夕暮れに、幼子の哭く
●たそがれ
夕暮れ迫る、住宅街。ランドセルがふたつ、揺れている。
小学五年生の|秋斗《あきと》には分かっていた。冬の陽が落ちるのは早い。放課後の寄り道は良くない。
けれど、べそをかく妹の手を引いて、ふたりぼっちの家に帰るのはイヤだった。
だから少し遠回りして、駄菓子屋に寄ってみることにした。
「|智夏《ちか》、何が食べたい? おれの分のこずかいも、使っていいからさ」
妹の智夏は、繋いでない方の手でずっと顔を拭っている。
「……ママが作ったクッキーがいい……」
瞬間、秋斗はカッとなった。それでも、怒鳴る変わりにどうにか答えた。
「ばか。そんなの、もう」
無理に決まってるだろ、と。
智夏は火が付いたように泣き出した。秋斗の足も止まってしまった。
おれだって。おれだって。かあさんのクッキーが食べたいよ。
じんわりと視界が滲んで、秋斗は俯いた。
──おやおや、なんと哀れな童でございんしょ。
鈴の音を転がすような声がした。ハッと周囲を見回すと、謀ったように目についた。
住宅街に紛れ込んだ不思議建築。その中に、古びたほこらがあることに。
ベタベタにお札が貼ってあって、いかにも近寄っちゃいけないやつだ。だけど。
──ああ。ああ。哀れで優しい|男子《おのこ》だこと。わっちの元においでなんし。この札を剥いでくれたなら、主らの願い、わっちが叶えてあげんしょう──……。
その日を境に、近隣で人死にが起きるようになった。
遺体はどれも無残なもので、「古妖の仕業だ」と、人々は大いに恐れおののいた。
●あやまち
「……ある兄妹の話だよ」
クマ耳の星詠み、瑠璃・イクスピリエンス(赤色ソーダ・h02128)が語りだした。
√妖怪百鬼夜行で生まれ育った、人間の兄と妹のことを。
「兄はやんちゃな男の子。妹は甘えん坊の女の子。時には喧嘩だってするけど、すごく仲良しなんだ」
両親はそんな彼らを慈しんだ。だけど悲劇が訪れた。
「突然、母親が倒れた。珍しい病気でさ。あっという間に、彼女はこの世を去った」
悲しいけれど、それはもう終わった話。
本題は、ここから始まる。
「純粋な人間である彼らは、それは大切にされている。父親は勿論、友達にも先生にも、みんなに愛されて」
幼い兄妹も愛情に応えた。自分たちは幸せだからと、みんなの前では笑顔を見せた。
消しようもない思慕を、小さな二つの胸に押し込めて。
そんな彼らの想いを利用して、蘇った古妖がいる。
「自分を復活させてくれれば、母親を生き返らせてやるって言ったんだ。そんな力も、つもりも、ないくせに」
古妖は兄に語り掛け、自らを封印していた祠の御札を剥がさせたらしい。
「今のところ、古妖の情報を持っているのはその子だけだ。上手く声をかけて、封印の様子や、古妖の特徴を聞き出せれば、戦いのヒントになると思う」
兄の名前は|秋斗《あきと》。小学校の五年生。妹の|智夏《ちか》は二年生。秋斗の授業が終わるのを待って、いつも一緒に帰っている。黒と赤のランドセルを揺らして。
今日は学校帰りに、駄菓子屋に寄っているはずだ。
「切り出し方は、任せるけど……もし、ワガママを言わせてくれるなら」
クマ耳の星詠みは、小さく俯いて言った。
あまり厳しく、問い詰めないで欲しいんだ、と。
「秋斗くんは、気付いてると思う。自分が解放した古妖が、人を殺めたことを。自分が、とんでもないことをしてしまったのを」
それでも、母が蘇るかもしれないという希望があるから、誰にも言えずにいる。
「智夏ちゃんの方は、古妖の声は聞こえなかったみたい。お兄ちゃんから、『お母さんがもうすぐ帰ってくる』とだけ聞いて、喜んでいたみたいだけど……」
小学二年生は、そこまで分別のつかない歳ではない。
本当に何も……何も疑わずに、喜んでいるのだろうか。
今日、駄菓子屋にいるのも、深刻な顔をしている秋斗を気遣って、智夏が誘ったのだという。
「ごめんね。ワガママばかりだけど。みんなに任せていいかな」
どうか叶うなら、彼らの心も、守ってやって欲しい。
「大切な人を亡くして、泣いている子どもに。何を言ったらいいのか……ボクにはまだ分からないんだ」
恥ずかしいね、と、自嘲して。星詠みは、願いを託した。
マスターより

ご覧いただきありがとうございます。
今回は所謂、『心情寄り』シナリオを予定しております。
以下、内容の補足。
●1章(冒険)
√妖怪百鬼夜行の駄菓子屋で、オープニングの兄妹と接触します。
駄菓子屋はレトロな菓子と現代の菓子が入り乱れています。
P/S/Wは参考程度に。
『秋斗(兄)』
小学校の五年生。明るくやんちゃで、サッカーが得意。
母親が亡くなってから、妹と帰るために放課後のサッカーをやめました。
今日は駄菓子屋でぼんやりと菓子を選んでいます。
表情は暗く、口数も少ないです。
封印の札を剥いだことは、妹にも言っていません。
『智夏(妹)』
小学校の二年生。読書が好きで、大人しい性格。
兄の前では甘えん坊で、時々癇癪をおこしますが、基本的には温和ないい子です。
今日は兄の手を引いて、お菓子を選んでいます。
兄からは「母が戻ってくる」とだけ聞き、喜んで見せたようですが…。
死を理解できない歳ではありません。
●2章以降
二人にどのような言葉をかけ、どのような情報を貰うかで、展開が変わります。
正解がある訳ではありません。
どうぞ、お心のままに臨んでいただけると幸いです。
28
第1章 日常 『駄菓子屋で遊ぼう』

POW
駄菓子を大人買いして楽しむ
SPD
メンコやビー玉を買って遊ぶ
WIZ
置いてあるゲーム筐体で遊んでみる
√妖怪百鬼夜行 普通5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

悲しい未来が《視えた》から、足を運んでみたけれど……
この古妖は、いったいどんな味がするのかしら。
あら、あらあらあら。駄菓子屋だなんて懐かしいです。
駄菓子はいつだって心を躍らせる楽しみ。
大人だからこそ、思う存分楽しんでみせましょう。
そう、《大人買い》で――……なんちゃって。
せっかくの大人買いですもの。
ちびっ子がいるなら、一緒に買ってあげましょうか。
その代わり、どうしてあなたがそんな暗い顔をしているか、教えて?
お姉さんは実は不思議専門の探偵だから、あなたの力になれるかも。
最近、いろんな話を聞くことが多いから。
あなたくらいの歳の子を騙して、悪いことをさせる、とかね?
もしよかったら、教えてくれる?

なんとも、いたたまれない、話。
件の古妖は、彼女、かしらね。
本当に、困った、女。
ぷらぷらと駄菓子屋の店内を見て回ります。
遊郭にいたころに禿の子たちが好きだったものは何だったかなと探して。
兄妹に会えばお勧めの駄菓子を聞いてみます。
私、あまり詳しくなくて。
あなたたちが、好きなものは、どれなのかしら?
聞いたのちに手近な駄菓子をまとめ買い、お礼にと二人の好きなものとそのほか適当なものをプレゼントします。
一緒に、食べましょう、か。
妹ちゃんは、なんだか、嬉しそう、ね。
良いこと、あったの?
お兄ちゃん、は、なんだか、つらそうね。
嫌なことでも、あったの?
膝を折り、目線は低く。
声色は諭す母のように柔らかく。

チープな駄菓子が並ぶ棚を見つめると、心が踊るにゃ!ボクは目を輝かせながら
「にゃはは今日は大人買いするにゃ!」と意気込んで、大好きなきなこ棒やグミ、飴玉を手に取り、次々とカゴに放り込むそして深刻な顔をしている少年に気がついて
「美味しそうなの前に何悩んでるにゃ?お金足りないならおねーさんが奢るにゃ!」
「其れとも他に何か悩んでるにゃ?通りすがりなボクにだからこそ言えることあるかもにゃ~うれうれ、少年言ってみにゃ、お姉さんが聞いてあげるにゃ!」
目線合わせ、ニコッと朗らかに
大量の駄菓子ちらつかせ、深刻にならないように注意して
言いやすいように駄菓子を積んで
これでどうにゃ!
とばかりに
絡み大歓迎
●おとなげ
夕暮れの中、女性が一人、路をゆく。
紙巻煙草の残り香と、隠せぬ色香を薫らせて。柏手・清音(ばくちうち・h02566)はゆるりと歩む。
「なんとも、いたたまれない、話」
唇から漏れた呟きは、まるで燻らせた煙のよう。形にならず、すぐ消える。
清音は、予知に聞いた古妖に心当たりがあった。
──件の古妖は、彼女、かしらね。
良く知った|廓詞《くるわことば》。心の隙間を、優しく侵すような語り口。そして、他者の運命を捻じ曲げることを|悦《よろこ》ぶ魔性。
「本当に、困った、女」
前後が繋がらぬ独り言は、自嘲にも聞こえて。喉の奥で笑ったところで、駄菓子屋にたどり着いた。
大きな店構えだった。複数の店員で管理していて、僅かだがゲームコーナーや、飲食のできるテーブルもある。
これは見ごたえがありそうだと、清音は店内をそぞろ歩く。
自身が遊郭にいた頃、禿の子たちが好きだったものは何だったかと、探しながら。
「悲しい未来が『視えた』から、足を運んでみたけれど……」
妖怪探偵|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)は人妖だ。人の姿をしているが、その本性は、予言の妖怪『|件《くだん》』。生まれてすぐに予言を遺し、三日で死ぬはずが、気付けば三十年近く生きている。
「あら、あらあらあら。駄菓子屋だなんて懐かしいです」
件のいずもは件の駄菓子屋に着き、とたんに心を躍らせて見せた。そう、どれほど齢を重ねようと、駄菓子の魅力は色あせない。
「むしろ、大人だからこそ、思う存分楽しんでみせましょう」
そう、『大人買い』で──……なんちゃって。
駄菓子用の小さなカゴを持って、菓子を次々と集めてゆく。
以前食べたもの、初めて見るもの。ソーダ味にイチゴ味。駄菓子ならではの甘味料の味も愛おしい。
だが、いずもには、何より気になる味がある。
嗚呼。予知で見るだけでは物足りない。
──この古妖は、いったいどんな味がするのかしら。
ところで。二人に先立って、既に駄菓子屋を堪能している者がいた。
「チープな駄菓子が並ぶ棚を見つめると、心が踊るにゃ!」
小柄な人妖の|纐纈・梛《こうけつ・なぎ》(猫魈の可愛いハンター・h01395)は、足取りも踊るように、店内を闊歩する。
嬉し気に揺れる猫耳と、三本の猫尻尾は、化け猫の上位種たる|猫魈《ねこしょう》の特徴。
「にゃはは、今日は大人買いするにゃ!」
目を輝かせて浮かれているが、動きはまさにハンターそのもの。狭い通路をするする巡り、こまごまと陳列された菓子の中から、好物を的確に選び取る。
香ばしいきなこ棒や、色とりどりのグミや飴玉で、小さなカゴが埋まる頃。
一番の探しものが、見つかった。
揃いのお守りをつけ、並んで揺れる、赤と黒のランドセル。
「あれれ、そこの子たちー! 美味しそうなの前に、何悩んでるにゃ?」
声をかけられた二人組が、振り向いた。
少女の方は、「わ、猫のおねーちゃんだ!」と嬉しげに。
少年の方は、びくりと息を呑みながら。
●おさなげ
妹の名は|智夏《ちか》といったか。頭の隅で確認しつつ、梛は笑顔で語り掛けた。
「キミたちのカゴ、からっぽにゃ。それじゃ寂しいにゃよ」
「……おねーちゃんのカゴは、いっぱい、だね」
兄の後ろからおずおずと、ではあるが、智夏は梛のカゴを覗き込んでくる。これが大人買いってやつにゃ! 大人の特権にゃ! とドヤ顔で語るものの、梛も成人に見えるか怪しいところ。
「駄菓子屋は心躍る場所にゃ。お金足りないならおねーさんが奢るにゃ!」
その分、度量の大きさを見せて誘えば、兄の|秋斗《あきと》が、初めて口を開いた。妹を庇うように前に出て。
「……知らない人に、物を貰う訳にはいかないので」
表情は暗いながらも、しっかりとした声音だった。
「こんにちは……こんばんは? 大人買い仲間発見です」
そこへひょっこりと顔を出したのは、いずも。彼女のカゴも駄菓子でいっぱいで、智夏は「わあ」と目を見張る。
「わたくしも久しぶりに駄菓子屋に来たら、興が乗っちゃいまして」
ここは袖振り合うも……というやつ、ちびっ子も一緒に買ってあげましょうか? そう梛を援護するが、兄妹は首を縦に振らない。
「ありがとうございます。でも、俺たち、自分の金で買うから」
秋斗は軽く会釈して、けれどきっぱり言い切った。
警戒されちゃったか、と、心中でいずもは唸る。
(とはいえ。正しく他人を警戒するのは、彼らが健やかに育てられた証拠)
だからこそ。
(唆した古妖の悪辣さが、際立ちます、ね)
さて、どう仕掛けるか──いずもは、ちらり、梛と顔を見合わせる。
「おやおや、たくさん、人がいるわねえ」
雑多な駄菓子屋の中でも目立つ、ハイカラ衣装を身に着けて。しゃなりと歩み寄ってきたのは、清音だった。彼女のカゴには、結局、シガーチョコがぽつんと一箱きり。
「以前お世話になった子どもたちへ、お菓子をあげたいのだけど。私、あまり詳しくなくて」
喜ぶものが買いたいのに、困ったわ。
「あなたたちが、好きなものは、どれなのかしら?」
兄妹がぱちくりと目を瞬いたので、言い添える。お友達の間で、人気があるものでもいいわ。子どもの意見が、知りたくて。
「ええとね、ちか、あれが好き!」
智夏が指さしたのは、可愛いキャラクターの顔を模した、大きな棒付きチョコだ。
「あら、素敵、ね」
「おい、それは本当にお前の好みだろ」
秋斗にたしなめられて、智夏は唇を尖らせた。だって、好きなものって言われたもん。
睦まじい兄妹の小競り合いに、能力者たちの表情もほころんだ。
「人数はどれくらいいるんですか? 大袋のほうがいいのかな?」
妹を宥めた秋斗は、真剣に清音の相談に乗り始めた。智夏も「好きなお菓子まだあるよ!」と店内をあちこち指さしている。
梛は三本の尻尾を揺らして、「にゃあんだ」と、密かに苦笑する。
(自分たちが奢られるより、誰かの役に立つ方が嬉しいんにゃね)
どこまで性根の良い子なのやら。
「よーし! 大人買いマスターのボクも協力するにゃ!」
「では、子ども心を忘れないわたくしも手伝いましょう」
梛といずももカゴを振り上げ、一同は揃って、心躍る買い物へ臨む。
●だんらん
「良い、買い物ができたわ」
みんなの協力で買い物を終え、清音の提案もあって、一同は駄菓子屋内の木製テーブルを囲むことになった。
「おかげでお姉さんも新しいお菓子が開拓できました」
「秋斗くんの提案も、智夏ちゃんの好みも聞けて良かったにゃ! みんなで買うと楽しいにゃ!」
能力者たちはそれぞれに兄妹を褒め、お礼だからと駄菓子を卓上に並べてゆく。智夏は満面の笑みで、秋斗は謙遜しながらも、今度は素直に受け取った。
ここで終われれば、どれほど心が温まったろう。
水を向けたのは、清音だった。
ところで──。
「智夏ちゃんは、なんだかずっと、嬉しそう、ね」
……良いこと、あったの?
チョコレートを齧っていた智夏は、きょとりとして。
「え? うん、嬉しいよ! マ……おねえちゃんたちとお買い物するの、すっごく楽しかった」
はぐらかされた訳ではなく、含みが通じなかったようだ。言い間違ったのは……清音の柔らかな声音と眼差しに、母の面影を感じたからだろう。幼い瞳に一瞬だけ、切ない感情が過った。
緊張したのは、むしろ、兄の方。
「お兄ちゃん……秋斗くんは、何か悩んでるにゃ?」
彼の動きが強張ったのを見逃さず、梛が猫耳を傾げて問いかけた。怯えた秋斗と目線が合えば、ニコッと朗らかに笑み返し。
「美味しく食べれば気が晴れるにゃ~! これでどうにゃ!」
深刻になりすぎないように。少年が気負いすぎないように。梛はあえて茶化しながら、秋斗の前に駄菓子を山と積んでゆく。それは、全て、彼が好きと言ったものばかりで。
「うれうれ、少年言ってみにゃ、お姉さんが聞いてあげるにゃ! ……通りすがりなボクらにだからこそ、言えることあるかもにゃ~」
伝わらなかった訳じゃない。かけられた言葉、全部全部、優しさだと分かるからこそ。秋斗は一層、顔を俯ける。
膝の上で拳を握り、口をつぐむ兄を、妹は不安げに見つめて。
「おにい、ちゃん……」
そして、意を決したように、言った。
「悩んでるって、やっぱり、ママの」
「言うな!!!」
びくっと、智夏の肩が跳ねた。あっという間に、少女の目じりに涙が滲む。清音がそっと寄り添い、小さな肩に手を置いた。
秋斗は自分が怒鳴ったことに驚いて、口を押えていた。
「秋斗くん。あなた、とても、つらそうよ」
清音が柔らかく気遣うと、秋斗も目を拭い、再び深く俯いた。絞り出すように、答える。
「知らない人に、言うことじゃ、ないです」
「その、知らない人ですら」
……心配になるような顔をしているの、あなたは。
そう説いたのは、いずも。
嗚咽を堪えるように、秋斗の胸がひゅっと鳴った。
そして、いずもは核心を突く。
「お姉さんは実は不思議専門の探偵だから、あなたの力になれるかも。最近、いろんな話を聞くことが多いから。……あなたくらいの歳の子を騙して、悪いことをさせる、とかね?」
弾かれたように、秋斗は顔を上げ、濡れた目でいずもを凝視した。「だます」「そんな」「うそだ」と、悲鳴のように零しながら、ぶるぶると震え出す。
智夏もしゃくりあげながら、けれど、清音に支えられて、必死に堪えて。ぎゅっと……兄の手を握った。
「辛いかもしれないけど。もしよかったら、教えてくれる?」
力になれる。なりたいのだ、と。能力者たちは力を込めて頷いた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

アドリブ歓迎。
身長170㎝の少女の姿で事に当たる。
冬の夕暮れの冷たい風を、肩にかけた男物のレザーコートで颯爽と切って現れる。
兄妹たちに、
「あなたたちを助けに来ましたよ」と真剣な表情で告げる。
「亡くなったお母さんのことはお気の毒。だけどそれは誰に変えられないこと」
「……そう、妖怪さえも」
「今のままでは人が死んでいくばかり。あなたたちの様な兄妹が増えていくばかり」
「ね? わたくしたちに祠のことを教えてくれないかしら」
『秋斗(兄)』くんは妹思いの強い子。キツイ言葉で言わなくても本当は分かってくれるだろう。
√能力は疾風怒濤。
3倍の能力でWIZゲームを遊んで見せて、兄妹を驚かせる。

POW
幼子らに話を聞かねばならんが、悲しみを再び想起させるような真似は避けたい
まずは菓子の話題で話しかけよう…初対面である事に変わりなくとも、多少なりとも話しやすさのような物を感じてくれればいいのだが…
兄妹2人の様子を観察しつつ本題を切り出そう
深刻な顔をする兄に対し、家族には言えなくとも、ただの他人になら言えることもあるのではないかとな
子が親に会いたいと願う、それの何がいけないというのだ
その気持ちを利用し、悪を成す外道がいるのであれば、迷うこと無くこの拳を振るうと誓おう
何、いざとなれば虱潰しにしてでも探しだせば良い
修練を積んできたこの身体、こんな時にでも活かさねばな

●思うこと
たぶん、だけど。
ちかちゃんの為でもあったんだと思う。
かわいそうで、でもどうしようもなくて。
ただいまって言えることとか。
おかえりなさいを言ってくれるひとがいたこと。もういないこと。
大好きな分だけ、まだ苦しくて……。
そんな子たちを責めたくはないよ。
●いっしょに
「お菓子、好きなの?」
「私も好き。だがしかし。駄菓子初心者だよ」(……冬が寒いのは当たり前だよ)
常連っぽい二人にアドバイスを請いながら真剣にお菓子を検分。
選び終わったらいっしょに食べようって誘ってみます。
冬だから出来るだけくっついているとあったかいかも。
それから、駄菓子のこと教えてくれたお礼に私もひみつを教えるね。
「お姉さんは、実は超能力者。いろんなことを知ってる」
もし√能力で集められた情報があれば色々と当ててみたり。
「ごめんね。本当は二人のことも知ってた。心配してるひとが居て、たのまれたの」
「だからね。代わりにはなれないけど……私には甘えてくれてもだいじょうぶだよ」
情報は無理に引き出そうとせず話したくなったらのスタンスです。
●かなしみ
──たぶん、だけど。
思ったより大きな駄菓子屋の店内を、ミア・セパルトゥラ(M7-Sepultura埋葬・h02990)は、ぐるぐると回る。
──ちかちゃんの為でもあったんだと思う。
しっかり者であったはずの秋斗が、古妖の甘言に従ってしまった理由。
「ただいまって言えることとか。おかえりなさいを言ってくれるひとがいたこと。もういないこと」
それは、少女人形レプリノイドである彼女の故郷、√ウォーゾーンでは、当たり前になってしまったこと。
けれど、世界によくある不幸も、当人たちにとってはただ一つの、大きな悼み。
「かわいそうで、でもどうしようもなくて」
大好きな分だけ、まだ苦しくて。愛が大きかった分だけ、穿たれた穴も深くて。それでも誰にも縋れなかった。本当に縋りたい人は、もういないのだから。
でも。もしも、自分一人であれば。
自分一人分の苦しみだけなら、秋斗は耐えたのかもしれない。
「……そんな子たちを責めたくはないよ」
考え考え、様子を伺うと、他の√能力者たちと一緒に駄菓子を選ぶ兄妹を発見した。
兄の秋斗は、妹と手を繋いだまま、周囲の大人たちに色々と菓子を進めていて、ミアもそこに混ぜてもらった。
並んだランドセルに、お揃いのお守りが揺れている。彼らのための、祈りが込められたお守りが。
健気で愛しいその姿に、予言に聞いた古妖の声が重なってゆく。
──ああ。ああ。本当に……哀れで優しい男子おのこだこと!
●とまどい
駄菓子屋の中、ガラフ・ラハ・ラグターク(波濤のガラフ・h04593)は、機を伺っていた。
(幼子らに話を聞かねばならんが、悲しみを再び想起させるような真似は避けたい)
まずは菓子の話題で話しかけよう……と、思うものの、幼い兄妹は他の√能力者たちとお買い物中。いや、それは良い、良いのだが。
(皆、女性か……)
集ったのは、たまたま女性ばかり。己は齢十八の男子、しかも武を極めんと戦いに明け暮れてきた身だ。駄菓子談義で盛り上がる輪の中へ、如何に切り込むべきか。戦場に赴く時とはまた別の覚悟が必要であった。
「む……?」
腕組み思案しながら、ふと風を感じて振り向けば、入口に、またも女性が立っていた。しかし、肩にかけた男物のレザーコートを激しい寒風にたなびかせ、眉一つ動かさずに店内へ踏み入るその姿は、ただ者ではない。
「あなたも、彼らのために来たのね」
レザーコートの女性、明星・暁子あけぼし・るしふぇる(鉄十字怪人・h00367)は、ガルフへ端的に尋ねた。
「無論だ」
ガルフも鋭く返し、心中で、暁子をなかなかの使い手だと評する。片手に菓子を握りながら。
そこで、とん。と、軽い衝撃があった。見下ろせば、件の妹の方……智夏が、ガルフの足にぶつかっていた。
「ご、ごめんなさい!」
兄の秋斗もやってきて、即座に二人で頭を下げる。
良いのだ、俺も立ち塞がっていた……と、ガルフは鷹揚に応え、これを好機と声をかける。
「実は、こういう場所にはあまり慣れていなくてな。どう菓子を選べば良いか、悩んでいたのだ」
屈強な拳士であるガルフが、少し照れながら語る姿を見て、親しみを覚えたのだろう。兄は表情を幾分緩め、智夏は「おにいちゃんもそうなんだ」と笑った。
「俺も、とは?」
「あのね、ちかたち、今、おねえちゃんたちとお菓子を選んでるの!」
「俺たちで良ければ、一緒に案内しますよ」
見れば、先に合流しているミアも、おいでおいでと手招きしている。
「それは有難い。礼を言おう」
ぐっと腰を折り、年少者にも礼を尽くす様子に、智夏は声を立てて笑うとガルフの服の裾を引いた。
暁子もコートを揺らして、彼らの後を追った。微笑ましいと、口の端を僅かに緩めながら。
●くるしみ
一通りの買い物を終えたのち。
ミアの誘いもあって、駄菓子屋の奥にある飲食スペースへ、幼い兄妹と能力者たちは集まった。
「お菓子、好きなの?」
ミアの問いに、兄妹は揃ってこくり。そわそわと、木製テーブルに並んだ駄菓子を選んでゆく。ミアも一緒に手を伸ばして……ぴたりと止まり、おもむろに。
「私も好き。だがしかし。駄菓子初心者だよ」
秋斗の手も止まった。
智夏は無垢な表情で、棒付きチョコを食べている。
屋内なのに不思議と寒風が吹き、暁子がコートの襟を抑える。
「何故かしら、寒くなったわね」
「ふ、冬が寒いのは……当たり前だよ……」
本当に不思議そうな暁子を乾いた笑みで諭すと、ミアもイカ菓子の封を切って頬張った。
「えーと、当たり前だよね。うん、ミアさんもいっぱい食べて」
小学五年生にして空気を読み、取り成そうとする秋斗の配慮が涙ぐましい。
共に駄菓子を選ぶのが楽しかったらしく、強張っていた彼の顔も次第にほころんで、苦笑とはいえ笑顔を見せてくれている。
(この笑顔を前に、本題を切り出すのは些か忍びないが……)
勧められた『美味すぎる棒』をつまみながら、二人の様子を観察していたガルフが、ぐっと腹に力を込めた。
やはり、言わねばならないのだ。
誰よりも、彼らのために。
「秋斗」
男同士、名を呼んで、ガルフは兄を見据えた。
「お前はずっと暗い顔をしていたな」
秋斗が、びくりとする。恐る恐るガルフを見たところで、ガルフの眼力にぐっと留められた。
「咎めようというのではない。ただ……うむ、家族には言えなくとも、ただの他人になら言えることもあるのではないかとな」
続けて声を掛けられるも、秋斗は俯いて、石になったように動かない。
言葉は聞こえている。聞こえているからこそ、動けないのだろう。
「おにい、ちゃん……」
意を決したように、口を開いたのは、智夏だった。
「悩んでるって、やっぱり、ママの」
「言うな!!!」
びくっと、智夏の肩が跳ねた。少女の目じりに涙が滲む。秋斗は自分が怒鳴ったことに驚いて、口を押えていた。
ミアが席を立ち、ぱたぱたと小走りで、智夏と秋斗の間に挟まってゆく。
「冬だから……寒いのは当たり前なんだよ。だから、出来るだけくっついていると……あったかいかも」
秋斗の目にも涙が浮かんでいた。それをごまかす様にぬぐうと、再び深く俯いた。
●ともしび
「亡くなったお母さんのことはお気の毒。だけどそれは誰に変えられないこと……そう、妖怪さえも」
暁子の告げた言葉に、二人を暖めていたミアですら、息を呑んだ。
冬の空気のように、凛とした、鋭い声だった。
「今のままでは人が死んでいくばかり。あなたたちの様な兄妹が増えていくばかり」
秋斗は「そんな」「うそだ」と、悲鳴のように、うわ言のように繰り返し、ぶるぶると震えている。
智夏には、全ては分からないかもしれない。けれど必死に、兄と、ミアの手を握った。小さくしゃくりあげながら、それでも兄から目を離さずに。
「おれ……おれ、そんなことに、なると、思わなくって」
ただ。言ったから。あいつ。母さんに。会えるって。だから。
ごめんなさい。おれのせい。許してください。
辛うじて聞き取れたのはそれくらいで、あとは言葉にならなかった。ボロボロと泣き崩れる秋斗の姿に、必死に堪えていた智夏の涙も決壊する。
──と、思われた。
「子が親に会いたいと願う、それの何がいけないというのだ!」
寸前、怒号が響いた。
瞬間的に、恐怖よりも驚きが勝った。兄妹もミアも、あんぐりと口を開いて、ガラフを見る。
ガラフは、握りこんだ拳をわなわなと震わせ、猛っていた。
「母を失い、お前たちは充分に傷ついたではないか。更にその気持ちを利用し、悪を成す外道がいるのであれば!」
……迷うこと無く、この拳を振るうと誓おう。
最後は静かに……ゆっくりと。ガラフは兄妹に向けて、握った拳を差し出した。
それは、戦いから縁遠い幼子にも分かるくらいに、鍛え上げられた拳。闘争を追い求める『渇き』を失いながらも、この期では迷わぬと誓った男の拳だった。
「何、どうしても辛ければ語らなくとも良い。いざとなれば虱潰しにしてでも探しだせば良い」
修練を積んできたこの身体、こんな時にでも活かさねばな。
怒声から一転、呵々と豪快に笑うガラフに、いつしか子どもたちの涙は止まってしまっていた。
「わたくしたちは」
そこに再び、冬色の声が響いた。
「責めに来たわけじゃない」
凛として鋭く。しかしよく聞けば、確かな温度を持った、暁子の声。
「あなたたちを、助けに来ましたよ」
古妖の誘いのように、とろけるような甘さはない。
けれど、真剣で真摯な一言は、泣き濡れた兄弟の胸に、確かに一筋の光を灯した。
辛い話であると知りながら、直截に切り出したのは、彼らを傷つけたかったからではない。
──秋斗くんは妹思いの強い子。
キツイ言葉で言わなくても。真綿で包むように甘やかさなくとも。……本当は分かってくれるだろう。
そう信じたからこそ。暁子は全てを話したのだ。
「ね? わたくしたちに、祠のことを教えてくれないかしら」
●おもいで
兄妹たちが少し落ち着くと、暁子は彼らをゲームコーナーへ誘った。
「任せてちょうだい。わたくしたちは、普通よりも強いから」
魅せる力は、疾風怒濤 シュトゥルム・ウント・ドラング。今回は、全ての仲間と共に先陣を切った形で、暁子の能力も飛躍的に向上している。エアーホッケーにコインを入れると、瞬間移動並みのダッシュと弾道計算を使い、一人二役をこなして見せた。
これには秋斗も智夏もあっけにとられ──最後は大興奮で、拍手を送った。
「おねえちゃん、すごい!」
「暁子ねえちゃん! つ、強い妖怪なの!?」
「違うけど、まあひとまず、それで良いかも知れないわ」
ふむ、と、黒髪を肩に流して首傾げ、暁子は答えた。怪人にして重甲着装者である己の正体を、この子らに上手く説明する術は、ちょっと浮かばない。
ふふ。とミアも微笑んで、涙の跡が残る兄妹に歩み寄る。
そして、彼らの肩に手をかけて、顔を寄せると、そっと囁いた。
──私もひみつを教えるね。
駄菓子のこと、たくさん教えてくれたお礼に。
「お姉さんは、実は超能力者。いろんなことを知ってる」
──ランドセルに揺れている、お揃いのお守り。お母さんが作ってくれたんだね。
はっと。秋斗と智夏が、互いのランドセルを見やる。
『安全祈願』と縫い取られた、少し不格好なお守り。秋斗の方は、濃緑の布に紅葉の刺繍。智夏の方は、青地に向日葵の刺繍。
「うん。母さんは……物を作るのが好きだった。でも、自分で使わなくて、全部おれたちや、父さんに渡すんだ」
クッキーももっと食べて、自分のお守りも……作ればよかったのにさ。
そう呟いた秋斗の声は潤んでいて。
ごめんね。ミアは謝ったけれど、兄の頬に、もう涙は零れていなかった。
「本当は二人のことも知ってた。心配してるひとが居て、たのまれたの」
「そっか……」
心配、かけちゃってたんだな。くしゃりと泣き笑いをした秋斗の脳裏に、浮かんだのは誰だったのだろう。
それはミアには分からないけれど、『心配されている』と聞いて、『誰に?』と疑問にならないくらいには。
彼らは、愛されているのだ。
「だからね。代わりにはなれないけど……私には甘えてくれてもだいじょうぶだよ」
十三歳のレプリノイドが、精一杯、腕を広げて二人を招く。
ぎゅっと飛びついて行った智夏はまだしも、秋斗はもう十一歳だ。そんなに変わらない。
「はは。せいぜい、姉ちゃんだな」
軽く憎まれ口を叩くと、ゆっくりミアの懐に近づき、されるがままに、撫でられていた。
ああ。彼らはとても優しくて。
決して、哀れでは、ない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第2章 冒険 『お宝咥えたどら猫』

POW
猫が走り去った方角へ向かう
SPD
猫を知らないか聞き込みをする
WIZ
持ち去られたお宝を探す
√妖怪百鬼夜行 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●まくあい
能力者たちの計らいで、温かなひと時を過ごした兄妹。
妹の智夏は疲れたらしく、うつらうつらとし始めた。
秋斗はそんな妹を背負い、皆を案内して歩く。
「おれが……古妖に声をかけられたのはここ」
既に日は落ちて、街灯が照らす暗い夜道。秋斗が止まったのは、住宅街の只中だった。一見、何も怪しいことはない。
「この扉が開いてたんだ」
それは、塀と塀の間に立てつけられた古い木戸。民家の庭先に続く勝手口にも見えるが、開けばまるで景色が変わり──レンガ造りの大きなビルが、夜空へ高く伸びている。不思議建築だ。
「ここに、祠もあった……でも」
青い顔で秋斗が示したのは、ビルに続く道の傍。地面の色が黒く変わっている一角。
──祠は、跡形もなく消えていた。
●きりふだ
「おれが言われたのは、札を剝がせって、だけ。ベタベタについてたやつ、全部取るの、大変だった」
待っていた智夏は、今のように寝てしまい、起きた後は一切を覚えていなかったという。
「最後に、言われたんだ。剥がしたお札は、どっかで燃やせって。おれが『早く母さんを返して』って言ったら、お札を持ってる間はダメだって」
結局、それきり。
「……だってその札、まだ持ってるから」
秋斗が、ランドセルを肩から外して、脇に吊ったお守り袋を手に取る。不格好な手作りの袋を開くと、小さく折られた封印の札があった。
「智夏のお守りにも入ってる」
何度も燃やそうとした。だがその度に何故か、咎めるような母の顔が脳裏に浮かぶのだという。だから、亡き母が縫ったお守りの中に隠したのだ。
──ああ、そんなところにあったかえ。
鈴を転がすような声がした。
瞬間、物陰から二匹の黒猫が飛び出して、秋斗に飛びついた。
「あっ! 母さんのお守りが……!」
猫たちは、秋斗と智夏のお守りを咥えて紐をちぎると、まっしぐらに走り出す。眼前の、不思議建築の方へ。
両開きの大きな扉。明かりの灯る細い窓。
入口に掲げられた看板は、『道草十三階』。
●不思議建築『道草十三階』
あの札は、古妖を退けるために必要な物。
何より、兄妹にとっては母の形見。
両開きの扉は開いていた。中からは賑やかな気配がする。
一階のエントランスには、ご丁寧にエレベーターと案内板があった。
どうやら──ビル全体が食堂街のようだ。
一階はエントランス。|最上階《じゅうさんかい》は展望台。
基本的に下の方が大衆食堂や甘味店。上に行くとちょっと高級な座敷。西洋風のバーやレストランもある。悪というほどではないものの、少々ガラの悪い妖怪たちが、あちこちで酒を飲み、博打をし、宴に興じている。
台所に照明のガス灯、ガスストーブ。火の気には事欠かない。
猫はどこかで札を燃やそうとするはずだ。
追いかけて、探して、待ち受けて。
なんならちょっと寄り道をしている間に偶然に、猫を見つけて。
全ての御札と、兄妹のお守りを取り戻すのだ──。

アドリブ&野良連携歓迎
身長170㎝の少女の姿で事に当たる。
POW 猫が走り去った方角へ向かう
「ふむ。追いかけっこと行きますか」
秋斗くんが燃やさずに取っておいてくれた『札』と『お守り袋』
何としてもとり返してあげないと。
猫と煙は高い方に上がりたがる。
猫を追いかけて、風のように不思議建築『道草十三階』を駆け抜ける。
引き続き√能力《疾風怒濤》を使用して、あるときは壁を、あるときは天井を。
白いセーラー服を翻して走っていく。
ガラの悪い妖怪たちが、こちらに気付いて声をかける暇もないくらい。
目の錯覚かと酔い目をこするくらい。
疾走る、疾走る、疾走る。
「イタズラ黒猫さん、逃がしませんよ」

二兎を追う者は一兎をも得ずにゃ、もう一匹は他の人に任せてボクは片方だけを追うにゃ
あぁいうやつらは絶対二手に分かれるにゃ
野生の感と幸運に情報収集、失せモノ探しとできる限りのことをするにゃ
ピンときたら突撃にゃ!
台所や上の照明は滑り込むには難しいにゃ、放り込むだけで燃やせるところは限られてくるにゃとなるとストーブや卓上の明かりが怪しいにゃ
気になったらゴーストトークでちょっとそこらのお宝なお守り咥えた黒猫がどこにいったか聞くにゃ
あの子たちの大切なものを返すにゃ!!!!
絡みアドリブ大歓迎にゃ~
●さきがけ
「ふむ。追いかけっこと行きますか」
真っ先に反応したのは、|明星・暁子《あけぼし・るしふぇる》(鉄十字怪人・h00367)だった。上階を見通すように、黄金色の瞳で天井を仰ぎ、ローファーの底を鳴らして床を蹴る。
翻るセーラー服の白い影が、少年──秋斗の目に残像のように映って。気付けばもう、暁子は消えていた。
ただ、寸前に一言。少年の耳に残った言葉は。
──|秋斗くん《あなた》が燃やさずに取っておいてくれた『札』と『お守り袋』。
「何としても、とり返してあげる」
不思議建築『道草十三階』の上へ。
地から天へ逆巻く竜巻のように、暁子は翔け昇り続けた。
操る能力の名も、|疾風怒濤《 シュトゥルム・ウント・ドラング》。先陣を切り、誰よりも早く、速く、挑むほどに力が高まる。
内から溢れる衝動の儘に、一足で十数段を飛び越えた。上品なミモレ丈のスカートが、着地と共にふうわり広がる。
常人には到底不可能な跳躍。
しかし、そこに並んで着地する、小柄な影があった。
「うーん、随分大きな建物だにゃあ」
|纐纈・梛《こうけつ・なぎ》(猫魈の可愛いハンター・h01395)の移動に、音は|不要《いら》ない。猫のように──いや、猫以上に機敏に柔らかく。着地の衝撃を受け流すと、|猫魈《ねこしょう》の娘は、傍らの暁子に問いかけた。
「どう探すつもりにゃ?」
応えは明快。
「猫と煙は高い方に上がりたがる」
暁子は上を目指す、ということだ。
ふむぅ。梛は素早く思考を巡らせる。一理あるかも知れないが。
「あぁいうやつらは絶対二手に分かれるにゃ」
人差し指をピンと立て、青い猫耳もしゃんと立て、猫の人妖たる梛は説いた。快活な口調の奥に推理を秘め、そこに少々の勘をプラスして。
二兎を追う者は一兎をも得ずにゃ!
「上は暁子ちゃんに任せるにゃ! ボクは各階で情報を集めながら追い詰めるにゃ!」
ことわざ交えて語る梛は、あくまで強気。瞳も爛々と光る狩人のもの。一人一猫、確実に捕らえるための提案だと伝わったから、暁子も「心強い」と微笑んだ。
「では、わたくしはこのまま上へ。よろしくお願いします、梛さん」
「うん、お互い頑張るにゃ!」
──あの子たちのために。
金の瞳同士が交わって意を通じ。直後、二手へ別れて駆け出した。
●ついせき
階段には、数人の妖怪たちの姿があった。一杯ひっかけて来たのだろう。顔を朱に染めてゲラゲラ笑い合っている。
突然現れたセーラー服の若い女性に対し、寸の間あっけにとられるも、すぐに下卑た様子で声をかけてくる。
「よう、お姉ちゃん奇麗だねえ!」
「俺らと一杯やらねえか!」
酒臭い臭気に、暁子はほんの僅かに眉を潜めた。会話が通じなさそうな手合いだ。
……叩きのめすなら容易だろうが。
「今は付き合っている暇がありませんね」
ため息と共に、小さく零し。
酔った妖怪たちが「は?」と聞きとがめた時には、僅かな足跡だけが残っていた。
天井と壁を足場に、酔漢どもを躱して先へ向かう。
彼らは後に、暁子のことを、『道草十三階に出る幻の美女妖怪』だと語った。
──疾走る、疾走る、疾走る。
あっという間に、最上階にほど近い、十一階にたどり着く。
と、今まさに。黒猫の尾が、洋風の扉を潜るところだった。
暁子も続けて店内へ跳び込む。そこは照明の薄暗い、ムーディーな洋食店で、インテリアを兼ねた薪ストーブが燃えている。
果たして黒猫は、お守り袋を咥えたまま、ストーブに向かっている。
「させない」
一陣の風となり、暁子はテーブルの合間を駆け抜けた。猫は髭を震わせ察知して、ストーブから逃げる。
紙一重の差で空を切った暁子の手の先に、ひらりと紙が舞った。
(まずい、火が近い)
咄嗟に空中で掴み取った紙片は、やはりお札だ。お守りの中にあったうちの一枚が零れたのだ。
猫はテーブルの上を跳ね、料理を蹴散らしながら逃げてゆく。
次々と悲鳴が上がり。騒ぎに紛れて逃げた猫へ、店員が悪態をついている。
(……ただの猫ではありませんね。多少なり、知恵が回るらしい)
暁子も隙を見て脱出したが、黒猫の姿はすでになかった。
しかし、札を一枚取り戻し、お守りを燃やすのを阻止できたのは確かな成果。
「イタズラ黒猫さん、逃がしませんよ」
襟を飾る黒リボンを軽く直し、追跡を再開する。
●ねこしょう
情報を集める、とは言えど。
「総当たりする時間はないにゃ」
三本の尾をなびかせて、梛は小走りに低階層を巡る。
低い階には安価な定食屋や、甘味処が多いという。行き交う妖怪の数も多い上、誰も彼も酒や空気に酔って騒がしい。
黒猫のことを問うてもまるで要領を得ず、梛はむむっと額に皺寄せた。
「そうにゃ、猫の気持ちになるのにゃ! ボクならできるにゃ!」
猫。ねこ。素早いけれど、力はない。火の元と言えば台所だが、自力で火は熾せないし、鍋や釜をどけることもできない。
あとは、照明……と言っても。
チラと、金の猫目を頭上に向けて、梛は確信を深める。
──台所や上の照明は、滑り込むには難しいにゃ。
火力の問題もある。黒猫も追われているのを知っているのだから、素早く、確実に燃やせる場所を選ぶだろう。
「放り込むだけで燃やせるところは限られてくるにゃ。となると……ストーブや卓上の明かりが怪しいにゃ」
条件を絞ったところで、一度足を止めた。
目標は見えてきた。あと、一押しだ。
すぅと心を静めて瞬きすれば、酔客たちの間をひらり。魚のヒレが、静かにそよぐ。
『何か御用ですか、ゴーストトーカーのお嬢さん』
着流しの男性に姿を変えて、カンカン帽をかぶり直し。魚──インビジブルは、丁寧に梛へ頭を下げた。
そう。黒猫は人目、いや、妖怪の目につかないようには注意しているだろう。
「でも、|幽霊《ゴースト》には……油断してるかもしれないにゃ」
『お宝なお守り咥えた黒猫? でしたら、外階段に向かったと思います』
ゴーストトークで聞き出した、黒猫の目撃情報。
『ああ、その条件に合う店はいくつか知ってるよ。例えば……五階に、|釣瓶火《つるべび》の奴がやってる茶屋がある』
推理で導き出した、条件に合う場所の情報。
情報収集、失せモノ探し、野生の勘と……ちょっぴりの幸運。
できる限りのことをすべて束ねて。そして。
「突撃にゃ──!」
梛は辿り着いた。間に合った。
火の玉妖怪、釣瓶火が営業する座敷の中。のんびりと熱燗やほうじ茶を楽しむ客の隙をついて、囲炉裏の火に迫る黒猫の背へ。
追跡者に気づき、黒猫は慌てて速度を上げるが、もう遅い。
「あの子たちの大切なものを、返すにゃ──!!!!」
狙い定めて、心優しき猫魈は、飛びついた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

大丈夫よと、二人の頭を撫でてから、いざ向かいます。
大事なものごと、燃やすつもりかしら、ね。
そんなことを、私が、許すわけ、ないでしょう。
強制債権回収を発動し賭場を開きます。
今回は、少々、急ぎ、なの。
捕まえられたら、借金はちゃら、ここで遊べる、お金も渡すわね。
だから、急いで、ちょうだいな。
債務者たちに発破をかけたのち、自身も運と勘を頼りに聞き込みを行います。
それにしても、広いわ、ね。
ここで追加の債務者を、増やした方が、早いのかしら。
本気を出したら、素寒貧にできそうだし。
悪い子だけ、捕まえるのも、ありかもね。
負けた後に、文句を言うなら……覚悟は、できてるわね?
子どもたちを、守らないと、ならないから。

彼らの大事なお守りを攫っていくなんて粋じゃないですね。
目には目を、歯には歯を。
それならわたくしも、粋じゃないやり方を選びましょうか。
√能力【くだんの件ですが】を使用。
過去のことはからきしですが、わたくしは件の人妖です。
未来のことだったらほんのちょっとは力になれるかもしれません。
もし、少し先の未来が《視える》ようであれば、
それを参考にしつつ猫を知らないか聞き込みをしてみましょう。
勿論わたくし一人で捕まえられるわけではないですから、
ぜひ他の方とも協力できるなら協力を。
せっかく同じ事件に首を突っ込んだもの同士、ですものね?
もしお兄ちゃんが自分でお守りを取り戻すつもりなら、
背負うのだって代わりますよ。
●いたわり
「母さんのお守りが……!」
妹を負ぶったまま、茫然とする兄──|秋斗《あきと》に対して、能力者たちの反応は早かった。速度に優れる者たちがスタートを切るとほぼ同時、柏手・清音(ばくちうち・h02566)と、|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)も行動を開始した。
「大丈夫よ」
騒ぎで薄く目を開けた妹の|智夏《ちか》と、こちらを見上げてくる秋斗の髪を、順繰りに軽く撫で。清音は、濡れ羽色の髪を揺らして、『道草十三階』の奥を見る。
──大事なものごと、燃やすつもりかしら、ね。
「そんなことを、私が、許すわけ、ないでしょう」
訥々とした言葉の内に、確かな怒りと決意が籠っていた。
「ええ。彼らの大事なお守りを攫っていくなんて、粋じゃないですね」
封じられるほどの大物であれば、多少なり魅せるやり方をして欲しいものです。
いずもも軽口交じりに肩を竦め、秋斗にくるりと振り返る。
「どうします? お兄ちゃん」
わたくしたちは、君の気持ちを尊重します。
「もし自分でお守りを取り戻すつもりなら、背負うのだって代わりますよ」
いずもは、にこり。どこか捉えどころのない、けれど偽りない笑みを浮かべて、おんぶの身振り。秋斗は、ぱちり。目を瞬いた。
そして、気付く。自身もこの場の一員として、認めて貰ったのだと。
少年はじんわり目頭を熱くして、懸命に口を動かした。
「ありがとう、いずも姉ちゃん。でも、おれ、待ってるよ」
秋斗は運動が得意なほうだけれど、それもあくまで人間としてはだ。妖怪の友人と、身体能力の差を感じる機会は多かったから、自分の力は理解している。
それに、何より。
「今度こそちゃんと、智夏のそばにいてやりたい」
母との思い出が大切なのは変わらない。だが、今は、背に負った妹のぬくもりの方を、守りたいと思ったから。
「お守りは、姉ちゃんたちが取り返してくれるんだよね。信じてるから!」
締めくくりに、白い歯を見せて笑う。
──ふふ。これにはちょっと、勝てませんね。
承知しました。ご依頼の件、この妖怪探偵、九段坂・いずもが、しかと解決してみせましょう。
「目には目を、歯には歯を。それならわたくしも、粋じゃないやり方を選びましょうか」
そちらはいかがなさいます? 誘うように清音を伺えば、そちらも艶やかに笑んでいて。何か策があるのだと、一瞬で理解できた。
「そうね。まず、広い場所が、欲しい、わ」
協力いたしましょうと、探偵が答えた。
もし、あなたがワタシを呼ぶのなら。
「せっかく同じ事件に首を突っ込んだもの同士、ですものね?」
●かけごと
賽がころりと転がれば、そこは既に賭場だった。
あの人と、あの人。そう、あの人も。
「債務、不履行、だったわ、ね」
低階層に、丁度良い座敷のある居酒屋を見つけた。本来は団体客用に空けてあったそこを、魅了と恐怖、それから幾ばくかの袖の下でお借りして。
清音が使った能力は『|強制債権回収《キョウセイサイケンカイシュウ》』という。真っ当に生きる者には何でもなく、心当たりのある者には、死刑宣告にも等しい響き。
「今回は、少々、急ぎ、なの」
ゆえに、壺は振らない。剥き身の賽子が、赤い目を見せている。
大人しそうな容姿の者も、脛に傷のありそうな者も、雁首揃えて殊勝に聞いている。清音は必要な部分だけを抜き出して、手早く説明を済ませると、債務者たちに言いつけた。
その、黒猫を。
「捕まえられたら、借金はちゃら、ここで遊べる、お金も渡すわね」
ザワッと、場が色めき立った。興奮し、既に立ち上がっている者もいる。
(分かりやすい反応ですねぇ)
失礼だが、如何にも借金を作りそうな連中だ。内心でそう評しつつ、いずもは静かに観察を続ける。
(これだけの面子を集める清音さんのことも、少々気になりますね)
ミーハー心に火が付きかけたが、残念ながら、いずもに過去を探る能力はない。
「だから、急いで、ちょうだいな」
清音が最後の発破をかけると、債務者たちは我先にと座敷を飛び出した。探せ探せ。宝を盗んだ黒猫を、幸運の黒猫を探せ。
目の色変えた連中を見送って、清音は軽く息を吐く。
「私たちも、行きましょう、か」
まあ、私自身にはあと、運と勘くらいしかないけれど。
言いながら座敷を立つ清音の背を、いずもが呼び止めた。
「お伝えしましたっけ。わたくしは|件《くだん》の人妖です」
話の行先が見えず、微かに訝しみながらも、清音は静かに続きを待った。
「過去のことはからきしですが、未来のことだったら、ほんのちょっとは力になれるかもしれません」
さて、今さっき。
この座敷の中には、どれほどの未来が集まっていたでしょうか?
●みちゆき
「それにしても、広いわ、ね」
連れ立って歩く足取りに迷いはないが、酔客たちからひっきりなしに声がかかるのもあって、なかなか移動に時間がかかる。誘いを適当にあしらいながら、いずもは少し申し訳なさそうだ。
「誰かが猫を捕まえる未来が見えれば良かったんですが」
能力『|くだんの件ですが《コール・オール・ユー》』で見た、ほんの少し先の未来によると、借金を帳消しにできる者はいなかった。
ただし、黒猫を『見かけた』者なら多かった。
債務者たちの未来を繋げながら、猫のルートを推測し、あるいは先回りして妨害する。
「ふむ、やはりここを通ったようです。お守りはまだ無事ですよ」
足りないピースは聞き込みで埋めて、探偵はきっちり足で稼ぐ。
すごいわねえ、と、素直に感心して見せる清音に、いずもは首を横に振って。
「いいえ、わたくし一人ではここまでの精度は出せませんでしたから」
協力の賜物、というわけです。
褒められれば清音も満更ではなく。ころころと喉を鳴らして。
「いっそ、ここで追加の債務者を、増やした方が、早いのかしら。本気を出したら、素寒貧にできそうだし。悪い子だけ、捕まえるのも、ありかもね」
負けた後に、文句を言うなら……覚悟も、させなきゃね。
最初は冗談めかしていたが、語るにつれて真剣に思案を始めた清音に、いずももさすがに驚いた。だが、最初にエントランスで見せた怒りや決意を思えば、不思議はないのかもしれない。
「柳のようにたおやかな方だと思いましたが、苛烈ですね」
|件《くだん》の探偵の声音には、微かな敬意も混ざっているようで。
それをどう受け止めたか。裏の賭博場を仕切る女店主は、胸の底に潜めた想いを、言の葉に乗せた。
「子どもたちを、守らないと、ならないから」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

●どろぼう猫
なんでだろ、どろぼう自体はあんまり責められない立場な気がしてしまうよ……。
でも、おかあさんの形見のお守りだけはぜったいぜったい取り戻さないとだよね。
あきとくんたちだけ残して別行動は今みたいなことを見るとちょっと心配。
ちかちゃんもいるし、なるべく安全な場所でお姉ちゃん達を待っててほしいかも。
なので、少女分隊には何人か残ってもらってあきとくんたちと一緒に居させるよ。
少女分隊もこころなしかキリッとしてるし、きっと立派にやってくれるはずだよ。
●追跡
少女分隊の残りと私で1~各階に広く浅く素早く展開。
人がたくさんいる場所では、パッと見て酔っぱらってなくて親切そうな妖怪さんに。
人が少ない場所ではゴーストトークでインビジブルさんにも尋ねながら追跡します。
「古妖の手先の黒猫さんが、子どもから大事なお守り盗んで燃やそうとしてるの」
「古妖はとても危険で。そのお守りが無いと、大変なことになっちゃうかも……」
事情を説明して、協力的な妖怪さんのいるフロアでは火のもとに特に注意してもらって。
協力者を増やしながら、黒猫さんの選択肢を狭めていきたいと思います。
情報を集めたり整理・中継したりで全体のサポートになればいいです。
●分隊との通話(余談)
「……もしもし?」
『ごめんねリーダー……あきとくんが』
「!? あきとくんがどうしたの!?」
『……知らない大人から色々もらったらだめって、おこられちゃっ(通話切り』
●しゅうごう
ほんのり赤みがかった照明、通路の左右に並ぶ店舗。人のようで、少し違う──妖怪たち。
浮ついた雰囲気は祭りにも似て。ミア・セパルトゥラ(M7-|Sepultura《埋葬》・h02990)の足取りもどこか、地に着かない心地だった。
さっき鼻をくすぐったのは、醤油を焦がす匂いかな。
すれ違ったひとが持っていた、紅い団子は何の味かな。
駄菓子屋であんなに菓子を分け合ったのに、小腹が寂しげに『くぅ』と鳴く。
「なんでだろ、どろぼう自体はあんまり責められない立場な気がしてしまうよ……」
お腹を軽くさすって宥めながら、|普段の生活《ウォーゾーンでのひび》を省みる。正直、あの世界では、お金を払って何かを求める方が稀だろう。
置かれた状況的に止むに止まれぬ訳はある、だが、『だから私たちは違う』と言い切って良いものだろうか。
ぐるぐる。回りだす思考に気付き、ぱちりと頬を叩いて。
「でも、おかあさんの形見のお守りだけは、ぜったいぜったい取り戻さないとだよね」
そう。どんなときでも、相手の立場を慮れるのは、ミアの美徳だけれど。
今の自分が何より大事にしたいことは決まっていたから。改めて、胸に刻む。
遡ること数分前。
『君も行くか』と問いかけられた兄の|秋斗《あきと》は、自ら『待っている』と答えた。
自分では|能力者たち《みんな》の捜索に追いつけないし、何より今は、妹の|智夏《ちか》を守ることを優先したいのだと。
その気持ちも、判断も、ミアにはよく分かった。
ただ、古妖の手先がまだ潜んでいるかもしれないし、そうでなくても、ちょっぴり治安の悪そうな場所だ。
──あきとくんたちだけ残して別行動は、今みたいなことを見るとちょっと心配。
そこでミアは、|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》たちを呼び寄せた。
「|私《あなた》と|私《あなた》は、あきとくんと一緒に、ちかちゃんを守って、ね。あきとくん、この子たちと一緒に、なるべく安全な場所でお姉ちゃん達を待っててほしい」
突然現れた大量の少女らに、秋斗は呆気にとられていたが、そこは√妖怪百鬼夜行の男子。いろんな特技のひとがいるよね! ということで概ね納得したらしい。
「残りの|私たち《みんな》は、手分けをして各階を見回ろう、いいね」
──|了解《らじゃー》。
テキパキと指示を出すミアに、
「ミア……姉ちゃん」
かっこいい。
少年の口からぽろり、飾らぬ賞賛が零れた。あまり年上だと認識されていなかったようだが、それも改まった様子だ。
「ありがと。……何かあったらその子たちを頼って。きっと立派にやってくれるはずだよ」
ミアに太鼓判を押され、お役目を言いつかった少女分隊たちも、むふーと頷いた。こころなし、眉の角度もキリッと上がっている、気がした。
●だいしょう
十二人の少女分隊と、ミア。合わせて十三人。二人を兄妹の元に残したので、残り十一人で、それぞれ別の階へ散開した。
全階層を網羅することはできないが、|展望台《さいじょうかい》と|エントランス《いっかい》を除けば、充分に目が行き届く。
「うん、今の私たちはやる気満々。通常の三倍くらいの性能がある気がするよ」
ミアがいるのは六階。つまり、建物の中央付近。
並んでいる店は……格式はないが、拘りならあります!という感じ。つまり個性的なタイプが多い。『食事は並みだが酒は格別』と堂々と謳う居酒屋や、『酔い醒ましにどうぞ』と、珈琲を売りにするカフェー。
「話を聞くなら、酔ってなくて……親切そうな妖怪さんだよね」
今のところ、ミアの視界に映るのは楽しげな酔客ばかり。気の良さそうな者もいるが、あまりにもご機嫌で、通りすがりの猫になど気を向けていそうもない。
それならば、と、方針転換。ターゲットにしたのは、いわゆる『お店のひと』だ。
「あの……ちょっとすみません……」
「はい! いらっしゃ──アレ、お嬢ちゃん、迷子?」
振り向いたのは、戸口で酒の試飲を勧めていた、妖狐の女性。
ち、違うよ。と、誤解を解くのにひとしきり。やっと本題に入る。
「古妖の手先の黒猫さんが、子どもから大事なお守り盗んで燃やそうとしてるの。古妖はとても危険で。そのお守りが無いと、大変なことになっちゃうかも……」
訝しげに眉根と狐耳を寄せる女性に、ミアは身振り手振りを交えて説明する。必死過ぎて、わずかに息が切れたほどだ。
話し終え、ほっと呼吸を整えると、狐の女性は言った。
「それで?」
「え……?」
きょとり。
問われた意味が分からず、緑の瞳を瞬くミアに、妖狐の女性はゆるり、尾を振って。
「何を注文するの? お嬢さん」
●ほんりょう
数分後。ミアは店先の|床几《しょうぎ》に腰かけて、両手で抱えた甘酒を、ふうふう冷ましていた。
「違うの、これは……情報収集のために……」
ゴーストトークで来てくれたインビジブルに言い訳しつつ、甘酒をこくりと口に含む。
ちなみに店内では、ミアが|購入した《かわされた》大量の饅頭がお土産用に包まれているところだった。
「お嬢さん、お代わりはいかが?」
びくうっと、湯飲みの中で甘酒が跳ねる。帽子からこぼれる銀髪を震わせれば、妖狐の女性が「冗談よ」とケラケラ笑っていた。
彼女は結局、黒猫を見てはいなかったのだが。
「火のことも含めてさ。知り合いには一通り、注意喚起しといたよ。客にも広めるように頼んどいた」
「あ、ありがとう……」
おずおずと礼を述べれば、相手は今度こそ衒いなく微笑んで、満足げ。
「あはは、貰うもんは貰ったからね。ま、少し休んでいきな」
商魂は逞しいが、見立て通り優しい妖怪ではあった。協力者を増やすことにも成功した。
(うん。この階の情報は、ゴーストトークで何とかして……)
そして、ミアの真価はここから発揮される。
──ザザッ。リーダー。聞こえますか。
『こちら、十一階。他のひとが猫を見つけて……お守りを守ったよ』
ただし、猫は逃走中。非常に慌てているらしく、御札をまき散らしているとのこと。
「たいへん……! 御札を拾うのを優先して……追跡は……他の階の子に任せる」
近い階の分隊に指示を飛ばすと、すぐに別の連絡が入る。
『こちら、三階……一般人の協力者が増えたよ。猫を捕まえたら、ご褒美があるって言われてるみたい』
「わあ、すごい。そしたら、その人たちと一緒に……」
言いかけたミアの前を、血走った様子の一団が駆け抜けていった。通行人がひっくり返されて、目を剝いている。
「……ううん。その人たちの邪魔はしないように……探して?」
こうして、少女分隊からの情報を集約し、他の仲間たちにも共有してゆく。
ミアたちが潤滑油となることで、能力者は大きなチームと化した。発揮できる力は、三倍では追いつくまい。
『こちら五階……黒猫さんを一匹確保したって……!』
その報告が飛び込んだのは、甘酒をようやく飲み終わる頃。ミアは思わず立ち上がる。少女分隊の声も興奮していて、ほのかな自我を感じるほどだった。
──ザザッ。
割り込んだ通信元を確認して。
甘酒で温まった筈の背に、冷たい予感が走り抜けた。
「……もしもし?」
応答する声が微かに震える。返ってきたのは、謝罪だった。
──ごめんねリーダー……あきとくんが。
「!? あきとくんがどうしたの!?」
『……知らない大人から色々もらったらだめって、おこられちゃっ』
ミアは通話を切った。皆まで言われずとも、状況がありありと想像できた。
恐らく、帰ったときには『ミア姉ちゃん』から『ミアちゃん』に格が下がっていることだろう。
丁度、お土産の饅頭も用意できたところで。
大きな風呂敷包みを抱えた妖狐の女性が、毎度あり~と、甘酒の湯飲みを回収していった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

POW
やはり強い子だ
親を求める幼子がそんな指示をされれば、従ってしまうものだろうに
いや…母を強く想うからこそ、得体のしれない声に頼ってまで…というのを良しとしなかったのかもしれんな
見失わないように追いたいところだが、人(いや妖怪か)が邪魔になるようなら、そうだな…後を追うのは味方に任せて、俺は先回りして待ち構える方で行こうか
奴がエレベーターに入った場合ならやりやすいのだがな…階段を全力で駆け上がるだけで済む
奴が階段から登るなら、ビルの外から『グラップル』で登り、窓から再度入るとしよう
流石に客を全て跳ね飛ばして行くのも後が面倒になる…秋斗と智香に後々類が及ばないなら、何も気にする事無いのだがな
●やくそく
今回の事件は、既に人死にも出ている、『悲劇』と言って、差し支えのないもの。
だが、ガラフ・ラハ・ラグターク(波濤のガラフ・h04593)の眼力に、渦中の兄妹は『悲劇の主人公』とは映らなかった。
先ほど、兄の|秋斗《あきと》は、母の形見を『自分で取り戻したいか』と、問われた。
そして、自らの頭で考えて、能力者たちに『任せる』と答えたのだ。
自身の力を冷静に省みてのことでもあるし、何より、妹の|智夏《ちか》を守ることを優先しての決断だった。
──やはり強い子だ。
戦う力はなくとも、強い人間はいる。
そんな考えを持つようになった己を不思議に感じながら、微かに細めた目を少年に向ける。
すると、妹を背負い直した秋斗が、白い歯を見せてきた。
「ガラフ兄ちゃん、よろしくね。邪魔するやつがいたら、ぶっ飛ばしちゃっていいからさ!」
冗談めかして煽る少年に、さすがの偉丈夫も苦笑して。
「大人しく待っていろ。……妹を離すなよ、秋斗」
猫は階段を使って上階へ行ったようだ。
可能なら、見失わないようにそのまま追いたいところだったが。二階へ着いたところで、ガラフは考えを変えた。
酒臭い息を遠慮なく吐き出す妖怪が、てんで好き勝手に、喋り、笑い、騒ぎ立て。中には千鳥足でよろめいている者もいる。
彼らを器用に躱しながら猫を追うような器用さは、生憎持ち合わせていない。
(秋斗はああ言っていたが、流石に客を全て跳ね飛ばして行くのも後が面倒になる)
それならできる、というのが凄まじいところではあるが。
寸の間、腕組みをして。階段から追うのは、他の仲間に任せてよかろう──という結論に至った。
「俺は先回りして待ち構える方で行こうか」
最後に、ちらりと。階段やエレベーターに流れてゆく妖怪たちを眺めて。
「……秋斗と智夏に後々類が及ばないなら、何も気にする事も無いのだがな」
少々危険な発言を残し、ガラフは一路。外へ向かう。
●つわもの
──それにしても。
ガッと。指をレンガの隙間に差し込みながら。脳裏を過るのはやはり、今回の事件のこと。
「母に会いたければ、札を燃やせ……などと」
古妖とやらは、どこまで狡猾なのだろうか。
「親を求める幼子がそんな指示をされれば、従ってしまうものだろうに」
そして、あの小さな子のどこに、それを拒む強さが眠っていたのだろうか。怒りと驚きが、交互に去来する。
──いや、彼らの力だけではないのかもしれない。
「……母を強く想うからこそ、得体のしれない声に頼ってまで……というのを良しとしなかったのかもしれんな」
であれば、母の力が彼らを強くしている……とも、言えるのだろう。きっと。
強さ、に、ついて。取り留めなく考えながら、腕に力を込めて、全身を引き上げる。
いつしか、夜空には月が昇っていた。銀の月光に、白い呼気が溶ける。
そう、ガラフは、十三階のレンガビルの、外壁をよじ登っていた。
黒猫が階段を上っていると踏んで、ビルの外から先回りしているのだ。
実は、黒猫は、一匹が比較的早めに捕まっていた。
その上、仲間の策により、ビルの中には追手がわんさと増えていたのだ。
結果——残った一匹は、追い込まれ、ほうほうの体で逃げ。
今は闇に紛れ、最上階を目指していた。
……外階段を使って。
あと僅かで最上階というところで、横の壁を登っているガラフに気付いた黒猫は、どれほど驚愕しただろう。
身一つで壁をよじ登る男の方が、階段を走る|自分《ねこ》より速いなんて、普通あり得ない。
パニックになりつつも、黒猫は身軽に屋内に飛び込んで。
「ふんっ!!」
——ギャァ!!
追って窓から飛び込んで来たガラフに、がっしりと捕獲され、観念したように力を抜いた。
ガラフは、片手に黒猫を、もう片手に口から落ちたお守り袋を大切に持ったまま、独りごちる。
これで万事解決……。
「……とは、いかんようだな」
見上げるのは、天井を透かした先。
この上は、最上階。展望台だというそこから、漏れ出る禍々しい気配を察知して、拳士は口を引き結んだ。
🔵🔵🔵 大成功
第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』

POW
九重椿
指定地点から半径レベルm内を、威力100分の1の【惑わしの妖気を宿す椿花】で300回攻撃する。
指定地点から半径レベルm内を、威力100分の1の【惑わしの妖気を宿す椿花】で300回攻撃する。
SPD
惑わしの香
爆破地点から半径レベルm内の全員に「疑心暗鬼・凶暴化・虚言癖・正直病」からひとつ状態異常を与える【香箱】を、同時にレベル個まで具現化できる。
爆破地点から半径レベルm内の全員に「疑心暗鬼・凶暴化・虚言癖・正直病」からひとつ状態異常を与える【香箱】を、同時にレベル個まで具現化できる。
WIZ
星詠み乱れ花
あらかじめ、数日前から「【星詠み】作戦」を実行しておく。それにより、何らかの因果関係により、視界内の敵1体の行動を一度だけ必ず失敗させる。
あらかじめ、数日前から「【星詠み】作戦」を実行しておく。それにより、何らかの因果関係により、視界内の敵1体の行動を一度だけ必ず失敗させる。
√妖怪百鬼夜行 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●幕間『夢の内』
ゆめのなかで、こえがする。
──可哀想。可哀想にねえ。
だれが? なにが?
──|主《ぬし》らのことでありんす……。
母を失った悲しみを、胸に抱えて悶える幼子二人。
外には笑顔で取り繕って、まるで身の裡から炎で焼かれているようだと。
──せめて、涙の一つくらい、自由にさせてあげなんし。
ダメだよ。だって、あまえちゃ……こまらせるんだよ。
自分が悲しみを拗らせて暴れるたびに、周りの大切な人が辛くなる。
だから、泣くのはこうして、夢の内にしなくてはならないのだ。
──ほんに。主さまは優しいこと……。
そのひとは、名前を呼んでくれた。膝にのせて、細い指で髪を|梳《す》いてくれた。
ここでは自分を母と思って甘えなさいと、涙をぬぐってくれた。
触れた手は冷たくて、母の温かさとは全然違ったけれど、腫れた瞼には心地よかった。
●かいこう
能力者たちは協力して、全てを取り戻した。
兄妹のお守りも、封印の御札も──黒猫が逃げながら建物内のあちこちにばらまいた分も──集めきった。
不思議と、とても手数があって助かった。
そして、気付いた者がいた。
古妖は最上階にいると。
最上階。十三階は、一つの大きな部屋だった。
エレベーターは届いておらず、十二階から階段で上る。
ぐるりと周囲を見回せば、居並ぶアーチ状の窓からは、どことも知れぬ夜景が霞む。
窓にガラスはなく素通りで、猫の子一匹通れる程度の外通路が見える。
不思議と風は感じない。じっとりと、重い空気が淀んでいた。
屋内はがらんとして、高い天井との間に柱が並ぶだけ。
あとは、部屋の中央が円を描いて、数段高くなっている。
例えるなら、舞台か、もしくは……祭祀場のようだ。
恐らく|不思議建築《ここ》は、|このフロア《じゅうさんかい》のために作られたのだ。
時を経て、何も知らぬ妖怪たちが、下の階を面白おかしく改装したのだろう。
──ようこそ、いらっしゃいまし。
鈴を転がすような声が、夜に染み入った。
舞台の上に、煙管をくゆらせ、嫣然と佇む花魁が一人。
椿模様の着物の裾が豪奢に膨らんでいるように見えたが……あれは尾だ。
彼女こそ、椿蛇の古妖にして、人の運命を狂わす星詠みの悪妖。
その名も『椿太夫』。
●うんめい
「わっちをその気にさせながら、往生際で拒むとは。いけずな坊でありんす……」
悪妖は余裕を装いながらも、封印の札をちらりと見て、柳眉を逆立てた。
能力者たちには分かった。この札は、椿太夫の力を奪うのだと。
まさに切り札はこちらにある。
椿太夫は、暫し能力者たちを睨んでいたが、不意に花唇を震わせて。嗚呼、と感嘆の息をこぼした。
「……もう一人、口説いておいて、ほんに、ほんに……よござんした……」
くすくす。ぱたぱた。花魁が笑う声に、小さな足音が混じる。
「やめて。やめて」
|智夏《ちか》だった。
小学校二年生の少女が、血相変えて飛び込んでくる。
咄嗟に止めようとした者を、椿太夫の妖術が阻む。予期していた彼女の方が、一手早かった。
数歩遅れて、兄の|秋斗《あきと》が追い付いてくる。必死に妹の名を呼びながら。
「よく眠ってたから、椅子に寝かせてたんだ。そしたら急に飛び起きて!」
妹は、見たこともない形相で駆けだした。一歩早く、エレベーターに飛び込まれた。
そして、今。智夏は古妖の前にいる。
蒼白な顔で、ぶるぶる震えて。怯え顔をこちらに向けている。
「いじめないで。やめて。いじめないで」
ずっとずっと、優しくしてくれたの。夢の中で。
だから、やっと笑えたのに。
「おにいちゃんも、おなじ夢をみてたんじゃないの?」
秋斗は、愕然と立ち尽くすしかなくて。
自らを庇うように両手を広げて、能力者たちの前に立ち塞がる智夏の後ろで──
──どこまでも、どこまでも情念を貪りつくす悪妖が、花のように笑んでいた。
●幕間『夢の終わり』
ああ。今日はちょっと不思議だけど、いい日だったな。
優しいお姉ちゃんやお兄ちゃんと、いっぱい遊んで、お菓子を食べて。
おにいちゃんの悩みも……ちかが思ってたのと全然違ったみたいだけど……解決してくれるって言うし!
……おにいちゃん、てっきり。
夢の中で『ママ』に甘えてって言われて、でもできなくて、困ってるんだと思ってた。
だって、秋斗にいちゃんって、意地っ張りで、強がりだもん!
ちかも、最初は……やっぱり。本当のママに悪い気がして、困ったし。
でも『ママ』はめげずに、毎晩、慰めてくれたから……。
「智夏……智夏……! ああ、届いた! 助けておくんなまし!」
え? 『ママ』? どうしたの? 何があったの?
なんでそんなに慌ててるの? こわいの?
……いなくなっちゃうの?
どうして。どうして。どうして。
あんなに優しかったお姉ちゃんや、お兄ちゃんたちが、怖い顔してるの。
なんで秋斗おにいちゃんが、そんな悲しい顔してるの?
何もわからない。わかんないよ。
どうして。どうしたらいい。こわい。こわい。
たすけて。
──……ママ。
===================
【目標】
椿太夫の逃走阻止、及び撃破。
【プレイングボーナス】
封印の御札を使った行動。使い方は自由。(枚数は充分あります)
立ち塞がる智夏を物理的、もしくは心理的に動かす行動(智夏がいるままだと不利ということ)
以上。参考にしてもしなくても構いません。どうぞ心の儘に。
===================

まずは彼女を、守らないと。
今の状態で、攻撃、できないわ。
智夏ちゃん、その人は、ママじゃ、ないの、よ。
あなたのママは、こんな風に、みんなを、傷つけるかしら。
お兄ちゃんを、見て、御覧なさい。
私たちと、帰るわ、よ。
秋斗くんも、智夏ちゃんを、守るために、声をかけて、あげて。
二人を守ることを第一優先。
初動は「全賭け」で速度を上げ、智夏を回収できる状況になったら「大博打」を発動。
傷を厭わず抱き上げ彼女を守りながら距離を取ります。
二人には香箱の影響が出ぬよう留意。
自身は精神抵抗で抗う所存。
二人を安全な位置に逃がしたのち攻撃に移ります。
札の使用は仲間にお任せ。
私の傷は、大丈夫、よ。
子どもを、守るのが……私の、務めだから、ね。
さぁ、耳をふさいで、むこうを向いて、いなさいな。
全部が終わったら、帰って、ご飯にしましょう。
声がけは、母のよう穏やかに。
それにしても、椿太夫。
あなた、禿は大事に、していたんじゃ、なかったのかしら。
同じような、年の子を、こんな風に扱うなんて。
昔のあなたには、善意が、あったのかしら、ね。

「智夏ちゃん、君のママは、どんなままだったかにゃ?甘やかすだけの人だったかにゃ?厳しく、でも優しい人じゃなかったかにゃ?」
きちんとした教育をされた二人にゃ、きっととってもいいママだったにゃ
それを汚すのは本当に腹が立つにゃっ!
ボクは智夏ちゃん引き剥がし&護衛からやるにゃ
猫乱舞で色んな猫を出して攪乱と椿太夫の進路妨害、何匹かに封印の御札を持たせ隙があれば使わせるにゃ!猫死霊も飛んでけ誘導弾するにゃ!
因みに出てきた配下で可愛いのを智夏ちゃんへ向けて気をそらせ話をしつつ椿太夫から少しづつ遠ざけるにゃ無理なら掻っ攫うにゃ!
距離を置いて洗脳とくにゃ
アドリブ絡み歓迎にゃ

アドリブ&野良連携歓迎
身長170㎝の少女の姿で事に当たる。
目的は智夏を動かすこと。
ねえ。智夏さんはまだ「本当のママ」のことを覚えている?
「本当のママ」は優しかった? それとも気びしい人だったかしら?
よかった。まだ「本当のママ」のことを忘れちゃう前で。
あの古妖は、智夏ちゃんの大切な「本当のママ」のことをなかったことににしようとしているの。
「本当のママ」のことが好きなら、しっかり思い出して。
「本当のママ」が作ってくれたクッキーの味を……。
古妖の干渉を避けるため、智夏ちゃんにお札を持たせて抱きしめ、一緒に「本当のママ」のために祈る。
√能力で祈り技術も、心も3倍。
●ぎまん
──まずは彼女を、守らないと。
「|智夏《ちか》ちゃん、その人は、ママじゃ、ないの、よ」
──今の状態で、攻撃、できないわ。
柏手・清音(ばくちうち・h02566)の訥々とした口調に、焦燥が滲み出る。
対する椿太夫は身を屈め、後ろから智夏を包み込んだ。絢爛な着物の袖で、幼子の顔を覆い隠す。
「いけずなことをおっしゃる。わっちはただ、傷ついたこの子を放っておけず……」
しなを作り目を伏せて、智夏の耳に唇を寄せて。
「気持ちだけでも、母のように寄り添ってきたつもりでありんす」
囁いているのに何故かフロア中に響く声は、酷くいびつだった。
ぽつり。ぽつり。
昏い十三階に赤が灯る。目を覆われた|妹《ちか》には見えぬそれは、美しくも禍々しい、惑わしの妖気を宿した椿花。
清音は咄嗟に、兄の|秋斗《あきと》を背に庇う。
直後、フロア中に乱れ咲いた椿が、地に落ちて。
爆ぜた。
本来ならば散らぬはずの、椿の花弁が砕け散る。床を埋める紅に、能力者たちの血が混じって落ちる。
「智夏ちゃん、君のママは、どんなママだったかにゃ?」
ぱん、という爆ぜる音。むせ返るような|香《こう》の匂い。
椿太夫が醸す幽玄に負けぬよう、|纐纈・梛《こうけつ・なぎ》(猫魈の可愛いハンター・h01395)は声を張り上げた。
「甘やかすだけの人だったかにゃ? 厳しく、でも優しい人じゃなかったかにゃ?」
駄菓子屋で、『お菓子を奢ってあげる』って言ったとき。
清音さんが、『お菓子選びを手伝って』と頼んだとき。
「きちんと断ったのはなんでにゃ? すぐに手伝ってくれたのはなんでにゃ?」
必死に叫ぶ梛の額、青い前髪の隙間から、血が一筋流れ落ちる。術を躱しきれず負った傷を、気にする暇などない。伝えたい言葉が、こころが、止まらない。
必要な慎重さを、大切な優しさを。教えたのは誰か、どうか思い出して。
「きちんとした教育をされた二人にゃ、きっととってもいいママだったにゃ」
期せず、椿は落ち切って。
まやかしの失せた静けさの中。梛は椿太夫と向かい合う。
「──それを汚すのは、本当に腹が立つにゃっ!」
●まこと
「猫の……おねえちゃ……」
反応があった。
しかし、幼い声は朦朧として、言葉尻は椿太夫の甘やかな声音に溶け消える。
「智夏、聞く必要はありんせん。思い出せば、辛いばかりでありんす」
花の香が濃くなってゆく。
見れば、椿の花の爆ぜた跡で、小さな香箱が蓋を開けている。
「まずいわ、ね。みんな、気を、たしかに」
椿太夫の術は、ひとを惑わす。清音は心を鎮め、更に『精神抵抗』で己を奮い立たせた。
秋斗の身を案じれば、同じく精神抵抗を高めた|明星・暁子《あけぼし・るしふぇる》(鉄十字怪人・h00367)が意を汲んで、封印の札を取り出す。
「秋斗くん、これを。あなたを守ってくれるはず」
受け取った秋斗の顔色が、みるみる良くなっていく。
無論、心配なのは智夏の方だ。椿太夫は、彼女を盾にしたまま戦うか、逃走を狙うだろう。もし智夏が自ら椿太夫に従ってしまうなら、厳しい状況になる。
「ねえ。智夏さんはまだ『本当のママ』のことを覚えている?」
暁子が問う。先ほどの梛の叫びに重ねるように。
椿太夫の紅い世界の中で、暁子は白百合のように凛と咲く。
「教えて。『本当のママ』は優しかった? それとも厳しい人だったかしら?」
……ほんとう、の……?
掠れた声が漏れ聞こえた。
「そう、『本当の』。猫のおねえちゃんの言葉を聞いたでしょう? その古妖は、智夏ちゃんの大切な『本当のママ』のことをなかったことにしようとしているの」
秋斗が息を呑むのが分かった。
「先にも言ったけれど。お母さんが亡くなったのは変えられないこと」
暁子は告げる。駄菓子屋で相対したときと同じように。
この兄妹に、甘いだけの慰めごとは不要なのだから。
淡々とした声音に反し、裡には熱い衝動が渦巻いている。心の高ぶりと共に風が吹き出して、セーラー服に纏わりつく甘い香りを払う。
別れが辛かったのは、愛し、愛されていたから。
「『本当のママ』のことが好きなら、しっかり思い出して」
だからこそ。悲しみと悼みを紛らわすために、泡沫の夢に溺れてはいけないのだ。
●きおく
古妖に捕らわれた少女が、身じろいで。
智夏。と、椿太夫が微かに苛立ち、暁子を遮った。
「信じておくんなんし。主の悲しみを癒してきたわっちを……」
「智夏ちゃん、あなたのママは、こんな風に、みんなを、傷つけるかしら」
更に遮ったのは、清音。黒い瞳に、鋭い視線を宿して。
能力者たちは誰もが、少なからぬ傷を負っていた。秋斗だけは庇いながら、必死に耐えている。
梛の三本に別れた尾も、堪えるように静かに揺れていた。
(今のままだと、椿太夫に智夏ちゃんをすぐ抱えられちゃうにゃ)
隙が欲しい。僅かでいい。
古妖と智夏に間ができれば、取り返す準備はできている。
一歩。智夏から、こちらに来てくれれば。
暁子も、智夏の心と足を動かすために力を注いでいる。
清音も承知しているから呼びかけ続けて、そしてふと、秋斗が自分の服の裾を掴んだのに気付く。
「秋斗くんも、智夏ちゃんを、守るために、声をかけて、あげて」
彼の勇気を思えば声音も一層柔らかくなったが、秋斗は、迷っていた。
「……おれが、何を言ったらいい?」
御札を握りしめる彼の手を、暁子の両手が更に包み込む。祈るような仕草で。
「『本当のママ』のことを。どうか、智夏ちゃんが思い出せるように」
「そうにゃ。たくさん、思い出があるはずにゃ」
椿太夫の隙を伺いながら、梛も笑顔で秋斗の背を押した。
秋斗は三人を順に見て、覚悟を固めたようだ。一歩前に進み出て、そして、
「智夏、ごめん」
ぽろぽろと、涙をこぼし始めた。
手の甲で涙をぬぐい、鼻をすすり、能力者たちに見守られて。
「おれも、かあさんのこと、忘れさせようとして、ごめん。何も相談しなくて、ごめんな」
幼い兄は語った。懸命に。
父母と出かけた日のこと。母が作ってくれたお守りのこと。
母が生地を作って、秋斗と智夏で一緒に型を抜いた、クッキーのこと。
「ママの……クッキー……」
記憶が、智夏を揺さぶる。
椿太夫が焚いたむせかえるような香に、負けないくらい甘い、バニラビーンズの香りが。
「そうね、思い出して。『本当のママ』が作ってくれたクッキーの味を……」
暁子が言うように、母はもういない。けれど、
「おれ、覚えてるよ。智夏も覚えてるよな。また、作ろうよ、とうさんも誘ってさ!」
目に、鼻に、口に。触れた手に、傾けた耳に。母との記憶が、確かに残っている。
清音も頷いた。智夏ちゃん、お兄ちゃんを、見て、御覧なさい。
「私たちと、帰るわ、よ」
●ばくち
「おにい……ちゃん……」
智夏が、前を遮る椿太夫の腕を払った。
──今にゃっ!
「ボクの可愛い子たち、くるにゃ!」
ここまで力を溜めに溜めた、梛の能力『|猫乱舞《ネコネコパレード》』が開幕する。
集まったのは猫。きっと猫。猫の形をしたモノたち。先ほどの椿の花には及ばねど、総数は五十に迫る。にゃんにゃんと愛らしく鳴きながら、どこからともなく現れ出でる。
「キジトラ、サバトラ、茶トラにハチワレ! 三毛も白黒もみんないくにゃー!」
梛の指示を受けるや否や、椿太夫に向けて殺到する猫の群れ。
ついでに「飛んでけ誘導弾!」と、投げつけたのは猫死霊。数多の魂を束ねた集合体が、ボールのようにかっとんでゆく。
古妖は煙管を振るって追い払い、更に術で撃退しようと──するが、不発に終わる。煙管を持つ手に、封印の札が張り付いている。
梛が確保しておいた札を、特に見繕った何匹かに持たせていたのだ。
「ちなみに選んだ基準は可愛さにゃ! にゃははは!」
ずっと相手のペースだった分のうっぷんを晴らすがごとく、豪快に胸を反らして高笑い。
可愛いもの好き猫魈のお眼鏡に叶うだけあって、札を託されたのはひときわモフモフのモフモフズ。あるいは智夏の肩に乗り、あるいは服を噛んで引っ張って、少しずつ誘導してくる。
「どうにゃ、智夏ちゃん! 可愛いにゃ~?」
「……うん、かわいい……」
一匹を抱き上げて、智夏もうっとりご満悦。足取りはまだおぼつかず、完全に正気とはいかないようだが、椿太夫からは気が逸れている。
「いいわ、ね。やっぱり、勝負は、楽しくなくちゃ」
ころころと笑い、清音が宣言するのは『|全賭け《オールイン》』。
とたん、黒の双眸は小判のような黄金色に変じ、足さばきは目にも留まらぬ速度になって。
「いい加減にしなんせ! 纏めて三味線になりなんし!」
さすがの椿太夫も、悪態が吐いて出た。
大妖の意地か、美貌を苦痛に歪めながらも、自らに張り付いた札を煙管の火で焼き切った。
再び数多の椿が咲き乱れ、爆ぜる。猫たちが吹き散らされ、古妖が智夏に迫る。
「それにしても、椿太夫」
椿の花が、清音の服を、肌を焼く。
全賭けは、自らの能力を高めるのと引き換えに、受ける痛みも倍になる。
痛くて痛くて。それでも、避けていては到底|椿太夫《このおんな》には勝てぬから、清音は最短距離を駆ける。
だが、まだ足りない。届かない。
「あなた、禿は大事に、していたんじゃ、なかったのかしら」
ゆえに声をかけた。
これが清音の、大博打。
「同じような、年の子を、こんな風に扱うなんて」
──昔のあなたには、善意が、あったのかしら、ね。
椿太夫が息を止めた。初めてその存在に気付いたかのように、まじまじと清音を見る。
「どこかで……いや……知らぬ顔でありんす」
女は嗤う。取り繕った甘さの抜けた、気だるげな様子で。
「誰に何を聞いたか知りんせんが、主のような女なら」
……女には色々な顔があると、承知していそうなものを。
一瞬の交錯に籠められた感情は難解で、ばくちうちにも読めなかったが。
ただ。
清音は、呼吸一つの差で、先に智夏の手を掴んだ。
●いのり
智夏を強く引き寄せ、勢いそのまま背後へ送る。
放り出すような形になったが、後ろで仲間が受け止めてくれる気配があった。
「よかった。まだ『本当のママ』のことを忘れちゃう前で」
暁子が智夏を抱き留めて、手に御札を握らせる。すると、智夏の背筋がしゃんと伸びた。夢から醒めたように、呆気に取られてはいるが無事だ。
清音はリボルバー拳銃を構え、至近距離からの速射を椿太夫に叩き込む。
差し違えるように反撃を受けて、鮮血の花が散り、よろめいて後退する。
「おねえちゃん!? いっぱい、血が……」
「私の傷は、大丈夫、よ」
子どもを、守るのが……私の、務めだから、ね。
衒いなく言ってのけるばくちうちに、すかさず梛が援護に入った。残った猫たちに椿太夫を囲ませ動きを封じ、梛自身は狙いすまして爪を立て、傷口をえぐる。
耐えかねて、ぐぅっと呻いた椿太夫が、初めて自ら距離をとる。
「今のうちにあいつから離れるにゃ! 動けないようなら、ボクらが纏めて掻っ攫うにゃよ!」
暁子は智夏を抱え上げて走る。清音は梛に支えられて後を追う。
「大丈夫よ。『本当のママ』も守ってくれる。一緒に、祈りましょう」
わたくしの祈りも、みんなの祈りも重ねて。効果は三倍、いえ、もっと。きっと天まで届くと、微笑みかける暁子に続いて、清音もやや掠れた声で笑った。
「全部が終わったら、帰って、ご飯にしましょう」
「そうにゃ、駄菓子もクッキーも、いっぱい食べるにゃ!」
頑張ったご褒美にゃ。梛は智夏の頭をなでて、御札モフモフズも次々と身を寄せる。
「えぇ、あなたたちはとても、とても頑張った、わ」
だから、あとは大人たちに任せて、休んでいていい筈なのだ。
「さぁ、耳をふさいで、むこうを向いて、いなさいな」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

……秋斗、すまないが少しばかり、母親の形見を借りていくぞ
使う札は三枚、それぞれ両腕の覇龍戦甲と己自身に張り付けておこう
これから語り掛ける時、“あれ”が仮に妨害を仕掛けて来るならば、それを受け切るための助けになると信じて
いかな傷を負おうとも、この兄妹には傷一つ付けさせん(『激痛耐性』、『継戦能力』)
智香……俺達は、決してお前達の母を害そうとして此処に集ったわけではない
お前がそう望むのなら、俺は決して攻撃はしない
お前が“それ”を本当に母だと認めているのであればな
兄である秋斗が“あれ”の甘言に抗ったと聞き、感じた事を話そう
妹にも同じ事を求めるのは酷だという事も承知しているし、慕っている者を守ろうとするその気概は実に見事だと言える
……だが、死してなお残る母親の想いが、そして家族を想う兄の心が、今まさに踏み躙られようとしているのだという事を、あの幼子に伝えなければならない
今の同僚からの受け売りだがこんな教えがある……親とは子供を守り育む者、らしいぞ……お前達の本当の母も、そういう人物だったのではないか?
この形見が、ここに宿った思い出が、その何よりの証拠なのではないか?
……そこでのうのうと幼子を盾にして嗤う“あれ”が、智香の求める母親の姿として相応しいとは、俺にはどうしても思えん!
長く語ったが、智香の心にどう伝わったかは分からん
必要とあらば多少強引にでも、外道と智香の間に割って入り、連れ戻す事も視野に入れなければならんが……
どちらに転ぼうと、地に立ち拳を握れる限りやる事は変わらん、加減も不要
我が身に憑りついた羅睺機イアルダバオスを身に纏い、我が覇気と【化身拳】の技の数々をもって、奴を冥府に叩き落すのみ
貴様の全てが気に入らない!(『闘争心』)
【化身襲墜刀】によって覇気を高めつつ距離を詰める一撃を放つ
大切な者を騙るその腐った性根も!(『怪力』)
【化身猛翔撃】の乱打で、此方を惑わしてくる妖気の花諸共敵を打ちすえる
悲劇しか生み出せぬ分際で……!(『2回攻撃』『鎧無視攻撃』)
幼子らの心を踏み躙るな外道がァァッ!(『バーサーク』『リミッター解除』)
奥義を放つに足る覇気の高まりのまま【剛覇化身拳】を発動させる
……熱くなりすぎてしまったが、秋斗と智香は大丈夫だろうか
俺は攻撃しないと言ったが、あの外道は此処で必ず滅ぼさなければならない
故に、始めから俺の言葉に誠意など存在しなかったのだろう
……嫌われる、だろうか
●とうし
仲間の力によって、|智夏《ちか》が、椿太夫から引き離されてゆく。
それにひとまず安堵の息を吐くのは、智夏の兄の|秋斗《あきと》。
「……秋斗、すまないが少しばかり、母親の形見を借りていくぞ」
そして、音もなく歩み出たのは、ガラフ・ラハ・ラグターク(波濤のガラフ・h04593)だった。
形見。ガラフの言葉に、秋斗は少し驚いた。身長差があるから、秋斗からは見上げる形になったガラフの横顔は、あくまで静かで揺るぎない。だが、オーラのように渦巻く闘志は、一般人の秋斗にさえ分かった。
ガラフが幼い兄へ示して見せたのは、兄妹の母が、手ずから縫ったというお守り袋。更に、その中に秋斗が隠し持っていた封印の札だ。
使う札は三枚と決めていた。
二枚は、『覇龍戦甲』の名を持つ両腕の|手甲《ガントレット》に。
紙であるはずの封印の札は、不思議と、装甲の一部となったように吸い付いて馴染んだ。
残る一枚は、ガラフの胴体へ。
いや、
「行くぞ、イアルダバオス」
どくん、と。ガラフの身体を通して札を与えられた何かが、脈動で応えた。
それを感じ、全ての準備を整えて。
ガラフ・ラハ・ラグタークは前に出る。
椿太夫は夢を使って智夏に語り掛け、その心ごと抱き込んだ。
妖力によって判断力を失わせてもいただろう。
しかし、今の智夏は仲間に御札を渡されていた。術の効果はもう届かない。
……はず、だった。
「逃しんせん。一度わっちを選んだなら、浮気はご法度にござりんす」
それは、あまりにも意識の外からで。
ガラフですら、一瞬、何が起きたか理解できなかった。
ガシャンッ!
高い天井に吊り下げられていた照明が、智夏の間近に落下する。
「ひっ!」
智夏は衝撃と恐怖でよろめき、大切に持っていたはずの札を落とした。照明を覆う硝子が砕け、灯っていた火が、瞬時に床へ燃え広がった。
燃える床が、札を受け止めた。妖術を伴わぬ普通の火であるがゆえに、自然の理に従って。紙である札はいとも簡単に、燃えてしまった。
●いたみ
「おやおや、ほんに。偶然とは恐ろしいものでありんす」
──馬鹿な。
あっという間の出来事に、ガラフは唖然とする。
椿太夫からは目を離していないし、油断もしていない。奴が何かしたそぶりはなかった。なら、本当に|偶《・》|然《・》|に《・》|照《・》|明《・》|が《・》|落《・》|ち《・》|て《・》、|偶《・》|々《・》|燃《・》|え《・》|広《・》|が《・》|っ《・》|た《・》と?
寸の間浮かんだ妄言は、頭を振って追い払う。照明がただ床に落ちただけで、あれほど燃え広がるものか。あの女が、椿太夫が、あらかじめ何か仕掛けをしていたのだ。
——これが、星詠みの悪妖と言われる所以。
どこまで詠んでいる。どこまで奴の手の内だ。
「怪我はありんせんか、智夏?」
悩んでいる暇は、なかった。
思考を置き去りに、ガラフの足が地を蹴った。固い床に、踏み込みの跡が残るほどの力強さで、炎に巻かれた智夏の元へ向かう。
ふうわりと。赤い炎が霞むほどの、濃厚な紅が行く手に満ちた。
「これよりは母娘の舞台でござりんす。野暮天は下がっておくんなまし」
宙に咲くは、紅い椿花。咲きも咲いたり、百花を超える三百花。一瞬の花盛りを経て、首のようにぽとりと落ちて。すぐさま業火となって返り咲く。
一面、燃える花畑と化したフロアで。
ただ一筋、智夏と椿太夫を繋ぐ細い道だけが伸びている。
「さあ、おいで。智夏。わっちの手を取って、ここを離れるでありんす」
一緒に来たら、また、髪を梳いてあげる。膝にのせて、子守唄を聞かせてあげる。
「ああそうだ、手作りの菓子が好きでありんすか。それもわっちが──」
甘い言葉を並べる悪妖には、元々、虫唾が走っていた。
だが、その一言は。その思い出だけは。
決して踏みにじってはならぬものだと、ガラフにも分かったから。
「貴様ァッ!!」
激高した。意識が白熱した。
札に守られていない足を炎が炙るが、身を苛む激痛は感じなくなった。逆に、体を動かす力が、戦い続ける力が跳ね上がるのを感じた。
椿太夫に導かれる智夏の前へ飛び出して、二者の間に立ちはだかる。
「いかな傷を負おうとも、この兄妹には傷一つ付けさせん」
苦々しげに歪む表情を、椿太夫は扇で隠した。
●おそれ
椿太夫と相対しながら、ガラフは肩越しに智夏を伺う。
術の影響を色濃く受け、その瞳は虚ろとなっていた。
ただしその虚ろは透明ではない。悲しみ、悼み。不安、恐怖、思慕。様々な昏い情念が渦巻く、混沌めいた色だった
「智夏……俺達は、決してお前達の母を害そうとして此処に集ったわけではない」
その証拠に。
「お前がそう望むのなら、俺は決して攻撃はしない」
「ほぅ」
ぴくりと、眉を上げたのは椿太夫の方だった。
口もとを隠す扇の奥で、目を細め、出方を伺っている。
「……『ママ』を……いじめない?」
熱に浮かされたように、ぼんやりと智夏が言う。ガラフは力強く頷いて、椿太夫の表情が緩む。
「ああ。お前が“それ”を本当に母だと認めているのであればな」
古妖のまなざしが、再び、凍った。
何事か、睦言を紡ごうと唇を震わすが、それを遮る大音声でガラフが続ける。
「兄である秋斗が“あれ”の甘言に抗ったと聞き、感じた事を話そう」
……無論。より幼い妹に、兄と同じことを求めるのが酷なのは、分かっている。
智夏が古妖に付け入られたのも、元はと言えば慕っている者を守ろうと、悲しみを押し殺していたゆえだ。その気概は実に見事だと、ガラフは思う。
己はこれから、仮初でも智夏を癒してくれた存在を否定し、母の死を受け入れさせようとしている。この小さな、純粋で柔らかな少女の心を、損なってしまうかもしれぬ。
だが、きっと。
真実を理解する強さが、それでも前を向くための希望が、この幼い娘にも宿っているはずだと。
「今の同僚からの受け売りだが、こんな教えがある」
決意を込めて。ガラフは、口火を切った。
「……親とは子供を守り育む者、らしいぞ……」
●こころ
ガラフの声に重なって、智夏の耳に蘇るのは複数の声。
ママは……智夏の母親は。
優しくて、厳しくて、しっかりした人だったのではないかと問われた。
何度も、問われた。
「お前達の本当の母も、そういう人物だったのではないか?」
また、そのはなし?
……たしかに。ママは優しいけど、おこるとこわくて。
でも、おこったあとはいつも、おしえてくれた。
たとえば、オーブンに素手で触ったらあぶないってこと。
大けがするかもしれないから、階段でふざけちゃいけないってこと。
「この形見が、ここに宿った思い出が、その何よりの証拠なのではないか?」
あれ、ママの作ってくれたお守りだ……。
ちかと、おにいちゃんが、元気ですごせますようにって。
いっぱいお祈りを込めてくれた、ママのお守り。
ちかたちを、まもる、お守り。
「……そこでのうのうと幼子を盾にして嗤う“あれ”が、智夏の求める母親の姿として相応しいとは、俺にはどうしても思えん!」
ママ……『ママ』?
ちかをいっぱい慰めてくれた『ママ』、涙をぬぐってくれた『ママ』。
辛かったら、本当のママのことを、思い出さなくていいって言う、『ママ』。
「俺の言葉が、お前の心にどう伝わったかは分からん。
……だが、死してなお残る母親の想いが、そして家族を想う兄の心が、今まさに踏み躙られようとしているのだという事を伝えたかった」
ぱりん、と。
自分を包む殻が割れる音がした。
暖かくて甘い香りがする、居心地のいいまどろみから、智夏は引っ張り出されてゆく。
抵抗もできたかもしれないが、出てゆくことを選んだ。
外はたぶん、寒くて、怖くて、寂しいけれど。
ママとの思い出も、そこにあるみたいだったから。
●こぶし
いつしか、妖術で生まれた炎も消えている。
「ママ……」
頬から一筋の涙をこぼして、智夏は意識を失った。
とさりと崩れる体を受け止め、優しく寝かせて、ガラフは椿太夫に向き直った。
己の言葉が、少女の胸にどう届いたのかは分からず仕舞いだったが。
「これで、加減は不要だな」
椿太夫は、悔しげに。
いや。
「……あと一歩であったものを……」
微かに寂しげに睫毛を伏せて。煙管を口に寄せる。
僅かに意外な反応ではあったものの、彼奴が外道であることは変わりようもない事実。
地に立ち拳を握れる限り、ガラフのやることは変わらない。
いくら加護があったとはいえ、椿の爆炎の中を突っ切った体は無傷でない。けれど、傷ついた全身を覆い隠すように、陽炎が揺らめく。
胴体に張り付けた札からも光が広がって、陽炎に色を付けてゆく。
ガラフは──外壁を登るときに見せた身体能力も示す通り──己の肉体を活かして戦う|格闘者《エアガイツ》。
そして更に、パワードスーツ──決戦型|WZ《ウォーゾーン》『羅睺機イアルダバオス』の搭乗者でもあるのだ。
両腕の覇龍戦甲も、愛機、羅睺機イアルダバオスの装甲を模して造ったもの。
そのイアルダバオスが今、ガラフに纏う形で姿を現した。
「我が身に憑りついた羅睺機イアルダバオスの力。そして、我が覇気と『化身拳』の技の数々をもって、貴様を冥府に叩き落す!」
ここまで絡め手ばかりを使ってきた悪妖が、ふっと肩の力を抜いた。
煙管を口から離して、戦闘態勢に入ったガラフを真っ向からねめつける。
「……ようざんす。この、星詠みの椿太夫が、お相手いたしんしょう」
椿太夫の扇が閃いた。風に乗って、ひとの心を操る惑わしの香が渡る。
「その手は食わん!」
ガラフは札を装着した手甲で顔を守りながら駆け、覇気を高めて跳躍する。
化身拳──|化身襲墜刀《ケシンシュウツイトウ》!
滞留する甘い香りを飛び越え、舞台に立つ椿太夫を強襲。
「貴様の全てが気に入らない!」
闘争心を爆発させながら、豪奢な髪飾りに彩られた頭部へ、頭突きを狙う。
椿太夫は妖力を込めた扇で防ぎ、どうにか直撃を避けたものの、破裂した覇気と闘志に押し負けて後方へ吹き飛んだ。
「大切な者を騙るその腐った性根も!」
扇だけでは足りず、咲いては落ちる椿花を盾にして、ガラフの猛追を捌く。
ガラフの撃ちだす|化身猛翔撃《ケシンモウショウゲキ》は、目にも留まらぬ拳打と拳圧にて相手を圧倒する連続技。その分、一撃ずつの威力は落ちるのが常だが、ガラフの怪力がその常識を壊してゆく。
「……はは……これはとんだ、野暮ではなく……|間夫《まぶ》でありんしたか」
防御の上からダメージが通る威力。古妖は苦しげに美貌を歪めた。
まだ軽口が叩けるのはさすがだった。弱った姿は見せぬという、椿太夫なりの矜持だろう。
「幼子を口説くより……主のような漢を堕とす方が」
わっちの本懐だったやもしれぬ。
いつしか髪は乱れて、尾を飾る花もこぼれ。白い肌に数多の痣を刻まれて。
息も絶え絶えでありながら、椿太夫は、紅を引いた唇の端を、にぃとあげた。
「ほざけっ! 悲劇しか生み出せぬ分際で……!」
椿太夫が掲げた扇の防御を、とうとうガラフの拳が突き破る。
もはや攻撃を受け入れるしかない古妖に、持てる技と力──覇気と、闘志と、怒りも──全てを注いでガラフは踏み込む。
「幼子らの心を踏み躙るな外道がァァッ!」
化身拳、奥義が内の一つ。|剛覇化身拳《ゴウハケシンケン》。
強大な覇気により顕現した大いなる龍が、椿蛇の古妖の全てを飲み込んでゆく。
●ゆかい
椿太夫は猛烈なダメージを受けて、倒れ込んでいる。
己の全てをぶつけ切ったガラフも、荒い息を繰り返し、膝をついていた。
(……熱くなりすぎてしまったが、秋斗と智夏は大丈夫だろうか)
特に、床に寝かせたままだった智夏が気がかりで振り向けば、既に秋斗を含めた何人かが保護しているところだった。
視線を感じたのか、それとも戦うガラフを見続けていたのか。秋斗と、目が合った。
(ああ……)
これを、兄に問うのは卑怯やもしれぬ。
だが、自制が働く前に、ぽろりと想いが口をついて出た。
「なあ、秋斗……」
呼ばれるとは思っていなかったのだろう。秋斗は驚いたようだったが、すぐに「……なに?」と、落ち着いた応えがあった。僅かな逡巡ののち、ガラフは言葉を舌にのせる。
「俺は攻撃しないと言ったが、あの外道は此処で必ず滅ぼさなければならない。故に、始めから俺の言葉に誠意など存在しなかったのだろう」
後悔はしていない。
ただ……。
「……嫌われる、だろうか」
ガラフが発したとは信じられないほど、心細そうなその問いに。
秋斗は目を見開いて、次いで、何度も瞬いて。
最後に──笑い出した。
声をあげて、本当に愉快そうに。
「ガラフ兄ちゃんにも、怖いものがあるんだね」
秋斗の笑いは何度いさめても止まらない。
あまりにも楽しそうなものだから、とうとうガラフも諦めて。
「悪いか……」
と、そっぽを向いた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功

その準備周到さはさすが、と申しましょうか
それとも、星詠みの古妖ともあらば当然、ですか
わたくしは椿太夫の逃走阻止と討伐に尽力いたしましょう
智夏さんはお任せいたしますね
わたくしも、少し《視える》ほうなのですが――
ここは祭祀場のようにも見えます
それなら、封をするにはぴったりそうじゃありません?
封印の御札をこの部屋の四方八方に張り巡らします
少なくとも、一度は封じられていた古妖です
十三階を開かずの場所とすることを第一優先に
戦闘
√能力、九段坂下りを使用
【第六感】で路を拓いて、【切断】で首を狙います
わたくし、正直に言うとあなたみたいな
古妖がいてくれなければ生きていけない女です
お味見させていただけませんか?

●繰り返していくこと
お守りを見てお母さんのこと思い浮かべた二人。
代わりにはなれないけど。
それでもいまは二人のことを心ごと守りたいよ。
だから、
(……力を貸してください)
二人の、心の深い場所にまで届く何かを探して。
『武装化記憶』でその最初の持ち主を訪ねます。
私の身体を使ってくれても良いから。
言葉を。こえを。うたを。こころを。
ずっとずっと大好きだって、伝えて欲しいよ。
代わりに届けることならできるから。
私も、そうやってだれかに助けられてきたから。
●いつかはまた
あきと君はきっとちかちゃんを守る為に動こうとする筈。
なら私はお札を構え『遍在する私とあなた』で瞬間移動。
私自身は椿太夫を急襲しながらちかちゃんとの間に割り込んで
あきと君の行動がうまくいくように念動力やバリアでサポート。
「あなたを守ろうとしているあの子を見て……あなたはそんな風に笑えるんだね」
震えながら、それでもあなたを庇おうとしてたちかちゃん。
そこにあるものに気づいてないのかな。
気づいていても、もういらないのかな。
……本当に可哀想なのはこの人なのかもしれないけど。
「お姉さんのお色気は、|二人《子ども》にはまだ早いよ……私が、相手してあげる」
……椿の姫は堕落した女なんて呼ばれたりもするけど
私は、お姉さんのお花は、それでもきれいだと思うよ。
でも、心中みたいな運命に二人を連れて行かせたくないから。
必要ならGratiaで弱らせ、お札で再封印。
甘い言葉や態度、そして心を惑わす妖術。
|智夏《ちか》を駒として篭絡するための全ては、仲間たちの力で阻まれた。
椿太夫は追い詰められ、幼子たちは古妖の魔の手から逃れることが叶っている。
とはいえ、まだ安心はできない。
智夏は気を失って寝かされているし、椿太夫も滅してはいない。
●けれんみ
「そろそろ、決着をつける必要がありますか」
口調は飄々と、瞳は炯々と。|九段坂《くだんざか》・いずも(洒々落々・h04626)は、残った封印の札を手に持った。
椿太夫は既に追い込まれ、傷付き弱っている。
それでもここまで、何重にも権謀術数を張り巡らせてきた相手。
「準備周到さはさすが、と申しましょうか。それとも、星詠みの古妖ともあらば当然、ですか」
まさかこれ以上の手はないと思いたいところですが、油断は禁物。
最後に足元を掬われては、元も子もありません。
「ですから、わたくしは椿太夫の逃走阻止と討伐に尽力いたしましょう。智夏さんはお任せいたしますね」
ひらり、手を振って。いずもは十三階の闇へと消える。
お任せされたミア・セパルトゥラ(M7-|Sepultura《埋葬》・h02990)に、無論、否やはない。
紆余曲折を経て、椿太夫から離れて寝かされている智夏の元へ向かう、その前に。
「あきと君も、きっとちかちゃんを守りたいよね」
自分の罪と向き合い、自分にできることを考え続けてきた|秋斗《あきと》だ。ミアの問いに、頷かない訳はなかった。
「わかった……|あのお姉さん《椿太夫》は私が相手をするから……その間に行って」
私が合図をするから。ちかちゃんのことだけ、考えて。
御札も、しっかり身に着けて。気を付けて、離さないでね。
何度も重ねて案じるミアは、まるで子どもを遠出に送り出す母のようで。
「ミア……」
秋斗は唇を開きかけては閉じて。
「……姉ちゃんは、大丈夫なの?」
だいぶん間を開け、そう、付け足した。
「ふふ。姉ちゃん、だね」
それでいい。代わらなくてもいい。代わりにはきっと、誰もなれない。
大丈夫、私にもこれがあるからね……と、ミアが取り出したのは、お土産のお饅頭。
ではなくて、秋斗のお守りに残されていた、最後の封印の札だった。
代わりにはなれないけど。
(それでもいまは二人のことを、心ごと守りたいよ)
……だから、力を貸してください。
●あらごと
「行って……!」
ミアの合図とともに、秋斗が走り出す。妹の元へ、一心に。
──|あなた《私》が|私《あなた》を呼んだなら。そこには壁はもうないの。
遠ざかる足音を背に聞きながら、ミアは√能力を発動した。
その名は、『|遍在する私とあなた《イツカウミヘトカエルモノ》』。ミアは椿太夫の周囲を漂うインビジブルと、自身の位置を入れ替えた。
「お姉さんのお色気は、|二人《子ども》にはまだ早いよ……私が、相手してあげる」
椿太夫は既に肩で息をしていて、なのに、突然現れたミアにも反応して見せた。
ボロボロになった扇を捨て、煙管で不意の一撃を弾く。
「ふふ、主もまだ……新造にもならぬような歳でありんす」
髪は乱れ、着物も破れ、装飾が剥がれ落ちてなお、花魁は美しかった。
堕ちた先でも咲き続けるのが椿でありんしょう、と、紅の剥げた口で微笑んで。
「とはいえ、今宵は|童《わらし》に翻弄され通し。ほんに、幼子は奔放でありんす」
いつの間にか、ミアの手に握られているのは、|Gratia《聖寵》の名を持つダガーナイフ。どこか禍々しい赤黒の刀身が、美しい造形の長煙管と斬り結ぶ。
「あなたを守ろうとしていたあの子を見て……あなたはあんな風に笑えるんだね」
──震えながら、それでもあなたを庇おうとしてたちかちゃん。
椿太夫の術中にいたとしても関係ない。どんな始まりだったとしても、芽生えたものの名前に、違いはないのだから。
「そこにあるものに気づいてないのかな」
それとも。
「気づいていても、もういらないのかな」
半ば独りごとのようなミアの問いかけに、椿太夫が浮かべる笑みの色が変わった。
嫣然とした余裕が抜け落ちて、色濃い疲労と、自嘲の色が浮かぶ。
「さあ。どちらだと思いんす?」
問わねば分からぬからこそ、|童《わらし》なのでありんす、と。
吐き捨てられた呟きは、嘲りか羨望か。
察する間もないうちに、古妖は再び、底の読めぬ貌へと戻っていった。
●うらかた
……椿の姫は堕落した女なんて呼ばれたりもするけど。
「私は、お姉さんのお花は、それでもきれいだと思うよ」
椿で連想される、有名な異国の戯曲がある。
真の愛に出会いながらも、身を売る過去があったがゆえに、幸福を許されなかった女。
「でも、心中みたいな運命に二人を連れて行かせたくないから」
本当に可哀想なのは、あなたなのかもしれない。でも戦うしかないのだと。
言葉を紡ぐ間も、ミアは止まらない。椿太夫の方は傷だらけで、目に見えて動きも鈍っているものの、星詠みならではの予知か、それとも技量ゆえの先読みか。致命の一撃だけは避け続けている。
「博識な童でありんすが」
真に知っているのかと、満身創痍の花魁は囁く。
悪いことと美しいことは両立するし、むしろ、堕ちたからこそ醸せる色気もあることを。
「心中なんて真っ平御免。往生際の良い女になる気は毛頭ござりんせん」
──ここらが、潮時。
椿太夫の意図が、今度は、はっきりと察せられた。
彼女はミアを倒そうとはしていない。ずっとずっと、逃げる隙を窺っている。
「誰の運命を歪め、何を犠牲にしても、わっちはわっちのために生きるでありんす」
恐らく、この一瞬のために力を残していたのだろう。椿太夫は突然ミアを弾き飛ばすと、煙管を投げ放った。ミアを追い打つため──ではなく、妹を守る兄の方へ。
「あきとくんっ……!」
封印の札が、他の仲間が、彼らを守るかもしれない。
けれど、『かも知れない』に甘える者は、ウォーゾーンにはきっといない。
ミアは念動力を繰る。必死に煙管の軌道を反らし、更に兄妹たちをバリアで包む。
全力を注いで守った。椿太夫が嗤うのを知りながら。
「それでは、おさらばえ──」
ガラスのない窓から、身を躍らせようとして。
椿太夫の動きが、止まった。
ぎしりと、軋むようにして振り向けば。
「ああ、残念。逃げ道、塞いじゃいました」
長大な太刀を背負った、場違いなほどに明るい、いずもの姿があった。
●へいまく
「さすが、名高い『星詠みの悪妖』。お見事な手腕でした」
流暢に誉め言葉を繰りながら、いずもはミアに歩み寄り、助け起こす。
椿太夫は表情をなくし、凍り付いたように立っている。
「実はわたくしも、少し『視える』ほうなのですが──」
トントン、と。いずもは自分のこめかみ辺りを数度つつき、それから両手をひろげてぐるり。
「ここは祭祀場のようにも見えました。それなら、封をするにはぴったりそうじゃありません?」
犯人を前に、推理を披露するように。
詰みまでの道筋を読みきった盤上遊戯を、試しに進めてみるように。
芝居がかった様子で、件の妖怪探偵は物語る。
「皆さんが頑張ってくれているうちに、わたくし、封印の御札をこの部屋の四方八方に張り巡らしました。あなたを封じるために」
勿論、あなた自身を封印できれば一番でしたが、なかなか難しそうだったので。
「この十三階を開かずの場所とすることを、第一優先にいたしました」
外に向かおうとした椿太夫は、自ら止まったのではない。
ただ単に、|出《・》|ら《・》|れ《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|の《・》|だ《・》。
戦いの余波を掻い潜りながら、いずもは『視て』いた。
更には推理を積み上げて、この結界を作り上げた。
効果のほどは、先ほど古妖自身が示した通り。
「ああ。見えるといってもあなたほどではありません。次の手があったらどうしようかと思いましたが、その様子だと」
──なさそうですね。
武器を全て失い、術を操る力も尽き、最後の狙いも封じられた。
どれほど追い込まれても威厳を保ち、饒舌に語った花魁が、今や言葉もなく立ち尽くす。
「ミアさん、ありがとうございました。どうか、秋斗君たちの方へ行ってあげてください」
「えっ……でも……」
唐突ないずもの提案に、ミアは当然、躊躇した。確かに、椿太夫にはもう成す術なさそうだ。けれども、彼女の恐ろしさを思えば、放って行くのは危うすぎる。
「大丈夫です。……おかげさまで、戦いはもう終わりました。ミアさんは、ミアさんのしたいことをしに行ってください」
重ねて言われて。ミアは、うずくまる椿太夫と、穏やかないずもを交互に見て。
こくりと小さく頷くと、武器をしまい、兄妹の方へ走って行った。
その背を優しく見送って──。
件の探偵は、背負い太刀をゆるりと引き抜いた。
項垂れる古妖の、白いうなじに目をやって。
「わたくし、正直に言うと、あなたみたいな古妖がいてくれなければ、生きていけない女です」
構えた太刀の名は、『山丹正宗』。
怪しきもの、人ならぬものの血を、幾星霜吸い続けてきた刀。
いずもは『|件《くだん》』。生まれてすぐに予言を遺し、三日で死ぬはずが、気付けば三十年近く生きている。
──|怪異《どうぞく》の肉を喰らうことで。
「お味見させていただけませんか?」
椿太夫は、くつくつ嗤う。お奇麗に死ぬなど、真っ平御免。だから、最期まで嗤い続ける。
「ああ、面白い。……まさか、わっちより」
悪い女に出会うとは。
椿の花が、ぽとりと落ちた。
●そして、はじまり
「姉ちゃんや、兄ちゃんたちと過ごしてさ。おれ、思ったんだ」
ミアが戻ると、智夏はまだ眠っていて。秋斗はその傍らで膝を抱えていて。
ぽつり、ぽつりと語りだした。
「俺たちって、まだ全然、子どもなんだって」
ミアは秋斗の隣に腰を下ろし、黙って続きを促した。
「かあさんがいなくても……寂しくないようにならなきゃって思ってたけど」
無理やり忘れようとするうちに、母と過ごした楽しい日々のことまで封じなければならなくなって。押し込めた辛さは、こんな風にゆがんだ形で、噴き出してしまった。
「おれたち、もしかして……もっと泣いていいのかもしんない」
だってさ、子どもなんだから。
膝に顔を埋めた秋斗の頭を、ミアはいい子いい子する。
「いいと思うよ。でもね、少し……訂正……」
大人だって、大切な人を亡くしたら泣いていいし。辛いときは、周りに頼っていいのだ。
そしてミアは、最後にもう一度。空っぽになったお守りを借りる。
──|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》。
どうかどうか、『最初に持っていたひと』の記憶よ、蘇って。
教えて欲しい。ここに込めた、こころを。あなたの言葉を、こえを、うたを。
代わることはできなくとも、代わりに届けることならできるから。
あなたから私へと。私は誰かへと──|繰り返していくこと《クリカエサレテキタコト》。
──私も、そうやってだれかに助けられてきたから。
ミアが、歌を口ずさむ。
それはレトロなフォークソング。合唱曲としても広く親しまれ、長く愛される歌。
少し寂しくて、けれど、希望を胸に空を仰ぐ姿を思い起こさせる。
「それ……母さんもよく歌ってた」
下手だったけど、と、笑って、秋斗も声を合わせる。
眠る智夏の表情も、いつしかほころんで。
歌が終わるまで、かすかな……誰かのおもかげが、兄妹の間で揺れていた。
何かを伝えるように、彼らの背を優しく撫でながら。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功