シナリオ

そらにあいすべきつばさを

#√妖怪百鬼夜行

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 #√妖怪百鬼夜行

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●自由な空は大きくて
 空に憧れが在るの。だってあんなに広いのよ?
 自由な空なの、そう――自由なのよ何よりも。
 高く高く飛び上がったらどんな景色が見えるのかしら、雲の向こうはどんなに清々しいのかしらって願うってしまうのよ、この背中に"翼"があったのならって。
 どうしたの、与太話よ。在りえないわ。そんなこと。
 でも――願ったなら、叶うのが、人生ってモンじゃない?

 願いましたね。願っているのですね。
 空を愛する者よ。人でも妖怪でも構いません。地にのみ生を縛られし者よ。
 いいでしょう。聞き届けましょう。叶えましょう。
 願ったならば、回遊を可能にする|一翼《いちよく》を授けましょう。
 代わりに飢餓を付与しましょう。
 翼を得る、代償と言い換えてもいい心地を、あなたに。その翼は、食欲を糧に空を征くでしょう。代償は重く、目移りがあなたを襲うでしょうが、そちらはご自分で対処するといいでしょう。さあ、さあ飛び立つのです。
 その眼で何を見て、何を得て、何を見るかは――あなたの自由、なのですから。
 叶えた代わりにわたしは自由。そういうものですよ、自由の"翼"というものは。
 願いの代わりの対価は、――わたしを自由にする、ただそれだけ、なのですから。

●心は軽く羽のよう
「先輩は、空を飛びたいと思ったことは在る?空に憧れがあったりする?」
 単純に、疑問として口に出したアレスター・ペクスパンテーラ(彷徨の歌・h06027)は、興味の範囲で尋ねた。答えは人それぞれ、在ることだろう。正解など、ないとも。
「そらはひろくて、とおくて、どこまでもつづいているからね。空に近い展望スペースとかにいくひとはいるね、気持ちはわかるつもり……なんだけど、空を飛ぶ要素を持たない人間の女の人がさ、色んな姿の妖怪の陽気な姿、鳥の自由に羽ばたく姿、色んなものを目撃してて生きる中で"自分も空を飛んでみたい"という願いを、日々強く持っていたようなんだよ。それがついに、ある古妖の封印の地で引き寄せられてしまったようでさ。広い広い、海を見て。空と海の広さに当てられて、願いと引き換えに、自由にしてしまったようで……」
 アレスターが自分の翼を指でつまむ。
「封印を解いた女の人は……その背中には、大翼を生やして貰った。ちょうどぼくみたいにね。古妖の復活に呼応するようにして、その地域はみんな、相応の翼や翅をその背中に生やしている事案が発生してるっぽくて……鳥人だらけなんだ。真っ白の"天使"の翼、飛竜のような翼、虫の翅(どの場合でも自力で飛翔できるもの)と多種多様な樣子で混乱を極めているみたいなんだよ。誰も彼もが空に憧れてるわけじゃないし、邪魔だからと切り落とするなら本物すぎる痛みが襲うようで、流血沙汰案件になるらしいし。飾りではない、というのがぼくの見解だよ」
 事件解決まで、その翼は能力者の背中にも在ることだろう。
 元から翼を持つのなら、更に一対増える。
 片翼しかないのなら、両翼が揃う形で生える。
「事件の収束で消えるだろう、摩訶不思議な古妖パワーによって発生した物理的な翼だけど……何かを成し遂げるにはエネルギーが必要、ってやつでね。今回の事件では、『飢餓感、空腹感』が襲ってくるみたいなんだ、古妖もつ要素の影響に引きずられているんだと思うよ。もしそれが欠落してる先輩でも『焦燥感や衝動』に置き換わって襲われるのかもだね……。現地では、それはもう見事に、元気を失ってる人が多いよ。翼に活力を奪われてる人や妖怪が多いし、その中でも封印解除に関わった女の人も混ざってる。まず、『頑張るあなたにエールを』送ってあげてもいいかもね、友人宛でも、現地の人でも。頑張れって、背中を押して貰える時、再び羽ばたく気力が、案外湧くものだからさ」
 ただし、奇妙な事件である事実は変わらず――期間限定のものだから。
 あくまでファンタジーに事を済ますほうが、良いだろう。

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第1章 日常 『頑張るあなたにエールを』


リズ・ダブルエックス

●空はどこまでも広くて

「知っていますか。空腹は最高のスパイスという言葉を」
 朗々と、悠々と。いつもの光翼とは違うただ温かみがある白い翼を別途広げて、リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)はそう語って見せた。
 堂々とした佇まい。こちらの白い方は昔から生えてますけど、といわんばかりの仕草であった。当然、自前の翼では、ない。さっき試しにほんの少しだけ飛行を試みたら、ふわりと身体は浮いたのだ。
 自力で、自前の動力で――リズは確かに、飛んだのだ。
 ――速度などはありませんね。非常にゆったりです。
 ――こういうのも、いいですね。
 リズは、少し前、そう思いながらこの演説を開始した。
 話を戻そう。彼女の理論はこうだ。何を隠そう、空腹状態が在るからこそ、料理は美味しいと感じられるのだ、と。
 素晴らしい料理も、満腹状態では楽しめない。
「お腹が空いた時に食べる料理が最強なのですよ!」
 語るリズの手元には、現場の対策を兼ねた重箱がある。重箱の重なりを、周囲の空腹族たちは、驚くことにぐぅという腹の音で興味と関心を向けてくる。だってただよういい匂い。おっとヨダレが――。
『それはそうだが、空腹にとどめを刺す匂い、ともいうだろ』
 立派な真っ白い翼を生やしながら、土下座のような体制で地面に頭をこすりつける形で耐えようとしている人妖系化け猫からの声。
「まず顔を上げましょう、ええあげましょう?」
『断る。絶対いい匂いを持ってるんだろ、このままだと人を襲いそうだ……勘弁してくれぇ』
 顔を上げて鼻が匂いを拾ったら、腹の虫がこれ以上なく鳴いて人を襲いそうだ、と。
 周囲でぐぅぐぅ鳴らす誰もが頭を僅かに動かしている。
 彼に同意、ということだろう。
「空に憧れる。いえ、これは仕方がない行為なのです。やっぱり顔をあげましょう?」
『……』
「無言。良いでしょう、話を続けます。地にのみ生を縛られし者が、空に憧れるのは致し方ない事です!」
 リズは流れるように、重箱をパカッと広げる。
「その過程で飢餓対策が必要というだけの話なのですから!!お腹が減ったら食べるのが良いです、それが答えでしょう!」
 サンドイッチにおにぎり、野菜にお肉に海鮮。
 何でも揃えて詰め込んだ、魔法の箱は開かれた。

『(ごくり)』
「良いですか、今の状況はエネルギー不足なんです」
『……エネルギー補充をすれば……?』
「空への旅は何度でも出来るでしょう!」
 飢餓仲間たちが、自分の身体を引きずってやってくる。最初に地に伏していた件の少女もまた、空への憧れの為に、おにぎりへと手を伸ばしている。
 それほどまでの憧れを、翼は携え、当たれられた要素への順応性を示すヤンチャものだらけの生者はこうでなくては。
「気持ちはさながら、ピクニックですね」
お裾分けにどうぞ、と言いながら、リズは空腹感を満たした上で生えた翼で空へと飛び出した。普段の速度に近づけるため、自前の能力を込で飛翔するツバメが如き空征くものが爆誕し、翼を生やした人々を、妖怪たちの注目の的になった。

ノヴァ・フォルモント

●空を良く識る歌声を

 空を飛ぼうとした。その余韻の結果が、飢餓感と空腹感に苛まれるこの様相。
 無理に翼を動かして、更にうぅ……と言葉を漏らす彼らに否などない。
 訪れた異変であり期間限定の|贈り物《ギフト》だ。
 試そう、という好奇心に罪はない。
 空は、――大抵の場合"翼"持つものだけの縄張りだから。
『空は、遠いな……ああ、まだ飛び足りない』
「そうだな、空は広いから」
 現地民へ投げかける。
「どこまでも飛び出したなら、行けるような気がしたんだろう?」
 語るノヴァ・フォルモント(月光・h09287)の言葉は、決して、無様を晒すその姿を責めるモノではないのだ。自分でもそう思うと、ゆるりと頷いて返す程。
「きっと――それは半分本当なんだろう」
 飛び出せたなら、身体が、心が。その瞳が。空の大きさを識る。ただし、広さに届く前に――飛ぶ鳥は、力を無くすというのも定石だ。
 本来持たぬ翼なら特に。古妖が齎した力の余波なら特に、癖が有ることだろう。
 願いのために――代償を払わせる。

『空は遠いなあ、……しかし』
 何故そこまで空の樣子を識るのかと、会話に応じてくる妖怪へ口をさらに開こうとして、はく、はくと音にならぬ声を紡ぎノヴァは遅れて、声を零す。
「どうして。何故。そんな目だ。分からなくもない……何しろ俺も、"持っていた"からね。少しは知っているんだ」
『あなたの背に、今翼はあるじゃないか。我々と同じだ』
「そうだね、風の感じ方も、穏やかな気候も……空の空気は地上と違うだろうね」
 本来ある筈の翼を、ノヴァは隠してしまっている。現在は、無いフリをしている、というのが正しい。だからこそ、背に久々の重さを齎した、これは、よく似ているが、もしかしたら少し異なる代物だ。
 ――妙に重たい気がするな?
 ――いや、重たいのはそのせいだけではないのかな。
 本来の翼と似て非なるなにかでしかないが――本物の重さに瓜二つ。初見の相手なら見間違うだろう。それは、本来ノヴァが持つ翼なのだろう、と。
 頭に螺旋状に捻れた黒角、それから尻尾をだして同系色の竜の翼を背に感じながら、ノヴァははたと薄く、口元を緩ませる。
「よし俺も、少し飛ぼうか」
 衝動的なものだ。此処の空は飛ぶには最適だ、今が良い。そんな気持ちが無意識下で逸る。翼を広げ、少しだけ空へ身を預けふわりと風を全身で感じ、少しの間、自由に空を泳ぐ。遠くまで行かず、ほんの少しの戯れを。
 妙に重たい翼、という違和感は――加速する。
「……成程ね」
 体の奥から、代償が否応なしに払わされて、倦怠感がジワジワと襲ってくる。
 飛ぶとは本来、疲れは同様に訪れるものだが――地に伏せ項垂れている者たちは、誰もが際限なく、限りなくやらかした後なのだ。
「事情は理解した。なら……」
 竪琴をその手に、ノヴァは世界を変える歌を口ずさむ。
 自分には、これしか元気づける方法がないから、と――竜族の青年は謳うのだ。

 決して空は、幻ではない。翼は現実ではないとしても、今だけは本物だから。
 何度も空を目指して良い。
 誰もが”自由"にも翼を生やしてただ、理想の空へ向かわせればいいんだ、と。

終夜・空

●好奇心を羽ばたかせて

「ね、せっかくの憧れが叶ったんだもの。そんなにがっかりした顔で終わらせないで」
 翼の重さに押しつぶされるように下ばかり見ていてはだめ、と|終夜《よすがら》・|空《くう》(夜の泡影・h12148)は言う。
「前を向いて、更には|空《そら》を見上げても、いいの。何度でも挑戦するのだって良い」
 欠落を抱えるにはまだ、早い。
 ――ほら、聞いて。耳を傾けて?
 良いことばかりよ、そんな風に、|空《くう》は声を転がした。
『……そう、かしら』
「そうよ。飢える心は、満たせる証拠」
 ――あなたが発端の少女かしら。
 ――どうぞ立ち上がって。わたしをみて。
 |空《くう》はふわふわと、空中に浮かんでいる。
 日頃から地に足をつけていない|空《くう》ではあるが、今日は儚さと共にある自身の姿を見て、渇望に落ちる翼をこれでもかとまた広げたら良い。
 身近にある自由さに、重い枷など、存在してはいないのだ。
 飛ぶことを誰も否定などしないから。
 |空《くう》の背中にも翼があり、まるで"天使"でもみるように眩しそうに見上げてくれた。
『じゃあ、もう少しだけ……』
 そっと手を取って。一緒にダンスを踊ってあげましょう。
 |空《そら》の広さに飛び出した憧れは、羽のように軽いでしょう?
 手に引かれて、ふわりと翼をはためかせる少女の瞳は、これでもかと好奇心の色に染まっている。
「焦らないで。歩くように、一歩ずつよ」
 一歩。また一歩。
 |空《そら》の透明な階段を登るように、さあゆっくりと風に乗る感覚を思い出して。ひとつ、またひとつ。知らない場所を識ることが、出来るのだ。
 上がれば上がるほど、地面は遠くなっていく。
『|空《そら》を翔んで……』
「そう、翔んでいるのよ。踊るように、|空《そら》へ登るようにふわふわと」
『でもこれは、今だけの幻想だと思うとちょっとつらくなっちゃう……』
 悲しそうな、泣き出しそうな顔をした少女を、|空《くう》は瞳に映す。
「大丈夫、あなたは翔んだ。事実は変わらないの、いつかその翼を落とされてしまっても」
 思い出は、幻なんかじゃないのよ。
 憶えている限り、ずっと遺るの。
「天を仰いで、腕を広げて、胸いっぱいに息を吸い込んで」
 地上でも、出来ることは感じること。|空《そら》でするのと同じね。
「そうすれば、風が背中を押してくれる。応えてくれるのよ。|空《そら》があなたを抱きとめてくれる」
 例え地に足を付けていても、ね。
『励ましてくれてるのね、いつか必ず来る、憧れの終わりを』
「そう。あなたがあなたで在る限り、|空《そら》は必ず頭上に広がり続ける」
 |空《そら》の遠く広い世界のどこまでも広がっているように。
 雲の上でも、下でも。どこにいたって、あなたは自由だわ。

 ――勿論、|空《そら》への憧れを抱く誰もが、そう。
 わたしは、そう信じても良いと思うの。
 だって、――ただ空を、翔びたかったの。わたしも。

 いつかの終わりに絶望を感じる事はない。
 あくまでそれは通過点。願うのならば、|空《そら》に携わる仕事でも何でも選び取ることが出来る。それが人生。可能性は、誰の前にもきっとある。

玖老勢・冬瑪
凶刃・瑶

●不自由で、自由な翼を背負うということ

 ――うん、これは……どこかで。
 異様な光景では遭った。しかし類似する何かを見たことが遭ったような。
 たった一人の願いの結果、こうして周囲が無作為に、否応なしに被害を受ける。
 押し付けでも決して、悪の願いというわけではないのだからおおよそ被害というより、|災厄《・・》の類に似た、様相だ。
 ――ああ、きっと鳥インフルだ。
 憧れを出発点に瞬く間に広がる現象、|凶刃《きょうが》・|瑶《よう》(|似非常識人《マガイモノ》・h04373)は納得する。
 ならば、死屍累々に広がる羽付きの民衆は、ほぼ無害の被害者でしかない。
「背中に翼が有ったなら。ただの人なら出来ないし、飛ばない妖怪も気軽に出来ることじゃない……うーん」
 |玖老勢《くろぜ》・|冬瑪《とうま》(榊鬼・h00101)が目を伏せて、この場における感想を呟く。
「人の身では決して叶わんこと、飛べる翼を手に入れたなら、真っ先に飛びたくなる気持ちもわかるかも」
 二人して静観していれば、あっという間に"仲間入り"。
 変な心地とくにせず、ただ、現象として"自分の腕"が一つ増えたかのような、奇妙な感覚だけがあった。
 実際は背中に生えた翼なのだが、意識を向けるとさも当然のコトとして、動く。
 観察する冬瑪の背中に黒い翼に、白斑。生物部の活動の一環、――ビオトープに止まりに来た鳥のそれであると、冬瑪には分かった。
 大きく空へ踏み出せば訓練や練習なんて関係なく、そのまま"飛べる"と奇妙な確信を、冬瑪は飲み込んだ。
「俺の翼は紋付き……ジョウビタキかや、瑶さんのはなんだろうねぇ」
 瑶の背中にはボワ、と勢いよく白い大翼が生えてきたではないか。
 試しにただ大きく手を広げるようにしてみれば、これは見事に"デカ"い。
「わあ」
 驚いた事に、その大翼は自身の背丈を超えそうなくらいに立派で。
 翼の内側に瑶をすっぽり隠せるだろうと瞬間的に理解出来たほど。
「瑶さんのは見た目だけではわからん大きさ……シラサギの翼に似とるけど、違う鳥の可能性はほかりきれん」
「冬瑪くんのはかっこ可愛いねぇ」

 お互いの翼を交互に見比べて。
 白と黒の翼へと興味は異常な環境への分析へと移行する。

「うーん、使ってみたいけどお腹空いて倒れるの嫌だしなぁ」
「まあ、やってみたくなるのが、好奇心ってやつじゃんね!」
「え、冬瑪くん飛ぶの!?」
「これはあくまで、実証実験!」
「……あっ」
 瑶が次の言葉を掛ける前に、ぶわ、と勢いよく翼を広げて冬瑪が空へ身を乗り出した。土を蹴る音。浮遊感。
 次に訪れたのは風を切る感触。音を後ろに置いていくスピード感。
 舞い上がって見える地上の光景は、広大な土地を見る"鳥"が見る視点。感慨深いものではあった。
 ――ん。これか。
 ――……成程そうか、皆、これにやられた訳か。
 違和感を感じた。出来る範囲羽撃かない形で滑空を選び、最低限の羽ばたきで地上にすぐに戻って来る。

「ど、どう大丈夫?今どんな感じ?くるしー?」
 白い大翼に埋もれそうな瑶が、めにみえてへろへろの雰囲気を出す冬瑪への"調査"を開始した。
「人に齧り付きたくなる様なものではないが……――どうにも腹が減って叶わん……」
 空を羽撃いた代償に、地べたに伏せたくなるのだ。
 へにょっとジョウビタキの翼はいち早く小さく畳んでおいたが、"もう動きたくない"そんな気分にもよく似ている。
「へぇ!苦しい感じではない!不思議だねぇ!脳の錯覚なのか、本当に凄まじいエネルギーを消費しているのか……」
「……なんだか、めちゃくちゃ観察されとる気がするな?」
「面白いねえ!みーんな、同じ現象の渦中ってことでしょー?」
 今すぐ黒翼を動かせば、もっと飢餓感に襲われ続ける気がしてたまらない冬瑪は。
「血液検査したいところだけど、あぁ、抗凝固剤を持ち合わせていないのが惜しい……!」
 楽しそうな、瑶を眺めるだけの、仕事に従事するばかり。
「あの?瑶さん?瑶さん…?このままだと、腹が減って、しぬ……かも」
 あれもこれも試したいと考えが無限に出てくる瑶の耳に確かに聞こえた。

 ぐうう。

「……ああ!そうだった!」
 調査対象は、実際問題周囲に|まだ《・・》居るのである。
「はい、冬瑪くん、事前ご用意済みの配給でーす!」
 すっと取り出したるは"怪異肉"。できるだけ美味しく調理済み。
 空腹感にやられたならば、当然美味しくいただけます。
 腹の虫が鳴らなければ、――さて彼女は止まっただろうか?考えてはいけないよ。
 冬瑪は怪異肉を先に頂いて、空腹感からいち早く離脱した――大変美味であったことだろう。
「まだあるよー、欲しい人は這いずってでもよっといでー。這いずる元気があれば、元気の証拠だよー!」
「いやいや配るなら手伝うって!」
 色んな方向から、ずりずりと這いずる地を這う”鳥”たちも、空腹に溺れた飢餓の被害者だ。襲ってこないとも限らない。
 だからこそ――冬瑪は当たり前のように、一歩前に身をおいた。
「……守る人も必要だら?」

第2章 冒険 『白い闇を越えて……』


●白き闇を進む翼は

 翼への対策は代償の『飢餓感、空腹感』が乗り来れられれば、大きな問題にはならない。この地に訪れ、状況を知り、励まし、その反面、分かった事はある。
 生やされた翼による飛翔行動は、代償を払える限り決して幻想ではない。
 その際に引き起こされる異常な程の、燃費の悪さだ。
 |大食漢《・・・》でもなければ、力なく落ちるだけだろう。

 では――何故この代償は選ばれたのか。
 それぞれに対する個別代償ではないのだ、地域全体に掛かった個人を起点とした願いの恩恵対象全てなのだから。
 古妖の不思議パワーが働くということは、逆説的に該当の古妖は遠くまで行ってはいないのだろう。その空の航路は、食糧をくらい続ける限り、有翼だ。
 この地域に存在する限り――自前の翼以外に|一翼《願い》は付与されているのだとしたら、古妖は遠くまで逃げ去る事は、未だ叶っていないのかもしれない。
 願いを叶えた古妖は既に、願いを叶えて空を泳ぎ、翼をはためかせ――この地の空何処かに潜んでいるのだろう。
 "食欲を糧に空を征く"。
『この背中に生やすほど、白い翼を持っていたの。空のように大きいのよ、とても』
 最初に翼を授けられた少女は、海辺沿い空を指さして、言う。
『声を最初に聞いたのは、あっちだったの』

 その場所は、――見るからに"霧"が海にも空にも発生していた。
 あの中にきっと――隠れ潜むのだろう。自然の霧と、古妖がつくりあげた"霧"か、その真実は、飛び込んでみなければ、わからないだろう――。
ル・ヴェルドール

●秘されたお宝の一部

 もしも翼があったなら。
 ル・ヴェルドール(青き黄金・h07900)はただ、その旅を楽しもうとする。
 この地に気まぐれにやってきたとき、その背中に身の丈程の大きな白き大翼を携えて、ただ気の向くままに進んで良い、ときた。翼を使えば付与される感情郡があるというが、それは小さなことではないか?物事には経験、及び、冒険心が必要なのだ。事件性が失われれば、背中に翼があったという事実から消失するという。では、"在る"今は、貴重過ぎるのではなかろうか?
 普段翼を保たないヴェルドールは、当然好奇心が刺激された。
 何処まで行けるのか。そして、どこまで自分は飛び込んでいけるのか。
 霧の向こうまで到達できるのか。それともすぐに地に落ちる鳥に成り果てるのか。
「何が迷う必要があるでしょう?」
 マントを翻す風。普段見ぬ高さの景色。
 手には愛用の、|キャリーケース《mali》。
 デメリットだらけの空の旅?誰も知らない霧へ飛び込んでいく勇気?
「こんにちは、まだ識らない誰か。ヴェルドールです」
 失礼しますよ、と帽子を少しだけ脱いで挨拶する。
 その向こうにいる誰かに聞こえたら良いと願いながら。
 踏み込む了承を取るように、ゆるりとした対応で背中の翼を大きく広げて、ヴェルドールは勇気をもって飛び込んだ。
 日々の暮らしの為とはいえ、未知の霧へ飛び込んだ中でキラリと輝くものを幾つか見つけて翼を休めた。幸い、足場は存在した。足元を見ても何も見えなかったが。
 踏みしめた足場は、存在したのだ。勢いよく飛び込んだ分、飢餓感と空腹感がヴェルドールを襲ったけれど、輝くものが何だったか、その調査のほうが心が動いた。
 恐る恐る近づき、そして手に取る。
 人や妖怪、誰かの気配は――存在しなかった。
 どこか冷たい空気感。水蒸気の中にいる、と頭でそう理解しつつ、手にしたものを確かめる。ヨオク顔に近づけて、それは――輝く石であることが分かった。
「これは、……|磨かれる前の宝石《アクアマリン》、その原石ですか?」
 この場を創り上げた"誰か"。封印を解いたモノから周囲全域に翼を授けた"誰か"が、喰らい続けたモノ。その一部。腹を満たした質量は何れは破棄される。これはその一つ。
「ああ。これはいずれ海に還るものでしょうか?」
 頂いても?と小さく声を掛け。遠く、悠く。

 フォオ――。

 謳うような声が、好きにしろ、と返事をしたような気がした。
「声の主が古妖様?では、ありがたく」
 幾つかの宝石を、路銀の足しにするべくヴェルドールは手荷物に加えることにした。
 まるで、翼を得た心地で満たされる。清々しい空へ飛び出して、声届く限り広い空を見て行くのもいいかもしれない。踵を返して、翼を広げヴェルドールは、自由な航路で飛んでいく。

終夜・空

●空より重く、海より軽く

 景色としてながめ、終夜・空は足取り軽く飛び込んでいく。
 臆することは必要ないと、迷いなんて無い。
 翼を携えて、霧の向こうを目指してふわりふわりと、進んでいくのだ。
 "霧"を顔に浴びた第一の感想は。
「……ひんやりしてる」
 手を伸ばしても何も掴めない。もっと細かくて、本来は霧に見えるほどの水の粒。
 空に溶けるほどに|透明《・・》なのだ。
 身を捩って見れば、天地は何処に在るかもわからない広さの白さだけが|空《くう》の視界いっぱいに広がっていた。身を委ねて、泳ぐようにしても何処までも果てがない。
「一面真っ白ね。どこまでも遠くに行けてしまいそう」
 嫌いではないけれど、霧の中である事実だけは動かない。
 つまり、――段々と、湿り気が身体にまとわりついてくるのだ。
 水分と呼ぶには儚く、水滴と形容するには形は脆い。
「このまま翔んでいたら、そのうちわたしまで解けてしまいそう」
 どこにもいないわたしになってしまうのね。
 |空《くう》は少しだけ息を止めて、静かに自分の心に問う。
 ――それで、満足できるかしら。
 答えは自問自答する必要はない。だって、――わたしは。
「……やっぱり、透き通った空を翔ぶ方がわたしは好きだわ」
 見通せない空の無い場所で、消えるのはイヤよ。
 両手伸ばし、なにもない場所へ手招きを。

 "ゴーストトーク"。
 こちらへ来て。だれかそこにいるんでしょう?
 お話しましょう。わたしはここよ。

 霧の中に築いたら溶け込んでいた迷子のインビジブルは、どこにでもいた。
 ひょこりと呼びかけに応えて近くによってきてくれた気配がある。
「そこにいたのね」
 声を掛けて、みーつけた、と言ってやれば。
『みつかっちゃった』
 |空《くう》よりも、栗色毛並みの小柄な猫耳を持つ人妖な少女が抱きつくように落ちてきた。
 控えめな翼は背中にあって、怖がってきゅっと目をつぶり羽は広げていなかった。
「大丈夫、落ちたりしないから」
 震えているわね。でもこわがらないで。抱きしめているから。
 怖いのなら手を繋ぎましょう。今のあなたは、生前姿。
 手があり、足があり言葉がある。さあ、あなたの言葉で、はなしてみて。
『うん、……お姉ちゃんは怖いヒトじゃないね』
「こわいひと。こわいひとが、いたの?もしかして、おおきいひとかしら」
『うん!大きいの、とっても。大きくて、お船みたいで、大きな声で怖いヒトなの』
 抱きついてきた少女より大きい。それは、|空《くう》より大きいと同義だ。
「空のように、広い翼を持っているんですって。ほんとうかしら」
『本当だよ!大きくて、大きなお口があって、ばくぅって何でも食べちゃうんだ!』
 怖いねえ、怖いねえ。食べられちゃうよお。
『あっちのほうで"おなかがすいた"って潮吹きしていたのをみたよ』
 向こうで見た、と霧の中で少女は案内してくれようと指さして教えてくれる。
 このまま、真っ直ぐだ、と。

「それにしても、せっかく大きな身体を持っているのなら、霧の中なんて抜け出して、思い切り羽ばたいた方が気持ちが良いと思うの」
 姿を隠して、縮こまって、眠っているのかしら。
 その声が、怖い声として聞こえているのかしら。
「あなたのお陰で迷子にならなくてすみそうね」
 雲も吹き飛ばして、全身で風を受けて――それは一体、どんな感覚なのかしら。
 ちょっとだけ、元気いっぱい風と雲を追い越して。
 あなたに会いに、行ってしまおうかしら。
 だって、だって。――話に聞いたあなたの姿が、見てみたいもの。
 教えてね、――"あなた"のことも。

リズ・ダブルエックス

●今なら何でも食べれる気分!

 白い翼を大きく広げたリズ・ダブルエックスは、明確な答えを握りしめ(物理)霧の中にワクワクしながら飛び込んでいった。空を往く迷い無き、燕が如く直進で。
 空を飛ぶということは、こと翼を使うということは。
 引き換えに飢餓感が訪れるということ。
 燃費の悪さと引き換えの空――願った分だけ地上から遠くまでいける。
「これらの事象が示す答えは明らかですから」
 霧の向こう、その先に在るのは。
 代償を追ったその先で目にするとすればそれは。
「美味しいものが在るに違い有りません」
 空と飛ぶことに躊躇の無かったリズは、思考まで大きく異次元に飛躍した。
 論理の飛躍。これを止める者はいるだろうか?(いやいない)。
 運動量寄り超お手軽、空を遊泳するだけで効率的以上に成果が出る。
 ――ダイエットしたい人間に"この翼"は最適なのでは。
 雑念までの飛躍も鋭利であった。今困ってる人みんな、この地へ来てアクティブに空を飛び回れば、燃焼系最高効率を叩き出せるのでは。
 ――ああでも。
 空腹感だけならまだしも飢餓感が極限を超えては、目も当てられないことになる場合だって在るかも知れない。それは誰も望まぬ領域だ。ダイエットとは、奥が深く、同時に闇深きコンテンツである。
「暴食一歩前はいけませんね、美味しく食べれるでしょうが……やはりよくありません。悲劇的な|映像《ビジョン》が見えるようです。よくないですね、これは」
 飛躍した雑念は都度、自分の意見を言いながら置き捨てていくリズは空腹を満たせるかも知れない興味と好奇心が勝つ。
 此処で美味しそうな香しい匂いなど見つけようものなら、喜びがきっと勝つ。
「……とはいえ、視界は現在不鮮明……」
 霧の中をただ進む、白い闇は何処までも深く遠く。
 雰囲気は十分で、帰り道は――正直もうわからない。
 随分進んできた気もするが、数分かそれ以上かもわからない。
「時間の感覚が狂ってるわけではないですね、これは……」
 |決戦気象兵器「レイン」・精霊術式ver2《レインシステム・ルーラーコード》で照らし、どこまでも進んでいきましょう。白い闇たる霧が相手ならば。
「輝く光で貫き進みましょう。霧の中だということだけは間違い有りませんし」
 進めばいつか、たどり着く。
「私の勘では、この方角が吉です。なんとなく、美味しそうレーダーがそう言っています」
 謎のレーダーは当然搭載されてなどいない。これは当てずっぽう――しかしリズの"食"への探求を元にした勘である。特に音があったわけではない。人の気配があったわけではない。ただあちらに、"なにか"があるような気がするのだ。
「視界は程々に良好。翼も程よく見え、程よく涼しい……」
 いい事だらけですね、何かしらに到達する頃には抜けるでしょうか?
 飛翔の間、持参したおやつを食べているリズだ。燃料不足はその都度補う。
 だから、今はどこまでも行こう。効果範囲の関係で、そこまで遠くは見通せないから、過信は禁物。行けるところまで、飛び続けよう。
 のんびり空の旅だって、悪くない。美味しいものを――お腹いっぱい食べて帰れたら、尚、言う事無しのリズは速度をガッと上げて飛んでいく。
 もし食を満たせるものだと良い。そうでなくても美味しい出会いを所望する。地元料理もいいですね、と思いつける兎範囲の希望の分、リズは段々と加速していく。

玖老勢・冬瑪
凶刃・瑶

●さあ、行こう!霧の果て!

 ふっくらと、ゆっくりと膨らむさまは外から見ているとキノコのような勢い。
 のんびり広がる白い闇の領域は、ずっとその場にあったものではないと告げるには十分過ぎた。何しろそれは、霧。見上げても、透かして向こう側が見えない巨大で、規模の大きな"海と空"の間を曖昧にする領域、とも言えた。
「うーん、霧は現在進行系で規模は拡大中ってとこかな……」
 凶刃・瑶が見てじっくり分析する限り、それは常時しっかりどっしり身を下ろした霧ではなかった。
「この大海に濃霧、動けば飢餓が襲うとなると、無鉄砲に飛び出していくわけにも行かないね」
 霧の終わり、または霧の真ん中でナニカに出会うとしても距離が測れない。
 目測も立てられないと、心配なのは空腹を補う|燃料《・・》の方になる。
「羽搏けば、腹が減る。その消耗度合いも著しい」
 むむ、と傍で考え込んでいた玖老勢・冬瑪が、ふるりとショウビタキな翼を揺らし――続いて大翼に埋もれそうな瑶を見て、ふと思いついた。
「翼の使い方は、考え方一つで換えられる。滑空しとる時は進行せなんだ、……なら、……極力羽搏かなければいい」
 ただ、大きく翼を広げて冬瑪は言う。
 此処はもとより沿岸の街。そして今。霧を見ているその他フィールドは、ほぼ海だ。自然界の生態系は普段と変わらず、海の漣と鳴く鳥に変わりは無いように見える。当然、自然生息する鳥がいて、"本物の鳥は"羽撃く以外でも空を往く。
 それを、冬瑪は知っている。
「うん、これならいけるんじゃないかや。ここは渡り鳥の知恵を利用しよう。空と海という2つの地形を利用して、アホウドリの様に羽撃かずに滑空し続ける!」
 具体的にはこう、と上から下に動く流れを手振りをつけて渾身の考えを告げると、パァアアっと瑶の目が輝くではないか。
「ずばり、|動的滑空《ダイナミック・ソアリング》!」
「つい不思議と言ってみたくなる言葉!|動的滑空《ダイナミック・ソアリング》!そっか、うん……なるほど渡り鳥ね!限られたエネルギーで果てしない距離を飛ぶ彼等の飛び方なら確かに真似てみる価値はある」
 大きな翼を広げれば、風の流れを受ける"帆"としても十分。
「2羽だけで行うには、効果の最適を得るためにまず作戦会議を積んだほうがいいかも?隣り合う場合は風が乱れるだろうし、風の当たる割合を思えば斜め隊列が平等に当たる感じかな……提案としては、斜めに一列に並んで飛ぶのを推すね!」
「それなら、瑶さん考案の編隊飛行も交えれば、風の抵抗を弱められそうだ」
 では行動を開始しよう。まずは、いい感じの少し小高い高台の上へ。
 霧に飛び込む前の、準備は――もう一つ。
「伊勢の国 高天原が ここなれば 集り給え 四方の神々……」
 それは祈り。それは願い。顕現し、願いをどうか叶えたまえ。
 これから降り掛かる困難への、そうさ、これが|岩戸開き《オツルヒャラ》。
 ぬう、と二人の翼の向こうから歩くように現れたひょっとこの面を被った鬼神が、何やらブツブツ呟いて居る。鬼神の背中にも|棘々《おどろおどろ》しい翼が見える気がするが、気の所為と思うことにしておこう。
「瑶さんが飢餓を覚えぬ様……」
 聞き届けたり。音なき聲で願いの透明ベールを被らせて、鬼神は現れた時と同じく消え――いや飛翔して消えていった。
「さあ、……今だ!」
 ごぉ、と高所に向けて風が吹いたとき、二人同時に翼で風を受けてグライダーのように飛び上がった。これが鳥人も驚くほどスムーズに高所へと到達し、滑空の体制を取る。風の抵抗は最小限、むしろ、身体に受けて心地よい程。
 ――鳥にまでなった気分だね。
 まるで本物の腕に等しい翼は、想像通りに風を受けて進んでいける――そのまま霧の中に突入しても、はぐれたりしないよう近くの位置をキープして2羽は白き闇の中へどぶんと侵入を開始した。
「俺が先を誘導するからに。幸い、偵察と情報収集は得手だもんでな」
 視界が悪かろうと目を凝らし、音や異常に気がつけるように気を配る。
 極力姿勢を崩さず、頭以外は固定したように前だけを見据えて。
「ああ、先頭の翼が作り出す気流を利用して後方は体力を温存しつつ、定期的に先頭を交代して索敵だね!」
「えぁ……そう!」
 負担及び、消耗を考えればあえて説明を省いた冬瑪へ、的確な分析を繰り出す瑶はにひひ、と軽快に笑った。
「どこまで遠いか、何が何処に在るか、またはいるかわからないんだし!」
 はい、これと素早く渡す準備を手元に整える。
 |怪異肉《肉団子》――そう、準備は万端。どこまでも往くなら、必要なものはこうでなくちゃ。
「はは、瑶さん!……腹が減ったら怪異肉の補充、よろしくね?アレ、美味かったでよ」

 ぐんぐん進み、高度が結構下がるほど滑空した頃。
 耳を澄ますと、かすかに聞こえる。
 声のようで、ほのかに謳うような音が。
 ――♪♪♪――。
「あれ、なんだろ」
「音、にしては規則的……」
「おぉい!誰か居たりするー!?」
 瑶が堂々と声を掛けると、ぶしゅうううと水を拭き上げるような音が少し遠くから聞こえる。ぼたたたたと雨のように降り注ぐ音まで、大きく聞こえた。
『わたしは自由に何処にでも往くのです』
『この空が何処までも存在するのですから』
 誰かが応えた。滑空ルートの範囲内、きっとそんなに遠くではないと確信した。
「これは近くに居るね、絶対。存在は人より断然大柄で"言葉"をきっちり認識するヤツが」
「ああー……お腹減った」
 ぐぅう。ふたりとも見えぬ相手の索敵に気を張り、たまに緊張状態から羽搏きを何度かしたことで、腹の音まで声を上げてくる。今はそのタイミングでは――。
「はーい補充は任せて!」
 双方に平等に気力諸々回復を。
 もぐもぐタイムをしてもその距離は詰めて行きましょう。
「うまい。先を急ごう」
「……こんなに高エネルギーな肉団子でも食べたそばから消費されていくのを感じる」
 だがそうも言っていられない。羽搏きルートを超えてあの|音《歌》のする方へ。
 霧深い中を進むなら、最短を目指して向かわねば。
「音が聞こえるなら!」
「……そこに、居るのは大食い系の翼持ち!」
 さあ、会いに行こう。空気を裂き、力強く迅速に。
 空を願って。空を滑って。
 海と空を制する霧さえ支配する――"なにか"の元へ。

第3章 ボス戦 『つばさのいさな』


●願うなら、叶えましょう?

「楽しんで空を飛んでいるようですね?」
 霧に囲まれた向こう側。謳うように話すそれは――とても大きな古妖。
 翼を生やし海も空も制する"つばさのいさな"。
 訪れた"翼を授かった"能力者を見て、楽しそうに笑うのだ。
「飛べる楽しみを識れましたか?」
「それとももっと、と望みますか?」
叶えますか?叶えましょうか?つばさのいさなは語るのだ。
封印から自由になった事で、古妖は心持ち軽く願いを問う。
「叶えれば叶えるほど、わたしは遠くへ行けるでしょう」
空腹を満たしたい、と望めば新たに満漢全席だろうと叶えてくれる。
食い放題、と願えば食べきれない量の諸々を物理的に何処からともなく振る舞うだろう。願いの代償は"更に強い飢餓感・空腹感"だ。
 更に課されるそれらに立ち向かうなら、つばさのいさなは喜んで叶えようとするだろう。願いすら食す、大白鯨は――その果てごと飲み干す程に聞き届ける。
「願いは多ければ多いほど、この身はどこまでも行けるのです。人や妖怪をはたまた生きる大地を大量の魚を、鳥を、なんでも飲み込んで。願わないなら、自由になったわたしは、どこまでも手当たり次第に喰らいます。よろしいですね?」
 水を拭き上げたつばさのいさなは"何を願う"?と問いかける。

 此処は水場。海が広がる地域であり、霧が深い。そこらじゅうで大きな岩場が、時々海から点々と飛び出しており、所持する翼を休めることができる。空に、海に。能力者が望む場所に大白鯨は寄ってくるだろう。
 此処に訪れた、能力者の願いを叶え終えたら――自由気ままに羽搏き、どこまでも飛んでいく鯨と成り果てるだろう。果てしない、野望がいさなにはあるから。留まる身体はまだ重い。でも、往くべき場所は空の向こうに。
 どこまでも果てしなく飛んで往くために腹を満たしたい、大食漢たる、野望が。
久遠・氷蓮
トイロ・ウート

●望まれた事は望まれたように

「大きいねえ」
 のんびりと見上げて、後ろに尻もちを付きそうになったトイロ・ウート(エルフの|冒険者《タビビト》・h00193)は、蚕蛾に良く似た翅をこの地に来た時点で持っていたため、座り込むことは無かった。そんなトイロは、"つばさのいさな"からすれば一飲みなど簡単なほど小さい。
『なにかを望みますか?何かほしいですか?』
『わたしに出来ることはありますか?』
「ボクはねえ、……うーんと」
 エルフの冒険者だから、とでっかい大白鯨を相手返答しようとしたが、思いとどまる。それはさっきまで、の話。此処は広い広い海の多少地上に飛び出た海の上の岩礁だ。足場の確保を優先するため、リアルタイムどろんチャレンジで子ねずみ姿に変身中なのである。
「此処だと翅ねずみだし……鹿に変身すると疑似|天馬《ペガサス》みたいなことになっちゃうし……」
『望まれたことならなんでも』
『しかし、望まないのなら食事の糧とさせて頂きます』
 |呑舟《どんしゅう》のいさなは、大きな口を開き、一呼吸の内に小さな翅を生やした子ねずみのトイロを吸い込んでやろうと動き出した。大きな個体が、極小を呑む。
 それは、とても|容易いことだ《・・・・・・》。
「わぁ~~!吸い込まれちゃう!」
『何もないなら、そうなります』
「わ、分かったよ!"珍しい食材やスパイス"とか識らない?教えてほしいなぁあ?」
 びゅおおお、と凶悪な吸い込みに、ギリギリ耐えていたトイロの身体が翅と関係なく浮いた――吸い込みに集中するいさなが返答する前に、誰かがトイロといさなの間を鋭くかっ飛んできて割り込んだ。
 訪れた時点で背中に煌めく氷で出来た翼に、|久遠《くおん》・|氷蓮《ひょうれん》(紅蓮の氷術師・h01405)は身を預け、多少のデメリットさえ気にせずに、"つばさのいさな"の前に飛び出した。トイロをキャッチして、近場の岩塩の上に避難させてやる。人助けもまた、冒険していれば"よくあること"の一つだ。
『おや、疲れ知らずの方でしょうか?』
「俺は常日頃、手加減無用!ガンガン行こうぜ、を信条にしててな!」
 膨大な魔力は、そのようにして扱う。飢餓感?空腹感?ぶっちゃけ魔力枯渇の類似でしかないだろ、余裕余裕と元気に、同時にハイテンションを維持したまま、|歌の樣な音波《たたかいのうた》を放つ、無敵の海神形態――翼を大量にその身に生やした大白鯨は、聞き入る美しい音を奏でて吠え立てる。
『なにかを、……いいえ、わかります』
「何がわかる?」
『あなたの願いは戦い。わたしに早くこの異常事態を終わらせろ、と望んでいますね』
「その通り!」
 守りを固めるというのなら、攻撃性で先手必勝、と氷蓮はずらりと氷弾を周囲に並べ立てる。
「エターナル・アイス・コンビネーション!」
 いさなの体格、巨大さなんて氷蓮は意識の範疇から除外した。数を揃え、空征く翼を潰すんだ。一つでも多く、ただそれだけ。
 牽制の氷弾を翼に向けて連続でぶち当てるが、いさなは無敵属性を誇るために、全く動じない。
「ほら、凍り続けろ!」
 翼に当たった氷は段々と氷結しながら広がって、その翼を封じていく。
『良い作戦ですね』
 いさなの鼻面に、トドメと言わんばかりにバカでかく創り上げた氷塊をがごんと落とし、ニィと勝ち誇った顔をした。
「そうでもねえ!お前は空から落ちてねえ!」
 連続した強襲を重ねた氷蓮の攻撃に、報酬と言わんばかりにいさなは返答をこぼした。古妖は、それでも余裕を見せた姿で佇みながらも空から高度を落としていく。
『スパイス、の願いにも応えましょう。ピンク色の岩塩を隠し味に添えることでまろやかな旨味を出す焼肉屋さん、カレー屋さんがわたしの封印先近くにあるそうですよ。場合によっては、とんでもない甘みを齎すことも、激辛スパイス化することも可能だとか。それらは隠し味の一つとして頼めると噂です、肉よりは魚に合うタイプの旨辛系だそうですが』
 現地で封印されているのが通常であるいさなは、とても真面目に返答してくれた。
「そうなのね、ならあとで行ってようかしら」
 手に入る調味料系ならば、手にしてみたいというトイロは、未だ見ぬ夢に想いを馳せた。激辛度合いはとても気になる――考えるだけで頬がほころぶ勢いだ。
「もしパフェがあるなら、今すぐ行くぞ!」
 氷蓮もまた、甘味に気持ちが持っていかれた。トイロとともに好みの味に戦闘後に会えるかも知れないと想像の翼を羽撃かせていると不思議とお腹が空いてくる――。

神隠祇・境華

●物語は何処でも望まれたとき生まれ続ける

 貪欲なる空を滑る大白鯨が、円らな瞳でこちらを見ている。
 存在は認知されていた。
 空を裂き、最短距離でやってきたその翼は、白から、流れるように薄墨へ淡く移ろう羽。海には直ぐわぬ色合いだ。真っ白いいさなからすればよく|映え《・・》見える。雲よりも表情のある存在だ、と。|神隠祇《かみおぎ》・|境華《きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)は、ゆったり泳ぐように飛ぶ空征く大白鯨を見ても、背中の翼関連現象の発端、"願いを食らって"より羽撃くものだと理解が出来た。
 ――これは、美しいとは思えません。
『なにか、言いたいことがありそうな表情をしていますね』
「そうでしょうか」
『あなたは信念を強く持つ人でしょう?』
 飢餓に抗い、翼を休めるように空と岩場を渡りながら背後より出現させた霊布を奔らせ、自分を引っ張る勢いを、翼によってアシストさせる。空を"滑る"ように放り投げるのだ。|御伽「天を綾なす宝帯」《コンテンリョウ》。
 仙を駆使した高速思考によって紡がれる、境華の"縛"を狙うその一節。
 決して、羽撃いてなどいない。
 だが、岩礁があるのなら、絶対飛翔する必要も、ない。
『そうであるのなら、願いはお持ちなのでしょう?』
 正直に声に出してみると良いでしょう。いさなは催促するように、大口をあけて突っ込んでくる。語らずは、命取り。
 相手は空泳ぐ大白鯨だが、|古妖《・・》でもある。
 境華の元へ接近し、鼻歌から始める"|大音量のクジラの歌《はくげいのうた》"が頭上から降りてくる。振動の範囲内から逃さぬよう。語らぬなら語らせてやろう、と押しつぶす巨体譲りの振動を大気に充満させながら。
『あなたの願いはなんですか?そんなあなたのお話をお聞かせてくださいませんか?』
 いさなは問う。歌を避けるように、海面を逃げる境華へと。
 逃げるルートを見誤って、霊布は少し絡まった。翼を休めて岩の上に立ち、空を見上げる。覗き込むいさなの瞳と目が合った。
「――私が知りたいのは、世界中の物語です」
 クジラは、意図を掴みきれなかったのか、身体全体を傾けた。
「封印される存在が在るように、禁じられた物語は数多くあるのです。誰かが解き明かすまで"ある"と断言されない魔導書、も世の中にはあるでしょう」
 話して語る、|お話《ものがたり》。
 伝えて形を安定化させる遠い国々の伝承。
 語り部が、承ぐ者の欠落で失われた御伽。
 誰にも読まれぬまま閉じた頁も。未完のまま、放棄された短編も。
「どれも形のないモノもあるかもしれません。私は、それが知りたい」
『物語。それは……』
「そうです。形がある、というのは聞いた時点で生まれるもの。|世界中の《・・・・》ともなると願いは大きすぎると、あなたは思うのではないですか?」
『今が現在ならば、あなたの願いは……』
「物語は今この瞬間も生まれ続けているのでしょう。その全てを、私は知りたい。それは偽りなく己の願いでもある」
 だからこそ。
 ゆるく絡まった霊布をいさなに縛り付けて、位置を固定する。
 最大の一撃を狙う。言葉のキッカケは、|物語《・・・》が生まれる合図。
「例えば"大白鯨が空を夢見た噺"はどうでしょう?」
『……!?』
「抱えきれぬ願いに沈むのなら、それもまた結末でしょう」
 願いを語り、鯨は聞き届けようと"喰らわされた"。
 あいすべきつばさは、|あい《ねがい》の形分、叶えようと力を働かせる。
『それが、願いだというのですね?』
「あなたの逸話を識る前に、退治する噺となりそうですが語るには相応しいものかもしれませんね。此処で飛ぶのを見送るのは、結末としては甘いかと。……それでも往こうというのなら、討つべきなれば」
 |銃《「綴り」》に物語を装填する――それは"哪吒"の用いた槍の鋭さを。
 真下から、大きな土手っ腹目掛けて物語の槍が"物語強度"を高めて貫き射抜く。
「"――願いの重さに翼は鈍り、大白鯨は耐えられなかったのです"」

終夜・空

●その空は罪を識らず

 空を往く大白鯨は鼻歌混じりに歌い続ける。
 薄っすらと、白に輝く太陽のように神々しくも在る。
 霧の中でさえ、払い除けて進んでいける巨体は――食らった色んな物の数だけ、霧を多く吐き出していた。いさなは、――消費する熱量効率がとんでもなく悪いのだ。
 降り注ぐ存在感は、謳う声のように重く、遠い。
「ああ、やっと見つけられた」
 終夜・空は――はあ、と軽く安堵の息を吐く。
「少し遠くへ、飛び出しすぎよ」
『空は海に等しいので、どこまでも行きたくなるのです』
 そう思いませんか、と謳ういさなは、|空《くう》の願いを誘う。
 さあ恐れずに言葉に現して。
 高く大空へ羽ばたくのと同じく軽く投げて、叶えさせてと。
『代わりに、代償は払われるべきですが、それはそれ』
「海でのピクニックもきっと素敵だけど……残念だけどわたしには食べられる身体がもうないの」
 足はもとより地に付かず。ゆるゆるふわふわ、それが|空《くう》の日常だ。
『"身体を取り戻したい"が願いですか?』
 いさなは、少女の願いの形を問う。
 |空《くう》はゆるりと否定した。
「ううん、わたしね、別のお願いをさせてもらうわね」
 今の好奇心は、色んな人へ限定的な重い|枷《翼》を与えるあなたへのほほえみで返しましょう。
「わたしの願いは、あなたと一緒に空を翔ぶこと」
『……もう、既に翔んでいるのではないですか?』
「翔ぶお友達はいなかったの。生きている間は結局一度も翔べなかったし」
 "あたらよ"を行う|空《くう》は、インビジブルがどこにでもいることで、ふわりふわりと浮かんでいける。遠く、遠く、どこまでも。
『良いでしょう、飛びましょう。空を泳ぐようにどこまでも』
「ありがとう」
 いさなは攻撃姿勢になることはなく顔の傍を飛翔する仲間として|空《くう》を迎えてくれた。大きな鯨の傍の、小柄な少女。
 |空《くう》が望めば、よぞらをはいけいにゆめにみれるかもしれない幻想的な光景が、泳ぐインビジブル目線ならば映っただろう。
『高いところ、お好きなのですか』
「すきよ。見ているだけなのも、身を投げ出してみるのも。だから、ゆっくり行きましょう?」
 ――まだまだお腹がすいているものね。
 食べたりない鯨は遠くの果てまではいけない。
 だから、ちょっとずつ、今より少しだけ遠くへ、あなたと。
『今は何を考えて翔ぶのでしょう?』
「幽霊になった今は空を翔んでも、冷たい風を肌で受けるあの感触も、身体の内側が引っくり返るような感覚だってもう得られなくなってしまったの」
 在るのは幽霊の"わたし"越しに抜けていく事実だけ。
『取り戻したいものですか?叶えますか?』
「優しいのね。でも、いいの。あなたがくれた翼は、あの感覚を少しだけ思い出させてくれたのよ」
 翼が|空《そら》を翔ぶために齎す代償は、幽霊にも平等だった。
『失ったものを取り戻すより、今を選ぶ……そういうものなのですか』
 願いの形は人それぞれ。古妖は身体のデカさと比例して、寛大である。
『ではもう少し、穏やかな時間を提供しましょう。必要ならば自慢の歌を歌い続けましょう』
「あなたの上に乗っても?」
 いさなは鳴き声で応じてくれた。
 乗って翼を休めさらなる高度を目指しゆきましょう。
 今暫く、翼在る貴方と空の旅を。
 雲がふわふわと在る一帯。いさなは、余興の範囲で雲を質量在る綿のように換えてくれた。|空《くう》はそこから顔を出して、ふふふ、と楽しそうに笑う。
 翼を広げ、散歩の空域で――あいすべきつばさと共に一面の青を見下ろし、翔ぶ高き視座からの楽しみをまた一つ見出した。

リズ・ダブルエックス

●こんがりいさなは|業《カルマ》を垣間見る

「……困りました」
 リズ・ダブルエックスは否定の語彙を飲み込んだ。
 今までの暴飲暴食を考えたなら、頭上を悠々と統べる古妖の事を強く否定ができいないのだ。叶えるための代償、そのために必要だから食い尽くす。
 そんなの間違っている、などと言葉にしたら自分も言葉のブーメランがちょっとどこかしこにぶっ刺さる、なんということだ――。
「私にはあなたを否定する資格が無い気がします」
『潔い言葉です。素敵ですね』
「だから私はあなたを否定しません。空を飛ぶのは楽しいです!」
 空を飛ぶ楽しさも、清々しさも、思い通りに制する空路も。
 リズはその身でしっかりと認識している。
 空への憧れを持った誰かを否定することも、どこまでも遠くを求めることも、否定はしない。なにしろ、|そうだ《・・・》と肯定できるから。
「沢山食べたいです!」
『とても簡単な願いです、何でも叶えましょう。焼き肉食べ放題、心が踊るのではないですか?』
「はい魅力的ですねおかわりまでマシマシで付けてもフリーでお願いします!」
『傲慢な願いでも、願いは願い。叶えましょう』

 つばさのいさなは寛大だ。
 それが意味在ることでも、ないことでも。
 願われたなら、叶えてくれる。どんな不可能なことだって、古妖は強大パワーで奇跡を起こす。此処は海面が岩礁だらけとはいえ、海の上。
 その準備には、時間が掛かると読んだリズは、一気に行動を開始する。
 空想の具現化を大音量の"はくげいのうた"に乗せて、唄いながらいさなは妖力を高めて構築していく。大気をがんがん震わせて無から有を生み出すには、いさなもまた"満腹感"を膨大に消費して具現化する。食への探求は人一倍持った大白鯨は、実体化させるものが自分の体に見合わぬ小ささであったとしても、100%本物を組み上げる――。
「でもそれはそれとして、あなたの行いは迷惑だと思うので抵抗します!」
『……!』
 震度7相当の大気の震えを浴びながらも、リズは勇ましくも"願った代償"をその身に更に強く負荷として受けながら、いさなを見据える。
 ――待てば、美味しいものが約束されていますが!
 ――というか、鯨肉ってどんな調理法が最高の味を引き立たせるんですかね?
 強く惹かれる食への興味をなんとか、"|レインシステム転換《レインコンバート》"の転用で、耐える。
 まさか、断腸の思い、がこんなところで心を揺るがしてくるとは。
「此処はレイン兵器の庭。あなたが"願いを叶える"というのなら、此処にレイン砲台はあると断言できます」
 岩礁を起点に、概念的なレイン兵器化を引き起こさせてリズは空中で指揮を取る。
 標準は、優しきもその力ゆえに古妖たる大白鯨。
『そうですね、理論上ではそのとおりかと思います』
「私はこの騒動を終焉は望みます。願いではないのです」
 手に握るは、"|LXM《LXMLZXX Multi weapon》"。レイン砲台化の布石を周囲にも流布しているが、一番エネルギーの集約を起こしているのはリズ自身。
 現在のリズは、概念的な|レイン砲台でもある《・・・・・・・・・・》。
「望むことは、自分で行動を起こすものです!鯨肉を所望します!」
『願いに変換していないだけで、あなたがわたしを見ていないことはよくわかりました』
 いさなは、リズのレーザー砲撃の爆撃が広範囲に行われ、爆煙の向こうに見えなくなる。大きな白鯨は、痛みに歌を止めてしまった。静寂の海の上、ざざ、と波の音だけが聞こえてくるが――そんな戦場の片隅で、こんがりと、肉の焼ける匂いがする。
「やはり、仕事を終えたら美味しい焼肉を食べに行きましょう」
 心に固く誓ったリズであった。いさなほど大きい肉も夢があるなあ、と願ってしまう心には屈しかけながら――ぐぅうと聞こえる腹の音が、焼肉屋に直行する理想を具現化させるまで、後数秒も掛かるまい。

玖老勢・冬瑪
凶刃・瑶

●食材の有効活用

 重厚感ある表情は空より来る。
 概念的願いを喰らい、食事を此処で行っていた"つばさのいさな"は見るからに質量を増大させて霧と雲の向こうから現れる。
「わぁあおっきい!」
 いいねえ大きいねえ、ロマンだねえ!
 凶刃・瑶の目は世界の果てで最高の食材を目にしたくらいの輝きを持っていた。
「鯨って普段中々食べられないしこれを逃す手はないよね!」
 おっとヨダレが――理性を持ってそっと拭いて、尚、余りある標的への想い。
 こんな封印から解き放たれた|標的《・・》は、|ご馳走《・・・》といっても差し支えないのではないか?美味しい部位はどこだろー、と見上げる瑶は自分の背中の大翼でちょっとよろっと、バランスを崩しかける。
「おっと。此処まで来るのに冬瑪くんの能力で飢餓がマシになってなかったら耐えられなかっただろうなー!」
 これは疲れだ。空腹感の訪れだ。であれば――デメリットの解除は出来れば解除が好ましい!おいしそうに映る大白鯨が、もう食材にしか見えなくなってきている為いさなから目を離せない。景気よく吹かす|チェーンソー《こっち》を握る手にも、力が入るというものだ。巨体の解体には、当然コレは欠かせない。
 小技には、メスで応じれば効率がいいかな、という瑶は解体相手のバラし方を順当に閃いている。
「ああ、そりゃぁええ考えだ。|山鯨《シシ》より途方もない大きさの鯨は、食ったことがないでね。美味い料理を教えて貰わねば」
「いいよー!任された!」
 ニィっと笑って応えた瑶を翼を揺らし、玖老勢・冬瑪はサポートの体制に入る。

『食糧扱いは、もしかしなくても……わたしのことですか?』
「そーだよっ!」
 "躙り寄る好奇心"を唸らせる瑶に対し、いさなはハンターたちの願いを無視する。これは敵だ、と明確に意識して、排除――いいやどんしゅうの勢いを持って|小さき小鳥《能力者たち》へと攻撃を仕掛ける。大きく翼を羽撃かせ、届く範囲まで顔を向け、大口を開けて、呼吸に勢いを付けるのだ。
『くらうのはわたしの得意とするところ。そちらは丸呑みにさせて頂きましょう』
「まあ、食欲と好奇心には勝てんよねぇ」
 翼を広げ、いさなの起こす吸い込みの|呼吸《風》に身を任せて冬瑪はふわりと飛び上がる。|花祭・神送《シズメ》を応用だ、これは意味在る能力としては無効化して、巨大な鯨から発生する風としてだけ流用する。翼は流れに逆らわずにいさなの元へ向かう"道具"として扱ってしまおう。
 人に、妖怪に。そんな手段を最初に授けた"いさなのつばさ"で。
「そうそう!そぉれ!」
 投げられた|Blood Wet Scalpel《メス》は体格に合わない小さな瞳に対して投げる。小さすぎて見落とすのでは?
 エコーロケーションしてる場合ではないでしょう?
『小さき投擲ブツも奉納品として食らって差し上げましょう。そしてあなたも』
 吸い込みの勢いを借り受けた冬瑪が目指すべきは口ではない。風を切り、身を捩ることで巨体の上に乗り上がる。
「牽制を食らって手も足もでなくなる、とはどんな気分かや」
 鯨の巨体に飛び乗り鉞を鯨包丁の様に振るいつつ、空征くいさなを地に落とさんとする。岩礁の上と言えど、地に落ちてしまえば、古妖だろうが翼在る鯨だろうが、陸に打ち上げられた魚に等しい。
「小鳥二羽さえ、呑めないなんてお疲れなのかなぁ?」
 後からやってきて巨体に乗り上がった瑶は体制を立て直そうとする翼持ついさなの片翼を、勢いよくWriggling Bandで縛り上げて飛翔を封じてやった。
『!!?』
 巨体も片翼では飛べぬ。堕ちるいさなは、飛べぬ巨体を翻す術がない!
「切り落としちゃう?ふふふふ」
 あと折角の手羽先部位だし回しにしよっか、と言われて僅かにほっとしたいさなは、徐々に地獄の到来を識ることになる。
 小鳥たちは最初に、|呑んでしまうべき《・・・・・・・・》だった。
「そうだねえ、まずは畝須を狙うよ。お刺身は一体どんなお味だろう!あっ、ベーコンにもしようねぇ。内蔵も珍味って聞くし、下からアプローチすれば胃や腸もどっさり採れるかも♪」
 ぞっとしてしまう勢いの献立オンパレードである。
「見逃しちゃいけないのは翼の部分!前代未聞の鯨の手羽は一体どんな食感かな!」
「はは、倒す前から献立が並ぶとは、恐れ入った。瑶さんがそうやって活き活きとエンジン鳴らしとると、こっちまで腹が減ってくるじゃんね」
 封印場所に戻すなら、生命活動終了案件まで持ち込むほうが早いのかもしれない。冬瑪は、なんとなく封印脱走者のいさなが再び呼吸を吹き返すなら"封印地点をセーブポイント"にしている可能性を感じている。
 ――なんやかんや縁が此処にあるんだろうし?
 そうだといいな、の気持ちを込めて祈っておこう。
 気軽な気分で、考えるのをやめておくことにした。いさなが封印の外に限り、この騒動は終幕しないのだから――。
「ねえ!大食漢ってきいたよ?万人向け最強食糧になれそうな気持ち。今、どんなきもち?」
『ニンゲンの欲望は何処までも羽撃いていってしまうのですね、恐ろしい……』
 いさなはすっと、目を閉じた。
 もうだめだ、自分は空を翔んでいく夢を次の空に見るまな板の上の魚なのだ――。
「これだけあれば、七浦賑わうどころか何年楽しめるやら」
 解体(物理)が決行される。いさなは今回の情念利用を悔いてはいない。
 それでも空を飛び、空を教えてさしあげたのだから。
 あいすべきそらと、あいすべきそらに、感謝すると良いでしょう。
「……生態系はネットワーク。たまには被食者に回っても、ええだら?」
 翼を広げ、解体作業を手伝う冬瑪は、ロマンの一つを言葉にして刻む(物理)。


●エピローグ
 いさなの撃破は、パーツ解体、まで至る。
 全てを解体する前に、いさなのつばさが在る間に色んな人と船を集めて美味しい鯨部位を振る舞うために、手を貸してくれた翼を持つ能力者は多かった。
 減ったお腹の熱量分、それぞれが相応に満たされた時。
 ねがいのつばさは、光となって消えていく。
 いさなのつばさが起こした騒動で、否応なしに関わることとなった関係者たちは、みんな笑顔になって心と腹をたっぷり満たしたという。
 在る人は、焼肉を。派手にじゅうじゅうと焼き放題を満喫しながら。

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