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シナリオ

契約の履行、捕食者と被捕食者

#√汎神解剖機関 #ノベル #グロテスク #榴



 吊り橋の上で戯れる行為を『ひと』は『効果』として説明するものだが、この『効果』は果たして、尋常ではない『もの』でも成立するのか否か。
 ……貴方様は、優しい、ですね。
『――急に何を。ぼくは、警告をしているのだ』
 人間は弱い生き物だと、人間は脆い生き物だと、我が身を以て理解してきた。理解をしてしまったのだから、把握をしてしまったのだから、それを易々と変質させる事など出来ない。いいや、オマエの身体であれば、身体を弄ってくる連中であれば、変質させる事など容易と謂えよう。結局のところはオマエ、何もかもに怯えているからこその駆け込み訴えではなかろうか。此処が何処なのかを、己が何者なのかを、一所懸命に手繰り寄せたとしても、彼方、足の先には逃走の為の経路しかない。そうとも、負け犬なのだ。オマエは、己自身の罪すらも失くして、忘れて、永遠とやらに巻き込まれている。巻き込まれたとして、それが、当たり前にならないよう必死に狼狽えているのだ。これはオマエの叩きつけた、現実への『否』に過ぎない。たとえ、目覚めたとしても、眠り惚けていたとしても、代わりの者なんてのは出現しないのだ。影が見える。音が聞こえる。己の胸中に陰っている感情の名前が欠片ほどにも思い出せない。いやいや、思い出せないからこそ良かったのではないか。息が上がる。呼吸困難に陥ったかのような苦しさに、混迷に……如何にか意識が繋がっている様子……。微々たる眩暈に圧し掛かった頭蓋の重たさ、その中身のイヤラシサ。ふと、無理やり球状のそれを持ち上げたのなら――其処には停滞。もはや、手痛い仕打ちには懲り懲りだ。故に、逃走とやらを、投身とやらを、完全にする為には藁すらも利用せねばならない。いったい、目の前に聳えているのは如何様な暗澹だろうか。鬱々とした雰囲気に流されて、踊らされて……躍るかのような心身を滑り込ませる。さて、待ち受けているのは静寂か喧騒か。感々と啼いた廃墟の戸口とやらを、意を決して、開いてやった……。お邪魔しますの一言すらもない。響いているのは己の足音だけ。かつん、かつん、かつん――空間を苛め抜くかのような足音に何が被さる。跫音……。おんなじだ。おんなじような、闇が、無が、しんしんと憑依するかの如くに。耳朶へと。脳髄へと。自我へと……。夢を見ているのかもしれない。自分は、まだ、病院のベッドで横たわっており、管に繋がれて、横線のお友達として……。
 脳髄で――この場合の脳髄とは『似通った器官』なのだが――飼っているヨグ・ソトトの肉腫については、最早、肺臓のようなものに等しい。連結されているアカシックレコードのイヤラシサに関しては、しっかりと、劣化のようなものを辿っている。ソレが落ちたのは、ソレが堕ちたのは、いつの頃だったのだろうか。時を遡る事が可能だったとしても、時を越える事が可能だったとしても、どこにも『ソレ』の母や父を見定める術はないと謂えよう。何せ親が概念だからだ。いや、概念と『言の葉』にするのも人の罪なのかもしれない。『無』が嗤うなんてありえない。『闇』が白んでいるなんてありえない。ありえないの連続こそが、連鎖こそが、災厄の種になると謂うのは『ありえてしまう』事なのだが――故に、立ち入ってはならないのである。KEEP・OUTだ。真っ黄色な横線やら斜線やら、盲目でなければ絶対に『わかる』危険な地帯。痴態を晒しても絶対に『入りたくない』空間のおぞましさ。これを、まったくの関心なく這入り込んでくる輩など……何処か、抜け落ちていたって仕方がないものか。ああ、まさか。まさか、だ。この廃墟に、オマエの為の胎内に、逃げ込むようにやってくる知的存在がいるとは、想定外にも程がある。内部に足を運ぼうとする輩など、精々が自殺志願者か狂った研究者くらいなものである。あったと謂うのに、この人物は――自らの墓を掘ろうとしているようだ。今すぐに警告をしなければならない。警告をして、警鐘を鳴らして、早々に立ち去ってもらわなければならない。だが……衝動とやらは、無と闇より齎された欲望とやらは、理性の殻を突き破る事しか考えていない。眠気? 睡眠ならたっぷりと『した』ところだ。してしまったところだ。だから、今の己の内側には……ふたつの欲求だけが残されている。我慢? 如何して我慢する必要がある? 我慢は身体に毒だと己が己に報せたのではなかったか。知っているさ。知っている。迷い込んできた仔羊の皮と肉と骨は――無駄にしてはいけないと、教わらなくても、知っていた。されど、きっと、迷える仔羊は文字の通りなのだ。もしかしたら、出て行ってくれるかもしれない。期待していないと自嘲してしまうと嘘にはなるが、精々が、嘘を貫き通せるくらいまでには、帰ってくれると願う他なし……。虚空、呑み込んでしまいたいが、歌うしかない。
 歌うとは如何様な意味なのか、謳うとは如何様な行為なのか。その内容については仔羊の貌が描写の代わりになるだろう。見えない怪物が、インビジブルが哄笑をするかのように、廃墟に置かれていた『あらゆるもの』が喚き散らかし始めたのだ。騒霊のような、ポルターガイスト現象のようなドッキリに仔羊は目を回したのか。違う。あの仔羊が驚いている原因は『見えない怪物』の、インビジブルの『仕業』ではないと、確信したからだ。つまり仔羊は『この廃墟に誰かが棲んでいる』のだと、理解が進んでしまったのだ。仔羊はぐるりと、自我の儘に、観察の為に目玉を動かす。ようやくだ。ようやく、言の葉らしい言の葉が仔羊の唇から、声帯から、こぼれる。……あの、僕は、四之宮・榴、です……実は、今、僕が、居てもいい場所を……探しているのですが……。図々しい願いだろうか。肝が据わっていると謂うべきだろうか。藁の代わりに掴めそうだった得体の知れなさ。たとえ相手が鵺であろうとも、猿虎蛇であろうとも、不審な連中を相手にしているよりかはよっぽどマシである。……あの、おはなし、しませんか? こう見えても、僕、一応は……お仲間みたいな、ものです、ので……。何がお仲間なのだろうか。見えているから、だろうか。しかし、あの迷える仔羊の表情は――何処かで見た事がある、そんな気がした。やらない善よりやる偽善。虚空の傍らに置いてあったのは哀れな憐れないつの日かの木乃伊。ああ、余計に、衝動が圧し掛かってくる。ごくりと、咽喉が、胃袋が、情念が、獣のように吼え狂っている。『――最終警告だ。逃亡するなら、今の内だぞ?』発声はしない。発声などしなくとも、脳髄を弄るかのように囀れば伝わるものだ。この気味の悪さで、この無気味さで、逃げてくれるのであれば――それは『それ』で大団円なのかもしれない。大団円であるならば、ひとつの『獣』が餓えや渇きに蝕まれるだけで――それでも、いいだろう。……僕は、√能力者です。……死んでも大丈夫、ですし……痛いのにも、慣れていますので……。限界だ。そうとも限界だ。柔らかそうな、甘そうな、肉の汁気を前にして、如何して人間性を保っていられる。『――本気か? 本気なのか? ならば、契約をするとしよう。ぼくは災厄だ。それも、人を喰うような災厄だ。それでも、居座りたいと謂うのならば』返答は遅かった。悩んでいたのだろうか。ああ、悩んでいた。迷える仔羊は如何様にして『肯定』を返すのか、言の葉に悩んでいたのだ。……構いません。……僕は、食べられるのにも、慣れているので……。最早、大団円はなくなった。最早、機械仕掛けの神は完膚なきまでに打ち壊された。アカシックレコードに罅が入り、ヨグ・ソトトは蠢動を開始する。『――しかと、その言葉は受け取った。なら、その覚悟を無碍にしない為に、その意思を、意志を、泥塗れにしない為に、ぼくも覚悟を決めよう』覚悟。覚悟とはいったい『なに』であろうか。仔羊の頭が、首が、フクロウ程ではないが傾いていく。己は何を約束してしまったのか。己は何と契約してしまったのか。そんな、当たり前に浮かぶべき思いも、仔羊の墓穴センスには敵わないらしい。此処で世界が縮まった。廃墟そのものが縮こまったのかと錯覚するほどに、距離が詰められる。琥珀色に重なったのは果たして赤なのだろうか、黒なのだろうか。いや、そもそもこれは本当に目の玉なのだろうか。まったくお互い様な状況でのご挨拶ではある。『――では、もう遠慮はしない。ぼくの欲求に、ぼくの存在に、従うとする』ふわふわと、二人の間に潜り込んできたのは海月である。何方かと謂えば『水母』の方が適切であろうか。母のように、水のように、くらくらと――水母は海老に導かれるようにして、遊泳をしていた。
 敵意などない。敵意などないし、むしろ、この仔羊に対しては『母蜘蛛』のようなぬくもりさえも覚えてしまう。まるで己が、己自身の外見に引っ張られたかのように錯覚をしたが、成程、これは錯覚ではないのかもしれない。孵化をしたのだ。己は久方振りに卵の殻を破り、腹を空かせたひとつの災厄としての『本性』を発揮出来るのだ。ごくりと、唾液らしきものを呑み込んだのならば、抑え込まれていた触手が襤褸を突き破って、出現する。『――これが、ぼく。ぼくなのだ。これが、ぼくの正体なのだから、そろそろ、名乗っておくとしよう』それにしても『四之宮・榴』とは据え膳がひどいのではないか。そんな事を想いながらも『人間災厄』は念を押し付ける。『――ウムル。ウムル・ヴォイド。人間災厄「無闇」のウムル・ヴォイド。ぼくからの仕打ちを受けても、尚、正気でいられるのであれば、記憶しておくといい』嗤いかけてきた触手と、笑いかけてきた災厄、そのふたつに挟まれた仔羊は最初に己の服が腐っていく事に気付くだろうか。……ッ……この……においは……? 災厄のローブよりもボロボロにされた。ところどころで『こんにちは』をした、肌色の白い加減。災厄にとっての仔羊とはおそらく――砂糖をまぶしたドーナツに近しい馥郁か。ずるりと、触手が咽喉へと這う。這う這うの体など今更だと……冷たいものが顎を撫でる。顎の下あたりを舌で舐るかの如くに、ゆっくりと、抉れ……抉れ……抉れ……。『――ぼくは、こんな見た目でも『博識』と謂われていてね。確か、こういう時にはネクタイを贈るのがお約束だと聞く』まるごと摘出された声帯。今にも結ばれそうな蝶々の儚さ。……? ……? 食事は静かに『する』ものだ。この考えには見えない怪物も、インビジブルも頷いてくれた様子である。『――確かに。慣れているようだ。慣れているから、良い、わけではない筈なのだが。その点は、いったい如何思っているのか』するりと、触手が喉元をすぎる。熱いお茶ではないのだから忘れる事なんて出来やしないか。次は何処を食べてしまおうか。次はどの部位で食欲を満たそうか。そうして、視線を落としてやったならば、かわいらしい腹部。ここだ。ここが、いい。腸をメインにした場合、時間をかけて、ゆっくりと、長いこと愉しめるはずである。『――今から、お腹を裂いて、弄って、腸を味わうとしよう。ぼくが長く愉しめるように、生きていてくれれば、それだけでぼくは、幸運なのかもしれない』触手が、触腕と交代した。ヤケに鋭利な異形の腕、その爪先が仔羊の『お腹の皮』に届き、そのまま、ぶち、と潰すように。びくんと、仔羊の身体が反応したが、情けも容赦も要らないと。ずぶずぶ、爪先を喰い込ませる。まるでカッターナイフだ。ダンボールを解体するかのような勢いで、びりびりと裂いていく。良質な中身とのご対面だ。インビジブルのおかげで常に『きれい』な中身。これは、焼肉にする方が如何かしているレベルの極上だ。涎が、粘液が、こぼれて、あふれて、仕方がない。『――困った。ぼくが想像していたよりも、榴、美味しそうに見えている』見えていると口にしたのは同時であった。たっぷりと詰まっていたザクロ・ジュースの味わいは度し難くも己に合っていた。もっとだ。もっと、欲しい。この仔羊の出来立ての麺麭の香ばしさに――それこそ、適うものなしか! 何度も何度も、啜ったりと千切ったりと繰り返した。反芻しても反芻しても『なくならない』腸の地獄に、いよいよ災厄は顔までもを突っ込んだ。びくびくと、良い反応を続けてくれている仔羊。食欲のお隣さんにも刺戟されている。これは、やるしかない。もう、やるしかない。念話をしようと試みたところで、息が荒くなって、脳が熱を孕んでいて、いや、それよりも――己の肚の下あたりが――滂沱を欲していて――たまらない。ローブは不要である。本当の真っ赤な瞳が仔羊の『目』と合わさった。ギラ憑いている。ギラギラとしている。獣性はその真骨頂へと昇りつめた!
 食べられる事には慣れていた。痛めつけられる事にも慣れていた。だが、この、凶暴な魔羅についてははじめての経験であった。目と目が合ったばかりだと謂うのに、仔羊は逸らす事に必死となった。熱を孕んでいる、痙攣をしている、自分自身よりも不安定な代物は。四肢を動かして逃れようとしても――契約は契約だ。呆気なく、自分はだるまさんごっこをしている。インビジブルは、見えない怪物は『知らんぷり』をしていた。何かが、ああ、後戻りできない『こと』が現実に起きている。たとえ『元に戻せた』としても、この経験を拭い取る事など出来はしない……。何故かは不明だ。わからないけれども、このタイミングで声帯が、舌が治されている。……はぁ……っ……いっ……これ、で……僕は、此処に、居ても……っ……ァ……。流れ込んでくる神秘、人間災厄の『無』と『闇』。結実したとしても、きっと独占の為の榴なのだから。何度目かの摘出の餌食と見做されるに違いない。『――此のような仕打ちを受けても尚、まだ居たいと……?』正気だ。正気の沙汰だ。己を手放せないほどの正気の沙汰だ。これは、もう、嚥下するしかない。『――此処までしてくれたんだ、拒否する理由がない。榴にとって、当たり前かもしれんが、ぼくにとっては、有難い申し出だ。好きなだけ、好きなように、此処を居場所にしたいならすれば良い。また襲う……いや、襲う頻度は増えそうだがな』骨の髄を取り出して、掻き出して、咽喉を潤す。このような甘味、このような甘美、依存してしまいそうで、本当に狡く感じる。……っ……僕がお役に立つのなら、構いません。水母が被さったならば、ああ、贋作は本物のよりも美しく治っていく。治ったばかりで悪いけれども、悪いなどとは微塵も思っていないけれども、再生だ。
 熱いもを吐き出したばかりで申し訳ないが、申し訳ないとは微塵も考えていないが、貪れるだけ貪っておく。束の間のひと時に安らぎ在れ、右の手だけは隠れていた。
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