シナリオ

甘き実りと収穫を

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 √ドラゴンファンタジー。
 竜と遺産と冒険と。
 ダンジョン探索が身近な√の人々、その生活に欠かせないものは、それ以外にもまだある。それは、

「ねぇねぇ、昨日のエリンの配信見た?」
「みたみた〜! 新作の星屑パイ食べたーい!」
「サーシャがSNSに上げてた、ユニコーンの夢色パフェも映えてたよねー」
「え、まって、なにそれ知らない!」
「じゃあ、今日のダンジョン帰り寄ってく?」
「えー、寧ろ行く前に寄ってテンション上げてこ!」
「それいい〜! さんせーい!」

 きゃあきゃあと、話に花を咲かせて駆けて行く若き冒険者達。そう、モンスターとの戦いにダンジョン攻略だって大切だけど、話題のスイーツや配信、SNS映えだってとってもとっても、大事なんです!

 ●

「やあ、皆。集まってくれて有難う」
 真白の耳を少し揺らして、星詠みのひとりであるステラ・ラパン(星の兎・h03246)が、彼女の元へ集った√|能力者《きみ》たちへと語りかける。
「君達へ、|星詠み《ぼく》からの依頼だよ。あるダンジョンで起こる危機を、未然に防いで欲しいんだ」
 くるりと、集った√能力者たちに向けて彼女が語る事には、√ドラゴンファンタジーに在る冒険王国の一つ。その傍に存在するダンジョンの1エリアに強力なモンスターが出現したのだという。突如、ダンジョンの浅いエリアに出現した主は、その街の冒険者たちにまだ知られていない為、いつものダンジョン攻略気分で訪れた若き冒険者たちが危険な目に合う、という未来をステラは予知したのだという。
「その街の冒険者たちが予期せぬ危険に合わないよう、君達で先に倒してきてくれないかな」
 √能力者である皆なら、苦戦を強いられるほどではないと思うよ、と、彼女は信頼を籠めた声音で告げた。
「ただ、詳細なエリアまでは、予知出来なかったんだよね」
 彼女曰く、予知により読み解いた中で、主のエリアに該当する場所は2か所。片や遊園地のようなエリアを抜けた先。片や、多くのモンスター蔓延るエリアを抜けた先。そのどちらかが、主の出現したエリアに続いているのだそう。
「星の囁く言葉は小さくてね。全てを拾いきれず申し訳ないんだけど……」
 そこは、君達の情報収集の力に期待しているよ、と。片耳を跳ねさせた彼女は、小さく笑って見せた。

「ところで、君達は甘いものは好きかい?」
 ふと思い立ったように続けて問いかけたステラ曰く、此度の予知に出た冒険王国の街では、最近出来た|甘味通り《スイーツストリート》が、話題なのだそう。若き冒険者たちを始め、甘いもの好きの人々が多く集う場所になっていて、情報収集にはもってこいだというのだ。
「主そのものの情報は未だ広まっていなくても、主の出現によってダンジョンに多少の変化は起きていると思うんだよ」
 そうして、情報通の人々が今こぞって集まっているのが、冒険者発信のSNSや配信でも盛況な|甘味通り《スイーツストリート》。『天色の実り』の異名を持つ、此度の冒険王国は、街やダンジョンから得られる果実や野菜、家畜など様々な『実り』に満ちた街。故に元より食が豊かな街であったが、それらを使った様々なスイーツが今の売りである様子。
 煌めく星空を閉じ込めたような『星屑パイ』や、色とりどりのパステルカラーのクリームで彩られた『ユニコーンの夢色パフェ』。ふかふか食感で冷たく蕩ける『蜜雪のゆきだるまパンケーキ』に、口の中で弾けては音が鳴る『歌う虹綿飴』。砂糖のように甘く食べられる『|極光花《オーロラフラワー》の花束』などなど。王国の特産品やパティシエの腕をふるった映えスイーツがあちこちに。
「情報収集がてら、冒険前の腹ごしらえや心の栄養補給をしてきてよ」
 目の前の映えスイーツを堪能することで、同じものを楽しむ人たちと打ち解けたり。話が弾んで情報を聞き出せたりもするかもね、と、小首を傾げて見せた娘の耳がまた揺れた。
「それじゃあ、楽しむ先に人助けの為の冒険も一つ、頼んだよ」
 宜しく、と、丁寧な礼をひとつ。兎ステッキをくるりと回した星の兎は、君達を見送った。

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第1章 日常 『竜と冒険と甘いスイーツ物語!』


偽蒼・紡

 ●

 爽やかな青空。少しばかり肌寒いながらも、晴天の下に人々の――そして、冒険者達の賑やかな声が聞こえる。√ドラゴンファンタジーに足を踏み入れた偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、人々の行き交う街を歩みながらくるりと辺りを見回した。
「人間災厄は管理されとるとは言え、星詠みの依頼に関しては寛容といったところか……」
 問題なく、別の√へと辿り着いた自分の状況に、紡は呟く。その事実も再確認しながら、視線を移せば楽しげに歩む人達の手に握られる鮮やかで美味しそうなスイーツ。食べ歩きの品も豊富なようで、それらを目に留めた紡がつい思い浮かべるのは|祈月《Anker》のこと。

 ――あいつが好きそうだよな、こういうの。

 見目華やかなスイーツ達。目にすればきっと喜ぶだろうと彼を想い目を細めた紡の視線が、少しばかり常と異なる√の空へ向けられる。

 ――まぁ、あいつは知らないんだけど……。

 そう、自分が人間災厄であることも、彼がAnkerであることも。少しの間、物思いに耽るもふるりと軽く頭を振って、近しい店を眺めて歩く。どのスイーツも好きそうだけれど、特に好きそうなものは……と、予め目星をつけていたところがあった。
「そうそう、コレだ」
 店先に広げられたメニューに載った写真は、宵色にキラキラとした星屑混ざるドーム型のパイ。『星屑パイ』の名を確認して店内へと入る。
 通された先で注文をすれば間も無く実物が彼の前に届けられた。香ばしいバターの香りが食欲をそそり、ブルーベリーに似た果実の香りが甘やかに星空色から漂う。その隣に添えられたのは、夜に浮かぶ月を思わす『月鏡珈琲』。月がないのは残念だとこぼした彼に、店員が勧めてくれた一品だ。
「うん、とてもいいね」
 夜空をイメージした菓子があると聞いてから、彼の喜ぶ顔ばかりが頭を過ぎる。
「このお菓子の話をしたら、喜びそうだ」
 思わずこぼれた言の葉に、はた、と手にしたフォークが止まる。

 ――……喜ぶ?

 なんであいつが喜ぶと俺が嬉しいなんて思ったんだろう。浮かぶ疑問に応えるように、とくりと響いた鼓動を追って胸に手を当ててみるけれど。その先の答えは返ってこなかった。

メイ・リシェル

 ●

 √ドラゴンファンタジーの地に足を踏みいれて、蒼天の下、メイ・リシェル(エルフの古代語魔術師・h02451)は、依頼内容を想い出していた。
「主なら奥に引っ込んでてもらいたいけど、そうも行かないみたいだね」
 悲しい事が起こる前になんとかしなきゃ、と、両の手を握りしめながら気合を入れて一歩踏み出す。兎にも角にも情報収集。
「電子機器の情報はすぐ古くなっちゃうから、ちょっと苦手だけど」

 ――歌う虹綿飴を食べてみたいな、どんな音がするんだろう。

 想像しながら歩いてゆけば、『今話題!歌う虹綿飴』と書かれた幟を発見して、パステルカラーのカートで売られた其れを買う。渡された虹綿飴を手に取れば色が揺らめいても見えて、一口頬張れば清涼な音が自分の内側でチリリと鳴ったのを感じた。これが星の歌だと言われれば信じてしまいそうな不思議な感覚。驚きに目を瞬かせていると、駆けてきた冒険者が同じものを買っていく。
「わ、ぽろんって音したよ! これが雨の歌?」
「私は、ちりんって音! 何の歌だろう」
 そんな会話を耳にして、今ならばと勇気を出して声を掛ける。
「こんにちは。これ美味しいよね。あなたのもボクのと同じ音がする?」
「こんにちはー! 同じ……って、ちりんって音?」
「うん、そう。ボクは星みたいって思ったんだ」
「星の歌! いいねそんなかんじかも!」
 ニッと笑った彼女たちは、同じ虹綿飴を寄せてお揃いだねーと笑っている。その和やかな雰囲気に話も慣れてきたと感じたメイは、情報収集に乗り出した。

「そういえば近くにダンジョンがあるって聞いたけど、どんな感じの場所か知ってる?」
「近くってならあそこじゃん? いつも行くとこ」
「西の入口から入ってさ。この時期は狩りが美味しーんだよね」
「そうそう、あばれぶたうしどりが大量発生でさ」
「あの肉美味いからよく売れんだよね~!」
「へえ、そうなんだ。その、大量発生って珍しいの?」
「えー、この時期は絶対増えるしね~」
「珍しいって言えば、あっちじゃん? 北の方」
「あー。着ぐるみが出たとかって話?」
 着ぐるみ? と問い返せば北のダンジョンの入って間もないところで、兎の着ぐるみが目撃されたらしい。暗闇に立つ着ぐるみは異様に思えて、その人は奥まで行かず引き返したのだそう。分かる範囲で詳しく話を聞きながら、メイはそのことをメモにしっかりと残していった。

シルフィカ・フィリアーヌ

 ●

 ふわりと漂う甘い香り。|甘味通り《スイーツストリート》を歩んでいたシルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は、ふふ、と笑み零し瞳を細める。甘いものが大好きな彼女にとって、『スイーツストリート』なんて、毎日通いたいくらいに幸せと誘惑が満ちている。そんな場所をめいっぱい堪能したいものだけれど……、

 ――先にダンジョンを何とかしないといけないわね。

 この街に来た目的を再確認し、でも、そう、だからこそ。腹ごしらえだって大事なこと。そしてその為に、溢れるスイーツを吟味することだって、大事な大事なお仕事なのです!
 通りを埋めるスイーツに目移りしつつ、シルフィカが選んだのはユニコーンの夢色パフェ。此方を扱う白木作りのカフェは、花咲くテラス席もある。その席を選んだシルフィカは、写真を撮りながら盛り上がる同年代の冒険者らしい女の子たちを見つけた。さり気無く彼女達に近づいたシルフィカは、声を掛ける。
「とっても素敵なスイーツね、それは何て言うのかしら」
「あ、これ? 今日発売の『兎苺のタルト』だよ」
「売り切れ前に買えたのラッキーって話してたんだ」
「それは素敵ね、ふたりともスイーツには詳しいの?」
「まぁね、この子のSNS情報網って凄いのよ~」
 得意げに話す彼女たちに笑み向けながら耳を傾け、おすすめのスイーツと、配信者さんと、映える写真の撮り方と……と、会話に花咲かせながらシルフィカはふたりと打ち解けてゆく。
「そういえば、どこか面白そうなダンジョンの情報はあるかしら」
 この辺りに来るのは初めてだから色々教えてほしいの、と小首を傾げた彼女へと、ふたりは少しばかり思案して。
「んー、この辺りは初級の腕慣らしが多いからね~」
「例えば、遊園地みたいなキラキラした場所……とか、心当たりはないかしら?」
「遊園地? あんま聞かな――」
「あ、あれじゃん? エリンが配信で言ってたさー」
 心当たりがありそうな彼女に詳しく聞けば、よくある洞窟であったダンジョンの奥に今までに無い光が目撃されているという。ふたりに礼を告げ席に戻ったシルフィカが情報を整理する頃、頼んでいたパフェが彼女の元に届いた。

「食べるのが勿体ないくらいに可愛いわね」
 愛らしいパフェに頬緩ませながら、先ずは目の前の幸せを堪能しようと早速教えてもらった映えテクニックを使って写真を撮って――さあ、美味しく頂きましょう!

赫田・朱巳

 ●

 冒険王国に入った時から、赫田・朱巳(昼行燈・h01842)の心は弾みっぱなし。
「色々と話題の|甘味通り《スイーツストリート》、それはもう楽しみです」
 金色の瞳を尚輝かせて、歩む先に待つ|甘味通り《スイーツストリート》へと思いを馳せる。朱巳は自身の欠落のせいもあり、食べても食べても足りないくらいの大食漢。それでいて、食べること自体も楽しんでいるものだから、心弾まずにはいられない。
「まずは心行くまで楽しんで、ついでに情報収集といきましょう」
 気合十分、足取り軽く、いざ、|甘味通り《スイーツストリート》!

 噂の通りに辿り着けば、出迎えるのは甘い香りにスイーツ店の数々。イートインの店は勿論、移動販売やテイクアウトも豊富に揃い、広場には食事用の席も用意されている。これはもう、通り全てを制覇せんという勢いで朱巳の気持ちも昂るもの。
「SNS等で伝え聞く『星屑パイ』や、『ユニコーンの夢色パフェ』、『蜜雪のゆきだるまパンケーキ』に『歌う虹綿飴』。それに、」

 ――『|極光花《オーロラフラワー》の花束』も、外せませんね!

 最初の店からガンガンはしごする気の朱巳が真っ先に向かうのは、通り入口のカフェ。テイクアウト用の小窓に近寄れば、目につくものを一通り……と行きたいところだが、情報収集も兼ねるならば、先ずは食べ歩ける量がいいだろう。
「『|夕刻色の《マジックアワー》ソフト』と、『六角蜂の蜜カステラ』、『焼き達磨林檎』を頂けますか」
 先ずは小手調べとばかりに3品頼み、隣の店でまた数品。増えゆく袋を小脇に抱えソフトクリームをひと齧り。甘くどこか懐かしい味に舌鼓を打ちながら歩めば、抱えた袋を見た冒険者が近寄ってきた。
「おにーさん凄いね! これ全部食べんの?」
「いえいえ、まだほんのおやつ程度です」
「ヤバ! すご!」
「いえ、それ程でも……っと、冒険者の方ですか?」
 問いかければ頷く相手。おひとつどうぞとカステラを差し出しながら、最近起こった異変などはないかと問いかける。ありがと、と口に放り込んだ彼が少し考えた後、最近、街の北のダンジョンに行く人が増えていると話してくれた。
「今の時期なら、西の狩場の方が美味いと思うんだけどな」
「なるほど、貴重なお話ありがとうございます」
 ひらひらと手をふり歩いていった冒険者を見送って、今の話を記憶に留めつつ、朱巳は甘味制覇と情報収集の続きへと繰り出した。

リリンドラ・ガルガレルドヴァリス

 ●

 √ドラゴンファンタジー。件の冒険王国に足を踏み入れた、リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)は、くるりと周囲を見回して、気合を入れるように前を向く。
「情報収集は戦の基本、折角時間があるのだから色々と聞いてまわりたいわね」
 敵を知ればなんとやら、うんうんと頷きながら足を向ける先は|甘味通り《スイーツストリート》。

 ――……正直懐具合はいつも寒いけど、

 だがしかし、だがしかしだ。
「この|甘味通り《スイスト》を前に、我慢するほうが体に悪いというものよ」
 きりり、と、まるで強敵を前にしたような気合の入り具合で見つめる先には、目的地の『|甘味通り《スイスト》』。通りの前に立つだけで漂ってくる美味しそうな香り。菓子の焼ける匂いに、蕩けるチョコや砂糖の香り。店の扉を開く前に、既に誘惑は始まっている。
「ステラが言うように心の栄養補給は必要だし、正義」

 ――そうこれは、正義の行動になるわ。

 そう、『正義』! 甘味は、腹ごしらえは、心の栄養は正義なのです!
 さりとて、リリンドラは情報収集も忘れてはいない。甘味を楽しみながら、話を聞く冒険者の当りも付けている。場所が場所故に若い冒険者が多いのだろうが、彼女が狙っているのはその空気に呑まれずスイーツを堪能している気概のある冒険者。
「そういう人は常連な可能性があるし、情勢に詳しいかもしれないから」
 そして、そういう人達ならば尚のこと、店内で腰を据えて食べているかもしれない。リリンドラ自身も、質や映えより量を好む気質だ。故に、レストランの扉を開いて入れば、カウンター席にそれらしい冒険者の姿を見つけ、近くに座った。すかさず注文したリリンドラのチョイスに、隣の冒険者がお、と声を上げる。
「なかなか気概ある頼み方じゃねぇか」
「ええ、特別大食いというわけではないけれど」

 ――食べ切れるか分からない量を前にした時の、チャレンジ感が堪らなく好きなのよねぇ。

 そう告げたリリンドラを気に入ったのか、互いに甘味を食べ進め、食べっぷりを褒め合いながら会話が弾む。その中で、彼から興味深い一言を耳にした。それは、
「北の洞窟に、遊園地が現れたらしいぜ?」

花嵐・からん

 ●

 冒険王国の|甘味通り《スイーツストリート》。その名に恥じない、甘やかな幸せに溢れた通りへと足を踏み入れ、花嵐・からん(Black Swan・h02425)は、眩げに目を細めた。
「目に入れても痛くはないというスイーツがたくさんあるのね」
 通りを歩く彼女の目に飛び込んでくるのは、精巧な食品サンプルや、写真付きの看板に幟。実物以外にも素敵なスイーツを確認する術は数多。
「『星屑のパイ』に、『ユニコーンの夢色パフェ』。他にもたくさんあるわ」
 異なる店が扱うものでも、テイクアウトで広場の席に持ってくれば、同時に味わうこともできる。
 貸し出されているバスケットに詰めた『星屑パイ』と、『ユニコーンの夢色パフェ』を、青天のパラソルの下広げれば、周りの一層キラキラと輝いて見える。からんはその様を夢見るように見つめて。

 ――たべるのがもったいない一品を、わたしの目に焼き付けておくの。

 『星屑のパイ』は夜空をとじこめたパイ。
夢色のユニコーンをお迎えして、夢の中に飛び立ってしまいそう。ほう、と吐息一つ、空想世界にひたるけれど……そう、腹ごしらえも情報を集めることもしなくっちゃ。
「大忙しね。大忙しだけど……」

 ――あせったっていいことはないわ。

 大事な時こそ、焦りは禁物。のんびり堪能をしてそれから始めればいいのだと、目の前の素敵と向かい合う。先ずは星屑のパイから。手にしたフォークの先で、パイ生地のドームをつんとつつけば、さくり、ほろり。
「あら、星屑があふれてしまったわ」
 やわく崩れた生地の間から、溢れ出るように皿に流れた星空のいろ。それを見て呟く彼女の言の葉に、背後から声が掛かった。
「詩的な表現ね、素敵だわ!」
 振り向けば、片手に端末を持った冒険者らしき男性が立っている。
「ありがとう、あなたは?」
「あら、ごめんなさい!」
 サーシャと名乗った彼は冒険と配信が生き甲斐だという。ならば情報にも通じているのではと、最近のダンジョン事情を聞いてみる。すると、今の時期にはあばれうしどりの狩りが盛況なこと、それにも関わらず、北の洞窟に赴く人が増えている話が聞けた。
「何かあったのかもしれないけど、行くなら気をつけなさい」
 常と異なる場所には危険がつきものだから、と添えたサーシャに礼を告げ、からんは再び甘味の堪能と情報収集に勤しむのだった。

ノア・アストラ
リュシル・フロスティア

 ●

 晴れやかな空の下、リュシル・フロスティア(雪の王国の小さなかみさま・h01398)と、ノア・アストラ(凍星・h01268)のふたりが実りの街を訪れる。きょろきょろと辺りを見回すリュシルは上機嫌。

 ――えへへっ。今日はお城を抜け出して遊びに来ちゃった。

 わくわく、そわそわ。浮き立つ気持ちは歩む爪先にも現れて。
「随分とご機嫌だな」
 その様を一歩後ろから眺めていたの声ノアに振り返る。
「だって、こっそり観てた配信で、美味しそうなデザートを見つけちゃって。食べてみたかったんだもん」
「……なるほどね、目的はそれか」
 ふう、と吐息一つ溢したノアへ、えへへ、ともう一度笑ったリュシルは|甘味通り《スイーツストリート》へと駆けてゆく。そんなリュシルを見失わぬよう後を追いながら、情報収集も忘れるなよ、と背に告げれば、ご機嫌な声色のまま、はーいと返ってくる。浮足立つ彼女を見失わないようにしながら、けれども、依頼された仕事もキチンと熟さねばな、と。彼女を引き留めながら行き交う冒険者らしきヒトに声を掛け、ダンジョンの様子を事前に知ろうと問いかける。
 この時期に人々が良く行くのは、ぶたうしどりが大量発生する西のエリア。見た目はともかくとして、その肉は美味しくこの街のレストランでもよく使われている。引き取り手も多いため稼ぎにもなるらしく、西エリアは今の人気。
 対して、北の洞窟ダンジョンは初心者向きではあるものの、ある程度腕をあげた者には物足りなく、手慣らしや学校帰りの運動などに使われる程度だそうだ。
「なるほどね」
 と、聞いた情報をメモするノアの隣、リュシルはそわそわ。もう終わり? なんて視線で語れば、ノアも吐息一つ、ぱたんとメモを閉じるのを合図に、ぱっと目を輝かせたリュシルがノアの手を取り、彼女に半ば手を引かれるようにして甘味通りへと足を運んだ。

「ノアくん、みて! 美味しそう!」
 きゃあと燥ぐリュシルの姿を見守りながら、その傍へと一歩近づいて。
「リュシル、コレを食べたら城に戻るように」
 そっと言い聞かせるように告げられたなら、ぱちりと瞬いたリュシルは少しばかりばつが悪そうに、両の手を後ろで組んで。
「……うぅ、だいじょうぶだよ、着いていくのはココまでだから」

 ――いっしょにデザート食べたら、ちゃんとお城に戻るからね。

 ちゃんとわかっているよと伝えながら、それでもやっぱり、一緒に美味しいデザートを食べるのが楽しみだったから。そうっと窺うように問いかけたリュシルに、仕方ないなといった様子でノアの笑みが向けられた。彼からの許可が出たなら再びぱっと晴れやかな笑みを浮かべたリュシルは、再びノアの手を引き歩きだす。

 通りに並ぶ店舗で食べるのも、テイクアウトで頼みゆくのもいいものだけど、色々な店の食べ物を腰落ち着けて選べるように、広場の一角に各店の目玉を集めた特設スペースも設けられている。噴水近くの円形テーブルを選び、リュシルは席の一つにいつも一緒のしろくまくんのぬいぐるみも座らせた。おりこうさんにちょこんと座っている姿が何とも可愛い。最後に座ったノアと共に3人でテーブルを囲めば、リュシルも上機嫌。
 卓に添えられたメニューをいそいそと広げて、載っている写真に名前にと、彼女はきらきらと目を輝かせた。可愛い色のデザートメニューに載るものすべてが美味しそうで、あちこちから香るスイーツの匂いも誘惑に輪をかける。
「……ノアくんは、何食べたい?」
 うんうんととても迷いながら、隣の彼に問いかけたなら、もうひとつのメニュを徐に開きながらノアも思案する。
「……甘いものか。特に好んで食べることはないが、俺もなにか頼んでおいた方が良いかな」
 この席に座ったならば、何も頼まないのもマナーに反するだろうか、と、隣の彼女の視線を感じつつ、開いたメニューに目を落とす。――と。ふと彼の目に留まったのは、煌めく星空を閉じ込めた『星屑パイ』。不思議と惹かれる懐かしい煌めきに、自然とノアの指がそれを差していた。
「これにするよ」
「ノアくんは『星屑パイ』? ふふ、なんだかノアくんらしいね」
 ふわりと笑ったリュシルは、わたしは『ユニコーンの夢色パフェ』にしようかな、と続けて。それを聞いたノアが、広場を歩き回る店員に手を挙げて注文する。
 暫くの後に届いたスイーツはどちらもいい香りに素敵な見た目。存分に姿を堪能した後、徐に銀匙で救ったクリームを口に運べば、口いっぱいに広がるふわふわの甘み。
「美味しい~」
 頬に手を当て満足げなリュシルの表情を見守りながら、ノアの口許も穏やかに緩む。

 ――たまにはこうした外出も悪くないだろう。

 そんな彼の視線を受けながら、リュシルはノアとしろくまくん共に束の間の外の空気を、めいっぱい味わうのだった。

ミユファレナ・ロッシュアルム
アドリアン・ラモート

 ●

 話題の|甘味通り《スイーツストリート》は、今日も冒険者や街の人々でいっぱい。賑やかで活気あふれるその場所へ足を運んだ、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)と、ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)は、其々に感嘆の息を零す。
「話題の甘味通りだから来てみたけど、すごい活気だ」
「活気のある町を歩くのは、どんな時でも心が躍るものですね」
 相手の言葉にこくりと頷きあって、そういえば、と、ミユファレナがアドリアンへと視線を向ける。
「アドリアンさんは出歩く方ですか?」
 向けられた問いかけに、ぱちりと瞬くアドリアンに、笑みを向けたミユファレナは続ける。
「私は、昔は城にこもりきりの箱入り娘でしたので、街歩きに憧れていたんです」
 あなたはどうですか、と問うよに向けられた視線に、僕が出歩く方かって? と、アドリアンは小さく笑って返す。
「僕は、ミユファレナと違って、現在進行形で引き篭り生活気味だよ」
 そう応え乍ら、前へと一歩踏み出したアドリアンは、周囲の景色をその目に映しながら言う。

 ――こう言う機会でも無いと、部屋から出ないかな。

 そんなアドリアンの言葉を聞きながら、『こういう機会』の一つになれたことに微笑んでミユファレナ自身も彼と同じように周囲の景色を見回して、街の心地よい喧噪に身を委ねる。
「街歩き、何度体験しても良いものです」
 そう、行先が違っても、共に歩む相手が変わっても、其々に味わいがある。その時だからこその体験は――そう、何度だって。

「さて、町を巡りつつ情報収集……色々な人の話に耳を傾けてみましょう」
「これだけ人が居るなら、食べ歩きしながらでも情報は耳に入って来そうだね」
 街歩きを楽しみながら、周囲の言葉に耳傾ける。交わされる会話は、日常のこと、冒険のこと、様々だが、その中から近隣ダンジョンの話に注意を絞って耳を澄ませた。
 その中でふたりが気になったのは、ダンジョン西の入口にモンスターが大量発生している話。しかしそれは、この王国においてのこの時期ではそう驚くことではないようだ。そうしてもうひとつ。北の入口から通じるエリアに、最近、謎の着ぐるみの目撃情報があるということ。奥に進むと、洞窟の様子が今までと異なっているらしいということ。
「少し気になりますね」
「そうだね、覚えておくとしようか」
 頷きあったふたりは、情報を記憶に書き留めながら街歩きを続けていく。

「それにしても、美味しそうな甘味が沢山……」
 情報収集もそれなりに進み、人々の会話から|甘味通り《スイーツストリート》の方へと意識を切り替えたなら、溢れんばかりの甘味の誘惑が襲ってくる。うわさに聞いたスイーツは勿論のこと、この地に来て初めて知るものも沢山。
「あれも気になりますし、こっちも。全て試してみたくなってしまいますね」
 きょろきょろと視線を動かしながら、ミユファレナの表情は夢見がちでありながら悩んだ表情。

 ――しかし……食べ過ぎはよくないですし……。

 と、悩まし気に眉を顰めた彼女の視線が向いていた先をアドリアンが追うように見ていると、ポンと手を叩いて何か思いついたように隣の彼女が告げた。
「アドリアンさん、一つ選んでください。私もそれを味わう事に致しますから」
「え、僕が選んだものでいいの?」
「だって、同じものでないと相手のものが気になってしまいそうで」
 そう告げた彼女の言葉に、んーと思案気に首を傾げた彼が口を開く。
「折角二人で来たんだし、」

 ――別々の物を選んで分け合えば二つ分楽しめそうじゃ無い?

 そう告げた彼の言葉にぱっと表情晴れやかに。
「……なるほど、分け合えば2種類食べられる、素敵な提案です!」
 そうしましょう! と、笑み咲かせた彼女の姿につられるように笑って見せて、それじゃあ、と、アドリアンは通りに並ぶ店へと足を向け一歩踏み出した。
「僕は、歌う虹綿飴を。ミユファレナには……」
 思案しながら、先程彼女が目で追っていたものを想い出す。その中で、ドレスも汚れにくそうだし、綺麗で彼女に似合いそうだと感じた|極光花《オーロラフラワー》の花束を買いに行く。ふわふわの虹色揺らめく綿飴と、甘く香り華やかに咲く花束を手に戻ったアドリアンは、先ず花束を彼女に手渡したあと、手にした虹綿飴を彼女に向けて差し出して。
「ミユファレナ、綿飴、先に食べて良いよ」
 言葉と共に届くのは、煌めく甘い虹色と、朗らかに笑うアドリアンの笑顔。その両方を受け取って、ミユファレナの笑顔もまた、甘い花に負けずと咲くのであった

ララ・キルシュネーテ
鴛海・ラズリ

 ●

 いい天気の街歩きは心地いい。音立てず、ふわりとゆく、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)は、隣の、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)に微笑みかけ口を開いた。
「綺麗な街ね、ラズリ。それに美味しそうな香りもする」
 思わず心躍ってしまうような其れを感じながら、ふと視線を移せば、通りの入口に愛らしいゲート。
「|甘味通り《スイーツストリート》……ですって。ララ、こういう場所は好きよ」
 愛らしく笑むララへと、ラズリも咲くような笑み向けて。くるりと周囲を見回せば、同じ通りに集まった冒険者たちが燥ぎながら写真を撮っている姿が見える。
「皆写真を撮ってるね。らら見て、可愛いがいっぱい!」
 見つけた可愛い甘味を指差して、手招き笑えばララもその手に応えてふわりと歩み、同じ可愛いを堪能する。
「こんなに甘い馨りがする街だから、お気に入りが見つかるかも」
 ね、と笑ったラズリに頷いて、ふたりは軽やかに通りの先へと歩んでく。その傍で、わわん、と愛嬌たっぷりに鳴くのはラズリの連れ往く白玉の声。
「わー、その子あなたの子? かーわいー」
「ありがとう、白玉って言うの」
「白玉ちゃん! ぴったりの名前ね~」
 白玉の愛嬌も取っ掛かりとして、声を掛けてきた冒険者と会話を弾ませる。その傍で、視線を宙に向けたララは、小さく唄うように言の葉を紡いだ。

 ――離して、話して、花の虚。

 甘く蕩ける白虹の蠱惑によって従順な眷属と化した光鳥を通りへと飛ばし、ララは情報を集めさせる。冒険者の女性と話すラズリから離れ過ぎないようにしながら、ララ自身も傍の店の人へと噂や最近の出来事がないかを問いかけた。

 そうして、ふたりが得た情報を整理する名目で赴いたのは、広場中央にある各店舗の目玉を集めたイベントスペース。|甘味通り《スイーツストリート》のお勧めが集められたメニューをふたりで眺める。ぱらぱら捲る頁をつい、と指差し止めて、ララが言う。
「ラズリ、お前には星屑パイが似合う気がするわ」
「わあ、星屑パイ美味しそう……! 綺麗ね」
「そう、お前のように綺麗だもの」
 にこりと笑って告げるララの言葉に笑み咲かせ、ラズリはメニューに載る星屑パイの写真を指先なぞる。
「じゃあそれにしようかな。ららは……」
「ララは、星屑パイもユニコーンの夢色パフェも、蜜雪のゆきだるまパンケーキも歌う虹綿飴も、|極光花《オーロラフラワー》の花束も全部食べると決めているの」
 一息でメインに乗せられたメニューの全てを告げきって、ふふふと笑んで見せるララの様に、ぱち、ぱち、とラズリの目は瞬いて。
「ぜ、全部……! 王国中のスイーツ制覇しちゃうよ……!」
 驚きに目を白黒させるラズリの姿を楽し気に見つめながら、かろく首を傾げて見せて。
「お前は少食だから、ララのから少しずつ分けてあげる」

 ――そうしたら、お前もどの甘味も楽しめるでしょう?

 にこやかに告げるララの言葉は、とてもとても魅力的。その小さな身体のどこに消えるのかいつも不思議なのだけれど、ラズリも色々と食べたかったのは本心だから。だからね。
「ららの提案に、大賛成っ!」
 ありがとう、と笑み告げるラズリへと、ララの笑みも柔くそして深く。
「美味しいは分かち合うべきだもの」
 そうでしょう、と、尚笑むララに頷くラズリ。其れなら早速と、メニューを置いて歩み出す。此処で食べるのもいいけれど、王国中のスイーツを制覇するというのなら、やはり店を巡るのが一番だ。
 最初に向かうのは、星屑パイを扱うお店。一歩踏み出そうとしたララの手を、ラズリの手がふわりと包む。ああ、繋がれた手があたたかい。

 ――春のようね。

 そうっと紡いだララの言葉は、ちゃんとラズリに届いていて。隣でふわりと笑みが咲いた。辿り着いた店で頼めるだけのスイーツを頼む。勿論、星屑パイも忘れずに。机いっぱいのスイーツを前にして、ララは上機嫌。甘味を楽しむ彼女の笑顔を前に、ラズリは想う。

 ――守りたい貴女の、甘味を楽しむ笑顔に私は安堵するの。

 だから、今日はいつもより沢山食べて共有を。もぐ、と口に運んだ夜空色。甘く優しく、それでいて、なんだか煌めくような心地。思わずもう一口とフォークを伸ばせば、向かいのララがそうっとそれを制す。
「ふふ。お前、お口についてるわ。拭いてあげる」
「はわ、恥ずかしい……! らら、ありがと……」
 つい、と指先で拭われて、思わず頬を赤らめるラズリが次の間にはぱちりと瞬き、その顔が笑みに変わる。
「ふふ。ららも、ついてるのよ」
「あら、ララも? ならお揃いね」
 くすくすと笑い合い、お返しにとラズリの指先がララの愛らしい口元へと伸びる。互いに拭いあって、美味しいを共有し合って。ああなんて、しあわせかしら。

翊・千羽
霓裳・エイル

 ●

 甘い甘い彩りの街。目の前に広がる|甘味通り《スイーツストリート》に、霓裳・エイル(夢騙アイロニー・h02410)の瞳が、きらりと煌めく。

 ――これは……甘味の楽園……!

 どれにするか悩むっすね、と、看板に乗った甘味の数々を眺めるエイルの隣、翊・千羽(コントレイル・h00734)も、街の様子に興味津々。あれはなんだろう。こっちは? なんて、そんな思考に一歩踏み出す前。
「千羽君は好みとかある? 甘いのへいき?」
 と、隣から聞こえた声にはっと我に帰り頷いた。
「好み……甘いの好き。エイルは?」
「私はね、大好きっす!」
 満面の笑みで返る彼女の答えにつられるようにして、千羽も僅かに口許ゆるめて。
「そう、大好きなんだ。エイルのこと、またひとつ知れた」
 そのこともまた嬉しくて。ついついと顔が綻んでしまう。朗らかな空気の中、ふたりで歩み往けば、あちらこちらに美味しそうな甘味の誘い。どれにしようかと迷いだす前に、そうだ、と、エイルが手を鳴らす。
「せっかくだからシェアしよっか」
 ニッと笑ったエイルは早速、すぐ傍の店に足を向けた。テイクアウト用の窓から星屑パイを購入し、さくりとしたドーム型のパイ生地を、中身が零れないよう気をつけながら星座柄の紙袋の中でふたつに割って。
「わー、キラキラ素敵だ。はい、はんぶんこ、っす!」
「ありがとう。……わけっこだ」
 差し出された星空の片割れを受け取って、ふたりでせーので口に頬張る。口の中いっぱいに広がるのは優しい甘さと――
「これが星空の味。きらきら味?」
 そう、言葉に変えるのは難しいよな、でもなんだか幸せな気分になれるきらきらの味。
「やっぱり一緒のもの食べると、一緒に美味しいって思えて好きだな」
「うん、味まできらきらしてるっすね! それに……」

 ――……確かにいつもより美味しい、かも。

 この店自慢の一品と其れも勿論なのだけど、きっと、きっと、そのわけは。

 美味しいをふたり一緒に楽しみながら、通りを歩む。そんな折、エイルが何かに気付いたように、ぴたりと足を止めた。
「あ。スマホで写真、撮って良い?」
 スイーツもだけど、君との楽しい日を残しときたい、なんて。そんな、思うままの願いを口にしてみたら、足を止めたエイルの隣、同じように足を止めて彼女の言葉を聞いていた千羽は、こくんと一つ頷いて。
「うん、撮ろう。オレもエイルとの想い出、嬉しい」
 それがあまりに間髪入れず、素直な響きで返ってくるものだから。こんな風にも思ってしまう。
「……千羽君は素直すぎっすね! 良いことだけど」
「?」
 向けられた言葉の意味が解らぬまま、千羽は疑問符飛ばしてこてりと首を傾げる。意味は少しばかり、わからないけれど。

 ――良いこと、ということは、褒められてるのでいいか。

 そんなやり取り挟んで、ふたりで思い出の写真も沢山撮りながら、徐に、千羽が指をさす。みて、と、声を掛けた彼の指先を追ってみたなら、愛らしいカートにたくさんの鮮やかな花。そう、|極光花《オーロラフラワー》の花束の、販売車だ。
「うわ、凄い綺麗なお花」
「うん、なんかエイルみたいだなって」
 そう思うままを告げたなら、いつもは読みづらい表情を千羽は柔くする。そんな彼からの言葉が、こんな綺麗なお花に似てるなんて言われたら、嬉しくて。エイルの頬がぽぽぽと染まる。
「これ下さい」
 と注文した千羽に、店員は綺麗に包んだ花束を手渡した。先程の星屑パイと同様に、ふたりでひとつの花束をわけっこ。こんなに綺麗な花を食べるのは勿体ないとも思ってしまうけれど、食べないのも勿体ない。一頻り見た目を堪能して写真にも残したなら――ぱくり。ひとくち食べたエイルの目はまあるく開いて。
「夢みたいに美味しい!」
「うん、甘くておいしい」
 同じ花の甘さにこくこくと頷きあって。もう一口、と花弁を食むエイルの様を、千羽はぼんやりと見つめている。

 ――エイルも、甘いのかな。

 そんな風に考えたのは……だってほら、似てたから。じいと自分を見つめる視線に気付いたエイルが、きょとんと首を傾げて見せて。
「ん? どうしたっすか千羽君?」
 問いかけてみても、まだ思考の中に居るのか、どこかぼんやりと彼女を見つめたまま。そんな彼を見てエイルははたと何かに気付く。
「あ、似てるからって……齧っちゃヤですよ!」
 なんて、悪戯めかして、べっと舌出して笑う彼女の言葉と様子に、千羽はぱちぱち瞬いて。そんな悪戯な表情につられるようにして言う。
「ふふ、すごい――ばれた」
 くすくすと、楽しい時間を過ごしながら、情報収集も忘れずに。この地に漂うインビジブルに、エイルは問いかける。この辺りのダンジョンで変わったことはなかったかと、そう、例えば――遊園地のような場所、なんて。ふわりと揺らめくその『ひと』は、北の方に行くよう告げる。そうしてどうか、気をつけて、と。

小鳥遊・そら
彩音・レント

 ●

 √ドラゴンファンタジー。その地に足を踏み入れた、小鳥遊・そら(白鷹憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h04856)は、ストリートの入口にあるゲートを見上げてぱっと瞳を輝かせた。
「へぇ、甘味通り! いいねぇ、好きだよ」
 そんな声を聞いて、彼女の隣に立っていた、隣の彩音・レント(響奏絢爛・h00166)は、ぱちりとひとつ瞬いた。
「そらちゃん、甘いの好きなんだね?」
 思わず零れた言の葉は、彼女から出た先程の言葉が意外だったから。ん? と振り返るそらに、だってほら、と付け足して。
「のんべえに加えてヘビースモーカーだし意外だよ」

 ――駄菓子屋やってるのもなんの組織のフェイク? って思ってたし!

 なんて、本気と冗談混じるよな声音で告げるレントへと、そらは楽し気に笑って見せて。
「普段は手軽に食べれるで駄菓子が多いけど、せっかくだから良いもん食べていきたいねぇ」
 なんて、先に見える溢れんばかりのスイーツ店を指差した。
「うんうん、甘味通りっていうくらいだし、食べきれないくらいの美味しいものがあるんじゃない?」
「食べきれないって? 胃袋は任せてもらっていいよ、滅茶苦茶食える」
 ぽんぽんと、自信を示すよに。自身のお腹を軽く二、三度叩いて見せれば、にっと、そらは悪戯に笑う。
「スイーツは別腹、そういうもんだろ。貰えるものも貰うとも!」
「そらちゃん、頼もしー! 楽しみだね」
 自信満々にっこにこで通りへと踏み入っていくそらに、レントも楽し気に笑って。逸る気持ちのまま足早に往く彼女に並び往く。

 甘い香りに満ちた通りを往きながら、きょろりと当たりを見回したそらがレントに視線を移して。
「レント君は、どうする?」
「僕? 僕のお目当ては断然『歌う虹綿飴』。歌と付くなら見逃せない」
「なるほど、じゃあ先ずそれを買おう」
 丁度目の前に、虹綿飴の販売カートが止まっていたから、ふたりでそこを訪れて。ふわふわきらりと揺らめく虹の綿飴がレントの手に収まった。早速と口に運んでみたなら、よくある綿飴よりも、少しばかり弾力のあるふわりとした食感。けれどもすぐに舌で溶けて、口内に響いたのはきらり、晴れの日思わすかろい音。
「あ、これはなかなか新食感だよ。そらちゃんもちょっと食べるー?」
 レントから差し出された虹綿飴をひとくち口に含めば、同じ食感と共にそらの口内に響くは、爽やかに翔ける風のような音。
「わ、これは凄いね。それに甘くて美味しい」
 ふくふくと、満足げな彼女の様子に笑みながら、レントは綿飴をもうひと食み。

「そらちゃんのお目当ては?」
「こっちはパフェは攻めたいし、パンケーキも美味しそうだねぇ」
 わくわくと期待に満ちた彼女希望の品は同じカフェが扱っている様子。ならばと店に赴いて、落ち着ける店内の席にふたりで座る。注文を取りに来た店員に、『ユニコーンの夢色パフェ』と、『蜜雪のゆきだるまパンケーキ』をと告げた後、そうだ、と、そらが言葉を続けた。
「これ、何段いける?」
「お代金さえ頂けるなら、お客様のお好みの枚数をお持ちしますよ」

 ――ただし、ちゃんと食べきって下さいね?

 映え目的で食べきれぬ量を頼む客もいるらしく、人差し指を立てた店員に念を押されるも、おーけーおーけーと軽く了承したそらは、じゃあこれくらい、と希望を伝えた。大丈夫かと問い返された其れにも指で作った丸で返して、ふたりは届くのを待つ。待って――暫くの後。
「きたきたー!」
「うわ」
 ふたりの――そらの前にとんと置かれた真白のゆきだるま型したパンケーキは、それはもう、元気よく盛られていて。
「これは食べ応えがありそうだ、そう思わない? レント君」
「ああ、うん……パンケーキのタワーでもう君の姿は見えないね」
「ん! ふわりと口の中で融けゆくようだよ、君もちゃんと食べているかい?」
「お気遣いなく、そらちゃんは自由にやっちゃってー」

 ――僕では君のペース追いつくのは無理そうだ。

 彼女のペースに圧倒されるように、けれどもどこか楽し気に告げたなら、そうか、と真白の向こうから声がする。そうして、
「甘味に酒も最高だと思うんだけど……」
 と、聞こえたものだから、それには慌てて。
「そうだねー……って、昼間からお酒はやめときなよ」
「あ、今回はダメ?」
「ダメ。流石に酔っ払いの後始末はしたくないからねー」
 きっぱりと返された言葉も予想通りだったのか、おっけおっけと物分かりよく頷いてみせる――が、その後に小さな舌打ちが。
「そらちゃん?」
「おっと、気のせい気のせい、ナンデモナイヨ」
 間髪入れずに入ったレントの言葉に、そらは悪戯の見つかった子どものように、お道化て続けてみせて。

 ――とりあえず食うだけ食って、後で一杯煽るとするかねぇ。

 と、心の中で呟いた言の葉は、はてさて。彼には気づかれていないだろうか。

月喰・白世
不知夜・史桜

 ●

 甘やかな香りと、見目華やかなスイーツが溢れた|甘味通り《スイーツストリート》。不知夜・史桜(桜ノ匣庭・h01121)は、婚約者である、月喰・白世(ヴェド・h01125)と共に訪れていた。

「あまいもの」
 そう告げては、いつも眠そうにしている瞳を3割増しできらきらさせている婚約者の姿に、史桜の表情はゆるゆると緩むばかり。きょろりきょろりと、自分を誘うよな甘味を見渡した白世は、はた、と、ひとところに目を留めて、ぱたぱたと店外に飾られたメニューに近づき指をさす。
「しおー、しおー、これ、これがいい」
 きらきらと煌めかせた眸のまま、史桜を見つめる白世がかわいくて、かわいくて。にこにと笑むままに、史桜は白世を甘やかす気満々。指し示された、ユニコーンの夢色パフェのメニュー掲げる店に入るのは、確定事項だ。
「うんうん、夢色パフェ、もちろんいいよー」

 ――白ちゃんの食べたいもの、ぜーんぶ食べちゃお!

 弾む足取りで、早速とカフェの扉を開けて中に入れば、店内も甘い香りで満ちている。花の綺麗なテラス席もあるようで、きっと白ちゃんに似合うよと席はそちらに決めて。
「私はね、クリームがきれいな、ユニコーンの夢色パフェ」
 指差し頼む彼女もかわいい、と、ほくほくとする史桜の顔は幸せ色。他にも色々食べれるように、とパフェひとつをシェアすることに。
 程なく届いたパステルカラーのかわいいパフェに、白世の瞳も輝きっぱなし。どうぞ、と促される儘に、さっそくパフェ用スプーンを手にして、夢色のクリームをゆっくり口に。ぱくりと一口招いたならば、甘く蕩ける夢心地。しあわせいっぱいに表情ゆるめてもうひとくちと、食べては煌めく。
「ふふ、パフェおいしい」

 ――パフェもだけど、パフェを食べる白ちゃんがかわいー。

 目の前にかわいいしあわせがふたつ。そんな状況なものだから、史桜の顔も、緩みっぱなし。
「パフェおいしそー」
「しおーもパフェのおくち? でもまだだめ」

 ――私があとちょっと食べてからよ。

「ふふ、じゃあ白ちゃんがもうちょっと食べたら、僕にもあーんしてね♪」
 彼女らしい返しもかわいくて、そんな風に告げながらにこにこ見ていたならば、白世の頬に夢色がぺたり。
「あ、白ちゃん、お口にクリームが」
 さも当然、いつものことと、彼の指先が柔く白世の頬をなぞって、指先に掬った夢色クリームをはむり。白世にとっても、彼に拭われるそれが普通のことで。されるがままに、ついてた? と小首を傾げて、きょとん。
「ふふ、夢色な白ちゃんも甘くておいしー♪」
 上機嫌な史桜の様子に、そう? と首傾げながら、パフェをもう一口、とスプーンを握った白世の瞳に、通りの向こう、他の店が掲げる商品の写真が目に入る。それがまた、美味しそうで、美味しそうで。
「しおー」
「なあに、白ちゃん」
「あっちの星屑パイも、虹綿飴も食べたい」

 ――食べるの、手伝って?

 なんて、可愛い婚約者からお願いされたなら、史桜から否という詞など出ようはずもない。
「星屑パイも虹綿飴も、全部食べさせてあげちゃう!」
 にこにこゆるゆる。食べるのも手伝うー、と、ふたりで夢色パフェを美味しく綺麗に食べきって、店を出たなら彼女の希望を全て叶えるべく、広場のテーブルでテイクアウトの甘味パーティ。
「ひとりで全部は無理だけど、しおーも一緒に食べたらいろいろ食べれる」
「うんうん、仲良く半分こしよ♪」
「いろいろ食べれて、私はしあわせ。しおーもそれでしあわせ」

 ――うぃんうぃん、だよね?

 と、首を傾げた白世に、史桜はうんうんと何度も首を縦に振って。
「白ちゃんがしあわせなら、僕は超しあわせー」

 ――白ちゃんがやりたいことは、僕が全部叶えてあげる。

 それはいつもいつも、史桜の胸にある想い。ほくほくとしながら幸せそうな彼女を見つめ、そうだ、と両の手を合わせた彼が、手にした虹色綿飴を彼女の口許へと差し出して。
「白ちゃん、あーん」
「あーん? あーん」
 運ばれた甘い虹色を、そのままふわりと食んで、甘い幸せと口内に響くきららかな音に目を煌めかせる。ふくふくとしていた白世も、はた、と何かを思い出したように手を止めて。
「しおー、しおー」

 ――あーん。

 と、彼女からのお返し。パフェの時、叶えるのを忘れていたから。遅れて贈られる彼女からの星屑を、感動めいた表情で史桜はあーんと受け止める。約束は叶えられたと、白世も少し満足げに尾を揺らして――そうして。

 ――あ、あれもきれいでおいしそ。

 移る視線の先、極光花の花束を見てそわりと白世は尻尾をゆらす。あーんの余韻に浸りながらも、その様を史桜が見逃すはずもなく。

 ――あーんのお礼に、極光花の花束をサプライズしよ。

 こっそり買って、かわいいかわいい彼女へと。そう、心に誓う史桜であった。

月夜見・洸惺

 ●

 甘い香りに包まれて、あちらもこちらも見渡す限りにスイーツ店。そんな景色をくるりと見回し、ぱちりぱちりと瞬いた月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)が、感嘆の声を零す。
「わわ、どこのお店も美味しそうなスイーツばかりで、まるで天国に来たみたい……!」
 其々の店の前には、ご自慢のスイーツの写真や名前が目を惹くように飾られて、そのひとつひとつがまるで自分を誘っているよう。星が好きな洸惺は、この通りの話を聞いた時、星空を閉じ込めたみたいだと噂の星屑パイに惹かれていたけれど。実際に様々なお菓子を目にすれば、他の物もやっぱり心惹かれるもので。
「あ、こっちのユニコーンの夢色パフェも気になっちゃう……!」
 極光花の花束も食べてみたいし……、と、ゆらゆらと揺れる心も、楽しみ混ざりにきらきらとどこかオーロラめいて。
「んん、すごく迷っちゃうね」
 それでもやっぱり、最初の一つは? と、決めるのならば。

 ――とりあえず、最初は星屑パイから!

 他にも色々食べたいけれど、最初の一つは腰落ち着けて食べようと、扱う店の扉を潜る。案内された席に座って、星屑パイを注文して待つこと暫し、洸惺の前に届けられた星屑パイは、ドーム型のパイ生地の奥、煌めく夜空が覗くよなきららかな姿。
「わ、本当に夜空に浮かぶ星を閉じ込めたみたい……!」
 焼き立てのバターの香りも心擽るけれど、今は見た目を堪能する時間。プラネタリウムのような鳥籠のような、編むようにアーチを描くパイ生地から覗く星空は店内の照明を受けて星が瞬き見える。
「キラキラしててとても綺麗だね……! 食べるのが勿体なく感じちゃう」
 そうして美しい様を想い出に焼き付けたなら、フォークをさくり。星瞬く夜空のパイは、口内も心もきらきら煌めく心地。

 食べられる星空を堪能し、幸せ気分で店を後にした洸惺はその後も気になるスイーツを買ったり食べたりしながら、色んなお店を巡ってゆく。その都度新鮮な出会いや、しあわせを感じながら、依頼のことも忘れていない。
「最近ダンジョンで変わったことがありませんでしたか?」
 菓子を届けに来てくれた店員にそう問えば、彼曰く、北の洞窟で動物の着ぐるみをきた何者かの姿が目撃されているらしい。
「洞窟に着ぐるみ?」
「変な話だろ? だから覚えててさ」
 店員から聞いた話を書き留めて、洸惺は甘味巡りと情報収集を再開するのだった。

夢咲・紫雨
飛燕・輝多

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 噂の|甘味通り《スイーツストリート》は今日も盛況。多くの人々が菓子を楽しみながら行き交う様を、飛燕・輝多(DizzyDog・h02561)と、夢咲・紫雨(dreaming・h00793)のふたりは眺めゆく。この場所でしっかり情報収集を、と意気込む紫雨に輝多は晴れやかに笑いかけ。
「町行く人たちの話に耳を澄ませ、先ずは甘味のトレンドウォッチングしようぜ!」
 にっと笑う輝多の言葉に、ぽんと手を打ち頷く紫雨。
「なるほど! 町の人の話を聞いてたら、自然と情報も集まりそうですもんね」
 よく聞いておかなくちゃ、と。彼女は袖に隠れた手をきゅっと握る。
「ついでに調査の手がかりになりそうなもの、潜んでたらラッキーってことで!」
 気楽にいこうぜとばかりに、からりと笑った輝多の様に、気負う気持ちは柔らかに解されて。ならばとこの地を楽しむべく、ふたり甘い香りに満ちた通りを歩みゆく。

「紫雨ちゃんはお目当て決まった? 折角だし、好きなだけ頼んだらいいよ」
 お兄ちゃんがおごったげるからな~! と、続ける彼の言葉に、紫雨の淡紫はぱちりぱちりと瞬いて。
「……え? おごってもらっちゃって、いいんですか?」
「俺も甘いものは好きだし、遠慮は無し!」
 彼女が気後れしないように、かろい調子で告げたなら、紫雨の表情がぱっと輝いた。
「テッタせんぱいも甘いもの好きなら、たくさん食べられますね!」
 ありがとう、と感謝の言葉も添えながら、彼の言葉に紫雨の瞳はきらきらと輝いて、勢いづくまま、甘味巡りにれっつごー!

「ね、テッタせんぱい、わたし、あれが食べたくて……あ! これも食べたいです!」
 遠慮なく、との言葉も貰ったものだから、惹かれるままに、思うままに。『ユニコーンの夢色パフェ』と『星屑パイ』を順に指差し、ご機嫌で甘味巡りに付き合って貰う紫雨。その連れ回しっぷりが想像以上のものだったから、

 ――紫雨ちゃんの圧倒的若さを感じる俺であった……。

 なんて、脳内モノローグが流れてもしまうのだけど――そんな彼女も、可愛いから許しちゃうのだ。
「夢色パフェに、星屑パイね? オーケーオーケー」
 疲れを見せぬよういつもの調子で応えながら、流れのままに。紫雨に手を引かれあちらこちらへ。そんな甘味巡りに付き合う中、ふと紫雨が輝多に問いかける。
「ねね、せんぱいは休みの日なにしてる?」
「休みの日? 俺はこの時期だとスノボ一択!」
 体動かしてる方が元気出るみたいでさ、なんて。ニッと笑う彼が、紫雨ちゃんは? と問い返す。
「しうは、友だちとカラオケとかかなぁ」

 ――せんぱいの歌も聞いてみたいな。

 そんな風に言ってくれるものだから。
「カラオケもいいよな~! マジ? じゃあ今度皆で行くか」
 なんて、いつかの約束を交わして、ふと。輝多も紫雨と同じくらいの頃、カラオケで盛り上がっていた日々のことを想い出す。

 ――思い出したら、学生に戻りたくなっちまうなぁ。

 なんて、なんて。それは日々仕事に追われる社畜からの逃避。突然遠い目をしだした輝多を、大丈夫かなと見つめつつ、彼が遠くへと飛ばした意識を呼び戻すように。繋いだ手を、くん、と引く。
「テッタせんぱい、次いきましょう!」
 ほらほらこっち、と、元気な彼女に手を引かれ、小さく笑った輝多は、現実逃避からふたりで巡る『今』へと戻る。
「おう、じゃー次はどこ行くよ?」
「あ! あそこのお花、食べられるみたいですよ!」
 まだまだ楽しみつくさないと、と、意気込む紫雨に手を引かれ、街行く最中。ふたりの耳に冒険者たちの話が聞こえてきた。

「ねーねー、聞いた? 北のダンジョンの話」
「え? なになに~?」
「なんでもさ、『出る』らしいよ」
「出るって何? まさか……お化け?」
「違う違う! でもホラーめいてるのは同じかも」
「えー、なによー、脅かさないでよ」
「暗い洞窟の奥からさ、出てくるんだって。着ぐるみが!」
「はぁ?」
「しかも、なんか奥の方も明るく光ってんだって」
「なにそれ。あそこってただの洞窟でしょ? 光って何よ」
「知らないわよ。私も最近行ってないし。でもさ、帰ってこない人も居るんだって」
「えーやだー、そんなのデマじゃん?」
「違うって、ほら、此処にまとめ出来てるもん!」

 そんな会話を交わしながら、若い女冒険者たちは端末を弄りながら歩いていく。耳に拾った気になる話に、ふたりは顔を見合わせて。彼女たちに詳しい話を聞くべく、その後を追い声を掛けるのだった。

刻・懐古
フィーガ・ミハイロヴナ

 ●

 √ドラゴンファンタジー。竜と遺産と冒険と、そんな地とは異なる√で常過ごす、刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)はきょろりと当たりを見回した。己の生活する√妖怪百鬼夜行から出不精な懐古は、一人ではどうにも腰が重い性分。そんな彼が√を超えてここまで来たのは、彼の隣往く、フィーガ・ミハイロヴナ(デッドマンの怪異解剖士・h01945)の、誘いがあったから。
 互いに馴染みのバーガー屋で顔合わせ、意気投合したふたり。素敵甘味に惹かれながらも、自分一人では場違いではないだろうかと、懐古に誘いをかけた彼の話を聞き、『ゆめかわスイーツ』に惹かれ、常なら重い腰を上げて懐古もここまでやってきた。そんな経緯を想い出しては、ここまで来てくれた懐古をちらり見て。

 ――……いい人だ。

 じんと、快諾してくれた彼の人の良さを噛みしめる。懐古は懐古で、街並みも店も景色がてんで違う√に珍しがりながらその雰囲気を堪能している。一通りこの√の空気を堪能したなら、お目当ての『ゆめかわスイーツ』を求めて、いざ!

 其々の目玉を扱う店に足を運んでもいいのだが、折角なので色々を楽しもうと、すべての店の目玉が集まる広場のイベントスペースへ。其々の店の出店が並ぶそこを歩めば、ふたりを誘うようにして、夢色に甘い香りに満ちた菓子たちがお出迎え。あれもこれも素敵な菓子で悩みながらも、懐古は『ユニコーンの夢色パフェ』を、フィーガは『|極光花《オーロラフラワー》の花束』を頼んで席に着く。
 まもなく届いたパフェは、パステルカラーのふわふわクリームにアイス、愛らしいマカロンが飾られて、ユニコーンの象徴たる一角を模した虹色の飴細工がつんと空を向いている。
「スイーツ……これが映えるというやつでしょうか」
 眩い物を見る顔と反応示して、フィーガがパフェを見つめる傍で、懐古もまたその色味と造形を彼と同じくまじまじと観察し。
「うん、これが『映え』ってやつみたいだね」
 と、感心するような声を出す。
「『流行』というのは、実に面白い。これが人の心をときめかせるのか……」
 ふたりして、夢色パフェに見入っていると、程なくとしてフィーガの頼んだ|極光花《オーロラフラワー》の花束が届く。ふわりとテーブルに置かれた花は、日光を受けて揺らめくような遊色を見せている。極光の名に恥じぬ色湛えた花弁に指先触れて。
「色は、自然由来なんですかねえ」
 どこか宝石めくても見える不思議な色に、フィーガの観察は止まらない。ふたり揃って知的好奇心が旺盛なのか、暫くまじまじとお互いの菓子を観察し合って。十分に満足したなら、自分の菓子を一口ずつ、ぱくり。
「むむ……ちゃんと糖分。夜更かしに沁みます……おいしいです」
 手にした触感と、食んですぐの食感は食用花のそれと変わらないが、舌に乗せた瞬間ふわりと融ける様と甘さはまるで砂糖菓子。これが花として咲いているというのだから不思議なものだ。その感覚と感動を共有したくもあって、フィーガはぱっと視線を懐古へ向ける。
「懐古さん、良ければ一輪いかがでしょうか。あっ、こっちの色が良いですか?!」
 何気なく摘まんだ一輪を差し出そうとして……慌てて他の色をさし示す。そんな様があどけなくて微笑ましくて。やわく笑った懐古は告げる。
「いいのかい? 色は、君にお任せしよう」
 それならば、と。第一印象を大切に、最初に手にした花を一輪彼に渡せば、受け取った懐古が花弁を一片食む。
「味も洒落ているね。うーん、なかなかの美味」
 穏やかに紡がれた彼の言葉に、フィーガは、あっ、と声を上げて。
「懐古さん、感想もなんだかとっても雅やかな気がします!」
 そんな彼がまた眩く感じて、フィーガは目を細めゆく。そんな様子にまたひとつ懐古は笑って、そうだ、とパフェの器を彼へと寄せる。
「僕のもどうだい?」
 交換こ、と告げたなら、いいんですか!? と、また眩げな眼をしたフィーガがパフェをぱくり。美味しさと染み渡る糖分を噛みしめるように味わった。ふたりでゆるりと味や食感を楽しみながら、話にも花を咲かせゆく。

 穏やかな時間を堪能したなら、情報収集も忘れずに。広場で同じように甘味を楽しむ冒険者に声をかけたり、聞き耳を立てて情報収集。対象は近くのダンジョンだから、地元の人や冒険者に対象を絞って。
「すんごい美味しかったですよ」
 と、感想を添えて語りかけながら、怪しく……ないですよね? なんて。すこうしばかり、おっかなびっくり。話を聞くのは『ひと』だけでなく、ふわりと漂う『お隣さん』にも。そうして得られた情報を整理したならば、向かう先は――北の洞窟だと絞られた。

緇・カナト
茶治・レモン

 ●

 √ドラゴンファンタジーの冒険王国。自分たちの足踏み入れた場所をくるりと見回し、茶治・レモン(魔女代行・h00071)は、伝え聞いたこの地の異名に思い馳せ、隣立つ、緇・カナト(hellhound・h02325)へと、満面の笑みで声かける。
「天色の実りですって! お腹が割れるまで食べたいですね」
「うん、天色の実りってカッコいい異名だねぇ」

 ――お腹が割れるまで食べる〜の表現は、初めて聞いたけど。

 なんて。聞き慣れない言葉を紡ぐレモンへと、思わず脳内突っ込みが入る。それに気づく様子無く、レモンの瞳はこの先に待つ甘味を思い、きらきらと。
「カナトさん、食べられなくなったら遠慮なく仰って下さい」

 ――僕が代わりに食べますので!

 そう告げる彼はまさに水を得た魚。見ているだけでなんだか元気が出そうな様に、カナトはすこうし笑って。
「うん、甘いものは別腹とも言うらしいし。レモン君のこと頼りにしちゃおうかぁ」

 そうして二人が訪れたのは、ひとところに様々な店の菓子が集う広場のブース。どれを食べようかと見て回りながら、最初に惹かれて立ち寄ったのは、『星屑パイ』。他にも見て回りながら食べれるように、テイクアウト仕様で注文すれば、綺麗な包み紙にドーム型の焼き立てパイがおさまった形で渡された。包まれた中からも分かるサクサク感に、芳ばしいバターの香り。
「カナトさん、これが『星屑パイ』ですって!」
 隣の彼にも見せながら、早速ぱくっとひと齧り。サクサクとしたパイの中から、とろりと姿を見せるのは煌めく甘さの夜空色。
「夜空は勿論、パイ生地もサクサクで美味しいです!」
 きらきらと、中の星に負けないくらいに瞳を輝かせたレモンと、その手に握られた星屑パイを眺めて、キツネ面の奥、カナトの目は柔く細まる。面越しにも分かるそんな彼の表情を見て、レモンはもぐもぐとしていたパイを呑み込み彼に問う。
「カナトさんは星空、お好きですか?」
「そうだねぇ、星空は見上げるモノって思ってたけど、」

 ――その星屑パイが食べられていく様は、美味しそうに映るようでイイねぇ。

 そう告げた彼の声音と表情が、質問の答えになっている。うんうん、と頷いたレモンがもう一口。ほくほくと幸せそうに歩みながら甘い幸せを楽しんで。
「好きな物を食べるのって、贅沢で良いですよね」
 なんて、ご機嫌にしていたら、ふと、目に留まったのは真白のふわふわ。
「あ、こっちがゆきだるまパンケーキ……、」

 ――パ、パンケーキ!?

 驚いたのも無理はない。丁度目の前で購入されたゆきだるまのパンケーキは、一枚の厚みがしっかりとしてなかなかのボリューム感。
「こんなにボリュームが出るんですか!」
 見た目のインパクトも宛ら、甘い香りがふたりを誘う。ご機嫌な誰かさんの皿の上で、ふるふると揺れて運ばれてゆくゆきだるまを見て、ふたりは顔を見合わせて。
「オレも雪だるまパンケーキ食べよ〜」
「勿論、僕も頼みますとも!」

 そうして、其々の手にふるふる揺れるゆきだるま。近くのテーブルに運んで座れば、目の前に並ぶパンケーキの存在はいっそう感じられて、同じものがふたつ並ぶのも、なんだか心が温かい。そうして、ふわんと切り分けた一口を、せーので一緒に食んだなら。口内に収まる真白の生地はふわふわであまあま。ふかふか厚みのある食感に、口の中でアイスみたいに冷たく蕩けるのは、珍しくもあってとてもおいしい。其々に味わう感動を、表情にありありと浮べながら、ふたり顔を見合わせて。
「僕、これを無限に食べられる気がします……!」
「無限に……ふふ、確かにそうかもねぇ」
 常なら、またまた、と思ってしまいそうでもあったけど、蜜雪だからか無限に食べられる気分はたしかにと、レモンの言葉に同意してしまうカナトであった。

 すっかりお皿はからっぽで、ふうと満足げに一息ついた後、余韻を楽しみながら空いたお皿を見つめ、カナトはポツリ。
「見た目も味も食べてしまったら、お土産には出来ないのが残念だよねぇ」
 そんな彼の言葉に、レモンもハッとした表情で。
「本当ですね、食べる事しか考えてなかったです……」
 思わずしょもん、と空いた皿を見つめたレモンに、口を弧にしたカナトが小首を傾げて提案ひとつ。
「おいしかった画像の思い出だけでも、大鍋堂の皆んなに持ち帰ってみる?」
「! そうですね、写真を撮って帰りましょう!」

 ――パイとパンケーキは食べてしまいましたが……、

 そう告げて、くるりと辺りを見渡せば、まだ手を付けていない目的の品がひとつ。
「|極光花《ふりがな》極光花の花束は、まだ原形で写真に残せますよ!」
 そうと決まれば。甘い花を求めて、ふたりは共に心と爪先かろく席を立つのであった。

泉・海瑠
黛・巳理

 ●

 冒険王国の|甘味通り《スイーツストリート》。その地を訪れた、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)と、黛・巳理(深潭・h02486)のふたり。其々に辺りを満たす菓子たちを眺めて、ほう、と吐息を零す。
「……泉くん、見たまえ。どれも『魅せ』、『食べさせる』ことも考えられた作りらしい」
 なるほど、と。その造形を冷静に分析するように、じぃと見つめた巳理が声を掛ければ、海瑠はぱちりぱちりと瞬いて。
「へぇ、先生でもこういうの興味あるんだ」
 ふたり切れであるが故、いつもよりも砕けた口調で語る彼のその言の葉に、ん? と視線を向けた巳理に、海瑠は続ける。
「いつも昼は軽く済ませてるから、てっきり食に拘りないのかと思ってた」
「……あぁ、僕は僕が食べることに興味はない」

 ――……ただ、努力は好きだ。

 この甘味たちには、作る者、各々の店の努力を感じられるから、と。再び甘い作品たちに視線を戻し、ほう、と紡ぐ彼を見て、その返答もその様も、

 ――ふふ、先生らしい。

 と、海瑠はついつい顔を綻ばせるのだった。またひとつ、彼を知れたような気がして。こうした出かけも、新たな一面を知る切欠になるのかもしれない。で、あるならば。

 ――今度どこか誘ってみようかな……あ、先生の好みも情報収集しよっと。

 なんて。ふくふくと未来の計画を描いていたならば、不意に巳理の手が海瑠の其れに伸びてきて、徐に掴まれた掌が、くんと彼によって引かれていく。
「巳理先生……!?」
「人が多い。こうしていれば逸れんだろう」
 慌てた彼に対し冷静に、そう告げた巳理によって手を引かれるまま、こくりと頷いた海瑠は彼の歩調に合わせ、隣を歩く。

 そうして暫く、ふたりで様々な甘味を見て楽しんだ後、何かに気付いた巳理が海瑠に問う。
「泉くん、甘いものは好きか」
「うん、甘い物好きだよ?」
「そうか。ほら、――口を開けて」
 突然の問いに、矢次早の言葉に、へ? 口? と、思わず反射的に開いた彼の口に、何か柔いものが押し込まれ、そのままぱくりと食めば、口に広がる優しい甘さ。
「んー! 美味しいこれ……!」
 そうして彼が笑う、それだけで、巳理も淡く微笑み、上機嫌になる。
「蕾は蜜入り、満開は味が爽やかなものもあるようだ」
 花の状態で、湛える色彩と開き加減で味が変わるのも面白い、と、上機嫌なまま饒舌になる。
「へぇ……蜜の味……だから深みがあるんだ」
 口内の感覚からして、先程放り込まれたのは蕾の方だったのだろう。
「ところで泉くん、君はどちらが好きだ」
「どちら……花か、蕾か……オレは、蕾かな」

 ――なんか未来があって良くない?

 不意の質問にもいつものことと、笑ってそう紡ぐ海瑠の言葉を受けて。
「蕾……そうか」
 であるならば、と。試食用だと置かれていた|極光花《オーロラフラワー》の蕾をひとつ摘まんで口へと放り込む。どちらを食べようか迷っていたのだろうか。彼の好みをそのまま解として、口に広がる甘さを堪能する。ふむ、とまた思考の海に潜った巳理を横目に、極光花を売っていた花屋に海瑠は花を一輪、注文する。そうして手にした紺のプリムラを、巳理の胸ポケットへ挿しこんだ。
「ふむ……む?」
 花を挿される感覚に、思考の海から戻った巳理へと海瑠が笑う。
「日々のお礼に!」
 胸に咲く紺の花に、目の前の彼の笑顔にと、淡く笑み、巳理はこう告げるのだ。

 ――ありがとう、海瑠くん。

 そうして、海瑠が買った花の代金を払う際、隣から巳理が店員へと、そういえば、と、何気なく最近のダンジョンについて尋ねると。少しばかり考えるようにした花屋の店員が告げる。
「最近、というと、やっぱり狩りに行く人が多いですね」
 西のあばれぶたうしどりが狩り時の季節なので、と告げる彼女へと、変わったことはない? と海瑠が重ねる。
「変わったこと、ですか。ああ、北の方のダンジョンに行く人も増えているみたいです」
 なんでも、映える写真が撮れるらしい、とか、噂の着ぐるみの謎、とか、一部のSNSで盛り上がりを見せ始めている様子。分かるのはそれくらい、と告げた店員に、礼を告げてふたりは花屋を後にする。

 そろそろ歩き疲れる頃かと、カフェに移動したふたり。珈琲をオーダーした巳理に、あ、と海瑠が声かけて。
「先生あのパイ食べない?」
「ん、パイ? あぁ、構わん」
 了承を得たなら、星屑パイをシェアして。一息をつきながらふたり周囲の会話に耳を欹てる。そうして情報を得ながらも、気になるのは先生のこと。
「そういや先生って、好きな食べ物ある?」
「すきな、もの……考えたことがないな……」
「あはは、先生らしいね」
 此方の情報収集は、目的の其れが得られなくても、らしい回答がなんだか嬉しい。そうして、会話も楽しみながら、彼らの情報収集は続いた。

保稀・たま

 ●

 晴れやかな空の下、保稀・たま(スきなコとスきなコト・h02158)は、ぐっとその背を伸ばして周囲を見回す。
「冒険にはテンションって必要だよね! わたしもスイーツストリート歩きたいっ!」
 いくよ、と気分をあげながら、情報収集も忘れないもん! と、自分に、誰かに、言い聞かせ。

「えーっと、SNSで見た『歌う虹綿飴』は……見つけた!」
 探し歩めば程なく、『歌う虹綿飴』の幟が揺れる移動販売のカートを見つけた。先に列成す人々の後ろにきちんと並んで、わくわくと待つ最中、受取り食べながら歩みゆく人達の様子を興味津々で見ていたならば、その反応が其々に違う。
「もしかして、虹色の色によって少し音が違うかも?」
 それとも、人によって音が違うのかな? なんて、想像膨らませたなら、楽しみもマシマシ待つ時間もあっという間! 気づけばたまの順番がやってきて、虹綿飴が手渡される。

「わぁ、きれい……!」
 ゆらゆらと、光泳がせながらくるりと周囲を見回して。同じように虹綿飴に見入っている人へと声を掛ける。
「それ、同じだね! 一緒に写真撮らない?」
 良ければ動画も! なんて、人懐こく声を掛ければ、ノリのいいふたりが同意してくれて、IDを交換し合ったならほら、もうお友達!
 この角度がきれいじゃない? なんて、撮影に会話に交流を深めていく。皆とせーので口に運んだ虹綿飴は、口の中でしゃらりと唄う。どこか雪めく音に瞬いて、もう一口と食んだなら、次はふわんと陽だまり思わすような音。

 ――やっぱり色で違うんだ!

 楽しく不思議な発見に、たまの心はぴょんと弾んで。
「あ、キミも違う音聞こえた?」
「何回食べても、不思議だよね~!」
「不思議と言えば、冒険してたら不思議なことにも出会う?」
「勿論だよ~、まあ最近近場ばっかで単調だけど」
「でも、聞いた? あの噂」
 あのね、と話す彼女によれば、最近SNSで近くのダンジョンに関した噂が流れているらしい。暗闇から此方を覗く着ぐるみを見た、とか、ダンジョンに遊園地出現!? とか。そんな話。
得た情報に感謝して記憶に確と刻んだならば、タグ付けした仲良しの証の動画をアップ!
 またねと手を振り別れた後も、たまの心はふわりほわりとあたたかで。

「ふわふわって気持ちもうきうき虹綿飴♪ 歌っちゃお! ふふん」

 軽やかな歌を口ずさみ、ご機嫌な足取りで、たまは|甘味通り《スイーツストリート》の堪能と、情報収集を続けるのだった。

汀羽・白露
御埜森・華夜

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 行き交う人々の楽し気な姿、そして、漂う甘い香り。此処は√ドラゴンファンタジーにある、|甘味通り《スイーツストリート》。その中に立ち、くるりと辺りを見回した、汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)は、ふう、とひとつ吐息を零す。
「スイーツ、あんまり詳しくないんだよな」
 星詠みからの依頼だ、と赴いてはきたけれど、甘味は自分の専門外。さてどうしようかと首を傾げた白露の手を引き、共にここへやってきた、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)が声を掛けた。
「みてみて、はく! ほらほら面白いの、いっぱいあるよぉ」
 つないだ彼の手をくいくいと引いて、楽し気に目を輝かせる白露。

 ――まぁ、店もメニューもかやに選んで貰うか。

 そう、共にいる彼がきっと其れには適任で。そうして、それを楽しむ彼を見られるのも特権であるとも思うから。
「全く……一応これ、任務だからな?」
 引かれた手は払わず後に続き、無邪気に燥ぐ相手に態と肩を竦ませて、悪態をついて見せる。すぐ傍の楽しそうな華夜に内心喜んでいるのは、内緒の話。

 行き交う人々の会話に耳傾ければ、この冒険王国の異名も度々耳に入る。

 ――『天色の実り』、ねぇ……。

 ふうんと、何か思いついた風な華夜は、にぃっと悪戯めいて笑み深め。
「ねーぇ、はく、『あーん』」
 そういうが早いか、露店で見つけた食べ歩き用の星屑パイを、振り向きざまに白露の口へ向けてぽいっと放る。不意打ちパイを喰らった白露は驚きながらも、しっかりお口ででキャッチ! 華夜は華夜で、彼の驚いた顔を満足そうに眺めては、ニマニマと。
「いきなり投げたら危ないだろ」
「どーお? おいしー?」
「……っ……、……うん、まぁ、美味い……ありがとう」
 複雑な顔を浮かべながらも、ちゃんと礼を返してくれる。そんな白露に、やっぱり華夜はにんまりと笑うのだ。
「ふふ、こーゆー国もいいねぇ。楽しいや、うん、おいしーし」
 にまりと笑うまま、ご機嫌に手にした星屑パイを自分も頬張る。うん、美味しいといいながら、ひとつふたつと口に小さなサイズのパイを次々に放り込む華夜を見て、複雑な色を宿していた白露の顔に、心配そうな色が混じる。
「食べ歩きも悪くはない……けど、君に何かあったら介抱するの俺だからな?」

 ――喉に詰まらせるのだけはやめろよ。

 自身に向けられた優しいお小言へと、『ふぁい』と食べながらから返事。彼とのそんなやり取りもまた楽しくて、楽しくて。華夜が浮かべるのはニヤニヤではない純粋な笑顔。

 そうして、情報収集を兼ねてふたりがやってきたのは、スイーツも軽食も扱っているカフェレストラン。俺は華夜のお勧めので、と、チョイスは華夜に任せ、ふたりで通りを散策する。
「さて、何が聞こえるかな」
 と、華夜は口端を弧にしたならば。白露の顔を覗き込むようにして笑う。

 ――いっぱいお話聞こうよ、素敵な|お嬢さん方《子雀の囀り》に耳を澄ませてさ。

 あれにしよう、次はこっちのと指差す華夜に連れられながら、テイクアウトをメインとしていろいろな店を巡っていく。
「どれもこれも眩しいね」
 そう告げて白露へ笑顔を向けながら、すっかり観光気分の華夜へと。

 ――……眩しいのは君だろ……。

 そう、心の中で呟きながら、華夜の笑顔に内心で喜び安堵する白露。そんな白露の裡を知ってか知らずか、華夜は通りがかりに貰ったパンフを広げ、『初めてここへ来た』顔で、あっちは? こっちは? と、通りを行き交う|お嬢さん方《子雀》へと情報収集。
「……まぁ、今日くらいは良いか……」
 そう、嘆息混じりに笑って彼とつかず離れず、華夜に示されたスイーツの注文を切欠にして、白露は店員に聞き込み。
「最近、ダンジョンに何か変化はなかったか?」
「そうですねぇ……変化と言えば、北の洞窟が話題になっていましたね」
 店員曰く、何の変哲もない洞窟ダンジョンであった北のダンジョンに、遊園地が現れたという噂が増えているという。帰って来た者は負傷などもなく何も問題はない様子だが、未だ帰らぬものも居ると聞く。変化を不審がって手前で返ってくる者が多く、詳細はあまり知られていないのだそうだ。
「そうか。ありがとう」
 店員に礼を告げ踵を返す白露の元へ、同じく情報収集を終えた様子の華夜が戻ってくる。
「はくー、なーんか、北の洞窟が怪しそー」
「かや。ああ、此方も同じような感じだ」
「なんかー、着ぐるみが出るんだってぇ」
 しかも日に日に増えてるらしいよ? 気になるよねぇー、とニマニマする華夜の言葉に頷いて、其々に得た情報を共有し纏めようと、ふたりは目の前の喫茶店へと入っていくのだった。

寿原・紫季
小沼瀬・回

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 晴天に恵まれた√ドラゴンファンタジー。
 そこにあって、甘い香りに華やかな姿をしたスイーツが満ちる|甘味通り《スイーツストリート》は、甘い甘い夢を見るよう。そんな地に足を踏み入れた、小沼瀬・回(忘る笠・h00489)と、寿原・紫季(天晴れ・h01460)のふたりは、其々に感嘆の息を零す。
「天色の実りの名に、偽りなしだな」
 ほう、と顎に手を当てて、感心するように見まわす回へと、ふわあああ、と、零れんばかりに金色を開き煌かせた紫季の声が重なる。
「んまあ! 見て下さいまし、回様!」

 ――なんて素晴らしい世界なのでしょう!

 両の手を重ね合わせながら、今にもふわりと浮き上がってしまいそうな、彼女がぱっと彼へと振り向いて。
「わたくし、|こう云う夢を度々見ます《(異世界に迷い込んでいる)》けれど、此度はまるで御伽噺のようではなくて!?」
 きゃあきゃあと、彼女にとっての『夢の世界』を堪能するように、その瞳にあちらこちらを映して燥ぐ紫季へと、ああ、と相槌を打った後。
「確かに、この光景は素晴らしいが」
 そう紡いだ回は、少しばかり複雑な表情で。そう、彼女は分かっていないのだ。これが、異世界に迷い込んでいる状況だのに。

 ――雇い主殿は、未だ夢と思っているわけだ。

 一歩間違えば、危険な状況などいくらでも起きてしまう別√への迷い込み。常、身を置いている√とは異なるがこそ、理解も心も追いつかず、防衛本能が働いて――いるにしては、彼女の純粋な燥ぎようはどうやらそうとも見えない。
「……防衛本能でなしに単に脳天気なだけか、説明するのもが面倒ゆえ放っておくが」
 素晴らしき世界を前にして、晴れやかな笑顔を振りまく彼女を、今一度目にしたならば、あれやこれやと気苦労を重ねるものなんともはや。ふう、と小さく溜息ひとつ。
「嘆かわしい」
 吐息混じりに独り言ちては、すとんと肩を落としてみせた。そんな傘の気苦労、露知らず。これは『夢のような夢である』と、断じては燥いでいた紫季は、隣から聞こえた溜息に首を傾げて。
「回様? どうなさったんですの?」
 きょとんとした様子で自分を見る金色を見つめ返して今一度、小さな溜息を零した回は、
「――まあ良い、喫茶に付き合いたまえ」
 若人が居る方が話が早いからな、と、一歩前へと踏み出した。そんな彼の言葉が終わるや否や、んまぁ! と、紫季の晴れ晴れとした喜声が重なった。パチンと両の手を合わせ、跳ねるような足元は――もう既に跳ねていた。
「喫茶店がありますの? 行きます、行きます!」
 軽やかにそう告げた紫季が、先を歩み始めた回の背をてってけ追って。そんな彼女の燥ぐ足音を背に、目の前の白木造りのカフェへと回は足を踏み入れた。

 二名であることを示し案内された先へと向かえば、彼女の足音も追ってくる。音で確と確認しながらも、敢えて振り返らず席に着けば、愛らしい彩りのメニューをひと捲り。眺めた回から零れるのは唸り声。
「これ……は、」

 ――……実に魅力的な品揃えだな。

 メニュー握る手に僅か力籠りながら、紡がれた一言。そう、何を隠そう回は甘味好き。その心を擽るような、名も見た目も甘やかなスイーツがメニューの端から端まで。これで唸らずにいられようか、否。そんな回の横からひょっこり、ご機嫌な足音で追いついた紫季が覗けば彼女もまた、きらきらと煌めき増して。
「まああ! 回様! 夢のような品揃えじゃありませんこと!?」
 回様はどれになさるの? と、いそいそと席に座り問いかけたなら、暫くうんうんと唸っていた回から答えが返る。
「うむ、私は夢色ぱふぇにしよう」
「では、わたくしは蜜雪のゆきだるまパンケーキ!」

 ――ああ、でもでも、此方も魅力的……!

 意を決して、これ、と決めたものの、少し視線を逸らせばまた素敵な甘味が誘惑をしてくるのだ。ゆらゆらと、揺れる乙女心も仕方ない。
「お前さん、余り欲張ると嵩が増すぞ」
「んまっ! 相も変わらず意地の悪いこと!」
 
 ――此処は夢ですし、ゼロカロリーですわよ!

 ぷんっ! と、頬膨らませ腕組み抗議する紫季は、ぴしっと彼の方を示して。
「そ・れ・に! 傘も『軽量化』の時代ではなくて!?」
「何? 私は別に、然程……だろうが?」
 む? と、回は自分の身をひとつまみ。そうして、つつつと視線を流して見せながら。

 ――重しがある方が雇い主殿の運動になるし。

 などと宣えば、憤慨した紫季の手がぺしぺしと背を叩いてくる。そんな打撃を受けるも束の間、テーブルに注文の品が届けば、ぱっとその手は引っ込んで。
 紫季の前には、僅かな振動でもふるふると揺れる、ふわふわな真白のゆきだるまパンケーキ。回の前には愛らしいパステルカラーで彩られ、煌めく一角の飴細工が天を向く夢色パフェ。
「んまあ! これこそ本当に夢のようですわ」
 夢のようなスイーツを前にしたなら抗議など後回し。すかさず手にしたナイフとフォークで、望む分だけ切り出せば、大きなお口であーん、ぱくっ。ももも、と口を動かして、口いっぱいの多幸感に、ふくふく満ち満ち。
「ん~~! ふわふわ! 頬も蕩けますわ……!」
 あたたかくって甘くって、でも口の中でひんやり蕩ける。不思議で不思議で美味しい甘味に、すっかり紫季は上機嫌。ほっぺが落ちてしまわぬように両の手でしっかりと、幸せに淡く染まった頬を支えている。そんな姿に呆れ乍らも、一口食めば回もすっかり夢色心地。パステルカラーのクリームは甘くてふわりしゅわりな口当たり。時々星が煌めくように口の中で何かが弾ける。それこそ夢みるような甘くて不思議な体験に、ふわ、と意識も蕩けそうになるけれど。
「おっとお、危ない、聞き込みもせねば」
 そこは、なすべきことをしっかりと、一本足の軸をぶれさせぬよに、踏みとどまった回である。

 目の前の甘味と幸せを存分に味わった後、会計にと向かった先で回は店主に問いかける。
「店主殿、遊園地の場所に覚えはないかね」
「ほう、遊園地、ですか」
「この小娘を連れて行ってやりたくてな」
「――遊園地!? 偶には気が利きますのね!」
「……怪物蔓延る場所でも別にいいが」
「ちょっと! 良くないですわよ! 何てこと仰るの!!」
 そんなふたりのやり取りに、微笑まし気に小さく笑った店主が目を細めながらこう語る。最近SNS上で、北の洞窟に遊園地が現れたという噂が広がりつつあるということ。そうして、怪物が望みなら西にぶたうしどりがこの時期よく群れている、と。
「怪物は嫌ですわよ! わたくし!」
 なんて、回をねめつける金色をひらひらといなしながら、回は店主に礼を告げて店を出た。

 次は何処を見ようかと、わくわくそわそわ視線を巡らせる紫季の首根を掴んだ回は、そのままずんずんと歩き始める。
「そら行くぞ、、他の面子と情報共有だ」
「えっ!? そんな、未だ、他にも味わいたいのにっ!」
「駄目だ、保護者として暴食は見逃さんぞ」
「いや~~! わたくしの星屑パイ~~っ!」
 じたばた藻掻く彼女へ一喝しつつ、歩みを止めない回に引き摺られるようにして、紫季の声は虚しく響く。ずるずると、連行の末のせめてもの意地として、夢醒めど美味を忘れないよう、しかと心に刻みこむ彼女。そんな彼女を、ちらと振り向きざまに眺めながら、回は想うのだ。

 ――然して『実りある』日であった様子で、何よりだ。

 連れてきてよかった、と、裡で零し、口端和らげると同時。引き摺る彼女にそうっと一言。

 ――夢の続きは、気が向けば見せてやるさ。

第2章 冒険 『ダンジョン内に遊園地フロア!?』


 ●

 そうして、√能力者たちによる情報収集の甲斐あって、異変が見られるダンジョンは、北の洞窟であることが判明した。西に大量発生したぶたうしどり達も気にはなるが、それはこの季節によくある事のようであるし、狩りに沸く冒険者たちが何とかするだろう。
 元はただの洞窟であった北のダンジョン内に、突如現れた遊園地とは。そうして、謎の着ぐるみの存在とは。未だ帰ってこないという冒険者たちはどうなっているのだろうか。疑問は残しながらも、その先に目的の主がいるというのならば向かうしかない。情報を共有し、件のダンジョンへと往く意思を固めた面々は、北のダンジョンへと冒険を開始するのだった。

 ●

 ぽっかりと口を開けたよくある洞穴。入り口から暫くは、外観からの印象に反しない岩壁の洞窟が続く。手にした灯りを頼りに、奥へ奥へと向かう後、突如として視界が開け急な眩さに目を細めた√能力者たちが、明るさに慣れた目で周囲を見回せば――
 洞窟の中であることを忘れるくらいの広大な空間。別の場所へと転移されたと言われても不思議ではない程に、一変してしまった景色。どのような作用が働いているかは不明だが、広大な遊園地の中に君たちは立っていた。

 ――|夢みる遊園地《ドリームパーク》へようこそ! ようこそ!

 唄うように、弾むように。その言葉を繰り返しながら、君達の前に様々な動物の着ぐるみたちが集まってくる。
「|夢みる遊園地《ドリームパーク》を楽しむためには、『パス』が必要だよ!」
「いつも大変な冒険者さん達には、無料サービスさ!」
「さあさあ、みんな手を出して!」
 にこにこ笑顔の着ぐるみたちが、あっという間に君達の手に煌めく星のビーズブレスのようなものを付けていく。キラリ煌めいた其れが、この遊園地でのフリーパスのようなものなのだろうか。華奢な造りだが、簡単には外れそうにない。
「これで準備は万端だ!」
「さあ! それじゃあ行ってらっしゃい!」
「楽しい楽しい、夢みる時間をきみたちに!」
 ぴょこぴょこと踊るように告げた着ぐるみたちは、あっという間にこの場を立ち去って行く。改めて見回してみれば、遊園地には様々なアトラクションがある事にも気付いた。

 虹のレールを翔ける流れ星のコースターに、ふわり浮く雲に吊られたブランコに乗って園内を回る遊覧飛行。高い滝から滑り落ち、花浮く水流を楽しむ丸太舟での急流滑りや、天の川のレールを翔け抜けて園内を巡る銀河の汽車。
 大きな花籠に乗ってくるりと回る花の大観覧車に、お喋り鏡に惑わされぬように進む、鏡の迷路。ユニコーンにペガサス、硝子の馬車がくるくる翔ける幻想メリーゴーラウンド。楽し気な雰囲気のアトラクションが所狭しと園内を彩って、その各所に受付とばかりに着ぐるみたちが配置され、君達を歓迎している。
 風船売り子の着ぐるみや、跳ねるポップコーンを売る着ぐるみに、甘いクレープ、可愛い装飾品。みんなみんな、どこもかしこも、愛らしい動物の着ぐるみたちが君たちを歓迎するホストのよう。

 そこでふと、気づくのだ。
 振り返る先に、自分たちが来た道がないことを。
 見回す何処にも、遊園地の外にも先にも通じる道が、ないことを。

 ようこそ、ようこそ!
 |夢みる遊園地《ドリームパーク》へ!
 醒めない夢を、たあんとたんと、楽しんで!
 ここは幸せな夢の国。
 帰り道なんて――……ねぇ、ほら、いらないでしょう?

 いいや、|√能力者《きみ》たちは此処で止まってはいられない。
 彼らの歓迎に乗った振りをして、どこかに隠された『道』を探すのだ。
偽蒼・紡

 ●

 何処からともなく、心弾むような音楽が鳴り響き、着ぐるみたちの歓迎や様々なアトラクションに満ちた『|夢みる遊園地《ドリームパーク》』。その中で、周囲をくるりと見回した、偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、薄らと笑みを浮かべ、目を細めた。
「へぇ、『遊園地』か。実際訪れるのは初めてだけど、なかなか興味深いね」
 こつ、こつと、暫く近辺を歩き『遊園地』の雰囲気をその身に受けて、うん、うんと頷いて見せる。
「明るく楽しい|夢みる遊園地《ドリームパーク》」

 ――うん、いいね、実にいい。

 眼鏡の縁を少し上げ、満足そうな笑みを浮かべた紡は機嫌がよさそうだ。愛嬌振り撒く着ぐるみたち、少しのスリルと楽しさを提供するアトラクションの数々。不思議と居心地のいいこの空間。そう、
「この空間が逆に牙を向いたら、さぞ面白い事が起きるだろね」
 想像するだけで、思わず口許が緩んでしまう。楽しんでいる客たちに、いきなり着ぐるみたちが襲って来たら? 楽しいアトラクションが、突然恐ろしい罠に姿を変えたなら? 迷い込んだそこから帰れなく――いや、これは少しだけ、身を以て体験をしているようなものなのだが。それも含めて貴重な経験、糧となる。
「なるほど、今度は遊園地をテーマにした都市伝説を考えるのも楽しそうだ」
 くつくつと、笑う紡は楽し気に想像を巡らせる。
「いやあ、新しい視点が開けて、それだけで充分満足なんだが……せっかくだし……」
 そう呟いて、案内人らしい着ぐるみに近づいて問う。

「此処に『|お化け屋敷《ホラーハウス》』は、ないのかい?」
「あるよ! あるよ! あ、ちがった。あったよ!」
「あった?」
「あったんだけど、担当の着ぐるみが居なくなったんだ!」
 今は準備中さ! と、お道化て伝える猫の着ぐるみ。
「じゃあ、仕方ないミラーハウスに行ってみよう」
 そうして、存外あっさりを目的地を変えた紡は爪先を鏡の迷路へと向ける。
「鏡に映される自分を沢山見るなんて機会は、滅多にないからね」
 それもまた、新しい視点を得る切欠になるかもしれない。そう思えばやはり口元は緩みがち。
「それに、何かここの仕掛けも分かるかもしれないしね」
 そう呟いて、目の前に聳え立つ、煌めく鏡の迷宮へと足を踏み入れゆくのだった。

メイ・リシェル

 ●

 ダンジョン内の遊園地。つい心が弾むような景色を前に、メイ・リシェル(エルフの古代語魔術師・h02451)は、くるり辺りを見回す。
「楽しそうな遊園地だけど、帰り道が無いのはちょっと不穏だね」

 ――辺りの様子も、きちんと見なくちゃ。

 きゅっと、掌を握ったメイの腕で、きらりと星の意匠が光る。先ほど着ぐるみたちに付けられた『パス』だ。
「これも、ちょっと確認しておこうかな」
 そうっとブレスレットを引っ張ってみるが、取れそうな気配はない。
「まあ、そうだよね」
 それは予想の範疇だと頷きながら、メイは装飾のビーズを回してみたり、星飾りををつついてみたりと試行錯誤。しかし、何も起きない――し、簡単には外れないような、堅固な物であるというのが分かった。若しかしたら魔法や呪術的なものであるのかもしれない。
 万が一の為、修復の技も念頭に置いていたが、壊したら何が起きるか分からないと感じたメイは、弄るのを中断し園内の探索へと切り替えた。

「遊園地全体を見るなら、やっぱり高い所に行ける観覧車かな」
 そうして、視線を向けたのは、巨大な愛らしい花籠がくるりと回る大観覧車。巨大な樹と蔦巻く花の姿がファンタジックなそれは、綺麗な花弁も空に舞わせている。
「うん、そうしよう。お花、綺麗だし」
 目的地は其処だと決めたなら、観覧車前の着ぐるみに腕に付けた『パス』を見せ、大きな花籠へと乗り込む。籠の中に満ちた花は綺麗で、淡い花香は心を安らがせてくれる。お花を少し愛でた後、メイは其処から見える景色をしっかりと観察する。
「脱出に繋がるもの、少しでも見付けられたらいいな」
 不審なところはないだろうかと目を凝らすメイの視界で、ふと何かが揺れた。一瞬のことであったが、まるで、景色が少し剥がれたような。カーテンが揺れたよな、小さな違和感。
 忘れぬようにそれを記憶に書き留めながら、花籠そのものも調べゆく。が、こちらは何も問題ないようだ。
「さっきの、何だったんだろう。あとで見に行ってみよう」
 気になるものを見つけた、故に少し心に余裕をもって折角の景色を楽しむことにする。高い位置をゆったりと動く花籠は心地よい。
「綺麗だな。こういうところ、普段はあんまり来ないから」
 この体験もしっかりと心に刻んでおこう、と。目の前の景色を堪能するメイであった。

リリンドラ・ガルガレルドヴァリス

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 楽し気な空気に満ちた|夢みる遊園地《ドリームパーク》。リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)は周囲を見回し目を細める。
「表面上は歓迎されているように見えるけれど、」

 ――この夢の国には、どんな代償が隠されているのかしら?

 此処はダンジョン、そうして予知されている主の存在。甘いだけの夢ではないだろう。警戒心を忘れぬよう心して、先程、耳にした言葉を思い出す。
「帰り道が『いらない』って事は、どこかに存在しているってことよね」
 そう、思案するリリンドラの目に、きらりと煌めく星飾り――着ぐるみたちに付けられた『パス』が留まる。
「明らかに怪しいのはこのパスだけど、」
 と、大立ち回りする前に一度調べておくことにした。軽く引いてみた感触は華奢な割に頑丈で簡単には外れそうもない。もう少し弄ろうとして――√能力者としての勘だろうか、何となく嫌な予感がしたリリンドラはそこで中断し、園内探索に切り替えた。

「一番気になるのは、鏡の迷路ね」
 辿り着いた大きな鏡の迷宮を前にして、リリンドラは暫し思案して方針を立てる。腕の『パス』を入口に居る着ぐるみに見せ、中に入れば全てが鏡で出来た通路。目が眩みそうにはなるけれど、慣れれば平気そうだ。鏡に映った自分から様々な甘言が飛ぶけれど、耳を貸さずに真っ当なルートで道を往く。すると、暫くの後、出口から外に出ることが出来た。
「無事攻略できたみたいね。……なら、次は」
 もう一度、同じ迷宮に入ったならば、次はお喋り鏡の言動に、敢えて惑わされるようにして中を巡る。楽しいことはこっち。あっちは怖いものがあるわ。そんな声に全て従ってゆく。

 ――何か違いがあるといいけれど。

 そう思いながら、鏡の自分に誘われる儘、暫し。先ほどとは異なる道を、随分長く彷徨ったように思う。もし手掛かりが見つからなければ、『最終手段』に出なくては、と思っていた矢先。耳元で何者かの囁き声が聞こえた。

 ――甘い誘惑に素直な人は、すきよ。

 くすくすと、甘い聲で何者かが誘う。

 ――辛い現実なんて捨ててしまって、さぁ『こちら』へ。

 『あたり』を引いたことに僅か口端を持ち上げて、聲のする鏡の扉にリリンドラは手をかけた。着ぐるみ相手に駄々をこねる羽目にならなくてよかった、なんて。内心の安堵もちょっぴり抱いて。

シルフィカ・フィリアーヌ

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 きらきらとしたアトラクションが彩る、この遊園地の姿を眺めた、シルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は、感嘆の息ひとつ。
「話に聞いた通り、本当にきらきらね」
 楽しい事ばかりが詰まったような遊園地。そう、だからこそ。
「敵はきっと、楽しませることで油断させて、食べちゃうのが目的でしょうけれど」
 そう、この『|夢みる遊園地《ドリームパーク》』を生み出した何者かの意図をも感じてしまう。夢のような場所であれ、このままにはしておけない。が、それはそれ。
「折角だもの、楽しめる所は楽しませて頂くわ」
 ふふ、と、軽やかに笑みを浮かべた彼女は、きらきらの夢の世界で一歩踏み出す。

 ――ひとまず遊園地を楽しみながら、道を探しましょう。

 先ずはこの景色も楽しまないとと、石造りの路を歩きながらレンズを向ける。
「どれも素敵なアトラクション。上手く撮れるかしら?」
 建物や景色を上手に撮るコツはこうだったわね? なんて、教わった事を思い出しつつ写真を撮るシルフィカ。
「メリーゴーラウンドも気になるけれど」

 ――道を探すなら、汽車や観覧車……?

 頭上を見上れば、煌めく星路を走り抜けてゆく汽車が見え、その奥を翔ける流れ星。
「園内をぐるっと見て回れるものが良さそうね」
 一つに絞らずあらゆる角度から。そうして、折角なのだから楽しみ尽くしたくもあって。

 ――着ぐるみさんには、目的を悟られぬよう笑顔でね。

 そう、いつもの穏やかな笑顔を湛えて、歓迎ムードの着ぐるみたちに煌めくパスを見せては、星に汽車にと楽しみながら、景色に隠れた違和感を見落とさぬように園内を巡る。彼女が気になったのは、遊園地の奥で密集している木々。着ぐるみ不在で休止中のアトラクション。そして、晴れ空にどこか捲れるような違和感。
「次で観察は最後にしましょうか」
 そうして雲のブランコに乗り込んで園内を回る折、高くから彼女が接触したのは先ほど気になった空の違和感。

 ――奥へと進む道のヒントが見つかるといいけれど。

 雲のブランコで近づけばどうやらこの空は作り物。違和感を覚えた場所に触れると、捲れた向こう、ひとが通れる程の大きさの穴から風が吹いている。
「此処は、外へ通じていそう」
 ひとりで進むのは早計かと一度戻ることにして、空から遊園地を今一度眺める。瞳に映る景色は唯々平和で。
「本当に夢のような、きらきらしたひととき」

 ――でも、いつかは夢から醒めなくちゃ。

 『これ』が作りものだというのなら。その奥に悪意が隠れているのだとしたら。
「何も知らない若い冒険者さん達が、悪夢に囚われてしまう前に終わらせないとね」
 そう、決意新たに、シルフィカは他の√能力者たちと合流するのだった。

赫田・朱巳

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 目の前に広がる遊園地。突然の景色に目を瞬かせながら、赫田・朱巳(昼行燈・h01842)は周囲を見回した。そうしてふと、街中での情報収集のことを想い出す。
「北のダンジョンに訪れる人が増え、その中には遊園地……」
 ふむ、と思案するように足を止めた彼の頭に直接声が届く。それは、彼の憑依神霊マーモットたるポチの声。

 ――朱巳もその話が気になったか。
 ――ええ、関係ないとするには早計かもしれません。

 脳内で会話を繰り広げ、ポチと色々意見交換しながら遊園地を見て回ることにする。探索の共は、残っていた甘味をモグモグと。事前に存分と蓄え抱えた紙袋の中身は、幸いにしてまだ尽きなさそうである。さてどこから見てみようかと、先ずは園内を徒歩で巡りゆく最中、何かに気付いたようなポチの声がする。

 ――朱巳よ、警戒しろ。

 どうしました? と脳内で問い返す朱巳へと、ポチの声はこう重ねた。

 ――来た道がない。退路は断たれたと思え。

 その言葉に、警戒度を高めた朱巳は、集音機である【聞】を使い聞き耳を立てる。周囲から不審な音はしないだろうかと意識を集中してみるが、今立っているこの周辺には何もないようだ。
「地上からでなく、俯瞰情報も必要でしょうか」
 思考の補助にと、ぱくりと甘味で糖分補給、栄養補給を行った後、彼が向かうのは園内を回る遊覧飛行ブランコ乗りば。歓迎ムードで迎える着ぐるみに、腕の『パス』を見せて搭乗し、高く浮き上がった其処から辺りを見渡す。
 高所から園内はよく見える。メインのアトラクションだろか、鏡の迷路は宮殿めいて中央に立つ。アトラクションには休止中の物もあり、どうやらそこには着ぐるみが居ないようだ。そうしてふと、視線を前に向けたなら、何やら『空』に違和感がある。吹き抜けるような晴天、そう、ダンジョン内に空というのもよく考えれば違和感だが、その空が僅か捲れるようにして揺れている。再び、【聞】を使い聞き耳を立てると、空気の流れる音がした。
 |耐え抜け、相棒《オールマイト・アビリティ》で、ポチの力を引き出したなら、他に悟られぬよう速度を上げて、違和感の元へと、向かう。調べてみれば、作り物の空が捲れ、その向こうに外に通じるような穴があった。

 ――脱出に使えそうですね。
 ――覚えておけ、皆と共有しろ。

 脳内で交わし合い、何事もなかったようにブランコから降りた朱巳は更なる探索と、仲間との情報共有に向かうのだった。

アドリアン・ラモート
ミユファレナ・ロッシュアルム

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 先程までと打って変わった景色に、感嘆の息を零しながら辺りを見回した、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は、ぱちりぱちりと瞬いて。
「ダンジョンの様子が普段と異なるって聞いたけど、」

 ――まさか、中が遊園地になっているだなんて予想外。

 驚きに大きく目を開いた彼の隣、同様にして周囲を見回す、ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)。
「消えた帰り道を探す事より、この場を探索する方がいいかしら」

 ――最悪、壁を破壊すれば脱出はできるでしょうし。

 閉鎖された空間への対処を思案しながら、心で呟く手段は些か物騒。それを知ってかしらずか、考え込むようにしたミユファレナへとアドリアンは努めて前向きに声を掛けた。
「ダンジョンの中だから、無警戒に楽しむ訳にはいかないけど、出口や奥に進む道を探すついでに幾つかアトラクションに行ってみようか」
 そんな彼からの言葉に、宙へと向けていた視線を彼へと戻し、ミユファレナはこくりと頷き返す。
「そうですね。アドリアンさんの言うとおり、警戒は忘れず楽しむ位の気構えでいましょうか」
「そうそう。で、ミユファレナは、何か行ってみたいアトラクションはある?」
「私は、メリーゴーランドというものに興味があります」
「いいね、うん。それに行ってみようか!」
「行ってみましょう!!」
 どのアトラクションも体験することが初めてで、先ずは、と、視覚的に惹かれたきららかな幻想メリーゴーランドへとアドリアンと共に向かう。心弾むような綺麗な音楽と笑顔の着ぐるみに迎えられ、腕に着用した『パス』を見せれば、並ぶペガサスとユニコーンに跨った。心地よい乗り心地に、装飾された遊具は目に楽しい。――が。

 ――視覚的には最高でしたが、少し、刺激のある体験も欲しいですね。

 鑑賞メインのゆったりとした体験は、ミユファレナには少しばかり物足りなかった様子。もっと刺激のあるものを、と、湧き上がる欲のままに周囲を見渡してみたならば、次に彼女の目に留まったのは――
「おや、コーヒーカップ?」
「コーヒーカップ? そうだねぇ、回せば周囲を確認しやすくていいかも」
 回す? と首を傾げる彼女へと、コーヒーカップの操作方法を軽く説明し、先ずはやってみようとアドリアンは乗るように促して。綺麗な装飾の施された巨大なカップの中、向かい合って席に座れば、楽し気な曲と共にコーヒーカップが動き出す。
 先ずは見本と、アドリアンが中央の円盤を緩く回せば、カップがグルンと回った。
「ほら、こんな感じ!」

 ――回せば回すほど回転数が高まる……と……。

「面白そうですね! では、最大回転!!」
「え? ……って、なんかどんどん回転が早く……!」
 嬉々として、円盤を握る役を変わった彼女が、初手から勢いよく回し出す。グルンと、目の前の世界が勢いよく回りだし、ご機嫌な彼女の様子を挟んだ背景は、どんどんとその速さを増してゆく。
「ちょっとまって!? ミユファレナ、目が回っちゃう!」
 わああ、とアドリアンの静止の声も空しく、勢いづいた彼女の手は曲が、アトラクションのご機嫌な曲が鳴りやむ迄、止まることはなかった。

「ああ、世界が回っている……中々刺激的でしたね」
 ふたり揃ってふらふらと、コーヒーカップから脱し、すぐ近くのベンチで小休止。
「……前から思ってたけど、ミユファレナって実は力加減苦手?」
「ち、力加減が苦手というわけではありませんけれど!」
 心地よい風を受け、ふたり酔いを醒ましながら、小さく笑ったアドリアンが彼女に告げる。慌てて否定を啜る彼女が少しばかり微笑ましい。少しばかりの加減は欲しいのは本音だけれど。そうして耳を傾けていれば、続く言葉。
「……ですが、体験できるものは、余すところなく体験しておきたいとは思いませんか?」
 やるからには全力を心掛けている次第です、と、そんな言葉を聞けば、彼女らしさをまた一つ感じて。そうだね、と笑み頷くアドリアンなのであった。

「初めての体験ではしゃぎ過ぎてしまいました」
 こほん、と一つ咳払い。気を取り直すようにそう紡いでは、探索を再開しましょう、と前を向く。そんなミユファレナにアドリアンはかろく笑って。
「うん、そうだね。出口に繋がるものを探して行こうか」
「やはり遊ぶなら、遊びだけに集中したいものですね」
「うん、今度はただ遊ぶ為だけに出かけたいね」
 そんな日を楽しみにするのもいいものだ。そして、その為には、此処に閉じ込められたままでは叶わない。
 腰を下ろしていたベンチから立ち上がり、ふたりは再び、探索を開始する。楽しいだけの出かけの日は、『|夢みる遊園地《ドリームパーク》』を抜けた先、続く未来に、きっと。

フィーガ・ミハイロヴナ
刻・懐古

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 聞き込みで得た手がかりで北の洞窟へやって来た、フィーガ・ミハイロヴナ(デッドマンの怪異解剖士・h01945)と、刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)のふたりは、突然の遊園地に驚きを隠せない。今まで居たのは洞窟であったはずなのに――その奥に、えも知れぬ光景。眩しすぎるほどのファンシーさに、思わず挙動不審になるフィーガの隣で、懐古はふむ、と小首を傾げて見せて。
「こちらさんの√は、これが普通なのだろうか」

 ――否……何らかの仕業という勘くらいは働く。

 なんて呟いてみながらも、早々に解を出し、ふるりと頭を振った懐古とフィーガの驚きが冷めやらぬ最中、何処からともなく現れた着ぐるみたちにあっという間に取り囲まれて、その手に『パス』と呼ばれた煌めく星飾りが嵌められていった。その嵐のような一連の流れに、手際の良さに、今一度ふたりは目を大きく丸めて瞬きふたつ。キラリと輝く腕の其れを其々に見つめて。
「はは、フィーくん、何やら迎え入れられてしまったねえ」
 興味深げに掲げてみれば、空からの光に其れがきらりと煌めいた。
「持って帰って調べられませんかね」
 腕に突然着けられた『パス』を引っ張ったりして弄ったりしてみつつ気付いたのは、どうやら簡単には外れないようであることと、不用意に壊すのはよくないという漠然とした予感。園内を見回せば、帰り道も失われたことに気づき、ゆるり探索しようかとふたりは園内を回ることにした。

 きらきらと夢の如き園内を散策をしながら、懐古が興味を持ったのは、園内のあちらこちらで目にする着ぐるみたち。
「フィーくん。あれはなんだい、『ガワ』は愛らしい。しかし、中身は一体……」
 そこまで紡いだ懐古へと、言葉遮るように慌てたフィーガの声が重なる。
「ああ……懐古さん! 中の人などいませんッ! シーですよ!」
 わわわと慌てるフィーガ。そう、遊園地での『中身』の言及は御法度。しかし、それも含め馴染みのない懐古にとっては、そんな暗黙の了解も露知らず。なるほどそういうものなのだね、とフィーガの説明に頷きながら、引き続き興味深げに着ぐるみへと視線を投げかける。そんな視線を追いながら、フィーガもまた浮かび上がった疑問を抱えていた。

 ――そういえば、着ぐるみは、ここに最初からいる?

「追えば、何らか掴めるかもしれませんね」
 紡ぐ言葉に顔見合わせたふたりは頷きあって、ぴょこぴょこご機嫌に歩いていく着ぐるみの一体にターゲットを絞ってストーキングを開始する。つかず離れず、こちらを悟られぬように身を隠しながら尾行をし、先を往く着ぐるみが立ち止まったタイミングでサッと隠れる。
「フィーくん、屈んで。頭がはみ出てしまうからね」
「結構そういうトコ冷静なんですね?」
 隠れながらに懐古へとツッコミを入れつつ、フィーガは素直に頭を引っ込める。
「ああ、隠れている方が怪しい? じゃあ、観光だと堂々探索しようか」
 このままこそこそと尾行するのも一手ではあるけれど、こまめに立ち止まり辺りを見回す着ぐるみを追うには、そちらの方がよさそうだと、怪しまれないよう観光の振りをして追う形へと切り替える。
 園内を巡りながら時折止まる着ぐるみは、何やら写真を撮っているらしい。動作をよく見ていると、SNSへ投稿しているのだろうか。出口のない園外に遊園地の噂が広まっているのは、着ぐるみたちのそういった行動によるものかもしれない。投稿が終わったらしい着ぐるみが、くるりと視線を動かした。じいと見つめた儘は怪しまれるかと、ぱっと視線を外したフィーガが目につついたアトラクションを指差して。
「懐古さん、あそこの観覧車なんかも楽しそうですよ~ははは」
 なんて、純粋に観光を楽しむ振り。どきどきとする彼をよそに、こちらの尾行に気付かぬ様子で、着ぐるみはぴょこぴょこと再び移動を開始した。ふう、と安堵の息を吐くと共に。

 ――中の人がいるならば、解体して聞き出すのが早いのでは……。

 なんて、思わず零れる独り言。
「フィーくん?」
 聞き取れず小首を傾げる懐古へと、ふるふると首を左右に振って。
「ふふ、なんでもないですよ」
 そう返したなら、再びストーキングの開始である。
「さあて、何か尻尾は掴めるかな?」
 そうして着ぐるみを追ってふたりが辿り着いたのは、『|夢みる遊園地《ドリームパーク》』の奥地。何かを隠すよう木々が密集し、きららかな園内とは雰囲気が異なる。そこには夢の裏とも思しき小屋が一つ。着ぐるみが中に入るのを確認し、窓からこそりと中を窺えば……着ぐるみを脱いだ中身――冒険者と思しき人の姿を確認した。しかしよく見ると様子がおかしい。その挙動はどこかふわふわとして意思が読み取れず、夢の中にいるような、何者かに操られているような――
 頷きあったふたりは知り得た状況を報告すべく、仲間たちの元へと向かうのだった。

花嵐・からん

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 きらきらと煌めく遊園地。閉ざされた『|夢みる遊園地《ドリームパーク》』。くるりと周囲を見回して、花嵐・からん(Black Swan・h02425)は、軽やかに往く。
「わたりどりは気紛れなのよ。道が無いのなら作ればいいじゃない」
 どこか唄うように、柔い笑みを湛えたまま、からんは広い園内を散歩するよに歩みゆく。

 ――そういうわけにはいかないの?

「こまったわねえ」
 なんて、頬に手を当ててこてりと首を傾げてみるけれど、決して困っているようには見えない柔い笑顔。言葉と裏腹、裸足のワルツ。唄うように、踊るよに。かろく、かろく、からんはあゆむ。ぽろん、ころん。まるでお天気雨の雫のように。ころり跳ねるどろっぷのように。かろい爪先躍らせて、裸足であゆむ。
 
「明るい音楽はないかしら。ここは幸せの国なのでしょう」
 裸足のワルツに添うように、何処までも踊ってゆけそうな。そう、この足が、あゆみが止まらない程の。そんな音楽はないかしら。其々のアトラクションの傍を通れば、楽し気な曲も鳴りはしているのだけれど――

 ――ううん、もっと盛大に。素敵な音楽をかけるといいとおもうわ。

 そう、例えばファンシーな……。そんな風に描いては、心の中に響かせては、園内を歩む供とする。煌めくアトラクションも、其処に添う音も、曲も。全てをワルツの供として、隅から隅まであるいてあるいて、気になるところをそうっと覗き込む。はずかしがり屋のかくれんぼうは、どこかしら。
「ここかしら。それともここ?」
 木々の隙間、花の中。いないこはどこと探して覗いて。だってそう、道はどこにだってあるはずよ。隠されてたって、見えなくたって。いつだって道はそこにある。

 ――だってわたしは渡り鳥だもの。

 あるくことは得意よ? と、広い園内を軽やかに。そうして、ふと目に留めたのは、綺麗に咲いた花時計。色とりどりの花咲く花壇の奥にオブジェのように立つひときわ大きい花時計を、綺麗だわと眺めて見るけど、なんだか少し違和感を覚えて、その裏をそうっと覗き込む。

 ――みいつけた。

 花時計が映えるようにか、その後ろで枝垂れるアイビーのグリーンウォール。ほんの少し、風に揺れる場所を探ってみたなら、ヒトの通れそうな穴があった。にっこり笑ったからんは見つけた『道』を仲間たちに共有すべく、かろやかな歩みで再び園内を往くのであった。

ララ・キルシュネーテ
鴛海・ラズリ

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 きらきら煌めく遊園地。楽し気な着ぐるみの歓迎を受けて、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)と、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)の、心もきらきら弾むよう。
「遊園地……」
 ほう、と、吐息を零してその景に見入るララの横、ぴょこぴょこと遊園地アイテムを差し出して来る着ぐるみたちから、ラズリはくまさんのポップコーンバケットと、イースターエッグ柄の風船を入手して、傍らの|可愛い子《ララ》にそっと装備。ララもその行為を素直に受けて、すっかり『遊園地のララ』になる。
 小さな手に握られたふわふわと揺れる愛らしい風船も、肩から掛けられたくまさんも、何よりララがかわいくて、ラズリはすっかりご機嫌。そんな彼女を見上げて。
「ラズリも遊園地装備になりましょうよ。ララ、遊園地すきなの」
 そんな可愛いお願いが向けられたなら、ラズリの笑顔もいっそう深まって。
「私も? じゃあ、くまの被り物ね」
 彼女のバケットとお揃いのくまさん。そんな被り物をすぽっと装備したならば、ララと並んで『遊園地のラズリ』に大変身。

 そうしてふたり、甘き通りでそうしたように手を繋ぎ、園内を歩きはじめる。そうして暫く歩いたところで、ラズリが空を指差した。
「らら! 見て、流れ星が飛んで行ったの!」
「……流れ星? 素敵ね」
「楽しそうなんだけど、」
 そこで言葉を切ったラズリの頭に過るのは、『保護者さん』の顔。楽しそうだなと見上げるたびに、渋い顔をするあのひとのこと。そうして、足を止めたラズリの手をちょんとひいて、ララは、咲う。そんなララを見つめて――ラズリも、咲う。そう、いつもなら我慢してしまうけど。

 ――でも、今日は特別!

 こくりひとつ頷いて、咲み合い一歩踏み出しながら、ラズリは問う。
「ららは平気?」
「ララは勢いがあるのはすきよ。パパに抱っこしてもらって、空を飛んだ時を思い出すの」
「パパと……素敵ね」
 返る言葉に、ふわりと咲みを綻ばせ、ララはラズリへと告げるのだ。
「ラズリ、ララと一緒に飛びましょう」
 その言葉が嬉しくて、嬉しくて。手をぎゅうと結んでラズリも応える。
「ふふ、一緒に飛んでいっちゃおう?」
 そんなふたりのやり取りがあたたかくて、見上げた白玉も煌めく瞳。
「あ、白玉も乗りたそうにしてる」
「白玉は……吹き飛ばされないようにね」
 ふたりの視線に言の葉に、軽やかな声で答えた白玉もふわふわご機嫌。楽しい会話を交わしながら、いざ、虹翔ける流れ星へ!

 アトラクション前の着ぐるみにそれぞれの『パス』を見せ、搭乗口まで上ったならば、既にそこそこの高さ。
「ひゃ……高い……」
 思わず零れたラズリの声は、ほんの少しだけ震えて。それでも勇気を振り絞って、繋いだ手を離さぬように、ふたりと一匹は流れ星のコースターへ。安全帯をしっかりつけて、着ぐるみの見送りを受けたなら、ふわりと浮いた流れ星は虹のレールを更に上へと昇っていく。
 だんだんと高度が上がる度に、ララのわくわくが高まっていく。その隣で、どきどきと鼓動が早鐘を打つようなのはラズリ。

 ――わ、わあん! 怖くなってきちゃった……!

 すんでのところで泣き言を音に乗せるのを止まって、それでもちょっぴり瞳が潤んでしまいそう。そんなラズリに柔く咲くままララは問う。
「ラズリ大丈夫?」
「大丈夫、ららは私が守るんだから」
 震え気味の声乍ら、精一杯の強がりで心からの言葉を彼女に紡げば、そんなラズリの様も言葉もあたたかくて、あたたかくて。
「……ふふ。頼もしい護衛ね」
 にっこりと、彼女の咲みが帰ったその直後。
「………!」
 頂上に着いたらしい虹のレールが、一気に下へと流れ星を導いてゆく。上る時には見えなかった七色の道がリボンのように広がって、そんな虹の道を滑りお星様になって駆け抜けていくのは、怖さを忘れるくらいに気持ちいい。そうして、勢いよく虹を駆け抜け風になる感覚に、ララもまた、鼓動が高鳴るのを止められない。

 ――噫、なんて心地よくて楽しいのかしら!

 途中、白玉が宙に浮きそうなのを捕まえたりなんかしたのも、忘れられない思い出だ。翔けて、翔けて、星の速度はアッという間。ふたりできゃあという内に、元の場所に戻って来た。
 高鳴る鼓動が落ち着かぬまま、地に足を付けたなら、未だふわふわとする感覚が残っている。楽しい気持ちを、この余韻を味わっていたいけれど、忘れてはいけないこともある。
「ああ、楽しかった。でも、帰り道が無いなら探さなきゃね」
「おかわりの前に……そうね、帰り道を探しましょう」
 こくりと頷きあったふたりは、もう一度も必ずと約束しながら歩きだす。
「らら、次は鏡の迷路に行ってみよう。お喋りさんが何か知ってるかも」
「鏡の迷路も楽しみだわ。ぶつからないようにしなきゃね」
 移動しながらの探索は、光の鳥達にも助力を得て。彼女達は、煌めく鏡の迷路へと足を踏み入れるのだった。

月夜見・洸惺

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 きらきら煌めく装飾のアトラクション、楽し気に鳴る音楽たち。月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)は、ぱっと瞳を輝かせて。
「わわ、遊園地に来るのは初めて……!」
 くるりと見回し、本当に夢みたいな場所なんだね。と、初めての体験に洸惺は心躍らせる。

 ――……帰り道のこととか着ぐるみさんの存在とか、すごく怪しいけど。

 ふと、楽しいばかりではない状況も、頭をよぎってゆくけれど、でもだからこそ。
「折角だから、楽しみながら道を探すよ」
 きゅっと掌を握りしめ、この状況も楽しんでしまおうと洸惺は気合と期待の籠った音でコツンと足を鳴らしゆく。
 天を翔け行く流れ星、天の川を翔けてゆく列車。空を見上げても煌めくものが多くて、視線の向こうにはくるりと回る大きな花籠、雲のブランコ。様々に気を惹かれるものはあるけれど、いっとう洸惺の心を惹きつけたのは――

「わぁ、仲馬……じゃなかった、僕の仲間がいっぱい!」
 かつんとかろく音を鳴らした『彼ら』が、楽し気に駆ける――そう、メリーゴーランド! 自分と似ていて少し違う沢山の『仲馬』たちが駆け行く姿を目にしたならば、心が弾んで。
「なんだか親近感を感じちゃうね」
 と、思わず頬も緩んでしまう。
「ユニコーンやペガサスは居るけど、」

 ――流石にスレイプニルは居ないかな……?

 自分と同じ子はいないだろうかと、くるりと駆け行く仲馬たちを見回して。残念ながら同じ子はいなかったのだけれど、それでも、親近感を覚える沢山の子達に囲まれるのはあたたかい。どきどきとしながら、着ぐるみに『パス』を見せ中に入れば、なんとなく目があった子に決めて、よいしょとまたがる。いつもは背中に誰かを乗せる側で、馬車も引く側であるものだから、ちょっと新鮮な気分で。
「わあ、馬の上に乗るとこんな風に景色が見えるんだね」
 いつもと違う視線に景色に、胸高鳴ならせて、くるりと辺りを見回せば、きらきらとした装飾に、夢見心地を包むよな音楽。それは、とてもとても幻想的で。

 ――パレードをしているみたいに思えちゃう。

 すっかり夢見心地となりながら、現状打破の糸口探しも忘れずに。洸惺は道に繋がる手掛かりがないか景色を眺めて探してゆく。眺める視線の向こう、華やかな花壇の奥に、何か揺れるものを見た気がして。メリーゴーラウンドを降りた、洸惺は自らの足で其方へ駆け行くのであった。

御埜森・華夜
汀羽・白露

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 突如、自らを包み込んだ景色、いつの間にか着ぐるみによってこの腕に付けられた、煌めく『パス』。何処を取ってもきらきらと夢のような風景を見回して、汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)は、怪訝そうに眉を顰める。
「遊園地……、これぞ正しく『無縁』の代表だな」
 自分とこの景色との縁の無さにふう、と、ひとつ溜息を零した白露の手が急にぐんと引かれゆく。
「ほらほら、はくちゃん早く早く! こっち!」
 縁のないと零す白露とは正反対、ご機嫌な様子で彼の手を引く、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)は、白露の戸惑いなんてなんのその。その手をぐいぐい引っ張り、にっこにこ。
「わ、ちょっ……急に引っ張ったら危ないだろ……!」
 半ば引き摺られるようにして、華夜についていく白露と、エンジョイする気満々の華夜。たったか駆け行くその先に、風船売りの着ぐるみの姿が見えた。あ! と、声を上げた華夜は一直線にその着ぐるみの元へと向かいながら、嬉々として指をさす。

「ほーら! えへへ、着ぐるみちゃんと写真撮ろ!」
 一緒に撮影いーい? と問う華夜へと大歓迎の意を示し、着ぐるみもすっかり移る気満々でポーズをとる。その様に笑みを深めた華夜は着ぐるみの隣へとすかさず並び、繋いだ手を一度離せば、速やかに白露へと指示を出す。
「はい、はくちゃんあっち! はい、可愛くしてー!」
「は……? 俺に可愛くとか無茶降りすぎるだろ……」
 新たな戸惑いの渦に巻き込まれながら、それでも言われる儘に着ぐるみ挟んで並びゆく白露と、幼馴染たる白露の戸惑いなどなんのその、強引だけれど様子を見つつ、撮るよ撮るよ笑ってー、と、カメラを向ける華夜。そんなやり取り挟みつつ、白露もいつもの無表情からどうにかこうにか、ぎこちない微笑を見せて。はい。ちーず!

 記念の写真はSNSに是非と身振り手振りで伝える着ぐるみに手を振り返し、次にふたりが向かうのはコーヒーカップ。
「はくちゃん、次はあれ!」
「コーヒーカップ……?」
 ほらほら早くと手を引く華夜に勢い押されるまま、入口の着ぐるみに『パス』を見せ中へ乗り込んだ。可愛いカップの一つに座り込み、嬉々としてハンドルを握る華夜を見つめて、此処でもやはり怪訝顔。
「ただ回るだけに、なんの面白味がぁぁぁぁぁぁ――!!」
 楽し気な音楽と共にカップが動き出すと同時、にっこりわらった華夜の手が、勢いよく手にしたハンドルをぐるぐる回す。言い切らぬうちに回転の勢いに呑み込まれてゆく白露は、ワイワイ楽し気にグル回す華夜と、アトラクションに翻弄されるばかり。

 曲が終わりカップが止まる頃には、よれよれとした白露の出来上がり。足元ふらつく白露をベンチに置いて、一度その場を離れた華夜がドリンクとポップコーンを手に戻って来た。
「はい、水分とろー」
「ああ、すまない……」
 差し出された飲み物を素直に受け取りながら、ベンチにくったりとする白露の隣、華夜もすとんと腰を下ろして、そうっと隣を窺い見る。こくりと喉を潤す白露をじっと見つめて。

 ――……ねーえ、こゆのいや?

 そう問う華夜の顔を見つめ返して、白露は彼からの言葉を受け止める。
「……なんでそんな顔してるんだ」
「俺はさ、はくと色んな景色見たいんだけど」
「……別に、愉しくないなんて言ってないだろ」
 視線逸らしながらも、そう返った白露の言葉に、華夜の表情はいつもの輝きを取り戻す。
「ほんと? さっきさ、グルグル回ってる時とかちょー楽しかったんだよ!」
 えへへ、と、笑った華夜の様子に、白露も安堵めいた笑みを零す。
「んでね、最初に撮ったやつ。ほら、見て?」
 楽し気に、そうしてちょっと得意げに彼が見せてくるのは着ぐるみとのスリーショット。
「ぐっ……君、面白がってるだろ……」
 何とも言えない笑顔を浮かべる自分の顔を見たならば、思わず言葉を詰まらせてしまうけれど。
「へへ、俺ねぇ、」

 ――はくちゃんの、ちょーーーっと下手なこのニコニコ、すげー好きだよ。

 なんて、あんまり君が嬉しそうに笑うから、それを否定する気にはなれなくて。だから代わりに、こんな悪態ついてみせるのだ。
「……というかこれ……間に|着ぐるみ《こいつ》要るか…?」
 なんて。

黛・巳理
泉・海瑠

 ●

 先程まで歩いていた洞窟とは全く異なる景色。きらきらとした遊園地の景を見回して、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)は、わぁ、と、驚きの声を零す。
「こんなところに遊園地…!?」
 ぱちりぱちりと瞬きながら、いやー……この√、なんでもありだなぁ、なんて、呟いていたならば、隣から黛・巳理(深潭・h02486)、の戸惑うような声。
「泉くん、こういう場所は……その、どうしたら、いい……んだ?」
 きょとんと固まり高い観覧車を見上げてやや呆然とする巳理の姿を、きょとんと見つめた後、どこか微笑まし気に軽やかに海瑠は笑って。
「え? こういうときは楽しめば良いんだよ!」
 ぐっ、とサムズアップのポーズで片目を弾いた海瑠の言葉に、改めて周囲を見回してみるけれど、巳理にとって、遊園地とは未知の領域。CMやら患者の話で知ってはいるものの、自身が行ったことはないので、そわそわとした気持ちがおさまらない。思わず伸びた指先が、海瑠の服の裾をつんつんと引いて、やっぱりそわそわ。
「いや……わた……その、僕は、こういう場所には縁が無かったんだ」

 ――だから、遊び方なんて……。

 泉くんは、分かるのか…? そう問いかける彼の様子が、あまりに頼りなげで。いつもの彼とのギャップも感じながらも、それでいて、そう――
「ふ……あははっ。巳理先生らしい……!」
 そう、彼『らしく』て。思わず零れた笑いが止まらない。くすくすと、零れ出る笑い声を押さえながら、自分の裾を掴む彼を見る。
「まぁ、学生時代に友達と行ったことはあるから一通りは……」
 そこまで告げて、所在なさげに自分の裾を掴んでいる彼の手を取り、にっこり笑う。
「じゃあ、今日はオレが案内するね」

 ――行こう、先生!

 晴れやかに笑う海瑠に手を引かれるまま、ふたりで『遊園地』を巡りゆく。手を引きながら、くるりとアトラクションを眺め見て、遊園地初心者な先生を連れてのこと、流石に過激なアトラクションは外して、と、海瑠はゆっくり楽しめそうなものを選んで一通り巡ることにする。
 初めての遊園地を体験しゆく巳理の様子もアトラクションと一緒に楽しみながら、海瑠は移動中の観察も忘れていない。園内のあちこちに居る着ぐるみたちの行動に気を配り、何か変化や気付くことはないだろうかとアンテナを張る。
 そうして、眺める先に、着ぐるみたちは定期的に園内を移動して、手にした端末で写真を撮ったりSNSに発信しているような様子が見れた。それに、動いているアトラクションの前には着ぐるみがいるものの、休止中の其処には着ぐるみが居ないこと、まだ園内すべてを賄うだけの人数はいないようにも見受けられた。

 そうして巡る中、巳理は初めて体験する遊園地のアトラクションへの、新鮮な驚きでいっぱい。ひとつひとつの物珍しさに驚けば目を見開いて、そんな自分やアトラクションに対して海瑠が微笑めば、つられて口角を上げて目を細める。最初に感じた戸惑いはいつしか彼の案内と共に薄れていって、クスクスと静かに笑い、この地で味わう柔らかな幸せに浸ってみる。
「ふふ、先生も愉しめてるみたいで良かった」
「う、む。泉君のお陰だな」
「あ、巳理先生! 着ぐるみハグしてみたら?」
「なに……? き、着ぐるみと?」
「そうそう! こういうのも、こういう場所の醍醐味だよー」
 こーんなふうに! と、見本とばかりに先に着ぐるみにハグしてみせれば、着ぐるみの方も応えるようにハグを返す。ほらほら、先生も、と促されれば、目の前の手を広げて見せる着ぐるみに一瞬たじろぎながらも、意を決したようにそっとハグをして。そんな様子をどこか微笑ましく眺める海瑠にふと湧き上がる悪戯心。

 ――……まぁ、中身敵かもしれないけどね。

 なんて、巳理の耳元でぽそりと呟いたなら、慌てたように彼はハッと身を離す。
「……な、中に!?」
 と、そこまで口に出したなら、シー! シー! と、着ぐるみが一生懸命に身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。
「なに……むぅ、こ、ここでは……そんな話は、し、しない?!」
 言葉は発さずジェスチャーで伝えてくる着ぐるみの様子を必死に読み解きながら、着ぐるみからの圧に言葉なき会話にと押し負けたり翻弄されたり。そんな巳理の姿がまた新鮮で――でも、やっぱり自分の知る彼らしくて。やっぱり海瑠の笑顔は零れてしまうのだ。
「あはは、先生翻弄されてるー!」
 指差し笑うこの時間も、そこに在るふたりの時間も。ああ、なんて――なんて楽しいんだろう。

彩音・レント
小鳥遊・そら

 ●

 きらきらと煌めくアトラクション、楽し気な音楽に、着ぐるみたち。自分たちを囲む景に、彩音・レント(響奏絢爛・h00166)は目をぱちくりさせて。
「本格的な遊園地だー!」
 おお、と両の手を握って、気分が上がり調子のレントは、隣の小鳥遊・そら(白鷹憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h04856)を振り返り、ぴっと指を立てて見せ。
「と、なればやる事はひとつ……」

 ――本気のおにごっこ!

「カミガリだし、そらちゃんがハンターね。はいグラサン」
 もったいつけた間の後に突如レントから飛び出た提案に、その後も、言葉を挟む間もなく矢継ぎ早に紡がれて渡されたサングラス。次はそらが目をぱちくりさせる番。
「へぇ、確かにいい感じの遊園……え、鬼ごっこ? グラサン?」
 いったいどういう繋がりだ? と、頭にたくさんの疑問符を浮かべながら、首を傾げるそらへと、尚もレントの言葉は続く。
「こんな広い所で鬼一人とか絶対捕まらないね、余裕余裕〜」

 ――もし僕が負けたら、好きなだけお酒を奢ってあげるよ。

 口を挟む間もないな、と、言葉が途切れるのを待ちながら、話を聞いていたそらの目の色が『好きなだけお酒を奢る』の言葉を耳にしたとたん、カッと輝きと力を帯びた。
「言ったな? 二言はないな?」
「もっちろん!」
「オーケー、確実に仕留める」
 半ば押し切られるように受け取ったサングラスを、すちゃっと着用しては本気モードのスイッチが入ったそら。それじゃあスタートの掛け声とともに、先に駆けだしたレントの背を見送って、約束した時間だけ待ったなら、本気の『追跡』開始!

 勝負と決めたら手は抜かない、本気だから楽しい鬼ごっこ。けれども、それは他の人に迷惑をかけてしまっては元も子もない。他の客に迷惑をかけないようにと配慮しながら駆け行くレントだが、そこで気が付く。この遊園地には今、自分達√能力者と、着ぐるみたちしかいないことに。いくら遊園地の姿とは言え、やはりここがダンジョンの中だからだろうか、と軽く小首を傾げながら、駆け行く彼の背後から、そらの気配が追ってくる。
「この翼も、こういう時のためにあるってねぇ!!」
 絶対に逃がさない、という気迫を感じるそらの声が頭上から聞こえてくる。軽やかな空中移動に、空中ダッシュも併用して、上空からの追跡を行うそらを、レントは色々なアトラクションを乗り継ぎながら、彼女を撒くようにして逃走を図る。
 観覧車の上に立ち急降下で追ってくるそらを躱し、天の川の汽車に乗り込んで車両を駆け抜けたり。距離を取るべく乗った流れ星のコースターをダッシュで追いかけてくる彼女から、すんでのところで逃げ切ったり。アトラクションをも駆使しての『鬼ごっこ』。どの乗り物に乗るにも『パス』の提示は必要だったが、その腕の煌めきを一瞥しただけで、着ぐるみたちはすんなりと通してくれた。

 逃げ行くレントを、尚もそらは上空から追っていく。自分は此処だと主張しながら派手に追跡を行うそらには思惑がある。

 ――空中から攻めていたら、そのうち上から見えにくい場所に隠れだすだろ。

 そこを、攻める! と、作戦立ても本気の本気。なにせ、そう。
「タダ酒がかかってるんだ、手なんて抜いていられないねぇ!」
 そう声高に告げて、にやりと笑うそらの表情はすっかりと『狩る』側の顔。逃げながら、そんなそらの様子もレントはしっかりと見えている。
「そらちゃんの行動は、どれも想定内ではあるけど……」

 ――お酒を賭けたせいか、あれはガチな顔……!

「しっかり追い込んでやるさ!」
 まってなよ、と、笑うそらの表情は、死ぬ気で逃げても捕まりそうな気迫が籠っている。開始前は、余裕なんて言ったけど。

 ――今のうちに、飲み放題の居酒屋探しておいた方が、得策かもなぁ……。

 なんて。すっかり奢らされの未来が見え始めたレントであった。はてさて、勝負の行方やこれ如何に。なんて、問うまでもないかもしれないけれど。それでも、本気の鬼ごっこはまだ終わっていない。
 逃げて追って駆けまわる先、ふたりが見つけたものは、作り物の空に隠された抜け道と、上空から姿隠すよに逃げ進む先に行きついた、木々の奥に隠されし着ぐるみたちの休憩所とも思しき小屋。と、そこで見た、着ぐるみたちの中身――帰ってこないと噂されていた、冒険者たちの姿であった。

第3章 ボス戦 『堕落者『ジュリエット』』


 ●

 √能力者たちの探索によって明らかにされた|夢みる遊園地《ドリームパーク》の正体は、このエリアに現れた主、堕落者『ジュリエット』 によって作り上げられた冒険者たちを取り込む為の空間であった。他者を、自身と同様の堕落した存在に貶めることを愉悦とする彼女は、自身の作り上げた|夢みる遊園地《ドリームパーク》の中で、冒険者たちを醒めない夢に閉じ込めて、最終的には自分好みに熟れたその身をその心を、『収穫』することを目的としていた。

 しかし、√|能力者《きみ》たちの力によって、醒めない夢の出口は見つけられ、その先に待つ主、堕落者『ジュリエット』の存在も補足することが出来た。|夢みる遊園地《ドリームパーク》からの出口は三つ。鏡の迷宮から彼女の誘いで繋がる先。作り物の空に隠された空中の抜け穴。花時計の裏、アイビーのカーテンに隠された地上の穴。どれを抜けても辿り着く先は同じ。地上の穴のみ、洞窟の出口に通じる道もあるようだ、帰還する者はここを利用するといいだろう。

 今は未だ彼女の術に落ち、夢に囚われながら隷属化された着ぐるみの冒険者たちも、ジュリエットを倒すことで目覚めを促すことも叶うだろう。|夢みる遊園地《ドリームパーク》も、彼女を倒す頃で姿を消し、元の洞窟に戻る筈だ。
 ある者は鏡の迷宮を抜けて、ある者は遊園地内で見つけた本来の洞窟に繋がる道を抜けて、奥に待つジュリエットの元へとたどり着く。誘うように笑う収穫者を退けて、醒めぬ夢の向こう側、あるべき目覚めへと誘うのは――君達だ。

 ●

 其々の道を通り、闘うことを決めた面々は、ダンジョンの奥で待つ堕落者『ジュリエット』と対峙する。其処は何の変哲もない洞窟の広い空間で、先程まで居た遊園地との景色のギャップは大きいが、闘うのに申し分はない。障害物がない分、隠れたりなどは難しそうだが、天井も高くあらゆる立ち回りはしやすいだろう。そんな場所の中央に立つジュリエットは、訪れた君たちを少し困ったように眉下げ笑んで見つめていた。

「あら、呼んでいない子達まで来てしまったの? 熟れた子だけを、選んだつもりだったのに」
 こまったわねぇ、と。さほど困っていないような声音で告げて微笑んで、ジュリエットは手にした処刑鎌型の遺産『ルート・ハーヴェスター』を、ゆっくりと構えなおす。
「いいわ、果実は幾つあってもいいものよ。まだ青い実も美味しく料理すればいいの」
 にっこりと、そしてどこか艶やかに笑ったジュリエットは微笑みながら一歩踏み出す。

 ――いらっしゃい、甘くて青い果実たち。此処に堕ちてきた、果実たち。

「収穫の時よ。みぃんな纏めて、私の悦びに変えてあげる」

 にこやかに告げたジュリエットが黒き翼を羽搏かせ、手にした鎌を振り上げるのを合図に、√|能力者《きみ》たちとの戦いの火蓋が切って落とされた。
偽蒼・紡
メイ・リシェル
ミユファレナ・ロッシュアルム
アドリアン・ラモート
フィーガ・ミハイロヴナ
刻・懐古

 ●

「わー。遊園地がただの洞窟とか、がっかりにも程がありますよ?」
 先程までの楽しい雰囲気は何処に行ってしまったのか。代り映えのしない洞窟に出てきた現状に肩を竦める、フィーガ・ミハイロヴナ(デッドマンの怪異解剖士・h01945)の隣、同様に夢から醒めたよな景色の中、烏のような『堕落者』を眼前に捉えた、刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)も、おや、と小首を傾げて見せて。
「また随分と寂れてしまったね。あれが元凶かい」
 黒き翼をひとつ揺らし語る『堕落者』の言葉から、夢に囚われた冒険者達の行く末を知ってしまえば、彼らは肩を竦めて。
「つまり、おれ達が追ってた着ぐるみの中の人達もいずれ……という事ですか」
「ああ、なるほど。遊園地は蜘蛛の巣って訳か」

 ――到底『果実のみのる木』とは思えないねぇ、フィーくん。

「うーん、『実る』というよりは、」

 ――食虫植物が甘い匂い出してるだけ、みたいながっかり感はありますねえ。

 懐古から同意を求められたフィーガが、彼ににこやかに笑み返しながら紡ぐその言の葉は、ジュリエットへの無自覚な煽りになっていて。
「『食虫植物』か……うん、わかる」
 フィーガの喩えた其れに、こくりこくりと頷き返す懐古の様も、その煽りに油を注ぐ。

 そんな会話を交わす彼らの近くで、同様にジュリエットの言葉を聞いていた、偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、徐に顎をさすりつつ、何か思案するように僅か俯きがちに口を開く。
「なるほど……君はこう言う結末を用意したわけだ」
 ジュリエットへ向けてそう呟いた彼の表情は陰に隠れ、逆光を受けた眼鏡奥の目は見えない。けれどもその口許は、薄く弧を描いている。
「俺的には、結構好きなタイプのシナリオだけど」

 ――他の皆んなは、そうは行かないみたいだろうね。

 『都市伝説の語り手』たる視点で紡いだ彼は、くるりと視線を巡らせて、他の√能力者たちの反応を見る。そんな彼の言葉の通り、メイ・リシェル(エルフの古代語魔術師・h02451)は、不快そうに眉を顰めて言う。
「だからダンジョンの主は嫌いなんだ」

 ――あなたと同じ所まで堕ちるなんて、ごめんだよ。

 手にした武器を構えてきっぱりと、相手を見据え告げるメイの近くで、ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)も、彼と同じく眉を顰める。
「楽しい夢を見せ続け、堕落した人々を収穫……」
 『堕落者』たるジュリエットの言葉をなぞるように紡いでは、軽く目を伏せ静かに語る。
「娯楽が娯楽たりえるのは、成すべき事があるからこそ」

 ――遊園地は素晴らしくとも、思想は相いれないですね。

 不快感をあらわにしつつ相手を見据え紡ぐ彼女の隣では、先程のコーヒーカップの影響を拭いきれない、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が、何とか気合で持ち直そうと試みていた。

 ――まだ、頭がふらふらする……けど、気合入れなおして!

 ぱん、と両手で頬をひと叩き。正直、自分は戦闘は得意じゃない。けれども、眼鏡を外して、力の制限を取り払う隣のミユファレナを見て、改めて眼前の敵を見据える。
「ミユファレナにカッコ悪い姿を見せない為にも、頑張らなくちゃね」
「捕まってる人たちのためにも、ここで倒れてもらうよ」
 其々に其々の想いを口にしながら、『堕落者』たるジュリエットと対峙する√能力者たち、そんな彼らを見て、小さく笑った紡は視線をジュリエットへと向ける。
「ほらね、バッドエンドは敬遠されがちだ」
 それに、と添えて紡はさらに言葉を続ける。
「俺は語り手だからね、登場人物として終わってしまうのは、どうも性に合わない」

 ――君の絶望をもって、俺が新しいシナリオにしよう。

 言い切るや否や、笑み湛えるままに真っ先に地を蹴ったのは紡。するりと取り出し手に握ったメスを構え、ジュリエットの身を刈り取るように、すり抜ける際切っ先で薙ぐ。咄嗟に鎌で防御され、切り取るまではいかなかったが、ここまでの経験で蓄積されてきた彼の速さは彼女を上回り、白い肌に多くの傷をつけた。
「刈り取るものが刈り取られるのって、どんな気持ちだい?」
 再度肉薄した紡の囁きがジュリエットの耳に届いた直後、与えた傷をさらに抉る様にして傷付けてゆく。にやりと笑った紡を、赤い眼がぎらりと睨む。
 僅か笑みが消えたように見えたが、すぐに口許に笑みを戻したジュリエットは、羽搏き一つ距離を取った後、林檎めく見た目をした『禁断の果実』を生み出し、紡の居る地へと投げつけるようにばら撒いた。彼女の『果実』は一見、艶やかで美味しそうに見えるが、その赤は鮮明過ぎて。作り物めいて見える。
「あぁ、君の能力――『禁断の果実』だったか?」
 その実の齎す効果を思い起こしながら、尚も楽し気に紡は笑う。『実』の存在を意に介さずメスを振う。だって、そう。

 ――今更、都市伝説の語り手が何を語った所で、誰も驚きはしないよ。

 そう告げて、なお迫りくる彼の攻撃をいなしながら、ふわりと羽搏き宙へ舞い一度距離を取ったジュリエットは、彼らを見下ろして困ったように笑って紡ぐ。
「あらあら、思った以上に青い実ばかりのよう。困ったわねえ」

 ――でもそこは、私の腕の見せどころね?

 そう、手にした鎌に語り掛けたジュリエットは、紡とは異なる方向へと向けて羽搏いた。その軌道上、対象が此方に移ったことを感じたフィーガは手にしたメスを構え、にまりと笑う。
「青いままの実は、固くて食べづらいですよ~」

 ――つまりおれたち、ちょっと手強いかもしれません。

 そんな持論を繰り広げるフィーガと、同調する懐古に向かって飛翔したジュリエットは笑う。
「林檎はね、青い果実を熟れさせてくれるの」
 香りも味も極上よ、どうぞどうぞ、召し上がれ。そう告げながら、うふふと笑った彼女からの『禁断の果実』を、後方の懐古を庇うようにして前に出たフィーガが、メスを手に怪異解剖執刀術を以て切り付けてゆく。
 切断された果実は、作られたよな鮮やかさを失うも、ころりと転がり瑞々しい『林檎』へと姿を変える。フィーガに切られ地に落ちた其れは彼の力で変異したのか、爆発する様子もない。
 驚くような顔をしたジュリエットへと、策が講じたと笑みを深めたフィーガの向こう、懐古も穏やかな笑み向けて。
「それに残念ながら、僕らも果実なんて可愛いものではない」
 だから。そんなもので『熟れ』たりはしないよと。フィーガと視線を合わせた懐古が召喚するのは数多の『禍鳥』。此処に至るまでの成果分、そう、皆で齎した『実り』の分、暗冥より出でた鴉たちがジュリエットを取り囲む。
「ああ、収穫を邪魔する害鳥は嫌いよ」
 忌々しそうに眉を顰めたジュリエットはそう云い捨てて、再度『禁断の果実』を生み出し、前方の『禍鳥』と懐古を巻き込むようにばら撒くも、その果実たちは前に出たフィーガのメスによって切り刻まれて、落ちた『其れ』は害なき癒しの林檎に変わる。
「ほらほら、美味しそうな林檎ですよ」

 ――懐古さんもその烏さんも、お一つ如何ですか〜?

 にっこりと、拾い上げた林檎を手に笑うフィーガをにらみつけ、迫りくる数多の『禍鳥』から逃げるようにして羽搏いたジュリエットは、手にした鎌を構え、ウィザード・フレイムを創造しているメイへと向かって飛翔する。
「――!」
 彼女の持つ術により、何らかの手段で行動を失敗させられるのならば、と、手数を増やすためジュリエットの標的が他を向いている間に、なるべく多くのウィザードフレイムを創造すべく集中していたメイだが、それが此方へ移ったとあれば対応しない訳にもいかない。彼女が振り下ろす鎌の攻撃を先に生み出していた反射の焔でいなしてゆく。
 焔の反射によって攻撃が通らないことに苛立ちを覚えたジュリエットは、目の前の焔を鎌で切り裂くと同時、その瞳にメイを捉え湛えた赤をぎらりと煌めかせる。

 ――……えっ?

 違和感を覚えた矢先、メイの体が何かに拘束されたように動けなくなる。何事かと驚くメイの腕で、星飾りの『パス』が、怪し気に煌めいていた。それが彼女における隷属による『因果』なのだと気づいた時には、ジュリエットは眼前に。振り上げられた鎌から逃げるにも、手にした杖で防ぐにも体が動かない。あわやと痛みを覚悟したメイの目の前に、黒き影が走り抜けジュリエットの攻撃から彼を護る。アドリアンの『Noirgeist』であった。
「ふー、間に合った?」
 その影技に連携するように、同じ方向から精霊魔法が飛び、それを避けるようにしてジュリエットはメイから距離を取った。
「お見事です、アドリアンさん。――ご無事ですか?」
「う、うん、僕は大丈夫。ありがとう」
「なるほどなー、失敗させるってそういう?」
 メイの身を拘束させてみせた『パス』、ならば外すのも手ではあるかと思いもしたが、逆に外せば何が起きるかわからなくもある。
「『これ』も、厄介だねー」
 用意周到ってやつだ。と、紡ぐアドリアンに頷いたミユファレナはジュリエットを見据える。
「ええ、それに果実もまた、迂闊に巻き込まれると戦闘に影響の出そうな状態異常を貰ってしまう……」

 ――あまり、長引かせたい相手ではありませんね。

 そう呟いたミユファレナは、ジュリエットを見据えたまま、アドリアンへと声を掛ける。
「アドリアンさん。60秒、守っていただけますか?」
 淡々と紡いだ彼女へと、ぱちり、ひとつ瞬いて。
「60秒稼げ……ば、いいのかい?」
「はい、大魔法で突破を試みます」
 そう紡ぐ彼女の瞳には本気の色が宿っている。それを見て、アドリアンは目を細め。
「おっけーまかせて。今から60秒間、君には指一本触れさせないよ!」

 頷き合ったふたりの間で合図が交わされたなら、詠唱に入るミユファレナを護るべく、アドリアンは『Noirgeist』で生み出した武器を射出して牽制するように攻撃を行う。戦闘は得意ではないとはいえ、交わした約束は守る性質。たんと地を蹴ったアドリアンは、ミユファレナを攻撃されぬよう、ジュリエットに接近すべく前へ出る。
「あら、何をしようというのかしら?」
「さあ、何だと思う?」
 どちらにせよ、邪魔はさせないよと、√能力によって双嵐の刃を形成したアドリアンは、手数で以て彼女の動きを封じるべく立ちまわる。
「そう。でもねえ、切り札は見つからないようにするべきよ?」
 にこりと笑ったジュリエットは、果実を生成すると同時、その赤き瞳をアドリアンに向けて煌めかせた。
「あっ!」
 しまった、と。紡ぐ前にアドリアンの動きが『パス』によって拘束される。己の横を抜け、果実が飛翔するのを苦々しく見送らざるを得ない――その時だ。燃え盛る炎が、果実を焼いた。そう、メイのウィザード・フレイムの炎である。
「さっきのお礼。お返し、出来たかな」
「十分だ!」
 笑み合うふたりの後方で、ミユファレナの詠唱が終わる。
「アドリアンさん!」
「おっけー!」
 体の自由が戻った彼は、ミユファレナの声に合わせ、その身を翻しながら最後の牽制をジュリエットへと放つ。それを援護するように、メイの炎が、懐古の『禍鳥』が、ジュリエットの動きを阻害する。
「天球の如く紅き瞳、奈落の如き顎、滅びの咆哮を叫べ」

 ――|破神竜砲《ラグス・レード》!

 唱えし言葉と共に、地を蹴ったミユファレナの攻撃が、ジュリエットを捉えた。
「きゃあああああっ!」
 竜が降臨したが如きの破壊の奔流をその身に受けて、後方へと吹き飛ばされたジュリエットは、壁に身を打ち付ける。まだ倒したとまではいかないが、立ち直るのに暫しの隙は出来ただろう。
「助かりました。実戦で使うと、防御にも多く魔力をさかなければならなくて」
 良いものですね、連携できるというものは。そう紡いだミユファレナの表情は明るい。
「姫を守るナイト役、上手く果たせたかな?」
 自分だけの力ではないけれど、なんて、少しばかり擽ったげに搔いて見せたアドリアンへと、ミユファレナは笑みを深めて首を振る。
「素敵な騎士様でした、アドリアンさん」
 再びジュリエットが立ち上がる前に、こちらも戦闘態勢を整える。続く戦いの備え、怪我の癒しに林檎はどう? と、フィーガが治癒の実と化した林檎を差し出して。少しばかり朗らかな空気が流れた頃、ジュリエットがその体をゆっくりと起こす。
「おや、未だ起き上がるようだよ」
 懐古の言葉に、皆がジュリエットへと向き直り、其々の武器を再び構え往く。

 ――さて、物語も後編へと突入だ。

 『終わり』はそう――きっともう、すぐそこに。

鴛海・ラズリ
ララ・キルシュネーテ
リリンドラ・ガルガレルドヴァリス
泉・海瑠
黛・巳理
赫田・朱巳

 ●

「遊園地はお終いみたい」

 ――ラズリ、おはようの時間がくるようよ。

 夢から醒めたよな洞窟で、くるりと辺りを見回したララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)は、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)へと声を掛け、バスケットを静かに外しては軽く肩を竦めて見せた。そんな彼女に頷いて、ラズリも付けていた被り物をそうっと外して、ララとラズリはいつものふたりに戻る。
「可愛い遊園地のららもお終いね」

 ――残念だけれど、そろそろ起きなきゃ。

 目覚めの時が来たならば、遊園地モードはもうおしまい。でもね。
「ララはまだ遊び足りないわ。次は、狩りをして遊びましょう」
 ころりと無邪気に笑ったララの目は、言葉に反して狩人の色。目の前の獲物たる『堕落者』ジュリエットの姿を眸に映し、ここからは狩りの始まりだと決めれば、うずうずとしてしまう。
「ふふ、ららの狩りは早いから」
 追いつけるようにしなくちゃね、と。|兎《ラズリ》は準備運動宜しく、とん、と軽やかにステップ踏んで。
「……ラズリ、獲物はたくさんの美味しい夢を食べて肥えた、おいしそうな小鳥よ」

 ――なんて、美味しそうなのかしら。

 うっそりと、極上の料理を前にしたようにララは笑む。そんな彼女の隣では、ラズリもまた、楽し気に笑みを浮かべて。
「肥えた小鳥なら、直ぐに堕としてあげようね」
 アレはららを満たしてくれる? と、交わされる会話はその内容と裏腹、無邪気な少女たちの談笑で。でもそう、これがふたりのいつもの『お話』。

 楽し気に、狩りのタイミングを待つふたりの傍らで、同じ『堕落者』を見つめる、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)と、黛・巳理(深潭・h02486)。彼らの目には、ジュリエットがまた別の対象に見えている。
「あの人、まさにオレたちの『患者さん』じゃない? 先生」
「――たしかに、その可能性は十二分にあるだろう」
「堕落ってことは、精神的疲労による倦怠感か、うつ病などの精神疾患か……」
 うーん、なんて、架空のカルテを片手に持った様子を見せて、こてりと首を傾げた海瑠は、なあんて、と笑う。
「堕落、などとまるで大罪のように言っているが……ただ、『ひと』の世界の片隅に生きながら、『ひと』の規範より落ちた己を慰めているだけにすぎん」

 ――奴が他人の苦しみに悦びを見出すことこそ、病の根幹だと思うが……。

 冗談交じりに紡いだそれを、真面目に分析しだすのがまた、己の知る『先生』らしくて。巳理の言葉に、海瑠はくすりと笑ってしまう。

 一方、ジュリエットの語りを耳にしながら、リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの|屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)は、不機嫌そうに眉を顰めて。
「鏡の迷路の中で語りかけてきたのはあんたね! ……って、誰が青い果実よ!」
 彼女の喩えをなぞりながら、リリンドラは随分ご立腹。果実に喩えられたこともそうだけれど、ドラゴンプロトコルである自分から連想されるものと言えば。
「確かにドラゴンフルーツとかいう果物があるけど、そういう甘い系は柄じゃないの!」
 冗談じゃないわ、と、声を荒げる彼女の隣、赫田・朱巳(昼行燈・h01842)も、ジュリエットの言葉に反応する。
「おや、『美味しく料理』と言いましたか。――料理が、出来るので?」
 つ、と、目の前の『堕落者』に向けた彼の瞳は、言葉に反して冷ややかだ。
「ならば、やっていただきましょうか、私をどのように料理するのか」
 楽しみですね、と呟いた朱巳は、ぱん、と掌に拳を当て鳴らし、不敵に笑う。

 ――逆に喰われないようにしてくださいよ。私の拳に。

 そんな彼の言葉に重ねるように、ぴしっとジュリエットへと指差すリリンドラも威勢よく告げる。
「今日あんたがここで食べるのは、私の正義のフルコースよ」

 ――お代はサービスしておいてあげるわ!

 相手に向け抱く思いは、此処に集った√能力者の数だけ十人十色。けれども、目の前の『堕落者』たるジュリエットを倒すという一点は、すべての者に共通している。戦いの火蓋が切って落とされたなら、其々のタイミングでジュリエットへと攻撃を仕掛け往くのだ。

 地を蹴って前に出たのは、リリンドラと朱巳。他の√能力者を標的としているジュリエットへと、リリンドラは屠竜大剣による重量攻撃を狙い責め立てる。正義真眼を行使したリリンドラには、相手の隙が手に取るようにわかる。仲間の機を生むべく、隙を埋めるべく、そうして勿論、己の攻撃をも通すべく、大剣を手にしながらも軽やかな動きで彼女は押し進む。
 朱巳もまた、格闘者たる身軽さを以て、フェイントと残像を駆使し、実体と虚構を織り交ぜて敵のミスを誘いながら、ジュリエットへと向けた攻撃の手を緩めない。
 そうして生んだ隙や妨害も功を奏し、√|能力者《味方》の一撃によってその身を壁に打ち付けたジュリエットは、暫しの昏倒から回復し、ゆらりとその身を起こしてこちらを向いた。

「あ、小鳥が堕ちちゃったと思ったら、また飛んだね、らら」
「よかった。狩る前に終わったらつまらないもの」

 ――絶対逃がしてあげないの。かごめかごめ、しましょ。

 うっそりと笑ったララに、同調するように笑んで頷くラズリ。私たちの狩りは此処からだと再び軽やかに準備運動。たん、と足踏みするラズリの手に、煌めく『パス』。それを一瞥して、ラズリは少し残念そうな顔。
「隷属の正体は『コレ』だったみたい」

 ――私だって、たくさんころせるんだよって、褒めてほしかったのにな。

「その分、いっぱい小鳥と遊びましょう?」
 他の√能力者たちの戦いで判明した事実に少しばかり予定は狂ってしまったけれど、ふたり一緒ならまだまだそう、楽しめる。笑み合って、無邪気なふたりは地を蹴り『狩り』を始めた。
 ララの手から放たれるのは、『窕』と呼ぶ、美しい光鳥、金翅鳥。神光が変じるのは狭間斬裂くカトラリー。薙ぎ払うような其れが、ジュリエットを切断すべく飛翔する。けれども、すんでのところで見切った彼女の横を煌めくカトラリーはすり抜けて。
「あら、外れてしまったわ」
 ぱちりと瞬くララは、けれどもどこか楽しそう。だって、一度で駄目ならもう一度。

 ――死ぬまで殺せば問題ないわ。

 にっこりわらったララの横、反撃をと鎌を構えたジュリエットへとラズリが駆ける。
「この子に触らないで」
 きっぱりと言い切った彼女が振るうのは女神の星針剣。狙うは柘榴のように紅い『小鳥の瞳』。針に糸を通すのは得意なの、と、にっこり笑ったラズリの詠唱と共に、生み出された焔が的確に彼女の赤を捉えて目潰しを。
「きゃあ!」
 小さな悲鳴ひとつ、ゆらりと身を傾かせたジュリエットへ、追撃と放たれるラズリの焔。目潰しを受け、片目を押さえたジュリエットの対の目がぎらりと光り、反応した『パス』でラズリの動きが封じられた。進む力が途絶えそうになった焔に、ララからの迦楼羅焔が放たれて重なり勢いを増した炎が驚愕するジュリエットを呑み込んでゆく。
「らら!」
「ラズリ、大丈夫? ほら見て、綺麗」
 花一華のオーラで身を守り、ラズリを庇うようにしながら傍に立つララを見上げて、ラズリは咲う。
「ありがとう、らら。――うん、綺麗ね」
 ふたり分の炎に呑み込まれ、身を焼かれるジュリエットの姿を眺め、うっそりと笑むラズリとララ。
「ラズリ、もう一度。こんがり焼くのがいいわ」
 紡がれた言葉にこくりと頷き、花の白ひらり、包まれながら|人形《ラズリ》は|貴女《ララ》のために。
「いいこね、ラズリ」
「えへへ、嬉しいの。もっと褒めてらら、いっぱい頑張れるから」
 咲み合うふたりが呼吸を合わせて、燃える身を震わせて挑んでくるジュリエットに向けて、反撃の一手を放つ。
「堕ちるのはララ達じゃなくて、ころりと熟れたお前の首」

 ――さぁ、狩りを続けましょう。

 √能力者たちの攻撃を受け、徐々に余裕がなくなるジュリエット。その攻撃は笑みの消えゆく彼女の表情と比例して、瀕死の獣めくよに苛烈にもなって行く。そんな彼女の姿を見据えていた、海瑠はくるりと視線を巳理へと移して。
「ねぇ、巳理先生。あとで怒んないでね?」
「ん? 藪から棒にどうしたんだ、泉くん」
 いつもと変わらぬ声音で、笑顔で、ひらりと手を振る彼の様が、あまりに日常の延長であったから。突然の言葉に、思わずきょとんとする巳理であったが、手を振る直後、走り出した海瑠に驚くと同時にハッとする。
「いずっ……――海瑠!!」
 そう、彼の意図することが分かってしまったのだ。

 ――あの鎌、回避したら逆に先生が危ないんだよね。

 だから。そう、だから――海瑠は、回避しない!
 半ば自棄めいて、容赦なく鎌を振うジュリエットへと、暗殺業で培った機敏さで死角からの連続攻撃を仕掛けてゆく海瑠。持ちうる医術の知識で、攻撃は致命的になり得る箇所に絞って繰り出すが、ジュリエットもその全てを急所で受けてくれるわけではない。確実にダメージを与えながらも、相手もまた反撃とばかりに、威力の乗った鎌を振りまわす。海瑠の機敏さをもってすれば、それを躱すことも難しくはなかっただろうが――彼は、致命傷にならない箇所で受け続ける。それはひとえに――先生の為。

 ――……先生待たせてるし、短時間で終わらせるよ。

 ちらりとその姿を目に映し、海瑠はジュリエットと対峙する。どれだけ傷を受けようと血が流れようと構わず、その表情に、いつもの笑みはない。ただ戦闘を繰り返す
「ねぇ、気づいた? 自分が『収穫される側』だって」

 ――なら、さっさと堕ちなよ。

 そうして海瑠とジュリエットが対峙する最中、己が叫びが届かなかった巳理は背筋が凍る思いで、視線の先で交わされる戦闘を動けぬままに見つめていた。時にすればほんの短い間であったが、巳理にとっては随分長い時間にも感じられた。彼が死ぬとは思えない。しかし、命は簡単になくなるということも、巳理は嫌というほど知っているのだ。それが――彼に起こったならば。
 飲み込まれそうなほどに、湧き上がる不安。その不安から冷汗が噴出し、思わず自身の手に爪を立て引き摺り出した護霊で√能力を発動する。
「……沈めろ。……早く」
 絞り出すような声が、唇から零れる。

 ――|あれ《堕落》を、“底”へ。

 深く、深く、深淵から零れるような聲。そんな巳理の呼び聲で現れるのは、護霊「海溝の深水」。提灯鮟鱇の燈す深海への誘導灯が、ジュリエットを深く、深くへと誘うように。堕とすように。
「収穫などさせない」

 ――もっともっと、本物の底の底まで落ちるといい。

 其々の思いを乗せた√能力者たちの苛烈な攻撃。それは、徐々に追い込まれてゆくジュリエットにとって、既に想定外の事態となっている。手の込んだ料理などままならない、熟れるを待つなどと言ってはいられない。焦りを見せるジュリエットを前にして、朱巳はたんと地を蹴り再び彼女の前へと躍り出る。
「美味しく料理をして下さるのでは?」
「五月蝿い!」
 余裕を失う相手へと、尚煽るように声投げて。ぎらりとねめつけるよな視線が返れば、肩を竦めて見せる。相手は此方と誘うように手招きしては、彼女より繰り出される斬撃を『阿』と『吽』、ふたつの籠手で武器受けないし受け流しでいなしては、挑発めいた視線を送る。
「果実を切るのも、苦手の様で」
「五月蝿い! うるさい! 刈られるものの分際で!」
 歴戦の経験と培う武闘の才を以てしても、全てをいなせるわけではない、けれども受ける攻撃にも、激痛耐性や精神抵抗をはじめとした、各種耐性が朱巳のしぶとさを体現し、まざまざと彼女へと見せつける。己の鍛え上げられた肉体と装備、そして、ポチの力が織りなす鉄壁の構えをも駆使して耐え抜き、攻勢を崩さない朱巳の姿は、『簡単に料理できない』という事実をかたちとし、ジュリエットの焦りを確実に誘う。
 今までに皆が重ねてきたダメージと、煽るような言葉とも相俟って、その効果は覿面であるように見えた。

 ――もう終わりですか?

 その言葉が引き金となり、カッと激高したジュリエットの鎌が、羽搏きの勢いに乗せ、大きな威力を以て朱巳へと襲い掛かる。挑発は成った、激高し攻撃に全力を乗せた相手は此方の攻撃を避けることはしないだろう。向かう彼女の鎌の威力も油断ならない――が、この一撃の機を逃すべくもない。暫し前からチャージを開始していた|飢餓喰らい《ポチ・クラッシュ》。この一撃を確実に当てる糧となるのであれば、敢えて一撃喰らうも一興。
 に、と口元に笑みを浮かべた朱巳は、いきますよ、と心の中でポチに告げ、応と頭に返るポチの聲とその力を己の拳に乗せ、全力でジュリエットへと打ち込んだ。

 十分に蓄えられた力の乗った鉄拳で、再び後方の岩壁へと背を打ち付けたジュリエットはもうほぼ瀕死の状態。しかし、唯では終わらせない、と、ゆらりと揺らめく身体を何とか起き上がらせる。揺らぐ視界の中、彼女が捉えたのは此方を見ているリリンドラ。何故だろうか、戦時、果敢に攻めてきていた彼女に隙が見え、小さく笑うリリンドラの口許が、動く。

 ――お先にどうぞ!

 今のジュリエットにとって、その言の葉は、この身に掛かる挑発と聞こえただろう。燃え上がる怒りのまま、最後の力で道連れにと地を蹴り翼を羽搏かせ、リリンドラへと一直線に肉薄する。真っ直ぐに己へと突き進んでくるジュリエットへと、リリンドラは一歩も引かない。避けもしない、真正面から見据える彼女へと、ジュリエットの『ルート・ハーヴェスター』が刈り取らんと振り抜かれて――それは、甲高い音と共にリリンドラの屠龍大剣に大きく弾かれた。そう、その全てが、リリンドラの『正義執行』。
 防御を捨て、正々堂々と相手と対峙することで成る技。

 ――これは、わたしの正義を押し通す覚悟。

 成らねばリリンドラも唯では済まなかっただろう。しかし、それもまた彼女の覚悟のうちであった。それで倒れるようなら、わたしの正義もまだまだ甘い果実と言われてもしょうがないもの。と。しかし、彼女は示して見せた、鎌を弾くその儘に、返し刃で振り抜いた屠龍大剣の攻撃が、ジュリエットの実を貫き、その止めを刺したのだから。

 かくして、√能力者たちの尽力あって、堕落者『ジュリエット』は倒された。このダンジョンも元の姿を取り戻し、囚われし夢の中に在った冒険者たちもいずれ意識を取り戻し、日常へ帰って行くだろう。
 この地に出でた遊園地は夢と消えてしまったが、此処は竜と遺産と冒険と――情報の拡散されゆく√である。この一件でSNSを通じ、世に出て広まった遊園地の噂はいずれ、実る夢へと変わるかもしれない。いつかどこかで、新たなダンジョンを攻略せしものが、遊園地を土台とした冒険王国をつくるだとか、ね。

 さりとて、此度の冒険はこれでひと段落。倒され姿を消したジュリエットを確認したなら、√能力者たちは帰路へつく。其々にと外へと歩みゆく中、リリンドラは大きく背伸びをひとつ。
「あー、早く外に出て甘いものでも食べたいわね」

 ――お財布事情? それは、明日のわたしが考えてくれるわ、きっと!

 そう、彼女には――『皆』、には。続く明日が、これからもあるのだから。

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