フェアリーテイルランドへようこそ!
●フェアリーテイルランドへようこそ!
ふわりふわり、空中には色とりどりの風船が浮かんでいる。√EDENの常識ならば天井まで到達して止まるはずの風船達は、どんな不思議な力が働いているのか中空に繋がれたように漂って。時折ぱちんと割れたなら、鮮やかなコンフェッティが地上へ舞い落ちる。
その下で人々を迎えるのは、これまた賑やかな色の乗り物達。甘い夢のような装飾がされた大きな観覧車に、お菓子いっぱいのメリーゴーラウンド。目玉のジェットコースターは、このダンジョンの中をぐるり周るように張り巡らされていた。
――そう、ダンジョンである。屋内遊園地に見えるけれど、これは間違いなくダンジョンなのだ。
「フェアリーテイルランドへようこそ! たのしいアトラクションがいっぱいだよ! お代はいりません、さあみんなはいってはいって!」
そんな愛嬌あるキャラクターのアナウンスがエントランスに響くけれど、これはもちろん人々を取り込むための罠だ。
そして、この|罠《ダンジョン》を管理する簒奪者は――金髪を揺らしながら、完成した遊園地を眺めて微笑んだ。
「うん、なかなかいいものができたんじゃないかな。これなら、きっと|楽しんで《・・・・》もらえる」
口の端を上げて笑う簒奪者。人のそれとは異なる軽やかな身のこなしで、彼は入り口すぐの本を模したフォトスペースの上に飛び乗る。青いマントを纏った冒険者風の姿の通り、以前はダンジョンを攻略する側だったのだろう。けれど今の彼は、実体持たぬインビジブルの身となりダンジョンで迎える側となっていた。
客のいない遊園地は、空虚な明るさに包まれている。それを確かめるように視線を巡らせて――それからふと、天を仰いで|水宝石《アクアマリン》の瞳を細める。
「――ああ、見つかったかな。俺はここで待ってるよ、君達に遊んでもらうために作ったから」
もしも誰も来ないなら――その時は近くの住民をお招きするだけ。そう言葉を紡ぐ金髪の男は、ただ静かに笑っていた。
●侵食するダンジョン
「……√EDENにダンジョンが出現しました。対処に、行っていただけますか」
EDEN達の姿を認めると、詰めていた息を吐き出して。アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)は開口一番そう告げると、そっと瞳を閉じた。
「天上界の遺産が√EDENに持ち込まれ、ダンジョンとなったようです。厄介なことに、このダンジョンは屋内型遊園地を模しておりまして。放置していれば近隣の人々が興味を持って近付き……やがてはモンスター化してしまいます」
これを阻止するため、急ぎダンジョンを攻略し、破壊しなければならない。告げたアリスは魔法の杖をぎゅっと握ると、ひとつ深呼吸してから微笑みを浮かべる。
「……ええ、急がなければならないのですけど、そうは言っても現地は遊園地です。まずは普通に満喫していただいて、敵が仕掛けてくるまで待たなければなりません」
ダンジョン内ではあるが、何か不思議な力で空間が歪められているのか、中は広大だ。観覧車、メリーゴーラウンド、コーヒーカップにジェットコースターにフリーフォール。遊園地であれば定番のアトラクション達は一通りある。思い切り満喫してくれていい、敵はそうしてEDEN達が油断する隙を伺っているのだから、ある程度の時間が経たなければ仕掛けてこないのだ。
「敵がどう仕掛けてくるかは、星詠みでは見えなかったのですが……何らかの罠があるはずなので、それを切り抜けてダンジョンボスの元へ向かっていただきます。ボスは……『闇纏う冒険者『ルシウス』』と言います」
星詠みの娘が告げた名前に、反応する者もいたかもしれない。それでも、アリスは『倒してください』ときっぱり言い切る。
「今はまだ、√EDENの人々はこのダンジョンの出現に気付いていません。みなさん貸し切り気分で遊園地を楽しんで、最終的にボスを撃破……そうすればダンジョンは自然に崩壊し、被害はゼロとなりますので」
どうか、人々を守るために力を貸してください。深々と頭を下げてそう言った星詠みは、|菫青石《アイオライト》の瞳を真っ直ぐ行き先の道へと向けてEDEN達を導くのだった。
第1章 冒険 『ダンジョン内に遊園地フロア!?』
●ここは楽しい童話の園
エントランス模したダンジョンの入り口を潜れば、愛嬌あるキャラクターの声が降りかかってくる。
「フェアリーテイルランドへようこそ! さあさいっぱい遊ぼう! ここはずっと終わらない遊園地だよ!」
声に導かれて進めば、初めに出迎えてくれるのは本を模したフォトスペースだ。大きな本を見開きに開いて、真ん中をくり抜いたように作られたそれは、くり抜いた穴の中に佇めば本の中のように写真が撮れるということらしい。
そしてその先に待つのは、楽しいアトラクション達。
子どもから大人まで楽しめるのは、『ヘンゼルとグレーテルのスイートハウスカルーセル』と『親指姫のフラワーカップ』。それぞれメリーゴーラウンドとコーヒーカップだが、可愛らしい見た目が写真好きな若者にも受けそうだ。
絶叫系が好きならば、まずは『ジャックと豆の木のスカイフォール』。雲を突き抜け空へ向かう演出のあるフリーフォールで、豆の木を滑り降りるように一気に落下するスリルは癖になることだろう。遊園地ダンジョンの中に張り巡らされているジェットコースターは、『赤ずきんのフォレストラン』だ。狼に追いかけられて逃げる赤ずきんをイメージしたそれは、暗い森や花畑を駆け抜ける。
そして遊園地の一番奥、甘い夢のような装飾がされた大きな観覧車は『眠り姫のドリームホイール』。茨の籠の中に乗り込みぐるり周り始めれば、一番高い場所に至る前後の僅かな時間だけ周囲が夜景に見えると言う。魔法による幻惑のようだが、ロマンチックな演出だ。
遊び疲れたら、休憩できる場所もあちこちにある。ベンチに座って小腹を満たすなら、スイーツのワゴンへ。クレープ、チュロス、アイス、それから飲み物のワゴンが簡単に見つかることだろう。
――この遊園地はダンジョンである。けれど、遊園地自体には来場者へ危害を加える意図はないようだ。それよりはできる限り夢中で滞在してもらってモンスター化させることが狙いなのかもしれないし、まだ見せぬ別の顔が時間経過と共に露わとなるのかもしれない。
ともかく、まずは楽しむ時。さあ、どのアトラクションから楽しもうか――?
「すっごかった」
震える声は、『赤ずきんのフォレストラン』の乗降口すぐ近くのベンチに響いた。
ワゴンで買った飲み物を飲みながら、ぷるぷると震えているのは|システィア・エレノイア《Shisutia Elenoia》(幻月・h10223)だ。遊園地初心者だと言うのに、ダンジョン中を巡れると聞いて最初にジェットコースターを選択したのがいけなかった。すっかりビビり散らかした彼は、大きな体を縮こまらせて、狼耳をぺったり畳んで涙目になっている。
「大丈夫?」
気遣うように声掛けるのは、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)。彼もまた高速ジェットコースターの衝撃にまだ足元がふわふわしているのだけれど、隣で自分より大きなシスティアがぷるぷるしているのが可愛いものだからあまり気にしていなかった。
二人は寄り添いながら、共に温かい飲み物で心を落ち着ける。はあ、とため息零したシスティアは、おもむろにエントランスで受け取った園内マップを開いて言葉を紡いだ。
「もう大丈夫……。……親指姫のフラワーカップというのは、怖くない?」
絶叫系の乗り物はもうしばらくいいけれど、それ以外の乗り物ならクラウスと乗りたい。そんな想いで問いかければ、黒髪の青年は視線を中空に向けて自身の中の知識を手繰り寄せる。
「ええと……多分これは怖くないよ」
ぐるぐるするやつだっけ……曖昧な知識だったけれど、飲み物を片付けていざアトラクションへ近付いてみれば、先に乗っていた者達も楽しそうな様子だ。これは大丈夫だろうと確信して、二人は愛らしい花弁に飾り付けられたフラワーカップへと乗り込んだ。
開始を知らせるブザーが鳴って、ゆっくりとカップが動き出す。周囲の景色がくるり回るけれど、その速度は想像よりずっと穏やかで。安堵したシスティアは、笑顔を浮かべて流れる景色へ視線を巡らせた。
と、その時。中央のテーブルのような場所に彼が手をついた拍子に、カップが突然ぐるりと回った。
「!?」
予想だにしなかった動きに、狼憑きの男の耳がぴょっと跳ねる。隣にいたクラウスも突然のことに一瞬驚いたが、やはりシスティアの反応が可愛いから笑ってしまう。
「ぇっ、ぇ……これ、回して大丈夫……だった?」
「うん。それを回したらカップも回るんだよ」
戸惑うシスティアの瞳は、期待にキラキラ輝いている。だからクラウスは頷くと、もっと回してもいいと促してやる。
(「適度な力で回すならきっと楽しいけど、力強いティアが回したらどうなっちゃうんだろう?」)
ふとそんなことを考えるクラウスだが、すでにシスティアはやる気満々だ。両手でテーブル状のハンドルを掴むと――渾身の力でひと回し。そのまま、勢いに任せてぐるぐるぐるぐる、回し始める。
「うわーっ!」
案の定の遠心力。ジェットコースターと異なり安全ベルトもないのだから、クラウスの体は左右に大きく揺れてしまう。でも、その感覚が楽しいから明るい笑顔が浮かんで。
「わ!? ははっ!」
システィアも驚くが、同時に楽しさが込み上げてきて屈託なく笑う。そうして二人はフラワーカップが動きを止めるまで、めいっぱいにカップを回転させて笑い合うのだった。
「遊園地! とっても楽しそうなものが一杯だーっ♪」
エントランスを潜れば、楽しい空気に迎えられて。エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は若葉色の瞳を輝かせると、弾む気持ちのままに駆け出した。
「せっかくなので遊び倒そうっ!」
意気込んでまずは園内マップをチェック、気になるものから乗ろうとアトラクションを確認する。と同時に、遠慮したいお化け屋敷系がありはしないかと確認するが、その類のアトラクションはない様子だ。尤も、少し歩けばマップには載っていない建物があることがわかったから、|今は《・・》ない、と言った方が正しいのかもしれないけれど。
マップと、実際の視界に見えるアトラクションを交互に見比べて、エアリィが一番惹かれたのは空高く伸びる緑色の乗り物だった。『ジャックと豆の木のスカイフォール』。遠目にも目立つ豆の木模したアトラクションは、雲を突き抜けて空へ昇るのだと言う。空に近付ける、それならば行ってみたいと精霊の娘は思ったのだ。
「自分で空を飛ぶのとどっちが風を感じられるかなぁ。とっても楽しみっ♪」
わくわくを胸に、エアリィはスカイフォールへと乗り込む。しっかりと安全バーで体を固定して、開始を告げるブザーが鳴り響けばいよいよ出発だ。昇りはゆっくりなので、周囲の景色を楽しむ余裕もある。ダンジョン内なのに不思議と風を感じて、エアリィは気持ちよさそうに瞳を細めて眼下の遊園地を眺める。
――やがて、乗り物は雲を突き抜けその上へ、そして動きを止める。ガチャン、と機械の動く音がしたかと思ったら――エアリィの足元が、ふわりと落下を始める。
「わ、わ……!」
精霊術で制御して飛ぶのとは全く違う、自然の法則に近い自由落下だ。自身の心と体が引き離されるような感覚に、エルフの少女は思わず瞳をぱちくりと瞬く。
落下の感覚は、長くは続かない。やがて乗り物には減速の力が働いて、がくんと体が揺れたかと思うとあっという間に地上へと到達していた。
「はわ、すごかった……!」
それは一種の感動だった。エアリィは興奮にドキドキする胸を押さえて、アトラクションを降りる。もっとこんなアトラクションに乗りたい、そう思う彼女はそのままジェットコースターへと向かう。
『赤ずきんのフォレストラン』。こちらは速度が売りのジェットコースターだという。エアリィが乗り込んだ直後に発車したコースターは、開始早々いきなり落下して、その勢いをスピードにして森の中を走り抜けていく。
「わぁ、森を駆け抜ける感じがとってもすごいっ! 不思議だけどこっちも風を感じられるー♪」
スカイフォールが落下なら、こちらは前進するタイプの絶叫マシーンだ。それは空を飛ぶ時の感覚に近いから、今度のエアリィは驚くことなくスピードを楽しんだ。周囲を見る余裕もあれば、園内中を走るコースターは見所が多い。コースターを見上げる客がいることに気付いてからは、エルフの少女は笑顔で手を振ったりしながらぐるり周回するのを楽しんだ。
「一杯はしゃいだらお腹すいちゃったし休憩だね。あ、クレープ♪」
コースターを降りたら、ちょうど待ち構えていたようにワゴンがあったからエアリィは吸い込まれるように近付く。興奮に声を上げていたから、気付いたら喉もカラカラだ。フルーツたっぷりのスペシャルクレープとリンゴジュースを注文したら、近くのベンチに座ってしばし休憩タイムをとることにする。
「時間はまだありそうだし、次は観覧車でも行こうっと。景色綺麗なんだろうなー♪」
足をぷらぷら揺らし、クレープにかぶりつきながらもエアリィは次の行き先を考えている。美味しいスイーツで少しお腹を満たしたら、もっと楽しい時間が過ごせるはずだから。彼女の真っ直ぐな瞳は、まだまだこの遊園地を楽しもうとキラキラ輝いているのだった。
エントランスに人々を歓迎するよう響くアナウンスは、紛れもなく遊園地のそれで。明るい雰囲気の遊園地は一見無害に見えるけれど――だからこそ、|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)はゆっくりと園内へ進んでいく。
「邪悪な企みをしているようですね、さすが簒奪者なのです」
微笑む唇から零れるのは、星詠みから得た情報への感想。√EDENで遊園地という罠を張る、|簒奪者《彼》の計画は阻止しなければいけない。思うからこそ洸はそのまま本の形のフォトスポットまで歩いて、そこでくるり振り返ると満面の笑みを浮かべた。
「ということでまずは遊びましょうライカ! 遊園地です!」
両手を広げて上機嫌、まずはここで写真を撮りましょうかとうきうき本の中から飛び出す素振りを見せる。そんな洸を見て、連れられてきた|水縹・雷火《みはなだ らいか》(神解・h07707)は静かにこめかみを押さえた。
「簒奪者の計画を阻止する名目でどうせただ遊びにきたんだろクソ怨霊」
わかっていたことだ、この依頼の話を聞いた時点で洸は隠す気がないくらい浮かれていたのだから。そして――雷火は、わかっていてこうして同行している。
「まぁお前がどうしてもというなら付き合ってやらないことはない」
腕組みしてつんとそっぽを向き、恩着せがましい言い方をする。すると洸が嬉しそうに笑うから、雷火はそれをちらり見てつい言葉を続けてしまうのだ。
「別に遊園地に行ってみたかったとかそういうわけじゃないからな」
「わかっていますよ、楽しみですね。それでは行きましょう!」
本当にわかっているのか怪しい返事をして、洸は迷うことなく先へ進む。その背を不満げに睨みながらも、雷火は園内マップへちらり視線を向けた。事前に何があるかはしっかり下調べしてきてある、その辺りは抜かりない。
(「気になるのはやはりジェットコースター……」)
「赤ずきんのフォレストランに乗りましょう」
「!?」
まるで思考を読まれていたみたいなタイミングで洸が言うものだから、雷火は思わず金色の瞳を見開き立ち止まった。それを見て、悪霊の青年は首を傾げる。
「どうしました? ジェットコースター、ライカも気になりますよね?」
なぜそんな断定するように言うのか。無性に悔しさを感じた雷火は、藍色の髪をかき上げながら歩む速度を上げる。
「いいぞ! どうせ乗るなら最前列だからな!」
――かくして、二人はそのまま『赤ずきんのフォレストラン』へやってきた。希望通り最前列へ――洸は実体化してジェットコースターへ乗り込む。幽体のままでは、スリル感を味わえないからだ。
発車のブザーが鳴って、コースターが動き出す。まずはキリキリと巻きあげ音を立てながらコースターが昇っていく。と思ったらそれはほんの僅かな間で、次の瞬間コースターはスタート地点よりずっと低い所まで高速で滑り落ちた。
「っ!?」
「ひゃ~っ!」
不意打ちで襲った感覚に、雷火は心臓が止まるような思いで息を詰める。しかし、隣の洸は両手を挙げて楽しそうだ。落下の際の胃が浮き上がる感じも、そのタイミングに合わせて大声で叫ぶのも、普段ではできない経験だから。その後もコースターは森の中を走り抜けるように高速で園内を駆け巡り、洸は終始悲鳴を上げながら楽しんでいた。
「ああ、死ぬかと思いました~。あ、もう死んでました★」
「いやお前は死んで……自分で言うのか……」
高揚のあまり幽霊ジョークまで飛び出す洸を尻目に、雷火はよろよろとジェットコースターを降りる。風が顔を直接襲う感覚も、あまりの速度に振り落とされてしまいそうなスリルも、雷火の脆弱な体にはなかなかの刺激だった。心臓がもってくれてよかった、などと思いながらアトラクションを出たら、洸はそのままふらふらとワゴンへ近付く。
「ライカ、ライカ、チュロスです! 一緒にいただきましょう!」
「あ? チュロスか。話に聞いたことはあるが初めてだ」
ご機嫌な洸に手を引かれて、雷火はワゴンの店員にシナモンチュロスを注文する。ちなみに店員はもちろんダンジョンのモンスターなわけだが、もうこの際気にしないでおく。
「お、ニッキの味が丁度よく効いててうまいなこれ」
「サクサクもちもちしていて美味しいのです♪」
雷火が瞳輝かせて頬張れば、洸もまた笑顔でチュロスに噛り付く。そうして軽く腹を落ち着かせながら、二人は改めて近くを通りすぎていくジェットコースターを眺めた。
「そういえば、ライカ。ジェットコースターは最前列よりも最後列の方がスピードを感じるそうですが、知ってました?」
「何っ、おまえそう言うことは乗る前に言えよ!」
驚き思わず責めるような言い方したら、慣れた顔で洸はふふりと笑った。そうして、食べ終わったチュロスの包装紙をゴミ箱に投げ入れて言葉を紡ぐ。
「では、もう一度乗りましょう。次は後部座席に乗って比べてみるのです!」
そうと決まればさあ早く食べて。自分勝手に急かしてくる洸へと、雷火は慌てて口の中のチュロスを飲み込んで叫ぶ。
「おい、俺は他のアトラクションにも乗りたいぞ! サイコパスクソ怨霊!」
このままではジェットコースターのエンドレスループに巻き込まれてしまう気がする。それはさすがに拒否したいと主張する雷火だったが、果たしてこの後何に乗ったのかは、当の本人達のみが知ることなのだった。
●
園内に響く楽しそうな声、見上げれば舞い落ちるカラフルなコンフェッティ。その光景を眺めていると、ここがダンジョンだと言うことを忘れてしまいそうだ。
「様々な形のダンジョンがあるとは聞いていましたが、遊園地型のダンジョンとは」
|八束・牡丹《やつか・ぼたん》(牡丹爛漫・h05684)は、頭上を見上げながら一人呟いた。屋内だというのに、遊園地内は明るくて広い。その空気は√汎神解剖機関に慣れた牡丹にとっては物珍しいからつい圧倒されてしまって――彼女はこの奇妙な遊園地を静かに眺めていた。
そんな牡丹に、一人の猫獣人の少女が近付いてくる。こちらもきょろきょろを園内を見回しているが、その胸に抱くのは興奮と好奇心で。
「フェアリーテイルの名に恥じないファンシーな作り込み。これは手練れのプロデューサーが関わっているのでは……あっ!」
ほらあそこのベンチだって、プリンセスが小鳥と一緒に座っていたっておかしくない――なんて少しの空想を楽しみながら歩いていたラミウム・オルター(未来の大魔術師ウィザード見習い・h04880)は、目の前に牡丹がいることに気付いていなかった。そして牡丹もまた、長身の体で天井を見上げているからラミウムが視界に入っていない。結果、二人は真正面からぶつかってしまって、突然のことに揃って瞳を瞬いた。
「すみません、少々余所見をしてて。お怪我はないですか?」
慌てて一歩下がって言葉紡いだ牡丹は、少女を見下ろし――瞬間、『ヴッ』なんて声が出そうになったのをすんでのところで堪えた。だって目の前にいたのは可憐な猫科の獣人のお嬢さんなのだ。しかし赤い瞳が少し警戒するように自分を見上げていることに気付いていたから、牡丹は何とか微笑みを浮かべて相手の様子を伺うことにした。
ラミウムもまた、牡丹の笑みに安堵して。静かに頭を下げて、非礼を詫びる。
「すみません、わたくしこそ、周囲に気を取られてしまい。この通り、ぴんぴんしておりますわ」
そうしてお嬢様らしく優雅に微笑めば、お互いに謝って解決だ。ふ、と笑い合った二人は、同時に考える。|遊園地ダンジョン《ここ》にいるのだから、相手は√能力者。そして、事件を解決に来たのも同じだろうと。だから、牡丹は続けて穏やかに言葉を紡いだ。
「失礼、私は八束牡丹といいます、あなたは?」
「まあこれはご丁寧に。わたくしはラミウム・オルターと申します。ふふ、牡丹様……お花仲間ですわね?」
ラミウムが朗らかに笑うのは、ラミウムも牡丹も、花の名前だからだ。親しみを篭めて告げてくれた少女に牡丹も表情を崩すと、『素敵なお名前ですね』と続けてからそっと手を差し出す。
「よければご一緒に回りませんか? 遊園地なんて久しぶりで、どう楽しもうかと迷ってたところで」
「あら、これも何かの縁でございますね! わたくしも一人で尻込みしておりました。是非、一緒に回りましょう」
恥ずかしそうに告白して、ラミウムが牡丹の手を取る。かくして二人で遊園地を周ることにした二人は、さっそく園内マップを確認した。
「ラミウムさんは何に乗りたいです?」
「回転木馬やコーヒーカップは乗ってみたいですわ」
「いいですね、片っ端から乗っていきましょうか」
お嬢様の要望ならば、何なりと。微笑みエスコートしてくれる牡丹が嬉しくて、ラミウムはメリーゴーラウンドへ向かう道で遠慮がちにもう一つ提案する。
「牡丹様とならジェットコースターにも挑戦できるかしら?」
「ふふ、ラミウムさんなら乗れますよ。怖かったら手を握っていますからね」
「まあ……!」
琥珀色の切れ長の瞳が、頼もしく笑っている。そんな牡丹の表情を見たら、獣人の娘は思わずときめいてしまう。
(「心強い台詞、牡丹様、王子様みたいですわ……!」)
すらりとした彼女が王子様なら、自分はお姫様になった気分だ。ラミウムは胸を弾ませながら、足を速めて牡丹の手を引いた。
「大変作り込まれた園内もじっくり見たいんですの。全力で楽しみましょう!」
「ああ、確かに細かな造形ですよね。ではそれも楽しんで参りましょうか」
言葉を交わしながら、二人はアトラクションへと向かっていく。メリーゴーラウンドにコーヒーカップ。そしてその後にジェットコースター。ここで出会った二人で巡る時間は、それこそ御伽噺の中のようで。会話を楽しみつつアトラクションに乗る二人は、時間が許す限り遊園地を満喫するのだった。
●
「……遊園地?」
エントランスを潜った先で赤い隻眼を瞬かせたのは、此度の行き先がダンジョンであるとしか聞いていなかったから。目の前に広がる景色を見て、鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)は眉間に皺寄せ双子の兄へと振り返った。
「兄貴、さすがにこれは……俺はもう声あげて遊ぶ年齢じゃねーんだけど」
「そう? 楽しそうじゃない? 遊園地」
片割れの『何だこれ』と言わんばかりの顔見ても、鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)はにこにこと笑顔を浮かべている。そうしてフォトスポットを見つけると、スマートフォンを取り出してカメラアプリを起動した。
「折角だから写真撮ろっか、アベくん」
「は、写真? ……いいけど」
双子の兄とは仲良しではない、なんて言い張るアベルだけれど、別に子どもじゃないし写真を撮るくらいのことで抵抗見せたりはしない。二人はこの遊園地のマスコットらしい像の隣で撮影することにして、並んでカメラアプリを覗き込んだ。
「こんなもんか、もっと寄る?」
「ふふ、じゃあもうちょっと寄って」
自撮りモードだから、周囲の景色が入るほど引いて撮ることは難しい。双子が頬のくっつきそうなくらいに身を寄せ合って、なんとか隣のマスコットが入る程度だ。
撮るよ、というカインの声と共に、アプリがぱしゃりとシャッター切る効果音を鳴らす。
「あ、アベくんと遊園地のマスコットのツーショットになっちゃった」
「え、なんでそうなんだよ。仕方ねぇなぁ、もう一枚な」
そうして記念の写真をカメラに収めたら、二人は園内を進んでいく。
賑やかな声、楽しむ人々。その平和な景色は彼らの世界である√ウォーゾーンでは今はもう見られないけれど、侵攻後生まれの二人でも幼い頃に遊園地へ行った記憶がある。
「小さい時、家族で行ったっけ」
「うん、家族で行ったね」
「でも何乗ったかは覚えてねーな」
「僕は覚えてるよ? アベくんが迷子になった時、すごく心配したし」
「えっ、迷子?」
いつものように会話をしていた双子だが、そこでラリーが途切れた。あれ、とカインがアベルの顔を伺うと、弟は気まずそうに目を逸らす。
「お、覚えてねーし……」
「覚えてないんだ? そっか」
ぷい、とそっぽを向くアベルを見ても、カインはただ微笑む。弟にとっては、些細なことだったのかもしれない。僕がアベくんのこと見つけたんだよ、なんて言葉も脳裏に浮かんだけれど、内緒にしておこうと決めた。
あっさり受け止めて先を歩き出したカインに、少し遅れてアベルはついていく。隣に並ばないのは、今自分が見せられない顔をしている自覚があるからだった。
(「そうだ、覚えてる……鏡の迷宮で家族とはぐれて。カインが見つけて、手を引いてくれた……」)
今の今まで、確かに忘れていたのだけれど。迷子になったとカインに言われたら、頭の中にこの片割れが手を差し伸べる光景がフラッシュバックした。薄暗い鏡の迷宮は、どちらに道があるのかもわからなくて、心細くて。なのにアベルを見つけてくれたカインは、『アベくん、みーつけた』なんて無邪気に言って手を引いてくれたのだ。あの時の安心感もはっきり思い出して――けれど同時に、絶対言ってやるものか、なんて気持ちにもなってしまう。
だからアベルは落ち着かない様子で視線を彷徨わせて――その目に留めたのが、一瞬で通り過ぎたジェットコースターだった。
「……カイン、あれ乗ろう。ジェットコースター。小さい時は、身長足りなくて乗れなかっただろ」
今なら乗れる、二人で一緒に。誘えば気持ちも落ち着いて、アベルは再びカインの横に並ぶ。すると、双子の兄は嬉しそうに青色の瞳を細めた。
「うん、乗ろう、どうせなら全部乗ろうよ。ふふ、もうどれも身長足りてるだろうしね」
「そうだな、何でも乗れるか」
あの頃の遊園地は、もう残っていないけれど。二人は、ここまで成長した。だから乗れないものなんてないんだと言葉交わして実感し合って、それからアベルは得意げに口を開いた。
「恐かったら、手握ってもいいんだぜ」
「アベくん、手握って欲しいの? いいよ、ほら、行こうか」
「あ、ちげーよ、俺は別につながなくて大丈夫……」
揶揄うつもりで言ったのに、あっさり躱されて。恐いのは自分の方だということにされるのが気に入らなくて慌てて訂正するアベルだけれど、カインはにこにこ笑顔を浮かべたまま手を差し出す。
「ジェットコースターは一番前に乗る? それとも最後列がいい?」
「って聞いてないな!」
「聞いてる聞いてる。ねえどっちがいい、アベくん?」
本当はちゃんと聞いているけれど、弟の可愛い反応をもっと見ていたいから。笑うカインはアベルの手を取ると、聞いていないふりを続けたままにジェットコースターの乗り口へと向かうのだった。
「遊園地だわ!」
弾むような声が、エントランスに響く。小さな体でとことこと駆けて、|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)は笑顔でくるり振り返った。
「ララは遊園地がすきよ。わくわくするもの」
だからほら、一緒に行きましょう。想紅の色した瞳を輝かせてララが誘えば、|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)も頷きエントランスを潜った。
「遊園地なる場所は初めてだがてれびで予習してきたぞ」
「あら、天藍もしっかり予習ができて偉いわね。本物はてれびよりすごいのよ」
見て、とララが手を引いて、得意げに遊園地の中を案内しようとする。天藍は導かれるままに歩き出したが――そこでふと、ひとつのワゴンに目が留まった。
「此処では獣の耳を付けるのが作法なのだろう?」
テレビで見たのはどこかのテーマパークだったのだろう、天藍はワゴンに並ぶ頭飾りを見て、ウサギ耳のカチューシャを選び取る。頭につければぴょこんとした耳は彼の雪色の髪によく馴染んでいて、ララはふわりと微笑んだ。
「ふふ……可愛らしいお耳似合っているわ?」
「ふむ、ではこれを購入しよう」
彼女の反応を確かめて、天藍はウサギ耳カチューシャを購入する。まるでララと揃いのようだ、そう思って小さく笑顔を浮かべていたら、彼女はこてんと首を傾げて。
「ララはこのままでもいいかしら。お揃いなのが嬉しいもの」
そう言って、モモンガの耳をぴこんと揺らす。そうして再び手を繋ぎ、頭の耳を揺らした二人はアトラクション目指して歩き出した。
「どれも興味深いが、あの菓子のような見た目の物が気になる」
アトラクションを見て回り、天藍が興味を示したのは『ヘンゼルとグレーテルのスイートハウスカルーセル』だった。随分と可愛らしく精巧に出来ておる、としげしげ眺める彼へと、ララはどんな乗り物か説明してあげる。
「あれはメリーゴーランドよ、可愛いしクルクルするの」
「なるほど、確かにクルクル回っておるな」
頷きながらメリーゴーラウンドを見つめる天藍だが、見ているだけではこのクルクルの楽しさはわからないことをララは知っている。だから、幼い少女は少年の手を引っ張るとお菓子に溢れたアトラクションの中まで連れていった。
「一緒に乗りましょう。ララは大きな馬に乗るわ」
「それでは我は隣の子馬に乗るか。ララ、落ちぬようにするのだぞ」
大きくて愛らしい装飾の馬が気に入ったララと、その隣を選ぶ天藍。二人が馬に跨ったら、メリーゴーラウンドは動き始めた。
明るく可愛らしいメロディーに乗って、木馬が一定のリズムで上下に揺れる。くるくると回れば景色が流れて、世界が煌びやかに見える。たっぷりと楽しんだララは、馬の背から飛び降りると嬉しそうに言葉を紡いだ。
「世界が煌びやかだったわね!」
ララは勢いがいいのも好きだけどゆったりくるくるするの好きだわ。語る少女に相槌打ちながら天藍が降りれば、ちょうどその時腹の虫がくうと音を立てて。
「中々に興味深かったが、お腹の空くものであった」
「ふふ、丁度おやつ時だものね」
「彼処に甘味売りの屋台があるな」
「あれはクレープのワゴンね」
言葉を交わしながら、二人はワゴンへ近付いていく。覗き込めば、ふわりと漂う甘い香り。ますます興味を惹かれた天藍は、ララと共にここでクレープを食べていくことにした。
「ふむ、このがとーしょこらのくれーぷがよい。ほいっぷくりーむは多めで……」
「ララはクリーム山盛りのチョコバナナにするわ」
「む? 山盛りも出来るのか? では我も山盛りで頼む」
二人が注文すれば、ワゴンの店員がその場でクレープを作ってくれる。クリームを絞り出してトッピングして、最後にももりもりにクリームを飾って。こんもりとしたそれはまるで花束みたいで、順に自分のクレープを受け取った二人はさっそく噛り付いた。
「どう? 美味しい?」
「ああ、とても美味だ」
口の端についたクリームをぺろりと舐めながら、天藍は頷く。クレープの優しい甘さで包んだ生クリームとガトーショコラ、全ての味がバランスよく舌を楽しませてくれるから最後まで飽きずに食べられそうだ。ララもまた、バナナとチョコの味と山盛りクリームをたっぷり味わって、全て食べ終わったら包装紙をきちんとゴミ箱に入れて微笑んだ。
「次は、勢いがいいのに乗りに行きましょう」
「勢いがいいのものは危なくないのか? ララが吹き飛ばされてしまわぬか心配だ」
天藍が不安げに言うけれど、ララは胸張って大丈夫よ、と答える。だって今日は天藍と一緒なのだ、少しのスリルくらい楽しめる。
乗るならやはり、花形のジェットコースターだろうか。会話を弾ませながら、二人は次のアトラクションへと歩いていく。まだまだ、時間はたくさんある。二人は心の向くままに乗り物を選び、遊園地を満喫するのだった。
「カチューシャって本当に必要なのかな?」
エントランスを潜ってすぐ、さりげなく設置されていたアクセサリーのワゴンへやってきた|八代・霖《やしろ りん》(天泣・h01795)は、どこか冷めた目で陳列されたカチューシャを眺める。するとそれ見たサテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)は、こてりと小さく首を傾げながら問いに答えた。
「必要かどうかで言えば、きっと必須ではないのでしょうけれど。でも、こういう日のお揃いって特別じゃないですか?」
「そうか……」
彼女の考えも一理あるのだろうと思いながら、霖はカチューシャを手に取ってみる。理解はできたけれど、自分もつけたいかと言えば話は別で。だから彼女はそっとカチューシャを棚に戻しながら言葉を紡いだ。
「僕はいいよ」
「まあ! "いい"とおっしゃいましたね?」
遠慮しようとしたはずなのに、返ってきたのは喜びに溢れた声で。見ればサテラの瞳は星よりもきらきらと輝いている。その期待に満ちた顔を見て、霖は慌てて訂正しようとした。
「いや、いいってイエスって意味じゃなくてね」
「ふふ、一緒に選びましょうね」
いらない、と言おうとしたら言葉を重ねられて、霖は思わず口を噤んでしまう。こんなにも喜んでいるのに、本当のことを告げたらきっとがっかりさせてしまうことだろう。
(「まぁいいか、サテラもつけるんならお互い様だ」)
霖はそう考え直すと、改めてカチューシャを見ていく。身に着けることを思うとちょっと恥ずかしさはあるけれど、たくさんある中から一つを選ぶのは楽しそうだ。
「霖さん、このうさみみカチューシャ、耳の部分が折り曲げられるんです。片耳をまげたら……かわいくありませんか?」
サテラが見つけてきたのは、薄桃色のウサギ耳だった。そうっと霖の頭に付けて、ワイヤーが仕込まれ耳を片方だけ折り曲げてみる。かわいい! と笑顔浮かべたら霖も嫌ではなかったようで、雨使いの少女はしばしこの耳をつけることにした。
選んでもらったのだから、サテラの分は自分が見つけたい。そう思っていよいよ真剣にカチューシャを探し始めた霖は、やがて気になるものを見つけて手に取る。
「あ、これサテラに似合いそう。こんなのもあるんだね」
そう言いながら差し出したのは、黒色のミニハットに星型のスパンコール、チュールで飾られたカチューシャだった。
「ハット型のものもあるんですね! かわいいですね、私はこれにしようかな」
うきうきと夜色髪の頭に付けて、サテラは自身の姿を鏡でチェックする。霖も可愛いと言ってくれたので、結局彼女はそのミニハットカチューシャを購入することに決めた。
そうしてウサギ耳とミニハットの姿で遊園地の散策を始めた二人は、やがて鼻をくすぐる香りに気付く。
「ん? なんか良い匂いしない?」
「あら……どこからでしょう」
きょろきょろと辺りを見回すと、目に留まったのはカラフルなワゴン。ガラスのショーケースの中では、白いもこもこしたものがポン、ポン、と音を立てて零れ落ちていく。近付いてみればすぐに正体がわかって、霖は興味深げにショーケースを覗き込んだ。
「あ、ポップコーンのワゴンだ。ガーリックバター味だって、こんなのもあるんだね」
「まあ、ポップコーンとバターの組み合わせは間違いなしです!」
サテラも惹かれるならこれを買おうか、なんて話す霖だけれど、店員へ注文する前にふと気付く。ポップコーンワゴンはひとつではなくて、隣に並ぶワゴンではまた違う味のものが今まさに作られていた。
「あ、あっちにはキャラメル……色んな味があるのか。悩むな……」
ガーリックバターも、キャラメルも、きっとどちらも美味しい。だからこそ迷ってしまうと眉寄せた霖に、サテラはぱちりと手を合わせて提案する。
「霖さん、よければ小さめのを買って、一緒に食べませんか?」
「……そうか、ふたりならひとりよりも沢山食べられるね」
霖は知っている。世の中には、あまじょっぱコンボという恐ろしい食べ合わせだってあるのだ。二つの味を交互に食べたら、きっと最後まで飽きずに楽しめることだろう。
そして彼女は思う、もしかしたら、このワゴン以外に新たな味のポップコーンワゴンも園内にあるのかもしれない。
「どうせだから最強の食べ合わせを探したいね」
「ええ、最強の食べ合わせに出会うまで、たくさん食べましょう」
まずはここの二つを購入して、口へと放り込みながら。霖の言わんとしていることを察して、サテラも乗り気で頷く。
「今日の目標は……全制覇ですね!」
散策しながらワゴンを探して――それがポップコーンじゃなくても、他の美味しいものが見つかるはずだから。アトラクションよりスイーツ狙いの少女達は、その後も時間とお腹が許す限り、様々なワゴンで美味しいものを買い求めたのだった。
舞い散るコンフェッティを見上げれば、金色の瞳がきらきらと輝く。チョコレートミント色のワンピースをふわり翻して、ミラ・ラミュライユ(Mille fleurs・h11558)は満面の笑顔で振り返った。
「レアちゃん、遊園地なの! たのしいアトラクションがいっぱい、って言ってるの」
繰り返されるアナウンス、その声がミラの期待を膨らませていく。うずうずしているのは彼女だけではない、レア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)だって同じだ。
「こんなところに遊園地があったなんて! これは体験レポートが必要ですね!」
藍色の瞳を輝かせ、すちゃっとスマートフォンに自撮り棒をセッティングするその姿は、配信活動に精を出す冒険者らしい。
そんな風に少女二人がきゃあきゃあはしゃいでいるのを横目に、胡乱な目で遊園地ダンジョンを見つめているのはルミュール・ラミュライユ(壁の花・h09685)だ。
「ダンジョン内に遊園地だなんて何という、あからさまな罠……」
そう、これは見るからに罠だ。自分はともかく、妹とその友達を連れて入るような場所ではない。そう思うのに、残念ながら彼にその決定権はないようで。
「ミラちゃん、レアたちが皆さんに代わって満喫するですよ~!!」
「わぁい、一緒に行くの!」
「……って、ふたりとも!? ちょ、待……っ!」
手と手を取り合い駆け出す少女達に、慌ててルミュールもエントランスを潜る。ああほら、やっぱり罠だからエントランスが勝手に閉まっていく。これはウェルカム空気なのに逃がさないやつだろうなと思う青年だけれど、そんな不安に囚われている間にも妹達の背が遠くなっていく。見失うわけにはいかないから走って追いかけたら――二人は、何やらフォトスポットの前で立ち尽くしていた。
(「一緒に何かいる?」)
ルミュールが様子を伺えば、二人が見つめていたのは何やら可愛いマスコットの像で。
「この子、遊園地のキャラ?」
「あ! この遊園地のキャラさんですかね? かわいいです~!」
はしゃぎながらじいっと観察している二人だけれど、ルミュールだけは警戒を強める。
(「このマスコット、簒奪者が作った割に愛嬌があるなぁ。……襲ってきたりしないよね」)
この遊園地は罠で、マスコットだって簒奪者が作り出したに違いないのだ。ならば当然警戒を――なんて思う兄だけれど、少女達はそんなこと全く考えていない。
「記念写真は必須なのです!」
「うん、一緒に写真撮りたいの……。ルミュ兄、カメラマンよろしくなの!」
「ええ、ふたりとも!?」
言うが早いか警戒ゼロにマスコット像へ近付く二人に、ルミュールは一人狼狽える。ぺたぺたと触っても像が反応する様子はなく、何もないけれど――結果より、二人の無防備さにひやひやしてしまう。
「ルミュ兄、早く撮ってなの!」
それでも愛らしい妹にそうねだられたら、断れるわけがなくて。
「え、あ、じゃあ……撮るよ」
「レアちゃんとマスコットさんと、ポーズ!」
にこにこ笑顔でマスコットとお揃いポースを取るミラとレアを妹に押し付けられたスマートフォンで撮影する。ありがとう、とミラがきちんとお礼言ったらそれだけで舞い上がってしまうルミュールだ、そこにすかさずレアも自撮り棒外した自身のスマートフォンを手渡す。
「ルミュさん、レアのもお願いしますです!」
「レアちゃんのも? はい、チーズ」
言われるままに、彼女のカメラアプリでも数枚。撮影終わればレアがスマートフォンを受け取って、撮れ高の確認を始める。
「可愛くお写真撮れてますかね? ばっちりです!」
「……うん、すごく可愛い」
レアが画面に表示した撮れ立て写真を見てルミュールが零したのは、満面の笑顔でポースとる妹へ向けてのもの。それがわかっているレアは、にやりとしながら青年へこっそり耳打ちした。
「ルミュさん……後でミラちゃんとこだけ切り抜いて送っとくです」
「いやっ、切り取らないでも大丈夫だよ!? でも……データは欲しいな」
「大丈夫、データもセットなのです」
レアが全てわかってますともと言うように胸張れば、ルミュールはつい約束を取り付けてしまう。ミラはいつだって可愛くて天使みたいだけれど、この頃は無邪気に兄を慕ってはくれなくなってしまったから。レアと一緒に笑っているその顔は、ルミュールにとってそれはもうお宝画像なのだ。
そんな交渉を二人がしているとは露知らず、ミラは園内マップを広げて行き先の検討を始める。
「レアちゃんは、何に乗りたい? 私は、ジェットコースターに乗りたいの!」
マップをレアにも突き付けて、ジェットコースターはここ! と指差すミラ。しかし次の瞬間にはその指はマップを彷徨い、メリーゴーラウンドを示した。
「あとはね、お馬さん……フラワーカップも……というか、全部乗りたいの!」
「ミラ、全部乗るにはちょっと時間が足りないかも」
張り切る妹に、兄は思わず苦笑浮かべてやんわりと告げる。でもでも、と抵抗見せるミラを見たら、今度はレアが眉を寄せた。
「困った……乗りたいものが多すぎです。どこから回るかちゃんと考えないと時間切れです! ヤバいです!」
三人もいれば(兄に選択権はないにしても)、希望もそれぞれだ。まずは作戦会議が必要――そう、そして作戦会議にはお供が必要! そうレアが熱く語れば、兄妹は一瞬きょとんとしたけれど。次の瞬間、ぱっと顔を輝かせたミラは周囲のワゴンへ視線を巡らせる。
「うんっ、作戦のお供が必要なの! クレープもチュロスもアイスも食べたいな」
そうしてちらっと兄を見上げたら、それだけでルミュールは財布を取り出す。
「ルミュさん、レアのチュロスもよろしくです~!」
「ああ、いいよ。何味がいい?」
ちゃっかり者の少女達は食べたいものを買ってもらって、さっそくベンチに座ると作戦会議と言う名の早めのおやつタイムを開始する。
「レアちゃん、これおいしいの! 交換こしようなの! ……ついでにルミュ兄も」
「え、ミラ、俺にも分けてくれるの?」
仲良し二人がきゃっきゃと美味しいものの交換をしているのに、混ぜてもらったルミュールは妹にあーんしてもらって表情を崩す。
自由な少女二人に、振り回される保護者一人。三人はおやつが終わった後も変わらぬテンションでアトラクションを乗って周り、何とか無事に全てのアトラクションを制覇することに成功したのだった。
エントランスを潜れば、そこはもう素敵な空間。遊園地の中は楽しそうな声と雰囲気に溢れているから、|夕星・ツィリ《ゆうづつ✱⃟۪۪۪͜ːु⟡⋆⁺.⋆》(星想・h08667)は期待に胸を膨らませながら友人達へ笑顔を向ける。
「二人とたくさん楽しい時間過ごせたらいいな!」
「ええ、おふたりと遊びに来られて嬉しいです」
ふわりと微笑み言葉を紡いだのは、|ラデュレ・ディア《███████・███・█████》(迷走Fable・h07529)だ。周囲はとても華やかな夢の中のようで。この場所で遊んだら、楽しいに違いない。
そうして二人が言葉交わす中、耳をぴくぴくさせながら辺りを見回しているココ・ロロ(よだまり・h09066)がいる。
「わあ~! ゆうえんちだ~! ココはじめてきた!」
童話をイメージした園内の装飾も、遠くに見えるアトラクションも、全てが新鮮でわくわくする。そんな幼い獣人の少年は、満面の笑みを浮かべてツィリとラデュレへ声掛けた。
「えへへ、今日はい~っぱいあそびましょうね」
もちろん二人は頷いて、それから三人揃って園内マップを確認する。目当ては穏やかなアトラクション――まずは『親指姫のフラワーカップ』へとやってきて、さっそく可愛らしいカップに乗り込む。
「お花みたいなのある! これものりもの……?」
「わあ、可愛いカップ!」
きょとんとするココを促して、ツィリは一緒に花を模したカップの中へ。ラデュレが扉を閉じてしばし待てば、開始のブザー音が響きフラワーカップは動き出した。
「ふふ、みんなでお花のようせいさんなったみたい」
初体験のココは、瞳を輝かせてとっても楽しそう。
「……あれ回らない……? あ。自分たちで回さなきゃなんだ」
思ったより遥かに穏やかな動きに首傾げたツィリだが、近くのカップを見ればすぐに理解した。だから少女は、テーブルのような形したハンドルにそっと触れるとにこやかに笑って。
「ラーレちゃんココくんお願いします!」
「カップは……このハンドルを回す、のですね?」
頼まれるままにハンドルを掴むラデュレを見れば、ココもまた身を乗り出す。
「ハンドルまわす……? ココもやる!」
「では、ご一緒に回しましょう……!」
そうして二人は共にハンドルを掴んで――タイミングを合わせて、ぐいっとそれを回した。
「えへへ、せ~のっ……! わわ、くるくるまわってる……! おもしろ~い!」
「わあ……! 本当にくるくると回っています!」
はじめは重たいハンドルだけれど、一度回り始めたら勢いでどんどん動かしやすくなる。二人はそれが楽しくって、ハンドルを回転させ続けていった。
「わっ! すごい! すごい! 回ってるー!」
二人に任せて座っているツィリも、その高速回転には声上げて笑う。遠心力に振り回されて、体は右に左に揺れる。でも、それがとっても楽しいのだ。
時間が来てカップが止まるまで、三人は全力で回すフラワーカップを満喫する。終わって乗り物降りたら足元がふらふらして、そんなことも可笑しくって笑い合った。
カップの余韻が引いたら、次は『眠り姫のドリームホイール』だ。茨の籠に三人乗り込めば、観覧車はゆっくりと上を目指す。
「つぎのくるくるはたかくまでいけるのですね」
「ゆっくり地上が遠くなっていくの」
ココとツィリは、視界がどんどん高くなっていくのを不思議な気持ちで見つめている。と、遠ざかる景色の中に鮮やかな色を見つけて、ココの尻尾がぱたりと揺れた。
「……はっ! ラーレさん、ツィリさん。さきのったカップみえる」
ココが指差す先には、先程の『親指姫のフラワーカップ』があった。くるりくるり、花のカップが動く姿はお花のダンスのように見えてココは嬉しくなってしまう。そして、その気持ちはツィリも一緒だった。
「わあ! お花のダンスがみれる特等席だね!」
にっこり笑ったツィリは、先程乗ったカップがあの中のどれかをココと共に探し始める。ピンクと黄色が使われたお花だったから――なんて語り合うけれど、どんどん小さくなる景色に特定できなくなってくる。
そう、観覧車は地上を遠く離れ、もうすぐ頂上へと到達するのだ。ここまでとっても綺麗な景色を堪能していたラデュレは、二人へ微笑むと声掛けた。
「ココさま、ツィリさま、ご覧くださいませ。向こうに夜景が観えるのですよ」
「やけい……?」
瞳を瞬かせながら、ココがラデュレの指の先へ視線を移す。すると、その青い瞳はたちまち真ん丸に。感激にきらきらと輝いて、ココは夜を見せる景色をじいっと見つめた。
「わ~! きれ~い! こんどはおほしさまなったみたいですね」
ツィリもまた、感動に頬を薔薇色に染めて夜景を眺める。
「きらきら輝いてて地上の星空みたい」
ライトアップされた遊園地は、まさに夢の中の星空のよう。僅かな時間の魔法をしっかり目に焼き付けて、三人は元の景色に戻った後の下りも楽しく会話を続けたのだった。
さて、たっぷりとドリームホイールを満喫して降りてきたら、気付けば結構時間が経っていて。
「あそんだらおなかすいた……」
ココがきゅうと鳴るお腹を押さえながらそう零すものだから、ラデュレとツィリはじゃあみんなで何か食べようとすぐ決断する。少し歩けばあちこちにワゴンがあって、美味しそうな物が誘惑してくる。どれがいいだろうかと見比べて、やがてラデュレは一つのワゴンへと近付いていった。
「わたくしはチュロスをいただきましょう。お味はキャラメル味です」
「ココもチュロスたべる~! おあじは、んと…イチゴの」
二人が口々に注文を告げれば、すぐにキャラメル味とイチゴ味のチュロスが用意される。受け取り喜んでベンチへ向かえば、そこにはアイスクリームを購入したツィリが待っていた。
「ちょっと欲張ってトリプルのアイスにしちゃった」
嬉しそうに笑いながらツィリが見せるのは、アップルシナモンにチョコとミルクのトリプルアイスクリーム。色とりどりの三段アイスにココもラデュレも瞳輝かせるから、ツィリは笑み零してスプーンでひと掬い。
「良かったら一口どうぞ」
「まあ、良いのですか?」
差し出されたそのスプーンは、美味しい幸せのおすそわけ。そう思うからラデュレは嬉しくて、お礼と共に自身のチュロスも差し出した。
「わたくしのチュロスも、ひと口どうぞ……!」
「いいの? ありがとう! ココくんもアイスどうぞ」
「やった~! ココのもどうぞ~」
そうして少しずつ交換こして、美味しいものを食べて。たくさんの乗り物を楽しんだ後にこうしていると、お互いの距離が縮まったように三人は思う。
「なんだか、よりおふたりと仲良くなれた気がするのです」
「えへへ、はい! ふたりともっとなかよしさんなのです!」
「私も! とっても楽しかった!」
ラデュレが笑顔で告げれば、ココもツィリも頷き笑顔で返す。お友達と遊ぶ時間は、とても楽しい。けれどその分、あっという間に過ぎてしまうような気もする。
楽しく遊べる時間は、まだ少しはあるだろうか――視線を交わし合った三人は、この休憩が終わったら最後にもう一つくらいアトラクションに乗りたいねと、行き先の相談を始めるのだった。
第2章 集団戦 『鉱石竜「オーアドラゴン」』
●氷鏡の迷宮へ
数々のアトラクションに乗り、ワゴンでスイーツを楽しんで。記念写真を撮ったりキャラクターになれるカチューシャをつけたりと遊園地気分を満喫したEDEN達は――いつの間にか、皆同じ建物の前に集まっていた。
先程まではなかった看板が掲げられた建物、そこにはこう書かれている。
『雪の女王のアイスミラージュ』。どうやらこれが、簒奪者がEDEN達へ向けて仕掛けた罠ということらしい。
お城を模した建物の中へと入れば、そこは全面が鏡張りの細い迷路になっていた。遊園地によくあるミラーハウスだ。鏡が距離感と方向感覚を狂わせ、どこから来たのか、どちらへ行けばいいのか惑わせる。慎重に道を探って進んでもいいし、破片で自身が傷付かないよう注意すれば、鏡を破壊して進むことも問題ないだろう。そうして奥へ進めば――行く手を阻む、モンスターの姿が見えてくる。
青い体の四つ足竜。その体には、あちらこちらに鉱石がきらり輝いている。
鉱石竜『オーアドラゴン』。周辺の鉱石素材を食べて体内に取り込み力とする、飛べない竜だ。通常は鉱石求めて鉱山ダンジョンに現れるのだが、恐らく簒奪者に連れてこられたのだろう。餓死しないようにと撒かれた鉱石の欠片が道に転がっているけれど、どうやら足りなかったようで竜達は殺気立っている。
「ウウウウゥゥゥ……」
唸り声を上げた鉱石竜が、EDEN達を睨む。彼らを倒してさらに奥へ進み、そしてこの鏡の迷宮を抜け出さなければ、ダンジョンボスとは出会えない。敵との戦闘と、迷宮の探索。両方への対策がEDEN達には求められているようだ。
ぎゅっと拳を握り締めて、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)はお城を模した|罠《アトラクション》へと入っていく。
一歩足を踏み入れれば、そこは鏡の世界。前後左右に自分が映って、行き先を惑わせる。
「とりあえず、壁伝いに動くかな」
エルフの少女は呟くと、そうっと鏡へ掌で触れた。ひんやりと冷たい、アイスミラージュとはよく名付けたものだ。
壁伝いに進むのは迷路の攻略法として定番のものだと、冒険者であるエアリィは知っている。特に方向感覚すら狂わせる鏡張りのこの迷宮では、基点を決めるのはいい案だ。
けれどそれで目に映るものが変わるわけではないから、少女は次第に表情を曇らせてしまった。
「うーん、ややこしい……。なんか目がふらふらしちゃうよぉー」
若葉色の瞳をごしごしと擦って、エアリィは頭を悩ませる。法則通りに進めばいずれ出口には着くと思うけれど、これは最短の方法ではない。もしかしたら辿り着く前に目が回ってしまうかも――なんて思ってからの、彼女の決断は早かった。
「うん、いっか。ダンジョンだし……遠慮なくっ!」
腰のホルダーから精霊銃『エレメンタル・シューター』を抜くと、即座に引き金を引く。精霊の魔弾を乱れ撃ちすれば、鏡にはピシピシとひびが入り、やがてパリンと音が響くと同時に鏡も壁も崩れ落ちた。
「ふぅ、くらくらするものは無くなったかな」
飛び散る鏡の破片はマントで受け止め、安堵のため息をついたエアリィは撃ち破った壁の向こうへと足を踏み出す。自ら作り出した道の先――数歩進めば、前方からは四つ足の竜がのそり現れた。
「……そりゃ敵も来るよね」
派手に音も響かせ破壊した後だ、敵集団が寄ってくるのも承知の上。だからエルフの少女は慌てることなく、『今回はこんな手でどうだ』と早口で詠唱を開始した。
「六界の精霊達よ、母なる大地の精霊よ! あたし達に立ち塞がる者たちへ妨害をお願いっ!」
|精霊震攪術《エレメンタル・シャッフル》。六属性の精霊から託された混成魔力で狙った対象を揺らす精霊術。その対象は――敵である『鉱石竜「オーアドラゴン」』達と、周辺の鏡でできた壁。
「ウゥッ!?」
竜達の青く輝く体が揺れる。エアリィ目掛けて反撃の尻尾を揮おうとするけれど、振動のせいで狙いが定められない様子だ。続けて、激しく揺らされた鏡が次々と音立てて割れていく。その音に紛れるように地を蹴って、エルフの少女は精霊刃『エレメンティア・ティアーズ』を右手に握り鉱石竜へ肉薄した。
「これでどうだあっ!」
精霊の力宿した刃で斬りつければ、鉱石背負った体もすぱりと切断される。倒れ込む敵を最後まで見届けず、くるりとターン。左手に持ったままだった精霊銃で離れた敵を次々と撃ち抜くと、辺りは再び静かになった。
「ふぅ、ちょっとすっきりしたー。さ、次行こー!」
精霊の娘はにっこり笑って、砕けた鏡の破片を踏んで先へと進む。鏡がなくなればただの迷路、しかも作りはそんなに複雑ではない。この先も銃や精霊術で破壊しながら進めば踏破にそう時間はかからないだろう――思えばブーツで踏み出す歩幅も大きくなって、エアリィは跳ねるように駆けていくのだった。
一歩足を踏み入れれば、鏡に囲まれる。周囲を確認し先へと進み出した|システィア・エレノイア《Shisutia Elenoia》(幻月・h10223)は、伺うように隣歩く彼へと視線向けた。
「クラウスは、こういう場所は得意?」
「あまり得意じゃない……。力で強引に通ってしまいがちなんだよね、こういうの」
答えるクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の声には、僅かに恥じらいが混じっている。脳筋であることを告白するようで躊躇いがあったのだが、それを聞いたシスティアは真剣な顔で頷く。
「……俺も。挫折したら、壊そうか……」
ここは簒奪者が不思議な力で作り出した迷路なのだ。破壊して進んだって、咎める者はいないはず。でも、踏破せよと出された迷路は正攻法で攻略したい気持ちもある――そんな思考で揺れながら二人は進んでいくが、両手で鏡を確かめていたシスティアが道の途中でふと気が付いた。
「足元……通れる場所は直ぐ前に足が映らないね」
そう、鏡の中の顔を見ていると惑わされるけれど、遠くの鏡には足元までは映らない。システィアの言葉を聞いて自身の足元を見たクラウスは、道標を見つけて表情を輝かせた。
「……確かに。すごいね、ティア」
心からの尊敬の眼差しを彼へと向けて、クラウスは拳を持ち上げる。攻略法が見つかれば、すんなりと抜けられそうだ。システィアも笑顔を浮かべると拳を彼と合わせて、二人は再び歩き出した。
そうして迷路を順調に攻略し、いくつかの分かれ道を進んだ先――床に鉱石が散らばる道へと出たら、そこに敵もいることに二人は気付く。
伸ばした舌でぺろりと鉱石を口内に運び咀嚼する鉱石竜『オーアドラゴン』。身構えながら見ているとその瞳はぎょろりと二人を向き、怒りをぶつけるように唸り声を上げた。
「ウウウウゥゥゥ……!」
その声だけで理解できる、このモンスターは鏡の迷宮に適した生物ではない。
「何処から連れて来たんだか……」
システィアの口から零れた言葉は、伏せた瞳には、悲しみの色が滲む。彼らは簒奪者の企みに巻き込まれた側なのだろう。
クラウスも同様に、敵意を剥き出しにする鉱石竜を可哀そうだと思ってしまう。
(「本来生きるべき場所から無理矢理連れてこられたのかな……」)
そうなのだとしたら、この鏡の迷宮を、そしてこの遊園地ダンジョンを破壊することが彼らの救いとなるのだろう。そう信じて、クラウスは手を翳して√能力を発動する。
「終わらせてあげよう」
言葉と共に、体内の魔力を掌へ集中させる。すると溢れ出た魔力は月光纏った槍へと姿を変えて、クラウスの手の中へ納まった。
「そうだね。いつまでも腹を空かせているのは可哀想だ」
システィアもまた頷いて、体内を巡る竜漿を操る。魔力を纏めて錬成するのは、非対称の両刃持った|戦斧《バトルアックス》。その重さを両手でしっかりと握り締めながら――揮い斃したその先を祈る。
(「もし彼らに次があるなら、食うに困らず過ごせるように――」)
その間に、クラウスが先に地を蹴った。青白く輝く槍を掴み、『オーアドラゴン』の頭を目掛けて上段から振り下ろす。敵は飛べない四つ足の竜だ、背丈の有利を活かして頭上をとれば隙をつきやすい。果たして魔力の槍は竜が纏う鉱石を砕き、角を折って、その眉間へと突き刺さった。
「オ、オオオォォン!」
竜が吼え、床を踏みしめる。かぎ爪にぐっと力が入るのを見て、クラウスは反撃が来ることを察する。
「俺の後ろへ!」
システィアへと短く告げると、突き立ったままの魔力槍を手放し後退る。素早く魔力を練り上げ、新たに生み出すのは身を護る盾。そんな彼の背後にシスティアが滑り込むのと、鉱石竜が床に背をつけるのはほぼ同時だった。
ごろり。転がる鉱石竜の体が、二人へと迫ってくる。鉱石で固めた体だ、当たれば衝撃は免れない。けれどこの攻撃を躱せば散らばった鉱石が次の行動を阻害することを知っているから、クラウスは敢えて敵の身を盾で受け止めた。
「くっ……!」
ずしり、重みで魔力盾が圧される。それでも崩れぬよう魔力を送り込み、両足で踏ん張るクラウスの背後から、するりとシスティアが飛び出して。
「叩き斬る」
小さく零す声と共に、振り上げる戦斧。長い柄をしっかりと掴み、勢いを載せて振り下ろす――その一撃は竜の背の鉱石をバキバキ音立てて割って、そのまま青い背へと食い込んだ。
「ウゥゥ……ゥ……」
呻き声を漏らしながら、鉱石竜『オーアドラゴン』は力なく斃れていく。その最期を見守った二人は――一瞬の間、何も言えずに立ち尽くした。
「……後味の悪さに気落ちしてはいられない、急ごう」
痛まし気に瞳を伏せながらも、システィアが告げる。するとはっとしたクラウスも頷き、歩き始めた。
「そうだな、この先に待つ簒奪者の元へ急ごう」
鏡に映る自身に惑わされず、先を急ぐ。道中再び鉱石竜が現れれば、錬成した武器で二人息合わせて撃破して。倒せば倒すほど、それしかできぬ自分達に痛む心もあるけれど――そのやるせなさを解消するには、ダンジョンボスである簒奪者を倒す他に術がないことを、二人は理解していた。
「まあ、雪の女王のアトラクション……意味深ですわね」
ラミウム・オルター(|未来の大魔術師《ウィザード見習い》・h04880)が呟きながら、お城を模した|罠《アトラクション》へ一歩踏み出す。目の前には鏡の迷路が広がって、ラミウムが何人にも増えたように前後左右に映っている。
「雪の女王の城、なるほどミラーハウスですね」
|八束・牡丹《やつか・ぼたん》(牡丹爛漫・h05684)も警戒しながら迷宮へ入るが、内心はちょっぴり役得だなんて思っていたりする。だって、今一緒にここへやってきた子は猫獣人のお嬢さんなのだ。彼女の背中でちょっと太めの尻尾がぱたりと揺れるのだって、鏡の中のそれを見るだけなら咎められるはずがない。
幸いすぐに敵が出てくるわけではないようなので、牡丹は索敵を言い訳にラミウムから少し離れ、自身が被らないようにして彼女が映る鏡をちらちら観察していた。しかし。
「幻想的ですけれど、不安を煽る場所ですこと。でも、冒険者を甘く見ないでいただきたいですわ!」
そんなことは知らないラミウムは、真っ直ぐな言葉を発して先を急ぐ。歩む道も迷うことなく正面を選んで。こんな罠、なんて自信たっぷりに貶してやろうかと思ったのに、次の瞬間彼女は鏡の壁へ頭を突っ込んでいた。
「……大丈夫ですか、ラミウムさん」
ごん、とすごく痛そうな音がしたし、実際ラミウムは額を押さえて涙目になっている。慌てて声掛ける牡丹だが、淑やかなお嬢様のギャップに口角が上がり過ぎてしまいそう。
(「ンンン~可愛い~」)
その姿、もう少し眺めていたいくらいだけれど、ここまで築き上げてきた紳士の一面を守りたくもある。だから牡丹は琥珀色の瞳を周囲へ巡らせて、この罠を観察した。
「鏡の角度で通路が無限に見え、映る自分も各方向に動くから位置感覚が狂うんですね」
「く、なんと賢しいプロデューサーでございましょう」
これではなかなか先へ進めませんわ。ラミウムが困惑する傍で、牡丹は別の疑問を抱いている。
「しかしまあ、何が狙いでこの遊園地ダンジョンを作ったんでしょうね。力いっぱい遊ばせてもらいましたが」
「確かに、ジェットコースターも楽しゅうございましたが!」
メリーゴーラウンドは二人並んで白馬に跨った。コーヒーカップは笑いながら力を合わせて回転させ、ジェットコースターはちょっぴり怖かったけれど牡丹が手を握っていてくれたから最後まで楽しめた。
――そう、今日はずっと牡丹と一緒だ。ならばこの鏡の迷宮だって、一人で迷う心配はないのだ。
「此所は牡丹様がいますから! 協力して参りましょう」
「協力ですか、ええもちろん。このような迷路、この拳で――」
ラミウムの言葉を受けて、牡丹は一瞬拳にぎゅっと力を篭める。しかし、その力を揮うよりも早くラミウムが詠唱を唱えた。
「三つの聖句、象るは異端の鴉」
呼びかけに応じ、彼女の手から生まれるのは白鴉の使い魔達だ。索敵を指示すればふわりと迷宮の中を飛び始めたので、いきましょう、とラミウムが牡丹を導く。
「ところでもしや牡丹様、妙案があったのでは?」
「いえ、なんでもないです」
今更言えない、ボスまで壁をぶち抜いていけば最短ルートだ、なんて思っていたことは。笑顔で誤魔化しついてくる牡丹に、ラミウムは得意げな表情を浮かべた。
「道を探しますわ。この子達は視界に影響されませんも」
ごん。一度あることは二度あった。白鴉達の後をついていっていたはずが、いつの間にかまた鏡に突っ込んでいる。そしてまた涙目のラミウムを見たらさすがにふっと表情を崩してしまって、牡丹はそのまま手を差し出した。
「では道案内は白鴉さんにお願いして、私はラミウムさんの手を引いて歩きましょうか」
「……はい、お願いしますわ」
そして二人は手を繋いで歩き出す。ラミウムの小さめの手はふかふかで愛らしいから、これもまた役得である。
道を少し進んだら、すぐに行く手に敵が現れた。青く輝く体を持った、鉱石竜『オーアドラゴン』。寄り集まって床に転がる鉱石を食べていた四体は、二人に気付くと低い唸り声を上げた。
「おや、気が立っているようですね、鉱石竜とやら」
「敵がいるタイプのアトラクションのようですわね」
それぞれが声を上げるけれど、同時に戦闘の準備も完了している。
「白鴉!」
ラミウムが呼びかければ、ここまで索敵していた鳥達が鉱石竜目掛けて飛んでいく。そしてその、ぎょろりとした目の間際まで近付くとそれは自爆しダメージを与える。
「爆発には爆発を。牡丹様が突撃できるように道を拓きましてよ」
赤い瞳に真っ直ぐ竜達を捉えながら、ラミウムは自爆する白鴉達をコントロールする。連続して爆発音が響く中――紛れて敵へと接近したのは、牡丹だ。
「今度こそ、この拳で突破してみせましょう!」
言葉と共に、手袋嵌めた拳を四つ足竜の頭へと振り下ろす。長身の牡丹からすると、足元に這う形になるオーアドラゴン達はずいぶんと小さく見える。大地を叩くつもりで殴りにいって、おまけに蹴りもお見舞いする。そうして次々と鉱石竜を倒した牡丹は、後方のラミウムへと顔を向けて微笑んだ。
「これで片付きました。ラミウムさん、お怪我はないですか」
「大丈夫ですわ。わたくしを誰だと思って?」
笑い合う二人は、さらなる奥を目指して進んでいく。ダンジョンボスである簒奪者の待つ場所は、もうすぐそこに思えた。
「ライカ! 次はミラーハウスですよ!」
罠待ち受ける場所には不釣り合いなくらい上機嫌な声が、鏡の迷宮に響く。|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)は今にもスキップしそうな雰囲気でお城模した迷宮に踏み入った。
「おいクソ怨霊待てって!」
慌てて追うように入ってくるのは、|水縹・雷火《みはなだ らいか》(神解・h07707)だ。藍色の髪を揺らして鏡の道に立ったなら、前後左右の壁に雷火の姿が映る。それを見た洸は『ライカがいっぱいですね。実体だったら食べ放題だったんですが』なんて冗談なのか本気なのかわかりづらいことを言っている。
(「なんであいつはあんなにも元気で楽しそうなんだ? ……まぁいいか」)
胸中で呆れが諦めに変わるまでは一瞬。何せここへやってくるまでの間に、散々アトラクションへ連れ回されているのだ。虚弱な雷火の体はすでに疲れを訴え始めていたが、これからが√能力者としての出番だと言うのに倒れている場合ではない。無理矢理に洸のペースに合わせて強がる雷火の思考を知ってか知らずか、洸は鼻歌交じりに迷宮一歩目の地点で左手を左側の壁へとつけた。
「迷路攻略は正攻法で挑みましょう。これは片手法です」
「壁に手をついて歩いてくってことか? 俺も聞いたことがあるか、なんかズルいような気がする……」
思わず眉を寄せて考え込む雷火だったが、そんなことを言っているわけにはいかないことも理解していた。洸は迷路攻略などしなくても、鏡を壊して強行突破だってできるはずなのに。それを選ばないのは、雷火が怪我をしたら嫌だからなのだ。
「ループ構造だったら辿り着けませんから、その場合は強行突破しましょうね」
「はあ……だったら、俺が調べる」
そうなってもそれはそれで、みたいな口ぶりの洸へため息ついて、雷火は√能力を使用する。
「飛んで耀け、夜半の蛍」
そっと唱えたら、掌に現れるのは天雷の力を宿す螢の式神だ。周辺を探索するよう命じれば、螢達はふわりふわりと明滅し周囲を仄かに灯しながら離れていった。
「ふふ、ライカの式神も頼もしいですね」
「別にお前の為じゃないぞ、此処を早く切り抜けるためだ。その方が効率がいいっていうだけの話だからな」
誤解なきよう念のために雷火が言うけれど、洸は全く聞いていない。指先でちょいと螢に触れたりしながら、左手は決して離さず進んでいく――そうして迷うことなく鏡の迷路を攻略していたら、突然式神が反応を示した。
「おい、クソ怨霊」
「敵がいるようですね。ライカは下がってください」
小声で言葉を交わしたら、二人は曲がり角の先をそっと覗き込む。そこには、少ない鉱石を奪い合い殺気立つ、複数の鉱石竜『オーアドラゴン』の姿があった。
その存在を認めた瞬間、洸は『GdAzuriteM2024』を構える。愛用の連装式大型ガトリングガンだ、それを幽霊の男は迷わず連射し、不意打ちに反応遅れる鉱石竜達の尻尾を『黒百合』で捕縛した。
同時に雷火も螢達を向かわせている。ぱちり、天雷が音立て、竜の体に張り付く鉱石を砕いて。
「しっかりばっちり決めろよクソ怨霊」
「はい、ばっちり決めますよ~♪ ライカの前で格好悪いところは見せたくありませんからね!」
背後からかかるその声が、洸の戦う理由になる。彼は『黒百合』を辿って鉱石竜の傍へ素早く移動すると、先程銃弾をばら撒いた『GdAzuriteM2024』の刃でもってその尻尾へと斬りつけた。
「オオォォ!」
オーアドラゴンが暴れるが、尻尾を揮う攻撃は刃で押さえている。そのまま圧し切り全ての鉱石竜を倒すと、洸は雷火へ笑顔で振り返った。
「ライカ、終わりましたよ。さあ、早く迷路を抜けましょう」
「ああ……なんでそんなに楽しそうなんだ?」
戦い終わった安堵に包まれながらも、雷火は怪訝な顔して洸の後についていく。
片手法による攻略は、有効だった。二人は時間はかかったもののこの鏡の迷宮を脱出し――簒奪者の待つ場所へと辿り着くことになる。
お城を模した建物の中へ入れば、二人の少女の姿があちこちの壁に映る。夜空と星のような少女と、白い雨の少女。一人は警戒を強めたのに、サテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)はその光閉じ込めたような瞳をさらに輝かせた。
「まあ……ミラーハウス!」
とん、と一歩進めば、鏡の中の自分も歩く。方向感覚も距離感も狂わせる迷宮は入り組んでおり、急ぎたくても慎重にならざるを得ない。だというのに、サテラは自信に満ちた笑顔を浮かべて言うのだ。
「道案内は私に任せてください。迷路は得意なんです!」
「何だか凄く自信があるみたいだね、サテラ」
小さく首を傾げて声掛けたのは|八代・霖《やしろ りん》(天泣・h01795)。『任せてください』ともう一度告げるサテラの瞳はキラキラしていて、霖に信じてほしいと訴えるようだ。それでも霖が彼女の案に抵抗見せるのは、霖の√能力を使ってほしいと言われたからだ。
|四葩花譚【幽氷凍雨】《オルタンシア・グレジル》。霧状の氷雨をその身に纏う能力。主に攻撃に使う能力だけれど、この氷雨は移動速度も上げる。だから、その効果で一気に駆け抜けようとサテラは言うのだけれど。
「本当に凍らせてしまって大丈夫なの? 激突したらすごく痛いと思うし……」
能力のことをよく知る、霖の方が心配してしまう。だって現実的に考えたら、鏡の迷宮で凍らせて滑るなんて自爆行為だ。ついついリスクを考えてしまう少女は眉を寄せるけれど――結局、サテラの視線に負けた。
「うーん、わかった。サテラのその豪運にかけるよ」
「はいっ、では霖さん、手を」
そうして、霖は霧状の氷雨を発生させ、凍てつくような冷気で足元の床を凍らせる。いきましょう、と手を引いて、サテラが選ぶのは直進する道。霖と同じ速度で駆ければ、鏡の中の二人も駆けて姿を変える。
「これすごいです! 霖さん! ふふっ、アトラクションみたい……!」
「……こんな状況でも楽しめるサテラって本当に強いよね」
声を弾ませながら走るサテラに導かれる、霖の方には楽しむ余裕は全くない。サテラは幸運を信じ正解ルートを選び続けるが、運任せなんて霖にとっては全然合理的ではない。転んだり激突したりしそうだとつい悪い未来を想像してしまうから、少女は滑る床を高速で駆けながらも眉寄せて難しい顔をしていた。
「多分忘れられない思い出になるよ、色んな意味で」
サテラが一緒じゃなければ、こんな思い切ったことはできなかった。思えばため息交じりに言葉が零れたけれど、言われたサテラは顔を輝かせていたからいい意味に受け取ったのだろう。
少女達は一度も壁に激突することなく、高速で迷路を駆けていく。そうして出口はもうすぐだろうかと思い始めた頃――道の途中に鉱石竜が現れたから、二人は足を止めた。
「こんなところに、オーアドラゴン……?」
ぱちりと瞳を瞬かせるサテラだけれど、霖はその横をすり抜ける。ここまでジェットコースター以上のスリルを散々味わってきたのだ、今更敵が出てきたって動揺すらできない。己に纏わせていた氷雨をのそのそと近付いてくる鉱石竜『オーアドラゴン』へ目掛けて飛ばし、冷気で包んで歩みを止めさせる。
「ウゥゥゥ!」
霖の攻撃受けた鉱石竜達が仰け反る、その瞳に宿るは怒りの感情で、サテラはここへ無理やり連れられてきた竜達に同情してしまう。
「元の所に返してあげられたら……」
√ドラゴンファンタジーへこの竜達を全て運ぶことはできない。それはわかるから、返す方法はひとつだけ。
「|綺羅星《ルミナス》」
サテラの唇が、星霊の名を呼ぶ。召喚された綺羅星は、求められたままに崩嵐でオーアドラゴン達を倒していく。
「お腹がすいたからって、暴れたらめっ、ですよ!」
窘めるような声と共に、繰り出す攻撃。それは現れた鉱石竜を次々と屠っていき――全ての敵が倒れた頃、二人の道の先には迷宮の出口が見えていた。
遊園地初体験の|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)は、鏡だらけの迷宮だって初めてだ。
「みらーはうすか……本当に鏡の迷宮なのだな」
感心したように呟きながら、お城模した建物の中に入って周囲をきょろきょろ。そんな彼の後ろをついて歩いてきた|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)も、周囲の光景に興味津々だ。
「全部鏡なの? ピカピカしてつるつるなの」
手を伸ばしてぺたりと触れば、なるほど確かにそこに鏡がある。奥行きを狂わせる鏡像は、ララも天藍もここにいっぱいいるかのように見せていて。鏡の世界、自分の隣に立つ彼の姿を見れば、ララはくすりと笑ってしまう。
(「雪の女王……なんて天藍にぴったりね」)
常に冷気を纏う、|終焉《ふゆ》の災厄。そんな彼がここに招かれたのは、なんという偶然だろう。ララは思わず紅花の瞳を興味に煌めかせるのだけれど――そんな思考を知らぬ天藍は、オッドアイの瞳で警戒強めて歩き出した。
「ララ、頭をうたぬよう気をつけるのだ……ふぐっ」
「あ。大丈夫?」
言った傍から、激突したのは天藍の方だった。顔を押さえて唇尖らせる少年姿の彼の頭を、ララがそっと撫でる。
「むむ、これは中々手強いようだ」
「ええ、気をつけるわって今言おうと思ったのだけど」
心配する顔で覗き込んでくるララに、もう大丈夫だと天藍は告げて。それから、彼はすうっと瞳を細めて|終焉《ふゆ》の力を手に集め始めた。
「舞い踊れ、いと冷たき氷の華」
声に応えて周囲を舞うのは、冷たい粉雪。この雪は、天藍と感覚を共有する。温度感知でひんやり冷たい鏡を探せば、二度目の激突は避けられる。
「温度を感知するなんて頼もしいのね。ララはついていくわ」
にこにこと頷くララと共に、天藍は迷宮の探索を開始する。壁への激突は回避できるが、分かれ道の選び方は当てずっぽうだ。行き止まりに当たれば引き返して――そうして行きつ戻りつで迷路を進めば、やがて二人の前には数体の竜が現れた。
「あら……かき氷みたいな竜だこと。とっても歯応えがよさそうで……美味しそうだわ」
鉱石竜『オーアドラゴン』。体に青い鉱石纏ったような姿に、ララの紅花の瞳が輝く。そんな少女を見て、鉱石竜は低く唸り声を上げた。殺気立った様子を見て、天藍は眉寄せて考える。
(「この迷宮に連れて来られたのであろうか」)
鉱石を食べると言う竜が、こんな鏡だらけの場所に棲みつくはずがない。腹を空かせて哀れとは思うが――天藍も罪なき人々も、喰われるわけにはいかないから。
「鉱石のかわりに氷しか出せぬが哀れなお前に終焉をやろう」
天藍は静かに告げると、周囲に放っていた粉雪を一斉に鉱石竜へと向けた。それは急速に体温奪う力へと姿を変えて、『オーアドラゴン』達へ襲い掛かる。
「幸い此処は氷の女王の城。であれば、此処は我の|世界《ふゆ》だ。この世界で勝手にはさせぬ、その足を止めよ」
その声には、舞う粉雪には、強さはないのに威圧感があった。声の通りに足を止め、咆哮する竜達。天藍の凍結に動けない彼らの横を――ララはとん、と軽やかに駆け出す。
「お腹がすいたの? 奇遇ね。ララもお腹がすいたの」
だから、鬼ごっこしましょ。くすくす笑って、一体の竜へ近付く。その手に持つのは、『窕』。破魔の迦楼羅焔を纏わせた神聖なるナイフだ。
「さぁ、ララ。あれをその聖なる力で灼いてやるのだ」
「勿論よ、天藍」
言葉を交わして、とこしえの冬にとざされた鉱石竜を見つめる。瞳でじいっと竜を観察して、それと同時に躊躇いなくカトラリーを揮う。凍れる敵へ、桜色の一撃を。するとパキン、と音立てて『オーアドラゴン』の背中の鉱石が砕け散ったから、ララはそのひと欠片を使い取るとぱくりと口へ放り込んだ。
「これはなかなかね。うな重の方が美味しいわ」
奥の歯で噛み砕きながら率直な感想を零して、ララは一体、二体と鉱石竜を屠っていく。聖なる焔のカトラリーは、背の鉱石を砕き、足を切断し、尾を開く。そうして連携して敵を全て倒した二人は顔見合わせて――労いの言葉をかけた天藍が、そのままぽつりとつぶやいた。
「……それにしても、簒奪者は一体何がしたいのであろうか」
楽しいアトラクションに、スイーツに。満喫した後に現れたこのミラーキャッスルは確かに罠だったけれど、一般人はともかくEDEN達がこんなもので止まるはずがない。簒奪者が一般人を誘い込むより先に天藍達がここへやってきたと言うならわかるが――どこまでが、|簒奪者《彼》の狙いなのだろう。
瞳を細めて考え巡らせる天藍に、ララは微笑む。
「ふふ、本人に聞いてみましょう」
そう声をかけたら、彼の冷たい指に手を絡めて。
楽しませてくれた礼もしないとね。少女が悪戯っぽく囁きかけると、天藍も頷いた。
「……ミラーハウス」
お城を模した建物の前、『雪の女王のアイスミラージュ』と掲げられた看板を見つめて。鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)は呻くように呟くと、開かれた入り口の先を睨んだ。
(「小さい頃の焼き直しみてぇ」)
先程双子の兄と会話して思い出した、迷子になったアトラクション。それが今、目の前に罠として立ち塞がり踏破してみせろと呼んでいるのだ。何という偶然だろう。
「アベくん? どうしたの?」
呼び声にはっとして、アベルは隣を見る。鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)が、不思議そうな顔をして自分を見ている。そうだ、幼い頃に鏡の迷宮で迷子になったことは、忘れたふりをしたのだった。ここで動揺していては、怪しまれてしまう。
「……なんでもねーし」
ぶっきらぼうにそう答えると、アベルはさっさと迷宮の中へ向かい歩き出した。その背後に、くすりと笑った兄の声がかかる。
「ふふ、今度は迷子にならないようにね」
――やっぱり、覚えているのはバレているのかもしれない。内心焦るアベルに、さらにカインは『ふたりで迷子になるのも楽しいかもしれないけど』なんて言葉を続けて。ここまで乗ったアトラクションと何ら変わらない動きで、二人は鏡の迷宮の中へ入っていった。
足を踏み入れた途端、距離感や方向感覚が惑わされる。小さく息を吐いて警戒するアベルの隣で、カインは左目の眼帯を外した。その下から現れるのは『サイバネティック・アイ』、機械の義眼だ。鏡の迷宮では、視覚情報は当てにならない。鏡像に混乱させられぬよう、機械眼から得られる情報を頼る――すなわち、反射のずれを解析しつつ、足元の痕跡をじっくりと観察するのだ。
「うん、こっちだね。行こう、アベくん」
道の続く先を見出したら、弟に声をかけて進んでいく。そんなカインの呼びかけに、アベルは疑うことなくついていった。
アイスミラージュは鏡像で惑わせるだけではない、迷路なのだから正解の道も探らなければならない。カインは道すがら鉱石の欠片が落ちているのを見つけたら、拾って分岐点に印を残すことにした。周辺に敵がいないことも機械眼で確認済みだ、印の鉱石を横から食べられてしまう心配もない。
一度通った道は二度と迷い込まないよう仕組みを作って歩くカインを感心して眺めながら、ふとアベルは周囲を見回した。
辺り一面、鏡の壁。そこには、アベルとカインが映っている。すぐそこにも、道のずっと先にも。鏡の中の二人は変わらず、隣に並んでいる。
「アベくんと僕がいっぱいだね」
「ああ」
アベルの見つめる先に気付いたカインが声掛けてくるから、アベルは頷いておく。
声の主はすぐ隣にいる。それはわかっているけれど――こんなにいっぱい鏡像が周囲に見えると、どれが本物かわからなくなる一瞬があるのではないか、とアベルは思う。
(「俺はなる……こいつはならなさそうだけど」)
心の中でひとり呟き、そっとため息を零す。自分とそっくりの双子の居場所を見失うのは、自分自身を見失うのに等しい。それはちょっと怖いなと、あくまで密かにアベルは思ったのだけれど。
「僕はきっとどのアベくんが本物か、わかるよ? 双子だからね」
何も、口には出していないのに。急にくすくすと笑ったカインがそんなことを言い出したから、アベルは赤い隻眼を見開いて思わず声を荒げた。
「! こ、心を読むな! そういうとこだぞ、ほんと、お前!」
「ふふ、だってアベくんわかりやすいし」
前言撤回、たまには見失うくらいしてもいいのかもしれない。顔に熱が集まるのを感じてアベルはカインを追い越し道を曲がるが――その先に見つけた存在に、ぴたりと足を止めた。
「……敵だ」
曲がり角の先、鏡に敵が映っている。鉱石竜『オーアドラゴン』。床に転がる鉱石を必死で探して食んでいる様を見れば、恐らくまだこちら側には気付いていないのだろう。アベルはカインへ目線だけで合図を送ると、レギオンを出して先に向かわせた。レギオンは静かに隣の道へ入ると、鉱石竜目掛けてミサイルを放つ。シュン、と音立てたミサイルの後に竜の倒れる音がしたから、アベルは素早く道の先へと移動したのだけれど――。
「って、結構いる!?」
その先には今しがた倒したのとは別の『オーアドラゴン』がいたから、慌ててアベルは鏡の壁を盾にするように身を隠した。鉱石竜達は体内から、鉱石の弾丸を撃ち出し鏡へと叩きつける。鏡が割れる音が耳をつんざくが、爆弾の爆破音よりはましだ。敵の数が多いことだって、慣れている――敵集団がこちらに近付いてくるのを壁に隠れて待機するアベル、するとその時、敵の足元に手榴弾が投げ込まれた。
「ウゥッ!?」
ピカリと一発、強烈な閃光に鉱石竜達が足を止める。それはカインの放った牽制だ。そのまま双子の兄は捕縛弾で竜の体を絡め取り、時限爆弾を放り込んだ。
「鏡像が紛らわしいし、鏡ごと爆破しちゃおう」
微笑み口の中でカウントすれば、ゼロのタイミングで爆炎が巻き起こる。その中を、アベルが身を低くし進んでいく。
(「兄貴が道を作るから、俺は倒すことに集中もできる」)
ただ鉱石探して彷徨うだけの竜達とは違う、生まれた時から息を合わせて行動する双子。レギオンにも追従させつつ、アベルは割れた鏡を踏みしめながら、鉱石竜達のただ中へと跳躍して突っ込んだ。
手にしたハチェットを振り上げて、地を這う四つ足の竜の頭を叩き割っていく。煙の晴れる頃には、もう動いている鉱石竜は一体もいなくて。双子は無言で手をパンと叩き合うと、出口目指して再び歩き始めるのだった。
三人の目の前にそびえる、お城を模した建物。それを見たレア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)は、瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「ん? ん? こんなところにアトラクションあったでしたっけ……? レアたち見落としてましたですかね?」
「新しいアトラクションなのかな?」
隣ではミラ・ラミュライユ(Mille fleurs・h11558)もこてりと首を傾げて建物を見つめている。ここまで遊園地の中を巡って全てのアトラクションを体験してきたはずなのに、『雪の女王のアイスミラージュ』は園内マップにも載っていなかった。どういうことかな、と疑問を共有し合う二人の後ろで、ルミュール・ラミュライユ(壁の花・h09685)はひとり頬を引き攣らせていた。
「これ、明らかに罠だよね……」
ルミュールも知っている、このアトラクションはさっきまでなかった。周囲には他の√能力者達もいる、簒奪者はこの建物へと自分達を誘っていると見てまず間違いないだろう。だからこそさてどうするか、と思案するルミュールだけれど、残念ながら彼と思考を同じくする者はここにはいなくて。
「でも、アトラクション全制覇のためには行かないという選択肢はないですよね! ミラちゃん、ルミュさん、行くですー!」
「うんうん、全制覇のためにも、とにかく入ってみるの!」
「って、ちょ、ふたりとも!?」
明らかに罠だと言ったのに、何の警戒もなく入ろうとする二人の少女。自分の声は聞こえていなかったのだろうかと不安になるルミュールだが、その時ミラが兄へと振り向いた。
「ルミュ兄は迷子にならないように、レアちゃんや私にちゃんとついてついてくるの!」
「いや、俺が迷子なの!?」
思わず突っ込むけれど、ここを抜けなければ簒奪者の元へは辿り着けないのだろう。ルミュールは覚悟を決めて、二人を追いかけた。
踏み入った鏡の迷宮は、あちらもこちらも壁が鏡になっている。
「鏡だらけです……全然方向がわからないのです……っ!」
鏡像に惑わされたら、方向感覚も距離感もわからなくなってしまう。どうしましょう、と慌てるレアだが、ミラはいつもと変わらぬ無邪気な笑顔で鏡を見回した。
「わぁ、レアちゃんとミラと、ついでにルミュ兄がいっぱいなの」
「……ついででも忘れないでいてくれるのは嬉しいよ、ミラ」
苦笑と共に言葉零して、ルミュールがミラの隣に立つ。二人の少女から、一瞬たりとも目が離せない。彼女らの動向にはらはらするルミュールは、そっと竜の尻尾を使って鏡の位置を確認しながら進んでいた。
その時だ。ルミュ兄が行けるなら大丈夫、なんて言って前へ出たミラが、瞬間壁に額を思い切りぶつけた。ごちんと重たい音がして、ミラの顔は見る間に不満げになってしまう。
「って、あ~むやみに突っ込むから……」
表情が曇ったのを見て、真っ先に動いたのはルミュールだ。おでこ冷やさないと、なんて言ってくるけれどいつもの過保護と思ったミラはそれをあっさりスルーして。
「むむ、また行き止まりなの。どうやったら奥にいけるのかな……」
そうレアへと声掛けたら、エルフの少女はぱっと何事か思いついた顔をして、自身のスマートフォンを取り出した。
「大丈夫です! 困った時はスマホで検索!」
『遊園地 ミラーハウス 攻略方法』。検索サイトでキーワードを入力すれば、望む回答がインターネット上に見つかる。
「手を前に伸ばして足元と天井の隙間を見て通路を探すのですね!」
「わ、攻略法! レアちゃんすごいの! 手を前に……」
「なるほどね」
さっそく手を前へ突き出してみるミラと、感心するルミュール。兄妹の反応にこくこくと頷いたレアは、それからにっこり笑顔をルミュールへ向けた。
「じゃ、ルミュさん、お先にどうぞですー!」
「え、俺が先!?」
先行するのは構わないのだけれど、二人を視界に入れておかないと忽然と姿を消しそうで不安でもある。結局、ルミュールは手を前へ伸ばしてその先に壁があるかを探りつつ、背後に二人がちゃんとついてきているかちらちらと確認して進むことにした。
「ルミュさん、遅いですよー!」
「仕方ないだろ、確認することが多すぎるんだから!」
「でもこれだったら、鏡にぶつからないの!」
そうしてわいわい賑やかに言葉交わしつつ、進む先。一番先に通路にいる存在に気付いたのは、レアだった。
「なんかキラってしたですよね?」
一瞬の光を見逃さず、少女が声上げ目を凝らす。そこにいたのは鉱石竜『オーアドラゴン』で、青く輝く体持つ竜は、三人に気付くと唸り声を上げた。
「ウウゥゥゥゥッ!」
「あっ、ドラゴン!」
「えっ、なんでドラゴンいるです!?」
無邪気に言って金色の瞳を輝かせるミラと、慌てるレア。次の瞬間、鉱石竜が身を震わせたかと思うと、赤熱させた鉱石を火属性の弾丸として撃ち出してくる。混乱の中に放たれる攻撃だったが、レアは魔導書を素早く取り出し振り回し始めた。
「きゃー、火の玉ですよ!? 丸焦げは嫌なのです!」
√能力の力篭めて揮う魔導書は、火の弾丸を弾き飛ばす。すると鉱石竜達が敵対の目を向けてくるけれど――ミラはそんな変化に気付かずに、敵の一体に近付くと無邪気に声をかけた。
「なんかゴキゲンななめみたいなの、おなかがすいてるの?」
はらぺこさんなのはかわいそう。そうミラは思うけれど、かと言ってこの竜はチュロスなど食べそうにない。解放の手段は倒すことしかないと自然と理解して、少女は錬金術で手元の詠唱錬成剣を強化した。
「えいっとやっつけるの!」
幼い体を活かした身軽さで、ワンピースを翻したミラは鉱石竜へ接近する。突き刺すように刃を繰り出せば、鉱石ごと切り裂く攻撃に『オーアドラゴン』が一体倒れた。
敵の数は多い、一体倒したところで次がくる。体を丸めて転がして体当たりかけてくる竜の攻撃をミラは避けられなかったけれど、負った傷はすぐに癒えていく。ルミュールの護霊操る√能力だ。
「俺も竜だから、おなかをすかせた子たちには同情の気持ちもあるけど」
でも、それでも。可愛い子たちに怪我させるわけにはいかないから。ルミュールは護霊を鉱石竜へと向かわせて、花の力でダメージを与えた。
ルミュールという回復手がいるから、ミラとレアは多少無茶や失敗をしても直すことができる。否、大丈夫だから無茶をしてしまうのかもしれないが。
三人は協力して鉱石竜『オーアドラゴン』を一掃すると、鏡の迷宮の奥を目指す。賑やかに会話しながら進めば、時間なんてあっという間で。やがて、三人は簒奪者の待つ場所へと辿り着いたのだった。
第3章 ボス戦 『闇纏う冒険者『ルシウス』』
●物語が終わる時
視界を惑わす鏡の迷宮で、鉱石竜を倒し道を進んで。光差す出口を見つけたEDEN達が辿り着いたのは――フェアリーテイルランドのエントランスだった。
入る時はあんなに賑やかに呼びかけていたキャラクターの歓迎アナウンスはもうない。代わりに響く明るい音楽、空に浮かぶ風船達、舞い散るコンフェッティ――新たな客を迎えるのをやめたその場所で、フォトスペースの本の置物に簒奪者は座っていた。
「やあ、来てくれたんだね。今日は楽しんでくれたかな?」
|水宝石《アクアマリン》の瞳で、EDEN達をひとりひとりゆっくりと眺める。そうして彼らの顔から何かを感じ取ったのか、闇纏う冒険者『ルシウス』は小さく笑って立ち上がり、屠龍大剣を引き抜いた。
「これが最後のアトラクションだよ。俺を倒せばこの遊園地は崩壊し、出入り口も開く。……でも、簡単にやられるつもりはないよ」
彼の手が、大剣の柄を握り締める。すると剣に嵌められた宝石から闇の霧が溢れて、禍々しく光る刀身を包み込んだ。
――彼の言う通り、この戦いが終われば遊園地は崩壊を始める。出入口はすぐそこだ、脱出が容易い位置、そして広々として邪魔なものもないエントランス。なるほど、余計なことは考えずに戦える――これが、簒奪者である彼が考えた『最後の|戦場《アトラクション》』なのだろう。
「さあ、始めよう。物語にはクライマックスが必要だ」
そうして、ハッピーエンドを掴むのが君達の役目だろう? 微笑み浮かべたままの『ルシウス』は、重たい剣を眼前に構え、EDEN達を待ち受けていた。
「うん、楽しめたよっ!」
闇纏う冒険者『ルシウス』の問いに、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は笑顔を浮かべて答える。
『ジャックと豆の木のスカイフォール』も『赤ずきんのフォレストラン』も、スリル満点でとても楽しかった。この遊園地を作ったのが簒奪者の彼であったとしても、エアリィはその素直な感想を言葉にして。
「あ、でも、途中の迷宮はちょっと目がくるくるーってなりかけたけど」
「はは、そのようだね。ずいぶんと派手に壊してくれたみたいだ」
ここへ至る鏡の迷宮について言及すれば、敵は可笑しそうに笑って応じた。やはり何処かから見ていたのだろう。であればこちらの戦い方も把握されている――エアリィは表情は崩さぬまま、静かに精霊刃と精霊銃を抜いて構える。
「うん、剣と精霊銃か。遠近両用の戦い方だね……かつての俺と同じだ」
右手に精霊刃『エレメンティア・ティアーズ』、左手に精霊銃『エレメンタル・シューター』。そのどちらもが主力武器であることを見ただけで理解したか、『ルシウス』は微笑みながら屠龍大剣を構えた。剣に嵌められた宝石が輝き、闇の霧が刀身を包み込む――その様を見て、エルフの少女は小さく呟く。
「宝石を使っての魔法って似ているなぁ」
誰と、とはエアリィは言わない。それを簒奪者に伝える必要はないから。ただ、剣も魔法も得意って厄介だね、と続けて――精霊銃の引き金を引いた。
「闇だけならそっちの方が強いかもだけど。あたしには六人の精霊達が付いているからっ!!」
凛と声を響かせて、撃ち出す魔弾は闇の冒険者の足元を狙う。敵は即座に地を蹴り後退したので当たらないが、想定の内。高速詠唱の時間が稼げればそれでいいのだから。
「世界を司る六界の精霊達よ、あたしに力を……」
エアリィが求める声に応じて、火・水・風・土・光・闇の六属性の精霊が彼女の元へ集まってくる。六色に輝く光はやがてエアリィを包み込み、彼女の力を増幅して。
とん、と軽やかに地を蹴れば、それだけで『ルシウス』の懐へ飛び込めるだけの速度が出る。瞬く間の接近に、簒奪者はその薄水色の瞳を見張って。
「精霊達とのコンビネーション、じっくり味わってねっ!」
明るく告げると、魔力纏った精霊刃を横薙ぎに揮う。その攻撃も神速の如くだったが、次の瞬間エアリィの手に震動が伝わる。ギィン、と響くは金属音。『ルシウス』の屠龍大剣が、盾のように彼女の剣戟を受け止めたのだ。
「すごいな、その小さな体で、複数の精霊の魔力を複合させるのか……ちょっと油断してたよ」
「えへへ、まだまだだよっ! 精霊達、もっと力を貸して!」
エアリィが声を響かせれば、精霊刃に更なる光が集まってくる。すると強化された刃は敵の屠龍大剣へ食い込んでいき――貫通される、そう察した闇の冒険者がその前に刃を引いた。
今度こそ、エアリィの攻撃は『ルシウス』の身へと届く。鎧も砕き懐に斬りつけた一撃に、簒奪者の青年が息を詰まらせる。けれど顔を上げた敵の瞳はぎらりとエルフの少女を見て、彼はそのまま屠龍大剣を振り下ろした。
(「反撃……! でもこれ、避けたら影響が凄そう!」)
大剣は宝石が放つ禍々しい闇の魔力に包まれている、横へ転がれば避けられそうな攻撃だが、それでは駄目なのだとエアリィの直感が告げている。だから少女は瞬時に防御の力を練り上げて、剣と銃を眼前でクロスしその斬撃を受け止めた。
ギイィィン、と、耳を裂くような金属音が戦場に響き渡る。受け止めたエアリィの体がじりじりと後退する――けれど、敵の攻撃は少女の体へは到達せず、そこで止められた。
「っ……!」
「お、おもーーいっ!! で、でも、耐えたから!!」
驚く『ルシウス』を前にして、思わずエアリィは悲鳴に近い声を上げた。巨大な屠龍大剣、しかも膨大な魔力を纏ったそれを受け止めたのだ。両手は震動でびりびりとして、しばらく休まないといけないかもしれない。涙目で後退するエアリィを、しかし簒奪者の青年は深追いしなかった。
「今の攻撃を受け止めるのか……EDENはすごいね」
さすが、彼女が集めた仲間だけあるな――そんな言葉は、対峙するエアリィの耳にも微かに届いただけ。|水宝石《アクアマリン》の瞳を細めた闇の冒険者は、屠龍大剣を構え直すと再び攻撃を待ち構えた。
闇纏う冒険者『ルシウス』は問う、今日は楽しんでくれたかな、と。だから|システィア・エレノイア《Shisutia Elenoia》(幻月・h10223)とクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は視線交わして、頷き合ってから答えを返した。
「あぁ。遊園地という場所で初めて遊んだよ。お陰様で、とても楽しかった」
「うん、楽しかったよ。……でも、楽しい時間がずっと続く訳じゃないよね」
言葉紡いだシスティアが、詠唱錬成剣『Alchemical Weapon』を抜き放つ。竜漿の魔力を受けて大剣へと形を変えたそれを、青年は握り締めて切っ先を簒奪者へ向けた。
「その武器……|錬金騎士《アルケミストフェンサー》か。大剣の扱いなら俺は負けないよ」
「俺達も負けるつもりは無い。……ミラーハウスのドラゴンについても聞きたいしね」
不敵な微笑み浮かべて屠龍大剣を構える『ルシウス』へ、システィアは厳しい視線を向け続ける。その背後では、『エレメンタルロッド』を構えたクラウスがそっと目を伏せていた。
(「彼はどうしてこんなことをするんだろう。そんな風には見えないけど、戦いを楽しみたいだけなのかな……」)
それだけのために、あのドラゴン達は苦しい思いをしていたのだろうか。クラウスの疑問は、システィアも抱くものだった。だから前に立つ青年が、共通の想いとして言葉を紡ぐ。
「鉱石竜をミラーハウスへ放ったのは恐らく、此処を用意したあなたなのだろう。どんな心境であんな酷いことを出来たのか……」
脳裏によぎるのは、『雪の女王のアイスミラージュ』で倒してきた鉱石竜『オーアドラゴン』達の姿だ。鏡に閉ざされた迷宮で、床に撒かれた僅かな鉱石を食みながら極限状態にいたドラゴン達。命を終わらせることでしか救えなかった彼らの存在が、二人の心に影を落としている。
責めるような口調になったシスティアの言葉に、闇纏う冒険者『ルシウス』は僅かに瞳を瞬いた。そしてそれから、小さく頷いて口を開く。
「ああ、なるほど。君達は、あの鉱石竜に同情しているわけだね。俺も可哀そうなことをしてしまったと思っているよ。……まさか、あんなに大喰らいとは思わなかったんだ」
語りながらも簒奪者は屠龍大剣握る両手に力を篭めた。瞬間、敵の体が沈み込み――システィアへと踏み込むから、彼は大剣を翻してその剣戟を弾いた。一瞬の打ち合いに火花が散り、再び二人は離れる。すると、何事もなかったように『ルシウス』が言葉を続けた。
「そもそもこの遊園地はどうせ僅かな時間しか存在できないからね。餓えに苦しむより先に|EDEN《君》達が倒すだろうと思ったんだ。うん、迅速に倒してくれてよかったよ」
「言いたいことは、それだけか……」
感情を押し殺した声を漏らし、システィアが闇纏う冒険者を睨む。想定外だと、彼は言った。けれどその言葉に反省の色はない。やはり分かり合える相手ではないのだ――確信を胸に、システィアは大剣を振り上げて敵へと迫った。
再び剣と剣とがぶつかり合い、金属音が戦場に響く。システィアが振り下ろす一撃を放てば、『ルシウス』は横へ移動して背後へ回り込み斬りつけようとする。それをシスティアが床を転がるようにして回避したら――簒奪者が次なる攻撃を繰り出すより先に、クラウスの詠唱が終わり√能力が発動した。
敵へ真っ直ぐ向けられた『エレメンタルロッド』、その杖の先に嵌められた宝石が三色の光を灯す。瞬間、眩い光が『ルシウス』の瞳を灼き、次いで飛び出した氷の鎖が彼の足を絡め取った。
クラウスの使う『|閃火《センカ》』は、異なる属性を連続で使うため難易度の高い能力だ。だから彼は青い瞳に力を篭めて術の行使に集中する。
(「大切なティアと一緒に帰るために」)
胸に少し苦い思いを抱えていたって、目的を見失わなければその手は決して緩まない。氷の鎖は、簒奪者の足をしっかり大地へ縫い止めている。
「くっ……!?」
敵の顔には焦りが浮かぶが、杖の先に生じる火球に気付いた青年は捕らえられたまま足を踏みしめた。受け止めようと言うのだ――彼の戦いは、反撃の時こそが勝負だから。
「させない」
短く言葉を紡いでシスティアが動いたのは、クラウスが火球を放つのと同時だった。光の鎖が周囲へ広がり、鳥籠のような牢が現れ『ルシウス』をその中へ閉じ込める。
「これは……っ」
いよいよ簒奪者は狼狽える、身動きができなければ、反撃を通して自身へのダメージを無効にすることも叶わない。そんな彼をクラウスの火球が飲み込んで、炎が消えるよりも先にシスティアが歯車を動かした。
「|時の牢獄へ繋ぐ魔法《ゲフェングナスト》」
光の歯車が回る。軋む音をかき消すくらい、鐘の音が鳴り響く。それらは時間を歪ませて、『ルシウス』の過ごしてきた時を遡る。
轟く音に苦渋の表情浮かべ頭を押さえていた簒奪者の青年は――一瞬、目を見張った。逆巻く時の中、何か大切なものを見たのかもしれない。そしてその過去は、そのまま『ルシウス』の心に傷をつける。
「何を感じるかはあなた次第だ」
静かに告げるシスティアは、彼の感じたものに興味を示さない。ただ苦しみながら後退する闇纏う冒険者の姿を見送って、クラウスと共に再び身構えた。
鏡の迷宮抜けてエントランスへと辿り着くと、|八束・牡丹《やつか・ぼたん》(牡丹爛漫・h05684)はエスコートしてきた少女を背に庇うようにして慎重に先へ進んだ。闇纏う冒険者『ルシウス』が、そこで待っていることに気付いたからだ。
「キャストによるお見送り……ではないようですね」
眼鏡の奥の琥珀色の瞳で、敵を警戒しながら片足を後ろへ下げて重心を低くする。いつでも戦闘を仕掛けられるよう体勢整える牡丹を前にしても、『ルシウス』は表情を変えず屠龍大剣を引き抜いて。
「さあ、始めよう」
冷えた瞳でそう告げる簒奪者に、ラミウム・オルター(|未来の大魔術師《ウィザード見習い》・h04880)も愛用の杖『リントヴルム』を取り出した。
「最後のアトラクションらしいショー……にしては物騒ですわね。挨拶は挨拶なのでしょうけれど」
言葉を紡ぎ、敵と対峙する。三者は睨み合い様子を見るが、『ルシウス』から動く気配はなくて。ふとそれに違和感を覚えた牡丹は、注意を払いながらも思考を巡らせる。
(「彼がこのダンジョンを造った簒奪者、にしては殺意が低い」)
敵の得物は大剣だ。動きに隙が生まれやすい武器のデメリットを補うために、先にこちらから仕掛けさせ反撃を狙っているのはわかる。しかし、それだけでは説明できない、空気の穏やかさ――そこが引っ掛かって、牡丹は傍らの猫獣人の少女へ意見を求める。
「ラミウムさんはどう思いますか? 彼……ルシウスさん、でしたか」
「彼の印象……ですか?」
敵には聞こえないよう、密やかな声で言葉を交わす。ちょこんと首を傾げて、ラミウムは考えながら答えた。
「そうですわね……楽しませたいのか苦しませたいのか」
少女にもわからないのだ、『ルシウス』の狙いが。だって、と彼女が続ける。
「簒奪者ならもっと悪辣な罠を仕掛けるべきではございませんか? ジェットコースターを途中で落とすとか。わたくし、すっかり楽しんで和んでしまいましたわ!」
「ああ、お聞きしたかったのはそういうことではないんですけど」
「え? 難しいですわ、牡丹様」
ぱちぱちと、赤く円らな瞳が瞬く。そんなラミウムについ心が解れて笑ってしまう牡丹は、『いえ、楽しかったですよね』と告げるのだが――彼女の言葉は核心に触れていると、気付いて顎に手を遣る。
「そうですよね……ここがはじめから彼の作り出した場所なのだったら、いくらでもやりようはあったはずです。ミラーハウスごと潰してしまえば多少なりともダメージはあったでしょうし」
なんて物騒な、と言われそうな発想だけれど――|合理的な《簒奪者らしい》考えでもある。
そうだ。これが、『EDEN達を油断させて、最後に不意打ち攻撃する』なんて作戦なら理解できた。しかし目の前の『ルシウス』は、ここまで来てカウンターを仕掛けようと待ち構えているのだ。そんなの、まるで――。
「ふふ、私には悪い魔女にも王子様にもなれず倒されることを望んでいるような……簒奪者としては随分と中途半端に見えますね」
違和感の正体を理解した。牡丹はラミウムへと目線で合図を送ってから、闇纏う冒険者へ向け声を張り上げる。
「わざと見つけられたかったりします? あなた」
「……どういう意味かな?」
とぼけるような返事をするのは、声掛けが囮と警戒しているからだろうか。そして敵が予想した通り、次の瞬間ラミウムの魔法が発動した。
「六つの円環、浮き上がるは胡蝶の群れ」
涼やかな声を響かせれば、戦場に生まれる光の円環が六つ。大輪の花が咲くように広がる環からは、無数の蝶の使い魔がその羽根を淡く光らせ現れて。光の蝶が、『ルシウス』を取り囲む。
「くっ……!」
ひとつひとつは弱い力の蝶だけれど、数が多いのだから全て受けてはいられない。簒奪者の青年は屠龍大剣を握り締め、魔法宝石が放つ闇を刃に絡め取ってそれを揮った。一部の光の蝶がかき消されていく――ラミウムの狙い通りだ。
「牡丹様の道を作りますわ! さあ、がつんと殴ってさしあげてくださいまし!」
「ありがとうございます……では!」
牡丹のハイヒールが、大地を蹴る。長い足をばねのように、奔る先は闇纏う冒険者『ルシウス』の懐。敵は巨大な大剣を振り下ろしたばかり、刃を返せない。
「取り敢えず……その顔に一発ぶちこみます! 沈む陽より速く──!」
ぐ、と握り締めた拳に、力が集まる。驚き目を見開く簒奪者の横っ面目掛けて、迷いなく突き出す高速の拳。敵は慌てて大剣を手放し腕で受けようとするけれど――そんな即席の防御で、牡丹の一撃は止まらない。
「ぐっ、あ……!」
腕ごと潰す勢いで頬に叩き込まれた一撃に、『ルシウス』がよろめき体をくの字に折る。その一瞬のやり取りを見て、後方のラミウムは得意げに胸を張った。
「これが牡丹様の王子様力ですわ!」
「……はは、ずいぶんと肉弾戦の得意な王子様だね」
返す言葉は軽いけれど、敵はふらついている。手応えを感じながらも、ラミウムと牡丹は次なる攻撃に備えて再び身構える。そう、まだ|戦闘《アトラクション》は続くのだ――彼が斃れるまで。
「もし、このアトラクションに名前をつけるとしたら……幸福な王子様でしょうか?」
杖を簒奪者の青年へと向けながら、ラミウムがそっと呟く。すると、それを聞いた『ルシウス』は自嘲気味に笑った。
「ああ、そんな童話もあったね。自己犠牲の王子だろう? ……でも、俺はもう誰かの王子様ではないから」
淡々と言葉を紡ぎながら、闇纏う冒険者は拾い上げた屠龍大剣を振り上げる。広がる闇の霧に包まれ笑う彼を、牡丹は静かに見つめて。
(「幸福の王子様、彼に寄り添う燕はいるのでしょうかね」)
そんな想いは、口に出さず。彼女は再び身構えて、次なる攻撃に備えるのだった。
鏡の迷宮を片手法で攻略して、やっと抜けた先はエントランス。
相変わらず上機嫌の『クソ怨霊』を追いかけてここまでやってきた|水縹・雷火《みはなだ らいか》(神解・h07707)は、そこで待ち構える簒奪者の存在に気付いて鼻を鳴らした。
「これは随分と大袈裟なお出迎えだな。お前がこのダンジョンの主か」
「ああ、その通り。この|遊園地《ダンジョン》から出たければ、俺を倒すこと。これが最後のアトラクションだ」
「なるほど。それで私達が来るのを待っていたのですね」
静かに頷く|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)、その声が楽しそうなのがわかるから、雷火はじろりと彼を睨んでから言葉を続ける。
「あのクソ怨霊の目的はどうせロクでもないことだろうけど、俺もお前に聞きたいことがある」
「ええ? 私はライカと遊園地で遊びたかっただけなのですが」
「だったら普通の遊園地に連れてけ、サイコパスクソ怨霊!」
話に横槍を入れられても、思わず突っ込みを入れてしまうのは雷火の性だ。大きくため息をついていじけて見せる洸。しかし、そんな彼が闇纏う冒険者『ルシウス』へ視線向ければ――その紅い瞳が、妖しく光る。
「ただ、そうですね……私の記憶が正しければ、あなたも幽霊だったはず。同じ幽霊として、あなたの未練には少し興味があります」
幽霊は、強い未練を残すもののはずだから。一音一音、言葉を声にする度に、洸の裡から禍々しい力が漏れ出てくる。それに気付いた簒奪者の青年が警戒するように屠龍大剣を構えても、洸は口を弧の字に歪めて呟いた。
「せっかく来たのですから味見しましょう」
「は……? 味見ってお前、これ戦闘だからな?」
洸の変化にやっと気付いた雷火は金色の瞳を見開き、敵へ向けて歩き出した彼へ慌てて声をかける。
「食事にきたわけじゃないからな、ちゃんと真面目に戦え……あぁ、聞いちゃいない!」
雷火は悟る、こうなってしまったらもう止めようがない。なんとなくそんな予感はしていたが――洸が普通の遊園地ではなく|遊園地ダンジョン《ここ》に来たのは、やはり興味向ける対象があったからなのだ。いつもなら頭を抱える場面なのだけれど、今日の雷火は諦めのため息と共に己が掌を突き出した。
(「手段はどうあれ、あの簒奪者をぶっ飛ばせれば最終的には良いか」)
そう、相手は簒奪者。倒さなければこの有害なダンジョンも止められないのだから、もう何も言うまいと雷火は心に決める。
それに、洸の好き勝手にさせるのもある意味で効率がいいことを雷火は経験で理解しているのだ。サイコパス的発想は時にリスク度外視の最短距離を取るから油断ならないのだけれど――此度そのリスクを被るのが|簒奪者《相手》であるなら、構うものか。
「天を趨れ雷霆よ、常闇を穿ち祓え」
雷火が祝詞唱える如く言葉紡げば、天はゴロゴロと怒り告げるように鳴り始める。屋内だろうと関係ない、彼の天雷は常闇へと降り注ぐ。幾筋もの雷が無軌道で避けることもできず、『ルシウス』はただ大剣を天へ向けて攻撃を僅かに受け止めるだけ――そこに、にやりと笑った洸が近付く。
「ではいただきます。あなたの未練は何ですか? それがあなたの負の感情なのでしょうか」
「はっ……!? それを、言う必要が?」
気配のない接近は、幽霊である洸だからこそ。闇纏う冒険者は慌てて後退するが、その口から滑り落ちたのははぐらかすような言葉だった。だから洸はますます笑みを深めて『いえ』と言葉を紡ぐ。
「話していただかなくても大丈夫です。感じ取れましたから」
「っ……!」
妖しく笑う幽霊の言葉に、『ルシウス』が息を呑む音が聞こえた。察したのだ、洸に『食べられた』のだと。だから青年は屠龍大剣を天へ向けて振り上げ洸へと斬りつけようとする。相手の部位を行動不能にする斬撃、それが狙うは洸の口。しかしそう来ることは読めていた洸は、『GdAzuriteM2024』に取り付けた刃でその攻撃を弾いた。
「いただいた不幸のお礼に、歌いましょう」
うっそりと笑みを浮かべた洸の唇が、紡ぎ出す歌は肉体を精神を崩壊させるもの。それを至近で耳にした簒奪者の青年は、呻き声を上げて後退した。
「なかなか美味しかったですよ。もちろんライカには負けますが」
敵を見送りながら赤い舌でちろりと唇を舐める洸と、息を荒げてこちらを見てくる『ルシウス』。二人の姿を見て、雷火は思う。敵の未練は洸が|食べた《・・・》なら、もう追及する必要はないだろう。けれどもうひとつだけ、雷火には知りたいことがある。
「おい、お前。何か、理由があるんだろ? ただ傷付けたり己の利だけでこんな遊園地のダンジョンを作るのは合理的じゃないし」
金色の瞳でひたと見据えて雷火が問えば、闇纏う冒険者は一瞬顔を顰めた。しかしすぐに口元を歪めて笑うと、彼は静かに答える。
「理由、ね。それはもちろんあったよ。でももういいんだ、俺の目的はすでに達成されている」
それだけ言って、再び屠龍大剣を構える『ルシウス』。雷火はその真意が汲み取れずに首を傾げたけれど――その傍らで、洸は可笑しそうに声を漏らした。
エントランスで待っていた闇纏う冒険者『ルシウス』は、EDEN達がやってきたのを見て屠龍大剣を構えた――けれど、相手が幼い姿の二人だった時は僅かに瞳を瞬く。
「こんな子どもまで……ああ、遊園地なんだから小さい子が誘われるのも当然か。巻き込むつもりはなかったんだけど」
そう言葉を紡ぐ『ルシウス』だが、その振る舞いに油断は一切ない。彼もわかっているのだ、|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)と|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)、二人は幼い子どもに見えて、裡に秘めた力はそれを遥かに上回るものなのだと。
簒奪者の青年の言葉が嘲りではないことがわかるから、二人は彼が用意したこの|ダンジョン《フェアリーテイルランド》について考える。先に無邪気な笑顔で答えたのは、ララだった。
「楽しかったわね天藍。ララはミラーハウスが気に入ったわ。お腹も膨れたしね」
「ああ、遊園地というものは初の体験であったが楽しかった。このような機会でなければ遊園地の甘味も制覇したかったのだがな」
まぁ遊ぶのはまた今度機会を設けようか。穏やかに語った天藍は、ふと自身の頭の上に揺れるものがある感覚を思い出した。そうだ、ここへ来てすぐにウサギ耳のカチューシャを買い、つけたままなのだった。すっかり忘れてしまっていたが――それもまた、遊園地を楽しんだ証拠と言えるだろう。
二人の感想に|水宝石《アクアマリン》の瞳を細めると、『ルシウス』は頷く。
「気に入ってくれたようでよかったよ。さあ、それじゃあ最後のアトラクションを始めようか」
敵が言葉紡ぐと、手に握る大剣に嵌められた宝石から禍々しい闇の霧が溢れる。それを見て警戒し、一歩前へと出るのは天藍だ。
「自らを物語の一部と位置づけるか。その殉道精神は立派やも知れぬが理解する気はないな」
氷の如き涼やかな|異彩の双眸《オッドアイ》を向けながら、掌を広げ凍気を操る。そんな彼の背後で、ララは表情を綻ばせて告げた。
「最後は戦? 楽しそうね」
それは一見、花のような愛らしさ持つ娘の言葉とは思えない。けれどそれこそがララなのだと知る天藍は、思わず笑った。手に纏う凍気も、少しだけかたちを変える。
「天藍、楽しませてもらったお礼をしなければ」
「お前は剛胆だよな。よい、その背は我が護ろう」
そうして天藍は下がり、入れ替わりにララが前へ出る。とん、と軽やかに、泳ぐように駆け出して。少女の唇は、楽しそうに|語る《・・》。
「おままごと、しましょ。天藍も一緒だもの、きっと楽しく遊べるわ」
瞬間、世界は塗り替えられて、桜の華が舞う。
「く……!」
簒奪者の青年も理解した、ここはもうララの|楽土《せかい》だ。救いを、奇跡を、齎せる彼女の神域――それを拒むように、『ルシウス』は大剣を振り上げ、白虹の聖女へと斬りかかった。
高速で振り下ろされる刃、けれどララには見えている。金色のカトラリーナイフ『窕』をひらり翻せば、刃と刃が重なりギッ、と音を立てる。瞬間、大剣の魔法宝石から闇が溢れそうになるけれど、それも破魔の|迦楼羅焔《光》で斬り祓う。
「……遊園地が壊れてしまうのは少し残念ね」
ぽつりと零す少女は、しかし放つ焔を緩めはしない。生命を食らい、傷を癒して。闇ごと焼却し尽くすが如き神聖なる焔。花のような眼差しで敵を見据えて穿てば――ぴょん、と視界に入る白い生物がいる。
「あら、うさぎ達がきてくれた。可愛くて頼もしいわ」
ララが微笑み見送るのは、天藍が召喚した雪うさぎだ。
「雪うさぎよ、ララとともにゆけ」
天藍の言葉に応じて、ぴょこんぴょこんと駆ける無数の雪うさぎ達。闇纏う冒険者はその群れに目を見張るけれど、ララの焔を凌ぐのに手一杯だ。
「そして、ルシウスといったか……お前の眠りが安らかなものであるように、|終焉《ふゆ》が見守ろう」
「っ……こんな、攻撃は」
雪うさぎ達に取り囲まれて『ルシウス』が瞳を揺らす。眠りへ誘う愛らしい存在に、彼は抗う。それが拒絶しているのは『敗北』ではないもっと別のもの。それを感じ取ったララは、焔を操りながらも静かに言葉を紡いだ。
「終わりが始まりであるように、誰かのハッピーエンドは誰かのバッドエンド。同じものなの」
少女の語りに、簒奪者の青年は一瞬目を見開いた。彼はEDEN達へ言っていた、『ハッピーエンドを掴むのが君達の役目だろう?』と。それは、彼が自身の|結末《エンド》を理解しての言葉。そこまでわかっているから――救済の聖天たる少女は言葉を止めない。
「だからね。お前にもいつか最善があればいい」
「くっ……! いや、だめだよ、俺にはもう……!」
ララの言葉に強く首を振って、『ルシウス』は大剣を横薙ぎに揮った。やっと止んだ焔に、灼かれた体で後退する。その姿を警戒緩めず見送りながら、天藍は淡々と呟いた。
「幸福と不幸は視点の違いに過ぎず同じもの、か。確かにその通りかもしれぬな。だが、そうは割り切れぬし実際はただの悲劇でしかない出来事もあるのだよな」
「そう? ヒトって難しいのね。美味しくない悲劇で終わらせるなんて」
子どもの見目した二人は、超越者の視点で簒奪者を見つめる。子どもも、童話も、時に残酷なもの。二人の視線に口を歪めて苦笑いした『ルシウス』は、重なるダメージにひとつ、重いため息を吐き出した。
楽しんでくれたかな、と尋ねられて、|八代・霖《やしろ りん》(天泣・h01795)は紫陽花のような瞳でちらり隣の友人の顔を見る。問いの答えは肯定だ、確かに楽しかったと霖は思う。しかし、それを素直に言葉に出してしまうのは恥ずかしかったから、彼女は押し黙ってしまったのだ。
瞳を伏せる少女の隣で、サテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)は一歩前へと歩み出て弾む声で答える。
「楽しかったです! 忘れられない一日でした」
金星の瞳をきらきらさせて告げる、けれどそこにはちょっぴり陰も射す。だって、その言葉は終わりへと向かうものだ。名残惜しさが、寂しさを胸に湧き上がらせる。
そんなサテラの心を理解してか、霖はそっと彼女の肩に触れた。ぱちり、瞬く彼女へ目配せひとつ。ちょいと頭のウサギ耳に触れて見せれば、サテラも表情を綻ばせて頷いた。
そうして、霖は闇纏う冒険者『ルシウス』をひたと見据える。
「確かに君を倒せば全てが終わるだろうね。物語にはクライマックスも必要だけれど、それを勝手に他人に決められるというのは僕はあまり好きじゃない」
冷静な瞳で、口を開けば紡ぐのは淡々と、しかし真っ直ぐな言葉だ。
隣でサテラも小さく、けれど確かに頷いて考える。クライマックス、その先に待ち受ける結末――それはつまり、この簒奪者を倒して人々を惑わす遊園地を崩壊させ止めるというエンディング。
サテラは思う、彼のクライマックスはあまりにも整いすぎていると。まるで最初から――そう、エンディングまでが全て決められていた台本のようで。自分達はその舞台に上げられたにすぎないのかと、そんな気さえしてしまうのだ。そして、それは霖も同感だった。
「僕の物語は僕が決める――そうだよね、サテラ」
「ええ。物語の終わりは誰かに与えられるものではありません。私達が歩んできた時間も、選んできた道も……すべてが、結末へと繋がる星の軌跡ですから」
二人が交互に語れば、『ルシウス』が眉を跳ね上げるのが見えた。しかし彼は何も答えず、屠龍大剣に魔法宝石の闇の力を纏わせる。否、答えないのではない、答えたくないのだろう。僅かに彼の焦りが見えるからこそ、二人は確信と共に自身の選ぶ道を宣言するのだ。
「だから。あなたの望む“終わり方”には、従いません」
「ああ。君が紡ぐ結末よりも素晴らしい結末を紡いでみせる。だから、僕達は立ち止まらないよ」
「……そうか。君達は眩しいくらいに真っ直ぐだね。どんな道を通っても、結末は大きくは変わらないのに……!」
吐き出すように語ると、闇纏う冒険者は地を蹴った。ここまでの戦いを見てきた二人は知っている、彼はカウンター主体の戦い方をしてきたはずだ。しかし自ら仕掛けてくる――それは、|結末《エンディング》が近い何よりの証拠。だからこそ、今ここで流れを変える。
「月が満ちるまで。」
言の葉を唇に乗せて、サテラは『月奏弓』に星の如き矢を番えて引き絞る。指先に宿るは、星の旋律。それは終焉を告げる一射ではなく――物語を|続ける《・・・》ためのものだ。
「っ、やられるのは、君の方だよ……!」
星の一矢を躱そうともせず、『ルシウス』はサテラに迫ろうと踏み込んでくる。しかしその瞬間、彼女の弓から放たれる制圧射撃。足元を狙う攻撃に阻まれ立ち止まる簒奪者へと、さらに次の矢を。止まぬ攻撃は反撃を隙を与えずに、大剣で弾けるのも一部に過ぎない。その全てが、終わりを齎すものではなく。その先へと続く、無限譜の一矢なのだ。
「くっ……!」
肩に、腕に、胴体に。降り注ぐ矢に簒奪者の青年が苦渋の声を漏らす。しかし敵はまだ膝をつくつもりはないようだから、霖はぽん、と音立て傘を広げた。それは雨使いたる彼女の触媒だ。
「さぁ、君に降る雨は何色かな」
透き通った傘の下、そっと微笑みながら霖が告げれば、周囲に花散らしの霖雨が降り注ぐ。しとしと、しとしと、強くはないけれどただひたすらに降る雨粒は七彩に燦めいて。『ルシウス』は慌ててマントを被り防ごうとするけれど、雨は沁み込み彼の体を|冷やして《蝕んで》いく。
「ところで、僕は少し、察しが良いタイプでね」
傘をくるりと回しながら、霖は唇噛む冒険者へと近付き言葉を紡ぐ。
「君が求めているクライマックスは本当にこのようなものなのかな。なんだか、君は……|これ《・・》では満足していないように見えるけれど?」
含みを持たせた言い方に、敵の|水宝石《アクアマリン》の瞳が大きく見開かれる。『どこまで察してるんだい?』そう呟くように問いながら――ため息を吐き出して、彼は静かに答えを返した。
「満足なんて始めから求めてないさ。俺は、俺の役割を果たすだけだよ。でも、だからこそ……君達には最後まで楽しんでほしいんだ」
賑やかに楽しく、探索続けた鏡の迷宮。やがて、視線の先に光射す出口があることに気付いてミラ・ラミュライユ(Mille fleurs・h11558)が歓声を上げる。
「あっ、迷宮の出口なの!」
早く早くと、友人の手を引きながらミラは駆け出す。出口を潜り外へと出れば、レア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)は疲れた顔をしていて。
「やーっと鏡の迷宮から出れたのです……っ。あれ? なんか見覚えのある景色じゃないです?」
のろのろと顔を上げれば、夜明け空を映すような瞳がぱちりと瞬く。本を模した置物の横に並ぶ、可愛らしいマスコットの像。見間違いではない、それは確かに今日この遊園地を訪れた直後に記念写真を撮った、エントランスの像だった。
「えー!? なんでエントランスに??」
「……入口に戻ってきちゃった?」
目を真ん丸にしてレアが叫べば、隣ではきょとりと首傾げる少女。ミラ・ラミュライユ(Mille fleurs・h11558)もさっきのマスコットさんなの、と言葉紡げば、レアは閃いたと言うような顔で言葉を続けた。
「はっ! これ、もしかして、簒奪者の罠……!?」
「罠!? なんて巧妙なの……!」
レアの名推理を聞けば、ミラにもまた衝撃が走る。慌てる二人にやっと追いついて、ルミュール・ラミュライユ(壁の花・h09685)は思わず呆れた顔をしてしまった。
「……いや、ずっとわかりやすい罠だったし」
「えぇっ!? ルミュさん、気づいていたんです?! それならもっと早く言ってくれてもよかったのですー」
「ルミュ兄! レアちゃんの言う通りなの、なんで教えてくれなかったの!?」
「いやいや、俺、ずっと言ってたよねっ??」
そう、ここまでずっと、どう見ても罠だとルミュールが警告したところで全く聞いてこなかったのは二人の方だ。責められれば妹達の理不尽さに苦笑してしまう青年だが――その時、ふと近付く気配に気付いて振り向いた。
「え!? 君は……?」
「ずいぶんと仲良しなようだけど。そろそろいいかな?」
驚きに瞳を見開くルミュールを前に、言葉を紡いだのは簒奪者の青年だ。金色の髪に|水宝石《アクアマリン》の瞳。穏やかに笑う彼は、得物を持ちながらも三人へ問いかける。
「今日は楽しんでくれたかな?」
「っはい! 楽しいアトラクションいっぱいでレア、めっちゃ満喫できました!」
満面に笑みを浮かべて、即答したのはレアだ。それにミラもこくこく頷いて、頬を薔薇色に染めながら感想を述べる。
「とっても遊園地楽しかったの。でも、剣で人を傷つけるようなアトラクションはダメなの!」
「そうです、剣はダメですね……危ないのです」
少女達はわかっている、現れた冒険者が倒すべき存在なのだと言うことを。だから真剣な顔でそう語れば、彼は苦笑を浮かべて。
「君達が求めてなかったとしても、これが最後のアトラクションだよ。危ないことはだめだと言うのなら、そっちのお兄さんに相手してもらえばいいのかな?」
口元歪めて屠龍大剣を抜き放つ青年は、ルミュールへと視線を向ける。目が、合った。そこでルミュールは確信する。目の前の簒奪者と、知り合いの青年の顔が重なって見えたけれど――これはきっと、他人の空似などではない。
「……やっぱり、ルシウスくんなのかい?」
「……うん?」
震える唇で呼んだ名に、青年は一瞬、手を止めた。
「……ルミュ兄? 知ってる人?」
いつになく真剣な表情の兄を見てミラが首を傾げるけれど、ルミュールはこんな形で再会した彼に驚きを隠せていない。そうだ、√ドラゴンファンタジーのとある冒険王国で花屋を営む彼は、彼のことを知っていた。彼――ルシウスは、ルミュールの店を利用したことがある。それはたったの一度きりだったと記憶しているけれど、その後も彼の姿はよく見かけたから。
「――どうして」
ぽろりと零れた声は、掠れていた。だってルミュールは知っている、彼の知る冒険者のルシウスは、もうこの世にいないはず。彼の一周忌のための手向けの花を束ねた時から、まだ季節も変わっていない。
闇纏う冒険者『ルシウス』は、呆然とする彼をじっと見て――それから僅かに瞳を伏せた。
「……ああ、そうか。はは、これはちょっと……気まずいな」
はっきりとは告げないけれど、苦笑浮かべて声を落とす。簒奪者のその言葉に、花屋の青年はやはり知り合いと目の前の彼が同一人物なのだと理解した。
『ルシウス』は大剣を持ち上げ、眼前に構えている。こちらの出方を伺うようではあるが、和解などはする気がないこともわかる。わかっていても、胸に込み上げる言葉がある。だから、ルミュールは堪え切れずに想いを唇に乗せた。
「ルシウスくん。君が俺に花束を頼んだ時のこと、覚えてるかい? 彼女が喜びそうだから、って。なのに、なんで」
悲哀の表情を浮かべて、花屋の青年が問う。すると、簒奪者の青年は自嘲気味に微笑んだ。
「ああ。君の顔を見て思い出したよ。あの時はありがとう。――でも、俺はもう花束は贈れない」
言い切った瞬間、『ルシウス』は地を蹴り駆け出した。握る屠龍大剣が、闇の魔法宝石の力に覆われていく。これ以上話す必要はないと告げるように、闇色の刃を振り上げ迫る簒奪者――その姿を見たルミュールは、答えがないことに『やっぱり』と思っていた。身の上を語るようなシーンではない、元から期待などしていなかった。それは、花屋としての彼のポリシーでもある。
(「詳しくは聞かないけれど、その心に花を添えるのが俺の仕事」)
だから、ルミュールは掌の中に四葉のクローバーを生み出す。巻き起こる風を弾丸のように射出すれば、花嵐が簒奪者の青年を襲った。
嵐にその身を傷付けられながらも、『ルシウス』は踏み込んでくる。
――しかし、そこで視界はひらり舞い込む蝶に遮られた。
「お知り合いなのですね」
魔導書を開いたレアが、そう呟いた。ルミュールが会話をしている隙に敵とは距離をとった、一歩も動かない決意を固めて、操るのは無数の幻影の蝶々だ。きらきら、妖精の粉みたいに鱗粉を撒きながら蝶々は飛ぶ。その輝きは周囲に広がる闇の霧を包み込み、蝶の羽ばたきで反射した。
「まるっと全部お返しするです!」
レアの高らかな宣言と同時に、霧は対象を反転させて『ルシウス』を包み込もうとしている。驚き屠龍大剣を引き寄せた敵の手が、次の瞬間その剣を振り回し霧を消していく。反射の攻撃は効いていない――それでも、まだミラがいる。
「レアちゃん、ありがとう!」
明るい声で礼を告げると、ミラが詠唱錬成剣を手に蝶々の中を駆け抜けていく。その身体には、四葉の祝福がもたらされている。回復も攻撃も、ルミュ兄がきっとしてくれるはず。だから、少女は躊躇いもせずに踏み込んでいくのだ。
「えいっ!」
|対標的必殺兵器《ターゲットスレイヤー》へと瞬時に変形させて、伸びたリーチ分で簒奪者の懐に刃を届かせる。それは、瞬く間の出来事だ。『ルシウス』は大剣で受け止めようと動き出すが、間に合わない。体に深々と刻まれた傷に思わず眉を寄せながら、青年は一度後退した。
「なるほど、子どもと思っていたけどなかなかやるみたいだね」
「まだまだ、レアちゃんと一緒に頑張るの!」
無邪気な笑顔を浮かべて、ミラが答える。それにこくりと頷くレアは、更に戦場に蝶々を増やしていくのだった。
双子の兄弟がエントランスへ辿り着く頃には――待ち受ける簒奪者は、すでに消耗していた。
EDEN達の攻撃に、傷付いた闇纏う冒険者『ルシウス』。しかしそれでも、彼は|水宝石《アクアマリン》の瞳を細めて新たな客を迎え入れる。
「やあ、君達が最後のお客さんだね」
声をかけられれば眉を顰めるのは、鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)だ。
「あいつが遊園地に招いてくれたっぽいな」
「うん、そうみたいだね」
双子の兄、鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)の相槌を聞く間も、アベルはただ『ルシウス』を睨んでいた。
(「……一緒に遊べたことに感謝してもいいかもな、とは思うけど」)
この|遊園地《フェアリーテイルランド》を楽しんでほしい想いは聞いていた、だからアベルなりに感想を延べようかとも思ったのだけれど。これは簒奪者に言っていい言葉ではないと判断して、身を低くし戦闘の構えをとった。
(「それに、だ。カインとはまた、別のとこに遊びに行けばいいし」)
そうだ、遊園地はここだけではない。何も特別に思う必要はない。思考巡らせれば自分を納得させることに成功して、アベルはただ短く片割れに伝える。
「倒して、家に帰ろうぜ」
「そうだね、倒して帰ろう」
ふ、と微笑みを口元に浮かべて、カインが答える。彼もまた懐の爆弾をいつでも取り出せるよう構えるけれど――そのまま、何でもないように唇を開いた。
「君がこの遊園地を? おかげさまで楽しかったよ」
「……兄貴」
アベルが声を重ねる。まただ、考えるだけで飲み込んだ言葉を、まるで最初から自分の裡にもあったようにカインは相手へ伝えてしまう。
「だから、最後まで楽しませてもらおうかな。ね、アベくん」
微笑みかけるその顔見れば、アベルの代わりに伝えたつもりでいるのがわかる。ちょっと得意げなその表情に、ほんとこの兄貴は、なんて思うアベルも小さく笑って返すことにした。
双子の二人に言外のコミュニケーションがあることを観察しながら、『ルシウス』は屠龍大剣を構えた。『最後まで』、カインの告げた言葉の意味はよくわかっている。簒奪者は求められるままに|戦闘《アトラクション》を提供する――それが当たり前であるかのように、彼は大剣へと闇の魔法宝石の力を纏わせている。その姿見て、カインはひとつ揺さぶりをかけてみることにした。
「君には誰か、楽しませたかった人がいたのかな?」
「……どうしてそう思うんだ?」
「だってこんな凝った遊園地、気まぐれで作らないと思うから」
微笑みながらカインが問えば、簒奪者の青年もまた笑った。双子の出方を油断なく伺いながらも、彼は言葉を紡ぐ。
「俺が楽しんでほしかったのは、君達EDENだよ。特定の誰かじゃない。……そうして、楽しかった、と伝えてくれればそれでいいんだ」
誰に、とは『ルシウス』は言わないし、カインも問わなかった。ただ、『そう』と短く頷いて――青い瞳で敵の呼吸を観察し、一瞬の緩みに合わせて懐の手榴弾を投げつけた。
「くっ……!?」
警戒は怠っていなかった、それでも不意打たれたのは、カインが左瞳の機械眼で計算したタイミングが完璧だったからだ。さあ、派手に爆発させよう。そう告げて繰り出す捕縛弾は大剣で弾き躱した『ルシウス』だが――その背後に、アベルが肉薄する。
「あんた、大人しく見送りは出来ないんだな。楽しい気持ちでいさせてくれたらよかったのに」
ぼそりと伝える言葉に、顔を上げたのは『ルシウス』ではなくカインだった。弟のお喋りを、珍しいと見守っている。その視線は嫌なんだよ、なんてアベルは思うけれど、言葉はまだ止めない。
「遊園地なんて、ちゃんと行ったことなかったけど。あんたは? 誰かと行った事ないのか?」
「うん? そりゃあ遊園地のひとつやふたつ、行ったことあるさ。家族や、友達とね」
問いに答えつつ、闇纏う冒険者は屠龍大剣を横薙ぎに揮った。一気に身を屈めることで、アベルはそれを躱す。口ぶりからわかった、この簒奪者はこうなる前はきっと恵まれた環境にいたのだろう。少なくとも、明日をも知れぬ√ウォーゾーン暮らしの自分達よりはよっぽどいい暮らしだったはずだ。思考巡らせていればいつの間にか感情が口元に表れていたようで、カインのくすくす笑う声でアベルはそれを悟った。
「今度ちゃんと遊園地に行こうか、みんなで……」
「カイン、黙ってろ。隙作るから」
カインの撒く爆弾達の流れに逆らうように、双子の兄の隣に立つとアベルは小さく告げる。そしてそのまま――がちりと奥歯を噛みしめて、爆弾の起動スイッチを押した。
連鎖で爆発が起きるのは、一瞬のことだった。アベルの右腕が爆破で吹き飛んだかと思うと、すぐさま『ルシウス』の同じ部位も爆破される。利き手を落とせば大剣も落ちる、これで完全に無効化できるとは思わないが、隙を生むにはじゅうぶんな行動だ。
「っ……! まさか、そんな攻撃を」
簒奪者の青年が、|水宝石《アクアマリン》の瞳を見開いた。腕を落とすなんて互いにリスキーな行為なのに、なぜこの双子の弟はそれが選べたのだろう。しかしその浮かぶ疑問が解決されないまま、彼の体は幾筋もの光に貫かれることになる。
「俺も痛いけど、こっちはひとりじゃないからな」
重なるダメージに息を詰まらせた『ルシウス』へ、アベルが言葉を紡ぐ。自分が傷を負っても、|片割れ《カイン》が勝利してくれれば勝利なのだ。絆の強さを主張する彼へ――『ルシウス』は、膝を折りながらため息を吐き出した。
「なるほど。その信頼関係に、俺は負けるってことか。……それもまた、エンディングとしてはいいかもね」
言葉を紡ぐ簒奪者の青年の体は、カインが操るレイン砲台で穴があいていた。そのまま『ルシウス』はその場に倒れ込み、そしてゆっくりと消滅していく。
――終わりは、静かなものだった。作り手を失った遊園地ダンジョンもまた、『ルシウス』に合わせて崩壊を始める。
「あ、これやばいな、あに」
兄貴、と。アベルが呼びかけを言い切るよりも早く、カインの手が弟の肩に回される。
「……あとで治療と一緒にお説教だね、アベくん」
「……う」
アベルは思わず言葉に詰まる。否、あの場面では連鎖爆破が最善の選択だったのだ。そのはずなのに兄の青い瞳を見れば言い訳もできなくて、アベルは彼の肩を借りながら|遊園地《フェアリーテイルランド》から抜け出す。
僅かな時だけそこにあった、EDENのために作られた遊園地。そのダンジョンは楽しい時間を作り出し、EDEN達の思い出に残ろうとしたのだ。ここで過ごした時間をどう思うかは、訪れた者達に委ねられている。