未来からの来訪者
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後から思えばただの街並み。
最初に見た時はその光景に圧倒された。
(「ええと、成功した……んだよね?」)
最初にやったのはその驚くべき光景から離れる事だった。
それほど急いでいないのにドキドキするのは何故なのか?
(「ひとが、いっぱい居る。ちょっと……怖いな」)
初めて見る光景に驚いたからか、それとも初めての感覚に興奮していたのかもしれない。
段々と街に目が慣れて来て、ようやく勘違いに気が付く。
ここは町であり、街ではないのだ。
(「そっか。博士や|●●●《あのこ》だけじゃないものね。これが普通なんだ」)
落ち着いてきたことで色々と思い出して来た。
自分が何をすべきなのか、それを誰が伝えたのか、他にもいろいろと大切なナニカを……。
(「アルカウィケは博士にお願いされてここにやって来たんだよね」)
思い出した、自分の名前はアルカウィケ・アーカイック(虚像の写鏡・h05390)だ。
白髪で白いお髭の御爺さんにお願いされてやって来た。博士らしいから結構部下も居た気がする。
(「大丈夫。僕は憶えて居ます。未来のために過去を変えてみせます」)
意識がしゃっきりすると、余所行きの言葉を改めて意識する。
さっきまではきっと練習みたいなものだ。だってアルカウィケにはするべきことがあるのだから。
(「その為に僕は未来から、この過去を変えにやって来たんです。大丈夫大丈夫」)
まるで文字の書き取り練習をするように、大丈夫だと繰り返す。
繰り返し繰り返し、余所行きの言葉も慣らしていく。
では、何をして返るべきなのか?
では、何処までやるべきなのか?
(「出来るだけ沢山。何が原因か判らないわけですし、沢山問題を解決しないと」)
そう、それが命題。アルカウィケがやるべき目的。
人によっては任務であり、人によっては使命というだろう。
ただアルカウィケにとって大切なのは●●●だから、博士からの話はあくまで御願いなのだ。
(「うん。じゃあ、行ってきますね」)
だから歩き始めた。やるべきことを認識したから。
アルカウィケは歩きながら観察を始める。
だって、町の事を知らないと、世の中の事を知らないといけないから。
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町を巡ってみると色んな物を見ることが出来た。
殆どの物が初めてだから、驚きの連続である。
「へー。この町は神様が居た山にある町なんですね」
アルカウィケは町の看板を見つけてなるほどと思った。
どうやら向こうの方にある形の良い山が神様が棲む山らしい。
(「でも神様って何なのでしょうか? 蛇の……御山。過去では蛇が神様だったのでしょうか?」)
当然だがアルカウィケには神様に出逢った記憶はない筈だ。
なんだか凄い存在らしいという認識と、現実に居る生物だから知って居る蛇を照らし合わせる位だ。
やがて大き目なビルもある新しめのエリアで新たな出会をする。
いや、それは再会とでも言うべきだろうか?
「っ!? さっきまで誰も……ああ、大きなガラスに姿が映っているんですね」
ガラスに映った姿を見てアルカウィケは足を止めた。
その姿を見て驚き、数度の瞬きをして、思わず手を伸ばしてその正体が分かった。
さらに腕を下ろしたり、上着の袖を握ったりする動きと連動していることから、その正体は歴然としている。
(「僕の姿を映している。うん、そうですね。アルカウィケの姿が映っているだけ……だよね」)
疑問が解消され、驚きから解放された筈なのに何処か寂しそうだった。
散策を始めてからはずっと足を止めなかったのに、ふと足を止めてから動かない。
ペールピンクの長髪を頭の下の方でまとめており、緑の目が印象的だ。
全体的にカジュアルで動きやすい格好。
(「アルカウィケが化けている姿を映しているだけ。●●●じゃないんだ。やっぱり、●●●に関する手掛かりは直ぐには見つからないのかな?」)
思い出した。大切な人の事を思い出した。
ずっと忘れる筈のない、忘れてはいけない人の事を。
忘れてしまっている事実をすっ飛ばして、●●●に化けている事実を思い出してしまった。
(「僕と同年代くらいか、やや年上。九歳から十二歳くらいの男の子。僕の家族とは似て居ないから、僕の家族じゃない。今集められる情報はこの位ですか?)
何処か事務的に情報を整理する。
ちゃんと覚えて居たならこんな確認は不要だとすら気が付けない。
そう、アルカウィケは既にその子の名前すら覚えて居ないのだ。大切な存在だとは覚えて居るので、無理やり思い出そうとすると|●●●《あのこ》と認識を上書きしてしまうだけである。
ザリザリとノイズが走る様な不思議な感覚。
ザリザリと砂を噛む様な空虚な感覚であった。
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もし何も無ければ、ボーっと何時間でも過ごしていたかもしれない。
それだけ●●●が大切であったし、思い出そうとしてループしかねなかった。
「キャー!?」
「何だ!? 何か爆発したぞ!」
(「え?」)
少し離れた所で爆発が起こった。
そちらの方から絶叫が聞こえる。
だが、不思議な事はもう一つ存在した。そう、とても不思議な事である。
「あぶねっ! 工事ミスかよ」
「ちゃんと管理して欲しいわ」
(「え?」)
濛々と煙が上がっているのに、段々と絶叫が収まって行ったのだ。
もちろん一瞬という訳ではないが、段々と時間が経つごとに喧騒は収まって行く。
通りを一つ越え、辻を一つ曲がるだけで、まるで別世界のようではないか!
(「なんで……ああ。そうか。√が違うんですね。何とかすべきなのかもですが、今は間が悪い。僕はまだ過去に来たてで何も把握できてない」)
今までのアルカウィケは事なかれ主義で、見ず知らずの他人を助けたりするということはなかった。加えてタイムリープしたてだからか本調子であるとは思えない。そう思うのは妥当であろう。
(「だから僕も向こうの人たちみたいに知らないフリして忘れてば……」)
問題はなるだけ解決すべきだが、今は間が悪い、と見過ごすつもりだった。
それが最適解だと理解はできている。その筈であった。
だが、そこに転機が訪れる。
本当に何も出来なかったらこのままスルーしていたかもしれない。
「こ、これは俺のだ! 俺が手に入れた力だ!」
「遺跡の力を貴様などが使いこなせるものか。ニューパワーはステイツの物だ」
(「あれ? 犯人同士が戦ってる?」)
どうやら複数の勢力が戦って居るようだ。
黒いカバンを持って逃げている浮浪者風の男と、それを追い掛けている黒服が居る。
「人間なんぞの姿は止めだ! てめえもブチ殺してやるぜ!」
「サンプルは渡さん!」
どうやら浮浪者ではなく、適当な服で偽装したナニカのようだ。
そいつはワームの姿を取り戻すと黒服と戦い始めた。
(「変身した!? そうか、姿を変えれば……」)
アルカウィケはその姿に、変装すれば良いというヒントを得た。
彼は別に愚鈍ではない。きちんと見て居れば様相を把握できるのだ。
(「重要なのはあの鞄。それに、遺跡って言ったよね」)
キーワードが二つある。
鞄を持っていけば誘導できるし、鞄も遺跡も興味が湧く内容だ。
今ならばなんとか出来そうだ、それに、新しい世界を知ることも出来る。
逃げてばかりで良いのか? いつか、があるならばそれは今ではないのか?
「へん……しん」
アルカウィケはそう呟いて動き出したのである!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功