シナリオ

蜘蛛の巣のバトルロイヤル

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●星詠みの啓示:√EDEN
「……あなたは√能力者? そう。来てくれて、感謝」
 √EDEN、東京。
 大通りから外れた人気のない路地裏で、ボクシンググローブを嵌めた一人の少女が、あなたに向けてそう告げた。
「三船・こぶし(とりあえず殴れば解決すると思う・h03348)、星詠み。よろしく。早速だけど、見えた未来の説明。させてもらうね」
 もたれかかっていた壁から背を離し、小柄な身体でこちらを見つめる少女。彼女は抑揚の薄いマイペースな口調で、一言一言を区切るように、話し始める。

「一言で言うと、『√マスクド・ヒーロー』から『√EDEN』への侵略。首謀者は、秘密結社プラグマの怪人。この√から、インビジブルを奪おうとしている」
 簒奪者の楽園、√EDEN。この世界は常に、侵略の危機に晒されている。それはよくある危機であり、だが、放置してはおけない危機である。
「怪人は自身の能力によって、『蜘蛛の巣』を作り出した。もちろん普通の蜘蛛の巣じゃない。建物一つを覆い尽くす、巨大な蜘蛛の巣」
 この蜘蛛の巣の中に囚われた一般人は怪人によって操られてしまう。そして、同じ蜘蛛の巣の中の人間と、闘い始めてしまう。いわば、強制的なバトルロイヤルを発生させている訳である。
「敵意と敵意を激突させる事で、邪悪なインビジブルを生み出すのが目的。このままだと怪我人や死人が出る。放ってはおけない」
 幸い、邪悪なインビジブルを生み出すために闘いを長引かせる必要があるためか、操られている一般人は武器を使わず素手で闘う。とはいえ潜在能力を強制的に引き出されているため、素人と言えど侮れないので注意が必要だ。
 √能力者はこの蜘蛛の巣の中でも、操られずに動く事が出来る。そのため蜘蛛の巣の中に入り込んで、戦いを止めたり、すでに負傷している一般人を救助する事が出来る。もちろん、蜘蛛の巣の排除も重要だろう。

「簒奪者の側ももちろん、こちらの行動を予知している。作戦阻止に行けば、敵の√能力者が阻止に来る」
 今回はまず、√EDENの悪の√能力者である『バニエル・クロノジャッカー』が立ちはだかる。自らの知る未来こそ『理想未来』であると信じる、空想未来人の犯罪者だ。
「一見して、明るく朗らかな女の子。でも騙されちゃ駄目。『理想未来』の成立のためにはどんな犯罪でも笑顔で行う、邪悪な√能力者」
 今回の彼女は、傭兵として怪人に手を貸しているようだ。交渉の余地はないので、叩き潰すしかない。
「高い格闘能力に注意。露出度が高く見えるけど、ナノスキンスーツを纏っているから、見た目より防御力も高い」

 バニエルを排除する事ができれば、今回の首謀者である怪人が姿を現す。
「ジョロウグモプラグマ。秘密結社プラグマの怪人。6本脚による戦闘能力、蜘蛛戦闘員軍団による人海戦術、そして糸を使った√能力者にも及び得る洗脳。強敵」
 人間を支配し洗脳し戦闘員や手駒にして弄ぶのを好むという、極めて嗜虐的性格な怪人だ。今回の事件も『邪悪なインビジブルを生み出す』と言う目的もあるが、それ以上に彼女の趣味嗜好が反映されていると見て良いだろう。

「怪人を倒さない限り、人々は救えない。簒奪者の思い通りにさせる訳にはいかない」
 そう言ってこぶしは、じっとあなたの目を見つめる。そして瞳に宿した強い意志を託すように、大きく頷いた。
「あなた達の力で、なんとかして欲しい。期待している」

●予知:蜘蛛の巣の中で
 駅前の喫茶店。様々な客で賑わっていた憩いの場は、蜘蛛の巣に覆われる事で、地獄と化していた。
「おぉぉぉぉぉ!!」
「うりゃああっ!!」
 学校帰りの学生カップルが、ボクサーさながらに激しく殴り合う。ウェイトレスが外回り中のサラリーマンを、華麗な一本背負いで床に叩きつけた。さっきまでお喋りに花を咲かせていた主婦の強烈なタックルを、レジ係が受け止め、ハンマーパンチでねじ伏せる。
 格闘技などほとんど知らないであろう一般人達が、潜在能力を引き出され、無理やり闘わされている。耐久力も向上しているとはいえ、放っておけばいずれ大怪我を負う事になるだろう。

 だが、店内でそんな事が行われているなど、前の通りを歩く一般人は誰も気づいていない。仮に中を覗き込んだ所で、すぐに『忘れて』しまうのだ――。

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第1章 冒険 『危険なバトルロイヤル』


アーシャ・ヴァリアント
春埜・紫
蜘手・ゼロ
萩高・瑠衣
斑・蜘
哘・廓
オリヴィア・ローゼンタール
呉守・社
立本・しおり

「邪魔なの。えーい!」
 入口の蜘蛛の巣めがけて手にした軍用スコップを振り下ろし、切り裂いて入口を開く蜘手・ゼロ(零號・h02231)。
 セラドニア――蜘蛛の一種を型名に持つ|少女人形《レプリノイド》として、巣の中に入るとぺこりと頭を下げる。
「ごめんくださいませなの」
「うぅ……?」
 それに対して中の一般人達は、もちろん挨拶など返してくれない。血走った目をギロリと向けると、乱入者めがけて襲いかかってきた。
「喧嘩はあぶないんだよ!」
 そこに割って入るのは、斑・蜘(旅する蜘蛛・h01447)。……いや、割って入ると言うにはあまりに小さい、正真正銘の小さなジョロウグモなのだが。
「おぉぉぉっっ!」
「ひゃあっ!? い、いざ、どろん!」
 なので当然、気づかれる事すらなく踏み潰されそうになり……慌てて集中し念じる事で、√能力を発動する。
 それによって一気に身体が大きくなると、今度こそしっかりと、襲いかかってくる相手の前に立ちはだかって。
「おぉっ!?」
「依頼を受けてまだらっち参上☆」
 突然現れた大蜘蛛には、理性を失った一般人でも流石に驚いたようだ。その隙に蜘蛛糸を放って相手を拘束し……ついでに仲間の√能力者も驚かせないように、可愛く名乗りを上げておく。
「うぅっ、う~~~!」
「暴れる人にはぐるぐるまきの刑なんだよ!」
 怪人に強化されている一般人は、その糸を引き千切ろうと、さらに激しく暴れる。それに対して蜘は、さらに追加の蜘蛛糸でより強固に拘束して。
「知ってた? ジョロウグモの巣は橋糸を切ればぷわってなるのよ。案外脆いの」
「ぼ、ボクの糸はそんなに脆くはないよ! ……た、多分?」
 ゼロの蜘蛛豆知識――あくまで、怪人の蜘蛛糸に対して言ったものだが――にちょっと不安にはなるが、√能力で強化されている事もあり、簡単に千切れる事はない。怪人の蜘蛛糸も、そこまで脆い訳ではないが。
 とはいえ1人を念入りに拘束していく分、すぐには他の一般人には手が回らない。彼らの多くはこちらを気にも止めず、目の前の相手とぶつかり合っていく。
「え?なんなのこの状況? どう見ても普通の人よね?」
 そんな状況に萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)は目を丸くし、思わず見入りそうになる。
 今も女子高生が豪快なバックドロップを店員に決めており、その身のこなしは全く素人ではない。これが格闘技の試合なら、お金を取れそうだ。
「っと、いけないいけない。感心してる場合じゃないのよね」
 そこではたと我に帰ると首を横に振り、その様子を観察する。蜘蛛の巣によって操られて、闘争心をかき立てられる一般人達。
「これを鎮めればこの乱闘も収まるかしら? ……いえ、収めてみせる」
 決意を固めて懐から取り出すのは、よく使い込まれた篠笛だ。幼い頃からずっと吹いてきたそれに口をつけると、吹き鳴らすのは澄み渡った音色。
 この場に合わせて作り上げる即興曲が、暴れる一般人の鼓膜を震わせて。
「うぅ……ぅ……うがあっ!」
(「っ、効いてない……!?」)
 だが、一瞬動きを止め、首を振った一般人達は、すぐに闘いを再開する。彼らを操る怪人の力はそれほどに強力なのかと、一瞬表情を曇らせる瑠衣、だが。
「いや、そのまま続けてくれ!」
 その表情を見て瑠衣に声をかけるのは、呉守・社(蛇神封じのTS人柱・h04697)だ。すでにノックアウトされた一般人の救助に当たっていた彼女は、負傷してなお目を血走らせていた店員が、瑠衣の笛の音で落ち着いたのを見て取る。
「うぅ……ここは? 俺は何を……」
「気がついたか。俺みたいな美少女に介護されるのを感謝するんだな!」
 戦闘不能になった者は怪人の影響力が低下し、笛の音も届くようだ。我に返った相手にそう声をかけつつ、負傷の様子を確かめる社。
 耐久力も高まっているようで致命傷には至っておらず、加えて笛の音によってその傷も癒えていく。
(「それなら、このまま……!」)
 効果があるならばと気合を入れ直し、さらに笛の音を響かせる瑠衣。だが当然、その音は目を引き、未だ暴れるウェイトレスが迫ってくる。
「うりゃああああ――」
「動くなっ!!」
 そこに響き渡るは、社の鋭い言葉。同時にその瞳孔が蛇眼に変わり、ギロリと相手を凝視する。その√能力によって、ピクリとも動かなくなるウェイトレス。
 そのままじっと見つめ続ける事で、相手の動きを封じ続けていく。当然、長くは止められないし、止めているだけではどうにもならないが……。
「はあっ!」
「……ふぐっ」
 動けぬそのウェイトレスの首筋を手刀で打ち据える事で昏倒させる、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックエアガイツ》・h02334)。彼女の右目は竜漿で激しく燃え上がり、相手の隙を見抜く。
 今の彼女にとっては、動けぬ相手の急所を打ち据えて昏倒させるなど、容易い事だ。
「よし、助かった。負傷者の手当はこっちに任せてくれ!」
「ええ、お願いするわ」
 開き続けて乾いた目をしばたかせながらも、倒れたウェイトレスを引き寄せて戦場から離す社。
 アーシャはそれに頷きを返してから、改めて暴れる一般人達を見つめる。
「うーん……こういうのも地獄絵図っていうのかしらね」
 見てても楽しいものでもないかしら、と、不愉快そうに眉を寄せるアーシャ。そんな彼女に対しては、今度はウェイターが拳を振り上げて襲いかかってくる。
「おぉぉぉぉぉ!」
「……素人にしてはいい動きね」
 怪人によって潜在能力を引き出された一般人達は、闘い慣れた√能力者であっても決して侮れる相手ではない。
 一般人など大した事はないと思っていたアーシャは、その認識を改めて、表情を引き締め直す。
「……ふっ!」
「ぐがっ……!?」
 とはいえあくまで侮れないだけ、負けるつもりはさらさらないが。その右目で見抜いた隙――相手の脇腹に、強烈な回し蹴りを叩き込む。
「多少痛いかもしれないけど我慢してよね、アタシそんなに優しくないの」
「っ――!」
 悶絶してよろめく相手に対してそう告げると、さらに顎を揺らすようにもう一撃のハイキック。
 白目を剥いて昏倒し、前のめりに倒れ込んでくる相手を受け止めると、後ろの社達の方へと放り投げていく。
「良い蹴りね……私も負けてられないっ!」
 そんなアーシャの蹴りに対抗心をかきたてられる、立本・しおり(蹴撃格闘少女《エアガイツ》・h02809)。
 制服姿に素手素足、堂々と戦場に歩み出た彼女は、激しく殴り合う男女の学生の間に、怖気づく事なく割って入り。
「ちょっとみんな、その辺にしとかないと私の足が黙ってないよ!」
「「お――おぉぉぉぉぉ!」」
 当然、彼らは突然割って入ってきた邪魔者に対し、血走った瞳で殴りかかってくる。左右から同時に迫るその拳は十分に重く、どちらか一方だけでもしおりを殴り倒すに足るほどの威力。
「せいっ!」
 それに対してしおりは男子学生に向き直ると、まずはその拳を高く掲げた足裏で受け止め、グッと押し返して体勢を崩させる。
 その間に後ろから、こちらの後頭部を殴ろうとする女子学生。その気配を感じ取りながら、今度は脚を後ろに突き出して。
「――はぁっ!!」
「ぐぐぅっ……!?」
 その後ろ蹴りで、裸足の足裏を腹部へ――敢えて微妙に中心を外してめり込ませ、大きなダメージを残さずに、苦痛で悶絶させる。続けざまに今度は再び男子学生へとローキックを放ち、膝をつかせていく。
「さあ、まだやるっ!?」
「ぐぅぅぅ……!」
 彼女の流儀は、腕を使わぬ足技だけの格闘技。それゆえの素足、土に汚れつつも鍛えられた硬い足裏を堂々と見せつけ、2人を威圧していく。
 一方そんなしおりに対して、別の方向から主婦がタックルを仕掛けていこうとして。
「強制ファイトクラブといったところですか……ですが」
「がっ……!?」
 そこにさらにまた別方向……相手の横合いから割って入るように近づく、哘・廓(人間(√EDEN)の古龍の霊剣士・h00090)。
 不意打ち気味に繰り出す、流れるような連続の拳で容赦なく相手の身体を打ち据え、昏倒を狙っていき。
「ぐぐっ……うぉぉぉ……!」
「ふむ、耐久力も上がっているようですね」
 だがそれで倒れず向かってくる相手に、軽く眉を寄せる。相手は反撃とばかり乱暴に拳を振りかぶると、渾身の力で振り下ろしてきた。
 素人とは思えない、腰の入った強力な打撃。
「私より武術の心得がありそうですね。ですがまあ……」
 それを廓は無造作に、左腕を振り上げて受け止めた。ビキッ、と嫌な音と共に激痛が走るが、それでも大して表情は変わらない。
 相手が腕を引くより早く、手首を右手で掴んで、ひねり倒し。
「四肢が動かなければ問題ないでしょう」
「があああっ!?」
 激痛に声を上げる主婦に対して、さらにその腕をねじり上げていく。一切の容赦も手加減もなく、腕を曲がらない方向に捻じ曲げて。
「殺しはしませんよ。……骨を砕くだけです。安心して下さい」
「いや待て待て、安心は出来ないと思うぞ!」
 剣呑極まりないその発言に対して、主婦の代わりに社が突っ込みを入れた。慌てて蛇眼を開き、もがく主婦の動きを止めていく。
「死ぬよりはいいと思いましたが。骨はくっつければ治りますし」
「まあ、そりゃ治せるが……」
 それを良しとする√能力者が多いなら、それも一つの手段ではある。だがこの場には、一般人をなるべく傷つけないようにしている√能力者の方が多い。
 仕方なくそれに合わせて、関節を外すに留めていく。
「上手く行くか不安でしたが、動けない相手ならなんとかなりましたね」
「それでもまだ大分過激な気はするの」
 痛みに呻く主婦に対しては、ゼロがナノマシンを吹き付けていく。瑠衣の即興曲同様に鎮静・治癒効果があるそれで、主婦や他の負傷者の傷を直していって。
「ぐぅぅぅぅ……!」
「喧嘩は『めっ』、なの」
 観葉植物の鉢から取った土で生成したそれを周囲に散布すれば、同種の効果2つが重なる事で、さらに闘争心を弱めていって。
 一度戦闘不能になった一般人は、ほぼ元に戻り、傷も残らない。一方で、蜘蛛の巣の影響は未だ強く、抗って戦おうとする一般人も残っている。
「うぇ、蜘蛛の巣がいっぱい……虫さん苦手なんですよねぇ……」
「虫が苦手……」
 そんな、店中に張り巡らされた蜘蛛の巣に、表情を曇らせるオリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)。
 その台詞が蜘に流れ弾の如く被弾した気がするが、まあそれは置いておいて。
「動き難いですし気持ち悪いですし、まずはこの蜘蛛の巣からなんとかしますよ!」
 オリヴィアは聖なる炎を拳に纏うと、それを地面に思いっきり叩きつけた。すると炎は一気に周囲へ拡散し、爆裂状態を引き起こした。
「これで蜘蛛の巣を焼却します!」
「確かに燃えそうだけど……大丈夫なの? お店も燃えないの?」
 その高らかな宣言に対し、首を傾げて疑問を口にするゼロ。そもそもこの状態は、自分以外の全員の行動成功率を――もちろん仲間のそれも、無差別に半減させる。
「……不都合が出る前に終わらせましょう!」
「うぉぉぉぉっっ!」
 賢そうな容姿に反して意外と脳筋なオリヴィアだが、まあ相手の行動成功率も半減しているのは確かである。大柄でやや肥満な中年男性の店主が襲いかかってくるのを、真っ向から受け止めた。
 そのまま後ろに倒れ込んで相手も一緒に引きずり倒すと肉感的な太ももを絡めて、前三角絞めを仕掛けていく。
「ぐ、ぎゅっ……!」
「下手に強力な攻撃で殺すわけにはいきませんからね。いい感じに絞め落としますよ!」
 抵抗されて技が崩れそうになれば、流れるように首四の字へと切り替える。呼吸と血流を遮断され、落ちていく店主。
「さあ、次です!」
 今度はサラリーマンに襲いかかり、抱きついてのベアハッグを仕掛けていく。そんなオリヴィアの派手な立ち回りをテーブルの下からじっと様子見しているのは、春埜・紫(剣の舞姫・h03111)だ。
「ふふふ、ついに私も覚醒する時が来たようね……」
 何やら意味深な事を言っているが、だいたいただの厨二病幼女である。あと彼女はそもそも√能力者ではないので、怪人の能力の影響下にもあるようだ。
「私がNo.1である事を証明してあげるわ……っ、ととっ!」
 そして大仰な台詞の割に、やっているのは隠れ潜み、時には他人を盾にして、逃げ回っているだけである。
 とはいえバトルロイヤル参加者としては、それも間違っている訳ではない。数が減るまでしっかりと体力を温存し、元気に動き回っていく。
「……加勢するわっ!」
 そしてチャンスと見れば優勢な相手に加勢し、不利な相手を協力してノックアウトしていく……かと思えば、協力相手を後ろから殴り倒してみたり。
 賢く、あるいは|賢《さか》しく立ち回って、生き残っていく。
「……って、あれ? 私なんで戦ったりしてるんだろ~? おかしいなー」
 するとそんな事をしているうちに、√能力者達によって他の一般人が倒されて。蜘蛛の巣も焼かれ、曲とナノマシンによって戦意も沈静化すると、我に返って首を傾げる。
「あ、店員さーんケーキセットお願いしますー。……店員さん?」
「今はそれどころではないと思うの。とりあえず、怪我はないの?」
 店員さんは当然、ノックアウトされて倒れている。と言うか一部は紫が自分で倒した。まあその怪我はゼロと瑠衣によって治癒されたので、残ってはいないが。
「……ふぅ、なんとかなったかしら。良かった……」
「しばらくこのままでいてもらうからね。後で解くから、待ってて欲しいんだよ」
 乱闘もすっかり収まったようで、ほっと胸を撫で下ろす瑠衣。蜘は自分が縛って拘束した相手に、そう呼びかけていく。
 いま変に動かれては困るし、それに解いている暇もない。何しろ事件は、これからが本番なのだから……。

第2章 ボス戦 『バニエル・クロノジャッカー』


「ふむ! 困りましたね!」
 暴れる一般人のいなくなった店内。だが、そこに奥のバックヤードから、一人の女性が飛び出して来た。
 腕や脚に巨大な機械を装着し、代わりに胴体はほとんど露出しているように見える、奇抜な格好。彼女は首を傾げて、√能力者達を見回していく。
「あなた達の行いは、この世界を滅ぼす事に繋がるのです。わたしはこの世界の未来を守るため、あなた達を倒します!」
 そんな糾弾はだが、なんの根拠もない。いや、彼女の中では明白な根拠があるのだろうが――実際にはただの妄想、空想だ。
 彼女の名は『バニエル・クロノジャッカー』。自分の空想未来こそ『理想未来』と信じる、強い妄想狂の気質を持つ空想未来人だ。理想未来に繋げるためなら、どれほどの悪を働く事も厭わない。そしてそれこそが正義だと、心の底から信じている。
「どのような犠牲を払ってでも理想未来に繋げる事こそが、世界を救うのですよ!」
 そんな邪悪な『確信犯』――本来の意味で――を放置すれば、待っているのは理想どころか破滅の未来だ。真の意味で世界を救うためには、まずは彼女を排除しなければ。
アーシャ・ヴァリアント
哘・廓
斑・蜘
春埜・紫
立本・しおり
呉守・社
萩高・瑠衣
オリヴィア・ローゼンタール

「な、なんだってー!?」
 バニエルの語る世界滅亡の未来に、衝撃を受ける斑・蜘(旅する蜘蛛・h01447)。
「でもボクは依頼こなさないとだから、依頼のためにおねーさんには倒されてもらうね」
「世界の未来はっ!?」
 そこからの綺麗な掌返し――蜘蛛なので掌はないが――に、大仰にショックを受けるバニエル。もっとも蜘以外の誰も、そんなバニエルの妄言をまともに聞いていないが。
「なんか変なドゥームズデイ・カルトにハマっちゃったんですかね?」
「むしろ、これが逆に世界を滅ぼすきっかけにもなりそうじゃない?」
 オリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)はそのナンセンスさに肩を竦め、萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)が真っ当な推論をぶつける。
 実際、犠牲者はただの一般人ばかりで、黒幕は秘密結社プラグマの怪人……となれば、そちらの方が可能性は高い。
「いいえ、この試みこそ、世界の理想未来に繋がるのです!」
 もちろん、そんな道理はバニエルには通じない。キラキラと瞳を輝かせるその姿に対して、哘・廓(人間(√EDEN)の古龍の霊剣士・h00090)は興味もなさそうに肩を竦め、間合いを詰めていく。
「はぁ、そうですね。では貴女を倒します」
「むっ……!」
 バニエルが何を信じていようと、説得する理由も術もない。どちらも自分の正しさを確信しているのだから、言葉での解決を試みるなど不毛でしかない、と言うのが彼女の考え方だ。
 実際、バニエルからすれば、こちらの方こそ妄想狂に見えているのだろう。それを、特に訂正するつもりもない。
「倒して、こちらの未来を守るだけです」
「そうはいきません! 私は私の理想未来を掴んでみせます!」
 それに対してバニエルは、素早く飛び退いて構えを取る。妄想の内容はともかく、毅然とした態度で戦意を見せる――のだが。
「おねーさん、この時期そのかっこうは凍えちゃうんだよ! 寒くないの?」
「また変なのが出てきたわね……露出狂かしら」
 何しろ格好が格好なので、いまいち決まらない。蜘は心配そうに声をかけ、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)は呆れたように眉を寄せる。
「お、お前! なんだその恰好は、女として恥ずかしくないのか!?」
 そして一番その格好に取り乱すのは、呉守・社(蛇神封じのTS人柱・h04697)だ。顔を真っ赤にして指を突きつけ、バニエルに対して非難を向ける。
「一番大事な胴体部ががら空きだし、なら格好は趣味か!? この痴女めっ!!」
「む、失礼ですね。人の格好に文句を付けるなんて。あとちゃんと着てますよ!」
 対してバニエルは腰に手を当て、怒ったように胸を張る。実際こう見えて彼女は、ナノマシンを肌のように擬態して、身を守っているのだ。……見た目は、裸と大して変わらないのも事実だが。
「そんなに文句があるなら……バニーモード、発動です!」
 そのナノスキンがバニースーツへと変化しても、ナノメートル程度の厚さしかない上に肌に張り付くので、むしろ裸より扇情的かもしれない。
 そんな格好で一気に加速し、キックで真っ直ぐに突っ込んでくる。
「いきますよ、ばにえるきーっく!!」
「女の品位を下げるんじゃねぇ!」
 その強烈な一撃に対し、杜は強引に前に出る。痴女への対抗心で無理やりに掌を突き出して、教育的指導とばかりのビンタで強引に相打ちを取って。
「きゃんっ!?」
「ぐっ……同じ女だからって痴女と同類扱いされたら、どうしてくれる!」
 破壊の炎は√能力を阻害し、バニエルにダメージを与えるのみならず、ナノスキンの動きを阻害してバニースーツの一部をほつれさせる。
 一方でバニエルの蹴りも杜に突き刺さり、後退させられて……。
「人の格好に文句つけて痴女呼ばわりする方が、品位を下げると思いますけど!?」
「うぐっ……!」
 その肉体的ダメージよりもむしろ、逆に品位を説かれた精神的ダメージでふらついたりするが。まあ実際、最初の格好はともかくバニースーツにまで品位を説くのは若干気にし過ぎ感はある。√能力者にはこのくらいの露出度も少なくないし。
 一方でそんなバニエルの格好に、春埜・紫(剣の舞姫・h03111)も目を丸くする、が。
「えっ? ここってアダルティーな方に突っ切ったコンセプトカフェだったの?」
 √能力者ではなく完全に巻き込まれた状態の彼女は、まだ現状を把握していない。バニエルの際どい格好を前に、何やらすっかり勘違いした様子だ。
「駅前の広場に面した喫茶店で、こんな商売をするなんて……TPOを弁えなさい!」
「……えーと?」
 多分弁えていないのは紫の方なのだが、さすがのバニエルも困ったように首を傾げる。直接の脅威ではないので手を出しにくいようで、その間に紫は何やら子供用スマホを取り出した。
「白昼堂々とそんな格好していいのはゲームとアニメだけなの!」
 いけない『商売』をしているなら通報しなければと、110番をかけ始める。どう対応したものかと悩むバニエルの手首を、すかさず掴むのは廓。
「隙だらけです、戦闘中ですよ」
「んぎぅぅぅっ!?」
 相手の困惑に付き合ってやるつもりもなく、容赦なく組み付いて肘をねじり上げると、前傾させた所への腹パン。
 殴りやすい見た目をしているのは結構な事だと連打すれば、苦悶の声を滲ませたバニエルは、口から唾液をボタボタと零す。
「……頭の飾りは可愛いですね。欲しいぐらいです。ください」
「あ、あげませんよっ……!」
 関節技はすぐに振りほどかれ逃げられるが、お腹にはくっきりと痣を刻んだ。苦痛に呻くバニエルは、こちらを睨みつけて構え直す。
「も、もう油断はしませんよっ!」
「戦闘中に油断をするなんて未熟だねっ!」
 そこに間合いを詰めるのは、立本・しおり(蹴撃格闘少女《エアガイツ》・h02809)。蹴り技を得意とする彼女は一気に間合いを詰めると、一気にバニエルへと蹴りかかる。
「あなたの悪事、私の足が許さないよ!」
「許してもらう必要なんかありません!」
 それに対してバニエルの方も、力強い蹴りで応じてくる。アーマーに覆われた相手の脚と、しおりの素足がぶつかりあって。
「それに悪いのはあなたの方ですっ!」
「そんな事は……く、ぅっ!?」
 そのまま相手の蹴りを素足で受け止めようとするしおりだが、いくら蹴り技を磨いていても、√能力相手にはやや分が悪い。
 速く重い蹴りの威力が畳み掛けるように繰り出されると、捌ききれずによろめいて。
「ばにえる・キーック!」
「ぶふうっ!?」
 その隙をついて繰り出される、巨大ブーツの靴底。相手の蹴りを顔面に突き刺されてたしおりは、ひっくり返るように床に転倒してしまう。
 その可愛らしい顔を容赦なく潰されると、鼻血を噴き出し顔を抑えて苦痛にのたうち悶えて。
「このままっ、潰してあげますっ!」
「っ……!」
 そこへの追い打ちとばかりに、右足を高く掲げるバニエル。そのまま、容赦なく顔を踏み潰され……そうになるが、その靴底は、顔面の寸前でぴたりと止まった。
「っ!? なんですかっ……!?」
「ひ、人を踏んづけるのは良くないよ!」
 それを止めたのは、蜘の蜘蛛糸だ。今は巨大化しているが普段は虫サイズの彼女にとって、『踏み潰される』と言うのは他人事ではなく、思わずぶるっと身体を震わせた。
 だが同時に、それを阻止した今がチャンス。動けないバニエルを見据えると、自身の身体に兎の御霊を降ろしていく。
「いくよっ! とぉぉっ!」
「させません、よっ!」
 それに対してバニエルは、拘束糸を引きちぎって迎え撃とうとしてくる。だがその意識が上に行った瞬間、倒れていたしおりが、地面に手をつき逆立ちして。
「っ、せいやぁっ!」
「うぐぅっ!?」
 勢いよくその足を跳ね上げて、顔面を狙う素足の蹴り。鼻っ面を押し込むようにしてよろめかせた所に、蜘がその足を突き出して落ちてくる。
「うさぎさんきーっく!!」
「うぐぅっっ!?」
 相手の高速にも匹敵する速度で振り下ろす、強烈な蹴り。それがしっかりと突き刺されば、壁に吹き飛ばされていくバニエル。
 ナノスキンスーツによって見た目以上に耐久力があるので致命傷には至らないが……それでもかなりの手応えはある。
「うぐぅっ……よくもっ……」
「ごめんねっ、でも、これも依頼だし……それにりそうみらい? にはさせないよ!」
 顔を抑えて苦痛と屈辱に呻くバニエルだが、睨みつけられても真っ直ぐに返す蜘。バニエルは怒りを滲ませ、壁から離れてこちらに飛びかかろうとして来て。
「――――!!」
「っ!? あぅっ!?」
 その動きを阻むのは、甲高く響く笛の音。そこから生み出される超音波が、バニエルの足元をぐらつかせていく。
 もちろん、その音を奏でているのは瑠衣だ。瑠衣から響く音は音波となって、立っていられないほどの強烈な振動を生み出していく。
(「こんな事件の先にある未来なんて、私は御免だわ」)
 篠笛を吹き鳴らしながら、じっとバニエルを見据える瑠衣。相手がどれほど速く動こうとも、音速よりは遅い。
 無論、笛の音は奏で続ける事は出来ず、息継ぎが必要だ。その瞬間を狙われるかもしれないと思えば、恐怖はある。
 だがその恐怖に、音を鈍らせる事はない。まるで自分の声の延長のように、篠笛を自在に響かせていく。
 それにもちろん、瑠衣の息継ぎまで悠長にバニエルを放置しておく理由は、他の√能力者には存在しない。
「どんな妄想も、言うだけならタダですけど、能力者だけに迷惑です」
 そう言ってバニエルを見据えるのはオリヴィア。そんな彼女の身体に宿るのは、灼熱の気合。
 60秒の蓄積によってその身に炎を宿すと、それをさらに、右拳へと集中していく。一方でその左手を、よろめくバニエルへと伸ばしていき。
「叩き潰しましょう……!」
「そうはいかないです……世界を救うためにも、負けられません!」
 その攻撃に危険を感じたバニエルは、√能力を店内へと広げていく。現代風、いや、ややレトロな雰囲気の喫茶店が、近未来的な姿へと書き換えられて。
「これが私の理想未来っ……この未来こそ、世界が掬われる方法なのです!」
「っ、ぐっ!?」
 この『理想未来』の中では、バニエルの攻撃は必中。振動する身体を物ともせずに、オリヴィアの身体を強烈な蹴りが捕らえていく。
 その威力は、オリヴィアの身体を吹き飛ばすに十分なほどで――。
「どうですか……っ!?」
「衣装のデザインは悪くないですが、それ以外のセンスはあまり良くないですね!」
 だが、そんなダメージを気合で先送りにしたオリヴィアは、動きを止める事なくバニエルの腕を左手で掴み、そして右拳を振りかぶった。
 拳にはすでに、灼熱が収束している。その威力を想像したバニエルは流石に焦り、振りほどいて逃げようとして。
「やらせませっ……きゃっ!?」
 だが、そんなバニエルの足元を、瑠衣の笛の音が掬う。理想未来の中ではどんな状態でも攻撃は必中だが、その一方で、回避や防御に影響を及ぼす事はない。
(「この状態で、彼女の攻撃、捌き切れるかしら? お手並み、見せてもらうわよ」)
「くっ……かはっ……!?」
 そしてバニエルの身体に満を持して叩きつけられる、オリヴィアの灼熱の拳。もちろん笛の音が回避を許さず、バニエルの身体を吹き飛ばし、壁へと逆戻りさせていく。
「っ、ふぅっ……あなたが妄想するちゃちな滅亡程度、気合で乗り越えてみせますっ!」
 オリヴィアの身体にも先送りしていたダメージが叩き込まれて膝をつくが、そのダメージに見合っただけの手応え。具現化した理想未来も崩壊し、元の喫茶店の光景へと戻っていく。
 ……だがそれでも、バニエルはまだ倒れない。
「未来のために……絶対に負ける訳には……!」
「そう。理想の未来のために誰を犠牲にしても構わないっていうなら――」
 そしてそんなバニエルの不屈の決意は、アーシャの心をさざなみ程も揺らす事はない。彼女には他人に語られるまでもなく、確たる未来のビジョンがある。
「――アタシと|義妹《サーシャ》の輝かしい未来のためにここで死んでちょうだい」
「っ……!?」
 突き詰めれば、家族以外はどうでも良い。黄金のオーラを身に纏いながらそう告げ、間合いを詰めていく。
 相手もバニースーツによって加速するが、速度はこちらが上回り、怒涛の連続蹴りを繰り出していく。
 無論、これほどの速度を生み出すにはデメリットもあり、相手の攻撃を受ければただでは済まないが――。
「喰らわなければいいのよっ!」
「げふぅっ!!」
 その攻撃が繰り出される兆候を察するなり、強烈なボディへの蹴りを突き刺した。お腹を抑えて身体を折り曲げ、苦悶に噎せ返るバニエル。
「げほっ、げほっ、げほっ……!」
「お腹へのダメージは、蓄積するでしょう?」
 そんなバニエルに対して、言い放つのは廓。アーシャの蹴りはもちろん強烈だが、それに加えて彼女の腹パンのダメージがぶりかえした事も、バニエルの足を止める。
 隙だらけの相手のその足を、アーシャの竜尾が払って。
「壊してあげるわ」
「……んぎぃっ!?」
 繰り出したのは、重くて頑丈なグリーブによるストンピング。バニエルのアーマーの脚を打ち砕き――その奥にまで、衝撃を響かせる。
 激痛に悶絶し、脚を抑えてゴロゴロと地面を転がるバニエル。懸命に立ち上がろうとするが、流石にもはや戦闘力はほとんど残っていない。
「さっきのお返しだよっ……せやあああっ!」
「ぐっ、ぶっ……!」
 そこに刻まれる、しおりの足型。瑠衣の音色も相まって、もはやバニエルはそれを避けられない。
 それでもなお、踏み留まろうとはするが――。
「まだっ……私のっ……理想の未来は……」
「あなたの未来の物語は――主人公が負けるバッドエンドものです!」
 そこに、二度目のチャージを終えたオリヴィアの拳が叩き込まれれば、耐えられる筈もない。全身の装備を砕け散らせたバニエルは、三度壁にめり込み……そして今度は、二度と動く事はなかった。

「……だから! 駅前の喫茶店が怪しい商売をですね!」
「うーん。お嬢ちゃん、いたずら電話は良くないよ?」
 なおこの戦闘の間ずっと、紫は警察に電話をしていたが。『忘れようとする力』が強いこの√EDENにおいて、警察が超常の事件に駆けつけてくる事はまずない。
 紫の通報は全く信じられる事なく、子供のいたずらとあしらわれていく。
「くっ……私達の秩序が、夜の世界に侵略されようとしているわ!」
「えーっと……?」
 そんな状況に、わなわなと危機感を抱く紫。それを見た蜘は、この人は何をしているんだろうと不思議そうに首を傾げるのだった。

第3章 ボス戦 『ジョロウグモプラグマ』


「へぇ……やるじゃない。√EDENの能力者なんて大した事ないと思っていたけれど」
 第一の刺客、バニエルを倒した√能力者達。だがそこに、新たな簒奪者が――今回の黒幕が現れる。
 √マスクド・ヒーローからの侵略者、秘密結社プラグマの怪人、『ジョロウグモプラグマ』。6本の脚――すなわち、腕と合わせて8本の手足――を持つ、異形の女怪人だ。
「でも……それもここまでよ。いくら抵抗しても無駄。世界を支配するのは、偉大なるプラグマなのだから」
 陶酔した様子でそう告げた怪人は、バトルロイヤルによって生み出された邪悪なインビジブルをその身に取り込んだ。
 幸い、√能力者が途中で阻止したので、その量は決して多いとは言えないが……それでも、その力はおそらくバニエル以上だ。
「あなた達を皆殺しにすれば……きっともっと私は強くなれるわ」
 √能力者に向けて妖艶な笑みを向け、構えを取る怪人。この怪人を倒さなければ、今回の事件が真に解決を見る事はない。
「ああ、でも……プラグマに忠誠を誓って怪人に改造されると言うのなら、生かしておいてあげてもいいわよ……!」
 邪悪なる怪人を撃ち倒し、√EDENの平和を守るのだ……!
アーシャ・ヴァリアント
哘・廓
オリヴィア・ローゼンタール
立本・しおり
萩高・瑠衣
蜘手・ゼロ
斑・蜘
呉守・社

「蜘蛛の怪人ですか。蜘蛛の巣だらけだったので嫌な予感はしていましたが……」
「蜘蛛怪人なのはわかるが、気持ち悪い脚してるな! よくその脚で動けるもんだよ」
 むむっ、と唸るような声を上げ、表情を歪めるオリヴィア・ローゼンタール(聖なる拳のダンピール・h01168)。
 呉守・社(蛇神封じのTS人柱・h04697)が言うように、相手はどうにも生理的嫌悪を感じさせる見た目だ。
 今回は√能力者側にも蜘蛛がいるのだが、この怪人を『気持ち悪い』と言っても角は立たないだろう。
「ジョロウグモって茹でたらちょっとレバーみたいな感じでおいしいのよ?」
 ただ蜘手・ゼロ(零號・h02231)の言動はそれとは別の意味で、ちょっとドン引きされたりするものだが。『お姉さんもおいしいかしら?』と首を傾げる彼女に視線が集まり、慌ててぱたぱたと両手を振る。
「……あっ、仲間を食べたりはしないのよ?! クモは無実なの!」
「……ほんと、だよね?」
 不安そうに恐る恐る距離を取る斑・蜘(旅する蜘蛛・h01447)に、大丈夫、怖くないよとアピールするゼロ。
 他の√能力者にしてみれば、そもそも敵味方関係ないと言いたい者も多そうだが。特に気にしない者もいるかもしれないけど。
 ともあれ微妙に話は逸れたが、怪人は√能力者の敵意に眉を顰める。
「この美しい姿に対して失礼ね。あなた達も怪人になれば、素晴らしさが分かるわ」
「どこがだよ、御免だね! そもそも俺の身体をこれ以上弄られてたまるかよ!」
 そもそも『元の身体』を欠落して性転換させられている社にとっては、怪人の言葉は受け入れがたい。
 そして萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)もまた、特に嫌悪を示す一人だ。
「そんなのやだ。だってそんな事されたら、私がやりたい事が出来なくなるじゃない」
 それどころかそもそも、『やりたい事』を覚えていられるかどうか。趣味嗜好を捻じ曲げられて、プラグマへの忠誠を誓わされる……そんな事、絶対に受け入れられない。
「だから……この世界ごと、私は抵抗するよ」
 この期に及んで必要なのは、美しい楽器の音色ではない。篠笛を楽器ケースにしまった彼女は、強い敵意を怪人へと滲ませる。
 もちろん他の√能力者も、それを受け入れる気などさらさらない。
「それにしてもいちいち上から目線ですね。侵略的外来種なんて駆除です、駆除」
「そうね、まぁ|動物《うさぎ》だろうが|虫《くも》だろうが、|アタシ《ドラゴン》の敵じゃないわ」
 言っている事もだがそもそも態度が気に入らないと、敵意を向けるオリヴィア。するとアーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの竜人格闘者・h02334)は相手よりもさらに上から目線で、堂々と腰に手を当て言い放つ。
「軍門に下って改造されるなんて御免よ、アンタもギタギタにしてやろうじゃないっ」
「ふふふ……なら、あなたは特別に、下っ端に改造してあげるわ」
 一方で上から目線が気に入らないのは同じだとばかり、怪人も敵意を向けてくる。バチバチと彼女達火花を散らす一方で、哘・廓(人間(√EDEN)の古龍の霊剣士・h00090)は特に感情を揺らす事はなく。
「シンプルな敵役ですね。実はこういう過去が、とかより断然良いです」
「おっきいおねえさんをやっつけて、がんばって依頼遂行するんだよ!」
 蜘もまた純粋に闘志を燃やし、怪人を真っ直ぐに見据えていく。そんな視線を受けた怪人は妖艶な笑みと共に頷くと、一気に殺気が高まって。
「そうね。そろそろ、あなた達を偉大なるプラグマに捧げましょう……!」
「ふんっ、そんなものっ……!?」
 それが爆ぜると同時にまず狙われたのは、アーシャだ。先ほどの挑発がよほど癇に障ったか、大量の蜘蛛糸を飛ばしてくる。
 爪で切り裂こうとするものの糸は予想外に頑丈で、全身にしっかりと絡みつくと、その服を光沢のある蜘蛛の巣柄全身タイツに――すなわち先ほどの言葉通りの姿に作り変え、さらに強力な洗脳効果を発揮する。
「こ……のっ……ぐぅぅっ!」
「おい、大丈夫か……っとっ!」
 苦しむアーシャを気遣う社だが、そちらを気にしてばかりもいられない。こちらにも洗脳糸が飛んでくるのを、咄嗟に√能力――空気抵抗を消し去る火の粉を纏う事で、一気に加速して回避する。
「ちっ、速いわねっ……!?」
「むしタイプがほのおタイプに大きな口を叩いたこと、後悔させてやります!」
 オリヴィアもまたその四肢に聖なる炎を纏うと、脚からのジェット噴射で加速する。同時に撒き散らす炎で蜘蛛糸を焼きながら、一気に間合いを詰めていき。
 3倍の速度に加速した√能力者2人による、同時の急接近。流石の怪人も、これに反応するのは難しい。
「私はこのシスター服がお気に入りなので! 押し売りはのーさんきゅーです!」
「どんな色物かも分からんセンスの怪人スーツなんて着たくねぇ!」
 『蜘蛛糸製は嫌だ』とか、『バニエルと組んでる時点でセンスが疑わしい』とか、そんな思いも篭めての近接戦。相手は2本の腕と6本の脚でその格闘戦にも対応してくるが、こちらも四肢が2組でちょうど8本、手数なら五分だ。
「くっ、この、程度でっ、この私がっ……」 
「無駄だっ、取り込んだ邪悪なインビジブル以上に収支をマイナスにしてやるよ!」
 加えてこちらは、√能力による加速がある。奇しくも2人ともが四肢に炎を纏い、流れるような打撃のインファイト。
 相手から繰り出される6本脚の連続蹴りを社が捌いた所へ、踏み込んだオリヴィアが放つのは、気合を篭めたパンチ。
「せぇぇいっ!!」
「ごぼぉっ……!」
 熾天の名を関したその拳は、相手の蜘蛛糸の守りを焼き尽くし、胸元へとめり込んだ。口から空気の塊を吐き出し、苦悶と共に下がっていく怪人。
 手応えはあるが、流石にこれ一発で仕留められるほどではない。油断なく残心を取って構え、敵を見据えるオリヴィア。
「ごぼっ……ぐぅっ……私のセンスは、色物ではないわ……!」
「そこかよっ!」
 一方で苦悶する怪人は先ほどの社の言葉に反応し、思わず突っ込み返す。まあ、それはなにか、彼女の譲れぬ拘りなのかもしれない。
 事実、アーシャを覆うタイツは下っ端に貶めるための物であるにも関わらず、醜いどころか美しい肉体を引き立てるようになっていたりはする。もちろん、洗脳されるのは御免だが。
「ふん……この程度では終わらないわ!」
「わわわっ!」
 一方で乱れた呼吸を整えた怪人は、その6本脚で一気に突撃してくる。複数の脚での強烈な蹴りを前にして、慌てて退避する蜘。
 小さな蜘蛛である彼女にとって、踏みつけられると言う事はひたすらに恐怖だ。もちろん今は蜘蛛童状態で、簡単に踏み潰される事はないだろうが……それでも怖い事に代わりはない。
「くっ……やらせない、よっ……!」
「ふん、無駄よっ、ほらほらっ!」
 そんな蜘を庇うように前に出た瑠衣は、懸命に相手の攻撃を捌いていく。だが、やはり相手の手数がひたすらに多く、受け流して捌くのが精一杯だ。
 蜘蛛の巣の糸もやはり簡単には切れず、じわじわと押し込まれ、後退を強いられる。苦しさと痛みに顔を歪める瑠衣に、怪人は嗜虐の笑みを浮かべて。
「足が多いのは良い事です……多く関節を砕けるという事ですから」
「むっ……」
 その状況に、今度は廓が割って入る。六本足を恐れる事なく踏み込んでの拳撃で、相手の身体を真っ直ぐに狙い。
「砕かれるのはそちらの方じゃないかしら?」
「ぐっ……」
 もちろん彼女にとっても、怪人の連続攻撃は脅威だ。無数の脚が迫りくると、全身のあちらこちらを強く打たれ、苦悶の声が漏れる。
「……この程度、ですか?」
「なんですって?」
 だが彼女は他の√能力者と違い、自らの傷を厭わない。急所を守る左腕がへし折られそうになっても、止まらず全身を続ける。
 そうして相手を釘付けにした所でふらりと立ち上がるのは、立本・しおり(蹴撃格闘少女《エアガイツ》・h02809)だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
 バニエルに受けた攻撃で、制服はボロボロ。もちろん身体にも、傷は残っている。愛らしい顔が歪められ、脚にも痛々しい痣。その満身創痍ぶりは、バニエル戦から後、今まで膝をついて動けなかった事でも伝わるだろう。
 それでも彼女は脚に力を篭めて、一気に駆け出した。張り巡らされた蜘蛛の巣を素足で踏みしめながら、怪人へと間合いを詰める。
「いきますっ……や、あああっ……!!」
「ふんっ、そんなボロボロで、どうしようって言うのかしらっ!?」
 もちろん、そんな彼女を迎え撃つのも怪人の脚だ。廓とも闘っているので6本全てではないが、こちらよりは紛れもなく手数が多い。
「ぶっ、うぶっ……!」
 こちらも懸命にその蹴りに蹴りを合わせるも、防ぎきれない分が突き刺さる。鼻っ面を思いっきり蹴り飛ばされれば鼻血が吹き出し、ふらりと後ろによろめいて。
 そしてそこにトドメとばかりに、相手の踵が振り下ろされる――。
「こ、のっ……!!」
「んぶっ……ぐぅっ!?」
 それを半ば倒れ込むように回避しながら、逆立ちからの蹴りを叩き込む。埃の黒と蜘蛛糸の白に汚れたその足裏が、相手の鼻っ面にやり返す。
 意表をつかれて防げなかった怪人がバランスを崩した所に、さらに横面を張るようにもう一発。ふらりとよろめく怪人――そしてもちろん、その隙を逃す廓ではない。
「先に蹴られてしまいましたが……脚より先にまず、鼻を折ることにしましょう」
「なっ……んぐぅっ!?」
 すかさず間合いを詰めて、鼻っ面にもう一撃。6本脚の相手を押し倒すのは難しいが、ならその分密着距離に詰め、蹴り間合いの内側から連打する。
「致命傷にはなりませんか。……ですが痛みはあるようですから、砕き放題ですね」
「ぶっ……うぶっ、うぐっ……!? き、来なさい……!」
 相手は取り込んだインビジブルによって傷を癒やすが、癒やした端から容赦なく殴る。さして表情を変えぬままに、えげつない連打。
 さしもの怪人も、これには堪ったものではない。√能力によって蜘蛛戦闘員を呼び出す事で、廓から離れていく。
「む……数で来ましたか」
「はぁ、はぁ……やってくれたわね……」
 大分インビジブルを消耗し、息を切らしてこちらを睨む怪人。そして戦闘員達が逆襲とばかりに、√能力者達へと襲いかかってくる。
「踏み潰されないなら怖くないんだよ! ねずみさん、ゴー! ゴー!」
 だがその戦闘員達を迎え撃つのは、大量のねずみ――蜘が呼び出した、護霊の群れだ。それらは数だけなら負けないとばかりに戦闘員にとびつき、カリカリとその歯を立てていく。
「そしてボクもいくんだよー!」
 キーキーと奇声を上げて苦悶する戦闘員達に対し、蜘自身もまた毒牙を立てて、無力化していく。とはいえ、相手の方は相手の方で数が多いので、これだけで全滅させると言う訳にはいかないが――。
(「……そーっと、そーっと」)
 むしろそんな混戦状態を歓迎し、待ちわびてすらいたのがゼロだ。光学迷彩のポンチョをその身に纏い、テーブルやカウンターを利用して、怪人に近づく。
「キー……?」
「あっ……えいっ、なの」
 流石に全く見つからないと言う訳にはいかず、途中で戦闘員と目があったりするが、その時は軍用スコップの縁でグサッと脳天をカチ割る。喫茶店じゅうで√能力者と戦闘員の戦いが繰り広げられているので、瞬殺すれば特に目立つ事はなく――。
「……えいっ」
「っ……か、はっ!?」
 そのままスコップを首に押し付けると、気道を押し潰す圧迫。奇襲を受けた怪人は目を見開き、息苦しさに呻きを漏らす。
「っ~~~! はな……れな……さいっ……」
「おっと?」
 このまま首の骨も折れるだろうかと言う所で必死の怪人によって振り払われてしまい、後ろに下がる。だが怪人は呼吸を乱して苦しそうに、顔を真っ赤に染め、胸を上下させ。
「はー、はー、かひゅ、ぅ……ぅ……!?」
 そしてその呼吸を整えようとする中で、ふと違和感を覚える怪人。慌てて周囲を見渡すと……あれほど店内に張り巡らされていた蜘蛛糸が、綺麗に消えている。
「これは、一体……はっ!?」
「――あなたを、私は、憶えてなんてやらないから」
 驚愕する怪人に対してそう告げるのは、瑠衣だ。彼女が使用した√能力は、『忘れようとする力』。
 この√EDENと言う世界自体が持つその力が強化され、世界をあるべき姿に復元する。怪人が持ち込んだ異物は、忘れ去られて存在を許されない。
「このっ、よくも……!?」
「……そう。よくも……やってくれた……わね……」
 驚愕と怒りを滲ませる怪人に対して、だが、それ以上の怒りの声が響く。怪人のタイツを纏ったままのアーシャが、洗脳に抗い、立ち上がったのだ。
 忘れられた力は、彼女の洗脳をも忘れ去った――と、彼女自身は認識しているが、実際は彼女を守るように、不思議な力が働いている。
 それがなんの力であるかも、知らぬまま――。
「約束どおり……ギタギタにしてやる、わっ……!」
「~~~~~っ!?」
 その力を纏った蹴りが、呼吸を乱して満足に動けない怪人の身体に、炸裂する。すでにインビジブルを使い果たしていた怪人は、それに耐える事が出来ず。
「プラグマ……万……歳……!」
 掠れた声の断末魔と共に、そう告げて――その場で爆発を起こし、消滅した。

「……最後まで迷惑でしたね」
「でも、みんな無事で良かったんだよ」
 爆発で生じた被害を忘れられた力で修復し、元に戻していく瑠衣。その力でさっきぐるぐる巻きにした一般人も元に戻るので、蜘も一安心だ。
「もう少し砕きたかった所ですが」
「蜘蛛らしくお腹の下面に気門があればよかったの。あれじゃあ人間なのよ」
 倒したのに何故かちょっと不満そうな廓とかゼロとかもいるし、アーシャもあれは何の力だったのかしらと首を傾げているが。まあとにかく、今回の事件はこれで解決である。
「……ですが、どこかで復活しているのでしょうね」
「だよなぁ……全く、俺達が言う事じゃないが、厄介だぜ」
 だが、√能力者は不死だ。オリヴィアや社が言うように、バニエルも怪人もどこかで復活し、そしてまた事件を起こすのだろう。

 ゆえに世界を守る√能力者の戦いは、まだ始まったばかりなのだ――。

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