暗闇の中で輝ける灯
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小高い丘のある町で、夜の闇の中を少女が走っていた。
割りに合わないと誰かが言い、ならば自分がやると受けた矢先だ。
「追って来ない? このままなら逃げ切れ……違っ」
|浜野・弥子《はまの・やこ》(悲劇を越えし|灯火《あかり》・h04252)は叫びたくなって思わず口元を抑えた。
逃げ切れたのだろうか?
逃げてどうするのだろう?
(「あの子を助けるなんて言い切っておいて……」)
弥子はバクバクと鳴る心臓ではなく、自分自身を𠮟りたくて胸元に爪を立てようとして……。
魔導書を握り締めていたことに気がついた。逃げるのに邪魔な重荷だが、捨てるわけにはいかない。それ以上に母の形見だ。何があろうと捨てたくはなかった。
深呼吸をして考えを強制的に切り替える。
(「倒したはずなのに……なんであいつ、生きているの……」)
息が落ち着いたのか、次第に落ち着くと頭も冷えて来た。
(「勝とうと思えば勝てるけど……どうして倒せてないの? それを解決しないと……なんて面倒な……」)
そういえば、誰かが言っていたではないか。『割に合わない』と。
もちろん理由があるからだ。そしてそいつは対処するのが大変だから、方法はあっても面倒だから依頼を受けなかったのだ。
失敗した。失敗した。失敗した!
嫌悪感が弥子の頭を焼く。自分が受けずに他の誰かに任せていれば……。
いや、そいつの事を軽蔑して済ませず、どうして助けてあげないのか話し合って居ればヒントくらいはもらえた筈だ。
気がつけば指が顔の近くに移動しているのを自覚した。
きっと放置していたら、顔を掻きむしるだろう。でも、それは逃げだ。
(「……弱音を吐くよりもすることがある。不意打ちさえされなければなんとかなる。だから私が何とかしないと。最悪でも、誰かに頼んで援軍を。たとえ不名誉でも、あの子を殺す訳にはいかない……」)
援軍を呼びたくなり携帯に延ばしたくなる指を引っ込める。
ああ、でも呑気に呼び出し音をサイレント・モードにしないとなんて、余計な事だけは即座に思いついた。
(「解決策はもう少し後、情報が足らない。今は確実に追っ手を倒して、ヒントを見つけつつ、あの子の元に戻らないと」)
携帯をサイレントに切り替えた時に、ようやく『危険が迫れば連絡をくれ』と言い残していたことを思い出しす。この戦いはあの子を守り、敵を倒すことはその後だったと漸く思い出せた。なんと迂闊であったのだろう。
考えがまとまったことで色々な物が見えて来た。
思考は常にクールに保ち、慌てるとか怒りに任せない方が良い。
行動が大事としてもその前にするべきことがあると自覚できたのだ。その事はきっと大きいと思った。
だから今するべきことをしようと天を見上げた。
そこには無いもない暗闇であったが、弥子が見上げた瞬間に輝くナニカが居る。姿を見せずとも、ずっとその位置で彼女を守っていたのだ。
(「耀星、力を貸して。きっとこの戦いは長丁場になる。治癒も必要だから」)
弥子が思いを巡らせると、星は煌々と輝いた。
もちろん現実の光ではなく、彼女の心の中だけで輝く光である。
それは名前を希望とか、未来とか言うのかもしれない。きっと光ではなく、心の支えとして輝く人生の羅針盤になる事だろう。まるであの北極星の様に。
(「あの様子ならば威力は不要、倒せるまで何発でも叩き込むだけ、このまま敵を誘き寄せて倒す。その時にヒントを確実に見つける。例え妖怪でも怪異でも、真なる不死は居ない」)
倒そうと思えば倒せる。これは良い情報だ。
相手は不死依存の能力だろうし、だから彼女が倒せるのかもしれない。
ならば弥子がすることは相手を倒してヒントを入手する事。そして守るべき対象を確実に守る事である。
そして方針が決まったことで弥子の瞳に力が宿る。
輝く星が心にある限り、耀星が見守ってくれている限り、一時の敗北はあろうと最後には勝利して見せる……いや、任務を達成して見せよう!
やがて弥子は町中を目立つように移動し始めた。
同時に護衛対象の家を確実に視野に入れながら移動する。
(「敵だって私を倒したいけれど、それ以上に護衛対象を殺したい筈。ならばこのまま引きつけて、先に倒す。あの動きなら落ち着いて行けば倒せる」)
思えば敵と弥子の関係性は、似て非なる物だ。
敵は二人を殺したい、弥子は敵を倒して護衛対象を守りたい。
だからこそ相手を自分に引きつけつつ、丘を登るように移動した。
あの子の御屋敷は確かな地盤がある南側の斜面にあり、丘は地滑りの危険もあるから昭和以降に切り拓かれた住宅地である。
それゆえに丘を登りながら移動すれば屋敷を見張りながら戦える。
そう思って丘の中でも斜面側を移動し、相手の視線を釘付けにしていた。
『見ぃーつけた』
「捨てられた人形だかなんだか知らないけど、あの子の元には行かせない!」
家屋の影から顔を出す華奢な顔。少女で無ければ中性だろう。
不死性を持つ事と、そのあまりにも整った顔と平坦な声に、捨てられた恨みを晴らすために現われた妖怪か自動人形か何かだと弥子は判断してしまっていた。
こちらを脅かすために現われたのがその証だろう。
狩る為に姿を現し、追い詰めているのだろう、と。
「耀星、その輝きを今ここに!」
だからその隙を突いて倒すことにした。
己の心の中で燦然と輝くソレを表に表し、煌々と照らし出す輝きを刃に変えた。
弥子の指示した先に光の刃を突き立て、落ちて来る様はまるで箒星のようであり、戦場を照らし出す槍のようであった。
敵はソレを避けられない。
油断していたのか動きは鈍く、そして今の弥子でも時間を掛ければ倒せる相手だった。
だから勘違いをしてしまった。
一つ一つの考えは正しいがゆえに、勘違いを是正出来なかった。
思えば能力者に成り立てで、半人前の彼女が倒せることをもっと深く考えるべきだったのだ。『不死性以外』で。
『許さない!』
「反撃くらいは覚悟の上。もう一発、倒せなければ何発で……も?」
蛇の様に迫る刃が建物の影から弥子を切裂く。
一発目は何とか避けられたが、二発目・三発目はかわせなかった。
二発目は方向が違ったのでそこそこの傷を受け、三発目は正面だったのでギリギリかすり傷で済んだ、耀星の力ならば容易く治療できるだろう。
だから、彼女が驚愕したのはソレではない。
その攻撃は連撃では無かった、どうして『連発』出来たのか?
いや、そもそもどうして正面に居た敵が脇から攻撃できたのか? 蛇腹剣か鋼糸としても、少々長くはないだろうか?
そう思って周囲を注意深く観察する為、危険だとは思ったがライトをつけてみた。
すると彼女は大きな勘違いに気がついてしまう。そう、敵は妖怪でも自動人形でも無かったのだ。
「群体……まさか、レプリノイドと同じ!?」
一瞬で肝が冷えた。
道理で倒しても出てくるはずだ。
弥子は半人前なのであまり詳しくはないが、それでも奇妙な能力を持つ独特の能力くらいは印象に残っている。
そう、敵は何らかの兵器を元にした少女の形をした人造兵器だったのである。
その最大の能力は、自分のバックアップを同時に起動できることである。二・三体くらいはお安い物ではないか!
死にたいほどの後悔が全身を苛む。
何が恐ろしいかと言って、こいつら全員を相手にする必要ではない!
(「まずい……あの子の方にも一体くらいは居る筈!」)
恐ろしい事に、敵は屋敷の方にも戦力を配置できる。
もちろんそうしないことも可能だし、何なら目の前には結構な数が居る気もする。
だが、ソレで全部では無かったら?
全てが台無し、これまでの全てが台無しに成ってしまう。なんてインチキ!?
(「倒さないと。こいつら全部、倒さないと……。もちろん生き残ってあの子の近くに敵がいないかを……」)
どうやって? どのようにして倒すの?
そんな自己嫌悪と使命感で吐き出しそうになる。
(「後悔は後で良い。こいつらを片付けてあの子の元に駆けつけないと……」)
冷静さを保つのに自傷など要らない。
可能な限り思考をクールに保ち、状況を整理する。
何を使えば良いのだ? どう戦えば?
混乱しそうになる頭で、つい助けを求めて天を見つめた時……。
「そう、最初からそうするしかなかった。ならばそうするのみ。最後まで付き合ってもらう」
敵は一つの意思で複数の体を使うがゆえに鈍い。
思考は散漫で行動はレスポンスが遅いのだ。
それゆえに誘導すると、アッサリ全てが引っ掛かりかねない所があった。
そしてお互いが持つ別の有利さを、あえて活かすため……。
敵に囲まれない場所を求めて、丘の斜面ギリギリを目指したのである。
やがて戦いながら足を滑らせていった。
正確には、敵がそうなる様に仕向けた。
「力を貸して、耀星!」
滑り落ちての負傷を覚悟し弥子は癒しを求めた。
敵は分体ゆえに鈍く、弥子はあんな場所でも戦えていた。
逆に敵は滑り落ちても『予備があるから別に構わない』と向こう見ずな攻撃を仕掛けてきたのである。もしかしたら、蛇腹剣なり鋼糸が本体で、飛び込んで攻撃することに躊躇が無かっただけかもしれないが。
そして、余裕があるからこそ油断して本体が現れるだろう。
今度こそ弥子にトドメを刺すために、だ。
『お姉ちゃん、もう逃げないの? それとも足が折れちゃった?』
「悪いけど……消えて!」
それは誰に対して使った御願いであろうか?
分体を持つがゆえに思考力が鈍く、いまいち生命の危機の無い相手。
そいつ諸共……耀星に対消滅を実行させた。
「任務完了……ですかね」
弥子は痛む体に鞭を打って依頼を果たしたと星詠みに……それ以前に、もう安心ですよと告げるために、あの子の元へと帰還したのである。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功