シナリオ

A Midsummer Cat’s Dream

#√EDEN #ノベル #108-130-95-80-85-102

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 #√EDEN
 #ノベル
 #108-130-95-80-85-102

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 ――√EDEN。愛知県の山間の地域、奥三河。
 多くの土地が開発された現代においても緑あふれる風景を残す、自然豊かな土地である。
「おお、今日は晴れてくれとぉねぇ」
 そして、季節は初夏。6月の梅雨の時期のことであった。
 障子越しに差し込んだ朝の陽ざしに目を覚まし、玖老勢・冬瑪(h00101)は布団から起き出した。
 冬瑪はここ奥三河に居を構えた『生物部』と称するEDEN相互扶助集団の代表を務める√能力者である。彼の持ち家であり、生物部の拠点でもある二階建ての古民家が彼の住処だ。
 時刻は6時すこし前。障子戸を開いて縁側に出る。何日ぶんか降り注いだ雨の残り香にすこし湿った空気を吸い込み、脳に送り込んだ酸素で冬瑪はまどろみを振り払う。
 今日は日曜日。学校も休みだし、星詠みの眼にもいますぐ対処しなくてはならない侵略的√能力者の活動は視えていない。暇を持て余せる一日だ。今日は何をしようかと考えながら、冬瑪はひとまず顔を洗って炊事場に向かう。
「あっ、部長~。おはようございます」
 戸を開けた冬瑪を迎えたのは、 アレスター・ペクスパンテーラ(h06027)であった。
「おはよう、アレスターさん。今日は早起きだねぇ」
「久しぶりに晴れたから、朝ごはんしたら皆でお出かけしたいなと思って」
「いい考えじゃんねぇ。俺も畑の様子見たら散歩でも行こうかと思っとったよ」
「ご飯食べながら皆とも相談したいな」
「そうだねぇ。今日泊ってたのは……ルスランさんと音夢さんと……」
「エイハさんとトパーズさんもいたよ。まだ皆寝てたけど」
「ご飯できたらきっと起きてくるでん。アレスターさん、朝餉の準備手伝ってってくれっか?」
「うん。そのつもりで早起きしたからね!」
「ありがっさま! 助かるよぉ」
 二人は頷き合うと、朝餉の準備に取り掛かる。
 √能力者の拠点となっているこの家は、その日の都合によりけりでメンバーが寝泊まりしていることも珍しくはない。今日は炊事場の二人を含めて合計6人が泊まり込んでいた。冬瑪は米櫃から適量の米を釜に注ぎ、手早く研いで火にかける。アレスターは冬瑪の指示でお味噌汁を作った。小松菜と油揚げをざっくり切ってお鍋に投入。その一方で冬瑪は焼き鮭を仕上げ、冷蔵庫から作り置きのおひたしを用意。人数分の朝食を整える。
「おーい、部長サン。メシもうできてっか?」
 炊事場の戸が開いたのはちょうど準備を終えた頃合いであった。顔を覗かせたトパーズ・ラシダス(h03302)が雑に声を投げかける。
「ああ、おはようさんな、トパーズさん。ちょうど今できたとこだよぉ。これから茶の間に持ってくから、座って待っててもらえっかな」
「あいよ。今日のメニューは?」
「小松菜と油揚げの味噌汁。焼き鮭とほうれんそうのお浸し」
「まーた|和食《それ》かよ! 俺様トーストとコーヒーの方が好きなンだが?」
「でもトパーズ先輩、和食も美味しいよ? ぼくも手伝ったから食べてほしいなー」
「チッ。しょうがねーなァ……わーったよ、食ってやっから早く持って来いよな」
 トパーズは文句を言いながら顔を引っ込め、茶の間に向かってゆく。冬瑪とアレスターはちょっと面白がるように笑い合うと、仕上げた食事を運び始めるのであった。

「うっひょ~! 白米のいい匂いっす~!! いやぁ、起きたらゴハンができてるっていいっすね~!」
 運び込まれた膳に、深見・音夢(h00525)は快哉を叫んだ。
「ふあ……。……おはようございます、冬瑪さん。申し訳ございませんね、お手伝いもできず……」
 音夢とは対照的に、ひどく眠たげな顔をしてあくびを噛み殺しているのはルスラン・ドラグノフ(h05808)であった。
「ルスランさん、また遅くまで起きてたの?」
「ははは。体質なものでしてね」
「吸血鬼だからねぇ。むしろよくこの時間起きれたね?」
「実はちょっと無理をしていますが……ですが、この国には『同じ釜の飯を食う』という言葉があるでしょう?」
「なんだそりゃ。どーいう意味だ?」
「一緒のご飯を食べたら友達、みたいな意味……だったと思う」
「ナルホド。ボクたちにぴったりのコトワザっすね!」
「あれ? エイハさんは?」
「エイハさんなら空が見たいって言って屋根の上に登りに行ってましたよ。呼んできましょうか?」
「いや、無理に呼んで邪魔しちゃってもよくないからねぇ。そのままにしておこうか」
「ンじゃ、エイハのぶんのメシは俺様がもらってやるぜ」
「それはだめでん」
「なンでだよ!」
 茶の間に集った5人は、和気藹々としながら卓について手を合わせ、朝餉の時間を迎える。
 ――なんとも穏やかな一日の始まりか。温かい味噌汁を口にしながら、冬瑪は心地よく流れてゆく時間を噛み締める。
 その平和が数分後に破られることになってしまうなどとは、ここにいる誰もが思いもしていなかったのであった。

「にゃっにゃっにゃっ……。今日こそとーまくんに引導を渡す日がきたにゃっ!」
 生物部の拠点である冬瑪の古民家から離れることおよそ数百メートル。家へと続く田舎道のド真ん中である。
「今回の|猫《わたし》は本気にゃよ~! にゃふふふふ、とーまくんめ、今日という今日こそは猫の考えた必殺の作戦でニャフンと言わせてやるにゃっ!!」
 あぜ道の真ん中で一人気炎を上げる|猫《もの》がいた。――瀬堀・秋沙(h00416)である。
 秋沙は冬瑪の友人であり、ここ生物部のメンバーでもある√能力者の一人であったが――それはそれとして、彼女はその胸中におおきな野心を抱えていたのである。
 それは――
「ここに猫革命を成し遂げ、|猫々《われわれ》|猫の千年王国《にゃれにあむ》の永劫の楽土を築き上げるのにゃーっ!!」
 『猫による猫のための猫の世界侵略』を国是として掲げる秘密組織、|猫の千年王国《にゃれにあむ》による生物部の支配である。
 秋沙と彼女率いる『またなんかおもしろいことやってんじゃん』のノリで集まった|千年王国の猫臣民《暇を持て余した連中》は定期的に集団化しては猫暴徒となり生物部を襲撃しているのだ。そしてそれを迎え撃つ冬瑪たちとの攻防戦は年間に何度かの恒例行事めいて定期的に開催されており、運動会めいた生物部のちょっとしたイベントごととしてメンバーたちの間に親しまれているのである。
「あれっ。秋沙ちゃん、今日|千年王国《にゃれにあむ》の日?」
「わー。今回はなにやるの?」
 そうして今回の侵略活動を開始すべく気合を入れていた秋沙のそばを、架間・透空(h07138)と白藤・ラキラ(h12879)が通りがかった。
「にゃっ! 透空ちゃんとラキラちゃんにゃっ! おはよーにゃっ!」
「はい。おはようございます」
「おはよう、秋沙ちゃん!」
 二人もまた生物部に縁のある√能力者であり、秋沙とも顔見知りの仲であった。騒動に巻き込まれたのも一度や二度ではない。年に何度か開催される猫王国の侵略は、二人にとってももはや恒例行事めいた感覚のおもしろイベントであった。
「にゃっふっふ……。にゃらば教えてあげるにゃっ! 今回の作戦をっ!」
 問われた秋沙がほくそ笑む。――そして、次の瞬間!
「その身をもって知るがよいにゃーー!!」
「わーーっ!? 秋沙ちゃん、一体何をー!?」
 秋沙は透空へと向けてその手をかざした。――瞬間、秋沙の身体から放たれる怪電波が襲い掛かる!!
「はわわわわ……!?」
「そ~れ どんどん猫ににゃるにゃ~っ!」
 脳内侵略猫電波! 秋沙の編みだした√能力のひとつである。他者へと干渉する√能力の一種であり、その効能は――!
「これは……ネコミミっ!?」
 ――当然ながら、猫化である!
「わあ! かわいいね! 透空ちゃん、鏡見る!?」
「にゃあっ!」
 猫電波を浴びた透空はその精神を猫にされていた。それだけではない――その頭には、ぴこぴこと揺れる立派なネコミミまでもが発生している! ラキラの手渡すコンパクトミラーで、透空はいまの自分の姿を見た。
「か、かわいいにゃんっ……!」
「にゃふふふふ……どうにゃ! 猫になった気持ちは!」
「たのしいにゃん!」
 あられもない姿であった。――冷静になって考えてみれば、このような姿とキャラで売っていくのはどう考えてもイロモノ枠であり、秘かにアイドルデビューを夢見る透空としてはやるべきではないキャラ変であったが、猫電波によって浸食された脳内はただただ猫を礼賛することだけを思考させられていたのである。
「ラキラちゃんも猫になるにゃっ!」
 そして、秋沙の毒牙は続けてラキラへと向く!
「おっけー! 望むところっ! 一度はなりたい、猫というもの!!」
 一方のラキラはだいぶ乗り気であった。
「にゃっ! 既に受け入れ態勢ばっちりにゃっ?」
「おっけーばちこい! さあ! どうぞその猫電波ってーのをかけてつかぁさい!」
 ラキラは笑顔でぐっと親指を立て、受け入れる姿勢を見せた。
「おっけーにゃーん!!」
 かざした秋沙の手から、ふたたびびりびりとした怪電波が放たれる! ――ラキラの姿は、たちまちネコミミモードへと変生! 透空と同じく猫王国の臣民に相応しき姿となる!
「どれどれ……? うわ、ほんとにネコミミだっ!!」
「ふっふっふ。ラキラちゃんもいい感じにゃー!」
 頭に生えたネコミミの感触を確かめるラキラに、秋沙は満足げな笑みを見せた。
「そーいうことで、今からふたりは|猫王国《にゃれにあむ》の尖兵にゃっ! |猫《わたし》といっしょにこの地を制するのにゃーっ!」
「わ、わかったにゃーん!」
「おっけーおっけー! どでかいドラ猫として、猫の普及活動にがんばっちゃうにゃん!」
「ドラ猫?」
「|吸血鬼《ドラキュラ》だから、的な?」
「にゃっ! でもドラキュラは個人名だからどちらかというと|吸血猫《にゃんぱいあ》じゃ……」
「こまけぇことはいいんだよ! だにゃん!」
「よーし! そしたらっ! これより侵攻開始にゃーっ! 生物部を我々のものとするにゃーん!」
「「にゃーっ!!」」
 ――かくして、ここに猫王国勢力の三名が声をあげ、生物部の面々が朝食を終える頃合いの|拠点《おうち》をめがけて進撃する!
 戦いの幕は、いままさに開けられようとしていた!

 ――一方、その頃。
「ふあーっ……。ほーんっと……久しぶりのいい天気~っ」
 古民家の屋根上にごろりと寝転がりながら、エイハ・ルシニア(h08969)はぐいと身体を伸ばした。
「しばらく雨続きだったもんねぇ……。今日はソーラー発電日和~」
 見上げた空は青く澄み渡り、どこまでいっても雲一つ見当たらぬ快晴である。屋根から眺めた風景は一面に緑が広がり、風に揺られた木々の葉擦れや鳥たちの歌う声がそこらじゅうから聞こえてくる。|かつての故郷《√ウォーゾーン》では決して見られぬ、のどかで自然豊かな|平和《EDEN》の風景であった。
 寝転がった背中越しに感じる屋根瓦のひやりとした感触も心地よい。朝食を断ったのはちょっともったいなかった気もするが、しかして日向ぼっこの時間には替えられない。今日は日が暮れるまで空を見上げてごろごろしてよう――――と、エイハがこの後の予定を決め込んだ、そのときであった。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……!」
「にゃーーーっ!!」
「にゃふーーっ!!」
「あえっ!?」
 のどかな田舎の平和を真っ向から打ち砕きにかかる|侵略者《猫たち》の声が、静寂を破って響き渡ったのである。
「お、おう……? なになに? なに……?」
 突然の声にびっくりしたエイハは、視覚センサの望遠倍率を拡大して声の正体を探る。
 そこに彼女が見たのは――――
「さあさあ突撃にゃー!! この地を我らのものとするにゃーーっ!!」
「「にゃーーーっ!!」」
 ――|猫王国《にゃれにあむ》の三名である!
「なんかきたーーーー?!」
 エイハは絶叫した。
「なんかっていうか……あれ、秋沙さん一味だよね……!? あっ、また例の|侵略《あれ》しに来たなっ!?」
 ウォーゾーン生まれ特有の戦術眼が冷静に状況を判じる。敵襲だ! エイハは素早く判断すると、屋根から飛び降り、その勢いのまま障子戸をばぁんと破って茶の間へと飛び込んだ。
「敵襲だーーーーっ!!」
「何事ですかっ!?!?」
「ええ?」
「あァ!?」
「なんすか!?」
「わーーっうちの障子がーーっ!!」
 瞬間、茶の間はたちまち騒然とする! 朝餉の片付けが済んだタイミングであったのは不幸中の幸いであった。
「……あっ! ごめん冬瑪さん! 障子やぶっちゃった! ……あ、でもでも、それどこじゃなくてっ!」
「すみません、エイハさん? あの、退いていただいても……」
「あっ、ルスランさんごめんねっ!」
 突入の勢いで座布団めいて下に敷いてしまったルスランの上からぴょいと飛び退いてから、エイハはあらためて生物部の面々に向き直った。
「それで、一体何がどうしたのぉ?」
 一体何をこんなに大騒ぎしているのか。状況を把握すべく、冬瑪はエイハに問うた。
「それが……|また《・・》秋沙さんたちが……来てて……」
「またかよ!! 懲りねェなァアイツらも……」
「あっはっはっ。まあ、恒例行事みたいなもんっすからね。元気でいいじゃないっすか!」
「今回はどんな感じなの?」
「えーっと……」
 エイハは先ほど屋根上から見た光景を思い出す――。
「秋沙さんはいつも通り……いつも通り? とりあえず猫だった!!」
「いつも通りだねぇ」
「いつも通りっすね」
「他なんか無ェのかよ」
「あっ! そう! それだけじゃないのっ!! 透空さんとラキラさんも一緒にいたと思うんだけど……」
「あの二人も?」
「そう! でね……二人とも猫だったんだ」
「は?」
「なんですと?」
「マジかよ」
「猫にぃ……?」
 エイハからもたらされた衝撃的な情報に、生物部の面々が困惑した。
「あの、エイハさん。猫だった、とは……」
「猫耳生えてた」
「ネコミミ?」
「ネコミミっすか」
「……何故でしょう。猛烈に嫌な予感がしてきました」
 ルスランの眉間に皺が寄る。
「奇遇だな。俺もヤな感じしてきたぜ」
「部長殿~。どーするっすか? 迎え撃つっす?」
「うーん……。とにかくどんな感じかいっぺん見てみてからかねぇ……」
 苦笑いする冬瑪が、ひとまず迎える準備をするために座布団から立ち上がる――
「たのもーーーにゃっ!!!」
「「にゃーーっ!!」」
 がらりと玄関の戸を開ける音とともに猫たちの声が飛び込んできたのは、まさにそのときであった。
「来たね」
「来ちゃったっすねぇ」
「おい、どーすんだ冬瑪!」
 どたどたと乱暴に廊下を走る音が家を揺らして。――数秒後!
「|猫の千年王国《にゃれにあむ》|参上《ニャんじょ》ーーーー!!」
「「にゃーーーっ!!」」
 バーン!! ふすまを勢いよく開いてそこに姿を見せる猫王国が三傑!!
「ウワッマジじゃねェか。おい、後ろの二人も耳ついてンぞ!」
「だからそうだって言ったよね!?」
「なるほどー……今回はこういう感じなんだねぇ」
「わーっ! 今日皆かわいいっすねー!!」
「にゃっにゃっにゃっ!! そーでしょそーでしょ! 猫は世界一えらくてかわいい生き物なのにゃっ!! さあ、音夢ちゃんもさっそく猫になるにゃ!!」
「えっ 何すか どういう話アーーーッ」
 速攻! 茶の間に上がり込んだ秋沙は素早く両手をかざし、そこから猫電波を放った! 浴びせられた音夢はうわあああと声をあげて数秒間痙攣したのち――ぽこんと頭上にネコミミが生えて猫王国の尖兵と化す!!
「うわーっ! 猫になっちゃったっすよ!? でもボクって鮫怪人だから…………ネコザメってことっすかー!?!?」
「うるせェよ!! ワケわかんねェこと言ってンじゃねえ!!」
「にゃっにゃっにゃっ!! どーにゃ、恐れ入ったにゃ? これが猫の新たな侵略能力……猫電波にゃ!!」
 秋沙はネコザメ怪人と化した音夢をぐいっと猫王国側に引き寄せながら高笑いした。
「今日はこの能力でここにいる全員を猫にして、この地を我々|千年王国《にゃれにあむ》の|約束の地《にゃんぐりら》としてくれるにゃーー!!」
「ええ……けどボク鮫っすよ? |種族値《HABCDS》だって108-130-95-80-85-102くらいの自認っす。ここまでしてもらってももふもふ猫ににゃるわけが……」
 音夢が困惑する。
「にゃっ! 秋沙にゃん! こいつ、まだ猫の自覚ができてないみたいだにゃん!」
「まだ自認がサメみたいだにゃん!」
「にゃるほど! 追加の猫電波が必要にゃん!」
「あっ あっあっ やめ にゃーーーーっ!!」
 恐ろしい光景であった。
 いましがた共に朝食を囲んだ生物部の仲間が、目の前で怪電波を浴びせられて猫と化しているのだ。サメ怪人であるアイデンティティが失われ、音夢は完全な猫王国の臣民となる。
「さあ! 君は何者にゃん!」
「うう……ぼ、ボクは……猫怪人の|音夢《にゃむ》っす……|種族値《HABCDS》は上から76-110-70-81-70-123っす……」
「よし! 完全に猫になったにゃ! さぁ音夢ちゃん! 猫らしくぴょんと跳んでみるにゃ!」
「は……はい……音夢、飛びます……」
 音夢は完全に猫電波によって脳を侵略されていた。音夢は秋沙の言うがままふわーと宙に浮く。
「う、うわああっ! 音夢さんが猫化させられて取り込まれたーー!?」
「なんだよ猫電波って!」
「いやぁ、今回はなかなかの趣向だねぇ……まあ派手にやっとる」
 加速度的に混沌化してゆく状況に、冬瑪のこめかみでじわりと嫌な汗が滲んだ。
「やばいですよこれ!! みんな逃げましょう!」
 ――比較的冷静さを保てていたルスランが、ここで声をあげた。
「逃げる!?」
「当たり前だろうが! 猫になんざなってられっか!!」
 行くぞ、と慌てて立ち上がり、トパーズは冬瑪の首根っこを引っ掴みながら障子戸を蹴倒してそのまま外へと飛び出した。
「ああーっ! ウチの障子がー!!」
「ンなこと言ってる場合か! お前らもはやく逃げンぞ!!」
「た、たしかに逃げた方が良いかも!?」
「そうだね……逃げよう!」
 二人に続いて、ルスランとエイハ、アレスターが障子戸を蹴倒しながら外へと逃れてゆく。冬瑪たちは、そのまま猫王国の侵略から逃れるべく田畑の方へと向かって駆けていくのだった。
「にゃっにゃっにゃっ! 作戦の第一段階は成功にゃっ!」
「にゃりましたね、秋沙ちゃん!」
「これで今日からわたしたち猫王国の天下だねっ!」
「あ、はい。じゃあ長いものに巻かれるっす」
 一方、音夢を加えて四名となった猫王国の面々は、不敵な笑みを浮かべながら逃れ行く生物部の背を見遣る。
「にゃっふふふ……にゃが、猫たちの侵略はまだ終わってないにゃ。さあ、マンハントの始まりにゃ! 冬瑪くんたちをみーんなつかまえて、全員猫にしてやるのにゃーー!!」
 そして、恐るべきその目的を口にしたのだ! そう、秋沙の目的は生物部メンバー全員を猫化することで支配下に置き、猫王国の完全な支配体制を構築することにあったのである!
「「「にゃーっ!!」」」
 秋沙の配下となった3人は、肉球の手を高く掲げて気勢を叫び、これより始まる狩りの時間に向けてその野性を燃やすのであった。

「困ったねえ」
「困ったねぇ……」
 拠点である古民家を離れて数分歩いた先。梅の木の林の中に五人は身を潜めていた。
「あれ、一体なんなんでしょう……」
 先ほどの状況を思い返しながら、ルスランは眉間に皺を寄せた。
「猫電波つってたな……秋沙のヤツ、またワケのわかんねェこと考えやがって」
「洗脳術みたいなやつなんかねぇ。いやぁ、相変わらず敵に回したらおっそろしい人だぁね」
「それより、これからどうしよっか。ずっと逃げてるわけにもいかないし……」
「秋沙のヤツが飽きるまで待つってのは?」
「そんな悠長なことも言ってられないと思うけど……」
「この状況をなんとかするには……あの猫にされるっちゅうのをどうにかして解いてやる必要があると思うんだ」
「とは言え、その解いてあげる方法というのがどうにも……」
「ひとまずアイデア出てくるまでは逃げ回るしかねェだろ。……なんとかここに潜めたけどよ、ここだっていつ見つかるかわかンねェんだ」
 息をひそめるトパーズが、静かに目を細めながら周囲の様子を伺う――命のやり取りがある状況ではないにせよ、猫にされるなどという馬鹿げた騒ぎに巻き込まれるのは御免だ。
「エイハさん、アレスターさん。二人とも飛んで逃げれるでしょ。俺たちなら大丈夫じゃから、俺たちのことは置いて先に行きん」
「そんなことできないよ……!」
「うーん、飛んで逃げるっていうのもね。今ちょっとむつかしーかも」
 エイハは言う――隠れる場所があると想定して逃げ込んだ梅林であるが、木々や枝葉が入り組んだ状況の中では飛び回って逃げるのも容易なことではない。かと言って、ここから逃れて飛んでいくのも目立ってすぐに追っ手を差し向けられてしまうだろう。
「八方ふさがりですね……」
 ルスランが頭を抱えた。
「やっぱよォ、逃げ回るだけじゃどうにもならねェし、根本的に解決しなくちゃいけねーってコトなんだろ? 猫にされた奴らを元に戻すやり方を考えんのが一番じゃねェのか?」
 状況の解決のため、トパーズは議論を進めようとする。そうだねぇ、と冬瑪が頷いた。
「……そうだ。俺、できるかも。|神送《しずめ》でなんとかならんかや?」
 冬瑪は思い出す――彼の会得してきた“技”の中に、|鬼《カミ》を“還す”ものがある。音夢たちを猫化させた浸蝕猫電波を『|鬼《ねこ》』として扱うならば、ワンチャンいけるのではないか――。冬瑪は仲間たちへとそう話す。
「なるほど……。うん、ワンチャンあるかも、だね……。……あっ、そうだ。ぼくも思いついたよ」
 一方で、アレスターも案を出した。彼の真格であるところの『|渡り鳥《放浪するもの》』としての特質を伝播する力を用いれば、猫化の精神改竄状態を上書きできるのではないかと提案する。
「いいですね。希望が見えてきた気がしますよ」
「よし。それならハナシは決まったな。冬瑪とアレスターで連中の猫化を解いてやって、最後に秋沙をとっちめる。それでこのバカみてェな騒ぎもおしまいってワケだ」
 解決の糸口は見えてきた。見えてきた希望に五人が頷き合う。
「ナイスな展開だねっ! それじゃ、その作戦でいこ。ここから反撃開……」
 えいえいおー、と五人が決起しようと拳を握った――――そのときであった!
「にゃーっにゃっにゃっにゃっ!! そう簡単にはいかないにゃーんっ!!!」
「にゃにっ!?」
 ざ、ッ!! 鳴り渡る葉擦れの音! 木々の合間から五人を取り囲む気配!
「にゃっふっふ! どうやらなにか作戦を考えていたようだけど……そんなことは無駄にゃー!」
 ――無論、彼らを包囲するのは猫王国の四人だ!
「そうですっ! 皆さんもおとなしく|猫王国《にゃれにあむ》に降ってください!」
「ほーら、猫になるのは楽しいぞ~……一度は来るにゃん、にゃれにあむ~! にゃれにあむはいいとこにゃん!」
「にゃーん。ほらほら、猫になるのもたのしいっすよー。アレスター殿もいかがっすかー? エイハ殿ー? いっしょに猫になるっすにゃーん」
 透空が真面目な顔で勧誘し、ラキラが猫耳を揺らしながらネコダンスで誘惑する。音夢ももう既に完全に猫王国側に取り込まれ、生物部の面々を猫化へと誘っていた。
「うわ……っ! もう見つかった!?」
「バカヤロウ逃げるぞ!!」
 ざっ! 藪から飛び出るようにトパーズは冬瑪を引っ掴んで走り出す。
「逃がすにゃー!」
「「「にゃーっ!!」」」
「やばい! めちゃくちゃ速いですよ!?」
 駆け出す五人を追って、猫王国の者たちも走り出した。恐るべき猫の俊敏性! 猫たちはたちまち五人に追い縋る!
「くっ……なら、ここはっ!!」
「アレスターさん!?」
 ――そこで足を止めたのはアレスターであった。
「こ、ここは通さないよっ!!」
 ばさ、っ! ――アレスターは、猫王国の前に立ちふさがりながら威嚇するように翼を広げる!
「にゃっ!?」
「今だよ、先輩っ!!」
「けど――!」
「バカ! お前もセンパイなら後輩の気持ち汲んでやれッ!!」
 躊躇う冬瑪の背中をトパーズが押して、残る四人は林の中を駆けてゆく。
「いいよ先輩……こういうのは、後輩の役割なのさ……」
 その背を見送りながら、アレスターは――――そこはかとなく満足げに微笑みながら、秋沙に囚われ猫電波を流し込まれるのだった。

「にゃんてこったい……」
 また一人仲間を失い、エイハは憔悴した顔で呟いていた。
「クソッ。カッコつけやがって」
 |犠牲《ねこ》となったアレスターの最期の姿に、トパーズはぎりと歯を噛み鳴らす。
「しかし、アレスターさんが捕まってしまうとは……。作戦の修正が必要そうですね」
「……まァ、最悪部長サンに一人で頑張ってもらうしかねーワケだな」
 セキニン重大だぜ、と力なく笑いながら、トパーズは肘先で冬瑪をつついた。
「そうだねぇ……。頑張らなくっちゃね」
 林立する木々の向こう。猫王国の領土と化した古民家を遠くに眺めながら、しかしてたしかな強い意志を持った声で冬瑪は頷いた。
「いやぁ、しかし……。……相手が猫とはいえ、追いかけられるのがこんなにも怖いとは。……ホラー映画でゾンビに追いかけられる気分ってこんな感じなんだね」
「えーっ、でもゾンビは言い過ぎじゃない? だって秋沙さんたちあんなにカワイイんだし」
「いやいやいや……僕だって猫は好きだけど……何事にも限度ってもんがあるよね!? まあ、たしかにいくらなんでもゾンビと同列扱いは言いすぎかもしれませんが……」
「ンな話してる場合かよ」
「そうだねっ。問題はここからどうするかだけど……」
「姿を隠そう、と思って|林《ここ》に逃げ込んだけど、いやぁ……猫からしちゃ、大した問題でもないんだろねぇ」
 冬瑪が顔を上げ、重なる枝葉の先から葉擦れの音と『にゃあ』と叫ぶ声を聴く。
「まァ、猫だからな……。可愛げあるように見えちゃいるが、アレだって自然の中じゃ立派な|捕食者《プレデター》側だ。ナめてかかるワケにゃいかねェよ」
「うーん……だーいぶ厳しい状況だねー」
 ――そうと言いながら、しかしてエイハはそうまで深刻ではなさそうな顔をしていた。
「なんだよ、お前ずいぶん余裕ねェか?」
「んふふー。だってほら、猫ちゃんになっても死んじゃったりするわけじゃないし……むしろかわいいがいっぱいでお得? 的な」
「俺は猫なんざ御免だぞ!」
「まあ、まあ! 二人とも、落ち着いて!」
 仄かに見えた対立の気配に、冬瑪は慌てて二人の間へ割って入る。
「……ちッ」
「あははー……ごめんね!」
 部長の仲裁で二人は一旦落ち着きを取り戻す――だが、そこにはわだかまりが生じかけていた。
 気まずい空気の中で、僅かな沈黙が生じる。
 ――――その中で。
「……どうせ、みんな、猫になる…………」
 ぼそ、と。小さな声で誰かが呟いた。
「なんだ……! 今なんつった!」
「落ち着いて、落ち着いてトパーズさん!」
 激昂したトパーズを冬瑪が抑える。――しかして、状況の悪化はそれのみのとどまらない。
「秋沙ちゃん! あそこにゃ! そこに冬瑪さんたちが隠れてるにゃ! かこめかこめだにゃ~!」
「にゃっふっふ……。みぃ~つけた~、にゃ!」
「ッ!!」
「透空! 秋沙、テメェら……!」
「わたしたちもいるよ! だにゃん!」
「にゃっふふふ……もう逃しませんからね!」
「そうっすよ~。さ、みんなで可愛く猫になりましょうっす~!」
「うん……。ごめんね、みんな。やっぱりみんな猫になった方がいいと思うんだ」
 またしても、囲まれている! ――先ほど囚われたアレスターまでもが既に猫化させられ、その軍門に降っていた。ルスランとトパーズが、その姿を見た途端絶望的な表情を浮かべる。
「くっ……! やっぱりよく見ると皆かわいいっ!」
 その一方、冷や汗を浮かべながらもエイハはどこか楽し気な空気を残している。
「でしょうっ!」
 透空はドヤ顔で胸を張りながら、その頭頂に生えたネコミミをぴこぴこと揺らしてみせた。
「うう、かわいい……!」
「そんなこと言ってる場合ですか! ……仕方ない。奥の手と思って取っていましたが……ここは僕に任せてください!」
 混沌としかけた状況の最中、ここでルスランが一歩前に進み出る!
「にゃっ? どうするつもりにゃ~?」
「こうするんですよっ!!」
 瞬間、ルスランがぱちりと指を鳴らした。――その瞬間である!
『にゃっ?』
『にゃあー』
『にゃーん』
「にゃっ!?」
 ルスランの呼びかけに応じて、彼の使い魔たちがそこに姿を現したのだ。そう――黒猫たちが!
「にゃーーーっ! かわいいにゃーー!!」
「わあっ! 本物の猫っ! 本物の猫ですよ秋沙さん!」
「生猫っすか!?」
「あっほんとだ!! 待ってあたしも遊ぶ!!」
 猫王国を名乗る者たちが、猫を好きでないはずがない。猫たちの登場は間違いなく彼女たちを狂乱させるであろうと考え出したルスランの秘策であった。
「よーし、ねこちゃんあそぶにゃーん!」
「おい、アイツも引っかかってんぞ!!」
「ええー……」
 誤算だったのはその流れにエイハも乗ってしまったことだ。猫王国を篭絡すべくそのへんで摘んだねこじゃらしを秘かに隠し持っていた彼女であったが、現れたルスランの猫たちの愛らしさにすっかりやられて構いに行ってしまったのである!
「にゃっ! エイハちゃんもこっちにきたにゃ? それじゃあいっしょに遊ぶにゃーーー!!」
「にゃーーーーーーん?!」
 無論、それは死地に飛び込むのと同義であった。猫王国の者たちにもみくちゃにされ、エイハはたちまち猫と化す!
「エイハさん!」
「……ダメだ、自分からああなっちまったならもう助けられねェ! 行くぞ!」
「そうですね……すみません!」
 しかして、その誤算ことあったもののおおむね想定通りだ。あとは猫王国が猫たちと戯れている隙に三人で脱出し、反撃のための策を練るだけ――
「よーしよしよしよし。それじゃあいっしょに残りの獲物をつかまえるにゃー!」
『にゃあん』
『みゃおう』
 ――の、はずであったが。
「……えっ!?」
「にゃーん……おいかけるにゃー」
『にゃーっ!』
 ルスランたちは気付いた。――自ら呼び出した使い魔たちが、秋沙の声に応じるように鳴いているのを。
「うわーっ!? 裏切られたーーっ!! み、みんな主人の僕よりも秋沙さんたちの方がいいのか?!」
「追手が増えてんじゃねえか!!!」
「すみませーーーんっ!!」
「起きたことはもうしょうがないからねぇ、ここはとにかく頑張って逃げてくしかないよ!」
 言い争いは無用だ。部長の務めとして冬瑪は二人を宥め、そうしながら林の中を駆けていく。
「ちッ! だな、もうこいつはしょうがねェ……気合入れろ、逃げ切ッぞ!」
「は、はいっ!!」
 トパーズとルスランは、冬瑪に続くように素早く走り出した。
 ――だが!
「決戦気象兵器、起動にゃ!」
 瞬間、林の中に強く風が吹き荒れた。透空のもつ決戦気象兵器――天候や風を操る力だ! 荒れる暴風が三人を押さえつけるように渦巻き、その退路を阻む!
「まてまて~! だにゃんっ!」
「にげられないにゃー」
 更に、透空とエイハは暴風を乗りこなしながら宙を舞う――元々彼女たちがもつ飛行能力をここで用いてきたのだ!
「いいのかよ|それ《・・》使ってよォ!?」
「まずいねぇ、このままじゃ!」
「くっ……仕方ありません! トパーズさん!!」
「あァ!?」
「ここは……僕らの出番です!!」
「クソ、そういうハナシかよ!」
 追い縋る猫王国の追手たちを前にしながら、ルスランとトパーズは目くばせしあった。
「冬瑪ァ!」
「えっ!?」
 トパーズが冬瑪の背中をばんと叩く。
「冬瑪さん! このままでは生物部は全滅です……。あの素晴らしいビオトープが猫に飲み込まれて消えてしまうのは僕には耐えられない!」
「消えるって何にゃ!? 猫たちちゃんと管理するにゃ!!」
「猫化した人たちに支配されたら……きっとあのビオトープを維持管理することはできません!!!」
「いますっごい失礼なこと言われてるにゃ!?」
「いや実際できねェだろ! 猫に!!」
 ――そう。愛らしい仕草で人間に好まれる猫であるが、その可愛らしさとは裏腹に、自然界における猫は根っからの|捕食者《プレデター》なのだ。一部の地域では野生の猫によって何種もの動物が狩られ、生態系の崩壊や特定の動物種の絶滅につながっているのだという。
「冬瑪さ……いや、冬瑪……! 君は生物部の部長だ!」
「……!」
「『ここは俺に任せて先に行け!』ってヤツだよ!」
 声を張り上げながら、トパーズは踵を返して猫王国の追手たちを迎え撃つ構えを取る。
「あ!? トパーズさんいま僕の台詞取った!!」
「うるせェ! いいから行け冬瑪! ここは俺らが抑える!」
「ルスランさん! トパーズさん!」
「部長なら最後まで責任を持って残らないと……ね?」
 トパーズに並んだルスランが、微笑みながら頷いた。
「行けっつってんだろうが! 俺らの仕事、無駄にするんじゃねェ!」
「さぁ行け! 振り返るな!!」
「ありがっさま……! 必ず助けに戻るからねぇ!」
 男たちは最後に熱くその眼差しを交わし合い、そして別れる。力強く地を蹴り、嵐を踏み越えながら進んでゆく冬瑪。その姿を見送って、ルスランとトパーズは笑いながら頷き合った。
「おのれ~っ! よくも邪魔してくれたにゃーっ!」
「まーいいじゃないか! このまま二人ともとり込んじゃおう! だにゃん」
「じゃ、ネコになってもらおうっす~!」
「裏切ったみたいでごめんね~!」
「冬瑪ッ! あとは頼ん……ニ゛ャ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
「ごぼごぼごぼ……にゃにゃにゃ……!」
 しかして別れの時も束の間。二人は押し寄せた猫王国の者たちによって敢え無く囚われ、秋沙による猫電波侵略の新たな犠牲者となる――。
 ――梅林には、ただ一人|死《猫》を免れた冬瑪の慟哭が響いていた。

「……みんな猫にされてしまったねぇ」
 冬瑪はあぜ道を歩きながら呟いた。
 もはや孤立無援。その周りに仲間はない。――対して、猫王国の手の者となったのは秋沙を含めて8名。絶望的な戦力差である、と言えよう。
「けど……部長としちゃ、務めを果たさんといかんなぁ」
 だが、それでも冬瑪は諦めていなかった。――必ずや、皆を猫化から解放してもとの穏やかで楽しい部活の時間を取り戻そう。拳を握りながら、冬瑪は静かに決意を固める。
 ――そのときであった。
「でぃーふぇんすっ!! だにゃんっ!」
 ざ、っ! 現れたラキラが、冬瑪の進路をふさぐ!
「ラキラさん……っ!」
「にゃっにゃっにゃっ! 追い詰めたにゃっ!」
「ここまでですよ、冬瑪さんっ!」
「部長ももう猫になろうっすよ~ 案外楽しいっすよ?」
「そうにゃん。にゃれにあむは楽しいにゃん!」
「いっしょに遊ぼうよ、冬瑪さんっ!」
「うん……なんだか解放された気分なんだ。冬瑪先輩も、いっしょに猫になろうよ」
「面目ないです、冬瑪さん……ですがいまの僕らは|猫王国《にゃれにあむ》の猫……」
「悪りィにゃ冬瑪。俺ももう|猫《ダメ》だ」
 そして――総勢8名の猫たちが、冬瑪を取り囲んだ。
「にゃっふっふ……もう、逃げられないにゃ? とーまくんも観念して大人しく猫耳になるにゃ?」
「……」
 すぅ、と深く息を吸い込んで。冬瑪は祝詞めいて祭祀の言葉を口にした。そうしながら、冬瑪は舞う。
 ――超常を静める祈念の演舞。簡易的な|神送《しずめ》の儀だ。
「にゃっ……? なにをする気にゃ!」
「ごめんなぁ、秋沙さん。楽しそうにやっとると思っとったけど、これ以上はもうほかっとけん。面白い騒ぎやったが、そろそろお開きにさせてもらうよぉ」
 すぅ――ッ。冬瑪は静かに呼吸を整え、身構える。
「にゃふんっ! そんな強がりしても無駄にゃっ! とーまくんもここで猫になっていくのにゃっ! ……さーみんな、行くにゃー!」
「「「にゃーっ!!」」」
 対する秋沙は、猫王国民となった面々へと号令をかける――応じたメンバーが、一斉に冬瑪へと飛び掛かった!
「にゃァッ!」
 先陣を切ったのはトパーズである。猫化して更に磨きのかかった素早い身のこなしで、冬瑪へと襲い掛かる!
「ハッ!」
「にゃッ!?」
 だが冬瑪は巧みな体捌きでトパーズの襲撃を受け流すと、その胸郭目掛けてカウンターの掌底を撃ち込んだ! 打撃とともにトパーズの身体へ叩き込まれる|神送《しずめ》の技! 神秘の力が|鬼《ねこ》を祓う!
「うニャ……ッ」
 トパーズはそのまま衝撃であぜ道の上にダウン。倒れると同時に、その頭頂から猫耳が失せる!
 ――猫化状態であったことはある意味幸運であった。まだ“遊び”の範疇で済む精神状態であったが故にこの交錯においてトパーズは無手であったし|本気《・・》でもなかった。もし|真剣《ガチ》な果し合いであったら、お互い無事では済んでいなかったであろう。
「にゃにーっ!?」
「さすが部長ですにゃ……! なら、みんなでかかるにゃ! エイハさん! アレスターさん!」
「おっけー!」
「わかったよ……にゃ」
 続けて襲い来るのは透空・エイハ・アレスターの三名である! 三人はそれぞれ持った飛行能力を用いて宙に舞い上がり、上を取って冬瑪を急襲する!
「だあッ!」
「わあ……!?」
 迎え撃つ冬瑪! 冬瑪は透空の操る風を躱しながら、急降下攻撃を仕掛けてきたアレスターの勢いをいなして再びカウンターの掌打を当てる!
「ちょっと痛くするよぉ」
「にゃっ!?」
 続けざま、冬瑪は草履の底で強く土を蹴って跳ぶ! 仕掛けに来ていたエイハの肩口めがけて突き出した掌から同じく神送の力を撃ち込み猫祓い!
「にゃんてこったい!!」
「そんにゃっ!?」
「失礼!」
 瞬く間に祓われる仲間たちの姿に透空が慄いた。――しかして次の瞬間、再び跳躍した冬瑪に神送られて透空もまた猫を祓われる!
「むぅぅ……さ、さすがとーまくんにゃ……! にゃがっ!」
「冬瑪さん……。あなたも猫になりませんか?」
「にゃ~ん! 猫王国はとっても楽しいいいとこにゃん!」
「冬瑪殿~。ボクたちといっしょに猫になってあそぶっすよ~」
 残る猫王国の者たちが素早くすり寄り、冬瑪へとまとわりつきにかかる!
「くっ……!」
 三人がかりで一気に密着された冬瑪は、体術を半ば封じられた状態と化していた。拳を介してのみ撃ち込むことのできる|神送《しずめ》の力も、体の自由を奪われては上手く伝えることができない!
「にゃっにゃっにゃっ! そのままとーまくんのことを抑え込むにゃっ! そしたら猫電波でおしまいにゃーっ!!」
 そして――そこに忍び寄る秋沙が、猫電波を放つその両手を冬瑪へと向けた!
 ――しかし、そのときである!
「にゃ~んっ。撫でてほしいっす~」
「!」
 音夢が冬瑪へと“撫で”を要求して頭を差し出したのだ。
(チャンス……っ!!)
 冬瑪は要求に応えるように|右手《・・》を差し出して音夢の頭に触れ――
「に゛ゃ゛っ゛す!?」
 そのまま、音夢の猫を祓う!
「せいっ!」
「にゃっ!?」
「むにゃ?!」
 音夢が倒れ、密着拘束が緩んだその瞬間! 冬瑪はその隙を逃さずルスランとラキラにも素早く|神送《しずめ》の技を撃ち込み、猫を祓って昏倒させる。
「これで……!」
 あとは、元凶である秋沙をどうにかすればいいだけだ。冬瑪は態勢を立て直しながら身構えようとする――
 しかし!
「にゃーっにゃっにゃっにゃっ!!」
「むうっ!」
 秋沙は既に冬瑪の傍まで忍び寄っていたのだ。秋沙は既にその両手で冬瑪の頭を掴んでいる!
「猫の仲間たちをやっつけるとは、とーまくんもよくがんばったにゃ。しかーし! この状況に追い込まれたとゆーことは、もうすでに猫の勝ちなのにゃ!」
「なんだって……!」
「部長のとーまくんさえ猫の支配下に置いてしまえば、あとはどうにでもなるにゃ。今とーまくんにやられた皆も、あとでまた猫にしてあげればいいのにゃ!」
「だめでん、そんなこと……! |生物部《うち》は皆の遊び場じゃ、猫だけの場所にはできんよ!」
「今からその猫にしてやるって言ってるのにゃーーー!!」
「うわああああああああッ!!」
 ばちばちばちばち、ッ!! 秋沙の両手から放出される猫電波! 強烈な精神干渉波が、冬瑪の頭蓋を浸蝕してゆく!
(いかん……! ここで負けたら、皆が……!!)
 爆ぜる電光! 強烈な猫の思念に脳を灼かれそうになりながら、しかして冬瑪は踏みとどまろうとしていた。
 だが、少しの辛抱だ。ここさえ――この局面さえ乗り切り、秋沙を諦めさせることさえできれば、今回の侵略は止めることができるだろう。
「部長……!」
「冬瑪さんっ!」
 いつしか正気に戻った生物部のメンバーたちが、秋沙と冬瑪の戦いを固唾を飲んで見守っていた。
「にゃーっ! さすがはとーまくん、強情さは天下一品だにゃっ! けど……勝つのは猫にゃーーっ!!」
「うおおおおおおおおおッ!!!」
 強まる猫電波! 耐え抜かんと咆哮する冬瑪! 部員たちが見守る中、訪れるその戦いの結末は――

「にゃあ」

 ――冬瑪の猫化で決着する!
「あっ」
「そんな……!」
「うわっ」
「マジか」
「ええ……」
「冬瑪さんっ!?」
「せ、先輩っ!?」
「にゃーーーっにゃっにゃっにゃっ!! これでとーまくんも|猫の千年王国《にゃれにあむ》の一員にゃーーっ!! さあ、とーまくん! 皆を捕まえて猫の前に連れてくるにゃっ。みんなもーいっかい猫にしてあげるにゃーー!!」
「にゃあ!」
 恐れおののくメンバーたちの前で、秋沙は恐るべき宣告を下す――! そしてその声に応じた猫冬瑪は、鋭い身のこなしでその場を飛び出すと猫王国の版図を広げるべくして部員たちへと飛び掛かるのであった。

「…………はあっ!?!?」
 がばり、と夏用の薄い布団をはねのけて。冬瑪は目を覚ました。
 悪い夢に魘されていたのだろう。起きたばかりだというのに、冬瑪の心拍はおそろしく速い。普段の倍は出てしまったのではないかという寝汗は、寝間着をびっしょりと湿らせていた。
「ゆ……夢、か……」
 恐ろしい夢であった。
 秋沙の猫王国による侵略は割と何度も行われている生物部の定番行事でもあるが、今回の侵略は仲間たちがどんどん猫にされていく――ゾンビ映画めいて緊張感の強い展開であったのだ。その上、最後には自分自身も猫にされて仲間たちを狩る立場になってしまうという始末。『猫にされる』という状況自体はまだコミカルと言っていいものの――話の展開は、まさに悪夢としか呼べぬものであった。
「……夢でよかったぁ」
 悪夢から覚めた安堵感に緩く息を吐き――障子越しに感じる外の風景はまだ暗い。もう小一時間ほどは寝転けていられるだろうと、冬瑪は体を伸ばしながらもう一度布団に横になった。
 そのときであった。
「ん……?」
 伸ばした腕の先。枕元に置かれたなにかに、冬瑪の指先が触れる。
 目覚まし時計にしては感触が軽い。置いた覚えのないなにかの正体を確認しようと身体を起こした冬瑪は、部屋の明かりをつけて|それ《・・》を見る――。
「うわ……っ!!」
 冬瑪の目に飛び込んできたのは、可愛らしい猫の絵が描かれた布地――秋沙率いる|猫の千年王国《にゃれにあむ》の旗であった。
(にゃっにゃっにゃ……!)
「……!」
 どこからか、勝ち誇ったような秋沙の声が聞こえてきたような気がして――猫の耳がついていまいかと、冬瑪は慌てて自分の頭に手をやり、髪の中をがさがさとまさぐる。
 ――大丈夫だ。何もついていない。
 冬瑪はどっと疲れたような気になって、憔悴しながら布団の上へと転がり込み――悪夢を振り払おうとするように、珍しく二度寝を決め込むのであった。

「にゃっにゃっにゃ……!」
 ――――同時刻。古民家の屋根上。
「とーまくん、ずいぶん魘されてるみたいだったにゃあ……にゃっふっふ! いま見てたのは、はたして本当に夢だったのかにゃ……?」
 屋根瓦を踏みしめ、まだ明けぬ空を仰ぎ見ながら。秋沙は傍らにくつろぐ黒猫たちを撫でながら笑った。
「みんなの頭に、猫耳は生えてないかにゃ? ……気付かないうちに、みんなも猫になってるかもしれないにゃっ! 気を付けるがいいにゃ~……にゃっにゃっにゃ!」
 夜明け前の闇の中、猫の笑い声が響き渡る。

 かくして――生物部と|猫の千年王国《にゃれにあむ》の戦いは、この先も果て無く続いてゆくのである。
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