死に|灼《や》かれて|命《キミ》は耀く
●地獄の朱と超越の白
√EDEN、静岡県。森と急流に囲まれた深い深い山中。ヒトの気配が皆無のその場所に、異なる√からの来訪者達がいた。
「……何、ここ」
片方の影が、少女の声で言う。禍々しい武具に身を包み、あかがね色の髪をなびかせる彼女は周囲を見回すが、目に映るのは樹々ばかり。
「東経百三十八度十分、北緯三十五度十分といった所だ」
答えたのは白い機械であった。黄金の角を冠の如くに戴いた機影は、ある種の神々しさすら帯びている。
「いや、そういうことじゃなくて。というか、緯度経度理解してるのね、オマエ」
「ヒトである汝には、ヒトの単位で説明すべきだろう」
「はいはい、それはどーも。……で、ここのどこが戦場なのよ」
いささか噛み合わないやり取り。それもそのはず、この簒奪者達の間にあるのは感情的な結びつきではなく、利害関係の一致なのだから。
「現在ここは戦場ではない。だが、いずれ戦場になる」
白い機械――√ウォーゾーンの戦闘機械たる「リュクルゴス」。
「ふーん。いずれっていつさ?」
赤い髪の剣士――傭兵簒奪者たる「クーファ・ジ・インフェルノヴァーミリオン」。
二つの影は待ち受ける。そう遠くない未来――|楽園の守護者《敵》の到来を。
●秘境に響く呱々の声
「楽園の磨羯宮に至りし凶星が、ふたつ」
空を仰いでいたサリエル・コードウェイナー(天宮仰ぐ銀の霊眸・h00064)が振り返り、√能力者達を見た。
「ひとつは√ウォーゾーンより、忌み子の群れを率いたレリギオスの王。もうひとつは彗星の如くに√を巡る魔剣の使い手」
戦闘機械群と傭兵簒奪者からなる軍勢が、√EDENへと侵入している。サリエルが語るゾディアック・サインの兆しは、そのような内容であった。
「スーパーロボット『リュクルゴス』の目的は、今回指揮下に置いている半生体戦闘機械『チャイルドグリム』が後継者の器――つまり、スーパーロボットに到達する可能性を持つ存在か見極めることだ」
この「チャイルドグリム」と呼称される戦闘機械は、ある科学者の手によって生み出された「ヒトの胎児とウォーゾーンの部品との融合体」である。原始的な生存本能のみを持ち、有機物無機物を問わずに吸収し増殖する能力を備えたそれらは、狂気の産物であると同時に計り知れない脅威だ。
「生まれる前に死んだ彼ら彼女らを、葬り去らねばならない。そのための手段はふたつ。直接破壊するか、指揮官機であるリュクルゴスを撃破するか」
チャイルドグリムの自己増殖機能を制御し成長を観測するために、リュクルゴスは今回連れてきたチャイルドグリム全機に自らの判断を元に自壊を誘発する機能を仕込んでいる。その自壊機能は、リュクルゴスが致命的な損傷を受けた時にも起動するのだという。
「もしキミたちがチャイルドグリムと戦闘するなら、リュクルゴスはキミたちとの戦いが実験に相応しいと判断して戦場を離れ、観測に集中するだろう。その結果チャイルドグリムが全滅するなら、彼はそれ以上の戦闘行動を取らず√EDENを去る」
そして、この作戦にはもう一つの段階が存在していた。
●ウォー・イズ・エヴァー
「それは、忌み子たちに『誰かと誰かの戦いを観戦させる』というものだ」
すなわち、傭兵「クーファ・ジ・インフェルノヴァーミリオン」とEDENを守る√能力者達との戦いである。
「クーファは近接戦闘力に優れた簒奪者だ。装備は√ドラゴンファンタジーのものと思わしいが、彼女自身の出自はよくわからない」
少なくとも、外見通りの戦歴というわけではないことは確かだ。達人と呼んでも過言ではない剣技を備えている。
「キミたちが現れたら、まずはクーファが戦いを挑んでくるだろう。彼女と戦っている間に、次にどちらの戦闘機械と戦うか選び決断しておく必要がある」
幸い、戦場は人の往来がほぼない山中。巻き添え被害が出ることを気にする必要はないとサリエルは言う。
「でも……ひとつ先に謝っておかないといけないことがあるんだ」
サリエルは眉を寄せた。彼女の傍らにはクーファとリュクルゴスが待ち受ける√EDENの山中へとつながる道が開いている。が、それは√EDENへ行くことができるだけの一方通行であり、帰路の存在が保証されていないのだ。
「だから、戦いの後は自力で帰還できる道がある場所を探してもらわないといけないんだけど……近くには山と川と森しかなくって……」
そのような場所だから、まずは人里まで向かって一息つかなければ帰り道を探すこともままならないだろう。現場である山中には車道がなく、唯一鉄道だけが交通手段として存在しているという。
「秘境駅って言うんだって。……ごめんね、こんなこと頼んじゃって。でも、今を逃すとリュクルゴスが√EDENのあちこちにチャイルドグリムをばら撒いちゃんだ」
そうなれば、発生する被害は想像もできない程に拡大してしまう。それだけは食い止めなければならない。
「……こほん。さあ、さだめの星の輝きが、キミたちを導いてくれる」
口調が素に戻ってしまったのを取り繕って、サリエルは√能力者達を送り出すのだった。
第1章 ボス戦 『クーファ・ジ・インフェルノヴァーミリオン』

(外部からの……他√からの協力者を用意しての襲撃)
その戦術は、|石動・悠希《いするぎ・ゆうき》(ベルセルクマシンの戦線工兵・h00642)が知る|戦闘機械群《ウォーゾーン》の戦略からはいささか逸脱しているように思えた。だが、その例外的な行動が√ウォーゾーンにおける人類の生存に一役買っているのだという可能性も否定できない。悠希は戦略的推論を一時的に放棄すると、接近してくる簒奪者――クーファ・ジ・インフェルノヴァーミリオンの迎撃に意識を集中させる。
(とはいえ…あまり手の内を見せたくはない)
工兵という職能も相まって、悠希の手札に積極攻勢向けのものは少ない。必然、クーファに先手を譲る形になった。
(しかしどうでもいいことですが――)
視界に収めたクーファが身にまとう鎧の形状に、悠希の注意力は奪われる。生物の骨格を思わせるその鎧には隙間が多く、しかもそこからは彼女の素肌が覗いている。
(凄い戦闘服……一応なんかの参考になりそう……かも)
そんなことを考えている間に、クーファが迎撃可能線を踏み越えた。銃把を握らぬほうの手で遠隔起爆装置を操作。仕掛けておいた爆薬が炸裂し、砂礫を巻き上げる。
「|災化術式起動《フェイタライズ》」
爆音の陰で簒奪者が詠唱する声を悠希は聞いた。次の瞬間、土煙を突破してクーファが姿を現す。咄嗟に銃口を向けて引金を引く――フルオート射撃。銃弾が敵を捉えるも、痛打には至らない。
「視線、露骨すぎ。言っとくけど、ウチはそんなに安くないから」
クーファが凶刃を振り被る。悠希は素早く身を投げ出して回避を図るが――山肌をごっそりと抉る斬撃の余波に吹き飛ばされてしまった。
「|災化《フェイタライズ》――」
「まぁ焦んなや、楽しいのはこれからだ」
再び強化魔術を詠唱、追撃を狙うクーファの動きを、継萩・サルトゥーラ(|Chemical《ケミカル》|Eater《イーター》 ・h01201)が突き出した銃口が阻む。
「――邪魔よ」
じろりと睨まれる。敵の標的が自分へと変わったことを自覚しつつ、サルトゥーラは引き金を引いた。|切り詰めた散弾銃《ソードオフショットガン》から放たれた弾丸が地面と樹皮に弾痕を刻んでいく。当然射程外だが、牽制だ。
強化された脚力でもってクーファは跳躍を繰り返し、照準を定めさせない戦法に出る。対して、サルトゥーラは『ファミリアガトリングセントリー』とドローン兵器『アバドン』を駆使して弾幕を張り、接近を阻む。
互いに|得物《メインウェポン》の有効射程は十数メートル圏内。先にその間合いに到達した側が機会を得る。
と、クーファが機動を変えた。樹々の間を縫うような動きではなく、幹や枝をも使って立体的に移動し、弾幕の密度を低下させようとする。
各種の薬物に浸された|サルトゥーラ《デッドマン》の脳髄は、敵の接近を阻み続けることが不可能だと即断。彼は散弾銃から残弾を排出、代わりにとっておきの一発――『ケミカルバレット』を装填する。
「やったろうじゃないの!」
薬室に弾を送りこむ。その瞬間、継ぎ接ぎされた神経系のどこかが「狙え」と囁いた。
(今のは……『誰』だ?)
浮かんだ疑問を、活性剤が押し流す。忘我と紙一重の集中力が発揮され――あからさまにならない程度に弾幕に粗密を作る――ドローンを分散させて広範囲の迎撃態勢を構築する――そうして用意した「道」のひとつにクーファが飛びこんでくるのを知覚――彼女の剣が届く寸前にこちらの弾丸が届くよう立ち位置を調整――その全てを一度呼吸する間にやってのける。
「あっ――!?」
声を上げた時にはもう遅い。サルトゥーラは引き金を引いた。√能力によって超強酸へと変わった散弾がクーファを直撃する。
銃を構えたサルトゥーラの頭上を、クーファが跳び越えていく。勢いを殺して反転しサルトゥーラの射程内に留まることよりもそこからの離脱を優先したのだが、それでもその一発で受けた被害は大きい。彼女は転げるようにして着地せざるをえなかった。
起き上がったクーファが荒い息を吐く。その時にはもう、拳を構えた|八羽・楓蜜《はっぱ・ふみ》(訳アリオンボロアパート「八羽荘」オーナー・h01581)が眼前まで迫っていた。
「いきなりだが……ここからが本番、って奴さ」
大気を唸らせる|鉤突き《フック》。巻き上がった風は|楓糖蜜《メープルシロップ》の香りがした。
左手の盾型|竜漿兵器《ブラッドウェポン》で楓蜜の先制攻撃を受けるクーファ。しかし、楓蜜がまとう濃密な殺気が彼女を逃がさない。
「|惡化《イヴィライズ》、|渾沌の血潮《ケイオス・サングイス》――ッ!」
クーファが左脚を踏み締めて耐え、反転して右手の魔剣で刺突を放ってくる。なんらかの補助魔術によるものか凶悪な輝きを帯びたその切っ先を、楓蜜は到達する刹那を見極めて左の手の甲を当てることで軌道を逸らす。
「抑えが効かなくなってきたな……まあいいか!!」
楓蜜が咆哮した。突きのために踏み出したクーファに、捻じこむようなカウンター。槍と化した足底がクーファの胴部に突き刺さる。鋼鉄が歪み、肉と骨が軋む。
前蹴りの体勢から素早く拳撃へと移行。敵の胸骨辺りに正拳を叩きこむ。堪え切れずにクーファが吹き飛んだ。
下生えを薙ぎ倒しながら転がっていくクーファ。楓蜜は攻勢のために吐き切った気息を整えるために、大きく息を吸うと視線を転じた。
周囲の森の中に潜む|戦闘機械《ウォーゾーン》ども。境界線を越えて他√から侵略してきた簒奪者に向けて、宣戦布告するように睨みをくれてやる。
(喧嘩の為に遠征か、昔を思い出すな)
人気の全くない山林には、今や闘争の気配が満ち満ちていた。
「折角|敵《お前ら》が|戦場《デートコース》を用意してくれたんだ、遠慮なく|暴れて《ゴチになって》やるから覚悟しな」
どこかからこの戦いを観測しているであろう|大物《リュクルゴス》に向けて、挑戦する意思を表すハンドサイン。
「この続きが雑魚相手では締まらん。――次は|お前《ボス》だ」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、周囲の葉陰に潜むものが彼らをじっと見ているのを感じていた。
(観戦されているって思うと落ち着かないな……)
だが、リュクルゴスとチャイルドグリム、そしてクーファという三者を同時に相手取るという勝ち目の見えない戦場よりは遥かにましだろう。敵の策略――あるいは慢心――に内心感謝を覚えつつ、クラウスは現時点での「敵」へと目を向けた。
続け様に痛打を受けた傭兵簒奪者は、それでもなお立ち上がろうとしている。
(近接戦闘力に優れているって話だけど……)
あの状態でそれを十全に発揮できるだろうか。いや、とクラウスは楽観的な思考を排し、敵の間合いに踏み入らない戦法を選択する。
√能力を発動。クラウスの全身を覆うように紫電が踊る。すぐさま、彼は地を蹴った。能う限りの最高速度で動き回りながら樹々に塞がれない射線を割り出し、次々と射撃を放っていく。
「……我が血の贖いによりて――」
襲い来るレーザーを防ぎつつ、クーファが詠唱しているのをクラウスは聞いた。√能力『|堕化蝕銀《ルーインド・クイックシルバー》』。それを発動しようとしているということはすなわち、彼女が彼を視界から逃してはいないということだ。
クーファの左腕の竜漿兵器が大槍へと形を変えていく。クラウスは決断した。簒奪者の√能力が完全に発動する前に決着をつけなければならない。
クラウスがまとう電流がその出力を増した。同時に、彼の速度がさらに引き上げられる。雷光の域へと達したこの速さならば――。
「これが俺の全力だ!」
最高速度でクラウスが突進。その瞬間、クーファがぐるりと頭を巡らせて彼を正面から迎えるように体勢を変えた。
「――処せ、|磔刑の大槍《クルーキフィクサ》」
「紫電一閃――!」
迫るクラウスと迎え撃つクーファ、二人の一撃が交錯した。
「……今回はここまで……か……」
呟いて、クーファの身体が頽れる。勝利したのはクラウスだった。彼は簒奪者の亡骸を一瞥し、続いて戦闘機械との戦いに向けて身構える。
(観測データを取られるのは少し気になるけど、全力を尽くすしかない」
彼の決意を受けるように、新たな敵が姿を現した。
第2章 ボス戦 『スーパーロボット『リュクルゴス』』

●機械を超えるもの、人を超えるもの
「――見事な戦いぶりだった」
それはどちらに向けた言葉だったのか。梢を圧して姿を見せたスーパーロボット「リュクルゴス」は、重々しい声音でそう言った。
「未熟な『チャイルドグリム』では、汝らの相手にはなるまい。それでは我が目的は達成されぬ」
リュクルゴスの装甲表面で光が弾ける。|派閥司令官《ヘッドクォーターズ・オブ・レリギオス》級の戦闘機械がまとった|力場《エネルギーフィールド》が大気と干渉しているのだ。
「私と同じ|領域《レベル》へと進化し、『|完全機械《インテグラル・アニムス》』に至る道程を踏破しうる|同胞《ウォーゾーン》が、もっと必要なのだ」
√能力者達は感じていた。魂なき機械であるはずのリュクルゴスが放つ殺気を。
「そして、私にも必要だ。私が完全に至るための原動力となる――|敵《汝ら》が」
「今回のTOPがお出ましか……ケホ」
見上げた拍子に喉を擦った空気を咳払いで吐き出して、|朔月・彩陽《さくづき・あやひ》(月の一族の統領・h00243)はリュクルゴスに向かって一歩踏み出す。
「必要なら勝手にしといてくれますか。……っていう訳にもいかんかあ」
「然り。戦って勝ち取る他に道はない」
簒奪者の言葉にやれやれと首を振り、彩陽は手にした無弦の弓に霊力をこめた。それは彼の左腕と一体化し、破魔の武装を形成する。
「……原動力になるのはしゃくではある」
だが、彩陽にも戦う理由があるのだ。それを譲ることなどできはしない。
彩陽の決意と戦意に呼応して、太古の神霊が出現する。古龍は輝く霊気へと姿を変えて彩陽と融合した。
「――興味深い力だ。観測し、記録する」
「好きにしたらええ。でも、そこでおしまい」
リュクルゴスの装甲表面を覆うエネルギーフィールドが出力を上げる。燃えるような光を帯びていくスーパーロボットを彩陽は睨んだ。敵は森の上空に位置している。その全長を合わせても十メートルには満たないだろう。……届かない距離ではない。
「そこから先は――お前に未来はない」
彩陽は地を蹴った。√能力によって増大した機動力でもって枝を足場に駆け上がり、リュクルゴスへと迫る。
「――アポロニアウイング」
装甲表面を走るエネルギーがリュクルゴスの翼へと集束していく。光の剣と化したそれが振りかざわれた。
彩陽の左手にもまた、神霊の力が集まる。それを束ね合わせて、彼は特大の霊力の矢として射ち放つ。
二つの閃光が激突した。空と大地を白く染め上げて消える。と、次の瞬間小さな流星が落下してきた。――彩陽だ。
「……ケホ」
絞り出すように息を吐きつつ、彩陽は上空を見上げる。リュクルゴスは斬撃に用いた翼を砕かれつつも、未だそこに存在していた。
火花を散らす装甲の亀裂を見やって、リュクルゴスが呟く。
「これがヒトの――心がもたらす力か。やはり侮れないな」
その声が地上へ落ちてくるよりも早く、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は走り出していた。
「認めていただいて光栄、とでも言うべきかな」
上空のリュクルゴスはクラウスの動きを察知し、これを捕捉している。その証拠に、戦闘機械の周囲に二基の超大型光線砲が出現していた。
(油断でもしてくれたら助かるけど、残念ながらそういう相手じゃ無さそうだ)
砲口が光を宿す。その輝きは一秒毎に明るさを増していく。クラウスの身体を瞬く間に焼失させ得るその脅威に、しかし彼は恐れることなく吶喊した。
「全力で行くしかないね全力で行くしかないね――一気に行くよ!」
先の能力者同様木を蹴って跳躍、クラウスは上空のリュクルゴスへと挑みかかる。振り上げた拳は√能力の起動キーだ。
ずがん! 撃ちこまれた拳がリュクルゴス・レイの一基を貫く。残骸を足場にして、クラウスは次の光線砲へと刃を突き立てる。
爆裂する光線砲を背に、クラウスはリュクルゴスに拳を叩きつけた。白い機体が揺れる。間髪を入れずに戦斧を振るい、先の攻防で損傷した翼を完全に破壊。突き刺さった斧をそのままに再び拳の一撃。
「――!」
クラウスの怒涛の如き連続攻撃によってリュクルゴスは高度を維持できなくなり、高さという優位性を失った。
|石動・悠希《いするぎ・ゆうき》(ベルセルクマシンの戦線工兵・h00642)は立ち上がり、戦線へと舞い戻った。
(危ない所だった。流石に手練れ相手に他事考えながら戦うものではなかった……)
だが、それもリュクルゴスに手の内を見せずにいられたこと、そして簒奪者の死角へと入りこめたことを考えれば怪我の功名とも言えるだろう。
「隠してた……というわけではないけど」
結果として悠希は絶好の機会を得た。上空から押しやられてきたリュクルゴスへと肉薄し、先んじた能力者と入れ替わるようにして波状攻撃をかける。
光線銃を発砲。続けて|短機関銃《サブマシンガン》の弾丸を叩きこむ。銃撃の合間にグレネードを炸裂させ、それらが尽きれば『エネルギーブレイド』を突き入れる。
|狂戦士《バーサーカー》と形容するに相応しい猛攻で、悠希はリュクルゴスを追い詰めていく。クーファとの攻防を見て彼女の戦力を低く見積もっていたというわけではなかったが、それでも先と同一人物とは思えぬほどの連撃は派閥司令官級戦闘機械にとっても全くの想定外であった。
「――損傷率増大――」
漏れ聞こえるリュクルゴスの声は、機械には不似合いな焦燥を帯びているように思えた。
リュクルゴスの周囲に、超大型光線砲がずらりと居並ぶ。機動力を犠牲にして得た強大な火力でもって一挙に逆転してみせようという構えだ。
「ならばこっちも出し惜しみ無しでいこう」
莫大な光子を帯び始めた砲口を睨み、|八羽・楓蜜《はっぱ・ふみ》(訳アリオンボロアパート「八羽荘」オーナー・h01581)は拳を打ち合わせる。周囲一帯を消し飛ばせる程の砲撃の予兆に、彼女は撃たれる前に倒すというシンプルながら確実な解決を見出していた。
「言葉は不要、いつも通り|この身で暴力で語る《ぜんぶぶっこわす》だけだ」
身の内を巡る闘志の大きさに比例するように、楓蜜の肉体が巨大化していく。√能力『|人災《ヒューマノイド・カタストロフ》』。衣服の繊維が断裂して四散し鍛え抜かれた裸身が露わになるも、楓蜜はただ眼前のリュクルゴスだけを見つめていた。
「――発射」
自らの機体全長を超え、しかしなおも巨大化していく楓蜜に向けて、簒奪者はリュクルゴス・レイを撃ち放った。浅い仰角で発射された光線が楓蜜に殺到する。
肉と骨を貫き断片も残さず消滅させるだろう光に、楓蜜は躊躇うことなく踏みこんでみせる。ずん、と一歩が地を揺らし、二歩で森を震わせた。
「――!?」
超高エネルギーの着弾を観測していたリュクルゴスは、発しようとしていた音声を乱れさせた。輝く灼熱の奔流を引き裂いて、楓蜜が前進してくる。
それこそは彼女の√能力がもたらした第二の効果――楓蜜が突き進む限り、何物も彼女を傷つけることはできない。
気づけば、楓蜜の肉体はスーパーロボットの機体高を遥かに超えた身長三十メートルへと達していた。さしものリュクルゴスも振り仰がねばならぬ程の大きさだ。
「私だって、|人間止めた《なりはてた》だけで終わるつもりなど微塵も無い」
呟きが雷鳴の如くに轟く。巨大さに比例して鈍重にも見えてしまう動きで、楓蜜は拳を振り被る。
「消えてなくなる瞬間まで、喧嘩し続け鍛え続けるさ」
それはまるで、戦神の鉄鎚。巨身の膂力全てを投じて放たれた正拳がリュクルゴスを打った。
物体の質量が大きければ、運動エネルギーも増加する。シンプルであるが故に覆しがたいその法則には、レリギオスの長といえど従う他にない。力場も装甲も、あらゆる防御を貫く破壊力が発揮され、リュクルゴスの機体を文字通り叩き潰す。
炸裂は、弔砲のように響き渡った。
第3章 日常 『列車に揺られて……』

●遠い所からの帰還
念のために周囲の森を見て回ったが、いまだ稼動している機械兵器はいなかった。予知の通りに全ての『チャイルドグリム』は存在を保てず崩壊している。
となれば、今回√EDENに襲来したウォーゾーンの脅威は払われたと言えるだろう。能力者達は戦場を後にして、最寄りの――といっても数キロは離れていたが――駅まで移動した。
静岡県内を南北に縦断する大井川に沿った鉄道の駅のひとつである。周囲に車道が通っていないため秘境駅と呼ばれるそこは、日に数本ではあるが電車の往来がある。
リュクルゴス達との戦闘の余波が運行に影響するということは幸いにしてなく、√能力者達は無事帰還することができそうだった。
北に行けば日本一高い場所に架かった鉄道橋として知られる橋梁があり、南に行けば温泉街にほど近い駅へと辿り着く。どちらに向かうにしても、当て所なく山中を彷徨うよりはよほど容易く√間の境界を見つけることができるだろう。
|戦闘機械群《ウォーゾーン》との戦いを終えた|八羽・楓蜜《はっぱ・ふみ》(訳アリオンボロアパート「八羽荘」オーナー・h01581)達が辿り着いたその駅は、そこにあることを知らなければきっと見つけられなかっただろう。
(改めて見ると凄いなこの駅は)
戦いの前にもこの近くは通ったはずだが、と楓蜜は腕を組む。もしかすると待ち受ける簒奪者に意識が向いていて素通りしてしまったのか。そういう考えが納得できる程、そこは彼女が見慣れた「駅」からかけ離れた外見をしていた。
(周りに人の気配どころか道も無い、スマホも圏外、まさに秘境)
砕石を敷き詰めた道床に枕木、そして軌条。それらの構成要素はよくある鉄道線路と同じだけれど。
「というか、この段差みたいなのがホームか」
思わず呟いてしまう。半ば土に埋もれるようなコンクリートの塊。上には待合室と思わしき小屋が設けられて駅名を記した看板と――なぜか焼物のタヌキ像がある。
「……ホームなのかこれ?」
確認してみれば、南へ向かう列車がしばらく後に到着するらしい。野宿を免れたことに一息ついて、楓蜜はスマホを取り出した。
(こんな機会でもないと絶対に来ないだろうし、たまにはこういうのもいいか)
カメラアプリを起動。ついでに√能力で撮影技能を強化して、看板を背景にセルフィーを一枚。続いて大小のタヌキに挟まれてもう一枚。
とりあえず今晩は温泉地で一泊しよう。それから、ここから北にあるという橋を見に行くというのも悪くない。
(しばしの|休息《インターバル》って事で)
そんなことを思いながら楓蜜はチューインガムを口中に含み、深々とした緑の匂いと梅の香りを胸一杯に吸いこむのだった。
(……遠い)
山中を往く電車に揺られながら、|石動・悠希《いするぎ・ゆうき》(ベルセルクマシンの戦線工兵・h00642)は胸中で呟いた。愛車を停めてある駅までの距離のことである。
(最初から車で行くべきだったか……いや)
戦場であった山には、道路の一本も通っていなかったのだ。必然徒歩で進むしかなく、そうなれば戦闘前に余計な消耗を強いられていたに違いない。むしろ、歩きでは無事に到着できたかさえ――。
ヒトの身には到達困難であり、しかしヒトの居住地から隔絶されてはいない。簒奪者があそこを拠点として選んだのは、そういう理由があったのかもしれなかった。
そうこうしている内に、列車は停まった。この辺りで宿を取るという他の√能力者達を見送って、悠希はこの後も続く列車行に備えて駅弁を買い求める。
(……って高いな?)
予想外の出費。だが場所的にも経営的にも仕方ないかと、悠希は幕の内弁当を手に列車へと戻った。
蓋を開け、割り箸を手に、塩鮭と白米を口へと運ぶ。
こうして何事もなかったかのように食事ができる。そのことが、悠希に戦いが終わったということを実感させるのだった。
さっきまで乗っていた列車が去っていく。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は安堵の念と共にそれを見送った。
(勝ったは良いものの迷子になって帰れない、なんてことになったら格好が付かないからね)
静かな道を歩いていけば、戦に昂った心もずいぶんと落ち着いてくる。そうして坂を下り切ったクラウスの目の前に、ささやかながらも平穏な山里の光景が広がった。
ちょうど出くわした老婦人が気さくに挨拶を投げてくるのに会釈を返しながら、クラウスは自身の故郷から失われた空気を吸いこんだ。
焼けた鉄や硝煙の臭いがしない風。機械に覆われていない土のままの地面を見るのは何年ぶりだろうか。
ここが|楽園《EDEN》と呼ばれる所以を、クラウスはまざまざと感じていた。同時に、
(こういう景色を守っていきたいな)
そして、こんな景色を故郷に取り戻したい。穏やかな熱がクラウスの胸中を満たしていく。
「ちゃんと帰るまでが戦い、だね」
呟いて、|兵士《クラウス》は傾き始めた陽の下を歩き出した。