シナリオ

海上防衛戦線みなとみらい

#√ウォーゾーン

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 #√ウォーゾーン

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 ――かつての横浜・みなとみらいは、今や人類の居住区として機能する戦闘機械都市と化していた。

 空を突き刺すように伸びる超高層ビル、ランドマークタワー。
 その全長296メートルの表面には今や無数の機械パーツが蜘蛛の巣のように這い、青白い監視センサーが絶え間なく瞬きを繰り返している。
 夜になれば、その無数の光点が未来都市のような輝きを放つという。

 船を模した外観を持つ建物、パシフィコ横浜。
 それは装甲で覆われた避難所へと姿を変え、そのガラス張りの外観は鈍く光る金属に置き換わっていた。
 展示ホールには厚さ50センチを超える装甲板が幾重にも重ねられ、その表面には戦闘機械群との激戦の傷跡が今も生々しく残されている。

 クイーンズスクエアの商業施設群は、まるで要塞のように装甲で武装され、その内部では人々が戦闘機械群から奪還した空間で日々の暮らしを営んでいた。
 かつての優美なガラスのアトリウムは重厚な装甲壁となり、ショッピングモールの通路には自動式の防衛バリケードが設置されている。

 コスモワールドの観覧車は、1つ1つのゴンドラが巨大なレーダーアンテナとなり、ゆっくりと回転しながら周辺の警戒を続けている。
 その回転音は低く、まるで巨大な機械生命体の心音のように響いていた。夕暮れ時になると、アンテナの発する電波がかすかに可視光となって、幻想的な光の帯を描く。

 そこにあった生命体を自動攻撃する機能は無効化されているものの、街並み全体は無機質な金属の塊と化していた。
 歩道には装甲板が敷き詰められ、街路樹は全て姿を消し、その代わりに通信アンテナや監視カメラの林立する風景が広がっている。
 運河の水面にも装甲板が浮かび、その表面には迷彩模様のような腐食跡が浮かんでいる。

 その日、運河沿いを歩いていた中年の男性は、ふと立ち止まった。足下の装甲板を通じて、かすかな振動が伝わってくる。

「ママー……」
「……ん?」

 そして、子供の泣き声が聞こえた。
 それは赤レンガ倉庫の方角から漂ってきていた。赤レンガの表面には銀色の装甲が這い、歴史的建造物の姿も戦闘機械都市の一部と化している。

「お母さん……お母さん……」

 泣き声は、倉庫の裏手から聞こえてくる。装甲化された赤レンガの壁に反射して、不気味に反響している。

「誰だ? おーい、こっちにおいで!」

 男性は赤レンガ倉庫の方へと足を向けていた。潮を含んだ海風が近付いてくる。
 子供の泣き声は次第に大きくなり、より鮮明に聞こえてくる。装甲板を踏む足音が、金属質に響く。

 倉庫の裏手に回った時、男性は凍りついた。
 そこにいたのは、子供ではなかった。

 銀色の円筒形の本体から、生々しい人肉めいた触手が無数に飛び出した怪物が、壁際でうずくまっていた。
 触手の表面には青紫色の血管が浮き出ている。その姿は、まるで機械の中から人間の内臓が溢れ出したかのようだった。

「なっ……!」

 男性の声に反応し、怪物がゆっくりと振り向く。円柱状の体躯がきしむような音を立てて回転する。
 円筒の側面に並んだ光学センサーが赤く輝き、まるで血に染まったルビーのように光る。
 無数の触手が一斉に男性に向かって伸びる。その先端からは、粘液めいた液体が滴り落ちていた。

「ママー……お母さん……」

 子供の泣き声は、そのシリンダーに埋め込まれたスピーカーが放つ擬似音声だった。人間の声を模倣した機械音が、金属質に反響する。

「あ――アアアアアアアッ!」

 男性の言葉は、触手に絡め取られた瞬間に途切れた。人肉めいた触手が、獲物を貪るように全身に絡みつく。
 怪物の本体が大きく開き、無数の機械的な歯が並ぶ口が現れる。その歯の列は幾重にも重なり、まるで工業用シュレッダーのように、獲物を粉砕する準備を整えていた。

 ――人々の暮らしを守るはずの戦闘機械都市で、新たな脅威の到来を告げる惨劇が始まろうとしていた。



 天草・カグヤは、廃工場を改装した秘密基地の会議室で、集められた√能力者たちの前で説明を始めた。
 錆びついた機械の残骸や古びた制御パネルに囲まれた空間で、彼女の幼い姿が妙に浮かび上がって見える。

「ねぇ、みなとみらいに行ったことある? 横浜の観光地だよ。こっちの世界じゃ戦闘機械都市になっちゃってるけど、結構人がいる場所なんだって」

 彼女の声が響く中、天井からぶら下がった古いモニターがちらついている。その不安定な明かりの下で、カグヤは続ける。

「でもね、そこで大変なことが起きそうなの。『チャイルドグリム』っていう新型の機械が、街のあちこちに仕掛けられちゃったみたい」

 ホワイトボードに貼られた地図。そのいくつかに赤い丸が示されていた。
 ……本来ならばホログラムやタブレットも基地内にあるのだが、彼女には扱えなかったらしい。

「チャイルドグリムは子供の泣き声で人を誘い込んで、捕まえちゃう機械なの。でも今はまだ、ほとんどが待機状態。だから、先に見つけて回収すれば大丈夫!」

 カグヤは細い指でポイントを示しながら続ける。細かな地名は√EDENのものと違うが、ほとんどは同じだ。

「回収候補地点は、まずランドマークタワー。あと、パシフィコ横浜、駅ビルのクイーンズスクエア、遊園地のコスモワールド、それから赤レンガ倉庫! この五ヶ所が怪しいみたい」

 彼女は少し表情を和らげ、微笑んだ。

「時間はまだ余裕があるの。だから、せっかくだし観光気分で回ってみたらどうかな?
 戦闘機械都市になっても、みなとみらいは見どころいっぱいみたいだよ。ショッピング……は、その五ヶ所だとできないんだけど」

 しかし、その直後、彼女の表情が一瞬だけ真剣になる。

「でも、ひとつだけ気をつけて欲しいことがあるの。チャイルドグリムの回収に手間取ったり、見つけられなかったりすると……その子は活性化しちゃうの。そうなったら、皆でバトルしかないね!」

 カグヤはその手に拳を合わせ、戦闘のジェスチャーめいたことをして見せた。
 古い端末が軋むような音を立てながら、データを処理していく。

「じゃあそんなところで、よろしく! みなとみらいの人たちを守ってあげてね!」

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第1章 冒険 『海上機械都市みなとみらい』


クラウス・イーザリー

 クイーンズスクエアの巨大なアトリウムに、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の足音が響く。
 かつての商業施設は、戦闘機械都市の装甲に覆われながらも、その骨格を残していた。天井まで吹き抜けた空間を支える柱には、銀色の装甲が這い上がり、その表面でセンサーの光が瞬いている。吹き抜けを横切る渡り廊下は、まるで要塞の見張り台のように改造されていた。

 人の気配は少ない。非常時に備えた避難経路の確保のため、建物内の大半は封鎖されているのだ。
 わずかに残された店舗では、武装色の強い作業服に身を包んだ店員が、無愛想にレーションや防具などの商品を並べている。

「他の√では、ここはどんな場所だったんだろう」

 クラウスは、静かにつぶやく。
 生まれてこの方、彼の知るみなとみらいは戦闘機械都市でしかなかった。
 時折他の√能力者たちの会話から漏れ聞こえる「普通の横浜」の話は、どこか遠い童話のように感じられた。

(戦闘機械が攻めてくる前は、ここも他の√みたいに綺麗で賑わっていたんだろうか……)

 情報端末を探しながら、彼は階を上がっていく。
 エスカレーターは停止したまま、その表面も装甲に覆われている。
 壁際の植栽は、全てタレット式の人類殺害装置――現在は防御装置に置き換えられていた。

 三階に上がったところで、ようやく使えそうな情報端末を見つける。
 端末の画面は埃を被り、接続部には錆が浮いていた。

「相変わらずメンテナンスが行き届いてないな。仕方ない」

 まず、端末の修理から始める必要があった。クラウスは工具を取り出し、手際よく端末のパネルを外していく。
 兵士養成学園での機械整備の訓練が、こんなところで役立つとは思わなかった。学校の授業も聞いておくものだ。

「これでよし。再起動」

 修理を終え、端末を起動する。
 権限のない情報には即座にハッキングを仕掛け、監視カメラやレーダーの記録を手際よく探っていく。

 そして、一つの映像を見つけた。
 昨夜の記録。装甲で覆われた壁の隙間から、何かが這い出るような映像。
 円筒形の機械が、まるで蜘蛛のような動きで、建物の内部へと潜り込んでいく。

「これがチャイルドグリムの侵入経路か……」

 映像を追っていくと、機械は二階の倉庫エリアへと向かっていた。
 クラウスは端末から手を離し、元はエスカレーターであった中空の階段を駆け下りる。

「アクセルオーバー」

 彼の体が紫電を帯び、その動きが加速する。階段を三段飛ばしで下り、通路を駆け抜ける。
 人々に被害が及ぶ前に、この脅威を排除しなければならない。
 倉庫エリアは、かつての百貨店の在庫保管スペースだった場所。今は物資の備蓄庫として使われている。扉を開くと、無数の棚が整然と並ぶ空間が広がっていた。

 そして、その奥で。

『オカ……サ……error』

 積み上げられた物資の陰から、かすかに子供の泣き声が聞こえる。
 クラウスは静かに近づき、物資の山を慎重に取り除いていく。
 すると、そこに未起動のチャイルドグリムが潜んでいるのを発見した。銀色の円筒形の本体は、時折音声を発するものの、まるで眠りについているかのように静かだった。

「見つけたぞ」

 彼は無防備な機械を回収ケースに封じ込める。これで、少なくともこの場所での被害は防げる。
 だが、まだ他の場所に仕掛けられた機械が残されている。
 クラウスは回収ケースを確実に固定し、次の目的地へと向かう準備を始めた。
 成功に希望も持たず、失敗の絶望も持たず――ただあるがままに、やるべきことをやるだけだ。

不来方・白

 赤レンガ倉庫の周囲には、潮の香りが漂っていた。
 不来方・白(「おがみ様」・h00013)は、戦闘機械都市と化した倉庫群を見上げる。
 東北の山間の村から来た彼女にとって、この異国情緒漂う港町の風景は新鮮だった。

「なんだかすごいわ。日本なのに、日本じゃないみたい」

 かつての観光名所は、今や無機質な装甲に覆われている。
 しかし赤レンガの質感は完全には失われておらず、装甲の隙間から覗く煉瓦造りの壁には、まだ√ウォーゾーンにおける横浜の歴史が刻まれていた。

「でも、人がいないわね」

 白の声が、静かに空間に溶けていく。
 かつては観光客で賑わったという広場には、今は装甲化された路面を照らす照明が不規則に明滅するばかり。
 倉庫内部の店舗はどれも閉鎖され、その代わりに無数の監視センサーが壁一面を埋め尽くしている。
 通路の端に、情報検索用の端末を見つける。画面に触れると、建物の構造図が浮かび上がった。

「こういうのって、東北じゃあまり見ないわ。……もしかしたら、|こっち《ウォーゾーン》の東北にはあるのかもしれないけど」

 白は興味深げに赤レンガ倉庫の構造図を眺める。改造されてはいるが、3階建ての構造は√EDENのものと変わりない。
 チャイルドグリムの仕掛け場所を推測するには、人の動線を考える必要がある。
 あまりに人通りの多い場所は避けられるだろうし、かといって誰も来ない場所では意味がない。
 彼女は目星をつけると、静かに呟いた。

「出てきなさい。今日はあなたたちの力を借りるわ」

 彼女の影から、朧げな人影が現れ始める。
 まるで靄のような存在。その数、十二。彼女の分身とも言うべき「居ないモノ達」だ。

「十一体は散開して探して。残りの一体は私の監視と警戒を」

 人影たちは静かに頷き、倉庫内へと消えていく。最後の一体だけが、白の後ろに控えたまま留まった。
 白は階段を上がっていく。装甲で補強された階段は、彼女の足音を不気味に反響させる。壁際の窓からは、装甲都市と化した横浜の街並みが見える。

「ここからの眺めも、元はもっと素敵だったのでしょうね」

 彼女は窓辺で少し足を止める。海上は淡くいくつかの光源で光っている。潮風が装甲の隙間を抜けて、彼女の黒髪を揺らす。
 その時、階上から居ないモノ達の反応が返ってきた。白は窓から離れ、階段を登る。朧げな監視者が、常に一定の距離を保って彼女に付き従う。

 倉庫の最上階。ここは物資の保管場所として使われていた。
 装甲で覆われた天井から、青白い照明が不規則な影を落としている。積み上げられた箱の向こうで、一体の居ないモノが佇んでいた。

 白が近づくと、人影は積み上げられた箱の隙間を指さす。
 そこに、未起動のチャイルドグリムが潜んでいた。銀色の円筒形の本体は、まるで隠れんぼをしている子供のように、物陰に身を潜めている。

「見つけたわよ。かくれんぼはおしまい」

 彼女は静かに機械を回収ケースに封印する。
 完了すると、居ないモノ達を呼び戻した。朧げな人影たちは、まるで靄が消えるように、静かに消失していく。どこか薄れていた白の影が、また濃さを取り戻したようだ。

「さて、散策はここまでかしら」

 白は回収ケースを確認しながら、次の場所へ向かう準備を始めた。
 装甲の隙間から差し込む夕暮れの光が、彼女の姿を赤く染めていた。

血祭・沙汰子

 装甲で覆われたランドマークタワーの壁面を、無人の清掃ドローンが上昇していく。
 その後を追うように、黒いメイド服に身を包んだ少女が自動昇降機に乗って外壁を上がっていた。

 血祭・沙汰子(夢兎眠の冥土長・h01212)は、無表情のまま周囲を観察する。
 かつてのオフィスビル兼商業施設は、今や巨大な制御塔として機能している。
 外壁には無数の監視センサーが埋め込まれ、その合間を縫うように装甲パネルが這い上がっている。

 清掃ドローンに続いて開放された維持管理用ハッチから内部に潜入すると、そこは改造されたオフィスフロアだった。
 机や椅子は撤去され、代わりに装甲都市の制御端末が整然と並んでいる。
 天井には無数の配線が張り巡らされ、壁には戦術データが映し出されていた。

(さて……)

 沙汰子は|冥土《メイド》服の裾を翻しながら、静かにフロアを歩き始める。
 彼女の手には、左右それぞれにハチェットが握られている。探索に邪魔になりそうだが、彼女は決して手放そうとはしない。
 子供の泣き声は聞こえない。しかし、それは決定的な情報ではなかった。チャイルドグリムは、必ずしも常時音声を発しているわけではないのだから。

 彼女は机の下や、装甲パネルの隙間を丹念に調べていく。
 時折、制御端末の画面に映る自分の姿を確認する。完璧な冥土服の姿。それは彼女のAnkerである主、ナナリンへの忠誠を示すものだった。

「…………」

 無言のまま、沙汰子は窓ガラスに反射する自分を見ながらヘッドドレスを整え、探索を続ける。
 非常階段を使って上の階へ。そこでも同様の確認を行う。
 効率的な動きで、死角となる場所を順々に探っていく。メイドたるもの、清掃で慣れた動きだった。

 そして五十階。
 ここは戦術データの中枢を担う階だった。より高度な制御装置が並び、天井からは青い光が降り注いでいる。
 沙汰子は装置の影に潜む違和感に気付いた。壁際の制御装置。その裏手の装甲パネルが、わずかにずれている。

(これは)

 彼女はパネルに手を伸ばす。軽く力を込めると、内側に回転する隠し扉が現れた。
 その奥には、銀色の円筒形の機械が潜んでいた。
 未起動のチャイルドグリム。恐らく、ここから制御装置を介して建物全体に子供の泣き声を流す計画だったのだろう。

「回収します。これにて任務、一段階達成です」

 沙汰子は無言で回収ケースを取り出し、機械を封印する。これも主への忠誠を示す任務の一つ。
 完了と同時に、彼女は次の目的地をチェックした。

 ランドマークタワーの採光窓から、装甲都市と化したみなとみらいの全景が見える。沙汰子は無表情のまま、次なる目的地への最短ルートを目で追っていた。

赤星・緋色

「えーっと、ドローンの充電はオッケー、カメラもオッケー、通信状態も……よし!」

 赤星・緋色(フリースタイル・h02146)は、カップ麺な博物館こと、現在の配給食生産所の屋上で、小型ドローンのチェックを終えた。
 赤い髪が風になびく中、彼女は左目を隠した前髪をそっと押さえる。
 生産所と化した建物からは、大量生産される即席麺の香りが漂っている。

 かつての体験型ミュージアムは、今や街の重要な食料供給拠点として機能していた。
 工場のような外観になりながらも、建物の一角では今でも即席ラーメンの提供が続けられている。
 そんな匂いを嗅いでか、緋色のお腹が鳴った。

「あ、おなかすいちゃった。でも、お仕事が先だよね!」

 緋色は準備した小型ドローンを発進させた。機体は素早く高度を上げ、道路を挟んで向かいの遊園地、コスモワールドへと飛んでいく。
 彼女はタブレットの画面を通して、その映像を確認する。

 遊園地は異様な姿に変貌していた。観覧車は巨大なレーダーアンテナとなり、ゆっくりと回転している。
 ジェットコースターのレールは装甲で補強され、今は監視用モノレールのようなものとして使われているようだ。

「おひさま、きれいだね……」

 夕陽に照らされた遊園地は、装甲都市となってもどこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。
 緋色は時折、画面の明るさを調整しながら、丹念に場内を探索していく。

 メリーゴーランドがあった場所は物資の集積所に。お化け屋敷は装甲バリケードに。
 それでも、ところどころに残された遊具が、かつての賑わいを伝えていた。

「あれ?」

 ドローンのカメラが、コーヒーカップ型の遊具の影に何かを捉える。緋色は操縦桿を慎重に操作し、ドローンを近づけていく。

 そこには確かに、銀色の円筒形の機械が潜んでいた。
 未起動のチャイルドグリム。コーヒーカップの装飾に紛れ、まるでアトラクションの一部のように佇んでいる。

「あーっ、見つけた! じゃあ、回収しちゃおう!」

 緋色は専用のドローンアームを展開し、慎重に機械を回収ケースに収めていく。
 それからドローンの画面には、緑色の「COMPLETE」の文字が点滅した。

「えへへ、上手くできたかな? 言われた通り操縦できたみたい!」

 彼女は首を傾げながら、ドローンを呼び戻す。
 夕暮れの光を受けた機体が、配給食生産所の屋上へとゆっくりと戻ってくる。

「さてと、お仕事終わり! じゃあ、らあめん食べに行こっと♪」

 緋色は回収ケースを確認すると、建物の中へと降りていった。
 漂う即席麺の香りが、彼女の足取りを少し軽くしていた。

深雪・モルゲンシュテルン

「物資搬入経路、確認開始」

 深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は、クイーンズスクエアの物流管理センターで端末を操作していた。
 雪のように白い髪が青い光に照らされ、その瞳には建物の構造データが映り込んでいる。

 戦闘機械都市となったクイーンズスクエアは、いわゆる「デパ地下」の代わりに巨大な物資集積所を備えていた。
 装甲で補強された通路を、無人搬送車が絶え間なく行き交う。天井には無数の監視カメラが設置され、壁面には物流管理システムの端末が埋め込まれている。

「ハッキング、実行」

 深雪の金属質な指が端末に触れる。画面が瞬く間に切り替わり、管理システムの深部へと潜り込んでいく。
 彼女の改造された神経系が、建物のネットワークと直接同期を始める。
 監視カメラの映像が次々と展開される。物資の搬入記録、従業員の入退室データ、センサーログ。それらの情報が、彼女の脳裏に直接流れ込んでくる。

「これは……」

 三日前の深夜。通常の物資搬入に紛れて、不審な荷物が持ち込まれている。
 荷物の寸法が、チャイルドグリムの標準サイズと一致するようだ。

「搬入先は地下三階、非常用備蓄倉庫……ですね」

 深雪は静かに地下へと向かう。通路で行き交う無人搬送車を、まるで自分の手足のように認識しながら。
 それは彼女の改造の特性であり、同時にリスクでもあった。
 自分の手足があちらこちらで稼働している奇妙な感覚に耐えながら、「本体」の感覚を探り、地下へと進ませていく。

 地下三階は、より厳重な装甲で守られていた。
 非常時に備えた物資が、整然と積み上げられている。しかし、その配置にわずかな不自然さがある。
 彼女は特殊工具「マルチクラフトボックス」を取り出した。
 工具は彼女の手の動きに合わせて形を変え、精密な作業に適した形状となっていく。

 積み上げられた物資の裏側。そこに、未起動のチャイルドグリムを発見する。
 機械は巧妙に隠されていたが、物流システムの異常を把握していた深雪の目には、明確に浮かび上がって見えていた。

「構造解析、開始」

 マルチクラフトボックスが青い光を放つ。
 深雪はチャイルドグリムの内部構造を瞬時に把握し、最も効率的な解体手順を算出する。
 通常なら数時間を要する解体作業が、彼女の能力により数分で完了する。
 分解されたパーツは回収ケースに収められ、その脅威は完全に無力化された。

「任務完了。ですが……」

 深雪は回収ケースを手に取りながら目を閉じ、静かに呟く。

「この建物は、人々の生活を支えるために戦闘機械都市になった。その防衛網を突破してまで、誰がこんな悍ましい代物を……?」

 彼女の青い瞳が、装甲で覆われた天井を見上げる。物流システムの鼓動が、まるで彼女の心拍のように感じられた。
 ――再解析。
 この荷物を持ち込んだ人物は、このみなとみらいの入場を許可された人間。
 |そう《・・》、|巧妙に偽装された人物《・・・・・・・・・・》だ。

「認識タグをオミット……変更前の認識タグを解析……これは……【レリギオス・ランページ】?」

 深雪はさらなるハッキングによりついにその存在の一端を掴み、しばらく止まっていた呼吸を再開させる。
 集中により不足していた酸素を取り込みながら、彼女は黒幕の存在――その派閥を特定したのだった。

アルティア・パンドルフィーニ
オルテール・パンドルフィーニ

「お兄様、まだまだ上があるわ。もっと急いで運ぶのよ」
「荷物がこんなに多くなければ、もう少し急げるのだが」

 ランドマークタワーの非常階段にて。
 アルティア・パンドルフィーニ(Signora-Dragonea・h00291)が、彼女を抱えて上る兄のオルテール・パンドルフィーニ(Signor-Dragonica・h00214)に指示を出していた。

「アルティア、ランドマークタワーが合計何階か知っているかい?」
「ええ、作戦のために調べておいたわ。70階まであるらしいわね」
「ああ。では、それを階段で1階1階登っていくのがどういう意味かお分かりかな?」
「あら、文句は言わせませんわ。私たちの体格差を活かした合理的な判断でしょう?」
「合理的……かな……」

 とはいえ、エレベーターの止まらない階も多いとあっては、そこを狙い撃ちされる危険性も高い。
 特別な索敵能力を持たない2人にとっては、歩きで登り、虱潰しに探すのが結局のところ最も効率的なことは間違いなかった。

 かつてドラゴンだった双子は、今や人の姿で装甲都市を登っていく。
 階段の壁面には無数の配線が這い、所々に監視カメラが埋め込まれている。その冷たい眼差しの下、二人の掛け合いが響く。

「それにしても、随分と高いものだね。人間たちの建造物は」
「ええ。|私たち《ドラゴン》しか届かなかったような高さよね」

 アルティアの声が少し寂しげに響く。オルテールは黙って階段を登り続ける。
 その腕の中で、妹は時折、通路の死角を丹念にチェックしている。

 やがて二人は69階、展望フロアへと到着した。
 かつての観光スポットは、今や戦術観測所として機能していた。装甲で補強された窓からは、戦闘機械都市と化したみなとみらいの全景が見渡せる。
 無数のビルが浮かぶ海。それらを等しく染め上げる夕日。少しずつ、ビルの表面のライトが灯り始めていた。

「こんな景色、うちの田舎じゃ見られないわね」
「ああ。ルネリアもきっと喜ぶだろう。もう少し平和なところ……というか、√EDENのみなとみらいに、今度連れていってやろう」

 夕陽に照らされた都市。運河を覆うシールドが、まるで鱗のように輝いている。
 その光景は、二人の失われた記憶を僅かに刺激するかのようだった。

「――お兄様、あそこ」

 アルティアが、展望フロアの設備の隙間を指さす。その奥に、不自然な影が見えた。

「私が確認してきます。お兄様は周囲を警戒していて」
「ああ。気をつけるんだ」

 アルティアは細い通路に身を滑り込ませる。その姿は次第に展望フロアの装甲に呑み込まれていった。

「……見つけたわ。でも、これは……」
「どうした?」
「ケーブルが伸びて行っているわ。これは……対になって起動する仕掛けかもしれない」

 オルテールは周囲を確認しながら、妹の声に耳を傾ける。
 たしかに、足元には他の配管に交じってコードがあるようだ。その先を辿っていくと、消火器入れの中に、確かに銀色の筒が収まっている。

「アルティア。こっちにもあったぞ」
「回収は一気に行わないと危険かもしれないわね。どちらかを回収したらもう片方も動くかも……。
 お兄様、私が合図を送ったら、そちらの回収ケースを開けて」
「分かった。準備はいいかい?」
「ええ。せーの……!」

 二人は完璧な連携で、チャイルドグリムを同時に回収ケースに封印する。
 銀色の円筒形の機械は、まるで双子のように似た形をしていた。

「ふう……これで終わりね。さて、それじゃ降りましょうか――」
「いや。まだ、見ておきたいものがあるだろう?」

 オルテールは窓際を指さす。夕陽に染まる展望フロアに、アルティアは少し躊躇いがちに歩み寄る。

「せっかく上まで来たんだ。少しくらい、景色を楽しんでもいいじゃないか」
「まあ……そう、ね。ルネリアを連れて来る時の下見という事で」

 二人は装甲で覆われた窓際に並んで立つ。その瞳は、まるで昔、空を飛んでいた頃の記憶を探るかのようだった。

「お兄様」
「なんだい?」
「私たち、本当に昔、空を飛んでいたのかしら。だんだん記憶も薄れて、もう覚えていないの。その時見ていた景色も」
「……ああ。言われてみれば私も同じだ」

 繋がらない記憶、失われる景色。
 人間という肉体の器に、ドラゴンの記憶は入りきらないものだったのかもしれない。
 ……それでも。

「しかし、この景色を見ていると……思い出すような気がする。大切なものと共に、空を飛んでいた記憶を」

 夕陽は次第に街を紅く染めていく。
 二体のチャイルドグリムを収めた回収ケースが、その光を静かに反射していた。

久瀬・彰

「はぁー……随分と様変わりしたな」

 久瀬・彰(宵深に浴す禍影・h00869)は、パシフィコ横浜の国際会議場で、疲れたように肩を落としながら歩いていた。
 みなとみらい駅から随分と歩かされた。運動不足の医者――または警察官としては、この距離でも少し疲れるものだ。
 首から下げた赤い石が、薄暗い空間でわずかに明滅する。

 かつての国際会議場は今、装甲で武装された避難施設として機能していた。
 広大なメインホールには、無数の簡易ベッドが整然と並べられている。
 非常時に備えた医療設備も配置され、まるで野戦病院のような様相を呈していた。

 しかし久瀬の目には、別の光景も見えていた。
 インビジブルたち――この場所で失われた人々の残響が、至る所に漂っている。
 スーツ姿の会議参加者、カメラを構える観光客、案内係の制服を着た職員。
 かつての平和な日常の名残が、朧げな影となって彷徨っていた。

「じゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかな」

 久瀬は首の赤い石に触れる。石が輝き、その光が周囲に広がっていく。
 すると、その光に照らされたインビジブルたちの姿がより鮮明になっていった。
 彼らは生前の姿を模した黒い影となり、久瀬の周りに集まってくる。

「ここ最近の様子を、教えてもらえないかな」

 インビジブルたちは口々に語り始める。
 国際展示場での大規模な見本市の記憶。
 会議センターでのビジネスマンたちの往来。
 夜間に見かけた不審な人影の情報。
 搬入口から運び込まれた奇妙な荷物の目撃談。

「……へえ、なるほどね」

 久瀬は端末を取り出し、淡々と情報を書き留めていく。医師としての経験が、複雑な情報の整理に役立っているようだった。
 証言は次第に体系化されていく。
 時系列が整理され、何者かの不審な動きのパターンが浮かび上がってくる。そして、それらは一つの場所を指し示していた。

「ご協力、どうもありがとう」

 久瀬は軽く会釈すると、インビジブルたちの示した方向へと歩き出す。
 影たちは次第に元の朧げな姿へと戻り、空間に溶けていく。
 向かった先は、会議センターの機械室。配電設備の陰に、未起動のチャイルドグリムが潜んでいた。

「はあ……それで、どうすればいいんだったかな」

 彼は回収ケースを取り出しながら、首の石に触れる。すると、機械室に漂っていたインビジブルの一つが再び黒い影となった。
 技術者の姿をした影は、黙って機械の無力化に必要な手順を示してくる。

「へえ、そうなんだ。助かるよ。ウォーゾーンの機械は専門外でね……」

 久瀬は影の指示に従って、チャイルドグリムを慎重に解体していく。
 痛む腰を押さえながら作業を終えると、彼は技術者の影に向かって軽く手を振った。

「これでまた一つ、厄介事が片付いた……かな」

 彼は回収ケースを確認しながら、ぼそりと呟く。
 しばらく下を向いていたため、首が痛んでいる。肩を回すと、まるで彼を労うように石が明滅していた。

アルマ・ノイマン

「これが……遊園地」

 アルマ・ノイマン(L96A1の少女人形レプリノイドの職業暗殺者・h01393)は、コスモワールド――とかつて呼ばれていた施設の入り口で立ち止まった。
 白い長髪が風に揺れる中、黒い服に身を包んだ小柄な少女の姿が、機械都市の夕暮れに浮かび上がる。

 入場ゲートは対戦車バリケードと化し、チケットブースは武装監視所に改造されていた。
 園内に続く通路の両脇には、装甲板で補強された照明柱が並び、その先では不規則な警報音が鳴り響いている。

「すごく……厳重警戒。あっちは、なに?」

 彼女は興味深そうに首を傾げる。
 ぐるぐると回る巨大な円盤。コスモクロックと呼ばれていた巨大な観覧車だ。
 その表面には無数のアンテナが突き出し、青白い光を放っている。
 装甲パネルで覆われた円盤は、一定の間隔でビープ音を発しながら、街の警戒を続けていた。

「あれがもしかして、観覧車……。初めて見た」

 本来のものとは少し違う観覧車を見上げながら、アルマは静かに園内へと足を踏み入れる。
 かつてのアトラクションは、様々な監視装置や防衛設備に姿を変えていた。

 かつて射撃ゲームやバスケットゴールの屋台が並んでいた広場は、露天通信施設に。
 人を乗せて回転するアトラクションは装甲板に覆われ、座席にはタレットを敷き詰め、旋回砲台として佇んでいる。

 整備用の通路を進みながら、アルマは時折、それらのアトラクションの名前を小さく呟いていた。
 本で読んだ遊園地の知識と、目の前の光景が重なり合う。それは彼女にとって、新鮮な体験だった。

「ん。あれは……気球?」

 園の中央に、巨大な球体が浮かんでいる。
 装甲で部分的に補強、武装された気球は、まるで浮遊要塞のように見える。
 その下には、複数の監視ドローンが待機していた。揃って浮かび上がる姿は皮肉にも、遊園地のような楽しげな光景を生み出している。

「……! 声がする……あの下」

 アルマは立ち止まる。かすかに聞こえる子供の泣き声。
 それは気球が浮かぶ地点の地上格納庫から漏れ出ていた。

 格納庫に近づくと、装甲パネルの隙間に、銀色の円筒形の機械が潜んでいるのを発見する。
 チャイルドグリムは、まるで気球の制御装置の一部であるかのように巧妙に隠されていた。

「回収、開始」

 アルマは無表情のまま、回収ケースを取り出す。
 暗殺者としての正確な動作で、機械を無力化し、封印していった。

 作業を終えた彼女は、ふと気球を見上げた。
 装甲都市の夕陽が、その表面で不思議な模様を描いている。

「それにしても、これが……楽しい場所だったの?」

 小さな声が、静かな疑問として空に消えていく。
 改造された元遊園地は少なくとも、彼女が期待するような楽しい場所とは言えなかったようだ。
 回収ケースの中で、チャイルドグリムは既にその姿を潜めていた。

リノ・セラフ

「ここが、赤レンガ倉庫上空ね……警戒態勢に入るわ」

 リノ・セラフ(イレギュラー・h05636)は、アーリーコブラの操縦席で呟いた。
 飛行型ウォーゾーンの装甲越しに、夕陽に染まる港が見える。
 彼女の指が素早くコントロールパネルを操作し、セントリーの展開準備を整えていく。

「音紋照合システム、起動。セントリー展開、開始」

 機体の両翼から自律式固定砲台が射出され、赤レンガ倉庫の周囲に展開していく。
 装甲都市と化した建物の上空で、砲台が音響センサーを起動させる。
 モニターには建物内の音響データが次々と表示される。人々の話し声、設備の稼働音、そして――。

「! これは……」

 かすかな子供の泣き声。しかもその音が、急速に大きくなっている。

「まさか、起動し始めている!?」

 リノの額に冷や汗が浮かぶ。予定より早い。このままでは一般市民が巻き込まれる。
 しかし、彼女は√能力者ではない。そのうえ、今回は協同できる味方も不在。
 ……それでも、この状況を見過ごすわけにはいかない。

「位置、特定! 倉庫北側、地上から約5メートル地点!」

 アーリーコブラが旋回し、特定された場所へと照準を合わせる。
 建物の装甲に空いた隙間から、銀色の機械が這い出してくるのが見えた。その表面が不気味に脈動している。

「制圧射撃、開始!」

 ガンポッドが火を噴く。弾丸が装甲を貫いていくが、チャイルドグリムの活性化を完全には止められない。

「くっ、このままじゃ……!」

 古いアニメの一場面が、リノの脳裏に浮かぶ。今の彼女に出来ることは、それしかない。

「誘導弾、装填完了! 照準、ロック!」

 時間がない。市民が巻き込まれる前に、確実に仕留めなければ。
 欠陥品として一代限りの命を与えられた彼女だからこそ、この街を、この人々を守りたかった。
 能力者ではない自分に、√能力を扱う敵を仕留められるのだろうか? そんな不安が一瞬頭をよぎる。が――。

「――発射!」

 そんな思考を振り払うように、リノはトリガーを引く。
 誘導弾が一斉に放たれる。数発の弾道が交差し、チャイルドグリムを完全に包囲する。
 起動しかけた機械に、閃光と共に弾丸が集中。爆発とともに、その本体が粉砕された!

「目標、完全に無力化。確認……」

 リノはゆっくりと息を吐き出す。モニターには、無事に破壊されたチャイルドグリムの残骸が映し出されていた。

「……よかった。私でもやれたみたい」

 アーリーコブラの操縦席で、彼女は小さく微笑む。
 夕陽が赤レンガ倉庫の装甲に反射し、その光が彼女の表情を優しく照らしていた。

第2章 日常 『|天蓋大聖堂《カテドラル》から市場区画へ』


 チャイルドグリムの脅威は、√能力者たちの活躍により完全に排除された。
 そして、翌日の昼。
 装甲都市と化したみなとみらいの片隅に、つかの間の休息が訪れたのだった。

 山下公園に仮設された市場区画。
 装甲パネルで武装された臨海公園は、本来の緑地帯としての機能を失っていたが、その代わりに街の重要な物流拠点として生まれ変わっていた。

 園内には無数の簡易テントが並び、そこかしこに装甲プレートで補強された屋台が設置されている。
 監視センサーの冷たい光が行き交う中、様々な店が軒を連ねていた。
 それはほとんど、戦闘機械の襲撃を受ける前に横浜にあった店ばかりだ。

 中華街から避難してきた店主たちは、装甲で囲われた調理場で本場の料理を振る舞い、地元の商店は戦闘機械都市でも入手できる食材で工夫を凝らした惣菜を並べる。
 古着や日用品を扱う店もあれば、戦闘機械都市で新たに必要となった装備品を売る店も。
 人々は装甲服に身を包み、常に警戒を怠らない姿勢を保ちながらも、束の間の買い物を楽しんでいた。

 時折、かすかに残された木の隙間から、太陽の光が差し込んでくる。
 その光は、戦火の中でも生き続ける日常の温かさを、静かに照らしているようだった。

 ※チャイルドグリムはすべて回収され、みなとみらいに迫る危険は排除されました。買い物でもして帰りましょう!
 ※第3章はあります。何が起こるかは不明です。
クラウス・イーザリー

「こういう光景を見ると安心するな」

 クラウスは市場の喧噪を眺めながら、静かにつぶやく。
 普段着の人々が行き交い、子供たちが走り回る。露店からは威勢のいい掛け声が響き、料理の香りが風に乗って漂ってくる。

 戦いに明け暮れるこの世界でも、確かに人々は逞しく生きている。
 その光景は、希望を失ったはずの彼の心にも不思議な安らぎをもたらした。

「おっ、そこの君! 学園のタグじゃないか。学生かい? ちょっと待ってな」

 惣菜を物色していたクラウスに、中年の店主が声をかける。
 彼の着ている服につけられたタグは、兵士養成学園の学徒動員部隊のものだった。
 とはいえ、一目見てそうそうわかるものではないはずだが……。

「うちの息子も去年まで学園にいてな。今は前線で戦ってる……。これ、サービスだ」

 店主は笑顔で、揚げたての天ぷらを一つ追加してくれた。カラッと揚がった衣からは、どこか懐かしい香りが立ち昇る。

「......ありがとうございます」

 クラウスは少し戸惑いながらも、丁寧にお礼を言う。
 感情表現は得意ではないが、この親切な気持ちは確かに伝わってきた。

 購入した惣菜を手に、彼は市場の片隅にある休憩スペースに腰を下ろす。
 天ぷらに加えて、乾燥野菜を使った煮物と、保存食をアレンジした惣菜が彼の昼食だった。

 他の√に比べれば、素材は限られている。しかし、その制約の中で工夫を重ねた味には独特の魅力があった。
 食とは、娯楽でもある。それを失ってしまわないように、また塩分を一定量取れるように、保存食のほとんどは塩味が強い。
 痩せた野菜の味は基本的に悪いものだ。それを感じさせないよう、人工調味料によって野菜にも味がつけられている。
 クラウスはゆっくりと箸を進めながら、この味に込められた人々の営みを感じていた。

 ふと、彼は周囲を見渡す。
 一見のどかな光景の中にも、彼の警戒は緩むことはない。

(……敵がチャイルドグリムをばら撒いただけで終わるとは思えないな)

 混乱に乗じた制圧。そんな作戦の可能性を考えると、敵はまだ近くにいるかもしれない。
 惣菜を口に運びながら、彼は周囲の様子を慎重に観察し続けた。

 子供たちの笑い声。商人たちの掛け声。買い物客の会話。
 この何気ない日常を、誰にも壊させるわけにはいかない。

 クラウスは最後の一片を口に運び、静かに立ち上がった。
 束の間の休息は終わり。再び警戒の時間が始まるのだった。

アルマ・ノイマン

「わぁ……いろんな、お店、ある……!」

 アルマは市場の喧噪の中、黒いワンピースをひるがえしながら、店先を覗き込んでいた。
 白い長髪が風に揺れる。L96A1の銃身を模した小柄な体には、無邪気な好奇心が満ちていた。

「甘いおかし、売ってる、とこ……」

 彼女の目が、中華菓子を並べた屋台に釘付けになる。
 ショーケースの中には見慣れない形の菓子が並び、その一つ一つが彼女の興味を引いていく。

「あら、お嬢ちゃん。こういうお菓子は初めて?」

 店主の老婆が、アルマの無表情な顔に微笑みかける。

「うん……なに、これ……?」
「これはゴマ団子よ。外はもちもちで中にゴマの餡が入ってるの。温かいうちが一番美味しいわ」

 老婆は小さな団子を一つ取り出し、竹串に刺して差し出した。アルマは慎重に受け取る。

「あったかい……」

 おそるおそる一口。もちもちとした食感の中から、香ばしい黒ゴマの風味とともに熱気が広がる。

「あ、あつ……!」
「ああ、言い忘れてた! アツアツだから、火傷しないように気を付けてね」

 が、すでにアルマの口の中にはアツアツの餡が溢れていた。口の中に空気を入れ、冷ましながらそれを食べる。
 餡が冷めると、だんだんとその味がわかってくる。
 絶妙な餡の甘さに生地の食感、ゴマの香ばしさ。次々と新しい味わいが口の中で展開していく。

「おいしい……! これ……みんなに、持って帰りたい……」

 普段は無表情なアルマの目が、かすかに輝いた。
 レプリノイドの彼女にとって、同居人たちとお菓子を分かち合う時間は特別な意味を持っていた。

「ううん……ゴマ団子は冷めるとちょっと、味が下がるからねぇ。
 お土産にはこの月餅はどう? 中は小豆餡で、外の皮には卵黄を練り込んであるの。しっとりした食感と上品な甘さが特徴よ!
 日持ちもするから、大切な人へのお土産にぴったりじゃない?」

 老婆は装飾的な模様が刻まれた円形の菓子を見せる。アルマは興味深げに手に取り、その重みと手触りを確かめた。

「……なんだか、綺麗。何個、いる……かな……」

 アルマは指を折って数を数え始める。
 その仕草は、暗殺者としての素性を感じさせない、純粋な少女のものだった。

赤星・緋色

「チャイルドグリムは全部見つかったんだね。うんうん、よかったよかった」

 緋色は、市場を行き交う人々の間をすり抜けるように歩いていく。
 赤い髪が風に揺れ、左目を隠した少女の姿が、露店の間を軽やかに進んでいく。

「昨日はらあめんだったから、今日は別のにしようっと!」

 彼女は中華街から来た屋台の前で立ち止まる。大きな蒸し器から湯気が立ち上り、香ばしい匂いが漂ってくる。

「やっぱり肉まんだよね。あと……そうそう、飲茶! 飲茶ちょうだい!」
「はいはい。ちょっと待っててね」

 注文した肉まんは、蒸したてで熱々。慎重に一口かじると、ジューシーな肉汁が口の中に広がる。
 薄い皮の中に詰まった具材は、戦闘機械都市の制限された食材の中でも、かつての味を再現しようとする工夫が感じられた。

 飲茶はいずれも簡易的な提供だったが、それでも一つ一つが丁寧に作られている。
 海老蒸し餃子は皮が透けるほど薄く、中の具材の歯ごたえが活きていた。
 焼売からは生姜の香りが立ち、蒸し器から取り出されたばかりの春巻きは、かすかに揚げ油の香ばしさを漂わせている。

「どれもおいしかった~! おなか一杯になったから、なにか『おもしろいもの』でも探そうかな!」
「ふふっ、元気ねぇ。いってらっしゃい」

 緋色は山下公園の中を散歩し始める。
 装甲パネルで覆われた公園は、彼女にとってどこか見慣れた風景でありながら、全く異なる様相を見せていた。
 かつての遊歩道は装甲板で補強され、その表面には戦闘機械群との戦いの傷跡が刻まれている。

 ところどころに残された木々は、まるで装甲の隙間から必死に生命力を主張するかのように葉を茂らせていた。
 プランターには装甲プレートが組み込まれ、その中で育つ植物は、この世界でも確かに生き続ける自然の象徴のようだった。

 海沿いの護岸は幾重もの装甲で強化され、その先には戦艦のような姿をした氷川丸のレプリカが浮かんでいる。
 本物は戦闘機械群の襲来時に撃沈されたが、このレプリカは防衛拠点として機能しながら、かつての横浜の象徴を模していたのだ。

「おぉ~……わざわざ作ったんだ。すごいねぇ」

 装甲で覆われた船体からは、定期的にレーダーの探査波が発信される。
 甲板には対空砲が配備され、船底には魚雷発射管が増設されていた。
 観光船から要塞へと姿を変えた氷川丸は、この世界における変容の象徴のようでもあった。

「なんだか色々『おもしろいもの』があるね」

 緋色は装甲板の上でくるくると回る。左目を隠した少女の姿が、装甲に反射する陽光の中で踊るように動く。
 見慣れているはずなのに見慣れない景色。
 それは彼女自身のように、何かが欠けていながらも、確かにそこにある存在だった。

不来方・白

「日常が戦場、みたいな世界にも……当たり前の、平穏な時間があるのね」

 白は市場の喧噪を眺めながら静かに微笑む。
 人々はつかの間の平和を信じて、買い物を楽しんでいた。
 露店の前では子供たちが何かの端末で遊び、古くからの知り合い同士が世間話に興じている。

「これが、崩されなくてよかった」

 彼女は人の流れを見極めながら、軽やかな足取りで露店の間を歩いていく。
 時折、周囲の様子を確認する仕草は、先ほどの任務の緊張が完全には解けていないことを示していた。
 通りの角を曲がるたびに、無意識のうちに死角を確認している。どこかに敵の兵器がないかと目で追ってしまう。

 そんな彼女の足が、ふと立ち止まる。
 中華街から避難してきた商人が営む衣装店の店先に、一着の|旗袍《チャイナドレス》が飾られていた。

「これは……」

 白の手が、生地に触れる。
 上質な絹織物に施された刺繍は、戦時下にありながらも、職人の技が確かに生きていることを伝えていた。
 白地に赤い刺繍で描かれた花々は、まるで生命力そのものを表現するかのよう。

「あら、気に入りましたか?」

 店主の老女が、にこやかに声をかけてきた。その表情には、久しぶりの客を迎える喜びが浮かんでいる。

「これは伝統的な刺繍なんです。花の形は梅の花を表していて、冬の寒さに耐えて咲く強さの象徴なんですよ」
「そうなんですか。……まるで、この街のようですね」

 白の言葉に、老女は深く頷いた。

「そうそう、だからこそ今の横浜にぴったりだと思って。ちょうどあなたくらいの体格の方に合うんじゃないかしら」
「えっ……?」
「さ、ぜひ中へ!」

 老女は半ば強引に白を試着室へと案内した。
 着替えの手伝いをしながら、彼女は布地の扱い方や着崩れない工夫を丁寧に説明していく。

「普通の服とは勝手が違うと思うけど。でも、すぐに慣れると思いますよ」
「は、はい……」

 試着室で着替えた白の姿は、見事な調和を見せていた。
 すらりとした体つきに旗袍が美しく沿い、スリットから覗く足首は優美な曲線を描く。
 色白の肌は白地の生地と響き合い、黒髪は赤い刺繍の映える襟元に優雅に流れ落ちる。

 白は鏡に映る自分の姿を見つめながら、かすかに微笑んだ。
 着慣れた黒セーラーとは全然違う、新鮮な魅力と着心地をそこに感じていた。

「ありがとうございます。この日の記念に、買わせていただこうかしら」
「ふふっ、ええ、毎度あり」

 白の声には、珍しく少女らしい喜びが混じっていた。
 老女は彼女の体型に合わせた細かな調整を約束し、丁寧に採寸を始める。

 しかし、その作業中も、白の瞳の奥には依然として警戒の色が残されていた。
 人々の笑顔の中に紛れ込んだ違和感。市場の喧噪に隠れた不穏な気配。
 おがみ様としての直感が、まだ何かを感じ取っているのかもしれなかった。

オルテール・パンドルフィーニ
アルティア・パンドルフィーニ

「見たまえアルティア、何でもあるぞ!」

 オルテールは、やや芝居がかった身振りで市場の喧噪を指し示す。
 妹はそんな兄を、少し呆れた顔で見ていた。

「ええ、本当に凄いわ。人間たちのこういうところ、尊敬するのよね」

 彼女の言葉には、かつてドラゴンだった者としての感慨が込められている。

 戦火や災害。多くの人や文明が滅ぶのを見てきたが、同じように、多くの文明が立ち上がるのを見てきた。
 このみなとみらいもまた、戦闘機械によって滅亡の危機にあったとは思えないほどに復興が進んでいた。
 露店が立ち並ぶ通りを、双子は肩を並べて歩いていく。

「それにしても、お兄様はずいぶん楽しそうね」
「それは楽しいさ。お前の腕を更に上げる料理に出会えるかもしれないだろう?」
「……まるで私が作るのが前提みたいだけど。お兄様だって少しは真面目にお料理してくださる? うちは当番制よ」
「……俺は細かい味付けが苦手なんだ。食べる専門が良い」
「やれやれ。そんな言い訳をルネリアの前でもするおつもりなのかしら?」
「ウッ……!」

 痛いところを突かれ、オルテールが呻く。
 年長者として、年の離れた妹の前であまりふさわしくない振る舞いをすることはできない。
 だからといって、料理ができるわけでもない。どこかバツが悪そうに眼を逸らしながら、二人は中華料理の店に辿り着いた。
 そこには簡易的な値札と商品名が並んでいる。作り置きの料理は、パックに入れられ保温機で温められていた。

「おお、これは何だ? ま……ま、ばあ?」
「ええと……失礼ですけれど、|店主《シニョール》。これは何て読みますの?」
「|麻婆豆腐《マーボードウフ》だよ」
「マーボー……!? ちょっと待ってくれ、婆はボーとは読まないはずだぞ!」

「ええと……では、こちらは? 青、ショウ……」
「こっちは|青椒肉絲《チンジャオロースー》」
「なっ……! どれもおかしいわよ!」

 店主は苦笑しながらも、それぞれの字を親切に説明してくれる。
 アルティアは戸惑いながらも、漢字を目で追い、オルテールはどこか遠くを見つめていた。

「喋るのは得意になって来たけれど……漢字を習得するのはもう少し先になりそうね」
「漢字っていうのは本当に言語なのか? 難しすぎる」

 双子は顔を見合わせて苦笑する。
 それぞれの惣菜を購入すると、まずオルテールが麻婆豆腐に箸を伸ばした。

「豆腐が入ってるのか。赤いと辛そうに見えるな」
「お兄様、本当に大丈夫?」

 心配する妹をよそに、オルテールは一口を口に運ぶ。
 山椒のしびれるような辛さと、豆板醤の深い味わいが口の中に広がる。
 挽肉の旨味が豆腐に染み込み、その味わいは予想以上に奥深い。

「なるほど、中華料理は辛いものなのか。うん、これはうまいぞ。気に入った! アルティア、今度作ってくれたまえ」
「気軽に仰らないでよ! まあ良いわ、今度レシピを調べなきゃ……でも、あんまり味見したくないわね、その赤さ」

 続いてアルティアは青椒肉絲を口に運ぶ。
 ピーマンと細切り肉が絡み合い、オイスターソースの香り高い味わいが広がる。
 辛さは控えめで、野菜の甘みが効いている。野菜の質はそう良くないが、それでも味わいとしては十分だった。

「こっちの青椒肉絲はあんまり辛くはないわ。でも美味しいわよ。お兄様にもあげる」
「ありがとう。アルティアもこの麻婆豆腐を食べたまえ」
「ちょっと! それ辛いんでしょ!?」

 互いの取り皿に料理を分け合いながら、二人は中華料理の新しい味わいを堪能していく。
 麻婆豆腐は確かに辛みが強かったが、アルティアの想像していたような嫌な痛みはなかったようだ。

「ふう。どちらもおいしかったわ」
「ああ、何かルネリアに土産を買っていきたいな。菓子とかはないだろうか」
「そうねぇ。つき......もち? って書いてあるわ。日本のお饅頭に似てるのがあるわよ」
「おお! 店主、これは何だろう。饅頭か?」
「ああ、それは月餅といってね――」

 双子は月餅の説明に聞き入る。
 戦時下の市場で、かつてのドラゴンの双子が人間の食文化に触れる。その光景は、どこか不思議な温かさを湛えていた。

リノ・セラフ

 リノは駐機場に機体を残し、市場を歩いていた。
 彼女の本拠地である大黒ふ頭の前哨基地とは、まるで違う光景が広がっている。
 そこには倉庫や兵器だけでなく、人々の生活を感じさせる温かみのある空間があった。

「人は多いけど、平和な空気。こんな場所もあるのね……」

 屋台で購入した肉まんを手に、リノは警戒を怠らず歩を進める。
 蒸籠から立ち上る湯気に誘われ、ふわりと柔らかな生地に歯を立てる。

 口の中に広がる肉の旨味と、ジューシーな肉汁。
 香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、思わず目を閉じそうになる。
 いつもの戦闘糧食とは比べものにならない豊かな味わいに、彼女は一瞬だけ現実を忘れかける。

 ……しかしすぐに、訓練施設での記憶が蘇った。
 製造上の不具合。一代限りの生命を定められた欠陥品。

 そう宣告された日の光景は、今でも鮮明に残っている。
 試作兵器P-530の記憶を持つレプリノイドとして製造された彼女は、その時から「失敗作」のレッテルを背負わされていた。

 訓練場で何度も繰り返された実弾射撃。
 夜を徹しての格闘訓練。
 戦術シミュレーションの際限ない反復。
 全ては「欠陥」を埋め合わせるための必死の努力だった。

「チャイルドグリムは片付いたけど……」

 リノは肉まんを頬張りながら、周囲を注意深く観察する。
 本来なら、機械の仕掛けと同時に敵の攻撃があってもおかしくなかった。
 作戦の失敗? それとも陽動?

 露店の間を縫うように人々が行き交う。大人たちの日常の会話が飛び交う。
 戦時下にありながら、確かな生活がそこにはあった。

(守らなきゃ。この光景を、この人たちを)

 しかし次の瞬間、暗い思いが胸を過る。

(でも、失敗作の私に……何が出来るの?)

 肉まんの味が、急に薄れたように感じた。訓練と戦闘に明け暮れた日々の記憶が、また心を締め付ける。
 戦場で仲間が倒れていく光景。力及ばず、守れなかった民間人たち。そして何より、自分の「欠陥」という事実。

(もっと……もっと、力が欲しい)

 リノは最後の一口を噛みしめる。甘美な味わいの中に、彼女の渇望が溶け込んでいく。

(皆を守れるような、圧倒的な力が)

 市場の喧噪の中、少女人形の瞳は硬質な光を宿していた。
 それは限りある生命を与えられた者の、決して消えることのない願いの光だった。

血祭・沙汰子

 沙汰子は市場を静かに歩いていた。
 左右のハチェットは収められているものの、その姿勢からは常に戦闘態勢を維持している様子が窺える。
 無表情な冥土長の眼差しは、露店の商品を見定めながらも、同時に周囲の状況を細かく観察していた。

(チャイルドグリムの残骸、及び未起動個体の有無を確認)

 彼女は露店の隙間、物陰、そして人々の動線にまで目を配りながら、慎重に探索を続ける。
 しかし、不審な痕跡は見当たらなかった。
 そうして立ち止まったのは、乾物を扱う露店の前。長期保存が可能な食材が、整然と並べられている。

「……そうですね。兵士諸君に、差し入れでも考えてみましょうか」

 淡々とした声で、沙汰子は商品を選び始める。
 まず手に取ったのは、特殊な乾燥処理を施された高カロリーの干し肉。戦闘時の栄養補給に適している。
 次に、長期保存可能な乾燥野菜の詰め合わせ。キャベツやニンジン、タマネギなどが、薄くスライスされて脱水処理されていた。

 次に足を止めたのは、茶葉を扱う店。
 ここには中華街から避難してきた茶商が、貴重な茶葉を取り扱っていた。

「……あとは、|主《ナナリン》に提供する茶を買っていきましょうか」

 ここでの品選びは特に慎重だった。
 まず手に取ったのは、高級な烏龍茶。渦を巻くように丁寧に揉まれた茶葉は、深い香りを漂わせている。
 次に、ジャスミンの香りを纏った緑茶。花びらが混ぜられた茶葉からは、優雅な芳香が立ち昇る。
 最後に、濃い琥珀色の紅茶。茶葉を開くと、ベルガモットの爽やかな香りが広がった。

 一つ一つの茶葉の状態を確認し、香りを吟味する。
 無表情な表情は変わらないものの、その仕草には深い敬意が込められているようだった。
 品定めの末、三種の茶葉全てを購入することにした。

 購入を終えた沙汰子は、最後にもう一度市場を見渡す。
 全ての品物は、戦闘時にも携帯しやすいよう丁寧に荷造りされていた。

(この街に平穏が戻った……主もお喜びになるはず)

 表情に変化はないものの、その眼差しはわずかに柔らかさを帯びていた。

(もう何事も起きませんように)

 無言の祈りを胸に、沙汰子は帰途に就く。
 冥土長の背には、部下たちと主への想いを込めた土産が納められていた。

深雪・モルゲンシュテルン

「……あの時に見た、レリギオス・ランページの認識タグが気になります」

 深雪は、市場の監視カメラ映像を脳内ディスプレイで確認しながら、中華料理の屋台に向かっていた。

「でも、その前に補給をしましょう……。脳内リソースを多く使っていますから。これは必要なことです」

 避難してきた中華街の料理人たちが切り盛りする調理場。
 深雪は誰にともなく言いながら厨房越しに注文を告げる。

「麻婆豆腐定食と、エビチリの単品を。ご飯は大盛でお願いします」
「お、おいおいお嬢ちゃん。そんなに食べられるのかい?」
「ええ、問題ありません。私、消化器も強化されてますから」

 深雪は何気なく言い添える。料理人は苦笑しながら注文を通してくれた。
 程なくして運ばれてきた麻婆豆腐は、真っ赤な色をした本格的な四川風。山椒の香りが立ち昇り、油が煌めいている。

「おお……これは、山椒の配合が絶妙ですね」

 一口食べると、舌の上で痺れるような刺激が広がる。豆腐は柔らかく、挽肉の旨味が溶け込んでいるようだ。

「通常の人体では、この刺激は相当なものでしょうが……」

 深雪は淡々と分析しながら、着実に箸を進めていく。大盛りのご飯が、見る見る減っていった。
 続いて運ばれてきたエビチリも、鮮やかな色合い。プリプリとした海老の食感と、甘みの中に潜む辛味のバランスが絶妙だった。

「むぐ……この調理法なら、乾燥させて保存したエビでも最大限の味が引き出せる。戦闘機械都市での運用に適していますね」

 深雪は少しずつ、この料理の戦術的価値も判断していた。
 そして、最後の一口を口に運んだ瞬間――

 彼女の脳内に、警告が点滅する。

「来ました」

 市場の上空に、恐るべき速度で影が現れた。人型の戦闘機械、その装甲には「DR」のマークが刻まれている。
 ドクトル・ランページ。
 チャイルドグリムの失敗を察知し、直接介入を決断したのだろう。

「防衛システム、一斉起動!」
「な、なんだなんだ!?」

 深雪の声が響くと同時に、市場に隠されていた無数の防衛装置が作動を開始する。
 地面から対空砲が立ち上がり、建物の壁から迎撃ミサイルが展開する。
 彼女の脳がそれらの装置と同期し、まるで自分の手足のように防衛システムを制御していく。

「目標、ドクトル・ランページ。射程距離、展開完了」

 深雪の瞳が青く発光する。
 戦闘が始まろうとしていた。

第3章 ボス戦 『『ドクトル・ランページ』』


 警報音が市場区画に轟く中、巨大な人型機械が空を舞い、高速で迫ってきていた。
 茜色のロングヘアが大気を靡かせ、尾のような外骨格が優美な弧を描く。
 その姿は、戦闘機械とは思えないほどの気品に満ちていた。

「チャイルドグリムが無力化されたと来てみれば、やはり√能力者が絡んでおったか。それでは謹んで、学ばせていただこう」

 ドクトル・ランページの声が、街中に響き渡る。
 地上からの応答は、火炎の嵐だった。

 装甲都市の隠し砲座から連射される対空砲火。
 建物の壁から展開された対空ミサイル。高層ビルの屋上から放たれるレールガンの電撃。
 しかし。

「なるほど。横浜の防衛網は、このような構成なのだな」

 ドクトル・ランページは、まるで授業を受けるかのような口調で呟く。
 彼女の周囲に展開された電磁バリアが、すべての攻撃を完璧に防いでいた。

 対空砲火は茜色の髪に触れる前に消え去り、ミサイルは尾のような外骨格から放たれる光線によって爆散する。
 レールガンの電撃は、まるで彼女に敬意を表するかのように、その装甲の周囲を円を描くように逸れていく。

「無論、これだけではあるまいな?」

 その声には、どこか期待を込めた響きがあった。
 応えるように、横浜港に停泊していた護衛艦から、新たなミサイルが発射される。
 海上からの一斉砲撃が、街を守るように放たれた。

「ほう。相応の海上戦力も持ち合わせているらしい」

 ドクトル・ランページの声が、歓びに震える。
 外骨格が大きく展開し、彼女の姿が海へと向かって移動を始める。

「これは、是非とも詳しく研究させていただかねば」

 茜色の残光が、横浜の空に弧を描く。
 新たな戦場が、海上で幕を開けようとしていた。

 ※第3章は強襲してきたドクトル・ランページとの海上戦になります。
 ※海上戦闘、空中戦闘などが困難な人には戦闘用シーバスが貸し出されます。
クラウス・イーザリー

「やっぱり襲撃はあったね」

 けたたましい警報の中、クラウスは港に停泊していた戦闘用シーバスに飛び乗る。
 装甲で強化された小型の高速艇が、彼を乗せて海上へと滑り出す。

(接近戦は危険だ。彼女の撃ち出す『物質崩壊光線』の範囲には近づけない)

 スナイパーライフルを構えながら、クラウスは状況を分析する。
 ドクトル・ランページの周囲には常に光線が放たれ、その範囲内の物質は脆弱化する。
 装甲も、そして武器も意味をなさなくなる危険な能力だ。人間を含め、物理的な物質は無力化されてしまうだろう。

「フレイムガンナー、起動」

 ならば、とクラウスはライフルを構えた。スナイパーライフルが発光し、形を変えていく。
 銃身が延長され、火炎制御機構が展開する。
 クラウスはサイトを覗き、照準を合わせる。
 風向き、波の揺れ、相手の移動速度。すべての要素を計算に入れた偏差射撃。

 ――引き金を引く。
 炎を纏った弾丸が、海上の空を切り裂いていく。

「なにッ……」

 ドクトル・ランページが振り向く直前、弾丸が彼女の肩を貫いていた。
 装甲に小さな損傷。決定的なダメージではないが、確実に命中させた。

「面白いことをする」

 彼女の外骨格が大きく展開する。
 次の瞬間、クラウスの周囲の海面が七色に輝き始めた。

「っ!」

 シーバスのエンジンを全開にし、ハンドルを操作。その場から離脱する。
 直後、海面から物質崩壊光線が噴き出し、さっきまでいた場所が歪んでいく。
 クラウスは即座にハッキングを仕掛けるが、ランページのシステムは想像以上に強固だった。
 代わりにエネルギーバリアを展開し、迫り来る次なる攻撃を防ごうとする。

「おや、随分と経験豊富な動きではないか」

 ランページが一気に接近してくる。
 クラウスは電磁ブレードを展開し、彼女の格闘戦を止めようと試みる。

 しかし、その瞬間。
 ランページの外骨格から放たれた光線が、シーバスの装甲を脆弱化させ始めていた。

(これ以上は危険か……!)

 クラウスは咄嗟にシーバスの向きを変え、全力で後退する。
 装甲の一部が崩壊していく中、何とか戦闘圏外までの脱出に成功した。

「……撤退か。良い判断だ。また会おう。とても良い研究になったぞ……」

 ランページの声が不気味に響く。
 茜色の髪が海風になびく中、彼女の姿が新たな標的を求めて移動を始めていた。

アルマ・ノイマン

 戦闘用シーバスが波を切り裂いていく。
 アルマは無表情のまま状況を観察していた。小柄な|少女人形《レプリノイド》の姿は、装甲で武装された無骨な高速艇の中で一層際立っている。

 彼女の背後で、ファミリアセントリーらが静かに浮遊していた。
 半自律浮遊砲台は、まるで忠実な従者のように装備者に寄り添いながら、その砲口をランページに向けている。

「……照準、補正」

 短い言葉とともに、ファミリアセントリーが一斉射撃を開始する。
 思念により制御された砲撃が、ランページを目掛けて放たれる。細かな光線が空へと放たれる――だが。

「ファミリアセントリーか。この程度の武装、私にとっては物の数ではない」

 ランページは優雅に体を傾け、大半のレーザーを回避。直撃した数発も、その装甲にわずかな焦げ跡を残すのみだった。
 次の瞬間、彼女の外骨格が大きく展開する。
 海面が七色に輝き始め、物質崩壊光線の予兆が現れる。

「……回避、困難」

 アルマの冷静な判断が響く。
 現状の進行速度。そしてシーバスの機動性では、この距離からの全方位攻撃は避けきれない。
 直撃してしまう。
 頭の中のシミュレーションデータが警鐘を鳴らす、その時――。

「一斉射撃!」

 岸壁から轟音が響き渡る。
 横浜防衛隊の対空砲火部隊が、一斉射撃を開始していた。
 砲弾が空気を裂く甲高い音と共に、弾丸がランページに命中。激しい爆発を起こす。

「人間の防衛隊か」

 爆風の中から現れたランページが一瞬、砲撃に注意を向ける。
 その隙を見逃さず、アルマは即座に行動を開始する。

「マルチ・サイバー・リンケージ・システム、展開」

 銀色のワイヤーが、アルマの背後から放たれる。
 それは岸壁の砲撃部隊へと伸び、各砲手と接続していく。

「これは……!?」
「見える……見えるぞ! 敵の動きが!」
「撃て! 撃ちまくれ!」

 ワイヤーで接続された砲手たちの動きが、より正確に、より迅速になっていく。
 √能力者ではない彼らの反応速度と命中精度は、システムにより、√能力者並の水準にまで強化されていたのだ。

 強化された対空砲火がランページを包囲する。彼女の逃走経路をつぶし、回避を許さない。
 アルマのファミリアセントリーもそれに合わせ、狙い済まされた角度から集中砲火を浴びせた。

「なるほど、人形と人間の連携か……」

 ランページは装甲の損傷を確認しながら、わずかに後退する。
 いかに強固な装甲であっても、外れることのない飽和攻撃をいつまでも受けていては大破しかねない。
 アルマと人間たちの連携は、それほどの焦りを彼女に与えたのだ。

「……一時、撤退」

 アルマの短い言葉が波に飲まれていく。
 さらなる援護射撃の中、白髪の少女人形は静かにシーバスの針路を変えていった。

赤星・緋色

「青い空ー。広い海ー。そして鳴り響く警報ー……」

 緋色は軽やかな足取りで戦闘用シーバスの上を歩き回る。周囲の緊迫した空気とは不釣り合いな、どこか楽しげな様子だ。

「ふっふっふー。あるはずのないものが、あるはずのないところにある。それを排除すれば必ず仕掛けた本人が確認にやって来る。……って、私が言ってた。気がする」

 彼女の背後で、エフェクトパーツが次々と展開されていく。
 光を放つ機械部品が宙を舞い、まるで舞台効果かマンガのような輝きを放つ。
 ドクトル・ランページは、新たな標的の出現に気づき、ゆっくりと振り向いた。

「ほう。愉快な演出だな」

 ランページの外骨格が広がり、物質崩壊光線の予兆が海面に現れる。

「だが、そんなものが戦場で果たして役に立つか――」
「お姉さん、気づいてる?」

 緋色は片目を覗かせながら、不敵な笑みを浮かべる。

「その物質ほうかい? 光線。範囲が広すぎて、お姉さんの抵抗も下がってるんじゃない?」

 彼女の言葉に合わせ、エフェクトパーツが一斉に輝きを放つ。
 「!」マークやトゲトゲ吹き出し。それらが物理的な攻撃力を持ち、次々とランページに向かって飛んでいく!

「この程度……ッ!」

 しかし、ランページの言葉は途中で途切れた。
 僅かな光の粒子が装甲を貫き、予想以上の痛みを彼女に与えていた。
 物質崩壊光線は確かに、ランページ自身の装甲をも一時的に融解させていた。すなわち、緋色が取ったように、カウンターの戦法であればランページにより大きなダメージを与えられるのだ。

「防衛網の攻撃は防げても、私たちのルート能力だとどうかな?」

 緋色の声には、どこか遊び心が混じっている。
 しかし、その戦術は確実にランページの弱点を突いていた。
 エフェクトパーツからの攻撃は続く。
 それぞれは微弱な一撃に過ぎないが、自らの光線の影響で、確実なダメージとなっていく。

「なるほど。私の能力の弱点を暴いたか。見事なり」

 ランページは装甲の損傷を確認しながら、一歩後退する。
 研究者としての興味と、戦術家としての警戒が、彼女の中で交錯していた。

「ふっふっふー。もっと遊びたいけど……とりあえず、今日はここまでかな?」

 緋色のエフェクトパーツが、その光を徐々に和らげていく。
 彼女の元にエフェクトが戻るころには、それは海の波に揺れ、見えなくなっていった。

不来方・白

「好事魔多し、とはよくいったものですね」

 白は、揺れる戦闘用シーバスの上から空を見上げる。
 潮風が彼女の黒髪を靡かせ、涼しげな瞳に茜色の機影が映る。
 波しぶきが装甲の表面を叩き、その音が戦場の緊張を刻んでいた。

「でも、今日は好きにはさせない」

 彼女の手には、神域の剣「久那斗剣」が握られていた。
 波間に揺らめく太陽の光が、その刃を神々しく照らし出す。

 対峙するランページの外骨格が大きく展開する。
 煌めく装甲の隙間から機械的な駆動音が漏れ、尾のような装甲が、まるで生きているかのように蠢き始める。

「悪くない業物だ。ぜひ知りたい……その力!」

 ドクトル・テイルと呼ばれる尾状の部位が、精密な軌道計算に従って白めがけて襲いかかる。
 一撃、また一撃。その動きは正確な機械工学に基づいた必殺の軌道を描き、波紋が同心円を描くように広がっていく。
 海面を叩く衝撃波が、シーバスを大きく揺らす。
 しかし。

「科学だけが、全てじゃありませんよ」

 インビジブル融合により強化された白の身体能力が、冷静な刀捌きで応える。
 鋼鉄の尾と神域の剣が、火花を散らして交差する。その火花は海面に落ちては消え、束の間の光となって戦場を彩る。

 ランページの尾による攻撃は加速の一途を辿る。
 海風が装甲の隙間を抜ける音も、まるで鋭い悲鳴のように変わっていく。

 しかし白の表情は、どこか捉えどころのない微笑みを浮かべていた。
 東北の山奥で代々受け継がれてきた神秘が、その瞳の奥で静かに輝いている。

 その時。
 誰の目にも、それが起きた瞬間は捉えられなかった。

 ランページの周囲の空間が、突如として歪む。理論も、解析も、予測も及ばない異変。
 戦場に漂うインビジブルたちが、まるで意思を持ったかのように集まり、渦を巻き始める。
 透明な存在達の群れが、科学の及ばない神秘の力に導かれ、奇妙な形を作り出し、ドクトル・テイルの動きを妨げたのだ。

「なっ……これは!? インビジブルが、なぜ――!」

 科学者としての理性が、説明のつかない現象を受け入れられない。
 完璧な計算に基づいて組み立てられた思考回路が、未知の事象の前でわずかに乱れる。ランページの動きが、一瞬だけ止まる。

「実戦とはそういうものでしょう?」

 白は久那斗剣を構え直す。刀身に宿る神霊の気配が、周囲の空気を震わせる。
 剣が閃く。
 その一撃は、歪んだ空間の中で奇妙な軌跡を描き、ランページの装甲に深い傷を刻む。

「ぐっ……! バカな! こんなことが……!」

 ランページの声が荒れる。完璧な制御と計算に基づいた戦闘プログラムが、説明のつかない異変の前で乱れ始めていた。
 茜色の髪が乱れ、外骨格の動きにも乱れが生じる。

 白の姿は、もはやそこにはない。
 ただ、涼やかな風と、黄泉の剣が残した一筋の傷跡だけが、戦場に残されていた。

リノ・セラフ
黒栖・鳳華

「目標確認、P-530、出撃します!」

 リノは試作兵器P-530『アーリーコブラ』の操縦席に身を沈める。
 艤装が次々と展開され、飛行型ウォーゾーンとしての姿を整えていく。
 装甲の隙間からは青白い駆動光が漏れ、推進器が低く唸り始める。操縦系統に手を置くと、彼女の指先がわずかに震えた。

 製造上の不具合で一代限りの命を定められた欠陥品。
 そんな自分に何ができ、何ができないのか、彼女は知っている。
 今回は、「できない方」だ。

 しかし、それでも空へ。戦場へ。
 一度きりの命を持つ彼女は、ためらいなく飛び立った。海風が機体を包み、太陽の光が装甲を照らす。

「全武装、一斉発射!」

 リノの指先が操縦系統を踊る。幾度もの実戦で磨かれた技術が、機体の全てを意のままに操る。
 セントリーが編隊を組んで展開し、ドローンのような高速砲台が幾何学的な陣形を描く。
 青い光を放つレーザー光線と、赤い閃光を放つ実弾による攻撃が、ランページを包囲していく。

「なかなかの操縦技術だ……」

 ランページは物質崩壊光線で攻撃の大半を無効化しながら、しかし僅かな損傷を受けていた。
 セントリーの連携攻撃は、予測不可能な軌道を描き、彼女の計算の一部を確実に狂わせている。

「これ以上は行かせません!」

 リノの声が震える。計器類がランページの武装と高すぎるエネルギーに警告を発し、限界値を示していく。
 一撃でも被弾すれば命を落とす。甲高いノイズはそう警告しているのだ。

 √能力を持たない彼女には、この戦いが命懸けであることを誰よりも理解していた。
 一度きりの命が、その瞬間にも燃え尽きようとしている。それでも、ここで退くわけにはいかない。

「死にたくない……けど、逃げるのはもっと嫌だから!」

 P-530が最大出力で突っ込む。しかしランページは、それを空中機動で容易く避けた。

「な――」
「能力者ではない者が、よくぞここまで。だが、これまでだ」

 その機体から放たれる物質崩壊光線が、P-530の装甲を蝕み始める。
 非人道的な改造手術で強化された身体を持ってしても、この一撃は避けられない。計器が断末魔のような警告音を発する。

 リノは目を閉じた。脳裏に、短い生涯の記憶が走る。
 しかし、予期された衝撃は訪れなかった。

「そこまでよ!」

 太陽を背に、機械の翼を広げた影が舞い降りる。
 漆黒の翼が光を遮り、まるで堕天使のような姿が浮かび上がる。
 念動力による防壁が、虹色の輝きを放ちながら、物質崩壊光線を確実に逸らしていた。

「待たせたわね。助けを呼んだのはあなたかしら?」

 黒栖・鳳華(|閃甲令嬢《レディ・シャイニン》・h00099)は、P-530のキャノピーに立ちながら、リノの方へ振り返り微笑む。
 鉄十字怪人として生まれ変わった彼女の姿には、悲しい過去を乗り越えた者だけが持つ気高さが漂っている。

「あなたは……?」
「私は黒栖・鳳華――|閃甲令嬢《レディ・シャイニン》。通りすがりのソルジャーよ!」

 タクティカル・セルが展開され、戦場に無数の光点が散りばめられる。
 鳳華の細胞が変容し、蛍のような輝きを放つ戦術ドローンとなって空間を埋め尽くしていく。
 その光は、戦場に幻想的な美しさをもたらしていた。

「……っ!」

 リノは即座に機体の態勢を立て直す。
 セントリーを再展開し、全ての武装システムを起動。
 推進器の悲鳴が響く中、鳳華のタクティカル・セルと呼応するように、赤と青の火線の壁を形成していく。

「くっ……鬱陶しい!」

 ランページは上空へ逃げざるを得なくなる。だがP-530からなおも続く対空飽和攻撃に視線を落とさざるを得ない。
 その瞬間を、鳳華は見逃さなかった。

「どこを見ているの!?」
「なにっ……!」

 弟の形見であるレーザーブレードが、茜色の閃光を放つ。
 その輝きには、家族を失った哀しみと、新たな絆を得た強さが混ざり合っていた。
 一撃で、ランページの推進器が切断される。

「貴様ッ……」
「今です!」

 落下するランページに向かって、リノが突進する。
 P-530のリミッターを解除し、キャノピーを解放。激しい向かい風の中、ディスライサーを両手に構える。
 機体の関節から火花が散り、装甲が軋むような音を上げる。

「はああああああッ!」

 光波振動剣が、ランページの胴体を袈裟懸けに斬りつけた。
 戦場に轟音が響き、海面が大きく波打つ。
 ――しかし。

「忌々しい……だが、素晴らしい」
「うそ、まだ生きて……!?」

 装甲に深い傷を負いながらも、ランページの姿は消えていなかった。
 茜色の髪が風に靡き、破損した外骨格から火花が散る。しかしその表情には、どこか満足げな微笑みが浮かんでいた。

「やはりそうだ。我らはまだまだ、学ばねばならぬ」

 ランページの残存する推進器が光を放ち、ナノマシンが損傷を修復していく。
 破損した装甲から漏れる光が、夕暮れの空に新たな光を描いていた。

久瀬・彰

「やれやれ、随分と派手なお客様だね」

 岸壁の片隅で、彰が疲れた様子で呟く。首から下げた赤い石が、かすかに明滅している。
 海上では、ドクトル・ランページが一時的に停止していた。
 これまでの戦闘で受けた損傷を、内部のナノマシンで修復している最中だ。
 茜色の髪が風に揺れる中、その装甲の亀裂から青白い光が漏れていた。

「勉強熱心なところ悪いけど……」

 彰は背筋を伸ばし、静かに両手を前に掲げる。
 彼の周囲で、影が不自然な動きを見せ始めた。

「お引き取り願うとしようか」

 霊力を帯びた影が、まるで生き物のように蠢きながら集まってくる。
 それは次第に形を変え、一本の長槍となっていく。深く貫くことに特化した、螺旋状の槍だ。
 海上戦での不安定な足場は避けたい。陸上からの狙撃なら、視界さえ確保できれば十分だ。

(本当は一発で決めたいところだけど……)

 彰は槍を構えながら、状況を見極める。
 ランページの胴体、できれば急所を狙いたい。だが、この距離で果たして届くだろうか。

 彼は槍を後ろに引き、投擲の態勢を取る。
 影から作られた槍は、深く命中すれば、相手の存在そのものを消失させる力を持っていた。

「……行け!」

 意識の外から、不意打ちの一撃が放たれる。
 槍は光を纏わずに飛翔し、まるで闇そのものが突き進むかのような軌跡を描く。
 ――しかし。

「――! エネルギー反応!」

 ランページの外骨格が瞬時に展開し、槍を受け止める。
 装甲に新たな亀裂が走り、ナノマシンの修復が追いつかない損傷が生じた。
 槍を受け止めた装甲が黒く染まる。それは実体を徐々に失い、溶けていくように消え始める。

「……完全には刺さらなかったか」
「これは一体……!? 解析不能の現象……チィッ、忌々しい……!」

 ランページの声からは普段の余裕や好奇心は鳴りを潜めていた。
 やはり、科学によって解明することができない攻撃は、彼女にとって痛手でしかない様子だ。

「あの距離から気付くとはね。センサー系の敵には微妙か」

 一方の彰も、肩をすくめながら次の一手を考え始める。
 機械とオカルト、怪奇の力。苦手とするのはお互い同じだった。

オルテール・パンドルフィーニ
アルティア・パンドルフィーニ

「ふむ、状況的にはやむを得ないと思うが……アルティア、どうだ?」

 激しく揺れる水面を見ながら、オルテールが妹に向かって問いかける。
 彼は海面に映る自身の姿を確認していた。緑の髪に、赤色の瞳。それはまるで、記憶の彼方のかつての己を思わせる。

「お兄様だけなら、まあ良いわ」

 アルティアは少し気難しい表情を浮かべながら、シーバスに飛び乗る。波しぶきが彼女の周りに舞い上がった。
 ランページは既に各所に損傷を負っており、装甲の亀裂からは青白い光が漏れている。
 ナノマシンによる修復も、もはや追いつかないようだ。
 茜色の髪が乱れ、外骨格の動きにも僅かな乱れが見え始めていた。

「では――」

 オルテールの背後で、銀色の光が広がる。
 まるで月光が実体化したかのような輝きの中、普段は隠している翼が現れる。
 その羽は大気を切り裂き、かつてのドラゴンとしての威厳を示していた。

「はは、空を飛んだ記憶なんかないが、体は覚えているものだな!」

 オルテールが優雅な動きで空へ舞い上がる。
 その姿に、ランページの装甲が反応するように震える。高等種の気配――エネルギー反応を感じ取ったのだろう。

「私は援護を担当するわ。お兄様の動きの邪魔にならないように」
「ああ。頼りにしているぞ!」

 双子の声が響く。アルティアの周囲の海の中から、蔦が不気味に蠢き始める。
 シーバスの装甲に這い上がった蔦は、まるで生き物のように周囲の状況を探っているようだった。

 オルテールが空中で円を描くように旋回する。
 その瞬間、ランページの装甲が大きく展開した。
 マシンガンとミサイルランチャーが一斉に姿を現し、怒濤の如く連射を開始する。
 弾丸の雨が海面を叩き、ミサイルの残光が空を引き裂いていく!

「ほう、これは派手な歓迎だ。さすがは戦闘機械群の統率者!」

 オルテールは流麗な動きで弾道を避けながら、ランページの周囲を旋回する。
 しかしそれでも、避けきれない弾丸の傷が少しずつその身に刻まれていく。

「本当は全部避けられれば恰好いいんだろうが……」
「私たちはドラゴンよ。多少の傷程度、どうってことないでしょう?」
「ならばその傷、多少のものではなくしてくれよう!」

 さらなる砲門を展開するランページ。オルテールは翼膜で空を叩き、剣を振るう。
 一方のランページもまた、その攻撃を空中機動で回避。空中を踊るように、2体の強者が食らい合う。

「お生憎様。私を忘れてはいないかしら?」

 そんな唾競り合いの最中、アルティアの蔦が一斉に伸び、水中に落下した弾丸の数々を捕らえていく。
 捕らえた弾丸は、まるで投石器のように一気にランページへと投げ返された。
 不意を突かれた攻撃に、ランページの装甲が新たな損傷を受ける。

「ぐっ……貴様……!」

 ランページの声に焦りが混じる。彼女の外骨格が大きく展開し、尾のような部位が暴れまわる。
 その範囲は広く、オルテールとアルティアの両方を捕らえようとしていた。
 装甲の亀裂からは青白い光が漏れ続け、その動きには以前の優雅さが失われ、まるで手負いの獣のように激しく暴れるドクトル・テイル。

「そうはさせんよ!」

 オルテールはマントを脱ぎ捨て、その怪力でテイルを巻き取り、弾き返す。
 ドラゴンの力を宿した腕が、尾の攻撃を真正面から受け止めた!

「我々には|高等種《りゅう》としての責務がある。人間のことは、その文化ごと愛し守り抜かねばならないのでね!」
「人間に仇なす|劣等種《きかい》など、お呼びでないのよ!」

 テイルを弾いたその隙を突いて、オルテールの剣が閃く。
 ツヴァイヘンダーの刀身が青く輝き、その光は横浜の空を一瞬だけ染め上げた。力強い一撃が、ランページの装甲を深く貫く。

「ぐ、あ――アアアアアァァッ!!」

 ランページは大きく後退しながらツヴァイヘンダーの刃を引き抜き、必死に装甲の修復を試みる。
 しかし、ナノマシンの働きは鈍く、装甲の亀裂は広がる一方だ。茜色の髪が乱れ、その瞳には戸惑いの色が浮かんでいた。

「この私が……ここまで、追い詰められるなど……!」

 憎々しげに竜を睨むランページ。
 人間を愛するものと、それを利用しようとする者。決着はつこうとしていた。

深雪・モルゲンシュテルン

「防衛設備だけでの撃破は不可能……予想通りの結果です」

 深雪は、海岸線に設置された監視システムのデータを直接脳に取り込みながら、静かに分析を続けていた。
 サイボーグ化された彼女の瞳が青く明滅し、戦闘データが次々と処理されていく。

「しかし、ドクトル・ランページの奇癖……研究への執着を利用して、ここまで時間を稼げました」

 装甲都市の防衛システム。そして数々の√能力者の戦いは、確実にランページの戦力を削いでいた。
 だが、それ以上に重要だったのは、彼女の分析欲を刺激し続けたことだ。

 新たな防衛システムや能力に遭遇するたびに、彼女は必ず詳細な観察を行う。
 その習性が、戦闘を長引かせる要因となった。そして、ここまで彼女の負傷を大きくしたのだ。

「後は……」

 深雪は神経接続型エアバイクに跨がる。
 バイクと彼女の神経系が直接リンクし、その存在が彼女の肉体の一部となっていく。
 これがサイボーグとしての彼女の特殊性——エアバイクのホバー機能が起動し、海上を疾走し始める。
 波しぶきを上げながら、彼女は戦闘エリアへと急接近していく。

 ランページの外骨格は既に大きく損傷しており、その動きには明らかな乱れが見える。
 能力者たちとの戦いで受けた打撃は、もはやナノマシンでは修復が追いつかないようだ。

 しかし、その分だけ彼女の攻撃は無秩序に、そして危険になっていた。
 物質崩壊光線が無差別に放たれ、海面を歪ませていく。

「対空狙撃、実行します」

 深雪は電脳制御でバイクの操縦をハンズフリー化し、対ウォーゾーンマルチライフルを構える。
 銃身が変形し、電極針弾投射形態へと移行していく。

(ロックオン……)

 彼女の脳裏で弾道計算が実行される。
 風向き、気圧、湿度、さらにはランページの電磁バリアによる弾道の歪みまで、すべての要素が計算に組み込まれていく。
 その視界に、ロック完了の文字が踊る。

「発射」

 静かな声とともに引き金が引かれ、電極針弾が放たれる。
 完璧な計算に基づいた一撃は、ランページの死角を突き、その装甲を貫通した。

「なにッ……!? ぐ、これは……! 私の機能を麻痺させたのか……!」

 放電による麻痺効果が装甲全体に広がり、ランページの動きが一瞬停滞。
 火を吹いていたスラスターの機能も停止し、その体が重力に従って落ちていく。

「チェーンソーユニット、安全装置解除」

 間髪入れずに、深雪の背後で巨大なチェーンソーが起動する。
 対するランページも、落下しながら大量の光線を放っていた。

「舐めるな……! マテリアル・キラー、全砲門開け!」
「……っ!」

 深雪はエアバイクを急旋回させ、物質崩壊光線を回避しながら接近。
 ハンドルを何度も弾き、数ミリの死線を潜り抜けながら、ランページの落下地点へとバイクを進めていく。

「断ち切ります」

 そして麻痺で動きの鈍ったランページに、巨大な刃が突き刺さる。
 鎖鋸が装甲を切り裂き、深部まで到達する。青白い光が漏れ出す亀裂が、さらに大きく広がっていく。

「グ、ア……アアアアァッ……!!」
「この地であなたが知るものは、苦い敗北の経験だけですよ」

 深雪の冷静な声が響く中、ランページの装甲が大きく崩壊していく。
 ――しかし。

「まだ、だ……! 最終戦闘モード、起動ッ!」

 突如、ランページの体内から赤い光が漏れ始める。
 損傷した装甲が歪な形に変形し、まるで別の生命体のように蠢き始めた。

「これは……オーバークロック……!」

 深雪の声に焦りが宿り、脳内が警告を発する。
 ランページは自己の機体能力を限界まで向上させていく。それはすなわち、リミッターの解除による自己崩壊を招く一手。

 じきにランページは崩壊するが、それまでに能力者や民間人に被害が出かねない。
 ランページの体が、暴力的な光に包まれていく……!

血祭・沙汰子

「……警報、確認」

 横浜の空に警報音が響き渡る中、沙汰子は静かに瞳を閉じた。

「夢兎眠、出動します」

 無表情な冥土長の姿が、闇を纏って消失する。次の瞬間、彼女は空中に現れていた。
 地下秘密部隊「夢兎眠」に属する彼女にとって、重力など意味を持たない。冥土力が、全てを可能にするのだから。

「アアア……ハアアアァァッ!」

 赤い光に包まれたランページが、狂乱の中暴れ回っていた。
 その姿は、もはや戦闘機械の面影すら失いつつある。装甲の亀裂から漏れる光が空を染め、放たれる物質崩壊光線が無差別に周囲を蹂躙していく。

「地下秘密部隊『夢兎眠』、冥土長、血祭・沙汰子……参ります」

 沙汰子の声は、まるで葬送曲のように静かに響く。

「全ての勝利を我が主の為に。オールハイル、ナナリン」

 彼女の両手に、血に濡れたハチェットが出現する。
 闇の中から無限に生み出される凶器は、その刃に殺意を宿していた。

「新手、か……! 消えろォッ!」

 ランページが狂気の咆哮を上げる。無秩序な物質崩壊光線が、沙汰子めがけて放たれる。
 同時に、外骨格から無数のミサイルが発射され、空域を完全に封鎖しようとする。

「戦闘開始します」

 沙汰子の姿が、闇の中に溶けていく。光線は彼女の残像を貫くのみ。
 空中を自在に舞う回避行動は、まるでそよ風のように優雅だった。
 しかし、ミサイルの追尾性能は侮れない。幾つかの弾頭が沙汰子の軌道を捉え、追跡を開始する。

「……ならば、撃ち落とします」

 闇の中から次々とハチェットが投擲される。
 正確な軌道で放たれた刃がミサイルを迎撃し、空中で爆発の花を咲かせた。

「第一撃」

 爆発の閃光に紛れ、冥土長の暗殺技能が発動する。
 血濡れのハチェットを両手に、沙汰子の姿が光線の死角から出現。
 ランページが反応する前に、二刀の刃が装甲を深く切り裂く。

「グッ……! この、虫ケラがぁ!」

 ランページの尾のような外骨格が、鞭のように空を薙ぎ払う。
 同時に装甲の各所から高周波ブレードが展開し、近接戦も辞さない構えを見せる。

「この私をここまで追い込むとは、√能力者たちよ! しかし、人間が戦闘機械に敵うと思うな!」

 狂乱の中にも、戦闘機械としての本能が蘇る。
 物質崩壊光線を障壁のように展開しながら、高周波ブレードによる近接攻撃を仕掛けてくる。
 その動きは予測不能で、かつ威力も絶大。一撃でも受ければ、人間の肉体など容易く分断されるだろう。

「……迎撃します」

 沙汰子は空中浮遊を駆使して身を翻し、ブレードの一撃をことごとく紙一重で回避。
 同時に投擲したハチェットが、ランページの装甲の隙間を的確に捉える。

「くっ……!」

 青い血のような液体が装甲から漏れ出す。
 しかし、ランページの攻撃は止まらない。むしろ、その激しさを増していく。

「終わらせてくれる! この都市ごと貴様らを!!」

 ランページの体内から、さらに強力な光が放射される。
 装甲が部分的に溶解し、その下から巨大な砲身が露わになる。彼女の最終兵器。横浜を火の海にしかねない火力を秘めたそれが露わになった。

「――対応、いたします」

 沙汰子は闇に溶け込みながら、周囲を旋回する。
 ランページの死角を確実に捉えるため、彼女は慎重に距離を詰めていく。

 轟音と共に蓄積されていく光が、横浜の空を切り裂く。
 その威力は桁違いで、海面すら蒸発させかねない破壊力を持っていた。放たれれば、みなとみらいは滅びる。

「第二撃」

 しかし、その瞬間を沙汰子は逃さなかった。
 最終兵器の発射寸前に生じた僅かな隙。彼女はその一瞬を捉え、背後から襲いかかる。
 血濡れのハチェットが、ランページの中枢部を正確に捉えた。

「な、に……馬鹿な、まさかッ……」

 決定的な一撃。ランページの声が途切れる。装甲の亀裂から漏れる赤い光が、次第に消えていく。

「兎は眠りて夢を見る。起きては全てを殺すだけ」

 沙汰子は静かに刃を納めながら、ランページの崩壊を見届ける。
 戦闘機械群の統率者の姿が、横浜の空で砕け散っていく。無機質な瞳が、確かにそれを捉えていた。

「……さすがに」

 沙汰子は海を見下ろしながら、静かに呟いた。

「もう増援等は無さそう、でしょうか」

 戦いの痕跡だけを残して、ランページの残骸が海面に消えていく。
 横浜の空に、束の間の静寂が訪れた。

「これで本当に、平和が訪れましたね」

 無表情な冥土長の言葉が、戦いの終わりを告げていた。

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