シナリオ

夢現堂は春を待つ

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√妖怪百鬼夜行
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。

夢見月・桜紅
ミカエラ・ルミナス

 妖怪百鬼夜行の世界にある、コクリコ商店街。
 昼と夜の境目があいまいなその通りでは、人間も妖怪も等しく肩を並べて暮らしていた。

 そんな或る日のあたたかな光の中、ふわりと牡丹の花弁が舞い降りた。
 花の香りを追いかけるように、柔らかな風の導くままに。
 花のような少女ミカエラは、舞う軽やかな足取りで何処か懐かしさの残る此の街へと訪れていた。
「まあ……大きな木」
 透き通る玻璃の眸に映るのは、見上げるほどに空を覆う大樹。
 確りと地に根を張り、支える幹は太く、広がる枝葉は空を抱く。
 まるでこの地を守るかのように両手を広げ、そよそよと風に揺れる葉は古い物語を囁いているようだった。
 その大樹の麓の傍にひっそりと佇む、古めかしい一軒の民家が目に留まる。
 軒先に掲げられた蔦の絡む看板には達筆な【夢現堂】の文字。
 ミカエラは眸を瞬かせながら、惹かれるままにその建物の扉にそっと白い指を伸ばした。
 ――古い木の扉は軋んだ聲を立ててゆっくりと開く。
 からん……、と鈍いドアベルの音が室内に鳴り響いた。
 中は古い紙の匂いとほのかな甘い香りが混ざり合い、陽だまりのような穏やかな空気が広がっていた。
「わあ……素敵な場所」
 見覚えはないはずなのに不思議と懐かしさを感じるその空間で、ミカエラは木の棚と古書の香りを静かに吸い込んだ。

「……あら、お客様です、か?」
 ベルの音に気付き、奥から柔かな声が掛かった。
 本棚の間からひょこりと顔を覗かせたのは、艶やかな黒髪に深紅の眸を湛えた少女だった。淡い桜色の衣を身に纏い、にこりと柔和な笑みを訪れた客人へと向ける。眸に花のようなミカエラの姿を捉えれば、その愛らしい姿に思わず「まぁ」と少女は口許に手を添えた。
「可愛らしいお客様です、ね。――古書店【夢現堂】へようこそです、よ」
 その言葉に「ふふ」とミカエラも表情を綻ばせて。
「こんにちは、愛らしい君。夢現堂……素敵な名前ね?」
 深紅の眸の少女はこくりと頷きながら嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます。――ああ、申し遅れました。私は店主の夢見月・桜紅、と申します」
「桜紅……? 可愛い君にぴったりの名前」
 桜のような儚げな姿と、湛える紅色の眸に相応しく可憐な。
「僕はミカエラ、どうかミュカと呼んで?」
 月光を梳いたような灰桜の髪を揺らしながら、ミカエラは人懐こく首を傾げてみせる。
「ミカエラ、さん……ミュカさんです、ね」
 あなたのお名前も可愛らしいですよ、と桜紅はもう一度口許に指を添えながら応え。文字通り花の妖精のような愛くるしい客の訪れに、いつもは静かな店内の空気も不思議と華やいでいる気がしたのだった。

「――ミュカさんは、何かの本をお探しなのでしょうか……?」
 桜紅は注いだお茶をミカエラに勧めながら、そっと無垢材の椅子と机に腰を掛けた。
「実はお散歩していたらこちらのお店が目に留まって……もちろん本も気になっているのよ」
 向かいに座っていたミカエラは熱いお茶の湯呑を受け取り、少し冷ますように息を吹く。
「ふふ、そうなのですね」
 桜紅は微笑ましそうにその様子を見ながら、軽く周囲の本棚に視線を移した。
「でしたら……ミュカさんの運命の本も、此処で見つかるかも知れません、ね」
「……運命の、本?」
 漸くお茶をひと口含み、喉を温めたミカエラはその言葉に復唱する。
「はい。その方の為だけの本、というのがこの古書店では稀に見つかるの、です」
「あら、それは素敵ね。ふふ、どんな本に出会えるのかしら」
 もし探す時は、私にもお手伝いさせてくださいね。と桜紅が微笑めば、ミカエラも嬉しそうに肯定した頷きを返す。
「……良ければ、お菓子もいかがです、か?」
 今日は丁度、練り切りとケーキがあるんですよ、と桜紅が席を立ち上がれば、ミカエラは隠しきれない様子でぱあっと笑顔を咲かせて。
「まあ……! 練り切りとケーキ!」
 その弾んだ声に桜紅も察したように眸を瞬かせ。
「私、甘い物が好きでし、て……。もしかしてミュカさん、も?」
「ええ! 桜紅も甘いものが好きなの? 僕も甘いものが大好きなの!」
 お揃いで嬉しい、と顔を見合わせて思わず表情が綻ぶ少女たち。
「僕はね、特にパンケーキが好きなの」
「パンケーキ……! ええ、美味しいですよ、ね」
 香ばしく焼き上げたふわふわ生地に、バターとはちみつやメープルシロップをたっぷり注いで食べる至福のひととき。その香りと味を想像しただけでもなんだかお腹が減ってきてしまう。
(……くぅ。)
「あら」
「まぁ」
「ふふ……話していたら甘いものが食べたくなっちゃったわ」
 ミカエラは少しだけ頬を染めて表情を緩めると、桜紅もつられてふわりと頬を綻ばせる。
「お腹がすくのは、元気の証拠です、よ」

「……ねぇ桜紅、ちょっと外へ食べに行かない?」
 とミカエラは少し悪戯っぽく人差し指をちょんと口許へ添えながら片目を細めた。
「まぁ! ふふっ、それはとても素敵な提案です、ね」
 桜紅がぱあっと顔を上げれば、ミュカの白く華奢な手がそっと差し出された。
「――可愛らしい桜のお姫様。君のこと、少し攫ってもいいかしら?」
 姫を攫う王子さま然とした言葉を囁きながら。けれど、差し出された手は春のあたたかさに溢れていて。桜紅は少し驚きながらも、静かにその手を取った。
「……ええ、可憐な花の王子様。私を何処かへ連れて行ってください、な」
「ふふ、ではまずは――。パンケーキのお店ね!」
 ミカエラは桜紅の華奢な手を引いて、そのまま店を飛び出す。
 駆け出すように手を取られ、でも心は楽しさに満ち溢れていて、桜紅の表情からも自然と笑みが零れ落ちた。

 ――カラン、と再び扉を開く音が鳴り響き。牡丹と桜、二人の少女は木漏れ日が舞う午後の街へと走り出した。
「さあ、甘いものを制覇しちゃいましょう!」
「……ふふ、とっても楽しみ、です」
 その笑い声を見送るように、街を見守る大樹の葉がさわりと揺れた。
 静まり返った古書店の棚の奥で、一冊の古い本が幽かに頁をめくる。
 まだ誰の名も記されていない白い頁に、ひらりと牡丹の花弁が舞い降りた。

 静かな古書店から始まった二人の出会いは、甘い香りとともにそっと物語の続きを紡ぎはじめていた。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?