最高の友チョコを、君と。
2025年2月14日、22:06。√ウォーゾーン某戦闘機械都市。
深夜、人気もまったくないビル群に、砲声が轟いた。戦闘機械群による襲撃である。
「こっちにもバトラクスを発見。数は……7」
「7ぁ? 見えてる分だけで……か?」
爆発の影響か、雑音混じりの通信機から聞こえてきた深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)の声。頓狂な声を上げたマハーン・ドクト(レイニーデイ・ホールインザウォール・h02242)は、マスクの下で眉間に皺を寄せる。
「たぶん、もっといるんだろうな」
無人なのは、近隣の住民はすでに避難を終えているからである。押し寄せる敵群のほかには、迎え撃つ深雪とマハーンのふたりだけ。
「問題ありません。私とマハーンさんだけで、火力は十分に上回っていると思われます。対応は可能でしょう」
「俺なんかを信用してくれるのは、ありがたいが……」
「行きます」
ぼやくマハーンをよそに、深雪はいったん通信を終了した。跨る『神経接続型エアバイク』の速度を一気に上げる。バトラクスどもが砲塔を向けてくるが、またしても砲弾は虚しくアスファルトを穿つだけに終わる。
爆発の閃光に顔を照らされながら、深雪はハンドルから手を離して反撃に転じた。『対WZマルチライフル』を構える。
思考で操られるバイクは出力を上げたまま直進を続けた。狙撃形態で放たれた銃弾が、バトラクスの曲面装甲を貫通する。
敵は粘着弾を放って深雪を捕らえんとしたが、
「その攻撃は予測済みです」
跳躍した深雪は敵の懐に飛び込み、ビームバルカン形態に切り替えたライフルの引き金を引く。擱座したバトラクスどもは濛々と黒煙を上げ、深雪はそれに紛れて新たな敵を狙った。
またしても弾丸が、バトラクスを貫く。
しかし敵も黙ってはおらず、頭部の機銃を旋回させて深雪を狙う。
「そうはいくか!」
駆けつけたマハーンの『レイン砲台』が閃光を発した。粒子状のレーザーが敵の搭載した弾薬に誘爆したらしく、周囲の数機を巻き込みつつ大爆発を起こす。
「大丈夫?」
「はい。助かりました」
しかし、まだまだ敵は襲い来る。
「数は……7。減ってないじゃないか」
マハーンがため息を付いた。先ほど補足できていなかった敵が、姿を現したのだ。
「まだ弾薬もエネルギーも十分ですよ?」
「弾薬があっても、気力体力には限界があるからな」
悪いことは重なるもので、さらなる警報が鳴り響いた。
「続けてナイチンゲールもだって? くそ……ッ!」
深雪の前で見せたくはないが、思わず悪態が口をつく。マハーンは背の高いビルを振り返って、指さした。
「……どうする? 後退戦をするなら、あのビルを爆破して足止めに使っても構わないって話だったけど」
しかし深雪は一瞬たりとも逡巡することなく、かぶりを振った。
「やめておきましょう。あのビルと周辺の建造物よりは、私を改造した費用の方が安かったでしょうし」
「それは、そうかもしれないけれども」
ふたりとも、すべてをなげうつ総力戦を戦っている√ウォーゾーンの生まれである。冷徹な計算が自然と出てくる。
「かと言って、深雪ちゃんにそんなことさせられるか。えぇい、ここは任せた!」
やるしかない。俺はヒーローなんかじゃないけれども!
やけっぱちのように声を張り上げたマハーンは、ナイチンゲールの迫る方向へと駆け出した。
途中で一度振り返り、
「無茶はしないでくれよ」
と、釘を刺す。
「はい。ところで……」
小首を傾げる深雪。
「なに?」
「バトラクスだと、何機分に相当するのでしょう、私」
「知らないよそんなの! そもそも比べ物にならないから、比べないでほしい」
冗談にしても笑えないからやめてほしいが、
「……まぁ、緊張はほぐれたかな」
都市に押し寄せてくるナイチンゲールどもは、前方の空が突如として曇ったことに気づいた。おかしい。そのような気象情報は受け取っていない。
「雨はいい。哭いて忘れるように、すべて消し去ってくれる」
激しい雨がアスファルトを打つ中、姿を現したのはマハーンである。
「雨が降ったな? じゃあ、俺の出番だ。濡れずにいられると思うなよ?」
雨で乱反射したプリズムレーザーが、四方八方からナイチンゲールどもに襲いかかった。あらゆる方向から襲いかかるレーザーを回避するのは不可能と言ってよい。1発1発の威力は大きくないが、例えば1機などは、装甲の弾けたところにもう1発を浴びて、腕を吹き飛ばされた。
それでも敵群は怯むことなどなく、襲いかかってくる。先ほどの腕を吹き飛ばされた機体も、見せつけるかのように後退翼を閃かせながら、超高速で突撃してきた。
「くッ!」
かろうじて、それを避けるマハーン。しかし敵は一気に急上昇したかと思うと宙返りするように方向転換し、さらに襲いかかってきた。インメルマンターンと呼ばれる機動である。
その凄まじい突撃は、命中してしまえば自分自身さえ損傷させるほどの威力がある。マハーンとてまともに喰らえばひとたまりもないが……。
「俺の武器はレイン砲台だけと思ったか?」
腰から特殊警棒『スタンビュート』を抜いたマハーン。高圧電流の流れる警棒に雨粒が当たり、バチバチと爆ぜる。
横っ飛びで突進を避けたマハーンはすれ違いざまに、敵の頭部に警棒を叩きつけた。高圧電流が敵の回路を焼き切る。
「あいにく、こういうのも出来る方でね!」
『スタンビュート』で地を打つマハーン。高圧電流は雨に濡れたアスファルトを駆け巡り、ナイチンゲールどもに襲いかかった。
深雪がライフルを構える。
「<氷界>コネクション確立。射線上に……僚機なし」
ちらりと意識をめぐらせばちょうど、そう遠くないところで爆発音が起こった。マハーンも奮闘しているのだ。
僅かに目を細めた深雪は再び敵群へと視線を向け、
「凍結グレネードを使用します」
と、引き金を引いた。尾を引いて飛んだ弾丸は敵の中央付近に着弾し、周囲に超低温を撒き散らした。あまりの低温にバトラクスを構成する金属部品は凍てつき、脆化する。
ある機体は砲塔がへし折れ、ある機体は脚部がもげて転倒した。
それでも動きを止めぬ機体があり、それは砲塔をへし折られた1機で、それでも突進して深雪を仕留めようとしていた。
「くッ……!」
体高はさほど変わらないとはいえ、重量には大きな開きがある。吹き飛ばされた深雪の細い体は宙を舞ったが……。
籠手に搭載されていた『ワイヤークロー』が伸びて、バトラクスに襲いかかる。
「敵性インビジブルを掌握、エネルギー変換開始」
脆化した装甲はやすやすと砕け、敵機は崩れ落ちた。
「お疲れ様でした」
深雪が周囲を窺って打ち漏らしがないことを確かめたころ、ずぶ濡れのマハーンが戻ってきた。
「おつかれ。こっちも片付いたみたいだね。大丈夫だった?」
「はい。多少の損傷はありましたが、回復済みです」
「そう。ならよかった」
マハーンは安堵したように頷いて、辺りを見渡した。
道路や建物にいくらか損害が出たものの、致命的なものではない。しばらくすると支援部隊がやってきて、瓦礫の撤去を始めた。
「これなら、復旧にもそう時間は掛かりそうにないな」
「はい。
作戦終了、フタサンサンロク……あ」
自分の通信端末に目をやった深雪が、声を上げる。
「ん? なにかあった?」
なにかトラブルでもあったかと、マハーンは端末を覗き込む。
「いえ……今日は、バレンタインデーでした」
「あ……」
今度はマハーンが声を漏らす番である。
マハーンも自分の通信端末を取り出して、その日付を確認する。わかりきったことだが、やはり今日は2月14日。
「そうか、言われてみればそういうものがあるんだったな……」
歩道橋の階段に座り込んで、長大息するマハーン。作戦行動でもあるし、当然、日付は確認していたのである。
しかし戦っているうちに、そんなことは綺麗さっぱり頭から抜け落ちてしまった。
苦笑しつつ、マハーンは隣に並んで座った深雪を振り返る。
「せっかくだから、チョコの交換でも、する? 確か、レーションの中に……」
「それ、私のレーションと同じものですよね?」
そうは言った深雪であったが、
「えぇ。交換しましょう」
と、レーションに付属しているチョコレートを取り出した。
「こういうのは、気分でしょうから」
「そういうこと」
受け取ったチョコレートの包装を二人はそれぞれに破る。やたらと硬い包装はバリッと音を立てて破れた。
マスクを脱いだマハーンが、それに齧りつく。
「甘い」
濃い隈の刻まれた不健康そうな目が深雪を見て、細められる。
「甘いですね」
深雪もひと口齧って、頷いた。
「相変わらず、カロリーと甘みさえあればあとはどうでもいいみたいな、強烈な味だよ」
口触りはザラザラしているようなニチャニチャしているようななんとも言えないものだし、甘みはこめかみが痛くなってくるほどである。
マハーンは握りこぶしで、こめかみをぐりぐりと押した。
「でも、『食べ慣れた』味です」
「そうだな。これが俺たちの、『いつもの』味だ。
あぁ、甘い。本当に甘いですね……」
そのいつもが、今日もまた続いた。最後の日とはならなかった。他愛ない会話、大して美味くもないチョコレート、それを、戦友とともに味わえたことが何よりも嬉しい。
マハーンは喜びを全身に巡らせるように深く深く息を吸い込んで、ゆっくりと静かに吐き出した。
深雪が携帯端末を取り出す。
「23:58……まだ、言っても大丈夫ですね。ハッピーバレンタイン、マハーンさん」
「ハッピーバレンタイン、深雪ちゃん」
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