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その美しき花の名は

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #異界の君にもしも逢えたら

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 夢見月・桜紅は満開の桜並木を歩いていた。両脇を桜の木々に寄り添われ整然と続く石畳、薄紅の花吹雪を連れてくる肌に心地よい春の微風、花好むものには絶好のスポットとお日和であると考えてから、ふと気づく。桜紅の行きつけの公園では花はもう散ってしまったのではなかったか。未だ幼い葉が陽を乞うて若い緑を誇る枝たちを、春の終わりの愛おしいものとして友人たちと愛でたのは確か今週でなかったか。
 であれば、ここは住まいより春の訪れの遅い地域か。それにしたってそれならばどうして此処に居るものかおよそ見当がつかないし、この花盛りを己以外に誰も見ぬのは奇異である。首を傾げながらもさながら花の美しさ香りの高さにいざなわれる蝶の如くに、桜紅は歩き続ける。
 春爛漫を歩いた先に、桜紅を呼び寄せた花は居た。
 一際目を引く見事な枝ぶりの桜の古木。それを見上げて佇む薄紅纏う少女のことを、桜紅は一目見た瞬間に、桜の精の様だと思う。|己とは違う《・・・・・》、人々に遍く愛され愛でられる|正しい《・・・》桜の精であると。
「あの……」
 紅玉と琥珀、二対の瞳が見つめ合ったのは、桜紅が声をかける前後のどちらだったか。互い見つめ合い沈黙のまま、風に流れる花弁ばかりが時と空気の流れを告げる。
「あの!」
 仕切り直すかの様に桜紅へと歩み寄りつつ、切り出したのは薄紅纏う少女の方だ。
「あなたは誰なのです?」
「え……」
「その様子だと、あなたもここに迷ってしまったのでしょうか?」
「それは……はい、そうです。あなたも、と言うことは、ここはどこか、あなたもご存知ではないのですね」
「はい。でもとりあえず自己紹介なのです!私は、|幽遠《ゆうえん》・|那桜《なお》です!あなたは?」
 少女の言葉に、桜紅は名を告げる。刹那、輝く少女の瞳。
「夢見月・桜紅、さん? わぁ! 桜の文字が入ってるのですね!親近感!」
 きゃっきゃとはしゃぐ擬音が聴こえて来そうな程の黄色い声音、だがそれが決して五月蠅くはない。目の前の少女の無邪気さに何処かあたたかな癒しを得ながら、桜紅は微笑んだ。
「奇遇ですね。もしかすると運命でしょうか」
「はい!きっとそうなのです。ここが何処だかは私にはわかりませんでしたけど、でもでも、なんで出会ったかーは、なんとなーく分かるのです」
 何を根拠に語るのだろう。だが、その根拠が散りしきる桜花の花弁ほど、雨水に浸るそれほどに曖昧に透けたものであれ、桜紅は気にもなるまい。那桜と名乗った彼女が語る言葉は、不思議なまでにすんなりと桜紅の心に沁み渡る。
 この感覚を、どう称すれば良いのだろう。幼いときに繰り返し読んだ絵本の一節の様に、今は平時には忘れてしまっていたとしても、なにかの契機と共に即座に思い起こせる、言うなれば原風景めいた何かか。
「……桜紅さん、あなたも桜の精なのです?」
 故に控えめに尋ねた少女の言葉は、咄嗟に桜紅の心を乱す程度には藪から棒でありながら、不快な類のものでない。
「──! 何故…………」
「実は私も、霞桜の精なのですよ!」
 尋ね返すことも出来ずに曖昧に濁した桜紅に、那桜は屈託もなく答える。
「私は、サクラミラージュってところの、幻朧桜っていう桜の木から生まれたのです。桜紅さんは?」
 彼女の問いは、読みはあまりにも的確だ。おそらくは同族として、桜から生まれた精霊たる桜紅のことを何か嗅ぎ取っているのであろう。だが、であればこそ、同族なればこそ桜紅は己の素性を彼女に語るを躊躇った。己が生まれた桜はいわゆる桜であれど、人々を狂気に誘い死に近づけて、その運命を狂わせる、『黒い桜』に他ならぬ。
 つまるところは化け物だ。目の前の少女が純真無垢であればあるほどに、同じ桜でありながら己の出自が何処か後ろめたく思われて、桜紅の紡ぐ言葉の先を妨げる。
「……いえ、良いのですよ!」
 それでは何と返そうか、そう思案した刹那の桜紅の逡巡を、那桜が何の衒いもなしに救ってくれた。
「立ち入ったお話をごめんなさい。折角初めてお会いしたんですものね!もっと楽しいお話にしましょう!」
「ごめんなさい、上手く……話せなくて」
「いえ、良いのですよ。でも、私こそごめんなさい。桜紅さん、あなたは今、ほんのちょっぴりしんどそうだね」
 桜紅の心の機微にことごとく先回りしてくれる那桜の言葉は、気が利く、以上の何かを桜紅に思わせた。それは単純に己が甘えて寄りかかる、と言う以上の関係性。互いに長く知るがゆえに気のおけない親友や幼馴染、そうした類で築ける何か。目の前のこの彼女とであればきっと親しく友達になれる、そう思える根源を、不思議なまでの親近感を、上手く言語化は出来ないものの。
「桜紅さんは今、しあわせ?」
 故に一見すれば唐突なその問いにすら、桜紅は自然に頷いていた。
「しあわせ……幸せ。今は、私は、幸せ、です。でも……」
「でも?」
「でも、この幸せは、いつまで続くか、分からなく、て」
 正体も知れぬ不安を口にする桜紅に、那桜は静かに頷いてくれた。心地の良い沈黙は、きっと己の次の言葉を待ってくれている。そう考えながら桜紅は、であればこそ唐突な問いを投げてみる。
「あのっ、木霊の、みなもちゃんという妖怪、知らないでしょう、か?」
「みなも、ちゃん? 木霊? 妖怪?」
 那桜が琥珀の瞳を瞬いた。暫し思案して、頭を下げる。
「うぅん、ごめんなさいなのです。会ってたら、きっと気付くのですが……」
「そう……ですよね」
「でも、きっと大丈夫なのです」
 僅かに落胆を隠し損ねた桜紅を真っ直ぐ見据えて、那桜は底抜けに明るく告げた。
「多分、桜紅さんと私は、二度と会えるか分からないのですが……きっと、みなもさんと桜紅さんは、会えるのですよ!」
「え? えと、そ、それはどういう、ことです……」
「勘です。でも、これを告げるために私があなたと出会ったんだと、わかります」
 差し伸べられた白い手は、迷わず桜紅の手を包み込んで、優しく握る。
「大丈夫です。怖がらないで。桜紅さんには、これからもめいっぱい、しあわせがあるように祈ってるのですよ!」
 己より見目には幼い少女の琥珀の瞳に間近で見つめられ、その瞳の中、戸惑う己の顔を見ながら——桜紅は、やがてゆっくりと微笑んだ。
「ありがとうございます、ね」
 笑みを孕んで、返事をひとつ。
「那桜さんに、これからも幸せが訪れますように」
 己などとは異なって、真っ当な桜の元に生まれつき、きっと幸せな彼女であろう。そうであったに違いない。であればその幸が永劫続くようにと願いを込めて桜紅は言祝いだ。
「ありがとうございます!」
 眩いばかりの満面の笑みで那桜が応えた刹那に、晴天の今日に相応しくないまでの突風が桜吹雪を乗せて吹き抜け、二人の間を無数の花弁が過ぎてゆく。過ぎる端から、正面に向き合う筈の那桜の輪郭が光って、溶けて消えて——。
 その残像を愛おしく思い出しながら、桜紅は穏やかに目を覚ます。僅かに持ち上げたカーテンの向こう、目の覚めるほどの晴天だ。窓の外の桜の枝は既に花を散らして、幼い青葉が顔を覗かす。
「……見知らぬあなたが、幸せでありますように」
 届く筈はないけれど、夢の中で出会った彼女へ、強いて声に出して告げてみる。
 来年、或いはいつかの春に、何処かの桜の樹の下で、彼女に出逢える日は来るか。そんな淡い夢をみながら、桜紅はゆるりと起床する。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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