⑮きのこたけのこwith第三勢力戦争ーーファイッ!
「話は聞かせてもらいました」
どこからかそんな声が聞こえてきたと同時に秋葉原の空に、まるで火薬の神が悪ふざけをしたような、どす黒い閃光が弾ける。
爆心地には、奇妙な紋様が刻まれた小さな【ドクロマークの爆弾】が転がり、次の瞬間ーー“ぱちん”と音を立てて霧のような瘴気を撒き散らす。
その瘴気の中にいる者たちの胸の奥へ、不可視の針が刺さる。
疑心暗鬼。凶暴化。虚言癖。そして、よりにもよって正直病。
誰がどの異常を引いたのか当人さえ分からない。
だが、引き金は一瞬で世界を狂わせるのに十分だった。
「……おい、おまえ、きのこの山派だろ?」
「は? バカ言え、俺は、俺は……(なんだ、口が勝手に!)……たけのこの里派だよ!」
次の瞬間、殴り合いが始まった。
周囲でも同じような惨劇が連鎖する。
きのこの山派、たけのこの里派、そして少数ながら気高き第三勢力の他の派閥たちまでもが下剋上と言わんばかりに反旗を翻し、血で血を洗う惨劇に通行人は逃げ惑い、秋葉原は史上初のチョコレート派閥内戦へ突入した。
原因はただひとつ。気まぐれなドクロマークの爆弾。
その瞬間、路面が大きく歪んだ。
割れ目から、ゆっくりと“巨大な白い円柱”がせり上がる。
全長9メートル超。陸上なのにぬるぬると立ち上がるその生物——。
デカチンアナゴである。
アナゴの瞳には、【縊匣の欠片】が数本突き刺さっており、暴走寸前であった。
その周囲には、人魚姫の遺した「電子の泡」が無数に漂い、能力者が近づけば即座に迎撃するという一般人の避難を助けようとする者ほど狙われる悪夢の布陣である。
地上も地下も混沌に満ち、秋葉原全域が“誰も近づけない地獄”と化していた。
——ならば、突破口はひとつ。
電子の泡を突破し、アナゴの瞳から欠片を抜き、暴走を止める。
あるいは欠片ごと、巨大なアナゴを撃ち倒す。
いずれにせよ、第二幕の鐘は既に鳴り響いた。
この街を救うため、あなたの一手が必要となる。
ーー。
「皆さんって、きのこ派ッスか? たけのこ派ッスか? それとも他のチョコがお好きッスか?」
大茴香・蘆花(はらぺっこの魔物・h09093)は件のチョコを纏めて口に放り込み、食べてから。
「縊匣の欠片のせいでデカチンアナゴが暴走寸前なんスよ、いやむしろどういう被害と言いますか」
きのこたけのこ戦争。
ネットなどでも面白おかしくされている戦争であるが、それが本当の争いとなればどうなるか。
「幸い、デカチンアナゴの爆弾なんすけど爆発した際に発生する瘴気を浴びない、浴びても短時間で正気に戻るらしいッス。だからこそアナゴは頻繁に爆弾を投げてるようで」
ーー何が面倒くさいって、爆弾を投げた後に地中へ潜伏しちゃうことッス。移動力と戦闘力は3分の1になるっすけど、肉眼以外の嗅覚・聴覚・カメラ・魔術とか、探知が出来なくなるんス。まぁ、地表にある電子の泡を見ればある程度の位置は掴めそうっすけど。
「皆さんには爆弾を投げる瞬間だけ出てくるデカチンアナゴの目から刺さった欠片を抜いて暴走を止めるか、欠片ごとデカチンアナゴを倒してほしいッス」
第1章 ボス戦 『デカチンアナゴ』
霧島・恵(狐影蕭然・h08837)は正直に言えば、アルファベットでキューブ状のチョコが好きである。
ただ“食べる”だけではなく、扱い方次第でいくらでも表情を変える万能さ。
常温でそのまま齧れば、カリッとした歯応えから、とろりと甘みが滲み出て、少し指で温めてから食べれば、ふにゃりとした食感から、まるで別物のようなまろやかさが生まれる。
温めた牛乳にぽとんと落とせば、すぐに角が溶け、渦の中心に小さな甘い星が生まれる。
それをゆっくりとスプーンで崩して作るチョコミルクの時間もまた、ちょっとした幸せで。
ドライフルーツやナッツに溶かして絡めれば、手作りのお菓子のような“ちょっと特別な味”にもなるし、プレーンのマフィンに一粒だけ仕込んで焼けば、齧った瞬間にふわりとチョコが滲み出す、ちょっと嬉しいサプライズ。
シンプルだからこそ、甘さを控えたい時も、しっかり食べたい時も選びやすい。
個包装だから、ポケットに忍ばせておいても良し、食べきれなくてもまた今度と、無理をしなくて済む。
そういう小さな思いやりみたいな便利さがあるところも、好きなところだ。
「……じゃ、アナゴをどうにかしようか」
地表を覆う“電子の泡”が、まるで生き物のように脈動し、泡が弾けるたび、青白い火花が闇を舐め、地下で蠢く“奴”の気配を示す。
デカチンアナゴ。
爆弾を投げる時だけ、巨大な白い円柱は地表へ顔を出す。
その一瞬こそが勝機ーーしかし、瘴気の爆弾と泡の迎撃は洒落にならなかった。
ならば、恵も“反則”で挑むまで。
「『そぉら、お行き』」
宙に浮かぶ【狐火】は泡の反射、爆弾の攪乱、そしてーーアナゴの目へ向けて一条の道を開くという恵の意図を正しく理解する。
地面が震え、地割れを起こしながら白い巨影が、ぬるりと姿を現す。
瞳には縊匣の欠片が黒い棘のように突き刺さり、電子の泡がそれを守るように好戦的にパチパチと火花を散らしながら渦巻いている。
「こんなトンチキ騒ぎは爆発オチくらいが丁度良さそうだからね?」
狐火が奔り、泡を焼き払い、爆弾の瘴気が逆流し、爆心の霧がアナゴ自身へと押し返される。
巨体がたじろぎ、動揺に開いた隙をみて恵は駆け出した。
狙うはただ一つーー好きなものは好きでいいと胸を張り、このトンチキな暴走を止めるため、あの狂気の棘を、アナゴの眼から抜き去るために。
秋葉原は、まだチョコレートの香りを覚えていた。
だが、甘い香りの下で蹴飛ばされ、殴り合い、噛みつき、叫び合うのは――きのこ派とたけのこ派と、そして誇り高き少数の第三勢力。
ドクロ爆弾の瘴気が生んだ最悪の“内戦”である。
「七三子、行くでーやるでー。第三勢力の旗、掲げるでー」
青い旗をぶん回し、人混みを割って進むは、一・唯一(狂酔・h00345)。
黒曜石の翼で暴徒を傷つけぬよう器用に突き飛ばしながら前進する。
「はいはい! 逃げてくださーい! お菓子ぶち込んで強制沈黙もアリですよ!」
その後ろで、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)が、呼び出した戦闘員たちに指示を飛ばす。
電子の泡の位置から地下に潜ったデカチンアナゴの気配を探り、包囲網を構築する。
「しかしまあ……人魚姫の時はシリアスだったのに、今回はカオスですね……」
「ほんまやで。文句言わんで、なんでも美味しく食えばええやんな」
「言ってるそばから処されそうですよ唯一さん!」
二人の掛け合いの最中、地面がぐらりと揺れ、電子の泡が一斉にざわつき、青白い稲妻のような軌跡を描く。
――来る。
地表が裂け、巨大な白い円柱がヌルリと姿を現した。
瞳には縊匣の欠片が黒く脈動し、痛みと狂気で濁った光が奔る。
「七三子、欠片、抜けるか?」
「やってみせます……入れ替え、発動!」
七三子の影が伸び、最前線にいた戦闘員と瞬時に位置を交換する。
デカチンアナゴが咆哮し、爆弾を生成。
「させへん! 『掻っ捌いたろ』!」
唯一の翼ーー【青空手術】が黒い軌跡を描き、起動前の爆弾を真っ二つに刻み裂く。
瘴気が霧散し、瘴気を浴びずに済んだ暴徒たちは徐々に正気を取り戻していく。
「今度は私が!」
いつの間にかアナゴの巨体をよじ登っていた七三子がアナゴの瞳に手を伸ばしたが、アナゴの憤怒と共に欠片が震え、電子の泡が殺到してくる。
「ちょ、迎撃きてます迎撃!」
「七三子、動いたらあかんでッ!」
飛び上がった唯一が背後から七三子の腰を掴み、翼で泡の嵐をかき消すとアナゴの目元が、一瞬だけ露わになった。
「……今やッ!」
二人の手が同時に伸びる。
七三子が欠片を掴み、唯一が翼で周囲の膜を切り裂く。
その采配で欠片を抜き取れるはずだった。
だが、突如としてデカチンアナゴが“泣き出し”、身体をくねらせ、暴れ、その巨体を地表へと叩き付ける。
急速に近づいてくる地面との接吻はごめんだと、七三子は持ち前の怪力で唯一を投げ飛ばし、自身は大きく飛んで、地割れが起きるほどの衝撃が真横を走っていく。
戦闘員と入れ替わりながら、地面に着地すると遅れて唯一がその隣にへと降り立ち、青い旗がひらりと翻る。
デカチンアナゴは身を起こし、どれほど深々に欠片が刺さっているのか、慟哭と滝のような涙を流してもその瞳から抜ける気配はない。
まるで人間の子供のような駄々っ子さ、もしくは注射を前にした子供のように、嫌々とギャン泣きするデカチンアナゴ。
しかし被害が甚大になる悪質の中では子供のような可愛さもなく、涙で流れないと言うならば、人力で抜くしかない。
「アル○ォート軍勢、総進撃や! 仕上げ行くで七三子!」
「はいっ! この混沌は、まとめて終わらせます!」
「さくさくしっとりのハーモニーに平伏せぇ!」
秋葉原の混沌の中心で、二人は並び立つ。
癇癪を起こした子供のように泣くデカチンアナゴは、再びドクロ爆弾に光を走らせ、地中の震動が大きくなる。
戦争の火種はまだ消えない。
だが突破口はーー彼女たちが開く。
今度こそ欠片を抜く第二幕の戦いが、いま本格的に始まりを告げるのであった。
黒い瘴気が渦巻く秋葉原の地獄絵図。
黒木・摩那(異世界猟兵『ミステル・ノワール』・h02365)は、縊匣の欠片に視界を貫かれたデカチンアナゴを見上げながら、そっとスマートグラスの角度を直し、視界に浮かぶデータは、まるで生き物の呼吸のように揺れている。
暴走は目前。
電子の泡は侵入者を拒み、きのこ、たけのこ、第三派閥の戦争は未だ収束の兆しを見せない。
だが、摩那は余裕に笑う。
「きのこたけのこ。どちらもおいしいですよ。それでもどちらか選べというならば、タケノコかな? 根元のサクサクがおいしいんですよね」
そんな呑気な声と裏腹に、彼女の手は迷いなくヨーヨー『エクリプス』を構えながら。
「『お料理始めます──檸檬の花を添えて』」
UC【檸檬滴華】が、ぱん、と弾けーーレモンの香りが辺りに広がり始めるとアナゴの全身が震え出す。
刺さった欠片にレモンの酸が沁みるのか、もはや痛覚を通り越し、魂ごとしびれるような悲鳴が上がった。
「目にトゲは痛いですよね……じゃあ、これで後味さっぱりしましょう」
さらにヨーヨー『エクリプス』を高速回転させ、【重量攻撃】を叩き込む。
タイミングはスマートグラスで完全把握。
アナゴの巨体に、音速に届く軌跡でヨーヨーが的確にめり込み、肉質がみるみる柔らかくなっていく。
食材を下ごしらえする丁寧な仕事。
「よし、今です」
『エクリプス』の一閃が欠片を弾き飛ばし、デカチンアナゴは力なく崩れ落ち、ぬるりとした体表からは、驚くほど上品な白身がのぞく。
「……刺身でも、唐揚げでもいけますね、これ」
レモンの香りが漂う戦場の中心で摩那は淡々と包丁を取り出し、巨大アナゴを手際よく解体していく。
レモンを添えた刺身は透き通り、揚げたての唐揚げは秋葉原の風にサクッと音を響かせた。
かくして、デカチンアナゴ暴走事件はーー。
最高の料理エンドを迎えたのであった。
