⑬闘門
横倒しになったパトカー。
道路を塞ぐように積み上げられた机やロッカー。
引き剥がされた鉄柵と、コンクリート片を詰め込まれた土嚢袋。
署内から運び出された盾や防護板までが乱雑に組み合わされ、警察署は即席の要塞へと作り替えられている。
その一方で、博多警察署の正面玄関は堂々と開け放たれていた。
署員たちは既に避難させられている。
抵抗した者もいたはずだが、命を奪われた者はいない。
それは襲撃者に慈悲があったからではない。
……殺してしまえば、喧嘩にならない。ただ、それだけの理由だった。
「面倒くせぇなあ」
瓦礫の山の上で敷島・カオルは乱れた髪を掻いた。
片手に担いでいるのは工事現場から引き抜いてきたかのような一本の鉄骨。
到底人が武器として扱える大きさではない。だがカオルは、それを木刀か何かのように軽々と肩へ載せている。
彼女の足元で、ひしゃげた防弾盾が軋んだ。
警察署を制圧する。
署内に保管されていた武器を奪う。
入口を固め、誰も奥へ通さない。
依頼された仕事は、既にほとんど終わっている。
残る役目は、ただひとつ。
この正面玄関から入ってきた奴を、全員ぶちのめすこと。
「何やってんだか知らねーけど、随分かかってんな」
鉄骨の先端を地面へ落とすと、アスファルトが砕け、蜘蛛の巣状の亀裂が正面玄関まで走った。
積み上げられた瓦礫が跳ね、パトカーの警光灯が衝撃で明滅する。
その音に驚いたのか、物陰から一匹の野良猫が顔を出した。
「……お、まだいたのか」
カオルは猫へ向け、顎をしゃくる。
「ここにいると危ねーぞ。向こう行ってろ」
猫はしばらくカオルを見上げていたが、やがて瓦礫を飛び越え、警察署の裏手へ走り去っていった。
その脚取りは野良猫にしては妙に力強い。
カオルは満足そうに鼻を鳴らし、再び正面へ向き直った。
正面玄関は開いている。
罠を隠すつもりも、侵入を拒むつもりもない。
入れるものなら、入ってこい。
それは要塞の入口であると同時に、喧嘩師からの招待状だった。
さて。
――最初にここへ辿り着くのは、誰だ。
✦
「博多警察署の話は聞いたな?」
ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)は、集まった君たちを前にそう切り出した。
机上に広げられているのは博多警察署とその周辺を記した見取り図だ。
正面玄関、駐車場、裏口、各階へ通じる階段。そして署内の至るところに、赤い印が書き加えられている。
「博多警察署は、喧嘩師『敷島・カオル』によって制圧された。署員は避難しているが、署内に保管されていた銃器や防具、その他の武器はほとんど奪われている」
奪った武器は警察署を要塞化するために使われている。
道路は封鎖され、窓や裏口には障害物が積まれ、侵入経路には武器を持った簒奪者たちが配置されている。
建物そのものが巨大な砦となっており、普通に攻め込めば、入口へ辿り着くまでに相当な消耗を強いられるだろう。
「今回、ペンタクルム・ゲートの奴が奥でこそこそ何かをやってるようだ。連中が何をしてるのか、すぐにでも確認したいところだが……」
ジャンの指が、見取り図の正面玄関を叩いた。
「その前に、厄介な奴がいる」
敷島・カオル。裏格闘の世界で喧嘩師と呼ばれる女。
生まれ持った超怪力によって鉄骨さえ軽々と振り回し、まともに相手を務められる者がいなくなった結果、簒奪者の用心棒として戦場を渡り歩いている。
目的は金でも、地位でも、簒奪者たちの理想でもない。
彼女が求めているものは、ただひとつ。
喧嘩だ。
「カオルは署の正面玄関で、おまえたちを待っている」
警察署は完全に要塞化されている。
それにもかかわらず、正面玄関だけは堂々と開け放たれているという。
障害物で塞がれてもおらず、狙撃手が隠れている様子もない。
正面から入ってこい。
それが、カオルからの意思表示だった。
ジャンはしばらく黙って、見取り図を見下ろしていた。
やがて顔を上げ、短く告げる。
「彼女をぶちのめせ」
迷いのない声だった。
「奴が求めてるのは喧嘩だ。なら、喧嘩を売れ。真正面から乗り込んで、鉄骨ごと叩き伏せろ」
正面玄関が開いているのはカオルの自信にほかならない。
誰が来ようと自分は負けない。何人で来ようと、全員まとめて相手をする。
そう信じているから、彼女は逃げも隠れもせず、警察署の入口で待っている。
小細工をする必要はない。要塞の壁を壊し、武器を奪い、瓦礫を蹴散らし、好きなだけ暴れればいい。相手が望んでいるのは行儀の良い制圧作戦ではないのだから。
「もちろん、喧嘩だからって相手の流儀に全部付き合う必要はねえぞ。挑発して崩すのも、数で押すのも、武器を壊すのも自由だ」
真正面から鉄骨を受け止める。
力比べを挑む。
速度で翻弄する。
周囲の瓦礫や奪われた装備を利用し、警察署そのものを戦場へ変える。
やり方は問わない。
カオルに、自分より強い者がいると分からせればいい。
「奥へ行くには、あいつを越えるしかない。腕に自信がある奴は前へ出ろ」
ジャンは一度、言葉を切った。
「自信がない奴は後方へ……って言いたいところだが」
僅かに口元を歪める。
「ここに来た時点で、逃げる気なんざねえんだろ?」
机上の地図を掴み、その中央へ拳を落とす。
「遠慮はいらねえ。要塞ごとぶっ壊してこい。それから、あいつに伝えてやれ」
ジャンは君たちを見渡した。
瓦礫の上で待つ喧嘩師は、まだ見ぬ相手へ牙を剥いている。
警察署の正面玄関に立ち、最初の一人が現れる瞬間を、今か今かと待ち続けている。
「相手を選べる立場だと思うな、ってな」
マスターより
ぺんぎん胡椒8本目の依頼となります、ぺんぎん胡椒と申します。
今回は「ゾディアック継承戦争」の⑬博多警察署より、喧嘩上等! やったるでぇ! のシナリオをお届けします。
こちらのシナリオは7/23の朝8時30分~プレイングの受付を開始し、24日受付分(25日の朝8時29分まで)で受付を終了します。断章の追加はありません。
成功数が足りない場合はサポートの方を呼んで完結させます。
【introduction】
・公序良俗に反する行為、未成年の飲酒喫煙等は描写しません。
・連携に関しては今回は『2名様』迄の受付です。
【内容の補足】
・特にいう事がありません! 喧嘩、しましょう!
・ばっちりきっちり純戦依頼です! 喧嘩、しましょう!
・どなたでも初めての方でも大丈夫! 喧嘩、しましょう!
・という訳で、どういう方法でも敷島・カオルはたいへん楽しく喧嘩をします。
・皆様をかっこよく描写できればと思います。清く正しく汗を流しましょう!
ここまでご覧いただき、誠にありがとうございます。
皆様のご参加を心よりお待ちしております!
76
第1章 ボス戦 『喧嘩師『敷島・カオル』』
POW
喧嘩流儀
「攻撃を宣言し・防具を脱ぎ・敵の攻撃を弾いた後・正面から・【鉄骨】で近接攻撃する」場合のみ、与えるダメージが8倍になる。
「攻撃を宣言し・防具を脱ぎ・敵の攻撃を弾いた後・正面から・【鉄骨】で近接攻撃する」場合のみ、与えるダメージが8倍になる。
SPD
メンチ殺し
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【鉄骨】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【砂埃】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【鉄骨】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【砂埃】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
WIZ
シンプルぶん回し
【鉄骨】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
【鉄骨】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
クラウス・イーザリー(わかりやすくていいね)
状況は単純、死者もいない
変わり果てた姿になった警察署やそこで働いてる人には申し訳ないけど、だいぶ気が楽だ
体内の魔力をバールの形に錬成し、月下氷雪を使って喧嘩に集中
振り回される鉄骨を見切って掻い潜り、懐に飛び込んでバールを一閃
相手の攻撃が凌げないなら接近戦に拘らず、一度距離を取って射撃で牽制
バリケードに登ったり崩したり、バリケード内のもの蹴飛ばしたり
奪われた武器を拾ってぶん投げたりと色んな方法で怯ませて攻撃
戦いはあまり好きじゃないけど、何も考えず爽やかに(??)殴り合うのは割と気持ちいいかもしれない……
あのひと、あんまり悪い人じゃない気がするね
変わり果てた博多警察署を見上げクラウス・イーザリー(h05015)は小さく息を吐いた。
机やロッカーは積み上げられ、窓には防護盾が打ちつけられている。ここで働いていた人々には申し訳ないが、死者はいないと聞いている。
ならば、考えることは少なくて済む。
「わかりやすくていいね」
瓦礫の上で鉄骨を担いでいた敷島・カオルが、片眉を上げた。
「あ? 何がだよ」
「君を倒して、奥へ進む。それだけなんだろう?」
「そういうことだ。話が早くて助かるぜ」
カオルが笑う。獣のような笑みだったが陰湿さはなかった。勝ち負けも、命も、理想も、たぶん彼女にとっては二の次だ。
ただ、目の前の相手と殴り合いたい。それだけなのだろう。
クラウスの掌に魔力が集まり青白い光を帯びる。形作られたのは刀ではなく、無骨な一本のバールだった。
「……それで来んのか?」
「鉄骨相手だからね、刀よりこっちでしょ」
「上等!!」
言葉と同時に、クラウスに向けて鉄骨が振り下ろされた。
空気が破裂し瓦礫が跳ねる。クラウスは呼吸を止めるように精神を澄ませ、胸の内にある雑念を沈めた。
月下氷雪。
使用した途端、視界から余計なものが消える。
鉄骨の軌道。カオルの肩の動き。踏み込む足。飛び散る砂埃さえ、凍りついた世界の中で輪郭を持つ。
クラウスは紙一重で鉄骨を掻い潜った。
「速ぇな!」
懐へ飛び込みバールを一閃。
先端がカオルの脇腹を捉える寸前、彼女は鉄骨を引き戻し柄で受け止めた。金属同士が噛み合い、甲高い音が響く。
「でも軽い!」
「そうかな」
クラウスは押し合わない。バールを滑らせ、鉄骨の側面を打つ。そのまま身を翻し、背後のバリケードへ駆け上がった。
「逃げんのか!」
「ううん。でも、接近戦に拘る理由はないよね」
そして、積まれた机を蹴り崩した。
机、椅子、防護盾、空の弾薬箱。雪崩のように落ちてきた障害物を、カオルは鉄骨の一振りで吹き飛ばす。
だが、その向こうから銃弾――ではなく、拳銃本体が飛んでくる。黒い武骨なそれをカオルが軽々しく叩き落とす。
「危ねえだろうが!」
「弾は入ってないよ」
「そういう問題かよ!」
喋りながら、クラウスは崩れたバリケードを踏み台にして跳躍した。
バールが弧を描く。
カオルも鉄骨を横薙ぎに振るう。
二つの武器が激突し、衝撃で正面玄関の残ったガラスが砕け散った。
クラウスの腕が痺れる。
受け切れない。
そう判断した時には、もう後ろへ跳んでいた。着地と同時に片手を伸ばし、魔力弾を連射する。
「今度は撃つのか!」
「色々やった方が楽しいだろう?」
「いいねえ!」
カオルは鉄骨を回転させ、弾丸を次々に弾く。
巻き上がった砂埃へ姿を消し、次の瞬間にはクラウスの眼前まで跳んでいた。
鉄骨が迫る。
クラウスは避けきれず、バールを盾にして受けた。
骨まで揺さぶるような衝撃。身体が吹き飛び、積まれたロッカーへ背中から叩きつけられる。
「ッ……」
「どうした、終わりか?」
カオルが鉄骨を肩へ担ぐ。
クラウスは痛む胸を押さえながら、ゆっくり立ち上がった。
終わりでも構わない。
そんな言葉が、いつものように頭の片隅へ浮かぶ。
けれど今は、それを考えるのが少しだけ億劫だった。
目の前には、自分を殺そうとも救おうともせず、ただ続きを待っている相手がいる。
「いや」
クラウスはバールを握り直した。
「もう少し、付き合えるよ」
「ははっ!」
カオルが嬉しそうに笑った。
「お前、見た目より喧嘩好きだろ!」
「戦うのはあまり好きじゃないよ」
「嘘つけ!」
「本当だって」
再び駆け出す。
鉄骨を潜り、瓦礫を蹴り、拾った盾を投げつける。弾かれた盾の陰から飛び込み、バールを振り抜く。
今度の一撃は、カオルの肩を確かに捉えた。
彼女の身体が傾く。
それでもカオルは倒れず、逆に鉄骨をクラウスの足元へ叩きつけた。砕けた地面を蹴って跳び退き、クラウスは思わず笑う。
爽やかな殴り合い。
そんなものが本当に存在するのかは分からない。
けれど、過去も未来も考えず、ただ目の前の一撃だけを追う時間は、思っていたより心地よかった。
目の前の彼女は、……ひょっとしたら、あんまり悪い人じゃないのかも。
そう思うほどには。
鉄骨が轟音を立てる。
クラウスは笑ったまま、その懐へ踏み込んだ。
「――だから、ちゃんと殴って止めるよ」
🔵🔵🔵 大成功
不忍・ちるはねこおすきですか?
私もすきですよ
でも喧嘩自体はすきではありません、すみません
喧嘩をしたいあなた対警察署を解放したい私
改め警察署を解放してねこちゃんの様子を伺いたい私がいざ
兄さんから受け継いだ特別な零之型でお相手します
カオルさんが楽しそうならなによりですが
私はおしゃべりするつもりはありませんので
にこりとも煽りもせず感情を出さずにただ静かに淡々と
速度を上げて回し蹴りや足払いなど仕掛けます
敵の隠密時にはファミリアセントリーの援護射撃や
範囲攻撃で無差別地点を狙いあぶり出します
力が強いのも分かり易い強さだと思います
でもそこそこの力で間違いなく一点を突くのも有効ですよ
苦無を構えてとん、と隙を縫って狙います
博多警察署の正面玄関まで来たところで、不忍・ちるは(h01839)は足を止めた。
壊れた机。積み上げられた盾。開け放たれた入口の前では敷島・カオルが鉄骨を肩に担ぎ、いかにも退屈そうな顔で待っている。
その周囲を一度見回してから、ちるはは訊いた。
「ねこ、お好きですか?」
「あ?」
「私も好きですよ」
カオルが眉間に皺を寄せた。
「いきなり何の話だ」
「ここにいたねこちゃん、あなたが逃がしたと聞いたので」
「いたけどよ。危ねえから追い出しただけだ」
「そうですか」
ちるはは小さく頷く。
それから、警察署の奥へ目を向けた。
「では、警察署を解放したあとで様子を見に行きます」
「解放できるって?」
「はい。あなたは、私が倒します」
声音は穏やかだった。
煽りも、怒気もない。
ただ今日の予定を確認するように、淡々としている。
カオルは一瞬黙り、それから鉄骨を地面へ落とした。
「お前、喧嘩をしに来たって顔じゃねえな」
「喧嘩自体は好きではありません。すみません」
「謝るくらいなら帰れよ」
「警察署を解放したいので、それはできません」
喧嘩をしたいカオル。
警察署を解放したいちるは。
そこに猫の安否確認まで加われば、ちるはが退く理由はなかった。
「では」
両手を軽く合わせる。
「兄さんから受け継いだ零之型で、お相手します」
「兄貴?」
「ええ」
一言は僅かに柔らかい。
が。
次の瞬間、ちるはの姿が不忍家の忍装束へと変化する。
「ぜろ」
「あ?」
空気が変わる。呼吸も、重心も、視線も、すべてが研ぎ澄まされていく。
カオルが笑った。
「――いいじゃねえか。来いよ!」
ちるはは懐に潜り込むと、初手に正面からの回し蹴りを当てる。
カオルは鉄骨を持ち上げ脚を受け止める。激突の反動を利用し、ちるはは空中で身を捻った。
着地と同時に足払い。
対応し、カオルが跳ぶ。
その着地点へちるはの踵が落ちた。
「速ぇな!」
「零之型ですから」
カオルが鉄骨を横薙ぎに振るう。
ちるはは上体を沈め、風圧が髪をさらう寸前で掻い潜った。
懐へ踏み込もうとした、その時。
目が合う。
カオルの足が地面を蹴ったのが見えた
攻撃の気配を察した瞬間、ちるはは鉄骨の射程まで一息に跳躍する。
先制。
鋼鉄の塊が、ちるはの脇腹へ迫った。
苦無を差し込み、軌道を僅かに逸らすが――完全には受け切れない。
鉄骨が肩を掠め、軽い身体が吹き飛ばされた。
受け身を取ったが勢いを殺しきれず、体が瓦礫の上を滑っていく。
「おい! 喧嘩嫌いの割にはやるじゃねえか!」
返事はない。
カオルが鉄骨を振るった勢いで砂埃を巻き上げ、その姿を粉塵の中へ隠す。
ちるはは追わなかった。
僅かに首を傾ける。
「……隠れましたか」
彼女の背後から、小型のファミリアセントリーが浮かび上がる。
銃口が砂埃へ向いた。
「撃ってください」
乾いた銃声が連続する。
瓦礫が弾け、防護板が穿たれ、隠れられそうな場所が片端から撃ち抜かれていく。
「雑だな、おい!」
粉塵の中からカオルが飛び出した。
「見えないので、仕方ありません」
「忍者なら勘で当てろよ!」
鉄骨の振り下ろしを横へ避ける。地面が砕けた。
ちるははその破片を踏んでカオルの肩へ跳ぶ。膝蹴りを放ち、腕で防がれれば、反対側へ抜けながら後頭部へ蹴りを返す。
カオルが振り向きざまに鉄骨を回したが、ちるははしゃがみ、逆に足元へ滑り込んだ。
足首へ一撃。
僅かに体勢が崩れる。
「力が強いのは、分かりやすい強さだと思います」
「褒めてんのか?」
「はい」
ちるはの手に、一振りのクナイが現れる。
「でもそこそこの力で、間違いなく一点を突くのも有効ですよ」
声は静かなままだ。
カオルの鉄骨が動くのを、じっくりと見る。
肩。
肘。
手首。
力が末端へ伝わる、ほんの僅かな間。そこへ潜る。苦無の切っ先がカオルの脇腹へ突き込まれた。
「ぐっ……!」
カオルの脳に鋭い閃光が弾ける。顔を背けた一瞬に、ちるはは背後へ抜け、膝裏を蹴った。
片膝が地面へ落ちる。
「やるじゃねえか……!」
カオルは笑っていた。
とても楽しそうに。
それを見ても、ちるはは笑わない。
「カオルさんが楽しいなら、なによりです」
「お前は楽しくねえのかよ」
「私は静かな場所で、甘いものを食べている方が好きです」
「喧嘩中に言うことか、それ」
「聞かれたので」
淡々と答え、苦無を構え直す。
わるいものを滅することは、目的ではない。
のんびり過ごせる平和へ戻すための、ただの手段だ。
「ですので」
ちるはは音もなく踏み込んだ。
「そろそろ、通してください」
🔵🔵🔵 大成功
静寂・恭兵アドリブ歓迎
|警視庁異能捜査官《カミガリ》も警視庁の管轄だし同じ警察としては見過ごせない
|博多出張《王劍戦争》がてら加勢させてもらう。
他の警官たちが命までは取られなかったのは一重に相手の流儀故。
『喧嘩』
戦うのには慣れているが『喧嘩』となるとまた違ってくる。
だが…こちらもその流儀に応えさせてもらう。
『喧嘩』といこうか。
鉄骨を振り回す隙をついて
√能力『喧花』
周りに散らかる物品に隠れながら攻撃。
「全く……随分と荒らしてくれたようだな」
正面玄関は潔く開け放たれている。
だが、そこへ至るまでの道は、机やロッカー、防護盾、横倒しになったパトカーで乱雑に塞がれていた。警察署というより、急造の砦と呼ぶ方がよほど似合っている。
警視庁異能捜査官も、名目上は警視庁の管轄だ。
遠く博多の地で起きたこととはいえ、同じ警察として見過ごすわけにはいかないだろう。
「博多出張ついでに王劍戦争か。……順番が逆な気もするが」
「アァ? おまわりの増援か?」
敷島・カオルは巨大な鉄骨を肩に担ぎ、退屈そうに静寂・恭兵(h00274)を見下ろしていた。
「ここを取り返しに来たってわけだ」
「そうだな。一応そうなる」
恭兵は署内へ視線を向ける。
荒らされてはいるが血の臭いは薄い。警官たちの命が奪われなかったのは、運が良かったからではなく、目の前の女なりの流儀だという。
「……誰も殺さなかったらしいな」
「殺したら終わりだろ。喧嘩は相手が立ってねえとできねえ」
「なるほど」
納得できるかと言われれば、できない。
だが、理解はできた。
戦いには慣れている。
自分も人ならざるものを斬り、怪異を祓い、任務として敵を排除してきた。
けれど、喧嘩となると少し違う。それは互いの意地と流儀を、真正面からぶつけるもの。
「なら、こちらも応えさせてもらう」
恭兵は腰の日本刀へ手を添えた。
「喧嘩といこうか」
カオルの顔に笑みが浮かぶ。
「刀持って言う台詞かよ」
「鉄骨を担いだ女には言われたくないな」
「違ぇねえ!」
言葉と同時に、先手の鉄骨が中空を薙いだ。
恭兵は後ろへ跳ばない。横倒しのパトカーへ片足をかけ、ボンネットの上へ滑るように駆け上がる。
直後、鉄骨が車体へ直撃。金属が潰れ、警光灯の破片が宙を舞い――恭兵はその破片の陰へ身を沈めた。
「なんだ、隠れんのか!?」
「馬鹿正直に付き合ってやる道理はないもんでね」
声は別の場所から聞こえた。
カオルが振り向き、地面に鉄骨を突き立てる。
だが、そこにも恭兵はいない。
倒れた防護盾。
崩れかけた机。
戦場に転がるすべてが、恭兵の気配を少しずつ覆い隠していた。
「ちょこまかと……!」
カオルが踏み込んだ。恭兵が次の盾に隠れるより早く間合いを詰め、鉄骨を振り下ろす。
恭兵が隠れていた机を無造作に蹴った。
倒れた机が鉄骨の軌道へ滑り込み、真っ二つに砕ける。
その木片に紛れ、抜刀。
それから一閃。
カオルの上着が裂ける。
「浅い!」
「そうだな」
言ったころには恭兵は既に背後へ抜けている。返す刃がもう一度走り、今度は鉄骨を握る手首を狙った。
カオルは鉄骨を回転させ、刀を弾く。高い音が鳴った。
「正面から来いよ!」
「正面玄関から来ただろう」
「そういう話じゃねえ!」
カオルが鉄骨を地面へ打ちつけた。砂埃と瓦礫が一斉に跳ね上がり、視界を奪う。
だが。
恭兵は足を止めなかった。
見えないなら、見える場所へ追い出せばいいのだ。
倒れたロッカーを蹴り飛ばす。鉄製の箱が砂埃へ突っ込み、その奥から鈍い衝突音が響いた。
直後、カオルが上方から飛び出す。
「見つけたぞ!」
「こっちもな」
振り下ろされる鉄骨を恭兵は防護盾の陰へ滑り込んで避けた。
盾が砕ける。
だが、その死角から刀が二度走った。
一太刀目は脇腹。
二太刀目は肩口。
鮮血が散る。
カオルは傷を押さえるどころか、楽しげに笑った。
「さっきまでのおまわりよりも歯応えがあんぜ。……でもなァ!」
振られた鉄骨の先端がついに恭兵の腹を捉えた。
刀を差し込んで軌道を逸らしたものの、勢いまでは殺せない。
身体が吹き飛ぶ。
崩れたバリケードへ背中から突っ込み、肺の空気が一気に抜けた。
「……流石に、鉄の塊は重いな」
カオルが追撃に迫る。恭兵は口元の血を親指で拭い、立ち上がった。
「だが、もう見切った」
青い瞳に隙はない。足元に転がっていた警棒を蹴り上げ、カオルの顔へ飛ばす。
彼女が鉄骨で弾いた瞬間、恭兵は警棒の陰へ重なって踏み込んだ。
刃が閃く。
カオルの頬に、細い赤い線が走った。
「他人の道具ばっか使いやがって」
「警察署の備品だからな、俺にも使う権利はある」
鉄骨を構えるカオル。
刀を下段へ置く恭兵。
――自分は、職務だから来た。
警察署を取り戻すために。
奥にいる簒奪者を止めるために。
それでも今だけは、相手の流儀に付き合うのも悪くない。
🔵🔵🔵 大成功
マルザウアーン・ノーンテッレト警察署を占拠しているとはいえ、民間人を進んで傷つける意図はないのだな!
ならば彼女の望むとおり!心の赴くままに戦おう!
彼女ほどの実力者に通用するかは分からないが…全力を尽くしてお相手すると誓おう!
まずは愚直に真っ直ぐ突っ込む…というフェイントで鉄骨の大振りを誘い、それを上体を屈めて回避し距離を詰め、武器落としを狙う!
彼女が少しでも気を取られるなどして隙を見せたら、後は泥臭く怪力同士、殴り合いの応酬をしよう!
ああ、殺意なく悪意なく、さりとて加減もなく!
持てる力を交し合うことの、なんと楽しいことだろう!
…それだけに寂しく思う。
彼女が簒奪者に与する以上、いずれ遠からず喧嘩は殺し合いになってしまうのか。
マルザウアーン・ノーンテッレト(h08719)は腕を組んだ。
積み上げられた机や防護盾。横転したパトカー。砕けた壁。警察官である彼にとって、決して笑って眺められる光景ではない。
だが、署員や民間人に死者はいない。
襲撃者も、進んで命を奪おうとはしなかったらしい。
「警察署を占拠しているとはいえ、民間人を傷つける意図はないのだな!」
瓦礫の上に座っていた敷島・カオルが、面倒そうに顔を上げた。
「殺したら喧嘩できねえだろ」
「なるほど!」
「納得すんなよ、おまわりじゃねえのか?」
カオルは鉄骨を担ぎ、ゆっくり立ち上がる。
「で、なんだ? 説教でもしに来たのか?」
「いや!」
マルザウアーンは拳を打ち合わせた。青い瞳がからりと笑う。
「カオルが望むのなら、心の赴くままに戦おう! オレの全力がどこまで通じるかは分からないが、手を抜かず相手をすると誓うぞッ!!」
「……お前、本当におまわりか?」
「警視庁異能捜査官だ!」
「本物かよ」
呆れた声とは裏腹にカオルの口元には笑みが浮かぶ。
それを見て、マルザウアーンは腰を落とした。
構えは正面。
小細工など知らないと言わんばかりに、一直線に踏み込んだ。
「いざッ!!」
「素直でいいねえ!」
鉄骨が持ち上がる。
肩から腰までを大きく捻った豪快な横薙ぎ。それは正面から来る相手を、まとめて吹き飛ばす一撃。
だが、マルザウアーンが狙っていたのはまさしくその大ぶりの一振りだ。
振り抜かれる寸前に上体を深く沈め、髪すれすれに鉄骨を通す。
「な――っ」
低い姿勢のまま懐へ潜り込む。両腕で鉄骨を抱え込み、柄を握るカオルの手首へ肩をぶつけた。
「武器を落としてもらうぞ!」
「やれるもんならなァ!」
カオルの腕に力が籠もる。
互いに向かい合う形で、鉄骨が止まった。
人ひとりを軽々と吹き飛ばせるほどの重量を二人の怪力が左右から引き合う。
足元のアスファルトが軋み、靴底がめり込んだ。
「ぬおおおおッ!!」
「暑苦しいんだよ!」
カオルが鉄骨を強引に捻ると、マルザウアーンの身体が浮いた。
だが、彼は手を離さない。そのまま振り回される勢いを利用し、カオルの顎へ蹴りを放つ。
「ぐっ……!」
瞬間、僅かに力が緩んだ。
マルザウアーンは鉄骨を引き抜き背後へ放り投げる。
金属の塊がパトカーの屋根へ落ち、凄まじい音とともに車体を押し潰す。
「これで拳同士だな!」
「ああ!? 勝手に決めんな!」
そう言いながらも、快活な笑顔で――カオルは保護用のグローブを地面に投げ捨てる。
肩を回し、拳を鳴らす。
「だが、嫌いじゃねえ」
カオルが攻撃を宣言するように、真正面から拳を突き出した。
「次は避けんなよ」
「望むところだ!」
二人の拳が同時に走る。
頬を打たれ、腹を殴る。
脇腹へ膝を受け、肩口へ肘を返す。
殺意なく。
悪意なく。
されど一切の加減もなく。
「ははははッ!」
「笑ってんじゃねえ!」
「楽しいからな!」
マルザウアーンの拳がカオルの頬を捉える。次の瞬間にはカオルの拳が胸板へ深く突き刺さった。
身体が後方へ飛ぶ。倒れた防護盾を踏み砕きながら着地し、マルザウアーンは口元の血を拭った。
「まだ行けるだろう、カオル!」
「誰に言ってやがる!」
再び拳が交差する。
マルザウアーンの連撃は途切れない。
拳。
踏み込み。
掌底。
足払い。
ひとつ命中すれば、次の技へ。
次が通れば、さらにその先へ。
そう、考えるより先に身体が動く。
「いい拳じゃねえか!」
「そうだろう!」
カオルの拳を腕で受け、その肘を内側から跳ね上げる。
開いた胸元へマルザウアーンは拳を叩き込んだ。
カオルも倒れず、拳の代わりに額をぶつけ返す。
鼻先で火花が散った。
二人は一度だけ距離を取り、肩で息をしながら笑う。
ああ、楽しい。
――だからこそ!!
だからこそ。マルザウアーンの胸には僅かな寂しさが差す。
「カオル」
「あ?」
「お前ほどの者が、簒奪者の側にいるのは惜しいな」
笑みを残したまま、声音だけは静かになる。
「今はこうして拳で済む。だが、いずれこの喧嘩が殺し合いになる日が来るのではないか?」
カオルは血の滲んだ口元を吊り上げる。
「先のことなんざ知らねえよ」
「そうか」
「今、目の前にいる奴と喧嘩できりゃ、それでいい」
マルザウアーンは目を伏せ、それから再び拳を構えた。
「ならば今は、全力で応えよう」
今はただ。
この拳に、偽りなく報いるために。
「行くぞ、カオル!」
「来い、銀狼!」
二人は再び、前へと駆けた。
🔵🔵🔵 大成功
ネメシア・ヘリクリサム【クラーラ(h12663)と!】
|向けられた剣に応じない《売られた喧嘩を買わない》剣士はいないよ!ねぇクラーラ?さ、正面衝突と行こうか!
指笛を一吹き、警察署の屋根上で待機していた|火喰鳥《ガルダ》(※蒼炎の大型猛禽類系霊鳥)で急降下襲撃!
同時に私も二刀抜剣&【ダッシュ】【早業】で突撃。【激痛耐性】で鉄骨直撃があっても怯まない、【カウンター】に繋げて攻撃を止めもしない!
竜漿(血)で火を増す竜漿兵器、血で斬り堕とす力を増す霊剣。出血が増す喧嘩の終盤ほど私の剣は真骨頂!クラーラの剣の呼吸も感じて高まってく!って鯱すごーい!?火喰鳥もアげてこ!
|私とクラーラ《私たち》から目を離す隙なんてないでしょ!!
クラーラ・ミュスティアウゲン【ネメシアさん(h08297)と】
ええ、否定はしません
正面から行きましょう、遠慮は不要です
錬金術でそこら中の瓦礫や器具を組み替え、足場や投擲として利用しながら接近
第六感で鉄骨の軌道を察し、見切りと受け流しで直撃を逸らします
掠めた痛みは激痛耐性で噛み潰し
宵燕と影燕を展開し、静眼・双牙を発動
瓦礫の海を泳がせ、地形の利用による三次元挙動で攻め立てます
ネメシアさんのボルテージ上昇に合わせ、こちらも過熱して
武強の喧嘩、お見せしましょう
鯱に壁や床を食い荒らさせ、場を荒らす
ネメシアさんが付いてこれることを疑いもせず
瓦礫の中を駆け、継戦能力でさらに踏み込む
絡み合う暴力で、鉄骨ごとすり潰しましょう
要塞と化した博多警察署を前に、ネメシア・ヘリクリサム(h08297)は愉快そうに口笛を吹いた。
積み上げられた机やロッカー。引き剥がされた防護板と、砕けたコンクリート。そんな中で正面玄関だけが挑発するように大きく開かれている。
その真ん中で、敷島・カオルが鉄骨を肩に担いでいた。
「向けられた剣に応じない、売られた喧嘩を買わない剣士はいないよ!」
ネメシアは隣に立つクラーラ・ミュスティアウゲン(h12663)へ顔を向けた。
「ねぇ、クラーラ?」
目元を布で覆ったクラーラは、騒がしい戦場を見てはいない。
代わりに聞いていた。
鉄骨の先端が砂利を擦る音。
筋肉が僅かに軋み、今にも動き出そうとする気配。
「ええ、否定はしません」
クラーラの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「正面から行きましょう。遠慮は不要です」
「話が早いね!」
カオルが鉄骨を持ち上げた。
「二人まとめて来る気か?」
「もちろん!」
「あなたもそれを望んでいるのでしょう?」
クラーラは静かに答え、足元へ手を伸ばした。
錬金術の光が広がると、散乱していた机の脚、鉄板、砕けた外壁、警察署内から運び出された器具が軋みながら組み替わり、瓦礫の海に幾つもの足場を作り上げる。
「喧嘩だからといって、足元まで同じ条件にする必要はありません」
「その通り! 使えるものは全部使おう!」
「お前ら、正面から来るって言ったよな?」
「アハハ! 正面から工夫するんだよ!」
ネメシアが笑い、指笛を一吹きした。空高く甲高い鳴き声が響き、警察署の屋上から蒼炎が舞い上がり――大型猛禽の姿をした火喰鳥ガルダが翼を広げ、真っ逆さまにカオルへ急降下する。
同時にネメシアも走り出した。
二刀抜剣。
刃が陽光を反射し、真っ直ぐカオルへ迫る。
「正面ってのは、もっと素直に来るもんだろ!」
カオルが鉄骨を振り抜いた。横薙ぎの一撃が火喰鳥ごとネメシアを捉えようと迫る。
――だが、ネメシアは止まらない。
「素直だよ! 勝ちたいって気持ちにはね!」
鉄骨がネメシアの脇腹へ食い込んだ。
骨まで響く衝撃。
身体が横へ流される。
それでも足を止めず、吹き飛ばされる勢いを利用して一回転。カオルの肩へ霊剣を叩き込んだ。
血が散る。
それはネメシアのものか、カオルのものか。
どちらでも構わない!
「いいね!」
ネメシアの竜漿が、握った兵器へ流れ込む。刃に火が走り、霊剣『誘夜』が血を啜るように淡く鳴った。
「やっぱり強い相手は最高だ!」
「喜んでんじゃねえ!」
鉄骨が返る。その軌道へ、クラーラが滑り込んだ。
目では追わない。
空気の唸り。地面へ伝わる振動。カオルが握りを変えた微かな音。すべてが鉄骨の軌道を教えてくれる。
クラーラは錬成剣の腹を添え、真正面から受けるのではなく、流れに沿って刃を滑らせた。
衝撃を受け流す。
「援護が遅れましたか?」
「全然!」
ネメシアは即答した。
疑う余地など最初からない。
クラーラなら来る。
自分の剣の呼吸へ、必ず合わせる。
それは確信だ。
「では、始めましょう」
クラーラの左右で、一対の飛燕剣――宵燕と影燕が浮き上がる。
「喰らい付きなさい」
藍色の光が迸ると二振りの剣が姿を変え、空を泳ぐ二頭の鯱となる。
瓦礫の上を。
壁面を。
砕けた天井の縁を。
水中を進むように自在に泳ぎ、カオルへ牙を剥いた。
ネメシアの目が輝く。
「鯱すごーい!?」
「戦闘中ですよ、ネメシアさん」
「だからいいんじゃないか! ガルダもアげてこ!」
火喰鳥が甲高く鳴き、蒼炎の尾を引いて急旋回する。
上空からは鳥。
左右からは鯱。
正面からは二人の剣士。
「動物園かよ、ここは!」
カオルが鉄骨を大きく振り回した。
範囲を薙ぎ払う豪快な連撃に鯱が一頭、鉄骨に弾かれて壁へ叩きつけられる。蒼炎が爆ぜ、ガルダも翼を大きく乱した。
ネメシアの肩にも鉄骨が掠める。
だが止まらない。
「まだまだ!」
竜漿兵器による斬撃。
続けてガルダの急襲。
霊剣を返し、再び刃。
炎。
剣。
炎。
ひとつでも外れるまで終わらない、息つく暇もない連撃。
「私とクラーラから、よそ見してる暇なんてないでしょ!」
カオルがネメシアへ鉄骨を叩きつける。ネメシアは二刀を交差させて受けた。
刃が軋む。
腕が痺れる。
足元のコンクリートが沈む。
それでも、笑う。
「重いね!」
「潰れろ!」
「それは断る!」
ネメシアが押し返す。
その横を、クラーラが駆け抜けた。
錬金術で組み替えた足場を蹴り壁へ移る。壁面を走り、突き出した鉄板を踏み、頭上から一閃。
カオルが鉄骨を跳ね上げて防ぐ。
火花。
クラーラは弾かれた勢いで身を翻し、鯱の背を踏んで再加速した。
「いい動きするじゃねえか!」
「ありがとうございます」
口調こそ穏やかだが、クラーラの呼吸は次第に熱を帯びていた。
速い。
重い。
真正面から全てを砕こうとする力。
その単純さが、心地よい。
見えすぎる世界を閉ざし、静かな気配を頼りに歩んできた。
だからこそ分かる。
カオルの動きには迷いがない。
……ならば、こちらも応えよう。
「ネメシアさん」
「なに?」
「もう少し、荒らします」
「いいよ!」
クラーラが指先を払うと、二頭の鯱が警察署の壁と床へ同時に喰らいつく。
コンクリートを食い破り、鉄骨を砕き、床面を抉る。
瞬間、足場が崩壊した。
「おい!」
カオルの身体が傾く。
砕けた床へ鉄骨を突き立て、体勢を保とうとするが――クラーラは既に、瓦礫の中を走っていた。
視界に頼らない彼女にとって、地形の崩壊は混乱ではない。
音が増えると気配が増える。
ただ、それだけだ。
「武強の喧嘩、お見せしましょう」
静かな声に、はっきりと昂揚が混ざる。
「お、乗ってきたねクラーラ!」
ネメシアもまた瓦礫を蹴って跳んだ。火喰鳥がその背を押すように蒼炎を噴き上げる。
クラーラは鯱の背から飛ぶ。
二人の剣士が、左右から同時にカオルへ迫った。
「舐めんな!」
カオルは鉄骨を横に構え、二人まとめて押し潰そうと踏み込む。
力と力のぶつかり合い。ならば、こちらも退かない。退く道理がない。
クラーラの錬成剣が鉄骨へ食い込む。
ネメシアの二刀が反対側から噛みつく。
鯱が鉄骨へ巻きつき、ガルダがカオルの背へ急降下する。
押す。
カオルも押し返す。
三人の足元が砕け、鉄骨が悲鳴を上げた。
「楽しいねえ!」
「あァ!? おまえらも大分イカれてんな!!」
「お互い様です」
クラーラの声が低くなる。
「今から、真っ向から、――私たちの力すべてで押し潰します」
鯱が牙を立てる。
火喰鳥が炎を増す。
「いくよ、クラーラ!」
「ええ、ネメシアさん」
刃が閃く。
「暴力で――」
「鉄骨ごと!」
「すり潰しましょう」
二人の剣が同時に振り抜かれた。
轟音。
耐えきれなくなった鉄骨の中央が大きく歪むと、カオルの身体が瓦礫の向こうへ吹き飛び、警察署の壁を突き破った。
粉塵が立ち込める。
ネメシアは血の滲む脇腹を押さえながら、楽しそうに笑った。
「すっごく楽しいね!」
「ええ」
クラーラも肩の傷から流れる血を拭わず剣を構え直す。
「想像していたよりも、ずっと」
瓦礫が動く。
歪んだ鉄骨を担ぎ直し、カオルが立ち上がった。
「まだ終わってねえぞ、剣士ども!」
「もちろん!」
ネメシアが二刀を鳴らす。
「向けられた武器に応えない剣士はいません」
クラーラの周囲を藍色の鯱が再び泳ぎ始めた。
「もう一度、正面衝突といきましょうか」
「望むところ!」
二人は同時に地面を蹴る。
カオルも笑い、中央が歪んだ鉄骨を振り上げた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
緇・カナト【狼と牛】
真正面から乗り込んで、喧嘩を売れ。
道場破りか何かかなぁ…?
得意か得意じゃないかって言われると、
状況と相手の得物にも因るんだけど~
鉄骨が武器?
オッケー攻守共に問題なさそう判断で、
シンプルに武器のやり合いで御相手しようか
変生せよ、と灰狐狼の毛皮を纏って
手には三叉戟トリアイナを持ち
やぁやぁ、ウールヴヘジンと遊ぼうじゃないか
俗に言う…バーサーカーってヤツだよ?
霊的防護と3倍移動速度も活かして
ぶん回しの範囲攻撃は躱してまわり
鉄骨も装甲と似たようなモンでしょ、
貫通するほど威力の槍術は如何な味わい?
どちらかが倒れる、諦めるまで
終わりが無いのは喧嘩上等だよねェ
野分・時雨【狼と牛】
殺したら喧嘩にならない。確かに!頭良。 ぼくらだったらどれだけでも喧嘩できるもんね~。
ぼくもそこそこ喧嘩好きです!
鉄骨!その細腕で力持ちなの?
通常攻撃では、躱ししれないものは激痛耐性、また影業両腕にまとって武器受け。
おっっもい。興奮してしたかも。
さすがに攻撃宣言きたら高速移動で躱しますよう。
理性的にハイになってるわんちゃんの攻撃も避けなきゃいけないかも!犬の餌にされたくないよう。
小柄活かして足元潜り込み、喧嘩殺法で顎を蹴りあげ。もしくは|掴み技《グラップル》で牽制していきます。
あとは暴力!やっぱり暴力ですよね!怪力込めて拳叩き込み。わかります!倒れるまで!ね!楽しいですよね!
「殺したら喧嘩にならない、ですか」
野分・時雨(h00536)は本当に感心したように頷いた。
博多警察署の正面玄関は堂々と開いている。
横倒しのパトカー。積み上げられた机と防護盾。砕けたコンクリートの山。その中央で、敷島・カオルが鉄骨を肩に担いでいた。
「確かに。頭良」
「褒めてんのか?」
「もちろんですとも。ぼくらだったら、どれだけでも喧嘩できますからねぃ」
野牛の角を持つ水妖は、いつものように斜に構えた笑みを浮かべていた。
「ぼくも、そこそこ喧嘩好きですよ」
「そこそこ?」
「やっぱ大大大好きかも!」
カオルが鼻を鳴らした、その横で。
「真正面から乗り込んで喧嘩を売れ、だっけ」
緇・カナト(h02325)は、要塞化された警察署を眺めながら首を傾けた。
「道場破りか何かかなぁ……?」
「お前もやるのか?」
「んー。喧嘩が得意か得意じゃないかで言えば、状況と得物に因るんだけどね」
カナトの灰色の目が、カオルの鉄骨を追う。
「鉄骨が武器?」
「ああ」
「オッケー。攻守ともに問題なさそう」
何を基準にした問題なのか。時雨が横目で見ると、カナトは柔和な顔でにこりと笑った。
「シンプルに武器のやり合いで御相手しようか」
「おや。わんちゃん、理性的ですね」
「理性的だよ。たぶん」
「たぶん」
「戦ってるうちに忘れるかもしれないけど」
「犬の餌にされたくないよう」
「牛肉だもんね」
「ぼくを食材として見ないでいただけます?」
ふたりの会話を聞いたカオルが鉄骨を地面へ落とした。
轟音と共にアスファルトが砕け、二人の足元まで亀裂が走る。
「お前ら、喧嘩する気あんのか?」
「ありますよ」
「あるある」
時雨とカナトは、ほとんど同時に答えた。
✦
カナトが低く告げる。
「変成せよ、変生せよ」
灰狐狼の毛皮が、その身体を覆った。
柔和な青年の輪郭が、宵闇を彷徨う獣へ変わってゆく。手に現れたのは、三叉戟トリアイナ。
穂先を軽く振り、カナトは牙を見せた。
「やぁやぁ。ウールヴヘジンと遊ぼうじゃないか」
「なんだそりゃ」
「北欧の伝承なんだけどねえ。俗に言う、バーサーカーってヤツだよ」
「自分で言う奴初めて見たぜ」
応えるカオルの目の前で、カナトの姿が消えた。正確には、見失うほど速く駆けた。
三倍に引き上げられた速度でカオルの側面へ回り込む。
三叉戟の穂先が、鉄骨を握る手元へ迫った。
「速ぇな!」
カオルが鉄骨を回す。
範囲ごと薙ぎ払う一撃。
カナトは大きく身を屈め、毛皮すれすれに鉄骨を通した。そのまま滑るように踏み込み、トリアイナを突き出す。
「鉄骨も装甲みたいなモンでしょ」
穂先が鋼へ喰らいつく。
「貫通するほどの槍術は、どんな味かな?」
カオルが鉄骨を跳ね上げ、三叉戟ごとカナトの身体が浮く。――だが、彼は手を離さず、空中で身体を捻った。
着地より早く二撃目。穂先がカオルの肩を掠め、赤い線を引く。
「やるじゃねえか!」
「まだ味見だよ」
カオルの目が鋭くなる。鉄骨を横に構え、真正面から踏み込んだ。
今度の一撃は力比べではない。近づいたカナトごと周囲を叩き潰す、単純極まりないぶん回し。
カナトは、自身の霊的防護を信じて突っ込んだ。
避けながら。
受けながら。
なお槍を止めない。
鉄骨が脇腹を掠め、毛皮が裂ける。痛みで呼吸が詰まるが、それすら喉の奥で笑いへ変わった。
「いいねェ」
柔らかな声が剥がれ落ちる。
「どちらかが倒れるか、諦めるまで。終わりがないのは喧嘩上等だよな」
「ようやく本性出したな、犬!」
「犬でいいよ。お前を喰えるなら」
「はっ、食あたり起こすんじゃねえぞ!」
その時だった。
「ぼくを忘れてません?」
カオルの足元へ、小さな影が滑り込む。
時雨だ。
鉄骨の射程より内側。小柄な身体を活かし、腕の下を潜り抜ける。
が、すぐさま対応したカオルが鉄骨を引き戻して、脳天にめがけて鉄骨を振り下ろした。
時雨は両腕へ影業を纏わせ、すぐさま武器受けの姿勢を取る。
「っ、おっっもい!」
衝撃で両腕が痺れる。
受け止めたはずの身体は地面を滑り、靴底がアスファルトを削った。
「すっごー……その細腕で力持ちな訳ね」
骨にまで響く痛み。けれど時雨は、むしろ嬉しそうに目を細める。
「興奮してきたかも」
「お前も大概だな」
「いやいや、ぼくはとっても理性的ですよ」
影を纏った腕で鉄骨を外へ弾くと、カオルの胸元が開いた。
時雨はさらに低く潜り掌を地面へつく。逆立ちに近い姿勢から、顎へ蹴り上げた。
「っ!」
カオルの顔が跳ねる。
その足首を掴もうと手が伸びたが、時雨は蜘蛛脚を一瞬だけ展開し、瓦礫を蹴って後方へ逃れる。
カオルが鉄骨を握り直すと、こちらも不敵に笑った。
「次は正面からぶっ飛ばす」
時雨の笑みも崩れない。
「さすがに、それは避けますよう」
「逃がすか!」
カオルが鉄骨を振り上げ突進する。真正面から当たればただでは済まない一撃が迫り、時雨は高速で横へ跳んだ。
鉄骨が地面へ叩きつけられ、路面が爆ぜる。
「わあ。慈悲がない」
「喧嘩だからな!」
「では、こちらは慈悲を差し上げましょう」
時雨の拳が、静かに握られる。
「――さあ、どうぞ」
踏み込む。
一切合掌・蓮解業。
影業を纏った拳が、カオルの脇腹へ叩き込まれた。
鈍い音と共にカオルの身体が横へ流れる。
だが、――倒れない。鉄骨を地面へ突き立て、強引に踏みとどまった。
「軽い身体で、随分重い拳打つじゃねえか」
「夢と希望の力でしょうか」
「嘘つけ!」
カオルが鉄骨を振るう。
時雨は躱しきれず、次は肩口で受けた。影業が弾け、身体が吹き飛ぶ。
だが、その先へカナトが回り込んでいた。
「牛鬼くん」
「わんちゃん、受け止めてくれますー!?」
「嫌だよ」
「酷、」
言葉とは裏腹に、カナトは時雨の襟を掴み、勢いを殺して横へ放った。
時雨は空中で体勢を整え、瓦礫の上へ着地する。
「扱いが荷物なんですよねぇ」
「無事ならいいだろ」
「まあ、犬の餌よりはましですかあ」
「喰ってないじゃん、まだ」
「まだって言った」
カオルが笑う。
「仲いいなお前ら」
「そう見えます?」
「不本意だなぁ」
二人の声が不満げに言い合い、
――そのくせ、次に動く瞬間はぴたりと合った。
カナトが正面から駆けると、三叉戟を突き出しカオルの鉄骨を受け止める。
力と力。鋼と穂先が噛み合い、火花が散る。
「押せると思ってんのか!」
「思ってないよ」
カナトは牙を剥いた。
「だから、牛もいる」
「はいはい。牛ですよ」
時雨が側面から滑り込む。
カオルが視線を向けた瞬間、カナトの槍が鉄骨の隙間へねじ込まれた。時雨は足元へ潜り、カオルの膝裏を払う。
僅かに重心が崩れる。
時雨の声音が弾む。
「どっちかが倒れるまで。ね。楽しいですよね!」
拳が腹へ。
カナトの槍が肩へ。
カオルも鉄骨を振り回し、二人まとめて薙ぎ払う。
反動で、三人の身体が瓦礫の中を転がった。
起き上がったカナトの口元に血が滲む。
それを舌で舐め、笑った。
「腹減ったな」
「ぼく見て言うのやめてもらえます?」
時雨も肩を押さえながら立つ。
「理性的にハイになってるわんちゃんの攻撃も避けなきゃいけないかも」
「大丈夫。今はカオルしか見てない」
「今は」
「終わったら分からない」
「怖」
カオルが歪んだ鉄骨を担ぎ直す。
「おまえら、まだ喋る余裕あんのか?」
「ありますとも」
時雨は影業を両腕へ纏う。
「もう少しお付き合いしましょう」
「オレも最後まで付き合うよ」
カナトが三叉戟を低く構えた。
「お前が倒れるまで。――もしくは、オレが満足するまで」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
アレンジ負傷嬉しいです◎
ふふ、星詠みくんの鼓舞がかっこよすぎて感化されちゃった
喧嘩といえば拳だよね
両腕のみを蔓化、細い蔓を絡み合わせて
人のものより二回りほど大きな腕を形作る
胸の前で拳を合わせて具合を確認
うん、こんなところかな
細かいことはどうでもいいね
さあ真正面から殴り合おう!
鉄骨の一撃なんて頭に貰えば相当痛いだろうけど
いいね、却って目が覚める
折を見て
枝分かれさせた蔓を鉄骨に絡め拘束
ずるいかな?
この拳が蔓でできていることは
最初から正々堂々開示していたよ
鉄骨ごと彼女を引き寄せ
飛んでくる勢いを迎えるように拳の打撃をぶちこむ
君のように、真っ向から力だけで
というやり方に憧れはあるけどね
これが僕の戦い方だ
アレンジ・アドリブ・怪我◎
普段乗っているバイクは離れた場所に停めてきた
『|AI《姉》』は無謀を好まない
野蛮を厭う
『|姉《あの人》』のように
歩いて正面玄関に立つ
少女に目線をやる
目が合う
首の裏にわずかに生える葉がざわりと動く
もう始まった
さぁ始まった!
走り出す
足を硬化させて飛び蹴り
巨大な鉄骨を蹴り飛ばすように
武器もいい
けどステゴロの方がもっといい
目線は決して離さない
何が起きてもカオルの動きに集中し続ける
瞬きもしない
体ごと吹き飛ばされたら体制を整えて次の攻撃に備える
土で構成される身体がカオルの攻撃で欠けたらすぐに次を生やして続きをしよう
うまく追い込むことが出来たならトドメはかかと落としで脳天を沈めよう
博多警察署の正面玄関を前にして、イワタ・レイジ(h13218)は立ち止まった。
普段ならば傍らにあるはずのバイクは少し離れた安全な場所へ停めてある。
『再度警告します。警察署正面は現在、非常に危険です』
耳元から響くヒメの声は、いつも通り抑揚に乏しい。
「分かってるぞ!」
『分かっている者は、危険区域へ徒歩で接近しません』
冷静で、無謀を嫌い、野蛮を厭う。
その言葉遣いはいつだって正しくて、少しだけ姉に似ている。
レイジは通信を切らないまま、要塞と化した警察署へ目を向けた。
横倒しになったパトカー。
積み重ねられた机や防護盾。
砕けたコンクリートの隙間には、土埃ばかりが溜まっている。
「事前情報の通り、正面扉以外は完全に塞がれているな」
『警告。十二時の方向』
正面玄関の前では、敷島・カオルが瓦礫の山へ腰掛け巨大な鉄骨を肩に担いでいた。
少女と呼ぶには、あまりにも物騒な姿だ。
レイジが歩み寄ると、カオルもこちらを見る。
目が合う。
首の裏に僅かに生えた葉が、ざわりと揺れた。
風ではない。だが、根の一本一本にまで感覚が走り、全身が目の前の相手を認識する。
「お前、近くまでバイクで来てたやつだろ」
カオルがレイジを見下ろしながら訊く。
「良く知っているな!」
「ああ、まっすぐ轢きに来るのかと思ったからな」
「バイクは置いてきた! ヒメちゃんが怒るからな!」
『現在も怒っています』
通信機から漏れた声にカオルが眉を上げる。
レイジが何か答えようとした、その時だった。
「あれ」
背後から、妙に機嫌のよい声がする。
「レイジくんじゃないか」
振り向けば、瓦礫の間を縫うように白衣の男が歩いてくる。
白い髪に眼鏡越しに笑う銀の目。骨ばった肩へ羽織った白衣は、こんな場所に似つかわしくないほど白い。
「蓮華くん!」
「なんだ、君も来ていたんだねぇ」
「蓮華くんも喧嘩をしに来たのか!」
「まあね。星詠みくんの鼓舞があまりにもかっこよかったから、すっかり感化されちゃった」
白百合・蓮華(h12988)はそう楽しそうに笑い、開け放たれた玄関を見上げる。
「要塞ごと壊してこい、だってさ。素敵だよねぇ」
「そうだな!」
『ワタシには理解できません』
「ヒメくんは今日も厳しいね」
『白百合 蓮華。アナタが合流したことで、危険度が上昇しました』
「ひどいなあ。僕はレイジくんに悪影響なんて与えたことないだろう?」
『回答を保留します』
蓮華は、さして傷ついた様子もなく笑った。
「やっぱり、うっすら敵認定されてる気がするねぇ」
「姉だからな! 色々口を出したい年頃なんだろう!」
「なるほど、たいへん納得したよ」
「お前ら」
瞬間、鉄骨が地面へ落ちた。轟音とともにアスファルトが割れる。
「喧嘩しに来たんじゃねえのか?」
カオルが苛立たしげに睨む。
レイジと蓮華は顔を見合わせた。
「そうだった!」
「うん、細かいことは後でいいね」
レイジは拳を構える。蓮華は白衣の袖を軽く捲った。
「喧嘩といえば拳だよね」
「そうだな! 武器もいいが、ステゴロはもっといい!」
二人の意見が一致した。
カオルの見ている前で、蓮華の両腕が音もなくほどける。
肉でも骨でもない。
白く、青く、僅かに赤みを帯びた細い蔓が幾重にも絡み合い、人のものより二回りほど大きな腕を形作った。
胸の前で拳を打ち合わせる。
鈍い音。
「うん。こんなところかな」
「それはステゴロなのか?」
「拳の形をしているからね」
「植物だろうが!」
「植物で、ステゴロだ!」
「あー、わかったわかった。変な奴が二人か」
カオルが鉄骨を握り直す。
蓮華は笑う。
「そう、細かいことはいいじゃないか。……真正面から殴り合おう」
先に飛び出したのはレイジだった。
黒い土で形作られた脚の内部で、毛細血管のような根が束ねられる。
足先が杭のように硬化した。
「うおおっ!」
跳躍。
巨大な鉄骨の側面へ飛び蹴りを叩き込む。金属が鳴り、カオルの身体ごと横へ押し流された。
「鉄骨狙いかよ!」
「ああ、正々堂々ステゴロにしようじゃないか!」
更に、レイジは着地と同時に駆ける。目は決してカオルから離さない。
瞬きすらせず、肩、腰、足の動きを追い続ける。
レイジに対してカオルが踏み込み、鉄骨を横薙ぎに振るった。
レイジは避けず、両腕を交差して受ける。
衝撃。
腕が肘から砕け、黒い土と細い根が宙へ散る。
身体はそのまま吹き飛び、崩れたバリケードへ叩き込まれた。
もう始まった。
――さあ、始まった!
『深刻な損傷を確認。撤退してください』
「まだいける!」
瓦礫の中で、レイジの肩口から根が伸びる。
散らばった土を巻き込み、絡まり合い、新たな腕を作り上げていく。
それを見て、蓮華の銀の目が輝いた。
「相変わらず、よく馴染んでるねぇ」
レイジへ追撃を仕掛けようとする鉄骨へ、無数の蔓が巻きつく。
「ッ!」
見ると蓮華の両腕が枝分かれし、鉄骨を拘束していた。
「んだこりゃ!」
「ふふ、どうかな?」
蓮華は楽しそうに首を傾けた。
「ずりぃぞ!」
「そう? この拳が蔓でできていることは、最初から正々堂々開示していたじゃないか」
蔓が収縮すると鉄骨ごとカオルの身体が引き寄せられていく。
カオルが無理やりに押し戻そうとするが、少しずつ押される。
「後は任せたよ」
その時、レイジが踏み込んだ。
硬化させた拳が真正面からカオルの腹へ突き刺さる。カオルの身体がくの字に折れ、――だが、鉄骨は手放さない。
それどころか、引き寄せられた勢いのまま身体を回転させ、蓮華へ鉄骨を叩き込んだ。
「蓮華くん!」
鉄骨は蓮華のこめかみ辺りを打っていた。
眼鏡が吹き飛び、蓮華の身体は横殴りにパトカーへ叩きつけられる。
クッションになったボンネットが大きく沈んだ。白衣の襟に血が落ちる。
「……あぁ」
蓮華はゆっくりと身体を起こした。額から血を流しながら、ひどく嬉しそうに笑う。
「本当に目が覚めるねぇ」
「蓮華くん、大丈夫か!」
「大丈夫さ。……おや、レイジくんも随分欠けてるね」
見るとレイジの右頬は半ば崩れ、片腕もまだ完全には戻りきっていない。
蓮華からも止まることなく血が流れている。
互いの姿を見比べて、蓮華が笑った。
「あは、おそろいだ」
「そうだな!」
『同意しないでください』
ヒメの声だけが冷静だ。
カオルが鉄骨を担ぎ直す。
「仲いいな、お前ら」
「仲良しだぞ!」
「僕もそのつもりだよ」
レイジと蓮華は、喋り終えると合図もなく左右へ分かれた。
レイジは地面を蹴り、カオルの視線を引きつける。拳を受け、身体が欠けても、すぐに根を伸ばして立ち上がる。
蓮華はその間に蔓を地面へ這わせ、瓦礫の隙間から鉄骨へ絡みつかせる。
「またそれか!」
「僕も、真っ向から力だけで戦うやり方に憧れてはいるけどね」
蔓が鉄骨を締め上げる。
「これが僕の戦い方だ」
「オレは、真っ向から行くぞ!」
レイジが跳ぶ。
「君はそれでいいと思うよ」
カオルが鉄骨を引き剥がそうと踏ん張るが、その一瞬でレイジの身体が頭上へ回り込んだ。
硬化した右脚を高く掲げる。
「――ゆくぞっ!」
それは何の捻りもない、正面からの踵落としだ。
カオルは咄嗟に鉄骨を高く上げて防ごうとするが、蔓が動きを縛る。
踵が鉄骨ごとカオルの頭上へ落ちた。カオルの足元の地面が大きく陥没し、周囲の瓦礫が跳ね上がった。
轟音。
そして、前も見えない土埃が視界を覆った。
✦
土煙の向こうでカオルが片膝をつく。
額から血を流しながら、それでも笑っていた。
「……やるじゃねえか、植物コンビ」
「僕は植物属怪異の研究者だよ」
「オレは植物だ!」
「あ~~、もう何でもいい。植物コンビで充分だ」
レイジは崩れかけた脚を再生させながら、にかりと笑う。
蓮華も曲がった眼鏡を拾い上げ、血のついた顔で笑った。
「職場の仲間と、こんなに楽しい喧嘩ができるなんてね」
「そうだな!」
『ワタシは楽しいとは判断しません』
「ヒメちゃんも見ていたから三人だな!」
『訂正します。ワタシは戦闘へ参加していません』
「でも応援してくれてるだろう?」
『していません』
僅かな間が空く。
『……早急な帰還を推奨しています』
レイジが笑う。
「それを応援というんだ!」
蓮華もくすりと笑い、蔓の拳を構え直した。
カオルが鉄骨を持ち上げる。
「まだやんのか、お前ら」
「もちろんだ!」
「研究も喧嘩も、再現性は大切だからねぇ」
「――やっぱお前ら、変な二人だよ!!」
怒鳴り声を合図に、三人は再び地面を蹴った。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
墨・迅アドリブ連携歓迎
恐怖心欠落
バリケードを吹き飛ばし、正面から堂々と入場。
あんたが『敷島・カオル』か。
俺は√仙術サイバーから来た墨・迅だ。
俺も鬱憤が溜まってる。派手に暴れようぜ!
√能力で集合の呪符を生み、銭剣へ貼り付けて朱い鎖をまとわせる。
退散の呪符なんて野暮なもんは使わねぇ。正々堂々、殴り合おうぜ!
先制の鉄骨は銭剣で受け流し、砂埃に隠れたら気配と物音を頼りに追う。
威力3倍の銭剣で正面から斬り結び、重い一撃は回避。
隙を見て暗器による【不意打ち】で手元を撃ち、鉄骨を落とさせる。
恐怖を知らず、痛みにも怯まない。
退く、という事を知らない。
愉しい、愉しいねぇ!
せっかくの喧嘩だ。思い切りかかってこい!
正面玄関を塞いでいたバリケードが内側へ吹き飛んだ。
机も、防護盾も、積み上げられたロッカーも、まとめて瓦礫の山へ突っ込んでいく。
粉塵の中から現れたのは、小柄な少年だった。
黒衣。
鋭い赤の眼。
手にした銭剣を肩へ担ぎ、墨・迅(h12802)は堂々と正面玄関をくぐる。
「派手な挨拶だな」
敷島・カオルが、鉄骨を担いだまま笑った。
「入口が狭かったんでな」
「開けといたはずだけどよ」
「俺には幅が足りねぇな」
迅は瓦礫を蹴り退け、カオルを真っ直ぐ見た。
「あんたが敷島・カオルか」
「ああ」
「俺は√仙術サイバーから来た墨・迅だ」
名乗りながら、銭剣へ不可視の呪符を貼りつける。
空気が低く唸った。刃の周囲へ朱い鎖が生まれ、蛇のように絡みついていく。幾重にも巻きついた鎖は、やがて銭剣そのものと一体化し、禍々しい朱の刃へ姿を変えた。
「俺も鬱憤が溜まってる――派手に暴れようぜ!」
迅は尖った歯を見せて笑う。
応えるようにカオルが、ノータイムで地面を蹴った。
「いいねえ!」
先制。
鉄骨の射程まで一息に跳び込み、頭上から力任せに振り下ろす。
迅は退かず、銭剣を斜めに差し込み、鉄骨を正面から受けた。
激突。
腕が軋み、足元の床が割れる。
普通、受け止められる重さではない。
「っ、重、てぇな!」
「そのまま潰れてろ!」
「嫌だね!」
迅は刃を滑らせ鉄骨の軌道を僅かに逸らすと、鋼の塊が肩を掠めた。肉が裂けて黒衣が赤く染まる。
だが、迅は傷を見ない。
痛みがないわけではない。傷つけば血は出るし、骨も折れる。それでも、それを理由に退くという考えは彼の中にはなかった。
「そのダルそうな呪符は直接使わねぇのか?」
カオルが訊く。
「使えば、あんたの力も鈍るかもな」
「じゃあ、使えよ」
「野暮だろ」
迅は銭剣を握り直す。
「せっかくの喧嘩だ。正々堂々殴り合おうぜ!」
そして、朱い刃を振り抜いた。
三倍に膨れ上がった威力が鉄骨と激突し、火花が散る。
カオルの腕が僅かに押し戻された。
「やるじゃねえか、チビ!」
「誰がチビだ!」
「お前だよ!」
カオルが鉄骨を横薙ぎに振るうと、迅は身を低くし刃の下を潜った。
懐へ踏み込み銭剣を斬り上げると、カオルが鉄骨の柄で受け止める。
鋼と朱鎖が噛み合い、互いの顔が近づいた。
「その細腕でどこまで持つかな」
「折れるまでじゃねぇの?」
「折れても来そうな顔してよく言うぜ」
「なんだ、分かってんじゃん」
迅が笑った。
カオルも笑う。
瞬間、鉄骨が振り抜かれた。
受け流しきれず迅の身体が横へ吹き飛ぶ。壁へ叩きつけられ、肺の空気が一気に抜けた。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
肩から流れた血が、指先を伝って床へ落ちた。
それでも迅は、すぐに立ち上がる。
「終わりか?」
「まさか」
銭剣を杖にして身体を起こし、口元の血を拭う。
「まだやれんな? チビ」
立ち上がった迅を見たカオルが、鉄骨を地面へ叩きつけた。
砂埃が巻き上がり、その姿が消える。
迅は目を細める。
視界では追わない。
床を擦る靴音。
重い鉄骨が空気を切る音。
粉塵の向こうで動く気配。
「そこだ!」
振り向きざまに銭剣を払う。朱い刃と鉄骨が衝突し、カオルが砂埃から飛び出した。
「見えなくても、いる場所は分かるぜ!」
鉄骨を受け横へ流す。返しの斬撃をカオルが身を捻って避ける。
その瞬間、迅の空いた手が腰元へ伸びた。
「あ?」
暗器が放たれる。
狙いは身体ではない。
鉄骨を握る右手。
鋭い一撃が手の甲を打ち、カオルの指が僅かに開いた。
迅はすかさず銭剣を下から跳ね上げる。
何キロもあろうという鉄骨が、宙を舞った。
床へ落ち轟音を響かせるそれを拾おうとしたカオルの腕に、朱鎖が巻き付く。
「おっと、それはもう取らせねえぜ」
「……そうかよ!」
カオルが拳を握る。
鉄骨を失っても、戦意は一切衰えていない。
むしろ、その目は先ほどより楽しげだった。
「迅っつったか」
「名前覚えたか」
「ああ。ぶっ飛ばす相手の名前くらい覚える」
「そりゃ光栄だ」
迅は肩の傷から血を流したまま、低く構えた。
死ぬ気はない。傷つくことを恐れないのと、命を捨てることは違う。
いつかなら、どちらも同じだったかもしれないが。
――けれど今は、生きて帰る理由がある。
この喧嘩も、生きたまま、最後まで楽しんでやる。
「まだまだ行くぜ、カオル!」
「上等だ、迅!」
朱い鎖が唸り、瓦礫の中へ赤い軌跡を刻んだ。
🔵🔵🔵 大成功
神隠祇・境華【月境】
正面から来い、ということですね
その招待、受けましょう
シンシアさん、あの……
もう少し、後で戻しやすい形にした方が
……そうですか
飛んでくる机や瓦礫を撃ち落とし
進路を塞ぐ防護板を破壊します
更に鉄骨ごと壁へ叩きつける戦いを見て
これが、淑女の喧嘩
あの……いえ……
シンシアさんと共に戦いながら段々と破壊の規模が大きくなることをちらちらと気にしつつ
それでも立ちはだかる相手に√能力を展開
……ここまで来れば
少しだけ壊しても、あまり変わりませんね
シンシアさんを避けて
降り注ぐ無数の星の矢で
周囲の建造物ごと盛大に打ち砕きます
……随分と、開けた場所になりましたね
と、現場の惨状に少しだけやりすぎたかもと零したり
シンシア・ウォーカー【月境】
ふふっ、正面から乗り込むだなんてドキドキしますね!
行きましょう境華さん、喧嘩ですよ喧嘩!
ということでグラップルで殴ります。叩き付けます。後のことは後で考えればよいのです。
いいですか、淑女といえど喧嘩とはこういうもの。拳を振るうのもまた喧嘩の一種。うおりゃー!
相手の鉄骨はまともに喰らうとヤバそうなのでこちらもルートブレイカー使います。からの!右ストレート!
後で戻すときのこと……今更考えても変わらないのではないでしょうか!こうなったら暴れ回るほかありません!ほら境華さんもご一緒に!
いやあ、大技が決まってたいへんに風通しが良くなりましたね。
やりすぎたって?えっと……そうかも、しれません?
無理やり引き剥がされた鉄柵の向こうで、敷島・カオルが瓦礫の山に腰掛けていた。
肩に担いでいるのは、細身の女が扱うにはあまりにも巨大な鉄骨。
その周囲には横倒しのパトカーや、積み上げられた机、防護盾が乱雑に並び、博多警察署は見る影もなく要塞へ作り替えられている。
「ふふっ、正面から乗り込むだなんて、ドキドキしますね!」
シンシア・ウォーカー(h01919)は、その光景を観光地の門でも眺めるように見渡した。
「行きましょう、境華さん。喧嘩ですよ、喧嘩!」
「はい。正面から来い、ということですね」
神隠祇・境華(h10121)は金の瞳を細め、開け放たれた正面玄関を見つめる。
罠を隠すつもりもない。
侵入を拒むつもりもない。
ここまで来られるものなら来い。
その入口自体が、喧嘩師から差し出された招待状だ。
「その招待、受けましょう」
「お前ら、随分と楽しそうだな」
カオルが鉄骨を担ぎ直す。
「壊された側の警察署は、楽しくねえと思うけどよ」
「もちろん、必要以上に壊すつもりはありません」
境華が静かに答える。
「進路を塞ぐものだけを排除し、速やかに警察署を解放します」
「はい! 私も善処します!」
境華は一度だけシンシアを見た。
返事だけはたいへん立派だった。
返事だけは。
「話は終わったか?」
カオルが鉄骨を持ち上げる。
「来ねえなら、こっちから――」
「うおりゃー!」
最後まで言わせず、シンシアが駆け出した。
勢いのまま進路を塞いでいた机を蹴り飛ばす。
宙を舞った机をカオルは鉄骨で粉砕した。木片と金属部品が雨のように降り注ぐ。
その陰から、シンシアが飛び込んだ。
右拳を引き絞る。
「いいですか。淑女といえど、喧嘩とはこういうものです!」
「どういうものだよ!」
「はい! まずは殴ります!」
右ストレートをカオルは鉄骨の腹を盾にして受け止めた。
鈍い音が響く。
シンシアの拳と鉄骨の間で、目に見えない力が軋んだ。
「重っ……!」
「そして!」
押し返される寸前、シンシアの右掌が鉄骨へ触れる。
ルートブレイカー。
鉄骨を通じてカオルの力へ絡みついていた能力が、一瞬だけ途切れ――
鉄骨が僅かに下がるのを見逃さず、シンシアはすかさず懐へ入り、カオルの腰へ腕を回した。
「なっ――」
「拳を振るうのも、投げ飛ばすのも、どちらも喧嘩の一種です!」
そのまま持ち上げる。
鉄骨ごと、カオルの両足が地面を離れた。
「うおおりゃーっ!」
シンシアは勢いよく身体を捻り、カオルを警察署の外壁へ叩きつけた。
轟音。
壁面が大きく陥没し、亀裂が蜘蛛の巣状に広がった。
コンクリート片がぱらぱらと落ちる。
「シンシアさん!」
境華の声が飛ぶ。
「はい!」
「か、壁が……」
シンシアは振り返り、今しがたカオルを叩きつけた場所を見る。
「あら」
罅は思いのほか広い。
あと一度でも同じことをすれば、本当に壁へ穴が開きそうだった。
「……もう少し、後で戻しやすい形にした方がよいのでは」
「そうですね」
シンシアは少し考える。
「戻す時のことは後で考えましょう!」
「今が、考える機会だったと思います」
「細かいことはいいじゃないですか!」
「……そうですか」
境華は一度だけ目を伏せた。
たぶん、よくはない。
瓦礫を払って、カオルが壁から身を起こした。
「淑女ってのは、もっとこう……上品なもんなんじゃねえのか?」
「あら、上品にとても美しく決まったでしょう?」
「どこがだ! 壁が凹んでんだろうが!」
言い合う背後では、境華が静かに息を整えていた。
「これが、淑女の喧嘩……」
「おい、その女を基準にしない方がいいぜ」
「カオルさんに言われていますよ、シンシアさん」
カオルが鉄骨を大きくぶん回す。
それは一撃目でシンシアを下がらせ、二撃目で境華ごと周囲を薙ぎ払う大ぶりの振り方。
境華は羅紗を引き、飛んできた防護板を盾にした。
鉄骨が鋼板を砕くが衝撃までは殺せない。身体が後ろへ押され、足袋の底が瓦礫を擦った。
それでも金の瞳は、カオルから離れない。
力。
速度。
迷いなく振り抜かれる鉄骨。
それは分かりやすく、明快な物語だった。
ならばそれに応じる言葉もまた、遠慮する必要はないのだろう。
「――さあ! 境華さんもご一緒に!」
シンシアが崩れかけた壁を指す。
「この辺りを丸ごと!」
「丸ごとですか」
「カオルさんが隠れられないようにしましょう!」
「それをしますと、建物も相当壊れるのでは」
「もう壁は凹んでいます!」
「シンシアさんが凹ませたのですが」
「では、今更少し増えても変わりません!」
境華は周囲を見回した。
外壁には大きな亀裂。パトカーの屋根は潰れ、机は砕け、防護板は原形を失っている。
この惨状の1/3ほどは、たった今シンシアが作ったものだった。
「……確かに、ここまで来れば」
境華は小さく息を吐く。
「少しだけ壊しても、あまり変わりませんね」
「よく言いました!」
境華が両手を広げる。
周囲の空気が静まり返った。
「物語は我が手に――」
カオルが詠唱に対して鉄骨を構える。
「星々よ、その矢をここへ顕したまえ」
が。
上空に、無数の光が灯る。
ひとつ。
十。
百。
夜でもない空に星々が現れ、鋭い矢となって地上へ向いた。
カオルが薄く笑う。
「……おい、絶対少しじゃ止まらねえだろ」
「少しだけです」
「嘘つけ!」
言葉の終わりと同時に、幾万の星の矢が降り注ぐ。
カオルも鉄骨を振り回し、真正面から迎え撃った。
一撃ごとの威力は小さい。
だが三百に及ぶ残響は、鉄骨を叩き、地面を穿ち、周囲の壁とバリケードを容赦なく粉砕していく。
カオルは鉄骨を路面へ打ちつけ、巻き上がった砂埃の中へ姿を隠した。
「見えなくても問題ありませんよ」
境華は攻撃地点を広げる。
机の陰。
瓦礫の山。
警察署の柱。
逃げ込めそうな場所を、建造物ごと光の矢で撃ち抜いていく。
「無差別かよ!」
堪らず粉塵の中からカオルが飛び出したが、同時に鉄骨が境華へ迫る。
その間へ、シンシアが割って入った。
「境華さんから離れてください!」
右掌で鉄骨へ触れ、能力を打ち消す。
直後。
「からの!」
拳を引く。
「右ストレート!」
カオルの頬を拳が真正面から打ち抜いた。
身体が回転し、星の雨の中へ吹き飛ぶ。そこへ境華の光箭が追いすがる。
カオルは鉄骨を盾にしながら地面を転がり、先ほどシンシアによって罅を入れられた外壁へ突っ込んだ。
そして今度こそ――とても綺麗に、壁が抜けた。
✦
轟音とともにコンクリートが崩れ、カオルの身体が署内へ消えた。
音が途切れる。
粉塵が晴れた時、正面玄関の周囲からは、バリケードも、壁の一部も、車両も、ほとんど消えていた。
視界を遮るものはない。
警察署の内部まで、たいへんよく見渡せる。
シンシアが満足げに腰へ手を当てた。
「いやあ、大技が決まって、たいへんに風通しがよくなりましたね」
「随分と、開けた場所になりました」
境華が呟く。
その声には、ほんの僅かな後悔が混じっていた。
瓦礫の海。
削られた外壁。
半ば吹き飛んだ正面玄関。
「やりすぎたでしょうか」
「そうかも、しれません?」
「疑問形にしないでください」
「ですが、進みやすくはなりましたよ」
「それは、そうですが」
瓦礫の奥から、鉄骨が突き出た。
コンクリート片を押し退け、カオルが立ち上がる。
額から血を流しながらも、目はまだ死んでいない。
「……ですが、まだ終わりではないようですね!」
シンシアが笑う。
境華も小さく笑い、星の矢をカオルへ向けた。
そしてカオルは、歪んだ鉄骨を担ぎ直す。同じように、笑顔で。
「ああ、まだだ。二人まとめて来い!」
「では、遠慮なく!」
「その招待、最後までお受けします」
もはや正面玄関と呼べるものさえ残っていない戦場で、三人の喧嘩が再び始まった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
睡眠寺・静時今まで見たことがある喧嘩は
一対一もあれば、一対多数もございましたが
…後者は喧嘩というよりリンチだったかも知れぬ
うちもタイマンで挑みましょう
喧嘩師はパワータイプ
ならば正面から行くのは悪手ですな
相手の重心を崩してからの攻撃や、フェイントからの不意打ちを狙ってみます
単調な動きや攻撃ではすぐに防がれてしまうでしょうから
地形の利用や武器落としや、√能力の使用、人間の急所と思われる身体の中心を狙ったり、なるべく色々やってみましょう
あと、彼女に掴まれたら骨とか砕かれそうなので、掴まれないように頑張ります
鉄壁、鎧砕きも使えるかしら
もしも防御が上手くいかなくても、血ィ出るのって初めてかも。喧嘩って楽しいですなァ
睡眠寺・静時(h01690)はのんびりと顎へ指を添えて正面玄関を眺めた。
横倒しのパトカー。
積み上げられた机や防護盾。
砕けたコンクリートの上では、敷島・カオルが巨大な鉄骨を肩に担いでいる。
「今まで見たことのある喧嘩には、一対一もあれば一対多数もございましたが」
「あ?」
「後者は喧嘩というより、リンチだったかもしれませぬ」
「何の話だよ」
静時は朗らかに笑う。
「いえいえ、うちもタイマンで挑みましょうと思いましただけです」
「へえ」
カオルの目が、僅かに楽しげに細められた。
「楽しむなら、なるべく公平な方がよろしいでしょうから、」
が、静時の言葉が終わるより早く、カオルの鉄骨が振り下ろされた。
「わお」
迫る鉄骨を冷静に見た。静時は正面から受けない。
半歩だけ横へずれると、鉄骨が地面を叩く寸前に瓦礫を蹴り上げた。砕けたコンクリート片がカオルの顔へ飛ぶ。
「パワータイプへ正面から行くのは悪手ですからなあ」
カオルが顔を背けた隙に、静時は鉄骨の内側へ潜り込む。
肘。
脇腹。
膝裏。
拳を一発ずつ打ち込み、重心を少しばかり外へずらす。
「軽いぜ、おまえ」
「ええ、ええ、一発で倒すつもりはございませんから」
返された鉄骨を、横倒しの防護盾へ滑り込んで避け――
――うわ、鋼板が一撃で潰れた。
「うわあ」
静時は、心底楽しそうに目を輝かせる。
「こりゃあ掴まれたら骨まで砕かれそうですなァ」
「試してみるか?」
「遠慮いたします」
笑顔のまま後退する静時をカオルが追う。
静時は逃げながら、机を倒し、警棒を蹴り上げ、散乱していた備品を次々と足元へ滑り込ませた。
カオルが投げられたものをブルドーザーのように一つずつ踏み砕く。
「逃げてばっかじゃ喧嘩にならねえぞ!」
「ですねえ……では、こちらから参りましょう」
急に静時が振り返った。右拳を大きく引く。
カオルが反応して、鉄骨を構える。
だが、拳は来ない。
静時は腰を落とし、足払いを仕掛けた。
「フェイント!?」
「はい」
軸足を払われ、カオルの身体が傾く。
その肩口へ掌底。続けて鉄骨を握る手首を蹴り上げる。
――しかし、鉄骨を落とすには至らない。静時の場所を補足した鉄骨が、無骨に横薙ぎに振るわれる。
後ろは壁。今度は避けきれない。
静時は両腕を交差し、身体の中心だけは守った。
衝撃。
骨が軋み、身体が防護板の山へ叩き込まれる。
「っ!」
口の中に、鉄の味が広がる。
唇も切ったらしい。指先で触れると、赤い血がついた。
「……へえ」
静時は目を丸くした。
「血ィが出るのは、初めてかもしれませぬ」
「今さら怖くなったか?」
「いいえ」
ゆっくりと立ち上がる。
いつもの笑顔は変わらない。
だが、その奥で何かが僅かに目を覚ました。
そんな気がした。
睡眠と静謐を与えられる前の、自分という名の何者か。
「喧嘩って、楽しいですなァ」
カオルが一瞬、黙る。
「……お前、笑い方が変わったぞ」
「そうでしょうか?」
静時は首を傾ける。
指先が、カオルの背後を示した。
「愛染」
何もなかった空間に無数の光点が浮かぶと、レーザー光線が一斉にカオルに向けて降り注いだ。
一発ごとの威力は小さい。
だが数が多い。
正面。
側面。
頭上。
足元。
三百に及ぶ光線が、カオルだけでなく周囲の瓦礫や防護板、壁面を容赦なく撃ち抜いていく。
「タイマンじゃなかったのか!」
「うち一人で撃っていますので、タイマンでございましょう?」
「屁理屈だ!」
カオルが鉄骨を振り回し、光線を弾き、範囲ごと薙ぎ払う。
その影へ静時は紛れた。
瓦礫に隠れ。
光の明滅に姿を消し。
カオルの視線が逸れた一瞬に懐へ潜る。
「なっ、」
すかさず手首を掴み、肩を入れる。
投げるのではない。重心を崩し、身体の中心を晒させる。
「ここでしょうか」
拳を叩き込む。
鳩尾。
カオルの息が詰まる。
続けて顎へ掌底。
身体が仰け反った。
「うちは、人間の急所にはあまり詳しくありませんが」
静時は楽しげに笑う。
「真ん中を狙えば、大体そんなようなモノでしょう」
「雑な理屈で的確に殴んじゃねえ!」
カオルが鉄骨を手放し静時の腕を掴もうとするが、静時はするりと抜けた。
「危ない危ない」
「ちょこまか逃げんな!」
「骨を砕かれるのは、さすがに困りますからねえ」
「血は喜んでたくせに!」
「それとこれとは別でございますよぉ」
一度カオルから距離を取った。血の滲む唇を舐め、構え直す。
「うちは面白いことが好きなだけです」
静時は笑う。
「――そして今は、あなたがとても面白い」
「上等だ」
カオルが鉄骨を担ぐ。
「次は捕まえる」
「では、うちは捕まらぬよう頑張りましょう」
光線が再び浮かぶ。
鉄骨が唸る。
静時の笑顔はずうと陽気なまま。
ただ、その足元から伸びる影だけが長く、静かに揺れていた。
🔵🔵🔵 大成功
七・ザネリ喧嘩の相手をお望みか?
そりゃあ、俺が呼ばれたと同義だな。
『名悪役』
「名悪役とは、」
仰々しく両手を広げ、語るは、悪役の美学
名悪役とは、予測不能であり
名悪役とは、ユーモアがあり
名悪役とは、ただひとりである
そう、この俺だ。
自己紹介は以上。
ひひ、挨拶は大事だろ?お前を今から嬲る男だ。
女、まずは賛美を贈るとしよう
おまわりの根城の占拠か…
ガキの浪漫を叶えたようで大変可愛らしいじゃねえか
夏休みの日記に書くのか?微笑ましいな
お前を嬲る理由が出来て結構、
これでクソカワイイガキからの小言はねえな
さ、喧嘩屋、ぜひ買ってくれ。
この場の悪役はただひとりで良い。
俺は逃げ足が速い
鉄骨の上に飛び乗ることも容易く
おちょくるためのステップは軽やか
そう、散々揶揄った後に、突くのが一等好きだ
俺は河川敷で殴り合って相打ちなんてのは御免でね
お前がひとりで来ようが、数で攻めるのが定石
今日の天気は晴れ時々、赤い傘
今、そう決めた
ああ、悍ましいシナリオ通りだ
いかにも、という舞台だった。
七・ザネリ(h01301)は煙草臭い外套のポケットへ両手を入れ、猫背のまま正面玄関を見上げた。
夏の日差しに焼かれた瓦礫の上で敷島・カオルが鉄骨を担いでいる。
「喧嘩の相手をお望みか?」
カオルが顔を上げる。
「あ?」
「そりゃあ、俺が呼ばれたも同義だな」
ザネリはゆっくりと両腕を広げた。
大仰に。
芝居がかって。
まるで、誰も頼んでいない舞台の幕を自ら上げるように。
「名悪役とは――」
「いきなり何だ」
「黙って聞け。挨拶は大事だろうが」
ザネリの口元から、尖った歯が覗く。
「――名悪役とは、予測不能であり」
足元へ黒い染みが広がった。
「名悪役とは、ユーモアがあり」
黒は水ではない。
粘つくインクの海となって、割れた路面も、横倒しの車両も、瓦礫の山も呑み込んでいく。
「名悪役とは、ただひとりである」
警察署前の景色が塗り潰される。
真夏の青空さえ、舞台背景のように薄っぺらく遠のいた。
インクの海の中央で、ザネリは胸へ手を当てる。
「そう。つまり、この俺だ」
沈黙。
カオルは鉄骨を担いだまま、しばらくザネリを見ていた。
「……終わりか?」
「ああ、自己紹介は以上」
ザネリは肩をすくめる。
「ひひ。お前を今から嬲る男だ。顔ぐらい覚えておけ」
「気に入らねえな、お前」
「光栄だ」
その返答だけは妙に早かった。
ザネリはあらためてカオルを眺める。
鉄骨を軽々と担ぐ細腕。瓦礫の頂に陣取り、誰が来ようと退く気のない姿。
敵を待ち構える様は勇ましく、それでいて、どこか子供じみている。
「では女。まずは賛美を贈るとしよう」
「いらねえ」
「おまわりの根城を占拠とはな。ガキの浪漫をそのまま叶えたようで、大変可愛らしいじゃねえか」
カオルの眉間に皺が寄る。
「夏休みの日記にでも書くのか? 『今日は警察署を秘密基地にしました』と。微笑ましいな」
「……お前、死にてえのか?」
「まさか。死ぬのは嫌いだ」
ザネリは懐から、赤い傘を一本取り出した。
開く。
真昼の警察署前に、鮮やかな赤が咲く。
「だが、お前を嬲る理由ができて結構」
ふと、脳裏に小柄な少年の顔が浮かんだ。
王冠を被った、口の悪い、クソカワイイガキ。
警察署を取り戻せだの、要塞ごと壊せだのと、こちらへ好き勝手な役を押しつけてきた少年。
ここで真面目に働かなければ、後で何を言われるか分かったものではない。
「これでガキからの小言もねえな」
「誰の話だ」
「お前には関係ない」
ザネリは赤い傘を肩へかけた。
「さあ、喧嘩屋。ぜひ買ってくれ。俺の喧嘩を」
インクの海が波打つ。
「この場の悪役は、ただひとりでいい」
目の前の名悪役の言葉を止めんと、カオルが地を蹴った。鉄骨の射程まで一息に跳ぶ。
だが、ザネリは、もうそこにはいなかった。
「遅いな」
鉄骨の上に、長い脚が乗る。
いつの間にか、ザネリは振り抜かれた鉄骨の上へ飛び乗っていた。
赤い傘を差し、綱渡りでもするように軽やかに歩く。
「てめえ!」
「鉄骨は乗り物としては悪くない。少々揺れるが」
カオルが鉄骨を跳ね上げる。ザネリは宙へ投げ出される寸前に跳び、黒いインクの水面へ着地した。
靴底は沈まない。
舞台の主役である彼を支えるように、黒い海が柔らかく波打つ。
カオルが追い、鉄骨を横薙ぎに振るい、ザネリの胴をまとめて叩き飛ばそうとする。
それもザネリは上体を反らし、紙一重で避けた。
外套の端が鉄骨に触れ勢いよく裂けるが、そのまま踊るような足取りで男が後退する。
一歩。一歩。
カオルが踏み込むたび、ザネリは僅かに先へ逃げる。
追いつけそうで、あと少しが届かない。
「逃げ回ってんじゃねえ!」
「逃げ足が速いのは、悪役の必須技能だ」
「喧嘩しに来たんだろうが!」
「河川敷で拳を交わして、夕日の中で相打ち。そんな爽やかな青春は御免でね」
ザネリは指を鳴らすと、インクの海から無数の赤い傘が浮かび上がる。
閉じた傘。
開いた傘。
どれもこれもが、血のように赤い、
「お前がひとりで来ようが、数で攻めるのが定石だ」
「傘を人数に数えんかよ」
赤い傘が一斉に飛ぶ。
カオルは鉄骨を振り回した。
一撃。
傘が砕け、赤い布が宙を舞う。
二撃。
半径一帯を薙ぎ払い、傘の群れをまとめて吹き飛ばす。
それでも、すべては落とせない。
鉄骨の死角から一本。
背後から二本。
足元のインクから、さらに三本。
石突が肩を、脇腹を、太腿を狙う。
「鬱陶しい!」
カオルが砂埃を巻き上げ、その姿を隠した。
黒いインクと灰色の粉塵が混ざり合い、視界が潰れる。
だが、この海にいる限り、ザネリの攻撃は逃さない。
「今日の天気は、晴れ時々――」
赤い傘をくるりと回す。
「赤い傘」
傘での攻撃を受けながら、粉塵の中からカオルが跳んだ。
ようやっと鉄骨が一発、ザネリの肩口を捉える。
たかだか一発。
が。傘とは質量が違う。
鈍い衝撃に骨が軋み長身が宙を舞った。そのままインクの海へ叩きつけられ、黒い飛沫が上がる。
「どうした、悪役!」
カオルが迫る。
ザネリは倒れたまま、口の中へ広がった血の味を噛みしめた。
苦い。
痛い。
ひどく不格好だ。
だから、笑った。
「ひひ」
「あ?」
「悪役が一度も殴られねえ話なんざ、面白くもねえだろうしな」
インクの中へ手を差し込む。
赤い傘を掴み、勢いよく引き抜いた。
カオルが鉄骨を振り下ろす。
ザネリは傘を開く。
受け止められるはずもない。
赤い布は裂け、傘骨が砕け、鉄骨が肩を掠める。
だが、傘が壊れた一瞬。
カオルの視界から、ザネリの腕だけが隠れた。低い位置から身を起こす。
「俺はそうやって散々揶揄った後にな、――こうやって突くのが、一等好きだ」
折れた傘の石突が、カオルの脇腹へ突き込まれた。
「ぐっ!」
カオルが後退する。
ザネリは追わない。
インクの海を蹴り距離を取る。殴り合いに付き合う気など、最初からない。
赤い傘が再び浮かぶ。
一。
十。
百。
夏空を覆うように、夥しい赤が警察署前へ広がった。
ザネリは片腕をだらりと下げたまま、無事な手で傘を掲げる。
「ああ。悍ましいシナリオだ」
赤い傘が降る。カオルが鉄骨を振るう。砕けた傘の群れの向こうで、ザネリは笑っている。
一本の傘が鉄骨へ絡む。
続く二本が、カオルの腕を左右から縫い止める。
カオルは力任せに引き千切った。
瞬間。
頭上からザネリが降る。
「この場の悪役は、ただひとり」
折れた傘を槍のように構え、真っ直ぐ胸元へ突き下ろす。
「俺だと言っただろう」
石突が身を捻ったカオルの肩口へ刺さる。同時に、振り上げられた鉄骨がザネリの脇腹へ食い込んだ。
二人の身体が弾けるように離れる。
ザネリはインクの海を転がり、片膝をついた。
呼吸が詰まる。
肋骨が何本か、ひどく嫌な痛み方をしている。
それでも立つ。
外套は裂け、髪は乱れ、目の下の隈はいつにも増して濃く見えた。
カオルも肩に刺さった傘を引き抜き、投げ捨てる。
ザネリは尖った歯を見せた。
「それで、まだ買うか? 俺の喧嘩を」
カオルは鉄骨を担ぎ直す。
「最初から大量に買ってるよ」
「結構」
赤い傘が再び開く。黒いインクが、さらに深く警察署を呑み込んでいく。
正面から力をぶつける喧嘩師。
物語も、数も、逃げ足も、使えるものは何でも使う名悪役。
相容れないからこそ、互いに退く理由はなかった。
「なら、もう一幕だ」
「次はその減らず口ごと叩き潰す!」
「やってみろ、喧嘩屋」
鉄骨が唸る。
赤い傘が舞う。
名悪役の決めた悪天候は、まだしばらく止みそうになかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
