シナリオ

⑮振盪するアクアマリン

#√汎神解剖機関 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦⑮

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 #√汎神解剖機関
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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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●泡沫
 機械仕掛けの神が存在するのであれば、デウス・エクス・マキーナが望まれているのであれば、この|異常事態《イレギュラー》は混沌を招く為の悲劇だろう。新たに|王権執行者《レガリアグレイド》として選ばれた『エレクトリック・マーメイド』は否定を叩きつけた。されど王劍『|縊匣《くびりばこ》』は彼女の隙を逃さない。たとえ、撃退されたのだとしても――呪いのように、彼女を狂わせる事に成功したのだ。
 哀れな人魚姫は――魔女に唆されたかの如くに――瞳を傷つけられたのだ。突き刺さった欠片が彼女の精神を侵し、冒し、遂には発狂めいた状態にまで堕としてみせた。視よ、泡沫のような精神だ。いよいよ、綺麗に、歌えない。
 たす■て、おう■様!
 たす■て、おう■様!
 ■■■■、お■■様――!
 電子の藻屑とされるよりも前に、嗚呼、王子様のキスで目覚めたい。
 そんな淡い思いすらも消え失せそうで、嗚呼、頭の中が、ひどく刺々しい。

●契約
「ふぅむ。人魚姫は誰と、どのような契約をしたのだったか。兎も角、予兆の通り、君達には『エレクトリック・マーメイド』の相手をしてもらいたい。そうそう。今回の戦いは非常に特殊でね。出来れば、Ankerにも協力してほしいのさ」
 星詠み、暗明・一五六はぺらりと絵本を捲ってみせた。
「今の彼女が『縊匣』の所為で錯乱状態なのは知っているね。まあ、それも大事なのだが。彼女は常に電子の泡を纏っている。泡は『自動的に√能力者』を攻撃するようなのさ。わかるだろう? √能力者だけなのさ。まあ、如何にか出来るなら、対処してみたって構わない」
「さて、この戦いを制したならば、我々は『縊匣の欠片』を入手できる。その情報の『大きさ』とやらはわかるだろう。では、せいぜい、泡にならないよう気を付け給え」

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第1章 ボス戦 『エレクトリック・マーメイド』


 悲鳴――絶叫――錯乱――滂沱――縊匣の欠片が瞳の刺さり、結果、人魚は狂気に苛まれた。王子様を求める声も、助けてほしいという声も、最早、電子の海の底、怠惰をしている。楽園へと身投げをした彼女は泡沫を身に纏い、近づいてくる√能力者どもを自動的に攻撃しようとしてくるだろう。もしも、君が能力者でない場合は、泡沫はやってこないのだが。
 兎も角、エレクトリック・マーメイドを、アクアマリンを、振盪から救ってやらねばならない。救済の意味についてはこの際、考えないものとする。■■■■、■■■■、■■■■……! いよいよ、咽喉が裂けてしまいそうだ。最も痛んでいるのはアクアマリンだと謂うのに。
澪崎・遼馬

 二本足であろうとも、三本足であろうとも、オマエの役割は変わらない。玄関先で立ち止まるのも、玄関前で立ち止まるのも、塞がってやる事、同じなのだ。たとえば、泡のように喪失したとして、この物語には先がある。
 すべてを読み解き、それでも尚、望むのであれば。
 魔女の掌の上で踊ってくれるといい。
 波に攫われ、地に招かれ、己の身体の重さを知ったお姫様は何処までも、彼方までも、縊り殺されそうな有り様だった。或いは、縊死の途中、無理やり縄を奪い取られた志願者のように、苦悶するサマはまったくいとおしい。いいや、そんな気持ちなど、澪崎・遼馬、フリークスを壊すかのような冗談を抱いている筈がない。苦しんでいるのなら、藻掻いているのなら、たとえ敵であっても、簒奪者であっても、王権執行者であっても、助けたい……いや、そんな綺麗事を謂うつもりはない。無論、王子様とやらに、お姫様へキスをする役者とやらに、なってやるつもりもない。ただ……これ以上……。一般人を、人間を、人類を斃させてはいけないのだ。被害にやられるのはいつも、いつも、罪のない彼等、彼女等なのだ。人命を救う為に必要だというのなら、最短で、最速で、助けてみせよう……。化生に対して化粧を施してやる暇はない。お道化るかのような泡沫の最中、鴉は何を認めたのか。
 邪魔だな……暫く大人しくしていると良い、直ぐに終わらせるゆえ。
 面白かった、その程度の劇とやらで、成程、世界を歪ませてくれるのも悪くはない。不意に出現した|仮死の棺《アッシャー》がゆっくりと電子を埋葬していく。路は拓けた。されど、未曾有とやらは、人魚の肉とやらは残されている。悶え、苦しみ、俎板の上の鯉よりも患っているのか。声なき声が、情念の中の情念が、愛情そのものが|主人公《ヒロイン》を再構築していく。投げやり、いいや、投げ槍のようだ。カルメンを逆さにしたかの如く。反転してこれは祝福、読者からの賛美に違いない。
 虚を薙いだ。
 目と目が合った。合言葉を、愛している、の、一言も要らない。
 破片を取り去ってやれ、早すぎる事など『ない』のだから。

プレジデント・クロノス

 嗤笑する|縊死《意思》に隙を突かれ、憑かれたのかと疑うほどに場は混沌を醸していた。一枚、一枚、肉を削ぎ落とされる感覚に等しく、そう思惟してしまえば、人魚姫の痛痒も理解できそうだ。兎にも角にも、今回も、彼は如何やら彼のスタイルを貫き通すつもりに見えた。私は、エンターテインメント系大企業、PR会社『オリュンポス』のCEO。本日は業務のついでに神田郵便局に寄っている。インボイスの発送は未だに現物での提出を求める企業もいるようだが……こういうことは、事務方がやるべきなのだがな……しかし、こうもパシられていては、馬車馬のようでは、まるで私のフットワークが軽いみたいじゃないか。自分で説明しなくても、口にしなくても、十分に軽いようにも思えるのだが、それより。目の前で死の如くに、狂気の如くに踊っている彼女を視よ。ふむ、ところで、あそこの彼女は……人魚のコスプレかね。真に迫っているようだし、どこかの劇団の宣伝だろうか。或いは、路上パフォーマンスの……中々の演技力の人物だな!
 プレジデント・クロノスの怪物性、それは人間精神の権化と謂えた。仮に、彼女がセイレーンで、歌っていたとしても、オマエは拍手をする程度と考えられよう。しかし、あぁも役になりきり過ぎていて、あのような叫び声では、咽喉にも宜しくないし、何より、周辺の迷惑になりかねないのではないかね……あぁ、なるほど。周囲が泡だらけのようだし、演出機材の破損トラブルか、演出のきまぐれでパニックを起こしているのだろうな。……プロの役者が? いや、きっと、そうなるほどに切羽詰まっていたに違いない。さて、オマエには泡とやらは飛んでこないのだが、其処に飛び込んでいくとは如何様な沙汰だ。答えは簡単。ぶん殴り……その衝撃波で、泡という泡を四散させた。
 君、落ちつきたまえ、まだ、泡になるのは早いのではないかね? お■■様……わ■■は……■■■様……■う■……手■……! エレクトリック・マーメイドの嘆きが、狂乱が、ようやく目に映った。……よく見たら瞳に何か刺さっているな……医者ではないが、この程度なら……。火中の栗を拾う。熱さも冷たさも男にとっては空気に等しい。
 抜いておいた。さあ、思う存分、稽古に励みたまえ。

紫水・日日日

 決して、見てはいけないと、蓋をされた宝石の名前は『なに』だったのか。絶対に、覗いてはいけないと、封じられた宝石の色は『どのような』ものだったのか。その蓋を、その封を、解いてしまうかのような雰囲気とやらに、刹那、この場は抱擁された。ああ、ああ。|私《むらさき》は悲しい。|私《むらさき》は悲しくて、悲しくて、めまいがするのです。一途な乙女がこのようにして、人魚のお姫様がこのようにして、卑しき剣の残り滓に弄ばれるなど――縊匣にとって、この蔑みは、あまりにもナンセンスなのかもしれない。そもそも、武器なのだ。まさか、剣が、人間精神とやらを理解できる筈がない。いいえ、もしかしたら、それを知っているからこその振る舞いなのかもしれません。そうした場合、|私《むらさき》は、縊死を|教唆《すす》める卑怯者を、野放しにはできそうにありませんが……。兎にも角にもフリークス、哀れなマーメイドの泡ブクから身を守るのが先決か。
 では……|私《むらさき》は、久方振りに、開いてみるのも、悪くはないでしょう。ええ、もちろん、全ては言葉遊びに過ぎません。それを『擬』で以て、倣うのです。私は砕け、その度に『泡』もはじける――見ての通りだ。知っての通りだ。だってあなたも、私も、欠け身の異能者なのだから! まったく|奇形《フリークス》な身振り手振りだ。舞台上で焼きついたアドリブ合戦が如くに。見てください、この輝きを。思い出して、貴女の見るべき本当の未来を。翠色の触手が蠢動しようとも、狂気が犇めき合っていたとしても、選ばれた彼女。放棄する権利だって有している筈なのだ。
 真っ赤な靴でも、白いウサギでもない。
 貴女が求めるのは、王子様なのでしょう?
 どうか思い出して、貴女の求めるものを――。
 最早、言葉が出ない。只、泡を吹いている。泡を吹いて、瞳が震え、地へと落とされた蝋が如くに。……わかりました。握り締めた|拳《むらさき》、この水晶。狂気の原因へと小突いてやれば、ぎらり、破片を盗んでいく。それとも、|ばけもの《むらさき》とのキスがお望みですか、お寝坊さん? 沈黙するマーメイド。
 愛を確かめ合う必要性もない。

ディラン・ヴァルフリート

 魔法の絨毯は売り切れていた。
 嘲笑ってくれたのは小さな、小さな、石だろうか。意思の代わりに、意志の代わりに、縊死のように、ゆっくりと咽喉へと触れてくれる。まるで、妖精のように纏わりついた幻想は、妄執のように、果てのない地獄を表現したのだ。"王子様"ですか……貴女のそれは、欠けているが故なのか。それとも――。成程、まったく解せないおはなしだ。もしも、王子様とやらが欠落なのであれば、√能力者、簒奪者、王権執行者に希望などない。果たしてその渇望は何を見せてくれるのか。兎も角……此度も演じてみるとしましょう。そうとも、これは絵本の中のような沙汰なのだ。悪い魔女が、悪い得物が、只、獲物に喰らいついただけの展開に過ぎないのだから。蠢いた翠色の艶へ、如何か、オマエを向けてくれ。
 ■■■様、■■■様、ど■か、わ■■を、連■■……! 微弱な旋律が、錯覚の連鎖が、震わせたのは肌か鼓膜か、もしくは脳髄か。何であれ"王子様が救いに来た"のだ。エレクトリック・マーメイドは刹那の内の正気に触れる。ええ、無視できる貴女ではないでしょう。たとえ、これが大嘘の類だとしても、泡沫だとしても。錯乱は秒ほど止んで、ゆったりとした泡のはじけ具合。この程度の量であれば、世界、断っておく必要すらもないほどか。僕が、油断をしなければ、まったく問題ありません。真正面からの接近を試みてくれ、王子様。仮面を被る事には慣れているし、何より、このマスカレードはおもしろい。
 ――迎えに上がりました、我が姫君。
 貴女をずっと、探していた。
 やけに冷たい身体であった。やけに冷たい存在であった。痛みや痒みも、ないわけではないのだが、しかし、舐られた程度の傷なのだから、甘んじておくのも間違いではない。さて、このまま王子様らしく攫ってしまってもよいのですが……。摘出してみせた縊匣の欠片。この鋭利な埃を如何様にして、処理すべきか。とりあえず、正気に戻ったなら……騙されぬ事をお勧めします。……しっかりと、目を開いて、震えないように。

瀬条・兎比良

 魔性の女というものをオマエは知っているのではないか。
 ファム・ファタールの価値観というものをオマエは見てきたのではないか。
 絡みついた言葉のひとつひとつ、場面によっては暗くなるのだ。
 ――筆舌に尽くし難い、この、灰を被るかのような愚行。
 簒奪者の一切合切が『罪深い』のかと問われれば、成程、オマエは立場上、頷く事しか出来そうにない。されど、たとえ、罪人だったとしても、救いのない結末とやらだけは避けておくべきなのではないか。パンドラの甕を開けてしまった個人に対して、ああ、底を覗く権利は無いと、堂々と宣言できる人間はいない。契約を拒絶した人魚の末路……というには些か狂気じみていますね。縊匣の契約とは単なる隷属、教唆、不履行で当然です。しかし、王子様とやらを請うのも結構ですが、まずは現実を視ていただきましょう。少年少女の精神の儘、成長していく。そのような幻想については、最早、拭ってやる事も難しいか。
 泡が厄介である事に変わりはなく、それは、サイボーグにとっても同じこと。ええ、私は、徹底的に、接近は避けるつもりです。犯人逮捕に必要なのは、如何に、冷静に、対処できるのかだと私は考えていますので。周辺、射出してやった弾丸の群れ。仮に、これを魔法とするならば――カボチャを穴だらけのチーズに変身させるほどか。地へと落ち、満ちるかのようなハシバミがシャボンの園を侵蝕していく。では、失礼して……。海を割るよりかは楽なものだ。隙間を見つけた刹那の内に、見逃さず、偽りの瞳を開いて――徹底的に、撃ち込む。
 正気を苛むほどに咽喉が潰れてなお、物語の人魚は誰も傷つけなかった。一方で、今の貴女には風に招かれる資格がない。……そん■……■ん■……お■■様……たす■て■れな■……い■い……■た■……! 高潔な想いが僅かでも残っているのなら、それは三百年分の贖罪に値する筈。見届けましょう。
 絵画に焦がれているのか、何者か。
 生涯、雨は止まないと謂うのに。

朝見・結那

 狂気に陥った彼女を――縊死へと導かれそうな人魚姫を――助けるのであれば、まず、自分自身を確りと保つ事が大前提か。もしも、狂気が感染するのだとしたら、それを予防しなければ始まらない。成程、総てが反射的なのであれば、反撃なのであれば、いっそ、攻撃的にならなければ良いのだ。朝見・結那の前向き精神こそが彼女を救うのに最も相応しいのかもしれない。ええ、私が仕掛けなければ、私が、私をしていれば、射程に入らなければ平気ですね! まったくハイカラな服装で戦場を横断せよ。これが生き急いでいる魂の輝きか。
 てくてく、てくてく、まるでお散歩コースをいく貴婦人。今日も私は頑張りますし、それに、とっても晴れているよう。泡への対処法については、視よ、ちっぽけな魔除けの鈴くらいしか持っていないが。しかし、オマエに√能力はない。ええ、きっと、私は平気……平気だから、ここで、立ち止まるなんてことはできない。それにしても、ひどく震えてはいないか。いや、仕方のない事だろう。一歩でも違えればオマエは絶対に死ぬのだ。……こわい。でも、この感情を抱いているのは、相手もそうでしょうから。目と鼻の先、蒼白同士でお顔を合わせたのならば、アクアマリン。その振盪とやらに言の葉をあてよう。
 どうか安心してください、人魚さん。私は、あなたを助けたいんです。私は、あなたを救いたいんです。王子様なんて柄ではありませんが。エレクトリック・マーメイドの悲鳴。断末魔よりも圧迫感のある、おそろしい、セイレーンを彷彿とさせるノイズ。ほら、武器もありませんよ? 帽子を持ち上げ、左右させ、上下させ、何も隠し持っていない事のアピール・タイム。されど、狂気は『いま』を隠し、人魚姫は泡を吹いた。
 あなたの王子様がどんな人なのか。
 良ければ、私に聞かせてください。
 わ■■の、お■■様は……お■■様……は……あ、■■……どん■……? 頭痛にでも苛まれたのか。人魚姫は頭を抱え、ぷるぷると震え出した。まるで、記憶喪失めいて、欠落めいて、一切を思い出せていないような。……無理に思い出す必要はありません。今は、王子様が『いる』ことに、集中してください。大丈夫。あなたには、ちゃんと、王子様がついているのですから……。狂気は薄れたのかもしれない。しかし、これは、救いのないお話ではないのか。いいや、ハッピーエンドだけが重要なのだ。根性だけは、誰にも、負けてはならない。
 私にもいますよ、王子様。他人の心を覗けるのに、私の片思いには全然気づけてない、それでもいつも優しい王子様が! でも、きっと、助けを待つだけでは足りないんですよ。あなた自身が、あなたの心が、狂気に抗うことが必要です。眠っているだけでは、真に、接吻など出来はしない。その欠片、自分で抜いてみませんか?
 潰れないように、慎重に、アクアマリンを取り戻すべく。

四之宮・榴
和田・辰巳

 一種の忘我こそが――数多の忘却こそが――人類全体を救うのであれば、汎神解剖機関の努力は間違いではないのかもしれない。されど、この忘却を『すべて』に与えないのであれば、ある意味では宝の持ち腐れなのかもしれないと、ふたつは思ったのか。望まぬ事をさせられるのは、想いを捻じ曲げられるのは、辛いし、何より、悔しいよな。その狂気は、その悪夢は、ここで断つ。口にするのは簡単だが、ああ、実現させる事は難しい。いや、その程度の事は和田・辰巳、オマエであれば承知の上か。たとえ、この身が裂けようとも、誰かを守りたいなんて、実に男の子なのではないかと八百万は笑ってくれている。嗚呼……これ以上、泣かないで……。男の子のお隣には常に女の子が在るべきで、四之宮・榴、オマエのモドキな具合だって、今では立派な人間精神だ。……苦しいのも、辛いのも……壊れてしまう……。まったく、お似合いな二人ではなかろうか。何処にもケダモノはなく、只、生きているお皿の群れに視線を落とすか。……僕は、引き抜くような……王子様には、成れないから……辰巳様、道は僕が拓きますから……駆け抜けて……! 放ってみせたチェンジリング、インビジブルとの席替えが齎したのは、果たして、如何様な毒性であったのか。泡はきっと必ず中る。必ず、中るのであれば……此方に、引き寄せてやる事は容易と解せよう。ええ、辰巳様……今回は、譲って、くれますか。分かった。信じるよ。
 背中に圧し掛かってきた|期待《●●》の二文字、まるで、鉛のような有り様だった。こういう事は得意じゃないんだけど。得意であろうと、なかろうと、折角、相棒が拓いてくれたのだ。ならば、進まなければ、完遂しなければ、男の子が廃れてしまう。今度こそ、もう一度、忘却とやらを掛け直してやれ。痛くないように、優しくなんて、できそうにないからこそ……「僕の命は好きに吸え」冥界に用事はない。只、防御に徹するとよろしい。
 伸縮自在であるが故に、触手と化したが故に、結んでやる事に躊躇をしてはならない。貴女の王子にはならないけど、その痛みは取り除きます。たとえば、何かを喪失する事のおそろしさ。それを塗り潰すほどに盲目な――患いの名前の真意。
 ……辰巳様は、救えるものを……救うと、謂ったのだから……。
 ……99は救うから……残り1はお願いします……ね?
 捕食者が最後の泡沫を散らしてみせた。あとは、接近して、|霊剣《えもの》を揮ってみせるのみ。切り裂いてやった上澄みとやら、アクアマリンは爆ぜるかのように、ぼろり、鱗の代わりをこぼしてくれた。恨み言なら幾らでも。もしかしたら、見えない方が、幸せだったりしないだろうか。お姫様は一人で良い。
 デスゲーム、まったく差のない終いであった。
 ゆるさない、ゆるさない、ゆるしてなんか、あげません。

レイナス・ハノーバー

 アクアマリン、惚れっぽいのが瑕らしい。
 泡沫――泥濘の如く――エレクトリック・マーメイドが溺れてしまうとは何事であろうか。たとえば、何者かによる環境の汚染、縊死の為の布石なのであれば攫われてしまう以外に道などない。困惑、混乱、挙句の果ての錯乱に発狂、刺身にされたのかと錯覚するほど、嗚呼、彼女は今、滂沱をしている。……ったくよぉ、久しぶりにこの世界に迷ったと思ったら、中々美人の人魚がいるじゃねーか。少なくとも、セイレーンよりかは真面だと思うぜ。レイナス・ハノーバーの苛烈さは、おそらく、何処かの公爵様のお墨付きだ。妹分の影とやらを思いつつもオマエ、人魚姫の言の葉を紐解いていくとよろしい。王子様だぁ? はっ、わりぃな、俺は|女王様《●●●》だ。バトルドレスを身に纏い、男勝りを極めている。オーバーエンドの赫々さは、最早、君臨する気高き獣が如く。けどな、若い女子供の民からは、こう見えても王子様なんて言われることもあるんでな。つまり……俺は信用に値するってことだ。自分で口にするのも、なんだが、な。カリスマだ。圧倒的なまでのカリスマが、信仰を集めるかのような言動が、人魚姫の精神へと滑り込んだ。お前が望むなら、今だけは俺がお前の王子様になって、引っ張り上げてやるぜ? さあ、人魚の女。その美しい顔をよく見せてくれよ。ぼろりと、狂気が薄れ、理性が脳髄を擽った。悲鳴はないが、絶叫はないが、ひどい面を晒している。お前のその顔に涙は似合わねぇ。
 わんわん、わんわん、犬みたいに。
 おいおい、落ち着けって言ってんだろ……!
 ぐずぐず、ぐずぐず、虫のように。
 ったくしょがねえ……。腕を掴んで、引き寄せて、そのまま。人魚の手の甲へと騎士のように。……なんで……王子様が……ここに……? 落ち着いたか? 人魚の嬢ちゃんよ。それともなんだ、王子様のキスは直接、その唇にしてもらう方が良かったか? 泡ではない、あわわ、だ。エレクトリック・マーメイドのお顔、鯛のように。
 俺はそれでも良いんだぜ?
 はにゃあ……。

一ノ瀬・シュウヤ
赫夜・リツ

 王子様という器に罅が入っていた。
 それでも、王子様に変わりはない。
 黄昏と楽園の狭間にて、ひとつの、不安とやらが萌えていた。一ノ瀬・シュウヤの懸念とやらが、徐々に、徐々に、膨らみつつあった頃、水槽とやらはひどい破砕に遭っていたらしい。エミ達が戦場に向かってから、だいぶ経ったな。今のところひどい怪我や、精神に悪影響を受けたりなどはないようだが、果たして――。思考を巡らせていた所為なのか、心が何処かにすっ飛んでいた所為なのか、ふと、気が付けば、最早、慣れ親しんだ違和感。……どうやら、また迷い込んだようだな。ぐるりと、見渡したところで、二度目の気づき。此処は『秋葉原』だ。つまりは、そう、あの紳士とやらが向かった先でもある。エミ達が向かった戦場と同じらしいな。嫌な予感がする……。汎神解剖機関の職員、しかもベテランなのだ。で、あれば、この勘の鋭さも、場数を踏んできたが故に『信頼』できてしまう。何だ、この叫び声は……人、ではないな……怪異か? 人魚のように見えるが……。脳裡、過ぎったのは妹の姿。もしも、彼女がいたのであれば、助けに行かないと、と、決意するに違いない。どうやら、目をやられているようだ。危険かもしれないが、傷を診てみよう。同じ穴の狢ではないか、兄よ。言わずもがな、君達はお人好しの権化である。
 エレクトリック・マーメイドはひどく錯乱していた。叫び、のたうち、まるで、レヴィアタンのような暴れ具合だ。大地を支えている何者かであっても、嗚呼、抑える事は困難だろう。……まずい、かなり、侵蝕されているな。だが、機関で発狂した職員に襲われるのは何度も経験している。この場合は、此方が『感情』を出してはならない。冷静に対処し、何をするのかを、伝えなければ……。怯みはしない。振り回された刃とやらを、短いものを、するりと避けて目と鼻の先。……これが原因か。聖遺物を彷彿とさせる欠片だが、これは、そのような上等な代物ではない。ぎゅっと、人魚の手を、握ってやった。今から取り除く。動かないでくれ、暴れないでくれ。私は、あなたを傷つけたくない。
 こくりと、僅かながらに頷いてくれた。手術用の手袋を着用したところで『誰か』の気配。気配を察しつつもするりと除いて、さて、そのまま、あっちを覗いてやるのが正解か。……やっぱり、リツか。お前なら何故俺がここにいるのか言わなくても分かるな? 上司からの無茶ぶりか、或いは、背中を任せられる安心感か。後者こそが真実、煌めくものであった。
 星詠みからの言の葉を、予兆の情報を頼りに、此処までやってきた赫夜・リツ。すっかりトレードマークになってしまった眼帯に触れつつも、現状の確認に忙しなくなった。なんでシュウヤさんがここにいるの……? 泡沫、対処しようかとも考えたが。如何やら、上司がいる事によって『止まっている』らしい。瓢箪から駒、棚から牡丹餅、この僥倖を逃す手はひとつとしてない。え……言わなくても分かるかな? なんて、言われても……あ……また迷子になっちゃったんですね。迷子センターが必要なのかもしれない。そんなイメージをしていたら、つい、笑いがこぼれてしまった。もー、しょうがないな、シュウヤさんはー。またお前は緊張感のない言い方を……殴られたいのか? 質問は要らない。何故なら、既にオマエは部下の躾けをしていたのだから。い、痛ぁ!? い、いや、痛いよりも一瞬、目の前が暗くなったし、まだ、くらくらするし、危なかったって……殴ってないし!? 強烈な手刀である。とす、と、首元への。
 ……あ、瞳に刺さった欠片を取り除いてたんですね。ああ、そうだ。彼女の瞳の状態も気になる。リツ、処置は任せても? ええ、わかりました。でも……王子様ってうわ言のように言ってますけど。マーメイドの盲目加減は続いているようだ。意味を持たないあれそれと、王子様だけがついてくる。……誰のことなんでしょう……分からないな……。きっと、幻想なのだ。御伽噺なのだ。それでも、救いを求めるのであれば、再起を願うといい。思い残すことがないように――。
 瞳、眼球、言葉が隣の『部下』の顔をハッキリとさせていく。その所以については、もちろん、一ノ瀬・シュウヤの知っている通りか。リツ、あとで、そっちも診せてくれ。……最近、シュウヤさんとまともに話せていなかった。だからこそ、此処で、言の葉にしておくべきだ。はい、この戦争が終わったら、お願いしますね。
 わからない。わからないが、この安堵感は、永遠のものにしておきたい。

伽々里・杏奈

 彼方――鉛色の雲――落ちてきた雷にやられた結果、泥濘のような有り様となったのだ。姿見に映ったオマエは溌剌としていて、如何にも、女の子の精神からは離れられないらしい。真実は時に命すらも掻っ攫っていく。ならば、特大の嘘こそが、世界を救うのかもしれない。ウチの知ってるお話ではね、人魚姫は王子様とは結ばれなかったんだよ。伽々里・杏奈に付き纏っている眩暈は、ある種の『幻想』のような代物で、自我を崩す一歩手前のような仕草であった。ぷに、と、柔らかな頬を人差し指で支えながら、エレクトリック・マーメイドを見つめていく。なんて……言っても、きっと人魚姫は止まらないよね。王権執行者になっちゃうくらいの強い想いだもん。たくさんの星を髪に飾って、神へとお祈りをするかのような煌びやかさ。怒られたって、笑われたって、ウチは『ウチ』を辞めるつもりはないんだよ。それは、人魚姫とおんなじだよね。強がっている女の子は、本当に、強いのだ。たとえ、此処が地獄であろうとも――ダブル・ピースを殺す事はできない。
 電子の泡の彼方――エレクトリック・マーメイド――彼女の『声』が聞こえてきた。お■■様……わ■■の……お■■様……! 物悲しい声が、狂気が、一斉に、愛情の塊となって押し寄せてくる。だったら……真正面から、受けて立つしかないよねー。握り締めろ、齢14の意地。殴って、砕いて、道を拓いていく。突き進む姿はまさしくド派手な花火。たぶん、ふつーに痛いけど、まあしゃーなし! あんなに綺麗で悲しい声を、あんなに美しくて悲しい歌を、聞き続ける方が、胸が痛くてどうにかなっちゃいそう。ようやく出会えたギャルとマーメイド。お互いを支え合って、さあ、答え合わせの時間だ。
 ウチら敵同士ってやつだけど。大切な人に逢いたい、大切な人と一緒にいたいって気持ちだけは一緒だと思うんだ。……お■■様……わたし……わたしの……王子様……? 拭ってみせたのは涙なのか、それとも、欠片なのか。もしかしたら、欠落なのかもしれない。逢わせてあげる事はできないかもだけど。そんな気持ちを忘れたまま、泡にはさせたくない。縊匣は仰天した。まさか、このような、沙汰が……。
 泥人形、ドッペルゲンガー、アクアマリンだけは失くさない。
 思い出して、大切な人の事を……。
 |王権執行者《レガリアグレイド》『エレクトリック・マーメイド』、彼女はようやく『王子様』を思い出した。思い出すと同時に、人魚姫、王子様と再会したのだ。ああ、私の王子様。お久しぶりです。私は、王子様、あなたに出会えたことを、とても嬉しく思っています。ええ、お願いします。「私も連れて行ってください」

 エレクトリック・マーメイド。
 笑みを湛えて、泡となった。

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