Under the sky
穏やかに晴れた初夏の陽光が窓辺から射し込んで、心地の良い眠気を誘うような昼下がり。
色城・ナツメが探していた人物の姿は予想通り書類の山の中に埋もれていた。休憩時間で疎らになったオフィスの中で変に目立っている。
「史記守さん、仕事終わりか俺と休み重なる時で暇な時あるだろうか?」
「えーと、明後日の午後なら確か大丈夫だったかと。どうされましたか?」
「確か出身は√EDENだったと前に話していたのを思いだしてな。ちょっと付き合ってほしいんだが……」
書類の山からひょこりと顔を出した史記守・陽は用件も聞かずにいいですよと頷いた。
斯くして約束の日の√EDENの繁華街。
八曲署にて軽く仕事を片付けてきたナツメはスーツのまま待ち合わせ場所に訪れたが予想以上の人混みに圧倒されていた。
(思ったよりも人が多いな)
待ち合わせは有名な銅像の前。休日の昼下がりの繁華街最大の待ち合わせスポットには思ったよりも多数の人間で溢れ帰っており、流石に人酔いしそうだ。
ぼっと立っていると誰かとぶつかってしまうかもしれない。
そう判断したナツメは早々に端に寄り周囲の光景をぼんやりと眺める。
特に此処は一種の観光地と化しているらしく、銅像を撮るための行列まで出来ている始末。更に前の人の記念写真を後ろに並んでいる人が撮るという秩序も出来ているのだからなんとも平和的である。
(たまにはこういう写真もあいつに……いや、別にいいか)
手に持ったスマートフォンで立ち上げたカメラアプリを直ぐに閉じて代わりにマップアプリを開く。
マップアプリで周囲にどのような店があるかを調べようとして、あまりの検索結果の多さに一瞬目眩がしそうになった。
今度はブラウザに切り替えて店を探してみようとした時に「お待たせしました」と自分にかけられた声を右耳で拾い上げて顔をあげる。
待ち合わせ相手の陽も何かしらの仕事を片付けてきた後なのかいつもと同じような服装だ。
「そういえば、今日って何のご用事なんでしょう? 態々休みの日にってことは仕事ではないと思うんですけど」
「ああ、ある人に誕生日プレゼントを贈りたいんだが……あー誕生日は過ぎてる。忘れてたわけじゃないぞ。あぁ、悩んでたら過ぎた……と、言うことにしてくれ」
「へぇ、それだけ悩むって大切な人なんですね。どんな人なんでしょう?」
陽に問われて、ナツメは脳裏に彼の姿を思いうかべる。
「……一言で言えば、俺の恩人であり師匠というところか」
年齢は誕生日を迎えて31。職業はルポライターで各地を取材で飛び回っている。
身長が高くて、青い髪に緑の目に眼鏡と黒いグローブ。恐らく日本人ではない。
それから、よく空を見上げている――つらつらと、其処まで話したところで陽が取り留め零した話を手帳に書き込んでいた。
「なっ! 何メモって……」
「だって、送る相手の情報必要じゃないですか。俺はその人のこと知りませんし少しでも情報が必要です! 刑事の基本ですよ!」
気合い十分にボールペンを握る陽はすっかりと仕事モード。きらきらした視線がなんとも眩しくいたたまれない。
「いや、うん。まぁ……そうなんだが。というわけで、誕生日プレゼントを選びたい。予算は大体五千円……一応、一万円は用意してきたが」
「なるほど。素敵なプレゼント選ばないとですね」
陽は顎に手を添えて考え込む。
私用で繁華街を訪れるのは久々のことだったから店の宛てがあるわけではない。だから。
「……うん、とりあえず大型の雑貨店に行ってみましょう。色んなものがありますから何かの参考になりますよ」
陽に連れられて訪れたのは大規模な雑貨店。
人混みに気をつけながら店内へと立ち入ったナツメは其れに心を奪われた。
「これは……!」
ナツメが手に取ったのはレトロチックなお風呂のアヒルさん。
近年のレトロブームでこういったものが再び脚光を浴びているようで、都内でも有数の売り場面積を誇る雑貨屋の中でも一際目立つ場所に特設コーナーが作られていたのだ。
「実にいいな。そのアヒルさん、顔つきが実に愛らしいと思う。しかし、駄目だな。アヒルさんは一匹迎え入れるとまた一匹、増えていくんだ。己を律することが出来なければ迎え入れてはいけない」
「色城くん?」
「ああ、いや。すまない。気にしないでくれ。とりあえずこれは候補に入れるが一旦は置いておこう。何匹迎え入れるのかも考えてからでないと迂闊に手を出してはいけないと思うんだ。養育には責任が伴うものだからな」
候補に入れるんだ。陽は浮かんだ言葉を飲み込み一旦アヒルさんを棚の上に放流するナツメを見ていた。
そのほかにも目についたものをあれこれ話していく。カップラーメンの蓋を閉じながら時間を計ることの出来るキッチンタイマー。電子レンジで温めることで繰り返し使えるアイマスク。
ご当地レトルトカレーセット。何か無駄なギミックが色々ついたボールペン。
「……これ、単純に俺達が欲しいものになってきていないか?」
「確かに」
神妙な顔で見つめ合った後に同じタイミングで噴き出してから店内を見て回り、ふと陽が立ち止まる。
「あ、これ……綺麗ですね」
陽が指したのはインテリアコーナーの一角でつり下げられたサンキャッチャー。
透き通る雨粒のような透明硝子と青空に浸し色を映し込んだような空色の硝子。
それに雲や飛行機を象った飾りがゆらゆらと揺れて店内照明の灯りを跳ね返しプリズムの光彩を描いている。
「確かに」
ナツメも立ち止まり見上げ、脳裏に浮かべたのは空に焦がれる緑色の瞳だった。
何をそんなに焦がれるのかは解らないけれど、とにかく空が大好きな人だったから――。
「あ、今色城くん、ちょっといいなって顔してましたよ」
「は!? え、どんな顔だよそれ」
「うーん、優しい顔ですかね。これ上げたら喜ぶんじゃないかなみたいな顔でしょうか」
陽の言葉を聞いてナツメは再度サンキャッチャーを見上げる。
実用的かどうかを考えると間違いなく否だろう。こういうのはきっと洒落っ気のある家に住む人間が買うもので、自分とは正反対の世界に住むような人間があげたり飾ったりするものだ。
「だが実用性は皆無だしな」
「いいんじゃないですか? 自分では買わなさそうなものをあげるのもありだと思います」
それがプレゼントの醍醐味だと思いますよ。そんな陽の言葉に背を押される形でナツメは決意した。
他にも空にまつわるグッズをいくつか購入して店員に丁寧なラッピングを施してもらった。
プレゼントが入った手提げ袋は実際の重さ以上に何だか重く感じられるが、悪い気はしない。
「今日はありがとう、助かった」
「いえ、喜んで貰えるといいですね」
スクランブル交差点を渡り終えて、駅前広場に差し掛かったところでナツメは隣を歩く陽に話しかける。
「せっかくだし、この√で飯食っていくか。お礼の代わりにおごらせてくれ」
「いいですよ。俺は大丈夫です」
「いや、俺が飯を食いたいんだ。折角こっちにきたなら何か食って帰りたい……あ、でも高いのは無しで」
ナツメの言葉に陽はそういうならと頷いて、ふたりは手近なファミレスに入った。
店員に逆に置かれてしまったオムライスと煉獄アラビアータパスタを無言のままそっと入れ替えてから取留めのない話を交わす。
何気ない日常の中穏やかな休暇を満喫するふたりを澄み渡る青空が見守っていた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功