シナリオ

邂逅、衝突、そして今

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 何処とも知れぬ路地の裏。人目を逃れた空間に、無数蠢く名も無き怪異。
 そこへ怖じる事無く踏み入る|警視庁異能捜査官《カミガリ》二人。
 瞬刻。雪崩の如く押し寄せる怪異の群れ。|曼荼羅《やいば》が閃き、|砲影《かげ》が轟いた。

 怪異の群を打ち破り、僅か生まれた災禍の切れ目。一人が一服煙草を吹かし、もう一人が缶珈琲を口にする。
 そして不意に。或いは幾許かの弛緩がそれを呼び起こしたのかも知れぬ。
 ただ、嵐の前のほんのひと時。二人の脳裏を過ったのは……懐かしき、昔の|回想《はなし》。


 恭兵がカミガリに籍を置いて暫く。所属とは全く別の|署《ところ》から、『此方が紹介する人材と新たにバディを組むべし』と言う、一見奇妙な辞令を渡されたのは、|静寂《いえ》と仕事に挟まれて、必然煙草の量も増えてきた、そんな頃合いの話だった。
(「面倒な事にならなければ良いが……」)
 事前に読んだ資料を思い出す限りその望みは果てしなく薄く。息を吐きつつ集合場所――空き会議室へ向かおうと、署内の曲がり角。
 刹那。一切の予告なく、突如恭兵に襲い来るのは漆黒の、巨大なる狼頭部。
 怪異の襲撃、いや違う――恭兵は即座思考を巡らせ最善手、寸前鋭牙をやり過ごし、伸ばした数珠で唸る狼を絡め取る。
「……成程。貴様が、仮の同盟者となる者か?」
 果たして|狼影《かげ》を辿ればその先に、よくよく資料で見知った問題児の姿があった。
「初対面から奇襲とは、随分なご挨拶だな」
「そうでも無かろう。理不尽な災いから無辜の民を護るのがカミガリの使命なら、この程度、軽く捌いて見せなければ給料泥棒も甚だしい」
 言って、自信満々悪びれる様子も無く、
「……まぁ、無茶苦茶だが、確かに一理はある、か」
 ――足立・結斗。資料によれば、能力覚醒の際に派手な暴行事件を起こした『札付き』。
 しかし彼の資質はこの世界に於いて貴重なモノ。それを目当てに『監視して』『飼い慣らせ』と言うのが奇妙な辞令の真意と見た。
 狼影を数珠の縛から解き放ち、恭兵は改めて彼を見る。堂々此方に向けられる視線には警戒の色濃く、何にせよ、それを解す必要があるだろう。
 故に恭兵は彼へ手を差し伸ばし、
「兎も角だ。これから宜しくな。『アダン』」
 先ずは|シャドウペルソナ《かれ》と言う人格を尊重し、その名を呼ぶ事から始めよう、と。
 しかしアダンは暫し恭兵の掌を眺めた後、
「馴れ合う心算は一切無い。俺様の信念の為、仕方無く受け入れただけの話だ」
 問答無用とばかりに勢いばしんと弾くと、
「……精々、立派な監視役を務める事だな」
 にべもなく踵を返す。

「やれやれ。楽しい仕事になりそうだ」
 独りその場に残された恭兵は、ぽつり皮肉げそう呟いた。


 倦んだ奴だと初めは思った。
 然して訳も訊かず暴行騒動のレッテルを張り付けて、|依代《結斗》から学生生活を奪った日和見で事勿れ主義の、あの役人達の様に。
 だが。

「もっと自身の怪我を気にして戦え、と?」
「ああ。アダンの技量ならそれが出来る筈だ」
 バディを組んですぐ、一際歯応えのある怪異を遮二無二打ち斃した時の話。
 崩落しかけの廃ビル内。フロアは既に全域血塗れ、倒れ伏す怪異も、倒したアダンも、あちこち捥げる寸前、片目も視えず、辛うじて原型を留めているのが奇跡と言える程に、滅茶苦茶の傷だらけ。
 生きているから勝者。死んでしまったから敗者。彼我の負った傷の数は、その程度の、謂わば誤差でしかない。恭兵の援護が無ければ、結果は容易く逆だったかも知れぬ。
「はっ! 何の為に?」
 シャドウペルソナ故に|痛覚《いたみ》無く。恐怖心を|欠落《おと》しているが故に畏れ一つ無く。アダンにはそれを為す道理がない。
「結斗の為に、だ」
 だが虚を突くような想定外の回答に、残った灰の隻眼を大きく見開いたことを自覚する。|此処《カミガリ》に流れ着くまでの経緯を考えれば、より効率的に自分を使って怪異を屠る為だとか、上からの評価の為だとか、そんな心無い答えが返って来るものとばかり思っていた。
「……だとしても。貴様の指図は受けられぬ。この闘法は、俺様の信念そのもの。曲げてしまえば、きっと俺様は|魔蠅を統べる覇王《アダン・ベルゼビュート》たり得なくなってしまうだろう」
 しかし。と。酷い味の|仙丹《散剤》を缶珈琲で飲み下し、アダンは続けた。

「我が依代を案じてくれた事、確かと覚えておこう」
 ――静寂・恭兵。倦んでいながら、それでも世界の黄昏に呑まれぬ男。
 他者よりも、多少は信じられる人間なのかも知れぬ。


 小さな事件を解決した、ある昼下がりの話。
 現場からほど近い自然公園で暫し休息を、恭兵が一服しようとした矢先、がさりと盛大周囲の草木が揺れて、唐突アダンが飛び出した。
「アダン? 頭に木の葉を乗せて、一体何をしてるんだ?」
「子犬を探している。先の事件の余波で飼い主と逸れてしまったらしくてな。聞けばその上、この街に越してきたばかりと云う」
「……それで? 怪異と関係のある話なのか?」
「いいや。恐らくは、全く」
「だとすると、それは|俺達《カミガリ》の管轄では無いだろう」
 だが。と、答えながら、アダンはあちこち捜索の手を緩めない。
「子供が泣いていた。動く理由は、それで十分だろう」
 手持ち無沙汰なら先に署へ戻ればいい。そんなぶっきらぼうなアダンの言に、恭兵は暫しの沈黙の後、手掛かり無しに探したって易々見つかりはしないさと、
「だから……俺の|能力《ゴーストトーク》を使えばいい」
 近くに漂うインビジブルを、生前の姿に変えた。
「……良いのか? 俺様が言えたクチでも無いが、仕事外での能力の使用はあまり褒められた物では無いぞ?」
「良くは無い。『バレてしまえば』、始末書モノだ」
 数拍後。言葉の意味を察した|共犯者《アダン》は悪役さながらにやりと笑い、
「フ。ならば静寂よ。安心しろ。|始末書《ざんぎょう》の心配は決して無いだろうとも」

 不意に静寂でのごたごたが脳裏を過る。
 自分とて、そう|掟《ルール》に従順な方では無かったと、改めて思い出したような気がした。


「どう云う風の吹き回しだ?」
 バディを組んで三月程の話。どれだけ向かい傷を負おうとも、そうアダンが勇猛果敢に怪異へ肉薄しようとした刹那、乾いた銃声が曇天に鳴り響き、急所を貫かれた怪異は呆気無くも絶命する。
 間隙を縫う正確な一射。これまでと明らか動きが違う恭兵に、アダンが問うのは必然だった。
「|覇王様《だれかさん》のやんちゃっぷりに中てられて、俺も幾分久々、『花』に触れた」
 やはり歯車では駄目だな。どれ程自分の|感情《こころ》が褪せていたのか、その時痛感したよ。と。
「『監視して』『飼い慣らす』。元々向いてる質でも無い。通りでずっと――怠い訳だ」
『花』。それが何を指すのか、アダンには現状解り得ない。が、彼の褪せた瞳に光を戻す……それ程の眩さを持つモノなのだろう。
「永く独りでやっていたから戸惑いもしたが――単純な話だった。必要なのは監視じゃない。|結斗《アダン》達に怪我をさせたくないと思うなら、ただ、俺が俺の意思でそう動けばいい」
「今までは本調子では無かったと?」
 恭兵は頷いて、俺が調子を取り戻したからにはアダンの出番は無いかもしれんと朗らか嘯き――そしてゴーストモバイルが、新たな事件の報を鳴らす。
「面白い。ならば調子を取り戻したその実力、早速見せてもらおうか!」
「……ああ!」

 思い返せばこの瞬間こそ。『仮』の文字が取れた、相棒としての本当の始まりだったのだろう。


 奇跡的にアダンの傷が頗る軽く済んだ日の、夕暮れ時の医務室。
 眼元の小さな切り傷に、結斗は絆創膏を貼りつけて、彼は上手くやれているでしょうか、と、それとなく。風景写真を眺める恭兵に訊いた。
「楽しませてもらってるよ……いや。皮肉的な意味でなく」
 例えば、そうだな。少し前にこんな|事件《ヤマ》があった。と恭兵は話し始める。
 ――繁華街で暴れる人間災厄。被害は甚大で、討伐もやむなしと、皆がそう断じる中、覇王様は我が身を顧みず、ただ、封を解いた|右腕《ルートブレイカー》一本突撃し、事件を収めて見せた。落ち着いた災厄に動機を尋ねれば、愛しい人を攫われて、無理矢理暴れるように脅されていたのだと云う。彼が無茶をしなければ真相は永遠に解らなかったろうと。
「信念。最初は格好つけの言葉かと思ったが、さながら竜胆のような彼の裡には確かにそれがある。君の時も、きっと同じだったんだろう。今ならそう、信じられる」
 そう語る恭兵の眼差しは何処か、事件よりも遥か遠くを見ているようで――。

 ――らしくも無く、結斗と入れ替わるタイミングを逸してしまう。
 不意の結斗越し、自身の|評価《コト》を聞くのは些かにこそばゆく。
 ……厭世的な雰囲気を纏う、全てにおいて背を預けるに相応しい相棒。
 少しだけ。何時も苦労を掛け倒している事にアダンは密やか……反省した。


 そして今。
 ひと時の終わり。鳴動する大気と共に、姿を現す巨きな怪異。
「さて、征くか――休憩は済んだな、恭兵?」
「あぁ、貴重な一服だったよ。行こうか、アダン」
 何方ともなく笑い合う。互いが互いに傷だらけ。眼前の怪異は見るからに強大で、
 ――それでも。負ける気は一切しなかった。
「フハハッ、頼もしいな! 我が相棒よ!」
 影を従え確かに怪異を見据え、アダンは恭兵へ拳を突き出す。
「はは、俺も頼もしいよ、相棒」
 ……言い乍ら、僅かな逡巡。静寂の事。白椿の事。対極で、しかし無二の相棒だからこそ、今はまだ。けれど。いずれ。
 恭兵もまたアダンと同じように。刃を引き抜き、二人の拳がぶつかって――それが戦闘再開の合図となった。

 誰とて知れず隠匿された世界の裏側。人々を護るカミガリとしての通常業務。
 ――これはただ、その一幕の話。
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