長崎、いきましょ♪
「たまにあるよな、スナックの店員と言うか従業員で旅行とか」
入道雲の浮かぶ青い夏の空の下、ポツリ呟いた|八百夜・刑部《はっぴゃくや ぎょうぶ》 (半人半妖(化け狸)の汚職警官・h00547)は数日分の昔を振り返る。
「やっだー! もう、夏?」
カレンダーを見て頬に手を当ててイグ・カイオス・累・ヘレティック(BAR『蛇の尻尾』のママ・h04632)が声をあげると客も従業員も関係なく幾人かが振り返った。そこは、BAR『蛇の尻尾』の店内。だからこそ従業員だけでなくお客も居合わせた訳ではあるが累の視線はカレンダーに釘付けで、見つめられたカレンダーには鮮やかな海の写真がプリントされていた。
「ほらほら、皆ぁ〜夏を楽しむ旅行に行くわよぉ〜!」
だからそう累が言い出したとしても不自然はなく。
「エッ、バカンス……行きたい、行きたいですっ。行きます……!」
ワンテンポ遅れて顔をあげたこのお店のバイト店員である|八手・真人《ヤツデ・マト》(当代・蛸神の依代・h00758)は挙手し、賛同者が集まって今へ至っているわけではあるが。
「あの流れでリゾートか、そんなのに行く機会はないからなー」
折角だしと参加を決めた刑部はBAR『蛇の尻尾』のママやバイト従業員と共に慰安旅行中という訳だ。
「エヘヘ……ご飯、温泉……」
まだ移動中だというのに真人は嬉しそうで。
「いいねえ、リゾートホテルでバカンス!」
同行する|北條・春幸《ホウジョウ ハルユキ》(汎神解剖機関 食用部・h01096)もニコニコだった。
「完璧な夏休みだな、累ママ誘ってくれてありがとう!」
「やぁねぇ、お礼はいいわよ! やっぱ、こういう時に皆と遊びに行かなきゃね!」
例の言葉に上機嫌で累は笑うも旅行を提案した直後はお冠だった。突然の旅行発言に疑いの目を向けてきた客が居たようで。
「アタシを誰だと思っているのよ! BAR『蛇の尻尾』のママで、カミガリよ🫰 伊達に歳だけ取っているから、ちょっと良いホテルとか知っているんだからね!」
「いいとこってどこのホテルよ?」
「さて、どこかしらねえ」
その客も酒が入って出来上がっていたのであろう真っ赤な顔で思いついた地名を答え。
「沖縄? のんのん、伊王島よ〜✨️ そうねえ、アイランドナガサキ、てト・ロ・コ」
「アイランドナガサキ?」
酔いが回って聞いた地名が出てこなかったのか、普通に知らなかったのかはわからない。
「……知らない? いいもん! アタシ一人でも行くから!」
そうへそを曲げかけた累を同行する面々が宥めたなんて一面があったかどうかは定かでないが、今、慰安旅行中の面々の視界に入っているのは伊王島の景色ではなく九十九島の光景だった。目的地に向かう道中にも色々名物を試そうと春幸が言い出した結果であり。
「大丈夫、僕、大食いだから」
他の面々へそうにこやかに応じていた春幸の手には具が零れ落ちそうな程にボリューム満点なハンバーガーが握られていた。
「これが佐世保バーガーか。具がもりもりで美味しいねえ」
二口ほど齧ってから口元を綻ばせた春幸は断面へ視線を注ぐと唸り。
「内容的には普通のものと同じ気がするけど、全部地産の物を使ってるとか?」
「一応調べたら毎回オーダー後に作るっのがウリらしいぞ、佐世保バーガー」
考察を始める春幸へ告げてから何気なく視線を流し、窓に映る自分の姿を見た刑部は思う、私服で昼の街歩くのは久々だなと。
「あ~そう言えばいつも制服でしたね」
「楽なんだよ制服が」
口に出てしまった心の声を拾われた刑部は片手にみかんジュースもう一方の手にハンバーガーを持ったまま応じるともう一度窓に視線をやった。背中の彫り物を隠すために着た黒いシャツにジーンズ姿の自分がカンカン帽をかぶったままこちらを見返しており。
「食べ歩きもいいわね、アタシはチリなんとかアイスも食べてみたいわー!」
「確か薔薇の形のアイスだね」
「となると、また移動か」
累と春幸のやり取りを見て刑部の目が手の中のハンバーガーに向いた。いくら食べ歩きと言っても両手に飲食物を持ったままそれなりの距離の移動はよろしくなく。
「あらぁ、このお店なんて良さそうねぇ、ここにしましょうよ〜」
何カ所食べ歩きにあちこち回っただろうか。気づけば昼食の時間帯、目に留まった飲食店に累は三人を誘い。
「昼飯は皿うどんか、こういうの地元のモンを食うのは旅の楽しみだよなぁ」
席に案内され、注文を経て出された料理を前に刑部が箸を手に取れば。
「へぇ〜……皿うどんって、長崎の郷土料理なんですね……」
「麺がパリパリで香ばしいね。野菜もたっぷりで甘めの味付けが美味しいな」
真人は興味深そうにメニューの冊子を読んでおり、待望の皿うどんを前にした春幸はもう食べ始めて感想を口にしていて。
「お待たせいたしました」
その後、真人の前にも皿うどんはやって来た。
「わぁい、いただきま——イタッ、イテテッ……コレ、口の中に刺さりますね……」
「ん? 八手君大丈夫? もうちょっと細かく麺砕いた方がいいのかな」
早速食べようとして躓く真人に春幸が心配する一方。
「のんのん、皿うどんはあの麺な駄菓子位に砕くのよ〜」
「累ママのは……粉?」
怪力故に原型とどめていないモノをパラパラ皿の餡へ撒く累の姿に春幸は困惑し。
「流石に本場だと都内のスーパーとかで売ってる奴よりも違うなぁ」
独言を漏らしつつ刑部は別のテーブルの客の食べ方を真似していたがいつのまにか真人も痛みを克服したのか。
「でも美味しい……!! コレが本場の味……」
感動に震えながらも他の皆に追いつくように食べ進め。
「この調子ならチェックインの時間も問題なさそう、慌てなくてもいいわよ〜」
粉かけ中華餡みたいな料理を食べ終えて累が時計を確認してからしばらく後、昼食を終えた一行はホテルに向かい爆速でチェックインを済ませたとかなんとか。
「夏! 海! そして……」
照りつけつ太陽の下、日焼け止めでテッカテカの肉体美を見せつけるようにブーメランパンツタイプの水着で累はポーズをとった。
「ママさんのあれ、何かコメントしとくべきか?」
背中の彫り物が見えたらややこしいのでとホテルで変化して来た刑部は尋ねてみるも。
「バナナボードが出来るんだって。実は事前に予約もしてるんだ。さあ、行こう!」
「誤魔化し……いや、予約してるから急いだだけか」
海の一角を示して促す春幸にスルーされかけたと誤解するも、真相はわからず。日差しで焼けた砂の上、春幸は真人を連れてゆく。
「いい画が取れそうな予感! ついていきましょ!」
ポーズを解いた累が追いかけてゆくと、累のテンションにナンパは無理かとビーチに居る水着の女性客へ一瞬視線を残した刑部も諦念と共にあとへ続いて。
「やっだー! 青い海に黄色のバナナボートが映えるわぁ! 真人ぉ! 春幸ぃ! 刑部〜皆の勇姿はカメラにしっかりと納めるわよぉ〜」
三人の跨ったバナナボートが動き始めると、自由な方の手をちぎれんばかりに振って累は声援を送り始める。一方でバナナボートの方は引っ張られて徐々に速度を増し。
「こ、こんなに速いんですか?」
「まだまだだよ。速度を上げていただけますか?」
飛ぶように流れる景色と安定しない乗り物に真人はハラハラし出すが、最高速で海を爆走することを想定していた春幸は牽引する船に加速をリクエスト。
「ウワーッ!! お、落ち……落ちちゃいますよ、こんなのッ……!! ギャーッ」
「あっ」
賑やかさとボートの勢いを楽しんでいた刑部が気づいた時には、海面を水切りの石のように跳ねながら真人が吹っ飛んでいた。
「あああ八手くーーーん!!」
「振り落とされた」
思わず春幸が手を伸ばして叫ぶも真人が戻ってくるはずもない、普通なら。そのまま沈むかと思われた真人から黒い触腕が何本も生えると元気にバシャバシャ水をかき、ものすごい勢いでバナナボートを追いかけ出す。
「八手くんが戻って来た……」
記憶改ざんしても普通の人の記憶に何か残りそうだな、とどこかのんびりと刑部は眺めていたが、事情を知らない人間にとってはホラーである。
「ただいまもどりました?」
「たこすけの勇姿もバッチリよ!」
最終的に|蛸神《たこすけ》が伸ばした触腕で掴んだバナナボートに真人の身体を乗っけて真人は帰還を果たすが、乗員が揃ったならと再び動き出すバナナボートを累は嬉々としてデジカメで撮影し続けていた。
(真人Memorialが増えたわね)
写った写真は何故か真人のモノが多かったがボートの上の三人には知る由もなく、わかるのはただ累が満足そうなことぐらいで。
「まだ時間は残ってるわね? なんなら延長でもいいわ!」
「エッ」
「確かに、料金分は乗らないともったいないか」
三人を乗せたバナナボートは再び動き出したとか出さなかったとか。ともあれ、こうして四人の海遊びは日が傾き始めるまで続き。
「あ、ところで……ホテルに戻ったらどうします?」
「もちろん温泉よ!」
バナナボートから降りて浜辺に戻って来た真人が一息ついて尋ねると累は迷いなく言い切った。夕飯には時刻的に早く、海に落ちた者が居ることを鑑みれば妥当な判断であり。
「彫ってからこういうの行く気も無かったからなぁ」
再び変化をしながら刑部が脱衣所で呟いたのは四人でホテルに戻って来てから十数分後のこと。
「いいわァ、パッと見ただけでも期待できそうな素敵なお風呂よォ!」
「ァ……俺、身体を洗ってきます」
各々が浴場へと足を踏み入れるとくねくねする累を残して真人はまず洗い場へ向かってゆけば何人かが続いて。身体を洗い終えれば、それぞれ湯舟に身を沈める、累は一切タオルを纏わず。
「日焼け止めは塗ってたけどやっぱり少しヒリヒリするねえ」
と口では言いつつも、湯船に浸かった春幸は温泉が沁みるけど気持ちいいなあと目を細め。
「はあ……あったまる……来てよかったです、バカンス。累ママ、お誘いありがとうございました……!」
|蛸神《たこすけ》が暴れるかと気が気でなかった真人はその気配が一切見えないことに身体の力を抜くと温かさに身を委ねながらお礼を言って。
「いいのよ、アタシは真人の保護者なんだから〜!」
それにこの後はお夕飯よォとヒラヒラ手を振った累が続けた直後に真人から生えた触腕が騒めくことがあったとかなかったとか。ともあれ、一行の疲労は温かなお湯へと溶けてゆき。
「お風呂上がりはコレよね!」
お湯から上がって体を拭くなり累はキンキンに冷えたコーヒー牛乳の瓶を手に腰へもう一方の手を当てた。
「美味しかったわ〜! 今何時くらいかしら?」
火照った身体で一息つくと夕飯迄の時間を確認し。
「ヤダ、思ったよりもちょうどいいぐらいね」
そろそろ行きましょと促され向かった先に待っていたのは、|朱塗りの円形テーブルに並べられた料理たち《卓袱料理》だ。食前酒の硝子杯に吸いものと前菜に当たる小菜が三皿などから始まる和洋折衷の料理で。
「わァ……すごい、豪華……!」
語彙力をなくした真人がそれでも目の前の光景を表現しようとする中、刑部の意識は料理の豪華さから別の所に向いていた。料理について奮発したと累が話していたこともあって一人当たりの料金がおいくらになるかとか、つまり旅行後の財布を心配し始めていたのだ。
(こりゃしばらくは仕事頑張らないと拙いか?)
流石に口には出せず刑部が胸中で唸る一方、真人の方はお刺身に箸を伸ばしており、美しく盛りつけられた魚の身は真人の箸が挟み取る前ににゅるりと伸びた触腕が数切巻き取って持ってゆく。
「食べないと……なくなっちゃう」
「もー他のも食べなきゃダメよ?」
温泉で中途半端に大人しかったのは余力を残しておく為だったのか。結果として大好きな海鮮料理を蛸神|と奪い合う《に一方的に強奪される》ことになった真人の世話を焼くように累がいくつか料理を融通して世話を焼き。
「美味い」
漸く財布の心配を棚上げできた刑部は美味い物は美味いとつまみながら酒杯を傾ける。
(こういう食事も遊びも久々だな)
料理の味と共に流れる時間を噛みしめ。
「八手君は……寝ちゃったか……」
夕飯の時間が終われば、寝室の方に累と去って一人戻ってこない真人に状況を察した春幸は提案する。
「累ママ、八百夜君、飲みにいかない?」
と。
「夜の海を見ながら飲めるとこあるかなあ」
「夜の海か、このホテルのバーとか最悪コンビニで酒買ってホテルの部屋に集まってとかならやれるんじゃないかね?」
続ける春幸の言葉に刑部も窓の外へ目をやった直後、瓶の底がテーブルを打った。
「じゃーん……地ビールと甘夏果実酒。あーんど、イカ焼売よ」
累の手によって並べられてゆく酒と肴。
「あ、流石累ママ! 準備がいいな~~!」
手放しで称賛する春幸の横で刑部は笑う、学生っぽい終わりになったもんだと。
「しっぽり、飲み明かすわよ! 飲み足りないなら外に出てもいいけど、まずはコレ!」
用意した食べ物もお酒も無駄にはできない。冷蔵庫の上から持ってこられたグラスへ栓を抜いた地ビールの瓶の中身が注がれて。
「じゃあ、旅行を企画してくれたママに感謝して、乾杯!」
「「乾杯」」
春幸の音頭に従いグラスは打ち鳴らされ、早速グラスを傾ける二人と共にいくらか中身を減らした累はグラスの中に視線を落とし。
(1年も経ってないのに……思い出が増えていくわね)
瞑目したのはほんの一瞬。
(忘れてない……ううん、忘れに忘れられない思い出を増やさなきゃね)
笑顔で残りを飲み干すと、イカ焼売を二つほど取り皿によそった。一人はもう夢の中だろうけれど長崎の夜はまだ終わらない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功