シナリオ

夜空に咲くは花だけでなく

#√マスクド・ヒーロー #デザイアモンスター #魔法少女現象

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●夜桜の下の目覚め
 その公園には、早咲きの桜の木がある。
 地元の知る人ぞ知る花見スポットだ。夜にもしっかり明るい街灯があるから、ゆっくりと夜桜を楽しめると言われている。
 ――そんな公園を、その日も通りかかって。腰までの長さの黒髪を冷たい風に揺らしながら、少女はそっとため息をついた。彼女の手に提げられているのは、名門塾のロゴが入った鞄。帰り道にここを通り、花見を楽しむ人々の声を聞いて足を止めたのだ。
「……いいな、楽しそう」
 ぽつりと、零れた声は小さすぎて誰の耳にも届かない。
 少女は中学三年生。受験を終えて無事第一志望の学校への入学が決まったのに、彼女は今日も塾に通っている。親に、受験が終わったからって甘えるなと厳しく言われたからだ。
「もうすぐ卒業だから、みんな思い出作りに遊んでるのにな……私には、そんな友達もいない」
 ため息を零した少女は、公園へと足を踏み入れる。人々が集まっているのとは少し離れた場所、街灯がない場所にある桜へと近付いていって。
 月の綺麗な夜だった。灯りなんかに照らされなくても、夜桜はとても美しくて。ぼうっと少女がそれを見上げた時――急に、強い風が吹いた。
「わっ……」
 鞄を風に攫われないよう、ぎゅっと握り締める。そんな彼女の目の前にひらり、一枚の桜の花弁が舞い降りて――誘われるように指先を伸ばしたら、その花弁は桜色の光を放った。
「えっ……!?」
 驚く間に、花弁は光に包まれ姿を変える。桜の花を模ったようなコンパクト。それは少女の手に収まると、ひとりでに開いて七色の光を溢れさせ――。
 気が付けば、少女は桜色のふわふわした衣装に着替えていて、さらに体が、口が、勝手に動く。
「夜空に咲かせる、満開の花! プリティ・ブロッサム!」
 自然と零れた口上と、昔から知っているかのようにできた決めポーズ。しかし次の瞬間我に返って、少女――魔法少女プリティ・ブロッサムは、自身の姿を慌てて眺めた。
「えっ、えっ!? 変身……しちゃった? これって、魔法少女!?」
 いつの間にか、手に握っていたはずの鞄はなくて、代わりに魔法のステッキが握られている。そして同時に、少女の中に前向きな心が湧き上がってくる――そうだ、今まで両親の言われる通りに全て生きてきたけれど、魔法少女なら自由だ。自分の意志で戦えるし、きっと友達も、恋だってできるはず――!
 芽生えたばかりの勇気を胸に、少女は夜空色の瞳で桜を見上げる。誓おうと思った、目覚めさせてくれた桜に。これから、私は変わるんだって。
 ――それなのに、彼女の心は邪悪な存在を誘う餌になってしまうのだ。

●夜空に咲くは花だけでなく
「集まってくれてありがとうな! 魔法少女を助けに行ってほしいんだ!」
 集うEDEN達を瞳輝かせて見つめて、|天ヶ瀬・勇希《あまがせ・ゆうき》(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)はそう切り出す。
 最近急増した、『|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》』。これは、子ども達が男子女子問わず魔法症状に覚醒してしまう現象だ。
「魔法少女が覚醒すると、その心を狙う怪物『デザイアモンスター』が現れるんだ。これまでは、子ども達を守るために造られたメカ『ロボトロン』達がデザイアモンスターを退治してくれてたからゾディアック・サインで視ることはできなかったんだけど……今回はなぜか、魔法少女達が大量発生したからロボトロン達だけでは手に負えないんだ。代わりに現場に急行して、魔法少女を守ってほしい!」
 そこまで語ると、はあとため息をついて。勇希は話を聞くEDEN達の様子を確かめる。そうして『うん、みんななら大丈夫だよな!』と信頼の言葉を紡いだ彼は、此度向かう事件について語り始めた。
「俺が視たのは女の子が魔法少女に覚醒するところだったけど、今から行けば覚醒前に間に合うんだ。場所は√マスクド・ヒーロー、都内の夜の公園だ。早咲きの桜が咲いてて、数組だけど花見客もいる。この夜桜を見上げた塾帰りの少女が、今回魔法少女に覚醒する」
 そして少女が魔法少女に変身した直後、この公園に『デザイアモンスター』が現れる。EDEN達はその前に公園に紛れ待機しておく必要がある。夜桜の花見をしにきた花見客を装うのが自然だろうが、他にも夜の公園にいて違和感ない行動なら好きにしてくれていい。覚醒前の少女に話しかけてもいいのだが――相手は十五歳の少女である。夜に急に知らない人に話しかけれれたら常識の範囲で警戒するだろうから、その辺りは注意を払った方がいいだろう。
「『デザイアモンスター』が現れたら、花見客は逃げ出す。できたら避難誘導もしてほしいけど、敵の狙いはあくまで魔法少女……えっと、魔法少女『プリティ・ブロッサム』っていうんだけど、その子を狙ってくる。魔法少女はやる気はあるんだけど、目覚めたばかりで戦い方も知らないからさ、守ってやらないといけないんだ」
 守り方はEDEN達へ委ねられている。『デザイアモンスター』をEDEN達が引き付けている隙に逃がしてもいいし、守りながら戦ってもいい。戦い方を知らないけれど、魔法少女である。回避の仕方など教えてやれば、多少は自分でも身を守ってくれることだろう。
「『デザイアモンスター』を退治した後のことは、星詠みの俺でもわからなかったけど……とにかくこの覚醒直後の襲撃を退けることができれば、魔法少女は変身を解除して無事に帰宅できるはず……っと、そうだ、その辺もついでに」
 勇希はそこで、視得た少女の背景を語る。夜桜を見上げ寂しそうにしていた黒髪の少女。彼女は魔法少女の力を得たことで、少しだけ心に前向きな変化が見られる。
「この子、親がいわゆる『教育ママ』ってやつみたいでさ。中学ずっと勉強漬けだったみたいで……でも、春から高校生なんだって。勉強はきっと今度も続くんだろうけど、魔法少女して、勉強して、同時に友達作ったり好きな人できたりしてもいいよなって、俺は思うからさ」
 夜桜の下、咲いた新たな少女に何か言葉を贈ってくれたら嬉しい。そう語って笑った少年は、EDEN達を√マスクド・ヒーローへと続く道へと導くのだった。

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第1章 日常 『季節の花を楽しもう』


エアリィ・ウィンディア

 辿り着いた公園には、満開の桜が咲いている。夜闇の中、街灯に照らされ浮かび上がる薄紅色の夜桜達。それを見上げて、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は感嘆のため息を漏らした。
「夜桜かぁ。幻想的な風景だよね」
 昼とは違う顔を見せるその花に、不思議と惹かれてしまう。だからエアリィもこのせっかくの機会に夜桜を眺めようと、買ってきたジュースを取り出そうとしたのだが。
「あれ? あそこにいるのは……」
 公園の入り口、遠目に見えるのは黒髪の少女。塾の鞄をぎゅっと持ちながら足を踏み入れようとしている姿は、予知の通りで。星詠みの少年の言葉が脳裏をよぎるけれど、エアリィはそれよりも少女の寂しそうな顔が気になってしまった。
(「急に声を掛けたら警戒されるといわれても……やっぱり、声をかけてあげたいし」)
 思うからこそ、エアリィは思考を巡らせて。十一歳の少女である自分ならばあるいは、と考えて、そのままの自分で話しかけた。
「お姉さんどうしたの?」
「えっ?」
 そうっと様子を伺うように声掛けたら、少女は夜空色の瞳を丸くしてびくっと震える。けれど話しかけてきたのが自分より小さな女の子だと気付けば、すぐに警戒を解いてくれた。
「あ、いきなりごめんなさい。ちょっと寂しそうな感じがしたので、声を掛けちゃった」
 エアリィが申し訳なさそうに言葉を紡げば、ふ、と吐息零した少女の表情が和らいでいく。
「私、そんな顔してた……? だめだね。あなたは、こんな時間にひとり? お母さんは?」
「あ……あたしはお家がすぐそこなんだっ! お母さんは今ご飯作ってるよ」
 咄嗟に口からでまかせを言うエアリィだが、少女はその言葉を信じたようだ。『そっか』と頷いて、再び夜桜へと視線を移す。そんな少女を見て、エルフの少女はもう一度口を開いた。
「桜、とっても綺麗だよね。せっかくだから一緒に見ない?」
 浮かべる表情はにっこり笑顔。無邪気に誘えば、少女も小さく笑ってくれて。
「うん、いいよ。じゃあお母さんがお迎えに来るまでかな」
 その言葉に、エアリィは彼女が自分の心配をしてくれていることを感じ取った。家を抜け出し迷子になりかけていると思われたのかもしれない。優しい人だ――魔法少女になるだけのことはある。今は誤解を解くことはせず、エアリィは少女を誘って夜桜の近くのベンチへ一緒に腰を下ろす。
「桜って小さいお花だけど、すっごく存在感があって、あたしはとっても好き」
 取り出したジュースを開封しながら、エアリィが語る。そして零さないよう一口飲んで、続けて問う。
「お姉さんは桜好き?」
「うん、好きだよ。あのね、私が小学生の頃、毎年家族でお花見してたんだ。お母さんが桜が好きなんだって、だから……」
「お母さんが好きだから、お姉さんも桜が好きなんだ?」
 エアリィの言葉に少女が頷くから、エルフの少女も嬉しくなってしまう。だってその気持ちがよくわかる。大好きなお母さんが好きなものは、エアリィも好きだ。
 その会話をきっかけに、エアリィは少女に自分の母親の話をすることした。少女が嫌がるなら話題を変えようとも思っていたけれど、そんな素振りはない。教育に厳しい母親に抑圧されてはいても、少女は母親のことが好きなのだ。少女もぽつぽつと母親との思い出を語ってくれるから、それがよくわかる。
 ――ただし、その思い出が全て小学生の頃の話であるところについては、エアリィは気付かないふりをした。恐らく中学生になった後から、受験を見据えて厳しくなったのだろう。
 時間にしたら僅かな間ではあるが、会話で少女の心に少し触れられた気がする。そろそろ切り上げようとエアリィは立ち上がると、少女へ家へ帰ろうと思うと告げて。 
「そうそう。名前を言ってなかったね。あたしはエアリィっていうの」
 最後に名を告げたら、少女は微笑みを浮かべた。
「エアリィちゃんって言うのね。私の名前は――」

八月一日・圭
八月一日・潮

 艶やかな漆黒の髪が、突然吹き抜けた夜風に煽られる。乱れそうな髪を静かに手で押さえて、|八月一日・潮 《ほづみ・うしお》(八月一日・圭のAnkerの妹・h09415)は満開の桜を見上げた。
「綺麗……」
 この辺りの桜は早咲きなのだと言うけれど、春はもうすぐそこまでやってきているのだ。
 そっと息を吐けば、傍らにいた双子の兄――|八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)も相槌を打つ。
「綺麗ですね」
 言葉を紡ぎながら彼もまた夜桜を見上げている、けれどその時間は一瞬だ。圭の赤い瞳は、楽しそうな花見客や周囲の暗がりへと向けられる。事件が起きる場所である以上、油断などするつもりがないのだ。
「――鳥獣戯画」
 ぽつり、呟くかのような声で圭が√能力を発動する。描き出すは戯れる鳥や獣、その耳と目には敵を感知する力が備わっている。彼らを公園内に散らした圭は、花見客に紛れて動く画達に周囲の気配を探らせるが。
「……まだのようですね」
 星詠みの予知の通り、敵が現れるのはまだ先。だからこそ今から警戒しようという圭の姿に、潮はそっと微笑んだ。兄さんらしい、と思ったからだ。
 もうすぐ四月――そうしたら、潮と圭も高校生になる。それは少し大人になるような気分だと、潮は思う。
(「どんな毎日になるのでしょう」)
 今はまだ、うまく想像できない新しい学校生活。想いを馳せていた潮は、そこで近くに同い年くらいの少女がいることに気付いた。黒髪に、夜空のような深い藍色の瞳。魔法少女になる子だ――思えば潮の足は自然と彼女の方へ向き、穏やかに声をかけていた。
「こんばんは。桜、綺麗ですよね」
「あ、はい……」
 驚いた様子の少女が、瞳をぱちぱちと瞬かせている。警戒はないけれど、なぜ話しかけられたかわからないという困惑の顔だ。だから、潮は続けて言葉を紡いだ。
「春から高校生ですか? 私もなんです」
「え、そうなの? 同学年? 先輩かと思った……」
 落ち着いた雰囲気纏う潮だから、もっと年上に見えたのだと少女は語る。その表情は安堵で解れているから、潮は会話を続けようと考えて。
「その鞄、塾帰りですか? 入学が決まってもすぐまた勉強って、大変ですよね」
 自然な会話の流れで勉強の話を持ち出したら、少女の顔は曇った。やはり、勉強に縛られている現状が一番の悩みなのだろう。だからこそ、潮はそのまま夜桜を見上げて、言葉を紡ぐ。
「でも……こういう時間も、きっと大事だと思います」
 日常から少し離れて、肩の力を抜いて。そんな時間を肯定的に受け止められれば――少女は、少し前向きになるかもしれない。
 その時だ、今まで二人の様子を邪魔にならぬよう離れて見守っていた圭が、潮へと近付いてきた。
「潮、楽しめていますか」
「兄さん……」
 潮が声を上げれば、お迎えが来たと思ったのだろう。少女は潮へ『じゃあね』と声掛け、別の夜桜の下へと歩いていく。その後ろ姿を見つめる圭は、公園全体へも視線を巡らせ、静かにその時を待っている。

真心・観千流

 夜桜の咲く公園へ足踏み入れて、|真心・観千流《まごころ みちる》(最果てと希望を宿す者・h00289)はにやりと笑う。
「状況は承知しました。それでは友達になりに行きましょうか!」
 自信たっぷりに宣言すると、観千流は桜を見上げる黒髪の少女へと真っ直ぐに歩いていく。そして、聞き間違えなどできない距離まで近付くと、背後から明るく呼びかけた。
「へい彼女! そんな所に立って待ち合わせですか? 明るいとはいえ女の子一人じゃ危ないですよ」
「えっ……!?」
 驚いた少女が、慌てて振り返る。声の主が同い年ほどの少女とわかると、彼女はさらに夜空色の瞳を瞬いた。
「びっくりした……あなたも女の子じゃない。ナンパされたのかと思っちゃった」
「いえナンパです、なんとなーく私と同じ感じがするなと」
 観千流が軽やかに言葉を肯定すれば、少女は首を傾げる。その仕草に笑った観千流は、彼女の持つ名門塾のロゴ入った鞄を指し示して、大袈裟なくらいにため息を吐き出した。
「受験も終って自由だー! と思ったら母親から『次は大学受験ですね、今から頑張りなさい』とお小言ですよ、不貞腐れて散歩に出たくもなります」
「あ……あなたも?」
 瞬間、少女の顔がぱっと明るくなったのを観千流は見逃さない。心の暗いところを隠そうとする少女だが、本当は共感が欲しかったのだ。だからこその食いつきに手応えを感じながら、観千流は続けて言葉を紡いだ。
「私を心配してくれてるのはわかるんですけどね……そちらはどんな感じです? ちょっぴり話しませんか?」
 あっちの自販機で売ってる、よくわからないエナドリでも飲みながら。観千流が提案すれば、少女はくすくすと笑いながら彼女と共に自動販売機へ向かってくれる。
 ゴールの見えない勉強への憂鬱さ、親は好きだし感謝していても胸の裡にある葛藤。そんな話題を共通のものとして提供すれば、少女は観千流へ語ったことで少し落ち着いたように見えた。

ゼロ・ロストブルー

 ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は怪異ルポライターだ。その職業上、カメラはいつも手放さない。
 だから今日も――|√マスクド・ヒーロー《違う世界》にいつの間にか迷い込んだ彼は、早咲きの夜桜を見てまずカメラを手に取ったのだ。
「夜の花見か……これは写真に収めておきたい所だな」
 呟き公園の奥を見つめるゼロの緑色の瞳には、花見を楽しむ人々の姿が映っている。怪異と関係なくとも、切り取りたい光景があればカメラを向けたくなるもの。これは少し時間がかかるかもしれない、と思ったゼロは、すぐ近くのコンビニで軽食と温かい飲み物を買ってから公園へと踏み込んだ。
 人が集まるのとは違う桜を見つけて、シャッターを切る。夜桜と月と公園。素材がこれだけあれば、様々な構図を考えて撮影できる。
(「昼の桜も勿論素敵だが、夜の桜は神秘度が増してまた違った趣があるよな」)
 そう思えば、撮りたい光景がいくつもあって。熱中しすぎないよう意識的にベンチで休憩する時間もとりながらゼロはたくさんの写真をカメラに収めて――そこで、ぽつんと一本咲く桜の木の近くに、黒髪の少女が一人立って夜桜を見上げていることに気付いた。
「……こんな夜に、女の子が一人か……」
 一瞬だけ、躊躇する。このご時世だ、見知らぬ男性が幼い少女に話しかければ不審がられる危険性がある。けれどだからと言って放ってはおけないから、ゼロはカメラを持ったまま少女へと近付いていった。
 近すぎないよう距離には気をつけつつ、桜をじっと見ている少女に声掛ける。
「見物中すまない、この桜を撮らせてもらってもいいだろうか。この方向から月と共に桜を撮りたくて」
「えっ……? あ、すみませんっ」
 ゼロの声にはっとした少女は、ぺこりと頭を下げて桜の木から離れる。ありがとう、と告げて彼はカメラを桜へ向けた。カシャリ、シャッター音がして写真を収めたら画面を確認する。すると、その画面がたまたま見えたらしい少女が小さく言葉を零した。
「わあっ……綺麗」
 ゼロが顔上げて視線向ければ、少女は慌てて頭を下げる。
「す、すみせん勝手に見たりして」
「いや、いいよ。そう言ってもらえると撮ってよかったと思うな」
 謝る彼女に微笑んで、ゼロは内心こっそり安堵する。不審者と疑われることはなく会話ができている。でも、だからこそこの少女の危うさも見えてしまって――ゼロは穏やかな声音を意識して、少女へさらに言葉を紡ぐ。
「……女の子が夜に一人なのは、少し心配になってしまってな。声をかけさせてもらったよ」
 気持ち悪く感じたらすまなかった。そこまでゼロが語ったら、少女は首を横に振る。
「そんな、気持ち悪いとか感じないです! うん、それに……桜をこんなに綺麗に撮る人が、悪い人のはずないと思います」
 夜空色の瞳を細めて、少女が微笑む。その表情は、初めに見かけた時の憂い帯びたものとは違っていて。だからゼロは安堵して、気を付けて帰るようにとだけ告げると手を振り彼女と別れることにしたのだった。

雪願・リューリア

 塾帰りを思わせる鞄に、教材を詰めて。公園へとやってきた| 雪願・リューリア《ゆきねがい・りゅーりあ》(願い届けし者・h01522)はそっとため息を落とした。
(「どことなく親近感を覚えるぞ」)
 自己主張するのが苦手なリューリアは、少女の苦しみがわかる気がする。
 視線を夜桜へと向ければ、そこにはすでにぼうっと桜を見上げる少女の姿があって。その長い黒髪を風に揺らした横顔は、幼馴染の叶と似ている気がする。
「我も人付き合いは得意な方ではないが」
 それでも、彼女を守る為にも少しでも接しておくとしよう。思ったリューリアは鞄を握りしめると、少女の背中に声をかけた。
「こんなところでどうしたんだ?」
 リューリアが呼びかけると、びくりと震える少女の肩。振り返った彼女に、リューリアは微笑みかける。
「ああ、すまない。一人でいたから気になって」
「ひとりって……あなたもそうじゃない」
 不思議そうに首を傾げる少女に、笑ってしまう。胸は緊張で鳴っているけれど、話しやすく感じるのは彼女を自分と近しいと思っているからだろうか。
「そうだな。人のことは言えないが夜は危険ではあるし、暫くの間一緒に居させてもらえるだろうか」
「そういうことなら、いいよ。まだ少し、ここにいようと思ってたから……」
 少女の同意を得られて、リューリアは彼女と並んで夜桜を見上げる。薄明りの中、満開に咲く桜は美しくて。
「にしても綺麗な夜桜だな。まるで魔法がかけられているみたいだ」
 こんなこと言ったら笑われてしまうだろうか――そう思いながらもぽつりと呟いたら、少女は意外に真剣な顔で頷いた。
「そうだね、こんなに早く咲くんだし、案外本当に魔法かもしれない」
「魔法が使えれば難しい問題とかもすぐに解けて、勉強も楽になるかなと思ってしまうぞ」
「ふふ、それはちょっとズルな気もするなあ」
 くすくすと笑う少女の言葉に、リューリアも笑って『真面目なんだな』と言葉紡ぐ。
 そうして二人はしばらくの間、夜桜を見上げて会話する。その間もリューリアは、周囲の警戒は怠らないのだった。

ラデュレ・ディア
フラヴン・オディール
香柄・鳰
メイア・フルエーレ

 公園へと足を踏み入れれば、ふわりと吹いた風が桜の花弁を散らせる。夜に舞う桜は、その薄紅をちらちらと降らせて。紫色の瞳にその光景を映した|ラデュレ・ディア《███████・███・█████》(迷走Fable・h07529)は、うっとりと微笑み言葉を紡いだ。
「桜咲く公園、ステキなのです」
 夜桜の幻想的な景色を、一足先に見られることが嬉しくて。視線奪われながら桜へと近付けば、メイア・フルエーレ(呪いの檻・h06776)もこくりと頷いた。複数の色が共存する瞳が、真っ直ぐに桜へ向けられる。
「はい、綺麗ですね。まだ寒さが残る夜の空気の中で春の象徴ともいえる桜を楽しむ、何だか不思議な感覚です」
「ええ、冷たく澄んだ空気の中で眺める桜も素敵で……そうね。全てを言葉にするのは難しいかも」
 相槌を打つ|香柄・鳰《かづか・にお》(玉緒御前・h00313)が見つめれば、緑色の髪に花弁が降った。おや、と小さく呟いて、自然と落ちていく花弁を見送った後でフラヴン・オディール(記録β・h10175)も鮮やかに咲く木を見上げる。
「早咲きの桜、この季節の桜も綺麗だな。まだ肌寒いからこそ、神秘的な空気が増すというか」
「フラヴンさまのおっしゃるように神秘的、ですね……! しばらくうっとりと眺めてしまいそうなのです」
 ラデュレが笑顔で言えば、皆も頷いた。そうしてしばし桜を見つめる四人だけれど、ふと思い出したフラヴンが、桜の木の下に敷物を広げる。
「さあ、始めよう。桜の下でみんなで花見だ。今日は物を持ち寄ってきてもらう予定だったが、準備はどうだ?」
「勿論です! 今日のお花見の為に、うんと悩ませて頂きました」
 瞳を輝かせた鳰が語るその表情見れば、悩む時間も楽しかったことが伺える。『皆さんが選ばれたものも楽しみにしていますね』と継げば、ラデュレもこくこく頷いて持ってきた袋を大切に抱える。
「皆さまとのお花見、楽しみにしておりました」
 その隣では、メイアも頷きそっと微笑んだ。
「どの様なものが良いのか調べてきましたので、きっと合う物を用意できたと思いますよ」
 答えながら、フラヴンの広げた敷物の上に靴脱いで上がって。皆の顔を順番に見れば、『皆さんとお花見が出来るなんて』と喜びの言葉も口から零れる。
「お話しを聞くに、皆さん素敵な物を選ばれたみたいですね。何が出てくるのでしょうか」
 期待を篭めてそう紡げば、フラヴンの青い瞳が楽しそうに細められる。そうして彼は仲間達へ座るように促すと、得意げに大きめの水筒を取り出した。
「僕は完璧だ。あなたたちも、喜ぶに違いない。では、まずは僕から」
 ひとつ、ふたつ、並べるのは春色模した薄紅色の紙コップ。水筒の口を開けて傾ければ、コップに注がれるのは琥珀色の液体。ふうわり湯気が立ち上り、漂う香りは華やかに。四人分を注ぎ終えたら、フラヴンはそれを皆へと手渡していく。
「今日は特別に僕が贔屓にしている喫茶店の桜の紅茶だ。夜桜を見に行くと伝えたら、持っていっても良いと分けてくれた」
「フラヴンさまは、まあ……!」
 表情を輝かせて真っ先に受け取ったのは、ラデュレだった。さっそく顔を近付けて香りを確かめる。
「桜の馨しくて和らぐような香りがいたします。とてもいい香り……」
「そうだろう。甘いお菓子にも、食事にも合う紅茶で、僕も大好きだ」
 その反応に微笑みながら、フラヴンは冷めないうちに早く、と皆を促す。夜はまだ寒い中での花見だから、その心遣いが温かい。メイアもそっと手を差し出し受け取ると、カップを包み込むように持って冷えた指先を温めた。
「フラヴンさんありがとうございます。桜のことばかり意識して寒さへの対策が疎かになっていました。通われてるお店の紅茶、期待が高まります」
「フラヴンさんがお持ちになったのは桜の紅茶ですか。この熱さが今はとても有難い……! それに好い香り」
 鳰も受け取り、まずは香りとぬくもりを確かめて。薄紅色の紙コップも可愛らしいと眺めたら、大切に両手で持って仲間達へ視線巡らせた。
「こんなお茶を分けて下さったお店には私も感謝したいわ」
「ええ、フラヴンさまも、お店も、ありがとうございます」
「よかった。ではまず乾杯しようか」
 フラヴンがコップを掲げれば、皆もそれに倣って。乾杯、と言葉交わしたら、夜のお花見茶会の始まりだ。
 こくり、桜の紅茶を飲み下せばふうわり香りが鼻へと抜けていく。その味も香りもとっても楽しくて、一杯目を満喫したラデュレはいそいそと自分の持ち寄り分を取り出した。
「わたくしはお菓子をお持ちいたしました。フラヴンさまと同じく桜の、フィナンシェなのです」
 さっと開いた箱の中、並ぶはピンク色の愛らしい焼菓子達。それ見た皆は自然と小さく歓声を上げる。
「ラーレくんはフィナンシェ、春といえば桜だもんな。綺麗な焼色だ。桜の紅茶にぴったりだ」
 フラヴンは嬉しそうにひとつを手に取り、そっと包装を開けていく。桜のフィナンシェは初めてだ、どんな風味なのか期待が高まる。
「ラデュレさんも桜を使った物なのですね。どんな味がするのでしょう、食べるのが楽しみです」
 メイアもひとつ受け取ると、紅茶と合わせれば夜のお茶会の始まりといったところでしょうか、と呟く。鳰もまた『きれいな焼き色ですね!』と嬉しそうに受け取ってくれるから、ラデュレは喜びに表情を綻ばせて告げる。
「さっくり、しっとりとしていて美味しいのですよ。皆さまにも是非味わっていただきたいのです」
「さっくりしっとり……まあ、何て魅力的なお言葉。焼菓子と紅茶の組み合わせ、なんて間違いなしではありませんか!」
 そうして期待に胸弾ませて、皆はフィナンシェを口へと運ぶ。歯に当たる瞬間はさくりと、噛めばふかっとした生地の食感が楽しめる。そして、口の中へ広がる香りは、芳醇なバターの風味と桜の香りが絶妙に溶け合っていて。美味しい、と思えばもうひとつと手が伸びてしまう、やはり紅茶とフィナンシェの組み合わせに間違いはなかった。
 ひとしきり楽しんだ後で、次に持ち寄りを発表するのは鳰だ。
「私がお持ちしたのは桜の和三盆、干菓子です」
 語りながら取り出した紙箱には、表面に美しい桜の絵が描かれている。わあ、と皆が魅入る中、紙箱を開ければ――中に敷き詰められたのは、色も形も様々な桜の菓子だった。
 五葩や八重の桜、花弁の形もひとつひとつが異なって。どれにしますか、と仲間へ尋ねて、鳰は取り出した懐紙の上に選ばれた和三盆を乗せて手渡していく。その様は、まるで懐紙の上に春色の花が咲いたようだ。
「触れれば形を楽しめるのも、この目には有り難くてね。熱いお茶にもきっと合うと思うの」
 自身の分の桜を指先でなぞり確かめながら、微笑む鳰が皆へさあ召し上がれと告げる。するとラデュレは、受け取ったそのまま、懐紙の上の和菓子を大切そうに観察した。
「桜の和三盆、干菓子……! 本当に、懐紙の上にお花が咲いたようです。可愛らしくてステキですね」
「鳰さんは桜を模ったお菓子なのですね、綺麗。繊細な作り、このようなお菓子があるのですね」
 メイアもまた、その瞳に桜色の和三盆を映してじいっと眺めている。お茶会の場が更に華やいだように感じます、と告げて微笑めば、そこにフラヴンがおかわりの紅茶を注いで回ってから。
「目にも良い一品だな。僕も旅の途中で見かけたことはあるが、実際に食べるのは初めてだ」
 そうして、温かなお茶といただこうと口に運ぶ。口に入れればじんわりと溶ける和三盆。その優しい甘さは、ほっと心を満たしてくれて。美味しい、と笑い合い紅茶も飲めば、次はどの桜にしようかなんて会話も弾む。
 ――これで、残るはメイアの持ち寄り品だけ。皆が期待に視線を向ければ、彼女は真っ白な髪の下で一瞬だけ躊躇いを見せて、白い紙箱を取り出した。
「私は皆さんと方向性が違うのですが……。お花見と言えばお団子とありました、三色の花見団子です。小さいサイズにしましたから食べやすいかと」
 語りながら開けた箱の中には、言葉の通り小さな三色団子がずらり並んでいる。ピンク、白、緑の一口団子が串に刺さっている姿は、まさに花見の代名詞と言えるだろう。見慣れたものだからこそ、この場に登場したことが嬉しくって皆が笑顔で紙箱へ手を伸ばす。
「メイアさまの三色お団子も美味しそうです……! お花見といえば、この可愛らしいお団子が浮かびます」
「これぞお花見の定番! ですね、素敵……!」
 ラデュレが、鳰が手に取り見つめる、つやつやのお団子。この三色並んだ様子が可愛いのですよね、と語る鳰は食べやすいサイズにまで配慮されたメイアの気遣いも嬉しくて。フラヴンもまた、その小ぶりなサイズが物珍しく、新鮮な気持ちで手に取った。
「このようなサイズの団子もあるんだな……! 食べやすくて丁度いい大きさだ」
 そうして指先で摘まんで、ピンク色から一口で頬張る。ピンクはほのかに桜の味、白はプレーン、緑はよもぎ。色が違えば味も違って、一口ごとに異なる味を楽しめるのだからこれまた何本でも食べたくなってしまいそうだ。
 これも美味しいです、と紫色の瞳を細めたラデュレは、そのまま桜の紅茶を一口。これがまた団子の優しい甘さを中和してくれるのだから、少女はほわりと微笑んで。
「こんなにも相性が良いのですね。お花見の、和洋折衷なお茶会なのです」
「ああ、皆の持ち寄ったお菓子はどれも美味しいな。紅茶も合ってよかった」
 頷くフラヴンもまた、口元を笑みの形にしたままさらに一口紅茶を味わう。花を見ながら旅の羽休め、こんな時間がとても楽しい。
 鳰はまだまだありますよ、と新たな和三盆を仲間達の懐紙の上に咲かせながら、皆とのお喋りに興じる。水筒から注ぐ紅茶はいつまでも温かいけれど、それよりもっと、心が温かい。寒さなんてどこかへ消えてしまいそうで、ずっとずっとこの時間を楽しみたいと思う。
 メイアもまた、目と口で楽しむ桜に、少し早い春を満喫している。耳に届く皆の話も加われば、全てが心地いい時間で。
「とても楽しいひと時です、素敵なお茶会ですね……!」
 にっこり笑顔でラデュレが語れば、皆から返るのは笑顔と頷き。そうして四人の夜桜の下のお茶会は、穏やかに続いていくのだった。

第2章 集団戦 『デザイアモンスター』


●夜空に咲く魔法少女
 夜桜が咲き誇る中、少女は静かに薄紅色の木々を見上げている。その表情は、この公園へ辿り着いた時より落ち着いたものになっていた。
 ――しかしその時、急に強い風が吹き抜ける。
「わっ……」
 風に攫われないよう鞄を握り締める少女の前に、ひらり舞い降りる一枚の桜の花弁。少女がその花弁へ指先を伸ばせば――彼女の物語が始まる。
 EDEN達の目の前で、少女は変身コンパクトを手に変身する。『|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》』。魔法少女の力を手に入れた彼女は、虹色の光に包まれて、桜色のふわふわした衣装に姿を変えていた。
「夜空に咲かせる、満開の花! プリティ・ブロッサム!」
 自然と零れた口上に、昔から知っているかのようにできた決めポーズ。しかし次の瞬間、魔法少女プリティ・ブロッサムは己の姿を顧みて慌てている。
「えっ、えっ!? 何これ……魔法少女!?」
 驚く少女だが、EDEN達に説明する時間はない。なぜなら――覚醒した彼女の心を狙って、『デザイアモンスター』の群れがこの公園へと殺到しているからだ。
「わああっ! なんだあの化け物!?」
「きゃあああっ!」
 花見客から悲鳴が上がり、人々は一目散に逃げていく。しかし『デザイアモンスター』は彼らには目もくれない、狙いはあくまで、覚醒したての魔法少女――プリティ・ブロッサムなのだろう。
「えっ……! もしかして、この怪物をやっつけるために、私変身したの……!?」
 じりじりと近付く『デザイアモンスター』に後退する魔法少女だが、EDEN達はわかる、彼女の夜空色の瞳は決して怯えたりしていない。敵を見据える瞳に宿るのは、確かな勇気――そう、だからこそ彼女は魔法少女であり、その心を怪物達は狙っているのだ。
 EDEN達は周囲の状況を確認する。花見客達は多少の混乱は見られるものの、自力でも公園から脱出できそうだ。何かしらの声掛けや避難誘導があれば、怪我などなくより安全に避難することができるかもしれない。
 『デザイアモンスター』達は、公園の奥側から現れている。桜の木を潜り、魔法少女へ近付こうとしているが――今なら、少女に接近する前に介入することができる。周囲は拓けた空間だから、障害物等特に気にしなければならないものもない。
 そして、魔法少女プリティ・ブロッサムは、魔法のステッキを握り締めて怪物と対峙しようとしている。魔法の力は持っているようだが、彼女は√能力者ではない。EDEN達が守らなければならない存在だ。
 幸い、公園の出入り口側には『デザイアモンスター』はいない。奥から迫る怪物達を押し留めて、魔法少女に逃げるよう言ってもいいだろう。この場に留まらせるなら庇ったり、敵攻撃の回避方法を教えたりする必要がある。
 夜空の下、咲いた新たな少女の可能性。その花を手折らせないため、EDEN達は『デザイアモンスター』を倒さなければならないのだ。
八月一日・圭
八月一日・潮

 桜の木々の向こうから、現れ近付いてくる『デザイアモンスター』の群れ。
 気付いた花見客は一目散に公園の出入り口から避難しようとしているが、魔法少女はひとりその場に立ち尽くしている――その光景をぐるり見回した|八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)は、一瞬のうちに状況を把握し、そして静かに判断を下した。
「潮、避難誘導と可能なら彼女のフォローをお願いします」
「……はい、兄さん」
 答えるのは、双子の妹、|八月一日・潮《ほづみ・うしお》(八月一日・圭のAnkerの妹・h09415) 。彼女が花見客達の元へ向かうのを確かめながら、圭は地を蹴り『デザイアモンスター』へ駆けた。
 夜風を切って走りながら、唇を開いて――。
「――怪談『雪女』」
 静かに語れば、彼を中心に凍て付く空気が広がって、世界は静かな白へ沈んでいく。
「……欲望による侵食も、この領域では通しません」
 言葉紡ぐ圭へ、狙い定めた『デザイアモンスター』達が集まってくる。雪の物語の世界の中心で、圭は漆黒の刀を構えて敵を待ち受けた。
 双子の兄が敵を引き付けている間に、潮は逃げ惑う花見客達へ声をかけていく。
「こちらへ、出口はあちらです。落ち着いて、順番に――」
 混乱は二次災害の元になり得る、それを防ぐために慌てる人々の流れを整える潮は、周囲へ視線を巡らせて。取り残された人がいないことを確認すればほっとして、そのまま人々を公園の外へと誘導し続ける。
「大丈夫です、すぐに安全な場所へ」
 他の地点でもEDENが避難誘導をしている、おかげで花見客達に大きな混乱はなく、避難はすんなり完了しそうだ。それを確かめれば潮はすぐに引き返して、魔法少女へと近付いていく。
「あなたは、大丈夫?」
 かける声は優しく、合わせる視線は穏やかに。
「無理に戦わなくていい。今は、下がりましょう」
「えっ……でも!」
 逃げ道を示す潮の言葉に、魔法少女プリティ・ブロッサムは夜空色の瞳を見開いた。視線の先には、戦う圭の背中がある。ちらりと振り返った彼は、ただ一言だけ少女へ告げる。
「無理はしないでください」
「あっ……!」
 返事を待たぬ圭は、そのまま『デザイアモンスター』の群れへと飛び込んでいく。ぐん、と身体を低く沈めて、敵の懐へ。足に溜めた勢いで踏み込むと同時、『霊刀真黒』を横薙ぎに揮えば怪物達は大きく仰け反りそのままくずおれた。
「この先には、通しません」
 背に庇う、妹と魔法少女のために。圭はただ静かに防壁となり、群れを削り、物語で凍らせ、そしてその身を砕き続ける。
 そんな戦う姿を見て、プリティ・ブロッサムは焦ったように声を上げた。
「強い、強いけどこんないっぱいの怪物相手に無茶だよ! 大丈夫なの!?」
 倒しても倒しても、敵は桜の向こうからやってくる。EDEN達には慣れた光景だが、覚醒したばかりの少女には終わりの見えぬ恐怖があるのだろう。そして、潮もまた√能力者ではないという点で魔法少女に近しい立場なのだけれど――彼女は真っ直ぐ、兄の背中を見つめていた。
(「……兄さんは大丈夫」)
 胸に抱くのは、確信だ。物心ついた時から、片割れである兄は他の人とは少しだけ違っていた。その理由を知った、今。それでも傍にいると決めたのは、圭を信じているからだ。
 その誓いにも似た感情を瞳に宿らせ見つめる姿に、プリティ・ブロッサムは息を呑んだ。理解したのだ、同い年のこの少女が、強い意志でここに立っていることに。
「ここは任せて。あなたも、自分のことを優先していいの」
 凛と告げられる言葉は、逃げろでもなく、共に戦えでもなく――自分の思うままにできるのだと、伝えるような言葉だった。

エアリィ・ウィンディア
真心・観千流

 虹色の光が少女を包んだかと思うと、次の瞬間に現れたのは桜色の衣装を身に纏う魔法少女――その変身を様子を目の当たりにしたエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、若葉色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。彼女は変身シーンは見慣れている方だと自覚している。それでも、そして星詠みの説明を聞いていたって、やっぱり目の前で突然変身されるとびっくりしてしまう。
 しかし驚いてばかりもいられない、桜の木々の向こう側から怪物達がやってくるのが見える。悲鳴上げて逃げ出す花見客達もいるのだから、成すべきことを成そうとエアリィは声を張り上げた。
「みんな、ここは危ないからあわてずに避難してっ!」
 今、避難誘導に後退したら、魔法少女の元へ引き返せるのは少し後になってしまう。だが、今一番危険なのは覚醒したばかりの魔法少女だ。だからエアリィは花見客達へは声掛けのみに留めようと思ったのだった。
 しかし次の瞬間、周囲に発砲音が鳴り響く。少女の目の前を横切る形で飛んでいく信号弾――その先を指差し声を上げたのは、|真心・観千流《まごころ みちる》(最果てと希望を宿す者・h00289)だった。
「皆さん、あの光を追って逃げてください!」
 周辺マップは事前に把握しておいた、光の軌跡の通りに進めば安全な方向へ向かい――そして人々は『忘れようとする力』で『デザイアモンスター』のことを忘れることだろう。
 二人の声掛け、そこに視覚的な目印があれば人々も感覚的な理解がしやすい。おかげで花見客は混乱も少なく公園から脱出していく。その姿に安堵したら、エアリィは次に魔法少女の元へ駆けた。
「プリティ・ブロッサムさん、お手伝いするよ」
 とん、と軽やかに少女の隣へ着地すると、笑顔を向けて告げる。すると、魔法少女は目を丸くしてエアリィを見てきた。
「え、え? あなたさっきの……もしかして、あなたも魔法少女?」
「あはは、違うけど。でも……大丈夫。小さいって言われるけど強いよ、あたし」
 苦笑浮かべた精霊の少女の表情も、精霊銃『エレメンタル・シューター』を構えればきりりと引き締まる。そんな同い年の少女の戦う顔にプリティ・ブロッサムが驚いているうちにも『デザイアモンスター』が接近してくるから――それを、観千流が迎え撃つ。
「サスティナブルに行きましょう」
 怪物が放つ欲望のオーラ、それを人間災厄の少女は養分とする。密やかに寄生させた植物型能力複製吸収装置は急速に成長し、『デザイアモンスター』の体内からしゅるしゅると茎を、葉を伸ばして。拘束しながら敵の√能力活かして意志を抑えつければ、しばらく敵集団は動けない。
 花見客達の避難が終わるまでは、このまま抑える――頭の中ではそこまで考えているけれど、輝く瞳に見せるのはいつも通りの明るい光。そして観千流はプリティ・ブロッサムの方へと振り返ると同時、手に持っていた缶を少女へ放り投げた。
「はい、さっき自販機で買った変なエナドリ渡しておきますね!」
「わっ……!」
 弧を描いて自身の懐まで飛んでくる缶のエナジードリンクを、魔法少女は何とか手で受け止めた。『ナイスキャッチ!』なんて笑いながら、観千流はさらに言葉を重ねる。
「逃げるか残るか、どちらにしても体力は必要になりますから!」
「……!」
 その言葉に、プリティ・ブロッサムは息を呑んだ。彼女もまた、選択を少女に委ねてくれている。今まで両親に言われるままに生きてきた彼女にとって、それはもしかしたら変身したことよりも衝撃だったかもしれない。
 ドリンクの缶と、魔法のステッキ。両手に持ったそれぞれをぎゅうっと握り締めながら、少女は呟く。
「あなた達は、戦えるんだ……私より小さい子でも。それなら、私だって……!」
 熱を孕む声、キッと敵を見据える夜空色の瞳は迷いなく。その力強い瞳に怯えがちっともないことを理解したエアリィは、微笑みながら少女に声掛けた。
「一つアドバイスだよ。目を閉じたら避けられるものもよけれなくなるから。怖くても目は閉じないで。まずは回避を重視してね」
 言葉紡ぎながら、精霊銃持つのとは逆の手の指先で空中をなぞる。すると精霊の加護がプリティ・ブロッサムへ降り、防御の付与をしてくれる。
「これで、多少は防げるでしょ。でも油断しないでね」
「う、うんっ! ありがとう!」
 少女の力強い言葉に頷いて、それからエアリィは再び『デザイアモンスター』達へ目を向ける。同時に唇で唱えるのは精霊術の高速詠唱。手の中の『エレメンタル・シューター』には、次第に光が収束して。
「さ、それじゃ……。あたしと踊ろっかっ!」
 元気な声と共に銃より発射するのは、精霊の魔弾。周辺に雨のようにばら撒けば、観千流が拘束した『デザイアモンスター』達は一人残さず倒れていく。
「纏めてお相手するよっ!」
 声は明るく、行使する精霊術は鮮やかに。エアリィの戦い方を見た少女はすごい、と呟く。勇敢な少女だ、言われたことを守って、じっと敵を見据えている。その姿見れば何だか嬉しくなってきて、観千流は新たな宿主に装置を飛ばしながら声掛けた。
「プリティ・ブロッサム、よい名前だと思います。ただ私としては貴女の本名もお聞きしたいですね!」
 それは、夜桜の下で話した彼女ごと貴女なのだと伝えるように。すると魔法少女はふっと吐息を漏らして、それから笑って応えた。
「もちろんいいよ! でも……変身を解くまでは、私はプリティ・ブロッサムだから! この戦いが終わったら、改めて自己紹介させてね!」

ゼロ・ロストブルー

 ファインダー越しに見つめるのは、風に揺れる夜桜だけ。写真撮影に集中していたゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は、満足できるだけの写真を映して、満足げなため息と共に顔を上げた。
「さて、写真も撮ったしそろそろほかの場所に……ん、騒がしいがなんだろうか」
 そしてそこでやっと気付く、周囲に聞こえるは花見の喧騒ではなく――悲鳴や、助けを求める声だ。見れば桜の向こう側から、異形の怪物が近付いていることがゼロにもわかって。
「……まずいなこれは、手伝おう」
 男は、カメラを肩にかけると急いで踵を返した。緊急時は、混乱が一番に犠牲を増やす。だからまずは避難する人々の統率を取ろうと、ゼロは声を張り上げる。
「皆さんこっちです!」
 声だけでなく、手振りを大きく、目立つように出入り口へと誘導する。足がもつれる大人は酩酊のせいか、背負い運んで逃がしたりもしながら、男は周囲に逃げ損ねた者がいないかしっかり確認していく。
 やがて花見客の多くが公園から脱出し、さらに離れるよう誘導する者がいることを確認してゼロはやっと安堵した。
「ここまでやれば、ひとまずは大丈夫そうか?」
 しかしそこで、はたと気付く。少女の姿が、ない。こんな夜にひとりで桜を見上げていた少女。すでに帰った後ならばいいけれど――いやな予感がして、ゼロは再び公園の中へと引き返す。するとそこには異形の怪物『デザイアモンスター』と、それに対峙する少女、そしてその周囲には√能力者達もいる。
「……あの姿は、なるほど」
 緑色の視線向ければ、少女は姿が変わっていた。桜色のふわふわした衣装に、結い上げた髪。印象もガラリと変わっているが、不思議とゼロには先程会話した少女なのだと理解できて。しかしだからこそ、その立ち姿を見て彼は『危ういな』と思った。
(「誘導していた為距離はあるが……援護はできるだろう」)
 思考を巡らせ、視線を走らせ、ゼロは公園の隅に転がっていた大きめの石を拾い上げる。そうしてそれを手で鷲掴みにすると――大きく振りかぶって、怪物へと投擲した。
「――!?」
 驚く敵の意識を引き付けたら、鞄から取り出した『青刃の双斧』も次々と投げつける。体の中心にその攻撃をまともに喰らって、一体の『デザイアモンスター』が倒れた。後方からの突然の援護に、怪物達に動揺が走る。その隙に、ゼロは素早く駆けて魔法少女の元へと辿り着いた。
「あっ……あなたは……」
 少女――プリティ・ブロッサムの方も、夜桜の写真を見せてくれた大人だとすぐ理解したようだ。投げた双斧を回収する男を夜空色の瞳で見つめてくるから、ゼロはその意思を確認しようと問いを投げかける。
「君は戦いたいか?」
 少女が息を呑んだ。それはここまで、歳の近い√能力者達と会話したよりも、ずっと重い言葉だと少女は感じる。けれど、魔法のステッキをぎゅうっと握り締めた彼女は、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「……戦いたい、です。私は、こんな怪物に負けたくないから……!」
「そうか。ならば君の意思を尊重するよ」
 ゼロはふっと口元を緩めると、そのまま片斧を手に握る。もう一方の手にも、同じく片斧持てばその刃が青白く光る。
 『デザイアモンスター』達は決意固めた魔法少女目掛けて体を揺らしながら近付いてくる。しかしその接近を阻止するように、ゼロは双斧を怪物の腹部に光る部位へ叩き込み――その一体を無力化するのだった。

雪願・リューリア

 EDEN達の言葉を受けて、魔法少女プリティ・ブロッサムは敵の『デザイアモンスター』を臆することなく睨んでいる。
 その様子を見て、|雪願・リューリア《ゆきねがい・りゅーりあ》(願い届けし者・h01522)もまた怪物を見据えた。
「あれがデザイアモンスターか、やっぱり夜は危険ということだな」
 少女へ警告した通りになってしまったことに、リューリアはそっとため息を落とす。ここまで|仲間《EDEN》達が戦ってくれたおかげで『デザイアモンスター』は数を減らしているが、それでもまだ何体も残っている。プリティ・ブロッサムだけに任せてはおけないぞ、と思ったリューリアは、精神エネルギーと電力を練って√能力のエナジーとする準備を始める。
「やる気のようだけど魔法少女の力に目覚めたばかりだしサポートしてやらねばな」
 一歩踏み出し声掛ければ、魔法少女は瞳を瞬いた。
「あなたも、戦えるの!?」
「ああ。魔法少女ではないがな」
 驚く少女の問いに答えながら、リューリアは思わず苦笑する。あなた|も《・》と、プリティ・ブロッサムは言った。先に戦ったEDEN達だけではなく、魔法少女自身も含んでいるのがわかる口ぶりだったから。真面目な性格なのだ。先程の会話でそれを理解したリューリアだから、ひとり逃げるような選択はしないだろうと予想はできていた。
「プリティ・ブロッサム、我も協力するぞ」
 声をかけ、両手を前に突き出す。手と手の間には、エナジーが電撃帯びてバチバチと鳴っている。狙いは『デザイアモンスター』一体、対象を決めれば、無数の弾丸が標的を襲った。
「わあ、すごい! 魔法みたい……!」
「連携して戦うのも魔法少女の基本だ」
 少女の感嘆の声に応えながら、リューリアは次の波動弾を繰り出す。飛ばす先は魔法少女の後ろ、気付いた彼女もひらり身を翻して近付いていた『デザイアモンスター』から距離を取る。
 魔法少女へ近付こうとする個体から、優先して倒すリューリア。プリティ・ブロッサムへ回避や、ステッキを使った防御を教えれば、少女は軽やかに敵の攻撃を躱していく。
 ――そして。EDEN達の奮闘の甲斐があり、大量に襲ってきた『デザイアモンスター』は全て消滅した。
 最後の一体を倒したリューリアはほっと安堵のため息をつくが、いくら彼らを倒したところで終わりがないことも知っている。
「ここで『デザイアモンスター』を倒し続けてもキリがない。術者を確実に撃ち抜いていこう」
「術者? 怪物を操ってるひとがいるってこと?」
 ぱちぱちと瞳を瞬かせて混乱している少女へ、リューリアは頷く。魔法少女へと目覚めた彼女は保護対象ではあるが、敵のことを伏せておくわけにもいかないだろう。
「この辺りに集まっていた怪物は全て倒した。こうなったら、術者も黙って隠れているわけにはいかないだろう」
 再び、警戒を促すように藍色の髪の少女は言葉を紡ぐ。
 そんな彼女達の元へ、予想の通り元凶たる術者はゆっくりと近付いてきていた。

第3章 ボス戦 『闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』』


●夜桜とクローバー
 花見客は無事全員の避難を終え、異形の怪物『デザイアモンスター』は全てを撃破した。
 静かになった公園の中で、魔法少女プリティ・ブロッサムはEDEN達を見て微笑む。
「ありがとう……一緒に戦わせてくれて」
 言葉紡ぐ彼女の夜空色の瞳には、希望の光が灯っていた。親の言うがままに生きてきた少女は、今日、自身で戦う選択をしたのだ。それはきっととても勇気が必要なことだったはずで、だからこそ己に挑み勝利した魔法少女の顔は晴れやかだった。
 このまま彼女を帰宅させても、もう大丈夫だろう。EDEN達がそう考え変身解除を促そうとした、その時――公園に、一人の少女がやってくる。
「あら、全員倒されてしまいましたか……」
 黒と赤を使ったふわふわの衣装、手には魔法のステッキ。淑やかに微笑み立ち尽くす彼女を見れば、EDEN達は理解する。彼女は簒奪者に堕ちた魔法少女なのだ、と。『デザイアモンスター』をこの場所へ向かわせたのも、彼女の仕業に違いない。
「手ぶらで帰るわけにはまいりませんので。お相手していただけますか?」
 金と紅の|双眸《オッドアイ》で、プリティ・ブロッサムを見つめて。闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』は、四葉のクローバーの装飾が施されたステッキを突き出した。
 ――その時だ。敵の視線を受け止めて、それでも逃げ出さなかったプリティ・ブロッサムが突如、不思議な光に包まれる。
「えっ!? この光は何……!?」
 本人が一番驚いているのだから、意図して出しているわけではないようだが――やがて光は周囲も照らし上げ、辺りは『輝く魔法のフィールド』へと変化した。EDEN達には、それが彼女の魔法の加護なのだと瞬時にわかる。身体能力上昇、治癒速度上昇、空中ジャンプ能力付与。それらの強化を齎す彼女のフィールドは、丁度公園をすっぽりと包んでいて。
「これが、私の力……!」
 魔法少女の瞳に、気力が満ちる。とは言っても、悪堕ちした魔法少女へ攻撃を仕掛けるほど無知でもない。敵と対峙したプリティ・ブロッサムは、不安げにEDEN達を見つめた。
 ――EDEN達がなすべきことは、この簒奪者の撃破。『デザイアモンスター』を仕向けた彼女を撃退すれば、今度こそ此度の混乱は解決となるだろう。夜桜の下、新たな魔法少女の与える強化受けて、敵と戦う。少女と話すのは、その戦いの後でも決して遅くはないはずだ。

※魔法少女プリティ・ブロッサムの自キャラクター化希望をされる方は、プレイング冒頭に『🌸』の絵文字だけ入れておいてください。引き取ってくださる方がいらっしゃいましたら嬉しいです!
八月一日・圭
八月一日・潮

「……現れましたね」
 闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』の登場に、一歩踏み出したのは|八月一日・圭《ほづみ・けい》(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)だった。己がAnkerである|八月一日・潮《ほづみ・うしお》(八月一日・圭のAnkerの妹・h09415)と魔法少女プリティ・ブロッサムを庇うように前に立つ。するとその瞬間、周囲に光が広がった。
「……この力は」
 赤い瞳を瞬いて、圭は身体が軽くなるのを感じる。『霊刀真黒』を握る手にも、しっかりと力が入る。それが目覚めたばかりの魔法少女の力なのだと、圭も自然と理解した。
「――ありがとうございます」
 一度だけ後方へ視線を送り、唇開いて短く告げる。それから圭は大地を踏みしめる脚に力篭めて――ぐん、と前方へ跳躍した。体に充ちる力を確かめるように、そのまま闇の魔法少女の元へ一息に接近する。
「っ……!」
 『ロゼ・クローバー』はクローバー飾ったステッキを構えて魔法を使おうとするが、漆黒の刀が揮われる方が早い。
「距離は取らせません」
 短く告げた圭は、黒き斬撃を彼女へ浴びせてそのまま横跳びに移動する。オッドアイでその動きを追おうとする闇の魔法少女だが、狙い定める前に赤髪の少年は移動を繰り返している。空中すらも足場にして、上下左右に軌道を変える。その動きに翻弄された『ロゼ・クローバー』は、ぐっと唇を噛んで再びの一太刀を受けていた。
 敵へと刃揮う圭の背中を見守りながら、潮はそっとため息を零す。
(「……やっぱり、遠い」)
 潮は兄と違い、力を持たない。先程の『デザイアモンスター』を相手した時と同じ、彼女にできるのは圭の背中を見送ることだけだ。その差がどうしようもなくて胸がきゅっとなるけれど、だからこそ、この視線だけは逸らしたくない。
「……兄さん」
 彼に届かないようただ小さく呟いて、潮はプリティ・ブロッサムの元へと歩み寄っていく。その気配に振り向いた魔法少女の瞳が不安に揺れていたから、少女は穏やかに微笑んで。
「大丈夫、あなたの力はちゃんと届いている」
 漆黒の瞳を夜空色の瞳と絡めながら、潮ははっきりと伝えた。ずっと見てきたからわかる、兄の動きはいつもよりも洗練されている。周囲を照らす優しい光、これが魔法少女の力だと言うのなら、それは確かに圭を、そして周囲のEDENをも強化しているのだ。
 潮の言葉に、魔法少女は一度瞳を見開いて、それから眉を寄せて遠慮がちに問いかけてくる。
「あの……あなたは、大丈夫なの?」
「え?」
「怖くないのかなって、思って……」
 戦う術があるわけではないのに、戦場に立つ少女。それでも怯えずそこにいられる潮のことが、不思議なのだとプリティ・ブロッサムは言う。その言葉に潮は数度だけ瞳を瞬くと――自然と、戦う兄へ視線を向けていた。
 そして、小さく言葉を紡ぐ。
「これが、私の選択ですの」
 その答えは、あの日の決意を確かめるようなそんな音で。潮はさらに一歩前へ進むと、少女を庇うように位置を取る。
 ――その時だった。闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』が、くるり振り返り少女達を見る。その双眸がにやり笑ったことに気付いたプリティ・ブロッサムは身を固くするけれど、潮は真っ直ぐにその視線と、そしてその奥の圭の姿を瞳に捉えたままだった。
「……大丈夫」
 唇から零れる声は、今度は魔法少女へだけではなく。ただ、兄を信じて祈りを捧げる言葉。その願いを知ってか知らずか――『ロゼ・クローバー』の行く手は、割り込んだ圭の刀が阻んでいた。
「……何を考えた」
 赤い瞳が、ぎらりと怒りに輝く。一瞬のうち、敵の瞳に浮かんだ感情を圭は見逃さなかった。後方を向いた彼女が、にやり笑って向けた視線。そこにあったのは、潮へ向けられた害意だった。
 それを見た瞬間、圭が裡に抑えていた何かが軋んだ。全身の血が沸騰するような感覚に、彼は抗うことなく身を任せる。その体はたちまち剣鬼「修羅」の如き姿に変化して、手には『神剣・天羽々斬』が握られていた。
「――修羅転召」
 呟きと共に、とん、と踏み出す。それだけの動作で、圭は『ロゼ・クローバー』の背後へと回り込んでいた。神剣が、業火纏うように輝き一直線に振り下ろされれば――闇の魔法少女は痛みに悲鳴を上げることしかできない。
「消えろ」
 静かな怒りを篭めた、圭の声。その強力な一太刀を繰り出す彼の姿も、潮は目を逸らさずに見つめていた。

真心・観千流
ゼロ・ロストブルー

 戦場にふわりと光が広がれば、EDEN達の体に力が満ちる。自身の変化に驚いて、ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は緑色の瞳を瞬いた。
「これは……君の力か」
 視線を向ければ、魔法少女プリティ・ブロッサムは真剣な表情でこくこくと頷く。そんな姿に微笑んで、ゼロはその場で軽く双斧を揮ってみた。ぶん、と風切る動きは、いつもよりも速度と精度が上がっている。その身体能力の変化は、|非能力者《Anker》である青年にとっては新鮮なものだった。
「……うん、これならいつも以上に立ち回れそうだ」
 言葉を紡ぐと、ゼロは双斧に祈りを捧げ――駆け出した。地を蹴る、体が軽い。まるで羽が生えたようだ。
 闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』の元で弾丸のように奔るゼロを見送りながら、|真心・観千流《まごころ みちる》(最果てと希望を宿す者・h00289)は迎え撃たんとする敵を観察していた。四葉のクローバーを飾った魔法のステッキから、ぱちりと電撃の力が漏れているのが見える。その攻撃がゼロ一人への反撃に留まらないことを、人間災厄の少女は瞬時に理解した。
「と、範囲攻撃を持ちますか。であれば防御と支援に回りましょうか!」
 笑みを浮かべた観千流は、プリティ・ブロッサムへと近付くと天を見上げて声を発した。
「天頂の者達よ、未知に希望を見ているならば、この呼び掛けに応えよ!」
 呼びかける相手は、彼方に住まう天使達。唇より紡ぐは、繋がりの歌だ。戦場へ澄み渡るような声が広がれば、魔法少女プリティ・ブロッサムの傍らに守護天使が出現する。
「これは?」
「ナノ・クォークの逆説応用です! プリちゃんを守ってくれますよ!」
「ぷ、プリちゃん?」
 ぱちぱちと瞳を瞬く魔法少女に、ウインクひとつ。手にした『√Gazer』を操作し、単分子の糸を張り巡らせれば、プリティ・ブロッサムの体がさらに光り輝く。その支援の光を受けるゼロの傍にも、観千流の守護天使が現れていた。
「まとめて稲妻で撃って差し上げます! サンダーストーム!」
 『ロゼ・クローバー』が凛と声を張り上げれば、掲げたステッキの先から電撃魔法が撃ち出される。それは複数の稲妻となって戦場に次々落ちてくるが、観千流も、プリティ・ブロッサムも、そしてゼロもそれを軽やかに躱す。
「なっ……!?」
 ひとつも当たらないとは思わなかったのだろう、驚いた闇の魔法少女が僅かに後退る。そこへ迫るゼロ、咄嗟に『ロゼ・クローバー』はステッキを振り下ろして攻撃するが、それすらもゼロの交差させた双斧に受け止められた。
「はは、これは凄いな……!」
 反応速度も、回避行動も、全ての動きが自身の身体能力以上だ。高揚が思わず口から洩れるけれど、次の瞬間ゼロははっとして双斧を振りぬき、ステッキを弾いて後退する。変わらず心は沸き立っているけれど、こういう時程冷静でいなければと彼は思う。
 自身と同じく魔法少女の力も強化されているのだろうが、それでも攻撃が飛ばぬよう気を配ることに変わりはない。ゼロは再度『ロゼ・クローバー』へ接近しながら、得物握る両手に力を篭めた。
「魔法少女の事はまだよくわからない。けれど、敵意を向けるなら、悪いが見逃せない」
 低い声で言葉を紡ぎ、高く跳躍する。空中でさらに跳び、その先で足を振り上げ独楽のように回転する。重力と体重、そして遠心力――篭められる力を集めて乗せた双斧を振り上げて、ゼロは闇の魔法少女の頭目掛けてそれを叩きつけた。
「きゃあああっ!?」
 悲鳴を上げる彼女の足元に着地すると、そのまま薙ぎ払いの追撃。まともに喰らってよろめく『ロゼ・クローバー』を見て、ゼロも観千流も手応えを感じていた。
 敵に反撃の余裕はない。冷静に観察しながら、観千流は傍で成り行きを見守るプリティ・ブロッサムへと声をかける。
「自分の足で歩くことが出来るようになった貴女に一つだけアドバイスを。人格というものは50%遺伝子で決められると言います、それはつまり貴女の優しさや強さをご両親も持っているかもしれないという事です」
「え? お母さんとお父さんも……?」
 紡がれた言葉に、魔法少女の夜空色の瞳が揺れた。敵への警戒は怠らぬまま、青い瞳でちらり少女を見た観千流は頷く。
「だから一度向き合ってみてください。貴女の自由を奪う鳥籠は、もしかすると貴女を守るための盾なのかもしれません」
「……」
 プリティ・ブロッサムとなった少女は、観千流の言葉に躊躇いを見せる。今まで言いなりで過ごしてきた親と向き合う、それは『デザイアモンスター』や『ロゼ・クローバー』と対峙するよりも勇気のいることかもしれない。でも、魔法少女となり希望を胸に抱いた彼女なら、不可能ではないはずだから。
 敵の電撃を避けながら、後退してきたゼロも少女へ笑みを向ける。√能力を扱わずとも戦う男。彼もまた、夜桜の下咲いた少女にエールを送る。
「戦うと決めたなら、出来ることを見極め……どうか笑って乗り越えられるよう強くなってくれ」
 戦う。それは襲い来る敵だけではない。己の現状と、この先の高校生活と――その全てを乗り越える力が備わっているはずだと、彼は訴える。
 二人のEDENの言葉は、力強くて。それを聞いた魔法少女は――ひとつの決意の光を瞳に灯して、真っ直ぐに前を向いていた。

エアリィ・ウィンディア

 闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』が現れた時、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)はすぐさま魔法少女プリティ・ブロッサムの元へと駆けていた。次の瞬間、ふわりと光が魔法少女から溢れて戦場を照らしていく。若葉色の瞳を見開いたエアリィは、強化された自身の体を自覚して掌を見つめた。
「ブロッサムさんの力?」
 桜色の魔法少女へ視線送れば、魔法のステッキを握り締めた彼女が頷いている。その姿に精霊の少女はにっこりと笑顔を浮かべて、精霊刃『エレメンティア・ティアーズ』を抜き放った。
「うん、大丈夫、これならやれるよ。もうひと踏ん張りだから、力を貸してねっ♪」
 気合十分、明るい声をプリティ・ブロッサムへと送ると、エアリィは剣の先から風の精霊術を放ち、再び彼女へ防御の加護を付与した。
「またお守りを預けるね。無理はしないよーにっ♪」
「う、うん、ちょっと慣れてきたから、私は大丈夫……!」
 返る言葉の頼もしさに、思わず口角も上がる。エルフの少女はそのまま敵へ向けて剣を構えると、そっと息を吐き出して。
「さて、体が軽いならこれが生きるよね」
 言葉と共に詠唱を始めれば、周囲に精霊達の力が集まってくる。火・水・風・土・光・闇、それぞれの光がエアリィの身を包み、更には精霊刃にも纏わり付く。
 |六芒星増幅術精霊斬《ヘキサドライブ・ブースト・スラッシュ》。速度を上げて近接の斬撃ができる力を得るのは、魔法少女にもらった身体能力をさらに強化するためだ。『エレメンティア・ティアーズ』を右手に構え、精霊銃『エレメンタル・シューター』を左手に。いつでも引き金引けるよう構えたら、エアリィは地を蹴り駆け出した。
「いっくよーっ!」
 軽やかに駆ける、その姿は高速のあまり一瞬のうちにかき消える。|双眸《オッドアイ》を見張る闇の魔法少女は慌てて周囲へ視線を巡らせるが、捉えられるのは残像ばかり。牽制の射撃に翻弄されるその頃には、エアリィはすでに彼女の背後に回り込んでいた。
「くぅ……っ!」
 焦りの声を上げながら、『ロゼ・クローバー』が魔法のステッキを眼前に構える。次の瞬間、ギィンと音立てステッキに当たったのは、エアリィが横薙ぎに揮った精霊刃だった。神速で魔法少女を狙った斬撃が、紙一重のところで防がれた。それがわかっても、エアリィは決して怯まない。そのまま刃を滑らせくるりと回転、突き付けるのは精霊銃だ。
「精霊達とのコンビネーション、見せてあげるっ!」
 凛と声を張り上げたら、銃口から噴き出すのは精霊が作りし、複合魔力を束ねた刃。そのまま回転の力乗せて素早く揮えば、輝く斬撃が『ロゼ・クローバー』の腹部に深く食い込んだ。
「あああっ……! まさか、銃をそんな形に使うなんて……!」
 痛みに喘ぎながらも、闇の魔法少女が驚きの声をエアリィへ向ける。すると彼女は、青い髪を風に揺らしながら得意げに胸を張った。
「ふふ、剣だけが斬撃じゃないからね!」

雪願・リューリア

 予想通り、姿を現した術者――黒と赤の衣装を身に纏う闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』を翠色の瞳で捉え、|雪願・リューリア《ゆきねがい・りゅーりあ》(願い届けし者・h01522)は警戒を強める。
「早速闇堕魔法少女の登場とは。まだ気を抜くのは早そうだ」
 言葉を紡げば、ふわりと宙に浮かび上がるのは自律式機械剣『ヴォルテクスブレイド』。きらりと輝く切っ先を闇の魔法少女へ向けて、藍色髪の少女は凛と声を張り上げた。
「プリティ・ブロッサムの開花をここで散らすわけにはいかないぞ」
「……ふふ、まるでその子を守るヒーローのようですね」
 リューリアの宣言を聞いて、『ロゼ・クローバー』は口の端を釣り上げて笑う。すでにEDEN達に刻まれた傷で体はよろめいているけれど、その声に諦めた様子はなかった。
 だから、光り輝く魔法のフィールドの上で、少女は迷わず攻撃を仕掛ける。エレクトリカル・エナジーを流して操る機械剣は、複雑な指示でも正確に受け取って。宙を舞い、地のすれすれを滑るように飛び、ありとあらゆる方向から包囲すれば闇の魔法少女がステッキを構える。
「それで包囲したつもりですか? まとめて稲妻で消し飛ばします!」
 オッドアイでリューリアを睨み、握るステッキに力を篭める簒奪者。ステッキの先からはバチバチと電流が走り、攻撃が来ることを告げているから。リューリアは魔法少女へ動かないように告げて、『サイキック・ファミリア』や『フレックスウォール』を彼女の周囲へ展開する。金属板とバリアによる防御があれば、非√能力者でも耐えられるはずだ。
 プリティ・ブロッサムの安全を確保すると、すぐにリューリアは『ヴォルテクスブレイド』の群れを敵に向かわせた。頭上から、足元から、前から後ろから。一斉に襲い来る自律式機械剣を、避けきれるはずがない。だからこそ、敵はステッキに篭めた電撃魔法を目障りな剣目掛けて使用した。
 バチバチと、放たれた稲妻が機械剣を狙う。剣は雷に打たれ消し飛ぶものもあれば、避雷針のように電撃をやりすごすものもある。それでも残された機械剣は、次々と『ロゼ・クローバー』の体を切り裂いた。
「くっ……!」
 足元をふらつかせる闇の魔法少女へ、リューリアは油断なく次の攻撃を繰り出す。|オーメンスフィア《ブレイド・ストリーム》、この√能力が操れるのは彼女の武器に限らない。だから公園内に残されたあらゆるものから武器になりそうなものを、とにかくぶつけることにする。
(「いかにもしつこいのは苦手なタイプに見えるしな」)
 少女の予想は当たっていた、雨のように降り注ぐ様々な物体に、『ロゼ・クローバー』の顔に動揺が生まれる。
「こ、こんなにたくさんの物体、どうやって……!」
「普段の我なら不可能でもプリティ・ブロッサムの力を借りれば可能だ。本当に頼もしい力だ」
 微笑みちらりと桜色の魔法少女を見れば、彼女は頬を染めて嬉しそうにしている。その姿を守りたいから――リューリアは決して攻撃を止めず、ついに闇の魔法少女を圧し潰す。
「ああああ……! 悔しい、その『心』がほしかった……!」
 上がる悲鳴は闇堕魔法少女『ロゼ・クローバー』の怨嗟。オッドアイにプリティ・ブロッサムを映し、ステッキ取り落とした手を魔法少女へ向けて――簒奪者は、そのまま力を失い消滅した。

●咲いた少女とEDEN達
 敵が消え、喧騒の遠退いた公園には、変わらず夜桜が舞っていた。
「もう大丈夫だ、頑張ったな」
 リューリアが声をかければ、魔法少女プリティ・ブロッサムはその場に座り込む。緊張が解け、一気に力が抜けたのだろう。仲間のEDENがそんな彼女を支えたら、変身が解けて元の姿に戻った少女は『ありがとう』と小さく礼を告げた。
「私、本当に魔法少女に……これからどうしたらいいんだろう……」
 手の中に残ったのは、桜の花を模ったようなコンパクトだけ。夜空色の瞳を不安げに彷徨わせる少女は――しかしそこで、EDEN達の顔を見てふっと表情を和らげた。
「ああ……そっか。そうだよね。もう、みんなが教えてくれた」
 そして、少女はゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐな光を灯した瞳を細めて笑う。
「私、お母さんとしっかり話してみる。怖いけど、大好きなお母さんだもん。お父さんとも……。そして、私もみんなみたいに、強くなって戦うの!」
 力強く言葉を発した時、びゅうと強い風が吹いた。少女の黒髪が風に靡いて、散った夜桜が空へと舞い上がる。
 暗い夜の中、薄紅の花弁は光り輝くようで。その確かな明るさは、少女の心に灯った勇気のように見えるのだった。


※魔法少女プリティ・ブロッサムのキャラクター登録について、八月一日・圭(螺鈿を纏う修羅の語り部・h09402)さんに権利をあげます。

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