シナリオ

争えぬは血ばかりか

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●_年前3月某日『或る暗殺者』
 今回は長い仕事だ――背乗りした戸籍で大学に入学し、三河珠輝という青年と友人になる所からはじまる。
 依頼人の望みは『珠輝を大明司本家の娘のふゆと番わせる』

 歴代当主が村の女を片端から孕ませた結果、血が濃く育たぬ子が多い。
 ふゆを産んだのも、現当主の季一郎が人妻に手をつけこさえた娘。
 珠輝の母は故人。考古学研究で来村し季一郎に無理矢理……村から逃げ一人で珠輝を育てあげた。

「まず季一郎が街で|死ぬ《・・》。医者が協力者だ、容易い」
 一つ目の|殺し《仕事》がそれ。
 珠輝に後見人にと請われるよう信頼を築き『婿選びの儀』に同行せよ。
 婿候補は三人。季一郎の胤だ、殺せ。最後を季一郎の母のタキを自害に見せ掛け罪を被せて有耶無耶にしろ。
 以上。

●1年後の深夜『大明司家の蔵にて』
 土床は雪で薄化粧。凍える感触は熱く粘つく液体で上書きされていく――。
「……んぁ」
 赤いセーターが似合う男の口より欠伸のような声。
 寒い。
 熱い。
 赤い。
 粘つく。
 ……生臭い。空気が雑に振動して気持ち悪い。
 |玉巳《た ま み》・|鏡真《きょうま》(空蝉・h04769)は漆黒眼をあらんばかりに開いた。
 人が死んでいる。
 パクリと裂けた首からは血が噴出し陸揚げされた魚のようにびちっびちっと痙攣している。歓談していたかの如く笑みのままで。
「あ、……ぁぁあ?」

【あれは、誰だ】
“彼は三河珠輝、大学の同級生”
【俺は、誰だ?】
“俺は玉巳鏡真、大学1年”
“天涯孤独同士である珠輝は年上の俺に懐き、公私ともに仲が良かった”

 付箋めいた記憶がどうにもしっくり来ない。人が死んでいるのにやけに落ち着いている己も認め難い。
「……おかしいな」
 俺は付箋めいた大学生活の記憶を拒否する根拠も持たない。
 なにも、ない。
『ヒィイ!!』
 丸い光に鏡真の虚ろな横顔が切り抜かれる。
『やっぱり他所もんが勝と鋼を殺したか! ワイは|両月《わち》先生を呼んでくる、見張ってろ!』
(「まさか殺害現場に女を残し医者を呼びに行くとは……」)
 婿候補の栄は考えなしが過ぎると、|詩匣屋《シ カ イ ヤ 》・|無明 《ムミョウ》(百話目・h02668)は呆れ蔵の外壁に背を預ける。
 外套を引っかけた三十男は実は幽霊、ほぼ誰からも視認されない。
「おい」
 なんとまぁ、見える輩が増えやがった。
「そこのアンタ頼む、落ち着かせてやってくれ。俺は……」
 続きは蜂の巣をつついたような騒ぎで潰される。
『貴様ァ!』
 駆けつけいきなり殴りつけたのは両月健次郎だ。銀縁眼鏡の中年は村唯一の医者である。先に二件の殺人現場では冷静に場を宥めていたが、今は見る影もなく激高している。
(「殺人鬼の可能性が高い男に向けて大胆よのぅ」)
『何故珠輝を殺した?! 話がち……ッ、お?!』
 鏡真は最小の動きで掴みかかりを解く。玄人の動きだがどうにも消沈とは噛み合わない。一方の両月は今更怯えへたり込む。
『おい、コイツを閉じ込めろッ! 季一郎は既に鬼籍、ならば私の言うことが絶対だ』
 圧。
 使用人らはギクシャクと鏡真を取り押さえにかかる。
(「ふむ、ふゆが|云《ゆ》うておったのう。両月は|季一郎《父》の弟だが、たまに季一郎は「兄さん」と呼んでおった、と」)
 鞠遊びが好きな『儀式の主役』は“不思議な話をいっぱい知ってるお客様”の無明に夢中。
(「どうれ、わしが見えるお仲間ができたと知ればふゆも喜ぶじゃろうて……」)
 中身がごっそり抜けてしまった虚ろさは、幾らでも怪談話が入る匣からすれば甚く興味をそそる。

●午前4時同所
 鏡真は後ろ手に縛られ蔵に閉じ込められた。
「おい、おい」
 だが幽霊に閂なぞ意味がない。
「お主が殺したのか?」
 さして驚きもせず、鏡真は振りかけた首を止めて唸る。
「憶えてない……名前は? 俺は玉巳鏡真、だ」
「詩匣屋無明、好きに呼べ。しかし奇妙な話もあるもんだ。お主、そこな死体の男とは大層仲良うしておったぞ」
 黙りこくた後で、鏡真は重々しく唇を開く。
「記憶がない」
 間を千切るようにすぐ続けた。
「いいや、あるのか。そいつは三河珠輝、一番の友人だ。苦労して育ったのにひねくれず性根のいい奴だ」
「他には?」
「なぁ詩匣屋サン、逆に聞きたいんだが……俺はどんな振る舞いをしていた?」
 幽霊に全て見ていた前提で聞くとは、鏡真もすっかり|√能力者《こちらがわ》だ。
「ふむ、教えてやろう。珠輝は、旧家云々に萎縮してのう。お主が甲斐甲斐しく代わりに対話役を請け負うとった。珠輝もお主を信頼しきっておるのがありありと見て取れたわい」
「そう、か……」
 腹落ちしない。さっき珠輝を褒めたのもまるでト書きを読まされているようだった。
「珠輝は両月先生から、入り婿になる権利があると説明された、らしい……詳しい内容を俺は知らない?」
「ほうほう両月がのう、で?」
 実体化を誘う為に煙草に火をつければ、唾を飲む音がした。無明はほらと煙草を咥えさせてやる。
「素人に縛られた縄なぞ軽く抜けられるじゃろ? 火はその後だ」
 試しにそう口にすれば、鏡真の腰元で縄が落ちる音がした。
(「やはりか、身体には玄人の動きが染みついておるな」)
 火をつけてやり煙のように話を流すとしよう。
「お主が犯人だったならどうする」
「友人なら真正面からの不意打ちは容易い。裏を返すと、余所者の珠輝を殺したのは友人の俺と疑われるからこの襲い方はしない。なにか事情がありこうなったんなら姿を隠す」
 肺腑にヤニを巡らせスラスラ答える様に無明は瞠目する。
 結論。
(「さて困ったのう。どう考えても、実行犯は目の前の此奴で両月が計画者だ」)
 身のこなしは特別に訓練された者で考察も的確。
 両月が黒幕たる確信もある。使用人は事件のせいで口さがない。
(「両月の元の名は大明路健一郎、長男で元跡取り息子。季一郎よりできた人間と褒めたとか思いきや――」)
“けどアッチが使えないんじゃあねえ”
“本家が跡継ぎを作れないんじゃあアカン”
 公然の秘密、使用人らの忍び笑い。両月の屈辱は如何ほどか。
 記憶を失う前の|殺人犯《鏡真》と協力関係であれば、恐れず近づき殴るのも筋が通る。あとは両月が珠輝に入れあげた理由だが――大方、体外受精でできた隠し子あたりか?
「ふむ、両月の日記でもほじくるか。まぁいい、両月と珠輝はこの件が初対面かのう?」
 額を押さえ記憶を探る鏡真に脂汗が浮く。
「……俺は珠輝に|両月と逢うよう勧めてる《・・・・・・・・・・・》、こんな胡散臭い話を、まじかよ」
 理解不能な『嘗ての己』。匣を開けようか開けまいかと鏡真は煩悶に陥る。
 気の毒そうに瞬く無明だが、思考は冷徹なまでに冷静である。
(「はてさて、目の前にいる此奴ではない鏡真は何故珠輝を殺したやら……」)
 死者の顔に恐怖がない所からも会話の途中で斬られたに違ない。
「今のお主ならば親友である珠輝が怪しい話を相談してきたらどうする?」
「行くなと止める! いや、珠輝は金に困っていたよなぁ。これは願ってもないチャンスか……」
 煮え切らないのが好ましい。こんなグダグダの奴に職業殺人犯は無理だ。
「そもそもなんだって珠輝が殺されてるんだよ」
 珠輝の人の良さを語る奴こそが底抜けのお人好し。よし決めた、味方しちゃろ~。
(「先の二件は死体の口に梅と桜そして飴玉が詰め込まれておった。そ怪異と引っかけていいように仕立てるか」)
 よさげな話はこの家にずっと居たモノに聞くのが一番だ。
「でてくる。少しは寝ておけ」
 そもそもが古い知合いの|毬の付喪神《そやつ》に逢いに来たのだし。

●午前10時半同所
 観音開きの蔵の戸が開き金魚が泳ぎ来た。ああそれは錯覚、金魚の描かれた鞠が鏡真の膝で跳ねて止まったのだ。
『……!』
 無明の影にいた娘がぱちりとまたたき駆けだした。切りそろえた黒髪には金魚の飾り、着物も金魚模様。動きも泳ぐ金魚の如く華麗だ。
『恐いと思うたけど違う。無明が視える人は特別やね、珠輝みたいに』
 ころころと笑う少女の台詞は情報量が多すぎる。
「ふゆは鏡真が恐かったのかい?」
 代わり無明が問いかける。
『うん。ニコニコの奥に溺れると二度とは帰れない沼がある』
 沼。
「そうか、俺には沼があったのか」
 悪しき己を無自覚に過去形に押し込めて、鞠を娘に手渡してやれば無垢に破顔。
『うん、けどもう沼は見えん。鏡真は別のヒト』
「そうか、別の人か」
 安堵で緩む頬を撫で鏡真は愛らしい少女と向かい合う。
「大明司サンは」
『ふゆ、大明司サンは沢山おるよ』
「ふゆサンは、お婿さんがどうのと云われても困るよな。まだまだ遊びたい盛りの子供だもんな」
『んー、お婿さんは探さんと。だってふゆのお婿さんの父様が死んでもうたから』
 しゃらりと金魚飾りを揺らして首傾げ、少女はこの村の暗部を宣う。
「ははは、父親とは結婚できねぇよ。けどそんなに好きな親父さんが死んだのは……」
『んーん。ちっちゃな頃から云われてたん『ふゆは父様にお嫁入りする』て。そこも母様お揃いよって、オババと父様から』 
 ――…………。
 フッと鏡真の眼が沼色に堕ちたのを無明は見逃さない。すかさず話を奪う。
「ふゆ、珠輝もわしが見えると云うたのかい?」
『うん! ふゆが無明の事を話したら自分も見たよぉて』
「ほぉん」
 したり顔で顎を撫で横目で伺うと鏡真はまたまた顔を曇らせている。
『珠輝、秘密の話しよって、真夜中に蔵においでって。だからね、ふゆ昨日はおひるねしたん』
「珠輝が、秘密の、話……」
 鏡真がゴクリと喉を鳴らすのにわざと構わずに、無明はぽんとふゆを撫でた。
「お流れになったんじゃのう。騒ぎになったから出るなと、わしの云うことを聞いてくれてふゆはえらいのう」
『うん! ふゆが蔵へ行くお支度しとったら無明がそう云うて寝るまで|居《おっ》てくれたん嬉しかったぁ』
「……蔵に、珠輝が」
 何かに気づき肩を震わす鏡真を肘でつつく。
「……のう、鏡真よ。わしの姿はふゆにしか見えなんだ。夜中のお主が二人目よ」
 鞠遊びに興じるふゆに聞こえぬようこそりと囁けば、巻いたネジが弾けるように鏡真はドォッと倒れ込む。
「違う、違う、違う……それ俺じゃねえ」
 脳裏には珠輝がやけに興奮して腕を掴む様子が浮かび上がる。
“キョッちゃん。やっと俺に運が向いてきたよぅ”
“あのチビ、殺人で大人も構ってられんと相手したら幽霊見えるとか抜かしてよぅ、話合わせたらコロリよ”
“けどこのままだと生き残りの坊ちゃんに取られちまう”

“|既成事実を作る《■■する》から、手伝って”

「あ、ぁぁあ、たまきぃ……痛ぇっ!」
「うるさい」
 鞠をぶつけて正気に戻す。
 転がる鞠を拾う無明は作ったような悪辣で口元を歪める。
「|此奴《鞠》に聞いた。大明司村が過去にやらかした恨まれそうな話をのう」
 ポイッと床に投げたのは飴玉に花をつけた『金魚の見立て』だ。
「両月とは話がついておる。さぁて、解決編としゃれ込もうではないか」
 そうでもしないと、このお人好しが壊れて仕舞う故。

●大明司家 居間
 元本家跡取りの両月、本家ご母堂タキ、婿候補の生き残りの栄、一人娘ふゆ、あとは容疑者鏡真を前にして、探偵詩匣屋は斯く語る。
 ――全ては『金魚商人の怨念であったのだ』と。
「遙か昔、金魚で財産を築いた男がいた。村八分にされ、家族は飢え死んだ。だから山村では育たぬ『魚』を商売の種に選び大成功。見せびらかしに戻ったんじゃ」
 両月から聞き出した『逸話』を大いに脚色し、まるで見てきたかのように、語る、騙る。神妙に頷く本家の二人、驚く栄、退屈に欠伸し鞠をつくふゆ。
「つまりは、村人に殺された金魚商人の恨みがとうとう実り、大明司家を根絶やしに――というのが事の顛末じゃ」
『阿呆抜かせ!』
 いきり立つ栄に対し、鏡真が「危ない」と叫び覆い被さった。
 ザクリッ!
 目を凝らせば見えたであろうか、鋭利な赤の背鰭が。それは鏡真の背を裂き、血塗れにする。
『金魚様のぉ祟りだぁ!』
 両月の演技が白々しくてうんざりだ。しょうがないので怪奇現象を盛る。ぐおんぐおんと風が巻き、本棚が揺れてテレビの画面が爆ぜた。
「のう、もうやめるのじゃ……おお鎮まってくれるか」
 腰を抜かすタキ。栄は白目を剥いた。ここまでやれば充分かと、無明は『百話目』を結ぶ。当たり前だが怪奇現象は鳴りを潜めた。

●帰路
「詩匣屋、おっかねえなぁ。本当にあったわけだ怪談話が」
 謎解きの後、長居は無用との帰路の列車にて、のほほんとした鏡真に無明はマッチ箱を額にぶちあてた。
「いや、犯人はきょーま、お主じゃ。両月もそう吐いたぞ、殺人請負業に依頼したらお前が兄から殺してくれたとなぁ。珠輝を殺した動機はわしにはわからんがのう」
 しれと云われて鏡真は真っ青になる。
「……ッ! それ俺じゃねーし! 知らねえ~! 俺のせいじゃないのにめちゃくちゃ心苦しいんだが!?」
 村を離れたからか随分と軽妙になったもんだ。だが、それぐらいの方が付き合いやすい。
「それで、珠輝は両月先生の息子だったのか?」
 胸に引っかかっていた事を問うと無明は顔をギュッと顰める。
「結論としては季一郎か両月の息子かわからぬ。理由はー……聞くか、悍ましい話じゃぞ」
「ここまで来て隠される方がすっきりしない。それに父親がどうであれ、珠輝は珠輝だ」
「――日記のこのページを読むがよい」
 日付は20年前。
『祭』で珠輝の母が■■され、更には証拠隠滅と首締め。始末せよと死体が両月の元に運び込まれた描写から始まる。
 始まるのだが――。
「これは……おい、なんだよ……外道」
 読み進む鏡真はうぅと唸り日記を閉じた。猥褻小説の如く綴られた描写が見るに堪えない。
「両月は死者にのみ男となれる。恐らくは最初で最後のコトを済ました所で実は仮死であった珠輝の母が息を吹き返した」
 淡々とした解説は切符切りに来た車掌の声で途絶えた。
 パチンパチンとした音にて落ちる厚紙を大明司村に見立て、ようやく鏡真は息をつく。
「なぁ、詩匣屋」
「ん?」
「……本当にいいのかよ。俺は、いや、主人格とは違うから、お前を傷つけたりはしないけど」
 まるで捨てられぬようしがみつく犬だ。
「煙草を吸うか?」
 一本咥えさせマッチを擦る。しばらくは火を灯してやろう、此奴は中々に面白そうだ。
「まぁ戻ったら煙草屋の店番でもしてもらうかのう」

●後日談
 ある日、無明は大明司ふゆを使用人らを近場の街へと誘い出した。この日取りは鏡真が|なんとなく《・・・・・》指定したものである。
 同日、大明司村にて奇妙な事件が起きる。
 大明司タキは「犯人は私と息子の両月だ」と遺書を残し首を吊り、両月は川に身投げ。栄は行方知れずとなった。
 ――鞠の付喪神と共にある大明司ふゆは帰る場所を失った。けれど、命はてのひらに残っている。
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