星形クッキーにホットミルクを添えて
いくつもの鍵を閉め木造の階段を上がる。ギシリギシリと軋む音。
八手真人は今日もまた、馴染の部屋の前に立ちある種の祈りを込めながらドアを開く。
「……ただいま、兄ちゃん」
恐る恐る、だけれどできるだけ明るくそう言えば――眠たそうに瞼を擦る兄、八手和文の姿があった。
タコの人形を抱いてまだ夢現の兄であったが、目をパチクリとさせて再度弟の姿を確認すれば、にへらと笑い両手を広げて弟へと抱きついた。
「マトっ! おかえりぃ~」
成人男性一人分の温もりと体重をその身に受けながら、真人は兄の背に手を回し改めて口にする。
「ただいま、兄ちゃん」
朝はでかけちゃヤダ! と泣き喚いて大変だったけれど、今はもう機嫌は直っているらしい。
そうすれば真人の背中から吸盤だらけの触手がぶわりと広がり二人を包み込んだ。
「タコさんも、おかえり!」
きゃっきゃと喜ぶ和文だが、宿主の真人は眉を顰める。
「たこすけ、疲れてるんだからやめてよね……」
ぺたぺたと自身の顔に張り付く吸盤をなんとか剥がし、そうだと手にした荷物を漁る。
「はい、兄ちゃんにお土産」
「おみやげ?」
首をかしげて受け取れば、それは可愛いリボンのついたクッキーの詰め合わせであった。
「クッキーだ、やったぁ」
弟から受け取った袋を嬉しそうに開封する。真人は寝具の上でクッキーはマズかったかな? と思うも嬉しそうな兄に水を差すのも憚られ後で掃除すればいっか、と自身を納得させた。
「三課……あっ、えーと。前に話した例のカミガリの組織の人達が一緒に選んでくれたんだ」
「マトのおともだち!」
「あ、うん。そう、とも言うかな……?」
頬を掻きながら、真人は視線を漂わせる。
和文の両手には星型のクッキーが握られていた。嬉しそうに天井の灯りに星を翳してはニコニコと笑っている。
「そうだ、牛乳持ってくるね」
そう言い真人は一階の台所へと駆け降りる。
タコの描かれたマグカップ2個に牛乳と砂糖を入れて、電子レンジで温めてスプーンでかき混ぜる。
今頃寝具にはクッキーの食べかすがボロボロだろうか、と思いながら階段を上るが、意外にも和文は未だクッキーを眺めていた。
小さなテーブルにマグカップを二つ置いて、真人は兄の隣に座り込む。
「実は……兄ちゃんに、今日、俺がしてきた仕事を聞いて欲しくてさ」
「なぁに?」
目をパチクリとさせる兄に、真人は意を決して語り出す。
「今日はね……ね、猫探しに行ってきたんだよ……」
できるだけ兄が心配しないように、しどろもどろになりながら言葉を選ぶ。
「最初は公園で、三毛猫のミャー子ちゃんを探したんだけど……」
「ミャーこちゃん?」
「そう、ミャー子ちゃん。それが、なかなか見つからなくって。猫じゃらしを振ったらたこすけが引っ掛かるし、猫のモノマネしても恥ずかしいだけだしで……」
思い出すだけで頬がボッと赤くなる。誰にも見られなかったのが幸いである。
「結局は他の人が公園のトイレにいるのを見つけたの」
「ねこさん、みつかってよかったね〜」
「うん。そしたら、居酒屋のチラシを咥えてて」
「ちらし?」
「そう。そこで悪い人達が集会? してたから、そこへ潜入することになって……えっと、普通の居酒屋だったし、悪い人達もみんな結構普通の人っぽかった、かな……集会苦手な人もいて俺も親近感覚えちゃったりなんかして……最後に人生相談? みたいのになって」
「うん……うん」
ちょっと眠そうな和文だが、なんとか堪えて真人の話に相槌をうつ。
「最終的にその悪い人達がショッピングモールに怪異を呼んじゃったんだけど、カミガリの人達と、頑張って倒したんだよ」
その怪異がだいぶグロテスクであったことは伏せておく。
「マト、おそとでがんばってるんだ〜」
「うん、兄ちゃん……俺、頑張ったよ」
意図せず、震える声。駄目だ、笑顔で言わなければ。
いつかの兄のように、何もなかったようにふるまわなければ。ぎゅっと閉じた口。
和文はキョトンとして、そして真人の頭を撫でた。
「マト、がんばったね〜」
ニコニコと、やさしく茶色の髪を撫でる。
「兄ちゃん……」
その優しさに、瞳が潤むが涙は流れることはなく。
「そうだ! はい、きょうのいっとうしょうはマトだから、おほしさまはマトにあげるね」
「それは、兄ちゃんの……」
そう言いかけるも、口元に運ばれたクッキーを噛み砕く。
「……甘い」
真人がクッキーを食べたのを見て、満足そうな兄は己の口にツリー型のクッキーを押し込む。そうすれば、蛸神も欲しいとにょろにょろと触手を伸ばす。
「はい、タコさんにはにんぎょうさんね」
人形型クッキーを貰い、くねくねと踊る蛸神を横に二人はホットミルクを飲んだ。
「おいしいねぇ」
「ああ、口元が……」
兄の汚れた口元をタオルで拭ってやれば、にぱ、という笑顔。
「俺、これからも頑張るね、兄ちゃん……」
そう呟けば、兄はまた弟の頭を撫でるのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功