遠くへ行こうとして、近くへ還る
宅急便屋から受け取った横に長い段ボール箱を両腕一杯に抱えて部屋に戻る。差出人には湊ちゃんの住所と名前が記されていた。
床に置き直して紙テープを剥がして封を開ければ、小さな桐箱2つと大きな桐箱が姿を現す。
私は上に載っている桐箱を一旦外にどかして、隙間に指を突っ込んで大きな桐箱を引っ張り出した。
「よい、しょと」
それから一息ついて、改めて蓋を外す。
「おお」
出てきたのはおろしたての巫女神楽装束である。
この装束は神との繋がりを強め、降ろすために使われる神聖な衣装だ。幼い頃は家業である神降ろしの練習のためによく着ていたが、あまりの才能の無さに親や指導役から罵声や失望の溜め息を受けていたためあまり心象は良くない。湊ちゃんよりもうちの方が才能がある、と誇りたかったんだろうが、自分が本家を継げる立場でなかったというコンプレックスの発散を子に押し付けないでほしい。
ただ本家が懇意にしている仕立て屋さんの仕事が見事であることとそれは関係がない。だから、感心して声が出てしまうことも仕方のないことだろう。分家の、しかも出奔した身の上にも関わらずこうして便宜を図ってくれて、ほんとうに感謝しかない。
千早の真っ白な布地にはこちらの注文通り、全面を覆う様に紅い糸で縁取られた黄色い眼の紋様がいくつもあしらわれていた。この装束に関するやり取りをしている時に湊ちゃんからは「あんまりええ紋に見えへんのやけど、ほんまにこれで間違いあらへんの?」と念押しのように何度も確認があったが……私は|これ《・・》でなければいけないのだ。
「湊ちゃんのとこは神|聖《・》でおまへんといけへんからね」
湊ちゃんの覚えた違和感は気のせいではない、さすがはご当主様だ。だからこそその辺の有象無象ではなく、こういう物に長年接してきた経験のあるちゃんとした仕立て屋に頼まねばいかなかったのだ。
続けて小さな桐箱の開封へ移る。1つは赤の鼻緒が施された白木の下駄、もう1つには神楽鈴が納められていた。
「……おや?」
下駄はすり減りのない真っ新な新品であったが、神楽鈴は持ち手の色が少し褪せているように見えた。最後まで身につかず、挙句の果てに出奔した私が使っていた分は多分捨てられただろうから湊ちゃんが手持ちの鈴をわざわざ送ってくれたのだろうか。
「新品でよかったんに」
まぁ、行方知れずだった妹分からの久々の連絡に舞い上がったのかもしれない。ありがたく受け取っておくことにしよう。
部屋着を脱いで装束に着替える。最後に着たのは家出する少し前だったというのに、体は覚えていたようで1人で流れるように着付けられてしまった。
白足袋を履いた足を下駄に通し、軽く鈴を鳴らす。
もし親が見ていたら神楽殿ではなくその辺の部屋、しかもフローリングの上でやるなんて、と激昂するだろうが……どうでもいい。だってどこにいたって見てくださっているんですから。
あの頃の話をふと思い出してしまって、見せてみろと所望されてしまっては断れるわけがない。
うっかりぶつかってしまわないように片付けた広い空間で、私は久方ぶりに身を清めるための舞を披露する。そして右回り左回りと順逆双方に交互に回ってみせる。
練習していた時にはなんでこんなことをわざわざやらなければいけないのだと疑問符を抱きながら、言われた通りにただただこなしているだけだった。
しかし今は違う。軽く踊るだけのつもりだったというのに、右目が疼き出し、ぐるぐると視界が回り出す。実家にいた時は終ぞ経験することがなかった感覚に私の胸が高鳴り出す。
ああ、これが神を降ろすということか。まさか家を捨ててから求められていた領域にたどり着けてしまうなんて、なんて皮肉なんだろうか。
「……ははっ」
口から思わず声が漏れる。過去のうちへの嘲笑か、今の私の高揚の発露か、はたまたこれを見ているCu-Uchilが私の口を通して感想を述べたのか、今の私には判断することが出来なかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功