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ぬえです
●んなんな
てってこ。
ねこは歩いています。なぜなら歩いているからです。
口にはかわいい鈴付きの絵馬を咥えて、てってこたたた。ちりんちりん。
書いてあるお願い事は「動物との良いご縁がありますように」――隅っこに猫の絵。猫と縁のある神社から持ってきたもののようだ。
ねこねこ良縁! 我が縁も繋がるとよろし。なんか最近野良猫が増えたと聞く。誰かの家を乗っ取った猫友も増えた。
なんにもせずとも飯が食えるならばよろし、よろし。
絵馬の主人を探して歩く……トコトコ。この絵馬は不思議だ! わたしは猫だが、この絵馬に書いている意思がわかるのだ! この絵馬の持ち主は、わたしのような存在を求めている!
……そして。
「――あーっ! それ、私の絵馬!」
その願いが届いてしまえば、たいへんな『ねこ』が現れてしまうのだ。
●こんばんは。
「よう、『こんばんは』。ってことで、ねこの捕獲を頼むわ」
だるそう。六宮・フェリクス(An die Freude・h00270)、煙草の火と派手な天輪と後光の光に包まれつつのご挨拶である。ところで、まだ朝だが?
「ねこ……ねこだ。ねこだぞ。当然ねこだから素早い。手間はかかると思うが追いかけたりなんだりしてくれや」
簡単にとっ捕まるようなねこじゃない、と肩を竦めるフェリクス。曰く、このどら猫、非常にすばしっこい。自分が咥えている絵馬が『特別なもの』であることを理解しているらしい……。
「古妖の復活にはねこ一匹と、ある女性が関わってる。ま、ねこをきちんと追っかけていけば派手な被害が出る前に、再封印に取り掛かれるだろ」
すなわち追わない理由ナシ。ねこねこ。
「その後は……うん。たぶん、『ぬえ』が待ってる」
ぬえ――鵺。それはいくつもの獣のからだをツギハギしたかのような妖怪だ。西洋ではキマイラと呼ばれることもあろう。しかしフェリクスはしばらく黙り込んだあと、なぜか視線を逸らして。
「自称の」
自称??
「自分を鵺だと主張する古妖だ。確かに鵺っぽいんだが……」
頭が、ねこで……。
●んなんな!
猫に強い思い入れがあった。それでも『動物』と書いたのは、私が彼らの世話をできるのか、不安だったからだ。
猫カフェでもいい、野良猫との交流でもいい。犬と戯れるのもいい、馬も可愛い。いろんな場所に動物はいる。
この街にはたくさん猫がいて、みな地域猫として可愛がられて育っていた。人間と完全に共存するのは難しくても、同じ街で暮らすことはできる。
ただ、良縁があればいいなと書いた絵馬が猫に盗まれるなんて、考えてもいなかった。
それでも……そう。『それ以上』の出来事が起きるだなんて、予想できるわけがない。
「ナ゛ーん」
自分の身の丈を圧倒的に超える、巨大な猫の頭をした『それ』は、私に「撫でて」とばかりにその顔を押し付けてきた。
これまでのお話
第1章 冒険 『お宝咥えたどら猫』
てってこ。てってこ。のすのす……。絵馬を咥えたねこは思う。
なんだか今日、ひとがおおい。何か祭りでもあっただろうか、それともねこの知らぬところで人間が催しをしているのだろうか。
ともあれ人多きはよきことだ。のっすのっす。どら猫もふもふ、絵馬の持ち主探して歩く。
書いたものの思いが込められた絵馬、その鈴がちりりんと鳴って。なんとなーく、ねこは「こっちの道だ」と、塀の上で道を曲がる。
操られているわけでもなく、本当になんとなーく。絵馬が導いているのだ! という確信だけはあり……ねこねこ。察しが良いものだ。
どのような人間なのかはご存知ではないが、この絵馬は伝えている。きっとこの絵馬の持ち主は、我が家として乗っ取ってよい家だ――。
てってこ、はやあし。さあ、向かおうか。
奇妙なゾディアック・サインもあったものだ。
「猫を追いかけて捕まえるんだって」
「なるほど!」
それに慣れているEDENのみなさんもみなさんなのだが。納得しているクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の肩に肘を乗せるジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークス(笑おうぜ・h07990)。
ねこねこ。ねこはいつだって自由であるからして、とっ捕まえるのも一苦労。となれば協力して損はなし。共犯者たち、本日も元気に作戦会議だ。
「先輩、耳いいでしょ?」
「とりあえず音を頼りに猫を追いかけたらいいんだね!」
絵馬を咥えているのだ、目立つ上に音も立つ。手がかりとしては十分だろう。問題はどのような道を通っているかだが……。
「かわいい猫もいるしジェイドが一緒だし……」
大丈夫だね!
――ほんとに?
ジェイドが心配するのも理解できる気の緩み具合である。今後なにかしらねこねこ事案で不穏なことになったりしないことを祈る。なおこのシナリオでは一切不穏にはなりません。なぜならねこは尊重すべき生き物のため。
ちょっと心配だが、二人で連携すればなんとかなるだろう。
ひとまずはと地図を開き、ねこを追い込むポイントを決める。だいたいの向かう先は判明している……女性のもとに向かっているのだから、最短経路だろうか。そう考えながら、その道を塞ぐように、見つけやすい場所で作戦内容をあらためつつ待機していると――来た。
ちりんちりん。塀の上を歩く、ねこの姿――!!
「ねこだ……!」
「しーっ、先輩、声出てるって!」
はっと気がついたねこ、「なにやつ」とクラウスとジェイドを見つめた。近づいてくる男性ふたり……ねこ、察する。
これ『ほごかつどう』とやらだったらどうする?
――塀の上ダッシュ!!
「あーッ! 速ッ!!」
塀へと投擲されるジェイドの栞! 当たらないようにと投げられたそれを避けるように、ねこはくるんと一回転。道路に降りたねこが加速する! はやい! 直線距離で追うには少々時間がかかりそうだが、追いつけないほどではない。当然ねこも、後方を追いかけてくる人影でそれを察した。
角を曲がった瞬間……ジェイドたちの視界からねこが一瞬消えた。だがクラウスがすぐにその鈴の音を聞き取る。こちらだと飛び込んだのは植え込みの中! 手入れしている人ごめん!
クラウスの後を追うように走るジェイドが枝に引っかかったりなんかしている間に、ねことクラウスたちの距離が縮まっていく。
ねこの進路妨害と……先程のように植え込みとかに突っ込まれてはたまらない、と、先を確認しながら栞を投擲していくジェイド。
気まぐれねこに迷子気質先輩。合わさった瞬間が先程の光景だ。ジェイドから見た前方、クラウスの髪にも思い切り葉っぱがひっかかっているが、本人はまったく気付く様子もない。ねこを追うことに一生懸命すぎる。
そろそろ目的地として定めた行き止まりだ……!
三方を塀に囲まれ、一方では走ってくるにんげん二匹。ねこが逃れるにはあれの隙間を通るか、塀を登るか……!
まだ時間はあるぞ! ならば確率の高いほう! 構えたねこ、勢いをつけて塀へとジャンプした!
……つるん。
――|すべった《妨害工作》!
「あ、ぶなっ!」
慌ててねこをスライディング気味にキャッチするクラウス。絵馬を咥えたままのねこがちりん、ぼふんとクラウスの腕の中に収まった。
フワフワは一瞬のことに目を丸くしている。思考停止中だ。絵馬だけはしっかりと咥えて。
「あ……もふもふ……」
あったか……。ほんの少し遅く到着したジェイド、無防備なねこを前にさらに無防備になっているクラウスを見た。
やはり……こうなったか……という目で。冬毛ふかふか、抜け毛も多いねこはクラウスにされるがままにもっふもふされている。毛だらけになっているが彼が気にするわけもなく、もふもふ、もふもふ……。
「……あー……先輩?」
声をかけないとずっとやってそう。ジェイドがそう思い、肩を叩こうとした瞬間――。
「ンナ!!」
「わっ!」
「いてっ!?」
抱えてしまったのが運の尽き! するんと腕の中から抜けたねこ、クラウスの肩を踏み、ジェイドの頭を踏んで塀の向こうへ脱出!!
がさがさと音を立てながら走り抜けていく音が聞こえる……が。
「おひさまの匂いがした……」
「や。捕獲は……?」
クラウスはなんだか満足げだ。目的すり替わってたね……。
|おたから《鈴付きの絵馬》を咥えたねこ。
さてどう扱おう。青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)はふむと顎に手をやった。ねこ……絵馬を咥えている……見つけること自体はそこまで難しくはなさそうだ。『猫の保護活動をしています』と張り紙がされた公園。こっそり仕掛けられた捕獲器には餌が入っている。
となれば、>|召喚《call》。現れたイルカが宙を泳ぐ。別に「何について調べますか?」とかは聞いてこない。このネタが通じるか否かも怪しいところだが、パソコンの付喪神さんであれば通じると|地の文《わたくし》は信じました。
超音波によってねこの気配を探るイルカ。反応は複数ある。さすが、ねこが多いと言われていた街だ。屋内を含めても、他の街とは比にならない。この中から特定のねこを探すとなると、通常ならば苦労しただろう。歩いて範囲を広げつつ探っていけば――ちりん。
他のねことは明らかに違う反応が返ってきた。
「あちらですね」
足早に、反応があった場所へ向かう緋翠。向かえば見えるはねこの姿。ひといきついているところなのか、足を揃えて塀の上に座っている……が。
視界に緋翠が映った瞬間、ねこの毛が逆立った!
ねこも見たことがない、大きくてツヤツヤな生物を連れている……!
――でっかいナスに似てる質感だなあ。(実際のところ鯨類の質感は概ねナスである。|地の文《わたくし》より。)
ともあれ危険だ! ピャッと逃げ出したねこの後を緋翠はイルカと共に追いかける。追い詰めるは先程の空き地だ!
あそこにはねこの餌を準備しておいたし、罠も仕掛けてある。目標たる絵馬ねこが来たら捕獲……といきたい、ところだったのだが。
「なーん」
「ミ」
……捕獲器に、既に他の猫が入っていようとは……。
さすがねこの街。そうだった。いっぱいいるんだった。それに、絵馬ねこは絵馬を咥えているので餌よりも絵馬を優先している。
植え込みと木を伝ってぴょんこ! とさらに奥へと逃げていってしまった。
こうなっては追い込むのも難しいが、ねこが目指す先である女性とは多少距離を離せた。目標自体は達成できている。仕方がない。
捕獲器からねこたちを出してやって、餌を与えつつ、毛並みを整えたり、体調をみてやったり……。皆きちんと手入れをされていて、元気そうだ。
方やイルカ。『ナス』『泳ぐナスだこれ』などと。ねこたちには、そう思われている。
「ぼく、猫苦手」
こちらはねこ目線で翻訳しよう。「ねこ、ヒト苦手」。
「引っ掻くし、気紛れだし、何考えてるかわかんないし」
勝手に持ち上げたり、ごはんの時間決めてきたり、縄張りからすぐ出ていくし。
「牛鬼くんの猫嫌いって、思うに同族嫌悪なんじゃないかなァ」
ねこと野分・時雨(初嵐・h00536)の共通点を思いながら、緇・カナト(hellhound・h02325)は彼と共に街を歩く。
ねこねこ、街ですれ違う彼ら、やはり他所より数が多い。尻尾が割れて見えるねこがいるのも気のせいではない。何せ√妖怪百鬼夜行。さりげなく人類でないものがいたところで、だ。
「同族ではないよ。ぼくは牛なので」
……どうぶつの警戒心、という意味では似たものなのかもしれない。
「――昏い月夜に御用心、と」
カナトが呼び出すはお供の|わんちゃん《千疋狼》。そして……時雨は、フワフワ。|死霊《Ulthar》、ギリギリねこではないので。ねこでは……ないので。シルエットはだいぶねこであるが。
「似たもの類友〜……は、まぁ置いといて」
「いけ、ウルさん」
「縺ェ繧薙※?」
「ウル猫ちゃんも猫霊なのでは?」
不可解ななきごえであった。にゃんともかんとも。うなうなとも違う鳴き声が真っ暗なもふもふから放たれている。そんなウルさんをアルターくんがふんふんと嗅ぐ……。
「猫捕まえろ……ください」
「縺ェ縺√s縺ァ縺」
ウルさんはもにもに伸びたり縮んだり、時雨を観察するように動いている。その前を通り過ぎる怪魚はリーオンくん。ふよふよ……。
「こっちずっと見てないで……絵馬捕まえてよ……」
「モ」
時雨が屈んで俯いて、みどりの視線を遮って。そこでようやく声っぽいものを出したウルさん……わさわさあつまるフワフワ。同士たるわんちゃんアルターくん、そしておさかなリーオンくんと鈴猫探し。
ねこですから、耳は良い。わんちゃんも、耳が良い。たぶん。しゅつじーん。
ひゃっきやこうな猫探しだ。ウルさん……の群れは、ねこっぽい動きで塀に登ったり、軒下に潜り込んだり。千疋狼たちはふんふん鼻を鳴らし、月のひとみで世界をみる。やや高所を泳ぐリーオンの尾鰭が空気を撫でて、冬の風を掻く。
やはり人間目線よりも動物目線――音を最初に拾い上げたのは、アルターだった。
「絵馬持ってる子いた? 良かった~」
そんな声にも反応して、ねこの毛がぶわわ逆立つ。『なにかくる』! そう考え振り返ったねこ、咥えた絵馬の鈴がちりんと鳴る。迫ってきているのはよくわからない、けものの群れだ!
とってもよい|目印《絵馬》を咥えたまま走り始めたねこ、速度を上げ、率先して追いかけてきたアルターから逃れようと全速力で走る――!
「だからやだ……!」
「牧羊犬を眺めてるような気分だなぁ」
その後を追う時雨とカナト。牧羊犬側に自分も入っているが、それはよし。彼らはひとつの黒い群れとなって、ねこを追う。
「オレもネコいっぱい呼び出せなくて申し訳ないねェ」
そんなことを言うカナトに乗っかり楽をしているウルさん、頭の上で尻尾をくるんと巻いている。
「いらない……!!」
いらないかなあ。ともあれ黒フワねこねこ(広義)と狼、相当な数で絵馬ねこの逃げ場を無くすよう、囲っていく……!
「……そういえば何処ら辺で、誰メインで捕まえるって決めてなくない?」
モフモフ包囲網完成。ようやく立ち止まれたふたり。包囲網の中心で毛を逆立てている絵馬ねこを見て、頭の上にウルさんを乗せたままのカナトが時雨を見る。
む。ヤな予感に唇をきゅっとした時雨。
「ここは時雨君に華を持たせるかぁ」
すっかりビビっている絵馬ねこ、抱え上げられ……れ……かなり体がのびーっとしてから、ようやく地面から体が浮いた。
「ほぅらカワイイ絵馬ネコちゃんですよ〜」
「いりません。それは花じゃない」
ひっとらえたねこのおなかを時雨に見せるカナト。ふるふる首を振る時雨。なにか、うちゅう見てるっぽい絵馬ねこ……。
「そこに置いてください!」
「仕方ないな〜」
と、包囲網があるからと、ちょっと降ろしてやった瞬間。
ばびゅん。
「……あ」
二人して、声が出た。
ねこロケット。ちりんという鈴の音だけを残し、驚くほどの速度で包囲網を抜け、絵馬ねこが走り去った……!
「……速……」
「豐ケ譁ュ縺励∪縺励◆縲√@縺九◆縺後↑縺励?」
ウルさんがモニュモニュ鳴いている。抜けられる隙間を作っていたわけではないのだが、こうなっちゃったら仕方がない。もう一度、追いかけねばだ……。
「お魚咥えた……」
「日曜日を感じますね」
腕を組み、顎を揉む和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の横で、「裸足で駆けても平気そうだなあ」とうんうんと頷くは不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)。
「絵馬を咥えているのは初耳だ」
それも、ちりんと鳴る鈴つきの絵馬。鰹節をあぐあぐしているねこは想像できるが、それよりも絵馬の持ち主を優先しているらしいねこ。
「賢いねこちゃんですよね」
満点の。その賢そうな頭で何を考えているのかは……ねこのことだから曖昧だが。ともあれ、とことんすばやい様子。
「一朝一夕では|仕留め《捕まえ》られんかもしれんな」
字面はちょっぴり物騒。犬追物ならぬ猫追物。油断は禁物だ、ねこねこ捕獲。ともあれ音は頼りになるだろう、ねこを追いかけ二人は進む。
前もって頭に入れておいた街の地形。それを考え動く蜚廉の少し後ろをたったっとついていくちるは。角を曲がったところで、少し遠くで、ちりん。鈴の音が鳴った。
「あれか」
どら猫。と呼ばれるに相応しい風貌である。なかなかガタイのよい骨格をしている、絵馬を咥えたねこが先を歩いている……が。
さすがに追われすぎたか。ヒトの気配に気が付き、ふっと振り向いた。
「あ。絵馬、ちゃんと鈴ついてますね」
ちるはがそんな風に確認しているうちに、いち早く蜚廉が動いた。途端、ねこも全速力で駆け出す――!
「わ、わぁ! 蜚廉さん! ねこちゃん! 待ってください!」
そう言ったってはやいもんははやーい。インコースを攻めつつ走るねこ! 見失わないよう追いかける蜚廉、そしてその後を走るちるは。三者のあいだには距離が開いている。
直線であれば蜚廉の速度が勝っているだろう……だがねこはまるでそれを理解しているかのように入り組んだ路地を選んでいる。茂みの中をかき分けて目をくらまそうとしたねこ、しかしその鈴の音で位置がバレているため追うのは容易い、が。
「わぷっ」
その茂みが結構に高く深いとそうもなる。ねこの鈴の音と蜚廉の背を見続けていたちるはが、雑草にちょっと引っかかっている間に距離を離そうとするねこ。
めげずにおやつを抱えたちるはが懸命に走る。しかしねこは「ちぅ~るですよ~!」の声にも負けず……行く先になぜか描いてあった丸印にも負けず……!!
――まったく今日は追いかけられてばかりだ! ねこはおもう。それになんだ『あれ』は!
ヒト族なのはわかるが、普段ならじぶんが手でベチベチ叩いているタイプのものだろう! あんなきょだいなものは見たことがない!! それに、まともに追いついてこようとするところもこわい!!
対する蜚廉……その野生の速度に追いつかんばかりの速度だが、まだ猫のほうがリードしているか! なんとか蜚廉の後方に追いついたちるは。それとほぼ同時に、三者は路地の行き止まりに面することになった。
踏み台にしてジャンプをすれば抜けられるか……ねこはそう考えながら、毛を逆立てつつ振り返る。背後から迫っているふたりのうち、黒い影がざっと飛び出してきた。一瞬でも立ち止まれば、それは蜚廉の間合い――!
「さあ、観念して、我が|手《グラップル》に収まるがいい」
なんかちょっとぶっそう。ちりんと鈴の音を立てて、屈み込んだ蜚廉の手にムっと収まったねこである。
――が、ジタバタするんとその手から抜け出した。ねこは半分液体のため。
そんな猫を下でキャッチするちるは。もしかしたらうなぎかもしれない。
上方の蜚廉の手からするんと抜けるたび、下方でちるはに捕まり持ち上げられ……下に抜けるにつれ、捕まる位置もどんどん下へ。結局かがみ込むことになったふたりと、観念したか、胴体がよ~くのびたねこが、ちるはの腕の中で沈黙する。
そうしてようやく、二人はまともに会話をする機会を得た。
「……ところでちるは?」
「はいっ」
「その、観察する姿勢は分かるぞ。気を惹く作戦も、我が提案したからな」
「はい!」
元気なお返事である。オモチャやちぅ~るはねこの根性で無視されたが。
「……我も観察していないか?」
……すす~っと視線が横へ向き。何も言わずともわかる顔である。まったくもう! ちるはの膝の上に乗っけられていたねこ。やさしーく撫でられていたが……。
ずざざっ。
「ねっ、ねこちゃん!」
ちるはの足の間を通り、見事に抜けていったねこ。手を出す隙すりゃありゃしない!
「――追うか」
これもまた、ひとつの闘争本能――即座に腰を上げた蜚廉に頷いて、ちるはも彼の後を追う。おいかけっこはまだつづく。
「猫ですか」
ねこです。嫌いではないが仕事中。暁月・仄火(暁に燃ゆる・h08799)は少しねこに思いを馳せながら、スマホのマップを見る。入り組んだ路地は多いが相手はねこ……どこまで通用するだろうか。
大まかな道筋、空き地を確認して、仄火は軽々と民家の屋根の上へと飛び乗った。
さて、ねこはといえば、あちこち走り回ってもうへとへと、疲弊している。だってみんなおっかけてくるんだもん。ふうと一息をついていたが……それも束の間。
チュイーン。嫌な音がまた後方から迫っている……! 振り返ってる暇なんかあるか! と走り出したねこ。その背後には、物騒にも回転鋸を手にねこを追う仄火の姿――! ぶっそう!!
目的のためなら手段選ばず。仄火は開けた場所まで追い込んでいく。ちりんと鳴る鈴付き絵馬をくわえたねこ、懸命に走って彼から逃げるも……飛び出してきた仄火。その刃が、ねこの寸前まで迫った!!
――命中せぬようにと振り下ろされた回転鋸。周囲に作られたのは、炎の壁――ねこを本当の意味で逃さぬようにという気概で作り上げられた煉獄である。そ、そこまでするぅ!?
「猫相手といえど仕事ですので」
息を吐いた仄火。そして、ビビり散らかして毛が逆立ちものすっごいことになっているねこを見て、口を開く。
「貴方には絵馬の窃盗、並びに古妖復活に関わる嫌疑がかけられています」
事実である。絵馬を盗むまでは許されたかも。だがそれが古妖に関わるものとなれば見過ごすことはできない。
「無駄な抵抗はやめて大人しく投降なさい」
ねこ相手にとんでもない言葉遣いだ!!だがねこは終始ばくはつけだま状態。イカ耳になって警戒心を緩めることはない。
「それでもと。ゆくべき場所があるというならば」
仄火の語りかけは続く……細められた目、それと視線があったねこ。
「この炎を越えてみせればよろしい」
……ライオンの火の輪くぐりかな?? だがその言葉、ねこにはしっかりと伝わったようだ。
ねこには目的がある、目標がある。それを達成するためなら……こんな炎、こわくはないのだ!!
じゃんぷ!!
見事な大跳躍。助走をつけて跳ね上がったねこは、炎の円の外側に着地し、そのまま走り去る……。
「結構」
静かに頷き、ちょっぴりひげがチリっとなったねこを見送る仄火。
……し、仕事はどうした!? どうみても本気だったのに!!
ねこねこ。どら猫。それは一目見ただけでそれが他のねこと異なるらしい。
「ねこイルノ? ドコニイル?」
きょろきょろ周囲を見回すはジェイ・スオウ(半天妖・h00301)。この周囲にねこがいるのは明らかだ……|√能力者《EDEN》が探し回っているからか、少しねこが減っている気がする街中を歩いていたジェイ。鈴の音が聞こえて、ふいとそちらを振り向いた。
ねこはきづかなかった。姿を見るまで。職業柄からか気配薄めなジェイである。だがその様子を見て、ねこはぴょんこ! 跳ねて、踵を返していく。それを追いかけるジェイ。なるほどなるほど。
いろいろネコは見てきたケド……ドラねこ。がっしりした体のねこである。毛並みはキジトラ。
「見慣れたネコとは少し違うのワカル、オマエダナ?」
返答がないのは理解しているが。ねこはぶわわと毛を逆立てて、たたっ! と走り抜けていく。その鈴の音に耳を澄まし……ねこの向かう方向を読む。一直線か、蛇行か。それとも先ほどのように。
「跳ねてるカモ?」
懸命に逃げるねこ。当たらぬ程度に小石を投げて誘導されたりと、ヒトの進める道を選ばせるようにして追い込んでいく。
静かな足音に、距離感を測りかねているのか。ねこは頻繁にジェイを振り返っている。茂みを抜けるのなら――するん。ねこに変身すれば、茂みも少しはマシな通り道。
「オマエはオレを案内するネコダヨ。目的の場所に連れてッテ?」
その後、逃がしてはやれナイネ? ……にがしたらたいへんですしねー。
さて、ここまで追いかけられ続けてすっかり速度も落ちたねこ……息を切らしながらたどり着いた路地。さっきも見たような、追い込まれたような気がする。
「ハイ、お疲れサマ」
ひょい。相変わらず気配の薄いジェイに抱えられたねこ。なんということだ……さらりとつかまってしまった……!! じたじたしているがもう遅い。抜け出そうとしても案外しっかりとした力で捕獲されている。ねこねこ。
……ジェイは、咥えられた絵馬を見て思う。
絵馬は、願い事を書くとそれが叶うってイウケド。誰かに取られたら、どうナルンダロ?
それはきっと、これから先の光景が回答になることだろう。
「……あーっ! それ、私の絵馬!」
――路地からねこを抱えて出てきたジェイ。
因果とは収束するものか。それを見つけた女性が、ねこが咥えていた絵馬を見て、声を上げた。
第2章 冒険 『通り道を封鎖せよ』
もにもにもぞもぞ。ねこは息を荒くしてもにもに、|√能力者《EDEN》の腕の中でもがいています。
なぜなら走って走って捕獲されたため。
なんでこんなに自分を追いかけてくるヒトが多いのか! 逃げ回っていたがとうとうお縄についたねこ。
だが、鈴つき絵馬を咥えたままのねこの前に現れた、ひとりの女性。
「……あーっ! それ、私の絵馬!」
自分の口元を指差したその女性。ねこは思う――自分の探していた人間にちがいない! ねこはふんふん鼻を鳴らし、しかしがっちりと絵馬を咥えたままで喉を鳴らす。
ともあれ困ったことに、いや運命か予定調和。
ねこと女性が出会ってしまったら、どうなるか。
――遠くからどし、どしと足音が聞こえてくる。ねことは明らかに違うしっかりとした足音、足取り、どしどしと鳴りはするが、軽やかで。
遠くからでも見えるその姿。道を塞がんばかりの大きさ。耳と尾はぴんと立ち、黄色い瞳は爛々と。鈴の音に釣られて歩くそれ。
尻尾は蛇、胴は狸、手足は虎。
「ん゛な」
そして顔は、ねこである。
妖の煙を引き連れて、鈴の音目掛けてのし、のし……。
あれこそが古妖「ぬえ」である――!
「……こ、こっち来てるよー!?」
女性がぴゃあっと悲鳴を上げる。でかい! でかすぎるにもほどがある! ねこも見事に固まっている!!
あの大きさの古妖をこんな町中で相手にしたら、どうなるかわかったものではない。
せめて広さのある場所で戦うべきだろう。どうにも足取りはまっすぐだ。誘導やら道を閉鎖するなりしなければ、こちらへ一直線間違いなし!
幸い、EDENらによって近くに広い空き地があることは判明している。そこへ誘導するが吉。
ひとまず話はそれからだ!!