分離
世界は回っているし、時計の針も回っている、ついでに、蛸神様も回っているし、何もかもが回っているかのような、そんな気分になる。今日の兄ちゃんは如何してなのか知らないけれども、ころころ、ころころ、クレヨンを転がしていた。兄ちゃんが言っていた通りなら、それは、たこすけから教えてもらったお呪いらしい。いや、何方かと謂えば呪いの類な気もしなくもないが、如何にも世界そのものが奇妙らしい。きっと貧血でも起こしたのだ。貧血を起こして、変な夢か、或いは幻覚に苛まれているだけなのだ。薄らボンヤリ、階段を一歩一歩降りていたら何者かの来訪のお報せ。ピンポン、ピンポン、ピンポンと、やけにシツコク、頭の中をぐるぐる回してくる。階段から転げ落ちそうになったが、なんとか体勢を立て直しての、一歩。扉の前でふと思う。もしも、兄ちゃんを連れ去ろうとしている、何かしらだったら如何しよう。ぐるぐる、ぐるぐる、思考が回って仕方がない。ピンポン、ピンポン。……真人くん! 真人くん! いるのよね? 開けてくれたら、お姉さん嬉しいな。ぞくりと、背中に嫌な汗。あのお姉さんだ。バレンタインデーの時に、色々と親切にしてくれた、ちょっとだけコワイお姉さんだ。い……今、俺は、いません……? 動揺から出た言の葉は嘘にすらならない『もの』であった。そうなんだ。真人くん、いないんだ。じゃあさ、お土産を置いていくからあとで見てくれると嬉しいな。ちょっとガッカリとした声色だが『これで』いい。ところでお土産とはいったい何であろうか。
かちゃかちゃ、尋常ではない数の錠の先、転がっていたのはひとつの『瓶』であった。あのお姉さんの『お土産』だ。きっとロクでもない何かしらに違いない。それにしても、綺麗だなぁ。じっと、じっと、見つめてみたならば、それが砂のような何かしらを閉じ込めているとわかる。なんだか、ずっと見ていたくなる。でも……もしも、この感情が『お姉さん』の仕掛けた罠だったら……? 罠? そんなわけがない。あのお姉さんは確かに怖いけれども、俺に、兄ちゃんに、害しようと思っていたりはしない筈……? 見つめていると、覗き込んでいると、砂がゆっくりと動き始めた。ぐるぐる、ぐるぐる、渦を描いてくる。……なに……なに……これ? 回ってる……ぐるぐる……? 脳裡に蘇ってきたのはいつの日かの仔産みの女神様。べちべち、ぺちぺち、無様なまでに這い蹲っている、クヴァリフ。ううん……? これ以上の凝視は蝸牛に宜しくなさそうだ。解放されたい。今すぐに、楽になりたい。それなら――瓶を開けてしまうのが、最適解なのではないか。
極めて自然に――呆気なく――蓋を外して、逆さにしたら、サラサラと落ちた。靴の上で沈黙している粒々、拭おうとしたところで――ようやく『怪奇現象』に気が付いた。えっ……? 瓶を持っていない方の手、その指先が砂の代わりに吸い寄せられている。ヒエッ……? どうなって……? 蛸が壺へと這入り込むような有り様だ、シュルルル、シュルルル、永久の竜巻めいて……。シュールな速度で詰め込まれる。たとえば、ソフトクリーム。たとえば、たこのおせんべい。ジューサーの類に混ぜられるよりかはマシかもしれないが、嗚呼――何もかもがとろけていく。
目が回って仕方がない。
兄ちゃん……兄ちゃん……。
どしん――世界がひっくり返った。上下が逆さまになって、ごちんと、星が回っている。……イテッ……。しっかりと眩暈はしているが、如何やら悪夢だったらしい。悪夢なら、そう、こんな狂気の沙汰なんて起きやしないのだ。今日は……4月1日……。
ピンポン、ピンポン、ピンポン。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功