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ゆめゆめ、花咲くこと勿れ
●眠りの葬列
深い森の奥、乙女は眠り続ける。
森には不釣り合いな、ぽつりと佇む寝台には咲き誇る青薔薇が絡まっていた。
その下ではクヴァリフの仔と呼ばれるもの達が蠢いている。花に養分を与えるが如く、仔達は眠る乙女の寝台に纏わりついていた。
そこから少し離れた小径では紅の影が揺れている。
黒い傘をさした首のない喪服の人間が手にしているのは、ぼやけた遺影。
誰を弔っているのか。傘にこびりつく赤は何の雫なのか。それらが歩いている道の傍らには、何者かの亡骸が横たわっていた。
まるで美しい夢の世界が悪夢に塗り替えられていく途中であるかのような光景は、かの暗い森の奥に確かに存在している。
それらの正体は誰も知らない。
ただひとつわかるのは、森の中で動いているもの全てが怪異であること。
●紅と青
「悪夢を見せられる森に、行く勇気はありますか?」
『クヴァリフ絡みの事件だ。今回はそこそこハードだぜ』
星詠みのひとりである八分儀・天地 (冥探偵あめちゃん・h00497)は、集った能力者達へ問いかけを投げた。その後に続いた言葉は、彼女が持つ腹話術用の黒猫人形から発せられたもの。
少女と黒猫は仲間を見渡した後、説明を始める。
ことの発端は怪異を崇める狂信者と化した者が『クヴァリフの仔』を召喚したことから始まった。近頃は仔産みの女神クヴァリフが己の仔たる怪異の召喚手法を狂信者に授けている事件が多発しており、此度の予知もそのひとつのようだ。
「事件を起こした狂信者は既に亡くなっています」
『おそらくだが、仔に引き寄せられて集まった怪異に命を奪われちまったんだろう。事件の張本人とはいえ、冥福は祈らないとな』
両手を重ねた天地は短い黙祷を捧げた後、現状について語っていく。
森の奥には怪異の青薔薇と乙女が眠るベッドがある。
そこを中心として、怪異が彷徨う区域と悪夢が広がる領域が展開されている。
「すべての怪異を倒し、クヴァリフの仔を回収することが今回の目的です」
仔はぶよぶよとした触手状の怪物だが、それ自体はさしたる戦闘力を持たないうえに少しだけ可愛らしい。だが、他の怪異や√能力者と融合することで宿主の戦闘能力を大きく増幅する力を持っているようだ。
クヴァリフの仔からは、√汎神解剖機関における人類の延命に利用可能な|新物質《ニューパワー》が得られる可能性が高い。
それゆえに、可能な限りクヴァリフの仔を生きた状態で回収すること。
そんな指令が汎神解剖機関から下っているため、天地は最初の質問をしたのだ。
『件の悪夢の領域は幻想空間のようになってるんだ』
「森に足を踏み入れると、思い出したくない記憶や怖くて仕方ないもの、過去のトラウマなどが目の前に出てきます。まるで、それが現実で花咲くように」
『だが、そんなもんに負けちまう必要はないぜ!』
悪夢の対処法はひとそれぞれ。
破壊するも心で抗うのも、逃げるのも自由。されどそれらは結局、怪異由来の幻であるために逃れられないものではない。
悪夢を乗り越えた後は紅い影の怪異と戦い、眠る乙女の怪異から仔を奪い返す。前途多難な展開が予想される戦いになるだろうが、悪夢と同じように怪異も打ち破ることが出来るはず。天地はこくりと頷き、仲間達に件の森の場所を伝えた。
「いってらっしゃいませ、皆さん」
『後で聞かせてくれよ。悪い夢なんかぶっとばしてきたぞ、ってさ!』
これまでのお話
マスターより

今回の世界は『√汎神解剖機関』
悪夢の森に入って怪異を倒し、クヴァリフの仔を回収しましょう!
●第1章🏠『悪夢を乗り越えろ』
リプレイは目の前に悪夢が具現化されたところから始まります。
トラウマや苦手なもの、辛い過去を描写していい場合はプレイングに内容をお書き添えください。ない場合はお任せと受け取り、こちらで悪夢の描写をいたします。
どう乗り越えるのか、どう対処するのか、或いは逃げる選択肢を取るのか。皆様なりの方法で悪夢領域を抜けてください。
●第2章👾『トモビキ』
赤い雨と共に現れる怪異の葬列を倒してください。
怪異が持つ遺影は変幻自在。一章の悪夢によってはその内容に関わるような変化をするかもしれません。倒すと三章の怪異がいる方向の道がひらけます。
●第3章👿『眠る乙女』
眠る少女の周囲にある青薔薇との戦いになります。
青薔薇はクヴァリフの仔の力を得ているので強さが増しています。乙女もまた怪異の一部なので倒すと消滅します。
敵を倒せばクヴァリフの仔も回収できるので、それらに関する後始末などは全リプレイが終わった後のエピローグ扱いとなります。
159
第1章 日常 『悪夢を乗り越えろ』

POW
夢の中でも気合いを入れる
SPD
夢の中でも理性を保つ
WIZ
夢の中でも思索を続ける
√汎神解剖機関 普通5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

見る悪夢は、親友が死んだ時の光景
俺を突き飛ばして戦闘機械群の攻撃に呑まれて死んだ
今も何度だって夢に見る、ある意味では見慣れた光景だよ
だから、俺はその夢に対して何もしない
寄せ集めの遺留品を握りしめて、ただ真っ直ぐ通り過ぎる
所詮は夢だ
後悔しても苦しんでも、あいつが死んだって事実は変わらない
……生きるべきは俺じゃなくてあいつだったって想いもまた、ずっと変わらない
もしかしたら、悪夢のあいつは恨み言でもぶつけてくるかもしれない
それでもいい
お前とまた会えるのなら、恨まれても取り憑かれてもいいのにな
そんな自嘲的な想いを抱きながら森を進む
悪夢を見る度に、傷付いて膿んでいく自分の心に気付くことの無いまま
●あの日に失ったものは
蕾が花ひらくように、ゆっくりと。
昏い影が忍び寄るように。或いは血が広がるかのように、じわりと。
此処は悪夢が咲き、現実を侵食する森。
森に足を踏み入れたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の眼前。そこには今、森とは全く違う景色が広がっていた。
白昼夢。過去の記憶。
もしくは見慣れた光景。
何度も思い出し、幾度も繰り返してきた夢がまた、此処にある。
まず見えたのは親友の姿。
親友は続けてクラウスを突き飛ばした。次に戦闘機械群の激しい攻撃が親友を呑み込み、その生命を奪っていく。容赦も遠慮も何もない。そこらの瓦礫と同じであるかのように親友は殺され、クラウスは遺された。
「……わかってる」
これが記憶の奥深くに仕舞い込み、眠らせていた記憶ならば動揺くらいはしたかもしれない。森が齎す悪夢であるゆえか、戦闘機械群が親友を蹂躙する様子がスローモーションのように再生されている。
虐殺の瞬間の繰り返し。血飛沫と一緒に飛び散る何か。
『苦しい。痛い。助けて』
本来はなかったはずの親友の嘆きの言葉や、本当にあったことではない出来事までが見せられているのは、悪夢の森が勝手に作り出しているからだろう。
『あのとき庇わなければよかった』
『本当は、死ぬのはそっちだったはず』
聞こえるのは歪んで掠れた声。
死体となった親友の、潰された眼窩から睨めつけるような視線を向けられている。
「所詮は夢だ」
淡々と言葉を落としたクラウスはただそれを見ていた。
目の前の悪夢に対して何もしないままでいるのは、ただの過去であると認識しきっているから。こんな悪夢の森でなくとも、幾度も夢に出てくる事実であるゆえ。
クラウスは寄せ集めの遺留品を握りしめて、ただ真っ直ぐに通り過ぎていく。死ぬ直前の親友の顔がまた浮かんだとき、クラウスは掌に僅かな力を込めた。
自分がどれほど後悔しても、どれだけ苦しんでも、現実は非情だ。
(あいつが死んだって事実は変わらない)
クラウスは歩を進めた。
胸裏に浮かぶ思いは止まらないが、足だけは止めない。
(……生きるべきは俺じゃなくてあいつだったって想いもまた、ずっと変わらない)
先程に聞こえた恨み言や嘆きも、クラウス自身がそう思うから紡がれたのだろう。もしかすれば本人が本当に思っていたことかもしれないが、確かめるすべはない。
だが、それでもいい。
「本当のお前とまた会えるのなら、恨まれても取り憑かれてもいいのにな」
自嘲的な想いが胸を衝く。
そうやって森を進んでいくクラウスは気が付いていない。
あの悪夢を見る度に、傷付いて膿んでいく自分の心の形に――。
🔵🔵🔵 大成功

悪夢を見せるだなんて
言うまでもなく悪趣味ね
目の前に現れたのは知らない子ども
…いいえ、きっと覚えていないだけで
知っている子なのね
顔も名前も思い出せないけれど
かつてのわたしはきっと
その子のことをとても大切に思っていた…はず
その子が、目の前で竜に喰らわれる
たすけてと叫ぶ声が、耳の奥でこだまする
わたしはそれを、ただ見ていることしか出来ない
…そう、確かに悪夢だわ
でも、残念だったわね
現実でないのなら、夢だとわかっているのなら
わたしは迷ったりはしない
森の奥へと歩みを進めて…でも
あの子を食べた竜を撃つくらいはしてもいいかしら
あの子を勝手に殺さないでちょうだい
…ああ、気分が悪い
こんな悪夢は早く終わらせなくちゃ
●夢幻の影
人気のない薄暗い森。
元より陰鬱としている場所は今、悪夢が蔓延る領域になっている。
「言うまでもなく悪趣味ね」
悪夢を見せるだなんて、と言葉にしたシルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は先を目指す。
小径へと一歩を踏み出せば、昏い影の中に入り込んだような感覚が走る。
同時にシルフィカの目の前にちいさな人影が現れた。
「――誰?」
思わず疑問混じりの声が零れ落ちたが、シルフィカは首を振る。知らない子どもだというのが第一印象だったが、きっとそれは違う認識だ。
(……いいえ、きっと覚えていないだけで知っている子なのね)
考えを改めた理由はふたつある。
まずはこれが悪夢ならば、自分の知らない事柄は出てこないこと。
次に、自分の裡にある何らかの感情が揺れ動いたこと。
人影の顔はよく見えないし、名前も思い出すことはできないが、それでも。
「かつてのわたしは、きっと――」
その子のことをとても大切に思っていた、はず。
確信はできないがそうだと感じた。それならば森の悪夢は何を見せるというのか。シルフィカは僅かに身構え、先を見据える。
その次の瞬間。
森の景色が反転するように歪んだかと思うと、咆哮が聞こえた。
それは竜が放つ鋭い声だ。
『たすけて』
続いて助けを求める子どもの声が耳に届く。ちいさな人影は瞬く間に竜に喰らわれ、その身体が容赦なく引きちぎられていった。
骨が砕ける音まで聞こえるような凄惨な光景を、シルフィカはただ見ていた。
その間もずっと、あの子の叫ぶ声が耳の奥でこだましていく。
「……そう、確かに悪夢だわ」
目を伏せたシルフィカは眼前の光景から僅かに視線を逸らす。
されど、このまま呑まれてしまうことはない。そのことを示すためにシルフィカは顔を上げ、口をひらいた。
「でも、残念だったわね。わたしは迷ったりはしないわ」
シルフィカは前に踏み出した。
現実でないのなら、ただの夢だと決まっているなら、通り過ぎるだけ。
しかし、ふと立ち止まったシルフィカは竜を見遣る。どうせ現実ではないなら、あの子を食べた竜を撃つことだって許されるはず。
「あの子を勝手に殺さないでちょうだい」
精霊銃を構えたシルフィカは標的に向けて力を解き放つ。
刹那、竜もあの子も何処かに消え去った。花雫が悪夢を穿ったことで周囲は元の森の景色に戻っていく。
「……ああ、気分が悪い」
片手で胸を押さえたシルフィカは進む。
こんな悪夢を一刻も早く終わらせる、夜明けを導くために。
🔵🔵🔵 大成功

気づいたら
誰も居らんかった
ただ ただ 赤かった。目の前ぜんぶ
これ、血……?
でも誰も居らんの
誰の欠片も、ねぇの
あかいだけ。
どして?なして?
寝るまでは爺が頭、撫でてくれてたじゃん
いっぱいいる きょうだい達といつもの様に喧嘩して叱られて
それで、
あれ?
みんな、ぜんぶ、ねぇの。
ね、どこ?
おねがいだから返事して
置いてかないで!!!
……なんか、すんごい鳴き声する。
鳩時計とは思えない声と気迫で、飛び出してきたポッポちゃんに激突されて
っ痛ーーー!
起こすんならお手柔らかに、いつも言うちょんのにぃ
んでも、ありがと♡
そか。悪夢、コレかぁ
薄れかけてた記憶が鮮明なって
微かな震え
暫く収まりそにねぇわ
(アドリブ歓迎でぃす☆)
●いない、いない、なにもない
赤い花が咲いた。
そんな不思議な感覚を抱いた瞬間、雫が滴るような音が耳に届く。
八卜・邏傳(ハトでなし・h00142)はハッとする。気付けば周囲には誰もいなくなり、自分だけがこの場に立ち尽くしていた。
ただ、ただ、赤い。
目の前にあるすべてが赤に染まっており、それ以外は何も認識できない。
「これ、血……?」
疑問を口にしても答えを返してくれる誰かも、存在も辺りにはない。もし血だとしても誰のものなのか。何故にこうなったのか。
「誰も居らん。誰か……」
痕跡の欠片も、気配すらもなく、本当にあかいだけの世界。
邏傳は記憶を辿り、手掛かりになるようなことを思い出そうとした。
「どして? なして?」
その間も疑問は止め処なく溢れてくる。
確か自分が寝るまでは誰かが――そうだ、爺が頭を撫でてくれていた。
そうだ、いつものようにいっぱいいるきょうだい達と喧嘩をして。怒られても、叱られても、爺が「よしよし」と声をかけて慰めてくれたら、痛いのも辛かったのもぜんぶ、ぜんぶ飛んでいった。
「それで、……それで?」
賑やかで騒がしくて、忙しくて目まぐるしくて、でも楽しかった。
みんながいて、爺が撫でてくれて、幸せだった。
それなのに。
「あれ? みんな、ぜんぶ、ねぇの」
――ね、どこ?
邏傳は赤い世界に手を伸ばす。
不安な心が胸を支配していく中で邏傳は前に踏み出した。赤い景色はその歩みを阻むように絡みついてきたが、邏傳は心で叫ぶ。
――おねがいだから返事して。
「置いてかないで!!!」
気付けば邏傳は声を張り上げ、助けてくれる誰かを求めていた。
そのとき、何処かから声が聞こえた。
かなり大きな音だ。不安よりもそちらが気になった邏傳は意識を巡らせた。
(……なんか、すんごい鳴き声する)
聞き覚えがある。
あれは何だっか。
あっちの方に行きたい。
行かないと、という思いが邏傳の裡に生まれた瞬間。
『ポッポーーーー!!!!!!!』
「っ痛ーーー!」
鳩時計とは思えない声と気迫で飛び出してきた|妖力時計《ポッポちゃん》が邏傳に激突した。あまりの痛みに意識が完全に引き寄せられ、邏傳は目を見開く。
「起こすんならお手柔らかに、いつも言うちょんのにぃ」
ぶつかった箇所を片手でさすった邏傳はからりと笑った。痛みはもう少し続きそうだが、今はポッポちゃんに感謝するときだ。
「んでも、ありがと♡ ……そか。悪夢、コレかぁ」
邏傳は悪夢から覚めたことを確かめ、あれは薄れかけていた記憶だと理解する。鮮明になった過去を思い返す最中、掌が震えているのがわかった。
拳を握ろうとしたが力が入らない。
「暫く収まりそにねぇわ。けど……進まんわけには、いかん」
邏傳は静かに頷く。
震えと共に記憶を抱えて。今はただ、歩みを止めてはいけないのだから。
🔵🔵🔵 大成功

…なるほど、これが悪夢か
その光景を冷静に観察する
真白の髪をした上品な女性が地に座り込み泣いていた
次は枯れた声でこう続けるはず
私の子を返して、と
彼女は|取り替えられた《ボクに居場所を奪れた》幼子の母親だ
もう少し早く優しさを学び、元の子らしく振舞えたら
結末は違ったのだろうか
(罪悪感を覚えることもできないのに?)
真珠色に耀く雨を降らす
幻に効くか迷ったけれど
悪夢だというならイメージで解決できるはず
見たことのある光景なら想像も容易い
いま齎すのは幻影
顔を上げ、何かを抱きしめると
悪夢の存在が揺らいでゆく
ボクの魔力は人の記憶を歪めることもできる
…本当の彼女は全てを忘れ穏やかに暮らしていて
ここにいる筈がないんだ
●忘却は幸いか、それとも不幸か
夢と現実の境界線。
この森には、そのように表すしかない領域があるのだと解った。
「……なるほど、これが悪夢か」
足元から花が芽吹き、咲いていくかのような妙な感覚をおぼえながら、ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)は前を見つめる。
そこにはこれまで進んできた森とは違う光景が広がっていた。普通はありえないものだが、ユオルは冷静にそれを観察していく。
数歩先ほどの距離。
『……、…………』
その空間には、真白の髪をした上品な女性が無言で地に座り込んでいた。どうやら泣いているらしく、嗚咽がユオルの耳に届いている。
女性は暫し何も語らなかったが、ユオルには次に続く言葉が分かっていた。
ゆっくりと顔を上げた女性は喉を震わせ、枯れた声で言う。
『――私の子を返して』
「やっぱり、そうか」
まさに予想通りだった。
何故なら、彼女は|取り替えられた《ユオルに居場所を奪われた》幼子の母親だったからだ。最初に見えた後ろ姿だけで悪夢がどのようなものか理解していたユオルは、幻の彼女が何を求めてくるのかも推理していた。
後悔とは違うが、過去の反省めいた思いがユオルの中に巡る。
『あの子をどこにやったの』
「どうかな」
『返して』
「どうにもできないよ」
幻影相手ではあるが、ユオルは母に返答する。
聞こえてくるのは嗚咽と恨みばかりであり、会話はできそうにない。
もし自分がもう少し早く優しさを学び、元の子らしく振舞えたら彼女が迎える結末は違ったのだろうか、とも思った。されど罪悪感を覚えることもできない自分が、それを成せたか否かの疑問も浮かぶ。
「……ひとまず対処しておかないと」
ユオルは片手を軽く掲げ、真珠色に耀く雨を降らせてゆく。
この幻に効くかは迷ったのだが、怪異由来の悪夢だというならイメージと能力で解決できるはずだと踏んだ。
それに見たことのある光景なら想像も容易いものだ。
此処にいま、齎すのは幻影。
顔を上げ、何かを抱きしめる。すると悪夢の存在が静かに揺らいでいった。
「これで消えたかな」
雨が止むと同時に眼前の景色は森のものになっていた。
ユオルは悪夢に惑わされることなどなく、その手際は冷静かつ見事だったと称するほかない。何故なら――。
「ここにいる筈がないんだ、彼女が」
本当の彼女は全てを忘れて穏やかに暮らしている。
人の記憶を歪めることもできる魔力によって真実を忘却しているのだ。それでも悪夢として此処に出現したのは、おそらく。
「悪い夢がどうして現れたかなんて、考えても仕方ないか」
されど思考はそれまでで止めておいた。
そうして、視線を前に向けたユオルは歩き出す。悪夢を越えた、その先へ。
🔵🔵🔵 大成功

◆連携・アドリブ・エグめの描写歓迎
私にとっての一番、辛いこと
先生がいなくなっちゃうこととか、二口女としての本能に負けること、かな?
脳裏をソレが過ぎれば、眼の前には御馳走の山
絶対罠だ、夢幻だと思っても、耐え難い空腹に抗えなくて
夢中で、手掴みで、二つの口で食べる
食べてルうちに気付く
これ、先生ノ、臓腑、だ
泣くほど辛くて、吐くほど悍ましい
なのに手も口も止まらない
お腹のあたりニ、恍惚感すら
あア、先生ノ生首が、私を睨ンデ
……?
先生ハ
私に食べラレた程度で
相手ヲ呪い、罵るようナ
そンな弱い人じゃ
ない!
よくも、よくもよくも、先生を騙ったな!侮辱したな!
それだけは許容できない
その一点だけで―この悪夢を、突破する!
●信頼と確信
ぞくりとした感覚が走った。
これが森の領域に入った合図のようなものだと気付き、品問・吟(|見習い尼僧兵《期待のルーキー》・h06868)は周囲に視線を巡らせた。
ここはまるで花が咲くように悪夢が広がる森だと聞いている。
(たとえば、先生がいなくなっちゃうこととか)
一番つらいことが悪夢になるのかもしれないと考える吟が、続けて思い浮かべたのは己の性質のこと。
(それか……二口女としての本能に負けること、かな?)
脳裏にソレが過ぎった瞬間、強い風が吹き抜けていった。
同時に悪夢が形を成していき、眼の前に御馳走の山が現れた。それは本物と見紛うほどに精巧であり匂いまで感じられる。
「絶対に罠だ」
こんなものは夢幻。ありえない。
そう思っても御馳走はまるで自分を手招きをするように、そこに存在していた。でも、たとえ夢であっても少し食べるくらいなら――と考えたときには、吟は耐え難い空腹に抗えなくなっていた。
「いただきます!」
吟は気付けば手掴みで、二つの口を使って夢中で御馳走を食べていく。
香ばしく焼かれたお魚。絶妙な味付けの汁物。味わい深い煮物や揚げ物。お刺身の盛り合わせだったり、素材の味を活かしたものであったりと料理は様々。
おいしい。おいしい。もっと。
「……あレ?」
手が止まらないほどに味わう最中、吟は気付いてしまった。
ずるり、と何かが手から零れ落ちる。食べているのは生の肉だった。生々しい血の味すら美味しいと思って食べていたが、これは――。
「先生……。先生ノ、臓腑、だ」
背筋が凍りつく。
どうして、なぜ。いつのまに。気付いた瞬間に涙が溢れるほどに辛くて、思わず吐くほど悍ましい。床に広がっているのは血か、それとも自分が戻した何かなのか。真っ黒に染まる視界の中、もはや何もわからない。
それだというのに吟の手は止まらない。
もっともっと。たくさん。
手も口も止まらない。もう一つの口がもっと食べさせてと欲している。それだけではなくお腹のあたりから恍惚感すら湧いてきた。
顔を上げると鞠のような何かが転がっている様子が見える。
『この化け物』
(あア、先生ノ生首が、私を睨ンデ)
開いた口から紡がれた言葉と、昏い眼窩から恨めしさを感じた。もう取り返しがつかず、先生からも見捨てられて恨まれてしまったのだろう。
だが、吟はふと疑問を抱く。
「……?」
違ウ。
先生ハ、食べラレた程度で相手ヲ呪い、罵るようナ、そンな弱い人じゃ。
「――ない!」
吟が力強く宣言した刹那、悪夢の暗闇も肉片も生首もすべて消え去った。
景色が元の森に戻っていく中、吟は唇を噛みしめる。
「よくも、よくもよくも、先生を騙ったな! 侮辱したな!」
許容できない怒り。その一点だけで悪夢を打ち破った吟は地を蹴って駆ける。
こんな悪夢なんて消えてしまえ。
願った思いの力は強く、森に満ちる魔を祓うものとなった。
🔵🔵🔵 大成功

√汎神でも流行りのクヴァリフの仔ちゃん回収!
悪夢の見える森に向かえば良いんっすねぇ
わぁいゾクゾクする〜
しかしガランちゃんはお仕事頑張りますよ…!
こわい!薄暗い!
悪夢を見るのにうってつけな森の中〜
ボクの悪い夢といえば何でしょねぇ
例えば、捨てられてしまった家族の姿とか
例えば、拾い上げられる事なかった他の子供達とか
けれども今ここにいるのは
饕餮憑きのガラティン・ブルーセ
迷える子羊はいなくなってしまいました
…ので、弔い代わりのインユァドリーム
悪夢や森の出口は何処でしょね〜と
夢見るヒツジ群れを連れて探しに行きましょうか
悪夢って結局のところ、
向き合いきれない自分自身の
弱さだったりするような?
●現実と夢想
目的地は悪夢が蔓延る森の奥。
此度の任務は流行りのクヴァリフの仔の回収。
よしっ、と気合いをいれて目標を確認したガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)は今、件の領域に足を踏み入れていた。
「わぁいゾクゾクする〜」
この奥にいる怪異を退治するにはまず、この領域を越えなければならない。
悪夢が何をみせるのかは想像できないが怯えている暇などない。
「しかしガランちゃんはお仕事頑張りますよ……!」
決意を言葉にしたガラティンは周囲の気配を探りつつ、森の奥を目指して進んでいった。昼間だというのに薄暗い森は不気味だ。普段から人が寄り付かないのも頷けるし、おそらく何かを――例えば怪異を隠匿するにもぴったりだろう。
「こわい! 薄暗い! ボクの影すら見えない!」
まさに悪夢を見るのにうってつけな森の中だという感想を抱き、ガラティンは考えていく。自分にとっての悪い夢といえば何なのか。
「例えばそうそう、こんな感じの」
ガラティンは立ち止まる。
いつの間にか目の前が森の風景ではなく、孤児院の光景になっていたからだ。
浮かぶのは泡沫のような記憶。
捨てられてしまった家族の姿が揺らめき、すぐに消える。どうして捨てたのか、不要だからだったのか。それとも別の、と考えまでもが揺らいでいった。
次に浮かんだのは他の子供たち。
拾い上げられることのなかった彼、或いは彼女。その子達の思いはどんなものだったのか。想像はできるが本当のことはわからない。
御伽噺、生贄に選ばれた子山羊が次の救い主だから。
「なるほど、こういう……」
ガラティンは浮かんでは消えていくものを瞳に映していた。現実に即した悪夢が目の前でふわふわと、それでいて不安定に現れている。
でも、けれども。それでも。
今、ここにいるのは――饕餮憑きのガラティン・ブルーセ。
「迷える子羊はいなくなってしまいました……ので、」
ガラティンは自分を示しながら、悪夢とされるものたちを見渡す。
一瞬だけ言葉に詰まりそうになったがそれも僅かなこと。ガラティンはふわもこ羊を呼び出し、自分の周囲で跳ねさせる。
それは弔い代わりの|電気羊ノ夢想《インユァドリーム》。
「悪夢の出口は何処でしょね〜」
夢見るヒツジの群れを連れたガラティンは周囲の幻想など気にせず、進むべき場所を探して進んでいく。
そうしていくと次第に辺りの景色が元の森に戻っていった。
無事に抜けられそうだと感じたガラティンは、ふとした思いを抱く。
「結局のところ――」
悪夢とは、向き合いきれない自分自身の弱さ。
きっと、おそらく。自分が見せられたものを思い返したガラティンは振り返る。あの光景に何もせず、何の言葉も掛けなかったことが証のようなものだ。
そして、そこにもう何もないことを確かめたガラティンは前を見る。
再び歩き出すまでに目を瞑った僅かな間は、追悼にも似ていた。
🔵🔵🔵 大成功

WIZ <狂気耐性><精神抵抗>
私、悪夢にうなされることなんてないですよ
「悪夢のような光景」を常に見ているからなんですけど
この宝物を拾ってからはぐっすり眠ったこともありません…
私が恐れるのは、怖いものを見ることではなくて|夢《狂気》と現実の区別がつかなくなってしまうこと
ときどき怖くなることはあります。昼夜は関係なく…
現実とそれ以外をわけている細い線が切れてしまって、心が「あちら」に行ったきり帰ってこられなくなったら、私、|皆さん《人類》の敵になってしまうかもしれない、って…
あ…何言ってるかわかりませんよね。すみません。先を急ぎましょう。リアムさ…あれ?いつのまにか、はぐれてしまったようです…

POW
機関の活動を把握したくて志願したものの、同行者とも逸れるし、まさに怪異が見せる悪夢の領域ってわけですけど…
こういう場所で一種の安楽さを覚えてしまうのを、実家のような安心感などと言えば軽薄すぎますか
しかしまさにそれこそ僕の悪夢なんでしょうねー…
己が“かつては|魔性の子《悪夢を見せる側》だった”というのが
どうだろうな…こう他人事みたいに考えてるけれど
そういうのを突きつけられて僕は【受け流せ】るのかな
少々昔らしくさせられようと、逸れていれば迷惑をかけることもないとはいえ
まぁどうあれ進むのみですし、ここに対する術策などはありません
【覚悟】を持って【切り込】めばいいと、|人間《ひと》に教わったので
●本当に恐ろしい事は
薄暗く先が見えない森。
一言で表すなら不気味な場所だ。この森の奥にいる怪異の影響によって悪夢が咲き、人を惑わすとされているのだから、さもありなんと言ったところか。
星越・イサ(狂者の確信・h06387)はそっと歩みを進め、悪夢について考える。
イサは悪夢にうなされることなどない。
何故なら、常に『悪夢のような光景』を見ているからだ。
毎日が悪夢そのものならば、夢で悪いことが起ころうが変わりはない。それに加えて、うなされない理由はイサの所有しているものが要因だ。
「この宝物を拾ってから……」
ぐっすり眠ったこともないのだとして、イサは僅かに俯いた。
それは外宇宙より飛来した正二十面体の遺物。便宜上、宝物だと呼んでいるがイサにもたらされるのは幸福や富などではない。
非現実的で不規則なノイズのような断片的情報は今もイサを蝕んでいた。
だからこそ、イサは此処にいる。
自分のようなものならば悪夢の森など難なく抜けられると解っていたからだ。
されど、イサにも悪夢は花咲く。
歪んだ景色が現れ、ぐにゃりと揺れ動いた。森であって森ではないものがイサの周囲にはあり、暗い木陰の中に何かが潜んでいるような感覚が広がっていく。
(これは怖い夢……でも、私が恐れるのは、怖いものを見ることではなくて――)
夢と狂気、幻想と現実。
そういったものの区別がつかなくなってしまうこと。
その心を反映しているのか、周囲の景色は現実と幻影の中間にあるような曖昧なものになっている。自分はまだ現実にいると思わされているのか。それとも夢の中で現実だと勘違いしているのか。
普段もときどき怖くなることがある。
まるで今も、その感覚が昼夜は関係なく襲い来るときのようだ。
現実とそれ以外をわけているのは細い線。イサはそのように考えている。
だからこそ、何かの切欠や拍子で線が切れてしまったら。そう、心が『あちら』に行ったきり帰ってこられなくなったらとしたら。
「私は、皆さん人類の敵になってしまうかもしれない……」
気付けばイサは小さく呟いてた。
だが、森の悪夢に押し負けたわけではない。裡に宿す狂気への耐性がイサの心を守る力となっているのだ。
自分でも何を言っているのか、と頭を振るイサ。
「すみません。先を急ぎましょう。リアムさ……あれ?」
同行者の名前を呼んだが、誰も居ない。
どうやらずっと隣を歩いていると思ったが、いつのまにか、或いは最初からはぐれてしまったようだ。しかし、悪夢の領域を抜ければ合流できるかもしれない。
イサはそう判断し、先を目指していく。
一方、その頃――。
●因果が導く路
怪異退治を経た、此度の最終目標。
それはクヴァリフの仔と呼ばれるものの回収。
汎神解剖機関が求めるものは、人類を延命するための|新物質《ニューパワー》だ。
望田・リアム(How beauteous mankind is・h05982)は機関の活動を把握し、自らが赴くことを志願したゆえ、この悪夢の森にいる。
だが、今は同行者とは逸れてしまっている状態。
「まさに怪異が見せる悪夢の領域ってわけですけど……」
リアムは軽く肩を竦めたが、悲観しているわけではない。むしろこういう場所では一種の安楽的な感覚を覚えてしまう。これを実家のような安心感などと言えば軽薄すぎるだろうが、それもまたリアムらしさだ。
されど、リアムは自身のことをよく分かっている。
「しかしまさにそれこそ僕の悪夢なんでしょうねー……」
過去を思い、浮かぶのは感傷めいたもの。
己が“かつては|魔性の子《悪夢を見せる側》だった”というのが、今のリアムをリアムたらしめている要因だ。いわば悪夢の森と同じ性質であると語ってもいい。
「どうだろうな」
考えを巡らせながらリアムは進み続ける。他人事のように考えてはいるけれど、たとえば――眼前の光景のように現実を突きつけられたとしたら。
「これは……」
思わず立ち止まったリアムが見ているのは、幼き頃の自分だ。
怪異が関わる呪術品。
それを密売していた商人だった両親。
実質的に子を失い、その代わりとして現れた魔性の少年が災いを呼ぶ。呪術の品を扱った因果とはいえ、様々な破滅がもたらされたのは間違いない。
人が壊れる姿を見た。
心が潰されていく様を呼び起こした。
他人事ではない、自分の所為だ。
「……自分のことながら、なかなかの悪夢ですね」
悲劇の宿命は終わったが、目の前に映される光景は現実にあったこと。
万物に終わりが来たとしても過去は消せない。魔性の所為で壊れたものの中には、決して元に戻せないものだってあったはずだ。
それでも、これが悪夢という名の嵐だというのならば。
「過ぎ去るのを待つのも、ひとつの手です」
リアムは夢の現象を受け流すべく歩き出す。少々昔らしくさせられようと、逸れていれば迷惑をかけることもない。とはいえ心には来る。
されどここに対する術策などはないゆえ、やはり覚悟を持って進むのみ。そうやって切り込めば道が拓ける。
そう|人間《ひと》に教わったのだから――。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

夢という現と幻の狭間を揺蕩うのは、すき
いつかの懐かしさを追いかけて
いつかの恋しさを慈しみ
夢幻に響く、声を慰めにして
──けど、決して届かないの
桜の森に足を踏み入れる
そう、こんな日だった
パパとママとはぐれたあの日は
ララはパパと飛ぶ練習をしていたの
迦楼羅なのに…まだララの翼は天を翔けることが叶わない
これは死活問題、なんだって
ママの眼差しを感じつつ桜の梢をぴょんと跳ねて、翼をはためく
飛んで、飛べなくて
落ちていく
ぽっかり空いた穴に
ここでは無い何処かへ
手を伸ばしても届かなくて
パパとママが遠ざかる
桜吹雪が全てを攫って──
しんと張りつめた空気の中
纏うのは迦楼羅焔
逃げたり退いたりしたら負けよ
…焼き尽くしてあげる
●落ちた雛鳥
――おやすみなさい。
そういって眠るまでの時間が、すきだった。
現と幻の狭間を揺蕩って夢の世界に行ける。大好きなパパとママの傍にいた時なら、二人の間で幸せな心地に包まれていたから。両親とはぐれてしまった今は、あの日のような夢だって見られるから。
悪夢の森にララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)が踏み入ったとき、その目の前には桜が咲き誇る景色が現れた。
それはまるで夢が映す幻想の世界のよう。ララは幽かに笑み、こくりと頷く。
「夢というのは、すきよ」
いつかの懐かしさを追いかけて、いつかの恋しさを慈しんで。夢幻に響く、声を慰めにしていけるから。
けれど、決して届かないことはしっていた。
そんなララの思いを示すように景色が揺らめいてゆく。
――そう、こんな日だった。
「パパ、ママ」
それは二人とはぐれたあの日。
父と飛ぶ練習をしていたララは懸命に翼をひろげていた。父と同じ迦楼羅だというのに、幼いララは天を翔けることが叶わない。
これは死活問題。二人がそういっているのを聞いた。
はらはらしている様子の母の眼差しが気になっていたが、ララは桜の梢をぴょんと跳ねてから、翼をはためかせる。
「――あ」
飛べると思った。けれど、飛べなかった。
父が受け止めてくれると思ったが、ララはただ落ちていくのみ。其処にぽっかりと空いた穴に、まるで御伽噺のアリスのようにまっさかさま。
その先は此処では無い何処か。
一生懸命に手を伸ばして、パパ、と呼んだ。けれども何も届かなかった。
遠ざかる景色と声。
ざあ、と花を攫う風が吹いている音がした。桜吹雪は全てを攫い、幼い少女までも遠い場所に落としてしまった。
「あの日が、ララにとっての悪夢だっていうの?」
同じ感覚を体験させられたララは周囲を見渡してみる。誰もおらず何もないが、森が悪夢としてあの光景をみせたことだけはわかる。
しんと張りつめた空気の中、ララは双眸を鋭く細めた。
笑っているのではない。静かな敵意と、幼いながらも確かな憤りを以て、この領域に仕返しをする心算だ。
少女が纏うのは迦楼羅焔。
逃げたり退いたりしたら負けだと本能で解った。それゆえにララは力を紡ぐ。
「……焼き尽くしてあげる」
ララの周囲に、桜龍神の祝と迦楼羅の寵愛の具現たる桜吹雪が舞った。桜禍は少女の宣言通り、悪夢のみを焼いて滅していった。
あとに残ったのは本来の景色のみ。
懐かしそうにあの日以前のことを思い出しながら、ララは歩みを進めた。
届かぬ過去ではなく、手を伸ばせば届く未来に向かうために。
🔵🔵🔵 大成功

悪夢なんてひとつしかない
兄さんが死んだ時を忘れた事はない
能力者である以上その死は遠い筈だった
「兄さん!」
見つけた時はもう手遅れだった
血溜まりに沈み手の施しようがない
私は躊躇わず駆け寄り抱き起こして呼びかける
兄さんの唇が動く
『水が欲しい』
そう言ったように見えた
私は泣きながら持っていた水筒から震えてこぼしながらもコップに注ぎ兄さんに与える
兄さんは微笑んでくれた
『ありがとう、小鳥』
兄さんは息を引き取った
水を与えてはいけなかった
死の縁という極限からの解放、安心が死に繋がる、そういう説がある
それでも本来なら再構成されて蘇る
ただ一つの例外、Ankerに殺されることを除けば
|私《Anker》が兄さんを殺した
●真実
――死。
それは√能力者にとっては遠い存在。
或る意味で呪いにも似た世界の理がある限り、訪れないものだと思っていた。
悪夢はたったひとつ。
花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)にとってのそれは、忘れえぬ記憶。
森に踏み入った小鳥は立ち止まった。本当は歩を進めなければならないのに、立ち尽くしてしまった理由は――見覚えのある人影を見つけたからだ。
「兄さん!」
次に小鳥は反射的に飛び出していた。
わかっていた。何を、どんな幻影を見るかなど、予想できたことだ。
頭ではわかっていても心が目をそらすことを拒んでいる。無視などできなかったゆえに、小鳥は|彼《兄》に駆け寄った。
あのときと同じ。
あの日と一緒だ。
兄の姿を見つけ、認識したときにはもう手遅れだった。
彼の身体は血溜まりに沈み、あちこちが傷付いている。どこを見ても手の施しようがないと分かる状態であり、希望の欠片すら見つからなかった。
自分の手や衣服が汚れることなど構わなかった。躊躇わずに兄を抱き起こした小鳥は必死に呼びかける。すると彼は唇をかすかにひらいた。
『……、……』
「兄さん、兄さん!」
何か言いたいのだと気付いた小鳥は彼に顔を近付ける。
掠れた声にもなっていないが、その唇の動きで察せることもあった。
『水が欲しい』
そう言ったように見えたので小鳥は手を伸ばす。
涙が溢れ、腕が震えていた。それでも必死に水筒を取り出して水を注ぐ。コップを持つ手が震えて半分以上は零してしまったが、構っている暇はなかった。
飲んで、と差し出したコップが傾けられ、水が兄の唇を伝う。
嚥下したのか、よく見えなかったが兄は小鳥を見て微笑んだ。その瞳は霞んだような濁った色が混じっており、もう目もよく見えていないようだった。だが、兄は自分の傍にいるのが妹であるとよくわかっていたらしい。
『ありがとう、小鳥』
「や……兄さ――」
もう一度、呼ぶ前に兄は息を引き取った。
後から思えば水を与えてはいけなかったのかもしれない。何故なら死の縁という極限からの解放、安心が死に繋がるといった説があるゆえ。
「でも、でも……」
本来ならば再構成されて蘇るのが能力者だ。しかし、兄は蘇らなかった。
不死を覆す唯一の例外は、Ankerに殺されること。
そのことから導き出される答えはひとつだけ。
――私《Anker》が、兄さんを殺した。
どんな悪夢より、どんな幻よりも、本当に恐ろしいのは――この現実だ。
🔵🔵🔵 大成功

同行、アドリブ歓迎/POW
――悪夢、か
わたしね、思っていたことがあるの
「もし声を失ってしまったら、わたしはどうなるの」って
ナイチンゲールとばらのおとぎ話のように
命を失うのは惜しくないの
だってわたしは所詮、みんなにとって「人間災厄」なんだもの
それにわたしの命が何かのためになるならば、死ぬのは怖くないよ
けど、もし声を失ってしまったら
歌うこともできず、誰かに言葉を掛けることもできない
――誰かに、希望を届けることもできない
それはとても恐ろしいことなの、わたしにとっては
歌うことだけがわたしの存在、存在意義、だったから
でもね、最近気づいたの
たとえ歌えなくなっても、言葉をかけられなくても
それだけが希望を伝える方法じゃないって
つないだ手や寄せた頬のひとひらの温もりやその感触
差し出す花やさしこむ陽光や月光の美しさを指し示すこと
それだけでも、誰かの救いや希望になることもあるって
だから、わたしはいつでも、さいごまで、あきらめない
声を失っても、心を折ったりしないわ
前へ進むの!
悪夢を強い心で振り払って、進むね!
●喩え、声を失くしても
暗く深い森の中。
怪異の力によって歪んだ領域と化したこの場所には、悪夢が蔓延っている。
悪い夢のかたちは様々だ。
たとえば自分にとっての恐怖の対象、絶対に望まないことや過去の嫌な記憶、または起こってほしくない出来事などがそう呼ばれる。
ここでどんな悪夢が見せられるのか。
森を行く立花・翼(希望唄うルスキニア・h06488)はふと思い立つ。
それは、考えうる限りの悪いこと。
(――もし声を失ってしまったら、わたしはどうなるの)
周囲の景色は微妙に揺らいでいる。何か悪いものがゆっくりと花咲いていくような気配を感じながら、翼は思考を巡らせていった。
たとえば、あのおとぎ話。
ナイチンゲールとばらのように、自分が願うことの為に歌って命を失うならば惜しくない。世界の役に立てるなら、もしくは大切に想うたったひとりのためにだけでも、歌で生涯を閉じられるなら本望だ。
そのことは怖くない。
(だってわたしは所詮、みんなにとって『人間災厄』なんだもの)
本当は普通の女の子でいたかった。今だって自分はそのつもりでいる。
けれど、世界はそうは認めてくれなくて――。
その結果、翼はいつの間にか覚悟を抱いていた。自分の命が何かのためになるならば、死ぬのは怖くないと思うようになったのだ。
(だから、怖いのは死ぬ夢じゃない)
翼は歩みを進めていき、自分の思いを確かめた。
しかし、次第に思考は恐ろしいことの方に移り変わっていく。それに呼応するように周囲の木々がざわめき、葉擦れの音が大きくなっていった。
まるで森が不気味な音楽を奏でているかのようで、背筋がぞくりとする。
そして、翼は再び思う。
「もし、わたしが声を失ってしまったら――」
思わず考えが言葉になっていく。
無意識で呟いたことが影響したのか、周囲の景色がぐにゃりと揺れた。そこに映し出されていったのは、もしもの未来を示した幻影。
その中での翼は俯いていた。
片手で喉をさすっているのは、何らかの出来事で声を失ってしまっているからだろうか。口を開いても音は紡がれず、伏せた瞳に光はない。
配信ができるほどの気力はなく、自分の部屋も薄暗いまま。
護霊である雪白のナハティガルも翼の近くにおらず姿が見えない。絶望した翼の傍にはいられないということなのか。
そのすべてが幻影ではあるが、すべてが今と違う。
光はどこにも見えず、世界が闇に閉ざされてしまっているかのよう。
たとえるならば声を失った人魚姫。けれども自ら願って声を捧げたのではなく、誰にも会えず、何の望みもないまま泡沫として消えるようなもの。
声を失くした翼は歌うこともできず、誰かに言葉を掛けることもできない。
(……こんな風になってしまったら)
――誰かに、希望を届けることもできない。
翼の瞳が震える。それはとても恐ろしいことであり、絶対に望まない未来だ。悪夢の森が見せているのは翼の存在を揺るがす悪夢。
即ち、存在意義を奪われた翼が辿る末路だった。
「嫌なことを見せるんだね」
怪異の影響で生まれた悪夢の領域は、人の心を折るような幻をみせるのだろう。翼はこの魔力についてそっと語る。
心の弱き者ならば、この悪夢に屈して動けなくなってしまう。
されど今の翼は違う。かつての自分なら立てなくなってしまったかもしれないが、ここで膝をつくようなことはしなかった。
確かに歌えなくなることは嫌で、できればずっと歌い続けたい。
「でもね、最近気づいたの」
歌はかけがえのないものだが、翼が一番大切にしているのは希望。
歌えなくなっても、言葉をかけられなくても、それだけが希望を伝える方法ではないことを学んだ。こんなにも大切なことを知れたのは、能力者として戦うことを決めたからかもしれない。
「大事なものがなくなっても、それだけじゃないんだよ」
希望は何処からでも生まれる。
たとえば、つないだ手。寄せた頬のひとひらの温もりや、その感触。微笑みのあたたかさも、ふとしたときに重なる視線も。それから、差し出す花やさしこむ陽光や月光の美しさを指し示すこと。
たったそれだけかもしれない。
それでも――そんなひと欠片や切欠が、誰かの救いや希望になることもある。
歌えなくなっても希望は伝えたい。
「だからね、」
これは新たな決心だ。
もしもの未来が悪い方向に転がる、そんな悪夢を見たからこその決意。翼はこれまでに見たものを確かめ、悪いものすら受け入れる気概を抱いた。
甘んじて認めるのではなく、負の感情に染まらぬよう進むために。
「わたしはいつでも、さいごまで、あきらめない」
翼は思いを声にした。
これは心からのものであり、悪夢に負けたくないという意志のあらわれ。それによって周囲の悪い光景が揺らいだことに気付き、翼はもう一度思いを紡ぐ。
「あきらめたく、ない!」
声を失っても心を折ったりしない。立ち止まったりもしたくないから。
前へ進みたいと示した翼は強い心を持つ。悪夢とは違って今はまだ歌えることをあらわすために、歌を響かせながら。
希望の力を信じて、ただ前へ――。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

アドリブ歓迎
解釈お任せ
NG:泣く
_
──車に乗っている
窓の外を見れば高速道路で、窓に映る己の顔や手は幼い頃のもので
どくん、と心臓が嫌な音を立てる
嫌な汗が滲む
男性が運転している
その隣に母親だった女性が座っている
彼が実父なのかは終ぞ解らず
この女性は血縁上は母親だったが、今はもう縁も切られたから赤の他人だ
…五歳くらい、だったと思う。施設に入る前だ
俺は生まれた時から母に酷く疎まれていて
憎しみと恐怖の目でいつも睨まれていた
俺は怪異や邪霊を引き付けやすい体質なのもあるし
または別の理由もあるのかも
だから家族旅行なんてしたことなくて
けどこの夏の日、遠出をすることになった
…なんでだったかな、…そうだ
母親の生まれた村に行くんだって
車の後部座席で俺はいつしか眠っていて
けれど突然の大きな音と衝撃に襲われた
事故だ
助かったのは俺と母だった女性だけ
運転していた男性と、……母の胎にいた妹は
死んだ
ドライブレコーダーには何も映っていなかったのに、『運転手は何かを避けるために急にハンドルを切った』のだと
…俺は、
俺は、怪異や邪霊を、引き寄せるから
俺のせいだ、俺が二人を殺した
母から酷く責められた
もう散々だと泣いていた
お前が死ねば良かったのにと
『おまつりサマ』に早くなってしまえと
…『おまつりサマ』が何を指すのか解らない
けど
俺の命はいらないものなのだと
このときちゃんと解ったから
死なない、って大切な友人と約束した
俺もまだ死にたくないなと思ってしまった
けどさ、
「……わかってるよ」
この過去をもう一度見なくたってちゃんとわかってる
視えた空間の綻びを槍で穿つ
硝子が砕ける様に夢から醒める
彼が、友が隣にいなくて良かった
こんな酷くて情けない顔、…晒さなくて済む
●あの夏にさよなら
あれは、ただの悪い夢だった。
そうやって朝起きるように夢から醒めることができたなら。
現実がもっとまともで、平穏なものだったならば、どれだけよかったか。
件の森に踏み入ったとき、祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)の視界が大きく揺らいだ。まるで目の前で花が咲く光景を早回しで見ているかのような、言い換えれば自分だけが時間の中に取り残されてしまっているかの如き感覚が巡る。
気付けば、ラムネは夢の中に取り込まれていた。
「……!」
は、と息を呑む。
青い空が広がる中、雲がゆっくりと形を変えていた。
虹彩に炭酸を混ぜたようなラムネの瞳に映るのは、窓から見る景色。それらが速く流れていったことで、自分が車に乗っているのだとわかった。
どうやら今は高速道路を走っているらしい。
そのとき、ラムネは硝子に映り込んでいる自分の姿が今のものではないことに気が付く。その顔は幼い頃のものだった。無意識に硝子についていた手も小さく、子どもの姿になって――否、五歳の頃に戻っているのだと知った。
どくん、と心臓が跳ねて音を立てる。
嫌な汗が滲んでいく感覚もあった。
おそるおそる顔を前に向ける。
運転席には男性がいて、その隣――助手席には母親だった女性が座っていた。
母がいるのだから男性は父ではないかとも思うのだが、彼が実父なのか当時のラムネにはわからなかった。今も真実は知らず、終ぞ解らぬままのこと。
この女性も母ではあるが血縁上の話だけ。母親だったという過去形が相応しい関係であり、今はもう縁も切られているゆえに赤の他人。
普段より、彼女に向けられていた視線が恐ろしかった。
産まれた時分から酷く疎まれていたらしく、憎しみの混じった恐怖の目がいつもラムネを睨みつけていた。
それでも死なずに生きていられたのは、最低限の世話はしてくれたからだ。
母だった者が本当はどう思っていたのかはわからない。ラムネは元から怪異や邪霊を引き付けやすい体質なのもあり、それらが悪影響を与えた可能性があった。
或いは、別の理由があったのかもしれない。
どんな環境であっても幼子の拠り所は母だ。当時のラムネは母の顔色をうかがい、その度に冷たい眼差しを受け止めるしかなかった。
そんな家庭環境であったゆえ、家族旅行などはしたことがない。
思えば、幼い頃は旅行という概念すらよくわかっていなかった。しかしこの夏の日、ラムネ達は遠出することになった。
(……なんでだったかな、……そうだ)
車で遠くに行く理由を聞いていた気がする。流れていく車窓の景色に視線を戻しながら、ラムネは思い返す。
見知らぬ景色の先には母親の生まれた村があるらしい。
どうして向かうのか、里帰りというものがどんなことか教えられていなかったので、ラムネはあまり理解していなかった。
母や男性との会話はなく、ラムネはぼうっと外を見ているしかない。
しかし、代わり映えのしない景色を見るのも退屈だ。
(あのときも、確か眠くなって……)
後部座席のシートにもたれかかったラムネはいつしか、うとうとし始めた。退屈な時間も眠ってしまえばきっとすぐであり、寝ていれば迷惑をかけることもない。
そうして、ラムネは目を閉じた。
当時に何らかの夢を見たかどうかは覚えていない。何故なら――。
「!?」
どん、と突き上げられるような衝撃と共に轟音が響いた。
事故だ。
シートベルトをしていたので放り出されることはなかったが、車の前方が大破しているのがわかった。何とぶつかったのか、どうして起こったのかは、そのときのラムネにはわからなかった。
ただ、焦げ臭さに混じって血の匂いがしたことは覚えている。
ラムネは動くことができなかった。
母だった女性のうめき声が聞こえてきていたのが印象的だった。助けて、この子を助けて、と何度も繰り返した女性は腹部を押さえている。視界の端、車の外には黒い靄めいた禍々しい塊が揺れ動いていたが、いつの間にか何処かへ消えた。
(痛い……苦しい……なんで、こんな――)
意識が遠くなる。
どこかからサイレンが鳴っていて、それが近付いてきているのはわかった。暫くして知らない誰かの声がたくさん聞こえて、ラムネの身体が抱き上げられた。
僅かに目を開いたラムネが見たのは救急隊員の姿。
地面に転がっている割れた硝子には、夏空の色が映っている。どうしてかそれが綺麗だと思えた。だが、そこでラムネの意識は途切れる。
そして――。
運ばれた病院で目を覚ましたラムネは、自分が助かったのだと知る。
しかし、あの男性はどこにもいない。
母は別の病室にいるのだと聞いて、安堵したのかどうかは忘れてしまった。同時に看護師が話している噂話もラムネの耳に届いてくる。
『可哀想にねぇ』
『母親は無事だったけれど、お腹の子は駄目だったって……』
『女の子だったんでしょう』
『気の毒に……』
それでわかった。助かったのはラムネと母だった女性だけだったのだと。
運転していた男性は勿論、母の胎にいた妹は――。
(……死んだ)
悪夢の中、病室のベッドに横たわったラムネは事実を反芻する。
ぼんやりと過ごすうちに別の噂話も聞こえてきた。
何でも、死んだ運転手は『何かを避けるために急にハンドルを切った』ということがわかったそうだ。それゆえに単独事故を起こし、今の状況に至った。
当日はよく晴れており、見通しも良かった。
つまりは原因不明。もしくは運転ミス。
何も知らぬ者や視えない者から判断すればそういった結末になってしまう。だが、ラムネだけは真実を推察できた。
「……俺は、」
寝台の上で、上体だけを起こしたラムネは記憶を手繰り寄せる。
あのときに見えた黒い靄は邪霊の類だろう。ゆえに、それらを引き寄せる体質を持つ自分のせいだと己を責めるしかない。
運転手の男性も引き寄せられた存在を見てしまい、それを避けようとした。
彼が慌ててハンドルを切らなければそのまま擦り抜け、ただ肝を冷やしただけで済んだだろう。だが、そうはならなかった。
「俺のせいだ、俺が……二人を殺したんだ」
自責の念もあったが、それ以上に苦しかったのは母からの叱責だった。
彼女も息子である者の体質に勘付いており、あの事故の遠因がラムネであると判断したはずだ。起き上がれるようになった彼女は夜な夜なラムネの病室に訪れると、様々な言葉を投げつけてきた。
息子を息子とも思わぬ言動で、何度も何度も罵られた。
疫病神、化け物、ひとでなし。
似たような意味合いの罵倒や、それ以上に酷いことを聞き続けるしかなかった。途中で看護師が止めに入ったときもあったが、母だった女性は止まらない。
そうして彼女はいつも最後に、もう散々よ、と泣き喚く。
(……もう一回、これを聞くなんて)
これが過去を繰り返す夢の中であるとわかっているラムネは、大人になった思考でそんなことを考えていた。流石に辛いな、と感じたことで胸が痛む。
そして、母だった者は毎回こうも言っていた。
『――お前が死ねば良かったのに』
『お前なんて、『おまつりサマ』に早くなってしまえばいい』
そんな風に。
責められる理由も、死ねばよかったという刷り込みも当時は受け入れられた。それが当然だとも思い込んでいた。
だが、ラムネには『おまつりサマ』が何を指すのか解らなかった。
けれども、ひとつだけ理解した。
(俺の命は、いらないもの……。少なくとも、この|女性《ひと》にとっては)
他者からしても怪異を呼ぶ子など不要だろう。
このときにこそ、それがわかったのだとラムネは実感していた。それが良いことか悪いことかは考えずに。
無価値なものだという烙印を押されたのが、この出来事だった。
そうして、ラムネは施設に入れられた。
母親だった者が養育を放棄したことや、その能力がないと判断されたからだ。
施設には様々な境遇の子どもがいた。親を亡くした子、いわゆる捨てられた子もいれば、どうしてここに来たのか話せない子や、何も知らない子もいた。
ただ、どんな理由があるとしても平等だった。
大なり小なり不幸を抱えた子であることは、語らずとも同じであったからだ。
――自分はいらないもの。
施設にいる間もラムネはそんなことを思っていた。最初はいつ死んだっていいと思っていたし、自分が死ねばもしかしたら誰も見たことのない死んだ妹の顔を見られるかもしれない、なんてことも考えた。
(でも……)
しかし今は、幼い頃の自分とは少し違う。
周囲の悪夢が蠢き、またあの事故の瞬間までを繰り返そうとしている。施設では悪くないこと、即ち良いことだって色々あったが、この意地の悪い夢はそんなところまでは映してくれないらしい。
幼い姿のラムネは車に乗せられ、再び事故の光景を見せられるのだろう。
されどラムネは悪夢を拒絶する。
幾度も見せられては精神が擦り減ってしまうだろうし、それに――。
「死なない、って約束したから」
思い浮かべたのは大切な友人の姿と、その顔。
まだ死にたくないと思ってしまった。死んで終わりにしようなんて考え方を捨てて、友人と約束を交わした。
けれど、と呟いたラムネは胸裏に過る思いを確かめる。
「……わかってるよ」
確かな言葉を紡ぎながら、ラムネは己の魂の欠片を具現化させていく。次の瞬間には、その手に|白焔の長槍《アルカンシェル》が握られていた。
この過去をもう一度見なくたって、ちゃんとわかっている。別れを告げるときが今だと示すようにラムネは目を細めた。
そして、一瞬だけ視えた空間の綻びを見据える。
夜は眠らない。だから悪夢も見ない。
地を蹴ったラムネは槍の切っ先で綻びを捉え、瞬時に穿つ。
刹那、硝子が砕けるように眼前に亀裂が入った。割れた硝子めいた空間の断片には、あの日に見た夏の青が一面に広がっていて――。
そうして、ラムネは悪夢から醒める。
気付いたときには景色が元に戻っていた。
夏空は何処にもなく、鬱蒼とした木々が風で揺れる森の光景が見える。
悪夢の最中にあった緊張感から解放されたからか、ラムネは思わず屈み込んだ。俯いた顔がどんなに酷いものであるかはラムネ自身がよくわかっている。
「いま、一人で良かったな」
そう呟いた理由は、彼が――友人が隣にいないことを安堵したゆえ。
こんなに情けない顔を晒さなくて済んだのだから。
立ち上がったラムネは両手で自分の頬をぱしりと叩き、気合いを入れる。再び歩き出したときには、その表情は普段のヒーローとしてのものに戻っていた。
●森の奥へ
森に揺らいでいる悪夢の領域が消えていく。
おそらく多くの能力者がそれぞれの方法で悪夢を抜け、または打ち破り、壊したことで怪異の影響が薄れていったのだろう。
これでもう誰が踏み入っても悪い夢がもたらされることはない。
悪夢を突破したならば、次に待つのは――この森に巣食う怪異退治の時間だ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第2章 集団戦 『トモビキ』

POW
引き摺る紅の呪い
【後追いを求める執念 】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【赤い掌の呪い】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
【後追いを求める執念 】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【赤い掌の呪い】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
SPD
愛別離苦
自身の【ぼやけた遺影 】を、視界内の対象1体にのみダメージ2倍+状態異常【ショック】を付与する【対象の知人かつ既に故人の遺影】に変形する。
自身の【ぼやけた遺影 】を、視界内の対象1体にのみダメージ2倍+状態異常【ショック】を付与する【対象の知人かつ既に故人の遺影】に変形する。
WIZ
ブラッド・スコール
指定地点から半径レベルm内を、威力100分の1の【血のゲリラ豪雨 】で300回攻撃する。
指定地点から半径レベルm内を、威力100分の1の【血のゲリラ豪雨 】で300回攻撃する。
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●雨に追悼、呪に葬列
赤い雨が降ってきた。
悪夢をもたらす領域が消えた先、森の奥に続く小径は赤く染まっている。
しとしとと降る雨からは鉄と死の匂いがした。奇怪な赤い雨が降る小径には、多くの人影が揺らめいている。
それらには首が無い。そのうえ、各々が遺影と黒い傘を持っていた。
「御愁傷様です」
「あゝ、可哀想に」
「おいたわしや」
哀悼めいた言葉を紡ぐこれらは『トモビキ』という怪異だ。最奥で眠る怪異に引き寄せられてきた者たちなのだろう。
それらはどうやら、能力者の到来に気付いているようだ。
怪異はこちらを葬列に引き摺り込むべくして、静かに近付いてきている。
手にした遺影はぼやけているが、もしかすれば――その写真は、見る者にとっての大切な人や故人の写真に変わっているかもしれない。
赤い雨はトモビキを倒せば止む。
それに加えて、この森を淀ませている一因も消え去るだろう。雨が降り続く中、トモビキたちは不気味にゆらりと歩み寄ってくる。
戦闘は避けられない。
死の気配と血の雨を断ち切る戦いに挑むときが今、この瞬間だ。

「ずいぶんと悪趣味です」
赤い雨にも血社には火が灯る
紫煙と纏う香りで敵を|誘い《おびき寄せ》ながら前に出る
遺影に映るのは見間違えることのない兄さんの笑顔
|痛みの遠い《激痛耐性》私にも少なからずショックであり躰と心が蝕まれる
「でも、あなたに感謝します。兄さんの笑顔が見れました」
【断頭台】を発動
天獄で斬り裂き『|傷口をえぐる《生命力吸収》』
実は兄さんの写真は残っていない
その顔もいつからかぼやけて、今ではもうはっきり思い出せなくなっていた
抉るような胸の奥の痛みに私は安堵する
私は忘れたわけじゃない
「……ァ」
|興奮剤《エクスィテ》を打ち『ドーピング』
ショックすら|上書き《精神汚染》して私は天獄を振り下ろす
●記憶は胸の奥に
血の雨と葬列。
それは死者を弔うのではなく、冒涜しているように思えた。
「ずいぶんと悪趣味です」
怪異であるトモビキ達を示し、花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は感じたことを声にする。赤い雨の中であっても|血社《煙草》には火が灯っており、漂う紫煙からは甘い香りが広がっていた。
迫る怪異に怯むことなく、小鳥は敢えて敵を誘うように前に出る。
その際に抜き放ったのは|天獄《アンフェール・レプリカ》の名を冠する刀。
「勝手に使わないでください」
小鳥が見遣ったのはトモビキが手にしている遺影。
最初はぼやけていた写真は今、兄のものに変わっている。おそらく小鳥の悪夢から呼び出され、怪異の力によって映し出されたのだろう。
見間違えることのない、兄の笑顔。
普段から痛みを遠く感じる小鳥であっても、流石にその光景には少なからずショックを感じた。怪異の力は躰だけではなく心を蝕むものだ。
されど、小鳥は兄の遺影から目をそらさない。
「でも、あなたに感謝します。兄さんの笑顔が見れました」
悪い夢。悪い現実。
その中でたったひとつだけ良いと思えたのは、そのこと。礼を述べた小鳥は天獄を振り上げ、ひといきに反撃に入った。
首のない怪異が遺影を抱くのならば、狙うのはその腕。
斬りつけた一閃によって額縁が弾き飛ばされ、刻んだ傷に重ねるようにもう一撃。目にも止まらぬ速さで繰り出された攻撃はトモビキの力を削っていた。
(……兄さんの写真は、もう残っていないから)
先程に小鳥が告げた感謝は心からのものだった。
記録に残されていないものはいずれ薄れていく。兄の顔もいつからかぼやけていて、今ではもうはっきりと思い出せなくなっていた。
しかし、目の前に兄の笑みが見えた。
思い出すと共に抉るような胸の痛みを感じたが、小鳥は安堵もしていた。
――私は、忘れたわけじゃない。
だから、まだ。
「……ァ」
小鳥は|興奮剤《エクスィテ》を打ち、己の躰の痛覚を遮断した。
今も与えられているショックすら上書きして、自ら精神を汚染することで勝利を掴むために。天獄を構え直し、小鳥は地を蹴る。
肉薄からの一閃。振り下ろされた刃は怪異を貫き、その動きを完全に止めた。
「…………」
小鳥は無言で刀を下ろす。
そのときにはもう、足元に転がっていた遺影は跡形もなく消え去っていた。
🔵🔵🔵 大成功

鮮明になった遺影は六歳の幼子
瞳が青いことを除けば
|取り替えられた《目覚めた》当時のボクと同じ顔をしていた
視認した瞬間、メスに魔力を纏わせ跳躍する
そんなやり方で惑わせようとしているの?
手首の【切断】を狙った後、真珠色の霧を纏う
ボクの姿をした幻影の【不意打ち】或いは不可視の霧に紛れて
視界外からメスを振るう
首無しでも此方を認識してたし、幻影が見えるか試す価値はあるはず
認識災害の可能性もあるけど
あの遺影……元いた人間の子は既に故人だと、なぜか理解できた
――きっと何処かで静かに暮らしているはずだと
優しい友人が言ってくれた言葉を信じたかったのに
【ショック】は受けない
受けられない、ことに胸の奥が痛む気がした
●取り戻せないもの
ぼやけた遺影が揺らぐ。
赤い雨が降りしきる森の中、ノイズのような歪みが其処に走っていた。
「あれは……」
ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)は目の前の怪異が手にしている額縁に視線を向ける。すると遺影が鮮明になっていった。
そこに視認できたのは六歳ほどの幼子の写真。
(――|取り替えられた《目覚めた》当時のボクと、同じ顔)
瞳が青いことを除けば瓜二つだ。
ユオルは手にしたメスに魔力を纏わせていき、敵へと跳躍する。
「そんなやり方で惑わせようとしているの?」
先ず狙ったのは敵の手首。
遺影を取り落とさせようとしたが、身体を逸らした怪異が避けてしまった。されどユオルはすぐに二撃目へ移っていく。
それは幻実の地平線。真珠色の霧を巡らせたことで幻惑の力が広がった。
その力はユオルの姿をした幻影となる。次は惑わせながらの不意打ち、或いは不可視の霧に紛れての連続攻撃がいいだろう。
『ご愁傷さまです』
そのとき、顔のないトモビキから声が響いた。
それは死者を悼むときの台詞ではあるが何処か空虚で感情がない。ユオルは敢えて何も応えず、敵の視界外であろう位置からメスを振るった。
此方を認識していたのならば幻影も通じる。試さずとも行けると察したユオルは遠慮なく敵を切り刻んでいった。しかし、同時に思うこともある。
(どうしてかわかる。あの遺影の子は……故人だ)
写真の子どもは元いた人間の子に間違いない。敵の策略なのかもしれないが、妙な実感と理解がある。ユオルは一瞬だけ俯いた後、真珠の耀きで敵を両断した。
ぐらり、と喪服の怪異が揺れて倒れる。
その際に思い出していたのは、優しい友人が過去に言っていた言葉。
――きっと何処かで静かに暮らしているはずだ。
取り替え子のユオルの心を案じて、告げてくれた言葉を信じたかったのに。故人だと感覚で解ってしまった現在、それ以前の話になってしまった。
だが、理解した今も衝撃は受けていない。
代わりに感じていたのは敵が与えていったダメージの残滓のみ。ショックを受けないのではなく、受けられない。
本質の罪悪感について考えても、罪や悪だと感じられない事柄と同じ。
胸の奥が痛むのは、それとはまた別の――今の自分に対しての感情だった。落ちた遺影を前にして、ユオルは瞼を閉じる。
再び目をあけたとき、地を濡らしていた赤い雨は止んでいた。
🔵🔵🔵 大成功

遺影は親友や両親、戦友の写真に目まぐるしく変わる
俺の大切な人はみんなもう死んでいるんだって、改めて突きつけられた気分だ
……クヴァリフの仔のところまで辿り着くために、こいつを倒さないと
八つ当たりじみた怒りを、そんな使命感で覆い隠して武器を構える
フレイムガンナーを起動
変化した銃で火炎弾を発射して敵を焼き尽くす
遺影も一緒に焼けてしまう光景に胸が痛むけど、あれは幻だ、怪異を倒すためには仕方ないんだって自分に言い聞かせながら攻撃を続ける
敵からの攻撃は見切りで回避するか霊的防護で凌ぐ
遺影を突きつけられてもショックは受けない(と、自分で思っているだけ)
彼らがもう死んでいるのは、わかっているから
●数多の死の先で
降り頻る雨は赤く、森は昏い。
頭のない異形――トモビキの前に立ち、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)はその腕に眼差しを向けた。そこに見えるのは妙にぼやけた遺影。
その写真は急に揺らぎはじめ、親友のものに変わっていく。
「それがそっちのやり方か」
先程の悪夢で見た顔そのままだ。しかも通常時の顔や笑顔ではなく、死の間際の苦しみに満ちた表情になっている。
なんとも悪趣味だと感じながらも、クラウスはフレイムガンナーを起動した。思うことはあるが、今はただ静かに銃を構えて照準越しに敵を見据えるのみ。
するとトモビキが遺影を軽く掲げた。
瞬きの間に写真が再び揺れ、次はクラウスの両親を映したものに変わる。
「……」
その代わりにこちらから放ったのは火炎弾。
クラウスは言葉を発することなくトモビキへの反撃に移っている。されど精神攻撃めいた遺影の揺らぎはクラウスに影響を与えていた。次に戦友の写真が遺影となり、その顔がぐにゃりと曲がったように見えた。
親友、両親、戦友。
(俺の大切な人はみんな、もういない……)
その事実を改めて敵に突きつけられているようなもの。辛さがないと云えば嘘になってしまうが、クラウスの裡には憤りも生まれていた。
「……クヴァリフの仔のところまで辿り着くために、こいつを倒さないと」
自分に告げる形で言葉を紡ぎ、クラウスは敵を焼き尽くしにかかった。半ば八つ当たりだが、それは使命感で覆い隠す。そこから銃口はトモビキに向けられ続け、その腕に抱かれた遺影にまで火が襲いかかる。
「あれは幻影でしかないんだ」
あの悪夢と同じだと声にしたクラウスは、焼けていく遺影を見つめた。
写真が歪み、消えていく。衝撃など受けていないとクラウス自身は思っているが、心は見えぬところで徐々に蝕まれていた。
胸が痛んだが、あの遺影が怪異の手にあっていいものではないのは確か。
倒すためには致し方なく、心の痛みは無視して立ち向かうだけ。激しい攻防が巡る中、霊的防護を巡らせたクラウスは更に銃爪を引く。
「みんなの死を冒涜するなら――」
そして、辛いだけの現実を押し付けるような輩ならばここで倒す。意志を固めたクラウスが降らせた火炎弾は大きく広がり、血の雨を塗り替えてゆく。
彼らがもう死んでいるのはわかっている。
消せぬ悲しみと燻る怒りを胸に、クラウスは目の前の敵を滅していった。
🔵🔵🔵 大成功

【🌀💎 アドリブ◎】WIZ
はあ、よかった、リアムさん。合流できました…
悪夢には慣れているとは言いましたが、少し堪えました…よ…
リアムさんのことは心配してませんでしたけど、ね
若いのにしっかりしてるから…ふへへ
トモビキの遺影を見ようとするとノイズが激しくて、よく見えなくて、ひどい頭痛が…ええと…誰ですか?いや…何、ですか?
わからないということは…私はもはや家族すら「最も想う人」ではないと…それは苦しい…ですね…
それでも、私は確信しています。この力は人類のためのもので、私はそれを振るうためにあると。
これしきの怪異、守りはリアムさんに任せ|聴覚を共有するだけ《彼方の呼び声》で事足りるでしょう。

【🌀💎 アドリブ◎】POW
|見慣れた光景《葬列》が持つ遺影には|先程見た《両親の》顔
未だにかつての自分が回帰する感触もあるけれど
元の同行者の姿が見えた以上、引き摺っているわけにもいかない
向こうは悪夢以前にいつも通り彼方にいるような目をしていて
だからこそ馴染める相手なわけだけれども…
とにかく笑顔に戻して
無事そうで何よりですイサさん
こちらで被害は抑えますから制圧しましょう
迫る執念を意識すると、後背で不可視の渦が巻いた
螺旋を纏う人型の像──護霊『|此は汝が嵐《ストームブリンガー》』はあるべき運命を加減速する
|本来行き止まっていたはずの想い《呪い》は消えゆくだろう
その|痕跡《スクレイプ》も
●遠けき彼方と世の理
悪夢を抜け、森を往く。
ざわめく木々の音は少し不気味だったが、行く先に見知った背を見つけた。
「はあ、よかった、リアムさん」
星越・イサ(狂者の確信・h06387)はそちらに駆け寄り、望田・リアム(How beauteous mankind is・h05982)と合流する。
「大丈夫でしたか、イサさん」
「悪夢には慣れているとは言いましたが、少し堪えました……よ……」
「お体の方は無事そうで何よりですが、この森には厄介な力が巡っていますね」
二人は互いが心身共に痛みや怪我がないことを確かめた。リアムの口調と雰囲気から、自分を心配してくれていたのだと察したイサは静かに頷く。
「リアムさんのことは心配してませんでしたけど、ね」
「信じてくれていたんですか?」
「はい。若いのにしっかりしてるから……ふへへ」
彼からの問いにイサは双眸を緩やかに細めてみせた。
だが、穏やかな会話もそこまでだった。前方に視線を向けた二人は何者かの気配を察しており、警戒を強めていく。
そして、目の前に現れたもの。
それは葬列だった。特にリアムにとっては見慣れた光景でもある。
やっと合流できた二人を待ち受けていたのは怪異の群れだ。首のない人影は皆一様に傘をさし、それぞれに遺影を抱えている。
「あれは――」
リアムは敵の姿をしかと捉えた。
怪異が持っている遺影には、|先程見た《両親の》顔が飾られている。どうやら既に相手からの精神攻撃が始まっているようだ。
地面を踏みしめたリアムは心で対抗していく。
未だにかつての自分が回帰する感触もある。けれども今、こうして隣に同行者がいてくれる以上、いつまでも引き摺っているわけにはいかない。
同時にイサには違うものが見せられていた。
「……ええと、誰ですか? いや……何、でしょうか」
遺影の写真が変わったことは理解していたが、イサにはノイズしか感じられない。
かわりにひどい頭痛がしており、それが誰であるのか、そもそも何であるのかすら判別がついていない状態だ。
しかし、わかったことがひとつあった。
何もわからないという事実から導けるのは、つまり――。
(私はにとっては……もはや家族すら『最も想う人』ではない、ということ……)
改めて思えばそれは苦しく、哀しいことだ。
心は痛みはすれど、これならば相手の攻撃は失敗したも同然。戦いにおいては能力者側が有利になっている状況だった。
そんなイサの横顔を見たリアムは、自分だけが惑わされてはならぬと感じていた。
(イサさんは悪夢以前に、いつも通り彼方にいるような目で――)
だからこそ馴染める相手なわけだ。
リアムは気を引き締め、とにかく笑顔でいようと決めた。そうして、トモビキと呼ばれる怪異への徹底抗戦及び討伐を志す。
「こちらで被害は抑えますから制圧しましょう」
「はい、畏まりました」
呼びかけに応えたイサはそっと構える。
不気味な相手であっても怯む必要はない。戦って勝つことが今の目的だ。
同様にリアムも集中していき、迫る執念を意識した。彼の背で不可視の渦が巻いたかと思うと螺旋を纏う人型の像――護霊『|此は汝が嵐《ストームブリンガー》』が現れ、あるべき運命を加減速してゆく。
それによってトモビキの力が削がれ、イサも攻勢に出た。
悲しい事実を知ってしまっても、確信できることがある。
「この力は人類のためのもので、私はそれを振るうためにある。そのことを識っていますから……これしきの怪異、障害にもなりません」
守りをリアムに任せているので後は彼方の呼び声で事足りる。イサは普段から自分が聞いている耐えがたい音を再現し、怪異へと巡らせた。
そこへリアムによる渦動の理が更に重なれば、怪異は瞬く間に戦う力を失う。
本来行き止まっていたはずの想い《呪い》は消えゆく。その|痕跡《スクレイプ》もまた、戦いを終わらせるための一手となった。
「こんなものでしょうか」
「進む道が開かれましたね」
リアムが力を収めたタイミングでイサも能力を弱め、倒れた敵を見下ろした。
もう血の雨は降っておらず、行く先を阻む存在は消滅している。件の遺影も既に消え去っており、心を乱すものはもうない。
周囲で戦っていた他の能力者達も次々と勝利をおさめているようだ。
「イサさん、行きましょう」
「はい、リアムさん」
名を呼びあった二人は森の奥を目指して進む。
その先で待つ、此度の首魁とも呼べる|存在《乙女と花》に会いにゆくために――。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

◆連携・アドリブ・エグめ歓迎
ああ、なんて、酷い夢
悪夢から醒めた今も、怒りと、吐き気と、自己嫌悪で頭がどうにかなりそう
でも、先生も「心乱れた時こそ、振り回されずに」って言ってたもんね
一度深呼吸を
そう思った直後に、見てしまった
先生の遺影を持つ怪異を
ごめんなさい、先生
お吟は悪い子です
今から――感情に任せて、あいつらをぶん殴ります
こんな精神状態で、マトモに攻撃は当てられないかもしれない
それなら【金剛破砕撃】で、当たろうが当たるまいが動きにくくしてやりますよ
迷惑だの、環境破壊だのしったことか
どれだけ傷を受けようが、こいつらは絶対に跡形もなくすり潰してやる
|先生の死《そんなもの》を、私に、見せるなあああ!
●偽りの死写真
ああ、なんて。
あれほどに酷い夢を見たのは――否、見せられたのは不快だ。
品問・吟(|見習い尼僧兵《期待のルーキー》・h06868)は、今も口の中に残っているかのような、あの味を忘れられないでいた。
「……嫌だなぁ」
ただの幻影であると理解した今でも、先程の感覚に震えてしまいそうになる。
現に悪夢から醒めた今も落ち着かない。
怒りと吐き気、胸の奥のざわめきがあり、自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだ。しかし、先生のことを思い出すと同時に浮かんだ言葉もあった。
「前に『心乱れた時こそ、振り回されずに』って先生も言ってたもんね」
吟は一度、深呼吸をした。
先生の言葉に従えば問題はない――と思った直後、血の匂いが鼻を衝く。今度は幻影ではない、本物の匂いだと直感した。
そして、吟は見てしまう。
黒い傘。それを濡らす赤い血の雨。
傘をさす首のないスーツ姿の人間と、その手に抱えられた遺影。それから、額縁の中に収められた先生の写真を。
それも苦しげで悲しげな表情になっている悪趣味な写真だ。
『ご愁傷さまです』
現れた怪異が心無い言葉を放ち、精神攻撃を仕掛けてきているのはわかった。
握った拳に力を込め、吟は呟く。
「ごめんなさい、先生。お吟は悪い子です」
それはここにはいない人への謝罪。傍から見れば遺影の中に語りかけているようにも思えたが、そうではない。
「今から――感情に任せて、あいつらをぶん殴ります」
怒りを抑えぬまま、吟は卒塔刃を構えた。悪夢明けからの血の雨、のちに怪異。こんな状況と精神状態では攻撃など当てられないかもしれない。されど吟が抱く敵への戦意は相当なものであり、金剛破砕撃が勢いよく発動していった。
当たろうが当たるまいが構わない。
「迷惑だの、環境破壊だのしったことか!」
そう思うほどに、この怪異は死や人を冒涜している。
赤い掌の呪いが飛んできたが、吟は止まらなかった。どれだけの痛みを受けようが、こいつらだけは絶対に跡形もなく擦り潰すと決めている。
「――|先生の死《そんなもの》を、私に、見せるなあああ!」
憤りの声と共に振り下ろされる卒塔刃。
荒れ狂う妖力の暴風圏は怪異を包み込み、敵を完膚なきまでに滅していった。
🔵🔵🔵 大成功

視界を埋め尽くす赤と噎せ返るような血の臭いに
ざわつく心を抑えるように呼吸をひとつ
そう、あなたたちがこの雨を降らせているのね
わたしたちが目指す場所はこの先にある
引き寄せられてしまったのは気の毒だけれど
あなたたちに用はないの
だから、大人しく消えてちょうだい
血の臭いを少しでも払いたいから
風の精霊の力を弾丸に籠めて
煌花の円舞曲でなるべく多くの敵を巻き込みながら攻撃
一緒に戦う能力者さんが近くにいるなら狙いを合わせて援護するわ
…もしも遺影に誰かが写るなら、それはきっとわたしの覚えていないひと
でも、誰であろうと気分の良いものではないから
遺影には目もくれず
血の雨がどれだけ突き刺さろうとも構わずに撃ち続けるわ
●喪った過去
赤い色彩が目の前で散って弾ける。
視界を埋め尽くす、噎せ返るような血の色と臭いが心をざわつかせた。
「……」
焦燥めいた感覚を落ち着かせるため、シルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は呼吸を整える。
シルフィカの瞳には首のない人影が映っていた。
その名はトモビキ。赤い血の雨を纏い、罪なき者を葬列に誘う怪異の一種だ。
「そう、あなたたちがこの雨を降らせているのね」
トモビキに語りかけても答えはない。
念のような言葉を発することはできるようだが、必要以上に語らぬ存在のようだ。その代わりに怪異は行く手を遮るように立っていた。
「わたしたちが目指す場所はこの先にある。この森に引き寄せられてしまったのは気の毒だけれど、あなたたちに用はないの」
だから、とシルフィカは宣言していく。
どちらにも譲れない行動原理があるならば戦って示すのみ。
「大人しく消えてちょうだい」
言葉と同時に構えたシルフィカは弾丸を解き放った。周囲に淀む血の臭いを少しでも払いたいと考えたため、弾には風の精霊の力が込められている。
暴風を巻き起こす如き力の名は、煌花の円舞曲。
トモビキ達をできる限り多く巻き込み、一気に倒せるように。狙いを定め続けるシルフィカは銃弾を放ち続けた。
「……! だめ、惑わされちゃいけないわ」
そのとき、怪異が抱えていた遺影が更にぼやけたかと思うと、ぐにゃりと歪んだ。揺らぐ写真の中には誰かの姿が現れている。
シルフィカはその人物を瞳に捉えたが、すぐに頭を振った。
(あれも、わたしが覚えていないひと。知っているけれど、知らない……)
それが誰であっても気分の良いものではない。
シルフィカは遺影には目もくれず、死を冒涜する怪異へ止めを刺しにかかる。
血の雨の中、弾丸の円舞が廻る。
赤い色彩がどれほど突き刺さろうとも構わず、ただ撃ち続けて――。
「今はただ前に進むの」
そして、雨が止んだ。精霊銃を下ろしたシルフィカは顔をあげる。そこにはもう怪異の姿はなく、彼女が敵に打ち勝ったことが示されていた。
🔵🔵🔵 大成功

しとしとと、赤い雨が降る
馨しい死の香り
生きたものの残穢
生者が死者を黄泉の国へ送る、大切な送りの儀をこんな風にしてしまうなんて
……噫、でもこれではララは満ちないの
だから、お前が遊んでくれる?
かごめかごめ
花一華の花吹雪で雨を凌げば、桜彩は血彩に染まるでしょう
早く駆け、すかさず串刺しにしてやる
お前の生命を喰らってあげるわ
遺影に映る、愛しい姿はどことなくママのようにもみえて
思わず冷笑ってしまったわ
……だってそんなことは
ララとパパが許さないもの
一際輝く窕の刃に、破魔なる迦楼羅焔を滾らせて
ひといきに焼き尽くしてやる
血を吸って赤く咲いた花一華
さぁ、雨を止めるわ
|迦楼羅《ララ》 には止雨のご利益だってあるのよ
●雨と欺瞞
しとしと、ぴちゃん。
降りゆく赤い雨が水溜りを作り、そこに雫が跳ねた。
目を細めたララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)はその光景を見つめる。
感じるのは馨しい死の香り。
生きたものの残穢と、それを悼んでいるかのような怪異の葬列。だが、トモビキと呼ばれる怪異からは死への敬意が感じられなかった。
葬列とは生者が死者を黄泉の国へ送る、大切な送りの儀。それをこんな風にしてしまうなんて、とララは声にする。
「……噫、でもこれではララは満ちないの」
ララはトモビキ達の姿を瞳に映し込みながら一歩前に出た。
その際に血の水溜りに足先が浸ったが、ララは気にせず相手に問いかける。
「だから、お前が遊んでくれる?」
敵からの返事はない。そうであろうことは最初から予想していたので、ララは返答を待たずに動き出した。
――かごめかごめ。
雨の森に広がるのは花一華の花吹雪。それによって血の雨を凌げば、桜彩は血彩に染まっていく。その間にララは素早く駆けていき、敵を串刺しにするべく攻め込んだ。
「お前の生命を喰らってあげるわ」
怪異が葬列を組むならば、その行く先が終わりに続くように。
トモビキもララを死に取り込まんとして反撃してきた。首のない人影が抱えている遺影が揺らぎ、そこに誰かの姿が現れる。
遺影に映る、愛しくも感じられる姿はどことなく母のようにも見えた。
(……何だかママみたい)
普通の少女なら、そこで精神が揺らがされるのだろう。されどララは思わず冷笑ってしまっていた。何故なら――。
「そんなことは、ララとパパが許さないもの」
所詮はまやかし。
ララは血溜まりを蹴り上げ、赤い飛沫をあげながら跳躍した。勿論、此処から狙うのは怪異の撃滅。
ひときわ輝いた窕の刃。そこに破魔なる迦楼羅焔を滾らせたララは、首のない人影に切っ先を差し向ける。次の瞬間、敵が一瞬で焼き尽くされていった。
「次はお前ね」
ララは倒れた怪異の向こう側に立っている、別の個体に狙いを付ける。
血を吸って赤く咲いた花一華は美しい。
淀んだ赤よりもこちらの方がいいとして、ララは宣言の言葉を紡いでゆく。
「さぁ、雨を止めるわ。――|迦楼羅《ララ》には止雨のご利益だってあるのよ」
そして、森に杳窕な光が灯される。
少女が次に奥へ踏み出したとき、既に血の雨は消え去っていた。
🔵🔵🔵 大成功

アドリブ歓迎
_
自分の頬をぱちぱち何度か叩いて気持ちを切り替える
…よし、もう大丈夫
今は罪悪感とかそういうのに囚われている場合じゃない
仕事で来てんだ
しっかりしねえと
……不気味な相手だ、と思う
けれど臆することも怯むこともない
己の魂の欠片より顕現させた犬面と長槍を伴い
勇猛に前線へ
相手が持つ遺影が目に入り、大切な人たちに見えてぞくりとするが
そんな未来にさせないために俺は戦っている
冷静さを決して失わず確りと現実や戦場を把握する
赤い雨が身体を打ち
泥が足を捕らえようとも俺の行手を阻むことは出来ない
ただ、前へ
──雨は上がるさ
●雨後に待つ空の色は
もう大丈夫。
悪夢が去ったことを今一度確かめ、祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は自分の頬を何度か叩く。
ぱちぱちと快い音が響いたことで気持ちは切り替えられた。
「……よし」
完全にすべてをうまく忘れるか、克服できたかというとそうではない。しかし今は罪悪感などに囚われている場合ではないことだけは確か。
「仕事で来てんだ、しっかりしねえと」
視線を向けた先では雨が降っていた。それは普通のものではなく、赤い血の雨だ。
そこには遺影を抱えた首のない人影がある。
さした黒い傘から血が滴っている様子は実に怪異らしく、とても不気味だった。
「邪魔するなら、倒さないといけない」
ラムネは意思を言葉に変え、臆することも怯むこともなく前に踏み出す。その瞬間、魂の欠片から顕現させた犬面が現れ、長槍が手の中に収まった。
相手が怪異ならば遠慮は無用。
ラムネは勇猛に駆け、ひといきでトモビキの前にまで距離を詰めた。雲裂衝で敵を穿とうとしたとき、相手が持つ遺影が目に入る。
「……!」
『おいたわしや』
一瞬、息を呑んだラムネに念話のような敵の声がかけられた。遺影の写真が大切な人たちに見えたのでぞくりとしたが、ラムネは槍を振るう手を止めない。
人であるならばいつかは死を迎えるだろう。
だが、それが悲惨な事件によるものや無惨な死に方であってはならない。そんな未来にさせないために己は戦っているのだから。
ラムネは口許を引き結び、トモビキを貫く。
相手がどれだけこちらの心を揺らがせようとしても、冷静さは決して失わないと決めた。身を翻したラムネは、その勢いに乗せた槍撃を放ちにかかる
敵が降らせる赤い雨が痛みを与えてきたが、そんなものには怯まない。足元の泥が動きを阻もうともひたすらに怪異を穿つだけ。
「そっちがどんなことをしたって、俺の行く手を阻むことは出来ないだろうな」
ただ、前へ。
ラムネの一閃は鋭く、トモビキの力ごと怪異としての存在を散らす。そうして、敵が持っていた遺影が地面に落ちた。
「――雨は上がるさ」
見事に敵を討ち倒したラムネは力強く語る。
その言葉の通りに血色の雨は止んでいた。それは死を冒涜する行いが止められたことを意味する、確かで揺るがぬ証明だ。
🔵🔵🔵 大成功

目、覚めた筈なんに
まだ。まぁた赤いのなー
匂いがちとキツイや
あの首無しちゃん抱えとる写真
見覚えある顔
……いーね
残る顔があるっちーのは。
だってさ
記憶の中だけじゃあ限界あるじゃん?
あんなに爺の事すきだったんに。
ね。俺にソレ、ちょーだい?
なーんて、くれる訳ねぇかー。
さて、と。今の気分は赫色、飛焔の|エレン🧪《詠唱錬成剣》で燃やして斬っちゃらい!
気づいたら震えなんて止んでた
ソレさ、やぱ要らね。その顔イケてねんだもん
だから残しもせんよ
首無しちゃんにゃあ悪いけど
燃えてなくなれ。全部。
この気持ち悪い感情も、全て。
あのとき訳がわからなかったし
それは今も変わらん
今はただ、俺の中のぐちゃぐちゃを消したい
それだけ!
●消散
悪夢は去り、目覚めたはずだった。
目の前に現実があることは間違いないのだが――八卜・邏傳(ハトでなし・h00142)の前方には赤い雨が降っていた。それこそ、まるで悪夢のような光景だ。
「確かに夢は覚めた筈なんに、まだ。まぁた赤いのなー」
雨からは淀んだ血の匂いがする。
ちとキツイや、と声にした邏傳は身構えた。進もうとしていた先には首無しの怪異・トモビキが佇んでおり、その手には傘と遺影が抱えられている。
すると、額縁の中の写真が大きく揺らぎながら変化していった。
「……いーね」
それが見覚えのある顔になったことに気付き、邏傳は無意識に呟いた。怯えるのでも驚くのでもなく純粋に良いと感じたからだ。
「残る顔があるっちーのは尊いんよ。だってさ、さっきだって朧気で――」
邏傳は先程の悪夢を思い返す。あれは記憶から作られたものだろうが、所々が曖昧だった。つまりは移ろいゆく思い出だけでは限界があるということ。
あんなに爺の事すきだったんに、と言葉にした邏傳の瞳は何処か哀しげだ。
しかし、記憶の一瞬から切り取られたであろう遺影の写真は鮮明なまま。
「ね。俺にソレ、ちょーだい?」
『あゝ、お可哀想に』
「なーんて、くれる訳ねぇかー。……さて、と」
それなら今の気分は赫色。
邏傳はいつものようにグッとしてビュンとすることで|詠唱錬成剣《エレンちゃん》を構えた。飛焔と錬金毒を重ね合わせた一閃で敵へ斬り込みながら、邏傳は宣言してゆく。
「とにかく燃やして斬っちゃらい!」
トモビキが遺影を見せてくることになど構わず邏傳は攻め込む。気付けば震えは止まっており、冷静な思考も戻ってきた。
「ソレさ、やぱ要らね。その顔イケてねんだもん」
邏傳は憂いを帯びた顔をしている遺影を示し、べ、と舌を出した。どうせなら大好きな爺が笑っている姿が良いから、あれは欠片も残さず消すだけだ。
「せっかく用意してくれた首無しちゃんにゃあ悪いけど――燃えてなくなれ」
全部。一切を。
あのときから変わらず、訳がわからない思いが今もある。
だからこの気持ち悪い感情も、全て。
「今はただ進む。それだけ!」
それで己の中のぐちゃぐちゃを消すことができたなら。
標的の胸に狙いを定めた邏傳は鋭い一撃を与える。それによってトモビキの動きが止まり、瞬く間に消滅していった。
血の雨は止み、赤い色も次第に薄れてゆく。それでも未だ心は晴れきっていない。
そんな気がして、邏傳は静かに目を眇めた。
🔵🔵🔵 大成功

アドリブ・連携歓迎/SPD・WIZ
もしかしたら、故人の写真とやらはわたしの姿かもしれない
でも平気だよ、言ったよね、死ぬのは怖くないの
どんなものでも、わたしの決意を折ることは出来ないから
『小夜啼鳥の清福』で周囲にいるであろう仲間たちのお手伝いをするよ!
すこしでも悪夢と、トモビキと戦う人達の力になりますように
そして『小夜啼鳥の紊乱』を使って変身、薔薇鞭でトモビキを攻撃するよ
移動速度で血の雨を受ける量を最小限に減らしつつ
薔薇鞭の射程範囲で攻撃する!
すこし私にとっては痛い……かもしれないけれど
ダメージはわたしが甘んじて受けるよ
痛いのはお互い様、薔薇鞭でぎったぎたにしてあげる!
これぐらいで私は折れたりしない!
白のドレスが赤に染まっても
わたしは進むの!
●進む為に紡ぐ志
視界を覆うのは赤い色。
何処かから降りはじめた血の雨が地面を滲ませ、死の匂いを振り撒く。
首のない怪異が成す葬列は不気味と呼ぶしかなく、立花・翼(希望唄うルスキニア・h06488)は嫌な予感を覚えた。
「あれって――」
思わず一歩、後退りしてしまう。その際に血色の水溜りを踏んでしまったらしく、血飛沫のような雫がぱしゃりと跳ねた。
怪異を怖いと思ったから下がったわけではない。トモビキという名の敵について聞いたとき、何となく想像していたことが当たってしまったからだ。
「……あの写真は、わたし」
『ご愁傷さまです』
『お可哀想に』
トモビキが持っている遺影。その中に入れられている写真は翼だった。確かめるように呟いた翼に対して、首のない者達が不思議な声を響かせる。どうやら念話のようなものらしく、頭に直接語りかけてくるような言葉だ。
そのどれもが遺影の人物の死を悼みながらも、同時にある種の冒涜を投げかけているかのようだった。予想していなければかなりの衝撃を受けたかもしれない。
だが、翼は前に踏み出す。
「確かに怖いかもね。でも平気だよ、言ったよね」
先程の悪夢で巡ったことを思い返しながら、翼は強い眼差しを敵に向けた。
相手は翼の死を示し、こちらを揺らがせようとしている。そんな敵に対して翼は凛とした口調で告げてゆく。
「死ぬのは怖くないの」
決意と希望。
負の存在を目の前にしてもそれが揺らぐことはない。そのことを表すかたちで翼はVsinger『Ala』としての自分を示す。
「どんなものでも、わたしの決意を折ることは出来ないから」
――|小夜啼鳥の清福《ロクァランティア・ルスキニア》。
翼がまず意識したのは、周囲で戦う仲間達のこと。この小径にいる皆はいわば悪夢を抜けてきた強き者達。
そんな尊敬できる人達が少しでも傷付くのは嫌だとして、翼は力を広げた。心とリンクする小夜啼鳥の囁きは森に響き渡り、仲間に加護を繋げていく。
どうか、すこしでも。
悪夢の残滓が消えて、怪異と戦う人達の力が上手く巡りますように。
願った翼の御蔭で周囲の能力者達は順調な動きを見せていた。既にトモビキを打ち倒している者もいるらしく、勝利の気配も見えている。
安堵と信頼を抱き、翼はそっと身構え直した。
自分が倒すべき相手は、目の前に立って遺影を掲げているトモビキだ。葬列を組むのは勝手だが、好きなようにさせてはいけない。
「みせてあげるね、わたしの力」
遺影には変わらず翼の顔が映し出されているが怯まない。現実の自分は確かに此処に立っていて、こうして戦うことができるから。
毒を宿す紅薔薇の鞭を握り、翼はトモビキへと攻撃を放ってゆく。
薔薇の花が咲くように、鮮烈な一閃が怪異を穿った。されどトモビキも遺影では効かないと判断したのか、血の雨を更に激しく降らせる。
「……痛い、けど」
身を貫くほどに鋭い雨はどこまでも赤く、翼の身体を瞬く間に濡らしていった。
だが、翼は素早く駆けることで赤い雨を受ける量を抑えている。すべてを避けきることはできなくとも痛みを最小限にしていき、隙を見て薔薇の鞭を振るった。
「流石にすこしだけ苦しいね……。だけどね、甘んじて受けるよ」
この痛みこそが戦いの証。
それにトモビキだって鞭の一閃を受けて平気であるはずがない。痛いのはお互い様だとして、翼は勝利に向けて宣言する。
「覚悟してね、薔薇鞭でぎったぎたにしてあげる!」
ただの歌い手だと侮ることなかれ。
辛くても、苦しくても、最後まで戦いという名の歌を紡ぎあげる覚悟はできている。
赤い血の雨が跳ね、ドレスを汚した。
降り頻る雫が痛みを齎そうとも翼は決して止まることがない。
『あゝ、おいたわしや』
『…………』
『どうして、死なない』
トモビキ達は途中まではお決まりの言葉を発していたが、戸惑っているような間や、疑問のような声を紡ぐようになった。
まるでそれは、この遺影のようにお前も死すればいいと語っているようだ。
しかし、翼にそのような言葉や行動は届かない。紅に染まった裾を翻しながら戦う翼は、薔薇の鞭で怪異達を鋭く穿った。
翼の動きはまるで雨の歌に合わせて踊るような、しなやかで華麗なもの。
それによって次々とトモビキが倒れ、遺影の写真がぼやいていく。同時に血の雨も次第に弱まっていっているようだ。
「これぐらいで折れたりしない!」
纏う白のドレスは赤に変わっていたが、翼の心は清廉な白を保ったまま。
そして、最後の一体を捉えた翼は全力を揮う。
「わたしは進むの!」
こんなに暗くて悲しい場所で立ち止まっている暇はない。進む先にはきっと、明るくて綺麗な希望の空が広がっているはずだから。
そして――赤い雨が止み、森に静けさが戻る。
翼が静かに腕を下ろしたとき、怪異の姿は何処にもなくなっていた。
森の小径を染めていた紅は消えた。
この光景は能力者達が勝利した証であり、次の領域に進めることを示している。
行く先に待っているもの。それは、悪夢の花を咲かせる存在だ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第3章 ボス戦 『眠る乙女』

POW
お休みなさい、良い夢を
【青薔薇の香気】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【睡眠欲】に対する抵抗力を10分の1にする。
【青薔薇の香気】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【睡眠欲】に対する抵抗力を10分の1にする。
SPD
ようこそ、私の世界へ
【青薔薇】から【眠りに誘う呪いがこもった棘】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【心を乙女の夢に囚われ、身体はやがて衰弱】して死亡する。
【青薔薇】から【眠りに誘う呪いがこもった棘】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【心を乙女の夢に囚われ、身体はやがて衰弱】して死亡する。
WIZ
さようなら、貴方はいらない
【青薔薇】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
【青薔薇】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●眠る乙女の夢の花
青い薔薇が咲いている。
森に不釣り合いな寝台と、その上で安らかに眠る乙女。それらを守るように咲く青薔薇は不思議な香気を放っており、異様な雰囲気を宿していた。
そして、怪異たる青薔薇の下には蠢くモノがいる。
それこそが此度に捕獲願いが出されているクヴァリフの仔だ。ぶよぶよとした触手状の怪物そのものに戦闘能力はほぼないが、他者に多大な力を与える性質を持っている。
今は青薔薇に融合しかけており、怪異の能力が上がっている状態らしい。
乙女が青薔薇に囚われているようにも見える光景だが、どちらも怪異だ。
その見た目に惑わされず、香気が誘う眠気に負けないように抗って戦う。そして、最終的にクヴァリフの仔を回収することが此度の役目。
あの花は咲かせてはいけないもの。
悪夢に抗い、現実を生きるためにも――ゆめゆめ、花咲くこと勿れ。

(やっと辿り着けたか……)
今回は肉体よりも精神の疲労が強い
香りに身を委ねて眠ってしまいたくなる程に
……ここで寝てはいけない
夢に囚われて、現実から目を背けてしまう訳にはいかないんだ
精神抵抗で眠気に抗い、ダッシュや見切りで棘から逃れつつフレイムガンナーを起動
クヴァリフの仔を巻き込まないように気を付けながら火炎弾で青薔薇や眠る乙女を焼く
ある程度敵が怯んだら接近して、ナイフを用いた切断でクヴァリフの仔を摘出して回収
融合を解除すれば少しは敵の力も弱まるだろうかと考え、適宜回収しながら怪異への攻撃を続ける
眠気に身を委ねて、二度と目覚めない眠りにつけるならどれだけ幸せだろう
ふと浮かぶそんな考えを振り払う
●現実が悪夢の続きであるならば
思えば長い道程だった。
悪夢を抜け、葬列を越えることで到達した森の奥。
(やっと辿り着けたか……)
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は前を見据える。
肉体の疲弊がないわけではないが、今回はそれよりも精神の疲労の方が強かった。未だ悪夢の中にいるような感覚が抜けていない。
それゆえか、クラウスは少しばかり揺らぎかけていた。
青薔薇から放たれる呪いがクラウスを誘っているからもあるだろう。その香りに身を委ねて眠ってしまいたくなるほどに疲弊が激しい。
だが、クラウスは使命を忘れて全て放り出すようなことはしない。
「……ここで寝てはいけない」
自分に告げるようにして口を開き、奥歯を噛みしめる。
ここで新たな夢に囚われてしまえば現実から目を背けることになるだろう。そんな訳にはいかないと感じたクラウスは地を蹴りあげた。
咲き誇る青薔薇と、蠢くクヴァリフの仔。
相手がどのようなものであっても惑わされたりしないとして、クラウスは呪いの眠気に抗っていった。伸ばされた棘が迫ってきていたが、すぐに見切って躱す。
その際に寝台で眠る乙女の姿が目に入った。
彼女も悪夢を見ているのか。それともこちらを夢に囚えようとしているのか。
どちらにしろ、あれも怪異ならば遠慮は無用。
――起動、フレイムガンナー。
クラウスの狙いは怪異そのものだけ。クヴァリフの仔を巻き込みすぎないように狙いを定め、放つのは火炎弾。
青薔薇は勿論、眠る乙女ごと焼いてしまう算段だ。
元が草木の類であるから、青薔薇が怯んだような気配がした。その隙を見逃すまいとしてクラウスはナイフを抜き放つ。
一点集中。斬り裂く先は茨とクヴァリフの仔が繋がっている部分。
「融合は解けたか」
仔だけを摘出する作戦は功を奏した。これが青薔薇に力を与えているのならば、融合さえどうにかすれば敵の力が弱まるということだ。
それなら後はクヴァリフの仔を適宜回収しながら怪異を散らしていけばいい。
そんな中でも呪いの眠りが迫ってきた。
(この眠気に身を委ねて、二度と目覚めない眠りにつけるなら……)
どれだけ幸せだろうか。
そして、皆と同じところにいけるのなら。クラウスは自分の中に生まれていた考えに気付きつつ、更に火炎弾を放った。
このナイフを振るう度に、この考えも振り払っていくのだと決めて――。
🔵🔵🔵 大成功

「幸せな夢を見ているのでしょうか?」
血社に火を着け紫煙を漂わせ私は既に夢の中
夢を操り、花に囲まれる乙女には親近感すら覚える
【葬送花】を発動
青薔薇を燐火で焼き払い、天獄で斬り裂いて|その命を喰らう《生命力吸収》
「夢は夢、叶わない現実は|変えられはしない《傷口をえぐる》」
夢の中で兄さんと過ごしても、それは私の思い出に過ぎない
もっと触れて、感じていたかった
柔らかな声で小鳥と呼んでくれたなら
「ァ、ァ……」
乙女が私を夢に囚われたらいいと囁く
|興奮剤《エクスィテ》を過剰に|投与《ドーピング》
|混濁する意識《精神汚染》のまま自分ごと乙女を貫いて|離さない《魅了》
「夢に溺れていては、兄さんに叱られますから」
●夢の終わりを教えて
――さようなら、貴方はいらない。
そんな声が聞こえた。
目の前で眠っている乙女が語っていたようだ。されど彼女は目覚めていない。おそらくあれは呪力が宿った寝言だったのだろう。
「幸せな夢を見ているのでしょうか?」
花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は乙女を見つめ、血社に火を着けた。紫煙を漂わせた小鳥は既に夢の中にいるようなもの。
それだからこそ、花に囲まれながら夢を操る乙女には親近感すら覚える。
視線を移すと、そこでは乙女を守る青薔薇が蠢いていた。
その下にはクヴァリフの仔までいる。まるで悪しきものに囚われているようにも見えるが、乙女すら怪異の一部だというのだから放っておくわけにはいかない。
「物語の中なら、眠る乙女は王子様に救い出されるのでしょうが――」
ここは現実。
甘くて優しいお話の中などではなく、何でも叶えられる夢の世界でもない。そのことを何よりも深く理解している小鳥は花と乙女を見つめた。
――此処に葬送花を。
巡らせた力は燐火を呼び、青薔薇を焼き払うために広がっていく。それと同時に小鳥は天獄を構え、花とクヴァリフの仔と繋がりを斬り裂いていった。
その命を喰らい、敵の力を奪ってゆく小鳥は乙女に向けて言い放つ。
「夢は夢、叶わない現実は変えられはしない」
嫌と言うほどに知った。
夢の中で兄と過ごしても、たとえどんなことがあったとしても、それは自分の中にある思い出に過ぎない。真実と呼ぶには滑稽なものだ。
それでも言葉を交わして、もっと触れて、兄の存在を感じていたかった。
そうして、柔らかな声で小鳥と呼んでくれたなら。
――さぁ、こちらにおいで。
気付けば、その夢に囚われたらいい、と乙女が囁いていた。
だが、小鳥は抵抗する。
「ァ、ァ……」
|興奮剤《エクスィテ》を過剰に投与すれば、自分がどうなるかは理解している。
混濁する意識が示すのは精神が汚染されている証。だが、そうしなければ戦えない時だってあるのだと分かっている。
小鳥はそのまま、自分ごと乙女を貫いて離さない心算でいた。魅了するような眼差しを向け、小鳥は悪夢を拒絶する。夢は理想の世界ではあるが、受け容れられない。
何故なら――。
「夢に溺れていては、兄さんに叱られますから」
燐火が迸る。
夢はただの逃避でしかないと示すように、天獄の刃が再び振り下ろされた。
🔵🔵🔵 大成功

鼻腔を擽るのは青薔薇の優しい香り
誘われるままに眠りについたらぐっすりと眠れるのかしら
それこそ、二度と覚められないくらいに
…ええ、わかってる
ここで眠っても絶対に素敵な夢は見られない
優しいはずの青薔薇の香りが恐ろしく感じられるのは
きっと気の所為じゃない
身を委ねてはいけないと本能が告げる
ごめんなさいね、美しいお嬢さん
あなたに囚われるわけにはいかないの
青薔薇の香りに囚われぬよう意識をしっかり保ち
夢幻の花雫で攻撃
融合しそうな青薔薇とお嬢さんだけを狙い
クヴァリフの仔は可能な限り傷つけないように戦うわ
覚えていない誰かの顔
思い出せないことがもどかしくて苦しい
…だからせめて今夜見る夢は
穏やかであるように願いたい
●夢と記憶の狭間で
青薔薇の優しい香りがする。
それは心地好さを齎す感覚であり、まるで悪いものではないかのように思えた。
「誘われるままに眠りについたらぐっすりと眠れるのかしら」
シルフィカ・フィリアーヌ(夜明けのミルフィオリ・h01194)は浮かんだ感想を声にして、香りの根源を確かめる。もしこの場所が部屋の中で、よく眠りたいと願った時であるならば良い香りだが――此処は悪夢の森の中。
香りを漂わせているのは怪異の花であり、身を委ねてはいけないものだ。
「それこそ、二度と覚められないくらいに」
香気や誘いを受け入れればどうなるか、シルフィカは理解している。寝台で眠る乙女のように夢の世界から覚めないだけ。
悪夢ではなく良い夢をみているのか、乙女はすやすやと眠り続けている。
「……ええ、わかってる」
もっとも、あの乙女もまた怪異の一部にすぎない。ここで眠っても絶対に素敵な夢は見られないし、命を捨てるも同然だ。
シルフィカは優しいはずの青薔薇の香りを恐ろしく感じている。この予感は気の所為ではないのだとして、警告を続ける本能に従った。
「ごめんなさいね、美しいお嬢さん」
『――ようこそ、私の世界へ』
「あなたに囚われるわけにはいかないの」
シルフィカが乙女に語りかけると寝言めいた声が紡がれる。向こうはこちらを歓迎しているように聞こえたが、それを受け入れるつもりはなかった。
青薔薇の香りは強いが、シルフィカは囚われぬよう意識を強く保つ。それとほぼ同時に構えた精霊銃を敵に差し向け、即座に力を巡らせた。
夢幻の花雫は青薔薇を穿ったが、油断は禁物であることをシルフィカは知っている。眠りに誘う呪いがこもった棘が放たれているからだ。
身を引き、直撃を避けたシルフィカは銃を構え直す。
狙いは青薔薇と乙女のみ。あの下で蠢いているクヴァリフの仔は回収対象であるため、できる限り傷つけない立ち回りを心掛けた。
「悪い夢ならもうお断りよ」
攻防の最中、シルフィカは頭を振る。
これまでに見てきた幻――覚えていない誰かの顔が脳裏に過ったことで気持ちが揺らいだ。それも一瞬のことだったので、シルフィカは体勢を立て直した。
けれども、思い出せないことがもどかしくて苦しい。
(……だから、せめて)
今夜に見る夢は穏やかであるように。
そう願いながら、シルフィカは花雫で敵を貫いていく。悪しき青薔薇を散らせた先に、平穏が待っていると信じて。
怪異に打ち勝てる時はきっと、もうすぐ訪れる。
🔵🔵🔵 大成功

【🌀💎 アドリブ◎】 SPD
私の嗅覚は正常なので蒼薔薇の香気も感じますがこの|視覚《まぶしさ》と|聴覚《うるささ》の前では眠気など催しません。
この怪異は主に人の心を攻めようとするもののようですから、私の<精神抵抗>や<狂気耐性>もたまには頼りになるところ、見せますよ。
敵の攻撃は<第六感>とリアムさんの能力で防ぎ|彼方の呼び声《コズミック・ディスコード》で攻撃します。
蒼薔薇の力が削がれてきたら、テレパシー的聴覚と現実の声の両方を力いっぱい張り上げて、囚われた乙女に|呼びかけます《精神攻撃》。
起きてくださああああーーーーーーーーい!!!!!

【🌀💎 アドリブ◎】POW
香気のまま夢見れば
悪夢や葬列が示した自分、過去の自分の様にそこで振る舞う事になり
それはそれで|楽《・》にはなるのだろうとは思います
まぁ…勿論そうする気はありませんが
横で喧しいノイズも乱舞していることですしね…
であれば、香気も攻撃も眠るという現象そのものも
今我々には必要ありません
それに至る運命は全て、僕に残された|渦《護霊》が受け流します
花が【|逆廻る結末《アンチサイクロン》】の内に咲くことは勿い…
機関による『仔』回収活動の一端は経験できたし
結末の最後まで居合わせるのは避けますか
面が割れてないだろうとはいえ
収容違反存在を匿っている身としては長居もリスクありますしねー
●隣り合わせの境界線
広がる青薔薇の香気。
それは心地好さを誘うようでいて、まるで突き刺さる悪意であるかのよう。
どちらの感覚も抱く不思議な状況の中、星越・イサ(狂者の確信・h06387)と望田・リアム(How beauteous mankind is・h05982)は青薔薇の寝台を見ている。
「あれが……」
「回収対象ですね」
眠る乙女、蠢く青薔薇。更にその下にいるのがクヴァリフの仔だ。
ぶよぶよとした触手生物としか形容できない存在は少しだけ可愛らしくも見える。それは仔という名の通り、未だ無垢であるからなのか。或いは他者に力を与える能力しか持っていないからかもしれない。
最終目標はあの仔の回収だが、まずは青薔薇への対応が先決。
リアムは香りを確かめながら身構える。
この香気のまま夢を見ればどうなるか。おそらく、悪夢や葬列が示した自分や、過去の自分のようにそこで振る舞うことになるのだろう。
「身を委ねれば、それはそれで|楽《・》にはなるのでしょうね。まぁ……勿論そうなる気はありませんが」
香気の影響を受けぬようにリアムは眠りへの誘いを跳ね除けた。
その際に見遣ったのは隣に立つイサの姿。
「横で喧しいノイズも乱舞していることですしね」
「確かに香りは感じますが……」
イサもまた、青薔薇が齎す香気を感じ取っている。嗅覚は正常であるゆえに蒼薔薇の力をまともに受けてしまう可能性もあった。
されど、今しがたリアムが語っているような状態――即ち、この|視覚《まぶしさ》と|聴覚《うるささ》の前で眠気など起こるはずがなかった。
こうして対峙したことでイサは理解している。
この怪異は主に人の心を絡め取り、思うがままに操ろうとする存在だと。
「私の力もたまには頼りになるところ、見せますよ」
そっと、それでいて確かに宣言したイサは前に踏み出した。蠢く青薔薇は敵意を紡いでいるようだが、そんなものに気圧されはしない。
常にノイズ的な狂気に晒されている普段を思えば、この程度の精神汚染など効かないといっても過言ではなかった。
その間にも青薔薇の一閃が迫ってきたが、イサは慌てることなどない。
第六感で察知したイサが躱すと同時にリアムが行動に出た。
「香気も攻撃も、眠るという現象そのものも、今の我々には必要ありません」
それに至る運命は全て受け流すだけ。
己に残された|渦《護霊》にて。そして、巡りはじめたリアムの力は破滅の宿命から遠ざかる流れを作っていくものとなる。
――花が|逆廻る結末《アンチサイクロン》の内に咲くことは勿い。
リアムの能力を追い風として、イサも青薔薇への反撃に移っていった。寝台の上の乙女は眠ったままであり、攻撃行動に関与している様子は見えない。
だが、一度でも夢に囚われてしまえば乙女の領域となるのだろう。彼女もまた怪異の一部でしかないのなら、イサもリアムも夢の中まで付き合う気は一切なかった。
「防ぎ続けるから後は頼みます」
「ありがとうございます、リアムさん」
彼の能力が青薔薇の動きを常に防いでくれていることを感じ、イサは|彼方の呼び声《コズミック・ディスコード》を紡いでゆく。
薔薇の力は次第に削がれていき、クヴァリフの仔との融合が解けてきた。
リアムはその様子をしかと見つめ、イサは青薔薇の方を相手取る。その際にイサは試してみたいことがあった。
それはテレパシー的聴覚に加え、現実の声の両方を力いっぱい張り上げて乙女に呼びかけること。つまりは精神攻撃に近い語りかけだ。
イサは息を吸い、テレパシーを繋げる。
そして――。
「起きてくださああああーーーーーーーーい!!!!!」
たとえるならばメガホンを耳元で鳴らされたようなテレパシー声量で以て、青薔薇を含む乙女に声が届いた。
その瞬間、乙女の身体がびくりと跳ねる。
同時に青薔薇の動きも精彩を欠くものとなり、攻撃の手が緩まっていった。
今です、とイサが目配せを送ったことでリアムが瞬時に動く。狙いは完全に切り離されたクヴァリフの仔の回収。
素早く仔の一部を引き上げたリアムは回収箱に収納する。
青薔薇の力も弱まっており、いずれは怪異との決着が付くだろう。リアムは後ろに下がり、他の仲間が後で気付けるように箱を目立つ場所に置いた。
「イサさん」
「はい、私達は適度なところで引き上げる作戦……ですね」
「その通りです。理解が早くて助かります」
振り返ったイサもやや後方に位置取りを変え、回収された仔に視線を向けた。
当初の目的だった、機関による仔回収活動の一端を知るという経験はできたので、この場に居続ける理由はなくなった。
「結末の最後まで居合わせるのは避けたい次第でして」
「大丈夫です、この調子ならもうすぐ勝てる見込みです」
「頼もしい限りですね。面が割れてないだろうとはいえ、収容違反存在を匿っている身としては長居もリスクありますしねー」
頭を振ったリアムは静かに笑った。戦場を見渡したイサも良いタイミングで帰還することを了承している。無論、トドメが刺せる頃合いまでは二人も戦う所存だ。
そこからも青薔薇との攻防は続く。
そして、二人はこの後の行動を確かめあいつつ頷きあった。
ゆめゆめ、忘るること勿れ。現実のすぐ隣にも狂気が溢れていることを。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

ふぁあ……いい香りだけれど、眠くなってくるわ……
けれど、ララはおねむの時間ではないのよ
食事がまだだもの
もしかして、お前がララに悪夢をみせてくれたのかしら?
パパとママの手をすり抜けて天から何処までも墜ちる夢を
ララに、思いださせてくれたのかしら
それならお礼をしないとね
…飛べないことは気にしないようにしてた
ママのフォークで突き刺して
花を愛でるように生命を喰らう
…それではだめなのよ
パパのナイフで青薔薇を切断する
…2人は飛べないララを案じてたわ
きっと今も
ララは迦楼羅、天に至るもの
花一匁しましょ
お前の奇跡を齧ったら
ララも飛べるようになるかしら?
悪夢が綻ぶ前に
奇跡の言葉をもつ薔薇を焔桜の迦楼羅焔で灼き祓うわ
●天に羽搏く夢
甘く穏やかな香りが身を包む。
夢の世界においで、と誘っているような香気を受け、ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)はちいさな欠伸をした。
「ふぁあ……いい香りだけれど、眠くなってくるわ」
怪異である青薔薇から齎されるものは、下手をすれば永遠の眠りに陥るもの。
この場に立っているのがただの少女であったならば寝台の上の乙女のように眠ってしまうことになっただろうが、ララは違う。ここで眠る気もなければ、意識を奪われてしまうつもりもなかった。
「けれど、ララはおねむの時間ではないのよ。だって食事がまだだもの」
薄く笑んだララは乙女と青薔薇を瞳に映した。
蠢く花の下にはクヴァリフの仔がおり、怪異に力を与えているようだ。されど、それがどうだというのか。さほど気にせずにいるララは怪異へと問いかける。
「もしかして、お前がララに悪夢をみせてくれたのかしら?」
そう――パパとママの手をすり抜けて、天から何処までも墜ちる夢を。
あの悪夢の領域の根源になったのはきっと、この怪異だ。不釣り合いな場所で眠り続ける乙女の力が森に伝播していき、あの空間を作ったのだろう。
「あのことをララに、思いださせてくれたのかしら。それならお礼をしないとね」
ララは、とん、と地を蹴った。
手荒な出迎えをしてくれたのだから、こちらにだってお返しの権利はあるはず。桜龍神の祝と迦楼羅の寵愛の具現たる桜吹雪を纏ったララは青薔薇を貫きにかかる。
戦場を駆けながら、ララは花を愛でるように生命を喰らう。
「……それではだめなのよ」
母の銀災で穿った次は、父の窕で青薔薇を切断していく。
その際に思っていたのは、飛べないことを気にしないようにしていた過去。
「二人は飛べないララを案じてたわ。きっと、今も」
だから、せめて飛べるように。
今は羽搏くことができなくても己は迦楼羅だ。それは天に至るものであり、飛び立てる未来はいずれ手に入れられるはず。
「花一匁しましょ」
ララは遊びに誘うように乙女と花に呼びかけ、桜禍の迦楼羅炎を解き放った。
その花が宿す言葉は、奇跡。
敵を灼き祓いながらララは双眸を細め、そっと問う。
「お前の奇跡を齧ったらララも飛べるようになるかしら?」
さぁ、悪夢が綻ぶ前に。
欲して、喰らって――花の骸に、光を。
🔵🔵🔵 大成功

耀く【オーラ防御】を纏う
攻撃を回避しつつ観察し【情報収集】
敵の動きを予測する
相手がどんな姿でも
必要だと判断すれば刃を向ける事に躊躇いはない
…昔のままなら、クヴァリフの仔を回収するためだけに動いていた
知識への飢餓感も、何か大きなものから切り離されたような孤独感も
秘めた思いは変わらない
けれど
命を奪って咲いた花をそのままには出来ない
あんな悪夢をこれ以上誰も見なくて済むようにと
ボクが出会った優しいひとたちは、きっとそう言う筈だから
一気に速度を上げ【不意打ち】
青薔薇を切裂いて仲間が攻撃しやすいように援護を
隙があるなら乙女の胸に刃を突き立てる
ボクはね、優しく在りたいんだ
青薔薇が咲き、宿す言葉を変えたように
●夜明けの空に耀くものは
暗い森に光が射す。
悪しき花が蠢き、悪夢の力を広げる乙女が眠るこの場所は、言わば闇の真っ只中。
されどそれを照らすように、ユオル・ラノ(メトセラの嬉戯・h00391)が巡らせたオーラの光が周囲に満ちはじめていた。
「なるほど、そう動くんだ」
戦いが繰り広げられている中、ユオルは冷静に立ち回っている。
青薔薇からの攻撃をできる限り回避していく動きを心掛け、ユオルは敵の行動パターンを読み取っていた。暫し情報収集に回ったことでユオルは次第に敵の動きを予測できようにもなっている。
「間違いなく倒すべき相手だね」
相手がどんな姿であっても――たとえば今ならば、美しい青薔薇と無垢な乙女。綺麗で無害だとしても、必要だと判断すれば刃を向けることに躊躇いはなかった。
真珠色に耀く光は戦場を包み込むように広がっている。
敵に相対しながら動いていくユオルは、青薔薇に力を与えているというクヴァリフの仔にも視線を向けた。
(……昔のままなら、クヴァリフの仔を回収するためだけに動いていた)
ふと思ったのは過去のこと。
あの頃が少し懐かしく思えるのは過去を起因とした悪夢を見せられてきたからだろうか。知識への飢餓感や、何か大きなものから切り離されたような孤独感。そういった秘めた思いは変わらないのだが――。
今、ここに立つ自分は過去の己とは違う。
命を奪って咲いたであろう花があるのならば、そのままにはしておけないと感がているからだ。もし過去のままの自分なら、人のかたちをした何かだと称されてもおかしくはなかったかもしれない。
だが、現在のユオルはひとりの人間として生きる意味を知っている。
「あんな悪夢を、これ以上誰も見なくて済むように」
ユオルは青薔薇に眼差しを向け、そっと語る。
人の心のすべてを解っているのかと言われれば完全に頷くことはできない。それでも、と言葉にして一気に速度をあげたユオルは凛と告げていった。
「ボクが出会った優しいひとたちは、きっとそう言う筈だから」
戦う理由はもう、この胸に宿っている。
天旋を鋭く構えたユオルは迫ってくる青薔薇青薔薇を切り裂き、共に戦う仲間に視線を送った。その合図によって皆が追撃を加えていく中、ユオルは寝台まで駆ける。
「ボクはね、優しく在りたいんだ」
青薔薇が咲き、宿す言葉を変えたように。
刹那、眠る乙女の胸に刃が突き立てられる。
この闇に幕を引き、悪夢に終焉を与えるため――終わりへの道筋がひらかれた。
🔵🔵🔵 大成功

あ。そいえば
クヴァちゃんて確か前に会った、
たこ焼きと目玉焼きのたこ焼きの方よな
ちー事は、ぶよぶよちゃんはタコ仔ちゃんでいっか☆
だってクヴァリフの仔って呼ぶん長いっしょ
も、いま寝る気ねーの
見事に咲いちょんところ悪いけど
咲いたならさ
今度は華麗に散らんとね
左腕に力を集中させて
皮膚の下に隠れてた鱗が浮かび出るんよ
硬い鱗で頑丈なった俺の腕、それから鋭い爪のできあがりぃ♪
さっくりざっくり、まとめて刻んじゃらいっ!
夢見悪かった所為かな、ちーと気が立っちょってもしわけねぇね
お花ちゃんがいくら排除しようって向かってこようと構わんよ?
痛みある方が丁度いい
用があるのはタコ仔ちゃんだからさー
それ以外は全部退いて貰おか
●タコ仔との出会い、そして|別離《わかれ》
その花々は森に悪夢を齎す存在。
美しく咲く青薔薇と眠る乙女、それから――。
「あ。そいえば」
八卜・邏傳(ハトでなし・h00142)の視線が向いた先には、蠢く何かがいた。
それはクヴァリフの仔と呼ばれるものだ。その姿に既視感を覚えたのは、以前に仔産みの女神クヴァリフそのものと出遭ったことがあるゆえ。
「クヴァちゃんて、たこ焼きと目玉焼きのたこ焼きの方よな。触手がすこーしだけ似とるし……ちー事は、ぶよぶよちゃんはタコ仔ちゃんでいっか☆」
独自の解釈で理解した邏傳は明るく笑った。
クヴァリフの仔と呼ぶのは長いことに加え、揺れる姿が妙に親しみのある雰囲気だったのでそうしたようだ。
周囲には眠りに誘う呪いが満ちているが、邏傳は怯まずに身構える。
「も、いま寝る気ねーの」
片手をぱたぱたと振ることで気持ちだけでも香気を散らし、眠気を振り払う。この睡魔に負けてしまえばまた悪夢に逆戻りするのかもしれない。
乙女の夢の中に誘われるのかもしれないが、それもまた遠慮したいことだ。
「見事に咲いちょんところ悪いけど、咲いたならさ」
花の――世界の理に従ってもらうのみ。
永遠に咲く花など存在せず、どれほど綺麗に咲いてもいずれは散るのが定め。
「今度は華麗に散らんとね」
そうして、邏傳は左腕に力を集中させていった。
瞬く間に竜の力が顕現していき、隠れてた鱗が皮膚の上に浮かびあがってゆく。
硬い鱗に覆われた腕。それに加えて指先が鋭利に変化する。
「鋭い爪のできあがりぃ♪ さっくりざっくり、まとめて刻んじゃらいっ!」
言葉と共に地を蹴り、邏傳は腕を振るいあげた。
これまでの道程と夢見が悪かった所為からか、邏傳の眼差しは鋭い。振るわれた一閃は青薔薇を容赦なく斬り裂き、森に花弁が散った。
「気が立っちょってもしわけねぇね」
されど止める気はない。
青薔薇がどれほど迫ってこようとも、こちらを排除しようとしても構わなかった。突き刺さる棘の痛みこそ、今の自分に丁度いいのだから。
「用があるのはタコ仔ちゃんだからさー、それ以外は全部退いて貰おか」
刹那、邏傳の瞳に冷たさが宿った。
されどそれは一瞬のこと。繰り出される刺傷体術によって青薔薇とクヴァリフの仔が引き剥がされていき、そして――。
「よっしゃ。タコ仔ちゃん、いらっしゃーい」
暫し後、邏傳の腕の中には、無事に回収された仔がいる。
いいこいいこ、と彼に撫で回されているクヴァリフの仔はぷるぷると揺れていた。
それから機関へ完全回収されるまでに、二人の間にどんなじゃれあいと感動の別れがあったかは――ご想像にお任せしよう。
🔵🔵🔵 大成功

◆連携・アドリブ・エグめ歓迎
――なんて、綺麗
悪夢と怪異と、立て続けに心を乱されて、もう壊れる一歩手前なんじゃないかってくらい辛かったのに
童話のように眠る乙女を見た瞬間、その幻想的とすら思える光景に心が奪われかける
その隙と疲弊は、きっと致命傷
多分私は、手痛い致命打を受ける
ここで倒れて眠りに堕ちれば、きっと楽だし、心地良いんでしょうね
でも、私はまだ、止まるわけにはいかないから
自分の指を食い千切って、その痛みで強引に気を引き締める
漸く頭も心も醒めたなら反撃開始!
随分好き勝手やられちゃいましたが、こっからは私のターンです!
尼僧の術式と二口女の能力――私の力をフルに使って、この怪異をぶっ飛ばしますよ!
●今を生きる痛み
花咲く森に眠るもの。
それを見たことで浮かんだのは心の底からの素直な気持ち。そこから零れ落ちた感想は、美しく咲く薔薇と乙女に対してのものだった。
「――なんて、綺麗」
品問・吟(|見習い尼僧兵《期待のルーキー》・h06868)は目の前を見つめる。
青い薔薇と眠る少女。
まるでお伽話の一頁であるかのような光景は美しい。
血腥い悪夢、死を誘う怪異。
そういったものに立て続けに心を乱されており、壊れる一歩手前にまで迫っていたというのに。もう限界なのではないかと思うほどに辛かったのだが――。
今は自分が童話の世界に入り込んでしまったような不思議な快さがある。幻想的とすら思える光景に見惚れてしまっていた。
だからこそ――。
「……!」
吟は今、致命に至るほどの傷を受けた。
かは、と乾いた吐息が零れて血が溢れる。悪夢で見たような食い散らかした後の血溜まりが出来てしまいそうなほど。
だが、吟は即座に身を翻す。その理由は目の前に再び棘が迫っていたからだ。
「こういう風に人を取り込むんですね」
青薔薇の美しさと香気はそのためにあるものなのだろう。人が美しさに感嘆する際の隙を狙い、攻撃してきた花はやはり怪異に違いない。
疲弊させておいて油断させる。そんな罠に引っかかってしまったのだ。二撃目を避けても眠りの香気が迫っており、このままではまた終わらない夢に引き戻される。
だが、吟はまだ辛うじて立っていた。
「ここで……倒れて、眠りに堕ちれば……きっと、楽で……」
吟は呼吸を整えながら、この後のことに想像を巡らせた。意識を手放し、何もかもを放棄してただ眠る。それは何より心地良い結末なのだろう。
「でも、私はまだ、」
意識を保ちつつ吟は片手を口許に寄せた。
そして、次の瞬間。
「止まるわけにはいかないから」
自分の指を食い千切ったことで激痛が走る。されど、それこそが吟の狙い。この痛みで強引に気を引き締めて反撃に移るためだ。
「よし、漸く頭も心も醒めました。森に入ってから随分と好き勝手やられちゃいましたが、こっからは私のターンです!」
つまりは反撃開始。
吟は法術の術式を組み上げ、灼髪に力を注いだ。あとは尼僧と二口女の能力、即ち吟が持てる限りの力を最大限に使っていくだけ。
「怪異なんてぶっ飛ばしますよ! 遠い夢の彼方まで!」
傷口から血が溢れ、痛みもまだ続いている。
それでも強く地を踏みしめて耐え、吟は戦ってゆく。
己の限界すら越えて――あの悪夢を、決して現実のものにしないために。
🔵🔵🔵 大成功