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過度な加護は嵐を招き

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「おい、店主はおるかー?」
 万屋「よすか」の玄関口から女の声が響く。簡易机の上で帳面をつけていた女性的な容貌をした白髪の青年―――琥珀は顔を上げると、嫌そうな表情を浮かべた。
「おい、あからさまに嫌そうな顔をするな。今日は客として来たのじゃ」
 声の主である妖狐は尻尾を揺らしながら琥珀の対面に座り込むと背負っていた風呂敷を雑に置いた。
「……なんですか」
「これを見てくれ」
 風呂敷が広げられると鞘に入れられていない剥き出しの日本刀が姿を見せた。
「これは……結構な業物ですね」
 この大きさと反りだと打刀に相当するだろうか、と思いながら琥珀は刀を持ち上げてまじまじと花弁が重なり合っているように見える刃紋を眺める。しかし妖狐の表情は硬いままだった。
「|今はな《・・・》」
「今は、とは」
「決まった形を持っておらぬのよ。依頼主から聞いた限りでは脇差・懐刀・大太刀・湾刀だった時もあったらしい。それと銘は一応切られておるが、当の本人は打った覚えがない。しかしどの鑑定士が見てもその刀鍛冶が切ったようにしかみえないそうな。……というか、そもそもこの刀が世に出てきた時点でその刀鍛冶は生まれてないのだから当然じゃ」
 どういうことかと琥珀が怪訝な表情を浮かべていると妖狐は指を折り始めた。
「青空に向かって振れば旱魃に苦しんでいた村が水底に沈むほどの雨を降らし、海に向かって振れば止むことのない嵐を起こして船も港も沈めてしまう。そんな代物じゃ」
 勝手に形が変わり、水害や風害を巻き起こす刀。そしてこの妖狐の家業を思い返した琥珀は笑顔で軽く会釈しつつ玄関口に掌を向けた。
「ああなるほど妖刀ですか。あなたに任された依頼なんですから俺に押し付けないでちゃんと最後まで責任もってお仕事をしてください?」
「話は最後まで聞けい! 呪いであれば確かに妾らの領分じゃ。じゃが、これは違う」
 呪い|であれば《・・・・》。……つまりそうではないということは。
「……祝福とかですか?」
「嵐の王、海の支配者、夜を照らすもの、そう呼ばれる者達の加護を受けておった」
 思わぬ大物の登場に琥珀は口を真一文字に結び、恐る恐る刀を風呂敷の上に戻した。
「……所謂『人の手には過ぎたる代物』よ。あの方々がこの刀のどこが気に入ってこんな埒外の加護をかけたのかは妾には分からん」
 妖狐は肩を竦めて、戻された刀を見遣る。その姿は鏡のように刃にくっきりと映り込んでいた。
「で、其方ならまずこれをどうする?」
「どうする……少なくとも、鞘を作りますかね」
「鞘?」
 予想外の答えだったのか、妖狐は目を丸くする。
「形がころころ変わるお話や残した逸話は依頼主の方から聞かれたと思いますが、今までの所有者については言及されていなかったでしょう。『誰がどう扱っていた』なんてわざわざ伝える必要はありませんから、よっぽどの有名人が使ってない限りは」
 そう言って琥珀は自分の指に刃を押し当てる。しかし皮に凹みが出来ても切れて血が流れ出す気配は無かった。
「今この刀はおそらくあなたを暫定的な持ち主としています。故に儀礼に使う飾太刀らしく|刃を潰している《・・・・・・・》。だから、持ち主が今求めている形を鞘として提示してあげれば少なくともころころと形を変えることはなくなるでしょう」
 銘が彫られたのもいつぞやの持ち主がその刀鍛冶の作品だと豪語したか、それが欲しいと願ったから。町が波に浚われたのも、村が沈んだのも、持ち主が雨や嵐が止まって欲しいと願わなかったから。
「この刀は|願われたからやっただけ《・・・・・・・・・・・》、きっとそれだけです。だから正しく使ってやれば禍を引き起こすことはなかったでしょう。……あと、それだけの加護を受けておきながら悪い事柄しか伝わってないことも気になります。その依頼主は本当にこの刀に関わる伝説を全て話されてましたか?」
 琥珀の予想を聞いている間ずっと押し黙っていた妖狐が薄ら笑いを浮かべ出し、口を開く。
「ご明察じゃ。追手を差し向けられた城主が海に向かって振ると海が割れ、彼が抜けると同時に元の位置に戻って追手を飲み込んだとか、月明かりのない暗闇で振るったら一筋の光が差して港に無事たどり着いたとか、良き逸話も探せばあった」
「ならなぜ」
「最後の持ち主……ああ、依頼主とは違う者ぞ? それが『我を貶めた者すべて滅んでしまえ』と願いながらこの刀を使って自刃したそうじゃ」
 琥珀は息を飲み、腰を浮かしかける。
「直後から関係者が水がない所で溺死したり、突然起きた強風で崖下に落とされたり、次々と変死し出した。……最後の持ち主の罪が冤罪か、ただの逆恨みかは分からん」
 神によっては願いの正当性を考慮して加護を与えるか否かを判断するが、あの方々は気分や思い込みで同胞を傷つけ、殺したことがある者達だ。彼らが願いの正当性に応じて出力を変える機能をつけているとは確かに考えられない。
「ともかく、今わの際に投じられた|呪詛《ねがい》は軌道に乗って転がり出してしまった。いつ呪い殺されるか分からないという恐怖で極限状態に追い込まれた関係者の1人―――依頼主がこの刀を『呪物』として捉え、その認識が正しい物だと証明する逸話だけを探し、集め、確固たる物としてしまった。で、妾達に押し付けたというわけよ。じゃが神の残した物を妖狐如きがどうこうできるわけがなかろう?」
「……依頼された経緯は分かりましたし、管を巻きたくなった気持ちも理解できます。ですが私の元に持ち込まれる理由にはなりませんよ」
「『人の手には過ぎたる代物』だと言ったじゃろう。じゃから其方に相談しに来たのじゃよ、付喪神様よ」
 神の部分を強調して宣う妖狐に琥珀は目を細めながら座り直す。
「確かに付喪神ですが、私はあの方々と違って何の力もありませんよ」
「じゃが其方ならもしこれに神の加護がなかろうと悪しきことには絶対に使わぬじゃろう? それにこんな代物を有象無象の人の手に渡りかねない場に戻すことなど出来ぬし、妾達が持ち続けるのも荷が重すぎる」
「うっかり店頭に出してしまうかもしれませんよ?」
「其方が曰くつきのを売りに出すのは相応しい者が来ると品が訴えた時であろう? 神が気に入った刀が何を求めているのか妾には分からぬし、否と突っぱねられるほど肝が太くはないぞ」
 鎌をかけてものらりくらりと躱される。どうやら意地でもここに置いていきたいようだ。
「……分かりましたよ、お受けしましょう」
 この調子では永久に埒が明かなそうだと琥珀が折れると妖狐はぱぁっと顔を輝かせるた。
「ではよろしく頼むぞ!」
 妖狐は勢いよく立ち上がると金子を受け取ることなくそそくさと店から出ていった。
「……災難でしたね」
 残された琥珀は視線を落とし、苦笑いを浮かべる。しかしこの渦中の物品は何の反応も示さず、ただ風呂敷の上にあり続けていた。
「必要かは分かりませんがせっかくですし、心機一転新しい銘でも付けましょうか」
 どうせだから加護を与えたあの方々の名前の一部を拝借しようかと思いながら、琥珀は刃の長さを測るための物差しを取りに万屋の奥へゆらりと歩き出した。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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