ファンタジック・クリスマスマーケット
●こうして話は脱線する
【黒猫亭】の仲間達はクリスマスの日、ドラゴンファンタジーのドイツのとある街を訪れていた。
広場には数多くの屋台が立ち並び、中央の広場には飾り付けられた大きなモミの木。夜には輝くクリスマスツリーになるそうだ。
「煌びやかで華やかで騒がしくって、人で賑わう感じ。ええね!」
クリスマスマーケットの光景に、ドクター・トーマスが声を弾ませていた。
「博士。わしはともかく博士は、大人やろ? アンタ最年長やで?」
インディアナポリス・ノーベンバー・サーティーン・ワン――通称、インディが生みの親(製造者)のトーマスに対して、最年長なのにいきなりはしゃいでるとツッコミが飛ぶ。
「やー、懐かしくてなぁ! インディのAnkerになって他の世界に出られるよになったんは、ええことや」
とうのトーマスはカラカラと笑った――かと思えば、不意に目を細める。
「うちらの世界も、昔は……うちの子どもん頃はまだクリスマスもお正月もやれとったけど、最近は無いもんなぁ」
今のウォーゾーンではクリスマスは過去のものになってしまっているが、しみじみと呟くトーマスの脳裏には、戦争が始まる前の記憶が浮かんでいた。
「せやからな! せっかくやし、心置きなく楽しむで!」
しんみりするのは自分の性分ではないと、トーマスはそんな空気を自ら吹き飛ばす様に声を上げる。
「ま、テンション上がるのもわかるわ」
実の所、インディだって『アガって』いるのだ。
「データベースにある情報だけやのうて、こうして現場の空気っちゅうもんを感じるのもええもんやね」
記録でしか知らないクリスマスの空気に、インディの好奇心はどこを見ても刺激されているから。
だがそれ故の――ある意味贅沢な――悩みもあった。
「どっから見たらええか迷ってまうな? どれもこれも新鮮で真新しい珍しいモンばかりで、決められん!」
贅沢な悩みだと自覚しながら、インディは少し困った様に呟く。
「わかる。私も何処から見たらいいかな……ってなってる」
それに同意を示したのは、御園・藍であった。
「私も、クリスマスマーケットって初めてだし。と言うか、家でクリスマス関係の事、やったことないんだよね。お父さんが『うちは仏教だから』って、せいぜいケーキ食べるぐらい。お父さんお酒好きだから、多分甘いの好きじゃないからかも?」
それはそれで慣れたと言うか、受け入れてはいるけれど、と藍は微笑む。
「ボクもクリスマスマーケットに実際に来るのは初めてですね」
「私も初めてよ」
「イリスさんも?」
ニコル・エストレリタに続いて、イリス・レーゲングランツも初めてだと告げれば、藍は少し驚いた顔になった。
「服装、すごくらしく決まってるのに」
「ありがと。コーデはクリスマス意識したの」
感心と意外さが混ざった藍の言葉に、イリスがその場でくるりと回る。赤いニットのセーターに白いマフラーの組み合わせはまさにクリスマスカラー。やや丈の長いグレーのボックスプリーツスカートで落ち着いた印象を入れつつ防寒対策も取り入れている。
「私のコート、いつも通学で使ってるのだし」
落ち着いたグレーのダッフルコートは普段使い。コートの下の服も、冬の普段使いの温かい外出着だ。
「雪国の性かな……お洒落より防寒の着方になっちゃうんだよね」
「ん、ボクも普段着」
今更に少しはお洒落を考えれば良かったかと悔やみかけてそうな藍に、夜久・椛が近寄り声をかける。
『……』
「コートも似てるし。色違いみたい」
何か言いたげなオロチを掴んで黙らせながら、続ける。
椛が着ているのも、藍と同じダッフルコートの類だ。その下の服が普段着なのも、一緒である。
「いいじゃない。2人とも暖かそうよ。身体を冷やすのは良くないもの」
そんな2人に声をかけた小明見・結が着ているのは、グレーのピーコート。
「私もクリスマスカラーじゃないしね」
コートに合わせて選んだニットの帽子はアイボリー。ミディアム丈のコートの裾から見えるロングスカートは黒と、結は全体的にシックに纏めていた。スカートの生地はやや厚みがありそうだし、防寒で選んでいる部分もあるのだろう。
「ええと、ボクも普段着……」
「こう言う話の時は、口を挟まない方が良い場合もあるよ」
流れで始まった『お洒落』が話題なガールズトークにやや置いて行かれ気味で、普段着だと同調しようとしたニコルを、花園・樹が苦笑しながら止めた。
「お洒落に詳しいなら別なんだろうけど……私も詳しくないからね」
そんな樹はベージュのロングコートに、首元にモスグリーンのマフラーを合わせている。
この組み合わせは彼なりに多少頑張った――つもりなのだが、この流れでそうと言える自信はなかった。
「そう言うものですか」
冬用の普段着に厚手のジャケットとマフラーを巻いているニコルも、樹の助言に今は口を噤む事にした。
「あれ? クリスマスコーデって私だけ? 逆に変だったりしない?」
何だか自分が浮かれてるみたいに思えて、イリスのしっぽがぶわっと膨らんだ。
「ええやん、女子的にはお洒落も大事やろ。イリスちゃん、赤が似合うとるし――ウチなんてクリスマスに呉服やで」
そんなイリスをカラカラと笑うトーマスも、いつも通りの呉服姿だ。
まあインナーを厚手にして防寒対策をしているのだが、見えない部分だし。
「それに服装云々言うたら――ほら。ひとり奇抜なんがおるやろ。あそこに」
あそこに、とトーマスが指で示したのは――インディだ。
奇抜。
生みの親にそう言わしめたその服装はと言うと、ウォーゾーンのベルセルクマシンと言うこの世界では異端であろう己の種族を鑑みて、この世界の住人達に衝撃を与えないために選んだ出で立ちであった。
胴体を覆う黒いロングコート。これは良い。
問題は、その上。頭部だ。マスクをした上に伊達メガネをかけてキャップ帽子を被り、更にマフラーをぐるっと巻いて頭部を完全にガードしているのだ。
軽く取り繕う――と言うにはやや過剰ではなかろうか。マスクなんてマフラーでほとんど隠れてるし。
「な?」
「ん」
「……そうね」
「うん」
「ええ」
こうして、不意に始まったお洒落の話題は幕を閉じた。
●色々勝手に動く世界
「さ、お話はそのくらいにして、クリスマスマーケットを見て回ろう。沢山の屋台があるからね」
「そうね。この世界のクリスマスマーケットがどんな感じか、色々見て回りたいわね」
脱線していた話題を戻した樹に頷いて、結もマーケットに意識を戻す。
「此処がドラゴンファンタジーのクリスマスマーケットかぁ……いい雰囲気だね」
『そうだな。人も多いし、逸れるなよ』
「ん、分かってるよ」
注意を促すオロチに返して、椛は仲間達と共にマーケットの中へと向かっていく。
まずは雑貨屋の屋台が並んでいるエリアに向かうと、誰にとっても珍しいものばかりが並んでいた。
「スライムがサンタ帽子、被ってる。これはミミックなプレゼントボックスかな?」
「モチーフがスライムとかミミックって、この世界っぽさがあるわね」
百鬼夜行のルートでも見ない、独特なファンタジー感のクリスマス飾りに、椛もイリスも目を奪われている。
「……こっちでも、EDENと同じように飾りに意味があったりするのかな?」
EDENでも見ない飾りの数々に、樹が不思議そうに呟く。
例えば丸い飾りがリンゴの代わり――と言った意味合いが、EDENではそれぞれの飾りにあるのだが。
「ミミックの意味……?」
「……ミミックって付喪神みたいなものでしたっけ? 意味……?」
樹の言わんとするところを理解した結と藍が、揃って首を傾げた。
「有機的な敵が仰山おるから、その素材を有効活用しとるんやろな」
少し違う目線で、ひとりでに開閉するミミックの飾りを眺めていたインディの目の前から、不意にミミックが消えた。
横から伸びてきた手に持ってったのだ。
「この動力どうなっとるねん。錬金術ってもんかね? これはサメ型モンスターの牙を使とるんか! こっちは竜の鱗かいな!」
ドラゴンファンタジー特有の文化と、魔導や竜漿、錬金などの独自の技術体系に強い関心を抱いたトーマスが、気になったものを片っ端から買い物籠に放り込んでいた。
「おい待て博士ぇ! 買うんはええけど多すぎや、予算にも限りがあるんやで!」
放っておくと無駄遣いしそうだと、トーマスにストップをかけるインディ。オカンかな?
けれど好奇心のツボは、2人とも同じなのだ。
「せやかてインディ? これなんか竜の鱗を使とるんやって。珍しいやん!」
「……1個ずつにしとき!」
ダメ、とは言えないインディであった。
そうして雑貨屋を見て回っていると『オリジナルスノードームを作ろう』と看板を掲げた屋台が目についた。
こんな感じに作れます、と言うサンプルのスノードームがいくつか置かれている。
色々な形のガラスのドームの中で、雪に見立てた粉がキラキラと舞っていた。
勝手に。
誰も手を触れていないのに。
しかもドーム自体が光っていたり、粉が舞い散るどころか吹雪の様に渦巻いてるものもある。
やはりと言うべきか、スノードームも他の世界と一味違う。
「キャンドルスノードームみたいなのも作れるんだ……ちょっと寄っていっても、イイ?」
「折角だし、ボクも挑戦しようかな」
興味が湧いてきたイリスに、椛も賛同する。
「ほな、うちらもやってみよか、インディ?」
「おもろそうやな。わしもいっちょ作ってみますわ!」
トーマスとインディも、スノードームのワークショップに足を向ける。
「……ボクは別行動で良いかな?」
ニコルの視線は、別の屋台に向いていた。そこもワークショップのようだが、作れるものは別のものだ。
「私も。作るのも良いけど、雑貨屋さんをもっと見て回って、何か買おうかなって」
「そうね。私も他のお店も見てみたいかな」
続いて藍と結も、別行動を申し出る。
「じゃあ、此処からは各自別行動にして、ツリーの点灯時間までに中央の広場で集合することにしようか」
樹の提案した集合場所と時間に全員が頷き、此処から暫しそれぞれに別行動となった。
●スノードーム作り
スノードームを作るにまず決めるのは、ドームの形だ。
「お勧めのドームの形はどれなん?」
「そうだね。初めてならこの丸いタイプの一番大きいのが作りやすいと思うよ」
「ほな、それにするわ」
スノードーム自体も初めてなインディは、店員にお勧めのものを訊いてほぼ球体のドームを選んだ。
「うちもインディと同じのにしとこ」
「私はこのまあるいドームにしようかな」
トーマスも同じタイプを選び、樹は半球型を選んだ。
「錬金術を応用して、中を光らせたりできるみたいだね……じゃあ、このランタン型で」
「私はこのキャンドルタイプのドームにしよっと」
椛とイリスもそれぞれ、使うドームを選び終えた。
ドームが決まったら、中に置くパーツや、雪代わりの粉の種類を選んで配置していく。
EDENのスノードームは雪が舞う様に見せるには、水に糊を混ぜたりするのだが、その辺りは錬金術で水を使わずに実現するのがドラゴンファンタジー流のようだ。
「ふむふむ。錬金術て素材にかけとく事もできるんやな」
錬金術を組み込まれ、スイッチ1つで動く小さなオブジェの数々に、トーマスの好奇心が刺激される。
「ほんなら、これをメインに置いて――周りに飛ばしたろ」
ドクターだけあって、トーマスはこういう細かい作業はお手の物。
中心にモミの木のオブジェを置いて、その周りをペンギンが泳ぐ――と言うか飛び回るスノードームをいち早く完成させた。
「……思った以上に可愛くなったね」
少し遅れて、樹も自分のスノードームを完成させた。
「おや。樹さんももう完成かいな。早いやん」
「普段から掲示物とかよく作ってるからね。手先は器用な方だと思うよ」
トーマスの言葉に、小さな犬とお座りしている白い犬、雪だるまを配置して穏やかに雪が舞うスノードームを手に樹が笑う。
「樹さんも雪だるま使ったのね」
イリスのスノードームの中にも雪だるまがいた。その横に置いたのは周囲の街並みと同じ、この世界の家のオブジェ。
「こんなに明るく輝くなら、ナイトライト代わりに飾るのもいいね」
ドーム自体が光る様に錬金術を施した素材を選んだ為、スイッチを一つで輝きを放つ。
「よっしゃ! わしも完成や」
インディの作ったスノードームは、ドラゴンのオブジェが氷のブレスっぽいものを吐くという、なんとも勇ましいものになった。
「…ん、可愛く出来た」
ランタン型のドームの中に椛が飾り付けたのは、シマエナガのオブジェ。
こうして、5人それぞれに自信作のスノードームが完成した。
●姉として
「スノードーム、良いんだけどね」
ひとり別行動を選んだ藍は、雑貨屋の屋台が並ぶエリアに戻っていた。
見て回っているのは、スノードーム。
普通ので良い。特別なギミックはなくても――と思っていたのだけれど。
「……これ、ちっちゃいドラゴン?」
小さなドラゴンが入っているスノードームがふと目に付いた。
持ってみると、積もっていた雪代わりの粉が舞いあがり、小さなドラゴンも中で浮き上がる。短い翼がパタパタしてるのは――まあこのくらいなら良いだろう。
(「……こういうの好きそう」)
「これとこれ……ください」
赤いドラゴンと、蒼いドラゴン。
色違いを2つ選んで買うことにした。
1つは自分用。
もう1つは弟用に。
自分の分だけ買って帰ったら弟も欲しがる――姉ならではの確信。藍がワークショップで作る事を選ばなかった理由もそこにある。
「ラッピングはいるかい?」
「んー……リボンだけ色違いでつけて貰える?」
色違いなものだとすぐに分かるように、プレゼントのリボンだけつけて貰って割れないようにカバンの中に。
どちらか好きな方を弟に自分で選んでもらった方が、大事にして貰えるだろうから。
●選ぶ大変さと楽しみと
「これはキャンドルハウス……よね?」
とある雑貨屋の屋台の前で、結がひとり小首を傾げていた。
キャンドルハウス。
中にろうそくを入れられるようになっている、ミニチュアオブジェ。EDENではほとんど陶器で作られている。ヨーロッパでは古くから親しまれているクリスマス雑貨である。
「街並みが再現されていることが多いって聞くけど……家の作りにちょっと見慣れないものもあるわね?」
結の知るキャンドルハウスとは、何やら趣が違うものが多い。
なんで屋根に翼が付いていたりするのだろう。
(「飛ぶの? 建物が?」)
こっちの世界のヨーロッパはこういうのが普通なのだろうか。
「こう珍しいのが多いと、何個か買って並べたくなるわね……」
あまり多く買うと、持って帰るのも大変だ。
「1つだけにしておきましょうか」
そうすると、今度は数多くの中から1つに選ぶ、と言う難しさが結に降りかかる。
結はしばらくその屋台から、動けなかった。
●誰の為に
ニードルフェルト。
専用の針でウール素材を刺して固めながら形にしていき、人形や飾りを作るものである。
その技法もドラゴンファンタジーとなると、一風変わってくる。
「……また動いてる」
ニードルフェルトのワークショップに入ったニコルは、屋台の中で飛び回るウサギがぬいぐるみと気づいて目を丸くした。
良く見れば幾つかのパターンを繰り返しているだけだが、動きがとても滑らかなのだ。
「フェルト針に錬金術がかかっているんだよぉ」
与えたい動きによってフェルト針を使い分けるのだと店員に教わりながら、ニコルは錬金フェルト針で黒い生地をチクチクと刺して、考えている形を作っていく。
チクチクと。
只管にチクチクと。
どれほどの時間、チクチクしていたか。
やがて出来上がったのは、うにゃうにゃと話したり、小躍りするように動く、2匹の子猫の人形。
「これ、ラッピングして貰える?」
「プレゼントかい?」
綺麗にラッピングして貰ったそれをカバンにしまって、ニコルはワークショップを後にした。
●クリスマスグルメを巡る
『雑貨はもう充分、満喫しただろう?』
「ん。そろそろ美味しい物を食べに行こうか」
スノードームのワークショップを後にした椛達は、オロチに促され飲食店の屋台が並ぶ方へ向かう。
『ヴルストだ! ヴルスト食おう、ヴルスト』
そこかしこの屋台から湯気が立ち昇る中、オロチが俄かに喧しくなった。
「ヴルスト?」
その言葉に椛がオロチの見ている方に視線を向ける。
ヴルスト、と言う看板が出ている屋台。そこから漂う、肉の焼ける匂い。
「ソーセージ?」
『ドイツだと、ヴルストっていうらしいぞ。仔牛のとかもあるな』
「国によって呼び方が変わるんやね」
「オロチってば、何処で知ったのそんなの」
インディを感心させた知識をどこでオロチが知ったのかと不思議に思いながら、椛はヴルストの屋台に向かう。
ドイツと言えばソーセージ。
ソーセージと言えばヴルスト。その種類はEDENでも4桁にのぼるらしい。
「ミミックヴルストに、ドラゴンヴルストだって」
『ドラゴンのヴルストだと!? それだ!』
今まで見たことも聞いた事もない、おそらくこのルートくらいでしか食べられないであろうヴルストに、椛の尾が騒ぎ出した。
「風が冷たくなってきたし、何かあったかいものを……あ、ポットパンみっけ」
丸いパンをくり抜いた屋台を見つけ、イリスがそちらに足を向ける。
その途中で、ふと懐かしい匂いを感じた。
「あれって……シュネーバルよね?」
イリスが見つけたのは、奇妙な形のお菓子。遠目には掌サイズの球状のお菓子に見えるが、近くで見るとそれは綺麗な球ではなく、何やら歪な形をしている。ひも状にしたクッキー生地を纏めて揚げているのだ。
ドイツ語で『雪の球』の意味の名が付いているのは、粉砂糖をまぶしているからである。
尤も、今は粉砂糖以外にチョコやきなこをかけているのもあるので、雪の様な白いものばかりではない。
「お母さんへのお土産……それとは別に、みんなの分も一緒に買って行こうかな」
その前に温まってから、とイリスは先にポットパンの屋台に向かった。
「この辺は、食べ物関係のお店が多いエリアね」
たっぷり時間をかけてキャンドルハウスを選び終えた結も、同じエリアを歩いていた。
「あそこのお肉も美味しそうね……」
アイスバインなる豚肉の煮込み料理の屋台から漂う香辛料の効いた匂いにそそられるが、骨付きの肉は大きく1人だとやや重たそうか。
「みんなはどこにいるか分からないし……」
シェアしようにも相手が見つからない。
単独行動にしたのは失敗だったかと周りを見回していると、香ばしい匂いに気づいた。
匂いに誘われた先にあったのは、シュトーレンの店だ。
「香ばしくて良い匂いね」
屋台を覗くと、奥に石窯が見えた。移動式のもののようだ。
「良い匂いだろう? クリスマスマーケットだと精霊も機嫌が良くってなぁ!」
燃料はどうしているのかと思えば、火と風の精霊に焼き加減をコントロールして貰っているらしい。
「1つ貰える?」
「はいよ」
元々はかなり大きなパン菓子で、クリスマス前から、毎日少しずつ食べるものであったシュトーレン。それを1切れでも食べられるのも嬉しい所だ。
「うん、熟成させたのもおいしいけど、焼き立てはふんわりした感じでまた違っていいわね」
口にしてみれば、EDENで食べた事があるものよりも口当たりが良く、ナッツやドライフルーツの味も何処か違うシュトーレンであった。
●温かな甘さに誘われて
「もう日暮れが近いですね」
ニードルフェルトを作り終えたニコルがワークショップを出ると、空の色は夕暮れから夜の色に変わりつつあった。
ツリーの点灯が近づいている。
「そろそろツリーの方に行きますか」
広場を目指して歩く内に、飲食店の屋台が多いエリアに足を踏み入れる。
そして、ふと、甘い匂いに気づいて足を止めた。
「ホットチョコレート……」
日が落ちて、気温も下がり出している。温かい飲み物が美味しい時間帯だ。
皆の分も買っていこうかと、ニコルがホットチョコレートの屋台に向かうと――。
「マシュマロココアも売ってるのね」
「あ」
「あら」
シュトーレンを手にした結と鉢合わせた。
「皆の分もホットチョコレートを買ってこうと思ったら」
「寒い季節には、ピッタリだものね。甘くて温かくて、落ち着くもの」
意外な合流に驚くニコルに、結も少し驚きながら頷く。
「あぁ……ラム酒入りホットチョコレート、美味しい……あ」
更に屋台の中から、なんかほわほわしてる樹も出てきて、2人に気づいた。
「いやぁ。こういう場だと、男でも甘いものを買い易いのがありがたくてね」
甘いものが好きな樹だが、普段は我慢してしまう事が多い。健康に気を使って――と言う事ではなく、手を出しづらいのだ。特に、特に女子映えを狙ったようなお洒落なスイーツ系だと中々。
だがここはクリスマスマーケット。しかも異世界。そんな事、気にする事はない。
ラム酒入りにするかは、メンバーに未成年が多い事で少し逡巡した樹だが――。
「……気にしなくて良いって前にも言われたからね。買っちゃった」
今日は欲望に負けてもいいだろう。
クリスマスなのだから。
●そして光の刻
「あ、来た来た。みんな一緒だ。こっちこっち」
ニコルと結も合流し、7人がツリーのある広場の近くに行くと、一足早く着いていた藍が気付いて大きく手を振る。
「もう来ていたんだ?」
「良いの。待たせるより待つ方が気が楽だもの」
待たせたかと気にする椛に、気にしないでと返す藍。
「寒くなかった? はい、ホットチョコレート。みんなの分をって買ってきた」
そんな藍にニコルがホットチョコレートを差し出す。
「甘いものが欲しかったら、シュネーバルもあるよ」
イリスもお菓子の入った袋を差し出す。
「この揚げもの美味しいらしいですわ。他にもヴルストとか、焼きアーモンドとか、色々買い込んであるで」
インディも両手に持った色々な袋の中から、幾つかの紙袋を選んで差し出す。
「……ありがとう」
肩にかけたカバン以外は手ぶらだった藍の両手は、あれよあれよという間におすそ分けで塞がった。
「メリークリスマス」
ホットチョコレートの最後の1つを、ニコルが椛に差し出す。
「ん、ありがと」
椛の手が紙コップを取り、空になったトレイをたたむとニコルはカバンに手を入れた。
「……これ、作ってみたんだ。椛さんに、プレゼント」
「ん、プレゼント? ボクに?」
椛が意外そうに眼を瞬かせる。
「……開けても?」
「うん、勿論」
きれいに施されたラッピングを、椛の指が静かに開いていく。
「…わぁ、可愛い猫さん達だ」
透明なケースの中に佇む、2匹のフェルトの黒の子猫たちが出てきた。
「踊る子猫の人形。さっき作ってみたんだ」
ニコルが箱を軽く叩くと、それに反応して黒猫たちが小さなサンタ帽子を被り、うにゃうにゃと何か言い合いながら踊り出す。
プレゼントのために、ニコルは椛とは違うワークショップを選んだのだ。
「踊る様子も何だか楽しいね。ニコルさんはありがとう、大切にするよ」
ニコルに向けた椛の笑顔が、不意に横から生じた輝きに照らされた。
その眩しさに2人が視線を向ける。
ついに始まった、クリスマスツリーのライトアップ――なのだが、これもちょっと予想と違った。
何故なら、ツリーそれ自体が輝きを放っているのだ。
「え、これって……ツリー自体が光って……?」
電飾でのライトアップとはまるで違う輝きに、藍は驚きを隠しきれなかった。
これは――精霊だろうか。
「飾りが光ってるのもあるわね。錬金術かしら。……キラキラしていて綺麗」
更につけられた飾り自体が光っているのも気づいて、その眩しさに結が目を細める。
「そうね。お家で好きに飾るツリーもかわいいけど、ライトアップされた大きなツリーは一段と綺麗っ」
イリスも声を弾ませる。
「これがクリスマス・イルミネーションかいな。データベースだけじゃわからんもんやなぁ……こんなに綺麗なもんなんて」
「せやろ? こういう樹木も、イルミネーションも、懐かしいもんやなぁ!」
データベース以上だと言葉を失うインディの横で、トーマスも眩しそうにツリーを眺め、殊更明るい声を上げていた。
「見事なものだねぇ」
ツリーの目を輝かせる皆の様子に、樹はほっこりした気分になっていた。
ニコルもまた、点灯したツリーを見上げ、仲間たちの姿に。
隣の椛が喜ぶ様子に。
「――また来れたら良いな」
誰にも聞こえない程の小さい声で、呟いた。
それぞれの想いで。8人はしばし寒さも忘れ、幻想的なツリーを見つめていた。