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祭りと祀りを奉り

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●秋祭り

 目的地の境内は多少上った山の上。参道に向かう山道、振り返れば地上は茜色に染まり、多くない民家の灯りがぽつぽつと灯り始めている。
 |青柳《あおやぎ》・サホにとっては帰省先の、ただ懐かしい光景。灯りはまた減ったかもしれないけれど。
「まだですか?」
「もう少しだよー」
 緩やかな傾斜であるものの、|雛杜《ひなもり》・|雛乃《ひなの》|は普段と異なる格好だと勝手が違う様子で、歩き疲れたように声を上げる。今日はサホの帰省先──里のお祭りであるから、いつもの正装とは違って草履に甚平姿。
 その着付けの様子を思い出しながらくすくすと笑い、隣を歩くサホは雛乃をなだめるように声をかける。雛乃とは違った出で立ちで、黒地に白と青の牡丹が映える浴衣に袖を通し、編んだ髪を白い花飾りで留めている。
 今からさかのぼることしばらく。久々の田舎にテンションが上がりっぱなしの雛乃を着付けるのは割かし大変だった。


『これ知ってます。甚平ですね!』
『そうだよー。お祭りは着替えないといけないから……おーい、雛くん戻ってきて』

 自分用の甚平が嬉しくなって、サホの祖母に見せに行く雛乃。

『スースーして心地いいですね! サホは着替えないのですか?』
『私も着替えるよ。……雛くん、外側の紐も結ぼうか』

 紐を結ぶ前から駆け出そうとする雛乃。

『サホもお揃いじゃないのですか!?』
『私は浴衣。子供の頃は衣装を着て、お神楽もやったけどね』
『お神楽なら僕も里でやってました! あのくったくたになるやつですね!』
『雛くん、ここで降ろすのはちょっと』

 お神楽と思しき舞を始める雛乃。


 かくして無事に着付けを済ませ、お祭りへと向かう二人。
 山道を行くまばらな人の流れの中で、二人の頭にはそれぞれお面が飾られている。サホ曰く、お祭りの最中はお面をするのが約束事になっているらしい。雛乃は前に引っ掛けたお面の位置を調整しながら、不思議そうに問い返す。
「ほかの人たちはお面してないですね」
「古いお祭りだからね。いつの頃からか忘れちゃって、お面をしない人がほとんどかも」
 そもそも、このお面自体が何のお面なのか。狐じゃない、不思議な顔のお面は雛乃が歩くたびに揺れて、またすっぽりと顔を覆うようにずり下がってくる。

「もしみんながお面を被ると、誰が誰かわからなくなりますね」

 お。良いところに気づいたねと微笑み。
「元々、ここのお祭りは収穫の喜びを祖霊や神様に感謝するお祭りなんだって」
 祖母に聞いた内容を、なるべく正確に伝えようとサホは記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。

「そして、お祭りにはどうやらその『神様』が紛れ込んでくるって話なんだよ」

 神様がバレずに遊べるように、私たちが気を遣ってさしあげよう、というお約束なのかもね。



●落ちる日と灯る火

 鳥居の前まで辿り着けば、境内は赤と黄色の光が煌々と敷き詰められているかのよう。緩やかな坂道とはいえ、登山には変わらず。秋風が少し火照った身体に優しく沁みる。

「わー、お店がたくさんです!」

 興奮する雛乃の言葉の通り、拝殿までの参道の両脇には露店が所狭しと並び、過疎地とは思えない賑わいを見せている。同じように外から帰ってきた人が多いのか、道中とは異なる賑やかさに雛乃の耳はピンと張って、今にも駆け出しそうな様子。
「雛くんは何を食べたい?」
「僕はチョコバナナと林檎飴とわたあめとカステラと……あっ、くじ引きもあります!!」
「甘いものばっかりだね」
 お店は逃げないから、と念を押し、はぐれないように手を握って。まずは、と一番近くにあったお店へと足を進める。


 一店目、チョコバナナ屋。
 チョコで覆われた果実の表面をこれでもかとカラースプレーで彩った祭りの華とも言える品。それがチョコバナナ……のはず。
 しかし、離れた距離で見た時は灯りの関係かと思っていたけれど、近づいてみるといよいよその違和感に気づく。

 このチョコバナナ、青い。

「サホ、ピンクのもありますよ!」
 今チョコバナナってこんなことになってるんだ。サホが呟くと、店主曰く、時間をもらえば黄色も緑もできるという。

「へー、普通の2本」
  
 店主曰く、時間をもらえばレインボーにもできるという。

「サホ、虹色って!!」
「普通の2本」

 なおも新色を出してこようとする店主を抑えこみながら、まずは1本ずつチョコバナナをゲット。
 一口かじればチョコの甘味。それから、チョコに負けないバナナ本来の甘味が口の中に広がる。柔らかな果肉が溶けだすチョコと相まって、ゆっくりとデザートを名乗るに値する一品へと昇華していく。
「おいしい!」
「うーん、串にささった食べ物はどうしてこうおいしいんだろうね」
 まずは一つ目標を達成。うんうんと二人、満足げに歩みを進めると、次にロックオンしたのはソースの香ばしい空気を漂わせてくるお店。
「雛くん、甘いものばかりだとおなかすくから焼きそばも食べよっか」
「サホが食べたいなら仕方ないですねー」
 口元にチョコを残しながらの肯定。ウェットティッシュをポーチから取り出して一休み。


 二店目、焼きそば屋。
 鉄板の上で豪快に音を立てながら焼き上げられる芸術とも言える品。それが焼きそば……のはず。
 しかし、離れた距離で見た時は気づかなかったものの、近づいてみるとまた違和感が浮かび上がる。
 
「雛くん、違うとこにしよ」
「なぜですか? こんなにパックが積んでありますよ!」

 だからだよ。お金を渡すと間違いなくここに積まれたもの──作り置きから手渡されるからだよ。
 
「えー、僕はできたてが食べたいです!」
「雛くん、声大きい……」

 店主曰く、言ってくれれば出来立てを提供するという。

「じゃあ出来立てふたつ」

 店主曰く、少し冷めた方が焼きそば本来のおいしさが伝わるから、本当におすすめなのは作り置きの方だと言う。

「出来立てふたつ」

 なおも作り置きを出そうとする店主を抑え込みながら、続いて焼きそばをゲット。
 境内に準備された飲食席を確保できたので、二人腰を下ろして焼きそばを啜る。食べる前に鼻から感じていたソースの香りとはまた違って、口の中からあふれる香りにはソースの深みがあり、すぐに次の一口を催促してくる。更に鼻から抜ける青のりの磯の香もたまらない。道中、ついでに買ったラムネで流し込むとハレの日の味がした。
「紅ショウガはサホにあげます」
 ラムネの瓶を電灯に照らしている間に、さりげない雛乃からのお裾分け。
 そういえば、紅しょうがを自然と受け入れたのはいつ頃からだっただろうとサホは思う。うーん。
「次はりんご飴を食べましょう!」
 口の周りにソースをつけながらの提案。ウェットティッシュをポーチから取り出して一休み。


 それから、りんご飴とあんず飴を食べ比べたり、くじを引いて謎の虹色のバネを手に入れたり。
 鳥居をくぐってから、一体どれだけの時間が経過したものか。ただ、人の流れからすればそろそろ夜の神楽が始まる時分。神楽が終わるとこの祭りもおしまい。お祭りで一番の盛り上がりどころだけあって、奉納される拝殿の周りにはかなりの人だかりができている。
 お祭りに来た以上、折角だからと二人がその人だかりに加わるのも自然な流れだった。 

「ここの神様ってどんな神様なんですかねー」
「降りてくるかな?」

 ただ、二人とも身長が高いわけではない。拝殿までは距離があり、視界は人だかりに阻まれて見えるのは他人の背と頭ばかり。
「もう少し前に行けば見えるかもしれません!」
 そう言うが早いか、小柄な体を活かして隙間を見つけるように前へと進んでいく雛乃。
「雛くん、ちょっと待っ……」

 手を握りなおそうとした瞬間、後ろからの人波に押され──その手が離れた。


●かくれんぼ

 あれれ、と雛乃は思った。

 気づくと手を握っていたはずのサホが、違う人になっていたから。おそらくお面をつけているから間違えてしまったのかもしれない。あの人混みの中で、お面をつけている人はサホと自分しかいなかったから。
「……だれですかー?」
 問いかけても、答えが返ってくることはなく。その表情もお面でわからないまま。しかし、その人物が指さした先にあるのは、かねてより見知った存在に思えた。

「あっ! サヤじゃないですか! サヤもお祭りに来てたのですねー」

 サヤとは、雛乃にしか見えない、故郷から今に至るまで離れることのない雛乃の不思議な友人。
 その友人らしき姿を見かければ嬉しくなって近くへと駆けていく。
「サヤー、大変です! サホが迷子になってしまいました」
 はぐれたのは自分ではなくサホ。かつて自分へ道を示してくれた友人に助けを求めるように、サホの行き先を尋ねる雛乃。果たして今回も同じように、その細い指はそっと、奥──森の中の一本道を指し示す。

「そっちに居るのですか? さすがサヤです。なんでも知ってますねー」

 疑うことなく、雛乃は森の奥へと消えていく。


 一方、迷子改め、雛乃を見失ったサホ。
 慌てて後を追ったものの、人込みを抜けた先には雛乃の姿は見当たらない。戻って露店の店主たちに聞いても、誰も見ていないと言う。

(店主たちが誰も見ていないなら、参道を歩いていない……?)

 そう思い立ち、境内の周囲を探せば鬱蒼とした雑木林に突き当たる。かつて、大人たちからあまり近づいてはいけないと言われていた場所。理由は教えてもらわなかったけれど、陽が沈んだ今、確かに積極的に近づきたい場所とは思えない。囃子よりも鋭く聞こえる虫の音、木々に当たってさざめく風の音。祭りの賑やかさとは対極な場所に、サホは静かに唾を飲み込む。

「雛くーん!!」

 覚悟を決めて入ると、そこには細い一本道が続いている。道も決して整備されたものではなく、どちらかと言えば獣道の部類。スマホを懐中電灯代わりに照らせど、奥にはただ闇だけが広がっている。外から見た時よりも、明らかに深い。
(どこまで続いているんだろう)
 一歩歩くたびに、周囲の音が消えていくように感じる。

 一歩ごとに、現世から遠ざかり。

 一歩ごとに、幽世へと近づくように。

「……ですかー?」

 昏い想像に苛まれそうになった瞬間、いつもの声が聞こえる。
 開けた場所に、小さな祠。その前に雛乃がいた。
「雛くん!」
 サホの声は聞こえていない様子で、|何もいない《・・・・・》空中に向かって話しかけている。まるで、人ならぬ、超常の者に導かれているような様子。

──そして、お祭りにはどうやらその『神様』が紛れ込んでくるって話なんだよ。

 自らの言葉を思い出すと、背筋に冷たいものを感じる。お神楽がそれを呼び寄せたのか。そして、見ることができる雛乃を連れて行こうとしているのか。

「雛くん! 帰るよ!!」

 だとすれば問答無用。姿が見えないなら、会話に入れてもらえないのなら、言葉より先に──その手を取って無理矢理にでも帰る。
 雛乃の手を強く握り、振り返ることなく元来た道を駆けて戻る。
「あっ! サホ! ほんとにいたのですねー!」
 雛乃の無事に安堵する暇もなく、ただ前へ、前へ。光のある方へ。音がある方へ。
「……サホ? なんだか怖い顔をしていますね……」
 一方、まだ状況が分かっていない雛乃はぽかんとした顔でサホにつられて走り出す。ただ一瞬、友人の方を振り返れば、その姿は見知らぬ存在で。

(サヤに似ているような、似ていないような……)

 道の出口から流れ込む光に、その思考は中断された。
 
 
●カミサマ

 かくして、祭りは終わり。

 結局、なんだったのだろう。

「サヤかと思ったんですけどねー。違いましたねー」

 一体誰と話していたのか。帰途、サホが雛乃に聞いてみてもその答えは曖昧で。 
 もしかすると本当に、神様によるものだったのかもしれない。

(でも、姿を見せることができたのは……雛くんだけだった)

 それは、土着の神として──とても悲しいことのように思える。

 ぽつぽつとした民家の灯りは、果たして皆、忘れてしまったのだろうか。
 そして、このお祭りは、あとどれだけ残り続けるのだろうか。
 そんな思いに駆られながら、頭に掛けたままのお面を掴むと、自分でも知らないうちに指へ力がこもる。

(私達は忘れないし、忘れられない思い出になったけれど)

 その存在は、果たして何を求めていたのだろう。
 水ヨーヨーで遊ぶ雛乃の後ろ姿を、サホはただ見つめていた。
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