りしてからダンジョンが正解かな?」
この神社の祠には強い力があると言う。目的はその奥に出来たダンジョンなのだが、彼女は折角なので、その前に神様のご利益にあやかろうと考えた。
「と、言うことで、お参りにきましたっ!」
出店の甘いプリンやプリンたい焼き、プリンどらと言った甘味や口直しの甘酒による誘惑を目一杯堪能しつつ、エアリィは神社へと参拝する。
さて、何をお願いしようかなぁ……と考え、彼女はパンパンと手を叩く。
「(やっぱりここは……お母さんやみんなと何時までも楽しく過ごせましょうに……)」
うむうむ、これかな? とお願いごとを伝えると、神様にどうぞよろしくと礼をするエアリィ。
ダンジョン巡りの安全祈願は、御守りを授けて貰えば良いかなと、今回は今一番のお願いを優先した。
そんな彼女の前に、巫女服姿の明星・暁子が現れた。
「何についてお祈りしましょうか……無病息災? 現世利益? それともやはり、人々が幸せでありますように……です」
祠の前を舞台に、白衣に千早、緋袴で舞う暁子の姿はとても美しく、嵐と衝動を見ている者に与える。
「綺麗……」
エアリィが思わず口にするなか、暁子は舞を続ける。神楽舞。その祈りは通常の三倍……神に届けと見せ付ける。
「ふぅ……お粗末様です」
「凄い凄いーっ! 素敵な舞だったんだよ!」
汗を掻きつつ、舞を終えた暁子に、エアリィを始めとする参拝者たちの称賛の声が上がり、また御捻りではないがお賽銭が撒かれるように飛ぶ。
「わたくしは心を込めて舞っただけ……正義の心が、わたくしを呼んだだけです」
「正義の心? はよく分からないけど、素敵だったんだよ! それにその服も……」
エアリィは暁子の着る巫女服に興味があるようで、羨まし気に見る。
「……着てみますか?」
「いいの!? ぜひ、ぜひっ!!」
暁子の申し出に、一も二も無く飛びつくエアリィ。ウキウキとスキップを踏むエアリィとそれを微笑ましく見る暁子。
二人は並んで社務所に向かうと、巫女の一人が奥の控えの間にエアリィサイズ……一番小さな巫女服を用意してくれる。
スカートを落とし、上着を脱いだエアリィは、暁子に手伝って貰いながら白衣をまず纏い、緋袴に脚を通す。
最後に千早を纏い、可愛い巫女と美人な巫女の二人が並ぶ。
「わぁ、これも和服……巫女服? 素敵っ!」
「喜んでもらえてなによりです……では、一緒に舞いましょう」
次はダンジョンで……そう暁子は告げる。
「そうだね! 御参りもしたし、巫女服も着れたし、今からダンジョンへレッツゴーだね! がんばるぞーっ!!」
そう拳を上げるエアリィに、パチパチと拍手をする暁子なのであった。
新年のお参りは済んだ。神様は祈りを叶えてくれるのか、それとも自分自身の力で叶えるのか……それは来年になるまで分からない。
だが、次にやらなくてはならないことは、参拝客に被害が出ないように、秘密裡にこの神社に発生したダンジョンの核を破壊しなくてはならないと言うこと。
まずは、ダンジョンに巣食うモンスターが溢れ出さないよう、倒さなくては……新たな年を迎えた√能力者たちの戦いが始まる。
第2章 集団戦 『エンジェル・フラットワーム』

●モンスターを溢れさせるな!
初詣客で賑わう祠に大きな胸を揺らして駆けて行く者が居た。ユナ・フォーティアだ。
彼女は足早に参拝を済ませると、ダンジョン突入を待っていた√能力者たちのところへと向かう。
「あけおめ! ちょっと初詣に遅れちゃったけど、まずは新年の挨拶だね!」
あけましておめでとう! そう声を揃えてユナに返してくれる仲間たち。
そうしてダンジョンの中を進んでいくと、そこには薄い身体のピンク色をしたハート模様のような敵……『エンジェル・フラットワーム』の集団が見えて来た。
「あれがエンジェル・フラットワーム……見た目とは反して、怖い能力を持っているようだ。そんなのに叶たちの所に向かわせる訳にはいかないぞ」
着物姿から着替えた雪願・リューリアが可愛らしい見た目に惑わされないようにと参戦した√能力者たちに注意を促す。
「祠はまだ壊されてはないですが……ダンジョンから溢れたモンスターで祠に何かあった後は、祟りのお時間! おま祠案件です」
四条・深恋も、リューリアの意見に同意する。ここは人海戦術で行くしかないと彼女は告げた。
「ふむ、舞を理解してくれる相手ではなさそうだ。遠慮なく行かせてもらおう」
スルリと巫女服を脱ぐと、重甲冑に身を包み、背丈二メートルの怪人へと変身する明星・暁子の姿に、みなゴクリを唾を飲み込む。
「お参りの気分もばっちり楽しんだしっ♪ それじゃ、行きましょうか……全力でっ!!」
最後に精霊銃を左手に構えたエアリィ・ウィンディアがその銃を掲げると、√能力者たちはそれぞれの獲物や拳をエアリィに重ねる。
「新年一発目! ふぁいと、おーっ!!」
おーっと言う掛け声と共にそれぞれに駆け出す√能力者たち……ダンジョンのモンスターから参拝客を護るための戦いが、始まろうとしていた。
まず最初に飛び出したのはエアリィだ。左手の精霊銃で乱れ打ちしての牽制射撃。
そこに暁子が合わせるように召喚したヘビー・ブラスター・キャノンから放つ【ブラスターキャノン・フルバースト】で仕留めていく。
「……しかし、うすっぺらい敵だね~。パッと見、あんまりわかんないよねー」
「ですが、こちらを襲って来るだけの知能はあるようです」
その瞬間、暁子の真後ろに出現したエンジェル・フラットワームは、その口? を広げて彼女を丸のみにする。
「暁子さん!? よくも……」
エアリィが√能力を発動しようと精霊の力を収束し始めたその時だ。暁子を飲み込んだエンジェル・フラットワームが内側からボコボコと膨らんでいく。
そして……限界を迎えたのか、エンジェル・フラットワームの体内が破裂するかのように引き裂かれると、大量のヘビー・ブラスター・キャノンを召喚した暁子が引き裂かれた腹から出て来る。
「起動力と命中値が下がりますが……交わせない状態なら問題ありません。さぁ、恐怖して貰いましょう……さあ、次に吹き飛ばされたいのはどいつだ!?」
身長二メートルの重甲冑がゆらりと動くと、エンジェル・フラットワームが怯えたような動きを見せる。
その隙を見逃す程、エアリィも甘くはない。
「心配したんだよ、バカっ! ……でも無事でよかったんだよ。それじゃ、世界を司る六界の精霊達よ、銃口に集いてすべてを撃ち抜く力となれっ!!」
エアリィの言葉に、ちょっとだけ罰が悪そうにしゅんとする暁子。そんな彼女にクスリと笑みを零し、エアリィの√能力が発動する。
「六芒星精霊速射砲! まとめて撃ち抜くっ!!」
【六芒星精霊速射砲】……火・水・風・土・光・闇の複合六属性の弾丸を射出し、敵を撃ち抜くと同時に味方に精霊の加護を与える√能力。
「敵の攻撃回数が多いからね。これでみんなの力になった筈!」
そう告げるエアリィに、仲間たちからのサムズアップが掲げられる。それに応えるように、彼女はピースサイン……勝利を誓うブィサインを掲げるのであった。
一方、加護を得てサムズアップをしたユナは、対ドラゴン戦闘に特化した形状の、無骨で巨大な剣型竜漿兵器『ドラゴン⭐︎ブレイド』を構えると、切っ先を地面に擦りながら一気に踏み込む。。
「それじゃあユナ、新年早々から気合いMAXだぜぇーっ! ボッコボコにしちゃうぞ〜!!」
放つのは【ドラゴン⭐︎ラッシュ】……命中する限り続く怒涛の連続攻撃に、一体のエンジェル・フラットワームがまるでビリビリと破いた紙片のように千切れて舞い散り、そして焼却される。
「ふぅ……コレが本当の初日の出ならぬ発火の出、だね⭐︎」
火炎攻撃でエンジェル・フラットワームを焼き尽くしたユナの背後から、別な敵が大口を開け迫る。
それを見た深恋が三十三体の分身……【写し身】を出現させた。
「囲んで叩く。これこそ、古来より伝わる最強の戦法ですよ」
そう告げる深恋がスリーマンセルでユナを襲おうとしたエンジェル・フラットワームを取り囲み袋叩きにする。
別な場所でも、ボコボコと音が響くかのように……いや、彼女は暗殺者なのでそこはスマートに。一人を囮にして残り二人で止めを刺していく。
「万一にも私たちが敵に抜かれるとまずいですし、ここはやっぱり人海戦術です。幸い、お祈りと観光パワーで充電はバッチリ! さーて、新年一発目のお仕事、頑張りますか!!」
分身たちと共に戦場を翔る深恋に、そのパワーを活かし圧倒するユナ……そんな二人の姿を見たリューリアは、支援することに特化しようと心に決める。
そんななか、彼女に向かい薄っぺらい身体を活かして這い寄って来たエンジェル・フラットワームの姿に、深恋とユナが声を上げる。
「大丈夫だ……ごくありふれた√能力だけど!」
そう言って√能力……【位置強奪】を発動させるリューリア。
彼女の姿は視界内のインビジブルと位置を入れ替え、襲い掛かったエンジェル・フラットワームの身代わりにする。
するとインビジブルに触れたエンジェル・フラットワームはダメージを受け倒れる……。
「我と敵や味方の位置を入れ替えれれば良かったんだがな……あまりやった事の無い戦い方ではあるが、こう言った戦い方も出来る」
空中のインビジブルと位置を入れ替え、エンジェル・フラットワームたちの周りを素早く移動するリューリア。
エンジェル・フラットワームたちはまるでリューリアの残像に攻撃し、ダメージを受けていく。
そして、何時しか全てのエンジェル・フラットワームを狩り尽くした√能力者たちは、このダンジョンの最奥へと足を踏み入れる。
そこにはこのダンジョンのコアとなるモンスターが待ち受けていた。
第3章 ボス戦 『パフェ・スイート』

●ダンジョンボスの甘い誘惑
ダンジョンの最奥……そこには甘ーい香りが漂っていた。
「なんだか美味しそうなのを持っているモンスターなの? でも、倒さないといけないみたいだから遠慮なく倒させてもらうのよ?」
そう告げるのは、ねこのぬいぐるみを持つ紗影・咲乃。だがそんな彼女に雪願・リューリアはいきなりの攻撃は控えるように告げる。
「ああ見えてもダンジョンのボスだ……見た目ほど油断は出来そうにない相手だぞ」
「そうなの?」
咲乃が首を傾げるのも仕方ない。ダンジョンボス……『パフェ・スイート』の見た目は青いエプロンドレスの可愛らしい少女。そして手には名前通り先端がパフェのようになった杖を持っている。
とても強そうには見えないのが第一印象であろう。
「……なんかおいしそうだけど、べとべとしそうな相手だなぁ~。それに、スイーツは武器じゃないんだよーっ!!」
そう息を上げるのはエアリィ・ウィンディア。甘い物大好きな彼女としては、スイーツを武器にする『パフェ・スイート』が許せないのだ。
「確かに見た目が甘そうで可愛らしい子ですなぁ〜…って感心してる場合じゃないや!」
ぐっ、っとユナ・フォーティアが拳に力を入れながら叫ぶ。
「兎に角、新年を迎えて今年も幸せに過ごす参拝客の皆の為にも、気を引き締めてやっつけないとだね★」
そう、甘そうな見た目ではあるがダンジョンボス。ユナの言う通り、このままにしておけばダンジョンの外の神社に詣でている参拝客に被害が出てしまう。
気を引き締めなくてはならないのだ。
「しかし、本当においしそうな感じの敵ですなぁ……決めました、帰りにデザート買って帰りましょう。うん!」
そう女子高生らしく気合いを入れたのは四条・深恋……彼女も今時の女子高生、甘い物と可愛い物には目がないのだ。
それは怪人とは言え、普通の女学生の姿を借りる明星・暁子も同様だったらしく、重甲冑の姿でも首を傾げる。
「パフェ・スイートか……正直、旨そうだという感想しか湧かんな。だが倒すべき敵だ」
「それじゃ、美味しいデザートを味わうために、程よく運動しましょうかね!」
深恋がそう言うと、戦闘態勢を取る√能力者たち。√EDENに流れ着いたダンジョンを巡る最後の戦いが始まる。
最初に飛び出したのはリューリアだ。支援攻撃を主とする彼女が、まずはパフェ・スイートに呪いを掛ける。
「甘い物を食べるなら帰ってからだ……その際は叶も誘うとしよう!」
地上で待っている幼馴染のことを想いながら、リューリアは強力な磁力と回転力により、電気を生み出しながら、自在に飛翔する自律式機械剣『ヴォルテクスブレイド』で攻撃する。
その刃は周囲で一番破壊力のある物……√能力である【オーメンスフィア】の効果が付与され、魔性の力で回避力を低下させるオーメンの呪いを与える。
「攻撃能力は高い相手だし、その動きを弱らせるとしよう。我の刃に続くのだ!」
そう叫ぶリューリアに、精霊銃持ちの咲乃とエアリィが援護射撃を行う。
「咲乃と戦って? なのよ? 倒したらその美味しそうなの食べてもいい?」
「あたしは甘い物は好きだけど、べっとべとはやだーっ! 後で洗わないと……!!」
美味しそうなシュークリームの爆弾攻撃に咲乃がそう言うと、続いて来るソフトクリームのミサイルの直撃を受けたエアリィが、マントが食べたベトベト跡に悲鳴を上げる。
「あああっ……もう、クリーニング代、払ってもらうからーーーっ!!」
そう言ってエアリィが放つは、六芒星増幅術精霊斬……右手で構えた精霊剣『エレメンティア』に、火・水・風・土・光・闇の精霊たちの力を纏わせた六芒星精霊収束斬は、大きくパフェ・スイートの身体を斬り裂く。
「咲乃も続くの! ねこちゃんお願いなの! あのボスを撃ってなのよ?」
咲乃もクリームで頬を白く染めながら、召喚したねこのぬいぐるみの口よりビームを放つ……√能力、【ねこちゃんビーム】は、パフェ・スイートを弾け飛ばす。
だが、その一撃は微弱な物……ダンジョンボスであるパフェ・スイートは、甘い香りと共に立ち上がる。
「倒せなかったの……」
「大丈夫、片付かなくてもみんながいるからっ!」
しょぼんとする咲乃を慰めるエアリィに、攻撃が来ますよとリューリアが声を掛ける。
再び襲い来る甘い香りの攻撃に、三人はべとべとになりながら回避するのであった。
√能力者たちとダンジョンボス、パフェ・スイートとの戦いは佳境を迎えていた。
「私は明星・暁子……推して参る!」
敵を前に堂々と名乗りを上げるのは、黒い重甲冑を着込んだ鉄十字の怪人モードの暁子……愛用の超重量型のヘビーライフル、『ブローバック・ブラスター・ライフル』を構え、随伴する『半自律浮遊砲台・ゴルディオン』1~3号機と共に一斉射撃を行う。
「援護は任せるんだ、あなたたちはパフェ・スイートの元へ!」
そう叫ぶ暁子は、さらに追撃とばかりに√能力を発動させる。
「ふーしーぎ、まーかふしぎ、どぅーわー」
パフェ・スイートの脳を侵食する洗脳ソングが流れる。【不思議摩訶不思議魔空間】を聞かされたパフェ・スイートと、歌っている暁子は、まるで物語の世界に入ったようになる。
そこでは自らの甘味でブクブクと太り、豚さんになってしまったパフェ・スイートを、ブラスターライフルで狩る暁子の姿があった。
「自分の可憐さに酔っている敵には、この幻覚は応えるだろう?」
甲冑の奥で暁子の眼がキラリと光る……だが豚になったパフェ・スイートは、地団駄を踏むように暴れると√能力者たちへ向かい、まるでゼリーの上に乗せられたかのような、局所的な地震を起こす。
「そうはさせないんだよ!」
背から伸びるオレンジ色の『ドラゴンウィング』を羽撃たかせ、空中に舞い上がったユナは、地震の震源地に向かい右掌を突き出す。
【ルートブレイカー】……右手で触れた√能力を無効化する√能力。彼女が√能力を発動させた瞬間に、仲間たちを襲っていた深度七クラスの揺れが嘘のようにピタっと止まる。
「悪い子は地獄の業火以上の火力で跡形も無く焼き滅ぼしちゃうぞ★ ガオーーーッ!!」
人間の姿に墜とされたとは言え、ユナはドラゴン……吼える姿に怯えるパフェ・スイートは、恐怖心からか全体に向けてシュークリームの爆弾を投げようと構える。
だが……その瞬間、その背から胸を突き破り、包丁の切っ先が突き出される。
「まぁ、そうは言っても正面からやるのは私の流儀じゃないんで……不意打ち、闇討ち、なんでもやりますとも」
驚愕の顔を浮かべ背後を見やるパフェ・スイートの眼には、使い込まれた包丁『無銘』を手にした深恋の姿が。
後の先を取る√能力、【瞬斬】でパフェ・スイートの胸を、心の臓を貫いたのだ。
「今は頼れる仲間たちがいますからね……ひっそりと、確実に。一番ラクなやり方でやらせて貰いました。新年一発目のお仕事、完全成功で終わらせますよ!」
そうパフェ・スイートへと告げると、包丁を引き抜き光学迷彩で姿を隠す深恋。
そこに、仲間たちの一斉攻撃が放たれ、パフェ・スイートは倒されたのであった。
「楽しい楽しい祟りの時間もこれで終わりです。後はスイーツタイム!」
ダンジョンボスであるパフェ・スイートを倒したことで、√EDENに流れ着いたダンジョンは消失する。
帰ってデザートを食べようと深恋が声を上げる。
「……あまり食べ過ぎて、豚さんにならないようにですよ?」
女学生の姿に変身した暁子が、食べ過ぎには注意だと告げると、深恋はウっと焦る。
「美味しそうなの、食べれなかったの……シュークリーム、食べたいの?」
甘そうだったパフェ・スイートの持つ杖を味見出来ず、咲乃は残念そうに呟く。
深恋と暁子が慰めるように彼女の頭を撫でながら、その分神社の露店でデザートを食べましょうと誘う。
「ふぅ、おわったけど……このべとべと、どう説明しよ」
「確かに……我もお主もボスのシュークリームやソフトクリームでベトベトだな。外に出る前に綺麗にしないとだな」
青いマントも服もスカートも、パフェ・スイートの攻撃でべとべとになったエアリィが裾を摘まんであちゃーと言う顔をすると、リューリアも水場があればべとつきを流したい……そう同意する。
とりあえず二人はハンカチでお互いを拭い合うが、拭くのにはとても間に合わない。着替えを貸して貰うしかないかなとため息を漏らす。
「新年からそんな暗い顔をしないの! 着替えもデザートもなんとかなるんだよ、笑顔笑顔★」
そう前向き思考で告げるユナ……その笑顔に、確かになんとかなるかとエアリィとリューリアたちも笑顔と元気を取り戻すのであった。
こうして、とある街の神社を襲う悲劇は免れた。だが、新たなダンジョンがまた生まれようとしている。
それはまた、別のお話……。