現れし古妖
「……あの、よろしいでしょうか」
君たちに声をかけてきた神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)によると、√EDENのとある場所へ√妖怪百鬼夜行とを繋ぐ『入口』がふいに現れ、そこを通じてとある古妖が√EDENに出現してしまうのだと言う。
「……√EDENに現れた古妖がやることは……ひとつです」
放置すれば、古妖はその場にいる全ての人間を戯れに殺し尽くし、喰い尽くしてしまう。故に一刻も早く、この凶行を阻止しなければならないのだ。
「古妖の名は……鬼獄卒『石蕗中将』。古妖の一種である地獄の獄卒で呪術に精通し、人妖交わりし世界を否定しようとする者たちには喜んで力を貸す……ようです」
人間との交わりは妖怪を腐らせると主張するこの古妖は、ゾディアック・サインを得た月那によると、洗脳した百鬼夜行を引き連れ件の入り口から現れるという。
「……とは言うものの、皆さんの存在を知覚すれば石蕗中将は洗脳した百鬼夜行を残して姿をくらませようとするでしょう」
まずは百鬼夜行を倒し、簒奪者の痕跡を追って石蕗中将を誘導し、再び√妖怪百鬼夜行への道を渡らせなくてはならない。なぜなら、古妖を封印できる祠のあるのは√妖怪百鬼夜行の方なのだから。
「√妖怪百鬼夜行に築かれた『封印の祠』に古妖を押し込むことが出来れば……」
再封印には戦って弱らせる必要もあるものの、罪なき人々の犠牲を許容するわけにもいかない。
「……この幸せな世界の平穏の為にも」
よろしくお願いしますと月那は頭を下げるのだった。
第1章 集団戦 『悪い百鬼夜行』
「多いな……」
現場へ急行した叢雲・颯(チープ・ヒーロー『スケアクロウ』・h01207)が|幼少期に好きだったヒーロー《電光 レッド・マスター》のお面を装着しつつ独り言ちた。視線の先には√EDENの入り口と付近にたむろする様々な妖怪で構成された群れがあった。そんな妖怪たちもさらに奥に立つ古妖、石蕗中将から洗脳されていなければ無害な存在だった筈なのだ。
「百鬼夜行に襲わせてぇ。人妖の交わりを否定する者には力を貸してぇ。そのくせわたし達に気付けば逃げようとするなんてぇ……」
「要するに傍迷惑な古妖ッスね。ウケる」
元凶たる古妖の悪行を八海・雨月(とこしえは・h00257)が列挙すれば、洗脳した妖怪たちの百鬼夜行を連れてきたことやこれから殺戮をしかも他√で行わんとすることをひっくるめて魚屋・のえる(√能力者のギャル・h00019)はただ三文字で片付けた。
「とりま、まずはあの百鬼夜行をシバく感じでおk?」
「そうだろうな」
洗脳が解けぬままに放置すれば付近の一般人へいつ危害を与えてもおかしくなく、まだこの場に居る元凶の古妖をどうにかしようにも健在であればあの百鬼夜行は間違いなくこちらを妨害せんと襲って来るだろう。
「なるほど……まずはこの百鬼夜行を撃退すればいいんだよね」
颯がのえるに肯定を返してから悪い百鬼夜行の方へと向き直る一方でアウリィ・ファニア(卓上の聖域・h01991)も現状と仲間の会話に納得した様子で意識と視線を妖怪たちへ向ける。
「文字通り……有象無象……魑魅魍魎というわけだ」
まだ自身に気づいた様子のない妖怪の群れを見やりつつ、颯は足を進め。
「数が多いから囲まれると大変だし、見えないところから不意打ちで範囲攻撃を打ち込んじゃうのが良さそうかな?」
思案の上ででもあまり距離が取れないからとアウリィは目立たない格好で物陰へと移動する。結果として直進した颯だけが目立つこととなるが。
「あれは」
何気ない日常の光景の中、場違いに入り込んだ異物に向け一歩また一歩と颯が足を進めれば、真っ先に気づいたのは石蕗中将であった。
「逃げる様子もなく我らの方へ向かってくると言うことは邪魔者か。忌々しい」
苦々しげな表情を作った古妖は百鬼夜行を作る妖怪たちに命ず、あ奴を倒せと。
「ウオオオオッ!」
「行クゾ行クゾ!」
洗脳された妖怪の群れはこれに従い、颯を向かい打たんと動き出し、石蕗中将は悪い百鬼夜行を嗾けた上で踵を返す。まさに月那の話の通りになった訳だが。
「陰湿なだけじゃなくて面倒なやつだったわぁ。さっさと叩き返して祠に押し込みたかった所だけどぉ。まずは百鬼夜行の対処よねぇ」
石蕗中将の想定を上回る速さで雨月の視界内に居る妖怪の群れを無力化できれば、古妖に追いつき行方を完全にくらます前に戦いに持ち込める可能性はあるが、どちらにしても戦いは避けられない。
「1体1体を律儀に相手してたらキリが無いな……」
向かって来る妖怪たちを前に颯は断じる。広がりながら迫ってくる妖怪の群れからの逃げ場はなく、順に倒してどうにかなるようなモノでないことも明らか。
「動くな!」
「ナ、バッ?!」
「フゲッ?!」
「グアアアアッ」
颯が叫ぶと同時に迫って来ていた妖怪たちがそのままの姿勢で倒れ込み、そこへ後続が激突しあちこちで悲鳴が上がる。
「ナ、ナンダコレハ」
「動ケネェ」
倒れ込んだ大根の妖怪もぶつかって仲間にのしかかるような姿勢になった琵琶頭の妖怪も颯の視界内の妖怪は総じて麻痺し動きが取れず。
「洗脳されてるとこ悪いけどぉ、あなた達には痛い目見て貰うわよぉ?」
どうしようもない状況の妖怪たちへ降って来る雨月の声。動けず向き直ることも出来ない妖怪たちの内、姿勢も低く長槍を構えた雨月の姿を見られたのは一部にとどまる。
「ウ、動ケルゾ?」
「馬鹿! ソンナコト言ッテル場合、ギャアアアッ?!」
むくりと起き上がりポツリ呟いた仲間を叱りつけようとしたカエルの妖怪は、次の瞬間には雨月が両腕に装着する巨大な鋏で薙ぎ払われていた。
「オ、オノレ」
「ふふ、そうはさせないわぁ」
顔色が悪いのは毒を受けたからか、手負いのカエル妖怪が手元に大つづらを具現化するも雨月は長槍から|対標的必殺兵器《ターゲットスレイヤー》として巨大鋏に変じた己の獲物で狙い。
「えい」
逃げ去った石蕗中将にすら見えるよう派手な薙ぎ払いで大つづらが爆発する前に両断してのける。
「ッ、怯ムナ! タカガ一人増エタ所デ――」
数の優位は覆らないとでも言うつもりだったかもしれない草履の妖怪の言葉は遮られた、アスファルトへ強く叩きつけられた卒塔婆の音で。
「さー、挨拶も終わったし、ここからは折檻よー」
「オゴッ?!」
反射的に音の方を見た草履の妖怪はのえるに卒塔婆でシバかれた。
「じゃー、つぎつぎ行くんでヨロ」
「待、ギャアア!」
「アバーッ!」
無慈悲な宣告から振るわれる卒塔婆が犠牲者を量産し。
「襲撃を受ければ敵対者がいる事自体は悟られると思うけど、姿までバレているのとバレていないのでは後の追跡時に大分変わってくるからね」
敢えて隠れたままでアウリィは具現化させた無数の麻雀牌を解き放つ。
「まだまだ私の手番です!」
「ギャッ」
「グエッ」
「ツモッ」
飛び交う麻雀牌が命中し、アウリィの存在へ気づいていなかった妖怪たちがひっくり返り、妖怪の悲鳴が響く中戦場と化したそこへ足を踏み入れんとする√能力者がまた一人。
「アヤカシは専門外ではあるが」
そう前置きしつつ、カツヨリ・サンダン(”No soul, No bullet"・h02403)は一切動じた様子もない。
「やることは、変わらぬ」
戦場内に視線を走らせ味方の位置を確認すると一瞥だけした手にある精霊銃を一点に向けた。
「全てを、撃つ」
引かれるトリガー。魔弾へと変えられた精霊が撃ち出され、いつもと違う環境下、問題なく魔弾が撃ち出されたことへの安堵はあったはずだがおくびにも出さず、魔弾の行きつく先を見れば妖怪が具現化させた大つづらが撃ち抜かれ。
「ギャアアッ」
意図せぬ位置で爆ぜたそれは具現化させた妖怪自身を爆発に呑み込んだ。だがそれだけでない。精霊銃を撃った瞬間には先ほど位置を確認した仲間たちへとサイバー・リンケージ・ワイヤーを伸ばし接続させており。
「「ウォォオ突撃ィィィィ!」」
「なんかおっそーい! スローすぎるんですケド」
反応速度の増したのえるが起死回生をかけた妖怪たちの一斉突撃をあっさり躱して見せる。
「マ、マダダベッ?!」
「連撃コンボも成功率が下がってしまえば後が続かないよね!」
「アガッ?!」
それどころか再度攻撃せんとした妖怪たちを順に卒塔婆で叩き伏せてく。無論すべてを一人で片付けられるはずもないが悪い百鬼夜行と戦う√能力者ものえる一人ではなく。
「オノレッ、コレデモゲーッ?!」
「痛デッ、痛デデッ」
卒塔婆でシバかれる仲間を盾にノエルに肉薄しようとした一つ目の提灯妖怪をカツヨリの魔弾が撃ち抜き、いくつもの麻雀牌が顔面を直撃した妖怪が目を回す。
「うう……おれはなにを」
「俺は正気に戻った」
そうして倒された妖怪の中には洗脳が解けた様子の者も見受けられ。
「あ 終わりました?」
いつの間にかスマホで音楽を聴いていた颯が周囲を見回した時には粗方の妖怪は倒れるか洗脳を解かれて正気に戻っていたのだった。
第2章 冒険 『簒奪者の痕跡を追え』
「逃げられたか」
悪い百鬼夜行を倒しその洗脳を解いた√能力者ではあったが、戦いが終わった頃には石蕗中将の姿はなかった。とは言え差し向けられた悪い百鬼夜行を倒すまでにそれほど時間は要していない。今なら痕跡を辿れば石蕗中将を補足することも十分可能。加えて追う立場となったことからこの√EDEN側の入り口へ逃げる石蕗中将を誘導することもまた不可能ではないだろう。
「むぅ……逃げられちゃった」
軽くむくれて漏らしたのはアウリィ・ファニア(卓上の聖域・h01991)だった。
「逃げ足が速いわねぇ。鬼の名が泣くわよぉ?」
同じ石蕗中将が消え去った方向を見ながら八海・雨月(とこしえは・h00257)も若干呆れたように言うが、古妖を逃がしたこと自体に関してはそう気落ちしていなかった。
「まぁ追跡するのは想定通りだしぃ……本番はこれからよねぇ」
ただ同じ方を見やったまま、笑う。
「見つけ出して報いを受けて貰うわぁ」
雨月の声の聞こえる範囲に石蕗中将が居れば寒気でも覚えたであろうか。
「となるとどこに行ったかだけど、百鬼夜行を引き連れてこの√EDENへ来たんだよね?」
考え込みつつアウリィが自身の見解を口にしようとしたところでもう一人の√能力者、|叢雲・颯《むらくも・かえで》(チープ・ヒーロー『スケアクロウ』・h01207)が歩き出そうとする。
「手がかりは『足』で探す……。|刑事《デカ》の基本だ」
味方を振り返り口を開き、そのまま立ち去るに至らないのは懸念があったから。
(相手は呪術に精通している古妖……。逃げると見せかけてキルゾーンにおびき寄せるか……あるいはトラップを仕掛けている可能性は十二分にある)
故に追跡前に仲間たちへ話す。
「安易に集団で追跡するのは危険だ。共倒れになりかねない。私はそれなりに防衛術を持っているから私が追跡するよ」
と。加えて自身の|霊障を受けにくい特殊なスマートフォン《ゴーストモバイル》のアドレスを居合わせた仲間へ伝え、情報共有は大事だとも訴えれば同じ標的を追跡し追い込む者同士で情報共有を拒む理由もない。結果として颯が一人先行して痕跡を辿るべく出発することとなる訳だが。
「じゃあさ、こっちはこっちでやれること始めてみよー」
そう発言したのは、|魚屋・のえる《うおや・のえる》(√能力者のギャル・h00019)。
「アタシは正気に戻った百鬼夜行に|石蕗《つわぶき》中将の行方を聞いてみるねー」
残った仲間に告げるなりのえるの向かったのは、√EDENの入り口付近で座り込んだりしている妖怪たちの元。
「キミ達さ、あのチョベリバな古妖と一緒に来たんだよね、どこから?」
「どこってあそこだけど?」
「そう、あそこだ」
妖怪たちは各々すぐ近くにあった√EDEN側への入り口を示すわけだが、この妖怪たちはそもそもが石蕗中将に洗脳されていた妖怪たちである。
「いや、待てよ……この人はあの出口よりもっと前のことを聞いているのでは?」
「そうか、つまり」
カン違いした妖怪たちは何やら顔を寄せて話始めるとああでもないこうでもないと暫くやった上。
「お嬢ちゃんが知りたいのはアイツの封じられてた祠の場所だろう? そこの入り口、俺らからすると出口なんだが……そこに入ってどう行けば祠につけるか口頭じゃわかりづらいだろうから簡易だが紙にまとめておいたぜ」
斜め上の流れで返って来たのは割と至れり尽くせりな情報だった。洗脳された負い目で素直になれないとかそういうので口を濁すかもしれないと危惧していたのえるではあったが、むしろ負い目と洗脳を解いてくれた恩義で妖怪たちは逆に何とかして√能力者たちの力になろうとしたようであり。
「ざっとこんなものなわけよ。アタシ、ひょっとして天才?」
想定以上の成果からのえるは少し得意げに首を傾げる。
「それはそれとして、もう|石蕗《つわぶき》中将はいない訳だけど、だいたいあーゆー手合いは来た場所に戻ってくるからさ、先回りとか出来ねってアタシ思う訳よ」
逃げた古妖は洗脳した妖怪たちと言う手駒を失い、現状は孤立無援。戦力補充を考え√妖怪百鬼夜行の帰還を試みることもあるかもしれない。もちろん先行した仲間が石蕗中将を発見し、この場所へと誘導してくると言うこともありうる。こうしてのえるはその場に妖怪たちと共に隠れることにし。
「石蕗中将は腐っても古妖、力有る簒奪者が動けば必ず周囲に影響を与えるはずよぉ」
と自身の考えを口にしたのは、雨月。颯が石蕗中将を追ってからいくらか時間も経過したことで動き出すことにしたらしい。
「インビジブルの挙動を元に同行者と手分けして痕跡を探しましょうかぁ、何か解れば先に行ってる人にも伝えればいいしぃ」
「なら、私は裏付けを取っておこうかな? 並行して折角だしインビジブルに直接聴きながら追っかけちゃうね」
雨月の意見にアウリィも口を開き、周囲を見回して。
「教えてもらえるかな?」
尋ねるとアウリィの視界内に居たインビジブルたちが人の形をとってゆく。
「赤い顔で軍服にコート? その人でしたら向こうの方に走っていきましたよ」
「あっちの細い路地に入って行ったで」
質問すれば簡単に出てくる目撃情報。それらは全て颯にも伝えられる一方。
「さあ行って、自分が狩る側だと勘違いしてる獲物に教えてあげなさいなぁ……所詮は古妖も追われ狩られる側だってことぉ」
雨月は雨月でウミサソリの霊体を放って石蕗中将を探させる。
「あぁ……でもあれよねぇ、追い立てる先は考えて誘導しないとぉ」
もちろん最終目的も忘れず。
「囲むように追えば√百鬼夜行へ逃げるしかなくなるかしらぁ?」
追加で指示を出すかを雨月が考えていた時だった、颯から石蕗中将発見の報が届いたのは。
「なるほど、こっちに行ったんだね!」
颯の情報に加えて出会うインビジブルらの話も聞いてアウリィは石蕗中将の元へと迫ってゆく。
「そろそろかな? ここからは目立たないように……折角だし封印の祠に誘導するようにハンドリングしてみても良かったけど」
追い込むという意味ならばもう他の√能力者がとりかかっているかもしれず。
「状況を見て、誰もやってなかったらやろうかな」
そのような決断がされていることなど石蕗中将は知る由もない。
「おのれ……もうあ奴らに倒されたというのか」
それどころか追手の気配を感じた石蕗中将は表情を険しくしつつ自身の出身世界でもない、見知らぬ世界で時折後方を気にしつつ逃げていた。ハッキリ言って土地勘もない場所で複数から探され追われた石蕗中将が隠れ逃げおおせるかと言えばもう結果は見えていたと言っていい。
「ここは……止むを得ん」
やがて√EDENへと出てきた場所へ戻ってきてしまうも苦虫を噛み潰したような表情でその中へ。
「なんか拍子抜けするぐらい上手くいってるけどサァ。この後も上手くいくかなー?」
石蕗中将の封印されていた祠の場所をのえるは妖怪たちから聞き出している。だが、自分が封印されていた祠の側に石蕗中将が近づくのを良しとするかと言えば。
「そこは大丈夫よぉ。逃げ場をなくせばいいだけだものぉ」
雨月はそう言ってウミサソリの霊体へ指示を出し。
「ぬうっ、まだ追って来るか」
石蕗中将は自身を探しつつ追って来るウミサソリの霊体一体を睨みつけ。
「ぐおっ」
飛び掛かって来た霊体が持つ鋸歯状の鋏角で切り裂かれる。
「おのれ! 敵の数さえわかれば」
力量差を鑑みれば石蕗中将にとってウミサソリの霊体一体はとるに足りぬ相手、にもかかわらず逃げるだけなのは時折アウリィの出す気配に敵の総数がつかめなかったのが大きい。結果として不必要なまでに警戒をした石蕗中将はそのまま祠の方面に追い込まれてゆくこととなるのだった。
第3章 ボス戦 『鬼獄卒『石蕗中将』』
「ここは……ぬかった」
自身の封印されていた祠を視認して石蕗中将はようやく敵の術中に嵌っていたことを悟る。
「このまま終わってなるものか!」
激昂して鞭で地面を叩き鳴らすと祠を背に追跡者たちを返り討ちにせんと地面を強く踏み鳴らし追手が現れるであろう方角を睨んだ。
「ざーんねーん! キミの冒険はここで終わりだよ!」
それとほぼ同時、いや僅かに|魚屋・のえる《うおや・のえる》(√能力者のギャル・h00019)の方が早かっただろうか。
「な」
近くにあった壁を所謂ヤクザキックで蹴破り現れたのえるに怒りも引っ込み石蕗中将は驚愕を顔に貼り付けるが、のえるはこの驚愕に付き合わない。
「えい!」
放物線を描き|イケてる柄付手榴弾《デコレード》が石蕗中将の眼前に放るといつの間にそこに居たのか、石蕗中将の後ろの12体の式神鬼が動き出す間もなくデコレードが爆発。
「「ッギャアアアアッ」」
爆風と共にキラキラパウダーとデコった破片が飛び散る中巻き込まれた式神鬼らは悲鳴を上げるも当鬼らを指揮する筈の石蕗中将からの助けはない。石蕗中将もまた爆発に巻き込まれていたのだ。
「配下の指揮に気をとられて反応が遅れた感じ? それって本末転倒って言わない?」
「ギャッ」
「ウゲッ」
理由を察しつつものえるは容赦しなかった。続けざまに|チャーム付き中折れ式水平二連ソードオフショットガン《ドアノッカー》を二発撃ちこめば負傷していた式神鬼が二体、致命傷を負って倒れ込み、生じた敵陣の隙間に|チャームを付けてオシャレにも拘った片手半消火斧《マスターキー》を振りかぶって飛び込む。
「キミが中将だなんて勿体ないねー! 二階級特進して上級大将になっちゃお! お山の、だけどね!」
「どあぁぁっ」
「「ギョべッ」」
容赦ない一撃を叩き込まれた石蕗中将は背後に居た式神鬼を何体か巻き込み吹っ飛ぶと哀れな式神鬼の上に尻もちをついた。
「まんまと掛かってくれたわねぇ」
そうして尻もちをついた石蕗中将を眺め|八海・雨月《はちうみ うげつ》(とこしえは・h00257)はかの古妖の前に姿を見せた。
「大人しく封じられるなら痛くしないであげても良かったけどぉ……」
既に仲間によって痛い目に遭っているということは抜きにしても無抵抗で封印される気が無いのは言動を省みれば明らかだ。
「まあ良いわぁ。祠に叩き込む方がこっちもスッキリするものねぇ」
石蕗中将が何か発言するまでもなく敵意の籠った視線をぶつけられたことで雨月は|一本銛に似た外殻で作られた槍《変性殻槍》を構えて地面を蹴った。
「舐めるなぁ!」
立ち上がって古妖は吠える。雨月の獲物を絡め捕らんとするつもりか右手の鞭を振るい迎撃の態勢をとって。
「『断ちて獲れ、裂きて喰え』」
そこで聞く、雨月の声を。そして見た、雨月の槍が穂先を鋸歯状に変形させた|捕食形態《プレデターフォーム》へと変わるのを。
「なんだと?!」
驚きが一瞬の硬直を産んだ。だが、たとえここで驚くことはなくとも配下にいくらかの意識が向いた状況で石蕗中将が目論見通り鞭を用いて雨月の槍を絡み取るのは難しかったことだろう。
「あなた不味そうねぇ。中身はどうかしらぁ」
こちらの獲物を捕らえるどころかがら空きになった石蕗中将の右脇へ肉を裂き抉り取るように変性殻槍を突き込み。
「ぐ、ふ」
「おまけよぉ」
石蕗中将の血に塗れたままの獲物を雨月は横なぎに振るう。
「グギャアアッ」
巻き込まれた手負いの式神鬼はなぎ倒され。
「お待たせ。手助けに来たんよ」
視線を前に向けたままの雨月の背後で声がする。
「敵の増援?! このような状況でっ」
現れた|朔月・彩陽《さくづき・あやひ》(月の一族の統領・h00243)に石蕗中将は動揺を隠せなかった。
「封印されてたって事はそれなりに大物かな?」
柔和な表情で見返してくる相手だとしても、配下を数体倒されている古妖からすれば配下が減り敵が増えたことには変わりない。
「ただ、それでも問題はないわなあ。此処で倒される定めやで。あんさんは」
「っ、ふざけるなぁっ!」
彩陽が告げれば石蕗中将は再び激昂する。激高した上で彩陽へ鞭で殴りかからんとしたその身体が突如ふらついた。
「ぐ、ぬ」
「グラグラ揺らされてる気分はどう? 気持ち悪い?」
殴りかかって来た石蕗中将へ霊能震動波を浴びせた彩陽は尋ねる。
「貴様の仕業かぁっ!」
「まぁ、否定はせんわ。けど、そんなに俺ばかりにかまっててええの、自分?」
「っ」
複数の√能力者を相手取っていることを思い出したのか慌てて周囲を見回す石蕗中将に俺は別にかまへんのやけどと彩陽は続けた。
「その間に他の人にも攻撃されるやろ。……それでええわあ」
「誰がそんな過ちを犯すか!」
石蕗中将は叫び返すが、情況的に彩陽を完全に無視もできず。
「いい感じに追い詰めたね!」
味方が負傷した石蕗中将と対峙している光景を見てアウリィ・ファニア(卓上の聖域・h01991)は口元を微かに綻ばせ。
(でも呪術に精通しているみたいだから再封印するまでは油断せずに行かないとね)
と言えどアウリィは一切油断もしていなかった。戦況を見つめつつ、側面へ回り込みながら近くの物陰に身を隠す。
「者ども――」
意識を向ける先からしたのは、式神鬼を呼ぶ石蕗中将の声。残存している配下に対峙した√能力者のいずれかを押さえさせようと考えたのか。
「百鬼夜行に式神、他人任せばかりであなたの方が腐ってるわねぇ?」
「戯言を! 将が兵を率いるは当然のことよ! ぐっ」
雨月がぶつける挑発に反論すると石蕗中将は腰の刀を抜いて雨月の突きをかろうじて弾いた。
(式神鬼を指揮してる分、こちらの攻撃への反応は遅れ気味かな。これなら私も妨害に回れば)
の影が実体化し、動き出したのは直後のことだ。アウリィ当人の意図をくむように伸びた影は雨月との攻防で手いっぱいの石蕗中将へ忍び寄る。
「おのれ、やられっぱなしでいると思っ?!」
今度こそ鞭を振るわんとした石蕗中将の腕にアウリィの影が絡みつき。
「援護おおきになぁ。……外れても鞭で打ちつけた場所を獄卒の刑場へ変えるんやったっけ? それ、鞭を振るい終える前にとめてしもうたら変えられへんのやろ、自分?」
「ぐんぬっ、おのれ! おのれぇぇええっ!」
アウリィへ礼を言った彩陽の言に古妖は凄まじい形相で右腕の拘束を振り払おうとするも。
「地獄の鬼は『本能的に人が恐れる姿をとる』」
「なぁっ?!」
意識の外から聞こえた声に怒りすら引っ込めて驚き、石蕗中将は振り返る。
「っと なると……お前のその恰好は恐怖の象徴というわけだ」
腕組みをしたまま|叢雲・颯《むらくも・かえで》(チープ・ヒーロー『スケアクロウ』・h01207)は視線を振り返った古妖へ向けていた。
「その鞭がここらの地面を一打ちでもしていれば更に恐ろしく感じたのかもしれんが――」
√能力者に妨害された石蕗中将はまだ獄卒の刑場へ立つことはできず。
「過去……歴史において士官や憲兵は市民どころか仲間である兵士達からも恐れられていた」
腕を組んだままの颯が呟いたのは、古妖の出で立ちに軍服にコートと言う服装に思うところがあるのか。
「何が言いたい?」
「私は生憎と……戦争を知っている『世代』じゃない だが」
新手の出方を窺う石蕗中将からの問いに、そう前置きした颯は組んでいた手を解き、腰のホルスターへやった。|対怪異鎮圧弾丸装填装置《リボルバー拳銃型のそれ》を引き抜き、引き金へあたる場所に指を引っかけて回転させ。
「悲痛な遺言が幾つも残されているのは知っている」
言葉を紡ぎながら装填装置を用い|対怪異鎮圧弾丸《「斑鳩」と「火食鳥」の》2発を|対怪異鎮圧義手「鳴子参式:実戦配備型」《右腕の義手》へと装填する。
「お前にお似合いの弾丸がある」
ニヤリと笑みを作る颯が装填したばかりの二発が言及したものなのであろう。弾丸を装填した義手が両足の義足と共に変形を始め。
「ヒーローは負けないんだ」
|対怪異殲滅形態《妖気を放って漆黒に輝く別形態》へと片腕と両足が変じた直後、颯の足下で石が砕けた。
「な」
ただでさえ反応速度の半減している古妖は踏みしめた意思すら砕くほど颯の加速に反応し損ねた。遅れて颯のいた筈の場所を見ても石蕗中将の視線の先に颯はいない。
「ぬかったっ!」
「どうした?」
それでも棒立ちは拙いと判断したか走り出そうとした石蕗中将の姿を颯はすぐそばで見ていた。
「そこかぁっ!」
回転しながら石蕗中将は抜いた刀で周囲を薙ぐも颯には届かない。
「とんだ見掛け倒しらしいな」
「おのれ!」
翻弄され激怒しつつも石蕗中将は再び鞭を持つ手を振りかぶり。
「随分頭に血が上ってるね。隙だらけだけど、見逃さないよ!」
全身の龍の氣を瞳に集中させていたアウリィは影を操りその腕を跳ね上げた。
「ぐぅ、一度ならず二度までも」
「他を気にしていていいのか?」
思わずアウリィの方を振り返る古妖へ颯は左の拳を握り固めて尋ね。
「しま」
颯の拳を防ごうととっさに石蕗中将は顔面の前に刀の刀身を持ってゆくが、颯の左拳は繰り出されず。
「ごはっ」
「人間との交わりを否定するやつには負けるわけにはいかないのよねぇ」
フェイントに引っかかった古妖を貫いたのは、雨月の繰り出した突きだった。逆流して来た血を吐いた石蕗中将はよろめき。
「思ったよりも綺麗に引っかかってくれたよね。私に気を取られたり狙ってきたらこちらの思う壺だったけど……その行動自体があなたの隙だよ? だってここには私以外にも頼れる√能力者が沢山いるんだから!」
「ぐううっ、者ども!」
憎々しげな視線をアウリィへ向けかけた石蕗中将は式神鬼へ号令を出す、かかれと。
「流石に同じ失敗は繰り返さないのねぇ」
石蕗中将を変性殻槍で貫いていた雨月は槍を引き抜いて襲って来る式神鬼の生き残りから離れる、ただ。
「だが、それだけだ」
「何っ?」
石蕗中将に計算違いがあったとすれば、討ち減らされて数を減じた式神鬼だけでは対峙する√能力者全員を押さえられなかったこと、そして颯の|フェイント《左拳》は仲間への援護ではなく右腕の義手を全力で叩き込む布石であったことだった。
「まだだ」
「そうはさせないよ」
「っぐ」
腹に穴を穿たれ、たたらを踏みながらも石蕗中将は右手に持った鞭を振るわんとして、アウリィの影に遮られ。
「なぜだ、なぜこうも――」
「すべては√EDENにちょっかいを出しに来たあなたの自業自得だね。大人しく封印されてくれるかな?」
喚く石蕗中将へアウリィは拒否の言葉しか返ってこないであろう問いを投げた。ただ、石蕗中将からの返事はない。
「散っていった者達の苦痛を味わいながら……お前が地獄に堕ちろ」
自身の伸ばした有刺鉄線に絡み取られていた石蕗中将へ義手の一撃を打ち込むと同時に装填された弾丸が石蕗中将の身体を崩壊させてゆく。
「ぐあああああっ、示さね……ば、妖怪のしゅ……う」
「祠で頭を冷やしなさいなぁ。わたし達に時間は幾らでもあるものぉ」
鞭をとり落とし、崩れながら祠へ押し込まれてゆく古妖へ嘆息一つと一緒に雨月は声をかける。
「それでもし、気が変わったら……一杯奢る位はしてあげるわよぉ」
その声が最後まで石蕗中将に届いていたかはわからない。だが、祠から石蕗中将が抜け出てくる様子はなく。こうして古妖による√EDENでの凶行は防がれたのだった。