気まぐれな嘘が紡いだ、ひとつの道
見知らぬ迷い道が、幼い心を押し潰そうとする。
どうして入り込んだのだろう。
どこに向かおうとしていたのだろう。
そして、どうして進む必要があるのだろうか。
恐怖に竦む足は前に進むことができず、勇気を奮い立たせずに涙を滲ませる。
帰り道の先にある家族、或いは友人。その顔を思い出す余裕さえも奪い去っていた。
薄暗い路地裏は、幼い頃の伽草・結葉(名探偵の右腕(予定)・h12857)が前に進む理由の全てを奪っていた。
だから結葉はひとりぼっちで膝を抱え込み、泣きじゃくる。
恐れと不安は心をとても冷たくして、呼吸さえ苦しくさせるのだから。
他にどんな事が出来ただろう。幼い頃の結葉は、心の柔らかな部分をくしゃりと歪ませることしかできなかった。
ひとりきりで迷うとは、それほどに恐ろしいことだった。
だからこそ。
「――どうして泣いているのかな?」
「……え?」
投げかけられた声は、暗闇に射す一筋の光のようだった。
「ああ、迷子か。妖怪とて幼ければ道に迷うのは当然。少しでも早く家に帰りたくて、いつもは使わない近道を走ったら、ここが何処か分からなくなってしまった」
そんな所だろうと、一樹・奏(真実に毒を盛る者・h12892)は穏やかな声色で告げる。
涼しげな青年の風貌は、暗がりを晴らすようだった。
しっかりと響く声は迷い道から、結葉を救い出すようだった。
事実、結葉がどうしてこの路地裏に迷いんだのか。
自分自身でも忘れていた原因を言い当てられて、結葉ははっとする。
「どうして……?」
どうして、結葉のそんな事が分かるのか。
教えて欲しい。助けて欲しい。そんな思いを宿す緑色の眸を向けるものの、消え去ることのない冷たい恐怖が次々と涙を零させる。
「――――」
正直に言えばこの時、一樹は結葉を助ける気なんて更々なかった。
ほんの気まぐれで声をかけただけ。希望という甘い毒を、これから更に迷うだろう妖狐の子供に与えてみたかっただけ。
「私は探偵だからね。少し見れば分かるさ」
幼い妖狐の縋り付くような視線に、腕を広げて、嘘を重ねていく。
罪悪感などありはしない。
どんな相手でも、舞台と演者を見つめるなら客である。
「そして探偵は、困っているひとの心の悩みを事件として――それを解決するのが仕事だからね」
そんな筈はない。
ひとの苦悩を食い物にするのが、探偵である。
嫉妬に憎悪、敵意に欲望が巻き起こす事件から蜜を啜るのが探偵。
「そう、なんですか……」
嘘つきとは、美しい仮面を被ったものである。
相手の求める貌を作り、見せて、表情と言葉を紡ぐ。
そんな事に気づけない結葉だが、ようやく涙を止めようとしていた。
「ああ、勿論。だから君にこれをあげよう。迷いを晴らす、一助となれ。ハンカチでは自分だけの涙しか止められずとも、何時か君が誰かの涙を止めるように――今の私のようにね?」
「わあ」
優雅な所作で一樹が結葉に渡すのは、適当なガラクタの刃。
「そう、これが謎と恐怖を断つ――『探偵刀』だ」
美しいだけの偽りの刀。
由来や逸話など持たない偽物を渡されて、けれど結葉の心ではそれが真実となる。
謎と恐怖を断つ。
その言葉がとても眩いものに見えた。
心に翼を得たようだった。
憧れる光の存在を知ったから、きっと空の果てまで飛び立てる。
結葉の幼い手には、『探偵刀』と憧憬のふたつを同時に与えられたのだ。
嘘。欺瞞。だが、それが紡いだのは無垢な憧れと希望。
嘘とガラクタを宝物であるように抱きしめ、結葉は涙を拭う。
「僕は――」
あなたのようになりたい。
それはとても難しくて、遠すぎること。
だからこそ、今すぐにでもあなたの片腕になりたい。
美しい光を持つ一樹の傍において欲しい。
絶対の信頼と忠誠は子供ならではある。
だが、それを成し遂げたものは騎士とも賞される高潔な光となるだろう。
「――勇気と希望を、持ちますから」
「ああ、それでこそひとだ」
ゆっくりと頷く一樹。
けれど内面ではとても面倒なことになったと、小首を傾げて溜息をつく。
面倒なものを拾ってしまったかもしれない。
だとしても一度ついた嘘は、そのまま突き通すしかないだろう。
ここまで純粋に憧れられては内心で諦めながらも、求められる以上は甘い|毒《うそ》を続けなければいけない。
美学ではない。信条でもない。
風が吹けばすぐに向きを変える、ただの気まぐれだった。
それでも美しい振る舞いを見せる。
何処までも責任と真実のない嘘の美貌で。
「さあ、一緒にこの路地を出ようか」
●
けれど。
この気まぐれな嘘が運命を大きく変える、皮肉な分岐点になるとは誰も知らなかった。
一樹を慕う純真な助手が示す光。
そのせいで一樹木は、いつも続けていた詐欺や悪事がとてもやりづらくなっていた。
そうして、ふたりは√能力者たちの異常な事件の世界へと深く関わっていくこととなる。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功