人生に彩りを
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『マスター。それ何?』
『映画』
以前に聞いた覚えがある。
実に他愛のない会話だ。必要な事しか会話しない二人が、実に他愛なく意味のない会話をしたことがある。
『映画って?』
『……記録映像でも長めで特別なのを見る暇潰しだな』
第四世代型・ルーシーはその時の事を思い出していた。
彼女がマスターと呼ぶオペレーターの男と、他愛のない会話をした時の記憶を。
『特別……』
『人工知能かよ。……ったく。その場限りのミッションに当たる暇潰しが番組で、長期任務のキャンペーンが映画って訳だ』
マスターは何故か苦労しながら『勝つか負けるかで終わる戦いと、エネルギープラントを奪還する長期任務で違うだろ?』と例えを口にしたものだ。
その時の苦笑の意味はまだ判らない。
でも、その意味の無い会話が、自分にとって意味がありそうだったのをよく覚えて居た。
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「それ、何の映画?」
「サメ。肉食の獰猛な魚にアンブッシュされて、右往左往する人間を見る話だな」
ルーシーは過去の経験を踏まえて尋ねてみた。
彼は独りでこんな暇潰しを良くする。作戦例の確認かと思ったが、映画を見ている時は学習でも予習でもない事を知って居た。
そして重要なのは、こういう時は何気なく返答してくれるのだ。
それがルーシーにとって何より重要だった。どうしてか判らないが、重要だと思ったのだ。
「ねぇマスター、それって楽しい?」
「こいつがか!? いや、楽しいっちゃ楽しいんだろうな。面白くはねえが……まあ、楽しいんだろうさ」
珍しく驚く男の顔をルーシーは見た。
どんなに厳しい作戦でもこんな顔を見たことはない。つまり、脅威だからこんな顔ではないのだろう。とはいえ無意味ではないから、楽しいと答えたに違いあるまい。
さて、ここで回答の詳細を待つべきだろうか?
それともこちらから具体例でも尋ねるべきだろうか?
そして、この選択肢の差を自問自答することに意味はないと思いつつ、何故か意味を感じるルーシーであった。
「アンブッシュって言ってたよね? 驚いたり怖がる人を見るのが楽しいの? それともどんな対策プランを立てるかとか?」
「……。それ|も《・》あるにはある。差異を感じる楽しみだな」
何故か驚く内容が変わったような気がする。
そう思ったがルーシーはどうしてなのか判らなかった。それが他ならぬ自分の変化であると気が付くにはまだ時間を要するのだろう。
だが反応があった。前回よりも長い会話だ。
きっと続けようと思えな続けることが出来る。
だからそこに、意味があるのだとルーシーは思ったのだ。
「差異。自分とは違う事」
「そうだ。だが他にも意味はある。普通ならあり得ない場所にサメが居たからアンブッシュな訳だが、どうしてなのかと背景を考えたり、幾らなんでもあり得ないだろうと疑義を呈することも愉しみの一つだ。『1つくらいの嘘はあり得る』という前提で話が作られてることもあるからな」
どうやら暇潰しに意味はあるようだ。
何時に無く饒舌に語る男とのやり取りをルーシーは真剣に感じた。どうしてだろう、ルーシーはこの会話を重要なものだと捉え、もう少し続けていたような気がするのだ。
理由は分からないが、その事は自覚が出来た。
「間違っていても、嘘でも良い?」
「一つだけならイフとして、過程としちゃありえるだろ? シミュレーションで敵が馬鹿みたいにデカイ戦車とか、レーザー砲として使える鏡だと仮定するのと同じさ。ただ、その嘘を脅威としてではなく、何でこんなことが起きて、こいつらはどう感じて、どう行動するのかという差異を楽しむわけだ」
多彩という言葉がある。様々な色という意味だ。
映画と言うのは彩りを添えてくれるのだろう。
他人との繋がりは、人生に彩りを与えてくれる。
「こいつは何タイプかあってな。最初はバイオレンスでホラーなんだが、後に水の中にいるサメが空中を泳いだりするんだ。そうなるとコミカルでジョークとしての面が強くなる。判るか?」
「戦闘機械群の技術を疑うんじゃなくて?」
こんな会話をする事が、映画を独りではなく一緒に見る事で、マスターの人生に彩りが与えられるのだろうか? そして自分にも?
「そうだ。そして考えるんじゃない、感じるんだ」
「じゃあ、今度ソレを見て見る」
ルーシーはそう思ったし、彼もそう感じて欲しいと自覚した瞬間である。
そしてもう一つ。他愛のない会話に、他愛のない目標が加わる。
「残念! そいつは連作で続き物なんだが、2が欠けてやがるんだな」
「じゃあ1だけ見て、2は何処かで手に入れる? 他の√にはあるかも」
実に無意味だ。無意味な対話だ。
教材でもなく、しかも揃っていない娯楽。それについて語る意味などない。
「そうさな。今度そうしてみるか」
「うん」
そこに意味が生まれた気がする。
きっとそうであるとルーシーは思う事にした。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功