天上の禍、地底より目覚む
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新宿区内の路地裏に、それは唐突に姿を現していた。
狭いビルの隙間から、まるで以前からそこにあったかのように、古めかしい石造りのアーチ型入口が顔を覗かせる。
奥には不自然なまでに広大な空間が広がり、中心には巨大な縦穴が黒々と口を開けていた。
縦穴の壁面には無数の鉱石が埋め込まれ、それらは薄明かりを放ちながら妖しく輝きを変える。
壁には不規則な間隔で足場となりそうな突起が点在しており、ところどころには人工的に作られた梯子の痕跡も見て取れる。
――近くを通りかかった初老の男性が足を止め、石造りの入口を眺めた。
「おかしいな。こんな場所にこんな洞窟が……昔からあったっけ? テレビの特集か何かで見た、都市伝説の心霊スポットかな」
しかし男性の眼差しはすぐに曇り、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
「……そういえば私は今、確か自宅へ向かってたんだっけ……うん、そうだった。ここを右に曲がれば……」
男性は一切を気にとめず、再び足早にその場を立ち去っていく。一瞬だけ気付いた異変の記憶は薄れ、忘れ去られていった。
このままでは、この異空間は誰にも気付かれることなく広がり続け、取り返しのつかない事態を引き起こすに違いない――。
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神谷・月那(人間(√EDEN)の霊能力者・h01859)が、√能力者達へ事件の発生を伝えていた。
「集まってくださった皆様……お伝えしなければいけない事があります。何者かが√ドラゴンファンタジーから天上界の遺産を持ち込んだのか、√EDENにダンジョンが発生してしまいました。勿論、放置すればダンジョン近辺の住民は次々とモンスター化してしまいます。これを阻止する為にも、急いでこのダンジョンを攻略し、破壊しなければなりませんが……」
月那は一度言葉を切り、視線を伏せる。
「まず第一章の攻略として、深い縦穴の中を探索し、底へと辿り着く必要があるようです。そしてその次に控えているのが、『エンジェル・フラットワーム』もしくは『DEEP-DEPAS』との遭遇です。前者は美しくも危険な生物で、触手と毒で獲物を狩る習性があるそうですが……後者は、インビジブルすらも狂わせてしまう不可解な存在のようです」
月那は神妙な面持ちで、√能力者達を見渡す。
「そして最後に私達を待ち受けているのは……このダンジョンの核と成っている、√ドラゴンファンタジーの強大なモンスターとの決戦です。どうか、皆様のお力をお貸しください。このまま事態を放置すれば、近隣住民の方々が犠牲になってしまいます。それだけは……避けたいのです」
第1章 冒険 『ディープホールへの挑戦』

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結城・凍夜(雪の牙・h00127)はダンジョン入り口で、入念な装備確認を済ませていた。
「人工物のように見える構造に、自然石めいた質感。なるほど、天上界の遺産ですか」
旧式の雪守り箒を取り出し、背へ固定する。いつもなら自宅の地下の問題に取り組むところだが、住民の安全を第一に考えれば迷いは無い。
「……深いようですね。この照明を頼りに、足場を探っていきましょうか」
縦穴の淵から身を乗り出し、腰のベルトを箒に結び付ける。常套手段だが、不慮の落下に備えて手堅く。
薄明かりを放つ鉱石群の合間から伸びる突起や、朽ちかけた梯子の様子を探りながら、一歩一歩と探索を開始する。
白髪の錬金騎士は箒に身を預け、慎重に下降していく。磨き上げられた精霊銃から漏れる魔力の光が、壁面の鉱脈に映える。
「後から来られる方々のために、道筋は残しておかねば」
錬金術の技能を活かし、足場となりそうな突起を探っては補強を施す。中には危なげな石柱も混じるため、楔を打ち込みロープを巻き付けていく。
「フラットワームにしろDEEPにしろ、どちらも厄介な相手ですからね。警戒を怠れません」
白銀の精霊銃を片手に、下降を続ける凍夜であった――。
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シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)は設置された支点を一瞥し、顔を輝かせた。
「すごいなぁ! あたしもね、先輩の作った足場を使いながら、自分なりの降り方で行くから見ててね!」
暗視の技能を活かし、螺旋状に続く壁面の間隔を確かめる。跳躍可能な距離だと見極めるなり、√能力を解放。
「フォルス・ドラグアサルト!」
両脚が空色に染まり、竜の脚へと変貌を遂げる。縦穴の底へ向かって身を乗り出すや、躊躇いもなく身を躍らせた。
壁面を力任せに蹴り砕く音が轟く。砕けた岩盤を蹴り返し、螺旋を描くように反対側の壁面へ飛び移るのだ。
「シアニジャーンプ!」
一回転、二回転と宙を舞いながら、岩盤を破砕する蹴撃を重ねていく。蒼い光跡が弧を描き、鉱石の灯りと呼応した。
「真竜には及ばないかもしれないけどね――でも、あたしはこの力で戦うんだよ!」
不完全な竜の力が生み出す俊敏さで、少女は縦穴の底へと降り続けていった――。
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「ダンジョン近辺の住民が心配ね……でも今日のロケは外せないわ」
別√の撮影スタジオから、紅河・あいり(クールアイドル・h00765)は霊能力で、√ドラゴンファンタジーの縦穴内の様子を窺っていた。
「そこで私、ミニあいりの出番ってわけ」
√を挟んだ視界越しに、ミニあいりが手を上げて本体あいりへ応じる。
ミニあいりは自律飛行ドローンに掴まり、突起から突起へと降下を開始。
露わになった岩盤の隙間も、ドローンと小さな体格を活かして効率的に探索できた。
センサーが強い下降気流を検知すると、ドローンは姿勢制御装置を起動して風圧を制御。
不測の事態に備え、ミニあいりは緩衝材として機体を守る構えを取る。
「この体、こんな時のために柔らかくできているのよ」
一方、本体のあいりはスタジオの片隅で静かに目を伏せる。分身の視界を共有しながら別√を観測し、突き出た岩盤や不安定な足場へ【霊波】を放つ。
蒼白い波動が危険な突起を砕き、安全な探索路を確保していった。
「あいりさん、ポジション確認をお願いします」
照明スタッフの声に、彼女は一瞬で表情を切り替えた。完璧なアイドルの笑顔でカメラの前へ向かう。その影で、ミニあいりとドローンは慎重に探索を続けていた――。
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ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)は岩壁に見入っていた。
石造りのアーチから続く縦穴の構造、露わとなった鉱石の輝きに画家としての興味を惹かれる。
「底が見えないなんて、むしろ謎に満ちた絵心をそそるわね」
命綱とハーケンを手早く装着し、サバイバルの技能を思い出す。たとえ画材を持ち歩く腕でも、こういった時のために鍛えてきたのだ。
足場を確かめながら丁寧に降りていく。野生の勘が警告を発すれば立ち止まり、クライミングの技能を駆使して慎重に進路を選ぶ。
「世界の果てを描くために、こんな所で躊躇うわけにはいかないもの」
鉱石の輝きに照らされた空間は、画家の目には絵の具を散りばめたパレットのようにも映る。
「……あら、どなたかしら?」
暗がりの奥にふと、ドローンとともに降下中の小さな人影を見つけた。ミニあいりである。
「……って、ぬいぐるみ? なんだか面白いものを見つけたわね」
ルーシィは首を傾げながら、探索を続けていく――。
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アステラ・ルクスルブラ(赫光の黒竜・h01408)は縦穴の中空へ身を躍らせた。翼から魔力を放出し、小柄な体を浮遊させる。
「ホバリングなら、他の皆の邪魔にもならないな」
浮遊する位置を微調整しながら、石造りの回廊に並ぶ複数の小部屋へと注意を向ける。
上からの敵襲、もしくは途上にあるかもしれない罠。
どちらに襲われても、底への進行は足止めを喰らってしまうだろう。こういうのはこちらから確認しておいた方がいい。
「まずはこの部屋から……」
青藍の瞳を細め、小部屋の入口へ降り立つ。石造りの壁に刻まれた古代文字、床に点々と残る鉱石の欠片。かつて儀式に使われていたような痕跡が見て取れた。
二つ目の小部屋は鍵の掛かった木箱が数個。三つ目は錆びついた祭具が散乱していたが、いずれも特に危険な気配は感じられない。
「罠も敵もなし、か。……代わりに散見されたのは儀式の跡か、昔の痕跡か。興味深いものではあるが……」
体内の竜核炉から魔力を解き放ち、再び底へ向けて飛び立つ。
「――今は先を急ぐべきだな」
今度は真っ直ぐに、縦穴の最深部を目指していった――。
第2章 集団戦 『エンジェル・フラットワーム』

縦穴の底は広大な円形の空間へと開けていた。天井から滴る水が青白く輝く水晶の池を作り、その周囲には無数の通路が不規則に穿たれている。底まで届いた光が水面に反射し、幻想的な光景を描き出していた。
だがその美しさとは裏腹に、水晶の池の表面が不気味に揺らめく。セレスティアルの翼を思わせる触手を持つ半透明の影が、何体も蠢いているのだ。
その姿は水面の光を纏い、確かに美しい。しかしその正体は、獲物を丸呑みにして溶かす捕食者――エンジェル・フラットワームであった。
体の薄さを活かし、時に姿を消すように這い寄り、時に一斉に有毒の粘液を撒き散らす。探知も通用しない厄介な相手。
水晶の池を挟み、√能力者達は対処を迫られていた――。
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「水晶の池の光景も魅力的だけど……先に仕事よね」
ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)は、『エンジェル・フラットワーム』らを前に竜漿兵器を起動――左手をホルスターへと伸ばす。
「先手を――」
「取ろうぜ!」
継萩・サルトゥーラ(百屍夜行・h01201)が声を上げ、ルクレツィアと視線を合わせる。
無数の半透明な影が空間を埋め尽くし、探知を無効化する体躯で這い寄る気配。
セレスティアルの翼めいた触手をうねらせ、床を腐食する粘液を滴りこぼしながらの威嚇。焦点の定まらぬ目と大きく開いた口が、水中で歪んで見える――。
「まずは私の雷弾でかき回すわ。その隙に連中の探知の死角へ回り込んで」
「へっ、ならオレに任せな。ドローンで一気に制圧するぜ」
触手が一斉に伸びる。光を纏った半透明の体躯が池の水面から浮かび上がるや、群れとなって押し寄せた。
「それ、一発目! 撃たれる前に、爆風で吹き飛ばしてやるわ!」
指を引く音と共に放たれた雷霆万鈞が、水晶の池の上を閃光と共に貫く。
着弾と同時に炸裂した雷撃は、群がる敵勢を四散させた。
「こっちもアバドン展開だ! 行けぇッ!」
サルトゥーラの号令と共に、小型ドローン群が上空を埋め尽くす。超感覚センサーが敵の動きを捉え、アバドンミサイルの嵐が放たれる。
触手による捕獲を躱しきれなかった数機のドローンは、粘液に溶かされながらも体当たりを敢行。
その一撃は水面に沈んでいた本体をも直撃し、半透明の体が一瞬濁りを帯びた。
「いいぞ、崩したぞ! このまま全開でぶちかましてやる!」
「詠唱錬成斧槍【フラン・フラン】、これでどんどん敵を減らすわ!」
斧身が閃くや、錬成された刀刃が雷の力を帯びる。
アバドンミサイルの轟音を背に、振るわれたフラン・フランが敵を両断した。
帯電による強化を受けた二人の攻撃は、エンジェル・フラットワームの群れに更なる損耗を与えていくのだった――。
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爆発と雷霆が飛び交う中、水晶池の上空でミニあいりはドローンにぶら下がり、戦況を窺っていた。
「厄介な相手ね。探知を無効にしてくるなんて」
AIドローンはベストショットを狙うかのごとく華麗なバンクターンを決め、ぎりぎりで触手を躱す。フラットワームの群れが半透明の体躯を伸ばしてくるたび、絶妙の構図を狙うように縦横無尽の機動を繰り広げた。
「ここが見せ場よ」
空中でフリップを描くドローンへ合わせ、ミニあいりはシルバーバトンを取り出す。霊力を籠めて投げれば超高速回転――追いすがってくる触手を、たちまち切り刻んでいく。
「あ、しまった……っ!」
背後から伸びた触手に掴まれ、大きく開いた口へ放り込まれそうになる。
だが本体のあいりは、別√から状況を見守っていた。
「ちょうどいい位置ね。霊波、いくわよ」
波動が放たれ、ミニあいりを呑み込もうとしていた個体を貫く。同時にドローンが急上昇し、ミニあいりも無事に体勢を立て直した。
「攻撃範囲内。この距離なら――」
バトンに力を込め、水面に映る半透明の影めがけて投擲。
回転する刃が水しぶきを上げ、獲物を切り裂いていった――。
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池の上空で、結城・凍夜(雪の牙・h00127)はガンナーズブルーム"Kalevala"に跨っていた。
「慎重な対応が必要な相手のようです」
水晶のような透明な水面に、時折不自然な波紋が広がる。水面下を滑るように動く半透明の影を視界の端に捉えた。
箒の先端から魔弾を放ち、水面を掠めるように牽制。跳ねる水しぶきから、敵の動きを読み取っていく。
「位置は把握できました。では――」
精霊銃"スノーホワイト"を構え、銃身を最大まで伸ばすと、白銀の機構が静かに輝きを帯び、雪の精が宿る青い宝玉が明滅する。
スナイパーの視線が、水晶池の中央へと向けられた。
「白き雪の精よ、力を貸し給え。細氷乱舞……!」
放たれた弾丸が水面を貫く。広がるダイヤモンドダストが周囲を白く染め上げれば、半透明の体躯も霧氷に覆われ姿を現し始める。
凍てつく空気が水面を覆い、フラットワームの逃げ場を着実に狭めていった。
「これで捉えやすくなりましたね……」
噴き上がる粘液を空中ダッシュで回避しながら、凍夜は次なる狙いを定めていった――。
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アステラ・ルクスルブラ(赫光の黒竜・h01408)は水晶池の真上へと飛翔した。体内の竜核炉から生み出される魔力が翼から溢れ、空中に浮遊する小柄な体を支える。
「上から見下ろせば、薄っぺらな体も見つけやすくなる……と思ったが、そう甘くないか」
水面下の半透明な影を追いながら、アステラは水際からの距離を保つ。瞬時の襲撃に備え、おぞましい捕食者の気配に神経を研ぎ澄ませる。
「……何か来る!」
水面が不自然に盛り上がった瞬間、反射的に後方へ跳躍――伸びてきた触手が空を切る。
「お前達の動きは見えたぞ! 降り注げ!」
翼が青藍の輝きを帯び、追尾する魔力光線を放つ。水晶池の表面を照らし出す百五十条の光線が、半透明の体躯へと襲い掛かり、フラットワームの群れを四散させた。
「まだ続くぞ――もう一発だ!」
水面に生まれた渦から次なる標的を読み取り、アステラは旋回して体勢を立て直す。
続く百五十条の魔力光線が水面を貫き、群れをほの暗い水中へと沈めていった――。
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「とりゃーせんてひっしょー!」
シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)の掛け声が轟く。両脚が空色の輝きに包まれ、不完全な竜の脚へと変貌を遂げる。
「止まれないけど、それがあたしの戦い方なの!」
水晶池を望む断崖から、少女は一気に飛び込んでいく。竜の力が制御を難しくするも、その勢いのまま腕も竜化させ、巨大な槌型竜漿兵器を構える。
「避けたら大変なことになっちゃうよー! 当たってねーっ!!!」
シアニハンマーが池面へ振り下ろされ、水飛沫が弾ける。敢えて外した一撃で生まれた衝撃波が、半透明の体躯を揺らめかせる。触手が轟音と衝撃に翻弄され、混乱した群れが水中へと深く沈み込む。
けれども池の底では既に、新たな包囲陣を敷くべく、半透明の影が幾重にも輪を成し、這いあがり始めていた――。
「さあ、どんどん攻めるから!」
怪力を活かしたハンマーの薙ぎ払いが、怪物たちをブチ飛ばす。
見切りで周囲を警戒しながら、竜の脚で跳躍を重ねる。水面から立ち上る霧じみた粘液も、囲まれる前に見切って回避。
「止まらないから、みんな避けてってくれるの親切だよね!」
四倍の機動力で水面を駆け、水しぶきを盛大に上げての猛攻を繰り返す。
浅い位置に転がる岩を発見するなり、シアニハンマーで弾丸よろしく叩き飛ばした。
「どっちでもいいけど、あっち行くなら一緒に飛んでもらうよ!」
飛ばされた岩は緩く弧を描き、水面下の群れを直撃。水中から伸びる触手は柄で受け流しつつ、返す刀で更なる攻撃を浴びせていく。
「ウネウネして気持ち悪いんだよね……綺麗な場所なんだからどっか行ってよー!」
改めてハンマーを構え直し、今度は真っ直ぐ水面へと打ち込んだ。
衝撃が水中を貫き、集まっていた半透明の群れを一掃。水晶に反射する光が、一瞬シアニの姿を浮かび上がらせる。
「ふふ、半端者のあたしでも結構やるよね?」
一息ついたシアニは、さっきまで降りてきた穴を見上げる。その表情には、戦いを終えた満足感が溢れていた――。
第3章 ボス戦 『『村喰らい』ガオウ』

水晶池を抜けた先は、更なる深部へと続いていた。
降り立った広間は、無数の赤黒い結晶が大小、天井から垂れ下がり――例えるならば獣の牙を思わせる。
重苦しい空気の中、奥で漆黒の衝撃波が迸る。岩盤を砕く音が反響し、破片すら炎に包まれて消え去った。
「拳があれば十分だ……群れたければ群れろ!」
低く響く声と共に、禍々しい赤黒の炎が闇を染めていく。
そこには一人の獣戦士、ガオウの姿があった。握り込まれる拳には生きとし生けるものへの渇望が宿り、戦場を求める狂気の色が瞳に燃えている。
結晶の壁面を焼き尽くしながら、最強の力を求める者の威圧が空間を支配していった――。
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「覚悟はいい? 本気でいくわよ」
呟きと共に、世界の光が少女へと収束していく。瞬く輝きの中でぬいぐるみの姿が溶け、本物の紅河・あいり(クールアイドル・h00765)の姿が浮かび上がる。
「拳を振るうのは勝手だけど――私のペースでやらせてもらうわ」
手にしたシルバーバトンが霊力を帯びる。間合いを測るように前傾するガオウの気配を察し、一歩後ろへ。
次の瞬間、黒獣拳が炎を纏って襲い掛かる。あいりの髪を揺らすほどの風圧だ。
瞬間的に重心を落とし、斜め後方へ鋭く滑空しながら回避。
拳の軌道をかわした直後、バトンを低く薙ぎ払う。ガオウの攻撃の余勢を利用し、その体勢の崩れを見逃さない。
シルバーバトンが、ガオウの動きのデッドポイントを狙い撃つ。あいりの手の中で、シルバーバトンが霊力の光跡を描いた。
体勢を立て直させる間も与えず、バトンから繰り出される四倍速の斬撃が、黒獣戦士の猛攻の隙を突く。
「そんな拳じゃ、私に届かないわ」
冷徹な視線と共に放たれた一撃が、黒獣に手傷を穿ち込んだ――。
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「戦いを求めるなら、ここまで引きこもる必要はなかったはずだ」
アステラ・ルクスルブラ(赫光の黒竜・h01408)は広間の様子を窺う。結晶の向こうに潜む気配に、戦意が昂ぶる。
「それとも、ここまで辿り着いた者にこそ相応しい相手、というわけか」
返答はない。代わりに、ガオウの姿勢が一瞬で戦闘態勢へと変化した。その呼吸は微かな炎を纏い、壁を染め上げていく。
殺気の波に直感が警鐘を鳴らす。アステラは体内の竜核炉を解放、翼が赫光に輝きを帯びた。
「――では、本気で相手をしよう」
放たれた力が空間を震わせる中、対するガオウも【覚醒黒獣拳】を解き放つ。
漆黒の突きが閃く。アステラは翼からの噴射で後方へ跳躍、距離感を巧みに調整する。
すかさず反転して急襲、高速の軌跡が竜爪をガオウの体躯へと導いた。
「ウグォォォッ……!!」
ガオウが吠える。強引に引き戻された漆黒の拳が弧を描いて応じ、衝撃の余波が結晶を震わせる。赤黒い炎はアステラの竜爪を真っ向受け止めながらも、その威力は増していく。
なんという応戦の一撃か。骨まで震える衝撃に目を見開く。
「もっと来い! この拳と真っ向からぶつかれ!」
狂熱を帯びた興奮に歪むガオウの表情を見て、アステラも昂揚を抑えきれない。
「望むところだ!」
互いの咆哮が交錯する。寸時の間合い調整から繰り出される連撃、それを捌く反撃の応酬。魔力の光条と打撃の波動が広間を埋め尽くす。
相手を上回る有効打を探して、翼の機動力を駆使した角度の攻防。竜核炉の轟音と共に、アステラは更なる高みへと戦意を昇華させる。
時に打たれ、時に打ち返す。【赫光形態】がもたらす速度で死角を突き、連続する竜爪が敵を捉える。瞬時の間合い離脱から一斉射撃、その光線の雨が拮抗を押し返す。
鈍らぬ反応に応えるように、限界を超えた猛攻はさらに熾烈さを増していく。
広がる衝撃波と共に、結晶の壁面も軋みを上げ始めた――。
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結城・凍夜(雪の牙・h00127)は目を静かに細め、戦場を見据えた。
「あれが此処の王、ですか。獣の戦士として……恥じぬ力を見せていただきましょう」
このまま放置すれば√EDENが危険に晒される。√ドラゴンファンタジーの住人として、それは避けねばならない。
錬金術の力が冷気へと変容。白銀のライフルが魔力を帯び、その輝きは箒と共鳴していく。
三つの武器が一つとなり、対標的凍結兵器へと姿を変えた――。
迫る赤黒の炎に対し、輝く三条の銃身から蒼白い極光が迸る。
「凍りつけ、その炎と共に!」
弾道計算を重ねながら狙いを定め、反動は魔導式ブースターで相殺。スナイパーの視線がガオウの動きを正確に捉える。
放たれた一射は装填された雪の精霊の力で冷気を帯びており、赤黒の炎をも凍てつかせながら標的へと迫る。
一瞬の集中が、死角なき銃弾に宿る。その刹那、標的を貫く。連撃など許さぬ、この一瞬の完成形として──。
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「わぁっ。強そうだねー!」
拳闘の構えを取るガオウを前に、シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)の瞳が輝きを増す。
「直撃したら痛そうだけど――このビリビリ来る感じ、すごく楽しいっ! フォルス・ドラグアサルト!」
宣言と同時に両脚が青空のような色合いに染まり、竜の脚へと変貌を遂げる。大地を蹴り砕く力が込み上げ、本能が疼く。
「戦場を求めるならここにいるよ! シアニジャーンプ!」
竜の脚で壁を蹴る。行く先は死角。技能を活かした迷彩で姿を暗がりに紛れ込ませながら、シアニは巨大な槌型竜漿兵器を構えた。
「どこからでも来るがいい!」
ガオウは黒獣拳・竜殺勁を繰り出す。拳から放たれた衝撃が大気を裂き、石柱を砕いた。
「じゃあ行くよ!」
シアニハンマーが奏でる音が、戦いの律動となる。武器の柄を巧みに捻り、拳の軌道を読み切って受け流す。
「この程度とは舐めたな! 鏖殺阿修羅!」
獣戦士の全身から赤黒い炎が迸り、三百の打撃が一斉に繰り出される。
対するシアニはマントを大きく翻し、敵の目測を狂わせ――細かな動きで位置を微調整し、打撃の大半を避ける事に成功。
「竜の力を持つ者が人の姿に堕ちるとは……!」
「竜にも人にもなりきれないけど、それでもあたしは――!」
一瞬の隙を捉え、シアニハンマーを大きく薙いだ。
「こんな風に戦えるんだよっ!」
轟音と共に空間が震動する。衝撃波が広がり、ガオウの動きが止まった。
指向性を帯びた衝撃が獣戦士の感覚を奪い、均衡を崩したのだ。生じる間隙。
シアニは全身の力を込め、渾身の一撃を見舞う。
シアニハンマーが描く軌跡は、真正面から獣戦士を捉えるや、勢いよく壁際まで叩き飛ばした――!
倒れ伏したガオウの体から闇の気配が霧散し、赤く輝いていた瞳が力を失っていく。
「さ、さすがにちょっと疲れちゃった。強かったなぁ……」
深いため息と共に、シアニは槌を下ろす。
「ダンジョン探索とタイムアタック、両立は結構しんどいんだから、変なものを持ち込まれるのはもうやめてほしいよ! ぷんすか!」
こうして√能力者たちの活躍により、異界が薄れていく。
天井から床まで広がっていた無数の結晶は光の粒子となって消え、石造りの広間は街並みの風景へと還っていった――。